沿線風景(札沼線)


(2017年5月16日) ポップアップ対応で、左クリックにより大画像を示すようになりました。


札沼線(桑園~石狩当別)

百合が原駅(札沼線) 左・中;2014.01.02  右;2014.01.03
札幌の住宅地にある。管理人の実家が近い。札幌の人口増加に伴って、複線化・電化が行われた。
百合が原駅前の百合が原公園内には、狭軌のリリートレインが運行されている。ゆっくりと走る車内から、園内の風景や花々を眺めることが出来る。2012.08.17  
篠路駅(札沼線) 2015.08.15 
付近は再開発が進んでいるが、まだタマネギを貯蔵していたレンガ造りの倉庫がわずかに残っている。駅舎は、札幌市内でも最も古いものの一つ。
拓北駅(札沼線) 2015.10.03
かつては「東篠路」駅。周辺に「ひまわり団地」が造成された1967年に開業した。「東篠路」という旧駅名は、当時の住民のアンケートか何かで決まった。1995年に周辺の行政区域名に揃え「拓北」駅と改名した。
あいの里教育大駅(札沼線) 2015.10.03
1986年開業。札沼線の発展を象徴する駅で、駅を中心に北側に商業地、その周辺に高層マンションなどが立ち並ぶ。
あいの里公園駅(札沼線) 2015.10.03
かつては「釜谷臼」駅。あいの里教育大駅開業時に、現在の場所に移動し、あわせて改名された。かつては平原の中の駅だったが、現在、周囲は一面の住宅地。当駅で折り返す列車も多い。
全長1,074m、北海道内の鉄道橋としては最長となる札沼線の石狩川橋梁。現行の橋梁は2002年に架け替えられたもの。現橋は、残念ながら風防壁のため、列車の姿はほとんど見えない。(車内から石狩川の風景を見ることもできない)。北海道最大の大河の河口域のスケールを車窓から眺められる工夫がほしいところ。2020.04.14 本庄陸男の出生地である石狩川橋梁の当別町側には、「石狩川」の文学碑が建立されている。2020.04.14
石狩太美駅(札沼線) 2015.09.12
駅近傍は90年代にJRによって造成された宅地、そのまわりは水田が囲んでいる。北に進めば、スウェーデンヒルズの瀟洒な別荘地もある。西南方向に、大手チョコレート・メーカー、ロイズの工場がある。駅舎は時計塔のある特徴的なデザイン。札幌の通勤圏内で、2012年現在で1日2,000人以上の乗客がいる。
石狩太美駅から北へ6kmほどのところにあるスェーデンヒルズ・ゴルフ倶楽部では、冬季にアイスホテルが営業。宿泊時、風呂、トイレなどはゴルフ場の施設を利用し、就寝する際は寝袋を使用する。2016.02.11
スウェーデンヒルズ・ゴルフ倶楽部。付近には美しいゴルフ場が多い。 2014.05.05 石狩当別駅(札沼線) 2015.06.13 
沿線人口の増加から1994年に近代的な橋上駅となり、電化も行われた。旧駅舎はこちら


札沼線(石狩当別~石狩月形)

札沼線(石狩当別~新十津川)の車窓の一部を、こちらで動画紹介しています。(2019.11.03)

石狩当別駅。国鉄線としては1934年に開業。それ以前に江当軌道(1927-1936)が江別から通じていたが、当時の当別駅の位置は当別川の対岸となる。1949年から56年までは、当別町営軌道が当駅を起点としていた。2019.10.24 石狩当別駅の3番ホームで発車を待つ新十津川行普通列車。2019.10.24
北海道医療大学駅(札沼線) 2019.10.24
札沼線の電化区間最後の駅。大半の列車がここで折り返す。
北海道医療大学という駅の名の通り、同大学とは連絡通路で繋がっており、外に出ることなく大学に入ることが出来る。2015.10.17 北海道医療大学-石狩金沢車窓。2019.10.24


 札沼線の北海道医療大学-新十津川間は2020年4月17日をもって運行終了、同年5月7日をもって廃止となりました。
 管理人にとって、たびたび乗車しては沿線を旅してきた当該区間はひときわ思い入れの深い線路でもありました。
 以下、駅ごとに写真を紹介します。

