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北海道廃線駅跡写真集 亀畑 清隆 著

レビュー日:2013.7.5
★★★★★ 新幹線では決して感じることのできない旅情とは?
 1959年、札幌市出身の写真家、亀畑清隆氏による写真集。161ページ、白黒。各ページごとに写真1枚を掲載している。対象となっている廃線は以下の通り。1)瀬棚線 2)岩内線 3)万字線 4)羽幌線 5)天北線 6)興浜北線 7)美幸線 8) 興浜南線 9)相生線 10)標津線 12)根北線
 廃駅(現役の分岐駅を含む)1つごとに1枚の写真であり、それぞれの写真は、駅の痕跡の有無にかかわらず、2005年現在の「駅があった場所」を静かに示すものとなっている。
 鉄道という文化財の価値は、本来どのように見積もられるべきであろうか。通常、「収支係数(営業係数)」というものによって、その経済的な価値が測られることが多い。これは、100円の営業収入を得るのに、どれだけの営業費用を要するかを表す指数で、100円以上であれば赤字、100円未満であれば黒字である。廃止されていった線区の多くはこの名目によってその運命が定まった。
 最近、私は江差線に乗った。北海道の函館市と江差町を結ぶ線区であるが、2014年5月に木古内-江差間が廃止されることになっている。車窓風景の美しい路線で、私もそれを楽しんだ。江差町で宿泊した私は、この魅力的な町を散策したが、あちこちで聞かれたのは江差線の廃止を惜しむ声であった。
 江差線に乗っていると、一つの象徴的な風景が目に飛び込んでくる。木古内駅付近でみられる建設中の北海道新幹線の威容である。
 私は、出版社に勤めるかたわら、紀行作家として活躍した宮脇俊三(1926-2003)氏の書物を愛読した人間である。その宮脇氏のある書の前書きに、こんな文章があった。
 東京-大阪間に新幹線が開通し、便利になった。しかし、便利になるということがどういうことか考えることがある。会社の所要で大阪まで行ったとき、かつては「遠いところをわざわざ来てくれた」という相手方の感情が、こちらの商談に対しても陰ながら強く働いた。しかし、新幹線が開通するとそれがなくなった。1回の出張で済む仕事が2,3回要するようになった。便利になったら会議も出席しなくてはならない。今まで断っていた私事用務も、断れなくなる。
 もちろん、宮脇氏は「新幹線が良くない」と言っているのではない。利便性の向上によって失われるものの価値を、そっと指摘しているだけに過ぎない。しかし、私はこれがとても印象に残る。現在、函館まで建設されている北海道新幹線は、将来札幌まで延伸されるという。その路線の9割近くは「トンネル」だそうだ。今、函館から札幌まで列車に乗ると、大沼を抱える駒ヶ岳の優美な姿、向こうに有珠山を抱える内浦湾、太平洋に突出する絵鞆岬、それに樽前山、恵庭岳といった美麗な火山の数々を見て、札幌に到着する。時間は要するが、それに匹敵する「旅情」が心に残ったものだ。そして、「これが北海道なのだな」という強い印象を旅客に与えた。
 これが、新幹線となると、ほとんどがトンネルの、行ってみれば“長大な地下鉄”となるわけだ。“旅情”が“ビジネス”へと変質していく。それこそ普段の生活で通勤のために往復しているような感じで、目的地に運ばれるのである。旅は距離の問題ではない。旅情により、「日常生活からかい離した」感動が得られるかどうかである。それが新幹線には、ほとんど感じられない。「ビジネス」と「旅情」の棲み分けの象徴が前述の宮脇氏の文章にはあるが、北海道新幹線は北海道への移動を「旅」から「ビジネス」へと変質する象徴に思える。
 一概にそれが悪いとは言えないかもしれないが、私はある時点から近代化の名において、ときどき、人はものすごく大切な何かをどこかに置いてきてしまっているように思う。そんな忘れていった「何か」を、偲ばせるものがこの写真集にはある。
 これらの写真に残るものは「形の記憶」である。周囲の街並みや風景は、どこかしらに「そこに駅があった」記憶をとどめているものが多い。周囲の構造や線形、あるいは自然の造形がそれを想起させる。かつてそこに駅があったという事を、知っていて見ることにより、初めて知覚される感傷がある。その感傷は、きわめて旅情に近い感興に繋がっている。
 これらの写真は雄弁というわけではない。決して絵葉書になるような「完成された」風景を示してはいない。むしろターゲットは「風景の欠損」にある。そしてその「欠損」こそが、この時代に人々が、社会が放逐した価値観を代弁している。また、あえて風景の美しいことで知られた湧網線、富内線、胆振線、士幌線などが取り上げられていないことが、特有の郷愁のようなものを誘う。
 取り上げられている駅周辺では、概して現在、一層過疎化が進行している。集落のなくなったところもある。何かを切って捨て、切って捨てを繰り返している最近を、一瞬を捉えることで表現した切ない写真集だと思う。
 それにしても、北海道新幹線が札幌まで延伸されるころに、この地にどれほどのビジネスとしての価値が残っているのだろうか。

ふるさと銀河線・駅写真集―廃線までの365日 亀畑 清隆 著

レビュー日:2015.8.26
★★★★★ 美しき「さりゆくもの」へのオマージュ
 北海道の北見市と池田町を結んだ全長140kmの鉄道路線は、かつて北海道のオホーツク地域に向かう交通の主脈を担い、網走本線の名で、札幌から北見、網走に向かう重要な線路であった。しかし、石北線の開通により、その座を失い、線名も池北線と改称された。1989年に石勝線が開通した際、札幌から北見に向かう線形的な優勢を回復するかに見えたが、札幌から石勝線、池北線を経由した場合、道北の中心地旭川を通過してしまうこととなる。それより、国鉄から民営化に伴い、経営地盤の弱いJR北海道には、もとより池北線の輸送能を強化する体力はなく、廃止に向かった。
 しかし、沿線自治体の路線継続への意志は強く、北海道の介入により1989年から「ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」に名称を変え、第三セクター方式で運営が担われることとなった。しかし、北海道を囲む経済環境はきわめて厳しかった。1955年のガット加入から1993年ウルグアイ・ラウンドに至る農産物の自由化、1962年の原油の輸入自由化による石炭産業の衰微、1957年のニシン魚群の消滅、これらに伴って大規模な資本が継続的に倒れることで、ついに1998年、北海道の基幹金融機関であった北海道拓殖銀行が破たんした。一次産業中心の開発が行われていた北海道は、度重なる強烈な経済的打撃にたちうちできず、いくつもの集落が消滅していった。
 池北線沿線においても、過疎の波はとまらず、当該路線も、奮闘むなしく基金が底をついた2006年に廃止となった。北海道の場合、やはり冬の厳しい環境が経営上のきわめて大きな負担となる。低温と豪雪から鉄道と関連施設を保守することは、どうしても経費が発生する。また、北海道内の他地域でも線路の廃止が相次いだことは、交通ネットワークとしての機能性を低下させ、さらなる利用者の低下を招くと言う慢性的な負のスパイラルに陥っていた。
 当写真集は亀畑清隆(1959-)氏によるちほく高原鉄道の廃止までの1年間を追ったもの。構成としては、まず巻頭カラーとして16ページ32枚におよぶ春夏秋冬、そして昼夜を幅広くとらえた美しい写真が飾り、そのあと北見駅から33の駅(及びその周辺)ごとに各4ページ4枚のモノクロ写真があり、巻末に4ページからなるさよなら列車の様子のカラー写真が掲載されている。
 池北線は、北海道の失われた数々の鉄路の中にあっては、比較的地味な路線で、有名な景勝地も海も湖沼も見渡すわけではないが、それでも広大な大地を感じさせる風景が展開していた。また、途中、酷寒で有名な陸別町、大合併前には国内最大の面積をほこった自治体足寄町を通っていた。付近はいずれもかつては森林資源の集積でにぎわったところで、置戸、陸別、足寄からは長大な森林鉄道が、深い森にむかって敷かれていた。
 亀畑の写真は、鉄道や、これに携わる人々、あるいは取り囲む大自然をみごとにとらえたもの。雪景色や夜景も美しい。私はたびたびかの地を訪れているが、とても空気の澄んだところで、とくに冬の湿度の低い日など、光の屈折が少ないため、遠景もゆがみなくくっきりと見渡せるので、荘厳なほどの美しい景色が見られるところだ。そんな地域の様子がとてもよく伝わってくる。失われた駅たちの姿も、理想的な形で記録されていると思う。足寄、陸別、本別など、駅舎を一新した駅では、その後のことを考えるとやるせない気持ちにもなる。いずれも後継施設として使用されているけれど、鉄路を失った姿には寂しさを禁じ得ないから。
 しかし、それ以上に多く失われた駅舎たちも名残惜しい。高島駅など、その瀟洒な木造駅舎は廃止後しばらく保存されていたのだが、最近になって老朽化のため、あっさりと取り壊されてしまった。かの地を巡り歩いても、懐かしい駅舎との再会を望むことはできなくなっている。
 それにしても、良い写真集だ。解説が最小限にとどまっているのは、残念な気もするが、写真たちがそれ以上に雄弁に様々なことを物語ってくれていると思う。
 北海道は短期間で一気に開発と殖民が進められた土地だ。しかし、今、荒廃化が進んでいる。地域の中には、コミュニティとして成り立たたない状況も発生している。そんな中、地域の産業を集積し、地域の人と旅人が集まった駅たちが、次々と大地から去っている。本書の美しさが、そのような「さりゆくもの」「失われるもの」へのオマージュともなっていることに、様々な感慨を感じつつ、ページをめくる。

幌加内―厳寒の地の生活鉄路・深名線とともに 伊丹恒撮影集

レビュー日:2012.11.1
★★★★★ 私たちが彼らを捨てたのではなく、彼らが、私たちを残して去って行ったのだ
 北海道の雪深い奥地(と呼ぶにふさわしい地理条件)にある幌加内(ほろかない)町に魅せられた写真家、伊丹恒(いたみひさし)によるモノクロ写真集、その名も「幌加内」である。当版は一度絶版となった写真集に、さらにカラー8ページを追加する形で再販されたもの。
 本書の解説にあたって、「幌加内とはどんな町なのか?」をまずご理解いただきたい。まず人口はきわめて少ない。2012年現在でおよそ1,700人であり、これは北海道の町でも最少。一方で面積は広く、770平方キロもある。そのため人口密度は約2人であり、これは日本国内で最少の数値である。町の北部には朱鞠内(しゅまりない)湖という国内最大の人造湖があるが、その近くの「母子里(もしり)」という地名の場所が戦後の国内最低気温となる-41.2℃を1978年2月17日に記録した。また、気候的には日本海側となり、冬季は豪雪地帯となる。名産はそばで、隣接する旭川市の江丹別地区とともに、その銘柄は知られている。
 町の行政域は、この朱鞠内湖を源とする雨竜川を囲むような形で、南北に長く伸びている。この行政域を縦断していたのが旧国鉄深名線である。深名線は深川市と名寄市を結んでいたが、120kmにおよぶ区間の途中ほとんどはこの人口希薄な幌加内町を通っていた。深名線は71年間に渡り運行されてきたが、1995年9月4日に廃止された。かつては森林資材の搬送等に活躍した路線であったが、需要の低下に伴い、早くから相当な赤字路線であったが、それでも1995年まで鉄路が存続されたのは、周辺の道路が整備されておらず、バスによる代替輸送が不能であったためである。
 以上の様に、豪雪、酷寒の人口希薄地帯を貫いた鉄路は、赤字とはいえ、地元での実態はまさに「生命線」であった。1日3~5往復の列車は、逆に本数が少ないことで、それが通うことの大切さ、公共財産を通じた地域のあり方を、自然発生的に人々に内包させるものであった。そのことを示すのが、深名線が廃止される「最後の日」の数々の写真。さりゆく深名線を見守る人々は、長らく連れ添った親しい友に別れを告げるかのような、感極まる表情で列車を見つめている。その表情がすべてを物語っているように思う。
 その他、多くの写真から伊丹氏が愛した幌加内の姿がひしひしと伝わってくる。地域の小さな学校、豪雪の中、線路を保守する人々、小さな祭りなど。
 私は、感傷にまかせて、「今の時代、人は郷土愛を失った」みたいなことを言うつもりは毛頭ないのだけれど、しかし、この写真集を見ていると、地方の鉄路が単に赤字を理由に続々と廃止されていった時代、それは、さまざまなものが「合理化」「無駄排除」の御旗で静かに去っていた時代であり、そこを境に何か大切なものが社会から失われてしまったように思われる。その延長線上である2012年にあって、この写真集は、鉄道廃止の時代が、何か一つの時代の価値観を終焉させた時代に重なることをあらためて実感させてくれる力を持っている。
 いま深名線沿線を訪問すると、ところどころに鉄路があった遺構が、来る人もなく静かに佇んでいる。その光景を見ると、私たちが彼らを捨てたのではなく、彼らが私たちを残して去って行ったのだという思いを禁じ得ない。

地図の中の札幌: 街の歴史を読み解く 堀 淳一著

レビュー日:2012.12.26
★★★★★ これぞ究極の「趣味本」だ!
 1898年(明治30年)に発行された「札幌沿革史」には、開拓使が置かれた1869年(明治2年)当時の札幌の様子が、以下の様に表現されている。「鬱々たる密林、ほうほう(草冠に凡で“ほう”)たる茅野(ぼうや)相接し、狐兎棲息し、熊鹿出没し、真に野獣の巣窟たりき」。寒冷なる大地の開拓と、世界的にも稀な大規模移民による都市建設は、ここから始まった。
 本書の著者、堀淳一(1926-)は物理学者であるが、高名な地図収集家としての一面を持っており、これに関連した書籍も多く記している。しかし、中でも本書は、質・量ともに圧巻の一冊であり、札幌で長年暮らしてきた氏の集大成とも言える一冊だと思う。
 本書の主役は「地図」である。開拓以来の5万分の1地図を基本に、時代ごとに、札幌の各所から象徴的な箇所を抽出し、その地図が紹介されていく。驚くのは、それらの地図が鮮明なことだ。おそらく本書の出版にあたって、慎重なリライト作業が行われたのだろう。きわめて見やすくなっている。
 氏の貴重な蔵書から抽出された数多くの地図たちは、その当時の状況を詳細に伝えている。時代の変転とともに、開拓地の面積、地表水の所在、産業の構造、交通のシステムは劇的に変容し、そのことが地図にはっきり示される。また、氏のコメントは地図が発行された年と、測量が行われた年の「タイムラグ」にも可能な限り言及しており、必要な補正についても適宜、補筆の形で記載されているのが助かる。かつて札幌がおおくの「村」に分かれていたときの境界線の形状や、扇状地のメム(泉)から発生する多くの水路の暗渠化、いつの間にか失われた「地名」、あるいは住所から消えても、いまなお様々な形で残る「地名」など興味は尽きない。札幌という街が、いかに短期間で劇的に変容してきたか、またそのスピード感の中で何が失われてきたか、多くの貴重な痕跡が記されている。
 また、軽川(がるがわ;現在の手稲)と花畔(ばんなぐろ)を結んでいた軽石軌道、現創成川通沿いに札幌と茨戸川を結んでいた札幌軌道、苗穂・白石から豊平を経て定山渓に至る定山渓鉄道、定山渓近辺の森林鉄道などが記載された詳細な地図などもたいへん興味深い。かつての鉄路の場所とともに、当時の周辺状況が詳細にわかる。
 他方、本書にほとんど記載がなく、可能であれば、追加してほしかったものもある。
・現状で痕跡をとどめているものがあれば、その様子(メム跡の窪地や廃線跡、廃鉱など産業遺跡の廃墟の状況)
・現在まで市街地に残る小路に関する言及(東区役所周辺に点在する斜め小路の起源)
・大友堀の歴史
 「文章」の量は少ないため「読み物」としてはすぐに読み終わってしまうが、氏の指摘するポイントを、一つ一つ、引用されている地図で確認し、「なるほど」と納得しながらゆっくりと読み進めるのが本書の楽しみ方と言えそうだ。
 また、しばしば「コラム」と概して、氏の思い出話や、願望(「もしも~だったら」の様な内容)が気楽な筆致で書かれているが、こちらは読んでみて、昔に思いを馳せたり、あるいはその気ままな発想にニヤリとしてみたりするのが楽しいだろう。
 札幌という町は大都市でありながら、強く郷愁を漂わせる街である。これは時代の急な流れの中で、傍流として時間の止まった箇所があちこちに点在するためで、その混交ぶりが人の心のどこかに触れるためだと思う。1972年のオリンピックの際に、近代化と称して、多くの無粋な建築物がこの街並みを壊してしまった観があるが、それでも、まだ東区や、市電の沿線には、昔の「札幌らしさ」を色濃く漂わせた地域がある。開発一辺倒ではなく、急激な都市化の過程で、20世紀の様々なものが地域ごとに混交し、それが不思議と一体感のある景色となっている。私は、そんな札幌が好きである。そのような札幌を時間軸に解きほぐしていくような本書には、あらためて強い郷愁を感じるとともに、時の流れを強烈に思い知らされるものでもある。札幌という街の「不思議さ」を感じたことのある方には、是非読んで(見て?)いただきたい一冊だ。

北海道 地図の中の鉄路 堀 淳一著

レビュー日:2015.2.8
★★★★★ タイトルを見ただけで「買い」確定!
 北海道大学で物理学の教授を務めた堀淳一(1926-)氏による素晴らしい趣味本である。同じ出版社から2012年に刊行された「地図の中の札幌: 街の歴史を読み解く」も面白かったが、趣味性と言う点では同等かそれ以上といったところだ。
 本書の内容は、現存する北海道のJR線(海峡線と2014年に廃止された江差線を含む)について、地形図と照らし合わせながら、その線形の面白さや、車窓を読み説いていく、というものである。路線は「全線の開通年代順」に、以下の様に並べられている。1) 富良野線 2) 函館線 3) 根室線 4) 留萌線 5) 千歳線 6) 室蘭線 7) 宗谷線 8) 釧網線 9) 石北線 10) 札沼線 11) 日高線 12) 江差線 13) 石勝線 14) 海峡線。こうして書いてみて、現存線で全線開通が一番早かったのが富良野線だったというのは、私もなかなか意外だった。それにしても、北海道の線路は随分を減ってしまった。美しい車窓風景が見られた羽幌線、興浜北線、名寄線、湧網線、士幌線、深名線、万字線、胆振線、富内線、松前線、その他多くの線路が、失われてしまった。
 本書の内容に戻ろう。本書では路線ごとに、まずは20万分の1地形図でその全貌を紹介し、要所要所で、新旧の5万分の1及び2万5千分の1地形図を引用しながら、解説を加える方法で記述が進められていく。(各地図は、転載の際に適宜拡縮が行われているが、その比率もきちんと記載してある)。
 線路を辿って地形を読み解く、という試みが面白くなるのは、鉄道の地形的制約が大きいことに由来する。回転半径、上り勾配には限界があり、工事の省力化と、目的地到達の短時間化の折衷案として路線が決定されていく。川を渡るには効率的に架橋する角度も検討しなくてはならない。さらに集落には駅を設ける必要があるが、駅の設置にはある程度の広さの平坦な場所が不可欠だ。だから、線路の線形を辿るということは、当地の地勢学や地誌そのものを検討することに繋がっている。
 どこの谷を通って分水嶺を超えることがもっとも合理的か。現路線に決定するまでにどのような検討が行われたと考えられるか。また、線路の付け替えなどは、どのような価値観を勘案してなされたのか。これらの考察は、多様な要素を含んでいるから、とても楽しいのだ。面白かった一例を挙げてみよう。根室線の末端に近い茶内駅以東では、線路がずっと尾根道(分水嶺)に敷かれている。通常、川に沿って敷かれる線路において、これは世界的にみてきわめて珍しい路線配置だ。この地の低湿な土壌と、台地の形態的特徴を背景として、必然的にこのようなものになった、と本書では語られている。函館線蕨岱駅付近の峠越えの変遷も本書の解説で一層興味が高まった。また「窓から見える山容」への記述も面白い。例えば、名寄盆地西側にある一見普通な山なみが、主尾根とこれに並行して孤立峰が連なるユニークな形をしていることも、あらためて指摘されてみないと、わからないことだ。地質の硬軟による浸蝕差で生まれた珍しいものとのこと。
 それにしても、本書で引用された数々の地形図は見ていて楽しい。なだたる地図コレクターである堀氏が所有する古い地形図が惜しみなく投与されている。印象深いところを挙げよう。
・昭和26(1951) 函館線落部駅付近 ; 路線変更のタイミングで、落部駅新旧2つが掲載
・昭和42(1967) 根室線新得駅付近 ; 狩勝峠越の新旧両線さらに北海道拓殖鉄道が掲載
・昭和28(1953) 室蘭線伊達付近 ; 海岸線に沿って走る旧室蘭線(現在はトンネル)が掲載
・昭和44(1969)と平成12(2000)の有珠山 ; 1977年の噴火前後で変化した山容(車窓風景) 前者には胆振線も掲載
・大正6(1917) 函館線ニセコ付近 ; 旧線の線形が掲載 厳密な測量を経ない等高線にも注目
・昭和3(1928) 門別付近; 日高線の前身日高拓殖鉄道が掲載 門別にはすでに競馬場が見える
・昭和28(1953) 苫小牧付近 ; 苫東開発前の海岸を走る日高線が掲載
・平成3(1991) 苫小牧付近 ; 最近廃止された苫小牧港開発社線が掲載
・昭和33(1958) 夕張登川付近 ; 旧登川支線の全貌が掲載
 ざっと挙げてみたが、どれも食い入るように見てしまう地形図である。その他、根室線では、線路の付け替えをもたらした2つのダムと、それに伴って消えた2つの駅(滝里駅;滝里ダム と 鹿越駅;金山ダム)のダム完成前後の姿も示されている。
 そのような意味で、本書は、昔の地形図に興味を持つ人にとって、宝の山といえる資料が収載されていることになる。
 堀氏の文章はいつもながらの味わい。エッセイ風な自由な書き振りで、興味のあることはどんどん書くし、そうでないことはほとんど触れない。私個人的に、共感したのは、例えば、根室線糸魚沢駅付近のチライカリベツ川周辺の湿原の車窓美が素晴らしいこと、釧路湿原のシラルトロ沼周辺の散策路がまたとない楽しいものであること、などである。一方で、場所によっては毒舌が過ぎるところもあるかもしれない。例えば、留萌線の書き振りは冷たく、増毛駅については、何もない、駅前を10分ふらついて終わりだし、留萌線もほとんど乗客がいない、といった体。ちなみに、私も昨年、留萌線で増毛まで行ったのだが、深川-留萌間は座席が全て塞がるくらいの乗客だったし、留萌-増毛間も10人以上の乗客だった。増毛も歴史あるきれいな町で、駅前にある保存された旧旅館建築、旧食堂建築、駅から丘に上がったところにある北海道最古の現役の木造校舎の増毛小学校など私は大好きだし、国稀酒造、旧商家丸一本間家なども是非オススメした訪問地だ。それに美味しいお寿司屋さんやラーメン屋さんもある。そういったことに、あまり興味のない堀氏の記述は、観光という点では鵜呑みにされない方がいいでしょう。
 とはいっても、堀氏の興味が、地形学的なものや自然を中心としたものであるのだから、そこらへんは読者の側が割り切って読みましょう、といったところだろうか。
 それにしても堀氏は本書を執筆した2014年の時点で88歳。まだまだ元気で活躍されているのは、実に頼もしい。氏には、この勢いで、道内の廃線が現役だったころの地形図について、まとめた書を、是非にも執筆いただきたい。そして、これからも、北海道を鉄道で走り回り、練り歩いていただきたいと思っている。

北海道 地図の中の廃線 堀 淳一著

レビュー日:2018.1.4
★★★★☆ 偉大な趣味人、堀淳一氏の最後の著作となってしまいました。
 昨年11月、堀淳一(1926-2017)氏が亡くなられた。北海道大学で物理学の教授を務めながら、趣味の分野でも精力的な活動をし、地図に関する著作を多く執筆された。私も氏の様々な書物に影響され、産業遺産や廃線跡を探訪したり、鉄道での車窓を楽しんだり、地形という観点で物事を考えたりして、楽しむようになった。
 そんな氏の晩年の著作が「地図の中の」ではじまるシリーズで、旧版の地形図を引用しながら、その地にまつわる開拓史や、鉄道工学的検証を行う内容である。これまで以下の2冊が刊行されていた。
 地図の中の札幌(2012)
 地図の中の鉄路(2014)
 いずれも私はとても楽しみ、後者のレビューには「それにしても堀氏は本書を執筆した2014年の時点で88歳。まだまだ元気で活躍されているのは、実に頼もしい。氏には、この勢いで、道内の廃線が現役だったころの地形図について、まとめた書を、是非にも執筆いただきたい。そして、これからも、北海道を鉄道で走り回り、練り歩いていただきたいと思っている。」と記載させていただいたものである。
 そして、2017年の末に、その期待に沿うタイトルを持った本書が登場した。本書では、北海道内にかつて存在した国鉄線(一部を除く)について、その全貌を20万分の1旧版地勢図で紹介しつつ、現在の地勢図と比較し、さらに要所については、5万分の1地形図や2万5千分の1地形図も引用し、紹介してくれている。これらの引用された地図を眺めるだけで、たいへん楽しい。
 だが、内容としては、残念なものを感じる部分が多い。これは、執筆時の氏の年齢のためか、内容的な新しさがほとんどない点による。これまでの2作では、地形図を引用しつつ、それにまつわる興味深い論説があり、その部分で新しい知見が読者にいろいろともたらされたのであったが、本書の文章は、これまで氏が執筆されていた廃線跡探訪に係わるものをリライトしただけといったもので、特に地形図と直接的な関係のないことが書いてあるという印象が強い。むしろ風景描写中心の探訪記の体裁になってしまうところが多く、地形図より、写真を紹介してほしいような内容となってしまう。これは、氏のこれまでの廃線跡探訪問記が、基本的に写真付であり、そのために書かれたものをリライトでした体裁であるため、仕方ないのではあろうが、残念である。
 ちなみに引用された地形図類は、そのスジの趣味の人にはたまらないものが多い(と思う)。かつてあった森林鉄道や簡易軌道、運炭鉄道など現在は失われた線形があちこちに顔を出している。中湧別を起点とした富士製紙馬鉄など、その最たるものだろう。しかし、氏の文章は、そのようなものには一切触れず、ただ、かつての廃線跡探訪を思い出し、まとめ直したもの。加えて、その探訪も、全線というわけにはいかないので、線区によってはごく一部の紹介に記述はとどまってしまうのだ。せっかくこれだけ貴重な旧版地図を引用しているのだから、その内容や面白さを解説してほしかった。氏の薀蓄を読みたかった。
 そうはいっても、これだけ貴重な地図を集め、編集・引用の選定を行う作業は相当大変だっただろうと思う。結果として、興味深い地図をまとめて見れるという稀な書になっており、氏の業績を偲びながらページをめくる一冊となった。
 あらためて、著者の冥福を祈りたい。なお、参考までに、氏がこれらの廃線跡を探訪した際のことを、写真もまじえて紹介した探訪記としてまとまったものとしては、以下の2冊がある。本書に興味を持たれる方はすでに読了しているかもしれないが、参考までに書き添えます。
 北海道 鉄道跡を紀行する 北海道新聞社(1991) 
 続・北海道 鉄道跡を紀行する 北海道新聞社(1999)

消えた鉄道―レール跡の詩 (風土と歴史をあるく) 堀 淳一著

レビュー日:2015.2.10
★★★★☆ 廃線探訪趣味の原初の姿を記録する書です
 北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図や鉄道に関する趣味を掘り下げ、関連するサークルなどを主催している堀淳一(1926-)氏による、廃線跡探訪の記録をまとめた小冊子。1983年の刊行。
 鉄道の廃線跡を探訪するという趣味が注目されるようになったのは、私の感覚では90年代からで、宮脇俊三(1926-2003)氏が編集に係ったJTBキャンブックスの10冊からなる「鉄道廃線跡を歩く」がその「焚き付け」の役割を行った啓蒙書として名高い。
 しかし、個々にこれらの趣味を持つ人は以前からもおり、その代表的先駆者とも言えるのが堀氏である。これはそんな堀氏が個人的に探訪を行った以下の7つについて、その成果を地図、写真、文章でまとめたものである。
1) カラマツの山あいをぬけるレール跡 北海道拓殖鉄道
2) 山郷の駘蕩をゆく哀愁の路 横荘鉄道
3) 杉の山あいにやぶを分ける小径 北陸鉄道河南線
4) 石を運ぶレールの残影 岩間の人車軌道
5) 薄命のレールを詩うススキの穂なみ 国鉄篠山線
6) 県境をトンネルでくぐっていたミニ私鉄 伯陽電鉄
7) 鉄橋の遺跡また遺跡 熊延鉄道
 4)以外の路線については、廃止前の時刻表も掲載されている。
 本書は、全体で100ページ以下の薄い冊子。中身は著述部分、写真、マップがそれぞれ別頁に掲載されているような体裁が多く、「廃線探索の実用書」的なものは目指していないかもしれない。地形図が引用されていて、堀氏が実際に歩いた部分が実践でトレースされ、〇囲みの数字の記載により、文章部分との照らし合わせが可能だが、写真が紹介されているものは数少ない。また、堀氏も、あえて論文的な記述を避けているため、どの部分がどのような状況であったのか、類推せざるをえないところが多い。
 これらの欠点を補完するため、空撮の「ステレオ写真」が掲載されていて、要所は参照できるようになっているが、当時の印刷、白黒であることもあり、分かりやすいとまでは言えないだろう。
 というわけで、私がこの本を通じて楽しんだのは、廃線跡探訪という趣味の初期の原型が記録されているという点である。なんせ、発行から30年以上が経過しているので、今同じように痕跡を辿ると言うのは無理である。しかし、この書を読んでいると、この時代ならではの痕跡や、発見する喜び、そして、まさに「点」ではなく「線」を辿るというアプローチの重要さが示されていて、この趣味の面白みが発見される過程が示されている、と思う。
 実際、私も廃線跡や駅跡を探訪するのが好きなのだが、現地での探索というのは、ずいぶんと推理力と空想力の双方を駆使するのである。とはいっても、現代では、関連する書物やインターネットの情報が溢れているので、十分な準備をすれば、ポイントである「遺跡」も、比較的容易に発見することが出来る。しかし、この書がかかれた当時の状況は大きく異なっていて、とにかく情報がなく、あるのは新旧の地形図だけである。これの照らし合わせを繰り返しながら、「この場所にはこういう遺構があるに違いない」と自分にだけ見える「道」を突き進み、そして、それを「発見」するのである。その喜びは、相当大きなものであったに違いない。
 とは言え、最近は廃線が増えすぎた。私も、最近は自分が利用した路線を改めて訪問するというパターンが増え、それは懐古的な寂しさがつきまとうようになってしまった。この書を読んで、そのような時代格差も、明瞭に感ぜられると思った。

れいる残照 堀 淳一著

レビュー日:2015.4.6
★★★★☆ 1980年代の鉄道廃線跡の記録
 北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図や鉄道に関する趣味を掘り下げ、関連するサークルなどを主催している堀淳一(1926-)氏による、廃線跡探訪の記録をまとめたフォト・エッセイ集。1989年に刊行されたもの。全103ページで、だいたい3分の1くらいがカラー印刷。取り上げられた廃線跡を項目出しすると、以下になる。
1) 定山渓鉄道 疎林のなかの巨人のベッド
2) 札沼線(新十津川-石狩沼田 間) 野の緑に埋もれたレール
3) 歌登村営軌道 かげろうにゆらぐまぼろしの鉄道
4) 北海道拓殖鉄道 火山灰台地をよぎる高原鉄道の跡
5) 美唄鉄道 廃墟のヤマ・消えた鉄道
6) 胆振線(京極-脇方 間) 蝦夷富士にむかう鉱石の廃道
7) 函館本線(ニセコ付近の旧線) 森の暗さにひそむトンネルの闇
8) 早来軌道 シラカバとカラマツの娯しい散策路
9) 岩内線 花と草をぬう錆びたレール
10) 寿都鉄道 森に沈む・雪にひそむ
11) 福山線未成区間 未完成鉄路のうた 海峡の北で
12) 大畑線未成区間 未完成鉄路のうた 海峡の南で
13) 奥羽本線矢立て越え 枯れ枝の乱れ髪
14) 黒石線 私鉄にレールをバトンタッチ
15) 横荘鉄道 ススキを分けて・リンゴをくぐって
16) 生保内森林起動 渓谷をうねる森林軌道跡
17) 磐越西線の旧線 SのなかのW
18) 高畠鉄道 まぼろしの旧鉄路
19) 三山電鉄 小川の鉄桁・庭の電車
20) 外房線(土気-大網 間) 大地のジャイアント・クレヴァス
21) 草軽電気鉄道 高原に筋曳く夢の跡
22) 東野鉄道 レールから修景モザイクへ
23) 上田丸子電鉄 冬の陽だまりにねむる駅々
24) 信越本線(米山-鯨波 間 旧線) 海とともにゆくレール跡
25) 北陸鉄道河南線 深山の幽路
26) 遠州鉄道奥山線 花をぬう道床跡
27) 田口鉄道 けものたちの劇場
28) 安濃鉄道 踏み分け道と国道と生活道路と
29) 近鉄 旧青山トンネル付近 寂寞の底のホーム
30) 北恵那鉄道 鉄橋・鉄橋・鉄橋
31) 江若鉄道 比良の山並み・琵琶の水なみ
32) 有馬軽便線 古城の廃墟を想わせる橋台
33) 篠山線 築堤はススキの王国
34) 出石鉄道 雪原に消える淡い汽笛
35) 伯陽電鉄 サイロと廃墟と短いトンネル
36) 別府鉄道 クルマで光るレールの断片
37) 赤穂鉄道 森の静寂・サクラのはなやぎ
38) 西大寺鉄道 釘づけのディーゼルカーと転轍機
39) 下津井電鉄 近づくにぎわい去ったにぎわい
40) 井笠鉄道 夕日をあびるナローの橋桁
41) 住友鉱山線 幽鬼の集会場?ニンフの演舞場?
42) 土佐電鉄 電車の幻影は稲妻のように
43) 耶馬溪鉄道 渓流を縫うサイクリングロード
44) 国東鉄道 橋脚の跡は水鳥の遊び場
45) 矢部線 春の爛漫と八女茶をむすんで
46) 宮原線 スギの美林に抱かれて眠る道床
47) 熊延鉄道 天を突く橋脚また橋脚
48) 南薩鉄道 警笛の響きへの幻想
 1か所あたり1~6ページで、割かれている紙面が限られているため、情報量としては少ない。それぞれ線路跡を記入した地形図が掲載されているが、大まかなものであり、実地向きではない。記入されている文章も、詩のような散文調のものであり、やはり、フォト・エッセイといったところ。そういった意味で、後に宮脇俊三(1926-2003)氏が編集した全10巻からなるJTBキャンブックスの「鉄道廃線跡を歩く」シリーズとは比較にはならない。本書の訴えかけ方は、産業遺産の発見というより、自然回帰的で感傷的なものだろう。
 とはいえ、これらの訪問が行われたのは70年代の末から80年代にかけてであり、まだ巷で廃線跡探訪という趣味が、広く普及してはいなかった時代のものである。また、当然ながら、現在では、完全に失われてしまった景色も多く掲載されている。そういった点で資料的な価値はあるし、やはり写真は美しい。
 私は、北海道に住んでいるので、どうしても道内の廃線跡により強く郷愁を感じ、また実際に訪問もしてしまう。それにしても「定山渓鉄道」は、1972年のオリンピックの際の再開発の波で廃止されてしまったのが、惜しまれる路線だ。というのは、その後、これまで札幌市の人口自体が倍増したため、この鉄道の周辺も宅地化されたが、狭隘な地形の関係で、流通の主となる道路が限られ、物流の停滞をきたした地域であったためである。札幌市で、南区のみが激しい過疎化に見舞われているのは、交通の利便性の問題が大きいに違いない。また、定山渓温泉も札幌の奥座敷と言われながら、近年では集客力が低下しているようだ。現在は交通量の激しい国道に沿った温泉街といったところだが、渓流に沿って走っていた定山渓鉄道があれば、少なくとも私のような人間にとっては、はるかに魅力の増す存在であったに違いないのだけれど。。。本書では、現在では見ることができない小金湯駅の駅名票を含んだ廃屋を見ることができる。
 道外では上田丸子電鉄が懐かしい。といっても当然私は乗ったことはない。私は、上田に旅行で赴いた際、上田電鉄で別所温泉を往復し、上田丸子電鉄の廃線跡も見てきたので、本書でその旅のことを思い出した。九州の宮原線も、廃止前の小国に立ち寄ったことがあった。
 本書における散文的な紹介は、具体性が低い分、かえってそのようなノスタルジーに訴えるところがあるかもしれない。いずれにしても、初期の鉄道廃線跡紀行として、当時しか見ることのできなかった景色が多く紹介されているという点でとても貴重な書である。それにしてもわずかな期間にこれだけの廃線跡を探訪した著者のヴァイタリティーには、あらためて敬服させられる。

北海道 鉄道跡を紀行する 堀 淳一著

レビュー日:2015.3.24
★★★★★ 地形図を見ながら廃線跡を探訪する醍醐味がわかる本
 北海道大学で物理学の教授を務めた堀淳一(1926-)氏による北海道の廃線跡を探訪した"フォトエッセイ"。1991年に刊行されたもの。堀氏は、地図愛好家によるサークル活動を主催しており、本書の内容は、主にその活動を記録したようなもの。なので、廃線探索のための直接の資料としての実用性は高くはない。むしろ、現地を訪れた際の喜びについて、写真とともに綴られたもの、と考えるといいだろう。取り上げられている路線とその訪問時期をまとめると以下の通り。(本書、記載順)
1) 湧網線 探訪時期不詳
2) 興浜南線 1990年10月
3) 興浜北線 1990年9月
4) 羽幌線 1990年秋
5) 根北線 1990年9月
6) 美幸線 1990年9月
7) 岩内線 1986年
8) 広尾線 1990年6月
9) 名寄本線 1990年9月
10) 胆振線 1990年10月
11) 渚滑線 1990年10月
12) 士幌線 1990年6月
13) 相生線 1990年秋
14) 富内線 1987年春
15) 瀬棚線 1989年5月
16) 松前線 1989年11月
17) 白糠線 1990年10月
18) 羽幌炭砿鉄道 1990年晩夏
19) 歌志内線 1990年9月
20) 幌内線 1990年5月
21) 万字線 1990年他
22) 千歳線(植苗-沼ノ端 付け替え) 探訪時期不詳
23) 函館本線(上目名付近 付け替え)1988年6月
24) 北海道拓殖鉄道 1988年10月
25) 標津線 1990年10月
 このシリーズには、1999年に続編も刊行されているので、それなりの反響もあったのだろう。
 本書には鉄道ファンならではの著者の視点による多くの美しい写真が掲載されている(巻頭カラー、巻中は白黒印刷)。それらは、しばしば鉄道の廃止前後で、同じアングルをとらえることで、比較が可能な形で紹介されている。そのため、鉄道の廃止が、風景にどのような変化をもたらしたのかがとてもよくわかる。特に産炭地では、炭鉱の興亡の様子がわかる。炭鉱が生きていたころの万時炭山駅付近の写真には、山の上まで建物が連なっており、現状を知る私などには、ずいぶん感慨深い。
 それらの写真も貴重なのだが、しかし、なんといっても目を見張るのは、著名な地図コレクターである氏の所蔵する歴史的な地形図が、あちこちで引用されている点だ。
 中でも私が注目したいのは、胆振線の旧大滝村と喜茂別町の境界付近を示した2万5千分の1地形図「双葉」である。この個所には「尾路遠」という駅があった。いや、駅があったとしても、現在確認できるものは何もない。この駅は「仮乗降場」と呼ばれるもので、地方の管理局が独自に設置したものである。これらの仮乗降場は、全国版時刻表には掲載されていない。北海道の場合、「道内時刻表」というのがあって、こちらにはその多くが記載されていたのだが、「尾路遠」は、私の知る限りでは記載されていなかった。それゆえにこの駅は「幻の駅」として、知られていた。停車する列車も限られていたと言う。
 私は、まだ中学生のころ、胆振線に乗車し、この駅(跡?)を見つけようと目を凝らしたが、それらしきものは見つからなかった。それは、胆振線廃止の2年前のことだったので、尾路遠駅は、すでに旅客扱いを廃止していたのだろう。それにしても、頑張って注目していたにもかかわらず、駅跡らしいものさえ、見つけることができなかった。
 以後、ネット時代になっても、この駅の画像というのが、まったく公開されなかった。私にとって、この駅は、「本当に存在したのだろうか」「利用者はいたのだろうか」と思いを巡らせる「幻の駅」のままだった。
 この「尾路遠駅」は5万分の1地形図にも記載されたことはないのだが、なぜか1955年に刊行された2万5千分の一地形図「双葉」には、はっきりと「おろえん」駅が載っていると言う。本書では、その貴重な地形図の該当箇所が掲載されている。確かに「おろえん」駅が明確に記載されているではないか!また、さらに1977年に堀氏が、付近の道路から撮影した写真には、丘の森の中に垣間見える「尾路遠駅」の駅名票(とホームの一部)と思われるものの姿が、確かに映っているのである。私はこれを見た瞬間に、二十数年ぶりに探し物を見つけたような、不思議な気持ちがしたものだ。
 他にも面白いものとして、相生線の「あいおい」という地名の端緒を地図から探るエピソードがある。地名の源となったのは「ヌプパオマナイ川」とあるのだが、この川名を現在の地図で探しても見つけることができない。筆者は明治中期の20万分の1実測切図という地図で、開拓駅近くにあった2km程度の支流がそれであったことを発見する。本書には、その実測切図こそ掲載されていないが、著者はその情報を1981および72年の地形図上に転載し、私たちに紹介してくれている。
 さらに変わった視点として、千歳線の植苗-沼ノ端間では、1954、66、68、83の4枚の2万5千分の1地形図から、「1968年」の地図に誤った記載があるという鋭い思考も披露している。また、函館線の上目名付近では、地図の情報のみから、正規な記録のない、「路線の付け替え」の事実をあぶりだしている。(この部分は、最近刊行された「北海道 地図の中の鉄路」でも紹介されている)。本書では、現地での遺構の確認、黒松内町史による証拠の発見まで書かれ、私のような同好の人間には、とてもドラマティックで魅了された。
 このように、堀氏は、地図を読み、謎を解く面白さを、様々な角度で提示してくれる。気づく人だけが気づくミステリを探し出し、謎を解いていく面白さが垣間見える。
 そう、廃線跡の探訪というのは、訪問者の推理力が試されるのだ。地形図の比較、現地の状況の確認、土地利用の変遷の類推、そこから自分にしか見えない過去の光景を導き出す。それは、廃線跡探訪の醍醐味と言ってよいだろう。  もちろん、実際の訪問記もそれなりに楽しい。前述したように、氏の文章は、現地を訪問したい人へのマニュアルの提案ではなく、あくまで情感に沿って、付近の自然の美しさなどを踏まえた記述。その前提の上で楽しみたい。たとえば、3つの湖(網走湖、能取湖、サロマ湖)とオホーツク海を見渡せた湧網線、海に落ちる断崖のさきの神威岬をへばりつくように回り込む通称斜内山道を通った興浜北線、海岸に沿う金駒内陸橋から焼尻島、天売島、利尻島を見渡すことができ、さらに作返で利尻富士を臨みつつ天塩川を越えた羽幌線の廃線跡の描写など、鉄道に興味のない人だって、「ぜひ行ってみたい」と思わせるものだろう。残念ながら金駒内陸橋など、今は撤去されてしまったが、これらの地の美しさは、私も重ねて保証したい。また、林の中に人知れずある北海道拓殖鉄道と河西鉄道のオーバークロスの痕跡などは、現地まで到達している人は少ないと思われるので、それだけでも胸の躍るところでもある。
 一方で、利用者が多かったのに廃止された松前線や名寄線等の記述は、やるせない気持ちを起こさせるところもある。瀬棚線も美しい路線だった。私は小学生のとき、両親に連れられて瀬棚線で瀬棚まで行ったのだが、往復とも満員で、通路でリュックを敷いて座っていた記憶がある。あんなに利用者が多いのに廃止になるのか、と驚いたものだ。
 今となっては、本書のようなものも含めて当時を懐かしむくらいだけれど、いずれ私もここに紹介された懐かしい廃線跡を一通り訪問してみたい。どうしても、廃止となってしまうと、現役線沿線に比べて、足が遠のいてしまうのだけれど、自分が乗車した路線はなおのこと行ってみたい。本書の刊行からさらに20年以上が経過し、さすがに多くが撤去や風化で失われているだろうけれど、あらためて堀氏の記録写真と、現地を見比べてみたい。

続・北海道 鉄道跡を紀行する 堀 淳一著

レビュー日:2015.1.22
★★★★★ 廃線跡探訪の先駆者によるサークル活動記; 貴重な地形図の引用に注目
 北海道大学で物理学の教授を務めた堀淳一(1926-)氏による北海道の廃線跡を探訪した“フォトエッセイ”。1999年に刊行されたもの。堀氏は、地図愛好家によるサークル活動を主催しており、本書の内容は、その活動を記録したようなもの。なので、廃線探索のための直接の資料としての実用性は高くはない。むしろ、現地を訪れた際の喜びについて、写真とともに綴られたもの、と考えるといいだろう。取り上げられている路線とその訪問時期をまとめると以下の通り。(本書、記載順)
道北
1) 天北線跡 1990年9月
2) 日曹専用鉄道跡(豊富町) 1993年10月、1994年9月
3) 歌登町営軌道 1985年7月
4) パンケ森林鉄道跡(下川町) 1991年6月
5) 深名線 1995年6月
6) 深名線跡 1995年10月
道央・運炭鉄道
1) 三井芦別鉄道跡 1996年6月
2) 三菱鉱業美唄鉄道跡 1985年5月
3) 上砂川線跡 1996年10月
4) 北炭真谷地炭坑専用線跡 1996年7月
5) 手宮線跡 1996年9月
6) 夕張鉄道跡 1996年5月
道央・非運炭鉄道
1) 夕張・芦別森林鉄道跡 1996年6月
2) 定山渓森林鉄道跡 1993年10月
3) 千歳線旧線跡 1996年5月
4) 早来鉄道跡 1995年6月
5) 真狩殖民軌道跡 1986年8月、1986年11月
道南
1) 寿都鉄道跡 1983年11月、1984年6月
2) 寿都鉄道跡 1984年4月、1984年7月
3) 室蘭本線旧線跡 1991年3月、1994年6月
4) 戸井線(未成線)跡 1997年6月
5) 戸井線(未成線)跡 1992年11月
 写真は、なかなか美しい。ただ、堀氏のサークル活動の中での記録であるため、写真の中にはメンバーが笑顔で映っているような、プライベートなものもある。訪問はその都度5,6人から十数人の規模だったようだ。文章では、同行者の会話や行動についても記載されているが、唐突に「〇〇さんが△△さんに」のように記述され、〇〇さんや△△さんがどのような人なのかまったくわからない読者は、やや面食らうところがある。また、風景描写も、色を示す固有名詞を羅列する表現が繰り返され、どこを読んでも同じような感じがしてしまうところも否めない。
 しかし、私が本書で、なによりも重視したいのは掲載されている地形図である。堀氏は、地図収集家としての知名度も高く、これらの多くの廃線が記載されていた当時の地形図を所有しており、それらが惜しみもなく引用されている。これは私の様な種類の人間には垂涎ものなのだ。実際、古い地形図というのは、古書店でもそれなりの値がつくし、そもそも肝心の時代・場所のものが取り扱われていなかったりする。公的機関で入手する方法もあるが、いずれにしても相応の手間が発生する。
 そのような貴重な路線の掲載された地形図が、数多く、美しい状態で本書では引用されているのだ。また、それらの昔の地形図が、訪問時の地形図と比較するような形で掲載されているものも多く、地図愛好家は、そういった図を見ているだけで、十二分に時間を費やしてしまうのである。そういった意味で、私にとっては本書の価値はきわめて高いのである。
 堀氏の記載は、前述したように、これらの地を同好の士と訪問する喜びを中心としたものなので、そこは軽い気分で読ませていただいた。これを読んでいて私が感じた第一の感想は「90年代初頭というのは、おおらかだったな」ということ。例えば、廃線跡の鉄橋を歩いて渡ったり、フェンスの隙間から侵入したり、トンネルに入れないかと柵の割れ目を伺ったり、お土産にと線路の部品を持ち帰ったり、そのような表現が、なんの衒いもなくあっけらかんと描写されている。その上、深名線に至っては、廃止前の線路を歩いてしまっている。もちろん、この朱鞠内と名寄の間というのは、廃止直前には一両のディーゼルカーが一日3往復するだけだったのは、ファンの間では当然の了解時なのだけれど、そうでない人の視点からは、どう思われるか微妙である。しかし、それも含めて、私はおおらかな時代だったと思う。今の世の中の何かとキツく締め付けられた感じとは、まったく違った時代だった。
 もう一つ。廃線跡の探訪が、いまほどの市民権を得ていない時代は、ガイドブックもないがゆえ、すべてが新鮮な発見だったのだな、ということ。三井芦別鉄道の炭山川の橋梁上に保存された車両は、今ではどんなガイドブックにも出ているが、それでさえ、「現地を訪れての発見」だったのである。堀氏は、それを踏まえて「その後のブームによって、訪問先が点に絞られたものと、線を辿った自分たちのアプローチはまったく違う」という主旨のことを述べられている。その通りと思う。しかし、私もそうなのだが、なかなか線を辿る条件は厳しいのだ。路線跡は荒廃しているし、それに十分な時間を捻出するのも大変なのだ。その点は、勘弁いただければと思う。それに、そこにあると書いてあるものであっても、やはり発見の喜びはあるのです。
 というわけで、これらの廃線跡の90年代の様子と、古い地形図に興味がおありの方には、ご覧いただいて損はない一冊かと思います。
 なお、96ページと97ページに引用されている年代別の2つの上砂川支線周囲の地形図が、両ページで入れ替わっているのでご注意ください。

