沿線風景(札沼線)
(2017年5月16日) ポップアップ対応で、左クリックにより大画像を示すようになりました。
札沼線(桑園~石狩当別)
百合が原駅(札沼線) 左・中;2014.01.02 右;2014.01.03 札幌の住宅地にある。管理人の実家が近い。札幌の人口増加に伴って、複線化・電化が行われた。 |
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百合が原駅前の百合が原公園内には、狭軌のリリートレインが運行されている。ゆっくりと走る車内から、園内の風景や花々を眺めることが出来る。2012.08.17 | ||
篠路駅(札沼線) 2015.08.15 付近は再開発が進んでいるが、まだタマネギを貯蔵していたレンガ造りの倉庫がわずかに残っている。駅舎は、札幌市内でも最も古いものの一つ。 |
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篠路駅、冬の風景。2023.01.02 | 篠路駅前の象徴的な風景である赤レンガ倉庫群。1935年に篠路駅まで札沼線が開通したことを契機に、この地で生産される野菜(主に玉葱)の出荷基地として建築されたもの。いまなお駅の東側に数棟が残り、風格ある姿を示している。2023.01.02 | |
冬の青空が映える篠路駅東側の赤レンガ倉庫群。撮影日現在篠路駅は高架化の計画があり、この風景も失われてしまうのかもしれない。2023.01.02 | ||
拓北駅(札沼線) 2015.10.03 かつては「東篠路」駅。周辺に「ひまわり団地」が造成された1967年に開業した。「東篠路」という旧駅名は、当時の住民のアンケートか何かで決まった。1995年に周辺の行政区域名に揃え「拓北」駅と改名した。 |
あいの里教育大駅(札沼線) 2015.10.03 1986年開業。札沼線の発展を象徴する駅で、駅を中心に北側に商業地、その周辺に高層マンションなどが立ち並ぶ。 |
あいの里公園駅(札沼線) 2015.10.03 かつては「釜谷臼」駅。あいの里教育大駅開業時に、現在の場所に移動し、あわせて改名された。かつては平原の中の駅だったが、現在、周囲は一面の住宅地。当駅で折り返す列車も多い。 |
全長1,074m、北海道内の鉄道橋としては最長となる札沼線の石狩川橋梁。現行の橋梁は2002年に架け替えられたもの。現橋は、残念ながら風防壁のため、列車の姿はほとんど見えない。(車内から石狩川の風景を見ることもできない)。北海道最大の大河の河口域のスケールを車窓から眺められる工夫がほしいところ。2020.04.14 | 本庄陸男の出生地である石狩川橋梁の当別町側には、「石狩川」の文学碑が建立されている。2020.04.14 | |
ロイズタウン駅(札沼線) 2022.07.30 あいの里公園-太美間の当別町内に2022年3月12日に開業。JR北海道としてはおよそ20年振りの「新駅」。近くに売店施設を含む工場のあるロイズが出資した請願駅。訪問時、駅前広場は整備工事中。 |
ロイズタウン駅に入線する721系電車。2022.07.30 | ロイズタウン駅を出て札幌方面に向かう731系電車。2022.07.30 |
ロイズカカオ&チョコレートタウン(ROYCE' CACAO&CHOCOLATE TOWN)の外観。工場だけでなく、ショップ、そして充実した見学コース、美術館なども併設されている。ロイズの請願駅であるロイズタウン駅の開業後、2022年11月7日にプレオープンした。白い建物が、雪と青空の背景に映える。2022.12.29 | ロイズカカオ&チョコレートタウン内部。予約すれば見学可能。訪問時はプレオープンだったため、ラインは稼働前だったが、真新しい施設を見る貴重な機会を得ることが出来た。2022.12.29 | |