石狩金沢駅

石狩金沢駅(札沼線) 2015.10.17
穀倉地帯の中にある。国道から駅へのアプローチは草道。付近の農業倉庫が、かつての貨物取扱時代を物語る。
石狩金沢駅 2019.10.24
石狩金沢駅。駅の南側は、札幌から旭川・留萌方面へ向かう交通量の多い国道275号線が平行しており、付近の集落は国道とは反対側に形成されている。2020.04.14 石狩金沢駅から新十津川方面を望む。2020.04.14
石狩金沢駅の横には農業倉庫があるが、1979年2月1日に貨物の取り扱いは廃止されている。2020.04.14 石狩金沢駅から先、線路はやや北向きに進路を変え、新十津川方面に伸びている。2020.04.14 石狩金沢-本中小屋 車窓風景 2019.10.24


本中小屋駅

   
本中小屋駅(札沼線) 左;2015.09.12 中・右;2019.10.24
当別町内の小駅。貨車を利用した駅舎。駅前には小さなロータリーと花壇があり、まるでジオラマのような雰囲気がある。
本中小屋駅8:00発の新十津川行普通列車。撮影時、新十津川までの普通列車は1日1往復なので、当日中新十津川行始発列車にして最終列車になる。2020.04.14 本中小屋駅を出て新十津川に向かう普通列車。線路の先には樺戸連山の山並みが見える。2020.04.14 本中小屋駅。2020.04.14
本中小屋駅のホーム。北側には農業倉庫がある。2020.04.14 本中小屋駅の駅舎。廃止が間近にせまり、のぼりには「ありがとう札沼線」と書かれている。2020.04.14 本中小屋-中小屋 車窓風景 2019.10.24


中小屋駅

中小屋駅(札沼線) 2015.09.12
貨車駅舎が単線ホームに沿って立っている。小さな集落にある駅。
中小屋駅の駅舎。2020.04.14
札幌側から中小屋駅を見たところ。駅手前で駅舎側に使用されなくなった引込線跡が残る。駅の両側の線形を踏まえると、かつては交換可能な構造を持っていたと考えられる。2020.04.14 ホームと駅舎の間に伸びる中小屋駅の引込線跡。2020.04.14 ホームから見た中小屋駅の駅舎。札幌駅側、駅手前から伸びる引込線跡は、駅舎の真横で途切れている。2020.04.14
中小屋駅。2020.04.14 中小屋駅を8:05に出て新十津川駅に向かう普通列車。2020.04.14 中小屋-月ヶ岡 車窓風景 2019.10.24


月ヶ岡駅

月ヶ岡駅(札沼線) 2015.10.17
交通量の多い国道のすぐわきにあり、大きな駐車場のある野菜直売所が駅の待合室を兼ねている。
月ヶ岡駅。2020.04.14


知来乙駅

知来乙駅(札沼線) 2015.10.17
月形町内の小さな集落にある駅。
知来乙駅。2020.04.14


石狩月形駅

石狩月形駅(札沼線) 左・中;2015.10.17 右;2019.10.24
月形町の代表駅。札沼線の北海道医療大学以遠における唯一の交換可能駅で、ここから終点の新十津川まではつねに一列車しか進入することは出来ない。運転管理のための駅員もいるが、切符の販売は原則行っていない。除雪車が退避するための側線がある。
駅ホームから見た石狩月形駅の駅舎。2019.10.24 石狩月形駅。対抗列車を待つ新十津川行普通列車。2019.10.24 新十津川行普通列車内から石狩月形駅に入線する対抗列車を見る。2019.10.24


札沼線(石狩月形~浦臼)

札沼線(石狩当別~新十津川)の車窓の一部を、こちらで動画紹介しています。(2019.11.03)