消えた鉄道を歩く 廃線跡の楽しみ (講談社文庫) 堀 淳一著

レビュー日:2021.1.5
★★★★☆ 1986年刊行本。廃線探索という趣味世界の端緒となった書の1つ
 北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図研究とフィールドワークにおいても偉大な足跡を残した堀淳一(1926-2017)氏による、「廃線跡の楽しみ、消えた鉄道を歩く」と題された一冊。今でこそ趣味の一分野として定着してきた廃線・廃道探索という世界において、いちはやくこれを実践し、仲間を募ってはその愉悦性に接してきた氏によって、1986年にまとめられたのが本書である。目次を書いておこう。
1) レール跡はうねる、砂丘をぬって  南薩鉄道跡  p11
2) 集塊岩のはざまを延びるサイクリングロード  耶馬渓鉄道跡(その1日目)  p33
3) 青の洞門、水の洞門とともに  耶馬渓鉄道跡(その2日目)  p49
4) 石鎚の山へ連なる架線柱  住友鉱山線跡  p67
5) 海辺の廃線敷とサイクリングロード  土佐電気鉄道跡  p95
6) ナローの残影を追って  井笠鉄道跡  p111
7) ブヨブヨの土と気味の悪いトンネル  近鉄伊賀線跡  p131
8) 鉄橋、鉄橋、また鉄橋  北恵那鉄道跡  p139
9) トンネル、トンネル、トンネル、そして猿  田口鉄道跡  p161
10) 引佐・奥山の春を歩く  遠州鉄道奥山線跡  p175
11) 山里に哀愁をそそる廃駅の群  上田丸子電鉄跡  p189
12) 谷あいの田と林をぬうひなびた路  東武鉄道矢板線跡  p203
13) ターコイズの渓谷をゆくレール跡の小径  生保内森林軌道跡  p213
14) 峠越えの鉄橋とトンネルの残址群  奥羽本線矢立越え旧線跡  p227
15) サクランボからイチゴへ続く旧道床  函館本線塩谷・蘭島間旧線跡  p241
16) 丘と林のさわやかな日帰り散歩  早来軌道跡  p253
 80年代というのは、多くの国鉄線が廃止された年であり、地方のインフラが破壊され、過疎化、都市集中が一気に進んだ時代である。私はこのころまだ10代であったのだが、私の住む北海道が一気に荒廃する予感を強く抱いたものだ。そして、その後辿った現実は、その予感通りのものだったとも言える。なので、このフィールドワークを、単に趣味と呼ぶべきではなく、どこか社会性を踏まえた実地的なものと捉えたいと考える。
 堀氏も、生前あちこちで、旧国鉄線については、存続すべきであるということを話されていたのであるが、本書は、同行者と当該地を訪問して感じたことや見たことを純粋な楽しみの見地から述べたものであり、それはいつもの氏のスタイルで、軽やかな味わいのものである。土木工学的見地からの鉄道跡への言及や、歴史的な経緯に関することへの言及は、多くはなく、訪問先でのウォーキングの喜びと、遺構発見の楽しみがメインである。
 そんな中で、興味深いのは、訪問地で線路が現役だったころの地形図がたびたび引用されることである当時の地形図を参照しながらの現況比較は、(私にも経験があるが)、推理力や知的好奇心を満たす胸躍るテーマだ。
 ただ、本書のサイズは、その後刊行された氏の同ジャンルの図書と比較して小さく、印刷も粗目であり、引用した地形図、掲載された写真(全ページ白黒)のスペックには、どうしても不満が残るところだろうか。
 とはいえ、この時代の「廃線跡探索」で、どのようなものを目視することが出来たのかという点において、またとない貴重な記録であるし、なんといっても、こういう世界がある、と紹介した啓蒙と言う点で、意義深い一冊であったことは間違いない。私個人的には、訪問時バス待合室としてまだ残っていた早来軌道の厚真駅の建物など、本書で見ることができたのは、幸いだった。

消えた街道・鉄道を歩く地図の旅 堀 淳一著

レビュー日:2021.1.15
★★★★☆ 堀淳一氏が紹介する「旅」の醍醐味
 北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図研究とフィールドワークにおいても偉大な足跡を残した堀淳一(1926-2017)氏による、「消えた街道・鉄道を歩く 地図の楽しみ」と題された一冊。2003年刊行であり、すでに同趣向の先行書籍をいくつか執筆した後に出版されたもので、堀氏の1998~2002年にかえての探索の模様をレポートするものとなっている。
 取り上げられている個所については、目次を転載させていただく。
序章 旅行書(ガイドブック)にない「地図の旅」の歩き方 p13
第1章 急坂古道-ゆるゆる歩いて道の風情を堪能する
 1) か細く険しいトンデモ国道〔奈良県・大阪府〕 国道308号線こと暗越え奈良街道を歩く  p28
 2) 石の渓谷・石だたみ・岩をなめる滝〔三重県〕 熊野古道伊勢路・馬越峠越え  p39
 3) 苔むした石だたみの急坂また急坂〔三重県〕 熊野古道伊勢路・甫母峠越え  p49
 4) 「四国のみち」の険しい登り・もっと険しい下り〔香川県・徳島県〕 讃岐山脈越えの国道11号旧々道  p60
 5) 愉しさ抜群・難儀も抜群〔群馬県〕 碓氷峠の旧中山道を下る  p71
第2章 廃線路-レールも枕木もない不思議な風景を歩く
 6) 本州最北の廃鉄路〔青森県〕 下北交通鉄道線跡  p84
 7) 廃築堤に温泉が?〔北海道〕 東大雪ふところ・士幌線跡  p95
 8) 昼もほの暗いヤブ・西日のさす轍道〔長野県〕 明科・白坂隧道間の篠ノ井線旧線  p106
第3章 古代官道-町中に消えて現れる古代の幻を追う
 9) 一直線の長い長い街路〔香川県〕 古代官道名残の道・長尾街道  p118
 10) 古代官道・残影の連鎖〔広島県〕 東広島市・上寺家・西城間の直線道路  p126
 11) 五重塔の見える古代官道跡〔岡山県〕 備中国分尼寺・備中国分寺のかたわらのサイクリングロード  p132
 12) 閑静な家並みをつらぬく旧山陽道〔山口県〕 古代官道の後裔、徳山・新南陽間  p138
 13) 狭山市に突き刺さる所沢市〔埼玉県〕 鎌倉街道掘兼道・古代官道東山道支道跡  p146
 14) 涸沼川から巴川へ続く直線道路〔茨城県〕 古代官道・東海道の残影を歩く  p151
第4章 曲折の峠路-うねりくねる世界をとことん楽しむ
 15) 紆余曲折の峠路〔熊本県・宮崎県〕 人吉・えびの甲斐田の国道221号旧道  p164
 16) つの字逆つの字・くの字逆くの字の無限連鎖〔長野県〕 鳥居峠越えの国道19号旧々道  p174
 17) 霧の細尾峠越え〔栃木県〕 旧足尾銅山鉱石搬出路(国道122号旧道)を歩く  p182
 18) 雪の木戸峠越え〔山口県〕 長門から周防へ・旧山陰道を歩く  p193
第5章 旧街道-路傍の古仏・古跡に感嘆しつつ歴史の道を行く
 19) 「姫」と「犀」をつなぐ塩の道〔長野県〕 中綱湖から青木湖へ  p204
 20) 陸奥から陸中へ・中山峠を越えて〔岩手県〕 小繋・御堂間の旧奥州街道を歩く  p213
 21) 三戸丘陵・峠越えの道〔青森県〕 手倉橋・沖田表間の旧陸羽街道  p227
 堀氏の他の趣味本と同様に、レポートは、地形図を引用しながら、当該地を訪問した時に目にした風景をエッセイ風につづったもの。土木建築的な掘り下げや、周辺の歴史に関する掘り下げは限定的であり、散文的なので、物足りないと感じる人もいるだろうが、これだけ多くの個所について、総括的、総覧的に取り上げてくれており、著名な観光地ではなくとも、訪ねて、見て、発見する喜びがあちこちにあるという旅の醍醐味を伝えてくれる。(ただし、取りあげられているものの中で、熊野古道の馬越峠は、十分に観光地と呼べるだろう)
 私が実際に歩いたことがあるのは、その馬越峠と、北海道の士幌線跡末端部である。堀氏が、本書の中で訪問し、まだポイントが稼働することを発見する幌加駅跡は、現在はあるていど整備された形で保存されている。付近の美しい橋梁跡群と併せて、廃線ファンには絶好のスポットだろう。この幌加駅跡のポイントは、現在も稼働する。線路も残っているので、転轍の体験をしてみたい人にはオススメだ。(足を挟まないように注意してください)
 軽く読み通せる一冊であるが、引用されている写真等がすべて白黒なのが残念。同じ著者の書物でも、先に北海道新聞社から刊行されたシリーズなど、カラー写真が引用されていて、堀氏の文中の色彩描写と併せて楽しむことが出来たのだが、その点では、当書の仕様そのものに限界を感じる。
 官道と呼ばれる古道をなぞるものが何編かある。国分寺、国分尼寺、駅家(うまや)等の所在地から、旧官道を割り出す手法について簡単に紹介してくれており、興味深い。ただ、これに関しても、深い記述はない。ただし、全般に、読み手によってはより詳細な情報が求められるかもしれない個所では、引用文献をあげてくれており、参考になるだろう。
 1998~2002年という限られた期間の間で、精力的な訪問・探索を行った氏の行動力は素晴らしい。旅はいいものだ。旅というのは、「行く」と心に決めさえすれば、おおよそ大抵の人には可能なものだ。私もそれを自覚してからは、積極的に旅に出る生活を送っている。加えて、堀氏は、地形図から、自ら探訪地を探り出し、探索計画を立案し、実行する。旅はプロセスに醍醐味があり、その醍醐味は計画立案時からスタートする。地形図がそんな可能性の詰まったツールであるということを、あらためて認識させてくれる。

北海道 地図を紀行する〈道南・道央編〉 堀 淳一著

レビュー日:2015.4.16
★★★★★ 地形図を読み解くと、そこにはたくさんの「謎」と、そして「回答」が見えてきます!
 私は小さいころ、地図帳を眺めていれば時間の潰せる子供だった。地図は面白い。一つの絵の中に世界が縮小されている。地形や町が細かく記載されているし、わかりやすさを工夫した地図記号や配色のデザインだってなかなかセンスに溢れている。それになんといっても地図は現実の縮図なのだ。現地に行けば、実際にその通りの町があり、風景が広がっている。それは、とても想像力を刺激することだ。
 そして、想像する世界が、いよいよ実際にはどうなっているのだろう、と旅情を刺激するようになる。あれから幾年月が過ぎ、私は、小さいころに「ここはどうなっているんだろう?」と思ったところに、次々と訪問の機会を得た。それは概して楽しい、とても面白いイベント。そんな私にとって、旅は身近なところにたくさんあった。なぜなら私の生まれ育った北海道は、そんな魅力にあふれた秘境に、事欠かない土地柄だったのである。しかも、今もって未開・未訪の地がまだまだたくさんある!
 そんな私にとって、本書に記載された著者の活動は、うらやましいというのが正直な感想だろう。北海道大学で物理学の教授を務めながら、地図に関する趣味活動を精力的にこなしている堀淳一(1926-)氏による、地形図で気になった「面白そうな場所に行ってみよう」の実行本である。1988年に刊行された204ページからなる本。北海道の道南・道央地方がターゲット。巻頭のみカラー写真が添付してある。記載された個所を書き出してみよう。
1) 雲海に浮かぶ無垢のカルデラ 渡島大島
2) 静かな森・はるかな海 積丹半島の旧国道
3) カルデラ?二重カルデラ?隕石孔? 赤井川縦断記
4) 新雪の山と紅葉の野 晩秋の羊蹄山南麓をゆく
5) 空と雲の初秋のかがやき オロフレの西斜面を下る
6) 噴火湾岸の奇妙な分水界 静狩峠
7) 動く円頂丘の一族 また動いた有珠山
8) 子川を堰き止める親川たち 樽前山南麓の沖積堰止湖群
9) たゆたう水、湧き出る水、消える水 支笏火山灰地の水の表情
10) 文明ととなり合う原始水面の趣き 美々川と千歳湖
11) スイッチバックの残址・炭鉱列車の残影 夕張鉄道と角田炭鉱鉄道の跡を訪ねて
12) 馬追山をめぐるあの離れ丘・この離れ丘 活断層と差別侵蝕の申し子たち
13) 山峡の小さな自然史 日高山地にひそむ繞谷丘陵
14) 幻の鉄道を追って 「芦別線」の跡を歩く
15) 太古の郷愁を誘うはろやかな水面 石狩川の河跡湖たち
16) 川の合戦場・ゆめの跡 信砂川源流の片峠
17) 高原に雲を映す池塘の群れ
18) ズッコケ駒といかれスフィンクス 古火山の奇態な遺物・黄金山と兜岬
19) 河川敷のかくれた風景 さっぽろの「飛地」、もと「飛地」
 中で、4)、11)、14)は氏のライフワークの一つである「廃線跡探訪」の趣味と重複する。4)では真狩・ニセコ間の殖民軌道跡を辿っている。
 読んでみて、私も知らなかった場所も含めて、地図好きにはたまらないネタの宝庫といったところ。引用されている地形図は白黒印刷で読みにくいところもあるので、できれば本書を片手に国土地理院がネットで提供している地形図などを照らし合わせながら読んでいただきたい。(私はそうやって楽しんでました)
 それにしても、冒頭から「松前大島」である。これは松前町のはるか沖にある日本海に浮かぶ孤島で、日本最大の無人島として有名だ。二重カルデラを持つ火山の島で、現地への交通手段はない。堀氏は、仲間と漁船をチャーターし、この島を訪問。道なき道を経て、最高峰の江良岳に登頂してみせている。なんと素晴らしい熱意。山頂からは奥尻島も望まれたとのことだが、この景色を見た人が、この世ではたして何人いるのだろう。本書には、その貴重な写真が紹介されている。
 氏が紹介する写真も興味深い。11)では栗山町内にある旧夕張鉄道の阿野呂川鉄橋が紹介されている。最近、私もこの橋跡を見てきた。現在では両側の橋脚が残るのみだが、堀氏が訪問した当時は中央橋脚とガーターも残っていたことがわかる。そして、ここで氏が繰り出した過去の写真があまりにも貴重。夕張鉄道は野幌と夕張を結んでいたが、途中の新二股から3.9km先にあった角田炭鉱まで、阿野呂川に沿った支線が存在していた。そして、なぜかこの支線だけは電化され、旭川電気軌道からゆずり受けた路面電車が、ゴトゴトと走っていたのである。現在、現地で当時を思わせるものは、ほとんどないのだけれど、本書にはこの電車の走っている写真が掲載されている。個人的には、この写真を見るためだけでも、本書は入手する価値があると思えるほどの貴重なものだ。
 また、北海道の自然の贅沢さも感じられる。8)で紹介されている樽前ガローなど、知る人は少ないが、首都圏の近傍にあったら、間違いなく観光スポットになっているであろう。
 さらに、地図と地形を表現する趣深い「名詞」を知るのも楽しい。9)で言及される「遷急点」は川の流れが急に早くなるポイントを指しており、これがどこにあるかで地形の概要を知ることにもなる。13)ではタイトルにもなっている「繞谷(じょうこく)丘陵」。これは、川が流路を変える過程で、谷に囲まれるように取り残される独立峰のこと。まさしく谷を繞(めぐ)らせた丘陵である。本書を読んで、はじめて日高山脈の山中に、このような面白い地形が存在することを私は知ったが、前述した国土地理院の地形図でみると、とてもわかりやすくかの地の地形が表現されていた。この地形図を先に見ると「なぜこんなところにこんな広くて底の平らな谷が!」の謎が喚起されるだろう。本書で、その謎は見事に解明されている。
 ほかにも、私が初めて知り、あらためて地形図を見て感嘆させられたものに、12)で紹介されている安平町のフモンケ川の不思議な流路が活断層の存在を示していること、雨竜と増毛を結ぶ道道のヘアピンカーブが恵袋別川と信砂川の複雑な谷の侵蝕の歴史を物語っていることがある。特に後者は、私も実際に何度か通った道だったのだが、本書を読んだ後では、俄然視点が変わってきそうだ。
 赤井川の謎めいたカルデラ、静狩峠の奇妙な分水嶺、石狩平野に点在する河跡湖などは私もよく知ったところだが、実際に現地をこまめに調査した氏の視点と記載は、私にもとても楽しい。ちなみに、静狩峠を訪問した6)では、堀氏は仲間のサークルを引き連れて、太平洋に向かって沢を下り、秘境駅として名高い小幌駅に出て、この駅をまっとうな利用目的で利用するという離れ業までやってのけている。その点でも私のような趣味嗜好の人間には、楽しくてしょうがない。
 まだまだ書ききれない思いだが、最後に一つ18)で紹介されている黄金山について書こう。本書では、仲間が「人を馬鹿にしたような山」と形容しているが、私がかつて読んだ登山案内書にはこう書いてある「はじめてみた人は、誰だった、富士山よりカッコイイと思うに違いない」。現物をご覧になりたいかたは、石狩市浜益区から、国道451号線へ侵入してください。とにかく、北海道は面白い地形と自然には事欠かない。
 さて、私も今月はどこの秘境を訪ねてみるか、またまた楽しみになってきました。

北海道 地図を紀行する〈道東・道北編〉 堀 淳一著

レビュー日:2015.5.8
★★★★★ 地形図を読み解き、道北・道東の力強い自然の魅力が伝わる一冊
 北海道大学で物理学の教授を務めながら、地図に関する趣味活動を精力的にこなしている堀淳一(1926-)氏による、地形図で気になった「面白そうな場所に行ってみよう」の実行本。1988年に刊行された「道央・道南編」に引き続いて、その1年半後に出版されたもの。本文は258ページ。巻頭のみカラー写真が添付してある。
 記載項目を書き出してみよう。
1) 原始悠々・十勝川の針金わたり 旅来の渡し舟
2) 錦秋に包まれたあやうい吊橋 美幌川を渡る猿留山道
3) はるかな海・光る雲・遠い山なみ 厚内海岸を歩く
4) モイワ、って何だろう? 十勝・北見のもいわ山たち
5) 人のいない地図 シュンクシタカラ湖の幽邃
6) パシクルの侘沼・侘浜 音別海岸をゆく
7) ちりっぷ・きりたっぷ・湿原と沼たち 散布の三つの沼・霧多布湿原
8) 高圧線が導く馬車鉄道の跡 殖民軌道養老牛線の残址を訪ねて
9) 痩せる細る長大砂州・茫漠の野 野付崎
10) おばけフキ・おばけイタドリ 野上峠の旧道
11) 光のたゆらい・水のきわめき 計呂地・芭露間、湧網線の跡を歩く
12) 瑠璃の沼・花の沼・浮草の沼 浮島湿原
13) ピークとコブの競り合い 名寄西方の分離丘陵列
14) 親子二代の川のあと 天塩川の二つの二重河跡湖
15) ざわめく沼・静謐の沼・光の沼 サロベツ・パンケ沼と三日月湖
16) みごとにみごとな浜堤列・まぼろしの長沼列 稚咲内海岸
17) ヤキモチ・ボタモチ・子山たち 利尻島のかくれた顔
18) まろやかなやわ肌の丘の列 宗谷と天塩の分離丘陵列たち
19) 宗谷丘陵の隠者と点睛 二つの「もいま」
20) なまめくペリグレーシャルの丘また丘 宗谷丘陵・その変貌
21) 木枯らしの沼・薄日の沼・小雨の沼 クッチャロ湖の三表情
22) 果てしなく広い曠い大地にひそむ沼たち 浅茅野台地を歩く
23) マッ・ピン・ペン・パン 頓別川上流のペアの山たち
 私も北海道に住んで、相当な頻度であちこちに出かけている人間であるが、札幌・旭川・函館周辺の「道東・道南」エリアと、他の道東・道北エリアでは、まったく印象が異なる。もし前者しか訪れたことのない人がいたら、とてももったいない。道央・道南エリアは、美しいが、人口密度、気候・風土など、東北地方の延長線上といった印象と言っても良い。それに比して、道東・道北というのは、異世界と思うほどの景色が広がっていて、私もかの地を訪問するたびに心を動かされる。
 といっても北海道は広い。札幌に住んでいたって、道東は日帰りでは無理で、味わうとなると複数泊が必要だ。かつて張り巡らされていた鉄道網がほとんど無くなってしまったのも痛手だ。
 しかし、堀氏のヴァイタリティーは素晴らしい。観光地とは言い難い個所にも、交通機関を利用して訪問し、その自然を独自の視点で探索している。訪問先を決めるのは地形図だ。地形図に描かれた地形を実際に目でする楽しみは、私もよく知っている。この場所でこの高さなら、このような景色が堪能できるに違いない、と思うと無性に行きたくなってくる。地形図に興味を煽るものがあればなおさらだ。
 地図コレクターとして著名な堀氏は、現地の地形図を現在だけでなく、しばしば過去のものも提示して、面白味を増してくれる。2)では襟裳の黄金道路開通前の旧道、そして8)では昭和30年(1955年)の5万分の1地形図「計根別」を引用し、そこに記載された「殖民馬車軌道養老牛線」の線形を見せてくれる。これもまた地図好きにはたまらない。
 それにしても、堀氏の着眼するポイントは、まったく人には知れない個所が多い。訪問地のうちで観光地と言えるのは、野付崎、利尻島、サロベツ原野くらいなものだろう。これらの地だって、彼が訪問先で目指すのは一般の旅行者が訪れないところだ。
 5)に取り上げられたシュンクシタカラ湖を知る人はほとんどいるまい。これは「人工衛星で写真撮影されるまで見つからなかった湖」という一種の都市伝説が語られるほどの秘境にある湖である。12)の浮島湿原も、国道から2時間ほどの徒歩を要する秘境だ。
 8)、11)、21)の3つはいずれも廃線跡探訪。21)では天北線廃線から1か月後にかの地を訪問し、湖沼を巡っている。
 私個人的に地形の面白さを実感するのは16)の稚咲内の海岸だ。地形図を見ると南北に海岸線と平行な丘陵が何本も走り、その間にこれまた直線状の沼が点在する。堀氏の記録を読むと、かの地の訪問にはやはり相応の気合が必要だと納得させられた。13)は、最近の氏の著書「地図の中の鉄路」でも触れられているので、比較したい。
 その他、アイヌの命名法や地名の由来の現地探索なども興味深い。もっと学術的な記載があってもよいと思うが、あくまで抒情的な面を踏まえた入門書といった体裁だろう。
 他に、様々な知識的な面でも、面白いエッセンスがある。1)は当時実在した「渡し舟」国道である。その実態をここまで伝えた記録はないだろう。
 また、北海道の特徴をよく示した豆知識も紹介されている。一つとても面白い(と私が感じた)ものをご紹介しよう。「地形図図式画報」によると、地形図の命名は、1. 「居住地名のうち、もっとも著名なもの」 2. 「地形図にある山、湖沼、岬あるいは島等の名称」によっていて、まず1.が優先され 2. の場合であっても、優先度として 山>湖沼>岬>島等 となるが、この最後の「等」に当たる川の名が地形図の名称に用いられる場合というのが、北海道にのみ存在する。5万分の1地形図で2例、2万5千分の1地形図で13例あって、堀氏はそれらを一つずつ紹介し、どうして地形図の名称には不向きな川の名を採用するに至ったか、考察を試みている。
 これは、私にも興味深いことで、とても面白かった。できれば、それらの地形図の場所を実際に訪問してみたいと思う。
 というわけで、地形図を読み解く面白みを味わいながら、道北・道東がどのような場所なのかがよくわかる本だと思う。一般的な観光地は一切紹介されていないが、だからこそ自然が力強く、それが魅力だというのが本書の主旨。同様の感性を持つ人には、楽しめると同時に、これらの地を訪問してみたいという気持ちが、強く刺激される書だと思う。

北海道 産業遺跡の旅―栄華の残景 堀 淳一著

レビュー日:2015.5.28
★★★★★ 歴史から消えてゆく産業遺産たちの、かりそめの姿を想う
 北海道の歴史は長くはない。もちろん、昔からそこに居住し、生活してきた人はいた。しかし、少なくとも開拓使が置かれ、開拓と産業育成が誘導されるようになったのは、道南の函館・江差周辺を除けば、わずかここ150年程度のことでしかない。しかし、この短い歴史の中で、北海道の産業は大きな盛衰を辿る。
 北海道で中心的に開発されたのは、エネルギーと食糧であった。前者では国内最大の石狩炭田を中心とした石炭の他、様々な鉱物資源、木材等の森林資源、後者では漁業と畑作、そして品種改良を行いながらの稲作、そして広大な土地を利用した酪農が展開した。しかし、時代は急激に変化する。エネルギーの主力が石炭から石油へと変化し、さらに海外から安価な鉱物資源、森林資源が供給されるようになる。食料も同様で、漁業に関しては、最大の資源であったニシンの魚群が去るとともに、農業・酪農はともに、近代化・大規模化した海外の供給源との競争に直面し、衰退を余儀なくされた。
 つまり、わずか150年の歴史でありながら、北海道で行われた様々な経済活動や関連する投資、施設の建設は、その後、つまり1970年以降の経済に寄与することのないものが大半であったため、複合的な不良債権を抱え込む形で、否応なく経済活動が衰退することとなった。この40年ほどの間で、かつての国内の産業振興に大きく寄与した数々の巨大施設は、山野に埋もれ、解体され、元の自然に飲み込まれつつある。
 私が、北海道で生まれた時は、すでにこの転轍点の後であった。産業遺産などという言葉で彩られることもなく、強靭な力で、今まで作られてきたものが、なし崩しになっていく様を見た。炭鉱が閉山し、ニシン漁が終焉を迎えた。総延長900kmを越えた森林軌道、総延長700kmを越えた開拓のための殖民軌道、物資の輸送を支えた私鉄線はすべて廃止され、国鉄線も(生活の用に十分に供されているものまで含めて)1,500km相当が廃止となった。私が生まれ育ったころ周りにあったものは、急速に歴史の表舞台から去り、静かにいなくなった。
 だから、今の北海道に暮らしていると、何かのおりに不思議なものを目にする時がある。山奥の廃道のような道を辿ると、その先に驚くような廃墟が眠っている。森の奥に不思議な築堤や橋脚が残っている。山に登ると、人為的な工作物や坑道の入り口が見える。
 そういったものに、「産業遺産」という名前が付き、何かしら歴史的な情緒をかもしだすようになったのは、比較的最近のことだと思う。北海道の産業遺産は、その性格上、人里を離れたものが多く、各所に散らばっている。そして、貴重なものであっても、それを保存する経済基盤がない。だから、仮に人里や道路に近いところにあった場合、今度は取り壊されてしまう。例えば、美唄市にあった巨大な滝の里発電所跡など、一時はその貴重さが鑑み、維持されていたが、ついに安全性の問題から、最近になって取り壊されてしまった。
 本書は、北海道大学で物理学の教授を務めながら、1960年代から全国の旧道、廃線跡、産業遺産など巡っている堀淳一(1926-)氏による、「北海道 産業遺跡の旅―栄華の残景」と題した産業遺産訪問の記録。 1997年刊行で、197ページ。堀氏は、はやくから、これらの産業遺産の魅力と、時と共に失われる儚さに注目し、訪ね歩いていたのだ。項目を書こう。
1 鉱山
 1) 下川鉱山跡 1993年10月
 2) イトムカ鉱山跡 1994年7月
 3) 恵庭鉱山跡 1992年10月
 4) 石狩油田の残址を訪ねて 1987年7月
 5) 羽幌炭鉱上羽幌鉱跡 1994年7月
 6) アトサヌプリ 1994年9月
 7) 鴻の舞金山跡 1990年9月,1993年6月
 8) 中外鉱山
2 農業・林業・漁業
 9) 夕張森林鉄道跡 1991年10月
 10) 当別高岡の水田盛衰 1994年6月
 11) 農村懐旧行 1994年6月
 12) 積丹半島西岸の袋澗群 1993年9月
 13) 上富良野・静修開拓地 1994年6月
 14) 恵庭森林鉄道跡 1994年9月
3 交通・通信・エネルギー
 15) 張碓・朝里間の「軍事道路」 1992年10月,1994年7月
 16) 落石無線電信局跡 1991年7月
 17) 豊平川発電所導水路の跡 1994年10月
 18) 幌内発電ダムその後 1994年9月
 19) 豊富ガス発電所群 1994年9月
 20) 礼文華山道 1993年10月
 21) 問寒別殖民軌道 1992年8月
 本書は「訪問記」であり、これらの場所の案内本ではない。そのため、記述は、堀氏が実査に訪れて見たものに対する感想が中心である。参考にはなるが網羅的なものではなく、抒情的なものだ。しかし、参考資料として、さかんに当時の地形図が引用されており、これは貴重なもので、私のような地形図好きにはたまらないところだ。
 さて、私にとって印象深かったものについて書こう。1)の下川鉱山は、私は行ったことはないのだけれど、鉱山廃水の管理を継続する関係で、まだ維持施設が残っている。鉱山のまわりにかつて集落が形成されていたとのことで、教育施設の廃墟など興味深いものが残っているほか、鉱山内で使用されていたトロッコ軌道なども訪問時はあったとのことで、私もいずれ行ってみたい。
 5)の羽幌の炭鉱跡は私も訪問したことがある。最近になって、羽幌町によって、旧ホッパーや、炭鉱付近の集合住宅跡、消防署跡、病院跡付近が整備され、容易に立ち寄れるようになっている。付近の廃墟は今も(毎年朽ちつつあるが)よく残っており、私も大好きな場所だ。
 9)の夕張の森林鉄道跡は、2014年のシューパロダムの完成により、三弦橋をはじめとする数々の美しい橋梁群が水没してしまった。私は2015年2月の試験湛水で水位が低下した際に、これらの遺構に接することが出来た。堀氏はさらに上流部の橋梁も含めて訪れており、貴重な写真が掲載されている。
 12)には私もよく知らず、驚かされた。ニシン漁が盛んだったころ、漁師たちは自費で自分の港のようなものを整備し、袋澗と呼ばれる港湾構造を作り、そこに捕獲したニシンをしばらく置いておいたとのこと。積丹半島西岸には、この自家製簡易港の残骸が残っているとのこと。今もあるのなら、是非見てみたいと思う。
 14)の札幌近郊の森林鉄道であるが、山奥に素敵な橋梁が残っていることが示されている。アプローチは簡単ではなさそうだが、とても興味深い。また、今ではおそらく痕跡を見つけることは難しいインクラインがあったことも解説してくれている。
 18)は、北海道電力の電力網の届く前に、枝幸、雄武の共同体が行った電力供給事業のため、作られたダム。今だったら電力自由化の先駆け的プロジェクトになったかもしれないが、北電の電力網の整備とともにその役目を終え、現在では、往時の半分の高さ(推定)に半解体されているとのこと。そのうらぶれた半廃墟のダムと、それでも水を蓄えた周囲の状況、これを囲む森と尾根から見渡された最果ての遠景が、美しく記述されている。堀氏は、雨が通り過ぎる中、この光景にしばし時間の経過を忘れ見入っていたというから、私も行ってみたいと感じた。
 21)は個人的思い入れがある。私の父が、廃止前のこの軌道に乗り、写真を多く記録している。その写真と照らし合わせながら、読ませていただいた。
 以上、歴史の浅い北海道にこれだけの産業遺産が残っているという運命を感じながら、興味深く読ませていただきました。

北海道 かくれた風景―地図を紀行する 堀 淳一著

レビュー日:2015.7.22
★★★★★ 堀氏の情熱的な趣味活動によりまとめられた「知る人ぞ知る地」の探訪記
 北海道大学で物理学の教授を務めながら、地図に関する趣味活動を精力的にこなしている堀淳一(1926-)氏が主催するコンターサークルの活動内容をまとめた写真エッセイ集。全編にカラー写真が挿入されている。2001年刊行。
 本書の探訪先のキーワードは「人知れず」。ほとんど誰も知らない湖沼、登山のターゲットとしては地味な山岳、観光対象とはなっていない不思議な地形。また、取り上げられている産業遺産についても(このような書き方が妥当かわからないが)同好の士の間でもメジャーとは言い難い個所が多い。目次は以下のような内容だ。
1 ひそやかな小沼たち
 1) トイドッキ沼 霧にかすむ縹渺の河跡湖
 2) レウケ(礼受)沼 スリバチの底の静謐の水
 3) シャクナゲ沼 険路の果てにきらめく水面
 4) 濁川の大沼、小沼、千沼 山ひだの秘める魅惑の沼たち
 5) スナフジ沼 山ふところの雪の秘沼
 6) 七ツ岳大沼 奥深い森の白銀の湖
2 小さな山・かくれた山
 1) ポンポン山 冬もほかほかのミニミニ山
 2) 化物山 こわい名前のやさしい山
 3) シャマンベ(写万部)山 噴火湾岸の好展望台
 4) パンケ山 恐竜の背中を行く
 5) 滝川ピンネシリ イシカリ(石狩)平野のかくれた主
 6) 日高ピンネシリ アポイの蔭にかくれた名峰
3 おもしろ地形・小集
 1) 畑の中に砂漠があった! 三川付近の内陸古砂丘
 2) 分水界はどこ? フラノ(富良野)盆地西縁の微妙な谷中分水界群
 3) 山腹にみごとに並ぶ不思議な孤立峰たち ナヨロ(名寄)西方の分離丘陵列
 4) 上トイカン(問寒)のナマコ丘 活断層が生んだ町営草地
 5) 谷底にひそむ凝灰岩の滝たち 千歳川峡谷の底をさぐる
4 産業遺跡・その1 鉄道編
 1) 秋の曠野の廃鉄路断片 北見鉄道の痕跡を歩く
 2) 渡る橋・渡れぬ橋・消えた橋 深名線跡の廃鉄橋連鎖
 3) 妖霧漂う廃トンネル 旧狩勝トンネルを見る
 4) ヤブの中の橋脚の列 トウベツ(当別)簡易軌道跡を歩く
 5) 秋色の廃トンネル・草いきれの夏の砂利敷き・新緑薫る掘割の春 室蘭本線の三遺跡を歩く
5 産業遺跡・その2 峠越えの旧道・廃道
 1) 狭霧漂う寂寥の峠路 仮監峠越えの国道391号旧道
 2) カバの木の清楚から紅葉の絢爛へ 浮島峠越え国道273号旧道
 3) はじめラクラクの轍道・終わりハードなヤブと川渡り デタリビラ(出足平)峠越えの国道229号旧道
 4) 雨とヤブをかき分けて イナホ(稲穂)峠越えの国道5号旧道
6 産業遺跡・その3 海岸・平地・山腹の旧道・廃道
 1) わびしい曠野を曲折する雨の道 豊清水・サックル(咲来)間の国道40号旧道
 2) 段丘崖下の長い長い侘浜 消えた「自根室至苫小牧道」
 3) 溢れる光・溢れる緑・緑蔭の水準点たち イノ(伊野)川川口・ハルシナイ(春志内)間の国道12号旧道
 4) ヤブこぎ大奮闘記 再再挑戦・ゴキビル(濃昼)山道
7 産業遺跡・その4 釧路炭田の炭鉱跡
 1) ホンキ(本岐)炭鉱跡 暗い森の魁偉な廃址
 2) ウラホロ(浦幌)炭鉱跡 新緑の森にひそむ廃墟たち
 3) シャクベツ(尺別)炭鉱跡 疎林に点在するゆたかな遺跡群
 4) トンネルとトンネルの間 尺浦トンネルの「隙間」探検
 このうち比較的有名なものを挙げるとしたら、以下の箇所だろう。
 4の2)の深名線跡は、駅舎が多く残っており、廃線からの経過時間も短いため、ファンはよく訪れる。
 4の3)の狩勝線跡は、付近がフットパスとして整備され、現地では有料だが、探索マップなど配布されている。
 5の2)の浮島湿原は、そこそこの訪問者がいる名所。
 5の4)の濃昼山道は、本書の訪問時はたいへんな難路だったようだが、近年ボランティアによって通路が整備されている。
 しかし、他は、あまりかの地を目的に行く人はいない場所ばかり。しかし、訪問記を見ると、なるほどと思える場所ばかり。実際、私も長く北海道を巡ってきて、「有名どころ」以外の場所の美しさに魅了されてきた人間だから、彼らの行動原理は、とてもよくわかる(つもり)のである。名もない美しい湖沼が、遊歩道もなく自然のままになっているのは、ある意味とても贅沢なことなのだろう。その贅沢さを堪能するのが、彼らの趣味の醍醐味だ。
 堀氏の記載は、いつもの様に、資料的なものは少なく、叙述的と言って良い内容。サークルの面々の和気藹々たる会話などが屈託なく書かれている。ただ、毎度のことながら、あまりにも私的な書きぶりで、単行本化に当たっては、せめて登場人物の簡単な背景くらい紹介いただいた方が、読む方も分かりやすいのであるけれど。
 他にも、要所で、もうひとつほしい言及のないことが多い。同行した詳しい方が「○○について説明してくれた」と書いてあり、その説明の中身を知りたいのに、その記載がない。そんなもどかしさもある。
 しかし、多くの地は、実際に訪れ目にするためには、相応の労力を必要とする場所ばかりなので、写真の紹介は貴重だ。加えて、主に産業遺産に関して、当時の貴重な地形図を引用してくれるのは、私にはこの上なくうれしい。中でも浦幌炭鉱と尺別炭鉱を結ぶ隧道の索道があったというのは、私にも新鮮な驚き。しかも堀氏は学生数人を引き連れて、山中で谷を渡るために一瞬地表に顔を出す索道跡を見るため、道なき道を書き分け、その廃墟を発見する。その情熱と行動力には、頭が下がる。
 また、中にはすでに失われた風景もある。4の4)で紹介されている当別町営軌道跡の7連橋脚は、最近完成した当別ダムの水底に沈んでしまった。特に産業遺産の持つ景色は、北海道ではここ十数年で急速に失われており、本書はその一瞬の姿をとどめたものとして、将来的な価値を内包するものだと思う。
 それにしても、堀氏は現在80歳代後半という年齢であるが、なお探訪と執筆の活動の情熱は衰えない。氏の活動を見ていると、本当に趣味こそは若さ維持の最大の秘訣であると、あらためて思い知る。私も、氏のような充実した80代を過ごしたいものだと心の底から思う。

忘れられた道 北の旧道・廃道を行く 堀 淳一著

レビュー日:2020.10.16
★★★★★ 廃道・旧道探索の草分け的存在といえる書物
 1992年に北海道新聞社から刊行された書で、北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図研究とフィールドワークにおいても偉大な足跡を残した堀淳一(1926-2017)氏によるもの。
 北海道内にある旧道・廃道を歩き、その風景を紹介するもので、全124ページ、すべてカラー印刷で、美しい数々の写真で、訪問当時の様子が紹介されている。取り上げられているのは20か所であり、それぞれ地形図等を引用した上で、新旧比較や、地形図上に旧道等のラインを記載してくれているので、たいへん参考になる。写真紹介がメインであり、ページ数の都合から、訪問当時の状況の詳細や旧道・廃道の歴史等については、ごく限られた情報しか記載されていないが、現在では多数趣味者のいる廃道探索についてまとめた草分け的書籍の一つである。また、文明史の浅い北海道という土地において、それゆえに忘れられた開発史の一面として様々な道路や関連オブジェクトが痕跡を残していることを示したものでもある。
 紹介されている旧道・廃道は、少数の例外をのぞき、いずれも現在では荒廃が一層進んでいると思われるが、以下、記載か所について、本書の感想とともに簡単に記したい。20の項目と、そのページ数を引用しながら記載する。・・・ちなみに20の項目はいずれも北海道内の地名であるが、道内に住んでいて、ある程度その地理に詳しい人であっても、20か所の項目名をみて、すべて「ああ、あのあたりだな」と見当をつけられる人というのは、(いなくはないだろうけれど)かなり少ないだろう。なので、そのあたりも補足しながら書いておこう。
 1) 積丹半島西岸 p5
 神恵内村の西(半島の先端側)、大森山の麓にある国道229号線の旧道にあたる道路で、現在の地理院地図にも記載がある。急峻な海岸が連続するあたりであるが、ニシン漁の拠点が点在したことから、古くから往路が存在した。当書では、素掘り面の露出した隧道(貫通)等が紹介されている。
 2) 出足平峠 p13
 出足平峠は、余市と古平の間にある国道229号線の峠であり、紹介されているのは現道の山側にある旧道で、現在の地理院地図にも記載がある。長閑な散策路といった雰囲気が紹介されている。
 3) 石狩浜 p17
 石狩市の八幡町から望来へ至る浜側の道。現存の道路である。私は、この道が好きで、とくに望来川の丘陵から見渡す石狩浜の景色は素晴らしく、夕陽の時など絶好である。本書では、望来浜でかつて見られたノジュールと呼ばれる堆積岩が化学作用で球体状になった不思議な地成物が紹介されている。私も幼少の頃、この浜を訪問し、ノジュールを観察したり、写真を撮ったりしたので、様々に感慨深い。
 4) 送毛山道 p26
 石狩市の浜益地区にある国道231号線の旧道。現在も活用されている。ちなみに、送毛山道は、車両も通行可能であるが、その南に連続する濃昼(ごきびる)山道は、徒歩道。この徒歩道はそこそこ整備されており、私も歩いたことがある。途中沢を渡る個所では、橋は失われているが、石積みの橋台などが残っており、趣深い。本書では、送毛山道を見守る小さな社や、送毛山道からみる増毛山地の美しい風景が紹介されている。
 5) 養老散布 p29
 浜中町の海跡湖である火散布沼の東で、火散布集落から養老散布集落を経て渡散布集落へと通じる道。現在の地理院地図では、一部について記載がある。本書では、まばらな漁村と、かすかに轍の痕跡を残して、林の中を続く道が紹介されている。
 6) 野上峠 p33
 野上峠は、屈斜路湖の北側で、小清水町と弟子屈町の分水嶺を越える道。現在では国道391号線の当該箇所か「野上峠」であるが、本書で紹介されているのは、より西側に存していた「旧・野上峠」。現在の地理院地図には記載はない。本書では、すでに通う人も絶えたかに思われる道跡を辿る様子が紹介されている。
 7) 広尾・音標津 p39
 十勝の南端、広尾からえりも岬へ向けては、現在では海沿いを国道336号線が通っている。本書で紹介されているのは、広尾市街地のすぐ南から山側を迂回していた旧道。本書の表紙で紹介されているのは、当該う回路が美幌川を越えていた古い徒歩吊り橋である。現在、当該道路は高規格の道道1071号線音調津陣屋線に置き換わっており、当該吊り橋の役目を、上美幌大橋が担っている。本書では、吊り橋の発見と、明治期の地理取調図も引用した考察が記述されている。
 8) 大狩部 p45
 大狩部は新冠町の地名。集落からトンネルを通って至る太平洋に面した絶景駅である日高線の大狩部駅があることで、鉄道ファンには広く知られる地名。紹介されているのは、その大狩部集落から、西側の厚賀に向かう、山側の湾曲した道路で、これは現役の道路。牧畜地帯の長閑な風景が紹介されている。
 9) 虻羅・厚瀬・江の島 p49
 瀬棚町の北側、虻羅集落の北側、国道229号線の旧道にあたる道路が紹介されている。現在の地理院地図には記載はない。北海道南西部の日本海側特有の、強烈な断崖絶壁海岸の海際に残る道跡には、ロックシェッドや隧道のオブジェクトが残り、本書では、海と空の青々とした光の中で、美しく佇む風景が紹介されている。
 10) 静狩峠 p57
 静狩という地名は、アイヌ語で「行き止まり」を意味する「シツカリ」が由来で、「ここから先は、海岸線を歩くのはあきらかに無理!」というような場所の地名となる。北海道だけでなく、青森県にも同様の地名がある。静狩峠は国道37号線の豊浦町と長万部町の間の分水嶺である。分水嶺といえば、このあたり、太平洋まであと500mというところまで日本海の流域が迫る個所であたり、このあたりの地勢の特徴を物語る。急峻な太平洋側を通る室蘭線には、秘境駅「小幌駅」がある。本書で紹介されているのは、国道37号線の旧道で、現在の地理院地図では、一部を除いて、記載はなくなっている。来馬川に沿った自然美が紹介されている。
 11) 宿野辺の道 p61
 「宿野辺」とは、森町の駒ヶ岳西側一帯の旧地名。函館線駒ヶ岳駅の東側を通る国道5号線の旧道で、現役の道路でもある歴史ある道を取り上げる。本書では旅宿や炭焼きがさかんだった沿道の明治に言及しながら、道に沿った遺構や碑文を紹介している。
 12) 日浦海岸 p67
 かつての戸井町と尻岸内町(現在は両町とも、函館市に併入)の間にある日浦岬。その急峻な岬を迂回していた国道278号線の旧道を取り上げる。現在の地理院地図には記載はなく、当該地には崖の地図記号のみが並んでいる。本書では、岩塊に穴を穿った素掘りの隧道や、波頭に没した道床が、津軽海峡の海とともに、荒らしくも美しい風景として紹介されている。
 13) 置戸・豊住 p73
 置戸町の北側で、豊住付近の山間に残る国道242号線の旧道を取り上げる。現役の道路。本書では、畑作地帯の中、行き交う車の少なくなった道路の風景を紹介している。
 14) 宇登呂 p77
 宇登呂は知床半島北岸、斜里町側の集落名。その宇登呂集落から、斜里町側のオシンコシン岬方面へ続く山間の道を取り上げる。現在の地理院地図では、一部について記載がある。知床山脈の広々とした風景が紹介されている。
 15) 斜内山道 p81
 斜内山道は浜頓別町と枝幸町の間にあるオホーツク海に突き出した神威岬を山端にそって海岸線と並行に通る道のこと。同じ個所を通る国鉄興浜北線(1985年廃止)も並行した線形を描き、当該地からみる流氷で埋まったオホーツク海は絶景として名高かった。現在「斜内山道」を名乗るのは、国道238号線の旧道であるが、本書が取り上げているのは、鉄道線よりさらに高いところを並行していた旧旧道にあたる道。現在の地理院地図には記載はない。私は当該地の線路跡を歩いたことはあるのだが、その一段上に、このような道路跡があることは知らなかった。そこから見るオホーツク海はいうまでもなく絶景だ。本書で写真が紹介されている。
 16) 羽幌海岸 p89
 日本海側の美しい町、羽幌。その羽幌市街地の北辺で羽幌川を渡るのが羽幌大橋。羽幌大橋を渡ってすぐ、西に道を折れ、海岸段丘の下を通っていたのは、国道232号線の旧道。現在の地理院地図では、その両端側が現役の道路として記載されているが、中間部は記載されていない。日本海を渡る風を受ける草地、そして日本海の荒波に削り取られてしまった道床の風景が紹介されている。
 17) 太櫓 p97
 太櫓は瀬棚町の南にある集落の名前。太櫓川の河口のとなりにある鷹ノ巣岬の尾根越えをしていた旧道で、現在の地理院地図では、一部について記載がある。すでに人が通わなくなったところで、古い道形を辿り、その風景を紹介しながら、かつての北海道の海岸線の通行に思いを馳せる。
 18) 関内・貝取澗 p101
 北海道南西部の日本海側は、急峻な地形が連続し、海岸線は異景の連続である。「関内」「貝取澗」は大成町(現在は合併して、せたな町)の海岸の集落の名前。海岸線を国道229号線が通るが、かつて2つの集落を結んだ山側の旧道で、現在の地理院地図にも記載がある。まだ轍のある道路から、青い日本海を見下ろす風景は無類に美しい。
 19) 泊 p105
 北海道に「泊」の名のつく地名は多い。ここで言う「泊」は、江差町の日本海に面した集落を指す。江差の市街地と泊集落の間にある国道229号線の旧道は、現在も生活道路として利用されている。現国道から一段高いところを通る旧道からは、しげる草の間から、より遠景を見渡すことができる。
 20) 小砂子山道 p109
 小砂子(ちいさご)は上ノ国町の集落で、松前との間、日本海へ突き出した日方泊岬の付け根、小さな居住可能地にある漁村だ。日本海側を通る国道228号線を通ると、この集落、実は旧道沿いにあるため、小砂子トンネルでスルーしてしまう。本書では、この集落の南北に何か所もある同国道の旧道群を取り上げる。現在の地理院地図では、一部の現役道のみ記載がある。旧道のわずかな轍の残る道床から、現道の橋梁を見上げる様は、時の流れが凝縮したような風景だ。
 全般に北海道南西部の日本海側の旧道の紹介が多いが、高品質なカラー印刷とあいまって、探索者の感覚が良く伝わってくる良書であり、様々な新たな感興を催す。本書に目を通すと、地図の見方も変わってきそうだし、あるいは、実際にこれらの地を訪ねてみたいという衝動にもつながることだろう。ぜひ、訪問してみるといいと思う。特に日本海側の旧道の数々は、決して訪問者を裏切ることはないだろう。
 それにしても、堀氏の情熱的なライフワークには、毎度のことながら頭が下がる思いだ。自分も、少しでも多くの時間を、自らの探求心のために使いたい。