ロイズカカオ&チョコレートタウンにて。見学コースは、プロジェクションマッピングなどを駆使しており、テーマパークになっている。コロンビアにあるロイズ直営のカカオ農場を再現したスペースもあって、楽しい。2022.12.29 | 個人のコレクターが長年に渡って収集した世界中のチョコレートの包装紙が展示してある。写真はそのほんの一部。質と量の豊かさは、アートと呼んで良いものであり、しばし見入ってしまう。2022.12.29 | ロイズカカオ&チョコレートタウン内のショップ。もちろんロイズのチョコレート製品が数多く並んでいるが、ロイズタウン駅関連のグッズもあって、“鉄道好き視点”でも楽しい。2022.12.29 |
ロイズタウン駅、冬の風景。2022.12.29 | ロイズタウン駅の窓から、駐車場越しにロイズカカオ&チョコレートタウンの大きなビルが見える。2022.12.29 | ロイズタウン駅のホーム。一面一線の構造。2022.12.29 |
石狩太美駅(札沼線) 2015.09.12 駅近傍は90年代にJRによって造成された宅地、そのまわりは水田が囲んでいる。北に進めば、スウェーデンヒルズの瀟洒な別荘地もある。西南方向に、大手チョコレート・メーカー、ロイズの工場がある。駅舎は時計塔のある特徴的なデザイン。札幌の通勤圏内で、2012年現在で1日2,000人以上の乗客がいる。 |
石狩太美駅から北へ6kmほどのところにあるスェーデンヒルズ・ゴルフ倶楽部では、冬季にアイスホテルが営業。宿泊時、風呂、トイレなどはゴルフ場の施設を利用し、就寝する際は寝袋を使用する。2016.02.11 | |
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スウェーデンヒルズ・ゴルフ倶楽部。付近には美しいゴルフ場が多い。 2014.05.05 | 石狩当別駅(札沼線) 2015.06.13 沿線人口の増加から1994年に近代的な橋上駅となり、電化も行われた。旧駅舎はこちら。 |
札沼線(石狩当別~石狩月形)
札沼線(石狩当別~新十津川)の車窓の一部を、こちらで動画紹介しています。(2019.11.03)
札沼線の北海道医療大学-新十津川間は2020年4月17日をもって運行終了、同年5月7日をもって廃止となりました。 管理人にとって、たびたび乗車しては沿線を旅してきた当該区間はひときわ思い入れの深い線路でもありました。 以下、駅ごとに写真を紹介します。 |
石狩金沢駅
本中小屋駅
中小屋駅
月ヶ岡駅
知来乙駅
石狩月形駅
札沼線(石狩月形~浦臼)
札沼線(石狩当別~新十津川)の車窓の一部を、こちらで動画紹介しています。(2019.11.03)
豊ヶ岡駅
紅葉の豊ヶ岡に入線。2019.10.24 | 林の中を伸びる道を歩くと、豊ヶ岡の駅舎が見えてくる。2020.04.14 | 林の中に佇む豊ヶ岡駅のホーム。2020.04.14 |
豊ヶ岡駅(札沼線) 2015.10.17 付近の住民からの請願で出来た駅だが、集落から離れた山あいの鉄道林に囲まれた中にある。紅葉の時期には、ことさら美しい風景を持つ駅となる。付近を小川が流れていて、管理人が訪問したときは、ホームに立つとせせらぎが聞こえた。駅に至る道は、かろうじて車1台が通ることが出来る程度の道幅。こちらでも紹介。 |
紅葉が美しい豊ヶ岡駅。2019.10.24 | |
豊ヶ岡駅のホーム。長年の風雪に耐え続けたホームは歪んで、ところどころ斜めになりながらも、その勤めを果たしていた。1960年9月10日開設の駅は、これらの写真を撮影した3日後、60年に及んだその勤めに幕を下ろした。2020.04.14 | 豊ヶ岡駅の待合室。2020.04.14 | |
豊ヶ岡駅へ続く小道を駅から北に歩くと、農業用のため池があり、その先に樺戸連山の山なみが見える。2020.04.14 | 豊ヶ岡駅 2019.10.24 | 豊ヶ岡-札比内 車窓風景 2019.10.24 |
札比内駅
晩生内駅
札的駅
浦臼駅
札沼線(浦臼~新十津川)
札沼線(石狩当別~新十津川)の車窓の一部を、こちらで動画紹介しています。(2019.11.03)
鶴沼駅
於札内駅
南下徳富駅
南下徳富駅(札沼線) 左;2015.10.17 右 2018.10.13 新十津川町内の駅。2012年に木造の小さな待合室は撤去されてしまった。 |