豊ヶ岡駅

紅葉の豊ヶ岡に入線。2019.10.24 林の中を伸びる道を歩くと、豊ヶ岡の駅舎が見えてくる。2020.04.14 林の中に佇む豊ヶ岡駅のホーム。2020.04.14
豊ヶ岡駅(札沼線) 2015.10.17
付近の住民からの請願で出来た駅だが、集落から離れた山あいの鉄道林に囲まれた中にある。紅葉の時期には、ことさら美しい風景を持つ駅となる。付近を小川が流れていて、管理人が訪問したときは、ホームに立つとせせらぎが聞こえた。駅に至る道は、かろうじて車1台が通ることが出来る程度の道幅。こちらでも紹介。
紅葉が美しい豊ヶ岡駅。2019.10.24
豊ヶ岡駅のホーム。長年の風雪に耐え続けたホームは歪んで、ところどころ斜めになりながらも、その勤めを果たしていた。1960年9月10日開設の駅は、これらの写真を撮影した3日後、60年に及んだその勤めに幕を下ろした。2020.04.14 豊ヶ岡駅の待合室。2020.04.14
豊ヶ岡駅へ続く小道を駅から北に歩くと、農業用のため池があり、その先に樺戸連山の山なみが見える。2020.04.14 豊ヶ岡駅 2019.10.24 豊ヶ岡-札比内 車窓風景 2019.10.24


札比内駅

札比内駅(札沼線) 2015.10.17
月形町の集落にある駅。付近には民家も多い。
札比内駅の駅舎は、国鉄時代の雰囲気を色濃く伝えたもの。当該区間廃止後も、何らかの形で駅舎を保存してほしい。2020.04.14
札比内駅のホームからは、農地の向こうに分監山(460m)がよく見える。2020.04.14 札比内駅では駅舎側に貨物用ホームの跡が残り、その向かいに農業用倉庫がある。貨物の取り扱いが廃止されたのは1979年2月1日。2020.04.14 札比内駅の待合室。2020.04.14
札比内駅の駅舎から。ホームの向こうに分監山が見える。2020.04.14 札比内駅8:51発新十津川行普通列車。2020.04.14 札比内駅10:36発石狩当別行普通列車。2020.04.14
札比内駅(札沼線) 2018.02.24
札比内駅、冬の情景。この年は、特に雪が多かった。
札比内駅夕景 2018.10.13 札比内駅 2019.10.24
札比内駅のホーム。2020.04.14 札比内駅。撮影者後背側に札比内の市街地があるが、駅の反対側には農耕地が広がっている。2020.04.14
札比内-晩生内車窓。耕作地に溜まった雪解け水がさながら池のようになり、雪を頂いた峰を映している。2020.04.14 札比内-晩生内車窓。まだ雪の残る樺戸連山の峰々が美しい。2020.04.14 札沼線から見る樺戸連山(札比内-晩生内) 2015.10.17



晩生内駅

晩生内駅(札沼線) 2015.10.17
浦臼町の集落にある駅。付近からは増毛山地の山なみも見える。
晩生内駅(札沼線) 2018.02.24
冬の情景
晩生内駅夕景 2018.10.13 晩生内駅。駅の前に大きな松の木が立っており、印象的。2020.04.14
晩生内駅。国鉄時代の雰囲気を現代に伝える駅舎。2020.04.14 駅舎からみた晩生内駅のホーム。かつては、駅舎とホームの間に貨物用の引込線があり、ホームも島式状態だった。2020.04.14
晩生内駅風景 2020.04.14


札的駅

晩生内-札的 車窓風景 2019.10.24 札的駅(札沼線) 左;2015.10.17 右;2019.10.24
浦臼町内の集落にある駅。付近にドライバーの間ではちょっと有名な中華料理店「しいたけ飯店」があり、この店が駅ノートを管理しているという。
札的駅の待合室。札幌方面の線路は、駅を出るとカーブし、林の向こうに見えなくなっていた。2020.04.14 札的的のホーム。2020.04.14
札的駅。線路からみて駅舎側の裏手に札的の市街地が形成されている。2020.04.14 札的駅、冬の情景。2018.02.24


浦臼駅

札沼線車窓。札的-浦臼間。浦臼が近づくと、隈音知山(971m)、浦臼山(718m)といった樺戸連山の山なみが見えるようになってくる。2020.04.14 浦臼駅(札沼線) 2015.09.12
かつては札沼線の中心基地的存在で、交換設備だけでなく、蒸気機関車の給水なども可能だった。しかし、今は単線ホームのみ。駅舎は、歯科などとの共同設備となっている。当別以北を運行する列車は、半分以上が浦臼で折り返す。
浦臼駅。2020.04.14 駅舎から見て、線路の反対側は、かつて機関庫があったエリア。蒸気機関車時代の浦臼駅は、転車台があり、給水・給炭可能な鉄道の要所だった。2020.04.14 かつて、浦臼機関庫の構内であった跡地に広がる草地から、浦臼駅を見る。2020.04.14