続・忘れられた道 北の旧道・廃道を行く 堀 淳一著

レビュー日:2020.11.14
★★★★★ 廃道探索の草分け的存在といえる書物 第2弾
 1999年に北海道新聞社から刊行された書で、北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図研究とフィールドワークにおいても偉大な足跡を残した堀淳一(1926-2017)氏によるもの。「続」とあるのは、本書に先行して1992年に「忘れられた道-北の旧道・廃道を行く」が刊行されていたためである。本書はその続編という体裁である(本の規格サイズは前作から異なり、本書はA5変型判となっている)。
 北海道内にある旧道・廃道を歩き、その風景を紹介するもので、全240ページ、掲載されている写真は過半がカラー印刷で、訪問当時の様子がエッセイ風の記述で紹介されている。取り上げられているのは20か所であり、それぞれ地形図等を引用した上で、新旧比較や、地形図上に旧道等のラインを記載してくれているので、たいへん参考になる。写真紹介と、同行者との訪問時のやりとりがメインであり、旧道・廃道の歴史や確認されたオブジェクト類の詳細等については、限られた情報しか記載されていないが、現在では多数趣味者のいる廃道探索についてまとめた草分け的シリーズであり、その端緒をまとめたものとして貴重。また、文明史の浅い北海道という土地において、それゆえに忘れられた開発史の一面として、風化前の記録を書き留めたものとしても価値がある。
 紹介されている旧道・廃道は、少数の例外をのぞき、いずれも現在では荒廃が一層進んでいると思われるが、以下、記載か所について、本書の感想とともに簡単に記したい。20の項目と、そのページ数を引用しながら記載する。・・・ちなみに20の項目はいずれも北海道内の地名であるが、道内に住んでいて、ある程度その地理に詳しい人であっても、20か所の項目名をみて、すべて「ああ、あのあたりだな」と見当をつけられる人というのは、(いなくはないだろうけれど)かなり少ないだろう。なので、そのあたりも補足しながら書いておこう。
【峠 その1】
 1) ミズバショウの谷・林のヤブ道 塩狩峠越えの国道40号旧・廃道 p6
 石狩国と天塩国の境界、宗谷線塩狩駅の南側に存在した国道40号線の旧道および旧々道の探索。本書で引用された1995年の地形図では旧道が車道、旧々道が徒歩道として表記してあるが、現在の地理院地図では両道とも記載はなくなっている。本書の訪問時(1996年5月)では、旧道については、ゲートで車両の通行止が実施されたところで、舗装道路が明瞭に残されていたころ。また、しっかりした道床の残る部分もある旧々道と併せて紹介している。
 2) 秋白の峠路 サロマ峠越えの国道333号線旧道 p17
 佐呂間町と北見市の境界。国道333号線の旧道であるが、当該道路は2009年に新佐呂間トンネルが開通しているため、現在にあっては旧々道ということになる。現在の地理院地図では、本書が紹介する旧々道と、本書刊行時の現道の双方とも、すでに記載はなくなっている。まだ轍の残る峠路から、木々をかすめて見えるサロマ湖の湖面などが紹介されている。
 3) 緑光り、水ぬるむ森の道 二股峠越えの道道札夕線旧道 p25
 札幌と夕張を結ぶ道道の旧道で、夕張市鹿ノ谷地区から、直接西に向かう峠路で、現在の地理院地図でも実線で記載がある。著者らが訪問した1996年6月当時から洗い越し状の水場があるなど、野趣を湛えた様子であり、現在の道路かどのような状況になっているかは、不明である。緑の美しい絶好の散策路だったようだ。
 4) 渓流と断崖の連続スリル 幌満・冬島間の様似山道 p30
 様似町とえりも町の間、日高耶馬渓の名で知られる景勝の海岸地を、山道で越していた旧徒歩道で、現在も散策可能な歩道として整備されている。いくつもの沢を越え、時に断崖の上から海を見下ろす道が、魅力的に紹介されている。
 5) 空と緑と海の光る峠 吉岡峠越えの国道228号旧道 p44
 松前町と福島町の間で、白神岬の部分をさながらショートカットするように通っていた旧道。かつての国鉄松前線のルートより、谷一つ分、山側を通るイメージで、現在の地理院地図でも実線で記載されている。途中スズヤノ沢の河道と一体になるようにして進む道。明るく開けた雰囲気に魅了される。
 【峠 その2】
 6) 峠路は手ごわいヤブだった 倶知安峠越えの国道5号旧・廃道 p58
 北海道の主要な交通を担う国道5号線、その倶知安町と共和町の旧道は、函館線に近い線形で峠に通じていた。かつてはれっきとした自動車交通を担った道路であったが、現在の地理院地図では、共和町側の一部を除いて記載はない。著者らは1996年に訪問しているが、峠部分はすでにヤブ道であり、1982年訪問時の写真も引用しつつ、当該道路を紹介している。沿道にあった炭酸鉱泉の建物跡の写真なども紹介されている。
 7) 林をうねる緑蔭の道 大滝・双葉間の国道276号旧道 p69
 大滝村(現在は合併して伊達市の一部)と喜茂別町の間の旧道。峠の名称としては「広島峠」。現在の地理院地図にも実線表記で記載があるが、著者らが訪問した1996年7月の時点でも、廃道化の進行が顕著だったようだ。旧・広島峠から見える羊蹄山の眺め、そしてオロウェン支線川に架かっていた橋梁跡などが紹介されている。
 8) 早春の輝き・巨岩と深淵のスリル 美笛峠越えの国道276号旧道 p79
 千歳市と大滝村(現在は合併して伊達市の一部)の間にある美笛峠の旧道。現在の地理院地図でも実線表記されているが、著者らが訪問した1997年5月の時点で、落石した巨岩が道をふさいでいたり、道床が崩れて路盤が崩壊している個所があったようで、スリリングな廃道探索の妙味が綴られている。
 9) きらめく紅葉の峠路 中山峠越えの国道230号旧道 (1) 中山峠・薄別間 p93
 北海道の物流の大動脈、国道230号線で、札幌市と喜茂別町の間にある中山峠。その札幌側の旧道を紹介。定山渓の奥で分かれて、定山渓トンネルの上を越え、中山峠の手前で合流する道は、現在の地理院地図でも、その大部分を車輛が通れる道路として記載されているが、はたして。。薄別川はすでに橋が落ちており、渡渉した模様。とはいえ、他の部分は1996年10月の訪問の時点で、轍もしっかりある道路だったようで、紅葉が美しい。豊平峡ダムのダム湖が俯瞰できるなど、眺望は現道より恵まれていたようだ。
 10) おだやかな錦繍の峠路 中山峠越えの国道230号旧道 (2) 中山峠・栄間 p106
 9)に続いて、今度は喜茂別側の旧道の紹介。こちらも現在の地理院地図でも実線表記で残っている。紅葉の中、美しい散策路だった模様。本書の表紙の写真は、当該区間のもの。
 【海】
 11) 海碧くトンボの群れる道 群別・床丹間の国道231号旧道 p116
 現・石狩市浜益区の幌と床丹の間の旧道。北海道の日本海側特有の急峻な海岸地形をさけた旧道。現在の地理院地図でも実線表記されている。時に日本海を見晴らしながら進む山道。沿道にたたずむ廃屋の様子が紹介されている。
 12) ポロニタイ・寥々の湿原と浜 消えた「自根室至苫小牧道」の残影 p126
 明治期に整備がすすめられた「自根室至苫小牧道」は、北海道の交通の動脈となることが夢見られたが、現在では、その一部を成すはずだった道路の多くが歴史の威光を感じさせない姿となっている。根室半島の別当賀付近を紹介。海岸線の集落跡、野生の馬たちの群れの姿。美しい風景の中、失われた動脈構想に思いを馳せる。
 13) なまめく丘なみ・コンブの石浜 「自根室至苫小牧道」の残影 p139
 12)に引き続いて根室半島の初田牛付近の様子。1987年の地形図には、かろうじてその片鱗を残していた当該地の「自根室至苫小牧道」が、現在の地理院地図では表記されていない。道東ならではの雄大な風景が楽しめる。
 14) 霧と晴れ間をつづる海と丘の道 「自根室至苫小牧道」の後裔・羨古丹・榊町間 p149
 12,13)に続いて、浜中町の海岸、羨古丹(うらやこたん)集落付近の消えた道路付近の風景。海岸に面した、湿地や湖沼群の風景の中、道形をたどってゆく。
 15) 風光るオホーツクの丘と海 川向・富丘間の国道238号旧道 p160
 紋別・沙留間の国道旧道は、オムシャリ沼の山側にあった。この道路は現在の地理院地図でも現役車道。オホーツクの広々とした風景の中、地平線に伸びる道路が紹介されている。
 【野】
 16) 段丘をよぎる雨の道 上磯・当別間の国道228号旧道 p172
 道南の上磯、当別間の国道旧道は、現・道南いさりび鉄道の茂辺地トンネルの上を通る道。現役道。探索の過程で、廃道化した旧々道も見つける。
 17) 光と影のうつろう秋の翠路 三ノ原・大原間の国道230号旧道 p184
 留寿都村と旧・洞爺村の間で、国道230号線は複雑な線形を描くが、付近には旧道や旧々道が残っていて、現在の地理院地図でもその多くが記載されている。著者らの訪問時(1996年9月)、貫気別川を渡る橋は失われ、人を乗せる籠と、手動で渡るためのケーブルが設置してあったそうだ。さすがに当該部分は、現地理院地図には記載されていない。
 18) 根釧原野の廃道断片 「自根室至苫小牧道」の残影 p192
 12,13,14)に引き続いて「自根室至苫小牧道」関連の探索。尾幌、太田、遠矢といった浜中町から釧路市にかけてのエリアで、関連道形の残るところを探訪する。傾いた水準点が物憂い。現在の地理院地図では、そのうち断片的なものの記載が残るが、予備知識がなければ、歴史あるものとは、とても思えないであろう。
 19) 寂寥の野をつらぬく淡い道 中産士・雄信内間の国道40号旧道 p206
 中産士は「ないうぶし」、雄信内は「おのっぷない」と読む。後者は同名の駅が宗谷線にあるので、鉄道ファンなら読めるかもしれない。当該旧道のうち、雄信内の東側は、現道の近くでほぼ平行しているはずだが、現在の地理院地図には記載はない。西側は現役道。橋を失った旧道。道床にたたずむヤギ。
 20) ヤブと岩屑の踏み分け路 辰子丑・雄信内間の国道40号旧道 p222
 19)で紹介された2か所の中間、国道40号線が、尾根を雄信内トンネルで通過する個所で、尾根を迂回していた旧道。現在の地理院地図でも実線で記載されている。ただ、著者らの訪問の時点(1996年9月)の時点で、そこはヤブの中にかろうじて踏み跡を残すのみだったようだ。苦闘の踏破が偲ばれる。
 いずれも貴重な記録であるが、わずか2年ほどの間に、これほどの個所を訪問・探索した著者のバイタリティーには、心底感服する。現在の廃線・廃道探索ブームの先駆けとなっただけでなく、趣味人の心意気が示された1冊として、情報だけでなく、熱い情熱が伝わってくる書である。

忘れられた道 完 堀 淳一著

レビュー日:2020.11.17
★★★★★ 廃道探索の草分け的存在といえる書物 第3弾
 北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図研究とフィールドワークにおいても偉大な足跡を残した堀淳一(1926-2017)氏による、北海道内の廃道・旧道を実地探索するフォト・エッセイ集。北海道新聞社刊行。シリーズの第1弾である「忘れられた道-北の旧道・廃道を行く」が1992年に刊行されたのち、1999年に第2弾にあたる「続」がA5変型判に体裁を変えて刊行、そして、その翌年の2000年に当第3弾にあたるものが、第2弾と同じサイズで刊行されたことになる。「完」と銘打たれた通り、その後続編が刊行されることはなかった。
 前2巻と同様に、北海道内にある旧道・廃道を歩き、その風景を紹介するもので、全208ページ、掲載されている写真は過半がカラー印刷で、訪問当時の様子がエッセイ風の記述で紹介されている。取り上げられているのは22か所であり、それぞれ地形図等を引用した上で、新旧比較や、地形図上に旧道等のラインを記載してくれているので、たいへん参考になる。写真紹介と、同行者との訪問時のやりとりがメインであり、旧道・廃道の歴史や確認されたオブジェクト類の詳細等については、限られた情報しか記載されていないが、現在では多数趣味者のいる廃道探索についてまとめた草分け的シリーズであり、その端緒をまとめたものとして貴重。また、文明史の浅い北海道という土地において、それゆえに忘れられた開発史の一面として、風化前の記録を書き留めたものとしても価値がある。
 紹介されている旧道・廃道は、少数の例外をのぞき、いずれも現在では荒廃が一層進んでいると思われるが、以下、記載か所について、本書の感想とともに簡単に記したい。22の項目と、そのページ数を引用しながら記載する。・・・ちなみに22の項目はいずれも北海道内の地名であるが、道内に住んでいて、ある程度その地理に詳しい人であっても、22か所の項目名をみて、すべて「ああ、あのあたりだな」と見当をつけられる人というのは、(いなくはないだろうけれど)かなり少ないだろう。なので、そのあたりも補足しながら書いておこう。
 【石狩・空知・留萌】
 1) 嶮路の果ての碧い海・深い空 濃昼山道を濃昼峠へ p6
 2) 水準点さん、ビールを! 滝の沢・大沢の濃昼山道 p16
 1,2)の「濃昼山道」は、現・石狩市浜益区と厚田区の間にある、急峻な日本海岸を迂回していた徒歩道。現在の地理院地図でも表記されている。かつては、濃昼(ごきびる)地区と石狩方面をつなぐ生活道路であったが、海側にトンネルを抜ける国道が開通した現在も、当該路はトレッキングルートとして整備されている。私もこの道を2017年に歩き通したことがあるが、時に日本海を眼下に見下ろす気持ちの良い道であった。ただし、途中いくつか沢越えがある。特に大沢の規模は大きい。筆者らが訪問した1998,99年は、大沢を渡るための丸木橋があったようだが、私が訪問した2017年の時点では、歴史ある石積みの橋台が残るのみで、私は足を濡らしながら渡渉したものである。前後の天気によっては、なかなかの難所となるだろう。いずれにしても、比較的容易にかつての北海道の旧山道を味わえる楽しい場所。本書でも、その様子は様々に伝わってくる。
 3) フキの大群団に埋もれた旧峠 旧恵比島峠を越えて p28
 留萌市と沼田町の間の北海道道549号峠下沼田線の旧道。現在の地理院地図でも実線で記載がある。かつてこの辺りでは、恵比島からは昭和炭鉱への留萌鉄道が、また恵比島峠の留萌側では豊平炭礦への専用線が、それぞれ留萌線から分岐していた。著者らの1999年の訪問時には、すでに一部がヤブ道と化していた様子が伝えられる。
 4) ヤブと設計の下に消えた旧道 チバベリの片峠 p33
 留萌川の支流チバベリ川は、留萌線幌糠駅付近から南に遡っており、途中に留萌ダムがある。上流は北竜町の石油沢地区にむけての典型的な片峠となっており、その地形的な面白味に注目しつつ、著者らは訪問する。上流側で、かつて石油沢に抜けていた道は、廃道となり、現在の地理院地図でも記載はない。雪渓と雪解け水が流れる中、川を遡り、旧道の痕跡をさがして、著者らは片峠を越える。
 5) ヤブと草の断片旧道列 青山・発足間の「厚田山道」旧道 p40
 当別町青山と、現・石狩市厚田区発足の間は、現在は北海道道11号月形厚田線が通じているが、かつては厚田山道の名の道があり、道道の脇には、ところどころ旧道跡が残っているという。地理院地図にその記載はないが、著者らは、その断片的な名残を見つけて、探訪する。
 6) 残雪とガケ崩れのクリクリ峠 栗山・栗丘間の国道234号旧道 p50
 栗山町と現・岩見沢市栗丘の間には、尾根が平地に張り出しているが、そこを国道234号線と室蘭線は、夕張川が削った崖下、もしくはトンネルで通過する。旧道は山中の迂回路であり、現地理院地図にも破線で記載がある。1999年4月の著者らの訪問時、残雪の残る道には、一部轍も残っていたようだが、多くは踏み跡定かならぬ徒歩道。なお、「クリクリ峠」は、著者が名付けたもの。地形図等では、当該峠に特に名称は記載されていない。
 【上川・日高】
 7) 新緑のきらめき・廃屋の翳り 天幕橋・上川橋間の国道279号旧道 p62
 石北線上川駅の東側で、国道273号線は線路の南に沿っているが、北側の現役道は旧道ということになる。著者らが1998年の6月に当該地を訪問した際は、素晴らしい晴天に恵まれたようだ。石北線の天幕駅が廃止となるのは2001年7月のこと。著者らは天幕駅にも立ち寄り、その木造駅舎を撮影している(訪問時、すでに1日に停車する列車は2本のみ)。私も、天幕駅では、登山の前夜、一晩寝泊まりしたことがあって、とても懐かしい。いま駅舎は撤去されてしまい、旧道の周囲には、わずかに民家が残っている。
 8) 雨と翠の川沿いの道 中愛別・安足間間の国道39号旧道 p68
 7)に続いて、上川の西側の旧道で、現在は北海道道640号中愛別上川線として管理されている道。著者らは未舗装の道を辿り、1928年の地形図では「渡船場」が記されていた渡河地点をめぐる。
 9) 田んぼの中の水準点 伊香牛・愛別間の国道39号旧道 p75
 7,8)に続いて、国道39号線の旧道がテーマ。愛別町内、石北線愛別駅と伊香牛駅の間にあった道路の痕跡を、水準点を目安に辿る。道形をとどめてはいないが、かつての地形図を参照しながら、道路の変遷に思いを馳せる。
 10) 十勝連山悠かな曠野 美馬牛・美瑛間の国道237号旧道 p85
 風光明媚な美瑛町を通る国道237号は、市街地の南で、丘陵地帯をゆくが、旧道は富良野線に近い部分を通っていた。現在も、道路の規格が場所によって異なるが、現道となっている。いかにもウォーキングには良さそうな道で、著者らは美瑛の丘陵風景を望みながら、散策する。
 11) 消えた水準点・現れた水準点 日高越えの国道237号旧道 p94
 占冠村と日高町の間の日高峠の旧道。現在でも、7割方が地理院地図に表記されているが、著者らが1999年8月に訪問した際に「ヤブ化」していた個所は、記載から外れた模様。著者らは水準点を探しながらかの地をめぐる。現在では地図にも記載されていない旧峠には、著者らの訪問時、かつての自動車交通のための「日高峠」の標識が残っていることが写真とともに報告されている。おそらく、この標識は、今も人知れず建ち、その場所の由来を静かに示しているに違いない。
 【後志・渡島・檜山】
 12) 光あふれる広野・緑輝く草路 福井・里見間の国道5号旧道 p104
 国道5号線ニセコ町の西南、ルベシベ川流域は、さまざまな旧道が痕跡を残しており、著者は地形図上に「旧道」「旧々道」「旧旧々道」を書き込んで示してくれているが、なかなか見ていてもすっきりしない。現在では、当然のことながら、これらの道路は、その用途が細分化され、用途に従った規格で、道の機能を残している。美しいニセコの風景の中、道の由来に思いを馳せつつ訪ね歩く。
 13) 山腹のうねり・谷底のくねり 太櫓越峠越えの国道229号旧道 p113
 太櫓越峠は、現・せたな町北檜山区と大成区の間にある。現道は峠を桧山トンネルで突っ切っているが、地理院地図をみると、その脇にいかにも旧道然としたくねくね道が記載されており、これがそのまま旧道である。ひたすら山道といった感じで、本書で取り上げられているものの中では、かなり地味であるが、廃道旧道ネタに事欠かない国道229号線にあって、この区間さえ踏破した著者の熱意を感じさせる。
 14) 光る空・光る雲・光る海 出来澗崎海岸の国道278号旧道 p123
 出来澗崎は鹿部町の北にある岬。国道278号線の旧道は、この海べりにあって、多くが現道でもある。ただ、現国道に合流する北側の部分は、現在そのあたりに別荘地が広く整備されたため、おそらく現在では失われているだろう。地理院地図にも記載はない。海、そして駒ヶ岳の優美な姿が印象的で、別荘地へ転化したのもむべなるかなという風景が続く。
 15) 小雨の森の紅葉のきらめき 霧立峠・大峠越えの古道をゆく p131
 国道5号線は、七飯町で、美しい小沼の岸を通っているが、旧道は、山中で西に折れ、蓴菜沼と小沼の間で現道に出るまで小沼から尾根一つ越えたところを進んでいた。現在の地理院地図でも実線表記されている。旧道からは、木々の間から見える湖沼が美しい。落葉の季節。この道にはこの道なりの魅力があったことが良く伝わってくる。
 16) 絢爛と壮絶の紅葉のきわめき 川汲峠越えの道道旧道 p140
 北海道道83号函館南茅部線で、亀田半島の分水嶺を越えているのが川汲(かっくみ)峠。現在は新川汲トンネルで通過するが、現在の地理院地図でも、この個所で、苦労して峠を越えていた旧道が表記されている。地図には、尾根部分に電波設備があるようなので、おそらく現在も片斜面側(南側)は管理されていると思われる。ただし、1999年11月の著者らの訪問時には、法面が崩落している個所もあったようだ。それは置いておいても掲載されている写真は美しい。山道を歩くのが好きな人には、絶好のルートに思われる。
 【十勝・網走・釧路】
 17) 水準点完備の稀有な街道 陸別・薫別間の国道242号旧道 p152
 陸別町の南側、国道242号の旧道は、現道の西側で、利別川の川べりの急峻な地形を迂回していた。この旧道は現在も現役。著者らは、水準点の状態を確認しながら、山村の風景の中を歩く。本書の表紙写真は、この個所での一枚。
 18) 戦慄の屏風岩・スリルの川渡り 大誉地・上利別間の国道242号旧道 p160
 17)の下流側、足寄町域の大誉地集落から、現道が2つの橋梁により、蛇行する利別川を越える個所で、山側を迂回する旧道。一部が現道で、地理院地図でも表記があるが、破線表記部は、著者らの訪問時(1998年10月)、すでにヤブ化が進んでいた模様。旧道はパンケトプシ川を跨いでいたが、付近で屏風岩と呼ばれる絶壁の下を通過する個所があり、その垂直に切り立った崖が圧巻。地理院地図でも、その様はよく伝わるだろう。
 19) 木漏れ日の雑木林・日ざし降る曠野 活込ダム・足寄間の国道241号旧道 p169
 足寄町市街地の西側で、高低差を稼ぐためΩカーブを描いている国道241号線。そのΩの中を通っているのが旧道。現在の地理院地図でも一部記載がある。平野部に広がる農牧地帯を見晴らす、眺望に恵まれた道だった。
 20) 穏やかな秋の静かな峠戸路 端野峠越えの国道333号旧道 p177
 北見市から佐呂間町に向かう国道333号線が、常呂川と仁頃川の分水嶺を越える個所。現道は端野トンネルで通過するが、旧道は端野峠を通っていた。現在も地理院地図では車道表記されている。由緒を感じさせる「端野峠」の標識と併せて、現道では味わうことの出来ない、北見盆地を俯瞰する景色を紹介してくれる。
 21) 秋の林の風のささやき 女満別空港・美幌間の国道39号旧道 p184
 女満別空港の正面を横切る道の正体が国道39号線の旧道。現在も現役の道路だが、その線形は、かつて主要な交通を担ったとは思えないほど、屈曲し、一筋縄ではいかない。本書では畑の中に続く未舗装路を紹介。言われても、現在の国道39号線に当たる道路とは想像しえないだろう。現在では、この道に沿うような線形で、美幌バイパスが開通していることは、妙に因果めいたものを感じさせる。
 22) 雨びたしの湿原・水びたしの道 馬主来湿原をゆく国道38号旧道 p192
 根室線に乗ると、音別と白糠の間で、美しい馬主来湿原の中を突き進む部分があり、私もこの車窓は大好きなのだが、注意して見ると、根室線に沿うような道がある。この道が国道38号の旧道にあたる道路で、現在の地理院地図でも実線で表記されている。著者らが訪問した1998年10月のとある日は雨模様。湿原道路の宿命か、時に冠水してしまった未舗装道路を歩く。晴れていればより素晴らしい景色が望めるだろう。
 報告は、エッセイ風であり、同行者との会話などがメインで、道路に関する歴史的あるいは地形的な言及は限定的ではあるが、しかし、この領域に趣味性を開拓したこと、また、短期間に多数の個所を実地し、記録を残したことについては、心底感服以外の言葉がない。現在ではシリーズ3作とも絶版となっているが、廃道・廃線の探索を趣味とする人が増えてきた昨今、ぜひ再版を検討されては、と思う。

オホーツク 春と秋の心象風景 (風土と歴史をあるく) 堀 淳一著

レビュー日:2020.11.28
★★★★☆ 古き佳き時代の雰囲気を伝える、軽やかな紀行エッセイです
 北海道大学で物理学の教授を務めるかたわら、地図研究とフィールドワークにおいても偉大な足跡を残した堀淳一(1926-2017)氏による、「オホーツク、春と秋の心象風景」と題された一冊。内容としては、紀行フォト・エッセイといったところ。  本書は1984年に「そしえて社」から刊行されたもので、堀氏の数々の同ジャンルの書物の内、初期のものにあたる。80ページと軽めの内容で、当時の北海道のオホーツク海側を、斜里付近から宗谷まで、地形図を片手に自然地形と季節の色彩を満喫しながら歩いた様子を綴ったもので、以下の6編からなっている。
1) エゾノコリンゴの囁く砂丘の小径 斜里から止別まで p4
2) 海と湖とを分けるたおやかなカーブの重層 能取湖北岸を歩く p16
3) 曲がり沼の光と影 コムケトーの哀愁 p26
4) 岬の、川口の、段丘からのオホーツク p36
5) 木枯らしの沼・爽風の沼 天北原野二景 p52
6) なまめくペリグレーシャルの丘また丘 宗谷丘陵散歩 p70
 全ページ白黒印刷。それゆえに風景写真の魅力が、減じている点が惜しまれる。また、冒頭の見開きのページなど、全面の風景写真に、白で活字が印刷されているため、明るいバックの部分でたいへん読みにくくなっているなど、冊子のつくりの面で、ゆるさがあり、惜しまれる。
 内容は地形図に加えて、ときには衛星写真をもちいたステレオ写真も引用しながら、実地による風景写真を紹介しながら、自然謳歌的な散文風の文章が記されている。オホーツク海の沿岸は、風景が美しいことは言わずもがなであるが、加えて、地形的な面白味が随所にあるところであり、堀氏は、その魅力をかいつまみながら、現地をおとずれた喜びと感動を伝えてくれる。
 文章は叙情的であり、地形的なものに対する記述は限定的なので、科学的、地理学的な面白味という点では、そこまで深さはないが、いかにも著者が感じたままのもの、興味の対象そのものが伝わってくるようだ。
 本書を読んでいて、印象的だった点を2つあげよう。一つは著者のアイヌ語地名への思いである。北海道の地名の多くはアイヌ語を語源としているが、多くはあくまでが「語源」である。「札幌」は「サリポロペツ」、「帯広」は「オペレペレケプ」が語源。宮脇俊三(1926-2003)氏がその著作の中で「オペレペレケプを帯広などとせず、 尾辺礼辺礼毛布とでもしてくれていたら、私だって入場券の五枚くらいは買うだろう」と記したのは、鉄道好きの間では、そこそこ有名なことだが、堀氏も、アイヌの語源そのものに愛着を感じており、その表現を大切にする。3)の表題にあるコムケトーとは「小向湖」のことである。
 もう一つは、堀氏がフィールドワークをしていた時代のおおらかさである。例えば、彼は、川を越える際、しばしば鉄道橋を使用し、屈託もなくその様を表現する。かつての北海道では、公認とまではいわないが、鉄道橋を生活の中で歩いて通ることなど、普通にあったことなのだ。しかし、現代では、どのようなローカルな場所であっても、その前提を顧みず、三大都市圏と同じ観点で、そのような行為を非難・誹謗することがザラである。なんとも、余裕のない世の中になってしまったものだ。そんな風土は、当レビュー執筆現在の、国単位でのCOVID-19過剰反応(と私は感じている)にもそのまま反映されている感があり、なおさら、堀氏がこの書を書いた時代を、私は良かったな、と思うのである。
 最後に、引用されている地形図を眺めるのも楽しいだろう。そこには、今は廃止となってしまった多くの国鉄線が記載されているので、あわせて回顧の楽しみがあるだろう。白黒印刷であることと、地質・地形の面白味に着目しながら、学術的な検討がごく少ない点が残念であるが、私には、思うところの多い一冊である。

巡遊北の小さな岬 堀 淳一著

レビュー日:2024.4.22
★★★★★ 陸地の尽きる突端、岬ならではの魅力的な風景を紹介
 堀淳一(1926-2017)によるフォト・エッセイ。北海道内にある岬を巡り歩いたものをまとめたもの。全ページカラーで、数々の美しい写真が掲載されているほか、実際に各岬を歩いたルートを、現地の2万5千分の1地形図上にトレーズして、紙面内で紹介してくれている。まず、目次を掲載しよう。それぞれの岬の名称は、北海道に住んでいる人でも、ほとんどの方がその名前を聞いたことがないものも含まれているので、属する自治体名、それに巻末に記載されていた著者の訪問年月を併せて記載する。
はじめに   1
この本に出てくる岬一覧図   4
1 道北・オホーツク
 1) スコトン岬(礼文町 1987年6月)  6
 2) 抜海岬(稚内市 1992年9月)   11
 3) 声問岬(稚内市 1992年9月)   16
 4) 神威岬(浜頓別町・枝幸町 1991年10月)   20
 5) 音稲府岬(雄武町 1992年9月)   25
 6) キムアネップ岬(佐呂間町 1992年9月)   29
 7) 能取岬(網走市 1992年9月)   34
2 桧山・積丹
 8) 日方泊岬(上ノ国町 1991年9月)   40
 9) ラスタッペ岬(上ノ国町 1991年9月)   45
 10) 小歌岬・日昼岬(せたな町 1992年10月)   49
 11) 尾花岬・帆越岬(せたな町 1992年10月)   54
 12) 茂津多岬(せたな町・島牧村 1991年8月)   59
 13) 厚瀬崎(島牧村 1991年8月)   64
 14) 神威岬(積丹町 1992年9月)   68
 15) 積丹岬(積丹町 1991年8月)   73
 16) 出岬・ピリカ岬・マッカ岬(積丹町 1991年8月)   79
 17) 兜岬(小樽市 1986年6月)   86
3 渡島半島・内浦湾岸
 18) 難波岬(松前町・渡島大島 1986年8月)   92
 19) 汐首岬(函館市 1992年11月)   96
 20) 日浦岬(函館市 1991年9月)   101
 21) 銚子岬・恵山岬(函館市 1992年11月)   105
 22) 出来澗崎(函館市 1991年9月)   110
 23) 松屋崎(森町 1991年9月)  114
 24) 砂崎(森町 1991年9月)   118
 25) ポロノット岬・アルトリ岬・エントモ岬(伊達市 1991年8月)   123
 26) ポンチキウ岬・トッカリショ岬(室蘭市 1992年7月)   128
4 道東
 27) 尻羽岬(釧路町 1992年10月)   134
 28) アイカップ崎・アイニンカップ崎(厚岸町 1992年10月)   140
 29) 湯沸岬(浜中町 1992年10月)   145
 30) 落石岬(根室市 1991年7月)   149
 31) 二ツ岩と七ツ岩(根室市・ユルリ島 1991年7月)   153
 32) 花咲岬(根室市 1991年7月)   158
 33) トーサムポロ岬(根室市 1991年7月)   162
 34) 竜神崎(別海町 1988年9月)   167
 35) 野付崎・ボッコ沼西方の岬(別海町 1988年7月)   171
 日本列島全般に言えることかもしれないが、北海道の海岸地形もまた急峻なところが多く、ことに日本海側には、海岸付近の集落を結ぶ道路の開闢にも、相応の時間を要した。もちろん、北海道への移植の歴史が、本格的なものは明治期に入ってからとはいえ、比較的最近まで、「陸の孤島」とよばれる集落があちこちに点在していた。「岬」は、そんな中でも、陸地の突端であり、そこから先には、ただ海が広がるのみで、そこに立てば、果てしなく広がる自然の風景の中で、ことさらに風に身をさらした自分の姿を通じて、五感はただはてしなく大きな自然に包まれていることを認識するばかりである。その風景は概して美しいが、それが人の生活との相容れなさゆえであることから、その美しさは、ときのぞっとする恐怖に近いほどの感覚をともなう。そこで得られる体験は、なかなかに得難いものであると思う。
 地形図を探求し、様々な場所を練り歩いた堀氏が、「岬」を一つのテーマとして訪問していたのも、なるほどと思うものがある。
 本書で、堀氏が訪問対象としているのは、当然のことながら、著者が訪問したいと思った岬であるが、逆に著者が訪問の対象としなかったのは、観光開発が進んでいたり、岬の際まで現道が通っていたりするような岬である。そのため、有名な、襟裳岬、宗谷岬、ノシャップ岬、納沙布岬、小樽の高島岬、留萌の黄金岬、松前の白神岬などは対象となっていない。また知床岬や雄冬岬は、到達難易度の点で、対象となっていないのだと思う。道北の神威岬と汐首岬は、岬の際を現道が通っているが、例外的に対象に加えられている。
 それゆえに、選ばれた岬は、ローカルな顔ぶれだ。能取岬、積丹岬、湯沸岬(霧多布のこと)は、観光地と言って良いが、他の岬は、知る人ぞ知るといったところだろうか。本書は言うまでもなく、それらの岬にこそ、旅人が訪れるべき何かがあることを伝えてくれている。
 特筆すべきは、堀氏の訪問対象が、離島にも及んでいることである。礼文島のスコトン岬だけではなく、根室市のユルリ島や、松前町の渡島大島は、通常であれば、訪問する手段がないところだ。特に渡島大島は、松前町から50kmもはなれた日本海にうかぶ「日本最大の無人島」で、現在この島に上陸するためには文化庁の許可が必要とされている。堀氏の行動力には驚嘆させられる。なお、本書では、その「渡島大島の岬」を紹介しているが、この上陸の際、堀氏は渡島大島の江良岳(737m)に登頂し、山頂部からはるかに奥尻島の島影を望むという、世界でも数えるほどの人しか目にしたことのない光景を見ている。その模様は、別の書籍となるが「北海道 地図を紀行する〈道南・道央編〉」にて紹介されている。
 また、すべての岬で、先端まで訪れているわけではなく、例えば茂津多岬などは、先端への陸路の到達はほぼ不能であることもあり、灯台周辺の散策となっている。
 道北の神威岬では、1985年7月1日に廃止となった興浜北線の「斜内山道」と呼ばれた岬を回り込む線路が、訪問時まだレールが敷かれたままの状態であったことが紹介されているほか、汐首岬では未成線である戸井線の遺構にも巡り合う。そのようなわけで、これら2つの岬は、本書の対象になったのかな、と思うが、いずれも強烈に旅情を誘う風景である。また、厚瀬崎と日浦岬では、かつて岬のへりを通っていた廃道の廃隧道も紹介してくれており、そのような観点でも楽しめる。
 堀氏の文章は、いつもながらに、風景の美しさ、歩くことの楽しさを、思いのままにつづった文章で、例えば交通の歴史に深く言及するようなことはしれないが、いずれも北海道らしい、急峻もしくは茫漠たる圧巻の自然の風景が、地形図と共に紹介されている本書は、私にはとても楽しい読み物となっている。

北海道炭鉱遺産 KEN五島著

レビュー日:2015.1.23
★★★★★ 炭鉱廃墟に心を奪われた写真家による見事な芸術成果品です
 KEN五島氏による「北海道 炭鉱遺産」と題した125ページフルカラー(一部白黒)による写真集。写真作品には空撮のものもある。2010年刊行。
 KEN五島氏は、1974年名古屋で生まれ、その後、東京で育ち、写真家となった。しかし、1999年、大夕張地区を訪問した際、その風景に心を奪われたことから、2001年には札幌に拠点を移し、写真家として新たなテーマを掲げて活動を継続した。その成果と言えるのが本書である。撮影対象となった炭鉱の一覧を示す。
 羽幌炭砿
 幌内炭鉱(三笠市)
 奔別炭鉱(三笠市)
 赤平炭鉱
 昭和炭鉱(沼田町)
 大夕張炭鉱
 美唄炭鉱
 上砂川炭鉱
 幾春別炭鉱(三笠市)
 空知炭鉱(歌志内市)
 浅野雨竜炭鉱(沼田町)
 釧路コールマイン
 鴻之舞金山(紋別市)
 このうち、釧路コールマインは現役の炭鉱であるが、他で撮影対象となっているものは全て廃鉱であり、そういった意味で、廃墟写真集とも言える。各写真には、対象物の名称と、(すべてではないが)ごく簡単なコメントが書き添えられている。ただし、正確な撮影場所と日時の表記はない。
 美しい写真集だ。写真の色合いの豊かさは不思議な暖かみを持っていて、廃墟と自然の一体的な美しさが、率直に、最高の色彩感をもって表現されている。KEN五島氏の、撮影対象への思いが、リアルに伝わってくる感じがする。
 KEN五島氏は、これらの風景に入れ込み、北海道に移り住んだと言う。実際、これらの廃墟の美しさには、言い知れぬ魅力がある。痛切な時の重みと、それを包み込む自然、その中で風化していくインフラは、何か人の世の言い尽くせぬ一面を、見事に端的に指し示しているように思う。気付くものだけが気付くような、奥ゆかしい方法で。
 私も、いつしかこれらの魅力に取りつかれ、鉄道廃線跡と併せてこれらの地を訪問するようになった。KEN五島氏の写真の多くは、私にとっても思い入れのある風景である。しかし、それにしてもこれほどまでに色鮮やかな瞬間を捉えるというのは大抵のことではない。一瞬を捉えるため、何度も訪問したに違いない。
 それに、これらの廃墟は急速な風化の過程にある。私が訪問した時とすでに外躯が大きく異なっているものもある。羽幌町では、これらの産業遺産に観光資源としての価値を見出し、パンフレットなどで案内も行っている。もちろん、私も訪問させていただいた。築別炭鉱の病院後は、当写真集よりはるかに崩壊すすんだ状態であった。
 そのような、「時間」を感じさせることが、廃墟の魅力の一つに違いないと思う。まして、炭鉱というのは、日本が発展するためのまさしく原動力を担った巨大施設である。それがほんの数十年の間に、朽ちるように自然の中に還っていこうとしている。言葉では説明のしようのない美が漂っている。
 印象的な写真と言うと、どれもが素晴らしいので、挙げにくいが、羽幌の築別太陽小学校の廃墟や、裏表紙にも使われている鴻之舞と紋別を結んだ雪の中の鴻紋軌道(こうもんきどう)の道路との交差橋の跡(現在は鉱山水送水施設として使用されている)など、個人的には印象深い。また廃墟の中で撮影された数々の写真も、印象深い。昭和炭鉱のトンネル・マーケットなど、ファンには有名なスポットも抑えられている。
 中にあって、唯一現役の太平洋コールマインは、唯一活況を感じるものだ。かの地には、輸送用の軌道なども敷かれているので、ぜひ私も(未だ未訪問ながら)訪問したと考えている。
 とにかく美しい「浸れる」写真集です。この値段であれば、個人的には迷わず買いです。廃墟、炭鉱跡にこれまで興味を持たなかった人にも、迫ってくる美しさに違いないと思います。

そらち炭鉱遺産散歩 北海道新聞空知「炭鉱」取材班著

レビュー日:2015.1.13
★★★★★ 産業遺産の光芒、その瞬間の美しさを記録した渾身の一冊
 北海道新聞空知版で2001年から2003年位かけて連載された「炭鉱遺産散歩」に、加筆修正を加え、オールカラーA5版345ページの体裁で2003年に単行本化されたもの。
 とにかく素晴らしい内容。内容の項目を書き上げると、以下のようになる。
ヤマあり-まえがきにかえて
 歴史をつなぐ形(安田侃)
 炭鉱と私(川股正)
 炭鉱ことば解説
 炭鉱遺産ポイントマップ
三笠・美唄編 (p.36-103)
 (北炭幌内炭鉱入気立て坑やぐら、北炭幌内炭鉱排気立て坑やぐら、北炭幌内炭鉱音羽坑大坑道、北炭幌内炭鉱選炭場、北炭幌内炭鉱変電所、北炭幌内炭鉱ズリ山、幌内神社、北炭幌内炭鉱鉱長住宅(伊佐屋ギャラリー)、幌内線萱野駅、住友奔別炭坑立て坑やぐら、住友奔別炭坑立て坑ケージ、住友奔別炭坑選炭施設、住友型炭鉱住宅、北海盆おどり、幌内線幌内太駅、北炭幾春別炭鉱錦立て坑やぐら、幾春別駅構内人道跨線橋、幾春別たぬき堀跡、三笠鉄道村汽車類、空知集治監典獄レンガ煙突、三菱美唄炭鉱立て坑巻き揚げやぐら、三菱美唄炭鉱原炭ポケット、三菱美唄炭鉱開閉所、救護服、4110形式十輪連結タンク機関車2号、栄小学校(アルテピアッツァ美唄)、沼東小学校、岡田春夫氏生家、三井美唄炭鉱職員・鉱員住宅群、三井美唄炭鉱事務所、三井美唄互楽館、三井美唄幼稚園、茶志内炭山郵便局、人民裁判の絵)
フォトギャラリー 奔流、湧く街
ヤマの記憶(羽馬庄一さん、佐藤甚之助さん)
夕張・南空知編 (p.122-181)
 (石炭の大露頭、北端夕張第二鉱天龍坑坑口、ゆうばり石炭の歴史村、史蹟夕張鉱、北た乳罵詈炭鉱高松ズリ捨て線、北炭夕張炭鉱専用鉄道高松跨線橋、北炭鹿ノ谷倶楽部(夕張鹿鳴館)、北炭化成工業所コークス炉煙突、北炭夕張新鉱通洞口、北炭清水沢発電所、北炭清水沢炭坑繰込所安全灯室、夕張・清陵町の街並み、北炭楓鉱発電所、北炭真谷地炭坑貨車積みポケット、北炭真谷地炭坑総合事務所、末広墓地、大夕張森林鉄道夕張岳線第1号橋梁(三弦橋)、三菱大夕張鉄道の保存車両、北炭滝の上水力発電所、本町商店街、万字炭鉱ズリ山、万字炭鉱選炭場、二代目・英橋、万字線朝日駅、北海道炭砿鉄道岩見沢工場、夕張鉄道新二岐駅、小林酒造の酒蔵群、月形炭鉱坑口・選炭場)
フォトギャラリー 光芒無き街
ヤマの記憶(山平正四さん、山村光男さん)
中空知編 (p.200-263)
 (住友赤平炭鉱立て坑やぐら、住友赤平炭鉱排気立て坑、住友赤平炭鉱採炭用機械類、住友赤平炭鉱関連採炭用具、赤平ズリ山階段、山田御殿、北炭赤間炭鉱選炭工場、豊里炭鉱選炭場、茂尻炭鉱住宅、空知炭砿立て坑、空知炭砿倶楽部(こもれびの杜記念館)、なんこ鍋、住友歌志内炭鉱密閉坑口、上歌会館(悲別ロマン座)、石炭みこし、大正館(旧大島商店倉庫)、三井芦別炭鉱第一坑原炭ポケット、三井芦別鉱業所材料捲、三井芦別鉄道炭山川鉄橋と鉄道車両、三井芦別鉄道三井芦別駅、三池八トン有線電車、三井芦別鉄道緑泉駅、頼城小学校、新「坑夫の像」、三菱芦別炭鉱選炭機跡、三菱芦別炭砿職員住宅群、三井砂川炭鉱中央立て坑やぐら、三井砂川炭鉱第一立て坑やぐら跡、上砂川支線上砂川駅(悲別駅)、三井奥奈井江炭鉱鉄道橋梁、北海道人造石油研究所棟(陸上自衛隊滝川駐屯地本部隊舎))
フォトギャラリー 風を映した街
ヤマの記憶(尾堂静子さん、飯田盛雄さん)
沼田・羽幌編 (p.282-291)
 (昭和炭鉱、クラウス15号、JR留萌線恵比島駅(明日萌駅)、浅野雨竜炭鉱選炭場、羽幌炭砿羽幌砿立て坑)
フォトギャラリー 白き、暖雪の街
炭鉱再考
遺産散歩モデルコース
きて、みて、そらち
 北海道の空知地方は日本最大の炭田である石狩炭田を覆う地域であり、19世紀末から開発が進められ、多くの財閥によって、巨大炭鉱がひしめく地帯となった。しかし、1970年代には、安価な石炭の輸入とエネルギーの石油化によって、閉山が相次いだ。現在かの地には産業遺産と呼ばれる数々の痕跡が残るのみとなっている。
 しかし、この産業遺産が美しいのである。私は、いつからか、その美しさに取りつかれ、これらの地を巡るようになった。私はしばしば自問することがある。これらの産業遺産の美しさは何に由来するものであろうか、と。整えられた遊園地でも、きちんと保存された歴史的建築物でもない。ただ、産業的経済的目的に沿って開発され、それが遺棄され、再び自然に飲み込まれようとしている。その儚さに、文化的光芒の影を見るからではないだろうか。私は影に惹かれる。遊園地が時に逆らった魔法の国であるなら、廃墟は時に従った誠実な現実であろう。そこには、影が付きまとう。
 本書が素晴らしいのは、そういった影の象徴ともいえる産業遺跡(その多くは廃墟)を、網羅的に掲載し、その魅力を強烈に伝える優れた写真を数多く掲載している点にある。
 写真の多くは、空知地方にほれ込んで夕張に移り住んで活動を続けた写真家風間健介(1960-)氏によるものである。特にフォトギャラリーと称して4編に分けて収録してある全40ページほどのモノクロの写真が凄い。一つ一つが壮絶な程の美しさ。夜の景色であったり、雪の景色であったりするのだけれど、表現しようのない自然の光と廃美がもたらしたマジックとしか言いようがない美品だ。
 もう一つ、俗な視点で私が驚いたのは本書の安さである。この美しい印刷、紙質、量でこの値段というのはちょっと考えられない。これについて調べてみたところ、空知地方の美しさを少しでも多くの人にPRするため、印税を設定せず、取材も自腹、出版社の利益をもほとんど考慮しない値段が設定されたという。驚くべき献身性と言っていいだろう。その一方で、この地を何度も訪れている私は、その話に説得力を感じる。紀行作家だった宮脇俊三氏(1926-2003)の言葉「世の中に不満のある人は、一度夕張に行けばよいと思う。静かになるはずだ。」にすべてが語り尽くされている。
 さて、私は本書を見て「紹介された場所すべてに行ってみたい」と思った。そう思う人も多いだろう。しかし、ここで注意が必要だ。本書が出版されて10年がたつ。廃墟は美しいし、観光資源としての潜在力は十二分にある。しかし、その状態を保つのは非常に難しい(だからこそ美しい、とも言えるのだが)。本書に紹介されているものの中には、すでにその姿を失ったものも多い。私はシューパロ湖に架かる旧主夕張森林鉄道の三弦橋をはじめとする数々の美しい橋梁が大好きだった。本書にも美しい写真で紹介されている。しかし、ダムの巨大化に伴い、それらは水没してしまった。私は、昨秋、大夕張に赴いてみた。そこでは夕暮れの中、ダム湖に沈みゆく森の姿があった。大好きだった景色は永遠に失われてしまった。
 一方で、これらの美しさを見直し、多くの人に知ってもらおうと言う企画も最近では持ち上がっている。羽幌町は炭鉱の産業遺産を観光資源としていて、もちろん私も訪問させてもらった。また、2008年からNPO法人炭鉱の記憶推進事業団を中心に進められている「そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト」は、普段は立ち入ることのできない産業遺産等を利用したアートであり、私も訪問したが、おおくの人でにぎわっていた。
 一過性の儚さを宿しつつ、だからこその今の美しさに満ちた世界である。本書は、マップ、必要な情報照会先まで掲載された最高の案内書である。これからも、私は本書を片手にこれらの地を巡り歩きたい。

廃線跡懐想 北海道編 (ヴィークル・グラフィック) 宮脇俊三著

レビュー日:2015.1.14
★★★★★ JTBキャンブックス「鉄道廃線跡を歩く」シリーズの、写真集版です。
 紀行作家、宮脇俊三氏(1926-2003)の晩年の最大の功績は、廃線跡探索という趣味世界を一気に切り拓いたところにある。その成果はJTBキャンブックスから出版された計10冊からなる「鉄道廃線跡を歩く」シリーズとして実を結んだ。私も、このシリーズは、発売の都度購入させていただき、そこれ紹介されている廃線跡をいくつか訪れたものだ。
 本書はその別版で、先のシリーズのうち、取り上げられた北海道の廃線から、代表的なものを集め、資料、写真など再編集した形のもの。JTBキャンブックスが探索を前提とした実用的側面が大きかったのに対し、本書は、B5判高さ26cmという「紙面の大きさ」を武器に、掲載写真を充実させたものと言えるだろう。共通して使用されている写真もあるが、本書の方が一枚のサイズが大きく、つまり「実用」から「観賞用」に重点をシフトした上で、北海道という地域に絞って再編集したもの、と言って良い。掲載内容は以下の通り。
廃線跡懐想
思いでの乗車記
1) 狩勝峠旧線(「時刻表昭和史」から)
2) 美幸線(「時刻表2万キロ」から)
3) 歌志内線・上砂川支線(「時刻表2万キロ」から)
4) 白糠線(「時刻表2万キロ」から)
5) 天北線(「最長片道切符の旅」から)
6) 大夕張鉄道(「時刻表おくのほそ道」から)
7) 士幌線(「終着駅へ行ってきます」から)
本編
1) 歌登町営簡易軌道
2) 美幸線
3) 天北線
4) 根室拓殖鉄道
5) 名羽線(未成線)
6) 北海道拓殖鉄道
7) 根室本線旧線狩勝峠
8) 函館本線旧線神居古潭
9) 白糠線
10) 士幌線
11) 雄別炭礦尺別鉄道
12) 歌志内線・函館本線上砂川支線
13) 三菱鉱業美唄鉄道
14) 三菱鉱業大夕張鉄道とシューパロ湖畔の森林鉄道
15) 千歳線旧線
16) 室蘭本線旧線
17) 胆振線
18) 函館本線旧線ニセコ付近
19) 松前線
廃線・路線変更略年表 北海道編(上記掲載された線区のみが対象)
 思いでの乗車記は、宮脇俊三氏が、それぞれの著書の中で、当該線区に乗車した部分に関する記述がそのまま引用している。私は宮脇氏の本はすべて読んでいるが、あらためてこれらの箇所を懐かしく拝読させていただいた。特に狩勝峠越えは、戦中のエピソードであり、宮脇氏のような確かな審美眼を通して綴られた文章は、私には大切なものだ。
 本編は、廃線跡や鉄道遺構の姿を収録した写真が中心で、現地を取材したライター達によるの訪問記が併せて掲載されている。また、往時の貴重な写真や、線路の掲載された地形図なども紹介されている。
 私が子供の頃に乗った士幌線、三菱鉱業大夕張鉄道、胆振線、松前線など、とても思い出深いが、他も含めて全て素晴らしい写真が掲載されている。特に士幌線の遺構は、タウシュベツ川橋梁、三の沢橋梁、第三音更川橋梁、第五音更川橋梁、第六音更川橋梁と美しいものが多く、現在では観光資源として利用されているが、周辺の自然とあいまって、みごとな作品となっている。
 橋梁の美しさと言う点では、シューパロ湖畔の森林鉄道も見逃せない。第一号橋梁(三弦橋)、第四号橋梁、下夕張川橋梁も見事だ。しかも、これらの美しい橋梁は、近年シューパロダムの巨大化により、水没してしまったのだから、もう実際にお目にかかる機会は、よほどのことがない限り期待できないのである。
 胆振線も、優美な数々の火山のふもとを尻別川、長流川といった清流に沿って走る美しい路線だった。現在まで残る面影は少ないが、それでもポイントといえるものは一通り抑えられており、しっかりした観点で編集されていることがわかる。
 三菱鉱業美唄鉄道は、私が生まれたときにはすでに無くなっていたが、私の父がたびたび撮影に赴いたところであり、小さいころから数々の写真を見て育ったので、感慨深い。
 その他天北線の最果てを感じさせる旅情や、人跡まばらなため、多くの遺構がのこる白糠線など、それぞれ廃線になっても、その個性を感じさせる。
 廃線の美しさをよく伝える媒体になっており、私も、あらためて紹介された地を訪れたいと思う。