南下徳富駅、冬の情景。2018.02.24 | |
南下徳富駅 2019.10.24 | 簡易なホームのみ。広がる農地にたたずむ南下徳富の駅。2020.04.14 |
下徳富駅
新十津川駅
新十津川駅(札沼線) 左;2014.08.30 中・右;2015.10.17 途中駅から静かな終着駅へと変遷した。のどかな雰囲気あふれる美しい駅。こちらでも紹介。 |
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1日1往復のみとなった新十津川駅。1往復の列車の旅客のため、駅前では仮設の売店が設置されていた。新十津川の地酒「金滴」の札沼線ラベルverや、DVD「札沼線」のほか、地元の産物、札沼線の風景がデザインされたコースターやクリアファイルが販売されており、管理人は、訪問の度に購入して、取り揃えました。 左2018.10.13 右2020.04.14 | 新十津川駅の待合室の中では、札沼線の風景を撮影した写真などが飾られていた。2020.04.14 |
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石狩金沢駅跡
石狩金沢駅跡。廃止から1年以上を経た夏の日。駅舎の横にあった駅名票は外され、フレームだけが残っていた。駅舎は、そのまま静かに佇んでいた。Map (2021.08.08) | 石狩金沢駅跡のホーム。強い夏の午後に日射しは、変わらずホームに影を落としていた。(2021.08.08) | |
石狩金沢駅跡のホームから、新十津川方面を望む。(2021.08.08) |
本中小屋駅跡
夏空の下、そのまま駅舎が残っていた本中小屋駅跡。Map (2021.08.08) | 本中小屋駅跡から、新十津川方面を望む。(2021.08.08) | 駅名票が外され、まるで田園風景を描いた絵画のフレームのようになっていた。(2021.08.08) |
中小屋駅跡
廃止され、駅舎とホームの間に青く夏草が茂るようになっていた中小屋駅跡。Map (2021.08.08) | 駅舎側にあった引込線への分岐跡。レールも廃止時のまま残っている。(2021.08.08) | |
かつてホームを照らしていた電灯。夏の青空の下、建っている。(2021.08.08) | 廃ホームからみた駅舎。(2021.08.08) |
月ヶ丘駅跡
国道275号線沿いにホーム跡を残す月ケ丘駅跡。Map (2024.10.12) | 駅ホームに沿う部分では、線路が敷かれたままで残されていた。(2024.10.12) | 月ケ丘駅跡東側にかつてあった踏切地点から、新十津川方面を望む。線路を失った路盤が続いている。(2024.10.12) |
知来乙駅跡
駅舎、ホームともにきれいに撤去されてしまった知来乙駅跡。Map (2024.10.12) | 知来乙駅跡から新十津川方面に続く路盤。(2024.10.12) | 知来乙駅跡から、踏切跡を越えて、石狩当別方面に続く路盤。線路は撤去済。(2024.10.12) |
石狩月形駅跡
石狩月形駅跡。廃止区間で唯一の有人駅で交換が可能であった石狩月形駅。当然のことながら人影は絶え、保線用の車両の姿も消えていた。案内板は掲示部分が取り外され、かつてのホームで躯体だけを残していた。Map (2020.08.01) | 石狩月形の駅舎跡前から、浦臼方面、当別方面にそれぞれコミュニティーバスが発着していた。(2020.08.01) |
豊ヶ岡駅跡
豊ヶ岡駅跡。廃止になって、ホームの歪みが大きくなったかもしれない。線路は茂みの中に埋もれるようにして、そこにあり続けていた。Map (2021.08.08) | ||