札沼線(浦臼~新十津川)

札沼線(石狩当別~新十津川)の車窓の一部を、こちらで動画紹介しています。(2019.11.03)

鶴沼駅

鶴沼駅(札沼線) 左;2015.10.17 右;2018.10.13
浦臼町内の駅。付近には鶴沼公園、道の駅、浦臼温泉、浦臼神社などがあり、管理人も幼少のころ、母に連れられて鶴沼に列車で遊びに来た思い出がある。現在鶴沼神社の前には、ドライバーを相手にした珍しい焼き鳥屋がある。
鶴沼駅 2018.02.24
冬の情景。豪雪のため、待合室には、いったんホームに出た上でないと、入ることが出来なくなっていた。
鶴沼駅の待合室。2020.04.14 鶴沼駅のホームからの景色。農耕地に伸びる農業用水路。彼方には浦臼山。広々とした気持ちの良い景色。2020.04.14
浦臼山をバックに、鶴沼駅の風景。鶴沼の市街地は写真左手に広がる。駅の近くには浦臼ワイナリーがある。訪問時、早くも「廃線」という銘柄をラベルしたワインが販売されており、管理人も購入した。2020.0414 鶴沼駅 2020.04.14 札沼線車窓(鶴沼-於札内)。雪を頂いた浦臼山が曙光を照らして白く輝く。2020.04.14


於札内駅

石狩平野の穀倉地帯を行く札沼線 2015.10.17 於札内駅(札沼線) 2015.10.17
浦臼町内の駅。ホームに簡易な待合室が設置されている。
於札内駅(札沼線) 2018.02.42
冬の情景。1日1往復の列車のため、雪の中に伸びた細い道を伝って駅にたどり着くことが出来た。
於札内駅へ通じる道。舗装されてない道路が、畑の中を通じている。この道が樺戸境川の支流を跨ぐところに橋が架かっているのだが、その橋には「於札内駅通線」の当該道路名称が記載されいた。2020.04.14 青い空の下に広がる石狩平野。はるか遠方には、美唄山(987m)をはじめとする夕張山地の山々が見える。2020.04.14


南下徳富駅

南下徳富駅(札沼線) 左;2015.10.17 右 2018.10.13
新十津川町内の駅。2012年に木造の小さな待合室は撤去されてしまった。
南下徳富駅、冬の情景。2018.02.24
南下徳富駅 2019.10.24 簡易なホームのみ。広がる農地にたたずむ南下徳富の駅。2020.04.14


下徳富駅

下徳富駅(札沼線) 2015.10.17
新十津川町内の駅。風格ある木造の駅舎が残る。かつて札沼線を快速運行していた列車が、新十津川-浦臼間で下徳富のみが停車対象だった。かつては行き違いが可能で、その当時使用されていた廃ホームが、今も駅舎側に残るのを見ることができる。
下徳富駅、冬の情景。2016年3月のダイヤ改正で、ついに1日の列車が朝9時台の1往復のみとなってしまい、利用が難しくなってしまった。周囲には農業倉庫が並び、札沼線が収穫物の搬送に活躍していた時代をしのばせる。1日1往復には場違いなほどの待合室は、いつも静か。ことにこの時は雪の多い冬だった。2018.02.24
下徳富駅 2019.10.24 下徳富駅の前にある立派な松の木には、「花月の松」の名が与えられ、駅とともに付近のランドマークとなっている。“花月”は付近の集落の名称。風流な名前だ。2020.04.14 下徳富駅のホームからはピンネシリ(1,100m)をはじめとする増毛山地の山並みが見渡せる。2020.04.14
下徳富駅の南側には、かつての貨物用ホームが残る。かつては、それに加えて行き違い可能な島式ホームという構造だった。貨物の取り扱いが廃止されたのは1979年2月1日で、併せて駅は無人化となった。2020.04.14 下徳富駅。駅舎とホームの美しいたたずまい。かつては、駅舎側にも番線があった。2020.04.14 下徳富駅のホームから眺める景色。旅情にあふれた魅力的な駅。2020.04.14
かつての貨物用ホームの奥に駅舎が見える。貨物ホームの横には、いまなお大きな農業倉庫が複数並んで稼働している。2020.04.14 下徳富駅待合室。2020.04.14 青空の下、小さなステップを上がってホームへ誘う。2020.04.14
ホームに立つ駅名票、その向こうに白く輝く峰々。2020.04.14 下徳富-新十津川 車窓風景 2019.10.24  1日1往復のみとなった浦臼-新十津川間。終着の新十津川駅では、毎日到着する1両のディゼルカーに、何人の乗客があったかを、地元の方がカレンダーに記載してくれている。多い時には90人以上もの乗客がいるようだ。
 しかし、3往復時代も含めて、管理人が列車で何度か新十津川駅を訪問した際であっても、少ない時でも一列車に20人は乗客がいた。おそらく、周遊券等の利用者が多いため、当該線区利用者として、集計されなかったのだろう。 2018.10.13