鉄道廃線跡を歩く JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.11.30
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 1
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第1巻 目次 頁
序論「廃線跡歩きのすすめ」宮脇俊三 3
廃線探訪「夕張鉄道を歩く」宮脇俊三 5
鉄道廃景(1) 丸田祥三 16
実地踏査
 定山渓鉄道 東札幌-定山渓温泉 25
 鶴居村営軌道雪裡線 新富士-中雪裡 28
 三菱鉱業美唄鉄道 美唄-常盤台 30
 生保内林用手押軌道 秋田県抱返り渓谷 33
 羽後交通雄勝線 湯沢-梺 36
 東北本線旧線 利府-品井沼 38
 東北本線旧線 清水原-一ノ関(有壁トンネル付近) 40
 蔵王高速電鉄 (未成線) 42
 磐越西線旧線 翁島-磐梯町 44
 木戸川森林軌道 福島県木戸川渓谷 46
 庄内交通湯野浜線 鶴岡-湯野浜温泉 48
 赤城登山鉄道 利平茶屋-赤城山頂 50
 東北本線旧線 黒磯-白河 52
 信越本線旧線 横川-軽井沢 56
 旧長野原線 長野原-太子 62
 中央本線(武蔵野競技場線) 三鷹-武蔵野競技場前 64
 中央本線(下河原線) 国分寺-東京競馬場前 66
 羽村山口軽便鉄道 羽村-山口・村山貯水池 68
 五日市線旧岩井支線 武蔵五日市-武蔵岩井 72
 ドリーム交通 大船-横浜ドリームランド 74
 草軽電気鉄道 新軽井沢-草津温泉 75
 越後交通栃尾線 栃尾-長岡・悠久山 80
 越後交通長岡線 来迎寺-寺泊 82
 西沢森林軌道 山梨県西沢渓谷 84
 中央本線旧線 穴山-日野春、信濃境-富士見 86
 静岡鉄道駿遠線 新藤枝-新袋井 88
 北陸本線旧線 敦賀-今庄 92
 北陸本線旧線 市振-親不知 96
 北陸本線旧線(柳ケ瀬線) 木之本-鳩原信号場(敦賀) 99
 尾小屋鉄道 新小松-尾小屋 100
 北陸鉄道小松線 小松-鵜川遊泉寺 102
 信越本線旧線 米山-青海川 103
 善光寺白馬電鉄 南長野-裾花口 106
 上田交通真田傍陽線 上田-真田・傍陽 108
 布引電気鉄道 小諸-島川原 112
 遠山森林鉄道 長野県遠山川渓谷 114
 豊橋鉄道田口線 本長篠-三河田口 116
 東濃鉄道笠原線 新多治見-笠原 118
 東濃鉄道駄知線 新土岐津-東駄知 119
 北恵那鉄道 中津町-下付知 120
 名古屋鉄道瀬戸線(外壕線) 堀川-土居下 122
 明延鉱山専用鉄道(明神電車) 神子畑-明延 124
 福知山線旧線 生瀬-武田尾 126
 加悦鉄道 丹後山田-加悦 128
 信貴山急行電鉄(山上平坦線) 高安山-信貴山門 130
 五新線 (未成線) 132
 塩江温泉鉄道 仏生山-福江 134
 住友別子鉱山鉄道 石ヶ山丈-角石原、惣開-端出場 136
 下津井電鉄 茶屋町-下津井 140
 片上鉄道 備前片上-柵原 142
 伯陽電鉄 米子市-法勝寺・母里 144
 妻線 佐土原-杉安 146
 大分交通耶馬溪線 中津-守実温泉 147
 宮原線 恵良-肥後小国 150
 鹿児島交通 伊集院-枕崎、阿多-知覧 152
 鹿児島交通 加世田-薩摩万世 155
データ「鉱山鉄道」 157
データ「森林鉄道」 162
データ「北海道植民軌道」 163
データ「私鉄・国鉄の廃線」 191
 個人的に思い入れの大きい線区として、第1巻では私の父がE1タンク型蒸気機関車撮影のため足しげく通った美唄鉄道に一際感慨深いものを感じる。また、札幌オリンピックの際の政治取引で廃止された不遇の路線、定山渓鉄道にも思うものが多い。1972年の札幌オリンピックでは国立公園内の恵庭岳にスキー競技コースを設営するため、大規模な森林伐採とロープウェイ等の建設が行われた。しかも、オリンピック後にこれらすべてが遺棄の上、莫大な費用をかけて森林の復元を行うこととなった。このロープウェイの廃墟は本シリーズでは登場しないが、オリンピック開催に関連した狂気じみた政策の一つとして、消し去ることのできないものだろう。会場(真駒内)までの新交通手段建設のため廃止された定山渓鉄道は、その社員をすべて札幌市職員化するなどの強引な手法により廃止に導かれたもので、特異的な廃線だと思う。

鉄道廃線跡を歩く 2 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.11.30
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 2
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第2巻 目次 頁
廃線探訪「下津井電鉄と琴平参宮電鉄」 宮脇俊三 4
鉄道廃景(2) 丸田祥三 15
実地踏査
 歌登町営簡易軌道 小頓別-歌登-志美宇丹 22
 根室本線旧線 新得-狩勝信号場 24
 函館本線旧線 納内-神居古潭-近文 28
 戸井線 (未成線)五稜郭-戸井 30
 東北本線旧線 浅虫-青森 32
 羽後交通横荘線 横手-老方 34
 岩手軽便鉄道(1) 遠野-仙人峠 36
 仙北鉄道 築館-瀬峰-登米 38
 日本硫黄沼尻鉄道 川桁-沼尻 40
 住友セメント四倉工場専用線 八茎鉱山-四倉 42
 日本煉瓦専用線 深谷-上敷免 43
 東武鉄道矢板線 新高徳-矢板 44
 東野鉄道 西那須野-那須小川 46
 筑波鉄道 土浦-岩瀬 48
 東武鉄道伊香保線 渋川-伊香保 51
 旧陸軍造兵廠軽便線 東京都北区・板橋区 52
 横浜・東京の廃駅跡めぐり 京浜急行電鉄平沼駅、中央線万世橋駅、東武鉄道隅田川公園駅、京成電鉄寛永寺寺坂駅 56
 武州鉄道 蓮田-神根 60
 南総鉄道 茂原-奥野 62
 湖南軌道 二宮-秦野 63
 旧東海道線(御殿場線) 国府津-沼津 64
 豆相人車鉄道・熱海鉄道 小田原-熱海 68
 赤谷線 新発田-東赤谷 70
 蒲原鉄道 村松-加茂 72
 頸城鉄道 新黒井-浦川原 74
 北陸本線旧線 浦本-有間川 76
 清水港線 清水-三保 80
 光明電気鉄道 新中泉-二俣町 82
 木曽森林鉄道小川線 上松駅-赤沢 84
 上田丸子電鉄丸子線 丸子町-大屋-上田東 88
 諏訪鉄山鉄道 茅野-花蒔 90
 池田鉄道 安曇追分-北池田 92
 三重交通神都線 伊勢駅前-内宮前、本町-二見一ほか 93
 伊勢電気鉄道 江戸橋-大神宮前 94
 近畿日本鉄道旧木曽・長良・揖斐川橋梁 弥富-桑名 100
 名古屋鉄道拳母線 上拳母-大樹寺 104
 愛宕山鉄道鋼索線 清滝川-愛宕 106
 関西鉄道大仏線 加茂-大仏-奈良 108
 南海鉄道加太支線 和歌山市-北島-東松江 110
 有馬線 三田-有馬 112
 淡路交通 洲本-福良 114
 明延鉱山神新軌道 神子畑選鉱場-新井 116
 玉野市営電気鉄道 宇野-玉遊園地前 119
 宇品線 広島-宇品 122
 井笠鉄道 笠岡-矢掛・神辺 124
 牟岐線 羽ノ浦-古庄 127
 土讃線旧線 大杉-土佐北川 128
 小松島線 中田-小松島港 130
 魚梁瀬森林鉄道安田川線 田野貯木場-魚梁瀬・石仙土場 132
 日本興業佐賀関鉄道 幸崎-佐賀関 134
 九州鉄道旧大蔵線 小倉-大蔵-黒崎 136
 九州鉄道旧城山峠越え 遠賀川-赤間 138
 上山田線 飯塚-豊前川崎 140
 油須原線 (未成線) 141
 温泉軽便鉄道・小濱鉄道 愛野-肥前小浜 144
 熊延鉄道 南熊本-砥用 146
 沖縄県営鉄道 那覇-与那原・糸満・嘉手納 148
鉄道構造物の見方・調べ方「トンネル・橋梁・構造物の材料」 小野田滋 152
データ「全国廃線私鉄の停車場一覧」 191
 個人的に思い入れの大きい線区として、第2巻では、未成線の戸井線を挙げたい。9割がた竣工しながら終戦の混乱で開通することのなかった悲運の線区。沿線には、五稜郭、湯の川温泉、函館空港があり、函館市内の人口密集地を横断していたことから、開通していれば相応の利用価値はあったに違いない。しかし、その圧巻の遺構は、海岸の海蝕台の上に建築された連続アーチ橋である。いま現在も、その威容は津軽海峡を見下ろしていて、古代ローマ時代の遺跡のようにも見える。もしこの路線が開通していたら、どれほど美しい車窓が堪能されていただろう、と感じ入ってしまう。国道沿いの現地へのアプローチは容易であり、廃線跡探訪の初心者にも是非オススメしたいスポットである。

鉄道廃線跡を歩く 3 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.11.30
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 3
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第3巻 目次 頁
廃線探訪「南薩鉄道(鹿児島交通)」 宮脇俊三 4
鉄道背景(3) 丸田祥三 15
実地踏査
 士幌線 上士幌-十勝三股 22
 北海道拓殖鉄道 新得-東瓜幕 26
 旭川電気軌道 旭川四条-東川・旭山公園 29
 名羽線 (未成線)曙-朱鞠内 32
 手宮線 南小樽-手宮 36
 胆振線(1) 伊達紋別-蟠渓 39
 大間鉄道 (未成線) 42
 釜石鉱山鉄道 鈴子-大橋・小山川 45
 奥羽本線旧線 大釈迦-鶴ヶ浜 48
 秋保電気軌道 長町-秋保温泉 50
 日中線 喜多方-熱塩 52
 山形交通高畠線 糠ノ目-二井宿 54
 茨城交通茨城線 赤塚-御前山 57
 東武鉄道熊谷線 熊谷-妻沼 60
 東京都水道局小河内線 氷川-水根 62
 成田鉄道多古線 成田-八日市場 65
 九十九里鉄道 上総上貝-東金 68
 外房線旧線 土気-大網 70
 都電13系統専用軌道 新宿駅前-東大久保 72
 東北本線貨物支線(須賀貨物線) 王子-須賀貨物駅 74
 西武鉄道山口線 遊園地前-ユネスコ村 76
 東京急行電鉄砧線 二子玉川園-砧本村 78
 中央本線旧線 鳥沢-猿橋 81
 山梨交通 甲府駅前-甲斐青柳 84
 中央本線旧線 南木曽-坂下、釜戸-瑞浪 86
 千頭森林鉄道 千頭-大間 89
 遠州鉄道奥山線 遠鉄浜松-奥山 92
 名古屋鉄道西部線(旧一宮線) 押切町-枇杷島橋 96
 名古屋鉄道岩倉支線 岩倉-小牧 99
 名古屋鉄道一宮線 岩倉-東一宮 100
 三重電気鉄道松阪線 松阪-大石 102
 近畿日本鉄道大阪線青山峠旧線 伊賀上津-榊原温泉口 104
 富山地方鉄道射水線 新富山-新港東口 108
 福井鉄道南越線 社武生-戸ノ口 110
 旧東海道本線 京都-大津、長浜-関ヶ原 112
 江若鉄道 浜大津-近江今津 120
 京都大学芦生演習林森林軌道(芦生森林鉄道) 本谷軌道、小野子仮軌道 123
 関西鉄道桜宮線 放出-網島-桜ノ宮 127
 鍛冶屋線 野村-鍛冶屋 130
 出石鉄道 江原-出石 132
 西大寺鉄道 後楽園-西大寺市 135
 三蟠軽便鉄道 三蟠-桜岡・国清寺 139
 尾道鉄道 尾道-市 142
 大社線 出雲市-大社 146
 船木鉄道 宇部-吉部 148
 土佐電気鉄道安芸線 後免-安芸 150
 大分交通宇佐参宮線 豊後高田-宇佐八幡 153
 鹿本鉄道 植木-山鹿 157
 東肥鉄道 瀬高-南関 160
 山野線 水俣-粟野 162
廃駅跡をたどる~東海道本線「旧新橋駅」、鶴見臨港鉄道「本山駅」、東京急行電鉄「新太田町駅」、近畿日本鉄道「孔舎衛坂駅」 原口隆行 165
鉄道廃線を地形図に探る 今尾恵介 172
鉄道構造物の見方・調べ方「廃線トンネル実践編」 小野田滋 176
データ「全国廃線鉄道地図」 223
 個人的に思い入れの大きい線区として、第3巻では、私が廃止直前に乗った士幌線である。特に末端部の音更川の渓谷に沿った車窓は圧巻の美しさであった。現在も第3音更川橋梁や、当時すでに列車が乗り入れなくなったタウシュベツ橋梁などの美しい橋梁群は残されているが、徐々に崩壊が進んでいるので、興味ある方は、ぜひ早くに訪問してほしい。糠平駅跡に整備された鉄道記念館も一訪の価値があるだろう。
 また、胆振線は、羊蹄山、尻別川、長流川、昭和新山を巡る美しい路線で幼少の私も大好きだった。昨年(2014年)、私は婉曲した蟠渓駅のホーム跡を訪れた。初冬の雪の中で、人知れずそのホームはまだあった。ホームに立ち、自分が30年前に乗った列車が入線するさまを想像してみた。はかなくも美しい一瞬だった。せめてこのホームだけは、少しでも長く残っていてほしい。
 小樽市によって公園化され、線路を残したまま味のある散策路として活用されている手宮線もこの3巻で紹介されている。

鉄道廃線跡を歩く 4 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.11.30
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 4
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第4巻 目次 ページ
廃線探訪「矢立峠と大釈迦峠越え~奥羽本線旧線」 宮脇俊三 4
鉄道廃景(4) 丸田祥三 15
実地踏査
 天北線(1) 音威子府-浜頓別 22
 羽幌炭礦鉄道 築別-羽幌炭礦 26
 根室本線旧線 落合-狩勝信号場 28
 寿都鉄道 黒松内-寿都 30
 千歳線旧線 苗穂-北広島 33
 三菱鉱業大夕張鉄道 清水沢-大夕張炭山 36
 歌志内線 砂川-歌志内 40
 函館本線砂川支線 砂川-上砂川 42
 大畑森林鉄道 大畑-奥薬研 44
 南部鉄道 尻内-五戸 48
 松山人車軌道 松山町-松本酒造店前 50
 仙台鉄道 中新田-北仙台 52
 山形交通三山線 羽後高松-間沢 55
 川俣線 松川-岩代川俣 58
 常磐線旧線 久ノ浜-広野、竜田-富岡 60
 日本鉄道(東北本線)旧線 宇都宮-矢板 64
 利根軌道 渋川-沼田 66
 上武鉄道 丹荘-若泉(西武化学前) 68
 横浜水道工事軌道(1) 津久井町青山-西谷・野毛 70
 東京鉄道郵便局専用地下鉄 東京都-東京鉄道郵便局 72
 五日市鉄道(南武鉄道) 拝島-立川 74
 京浜電気鉄道大森支線 大森海岸-大森 76
 東海道本線旧線 神奈川-横浜-保土ヶ谷 79
 御殿場馬車鉄道 御殿場新橋-籠坂 83
 静岡鉄道秋葉線 新袋井-遠州森町 87
 東海道本線沼津港貨物船(蛇松線) 沼津-沼津港 90
 篠ノ井線旧線 明科-西条 92
 福井鉄道鯖浦線 水落-織田 95
 北陸の臨港貨物線 富山港線、七尾港線、三国線、敦賀新港線、中舞鶴線、舞鶴港線 98
 近畿日本鉄道旧線 白木-五知、志摩磯部-志摩横山、賢島-真珠港 104
 近畿日本鉄道八王子線 西日野-伊勢八王子 106
 名古屋鉄道高富線 長良北町-高富 108
 名古屋鉄道旧西尾線(福岡線) 岡崎新-西尾 110
 名古屋鉄道小坂井支線 伊奈-小坂井 112
 名古屋鉄道・国鉄渥美線 三河田原-黒川原-堀切(一部未成区間) 114
 伊賀鉄道 伊賀神戸-西名張 117
 初瀬鉄道 桜井-初瀬 120
 大阪市内の臨港貨物線 安治川口-大阪東港、浪花-大阪港・大阪北港 122
 別府鉄道 土山-別府港-野口 125
 篠山鉄道 弁天-篠山町 128
 篠山線 篠山口-福住 130
 赤穂鉄道 播州赤穂-有年 132
 鞆軽便鉄道 福山-鞆 134
 両備軽便鉄道 両備福山-吉津-横尾 136
 米子電車軌道 米子駅前-皆生温泉、加茂町-角盤町 140
 倉吉線 倉吉-山守 142
 琴平急行電鉄 坂出-琴急琴平 145
 内子線 五郎-内子 148
 宇和島鉄道 宇和島-吉野 150
 岩日北線 (未成線) 152
 筑肥線旧線 博多-小笹-姪浜 156
 豊州鉄道 豊前善光寺-豊前二日市 158
 荒尾市電気鉄道 荒尾駅-緑ヶ丘 162
 宮崎交通 南宮崎-内海 164
 宮之城線 宮之城-薩摩大口 167
廃駅跡をたどる 上越線「旧湯檜曽駅」、中央本線「旧塩尻駅」、小田急電鉄「山谷駅」、名古屋鉄道「広江駅」、名古屋鉄道「霞ヶ丘駅」、東海道本線「新垂井駅」 原口隆行 170
新旧地形図でたどる水浜電車の跡 今尾恵介 178
鉄道構造物の見方・調べ方「廃線アーチ橋実践編」 小野田滋 182
データ「国鉄廃線区間の変遷史」 199
 個人的に思い入れの大きい線区として、第4巻では、三菱鉱業大夕張鉄道がある。この路線は、私が幼少のころ、まだ清水沢-南大夕張間が残っていて、道内唯一の私鉄として1日3往復の客車列車が運行されていた(片道大人60円をいう国内最安の運賃だった)。ゆっくり走る列車に乗って、南大夕張のちに付き、近くの温泉宿で宿泊したのである。いまではその南部の集落もわずかな人家が残るのみで、当時の面影を偲ばせるものはほとんどない。しかし、南大夕張駅跡にある保存車両のみが、その痕跡をとどめている。また羽幌炭礦鉄道跡は、その炭鉱施設の一部とともに、羽幌町が観光対象としてマップ等に記載してくれている。私もそのマップを片手に訪問し、とても楽しかった。そのような活動が、あちこちに広まることを期待している。

鉄道廃線跡を歩く 5 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.12.6
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 5
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第5巻 目次 ページ
廃線探訪「南大東島の砂糖鉄道」 宮脇俊三 4
鉄道廃景(5) 丸田祥三 15
実地踏査
 渚滑線 北見滝ノ上-渚滑 22
 根北線 斜里-越川 25
 北海道炭礦汽船真谷地炭砿専用鉄道 沼ノ沢-真谷地 28
 王子製紙江別工場専用鉄道 江別駅-王子製紙江別工場 30
 北海道電力江別発電所専用鉄道 江別駅-発電所 30
 大夕張周辺の森林鉄道 32
 仁別森林鉄道 秋田-仁別-務沢 37
 松尾鉱業 大更-屋敷台 40
 岩手軽便鉄道(2) 花巻-遠野 42
 塩釜線 陸前山王-塩釜埠頭 45
 仙山線旧線 西塩釜-陸前浜田 45
 好間炭鉱専用鉄道 内郷-好間鉱山 48
 水戸電気鉄道 柵町-奥ノ谷 51
 青梅線福王河原支線(砂利線) 54
 日鉄鉱業羽鶴専用鉄道 上白石-羽鶴 56
 「大東急」代田連絡線 新代田-世田谷代田 59
 横浜水道工事軌道(2) 津久井町青山-西谷・野毛 62
 相模線(西寒川支線) 寒川-西寒川 64
 東京電力早川発電所工事用軌道 早川橋-新倉 66
 堀之内軌道 堀之内-池新田 69
 魚沼線 来迎寺-西小千谷 72
 新潟交通 白山前-東関屋、月潟-燕 74
 北陸鉄道能登線 羽咋-三明 77
 富山地方鉄道笹津線 南富山-地鉄笹津 80
 北陸鉄道金名線 白山下-加賀一の宮 82
 京福電鉄永平寺線 金津-東古市 85
 京福電鉄丸岡線 本丸岡-西長田 85
 中央本線旧線 奈良井-飯田 89
 中津川線 (未成線)中津川-飯田 92
 南方貨物線 (未成線)大府-笠寺-名古屋貨物ターミナル 95
 名古屋鉄道安城支線 南安城-安城 98
 名古屋鉄道平坂支線 西尾-港前 100
 中勢鉄道 岩田橋-伊勢川口 102
 本郷軌道 父子-若狭本郷 106
 北丹鉄道 福知山-河守 108
 大和鉄道 田原本-桜井 111
 南海電気鉄道天王寺支線 天王寺-天王寺茶屋 114
 南海電気鉄道高野線紀見峠旧線 河内長野-橋本 116
 大阪陸軍造兵廠の軍用側線 119
 京都市電北野線 京都駅前-北野 122
 野上電気鉄道 日万-登山口 125
 播電鉄道 新宮町-網干港 128
 姫路モノレール 姫路-手柄山 130
 琴平参宮電鉄 坂出・多度津-琴平 133
 土讃線旧線 大歩危-土佐岩原 136
 石原満俺軌道 天坪-黒滝鉱山 138
 広瀬鉄道 荒島-出雲広瀬 140
 防石鉄道 防府-堀 143
 今福線 (未成線)今福-浜田 146
 山陽本線旧線 長府-下関 150
 日田線 東小倉-妙見-水町信号場 153
 添田線 香春-今任-添田 153
 室木線 遠賀川-室木 157
 南筑軌道 羽犬塚-黒木 161
 菊池軌道 立町-室園、御代志-菊池 163
 大隅線 国分-海潟温泉 166
廃駅跡をたどる~外房線「旧大網駅」、西武鉄道「上り屋敷駅」、山陽本線和田岬支線「旧鐘紡前駅」、南海電気鉄道「旧堺駅・竜神駅」、南海電気鉄道「深日駅」 原口隆行 169
地形図に見る路線変更と廃線跡 今尾恵介 177
鉄道構造物の見方・調べ方「廃線跡橋梁実践編」 小野田滋 182
データ「全国廃線国鉄の停車場一覧(その1)」 223
 個人的に思い入れの大きい線区として、第5巻では、大夕張周辺の森林鉄道を挙げたい。なんといっても、シューパロ湖にかかっていた美しい「三弦橋」である。四角すいをつらねた特有のトラス構造を持った橋で、列車はその連続する側面の三角形の中を通過していた。この橋は、森林鉄道廃止後も残され、その美しい姿を湖面上に見せていたのであるが、2014年、ダムの巨大化にともない、その姿を水中に没してしまった。現在かの地にいっても、無粋なダムがあるのみで、無念きわまりない状況となってしまった。根北線の未成線部分にある有名なアーチ橋も当巻で紹介されている。

鉄道廃線跡を歩く 6 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.12.6
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 6
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第6巻 目次 ページ
廃線探訪「上山田線・漆生線・油須原線」 宮脇俊三 4
鉄道廃景(6) 丸田祥三 15
実地踏査
 羽幌線(1) 遠別-留萌 22
 天塩炭礦鉄道 留萌-達布 27
 湧網線 網走-中湧別 30
 標津線 厚床-中標津、標茶-根室標津 33
 広尾線 帯広-広尾 38
 足寄森林鉄道 足寄-螺湾-上足寄-鳥取 42
 三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道 上芦別-辺渓三坑 44
 三菱鉱業油谷鉱業専用線 辺渓-油谷炭鉱 45
 大沼電鉄 大沼-鹿部 47
 北海道炭礦汽船夕張鉱業所福住人車 福住一区-福住七区 50
 松前線 木古内-松前 52
 津軽森林鉄道 青森貯木場-蟹田-喜良市貯木場 56
 福島交通軌道線 福島駅前-湯野町、長岡分岐-保原-梁川、保原-掛田 ほか 59
 山形交通尾花沢線 大石田-尾花沢 62
 秩父鉱業専用線 高坂-鉱業所 64
 東京陸軍兵器補給廠専用線 赤羽-板橋兵器庫 66
 京王電鉄新宿駅付近旧線 初台-新宿 69
 横浜の臨港線 高島-横浜港-山下埠頭 74
 駿豆鉄道旧線 三島広小路-三島 76
 南豆馬車鉄道 大沢口-下田 78
 中央本線旧線 初狩-笹子、甲斐大和-勝沼ぶどう郷 80
 八ヶ岳森林軌道みどり池事業線 稲子-みどり池 84
 北陸鉄道能美線 鶴来-新寺井 87
 伊那電車軌道 辰野-松島 90
 名古屋鉄道尾西線(旧尾西鉄道) 玉の井-木曽川港 100
 近畿日本鉄道名古屋線四日市市内旧線 海山道-四日市-河原町 103
 安濃鉄道 新町-林 106
 新宮鉄道 新宮-勝浦 109
 天理軽便鉄道 新法隆寺-平端 112
 若狭湾のニッケル鉱山専用線 加悦-大江山鉱山、丹後山田-岩滝精錬工場、若狭和田-若狭鉱山 114
 近畿の市場の貨物線 百済-百済市場、尼崎-尼崎市場、兵庫-神戸市場、姫路-姫路市場 116
 福知山線尼崎港支線 塚口-尼崎港 121
 東海道本線神戸海岸線 神戸港-湊川-摩耶埠頭 123
 岩井町営軌道 岩美-岩井温泉 125
 吉岡鉱山専用軌道 成羽-田原-坂本 128
 中国鉄道吉備線旧線 総社-湛井 131
 中国鉄道稲荷山線 備中高松-稲荷山 132
 岡山臨港鉄道 大元-岡山港 134
 出雲鉄道 出雲今市-出雲須佐 137
 益田索道 益田-匹見-元組 140
 宇部線旧線 岩鼻-宇部新川、宇部新川-宇部港、居能-宇部港-沖ノ山新鉱 143
 宇部西線 雀田-新沖山 143
 伊佐鉄道 吉則-北川 146
 大分交通国東線 杵築-国東 148
 宇島鉄道 宇島-耶馬溪 152
 勝田線 吉塚-筑前勝田 154
 香月線 中間-香月 156
 佐世保鉄道 上佐世保-左石、筑前中津-実盛谷-相浦、実盛谷-小浦、四ツ井樋-佐々、神田-吉井 159
 高千穂線 (未成区間)高千穂-高森 163
 志布志線 西都城-志布志 166
 宮崎県営鉄道 飫肥-油津 169
特別企画「ロシア・サハリンに残る日本時代の未成線(1)」~樺太西線延長線(久春内-藻糸音 ほか)徳田耕一 172
廃駅跡をたどる~奥羽本線板谷峠越え「赤岩駅」「板谷駅」「峠駅」「大沢駅」、御殿場線箱根越え「富士岡駅」「岩波駅」 原口隆行 177
地形図に見るターミナルの変遷と廃線跡 今尾恵介 184
鉄道構造物の見方・調べ方「続・廃線橋梁実践編」 小野田滋 189
データ「全国廃線国鉄の停車場一覧(その2)」 223
 個人的に思い入れの大きい線区として、第6巻では、羽幌線を挙げよう。とにかく北海道の場合、廃線といってもスケールが違う。明らかに地図上に大きな欠損ができる広範な「無鉄道地帯」が広がる様な長大なスケールで、線区が消失してしまうのだ。しかし、この羽幌線の走っていたころの車窓の美しさは無類だった。もうちょっとうまくPRして、魅力的な観光列車を運行することが出来ていたなら、羽幌線も、そして沿線地域の運命も変わっていたのではないかと思う。海食崖の上からはるかに日本海を見渡し、遠景には、焼尻島、天売島、利尻島の美しい島々が戯れ、そして黄金の夕陽がその向こうに沈む。こんな感動的な車窓をもった線路は他になかった。かのちの廃線跡を訪れるたびに、思わずため息が出てしまう。その廃墟も徐々に消えつつある。羽幌線最大の遺構と言われた金駒内陸橋跡は近年撤去されてしまった。しかしそれに続く橋梁は、かろうじてその美しい姿をとどめており、ぜひ多くの人に見てほしいと思う。道外では私が中学生のころに乗った高千穂線が思い出深い。本書で取り上げられているのは高森-高千穂間の未成部分であるが、経営を引き継いだ高千穂鉄道も本シリーズ刊行後の2008年に廃止されてしまった。末端部の橋梁の景色、日之影駅の味わいある雰囲気など、私の脳裏に焼き付いている。機会があれば、廃線跡を訪れて見たい。

鉄道廃線跡を歩く 7 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.12.6
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 7
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第7巻 目次 ページ
廃線探訪「北陸本線旧線(柳ケ瀬・杉津・牛ノ谷・倶利伽羅峠)」 宮脇俊三 4
鉄道廃景(7) 丸田祥三 15
京都市電の廃線跡とその遺構 須田 寛 22
実地踏査
 美幸線 美深-仁宇布-北見枝幸(一部未成線) 27
 興浜北線 浜頓別-北見枝幸-雄武(一部未成線) 30
 興浜南線 雄武-興部 32
 深名線 深川-名寄 34
 名寄本線(1) 名寄-興部 38
 相生線 美幌-北見相生 41
 雄別炭礦鉄道 釧路-雄別炭山 44
 白糠線 白糠-北進 47
 留萠鉄道 恵比島-昭和炭鉱 50
 夕張鉄道の専用鉄道 鹿ノ谷-熊の沢 ほか 52
 幌内線 岩見沢-幾春別、三笠-幌内 55
 幾春別森林軌道 幾春別駅土場-奥左股 58
 万字線 志文-万時炭山 60
 岩内線 小沢-岩内 62
 富内線 鵡川-日高町 64
 王子製紙苫小牧工場専用鉄道「山線」 苫小牧工場-上千歳・湖畔 68
 室蘭本線旧線 洞爺-礼文 71
 瀬棚線 国縫-瀬棚 76
 花巻電鉄 軽便花巻-西鉛温泉・西花巻-花巻温泉 79
 小坂鉄道花岡線 大館-花岡 82
 秋田中央交通 一日市-五城目 84
 白棚線 白河-磐城棚倉 86
 里見軌道 上里見-室田発電所 88
 上州電気鉄道 (未成線) 89
 常総筑波鉄道鬼怒川線 大田郷-三所 92
 足尾線旧線(1) 間藤-足尾本山 94
 足尾線旧線(2) 神土-沢入 96
 成宗電気軌道 宗吾-不動尊 98
 品鶴線下丸子三菱工引込線 100
 青梅の石灰石鉄道(1) 師岡-峰向石灰山、宮ノ平駅専用線 102
 青梅の石灰石鉄道(2) 二俣尾駅専用線、雷電山インクライン 103
 池上電気鉄道新奥沢支線 雪ヶ谷-新奥沢 105
 東京港湾局専用線豊洲方面各線・晴海線 108
 東海道本線旧線 根府川-真鶴 111
 神津島の石材搬出用軌道 114
 上田丸子電鉄西丸子線 下之郷-西丸子 116
 中央本線旧線 木曽福島-上松-倉本 120
 加越能鉄道加越線 石動-庄川町 124
 北陸鉄道「加南線」 大聖寺-山中、河南-新動橋、上野-新粟津、動橋-片山津 127
 京福電鉄越前本線 勝山-京福大野 133
 朝熊山鉄道 楠部-平岩-朝熊岳 136
 紀州鉱山鉄道 板屋-惣房・上川 139
 水間鉄道 (未成線)清児-犬鳴-粉河 142
 野上電気鉄道 (未成線)登山口-神野市場-高野山 143
 南海電気鉄道平野線 今池-平野 145
 鍛冶屋原線 板野-鍛冶屋原 146
 高松琴平電気鉄道高松市内線 築港前-公園前-瓦町 148
 宇野線旧線 岡山-大元、茶屋町付近、八浜-備前田井、宇野付近 151
 岡山電気軌道番町線 上之町-番町 154
 福塩線旧線 河佐-備前三川 156
 長門鉄道 小月-西市 159
 美祢線大嶺支線 南大嶺-大嶺 162
 大分交通別大線 大分駅前-亀川駅前・別府駅前 164
 筑豊本線増設線 旧本城信号場-筑前植木 169
 宮田線 勝野-筑前宮田 170
 貝島炭礦大之浦専用鉄道 筑前宮田-庄司 ほか 172
 鹿児島本線旧線(仮塚峠越え) 二日市-原田 176
 矢部線 羽犬塚-黒木 177
 佐賀線 佐賀-瀬高 180
 柚木線 左石-柚木 184
 臼ノ浦線 佐々-臼ノ浦 186
 世知原線 吉井-世知原 187
 屋久島安房森林鉄道 安房-苗畑、小杉谷-大株歩道入口 189
 全国の市場線 東京市場、横浜市場、名古屋市場、福岡市場 192
泰面鉄道廃線跡を歩く タイ・ナムトク-ミャンマー・タンピュザヤ 白川淳 197
鉄道構造物の見方・調べ方「土構造物編・材料編」 小野田滋 201
鉄道構造物に関する文献リスト 210
データ「鉄道省文書」所蔵箇所一覧 234
鉄道廃線跡を歩く1-7総索引 235
 個人的に思い入れの大きい線区として、第7巻では、名寄線(名寄-興部)を挙げよう。この区間、私は乗車したことがないのだけれど、70年代の終わり頃に私の父が何度も蒸気機関車撮影のために通った場所。上興部駅と一ノ橋駅の間にある天北峠(天北峠は天北線ではなく名寄線にあった)が勾配の難所で、両駅間を補機である9600が行き来しており、蒸気機関車ファンには名高い撮影地点であった。父は何度もこの地に鉄道で赴き、一ノ橋に滞在し、数々の写真を撮影した。そのようなわけで、私にはとても興味ある場所なのだが、まだ廃線跡探索に行くことが出来ていない。オホーツク付近は現役の鉄道路線がないので、どうしても訪問する頻度が低くなってしまうのだけれど、近いうちに本書を片手に巡り歩きたいと思っている。また、深名線は2015年現在も、いくつかの駅舎が風雪に耐えて残っている。徐々に痛みが進んでいる状況なので、廃駅の風情を味わいたい人には、ぜひ早めの探訪をオススメしたい。
 なお、この第7巻では既刊分の総索引が末尾に収められていて、購入時はこれで本シリーズも終わってしまうのか、と感じた記憶があるが、幸いなことに、この後、さらに3冊が刊行されることとなった。

鉄道廃線跡を歩く 8 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.12.6
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 8
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第8巻 目次 ページ
廃線探訪「信越本線碓氷峠」 宮脇俊三 4
「廃線」と「新線」 名鉄美濃町線にみる新しい動き 須田寛 14
小倉裏線~日露戦に貢献した幻の軍用鉄道 奈良崎博保 19
鉄道廃景(8) 丸田祥三 25
実地踏査
 根室拓殖鉄道 根室-歯舞 31
 名寄本線(2) 興部-遠軽 34
 羽幌線(2) 遠別-幌延 38
 天北線(2) 浜頓別-南稚内 40
 温根湯森林鉄道 留辺蘂-温根湯-大町-層雲峡 43
 雄別炭鉱尺別鉄道 尺別-尺別炭山 47
 根室本線旧線 野花南-島ノ下 50
 三井芦別鉄道 芦別-頼城 53
 札沼線廃止区間 新十津川-石狩沼田 56
 当別町営軌道 当別-青山中央-大袋 59
 三井鉱山奈井江専用鉄道 三井奈井江-東奈井江 62
 夕張線登川支線 紅葉山-登川 65
 胆振線(2) 倶知安-蟠渓、京極-脇方 68
 函館本線旧線 熱郛-目名 72
 函館本線旧線 昆布-ニセコ-比羅夫 74
 函館本線旧線 野田生-桂川 77
 南部縦貫鉄道 野辺地-七戸 80
 東北本線旧線 旧・千曳-現・千曳 82
 弘南鉄道黒石線 川部-黒石 84
 横黒線旧線 和賀仙人-陸中川尻 87
 羽越本線旧線 五十川-小波渡 90
 奥羽本線旧板谷峠(1) 庭坂-板谷 93
 東武鉄道根古屋線(浅野専用線) 小川町-根古屋 98
 東武鉄道会沢線 葛生-第三会沢 100
 東武鉄道大叶線 上白石-大叶 101
 伊香保ケーブル鉄道 伊香保-榛名山 102
 西武鉄道安比奈線 南大塚-安比奈 104
 日立製作所専用引込線 亀有工場線 亀有-亀有工場 107
 日立製作所専用引込線 土浦工場線 神立-土浦工場 109
 京浜電鉄高輪付近旧線 北品川-高輪 110
 東京急行電鉄東横線並木橋駅 114
 横須賀線貨物船大船構内 116
 富士馬車鉄道 大月-小沼 118
 都留馬車鉄道 小沼-籠坂峠 120
 信越本線旧線 越後広田-長鳥-塚山-越後岩塚 121
 東海道本線旧線 用宗-焼津 124
 東海道本線旧線 金谷-菊川 127
 大井川鐡道井川線 奥泉-接岨峡温泉、井川-堂平 128
 遠州鉄道浜松市内旧線 新浜松-助信 130
 岡多線・瀬戸線 (未成線)瀬戸市-多治見、小田井-稲沢 132
 中央本線旧線 日出塩-贄川-木曽平沢 135
 三井金属工業神岡鉄道 猪谷-神岡町・浅井田、笹津-東猪谷 139
 吉崎鉄道 (未成線)吉崎-芦原 144
 安濃鉄道片田支線 安東-片田 146
 近畿日本鉄道小房線 畝傍-橿原神宮駅 148
 紀勢本線由良内支線 紀伊由良-由良内 151
 紀州鉄道廃止区間 西御坊-日高川 154
 有田鉄道廃止区間 藤並-海岸 156
 北沢産業 網干-浜田港 158
 近畿の観光旅館ケーブルカー 和歌山観光、浦島観光、大阪観光、兵衛旅館、なかや旅館 160
 山陰本線旧線 保津峡-馬堀、船岡-日吉 165
 福知山線旧線 武田尾-道場 168
 山陰本線旧船坂トンネル 上郡-三石 171
 伯備線旧線 日羽付近、井倉-石蟹 174
 予讃線旧線 宇多津付近 178
 呉線電化による廃止トンネル 呉-海田市 180
 山陰本線旧線 三保三隅-岡見 184
 山陽本線宇部厚狭間別線 美祢-厚狭-宇部 186
 芦屋線 遠賀川-筑前芦屋 189
 豊国セメント苅田工場専用鉄道 苅田-豊国セメント苅田工場 192
 幸袋線 小竹-枝国、川津-伊岐須 194
 幻の伊田山トンネル遺構 197
 筑肥線旧線 虹ノ松原-東唐津-山本 200
 沖縄電気鉄道 通道-首里 203
データ「全国線路変更区間一覧」 木下晃博 223
 巻も進むにつれて、対象線区もマニアックなものが増えてきた印象であるが、それとともに、北海道の廃線の比率が増えていることも指摘したい。実際、北海道には無数と言えるほどの廃線があり、本シリーズ10巻を通じて紹介されなかったものもたくさんあるのだ。これまで、毎巻全国のできるだけ広範な地域からの線区を紹介していた本シリーズにあって、第8巻では、紹介されている62線区のうち、16線区が北海道に存在していたもので、1/4を北海道ものが占めていることになる。
 個人的に思い入れの大きい線区として、第8巻では「函館本線旧線 熱郛-目名」を挙げたい。この旧線は、実は古地形図など調べても一切記載がなく、鉄道の様々な記録書にも載っていない。この旧線跡を発見し、世に報告したのは、この道の偉大な先駆者である北大で物理学の名誉教授である堀淳一(1926-)である。堀氏の地図と歴史に関する知識の深さ、そしてフィールドワークの行動力は驚嘆すべきもので、都市の成り立ちを実地検分して探索する番組「ブラタモリ」の先日放送された「札幌編」でも、アドバイザーとしてその名を見ることができる。その堀氏が、熱郛-目名間の地形図に記載された細い路地を、その線形から線路跡である可能性があったため実地探索し、これを線路跡でることを証明する過程は、彼の著書「北海道鉄道跡を紀行する」(1991年 北海道新聞社 刊)に記述されているので、是非参照いただきたい。その報告を踏まえて、本書の取材が行われたことは、本書のリサーチ対象の絞り込みが、学術的なアプローチを踏まえたものであったことを実感させる。また、最近、当別ダムの完成により、水中に没してしまった当別町営軌道の7連の橋脚、標高1,000m以上の峠を越え、北見国から石狩国までまたがる驚異的な線路網を展開した温根湯森林鉄道も興味深い。
 ちなみに近畿の観光旅館ケーブルカーで紹介されている「浦島観光」について、私はこのホテルに宿泊したとき、ケーブルカー跡のエスカレーターに乗りたいばかりに山上館を予約したのだが、よく考えてみると、どの館に宿泊しようと、エスカレーターぐらい乗れたというのも、個人的には楽しい思い出である。

鉄道廃線跡を歩く 9 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.12.6
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 9
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。
 ただ、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第9巻 目次 ページ
廃線探訪「住友別子鉱山鉄道」 宮脇俊三 4
「五年後」の廃線跡-京阪京津線を訪ねて 須田寛 16
鉄道廃景(9) 丸田祥三 22
実地踏査
 士別軌道 士別-奥士別 27
 士別森林鉄道 奥士別-奔天塩 30
 日曹炭鉱天塩礦業所専用線 豊富-日曹炭鉱 32
 根室本線旧線 直別-尺別 36
 芦別森林鉄道 上芦別-奥芦別事業区・二股 38
 根室本線旧線 下金山-金山-東鹿越 41
 早来軌道 早来-厚真-幌内 44
 夕張鉄道(1) 野幌-栗山 47
 茅沼炭鉱軌道 茅沼炭鉱-旧積み出し港 50
 室蘭本線旧線 黄金-陣屋町-本輪西 53
 函館本線スイッチバック加速線跡 東山信号場跡、森川信号場跡 56
 東北本線旧線 金田一温泉-目時 58
 大河原の海軍軍用線 大河原-第一海軍火薬廠 61
 赤湯人車軌道 赤湯駅前-赤湯町 64
 仙南温泉軌道 大河原-遠刈田 66
 常磐線旧線 富岡-岩沼 69
 会津鉄道旧線 芦ノ牧温泉-湯野上温泉 73
 岩鼻軽便鉄道 倉賀野-上州岩鼻 76
 蒲原鉄道 五泉-村松 78
 新潟交通 東関谷-月潟 80
 上越線旧線 北堀之内-越後川口-小千谷 83
 北陸本線旧線 有間川-直江津 86
 京成電気軌道白鬚線 向島-白鬚 89
 東京都伝38系統専用軌道 水神森-洲崎 93
 平塚周辺の企業専用線 平塚-日産車体工機・横浜ゴム製造・相模石油 97
 信越本線旧線 牟礼-古間、黒姫-妙高高原-関山、関山駅 101
 飯田線旧線 中井侍-伊那小沢、平岡-為栗・夏焼トンネル 108
 庄川水力電気専用鉄道 青島町-小牧、青島ヤード-柳瀬 111
 三国線 金津-三国港 114
 三井鉱山専用軌道 神岡山の馬車軌道 116
 のと鉄道旧線 穴水-輪島 120
 坂川鉄道 新坂下-丸野 123
 二見浦旅客索道(二見ロープウェイ) 二見浦-音無山 126
 京阪電気鉄道旧線 守口市-京橋-天満橋 127
 近畿日本鉄道東信貴鋼索線 信貴山下-信貴山 130
 関西法線旧線 三郷-河内堅上 132
 高砂線 加古川-高砂-高砂港 137
 呉市営電気軌道 川原石-長浜 140
 山陽本線電化による廃止トンネル 戸田-富海 143
 伊予鉄道森松線 伊予立花-森松 147
 土讃線旧線 阿波川口-小歩危 150
 北九州市交通局 若松駅-中川通8丁目・浜12番地・浜埋立地・安瀬 154
 折尾接続線分岐点跡 157
 筑豊本線直方駅南方立体交差工事跡 直方-勝野 161
 筑後軌道 久留米-豆田 164
 肥筑軌道 高尾-崎村 168
 長崎本線肥前山口駅のデルタ線跡 171
廃線跡調査に必要な旧版地形図使用上の注意 今尾恵介 175
データ「全国主要線路変更区間地図(東日本編)」 浅野明彦 191
 第9巻で取り上げられた項目では、「茅沼炭鉱軌道」に注目してほしい。この軌道は北海道の積丹半島の付け根に存在し、海岸から炭鉱まで石炭搬出用の軌道が敷かれていた。注目すべきは敷設された時期で、イギリス人技師の指導により、1869年にトロッコ軌道が建設されている。この1869年という年は、新橋-横浜間に「日本最初の鉄道」が開業した1872年よりも、3年も前のことになる。
 つまり、「乗客のため」という条件以外の鉄道を含めた場合、日本最初の鉄道は、この積丹半島の付け根にあった2.8kmのトロッコ用の軌道に他ならない。この軌道については、トロッコ用の軌道を鉄道と称することが出来るかについて、様々な見解があるのであるが、現在では、おおむね単に「日本最初の鉄道」と呼ぶ場合、この「茅沼炭鉱軌道」が適当であるという考え方が強まっている。また、そのような背景を受けて、本書でも取り上げられることとなったのであろう。実際、線路の軌道上を走るトロッコは、鉄道に違いあるまい。そのような「鉄道の概念」についても、本書の掲載対象は、現代的感覚を反映したものと言えるだろう。