愛らしい駅舎は残念ながら撤去されてしまっていた。写真手前に、かつて待合室があった。(2021.08.08) | 豊ヶ岡駅跡から、新十津川方面を望む。(2021.08.08) | 駅横を通る小道。現役時には、車止めがあって、歩行者専用の踏切となっていた。廃止後、車止めは撤去され、車でかつての踏切を横断できるようになっていた。この道は1972年の地形図を見ると、跨線橋により線路の東西を結んでいる町道の「旧道」にあたる道であることが分かる。奇しくも札沼線の部分廃止により、数十年ぶりに車の通り抜けが再び可能となったわけである。ただ、最近では、この小道は単に豊ヶ岡駅に行くための道となっていたため、駅も廃止された今となっては、わざわざここを車で通行する人は、めったにいないだろう。管理人は、車でゆっくりと通り抜けてみました。なお、札沼線廃止前の当該踏切の様子は、こちらで動画紹介しています。(2021.08.08) |
豊ヶ岡駅の撤去を周知する工事標識。(2024.10.12) | いっとき車両の通行が可能になっていたかつての駅へ続く道には、撤去された豊ヶ岡駅のホームの残骸が積まれていた。切ない光景である。(2024.10.12) | 豊ヶ岡駅跡東の町道の跨線橋から、撤去工事現場を望む。よく見ると、草が茂る掘割の中に、線路は残っている。美しかった駅の姿は、思い出の中にある。(2024.10.12) |
札比内駅跡
札比内駅跡の広場は、バス用のパーク&ライドの駐車場に転用されていた。駅舎は残っていたが、施錠され、バス用の待合室には利用されていない。そのような用途で駅舎が残ってほしい。Map (2021.08.08) | ||
札比内駅跡の線路は、激しく夏草が茂っていた。(2021.08.08) | かつて札比内駅を示していた駅名票は、白地がただ夏の日射しを反射していた。石狩当別方面を望む。(2021.08.08) | |
草が覆う札比内駅跡。(2021.08.08) | ホームから見る旧駅舎。(2021.08.08) | ホームに建っているキロポスト。(2021.08.08) |
新十津川、下徳富、晩生内といった趣深い駅舎が撤去されしまったが、訪問時、まだ札比内駅の駅舎は健在で、むしろ前年訪問時と比べて、草刈など手入れされている状況で嬉しかった。素敵な駅舎なので、是非、地域の財産として、保存してほしい。(2022.07.30) | ||
廃止から4年を経て残っている札比内駅の駅舎。地域の愛情が伝わるようで嬉しい。(2024.5.18) | ほぼ完全な形で残っている札比内駅跡。思えば、管理人がいちばん最後に札沼線の列車から降車したのはこの札比内駅だった。石狩当別方面へ向けてカーブしていく列車を見えなくなるまで見守っていたのを思い出す。(2024.5.18) | ホームと駅舎。線路部分はきれいに芝が刈られている。この姿が見られるのであれば、何度でも訪問したいと思う。(2024.5.18) |
晩生内駅跡
晩生内駅跡。国鉄時代の趣をよく伝えていた晩生内駅の駅舎はあっさりと撤去され、更地になっていた。Map (2021.08.08) | 石狩当別方面に延びる線路。この夏は猛暑で、この日も中空知では、最高気温が34℃に達した。(2021.08.08) | |
かつての駅名票。背後にあった駅舎は撤去され、駅名票も、その名を失っていた。(2021.08.08) | 新十津川方面を望む。(2021.08.08) | かつて晩生内駅のホームを照らしていた風格ある電柱。(2021.08.08) |
札的駅跡
札的駅跡。小さな駅舎は残っていた。Map (2021.08.08) | 強い日差し。冬の寒さだけでなく、夏の日差しからも旅人を守ってきた小さな駅舎。もう入ることはできない。(2021.08.08) | 新十津川方面を望む。この日、管理人は、札的駅の駅ノートを管理していた、駅近くの中華料理店で昼食を取った。暑い午後だった。(2021.08.08) |
浦臼駅跡
浦臼駅跡は札沼線メモリアルパークとして整備されている。整備後の記念行事に参加させていただいた際の撮影。Map (2024.05.18) | 整備にあたって、浦臼駅の歴史を記した案内板が設置された。(2024.05.18) | 駅のホームがあった場所をモニュメントとし、周囲は公園化された。(2024.05.18) |