新十津川駅

新十津川駅(札沼線) 左;2014.08.30 中・右;2015.10.17
途中駅から静かな終着駅へと変遷した。のどかな雰囲気あふれる美しい駅。こちらでも紹介。
1日1往復のみとなった新十津川駅。1往復の列車の旅客のため、駅前では仮設の売店が設置されていた。新十津川の地酒「金滴」の札沼線ラベルverや、DVD「札沼線」のほか、地元の産物、札沼線の風景がデザインされたコースターやクリアファイルが販売されており、管理人は、訪問の度に購入して、取り揃えました。 左2018.10.13 右2020.04.14 新十津川駅の待合室の中では、札沼線の風景を撮影した写真などが飾られていた。2020.04.14





 

廃止後の駅の風景

石狩金沢駅跡

石狩金沢駅跡。廃止から1年以上を経た夏の日。駅舎の横にあった駅名票は外され、フレームだけが残っていた。駅舎は、そのまま静かに佇んでいた。Map (2021.08.08) 石狩金沢駅跡のホーム。強い夏の午後に日射しは、変わらずホームに影を落としていた。(2021.08.08)
石狩金沢駅跡のホームから、新十津川方面を望む。(2021.08.08)


本中小屋駅跡

夏空の下、そのまま駅舎が残っていた本中小屋駅跡Map (2021.08.08) 本中小屋駅跡から、新十津川方面を望む。(2021.08.08) 駅名票が外され、まるで田園風景を描いた絵画のフレームのようになっていた。(2021.08.08)


中小屋駅跡

廃止され、駅舎とホームの間に青く夏草が茂るようになっていた中小屋駅跡Map (2021.08.08) 駅舎側にあった引込線への分岐跡。レールも廃止時のまま残っている。(2021.08.08)
かつてホームを照らしていた電灯。夏の青空の下、建っている。(2021.08.08) 廃ホームからみた駅舎。(2021.08.08)


石狩月形駅跡

石狩月形駅跡。廃止区間で唯一の有人駅で交換が可能であった石狩月形駅。当然のことながら人影は絶え、保線用の車両の姿も消えていた。案内板は掲示部分が取り外され、かつてのホームで躯体だけを残していた。Map (2020.08.01) 石狩月形の駅舎跡前から、浦臼方面、当別方面にそれぞれコミュニティーバスが発着していた。(2020.08.01)



豊ヶ岡駅跡

豊ヶ岡駅跡。廃止になって、ホームの歪みが大きくなったかもしれない。線路は茂みの中に埋もれるようにして、そこにあり続けていた。Map (2021.08.08)
愛らしい駅舎は残念ながら撤去されてしまっていた。写真手前に、かつて待合室があった。(2021.08.08) 豊ヶ岡駅跡から、新十津川方面を望む。(2021.08.08) 駅横を通る小道。現役時には、車止めがあって、歩行者専用の踏切となっていた。廃止後、車止めは撤去され、車でかつての踏切を横断できるようになっていた。この道は1972年の地形図を見ると、跨線橋により線路の東西を結んでいる町道の「旧道」にあたる道であることが分かる。奇しくも札沼線の部分廃止により、数十年ぶりに車の通り抜けが再び可能となったわけである。ただ、最近では、この小道は単に豊ヶ岡駅に行くための道となっていたため、駅も廃止された今となっては、わざわざここを車で通行する人は、めったにいないだろう。管理人は、車でゆっくりと通り抜けてみました。なお、札沼線廃止前の当該踏切の様子は、こちらで動画紹介しています。(2021.08.08)