鉄道廃線跡を歩く 10 JTBキャンブックス 宮脇 俊三著

レビュー日:2015.12.6
★★★★★ 鉄道廃線跡探訪本の決定版 10
 紀行作家である宮脇俊三(1926-2003)の編集により、1995年にその第1弾が刊行されていらい、全10冊に及んだ鉄道の廃線跡を実地踏査するシリーズ本。カラー白黒混合。
 廃線跡探訪という趣味のジャンルを確立したシリーズと言って良い。私は北海道に住み、鉄道で旅をするのが好きだ。しかし、北海道の鉄道事情は厳しく、次々と美しい車窓を誇った路線は廃止となり、今となっては、一人で地方を彷徨することもままならなくなった。けれども、そんな憧憬をかろうじて満たし、ありし日の鉄道の姿を想像させてくれるのが、現地に残るかすかな遺構たちである。私も本書を通じてその興味を深め、あちこち探索するようになった。
 本シリーズの特徴は以下の通りだろう。
1) 対象に廃線のみならず、着工されながら完成しなかった「未成線」、線路の付け替えのため廃棄された「旧線」を含むこと。
2) 各巻ごとに全国から対象を抽出していること。
3) 廃線を記載した地形図を掲載し、実地踏査に基づいて、写真とともに主要な遺構のある個所が示されていること。
4) 全10巻が刊行されたことで、網羅性が高いこと。
5) 各巻末に、充実したデータ集が添付されていること。
 本来、本シリーズの構成は、基本的には巻頭に編集者である宮脇俊三氏の探訪問記1編があり、その後、「棄景」等の写真集で有名な丸田祥三氏による渾身の写真。そして、詳細な実地踏査、巻末に巻毎の特集とデータ集という形になる。しかし、第9巻の編集の後、鉄道文化の普及啓発に多大な功績を挙げられた宮脇俊三氏が死去された。この名シリーズの完成をまたずに亡くなられたのは、本当に残念である。その結果、第10巻については、巻頭が「宮脇俊三と歩いた廃線跡」という一種の追悼文に置き換わっている。もし、健在であられたなら、この最終巻の訪問地として、どこを選ばれたのであろうか。
 さて、本シリーズは、特徴2)により、地域ごとという巻構成にはなっていない。そのため、全10巻を所有していても、目的とする線区がどの巻に掲載してあったか、それとも掲載そのものがないのか、私の経験上手間をかけて探すことが多い。そこで、今回、各巻の目次を掲載してみようと思う。参考になれば幸いである。
第10巻 目次 ページ
廃線跡探訪回顧「宮脇俊三と歩いた廃線跡」 4
経緯・要因別にみた東海地域の「廃線」 須田寛 16
鉄道廃景(10) 丸田祥三 23
実地踏査
 鴻紋軌道 紋別-鴻之舞鉱山元山 29
 三菱鉱業茶志内炭礦専用鉄道 茶志内-茶志内坑 32
 函館本線南美唄支線 美唄-南美唄 34
 三菱鉱業専用線(三美運輸) 南美唄-三井美唄鉱 35
 東京帝国大学演習林軌道 下金山-西達布、布部-麓郷 36
 夕張鉄道(2) 栗山-夕張本町 39
 苫小牧港開発臨海鉄道 新苫小牧-石油埠頭 43
 登別温泉軌道 登別-温泉場 46
 渡島海岸鉄道 森-砂原 48
 東北本線旧線 西平内-浅虫 50
 下北交通大畑線 下北-大畑 52
 東北鉄道鉱業 (未成線)小鳥谷-門 54
 小坂鉄道長木沢支線 茂内-長木沢 58
 仙台の陸軍軍用線 陸前原ノ町-東京第一陸軍造兵廠仙台製造所 60
 仙石線旧線 仙台駅周辺 64
 羽越本線旧線 勝木-府屋、鼠ヶ関-小岩川 67
 奥羽本線旧線板谷峠(2) 赤岩-板谷 70
 磐越西線旧線 磐梯熱海-中山宿-沼上信号場-上戸-猪苗代湖畔 74
 日立鉱山電車 助川-大雄院 78
 入川森林鉄道 川又-赤沢出合 81
 秩父鉄道の貨物線 84
 日本鉄道旧線 長久保-古田 87
 鍋山軌道 栃木駅-門沢 90
 総武本線旧線とその周辺専用線 銚子-新生 ほか 93
 総武本線旧線 物井-佐倉 96
 陸軍鉄道連隊 千葉-津田沼-松戸 98
 東京市電えびす長者丸(郡部)線 天現寺橋-えびす長者丸 101
 京王電気軌道旧線 仙川-調布 104
 川崎市電 市電川崎-塩浜 107
 明治製糖専用線 川崎-明治製糖川崎工場 111
 中央本線の廃駅跡めぐり 112
 西武鉄道池袋線旧線と未成線 仏子-元加治 ほか 114
 江の島電鉄旧線 鎌倉駅付近 116
 山梨馬車鉄道・鰍沢馬車鉄道 勝沼-小井川-富士川河岸 118
 伊東線旧線 伊豆多賀-網代-宇佐美 121
 駿豆電気鉄道軌道線 三島田町-沼津駅前 122
 身延線旧線 富士-入山瀬 126
 東信電気専用鉄道 信濃大町-笹平-コジ沢 128
 長野電鉄河東線 信州中野-木島 130
 松本電気鉄道浅間線 松本駅前-浅間温泉 132
 松本電鉄上高地地区廃止区間 新島々-島々 134
 立山鉄道 上市-五百石 135
 東洋活性白土専用線 国鉄糸魚川駅引込線-東洋活性白土工場 138
 島田軌道 島田駅前-向谷 140
 北恵那鉄道大井線 新大井-大井ダム 143
 武豊線旧線 武豊-武豊港 146
 東海道本線旧線 米原-大津 148
 東海道本線旧線 吹田-大阪 152
 関西鉄道桜宮線 加茂-新木津 155
 南海電気鉄道和歌山港支線 和歌山港-水軒 158
 阪神電気鉄道武庫川線 西ノ宮-武庫川 160
 山陰本線旧線 福知山-城崎 163
 尾道周辺の山陽鉄道境界杭 東尾道-尾道 166
 山陽本線のスイッチバック式信号場 三原-広島 169
 可部線旧線 横川-安芸長束 173
 大日本軌道山口支社 小郡-山口 176
 鹿児島本線旧線 枝光-八幡 179
 西日本鉄道博多築港支線 三角-博多築港 182
 鳥栖駅周辺の操車場・旧旅客線・貨物船・機関区跡 185
 日本セメント香春工場専用線 香春-日本セメント工場-勾金 188
 鹿児島本線旧線 玉名-肥後伊倉、植木-西里 190
 肥前電気軌道 嬉野-塩田 193
 唐津軌道 浜崎-佐志 196
 グラバー商会・陸蒸気試運転区間 市民病院前-松ヶ枝橋北端 199
 柳河軌道 柳河-矢部川 200
 日豊本線旧線 新田原-築城 202
 日豊本線旧線 宇佐-立石、中山香-杵築、豊後豊岡-亀川 205
 内大臣森林鉄道 熊本営林局・矢部営林署 211
 三菱重工業第九航空機製作所専用線 水前寺-三菱重工業第九航空機製作所 214
 眼鏡軌道・日向軌道・木村林業 杉安-二軒橋-銀鏡-三塚 216
 細島線 日向-細島 218
 肥薩線線路移設跡 坂本-海路 220
 北大東島東洋製糖燐鉱専用軌道 積出桟橋-黄金山 ほか 222
戦前に時速200kmを目指した幻の弾丸列車計画 白川淳 225
特別企画「ロシア・サハリンに残る日本時代の未成線(2)」 徳田耕一 241
データ「全国主要線路変更区間地図(西日本編)」 今尾恵介 248
「鉄道廃線跡を歩く」1~10総索引 249
あとがき 255
 第10巻で個人的に思い入れが深いのは三菱鉱業専用線(三美運輸)である。国鉄南美唄駅と三井美唄炭坑を結ぶわずか1.2kmの専用線であるが、私の父が蒸気機関車撮影のために何度も赴いた場所だ。そこでは、1905年製の、米国ボールドウィン社製と、英国ノースブリティッシュ社製の2機の古典型蒸気機関車が1970年代後半まで入れ替えのため使用されていた。私の実家には、それらのフィルムが残っている。また、夕張鉄道も11形蒸気機関車という名機が最後まで活躍した路線。これを保存している夕張市の石炭の歴史村内の博物館が、夕張市の財再破綻で一般公開されていない現状がやるせない。
 さて、この素晴らしいシリーズの最後にあたって、いまの私が望むのは、月並みながら、「未収録線区に関する続編の刊行」である。これらのシリーズが刊行された後に、残念ながらさらに廃止された線区があるほか、掲載から漏れてしまったものが多くあるからだ。私の住む北海道であれば、現在丸瀬布いこいの森に保存SLを留める武利意森林鉄道、名寄線の一ノ橋を起点に南北に延びていた奥名寄森林鉄道と然別森林鉄道、士幌線の終着十勝三股を起点としていた音更森林鉄道、北海道拓殖鉄道の屈足を起点としていた十勝上川森林鉄道、木曽と同じ1921年ボールドウィン製B1形リアータンク3号機が稼働していた置戸森林鉄道、また第1巻でデータ「北海道植民軌道」が紹介されながら、根室拓殖軌道以外紹介されてない。幌延、浜中、別海、東藻琴、標茶など、様々な拓殖鉄道があり、70年代まで残っていたものもあった。その他、十勝鉄道、北見鉄道など。社会ネタでは、札幌オリンピックのため、国立公園である恵庭岳の自然を破壊して作られたスキーコースのための恵庭岳ロープウェイ(現在では考えられない暴挙としかいいようがないだろう)、また専用線でも日本セメント上磯鉄道、釧路臨港鉄道など、北海道だけで枚挙にいとまがないのである。
 そのようなわけで、可能であれば是非とも続編(別に「新」を冠したものが刊行されているが、情報更新とは別に、未収録線区を対象とした「11巻」に相当する続編)、を検討いただければ、というのが私の願いである。

鉄道未成線を歩く 国鉄編 JTBキャンブックス 森口誠之著

レビュー日:2020.5.15
★★★★★ 人知れずたたずむ未成線の遺構たちを、集約して紹介してくれています
 今現在稼働しているJR線の多くは、国鉄線として鉄道敷設法に基づいて建設されたものである。この法令は、1892年に発出されたのち、北海道鉄道敷設法を抱合する形で、1922年にあらためて公布されたもので、全国の鉄道整備による国家の設計を目指したものである。
 私の住む北海道には、数多くの廃線があるが、それに加えて着工されながら完成することのなかった「未成線」、また計画のみで終わった「計画線」がある。かつて、北海道は、国力増強のための有望地であった。石炭をはじめとする鉱物資源、広大な針葉樹林から産出される木材、大規模な漁場と広大な土地から生産される海産物と農畜産物。これらは、国力の増強による近代国家を目指した日本にとって、必要不可欠なものであり、そのためにもいちはやい北海道の開発と開拓が求められた。
 しかし、終戦を経て、風向きは変わっていく。これらの天然資源や農畜産物のほとんどの供給源は、大きく国外に移行し、北海道は比較生産性の低い土地となった。その結果として、開発は撤退へと踵を変え、次々と鉄道は廃止され、計画は中止となる。それとともに、最前線の生活基盤は失われ、過疎と呼ばれる衰退を招き、いくつもの町が消えていった。今もその途上である。
 私は、そんな北海道で生まれ育ったので、この土地が辿った命運を象徴するような鉄道の痕跡に、大きな郷愁を感じるようになった。もちろん、生きた鉄道に乗ることは大好きだが、その代償行為として、廃止された線路の跡や廃駅、そして未成線の遺構を訪ね歩いている。そこには、人為によって建設され、人為によって放棄された土木建築物たちが、ただ静かに歴史を示している。訪れる者もほとんどいないような場所で、時の過ぎゆくままに、少しずつ朽ちている。
 本書は、全国にある「国鉄未成線」にターゲットをあて、その遺構と遺構のある場所を紹介してくれている。未成線というターゲットの絞り方が独特であるが、これは廃線については、宮脇俊三編の素晴らしいシリーズが系列本としてあるため、そのシリーズ内で手薄感のあった未成線にあらためて的を絞って、まとめることをこころみたのであろう。目次を転載したい。
ヒグマの楽園に刻み込まれた名羽線跡を歩く  4
国鉄未成線の歩き方  15
1) 名羽線 【朱鞠内~曙~羽幌】  16
2) 根北線 【越川~古多糠~根室標津】  20
3) 白糠線 【北進~螺湾~足寄】  25
4) 興浜線 【雄武~北見音標~北見枝幸】  30
5) 美幸線 【仁宇布~歌登~北見枝幸】  37
・美幸線第三セクター化構想と残務処理の結末  46
6) 芦別線 【芦別~石狩新城~納内】  49
7) 松前線 【松前~江良~大島】  55
8) 戸井線 【五稜郭~釜谷~戸井】  60
9) 大間線 【大畑~下風呂~大間】  66
10) 長倉線 【茂木~下野中川~長倉】  72
・総武線と東海道線を結ぶ月島線構想の挫折  78
11) 佐久間線 【遠江二俣~中部天竜】  80
12) 渥美線 【黒川原~福江~堀切】  87
13) 中津川線 【飯田~阿智~中津川】  92
・北恵那鉄道と下呂線に反発する付知町  100
14) 南方貨物線 【大府~笠寺~名古屋貨物ターミナル】  102
・稲沢駅を目指した瀬戸線の貨物計画  108
・小浜と京都を結ぶ小鶴線と若江線  110
15) 阪本線(五新線) 【五条~城戸~阪本】  112
・大阪外環状線計画から外れた阪和貨物線と阪堺臨海線  123
16) 弾丸列車 【東京~大阪~下関】  126
17) 岩日北線 【錦町~六日町~日原】  131
18) 今福線(広浜線) 【三段峡~今見今福~浜田】【下府~石見今福】  137
19) 油須原線 【豊前川崎~大任~油須原】  146
20) 呼子線 【唐津~呼子~伊万里】  152
21) 高千穂線 【高千穂~田原~高森】  159
未着工で終わった国鉄系未成線21線  166
鉄道敷設法予定線と国鉄新線建設のあゆみ  173
<資料>「鉄道敷設法別表」に見る予定線リスト200線  190
あとがき  191
 取り上げられた21線区のうち、8線区が北海道内のものであり、その比率は高い。内容は、実地調査の成果を写真、文章、地形図引用によりまとめるという体裁となっている。調査内容は詳しいものであるが、私が知る範囲内でも、紹介漏れと感じざるをえないスケールのものもある。2002年刊行なので、それから20年近く経過しているが、こと北海道の遺構に関しては、なお残存しているものは多いので、それらをめぐる際には、十分に有用な参考となるだろう。ただし、本文中にも記載のある通り、これらの遺構には、人里から離れたところにあるものも多くあり、ヒグマをはじめとした自然への対処については、探索者の留意が求められるところだろう。
 その他、著者ならではの含蓄に富んだコラムがいくつか記載されているのも興味深い。
 欠点としては、情報の詰め込み過ぎという点がある。特に写真や地形図は、サイズの関係で、付近の様子がよく伝わらないもの、当該地の詳細な場所がよくわからないものが多い。同様のガイドが少ない中での希少な情報であるという点を鑑みると、特に位置情報については、もっと精度の高い表記方法を検討してほしいところだった。
 とはいえ、もちろん貴重な情報である。未成線には、着工期間中に、地形図内で、工事中路線として記載されたものもあるが、そのような機会に恵まれなかったものも多いので、そのような点で正確な位置情報というものが、廃線と比して不足しがちである。そのような観点で、本書のような形で、探索先駆者の成果をまとめてくれるのはありがたい。
 また、実際に探索に供しない場合であっても、かつて日本国が描いていた国家の姿に思いを馳せるという点でも、面白い読み物になっているだろう。特に表紙と裏表紙、双方の裏側の見開きを用いて、東西日本の鉄道敷設法による予定線マップが掲載されているが、これを見ると、これらの路線網がもし完成していたら、どのような旅行が可能で、どのような産業が生まれていただろう、と想像してみるのは、なかなか楽しいことであった。
 北海道では、膨大な路線が廃止され、人々の生活基盤が失われ、いくつもの集落が消え、旅人がその地を訪れることもまばらになっている。この地に住んでいると、たびたび「滅びに向かう時間」というものを実感する。そう考えると、これらの遺構に郷愁を感じるという以上に、「我がこと」としての切実な問題を感じなければいけないのかもしれない、とも思う。だが、ひとときは、郷愁に浸ることとしよう。時の流れに抗うには、人は非力過ぎる。

鉄道未成線を歩く 私鉄編 JTBキャンブックス 森口誠之著

レビュー日:2020.5.16
★★★★★ 夢と散った「鉄道線計画」を紹介してくれる1冊。想像力を刺激してくれます。
 私は少年時代から地図を眺めるのが好きで、それが発端となって、鉄道で旅をしたり、あるいは廃線跡を訪ね歩いたりするようになった。地図収集では、かつての鉄道の線形を記した旧版地形図を集めるのが好きで、ときどきそれらを眺めて、往時の風景を思い描いたりしている。
 そんな地図・鉄道好きであれば、「こんな鉄道があればどうであったろう」と思い描くこともまた、往々にしてあるだろう。そして、それらの中には、実際に似たような計画が存在したものもある。例えば、私の住む北海道でれば、かつて五島慶太(1882-1959)が描いた「札幌急行構想」がある。これは夕張鉄道(夕張本町-野幌)と定山渓鉄道(苗穂・白石-定山渓)を、野幌から角山を経由する線形で結び、かつ札幌都心に地下鉄式で乗り入れるというもので、すでに定山渓鉄道を傘下に収めた東急電鉄の北海道投資プロジェクトの一環であった。実際には、札幌オリンピックにより、定山渓鉄道が廃止され、その路盤の一部が札幌市営地下鉄の用地に供されることとなり、当該計画は夢と消えることになるのであるが、もし私鉄資本による都市開発が行われていたら、という観点と併せて、様々に想像をかき立てられるものである。
 本書にまとめられたのは、完成することのなかった私鉄線に関するもので、未成線としてまとめられているが、なかには札幌急行と同じように構想の段のみであったと思われるものも含まれている。どの程度のものまでを「未成線」と呼ぶべきか定かではないが、これらの計画線について、その構想をあらためてまとめた上で、しばしば地図上に線形を描き出しながら、もしその鉄道が完成していたら、と当該地の風景を紹介しながら、関連する情報をまとめてくれている。
 取り上げられた線区は、以下の目次を参照されたい。
鉄道未成線の歩き方  4
1) 公営系 千葉県営鉄道北千葉線 【本八幡~新鎌ヶ谷~小室】  6
・北総線の延伸を目指す成田新高速鉄道
2) 京成系① 京成電気軌道浅草線 【京成曳舟~浅草】  16
3) 京成系② 筑波高速度電気鉄道 【上野~日暮里~筑波】  21
4) 京成系③ 新京成電鉄柴又線 【松戸~柴又】  27
5) 東武系 東武鉄道西板線 【西新井~大師前~上板橋】  31
6) 西武系 西武鉄道村山線 【箱根ヶ崎~東村山~吉祥寺】  37
・西武鉄道の奥多摩観光鉄道構想  44
7) 東急系① 東京横浜電鉄新宿線 【渋谷~新宿】  45
8) 東急系② 池上電気鉄道白金線 【五反田~白金】  52
9) 小田急系 東京山手急行電鉄 【大井町~明大前~駒込~平井~洲崎】  59
10) 京王系 京王帝都電鉄津久井線 【橋本~相模城山~相模中野】  66
・国立の大学通り上に計画された京王国立線  70
11) 京急系 京浜急行電鉄三崎線 【三崎口~油壷~三崎】  73
12) 富山地鉄系 加越能鉄道加越新線 【富山~高岡~金沢】  80
13) 名鉄系 三河鉄道足助線 【西中金~足助】  86
14) 近鉄系① 養老電機鉄道岐阜線 【大垣~墨俣~岐阜】  91
15) 京阪系① 京阪電気鉄道梅田線 【上新庄~桜ノ宮~梅田】  99
・阪急の京阪野江延長線  103
16) 近鉄系② 大阪電気軌道四条畷線 【天満橋筋4丁目~住道~額田】  107
17) 阪急系① 阪急電鉄新大阪線 【十三~新大阪~淡路・神崎川】  113
・大阪府の思惑で消された阪急桜井線  120
18) 阪神系 宝塚尼崎電気鉄道 【尼崎~時友~宝塚】  122
19) 阪急系② 阪急電鉄尼崎線 【塚口~尼崎】  128
20) 京阪系② 奈良電気鉄道大阪線 【小倉~西長尾~玉造】  133
・小川平吉鉄道大臣と五大私鉄疑獄事件  142
・新京阪の名阪連絡線 名古屋急行電気鉄道  144
21) 近鉄系③ 大阪鉄道堺線 【古市~堺】  145
22) 西鉄系 筑豊電気鉄道博多線 【筑豊直方~飯塚~博多】  152
・博多駅前へ延伸を目指す西鉄雑餉隈線  157
鉄道未成線120年のレクイエム  158
・武州鉄道疑獄事件と西武秩父線  168
<資料> 大正・昭和期における未成鉄道の失効路線一覧  190
あとがき  191
 参考までに書いておくと、これらの路線のうち、なんらかの土木建設的な遺構が明確に残っているようなものは多くはない。せいぜいが、「用地が残る」程度であり、廃線探索的な面白味は少ない。ただ、もしその路線がいま現在あったなら、という想像をかきたてること、また、実際にその計画がどのようなものであったのか(そして、なぜ計画に終わったのか)、・・などを類推できる面白味を味わえる書といったところだろう。
 遺構探索としては、同シリーズの「国鉄編」の方が、はるかに面白いのであるが、都市部を中心とした私鉄編にも、相応の味わいがあり、著者の蘊蓄を楽しく読むことができる。また、巻末の失効となった未成私鉄線の一覧と併せて、現在、そして旧地形図など見比べることができれば、さらなる趣味の深まりに、読み手を誘ってくれそうだ。ただ、読み手側にも、それなりの「読み取る力」を求めた書となっており、この1冊だけで、満たされにくいというところはどうしても残るだろう。
 とはいえ、これらの情報を集約してくれた著者の労力には、十分に敬服すべきもので、趣味道の何たるかを示した一冊とも言えそうだ。


地形図でたどる鉄道史 東日本編 JTBキャンブックス 今尾恵介著

レビュー日:2017.11.16
★★★★★ 地域のデータを集約して記録する過去地形図の魅力
 国土地理院が発行する地形図は、5万分の1縮尺で、全国を1,291面によりカバーしている。また、別に2万5千分の1地図と、20万分の1地図(地勢図)を、適宜更新しながら発行してきた。これらの整備は、国土管理の基礎資料であるとともに、かつては軍事上も重要な意味をもっていた。これらの地図は、図面ごとに不定期に更新される。そのため、かつて発行された地形図は、その時代の地域の様子を集約した総合データとして、とても貴重なものとなる。
 現在刊行されている地形図は、普通に購入することができるが、旧版の地形図については、中古店で取扱いがあるほか、測量法に基づく謄抄本交付により、個人で入手することも可能である。ただ、投稿日現在で、カラー1枚の柾判で、2,400円の手数料(収入印紙による)が必要で、それなりの数を集めようとすると、経済的負担が大きい。
 かく言う私も、収集家で、これまで400枚程度、過去地形図を収集してきた。その最大の魅力は「かつて存在した鉄道」である。当書は、まさにその魅力を紹介する1冊といってよく、過去の地形図を参照することで、大きく変遷した鉄道の線形を紹介してくれる。「東日本編」と題する本書で紹介されているのは、以下の個所である。
【北海道】
札幌付近◆千歳線・苗穂~北広島の改良  6
室蘭付近◆室蘭本線・室蘭~東室蘭  10
狩勝峠と金山付近◆根室本線(金山~新得)  12
小樽・幌内付近◆旧・手宮線と旧・幌内線の今昔  16
殖民軌道と標津線◆根室標津・中標津・厚床付近  19
駒ヶ岳をめぐって◆函館本線(七飯~大沼~森)  24
苫小牧・沼ノ端◆室蘭本線・千歳線・日高本線  28
【東北】
野辺地・千曳付近◆南部縦貫鉄道  34
花巻付近◆花巻電鉄・岩手軽便鉄道  36
仙人峠越え◆釜石線(足ヶ瀬~陸中大橋)  40
石巻~女川間◆金華山軌道と石巻線  46
羽越本線◆村上~鶴岡間  48
白河付近と棚倉◆東北本線(白河~黒磯)の改良と白棚鉄道  50
塩釜・松島◆東北本線新旧線・宮城電気鉄道(仙石線)  54
小名浜付近◆磐城海岸軌道・小名浜臨港鉄道・江名鉄道他  58
【関東】
佐野・葛生付近◆安蘇馬車鉄道・東武佐野線  62
今市付近◆下野軌道→東武鬼怒川線  65
渋川・沼田付近◆東武の軌道各線・吾妻軌道・利根軌道と上越線・吾妻線  68
千葉付近◆総武本線・内房線・外房線・京成電鉄  71
津田沼付近◆新京成電鉄  76
成田・三里塚付近◆成田鉄道・京成電鉄他  80
(コラム)理由あって方向転換する駅 塩尻駅・大網駅・一畑口駅・遠軽駅 他  84
川越への鉄道◆川越鉄道・川越電気鉄道・川越線・東上鉄道  87
荒川放水路◆東武伊勢崎線・京成押上線
新宿停車場◆山手線・甲武鉄道・その他私鉄  93
羽田空港への鉄道◆京浜急行空港線  98
東京の東急路線網◆東横線・目蒲線・池上線・大井町線  102
西武の複雑路線網◆国分寺・所沢付近  108
八王子付近◆京王御陵線と高尾線・武蔵中央電気鉄道  114
多摩の専用線◆中央本線・青梅線・横浜線に沿って  118
鶴見の埋立地をゆく◆鶴見線・海岸電気軌道・京浜急行  122
横浜駅三代◆横浜駅付近  127
海老名・大和付近◆小田急・相鉄・相模線  132
小田原~熱海◆豆相人車鉄道→東海道本線  136
【中部】
新潟付近◆信越本線・越後線・白新線・新潟交通  142
寺泊◆越後交通長岡線・越後線  146
頸城トンネル付近◆北陸本線糸魚川~直江津間  148
確氷峠◆旧・信越本線(横川~軽井沢間)と長野新幹線  150
三島・沼津◆新旧の東海道本線・駿豆鉄道  154
大井川鉄道井川線◆井川線・長島ダム付近  156
富士を目指す鉄路◆富士急行他  158
(コラム)線名の付け方とその変遷 常磐線・参宮線・紀勢本線 他  162
吉原・富士宮付近◆身延線・岳南鉄道他  164
飯田線◆辰野~伊那松島 中部天竜~大嵐  168
遠州の鉄道・軌道◆秋葉原馬車鉄道・中遠鉄道・光明電気鉄道・遠州鉄道他  174
廃線・路線変更区間地形図一覧(東日本編)  187
鉄道名・線名索引  189
駅名・鉄道構造物索引  191
 各項目ごとに、鉄道や線形の変遷の歴史、背景が述べられていて、読者は、その文章を読みながら引用された地形図を見比べるという体裁になっている。地形図は、基本的に同地点における変化の前後を参照できる形で引用されていて、なかなか興味深い。特に、北海道で、かつて拓殖のため、道東・道北を中心に敷設された狭軌の軌道「殖民軌道」など、1946年には、総延長は600kmを越えたにもかかわらず、なかなかきちんとした記録がないものであるため、地形図は一次資料としても有用なもので、本書では1925年5月に厚床-中標津58kmに開通した最初の軌道を中心にその変遷を紹介してくれる。
 私のような趣味を持つ人間には、とても楽しく拝見できるが、地形図の引用を参照するさい、「細かすぎる紙面」は人によっては苦労させられるかもしれない。また、紙面の制約からやむないとは言え、情報も鉄道線の変遷のみであり、個人的希望として、例えば、いくつかの廃止された鉄道に絞って、その全線を地形図で紹介し、地域一帯の歴史を紹介してみるような試みであれば、より深い社会的興味を喚起できそうに感じる。また、森林鉄道についても、是非触れてほしかったところである。
 ただ、そのような趣味性に基づく要望は、それこそ「言い出せばきりがない」であろう。それよりも、これほど全国の広範囲なターゲットから、興味深い地点を抽出し、資料を集約した著者の労力は、賞賛されてしかるべきものだし、これを機に、さらなる分析を加える機会を人々に提供されたなら、最大の成果というべきものになるだろう。著者のこれからの活躍にも期待したい。
 なお、巻末にある「廃線・路線変更区間地形図一覧」は、線路が通っていた個所の地形図を、図郭番号で示しただけのものとなっている。こちらは、廃線なだけに、線路の記載されている地形図の「発行年」を併せて周知しなくては、データの意味が薄いと感じられました。

私鉄の廃線跡を歩く〈1〉北海道・東北編 (キャンブックス)  寺田裕一著

レビュー日:2016.11.14
★★★★★ 名シリーズ、「鉄道廃線跡を歩く」からさらに10年後の廃線跡の姿
 宮脇俊三(1926-2003)氏の編著により、1995年から1999年にかけてJTBキャンブックから刊行された全10冊からなる「鉄道廃線跡を歩く」は、鉄道ファンに大きな影響を与えた。私も、失われ、乗ることの叶わなくなった鉄道たちを、この書を片手に、あちこち訪ね歩いたものである。
 しかし、「廃線跡」というのは、当然のことながらメンテナンスされているわけではない。刻一刻とその痕跡は失われ、風化している。当時、参考書としておおいに有用だったものも、徐々にそうではなくなってきている。
 そのような時流の中で、JTBキャンブックスが、新たに2007年から「私鉄の廃線跡を歩く」と題した全4冊をまとめたのは、ある意味、気の利いたサービスであった。編著を手掛けたのは鉄道研究科の寺田裕一(1960-)氏である。氏は、これらの鉄道のほとんどを、2006年秋以降に、自ら探訪し、書籍の形でまとめたというのだから、その熱意には頭が下がる。
 もちろん、そのような活動には限界があるため、前シリーズに比べて、いろいろ制約のあるものとなっている。まずターゲットは「1957年4月1日以降に廃止となった私鉄線」となっており、国鉄線、それと正規の旅客営業を行っていなかった森林鉄道や専用線については、すべて割愛されることとなった。また、廃線跡の探索についても、前シリーズほどの網羅性には乏しく、あくまで主要なポイント、訪問された際に確認できたものに絞られ、ハイライト的なものという印象だ。しかし、これほどの労力を費やして、「現況」を集約して伝えてくれたのだから、そのことについては、本当に頭の下がる思いである。
 各線の紹介は、廃線跡訪問時のもののほか、現役時の貴重な写真も交えられている。いずれも貴重なものだ。過去の写真を紹介するため、刊行時の現地踏査に関する情報量は減じてしまっているようにも思えるが、より詳細な踏査を行うには時間、労力の制約で難しかっただろうし、たとえ情報量に制約があったとしても、路線によっては貴重な情報更新が行われているほか、引き続いて地形図を引用して、線形と遺構の書き込みが行われており、ガイドブックとしての有用性は保たれている。
 当巻で取り上げられている「北海道・東北」の路線は以下の通り。(参考までにページと併せて記載します)
根室拓殖鉄道 6
十勝鉄道 10
仙台鉄道 14
秋保電気鉄道 18
釧路炭鉱鉄道 22
天塩炭礦鉄道 26
宮城バス仙北鉄道 30
南部鉄道 34
北海道拓殖鉄道 38
寿都鉄道 42
磐梯急行電鉄 46
留萠鉄道 50
秋田中央交通 54
定山渓鉄道 58
松尾鉱業鉄道 62
雄別鉄道 66
雄別炭礦尺別鉄道 70
山形交通尾花沢線 74
羽幌炭礦鉄道 78
羽後交通横荘線 82
花巻電鉄 86
三菱鉱業美唄鉄道 90
三井芦別鉄道 94
福島臨海鉄道・江名鉄道 98
旭川電気軌道 102
羽後交通雄勝線 106
夕張鉄道 110
山形交通高畠線 118
庄内交通湯野浜線 122
同和鉱業花岡線 126
三菱石炭鉱業大夕張鉄道 130
岩手開発鉄道 134
小坂精練小坂鉄道 138
南部縦貫鉄道 142
弘南鉄道黒石線 146
下北交通大畑線 150
北海道ちほく高原鉄道 154
くりはら田園鉄道 158
駅名一覧 162
昭和38年度版「私鉄要覧」掲載内容 169
 これらの掲載は、旅客営業を終了した順番となっている。いずれももちろん貴重なものであるけれど、そうは言っても、当書が刊行されてから、またさらに10年近くが経過しようとしているので、また新しい充実したシリーズが可能であるのなら、期待したいとも思う。


トワイライトゾーン MANUAL1 名取紀之著

レビュー日:2020.7.4
★★★★★ 産業史に重要な役割を果たした鉄道が、一瞬かいまみせた風景を味わう
 Rail Magazineの別冊という扱いで、1992年から2008年にかけて、ほぼ年1冊のペースで発行された「トワイライトゾーン MANUAL」全16巻は、JTBキャンブックスの「鉄道廃線跡を歩く」全10冊とともに、産業遺産としての鉄道の痕跡に関する報告をまとめたものだ。
 両シリーズの違いは、「鉄道廃線跡を歩く」が、網羅性を重んじ、全国の主だった鉄道廃線跡について、編集部が、発刊当時の現況を等視点でまとめたものであったに対し、「トワイライトゾーン MANUAL」は、任意の鉄道ファンによる任意のターゲットを扱ったものであり、様々な視点が混在していた。(記述の対象も、廃線跡とは限らず、様々な変わった現役軌道の報告なども含まれていた)。
 いずれにしても、現在まで静かなブームを継続している鉄道廃線跡探訪趣味が広がる端緒となったものである。「トワイライトゾーン MANUAL」は、特に各レポートの執筆者の思い入れの深さが、読み手にとって面白味の源泉となるものが多い。現在すべて絶版なのは残念であるが、私も、中古を探して、全巻を取りそろえている。ふとした時間に任意の一冊を手にして、パラパラめくっていると、すぐに趣味世界に誘ってくれる。
 さて、当アイテムは、そんな「トワイライトゾーン MANUAL」の第1巻である。内容の紹介ということで、目次を転載させていただこう。
1) ダムへの路/水根貨物線 高橋 巌・藤井一郎・高木雄一郎  8
2) 列車はついに来なかった/旧国鉄大畑線延長工事区間 川村 裕  14
3) 荒廃する南端の保存車輛/鹿児島交通加世田車庫 伊藤健一  16
4) 夢の国のついえた夢/ドリーム交通 武相高校鉄道研究会  17
5) 謎の保存機関車 伊藤健一  25
6) 川端貨物線と大和索道  見学 智・中野 保・西田敏明・土井淳夫  26
7) 平面クロス2題  阿久津浩・栗林宗人  32
8) 今も残る釜石鉱山軌道  一瀬祐一  34
9) 都電の痕跡/都電25・38系統の現状 荻原敬輔  37
10) 上武鉄道とその廃線跡 柴田太郎  38
11) 専用線にもいた「DF」/日本軽金属蒲原工場 袴田伸一郎  47
12) 東武根古屋線とヲキ1形 渡辺一策  50
13) BL死して“?”を残す/日本高周波鋼業富山製作所 南村知宏  58
14) 九十九里鉄道残照 土生昭一  59
15) 復活なるか“安比奈線” 滝沢隆久  60
16) 河原の歳月/赤麻遊水池に消えた軌道 浦野克己  64
17) 「成宗電車」を訪ねて 小西一央  70
18) 本州最北端の鉄道 名取紀之  73
19) 遊園地をあなどってかイケナイ!?  74
20) 千頭森林鉄道跡を歩く 藤井一郎  78
21) 鉄道/クルマの併用橋 阿保祐宏  88
22) 大久野粘土線の「リ」 渡辺一策  89
23) 明治へのタイムトンネル/板谷峠7号隧道 岡田誠一  94
24) 鉄道趣味の百貨店“猪谷” 森川康史  98
25) KTR⇔OER連絡線 飯島正資・大那庸之助  99
26) 廃止貨物駅/貨物線探訪  100
27) 中島飛行機・秘められた過去 早川丈令・名取紀之  106
28) 下津井の忘れ形見 谷知達也  113
29) 道路を走った紡績会社の2フーター 藤本光弘・阿久津浩  114
30) 貨車の話題3つ 成瀬公一・高崎守孝・瀬戸穂高  117
31) おらが村の簡易軌道  118
32) 幻!?の蒸気牽引車 名取紀之  122
トワイライトゾーンの歩き方  126
連載トワイライトゾーンの2年(総目次)  128
「専用線」とは?  130
資料編/昭和36年度版「専用線一覧表」  131
 貴重な写真・報告が数珠つなぎになっており、壮観である。すべて白黒印刷となっているのが残念であるが、多くの報告が、現役時の写真なども引用しており、複層的な面白味のあるものとなっている。
 「川端貨物線と大和索道」では、線路の残る廃線跡風景が紹介される。草むした中にたたずむ線路は、時の流れを訴えて時に痛切だ。「河原の歳月/赤麻遊水池に消えた軌道」は、河川敷の回収作業に従事した刹那的に存在した軌道に関する報告。その簡易な軌道の姿には、思わず「これでホントに車輛を通すことができるの?」と思ってしまうが、その鄙びた味わいは代えがたい情感をもよおす。
 「道路を走った紡績会社の2フーター」は、御殿場線駿河小山駅を起点としていた工場用のナローゲージの紹介。その道路脇に敷かれたありし日の鉄道の姿は実に好ましく感動的だ。廃止後の途切れた線路の姿も詩情に溢れている。かつて、このような軌道があちこちに存在した時代がたしかにあったのだ。
 静岡県の寸又川流域に路線網を持っていた千頭森林鉄道の廃線跡については、現在では廃道廃線跡の現地調査を詳細にリポートする有名サイトでその様子が詳細に報告されるようになったが、その初報に該当するのが本書のものではないだろうか。
 「おらが村の簡易軌道」は、北海道の拓殖のため、各地に敷設されたナローゲージの軌道についての紹介。私事ながら、私の父は幌延町の問寒別にあった軌道の写真を記録しており、私がそれをHPで紹介していることもあり、存分の思い入れをもって拝見させていただいた。
 廃線跡の風景というのは、風化や都市化によって刻々とかわっていく。場合によっては、その痕跡はすっかり失われてしまう。鉄道健在時の風景みならず、廃線跡の風景でさえ、時には足早に過ぎ去ってしまう。そんな刹那の風景を垣間見ながら鉄道への思いの綴られた本書は、ファンにとって無数の共鳴点がある。できれば、デジタル書籍等でもかまわないので、再配布する機会があってしかるべき内容だと思う。
 なお、資料編/昭和36年度版「専用線一覧表」は、本編と同程度のページ数をもっており、こちらも貴重な資料となっている。

トワイライトゾーン MANUAL2 名取紀之著

レビュー日:2020.9.21
★★★★★ 1993年の図書。濃厚な情報たちは、いまとなっては、なおさら貴重なもの
 「トワイライトゾ~ンMANUAL」はNeko mookから1992年から2009年にかけて刊行された全16冊からなるシリーズで、様々な鉄道研究家による、鉄道に関する産業遺産、貴重な資料紹介、廃線跡の現況及び過去の記録などが報告されていた。それらの報告の多彩さ、一点突破する考察の深さ、紹介される画像の貴重さは、私を夢中にさせるものであった。しかし、2009年の第16巻を最後に、刊行は休止となった。
 本巻はその第2巻にあたるもので、1993年に刊行されたもの。内容概略として、目次を転載する。
1) トトロの森の大軽便鉄道 ~東京最大!羽村山口軽便鉄道の発掘~  名取紀之・岡本憲之  8
2) 鶴見線・川もないのに可動橋の怪  山崎義和  22
3) 淡路島を走った電車 ~淡路交通,ある夏の一日~  角田 聡  23
4) 国鉄のトロッコ  森川康史  30
5) 津軽・下北は林鉄パラダイス  高橋宏敏  31
6) 消えた“のせでん”は今・・・  小田正樹  36
7) 10年の歳月がもたらしたもの ~廃線後10年を経た国鉄西寒川支線~  武相高校鉄道研究会  37
8) 赤谷線と赤谷鉱山専用鉄道  前田昌男  42
9) 奥多摩湖のロープウェイ  島崎 健  48
10) 名古屋の平面クロス  古池直之  50
11) 金見専用鉄道,そして“ワタナベ” ~九州縦断イモヅル謎探検~  池田道男  51
12) 塩釜埠頭線にもあった可動橋  遠藤浩一  56
13) 哀れな移動機の正体や如何に?  野田由威  58
14) ついに渡れなかった利根川 ~東武鉄道仙石河岸貨物線の末路~  渡辺一策  59
15) 仙石河岸採砂軌道のこと  名取紀之  62
16) ポート・トレインの遺構  滝沢隆久  64
17) 計量線って知ってますか?  遠藤浩一  70
18) お醤油屋さんの古典DL  山崎義和  71
19) 夕張岳森林鉄道跡を歩く  大堀尚己  72
20) 日本最南端のトワイライトゾーン・南大東島  星 英樹  79
21) 尾小屋鉄道跡の正しい歩き方  庄川良太郎  80
22) 大井川築堤下のにわか林鉄?  古田博巳  83
23) SPECIAL GRAPH 佳き時代の鉄道魔境・葛生  84
24) 東急こどもの国線の謎 柏木達也・岡田 努・滝沢隆久  92
25) 遊園地をあなどってはイケナイ!?パート2  96
26) 青海に残る何だ?何だ?  滝沢隆久  104
27) トロッコのある酒屋  梅村正明  106
28) 大谷鉱山気まぐれ探索行 ~閉山10年後のマイニングロコの里~  池田道男  107
29) もう一人の岡山のKATOくんいずこへ?  田中大介  114
30) 西沢の運材台車  高橋一嘉  115
31) “くさかる”の面影を訪ねて ~浅間山麓を駆けた避暑地の軽便~  飯塚正樹  116
32) とり残された超ミニBLたち  南村知宏  122
33) 新湊のトロッコ  木谷正寿  123
34) もしかして97式? ~さまよえる軍用貨車の亡霊~  竹内 昭・名取紀之  124
連載トワイライトゾ~ンの総目次  130
トワイライトゾ~ンの楽しみ方  134
資料編/昭和50年版「専用線一覧表」  140
 全ページ白黒。
 いずれの報告も、すでに27年前の報告とはいえ、(だからこそ?)貴重で、興味深いものである。鉄道は、地域、経済、社会、歴史、産業といった様々要素に結びつく面を持つものであり、それゆえにその姿や歴史は、多くのことを示唆するのである。
 「淡路島を走った電車 ~淡路交通,ある夏の一日~」では、かつて淡路島に唯一あった鉄道(1925-1966)に関する写真と記録が紹介されている。私は、少年時代に、古い地図帳を見つけ、その中で淡路島に鉄道線の表記があることを見つけて、いたく興奮した記憶があるが、年を経て、このような記録と巡り合う事自体が感慨深い。
 「夕張岳森林鉄道跡を歩く」も私には思い出深い。1980年代のはじめ、私は母に連れられて夕張に行った。鉄道少年だった私は、ゴールデンウィークにどこに行きたいかと尋ねられて、当時、北海道で唯一旅客営業を行っていた私鉄、三菱石炭鉱業大夕張鉄道線(清水沢-南大夕張)に乗りたいと答えたからだ。そして、私は、念願の大夕張鉄道に乗車し、新夕張に役目を譲った紅葉山駅の廃墟や、夕張鉄道が使用していた鹿ノ谷駅の駅舎を発見し、大喜びしたのだけれど(変な子供でした)、シューパロ湖に来たとき、湖岸の反対側にかかる美しい立派な橋梁を見て、たいへん不思議な気持ちになった。というのは、大夕張鉄道の廃線区間は、自分がいる手前岸を通っていたはずだから。そもそも、こちらに一本鉄路があるのに、ダム湖の反対側にまで、もう一本鉄道を敷くことは考えにくい。しかし、その鉄橋は、見れば見るほど、鉄道橋だったという雰囲気を醸し出していた。
 当時はインターネットも何もなかったし、周囲の大人たちも答を知らなかったから、私のこの謎が解けるまで、しばらく時間を要した。答えは「森林鉄道の廃線」だった。当時、私は森林鉄道がどれほどの規模のものか、まるで想像していなかったのだ。(ちなみに、シューパロ湖にかかる鉄橋は、「三弦橋」と呼ばれる有名な橋梁で、建築工学的にも貴重なものだった。その後も私はこの美しい橋を何度か見に行ったのだけれど、2014年にダムの巨大化により湖底に沈んでしまった。)
 本書では、1992年当時に、三弦橋を含む夕張森林鉄道夕張岳線の廃線跡の実地調査の模様を読むことが出来る。いまはダムに沈んでしまった遺構たちの姿に、私は少年時代の印象深かったあの日の想い出を重ねてみた。
 「SPECIAL GRAPH 佳き時代の鉄道魔境・葛生」は栃木県の東武鉄道葛生駅を起点としていた軌間610mmの鉱山軌道に関するもの。狭軌専用鉄道の象徴的存在で、現在では、関連情報を紹介するウェブサイトなどもある。また、現在、内容的に「トワイライトゾ~ンMANUAL」の後継というべき、「消散軌道風景」シリーズ(イカロス・ムック)が投稿日時点で第3巻まで刊行されているのだが、その第2巻から葛生の鉱山鉄道を紹介するシリーズが開始されているので、比較して眺めるのも楽しいだろう。
 「青海に残る何だ?何だ?」は、現在も大規模な石灰鉱山が稼働する北陸線青海駅近傍に、専用線と別に存在した「ナゾの」ナロー軌道に関する報告だ。ただ、この報告は「軌道がある」というだけで、その敷設の目的など皆目わからないという状態。川床や住宅地の間をひょろひょろと続く軌道は、不思議がいっぱいだ。
 「大谷鉱山気まぐれ探索行 ~閉山10年後のマイニングロコの里~」は亀岡市にあった大谷鉱山跡の報告をまとめたもの。軌道跡や関連施設の姿は、味わい深い。
 「“くさかる”の面影を訪ねて ~浅間山麓を駆けた避暑地の軽便~」はかつて草津と軽井沢を結んでいた軽便鉄道の廃線跡の報告で、橋脚など立派な遺構が(調査当日まで)残っていたことが示されている。
 末尾、というには膨大な紙面を割いて、昭和50年版「専用線一覧表」を転載してくれているのも、素晴らしいサービスだ。現在より専用線の活躍が多面的だった時代、あるいはこの国の活力のようなものがピークだった時代のあり様が、まざまざと伝わってくる気がする。
 いろいろな気分に浸れる濃厚な趣味本です。

トワイライトゾーン MANUAL4 名取紀之著

レビュー日:2020.3.9
★★★★★ 1995年刊行本。当時の貴重な鉄道遺産・資産探索データが盛り込まれています
 ネコ・パブリッシングからたびたびリリースされてきた「トワイライトゾーン・マニュアル」。全国の様々な鉄道研究家たちが、ふだんほとんど注目されることのない鉄道や、その存在が忘れ去られかけているかつての鉄道に注目し、その様子や遺構を取材したり、調査したりしたレポートを集めたもの。「トワイライトゾーン」とは、鉄道研究家及びファンのみなさんの間で「失われた鉄道の遺構」や「鉄道に関わる不思議な施設」などを総称した呼び方。それらに関するルポを書く書き手を「トワイライター」と呼んだりもする。当巻は1995年に出版された第4巻に該当する。とりあえず、その項目を書きだしてみよう。
【特集:戦後50年 ~50年の歳月はトワイライトゾーンを生んだ!!~】
1) 今に残る軍用線路跡 吉田明雄  8
2) イヘとサ ~移動変電車物語~  林 信之/編集部  25
3) 草蒸す機関車 ~大宮工場岡本分工場跡の廃車群~ 西尾源太郎/名取紀之  34
4) 謎のトンネルの正体はいかに・・・? 遠藤裕生  40
5) 西多摩川線と石炭車と・・・ 渡辺一策・園田正雄/滝澤隆久  46
6) SPECIAL GRAPH -多摩川の夏- 炎暑の河原にて  62
7) 山頂の廃墟へ ~廃止後半世紀の愛宕山鉄道~ 小林真樹  68
8) さまよえる軍用貨車の亡霊 加藤健一・白井 昭・山廣康夫/名取紀之  71
9) 中島飛行機専用線捕遺 名取紀之  80
10) 消えた「多摩川園」と謎の軽便機関車 関田克孝  82
11) 1970年代の京浜工業地帯 渡辺一策  88
12) 神聖なる不浄 名取紀之  102
13) 汽車製三輪車“ナニワ号” 滝澤隆久  104
14) 戦後50年を読む 名取紀之  110
【全国 “謎” 探検】
15) 編集部騒然! ~ロープウェイと索道までも制覇!~ 森 秀和  112
16) トンネルの排煙装置 ~残された蒸気機関車の遺構を訪ねて~ 袴田伸一郎  120
17) 秋田臨海鉄道探訪 中村確永  124
18) 忘れられた“電鉄” ~善光寺白馬電鉄・布引電気鉄道~ 山岸 智  127
19) 三菱鯰田鉱のトロリー 池田道男  135
20) 縁の下の力持ち ~京王帝都電鉄の保線機械たち~ 藤田吾郎  136
21) 美祢炭礦の今昔 森川康史  144
22) 地震に消えた悲運の鉄路 ~南部鉄道跡をたどる~ 石川裕一  146
23) SPECIAL GRAPH -南部鉄道の夏- 蝉時雨の中で 高井薫平  150
24) 「モノレール・バス」発見! 清水 仁  158
25) 川崎製鉄構内へ突入!? 田中大介  160
26) 102歳のレール 古池直之  161
27) ある定点観測 滝澤隆久  164
28) バッファー付きの車止め 木内久登  168
29) 多摩川上流の砂利線と・・・ 保科むつみ  170
30) 三井三池のナロー今昔 池田道男  173
31) セントラル硝子専用線 栗林宗人  178
32) 都電の消えた町 ’95 諸河 久  180
【森林鉄道小集】
33) 東北ぐるっと一周林鉄行脚 竹内 昭  188
34) 生きている森林鉄道 ~屋久島に生きる最後の“林鉄”~ 大堀尚己  206
35) SPECIAL GRAPH -屋久島に生きる- 浅野忍良  212
 付録資料/森林鉄道建設規程  216
 トワイライターの皆さんへ  222
 連載トワイライトゾーン総目次  223
【資料編】
 最新貨車形式別輌数表  232
 昭和28年版「専用線一覧表」  234
 ツボを押さえた書き手たちによる貴重な記録が集められており、掲載された写真ともども、ありがたいの一語に尽きる内容となっている。いくつか、特に印象深いところを挙げていってみよう。
 「今に残る軍用線路跡」では、90年代半ばまで存在していた立川周辺の軍用・軍需線の跡の様子が強烈だ。住宅地の塀に囲まれた草蒸した用地の中に、線路やポイントがそのまま残っている様は、まさに「トワイライトゾーン」と呼ぶにふさわしい一品。
 「SPECIAL GRAPH -多摩川の夏- 炎暑の河原にて」では、1960年代初めに撮影された西武是坂線、国鉄南武線と一体の路線網を形成し、砂利の採取運搬に活躍していた中央本線からの支線(下河原線)の様子が紹介されている。砂利線の様子を収めた写真は多くはないが、その専用の小さな機関車と石材を運ぶ専用貨車の連なる写真は、なぜか深い郷愁を感じさせてやまない。
 「1970年代の京浜工業地帯」では、鶴見沿線のいわゆる「魔境」の風景が紹介されている。様々な専用線が複雑怪奇な線形を巡らしていた線路遅滞である。1973年当時の鶴見川口付近や神奈川臨海水江町付近の路線図なども紹介しながら、当時の風景写真を眺めるのは、実に楽しい。写真に写り込こむ工場やマンションの姿には、経済成長期特有の武骨さも感じられる。
 「モノレール・バス 発見!」はとにかくその写真のインパクトが凄い。モノレールの上を、レールバスよろしい客車輌がひた走る。。。これは、是非、本書でご確認いただきたし。場所は関東地方の某所です。
 「東北ぐるっと一周林鉄行脚」は竹内昭氏のライフワークである森林鉄道跡の探索。中表紙の写真は瀬戸川森林鉄道跡に残っていた素晴らしい雰囲気の木造橋梁。森林鉄道には、木造橋梁が多く供されたのだが、耐久性の問題から、廃止後、それらは朽ちて森に帰っていくのだが、本書が出版された90年代においては、まだ探索すれば、架橋構造を維持した木造橋梁を見出すことが出来た。本書では「東北ぐるっと一周林鉄行脚」と題して、東北地方の森林鉄道の遺構や保存車輛(当時)を総括的に紹介してくれている。また、当時残存した木造橋梁として、大畑森林鉄道が大畑川を越える橋梁の写真が掲載されている。撮影時すでに通行禁止となっていたそうだが、当時の構造をそのまま伝える素晴らしい雰囲気で、美しい。また、森林鉄道以外にも、日鉄鉱業尻屋鉱業所や住友セメント八戸工場などの専用線も紹介されていて、著者の行動力と探索・記録力に敬服する内容となっている。
 最後に、編集長である名取紀之氏の末尾の、全国のファンに向けての決起文を転載し、まとめとしたい。
 『現場を歩くことからこの趣味は始まる.路傍の犬釘一本を見逃さず,道行く人の一言を聞き逃さず,その鉄道が,車輌が生きた時代と風土を体で感じるためには,何をおいても歩かなければだめだ.とにかくひたすら歩け!よしんば歩いた先に何も発見出来ずとも,何もないことを確かめるために歩け.私も歩く.』