浦臼駅跡の整備に併せて開催された「ありがとう札沼線フェスタ」では、月形町、浦臼町内の各駅を含んだ鉄道模型が展示されていた。上写真は浦臼駅の付近。なかなか大規模な展示であった。(2024.05.18) | 展示されていた模型はなかなかマニアックなツボを押さえたものであった。かつて石狩月形駅と豊ヶ岡駅の間にあった月形炭鉱のホッパー跡も再現されていた。(2024.05.18) | 豊ヶ岡駅では、撮影スポットとして知られた駅の東で札沼線を越していた町道陸橋を再現。撮影に訪れたファンの姿もあった。パトカーも来ているようだが・・・。(2024.05.18) |
「ありがとう札沼線フェスタ」にて展示されていた廃止区間の駅たちの駅名標。充実した展示、そして、キッチンカーでおいしいものもたくさん頂きました。ありがとうございました。(2024.05.18) |
鶴沼駅跡
鶴沼駅跡。ホームから出入りする小さな待合室はまだ残っていた。ホームも廃止時のまま。Map (2021.08.08) | 鶴沼駅のホームからは、畑地に延びる用水路を見ることが出来る。そのため、無雪期のこの駅では、いつも水音が響いていた。(2021.08.08) |
於札内駅跡。実り豊かな水田地帯の中、秋の斜陽を浴びて、駅舎が残っていた。Map (2020.09.21) | 於札内駅横の踏切から、於札内駅を見る。(2020.09.21) | 於札内駅へ向かう道。そこには小さな橋が架かっている。二本松川という小川を渡る橋の柵には「於札内駅通線」との票が打ってある。(2020.09.21) |
於札内駅跡(2020.09.21) | 鶴沼方面に敷かれている線路。もう列車が通ることはない。(2020.09.21) |
南下徳富駅跡
南下徳富駅横の踏切から、下徳富駅方面を見る。Map (2020.08.01) | 簡易なホームが残る南下徳富駅跡。駅名票は取り外されている。(2020.08.01) | 水田の中の島のように見える簡易なホーム。(2020.08.01) |
下徳富駅跡
下徳富駅跡。かつての貨物ホーム。面するようにしてある農業倉庫。Map (2020.08.01) | この駅の雰囲気がとても好きだった。できれば、なんらかの形で保存してほしい。(2020.08.01) | |
上の3枚の写真から1年後の訪問時の姿。駅前の「花月の松」は、駅の廃止により、急に老け込んだように、その下枝を枯らしていた。訪問時、気温は34度近く。夏の焼けるような日射しが注いでいた。(2021.08.08) | ||
駅舎側から見るホーム。下徳富駅の旅情に満ちたこの風景は、得難いものであった。(2021.08.08) | なんとか保存してほしかった下徳富駅であるが、訪問時、無情にも撤去工事を周知する看板があった。(2021.08.08) | |
すっかり解体撤去されてしまった下徳富駅跡。ホームもなくなり、線路も?がされてしまった。駅前にあったランドマークである「花月の松」すらも、伐採されてしまい、痕跡はなくなった。大好きな駅だったので、この上なく無念だが、せめて今まで素敵な思い出をありがとうと伝えたい。(2022.07.30) |
新十津川駅跡
新十津川駅跡。いっときは保存も検討された新十津川駅の駅舎であったが、廃止後、すみやかに撤去されてしまった。札沼線に思い入れがある人によっては、モニュメントのような駅舎たっだのだが、駅舎が失われれば、土地の記憶も淡くなるだろう。訪れる人も一気に減るのではないだろうか。Map (2021.08.08) | ||
新十津川駅跡のすぐ南で、線路にはなぜか土が盛られていた。訪問時、この南側と下徳富駅の間で、線路の撤去作業が進められていることが確認出来た。(2021.08.08) | 駅舎がなくなり、ガランとしてしまった新十津川駅跡。寂しい。(2021.08.08) | 桑園駅から76.5kmのキロポスト。すでに撤去のため、脇に置かれていた。(2021.08.08) |
新十津川駅跡は、「駅跡地さくら公園」として整備され、ホーム跡を模したモニュメントと、ホーム横の線路が残される形で公園化された。(2024.06.29) |