札比内駅跡

札比内駅跡の広場は、バス用のパーク&ライドの駐車場に転用されていた。駅舎は残っていたが、施錠され、バス用の待合室には利用されていない。そのような用途で駅舎が残ってほしい。Map (2021.08.08)
札比内駅跡の線路は、激しく夏草が茂っていた。(2021.08.08) かつて札比内駅を示していた駅名票は、白地がただ夏の日射しを反射していた。石狩当別方面を望む。(2021.08.08)
草が覆う札比内駅跡。(2021.08.08) ホームから見る旧駅舎。(2021.08.08) ホームに建っているキロポスト。(2021.08.08)


晩生内駅跡

晩生内駅跡。国鉄時代の趣をよく伝えていた晩生内駅の駅舎はあっさりと撤去され、更地になっていた。Map (2021.08.08) 石狩当別方面に延びる線路。この夏は猛暑で、この日も中空知では、最高気温が34℃に達した。(2021.08.08)
かつての駅名票。背後にあった駅舎は撤去され、駅名票も、その名を失っていた。(2021.08.08) 新十津川方面を望む。(2021.08.08) かつて晩生内駅のホームを照らしていた風格ある電柱。(2021.08.08)


札的駅跡

札的駅跡。小さな駅舎は残っていた。Map (2021.08.08) 強い日差し。冬の寒さだけでなく、夏の日差しからも旅人を守ってきた小さな駅舎。もう入ることはできない。(2021.08.08) 新十津川方面を望む。この日、管理人は、札的駅の駅ノートを管理していた、駅近くの中華料理店で昼食を取った。暑い午後だった。(2021.08.08)


鶴沼駅跡

鶴沼駅跡。ホームから出入りする小さな待合室はまだ残っていた。ホームも廃止時のまま。Map (2021.08.08) 鶴沼駅のホームからは、畑地に延びる用水路を見ることが出来る。そのため、無雪期のこの駅では、いつも水音が響いていた。(2021.08.08)


於札内駅跡

於札内駅跡。実り豊かな水田地帯の中、秋の斜陽を浴びて、駅舎が残っていた。Map (2020.09.21) 於札内駅横の踏切から、於札内駅を見る。(2020.09.21) 於札内駅へ向かう道。そこには小さな橋が架かっている。二本松川という小川を渡る橋の柵には「於札内駅通線」との票が打ってある。(2020.09.21)
於札内駅跡(2020.09.21) 鶴沼方面に敷かれている線路。もう列車が通ることはない。(2020.09.21)



南下徳富駅跡

南下徳富駅横の踏切から、下徳富駅方面を見る。Map (2020.08.01) 簡易なホームが残る南下徳富駅跡。駅名票は取り外されている。(2020.08.01) 水田の中の島のように見える簡易なホーム。(2020.08.01)



下徳富駅跡

下徳富駅跡。かつての貨物ホーム。面するようにしてある農業倉庫。Map (2020.08.01) この駅の雰囲気がとても好きだった。できれば、なんらかの形で保存してほしい。(2020.08.01)
上の3枚の写真から1年後の訪問時の姿。駅前の「花月の松」は、駅の廃止により、急に老け込んだように、その下枝を枯らしていた。訪問時、気温は34度近く。夏の焼けるような日射しが注いでいた。(2021.08.08)
駅舎側から見るホーム。下徳富駅の旅情に満ちたこの風景は、得難いものであった。(2021.08.08) なんとか保存してほしかった下徳富駅であるが、訪問時、無情にも撤去工事を周知する看板があった。(2021.08.08)


新十津川駅跡

新十津川駅跡。いっときは保存も検討された新十津川駅の駅舎であったが、廃止後、すみやかに撤去されてしまった。札沼線に思い入れがある人によっては、モニュメントのような駅舎たっだのだが、駅舎が失われれば、土地の記憶も淡くなるだろう。訪れる人も一気に減るのではないだろうか。Map (2021.08.08)
新十津川駅跡のすぐ南で、線路にはなぜか土が盛られていた。訪問時、この南側と下徳富駅の間で、線路の撤去作業が進められていることが確認出来た。(2021.08.08) 駅舎がなくなり、ガランとしてしまった新十津川駅跡。寂しい。(2021.08.08) 桑園駅から76.5kmのキロポスト。すでに撤去のため、脇に置かれていた。(2021.08.08)