トワイライトゾーン MANUAL5 名取紀之著

レビュー日:2016.3.31
★★★★★ 広田尚敬氏の写真をはじめ、貴重な情報が満載。1996年の書です。
 月刊誌「Rail Magazine」において、「トワイライトゾーン」と題した投稿記事欄に掲載された、鉄道文化史全般に関する記事をまとめたもの。1991年から2009年にかけて平均年1回程度で刊行されていたもので、当巻は1996年に発行された第5号に該当する。
 投稿記事のタイトルと著者は、以下の通り。
1) B凸電機の里 渡辺一策、吉川文夫、吉田明雄
2) 貨車の変わった製造銘板の話 植松 昌
3) 37年の歳月の向こうに・・・ ~東武鉄道矢板線跡を歩く~ 秋谷康弘、増田隆司
4) SPECIAL GRAPH 矢板線最期の日々 園田正雄
5) 新砂防軌道誕生 栗林宗人
6) 「街角軌道」を探そう! 岡 雅行
7) 幻の“国鉄渥美線”を行く 吉田明雄
8) ワタナベおじさん発見!! ~ミナト横浜に眠る古典ガソリン機関車~ 橋本英昭
9) 北と南の貨物線 中村確永
10) そっぽを向いた警報機!? 湯口 徹
11) 控え~い、控えいっ! ~控車。貨車入れ換えに活躍した裏方車輛~ 吉岡心平
12) 三河湾沿岸の軌道の謎 白井 昭
13) SPECIAL GRAPH 一馬力の殖民軌道 ~簡易軌道風連線の一日~ 広田尚敬
14) 在日米軍専用線No.1008 益井茂夫
15) ゴムタイヤを履いた機関車 島崎文弘
16) 残っていた番号板 ~板谷峠7号隧道・捕遺~ 林 孔久
17) JR東海管内のスイッチャー 神谷喜久夫
18) 前が横になった話 ~さまよえる軍用貨車の亡霊’96~ 山廣康夫
19) 関東周辺の森林鉄道 竹内 昭、西 裕之
20) 関東周辺「林鉄」行脚 竹内 昭
21) SPECIAL GRAPH つかの間の夏 ~入川森林鉄道復活の日々~ 名取紀之
22) 遊園地列車の製造所に潜入!? 浜田光男
23) 消えた飛行場線 ~八日市鉄道飛行場線跡を訪ねる~ 辻 良樹
24) またまた尾籠な話です… 藤田吾郎
25) 腐ってもマルタイ ~今、明かされるマルタイのすべて…~ 松田 務
連載トワイライトゾーン総目次
最新貨車形式別輛数表
昭和42年版「専用線一覧表」
 1996年刊行の書なので、当巻における最新の報告であっても、すでに20年が経過しているわけでが、逆にその頃の記録という点で、興味深く、価値が高い。
 例えば、関東鉄道の森林鉄道跡に関する報告では、当時残っていた軌道跡の状況や、まさにダム工事などによって失われている軌道跡に関するレポートとなっていて、現在、実地した場合、当然、大きく状況は異なるのであるが、鉄道跡がたどった痕跡がよくわかる。  また、編集長である名取紀之氏による「入川森林鉄道復活の日々」は、当該森林鉄道の軌道の一部、約2km強が、80年代のとあるひと夏だけ、資材搬送のために復活を遂げた日々の貴重な写真が掲載されていて、生きた森林鉄道を実際に目にしたことのない私には、感動的なものであった。
 それにしても、関東地方では、森林鉄道のレールがそのまま残っていることが多いことに驚かされる。私の住む北海道では、かつての長大な森林鉄道のレールはことごとく撤去され、残っているという話を聞かない。おそらく、60年代の北海道においては、鉄資材は貴重なもので、廃線を山中に放置しておくような経済的な余裕がなかったのだろう。それにしても、山の森の中でたたずむレールのある廃線風景は、なぜか強烈な郷愁を誘うものである。
 写真と言えば、当巻には名高い鉄道写真家広田尚敬氏が、60年代に撮影した簡易軌道風連線の馬車鉄道の写真を見ることが出来る。さすがに氏の写真は、当巻の中でも一際見事な風格を持っていて、情緒的だ。それにしても新幹線が開通したころ、まだ北海道の根釧台地では、開拓民の入殖を行っている段階で、馬が、彼らの生活を支えるため、細いレールの上を、車輛を牽いてゴトゴトと動いていたのである。その苦労はいかばかりのものであっただろうか。
 さらに、東武鉄道矢板線の廃止間近の風景も、失われた美景に間違いなく、かように貴重な写真の数々を収めた当巻は、シリーズ中でも特に価値ある一冊と言っていいように思う。
 他にも「B凸電機の里」で紹介される可愛らしい電気機関車、「街角軌道」を探そう!で興味をもたげられる町探索の面白み、「そっぽを向いた警報機!?」における当時失われる途上にあった貴重な風景と本巻も読みどころ満載。ファンにはたまらない一冊である。

トワイライトゾーン MANUAL6 名取紀之著

レビュー日:2015.12.21
★★★★★ 貴重なレポート、資料が満載。あなたの町にもあるかもしれない「軌道トワイライトゾーン」への手引き。
 映画「トワイライトゾーン」には、航空機の乗客が、飛行機の翼で遊ぶ不思議な生き物を目撃するエピソードがある。この不思議な生き物はグレムリンと呼ばれる妖精で、もちろん現実には存在しない。「トワイライト」とは、「薄明り」という意味であり、トワイライトゾーンは、特定の時間や観察者などの条件によって、ふと「何か」を浮かび上がらせる状況を指すものだと思う。
 「トワイライトゾーン マニュアル6」と題された本書は、広義の鉄道ファンにとっての「トワイライトゾーン」をまとめたもの。レイルマガジンの1997年10月号増刊14巻17号としてネコ・パブリッシングから発行されたもの。
 通常とは異なった手順や視点で「そこ」に目を向けたレポーターたちによる、様々な、普段まず注目されることのない線路や廃線跡、軌道の痕跡、特殊な軌道、廃車等に関するルポが集められている。その内容を項目書きすると以下の通り。
1) 知られざる凸電王国~大分鉱業徳浦運搬線の今、そして30年前~ 渡辺一策
2) 57年目の“南総”~幻の房総横断鉄道を行く~ 星野景一
3) 謎のSKW発見! ~ミニ・クーパーの車内から見えたものは・・・~ 竹内昭
4) 現役だが超「へろへろ」。米軍田浦専用線 ~奇妙な配線、平面クロス、港の線路~ 北川潤
5) 夜叉神峠で見つけたモノ 吉田直幸
6) 永久磁石で走る!? 浅田朋彦
7) 陸軍宇都宮飛行場・宇都宮陸軍航空廠線 ~地図にない軍用鉄道 吉田明雄
8) お茶屋の手作り軌道 鈴木穀一
9) 久留米に残るトラバーサー 菱沼正治
10) 京王電気軌道御陵線 ~インターネットで分かった、知られざる過去と痕跡~ 保科むつみ
11) 健在!製紙工場の専用線 伊藤博志
12) 日本最東端のレール 高橋渉
13) 長倉線跡を行く ~茂木-下野中川間、ここにも列車は来なかった~ 水野尊之
14) 国境の廃車体 清水仁
15) 風前の灯火・開業時のレール ~西武鉄道池袋線の中村橋と富士見台駅 岡雅之
16) 信州の鉱山2題 石井雅康
17) 三井奈井江専用鉄道 花田健二
18) 森に還るヤマ 大堀尚己
19) 天塩、羽幌、留萌の旅 黒岩択実
20) 北辺のヤマに生きて・・・ 高井薫平(写真)
21) 砂利を積みだした線路 ~酒匂川砂利採取線跡を訪ねて~ 林信之
22) 日本一新しいトロッコ 清水裕之
23) 福島の馬面電車たち 熊谷俊雄
24) 丹那トンネル西口軽便線 ~トンネル開通の影の立役者~ 佐々木宗蔵
25) 玉野市営の痕跡 藤原裕士
26) 湖底に消えたおとぎ電車 橋本正夫
27) 近江絹糸の引き込み線跡 石橋秀元
28) 昭和30年代、茨城の鉄道 ~カメラが追った、近代化への夜明け~ 益井茂夫
29) 南の島のDLたち 神沢順
30) 伯耆の国の専用線 栗林宗人
31) 薄幸の武州鉄道 ~わずか13年と11ケ月の幻の鉄道~ 山本智之
32) 列車砲は走った線 ~富津岬の軍用線~ 栗林宗人
33) 近鉄橿原線の連絡船 坂下孝伸
34) 白帯車のすべて ~車体に白帯キリリと巻いて今日も行く行く楽屋裏~ 吉岡心平
35) 謎の“ASAHI”根本幸男
36) 松電残照 ~三重交通松阪線跡を行く~ 檀上義温
37) 弾薬庫線の廃線図 滝澤隆久
38) 生まれ変わる引き込み線 増田浩一郎
39) バラクリ3年・・・ ~今年は「バラスト=クリーナー」~ 松田務
40) 北所沢米軍線の補遺 園田正雄
41) 南東北「林鉄」行脚 ~知られざる森林鉄道を追って~ 竹内昭
42) 連載トワイライトゾーン 総目次
43) 最新貨車形式別輛数表
44) 昭和58年版「専用線一覧表」
45) トワイライターの皆さんへ
 多くが、現地に所縁のある人たちのレポートで、そういった点で詳細できめ細やかなものが多く、とても面白い。多数の執筆者がいるが、文章はさほどバラバラな印象を受けず、むしろ同好の士らしい的確にポイントを押さえた記述になっているので、私には読みやすかった。
 じっさい、私も北海道に住んでいて、小さなころから、あちこちで、おやっと思う体験をしてきた。私は、地図が好きで、あちこち出かけることがあっても「今どのへんにいる」ということをとても意識して周囲を見ていたのだけれど、鉄道なんかあるわけない、と思うようなところに不思議な路肩があったり、橋梁が残っていたり、いかにも線路跡の空き地のようなものが残っていたりして、とても不思議だった。ずいぶん経ってからわかったことだけれど、北海道の場合、あちこちで運炭、森林資源の搬出、開拓殖民、工場等の資材搬出入といった目的のため、無数といってもよいほどの鉄道が敷かれていた。それらが、あちこちに特有の痕跡をとどめていたのである。
 これらは、別にどうでもいい人には、気にもとまらないものだろう。しかし、本書を執筆するトワイライター(本書中の表現です)たちにとって、それは常に発見なのである。ときどき、一般人と異なったその挙動について記載が及ぶことがあって(「驚かれた」「理解されなかった」など)思わず微笑んでしまうけど、私たちにとって、それはとても魅力的で、人生を彩ってくれる「ナゾ」そのものなのだ。「ナゾ」はいつだって魅力的だ。
 ちなみに、本書の記述であるが、これらの「ナゾ」が解けました、という種類のものもあれば、「どなたか助けてください」という体裁のもので終わっているものもあり、いずれも面白い。本書が刊行されて15年以上が経過しているから、ネットで流通している様々な情報が飛躍的に増えているから、本書片手に、パソコン探偵を気取るのも面白いだろう。
 さて、上記に記載させていただいた項目であるが、項目だけみても、それが「どこ」であるかわからないものもある。そのような項目の場合、タイトル自体がすでに小さなナゾかけになっていて、「さて、どこだと思いますか?」という問いを読者に与えて、本論に入るという構成だと思う。そこで、それが「どこ」かまではここには書かないでおこうと思う。
 個人的には、冒頭1)の大分鉱業の電車、4)のヘロヘロ軍用線、24)の丹那トンネル付近の軌道レポ、26)の湖底に沈んだ鉄道などとても興味深かった。また、私は北海道に住んでいるので、奈井江や留萌地方の廃線跡探索など、とても興味深く、場所によっては、「自分も行ったな」と思いつつ読ませていただいた。
 最後に書いておきたいのは、巻末120ページ以上に及ぶ貴重な資料である。1983年当時の専用線について、管理局・路線・駅別に詳細なデータが書かれていて、これは本書以外では、まず入手の難しい資料だと思われる。私も、この資料で数々の「発見」があり、大いに潤させてもらいました。というわけで、「同好の士」には得難い一冊に違いないでしょう。

トワイライトゾーン MANUAL8 名取紀之著

レビュー日:2016.7.23
★★★★★ 質・量ともに豊かな数々のレポート。1998年に崩壊した国内最後の木造トラス橋の写真が見れます。
 レイル・マガジン誌の別冊として、年1回程度をベースに刊行されてきた「トワイライトゾーン・マニュアル」の、1999年に刊行された第8号となる。内容は、鉄道に関する記録の掘り起しや、現在残る遺構を探索するものを中心とした、各地のライターの記事、それと資料となる。本巻の見出しを以下に記載する。
1) 菊名にあった国鉄~東横連絡線 ~知られざる省社連絡線路を探る~ 吉田明雄
2) 神戸港ベルトライン構想の夢の跡 ~日々失われ行く、ミナト神戸・海陸輸送の痕跡~ 小松敏郎
3) (株)ダイヘンの専用線を行く 特大貨物シキが出入りする本線なみの専用線 下津善紀
4) 「何ですか、これは?」 高橋 渉
5) 弘前電気鉄道を“造る”<定点観測> ~残された弘前電気鉄道建設工事写真より~ 高橋一嘉
6) 国鉄の借入貨車 ~私有貨車のような、そうでないような・・・!?~ 吉岡心平
7) お寺の市電 仏門に入った!?杜の都の路面電車 古荘信宏
8) 犬見鉱山軌道の徹底調査 ~加悦鉄道の蒸気機関車が走った線路~ 下嶋一浩
9) 今度はショベルだ 栗林宗人
10) OFF LIMIT の専用線探訪 横浜港・瑞穂埠頭(ノースピア)は米軍用地 吉川文夫
11) 名鉄防腐の6トンDL 白井 昭
12) 一世紀の時を越えて・・・ ~今も残る日本鉄道時代の橋台~ 吉田明雄
13) 沼の沢の木造客車 渡辺芳夫
14) 薩?峠にトロッコ出現! 七澤祟弘
15) 転車台だった池 ~夷隅軌道の面影を追って~ 白土貞夫
16) 知られざる“佐賀関” 日本鉱業佐賀関製錬所の車輛たち 栗林宗人
17) そこのけそこのけ“おいらん機関車”が通る 高下駄を履いた機関車たち 阿部貴幸
18) いにしえの“伊豆箱根” ~昭和38年頃の伊豆箱根鉄道の車輛~ 益井茂夫
19) 上磯鉱山の廃線跡を歩く 電気機関車がホッパ車をけん引していた専用線 櫻井浩樹
20) 屋根のあるオトキ 植松 昌
21) 哀れ、甲斐路のデッカー 越沼 悟
22) 武蔵野競技場線の思い出 三宅俊彦
23) 元祖鉄仮面! 滝澤隆久
24) 60年前の私有貨車一覧 佐藤進一
25) 南アルプス北部「林鉄」行脚 ~知られざる森林鉄道を追って~ 竹内 昭
26) 或りし日の・・・遠山川森林鉄道 北市正弘
資料編
連載トワイライトゾーン目次
JR貨物貨車保有輛数の推移
最新貨車形式別輌数表
昭和26年版「専用線一覧表」
 いつもながらに、執筆者の努力に頭の下がる内容だ。彼らの功績がなければ、永遠に失われていた可能性の高い数々の貴重な写真やレポートを、拝見し、拝読することができる。
 レポートは長さも内容も様々である。中にはショベルカーのキャタピラを永久軌道に見立てたものまで登場するので、「解釈の面白さ」も含めて楽しむものといった感じであり、それが趣味世界の素晴らしさであるとも思う。
 本巻の最大の力作は「犬見鉱山軌道の徹底調査」であろう。福井県のニッケル鉱山の資材搬送に活躍した全長5km程度の専用線であるが、著者は、この鉄道の遺構の現地調査から、文化的、歴史的位置づけを、様々な資料をひも解きながら進めていく。その結果、戦時下にどのような意義のある専用鉄道であり、そのためにどのような投資が行われたかの検討に至り、果ては同鉄道に使用されたレールが機序にまで言及される。その多角的体系的な研究は、様々な意味で一読の価値のあるものだ。
 そのほか、伊豆箱根鉄道の車両写真の詳しい紹介は知識欲を十分に満たしてくれるし、「武蔵野競技場線の思い出」は残された数少ない写真とあいまって、郷愁に訴える情緒的な魅力に満ちている。「弘前電気鉄道を“造る”<定点観測>」では、現在と過去の写真の対比が興味深い。
 毎回のように森林鉄道などの軽便鉄道に関する精力的なレポートをまとめてくれる竹内昭氏の今号の報告は南アルプスである。その圧巻は長野県の遠山川森林鉄道北又沢線に架かっていた木造トラス橋(!)であろう。私もこの報告を読むまで、そのような橋が存在していたとは知らなかった。竹内氏は、1997年に廃線後も姿を残していたトラス橋の写真を撮影したのだが、その翌年には、ついに経年劣化から崩壊してしまったとのこと。
 竹内氏の記事と併せて、北市正弘の報告は、遠山川森林鉄道が稼働していた最晩年である1971年のレポートとなる。ここでも木造トラス橋との驚愕の出会いが触れられている。本書では、この「日本最後」と言われた木造トラス橋の、1971年の姿と、廃線後、崩壊前年の1997年の姿の双方を写真で見ることができる。これは「ありがたい」の一言である。
 また、私の住む北海道関連では、「何ですか、これは?」で旭川郊外に放置された不思議な機関車の廃墟の報告、「沼の沢の木造客車」として、報告によって車両名称が変わる客車の謎解き、「上磯鉱山の廃線跡を歩く」として、1915年から1985年まで、太平洋セメントの原料搬送に活躍したナローの電化線の廃線跡レポートがある。上磯鉱山の報告で触れられている峩朗本線の南部坂駅跡については、埋もれた轍 北海道篇~廃線跡探訪~というDVDでも紹介されており、興味のある人にはお勧めしたい。
 私も近いうちに上磯(現・北斗市)の運動公園に保存してある電気機関車の車両を見に行こうと思う。

トワイライトゾーン MANUAL11 名取紀之著

レビュー日:2016.2.29
★★★★★ 趣味道を究めた達人たちならではの数々の報告
 年1回という形で刊行されているトワイライトゾーンは、失われた、あるいはかろうじてのこっているような鉄道や車両を中心に、現在残されている痕跡た、あるいは過去の貴重な記録の発掘などをテーマに、各地のレポーター(トワイライター)たちが、手記を掲載する形で編集されている。まさに趣味人による趣味人のための書といった体裁で、毎号、興味深い記事が掲載されている。
 本第15号の内容と投稿者の一覧を記載すると、以下の通り。
1) ヤマサ醤油の“オットーさん” 岡本憲之
2) わずか6年で消えた軽便鉄道 鹿島軌道 吉田明雄
3) 鶴見周辺のJR貨物支線の近況 伊藤博志
4) 東武亀戸線の旧駅探訪 伊藤雅彦
5) 仮台車さまざま 吉川文夫
6) 芝居小屋のトワイライトゾーン 池田道男
7) 馬入川河川敷のC50 高沢一昭
8) 酒田臨港開発の機関車 佐藤岳彦
9) 海線・山線・塩釜線 三宅俊彦
10) 花月園の謎の“へっつい” 白土貞夫
11) 近鉄の事業用車輛たち 近藤弘志
12) 1994年の和名倉山 伊藤雅彦
13) ここがヘンでも同一形式 今井和博
14) 凸電のゆく路 ?日本油脂武豊工場専用鉄道- 名取紀之
15) 廃車体から見た大和鉄道 山崎寛
16) 21世紀の木造貨車名鑑2 笹田昌宏
17) 青海の謎・その後 岡田努
18) 北上地区の貨物輸送近況 伊藤博志
19) タム2300形のタンク体 浦田慎
20) 吉ケ原~柵原2001年夏 松岡宣彦
21) 「謎の遊具・スライダー」とはこういうものです 佐藤美知男
22) MC 一般型モーターカー見聞録 松田務
23) 石川県下のスイッチャーめぐり 堀田浩史
24) 日本鉄道鬼怒川橋梁の遺構 吉田明雄
25) 炭砿鉄道よ永遠に・・ 穂積規
26) 失われた形式を求めて 宮坂達也
27) 思いでの西名港 浦田慎・佐竹洋一・筒井俊之・宮坂達也・古瀬俊一郎・吉田耕治
28) 謎の35系タンク車 高橋聡
29) 「玉造貨物駅」の記録 筒井俊之
30) 日本セメント上磯のボギー鉱石車 仁藤慎一
31) トキ23900形亜鉛塊用無蓋車 矢鳴亨
32) タサ700形のすべて 吉岡心平
33) さよなら塩釜線 廃線から5年を追う 吉荘信宏
34) 横須賀駐泊所の機関車たち 栗林宗人
35) ヌク沢珪石採石軌道上部軌道 吉田寛
36) 大洞川森林鉄道 竹内昭
37) 鉱石山鉱山軌道 竹内昭
(資料編)
連載トワイライトゾーン目次’01~’02
JR貨物貨車保有車輛の推移
最新貨車形式別輌数表
知られざる昭和5年 専用線一覧表 高山拡志
 今回は車両に注目した記事が多い印象で、「仮台車」「タンク車」「木造貨車」「モーターカー」など、鉄道好きの間でも、その詳細を把握しているものはかなり限られるという分野において、調査を継続している人たちによる記事は、その探究に対する熱意や行動力に心底感服したし、またそのような着眼点でまとめられた専門的な記事を、面白く、興味深く拝見することが出来た。このような、総括や全貌把握の非常に難しい情報については、その収集家の報告が最大にして最良の情報源であるということを再認識した。それにしても全国各地の希少な車両を探索するということが、どれほどの労力を必要とするかを考えると、これらの貴重な報告が一堂に会した本書が、いかに趣味の情熱の結実したものであるかわかる。
 また、塩釜線については、三宅俊彦氏の記録報告と吉荘信宏氏の現状報告の双方に本書で接することが出来るのも興味深い。私も、塩釜線の変遷については、あらためて理解を深めることができた。
 「柵原ふれあい鉱山公園」は付近の鉱山と片上鉄道の施設を文化的側面から公園化し、保存したもので、とても素晴らしいプロジェクトだと思う。これを見ると、夕張も、閉山時代に妙に華やかな巨大遊園地など作ったりせず、その後の自治体規模などを見極めた炭砿と鉄道に特化した文化保存目的に設計された施設が整備されていたら、どれほど好ましかっただろう、と思う。次々と産業遺産が取り壊され失われている北海道にあって、是非とも参考にしてほしい事例だと思う。
 また、先に当シリーズで報告のあった追補編である「青海の謎・その後」であるが、謎が謎を呼ぶ展開で終わっており(用途不明のナロー線路跡に関する報告)、その後の研究報告にとても興味を喚起される。
 その他、「凸電のゆく路 ?日本油脂武豊工場専用鉄道」は貴重な写真と併せて専用鉄道の様子が詳細に伝わるもので、亜鉛塊用無蓋車の特殊な形状の所以なども、経済背景と併せて読み解けるもので、楽しかった。
 また、「日本セメント上磯のボギー鉱石車」は、私の地元、北海道の記事ということで、これまた興味深く読んだ。あの専用鉄道を現役時に見れなかったのは残念至極だが、その機関車が保存されている上磯の運動公園は、いずれ必ず訪問したい。

トワイライトゾーン MANUAL12 名取紀之著

レビュー日:2016.2.7
★★★★★ 失われゆく産業遺産である鉄道たちに着目し、研究を重ねた貴重な報告たちです
 ネコ・パブリッシングからたびたびリリースされている「トワイライトゾーン・マニュアル」。全国の様々な鉄道研究家たちが、ふだんほとんど注目されることのない鉄道や、その存在が忘れ去られかけている鉄道に注目し、取材したり、調査したりしたレポートを集めたもの。ちなみに一部の鉄道好きの間では、「失われた鉄道の遺構」や「鉄道に関わる不思議な施設」などをトワイライトゾーンと呼ぶことがあり、そのルポを書く書き手を「トワイライター」と呼んだりもする。ちなみに中には、2,30年前の撮影記などを寄せたものもあるが、いずれにしても、私のようなさびれた雰囲気のある鉄道が好きな人間には、いずれもとても面白い記事ばかりである。当巻は2003年に出版された第12巻に該当する。とりあえず、その項目を書きだしてみよう。
1) 紀ノ川に眠るホイットコム 大脇崇司
2) 木造ホッパビン健在! 堀田浩史
3) 一年後の廃線跡 多田昭彦
4) 春日井の軍用線跡 吉田明雄
5) 涼しさを求めて 高澤一昭
6) 岡崎市内の貨物専用線 筒井俊之
7) 米軍田浦専用線の今 北川潤
8) 四日市・太平洋セメントの現況 近藤弘志
9) 旧伊勢電の遺構を訪ねる 近藤弘志 
10) 埠頭への道 年藤晶之
11) 雄別埠頭のテンホイラー 中西進一郎
12) 木曽森林の保存車両 清水武
13) 八森、ハタハタ・・・屋台電機 名取紀之
14) 下水道の季節です! 保科むつみ
15) 伊香保から芦別へ 寺本孝広
16) 想い出の黒山駅 今井和博
17) 秩父鉄道のテキ 萩原友也
18) 鉄道聯隊下志津線跡探訪 白土貞夫
19) 烏山にも奇跡は起きた!! 寺本孝広
20) 「宮古・ラサ工業C10 8による貨物受渡し」撮影記 宮坂達也
21) 深名線廃線跡の現状 森川康史
22) 中古車展示場の電車体 吉田明雄
23) 頑張れ木造貨車!!21世紀の木造貨車名鑑③ 笹田昌宏
24) 構内地下道にも注目したい 藤原裕士
25) 廃止された常磐線の化成品拠点 滝沢信久
26) あるトンネルの物語 三宅俊彦
27) 小名木のUNILOK 古谷雅之
28) 忘れられた風景 蛭川恵二
29) 秩父鉄道の保存車輛たち 滝澤隆久
30) 赤間炭鉱専用軌道 長谷川進吾
31) 下仁田森林鉄道・磐戸軌道 竹内昭
32) 東京大学の施設に保管されたモーターカー 竹内昭
33) 水没直前、土室川林用軌道・深城の遺構 竹内昭
34) 森林鉄道の時刻表 島崎文弘
35) トワイライトゾーン総目次 ‘02~'03
36) 昭和45年版「専用線一覧表」
 私がたびたび思うのは、鉄道の遺構というものの文化的価値が、この国ではあまり高く見積もられていないという残念なことである。かつて、北海道では、道東、道北を中心に、開拓のための殖民軌道が随所に敷かれていた。狭軌のレールの上をDL機関車がゴトゴトと混合編成の列車を牽くものである。60年代の頃まで、道東、道北の各地でこの殖民軌道は入植者の生活を支え、開拓・開発を後押ししてきた。北海道の遠軽町丸瀬布のいこいの森では、この機関車が動態保存してある。連休中などに訪問すれば、その姿を見ることができるのだけれど、これがとても素敵な風体をしている。
 しかし、この殖民軌道の機関車、静態でも保存してあるものは少なく、私の知るものでも別海村営軌道、浜中町営軌道、鶴居村営軌道など数少ない。私の父が、かつて幌延の殖民軌道を撮影して関係で、もし残っているのなら保存車両を是非見たいと思うけれど、かつて幌延町内の公園に展示してあったそれは、あっさり解体されてしまったそうだ。軌道が果たした歴史的経緯なども含め、風化が進む一方で、これらの資料を整理したものは少ない。
 また、駅跡も、簡単に更地になってしまう。特にそんなに整地を急ぐ必要がないのではないか、と思うような場所にある駅跡でさえも簡単に消えていく。自分がかつて降り立った駅が跡形もなくなっていると、無常観に襲われる。
 そんな中で、忘れ去られないようせめてその記憶を書き留めたり、痕跡を発掘したりして、文献化を試みているのがトワイライターたちである。実際、彼らの報告は、どれも私にとって胸の躍るものだった。
 中出も私の場合、やはり北海道の話題に様々な思い入れが沸く。赤平の赤間炭鉱専用線は、現役時の写真もほとんど観たことがない。同じ赤平市内にあった茂尻炭鉱専用線は、入れ替えに古典蒸気機関車が活躍していたこともあり、私の父も撮影していたのだけれど、赤間炭鉱専用線は全線電化の上、列車はほとんどドームに覆われたところをゴトゴト動くのみで、その全貌を見ることは難しかったそうだ。個人的には、どのような文化施設も、産業遺産として、なんらかの記録がまとまっていてくれれば、とてもありがたいと改めて感じた。
 また、雄別鉄道の路線変更の変遷について、しっかりとまとめていただいた投稿は、改めてとても参考になった。この鉄道といくつもの「縁」を持っていた鶴居村営軌道とのかかわり、新富士埠頭への物資輸送の重要性などふまえて、とてもわかりやすかった。
 また、一篇の小説のような深みを感じたのは「伊香保から芦別へ」で、これはかつての三井芦別鉄道の終着だった頼城駅の選炭場と三井芦別鉱第二坑を結ぶため芦別川に架かっていたトラス橋に関する物語である。このトラス橋、トラス軸の方向が斜めを向いているという、非常に不思議な構造物であり、閉山後もしばらくその姿を晒していたという。本編では、それがどのような経緯ゆえだったかが解き明かされる。それにしても、この珍しいトラス橋、歴史的経緯を踏まえ、撤去せずに、そのまま放置しておいてくれてもよかったように思うけれど。
 以上、北海道とかかわりのあるものからちょっと紹介してみたけれど、他の記事ももちろん興味深いものばかり。ちょっと夜の長い季節に読みふけってみるのみ乙な一冊となっていると思います。
 なお、当巻の巻末には、昭和45年(1970年)の専用線一覧が資料として付属していますが、専用線がもっとも多く運用されていた時代のものだけに、こちらも壮観の体となっています。

トワイライトゾーン MANUAL13 名取紀之著

レビュー日:2016.6.21
★★★★★ 憧憬、そして郷愁に溢れた失われた世界に関する報告
 月刊誌「Rail Magazine」の企画で、「トワイライトゾーン」と題して、鉄道文化全般に関する研究者たちの投稿記事について、まとめた冊子。当時、基本的に1年1冊のサイクルで刊行されていて、当巻はその第13号に該当するもの。
 本巻の掲載記事は以下の通り。
1) 東京港湾局・豊洲、晴海線の思い出 渡辺一策、古谷雅之
2) 浜名湖花博の加藤くん 大脇祟司
3) 二ノ宮通れば思い出す 吉田明雄
4) 四日市の鉄道変遷 近藤弘志
5) 在りし日の神戸臨港線 福井 浩
6) 秋田県に存在した“製油用軌道” 岡 雅行
7) 神岡界隈の謎 北市正弘
8) 夢に終わった大いなる野望 白井 昭
9) 油庫コレクション’04 近藤弘志
10) 西武鉄道(旧)の客車・貨車 益井茂夫
11) 遠州鉄道点景 竹内浩視
12) 今も残る水戸電気鉄道の遺構 吉田明雄
13) 工事用の軌道 管 和博
14) 東高島の九州石油 古谷雅之
15) 平瀬鉱山の跡 北市正弘
16) 2代目があった浜網走駅 三宅俊彦
●東武鉄道小特集「貨物全盛の時代」
 17) 1950年代の東武貨車列車 村多 正
 18) 連絡直通貨車の話 滝澤隆久
 19) 鉄道魔境の奥の院 阿久津 浩
 20) あの日のジョイント音 渡辺一策、伊藤威信、堀井純一
 21) 東武鉄道貨車型録 渡辺一策、堀井純一、滝澤隆久
22) 大分交通国東線の跡をたどる 井尻 朗
23) 芦別炭鉱に働いた2輌の無番機 寺本孝広
24) 21世紀の木造貨車名鑑4 笹田昌弘
25) “夢”敗れて山河在り 石川県立金沢泉丘高等学校鉄道研究同好会
26) 奥武蔵の小鉱山訪問 鈴木岳人
27) よみがえった総武本線江戸川橋梁 白土貞夫
28) 川西能勢口駅界隈2004年梅雨のあつさき 松岡宣彦
29) 虚空蔵尊詣りで見たもの 吉田明雄
30) 大夕張から美唄へ 奥山道紀
31) 森林鉄道の終点 竹内 昭
32) 岡崎市内線を走った無蓋車 筒井俊之、佐竹洋一
33) バラストの積み出し駅 藤原裕士
資料編
連載トワイライトゾーン 年間総目次 ‘03~'04
私有貨車番号表(昭和60年9月30日現在)
 私も鉄道全般には様々に関心のある者の一人であるが、私の住む北海道は、現役線をはるかに凌駕する距離、そして多様な軌道がかつて用いられ、廃止されていった。これらの変化は、ほんの数十年の範囲の内であり、戦争やエネルギー革命、産業構造の劇的な変容の過程で、それらの多くは、きちんとした記録も残す暇もないくらいのスピードで、この世界から去って行った。いつのころからか、町の中や自然の中に、不思議な構造物を認め、その由来をひもとくことに、大きな興味を抱くようになった。それは、その地にたしかにあった歴史の一面であり、しかし、風化とともに、まもなく完全に消えようとしているものたちであった。
 その後、廃線探訪がちょっとしたブームとなった。自分と同じものに深い関心と興味を抱く人たちが多いことにも驚いたが、彼らの多くが、深い洞察力と行動力によって、調査を行い、その結果を公開してくれるような時代になったことは、ある意味ありがたいことでもある。そんな今でも、歴史からその名を消そうとする鉄路が多いことは、残念きわまりないのだけれど、その一方で、風化され、失われるしかないと思われていたものに、客観的、学究的な記録が残されることは、私には好ましいことであった。
 そのような記録の中で、貴重で質の高い報告が集まったものの一つとして、このシリーズがある。
 本刊でまず注目したいのは、臨港線、鉱山軌道といった専用鉄道たちの往時の記録である。これらの鉄道は旅客用に供さない性格から、その存在を記憶にとどめる人が少なく、ますますその道の専門家によって記録をまとめられることが求められるのだが、特有の風景美を形成していた臨港線の写真など、とても貴重なものである。私は、この写真を見ると、昔シムシティというゲームで、臨港線を張り巡らせた港を作ろうとしていた自分を思い出してしまった。線路のある風景ならではの郷愁溢れる光景だ。また、鉱山軌道は、狭軌特有の運用や地形に応じた複雑な線形と、そこを走る専用車両の「そこにしかない」光景がこれも見ごたえ抜群で、実に楽しい。
 関東から南東北にかけて広大な線路網を持つ東武鉄道は、この鉄道線ならではの多様な運用が行われていたが、中でも貨物運用に注目した報告は、これも貴重で興味深いものばかり。また、国鉄線への乗り入れルールの変更に伴い、多くの由緒ある貨車が廃車になっていったことなど、これまた深い郷愁を誘うエピソードである。
 私の地元である北海道に関しては、3つの興味深い報告があった。
 一つは三宅俊彦氏による「2代目があった浜網走駅」で、かつて石北線の終着だった網走駅が、釧網線との連絡の関係で場所を移し、その過程で旧網走駅が貨物駅浜網走駅となり、その後たどった運命が綴られている。浜網走駅についてこれだけ歴史を詳細にまとめた報告がなかっただけに、貴重である。
 二つ目は、寺本孝広氏による「芦別炭鉱に働いた2輌の無番機」で、炭鉱で使用する機関車のスペックを踏まえた興味深い記事である。また、私は最近、三笠市のクロフォード公園から、三笠鉄道村のある幌内に向かう途中の交差点に、本報告で取り上げられたものに似た狭軌の機関車が1両置いてあるのを見たので、いずれはこの機関車の由来も、是非知りたいものである。
 三つ目は、奥山道紀氏による「大夕張から美唄へ」で、かつて大夕張鉄道で供された橋梁が、いまも美唄の山中に廃橋としてその姿をとどめているとのことであった。もし現在も残っているのであれば、是非とも拝見したいものである。
 そのほか、いつもながらに素晴らしい竹内昭氏による森林鉄道に関する写真と記事、それに四日市や大分県の国東鉄道の廃線跡など、失われた時代への憧憬を宿した数々のレポートはとても楽しいものであった。
 このような報告は、最近ではウェブサイトが中心となっているが、このような冊子でじっくりと読みこなし、時になにげなくページをめくるのも、実にいいものである。
 なお、岡雅行氏による「秋田県に存在した“製油用軌道”」において、官制地図に「製油用軌道」と明記されたのは秋田県の該当線のみとの記載があるが、同様の目的の軌道としては北海道の当別町八の沢の石油採掘に際して敷かれた軌道も存在しており、こちらの官制地図の表記が“石油會社専用軌道”であったとはいえ、記述としては曖昧に感じられる点、申し添えさせていただきます。

トワイライトゾーン MANUAL14 名取紀之著

レビュー日:2016.8.25
★★★★★ その関わり方がきわめて多様な、鉄道文化の趣味性を背景とするレポート集です
 レイル・マガジン誌の別冊として、年1回程度をベースに刊行されてきた「トワイライトゾーン・マニュアル」の、2005年に刊行された第14号となる。内容は、鉄道に関する記録の掘り起しや、現在残る遺構を探索するものを中心とした、各地のライターの記事、それと資料となる。本巻の見出しを以下に記載する。
1) 消えた三菱製紙専用線二題 吉田明雄
2) 久里浜と長津田 小川貴宣
3) 桑畑を行くナローの線路 鈴木岳人
4) みかん畑のハエタタキ 小西和之
5) 兵庫港線 福井 浩
6) 新幹線総合車両センターの入換動車 大脇祟司
7) 三重交通松阪線の貨車 山崎 寛
8) ふたつのけむり 高沢一昭
9) 小笠原の地下壕に残る線路 入倉誠一
10) 京都市電の線路発見 矢田昌三
11) 思い出の貨物グラフ 吉田浩一
12) 名鉄と近鉄の貨車 白石良裕
13) 魅惑の名鉄貨物列車 佐野嘉春
14) 近鉄・南大阪線、吉野線の電機と貨車 小西和之
15) 南海電鉄の貨物列車 小西和之
16) 南海のワブ 滝澤隆久
17) 私が見た私鉄の貨物列車 浜村正弘
18) 無蓋車3題 吉川文夫
19) 仙石線、最北端の103系 古荘信宏
20) 日窒広河原軌道を求めて 仁科雅士
21) 稚内駅 3代記 三宅俊彦
22) 遠い日の記憶 長柄篤弘
23) 堤防上の車止め 山本茂三
24) つかの間の笠間稲荷軌道 吉田明雄
25) 21世紀の木造貨車名鑑5 笹田昌宏
26) 貨物天国・安中駅 滝澤信久
27) 四日市港・臨貨午前7時40分の思い出 近藤弘志
28) 吾野で砂利が採れた頃 滝澤隆久
29) 四日市駅の転車台 近藤 且
30) 二股尾の山奥で 清水幹夫
31) 桜井線・京終駅を訪ねて 笹田昌宏
32) こんなケーブルカーもありました 吉川文夫
33) 島原鉄道の貨車 鈴木千亜希
34) 最北端と最南端 白土貞夫
35) 長原木橋、最後の6年 村中一孝
36) 黎明期の国産瓦斯倫機関車 今井 理
37) 油庫コレクション'05 近藤弘志
38) 伊勢神宮構内軌道跡 清水 武
39) ヤマの行楽地を振り返る 奥山道紀
40) 50cmの軌道が語るもの 竹内 昭
41) ワム380000を見た! 多賀章善
42) 小田急電鉄・貨車カタログ 滝澤隆久
43) 小田急ファンのアルバムから 遠藤 毅
44) 終末期の小田急貨物列車 渡辺一策
45) 早朝・夜間の貨物列車を追った日々 古谷雅之
46) 「横浜」にいた、あるワムハチたち 畠中茂春
47) 名鉄ワム500形廃車体倉庫の謎 筒井俊之、吉田耕治、佐竹洋一
48) 盛業の頃 内田良治
49) 「原町森林鉄道 鉄山支線」(福島県) 竹内 昭
50) 「王滝森林鉄道 滝越周辺の意向」 竹内 昭
51) 東大農学部付属秩父演習林の軌道 竹内 昭
52) モロ、ハイモ 松田 務
53) 今どき珍しい木造の無蓋車 滝澤隆久
資料編
連載トワイライトゾーン 年間総目次 '04~'05
貨物営業粁低程表(昭和5年4月版)
 本巻は、他巻と比較して、冊子自体も頁数が多く厚いのだが、レポートの数も多く、短報といった内容のものが多いという印象。その中にあって、近鉄、南海、小田急といった大手私鉄が、貨物運送の役割を大きくになっていた時代の専用車両、当時の写真が多く掲載されている。現在では、大都市近郊の通勤駅なった駅が、かつては、大きな貨物を扱っていたことは、周辺人口の多くが70年代以降の移住者であることもあって、そのことを記憶している人は少ないだろう。
 「兵庫港線」のレポートでは、かつて国内に多くあった港湾専用線の哀愁を感じさせる風景が示されていて、郷愁を誘う。
 「稚内駅 3代記」は、稚泊航路があったころ、流通の要を担っていたこの地の歴史が示されている。稚内駅は、本書が出版された6年後の2011年にさらに「4代目駅舎」に建て替わり、モダンなデザインとなったが、かつて北の海へむかって延びていた線路を遮るように駅舎を含む複合施設が建設されており、「行き止まり」を如実に感じるものとなった。港に向かって引込線が伸び、その先の埠頭にC5549が静態保存されていたころとは、雰囲気が大きく変わってしまった。かろうじて、駅舎の北側に、港へ向かう引込線が車止めでさえぎられているモニュメントが残されている。しかし、サハリンを目指して交通の動脈が伸びていた過去が、完全に封鎖されたような感があり、本稿を読むと、様々に感じるものがある。
 「四日市港・臨貨午前7時40分の思い出」は、著者の思い出と交錯させた鉄道風景への言及が美しいが、本文中にある「別表には1998年の各線の入線状況」の肝心の別表が掲載されていないことが惜しまれる。「盛業の頃」と題された製鉄所の所内軌道の様子を様々に捉えた写真も、ファンにはたまらないもの。
 「最北端と最南端」は、鉄道のキロ数に着目したユニークなレポートで、データ的なものに興味がある人にはとても面白い内容になっている。
 また竹内昭氏による森林鉄道の廃線跡の報告は、いつもながらに詳細で、訪問当時の朽ち行く姿を記録した貴重なものともなっている。往時の数々の木橋が、かろうじて姿をとどめている様子は、美しく儚い。
 「モロ、ハイモ」はロータリー車、ラッセル車を製作所別に写真と情報をまとめた入魂の資料で、雪の降る地方で生まれ育った私にとっても、これほど多くの形式が存在したことに、あらためて感嘆させられる内容だった。
 以上のように、様々な趣味視点で、一点追求型のレポートが集まっており、その趣味性と専門性の豊かさで、たいへん楽しめる1冊となっています。

トワイライトゾーン MANUAL15 名取紀之著

レビュー日:2016.3.9
★★★★★  鉄道・軌道ファンにとって、身の回りの世界はすべてテーマパークである
 今はどうかよくわからない。けれど、私の小さかった頃(というのは70年代末から80年代にかけてのことだけど)、身の回りの世界は謎に満ちたものだった。中でも不思議な線路や道路、水路といったものに私は引き寄せられた。「いったい何のための、どこに向かっているのだろう?」。たまに行く家族旅行でも、そういったものばかりが気になった。だから、小学校の4年生のときに教材として配布された地図帳は、たちまち私の宝物となった。私は、あきずに地図帳を見て、両親にほかにも地図帳を買ってほしいとねだった。やがて、時刻表に出会い、そこにも謎の回答とともに、さまざまな新しい謎をみつけ、私は入り浸ったものだ。
 最近では、小さかった頃謎だったものの多くが解明された。また地図帳を広げ、ここに行ってみたいと思った場所の半分くらいは、実際に行くことが出来たと思う。
 このトワイライトゾーン・マニュアルは、そんな「私にとってのトワイライトゾーン」に魅入られた人たちによるレポートが集められたもの。テーマは「鉄道及び軌道に関するもの」。不思議な路線跡、幼時の記憶に焼き付いた線路、不思議な雰囲気を持った車輛、断片的な情報しか知りえなかった遠い地の鉄道。。。憧憬と魅了の対象はもちろん書き手によって異なるが、いずれも興味深い、かつ学際的と言っても良いレポートで、数々の貴重な写真とともに、一つ一つ私は読むのを楽しんだ。項目と執筆者は以下の通り。
1) 幻の計画線 清水武
2) 九州電力、苅田発電所の蓄電池機関車 浜村正弘
3) 未成線 戸井線 三宅俊彦
4) 雪国の無線車は明治生まれ 小松重次
5) 塩浜貨物線界隈の思い出 近藤弘志
6) 車掌車のある風景 吉田明雄
7) “1974”身延線の砂利列車 渡辺一策
8) 信越本線・新潟地区に鋳鉄製跨線橋柱をたずねて 小西和之
9) 眞岡軌道株式会社 星良助
10) 再び保存展示された野呂川林用軌道の山トロ台車 竹内昭
11) 99系タンク車雨除け板物語 福田孝行
12) 「大東急」代田連絡船跡は今 渡辺康正
13) シベリア出兵時の装甲気動車と自動(車)鉄道 湯口徹
14) 3363・3362列車の変遷 吉田耕治・筒井俊之
15) とある愛知の構内鉄道 瀬野得也
16) 小俣森林鉄道 遠藤哲夫
17) 国見山鉱山専用線跡 池田道男
18) 水浜電車 小野寺靖
19) いまだに残る東武千住貨物線の線路 牧野光雄
20) パラフィンワックス輸送用のタキ45000形 古谷雅之
21) 大阪臨港線 小西和之
22) 男衾の軍用線遺構 吉田明雄
23) 油庫コレクション’06 近藤弘志
24) 北恵那鉄道後日談 清水武
25) 21世紀の木造貨車名鑑6 笹田昌宏
26) あるレールたちの「第2の人生」を調べる 畠中茂春
27) タキ6000初代形との出会い 吉岡心平
28) 滋賀県のセメント専用線廃線跡 笹田昌宏・佐竹洋一
29) 九州鐡道の遺構(1) 三宅俊彦
30) 八ヶ岳森林鉄道 竹内昭
31) 尼崎港線の客車列車 福井浩
32) 昭和39年、尼崎港線の混合列車に乗る 澤田節夫
33) 小坂森林鉄道小坂線 竹内昭
34) 遠山森林鉄道北又沢支線 竹内昭
35) 津海軍江廠線跡を訪ねて 吉田明雄
36) 下河原線の思い出 古谷雅之
連載トワイライトゾーン 年間総目次’06年1月~’07年4月
昭和二十年十月一日 貨物營業粁程表
 前述のように、どれも思い入れをベースに、アカデミックな視点を持って、一つのテーマに迫ったレポートで、読み応えがあった。2006年の報告なので、それからおよそ10年が経過しているわけだが、とはいえ、普遍的な価値を持ち合わせている内容だと思う。以下、項目の中から、いくつか、特に印象に残ったものに触れたい。
 未成線である戸井線の遺構は私も最近観る機会があった。津軽海峡を望む海蝕崖の上を連なるアーチ橋は素晴らしい重厚感で圧倒された。他の橋梁群が経年劣化から撤去などされるなか、少なくともこのアーチ橋だけは、文化遺産として残してほしいと思った。それにしても9割がた完成しながら未通に終わった戸井線。完成していたら、どれほど素晴らしい景観だっただろう。五稜郭、湯の川温泉を通る観光鉄道として、十二分に価値はあったのではないか、とも思ってしまう。
 塩浜貨物線界隈については、私も昨年四日市を訪問し、工業地帯と専用線、末広橋梁などを見学してきたので、そういった点でも感慨深い。付近の専用線も続々と廃止されているが、四日市周辺では、まだ毎日のようにDD51による貨物輸送が見られる。四日市を象徴する風景だと思う。
 「シベリア出兵時の装甲気動車と自動(車)鉄道」「眞岡軌道株式会社」は、トワイライトの枠に収まらない、「昭和のアジア史」といった点で貴重な報告だ。眞岡軌道の写真一つとっても、実にありがたいものを見せていただいたという気持ちにさせられた。
 水浜電車、大阪臨港線、尼崎港線の客車列車、下河原線の思い出などは、いずれも郷愁の溢れるレポート。尼崎港線は、私にとって、地図帳と時刻表で見つけた「謎の線路」の一つでもあったので、この1点にしぼってじっくりと語られ、たくさんの写真が紹介されたのは嬉しかった。唯一の途中駅であった金楽寺駅の曲線ホーム、「尼崎駅」と名付けられながら、東海道線の同駅から離れた乗降場の様子など、いかにも幼少の記憶に残る線路風景だと思う。
 また、竹内氏による森林鉄道の報告は、さすがに詳細な現地踏査を経たもので、山中の森の奥に人知れず佇む遺構に、思わずこれぞトワイライトゾーンとうならされた。
 (ところで)以上の様に、私のような趣味人には実に楽しい1冊であるのだけれど、私の住む北海道は、無数といっていいほどの廃線跡があるにもかかわらず、人口希薄地であることもあって、詳細な研究が及んでいる部分は少ない。中には、上ノ国、常呂、中越、本別など、「森林鉄道があったと考えられている」という、過去の存在自体が推測レベルのものもある。鉄道・軌道ファンにとって、すべての土地が謎に満ちたテーマパークのようなものである。これらの謎にも何らかの研究や報告が行われることも期待したい。

トワイライトゾーン MANUAL16 名取紀之著

レビュー日:2016.3.18
★★★★★ 広義の鉄道文化の探索に関して、一点突破型のレポートが集められています
 月刊誌「Rail Magazine」へ「トワイライトゾーン」と題した鉄道文化全般に関する研究者たちの投稿記事について、まとめた冊子。当巻は2009年に刊行されたもので、この形式でまとめられたものとしては、第16号に該当する。
 基本的には年1回刊行されたシリーズではあったが、当巻は2年ぶりの刊行で、その後、続刊は刊行されていない。
 当巻の収録内容は以下の通り。
1) 住友金属鉱山別子鉱業所 専用鉄道の機関車たち 三宅俊彦
2) 蒲郡市内のロープウェイ 香ノ木崇
3) 北恵那鉄道創業期の電車 清水武
4) 今も残るマウンテンギブソン台車 高間恒雄
5) 石原産業専用線ついに廃止 近藤弘志
6) 一枚の銘板から 神沢順
7) 昭和9年の「鉄道交叉圖」 冨嶋辰夫
8) ホキ800形ホッパ車と戯れる駅 滝澤隆久
9) 消えた高麗川の専用線 吉田明雄
10) 常磐線桃内駅と旧線 佐藤幸司
11) 国鉄宮原線は今 指原晃治
12) 川崎重工の奇妙な蒸気?機関車 高橋弘
13) 大都会の真ん中に立ち並ぶ溝つきレール架線柱 小西和之
14) 昭和41年阪神武庫川線跡 増田満
15) 中国山地の鉱山跡 きたにひかる
16) 奥大井接岨峡でお宝発掘!! 鈴木毅一
17) 三菱電機のバッテリートコとシキ 瀬野得也
18) 九州鐡道の遺構(2) 九州のアーチ橋も開発の危機 三宅俊彦
19) 下松のスイッチャー 日立製作所専用線 瀬野得也
20) 柵原鉱山訪問記 新井希一
21) 小諸駅の油庫 小山剛
22) 神立の企業専用線廃線跡 吉田明雄
23) マニ30、走る 中川健成
24) 太平洋石炭販売輸送 謎の車輛 穂積規
25) 跨線橋にあった国鉄多度津工場の製造銘板 小倉沙耶
26) 井原鉄道沿線の井笠鉄道の廃線跡 羽原裕人
27) 門司港西海岸地区の路線跡 森山昇
28) 呉 あれから40年 矢田昌三
29) 新幹線の建設工事車輛 清水裕之
30) 発見!浪江森林軌道跡 佐藤幸司
31) 東海道本線西宮市内の煉瓦構造物 極小トンエルとねじりまんぽ 奥山夏樹
32) 保存された「加藤くん」 後藤康之
33) 高架下に残る築堤跡 吉田明雄
34) 長良川の東郷号 白井昭
35) 宇治市に残る軍用専用線 石橋秀元
36) 仙北鉄道築館跡 古荘信宏
37) 欽明路トンネルの排煙設備跡 中田敏朗
38) JR四国土讃線 全面復旧に活躍した車輛 濱田光男
39) 国鉄狭軌軽便線保存客車貨車撮りつぶし 「国鉄」のナローを訪ねて 柴田東吾
40) 消えた“寒天軌道” 小倉沙耶
41) 名鉄本線横の土工用蒸機 白井昭
42) 内燃動車発達史・日本の蒸気動車 追記 湯口徹
連載トワイライトゾーン 年間総目次’07年5月~’08年5月
【資料】
昭和二十年十月一日 貨物營業粁程表 連絡社線編
 前述Rail Magazine誌にトワイライトゾーンと題された記事が登場したのが1990年、今は過去の鉄道文化の痕跡を辿る趣味は、その人口を増やし、すっかり市民権を得たように思える。関連するHPでも様々な情報が交換できる。特に、過去の鉄道や車両の情報を探索については、インターネットを介した情報共有によって、作業効率が一気に高まった。
 それにしても、本書に報告されるレポートは、その中の1点に絞り込んだもので、その性格はとても趣味的であり、かつ学術的でもある。
 しかし、当巻の報告に関しては、比較的量的には軽い「短報」といったものの割合が多く、従来巻に比べて、やや重みが不足しているかもしれない。
 そうはいっても、執筆者たちの一点を見つめる視点は熱く深い。短報も、それゆえの読みやすさがあって、人によっては歓迎されることなのかもしれない。
 私が個人的に特に楽しんだ記事に触れよう。
 とある駅の、失われつつある詩的情景をまとめた「ホキ800形ホッパ車と戯れる駅」は、いかにも郷愁の香る当該趣味ならではのもの。「川崎重工の奇妙な蒸気?機関車」は、本誌ならではの報告で、なかなか衝撃的な写真が掲載されている。「九州鐡道の遺構(2) 九州のアーチ橋も開発の危機」は歴史的なアーチ橋に絞った報告で、とても現地でこれらを一通り見るような機会のない私にはありがたいし、歴史あるアーチ橋たちを比較しながら見るのも楽しい。なんとか、これらの美しい橋梁を、これからも保存したいもの。「東海道本線西宮市内の煉瓦構造物 極小トンエルとねじりまんぽ」は、線路下の歩道用トンネルに焦点を当てたとても楽しいレポート。特に屈まなければ通れない通路は、一見の価値アリだ。煉瓦の構造に関する知見も楽しい。「内燃動車発達史・日本の蒸気動車」は、その製作機序等があきらかになった軽便鉄道等の動車について、まとめたもの。内容は学究的だが、貴重な写真が数多く掲載されていて、参考になり、とても勉強になった。
 インターネットの時代であるとはいえ、このような報告が冊子として集約されているものを手に取ることも、ファンには代えがたい悦楽の一つである。ぜひ続編の刊行をお願いしたい。

トワイライトゾーンMEMORIES―全国鉄道面白謎探検 (1) 名取紀之著

レビュー日:2016.3.3
★★★★★ 貴重で、内容の濃い数々のレポートが1冊にまとまっています
 鉄道ファンのための月刊誌「Rail Magazine」に、「トワイライトゾーン」なる題目のレポートが登場したのが1990年の9月である。トワイライトは「薄明」という意味で、これは鉄道の中でも、利用実態の認知の低い施設、廃線跡、失われかねない過去の記録、一般的に注目されることの少ない車両等を題材とした記事をイメージ化したものだろう。
 当初、記事に割く紙面は多くはなかったが、その後、全国各地から、趣味道を歩んでいる報告者の研究成果が寄せられるようになり、また、一つの報告が、別の研究や探索の端緒となって一つの体系化した知見が形成されるなど、質・量の両面で充実するようになった。
 思えば、90年代という時代は、鉄道文化が華やかだった70年以前を象徴する様々なものが、モータリゼーションとバブル経済による乱開発によって、その価値を見直す間もなく、なし崩し的に失われた80年代の狂乱を経て、社会が沈静化し、失ったものを思い起こすような「我に返る」雰囲気が漂った時代である。JTBキャンブックスから、名シリーズ「鉄道廃線跡を歩く」の第1巻が刊行されたのが1995年。このころ、人々の中から、自分たちが失ったものの価値に気付き、その痕跡を何らかの形で求める者が表れてきたのだと思う。産業遺産という単語が定着し、廃墟めぐりが一つの趣味として定着してきたのもこの時代だと思う。
 かくして、「Rail Magazine」誌も、「トワイライトゾーン」に関して貴重な報告が集まるようになったわけだ。該当する鉄道遺構等を「トワイラ物件」、これをリポートする人を「トワイライター」なんて呼ぶようにもなった。そして、本書は、第1回の1990年9月号掲載分から、1994年10月号掲載分までの「トワイライトゾーン」を、当時の報告のまま、1冊の本にまとめて、2005年に刊行されたものである。全354ページで、29.6 x 23.4 x 1.8 cmのサイズであり、ずっしり感に溢れている。
 記事は全般に一つの視点、もしくは一つの目標について、深く突き詰めたものが多い。特にその地に長く居住し、当該鉄道施設を見守ってきた人の報告など、自らの記憶の照合や、記録との突合による裏付けや、情報の更新を踏まえながらのもので、単なる資料に目を通すのとは一味も二味も違ったものとなっている。
 ただ、当然のことながら、いずれの報告も、1990年から1994年のものであり、廃線や施設の現況は大きく異なっている場合が多い。また、人口密集地の報告が多くある一方で、概して人口の少ない地方の報告は、量的にも限られたものとなっている。
 それにしても、私は、これらの報告と、貴重な数々の写真をまとめて閲覧できることに満足している。写真については、すべて白黒印刷なので、カラーではないのが惜しまれるものが多いが、致し方ないだろう。また、現在後続の記事をまとめる形で年1回刊行されている「トワイライトゾーン MANUAL」と比較して、本の寸法が大きく、通勤電車の中でちょっと見てみるなんてことが出来ないのも、残念と言えば残念。
 しかし、これだけ貴重な報告を過去の雑誌に眠らせずにこのような形でまとめたものにしてくれたことには、本当に感謝したい。

消散軌道風景 Vol.1 岡本憲之著

レビュー日:2020.8.4
★★★★★ 待たれた鉄道考古学誌、記念すべき創刊号
 Jトレイン誌で連載されていた「消散軌道風景」が、新規書き下ろしの別冊シリーズで刊行されることとなった。当アイテムは2019年発売の記念すべき「第1巻」となる。まず、収録内容を転載しよう。
はじめに  2
カラーダイジェスト  9
思い出の東京都港湾局臨海線  須永秀夫  14
知られざる軍都 赤羽周辺の失われし鉄路を求めて 前編  岡本憲之  20
chapter01 下河原線廃線跡を歩く  岡本憲之  30
chapter02 栃代川林用軌道跡をめぐる  竹内 昭  37
chapter03 “鉄聯”夢のあと  松本謙一  41
chapter04 太平洋石炭販売輸送臨港線の記録  情野裕良  48
Column 気象告知板ウォッチング 黒田陽一  62
chapter05 明治時代からの大事業・淀川改修工事鉄道を探る  竹内 昭  64
chapter06 神戸製鋼所所蔵アルバムから  須永秀夫  71
chapter07 富山地方鉄道の除雪モーターカー  黒田陽一  79
産業用鉄道カタログ&パンフレット〔第1回〕  84
Column 保守用車データベース「MCDB」を活用しよう!  黒田陽一  88
chapter08 面妖な荷物電車  縄田 允/名取信一  89
chapter09 たかがトロッコされどトロッコ・・・  岡本憲之  92
街角探訪鉄道プラスα  山口雅人  98
chapter10 エル・バジェ鉄道  大脇崇司  100
Column 電車化された有蓋車  縄田 允/岡本憲之  108
chapter11 大井川鉄道 幻の本線  市原 純  109
Column 小長井製材所のいま  市原 純  118
Column 大井川鉄道 横岡支線廃線跡探訪  市原 純  119
chapter12 史上初!全国遊覧鉄道大全  半田亜津志と遊覧鉄道を愛でる会  120
 本書について触れる前に、私には、これの「前シリーズ」としか思えない存在があり、そのことについてまず触れたい。それはNeko mookから1992年から2009年にかけて刊行された全16冊からなる「トワイライトゾ~ンMANUAL」で、そこでは、様々な鉄道研究家が、鉄道に関する産業遺産、貴重な資料紹介、廃線跡の現況及び過去の記録などが報告されていた。それらの報告の多彩さ、一点突破する考察の深さ、紹介される画像の貴重さは、私を夢中にさせるものであった。しかし、2009年の第16巻を最後に、刊行は休止となった。
 そして、そんな「トワイライトゾ~ン MANUAL」が、現在の規格で再度蘇ったもの、それがこの「消散軌道風景」に他ならない。編集・著述の視点はおおいに共通を感じさせるし、岡本憲之氏、竹内昭氏など、お馴染みの研究者の顔ぶれは嬉しい限り。ちなみに「トワイライトゾ~ンMANUAL」のサブタイトルが「全国鉄道面白謎探検」であったのに対し、本「消散軌道風景」におけるそれは「あなたの知らない鉄道考古学」。表現は違えど、テーマは同じといって良い。
 A4変形版という大きめのサイズは、地図などをある程度の解像で引用することなどにおいて、手ごろなものだろう。そして、興味深い内容ばかりだ。
 太平洋石炭販売輸送臨港線は、太平洋炭鉱(釧路コールマイン)の運炭鉄道で、つい最近まで、国内唯一の現役の運炭鉄道であった。しかし、くしくも当巻刊行の直前に当たる2019年6月に運用を終了し、廃止となった。私はかの地を訪問したことがあるが、雨の祝日で、鉄道は運行していなかった。しかし、あけっぴろげな操車場に留置してある車両たちをながめることはできた。その味わい深い線路ともども、印象深く、一度稼働中の現場を見学できないものかと思っていたのだが、ついにその機会を得ることができなかったのは無念の限りだ。だから、当書で、その情報をまとめて美しい写真と併せて紹介してくれるのは、とてもありがたいことであった。
 竹内氏、岡本氏の報告は、やはり深い。森林鉄道跡の調査をライフワークとしている竹内氏のこのたびの報告は身延線甲斐常葉駅前から栃代(とじろ)川に沿っていた軌道に関する報告。もちろんそれも興味深いが、それ以上に私がインパクトを受けたのは「明治時代からの大事業・淀川改修工事鉄道を探る」と題した一編である。軌道は、河川改修等に際して、一時的に設置・運用される場合がある。それらは、一過性の存在であるため、きちんとした報告や記録がない場合がほとんどである。それゆえに、このたび掲載されている写真を中心とした報告は、貴重というだけでなく、かの地の歴史と日本の土木事業史の有意な一事を示すものであり、様々に留め置かれるべきものだと感じる。私が住む北海道では、官による客土事業のために軌道が敷かれ、蒸気機関車やディーゼル機関車が運用されていた場所もあるのだが、それらの報告はきわめて限られている。今後、このシリーズの中で、紹介の機会があれば、私にはこの上ない喜びだ。
 「たかがトロッコされどトロッコ・・・」と題した岡本氏の報告も素晴らしい。狭軌軌道に関する氏の深い造詣は当然として、さりげない場所に驚くほど印象深い世界が存在していた、そんな奇跡的と称したい風景が紹介されている。
 「エル・バジェ鉄道」は、なんとスペインの鉄道の紹介だ。鉱物資源を搬送する同鉄道のユニークな車輛が紹介されている。だが、海外事例も扱うとなると、それこそテーマは無尽蔵になるが、以後のシリーズでは、どのくらいの割合で扱うのだろうか。
 「史上初!全国遊覧鉄道大全」は表形式の資料であるが、いわゆる遊園地の「豆汽車」類を総覧したもの。私は、つい先日、芦別市のカナディアン・ワールドを訪問し、その展示を散策・訪問して楽しんだのだが、そこには運行休止となった遊覧鉄道の軌道が残っていて、その姿に妙に心打たれた。その遊覧鉄道は、すでに運行を行っていないので、当大全には掲載されていないのだが、それにしても、このようなテーマで、「大全」と称すべき資料が存することは、実にファン心理をくすぐるもので、私もついつい見入ってしまった。思えば、「トワイライトゾ~ン MANUAL」シリーズでも、毎号、巻末に興味深く貴重な「資料」のコーナーがあったものだ。当シリーズでも、つねに掲載されるかはわからないのだが、今後、どのようなものを紹介してくれるのか、待ち遠しく思う。
 欠点としては、白黒の紙面が多いこと。せっかくの最新情報なのだから、できる限り、カラー写真は、その色も含めて情報を伝えてほしいところ。
 しかし、いずれにしても、私には、どストライクのシリーズであり、シリーズを通して、ぜひ購入を継続したいと思っている。

消散軌道風景 Vol.2 岡本憲之著

レビュー日:2020.8.12
★★★★★ 充実の鉄道考古学誌、第2巻
 Jトレイン誌で連載されていた「消散軌道風景」が、2019年以降新規書き下ろしの別冊シリーズとしてシリーズ化されることとなった。当アイテムは2020年1月に刊行れた「第2巻」。収録内容を転載する。
都電24系統 いまむかし  須永秀夫・岡本憲之  2
【特集】 知られざる軍都 赤羽周辺の失われし鉄路を求めて 中編  岡本憲之  9
chapter01 昭和47年、赤羽の線路“跡”  桟敷正一朗  29
chapter02 岩崎レール工業のあゆみ  西 裕之  35
Column 伝説の新幹線事業用車  岡本憲之・須藤行雄  43
chapter03 台湾からきた蒸機、かえった蒸機  台日鐵道交流促進協會・岡本憲之  44
chapter04 葛生の鉱山鉄道〔前編〕  岡本憲之・須永秀夫  50
chapter05 元・四国鉱発白木谷鉱山 ニチユ製104号機保存など  浜田光男  60
chapter06 続・思い出の東京都港湾局臨海線  須永秀夫・桟敷正一朗・岡本憲之  63
chapter07 モノレールの除雪方法を見る  黒田陽一  69
chapter08 記憶の奥のトロッコ探索  軽探団 情報家S藤  75
産業用鉄道カタログ&パンフレット〔第2回〕 日車のUDL  83
chapter09 東大秩父演習林軌道・滝川森林鉄道跡をめぐる  竹内 昭  89
chapter10 昭和20年代、東京近郊の私鉄  縄田 充・名取信一  99
chapter11 上野動物園「東京都交通局 上野懸垂線」  和田亮二・岸本篤志  102
Column ビューゲルの付いた客車  岡本憲之  108
chapter12 遠い日の記憶、築地市場貨物線  桟敷正一朗  109
Column 保線トラック車両  岡本憲之  115
街角探訪鉄道プラスα 第二回  116
chapter13  ナローゲージの保存車 第一回 北海道・東北編  日本ナローゲージ研究所  120
 創刊号である第1巻に続いて、興味深く、かつ貴重な情報が集められている。
 冒頭の特集とchapter01では、前巻に引き続いて、赤羽のあまり知られてはいないだろう歴史にスポットを当て、戦時中付近に存在した線路と、ひとときみられた廃線跡風景を紹介してくれる。開発されていく住宅地の中に伸びる草蒸した廃線路とそこで遊ぶ子供たち、その横に停められた時代を感じさせる乗用車の写真が深い郷愁に誘う。
 木材運搬車等を製作していた岩崎レール工業については、森林鉄道の権威、西裕之氏が貴重な写真を紹介しながら、その大要を説明してくれる。とはいえ、正確にはどこのメーカーが製造したか、確定の難しい車輛もあるようだ。岩崎レール工業が製作したと考えられるBタンク蒸気機関車など、じつに良い佇まいの機械であり、研究の進展を待ちたい。秋田の仁別森林鉄道の貴重な写真も紹介されている。
 「葛生の鉱山鉄道〔前編〕」では、 栃木県の東武鉄道葛生駅を起点としていた軌間610mmのトロッコ軌道が紹介されている。インターネットでも、十分な情報とともに紹介しているサイトがあり、ナローの軌道風景が好きなファンには有名な対象であるが、当書で写真をはじめ、各情報が紹介されており興味深い。石灰搬送用の「ひょろひょろ」という形容がふさわしい軌道が醸し出す得も言われぬ雰囲気の魅力に打たれる人は多いはずだ。
 さらに同地にあった住友セメント唐沢鉱山軌道の様子も紹介されており、実に楽しい。こんな軌道が現在も運用されているのだったら、是非にも訪れてみるところなのだが。
 「続・思い出の東京都港湾局臨海線」も前巻から引き続いての記事。日本水産の重厚なコンクリート建築を背景にしたディーゼル機関車の重々しさが重工業地帯の情感に満ちて美しい。
 「記憶の奥のトロッコ探索」では、トロッコのある風景が紹介される。使用を終えたトロッコが、自然に帰り行く周囲の中でたたずむ過去の一瞬などが紹介される。夕張にあったポール集電の電気機関車の廃車体、佐久の北中込の製材所の風景、静岡県河津町の金山跡に残されたレールなど、いずれも印象的な写真だ。
 「東大秩父演習林軌道・滝川森林鉄道跡をめぐる」は竹内氏ならではの森林鉄道跡のレポ。秩父にある入川森林鉄道は、軌道の一部、約2km強が、80年代のとあるひと夏だけ、資材搬送のために復活を遂げたことでファンの間ではちょっと有名。現在もそのレールが一部残されているという。竹内氏の報告は、現在の軌道跡の様子を、重要なストラクチャーの写真と併せて、詳細に報告してくれている。ちなみに、入川森林鉄道が、80年代に限定復活した際の模様については、「トワイライトゾーンMANUAL 5」において、名取紀之氏によるレポートを貴重な写真とともに読むことが出来る。また、その廃線跡については、平沼義之氏出演の「廃道ビヨンド」において、動画映像による紹介を見ることが出来る。本報告と併せて視聴することで、面白味が増すと思う。
 触れなかった記事についても、いずれも趣味性の高い視点に基づいたもので、数多くの写真と併せて、存分に楽しめる。個人的には、ぜひ本編部分もカラー化を検討してほしいと思うが、内容としては文句なく、充実の一冊となっています。

消散軌道風景 Vol.3 岡本憲之著

レビュー日:2020.8.16
★★★★★ 祝・平沼義之氏招へい
 Jトレイン誌で連載されていた「消散軌道風景」が、2019年以降、新規書き下ろしの別冊扱いで、単行シリーズ化されることとなった。当アイテムは2020年8月に刊行された「第3巻」となる。1年に2冊弱という頻度は、内容の充実を考えると、十分なもので、本巻も見ごたえ・読みごたえ満載の内容となっている。まず収録内容を転載する。
みなと街「横浜」 廃線跡と鉄道スポットめぐり  2
消散軌道風景 カラーダイジェスト  10
首都圏廃線めぐり&本誌連載、特集 検索マップ  18
【特集】 知られざる軍都 赤羽周辺の失われし鉄路を求めて 軍用鉄道が多かった北区とその周辺の廃線跡を探る(後編)  20
chapter01 上信電鉄ふたつの小さな廃線  角田 聡  26
chapter02 奥多摩湖ロープウェイ(川野ロープウェイ)  中澤 亮  28
chapter03 日立電鉄・日立電鉄線  名取信一  31
chapter04 山梨県林務部 豊岡林用軌道(豊岡林道)  平沼義之  37
chapter05 東武鉄道根古屋線  岡本憲之  46
chapter06 小田急電鉄向ヶ丘遊園モノレール線  岡本憲之  48
Column 向ヶ丘遊園地と豆電車  岡本憲之  51
Column ロッキード式モノレールについて  和田亮二  52
chapter07 中神引込線  岡本憲之  54
chapter08 日立セメント太平田鉱山索道  榊 充嗣・竹内 豊  56
chapter09 旧・長野原線 長野原~太子間  角田 聡・岡本憲之  60
chapter10 相模線(寒川支線)  名取信一  64
chapter11 西武鉄道安比奈線  竹内 昭  67
Column 昭和30年前後の安比奈貨物駅  渡辺一策  72
chapter12 東京都水道局小河内線  榊 充嗣  73
chapter13 下高井戸連絡線  団 鬼鉄  79
産業用鉄道カタログ&パンフレット 〔第3回〕 東芝の産業ロコ  83
chapter14 木根宿森林軌道(中之条営林署)  平沼義之  89
chapter15 葛生の鉱山鉄道 〔中編〕  岡本憲之  96
Column 線路の幅=軌間について  岡本憲之  100
chapter16 都電38系統(水神森~南砂町二)   岡本憲之  102
chapter17 思い出の汽車会社  岡本憲之・武藤直樹  108
街角探訪 鉄道プラスα 第三回  山口雅人  112
chapter18 ナローゲージの保存車 第二回 秋田・山形・福島・補足宮城県編  日本ナローゲージ研究所  116
巻末特別付録 国鉄 高島貨物線 配線図  122
 本巻は「首都圏 廃線めぐり」がサブタイトルとなっており、ターゲットは関東および山梨県の鉄道に絞られている。  そして、本巻の最大のポイントは、(私見ではあるが)平沼義之氏の参加であろう。実際、本巻の表紙に「スペシャルゲスト 平沼義之氏 ヨッキれん」の文字が誇らしく印字してあるではないか。
 今や、当該ジャンルに興味を持つ者の間で、平沼氏の活動を知らないものは少ないといって良いだろう。廃道・廃線の現地踏査及び資料調査に関して詳細をまとめた平沼氏が管理する有名サイトは、深い含蓄を背景とした生き生きとした文章力、ウェブサイトならではの機能性を駆使した演出力をともなって、私たちに様々な喜びを提供してくれている。また、氏の「伝い手」としての使命感には、その生き方も含めて、大いに感銘させられるところである。
 そんな平沼氏が、本巻で「とっておき」といって良いネタを2編、披露してくれている。いずれも、相当の調査力と体力を必要とするレポートで、氏本来のサイトで報告がなされれば、かなりスリリングなものとなったであろうが、本巻では紙面の制約もあって、かなりコンパクトにまとまっている。とはいえ、その内容は興味深い。特に山梨県林務部が管轄した豊岡林用軌道の報告は凄い。平沼氏が実地調査であきらかにしたその路線構造は、インクラインを重ねて、急勾配で高尾根を越えるという衝撃的なものである。紹介文中で、西裕之氏の「さすが山梨県林務部はやることが違うと感心してしまった」というコメントが引用されているが、その通りで、ここまでして当該地から木材を搬出しなければならなかったのか!と驚きあきれるほどの内容である。平沼氏は、地形図上に、支線も含めてその軌道のおよその全体像をあきらかにしてくれている。その図を見るだけでも、当巻には価値があると言って良いだろう。
 もう一遍の平沼氏の報告は、群馬県から新潟県境に接近した木根宿森林軌道に関する調査である。こちらも相当厳しい現地調査だったことが良く伝わってくるが、過去の事象との関連性を適宜引き出しながら、歴史に思いを至らせるロマンとともに語られるその内容は、工学的にも歴史的にも深い味わいを感じさせるもので、読み手にさまざまな感慨をいだかせてくれるに相違ないものに違いない。
 以上の平沼氏の2編の報告が最大の読みどころと思うが、もちろん他の記事も素晴らしいものばかりだ。
 日立セメントの太平田鉱山索道は、国内で最後まで活躍した鉱物搬送用の索道であり、そのダイナミックな姿が豊富な写真で紹介されるのはありがたい。
 西武鉄道安比奈線は、1925年に川越市内に敷設された3.2kmの砂利線であったが1963年に運行休止、その後、長くそのままだったが2017年に正式に廃止となった。本巻では、きわめて珍しいと思われる安比奈線の貨物列車の写真が紹介されているほか、その歴史が詳細にまとめられている。本報告は、現況の写真も含めて貴重な資料となっている。
 東京都水道局がダム建設のため敷設した小河内線は、ダム建設という目的にふさわしい狭隘急峻な土地に線路があった。全長6.7kmにもかかわらず、道中には多くの橋梁や隧道が存在した。現在、その場所の多くは、公的管理地のため、現況の調査はきわめて難しいが、当巻では、資料写真等が掲載されており、その鉄道敷設環境の険しさに嘆息させられる。運用可能な状態で軌道を残しておけば、安全面に手を加えることで、観光用に供すころも十分可能だったのではないか、と思わず考えてしまうのは、鉄道ファンの性だろうか。
 赤羽周辺の鉄道跡、葛生の鉱山鉄道については、前巻から引き続いての報告であり、ぜひ併せて目を通したい内容に違いない。
 前2巻のレビューでも書かせていただいたが、残念なのは巻頭の20ページを除いては、すべて白黒印刷であること。このような内容であれば、個人的には、価格が高くなっても、全ページカラー対応の規格で刊行することが相応しいと感じる。
 それにしても、たびたび手に取って読むのにふさわしい一冊である。平沼義之氏も、是非スペシャルゲストではなく、今後は定番のライターとして、シリーズ中で活躍してもらえれば、望外の喜びである。

廃線系 鉄道考古学 Vol.1 岡本憲之著

レビュー日:2021.2.13
★★★★★ 2019年から2020年にかけて刊行された「消散軌道風景」の続編です。
 2021年2月にイカロス・ムックから刊行された「廃線系鉄道考古学 vol.1」。  “vol.1”とあるが、内容的には、あきらかに2019年から2020年にかけて、全3巻が刊行された「消散軌道風景」の「続編」であり、体裁、規格、記事嗜好が共通しているだけでなく、堂々と「続編」の記事もある。なぜ、このたびわざわざタイトルを変更し、巻数もリセットされたのか、私にはわからないが、とりあえず刊行を続けて頂けることはありがたい。
 そして、前シリーズのレビューにも書いたことだが、「消散軌道風景」及び当「廃線系鉄道考古学」は、1992年から2009年にかけてNeko mookから全16巻が刊行された「トワイライトゾ~ンMANUAL」の趣向を踏襲するものでもある。鉄道廃線跡探索や、鉄道文化の掘り下げに、大きな役割を果たした「トワイライトゾ~ンMANUAL」が、現代的にリニューアルし、最近の記事を提供してくれることは、一ファンとしてうれしい限りである。
 全146ページで、最初の18ページのみカラーという規格も、「消散軌道風景」と同様。この点については、個人的には、多少価格があがったとしても、全ページカラーにしてほしかったので、残念なところ。しかし、趣味性を踏まえた各記事は、あいかわらず密度が濃く、いにしえの鉄道の痕跡や、当時の情報を摂取したいというファンにとっては、きれいにスポットライトがあたったものばかりで、読みでがある。
 ナロー軌道の聖地の一つといってもよい葛生の鉱山鉄道に関する記事は、前述した通り、「消散軌道風景」誌からの続編記事に該当するもの。当巻では、ナローの軌道ではなく、軌間1,067mmという規格であった日鉄鉱業羽鶴線の現役時の写真と廃線跡が紹介されている。鉱山鉄道らしい重厚感をもったディーゼル機関車群が、鉱山にふさわしい風景を作り出している。また当該地で活躍した1080号蒸気機関車の写真も紹介してくれている。
 かつてJR五日市線と並行していた五日市鉄道の記事では、のどかな風景の中を一両ではしるガソリンカーの写真が掲載されておりに、私の目は釘付けになった。まるで北海道で活躍した簡易軌道を思わせる風景で、時代によっては、このような光景を、関東地方でも見ることができたのか、とあらためて感じ入った。
 「山梨林務部 早川軌道」は、廃道・廃線跡の報告を、圧巻の質と量で提供する某有名サイトを運営している平沼義之氏による記事。氏は「消散軌道風景 vol.3」においても2編の記事を執筆していたので、それに続いてのうれしい再登場だ。山梨県早川町といえば、南アルプスのふもとの狭隘な谷にある自治体で、平沼氏のサイトでも、早川町シリーズと称したい廃線廃道跡に関する報告が多数行われている。そういった意味で、とてもドラマチックな場所であるが、それにしても、本書の記事は、これほどのネタを平沼氏は、未公開の状態で暖めていたのか、と驚かされ(呆れ?)るような内容だ。2011年と2017年に行った探索とのことであるが、私であれば、すぐにでも多くの人にその成果を示したくなってしまうところであるが、時間をかけて、十分な情報収集を踏まえた質の高い記事に仕上げているあたり、平沼氏らしく、感服する。それにしても、凶悪とよびたい地形と地質の中、軌道を敷設した当時の労苦はいかほどのものであったか。国内での資材の調達が国家的命題であった時代の厳しさにも思いを馳せてしまう記事となっている。
 西武山口線の記事は、量的に本書の核と言えるもの。当事者へのインタビューから、補足的に発展させて、記事、写真を紹介していくという、当シリーズとしては新しい「語り口」になっている点も注目したい。もちろん鉄道ファンの多くが、興味をひかれる内容だ。
 「大塩組仙石工場の軌道」では、深谷市にあった利根川の砂利トロ線が紹介されているが、ここでは木製桟橋を小さな機関車が運搬車両(ナベトロ)を連ねて牽く写真が圧巻。これは写真のインパクトがすごい。とにかく一見してほしい。その価値は大アリだ。
 さらに神戸製鋼所神戸製鉄所連絡線、茨木交通茨城線、国鉄宇品線、上信鉱山鉄道と、いまはなき鉄道たちが、貴重な写真をまじえて紹介されており、とにかくうれしい。
 他の小さなコラムも見どころ&読みどころ満載だが、1ページだけの小記事で紹介されている、新千歳空港駅の工事に用いられた軌間2,600mm(約)という、見たこともないような広軌のモーターカーの写真は、実に衝撃的だ。こういう発見が、いつになってももたらされるところに、鉄道考古学の奥深さを垣間見る。

廃線系 鉄道考古学 Vol.2 岡本憲之著

レビュー日:2021.8.2
★★★★★ 鉄道考古学の名にふさわしいターゲット。焦点を絞った名レポートの数々を掲載
 2021年7月にイカロス・ムックから刊行された「廃線系鉄道考古学 vol.2」。様々なライターが鉄道廃線跡の調査や、かつてあった鉄道路線や関連蓮施設についてまとめた報告を行うシリーズであり、前シリーズである全3巻からなる「消散軌道風景」に引き続いて、巻数を重ねることとなった。前巻から5か月という短いインターバルでの刊行となり、シリーズを楽しみにしている私にもありがたい。
 装丁は、前巻とほぼ同じだが、今回は「廃線系鉄道考古学 カラーダイジェスト」以外にも、「chapter01 群馬県内の草軽電鉄の遺構をもとめて〔前編〕」が「カラー印刷」によっており、同シリーズにおける(カラー写真付き報告の)全ページ・カラー化を願う私としては、良い方向で変化があった。
 今回は「カラーダイジェスト」の前に、1976年、福島県の常磐炭礦の様子を収めた貴重な写真が掲載されている。とある写真のコピーに「無軌道な軌道」というキャッチーなフレーズが用いられているが、その通りで、専用線のみならず、資材移動トロッコ用の小軌道の風景まで被写体として納めている。選炭機をはじめとする炭礦という大規模施設の中に、これらの軌道が張り巡らされた様は圧巻で、その様子は私のような鉄道好きに限らずとも、圧巻に映るのではないだろうか。
 草軽電鉄の廃線跡に関する報告は、ウェブサイト上を含めればそれなりの数があるが、本書の装丁で、歴史に触れながら、カラーで紹介してくれるのは、大変ありがたい。特に廃線跡の状況は、カラーでなければ伝わりにくいものが多いので、是非、今後はカラー・ページの増量を目指してほしい。
 そして、このたびも、廃道・廃線跡の報告を、圧巻の質と量で提供する某有名サイトを運営している平沼義之氏が2編の記事を担当。凄いのは、長野県の現・しなの鉄道黒姫駅を起点としていた御巣鷹森林鉄道の廃線跡調査であり、彼のサイトにお馴染みの人にとっても、未聞の大素材であり、本当に、この人はいくつ引き出しにしまってあるんだろう、とそういう意味でも感服する。この機会に紹介いただけたことで感謝。まあ、彼のホームページのファンにとっては、是非そちらで公開してほしかった内容かもしれないが、私としては、媒体によらず、読んで、見て、知れる機会をいただけるだけで、本当にありがたい。白眉は谷越え(?)の隧道であるが、散策中、廃インクライン(当該森林鉄道のものではない)という素晴らしい「追加発見」もあり、内容満点の報告になっている。平沼氏が執筆したもう一本は、千葉県の「小坪井森林軌道」に関する廃線跡調査報告であるが、こちらは、彼のサイトでのヴォリューム十分な報告を既読の方が多いだろう。本書では、要点をかいつまんでリライトし、千葉県にもあった森林鉄道の痕跡を示してくれる。
 私が個人的に思い入れを感じるのは、奥山道紀氏による「王子製紙苫小牧専用鉄道(山線)と千歳鉱山軌道」の報告。「王子製紙苫小牧専用鉄道(山線)」は、かつて、苫小牧を起点とし、支笏湖畔と千歳川上流部の発電所群を結んだ軽便鉄道。今現在、残る遺構としては、支笏湖畔の千歳川流出口にかかるトラス橋が有名だ。この鉄道は、森林資源の搬送のみならず、旅客、また支笏湖の対岸で産出される貴金属の鉱石も搬送していた。その貴金属を算出していた対岸で、湖岸までの搬送を担っていたのが、「千歳鉱山軌道」である。つまり、千歳鉱山で産出された鉱石は、鉄道、船運(支笏湖)、鉄道の連携で、苫小牧まで搬送されていたことになる。本書では、王子製紙苫小牧専用鉄道で運用されていた蒸気機関車の紹介(そのうち1両が、苫小牧市のアカシア公園で静態保存されています)、両線の廃線跡調査、かつての時刻表など資料をまとめて紹介してくれており、たいへん参考になる。なお、千歳鉱山軌道に関しては、投稿日現在、千歳市のサイトで守屋憲治氏による「美笛‐千歳鉱山専用軌道の一考察」という立派な報告が公開されているので、併せて参考にしてほしい。
 シリーズ化している「葛生の鉱山鉄道」は、当書では〔番外編〕とある通り、栃木県の葛生ではなく、東京の「業平橋」を紹介。葛生で産出したものが搬送された先がどのような場所だったか、という変化球ながら興味深い報告。
 竹内昭氏による「滑川鉱山軌道」の報告には驚かされた。板谷越で有名な奥羽線の山形県側にあった軌道であるが、現在もレールがのこり、一部は登山道となっているという。私は、この軌道の存在を聴いたのは初めてだが、藪の中にレールが残る写真は貴重この上ない。登山道ということだが、写真を見る限りかなり藪が深い印象で、それほど整備されていないマイナーな登山道なのだろうか。私は、登山も趣味でやっているけれど、道にレールがあったら、思わず足を停めて見入ってしまって、大いに時間を取られてしまうだろう。
 他にも鹿島軌道や国鉄蛇松線(沼津-沼津港の貨物線)といった、知る人の少ない鉄路への記事、そして、高輪ゲートウェイ駅の建設現場で発掘された、鉄道遺構「高輪築堤」に関する学術的な記事など、鉄道考古学にふさわしい記事が満載。他の記事も含めて、たいへん充実の一冊となりました。既出巻の併せて堪能しながらも、早くも第3巻(できれば、さらにカラー化)の刊行を待たせていただきます。

廃線系 鉄道考古学 Vol.3 岡本憲之著

レビュー日:2022.2.1
★★★★★  2022年1月刊行の第3巻。今回も、読み応え&見ごたえたっぷり。執筆・編集・発行のみなさんに感謝
 2022年1月にイカロス・ムックから刊行された「廃線系鉄道考古学 vol.3」。  様々なライターが鉄道廃線跡の調査や、かつてあった鉄道路線や関連蓮施設についてまとめた報告を行うシリーズであり、前シリーズである全3巻からなる「消散軌道風景」に引き続いて、3巻目が刊行された。引き続いて、鉄道、廃線、産業遺産といったキーワードに反応性の高い趣味人には、ツボにはまる内容となっており、嬉しい限り。
 また、以前から、私は当シリーズにおけるカラー・ページの増量を希望してきたが、当巻では、冒頭にカラー写真を前提としたスイッチャー機関車の特集があり、引き続いて載記事のカラー写真によるダイジェスト、そして、このたびも参加いただいた平沼義之氏による「藤琴森林鉄道」の廃線跡調査の記事内写真もカラー印刷ということで、カラー率が進んだことはありがたい。
 さて、ゲストと紹介されつつ、いまやメインライターの一人となった感のある平沼氏の今回の記事は大注目だ。記述対象となっているのは、秋田県北部に存在した「藤琴森林鉄道」の廃線跡調査。彼のフアンであればご存知のことかもしれないが、すでに、平沼氏は、柏毛支線と滝ノ沢支線を中心に、彼のウェブ媒体上で、調査報告を発表しているのだが、本書では、全長100kmに及んだとされる当該森林鉄道を、10度に及んで全線調査を成し遂げたそのハイライトがまとめられているもので、きわめて内容の濃いものとなっている。当然、その多くが未発表であったもので、先に読んでしまうのがもったいない、でも読みたくてしょうがないという内容。驚くほど様々な遺構や線形跡の写真が掲載されているほか、現役当時の引用写真もまじえて、素晴らしい内容だ。平沼氏にとって、この森林鉄道の廃線跡調査は、ひとつのライフイベントであったに違いないと思わせるものだ。
 文章の記述は、客観的・資料的な記述が多く、探索のリアルな大変さ等に直接的な言及はないが、それは写真と地形図から十分に伝わってくる。また、水害によって、線路の維持に労苦を費やされ、最終的に命運がたたれたのも水害によるものだった同鉄道の立地性の厳しさも感じられるものとなっている。探索時、クマの姿を見たことにも記述があった。私も、北海道で似たような趣味をやっている人間だが、やはりいちばん怖いのはクマである。もし、本書を読んで当該地を訪問されたいと思ったら、十二分な注意と、それなりの経験も必要だろう。ただ、最後に紹介されている内川支線跡に残る6径間連続のコンクリート橋梁は、見た目が美しく、アプローチも容易とのことなので、私も機会があれば、見てみたいもの。
 他の報告も、有名なもの、そうでないもの含めて、いずれも興味深く拝見させていただいた。全部に触れると長くなりすぎるので、私の住む北海道所縁のものが、今回、多く取り上げられているので、それらの記事について触れたい。
 まず、奥山道紀氏の記事は、「夕張」という町全体をターゲットにして、廃線跡を紹介する企画。実際、夕張は廃線跡だらけだ。市の南部をいまも石勝線がかすめるが、かつて夕張線と呼ばれた新夕張-夕張間は、2019年4月1日に廃止となり、市の中心部をにぎわした線路は、すべて失われた。私は、私の祖母が夕張市で小学校の教員をしていたこともあって、この町には思い入れがあり、たびたび訪問していたのだが、夕張支線廃止後は足が向かなくなった。訪問の都度とまでは言わないが、かなりの頻度で夕張支線に乗車することを楽しんでいたので、それが失われた喪失感は、自分が思う以上に大きかったのだろう。ときどき思うことだけれど、鉄道の価値というのは、運賃収入と維持費の差だけで測っていいものではないと思う。私のように、廃線を機に、訪れる頻度が極端に下がる人間もいる。鉄道には、交流人口の下支えとして、潜在的な力があるものなのだ。
 それは置いておいて、奥山氏の報告により、廃止後の姿を見ることができた。利活用が見出された駅舎もあるとのことで、どんな形であれ、鉄道の形が、少しでも残ってくれればと思う。また、本書では、鉄道が多く活躍していた当時の夕張の地形図も紹介されているので、様々に往時の繁栄を想像させてくれるものとなっている。今後、続編があるということなので、次号以降の楽しみとしたい。
 笹田昌宏氏による「日高本線&富内線 廃駅大全」は、2021年4月1日に廃止となった日高本線の鵡川駅以東の全駅跡と、かつて鵡川駅から分岐していて、1986年11月1日に全線が廃止された富内線から、3つの駅跡について、紹介したもの。
 日高本線は本当に不遇の線路だった。2015年1月の高波被害から、運行休止。放置状態が長引く間に路盤流出は深刻なものとなり、なし崩し的にそのまま廃止となった。その過程も不遇であったが、相応の利用のあった千歳線を利用した札幌直通急行列車が、千歳線の列車密度の関係から、廃止となったことは、日高線以外の環境要因によって、利用価値を下げられたものであったと言える。加えて、国内でも指折りと言って良い美しい車窓風景は、廃止を念頭に置く経営側からPRされることもほとんどなく、観光利用の促進もきわめて不十分だった。
 鵡川駅の先、海に面して急峻な岩山の下、太平洋岸を進む。厚賀駅を過ぎて、厚別川橋梁はまるで海の中の一本道のよう。海の真横にある絶景駅、大狩部駅は、しばしばそのロケーションから映画撮影等にも使用された。日高山脈が近づいてくる。初夏になってもまだ白い残雪を頂いて輝いて見えるだろう。牧場に囲まれた絵笛駅は、まるで絵本の中の世界。東町駅を出ると、ハイライトと言っても良い海岸の砂の上を線路は行く。岩山と太平洋の隙を通って、海に反射する光の中を走り抜けると、その先に見えてくるのは、名峰アポイ岳。とにかく美しい線路だったが、本書によれば、線路の一部や施設を残そうと言うクラウドファンディングなどの取り組みもあるとのことで、ぜひ成功してほしいと思う。また、国鉄時代の風格を残す本桐駅、浦河駅の駅舎は、なんとか活用してほしい。最後まで路線維持を訴えていた浦河町であれば、他の自治体にはない知恵を絞ってくれるのではないだろうか。本書では、それらの駅や、代表的な土木建築が一連の写真として紹介されている。日高線の魅力のほんの一部かもしれないが、伝わるものがある。
 富内線は、元を辿れば、富内からの資源搬出のため、北海道鉄道が1922年に開業した線路(北海道鉄道の名称は開業直後に変更されたもの)で、長い歴史を持ち、かつては、やはり同鉄道が所有していた現在の千歳線と一体となって運用されていたものだったことを知る人は少ないだろう。本書で紹介されている3つの駅跡は、現在も保存され、強い郷愁に誘われる風景をとどめている。
 半田亜津志と遊覧鉄道を愛でる会による「遊覧鉄道の廃線跡 その1」では、山形県上山市のリナワールドと北海道芦別市のカナディアンワールドにあったいずれも英国製車両を使用していた遊覧鉄道の廃線跡が紹介されていて、いずれもなかなかに趣深い車輛の写真などが掲載されている。本記事でも紹介されているが、芦別市のカナディアンワールドは、1997年の閉園後も、施設を市が無料開放し、遊覧鉄道「カナディアンロッキー号」も運行されていたのだが、それも2011年で終了してしまった。しかし、このカナディアンワールド、2020年春から、ふたたび無雪期の休日に開放されている。私も訪問したのだが、なかなか見て回ると楽しい施設だし、市民の方々が、がんばって施設の形を残そうとされていて、感激した。ただ、本記事にある通り、当該遊覧鉄道の施設は放置状態が続いている。私ももちろん見てきたのだが、寂寥たる雰囲気となっており、それはそれで味があるのだが、施設の性格を考えると寂しい。本記事によると、なんとか資金調達して、運行を再開しようという動きもあるようで応援したい。
 というわけで、一部の記事について、感想のようなことを書かせていただいたが、いい意味であいかわらずの趣味性の高い記事が集まっており、写真も貴重なものが多く、出来ることなら、現地に行ってみたいと思わされるものばかりでした。引き続き、続編に大きく期待しています。

廃線系 鉄道考古学 Vol.4 岡本憲之著

レビュー日:2022.9.5
★★★★★  今回もさすがの執筆陣による濃厚なレポートが集まりました
 2022年8月にイカロス・ムックから刊行された「廃線系鉄道考古学 vol.4」。  様々なライターが鉄道廃線跡の調査や、かつてあった鉄道路線や関連蓮施設についてまとめた報告を行うシリーズであり、前シリーズである全3巻からなる「消散軌道風景」に引き続いて、タイトルを「廃線系鉄道考古学」に変えてからは、本書で4巻目が刊行されたことになる。なので、通巻7巻目というイメージ。引き続いて、鉄道、廃線、産業遺産といったキーワードに反応性の高い趣味人には、ツボにはまる内容となっており、嬉しい限り。
 当巻では、カラー印刷部分が多彩なページに及ぶようになり、個人的に、大いに歓迎したいところ。まずは本巻の内容紹介を兼ねて、目次を転載しよう。
巻頭特集 軍艦島・高島 炭鉱鉄道栄枯盛衰  須永秀夫  2
Colum 三弦橋、今昔  奥山道紀  23
Colum 昭和13年5月東京鉄道局発行「新緑案内」より  角田聡  24
chapter01 山王谷森林鉄道(鳥取営林署)  平沼義之  27
Colum 沖縄「多良間島」のトロッコ車輪  増田憲治  38
chapter02 井笠鉄道の廃線跡を訪ねて〔中編〕屋掛線  糸目今日子  39
chapter03 伊香保ケーブル鉄道(関東鋼索鉄道)  角田聡  48
chapter04 遊覧鉄道の廃線跡〔その2〕  半田亜津志と遊覧鉄道を愛でる会&笹田昌宏  53
chapter05 道路兼用型軌道モーターカー  田島玲  59
chapter06 微小鉄道わずかな痕跡  軽探団サトウ  67
chapter07 鉄道研究部の大船工場見学会  名取信一  72
Colum 鶯谷駅のナベトロ  竹内昭  77
chapter08 足尾駅の保存車両〔機關車編〕  大脇崇司  78
産業用鉄道カタログ&パンフレット〔第7回〕 協三工業の英文カタログ  岡本憲之・阿部淳  90
chapter09 村松軌道  山内玄  101
Colum 人知れず消えた名もなき鉄路  北川潤  115
chapter10 日立にあった謎の鉱山鉄道  西裕之  116
chapter11 日本煉瓦製造専用鉄道  宮田憲誠  119
Colum 現存する加藤製作所製3tロコの部品  岡本憲之  125
Colum 下仁田町歴史観のトロッコポイント  竹内昭  126
chapter12 炭都盛衰 明治から平成へ、「炭鉱」と「鉄道」の街・夕張の変遷〔後編〕  奥山道紀  127
chapter13 戦争で消えた沖縄県営鉄道  笹田昌弘  136
街角探訪 鉄道プラスα〔第7回〕 鶯谷風情の記録  山口雅人  140
Chapter14 ナローゲージの保存者〔第6回〕 神奈川県・山梨県・補足東京都編  日本ナローゲージ研究所  144
折込表 古河鉱業株式会社協三鑛業10トンDL 入換動車 形式写真 須永秀夫
折込表 古河鉱業株式会社協三鑛業10トンDL 入換動車 五面図 須永秀夫
 いつもと同様にギュッと内容の詰まった一冊。
 今回もスペシャルゲストとして招かれている平沼義之氏のレポートは、最近では、毎回ゲストだし、もうレギュラー枠確定にしていただけると、喜ぶフアンの方も多いのではないか。自分もその一人。
 このたびは、鳥取県内にある山王谷森林鉄道をレポートする。氏が運営する某有名サイトでは報告されていない内容となるが、これが素晴らしいもので(なぜ今まで未報告?)、森林鉄道の廃線跡として、おおよそ理想的と称したいものがすべてそろっている。手彫り隧道、切り通し、桟橋、橋梁跡と言ったオブジェクトはもちろん、この路線の特徴は、そのほとんどに線路が残っている点にある。これは、豪雨被害で、路線網が寸断されたまま廃止となったため、線路の搬出が出来なかった理由によるそうだ。掲載されている数々の写真は、神々しいほどの美しさで、探索の危険な要素に目をつぶれば、楽園と称しても過言ではない。ネット上での既報がないわけではないが、さすがに平沼氏のレポートは内容が濃く、地形図上に描かれた詳細な線形に照らし、様々な写真が紹介されているので、森林鉄道特有の線形を、地形図と比較しながら楽しむという抜群の悦楽に浸れるレポートである。この一編に目を通すだけでも、本書を買う価値はある。もちろん私見だが。。。
 他にも、須永秀夫、奥山道紀、岡本憲之、笹田昌弘と、業界内のそうそうたる顔ぶれが集まっている。
 軍艦島(端島)のレポートは、かつてこの島にもあった軌道輸送手段に焦点を当てたもので、閉山直後の貴重な写真がカラーも含めて掲載されている。
 今回も遊覧鉄道が取り上げられているが、最近廃止されたという能勢電鉄直営の「シグナス森林鉄道」の姿は、郷愁を誘うものだ。その存在が失われたのは寂しい。
 「道路兼用型軌道モーターカー」については、JR北海道が開発していたDMVや、阿佐海岸鉄道株式会社が実際に運用しているものがやや知られているが、その他にもかつてから様々な開発の試みがあったことに関するまとめ。1960年にすでに「形になっていた」ことに驚かされた。
 「微小鉄道わずかな痕跡」も、私には楽しい企画。名古屋市内で、舗装路面に埋まるようにしてかろうじて残るごく短い軌道の跡について、その由来を紹介してくれる。
 「戦争で消えた沖縄県営鉄道」では、かつて沖縄島にあった鉄道網の紹介。かつて、沖縄県に鉄道があったことを知る人はそれなりにいるけれど、まとまった報告は少ないと思われるので、これもまた参考になるレポートだった。
 奥山道紀氏の夕張関連2編は、いずれも北海道在住で、夕張に思い入れのある私には感慨深いもので、あの美しかった三弦橋や、様々な廃線跡の風景は、心を強く動かされるもの。廃線跡風景は、できればカラー印刷で紹介してほしかった。
 他の報告もいずれも、さすがは第一人者の報告であり、その知識や造詣の共有に与かれることが嬉しい。毎回楽しみにさせていただいている当シリーズが、今後も末永く巻を重ねていくことを望む。

廃線系 鉄道考古学 Vol.5 岡本憲之著

レビュー日:2023.3.10
★★★★★  鉄道文化を多面的にまとめた読み応え・見応え十分の一冊
 2023年2月にイカロス・ムックから刊行された「廃線系鉄道考古学 vol.5」。
 様々なライターが鉄道廃線跡の調査や、かつてあった鉄道路線や関連蓮施設についてまとめた報告を行うシリーズであり、前シリーズである全3巻からなる「消散軌道風景」に引き続いて、タイトルを「廃線系鉄道考古学」に変えてからは、本書で5巻目が刊行されたことになる。なので、通巻8巻目というイメージ。引き続いて、鉄道、廃線、産業遺産といったキーワードに反応性の高い趣味人には、ツボにはまる内容となっており、嬉しい限り。
 当巻では、中央にカラー印刷ページが集められている。今回は、時代的にも白黒写真データが中心的であるが、カラー対応可能なものは、おおむねカラーページに集約された感があり、ありがたい。まずは本巻の内容紹介を兼ねて、目次を転載しよう。
官営八幡製鐵の工場鉄道 世界遺産となった製鉄所内の鉄軌道伝説  2
chapter01 大井川電力開発専用軌道 令和の時代を廃止る元祖森林鉄道&トロッコ列車の原点を探る  24
chapter02 大河津分水の工事鉄道 土木に活躍した仮設軌道たち、その1  32
chapter03 登別温泉軌道 馬車から蒸気軽便、そして電気鉄道へ  41
chapter03 足尾銅山の鉄軌道 知られざる日本初の電気鉄道と索道  45
chapter04-1 足尾銅山の鉄軌道【特別編】 1984(昭和59)年の足尾線  52
足尾銅山図(1:12000/大正6年9月現在)  折込表
足尾銅山関連ポストカード  折込裏
基地の隅にあった…知られざる鉄道車両(?)  56
街角探訪プラス特番α スペシャル編 その時代を捉える写真 原宿・渋谷  58
色つきポストカード  62
chapter05 砂利とトロッコ 河川から砂利を運んだ軌道  67
chapter06 木曽森林鉄道 木材搬出のために敷設、有名な長野県の「森林鉄道」  73
出先であったお役御免たち その①  78
chapter07 日立の鉱山鉄道 (前編) ヤマから発展した企業城下町  83
chapter08 信達軌道から福島交通へ 福島交通飯坂線、その元祖は路面軌道だった  88
chapter09 桟橋の鉄道 失われた荷役を担うレールたち  92
街角探訪鉄道プラスα 第8回 鶯谷周辺の記録2  96
産業用鉄道カタログ&パンフレット第8回 特別編  100
 毎回、様々なゲストラーターの招へいが定番化していると思っていたが、今回は、鉄道研究の権威のお二人である岡本憲之氏と山口雅人氏による文・写真・資料(含・歴史写真)紹介により構成されており、その知見の深さと広さにあらためて感服させられる内容となっている。
 まず、冒頭に置かれた「官営八幡製鐵の工場鉄道」が質・量の両面で圧巻であり、この製鉄所の歴史を、鉄道という立脚点から俯瞰できる内容となっている。1901年の創業時、工場内には、粗鋼、鋼材料の運搬を目的として、軌間1067mmの鉄道が22kmに渡って敷かれた。現在でも、多くの製鉄所では、工場内で鉄道による運搬を行っている。これは、「運ぶものが重い」ためである。しばしば、鉄道が、軍事の面で重要なインフラとして指摘されるのは、「大量輸送が可能」なことと共に、道路では負荷に耐えられない「重いもの」を搬送することが可能だからである。現在でも当該製鉄所内では、資材搬送用の鉄道線が運用されているが、その全長は1925年で176km、戦時下の1944年には359kmに達したというのだから驚かされる。電化区間はほとんどなかったため、176両の蒸気機関車が運用されていたという。
 八幡製鉄所は、国内の鉄道敷設史においても重要な働きを担っていた。それはレールの生産である。八幡製鉄所が製鉄を開始した1901年の時点で、レールは海外のものが輸入されていた。しかし、八幡製鉄所における斜動式平炉の稼働により、鉄鉱石のリンを効率的に除去することが可能となることで、質の良い鉄が生産可能となった。そして、ついに1930年には、レールの国産化率は100%となる。
 本書では、数々の貴重な写真が紹介されているが、広大な工場域には、秩序と混沌が同時にあるすさまじい光景が繰り広げられ、ホーエンツォレルンやボールドウィンの蒸気機関車が行き交っていた。まさに近代史の重要な1ページである。最近、私の住む北海道でも、製鉄に必要な石炭・炭鉱、搬送に必要な鉄道・港、そして製鉄に関わった工業施設等の産業遺産を「炭・鉄・港」というフレーズでまとめて、その歴史に係る資料や遺産の保存や公開展示が考えられるようになっている。
   戸畑と八幡の両操車場を結ぶ専用鉄道・炭滓(くろがね)線6.3kmについては、かつて鹿児島線を越えていた荘重な陸橋(枝光橋;別用途で現存)や、岸壁からの資材搬送に索道、あるいは一部電化運用されていた区間の様子、さらには2020年現在のくろがね線の写真もあって、様々な興味を満たしてくれる記事となっている。
 次いで、私は北海道に住んでいることもあり、「登別温泉軌道」の記事も特に興味深かった。登別温泉は、1905年に日露戦争の傷病兵の保養地として開場し、1915年には登別駅との間に8.7kmの馬車鉄道が設置された。この鉄道は、1920年に全長8.9kmの蒸気機関車による軌道となり、1925年には762mmを1057mmに改軌の上、電化され、路面電車が走るようになるなど、短期間で、めまぐるしくヴァージョンアップされたが、1933年に鉄資材の不足等により廃止となっている。本書では、馬車鉄道時代、蒸気機関車時代、路面電車時代それぞれの写真を併せて掲載してくれているので、ありがたい。
 本書の中央でページを割いて、足尾鉱山関連の鉄道が紹介されている。足尾鉱山で、1891年に本山坑~古河橋で架線集電式の電気鉄道が、国内初の実用的な電気機関車による鉄道として運用が開始されたのだそうである。また同鉱山内の鉄道では軌間609.6mm、475mmといった、非常に珍しい規格のものが用いられていたとのことで、紹介されている写真を見ると、まるで庭園鉄道か大型模型のようなかわいらしさである。カラーで紹介されている1984年の足尾線の写真、1917年の足尾銅山図など、多角的に視覚情報を掲載してくれている。
 「砂利とトロッコ」では、「消散軌道風景 Vol.1」で紹介された下河原線の末端風景等が紹介される。砂利採取船と箱トロの風景など、貴重な写真である。
 「信達軌道から福島交通へ」も今はなき鉄道のことを教えてくれる記事で、1908年に東北線福島駅と長岡(現・伊達)駅周辺に路線網をもっていた軌間762mmの路面鉄道で、東北線との立体交差の上をかわいらしい蒸気機関車が客車を押している写真などすばらしい情景が紹介されている。福島交通飯坂線として現存する福島ー飯坂温泉間を除き、他の路線は1971年にすべて廃止となった。
 「桟橋の鉄道」では港湾設備としての桟橋に敷かれた鉄道線を指す。室蘭港のふ頭、函館港の鉄道院桟橋など、かつての輸送の動脈を担った風景が紹介されている。
 その他大井川鉄道の前身である「大井川電力開発専用軌道」や、「木曾森林鉄道」については、鉄道フアンであれば、すでに摂取している情報の多いものであるが、あらためて写真等、本書でまとめられた。「大河津分水の工事鉄道」などの一過性の鉄道への着目は、編者、そして当シリーズらしい一篇。全体を含めて、いつものように、鉄道の文化的価値、鉄道風景の抒情性、そしてかつてあった鉄道の記録など、様々に読み手に訴えかけてくる一冊となっている。今後も、巻数を増やしていくことに期待したい。

廃線系 鉄道考古学 Vol.6 岡本憲之著

レビュー日:2023.12.6
★★★★★  知られざる鉄道や軌道の歴史と、失われた線形を、読み手に辿らせてくれます
 2021年からシリーズが開始された「廃線系鉄道考古学」。ほぼ1年に2冊の刊行ペースで、このたびめでたく第6巻の出版となった。このたびも、その世界を代表する強力なライター陣を揃えている。前号(第5巻)が岡本憲之氏と山口雅人氏のお二人の記事を中心としたものだったので、多彩なライターが集った本巻は、第4巻以前の体裁に戻った感じであり、また、実際に第4巻以前に掲載された記事の続編にあたるものも多い。
 まず、内容の概略紹介がてら、目次を転載させていただく。
めぐり逢いナローゲージ~魅惑的せまいせんろの世界~ 須永秀夫・江川一己・大脇崇司・岡本憲之 2
chapter01 山梨県林務部塩山林務事務所 西沢森林軌道“奥地探索” 平沼義之 20
Column 赤村トロッコ油須原線の元・神岡鉱山車両 竹内昭 32
chapter02 井笠鉄道の廃線跡を訪ねて 〔後編〕 神辺線井笠鉄道三部作? 神辺線探索でここに完結!糸目今日子 33
早春の鹿瀬 末期の鹿瀬電工専用線 内田良治 43
Column 日本製鉄八幡製鉄所くろがね線のいま 竹内昭 60
chapter03 幻の長岡市営トロリーバス 未成の無軌条電車 片倉穂乃花 61
chapter04 芦生森林鉄道(芦生研究林森林軌道/本谷軌道) 京都の山奥に密かに残る軽便鉄道? 笹田昌宏 71
chapter05 遊覧鉄道の廃線跡 〔その3〕 新潟は長岡おぐに森林公園のSL列車 半田亜津志と遊覧鉄道を愛でる会 79
chapter06 神流川国鉄砂利線と小山構内水戸短絡線 ふたつの短い廃線 角田聡 82
Column 東海村の村松軌道企画展レポート 山内玄 86
chapter07 変貌した小松駅とその附近 国鉄(JR)小松駅・遊泉寺銅山専用鉄道の小松派出所・北陸鉄道の小松駅・尾小屋鉄道の新小松駅 宮田憲誠 87
chapter08 西武鉄道の神出鬼没な小型機関車発見伝 電気部所属だった知られざる鉄道車両 西裕之 96
Column 白嶺鉱山跡のナベトロ 竹内昭 98
chapter09 〔続〕炭都盛衰・明治から平成へ「炭鉱」と「鉄道」の街・夕張の変遷 夕張から西を目指す夕張鉄道 奥山道紀 99
chapter10 秩父に残る陸軍九七式軽貨車改造運材貨車 山奥の河川敷にある鉄道聯隊の遺産 竹内昭 108
chapter11 ドコービルの歴史と機関車の謎を解くⅠ 軌匡式鉄道を発明したメーカーの知られざるヒストリー 林博昭 110
街角探訪鉄道プラスα〔第9回〕 京王線代田橋から明大前方面へ 山口雅人 120
chapter12 ナローゲージの保存車 第7回 長野県編1067㎜未満の全国の保存車両をくまなく調査 日本ナローゲージ研究所 124
あとがき 岡本憲之 130
 毎回、カラーページの増量を望んでいるけれど、今回のカラーは、冒頭の「めぐり逢いナローゲージ~魅惑的せまいせんろの世界~」のみということで、その点は少し残念。けれども、この冒頭の特殊軌道の特集は、本書ならではの着眼性があり、かつ掲載されている写真もいずれも魅力的なものばかりで、本書を購入された方の多くが満足される内容となっていると思う。
 直後に、関連情報のネット発信の草分け的存在で、多くのファンがいる平沼義之氏のレポートとなる。このたびの探索対象は、山梨県の西沢森林軌道である。この軌道跡は、起点側が一定区間、軌道を残したままの状態で「西沢渓谷遊歩道」として整備されているため、観光地としてファンのみならずそれなりの知名度のあるものである。しかし、本編の探索の対象は、その「奥の部分」である。レポートは、氏が2016年に1泊2日で行った探索中に撮影した写真を中心にまとめられているが、驚くべきは、その写真から想像されるかつての軌道の姿であり、その信じがたいほどの勾配や急カーブは、軌道による搬送の限界を追求したもののように思えてしまう。平沼氏による同シリーズへの記事としては、Vol.1の早川林用軌道以来の「山梨県林務部物件」とも言える。管轄する山岳地形が厳しいこともあるが、山梨県林務部に、軌道やインクラインを駆使した様々な送材に果敢に挑んだ組織というイメージを持っている方は多いだろう。そのような方でも、ここで紹介されている写真には、驚いてしまうのではないだろうか。少なくとも、私は度肝を抜かれました。すごいわ、これ。
 笹田昌宏氏が報告対象とした芦生森林鉄道(京都府)も、京都大学の研究林にあったこともあり、往時のレールが残されているとのこと。本書では、1989~99年に撮影された廃線跡の写真を交えながら、その路線史、歴史的な写真を紹介してくれている。中でも80年代後半から90年代はじめまで残っていたという、木橋たちの姿は、感動的なものとなっている。
 奥山道紀氏の報告は、私が住む北海道の鉄道史の偉大な伝い手として、機会があるたびにあちこちで拝読させていただいているが、この度は、2022年の夕張鉄道の廃線跡の報告である。私は、2019年に石勝線の夕張支線が廃止となって以降、それまで年数回は訪問していた夕張市に、とんと足が向かなくなっていたのであるが、この2023年は、4年ぶりに訪問する機会を得た。2度訪問し、1度は渇水でダム底から姿を現した鉄道橋を見に行ったのであるが、もう1度は、この夕張鉄道の錦沢駅跡を見に行った。その際は、奥山氏と同様に、道道札幌夕張線の錦冬橋から踏み込んだのであるが、半廃道化した林道、融雪の泥水で悪戦苦闘したものである。錦沢駅跡にたどり着いたのは夕刻だったので、隧道跡までは進まなかったが、本レポートによると「周囲は熊の生息地であり、単独での行動はお薦め出来ない」とあり、たしかに、視界も開けておらず、かなりドキドキする道行だった。それはおいておいて、奥山氏の報告は、1号隧道の栗山側坑口もしっかり撮影されており、さすがである。また新二岐駅から分岐していた角田炭鉱への支線(専用鉄道)も、報告対象となっている。この支線は電化されていて、旭川市街軌道から譲受した電車が走っていたことでも知られるが、その当時の貴重な写真も紹介いただけている。ところで、この分岐駅だった新二岐駅の駅舎は、最近まで、その瀟洒な姿をとどめていたが、2023年中に取り壊されてしまったのは、きわめて残念なことである。奥山氏のレポートでもそのことに触れてあって、私には琴線に響くものであった。
 その他にも、小山や小松といった地方都市の鉄道史のディープな部分を掘り起こすレポートであったり、知る人がきわめて限られる軌道の紹介であったり、いつもながらに興味の尽きない記事で満たされていた。ちょっと時間のあいたときに、思わず手に取ってパラパラとめくってしまう。そんな小さな幸せをくれる1冊となっています。

幻の北海道殖民軌道を訪ねる―還暦サラリーマン北の大地でペダルを漕ぐ 田沼建治著

レビュー日:2016.2.19
★★★★★ 趣味人の「愛」が強烈な共感を呼ぶ名著です
 田沼建治(1947-)氏による「幻の北海道殖民軌道を訪ねる」と題した1冊。首都圏に住み、会社務めしながら、何度も北海道を訪問しては自転車で殖民軌道の廃線跡を辿る著者。
 私は本書を読んで、すっかり著者のファンになってしまった。といっても、投稿日現在ご著作はまだこの1冊きりのようである。
 田沼氏の文章は、とてもテンポが良く心地よい。説明的なものは、極力量を抑え、その一方で著者の見ているものや感じていることは簡潔によく伝わる。主体的なテイストを与えるレトリックも巧い。もちろん、文章を書く能力というのは、私もそうだけれど、ある程度社会組織に身を置く機会があれば、否が応にも身につけなくてはならないものだ。プレゼンテーションなど人にアピールすることも求められるから、大抵の人にとって「表現する」ことは、それなりに習得する能力ではある。しかし、それに加えて、味わいやユーモアを交え、読み手に悦楽を感じさせるとなると、これは作家としての能力があるということになる。田沼氏は、本書が初めての著作ということだが、それを感じさせぬこなれた自己流の表現を使う。田沼氏の経歴、余技には収まらぬ文章の能力、そして根底にある鉄道への愛といったものは、宮脇俊三氏(1926-2003)を彷彿とさせる。
 田沼氏の旅は北海道の殖民軌道の廃線跡を辿るものである。彼が若いころから、殖民軌道に特別な気持ちを寄せていたことは、本書の全体からじわじわと伝わるのだけれど、彼はそれをくどくどと説明することはしない。私も田沼氏と近い趣味の持ち主である。自転車はやらないけれど、交通機関や車を利用して、時には登山靴とクマ撃退スプレーを持って人の踏み込まない藪や廃墟を辿る。
 「何が面白いのか」。いろいろと書くことは出来るだろう。けれど、面と向かって「なにが面白いのか説明してくれ」という人がいたとして、説明するだろうか。そもそも「面白さを説明する」というのは不可能に近いことではないか。感性や感応性、ある事柄が興味深いというトリガーがあってはじめて「面白い」という「理解の仕方」は分派するものであるのに、その誘引するそもそものものが欠損している第三者に対し、説明は無効だ。「○○が面白い」と説明しても理解できまい。むしろ逆効果だろう。要は、自分のわからないことを「どこが面白いのか説明してくれ」などと言うのは、「面白い(interesting)」の意味を基本的に理解していないのである。登山家ジョージ・マロリー(George Mallory 1886-1924)の「そこに山があるから」の意の言葉が広く伝わったのは、「趣味世界における説明することの無意味さ」の恒久的な原理を端的に指摘したからだ。
 つまり、田沼氏は、そこの部分の説明に労力を費やすことはしない。私はそれが良いと思う。人によっては、なぜそれほど惹かれるのか教えてほしい、と感じるかもしれない。けれども、説明することが、無理解と誤解を増長させるだけになることはよくある。「理解しがたいもの(人)」の場合、特にそうだ。
 しかし、田沼氏の文章を読めば、理由は分からなくとも、そこに喜びを感じるという氏の気持ちは、よく伝わる。そういう風になっている。さらに面白いのは、ときどき天気だとか、その他の理由で何かうまく進まない事態に直面したとき、ふと「自分は何をやっているんだか」といった我に返る俯瞰視点がしばしば顔をのぞかせるところである。これも、私たちのような趣味の人間には、ときどき心に舞来るもので、その正体が自分の本心なのか、それとも社会への従属のため教育とかによって埋め込まれたものなのか、よくわからない。けれど、そんな瞬間が過ぎたら、私たちは、すぐ趣味の世界に戻る。なぜか?・・「わかりません」。わからないから素晴らしい、と思いましょう。私は、ヘンリー・ソロー(Henry Thoreau 1817-1862)のことばを思い出す。「人は自分自身の幸せの考案者である。」
 さて、簡易軌道とは何か?についても少し書いておこう。これは北海道にのみ存在した狭軌の鉄道で、道東道北を中心に、1920年代から敷設が開始されたものだ。その総延長は600kmを越えていたという。これらの軌道の目的は殖民である(殖民軌道とも称される)。つまり、北海道の厳しい気候の未開の地に、人々を定住させ、開拓し、生産の拠点を作り、地域と国を富ませるためである。また、北海道は石炭や木材といった資源も豊富であったため、これらの輸送に供されるものも多かった。しかし、殖民軌道は歴史的な役割を終えたものから去って行き、1972年に北の大地から姿を消した。
 この殖民軌道、その歴史などについてまとめた資料はきわめて乏しい。運よく町史などに編算されるものもあるが、その記述内容はごく一面的なものに限られている。旧地形図を見ることで、せめてその線形を知ることはできるが、地形図にさえ記載されなかったものもある。その姿をそれと分かる形で伝えるものは極めて限られている。しかし、田沼氏は現地での人との触れあいから、様々な貴重な情報を引き出していく。例えば日高地方にあった貫気別の殖民軌道、これは他のどの鉄道線とも接続していないという点で、きわめてユニークな存在なのであるが、現在まで、その軌道がどこを通っていたのか、明確に示す資料は存在しない。しかし田沼氏は様々な情報を交え、廃線跡を見出し、本書では地勢図に書き込む形でその線形を甦らせてくれている。これ自体が貴重なものに違いない。
 それと、田沼氏の淡々とした文章は、時として北海道の厳しい現状をも示す。あとがきに以下のことが記されている。「(本書執筆の過程で)弟子屈で泊まったホテル慶楽荘や養老牛温泉の花山荘は、もう旅館は閉鎖されていることも知り、北海道の厳しさをあらためて知らされることにもなりました。今日や昨日の経済混乱にかかわらない、北海道であるがゆえの特別な厳しさをつくづく思います。実際に北海道の山間や海辺の、あるいは平原のなかの集落を回っていると、明治以来の、その時々の生産力強化政策のもとに、多くのお金と多くのひとびとの労苦・犠牲を注ぎこんできり拓いてきた北の大地が、いまはもう見切りをつけられて、ひょっとすると蝦夷地だった昔に戻ってゆくのか、との恐怖感にとらわれそうになったりすらします。」
 これは私もよく思うこと。北海道はかつて「国外地」であった。少なくとも江戸幕府のころは、現在の八雲町の山越に関所を設け、「ここより北は幕府の管轄外地」としていたのである。その後、明治期の入植から、先人たちの想像を絶する苦労の末に切り開かれた土地が、わずか百数十年を経て、各地で荒廃し、次々と元の山野に戻ろうとしている。何年かぶりで同じ場所を訪問すると、宿がなくなっている、駅がなくなっている、店がなくなっている。それだけでなく、集落がなくなり、生活基盤そのものが根こそぎ失われている。北海道という土地自体が、ごく一部の例外を除いて、見捨てられ打ち捨てられていく。莫大な労苦により、その地を切り拓いた人たち、その土地を守ってきた人たちが、時代の変遷と統治者の都合で、あっさりと捨てられようとしている。その残酷な現場の数々を目にする。
 本書を読んで、自分が愛する北海道が、それでもぎりぎりその姿を保つのは、あと何年のことだろうと、ふと思う。まるで、廃線跡や廃墟を探訪していて、急に「我に返る」みたいに。しかし、そうは言っても、その残り香を可能な限り楽しみたいと思う。それと、田沼氏には、ぜひとも続編の執筆をお願いしたい。

廃駅ミュージアム 笹田昌宏著

レビュー日:2016.3.1
★★★★★ とても良い本ですが、個人的に様々な思いが交錯します
 医師であり、趣味の鉄道に関する著作も多くある笹田昌宏 (1971-)氏による「廃駅ミュージアム」と題した一冊。写真集であり、写真付き解説本的な部分もある。カラーページと白黒ページの混合で、全国各地の廃駅の「今」の姿が紹介されている。また、廃墟写真家としても著名な丸田祥三(1964-)氏による写真が巻頭を飾る。
 私の住んでいる北海道には、私鉄線、国鉄線を含め、無数と言っていいくらいの廃駅がある。それらの総数は、現役の駅を軽く凌駕するくらいだ。また、現役線であっても、続々と駅が廃止されている。2016年3月中にも、根室線、石北線、函館線、石勝線で、それぞれ1~4駅が廃止となる。
 70年代の時刻表を見ると、廃止された路線の多さとともに、例えば石北線の上川-留辺蘂間など、当時存在した駅の多くが鬼籍に入っていることがわかる。その割合は、当該区間の場合、この3月をもって5割を越えることになる。
 そもそも、国鉄再建化の名目で行われた民営化という手法に、北海道に関しては相当な無理があった。交通という地方を支えるインフラを、他の付加価値から切り離して、単独の収支だけを目安とする手法がいびつで不合理なものだったのだ。地方線の廃止は、地方の過疎化に拍車をかけ、その結果、他の幹線の利用者まで減少するという負のスパイラルに陥り、地方は惨澹たる状況だ。国鉄再建化法の下、廃止対象とされた路線以外にも廃止の触手は延びる。運営する会社も、いかに自治体や国から補助金を得るかの口実を探すことに一生懸命。魅力的な列車を走らせたり、利便性の高い駅を設置したりする経営努力も、「自治体負担ありき」で開き直り、開発もすすまない。その上、自治体側の理解も低い。
 そのような状況だから、鉄道に乗るのが好きな私も、乗る機会が増えているとは言い難い。魅力的な路線や駅が続々と消えていく状況で、それでも、もちろん残った路線に乗るのは楽しいが、そこには痛々しい切なさが同居するようになった。
 そんな痛々しさを緩和するように廃駅を巡る様になった。私の場合、自分自身がかつて乗った路線や乗りたかったけどついに乗る機会に巡り会えなかった路線への思いとともに、私の父が70年代に蒸気機関車などの撮影に訪れていた各地への思いがあって、廃駅や路線跡を訪ねることになる。しかし、廃駅というのは、そう都合よく残っていてはくれない。周辺管理の面から撤去され、あっさりと更地になり、荒野へと戻っていくものがザラだ。自分が幼少のころおとずれた駅に想い出の痕跡を探そうと思って再訪しても、がっかりさせられることが多い。あまりにも何もないから。
 しかし、本書には、幸いにもその痕跡を最近まで伝える駅たちが紹介されている。
 駅の中には、地元の人たちの愛情により、なんらかの形で保存されているものもある。また、単に撤去の必要がないという後ろ向きな理由によって痕跡を残しているものもある。その双方が、本書では紹介されている。
 いずれにしても、私は鉄道に乗るとともに、そういった駅たちを訪ねることを始めた。廃駅には列車で行くのは難しい場合が多く、そうなると、どうしても車で出かけてしまうので、列車にのる頻度が下がってしまうのだけれど、そこは痛しかゆしである。そんな私にとって、本書は、廃駅たちの、かなり新しい状況を伝えてくれる手引きとしても、とても有用なものだと思う。旅情と郷愁を誘う美しい写真集である、というだけでなく、旅の案内書でもある。
 本書に取り上げられている駅から、いくつか私にとって感慨深い駅を紹介しよう。
 胆振線の蟠渓駅は、廃止2年前に列車で来たことがある。曲線状のホームが印象的な、長流川の渓流に近い駅。集落から階段を上がったところにそのホームはあった。そして、今も、そのホームが静かに佇んでいるのを見ることができる。
 標津線の奥行臼駅は、開拓に功績のあった駅として、別海町によって保存されていて、すぐ近くには別海町営殖民軌道のDL機関車と自走客車も静態保存されていて素晴らしい。ぜひとも訪れるべき施設となっている。
 幌内線の唐松駅、万字線の朝日駅なども良好に保存され、最近では空知地方の産炭地を舞台にしたアート展の会場などにも利用されていて、廃駅の利用形態の一つとして、望ましいものを示してくれている。
 また、深名線の鷹泊、政和、沼牛、添牛内といった駅たちは、廃止からまだ20年しか経っていないことや、付近の人口密度が低いこともあって、まだその雰囲気を色濃く残しており、駅舎も別の目的で利用される形で残っている。しかし、毎年の豪雪を経るごとに、痛みは増しており、興味のある人は、是非とも早くに訪問することをオススメしたい。
 美幸線の終着だった仁宇布駅跡は、駅舎は残っていないが、仁宇布駅から線路約5km分が保存されていて、観光客がエンジン付きの自走カートで走れる施設となっている。私も乗ったことがあるが、緑の中、いくつもの渓流を越えて走るのはとても清々しく、気持ち良かった。これも好ましい利用例の一つに違いない。
 それにしても、北海道の場合、無数と思える廃駅のリストは、旅情や過去への思いを誘う一方で、この地の厳しさをも強く印象付けるものである。しかも、いま現在、日高線が見通しのたたない不通状態となっている。私個人的な思い入れによって、日高線が復旧するまでは、限られた経営資源を浪費する北海道新幹線など、利用しない、と誓う。

廃駅。(イカロスムック) 笹田昌宏著

レビュー日:2017.9.28
★★★★★ 郷愁をさそい旅情へいざなう廃駅たちの美しい姿
 医師であり、趣味の鉄道に関する著作も多くある笹田昌宏 (1971-)氏による全国の廃駅を紹介する1冊。著者の視点で8つのテーマに分類し、計100の駅を写真と簡単な文章で紹介してくれている。また、各廃駅の所在地付近の地図も添付されており、訪問の手助けにもなるように工夫されている。
 紹介されているのは、以下の各駅。
第1章 枯れ具合がたまらない「廃駅」13駅
 奥行臼(標津線)
 善宝寺(庄内交通湯野浜線)
 泰久寺(倉吉線)
 香草(可部線)
 川上(ちほく高原鉄道)
 才田(漆生線)
 常光寺前(島原鉄道)
 坪川(南部縦貫鉄道)
 土居(可部線)
 野路(大分交通耶馬渓線)
 能登三井(七尾線)
 町田(宮原線)
 両備国分寺(井笠鉄道)
第2章 駅舎が素晴らしい「廃駅」12駅
 天瀬(同和鉱業片上鉄道)
 小平井(井笠鉄道)
 上利別(ちほく高原鉄道)
 安芸飯室(可部線)
 朝日(万字線)
 井波(加越能鉄道)
 加賀一の宮(北陸鉄道石川線)
 上興部(名寄線)
 加悦(加悦鉄道)
 大社(大社線)
 忠類(広尾線)
 博物館動物園(京成電鉄本線)
第3章 ロケーションが素晴らしい「廃駅」13駅
 木津の浜(雲仙鉄道)
 下風呂(大間線)
 本山(鶴見臨港鉄道)
 卯原内(湧網線)
 神居古潭(函館線)
 七百(十和田観光電鉄)
 士幌(士幌線)
 志免(勝田線)
 龍石(島原鉄道)
 殿賀(可部線)
 羽安(鍛冶屋線)
 原城(島原鉄道)
 分線(ちほく高原鉄道)
第4章 活きている「廃駅」13駅
 白地(大分交通耶馬溪線)
 新山(井笠鉄道)
 陸別(ちほく高原鉄道)
 秋保温泉(秋保電気鉄道)
 有家(島原鉄道)
 金屋口(有田鉄道)
 吉ヶ原(同和鉱業片上鉄道)
 月潟(新潟交通)
 新内(根室線)
 万世橋(中央線)
 三井芦別(三井芦別鉄道)
 矢掛(井笠鉄道)
 若柳(くりはら田園鉄道)
第5章 終着駅が「廃駅」13駅
 加津佐(島原駅)
 北見相生(相生線)
 三段峡(可部線)
 熱塩(日中線)
 鍛冶屋(鍛冶屋線)
 上砂川(函館線)
 北見滝ノ上(渚滑線)
 七戸(南部縦貫鉄道)
 谷汲(名古屋鉄道谷汲線)
 仁宇布(美幸線)
 三木(三木鉄道)
 美濃(名古屋鉄道美濃町線)
 三保(清水港線)
第6章 ユーモラスな「廃駅」12駅
 木坂(可部線)
 北里(宮原線)
 北里大学前(十和田観光電鉄)
 訓子府(ちほく高原鉄道)
 計呂地(湧網線)
 小松島(小松島線)
 中湧別(名寄線)
 西有家(島原鉄道)
 西春別(標津線)
 平恒(上山田線)
 松森(名古屋鉄道美濃町線)
 水内(可部線)
第7章 もったいない「廃駅」12駅
 安徳(島原鉄道)
 出市(岩日北線)
 小利別(ちほく高原鉄道)
 近江今津(江若鉄道)
 大曲(湧網線)
 上常呂(ちほく高原鉄道)
 田名部(下北交通大畑線)
 筑前簑島(筑肥線)
 秩父が浦(島原鉄道)
 筒賀(可部線)
 十和田市(十和田観光電鉄線)
 平沼(東京急行電鉄)
第8章 記念碑的「廃駅」12駅
 有馬吉川(島原鉄道)
 加計(可部線)
 中村町(鍛冶屋線)
 足寄(ちほく高原鉄道)
 加世田(鹿児島交通枕崎線)
 上渚滑(渚滑線)
 上千々石(雲仙鉄道)
 清水(同和鉱業片上鉄道)
 下郷(大分交通耶馬溪線)
 戸河内(可部線)
 肥後小国(宮原線)
 深江(島原鉄道)
「廃駅」をたどる旅 井笠鉄道
「廃駅」都道府県別索引
「廃駅」にある保存車一覧
 廃駅というのは、旅情と郷愁を誘うものだ。ふだん都市部で生活しているものにとって、付近で利用している駅がなくなる、なんていうことは想像し難い。それは、たいていの場合、当然の様にあるもので、以前から利用してきたし、これからも利用していくものであろう。その意味に思いを馳せるなんてことも、あまりないだろう。
 しかし、地方にとっては、その前提はなりたたない。懐かしい思いの詰まった地域の顔であり、人が集まり、旅人を迎え入れる玄関口であった駅が、合理化等の名目で、失われることはままあることである。私の住む北海道ではそれが顕著で、80年代以降多くの線路が廃止された。自治体唯一と言って良いような公共性の高い他の自治体とを結ぶ交通機関が、豪雪期に唯一安定して運行していた交通機関が、時に100kmを越えるような距離で、地図上に大きな欠損を示すような形でゴソッと消えてしまうのである。その衝撃というのは、おそらく都市部に住み、その利便性を日常的に享受する人間には、理解しきれないものに違いない。
 なので、そのような駅舎が、廃止後も地域の人々によって守られていることも多い。しかし、保守は保守で費用がかさむ。本書で紹介されている趣深い駅舎、例えば川上、分線、上利別といった駅も、結局解体されてしまった。私は解体直前の上利別駅を訪問したことがある。国鉄時代から利用され、保線職員の宿泊部屋も残されている美しい駅舎で、所管する足寄町も保存を検討していたのだが、風害で破損し、修復のための数百万円が捻出できず、やむなく解体されてしまったのだ。それまで駅舎をがんばって残してきた地域の人々の気持ちを思うと、様々な気持ちが交錯した。
 上利別駅の場合、悲劇的な最後となってしまったのだけれど、廃駅に郷愁や旅情をかき立てられるのは、時代の大きな流れで翻弄され、抗うことさえゆるされなかった小さな地域の公共財への想いが、周囲の景色とないまぜになって、それを見る人の気持ちに迫ってくるからのように思う。
 全国これだけの廃駅を巡り歩いた著者の労力には感心する。私も鉄道で旅をしながら、北海道内の廃駅をめぐっているのだけれど、なかなか時間を要するものだ。それを全国規模で行うというのだから頭が下がる。
 ある程度、対象に偏りがあるのは、著者の労力や時間の制約を考えるとやむないところであろう。むしろ、ダイジェスト風にまとめられた本書は、廃駅探訪という趣味の入口を示したものと言えそうだ。これらの写真に心を動かされるものを感じた人は、是非、実際にいくつかの廃駅を訪れてみてほしい。駅ごとに、様々なものを感じられるに違いない。
 残念なのは、本書が第3章までカラーであるにもかかわらず、第4章以降が白黒印刷であることである。本書の主旨であれば、多少価格が上がっても、全頁カラーの方が良かっただろう。著者はその後も廃駅に関する紹介本を出しており、今後の活動にも期待したいと思う。
 なお、末尾にある『「廃駅」にある保存車一覧』は、あくまで本書で取り上げられた廃駅に限定的な情報となっています。参考まで。

廃線終着駅を訪ねる(国鉄・JR編) 三宅俊彦著

レビュー日:2018.3.9
★★★★★ 美しくも失われた「終着駅」たちをみて、鉄道の価値を、いま再考したい
 2010年に刊行された書。全国の国鉄線(JR線)のうち、廃止区間に存在した「終着駅」にスポットライトを当て、その往時の姿と、廃止直前の時刻表を紹介してくれる。写真かカラー白黒混合であるが、カラー写真はすべてカラーで紹介されているようだ。対象となっているのは、夕張駅や室蘭駅のように、線路長短縮により、駅が移転した「旧駅」も含む。他方で、「稚内桟橋」のように、紹介されていない駅もわずかばかりある。
 紹介されている駅を示すため、目次の項目を転載しよう。
【北海道地区】
函館本線南美唄駅 函館本線上砂川駅 松前線松前駅 瀬棚線瀬棚駅 室蘭本線室蘭駅(旧) 夕張線夕張駅 夕張線登川駅 幌内線幌内駅 幌内線幾春別駅 歌志内線歌志内駅 岩内線岩内駅 手宮線手宮駅 胆振線脇方駅 万字線万字炭山駅 富内線日高町駅 士幌線十勝三股駅 広尾線広尾駅 白糠線北進駅 美幸線仁宇布駅 興浜北線北見枝幸駅 名寄本線湧別駅 興浜南線雄武駅 渚滑線北見滝ノ上駅 相生線北見相生駅 標津線根室標津駅 根北線越川駅
【東北地区】
奥羽本線秋田港駅 黒石線黒石駅(弘南鉄道弘南黒石駅) 大畑線(下北交通)大畑駅 塩竃線塩竃駅 川俣線岩城川俣駅 日中線熱塩駅
【関東・中部地区】
東海道本線横浜港駅 相模線西寒川駅 中央本線武蔵野競技場前駅 中央本線東京競馬場前駅 五日市線武蔵岩井駅 吾妻線太子駅 清水港線三俣駅 東海道本線ナゴヤ球場正門前駅 飯田線西豊川駅
【新潟・北陸地区】
赤谷線東赤谷駅 弥彦線越後長沢駅 魚沼線西小千谷駅 富山港線(富山ライトレール富山港線)岩瀬浜駅 神岡線(神岡鉄道神岡線)奥飛騨温泉口駅 七尾線(のと鉄道七尾線)輪島駅 七尾線(のと鉄道能登線)蛸島駅 三国線芦原駅・三国駅・三国港駅 北陸本線敦賀港駅 柳ケ瀬線疋田駅
【関西地区】
東海道本線浜大津駅 片町線片町駅 関西本線湊町駅 福知山線尼崎港駅 東海道本線神戸港駅 有馬線有馬駅 篠山線福住駅 鍛冶屋線鍛冶屋駅 三木線(三木鉄道)三木駅 高砂線高砂駅 播但線飾磨港駅 舞鶴線中舞鶴駅
【中国・四国地区】
宇品線宇品駅・上大河駅 可部線三段峡駅 大社線大社駅 倉吉線山守駅 美祢線大嶺駅 鍛冶屋原線鍛冶屋原駅 内子線内子駅(旧) 小松島線小松島駅・小松島港駅
【九州地区】
室木線室木駅 芦屋線筑前芦屋駅 勝田線筑前勝田駅 香月線香月駅 宮田線筑前宮田駅 幸袋線二瀬駅 矢部線黒木駅 長崎本線長崎港駅 唐津線岸獄駅 世知原線世知原駅 臼ノ浦線臼ノ浦駅 柚木線柚木駅 細島線細島駅 宮原線肥後小国駅 高千穂線(高千穂鉄道)高千穂駅 妻線杉安駅
【幻の終着駅】
釜石線仙人峠駅 小本線宇津野駅 橋場線橋場駅 信越本線新潟港駅 越後線白山駅(旧) 新湊線新湊駅 宇部線沖ノ山新鉱駅 牟岐線古庄駅 日田線東小倉駅 日南線志布志駅(旧)
「終着駅で感無量!」後藤宗隆 
「思い出の駅舎を訪ねて」長谷川健治
国鉄・JR廃線年表
国鉄・JR廃止線区の終着駅チェックメモ
【コラム】
北海道の廃線 東北の廃線 関東・中部の廃線 関西・中国・四国の廃線 九州の廃線
 いずれも美しい郷愁誘う風景である。「終着駅」というのは独特の旅情がある。人生を旅路に例えることがあるが、延々と続いてきた線路がついに途切れるところ、それが「終着駅」である。そこまで列車に乗ってきた人は、みなこの駅で荷をまとめ降りていく。そして特有の風景が形成されるのだ。「終着駅」という言葉自体が美しい。これに類似する言葉として「波止場」というのがある。鉄道、船。いずれもその道中の過程に深い旅情を感じさせるものだ。飛行機や車といった他の交通機関においては、これに匹敵する美しい名詞はない。
 それにしても、これらの美しい終着駅たちが、いまやすでにこの世にないのは寂しい限りである。取り上げられている駅をご覧いただくとわかるのだが、北海道に圧倒的に多い。かつて私鉄王国という面も持ち合わせていた北海道であるが、今や公営鉄道を除けば、私鉄もすべて廃止。さらに本書刊行後、江差線江差駅、留萌本線増毛駅が鬼籍に加わった。無念の思いが心を占める。
 これらの鉄道が、地域にとって大切な公共財産であったことは明瞭であるのに、現在の日本では、ただの一企業の収益性という観点で論ぜられることがほとんどある。はっきり言って、多くの先進国では、広域の鉄道それ自体が単独でプラスの収支を上げることは困難である。しかし、これらの国では、例えば施設を国営、運行を民間委託という形で鉄路を維持しているところが圧倒的だ。なぜか。それは、「人の移動」の価値を見出しているからだ。最近、過疎地域でよく聞く言葉として、「交流人口」という言葉がある。普通、「人口」という言葉はその地域に住民票を持つ「定住人口」に置換される。しかし、その減少はいまの日本では必然だ。そこで「交流人口」が重要になる。その時間、その町や地域にいる人、例え一過性であっても、そこで過ごし、人と関わったり、経済活動を行ったりする人、その数を増やすことで、定住人口の減少による「過疎」と呼ばれる衰退を少しでも食い止め、地域の活性化に結び付くことができる。
 しかし、残念ながら、日本のいくつかの自治体がそのことに気づいた時にはすでに遅し。そのための、鉄道という強力なツールが、そのような自治体においては、ほとんど廃止されてしまっていたのである。かく言う私も、鉄道のある町とない町では、行く頻度が全然違う。それは、私が鉄道が好きだからという以上に、利便性の問題が大きい。全国どこを旅しても、時刻表一冊あれば、いろんなプランニングをして、旅をできる。鉄道とはそのようなツールなのである。外国からくる旅行者の多くが鉄道を利用するのも、そのような利便性ゆえだ。だいたい地域のバス路線なんて、よほど旅慣れた人でも、ルートもバス停の位置も時刻表もなかなか把握ができない。細かい運営会社にバラバラに分かれていて、乗り継ぎの担保も少ない。
 そのような観点で見れば、地域の人口が減っている現在こそ、鉄道の価値をいまいちど見直すべきなのである。少なくとも広域鉄道に関しては、「一企業が収益を上げるツール」という枠組みでしか評価しないのは、断じて違うのである。しかし、残念ながら、この国においては、地方の活性化を自らの責任として考える人は少なく、「地方のことは地方で勝手にやれ」「自分たちで知恵を絞れ」という人が多い。地方が疲弊し衰退した、そのあとに残った都市たちを、今度はどのような運命が待ち受けるのだろうか。
 そのような思いとないまぜになりつつ、本書をめくった。

新・消えた轍1 (北海道) (NEKO MOOK 1661) 寺田 裕一著

レビュー日:2016.9.6
★★★★★ 先行シリーズ「消えた轍」を、ヴォリュームアップし、関連情報も更新したものです。
 先に「消えた轍」として、2004年から2007年に刊行された全4巻の冊子は、「レイル・マガジン」の連載に、未掲載内容を加えたものだった。その内容は、全国で1945年~77年に廃止された私鉄線(大手私鉄を除く)について、かつての写真、現在の当該地の様子などをまとめたもので、データも含めて充実したものであった。
 しかし、数年の経過の後、これをパワーアップする形で、新たに編算されたのが「新消えた轍」で、対象を77年以後に廃止となったものも含め、全10巻という形でまとめられた。
 当刊は、その第1巻であり、下記の通り北海道に存在した以下の11の鉄道についてまとめられている。
北海道ちほく高原鉄道
根室拓殖鉄道
釧路臨港鉄道
雄別鉄道
雄別炭礦尺別鉄道
十勝鉄道
北海道拓殖鉄道
三菱鉱業美唄鉄道
三井芦別鉄道
夕張鉄道
三菱石炭鉱業大夕張鉄道
輸送量・収入の推移表 車扱取扱高推移表 施設一覧
 内容は、さすがに専門誌が背景となっているだけあり、とくに集約化したデータが貴重で、巻末の表では、年毎の旅客数(定期、その他別)、貨物輸送量、輸送密度、営業費、損益、車輛数、従業員数、走行距離数などの詳細がまとめられている。これだけの鉄道を、ここまで網羅化かつ一般化したデータで俯瞰させてくれるのは、編集サイドの精通なくしてありえないだろう。
 また、主となるページでは、貴重な写真が惜しげもなく紹介されているほか、比較的最近の廃線跡状況をまとめたレポートが、鉄道存在時の地形図に地点を書き込む形で掲載されていて、とても参考になる。(個人的には、当時の地形図と、現在の地形図の双方記載いただければ、もっと便利だったけれど)。
 廃線跡の探訪を実地する人は最近増えていると聞くが、対象が廃線であるため、現地の状況は風化や開発にともなって、毎年のように変化しており、いまの情報と言うのは、現地に行ってみないとわからないところが多い。そうはいっても、ローラー作戦を敷くわけにはいかないから、出来る限り最新の情報を事前に収集したいと思うのである。そのような点で、この冊子の情報は、新しいものであり、参考にするべき部分が多いのである。
 ただし、そうは言っても、というところもある。2005年に廃止となった「北海道ちほく高原鉄道」は、国鉄時代の貴重な木造駅舎が多く残っていたのだけれど、高島駅、川上駅、大誉地駅などいずれも解体されてしまい、最後の牙城として残っていた上利別駅が、2016年6月に解体されてしまった。本書では、川上、大誉地、上利別の3駅が解体前の姿を紹介されていて、実感ある郷愁を誘うところである。「三菱石炭鉱業大夕張鉄道」に至っては、2015年のシューパロダムの竣工に伴って、貴重な遺構の多くが、下夕張森林鉄道の遺構ともども、水中に没してしまった。
 「三菱鉱業美唄鉄道」は、廃止の直前まで、私の父が頻繁に撮影に通っていた路線で、私も最近になってそれらの写真を見ることとなった。そのようなわけで、私にとっても思い入れの深い路線であるが、巻末の資料を見ると、美唄鉄道の最盛期は、父の訪問より10年程度昔だったことがよくわかる。私は、昨年、廃線跡を探訪したが、ほぼ本書の紹介の通りであった。
 ただ、廃線跡の遺構は、網羅されているというわけではなく、例えば三井芦別鉄道の緑泉駅跡などは、主要な遺構であるにもかかわらず紹介されていない。とはいえ、貴重な資料であることにはかわりなく、私たち愛好家は、それも含めて様々な情報を収集し、楽しむこととなるのだろう。

新・消えた轍2 (北海道・北東北) (NEKO MOOK 1627) 寺田 裕一著

レビュー日:2016.9.6
★★★★★ 先行シリーズ「消えた轍」を、ヴォリュームアップし、関連情報も更新したものです。
 先に「消えた轍」として、2004年から2007年に刊行された全4巻の冊子は、「レイル・マガジン」の連載に、未掲載内容を加えたものだった。その内容は、全国で1945年~77年に廃止された私鉄線(大手私鉄を除く)について、かつての写真、現在の当該地の様子などをまとめたもので、データも含めて充実したものであった。
 しかし、数年の経過の後、これをパワーアップする形で、新たに編算されたのが「新消えた轍」で、対象を77年以後に廃止となったものも含め、全10巻という形でまとめられた。
 当刊は、その第2巻であり、下記の通り北海道に存在した以下の6つの鉄道と、北東北に存在した5つの鉄道についてまとめられている。
定山渓鉄道
寿都鉄道
旭川電気軌道
羽幌炭礦鉄道
天塩炭礦鉄道
留萠鉄道
南部鉄道
南部縦貫鉄道
下北交通
同和鉱業小坂鉄道
弘南鉄道黒石線
輸送量・収入の推移表 車扱取扱高推移表 施設一覧
 また、主となるページでは、貴重な写真が惜しげもなく紹介されているほか、比較的最近の廃線跡状況をまとめたレポートが、鉄道存在時の地形図に地点を書き込む形で掲載されていて、とても参考になる。(個人的には、当時の地形図と、現在の地形図の双方記載いただければ、もっと便利だったけれど)。
 廃線跡の探訪を実地する人は最近増えていると聞くが、対象が廃線であるため、現地の状況は風化や開発にともなって、毎年のように変化しており、いまの情報と言うのは、現地に行ってみないとわからないところが多い。そうはいっても、ローラー作戦を敷くわけにはいかないから、出来る限り最新の情報を事前に収集したいと思うのである。そのような点で、この冊子の情報は、新しいものであり、参考にするべき部分が多いのである。
 定山渓鉄道については、私はたびたび書いているのだけれど、札幌オリンピック関連施設等への用地提供を政治的に強制されて廃止されたが、現在まで残っていれば、札幌に大手私鉄の資本元(東急系列)が確立され、現在の様に開発がすべて官主導という街並みにはならなかっただろう。真駒内以西の利便性を犠牲にしたという点でも、現在となっては痛手でしかない。札幌の都市化の強烈さの中で、わずかに残る遺構探しは、独特の無情さを感じさせる。
 羽幌炭礦鉄道の遺構は、羽幌町が築別炭鉱関連施設の廃墟とともに、観光資源としての価値を認め、観光マップに記載され、アプローチしやすくなっている。本書で紹介される光景に比較的容易に接近できるので、廃線跡探索の初心者にも本書を片手に訪問をおすすめしたい。それに、羽幌はとてもきれいな町でもある。
 東北地方の鉄道については、私はなじみという点では少ないが、時代を彷彿とさせる軽便鉄道のある風景、利用者たちの表情など、素晴らしい鉄道情景が紹介されていて、パラパラとページをめくっていると、いつのまにか時間がたっている。とても魅力的な冊子としてまとまっている。

廃線駅舎を歩く 杉崎行恭著

レビュー日:2018.3.6
★★★★★ 廃駅が私に語ること
 私の住む北海道には、無数の廃止路線がある。かつてこの地に起こった石炭産業や、地域開発のために敷かれた多くの路線が、その名目を失ったり、採算性が伴わなかったりして、廃止されていったのである。中には、生活路線として、地域に貢献している鉄道路線も多くあったが、北海道の場合、人口が希薄であることと、冬季の降雪に対する施設の維持にコストがかかることにより、多くの鉄道路線が廃止された。国鉄が民営化されるに先んじて、再建法に基づき多くの国鉄線が廃止されたとき、当時の政府は、これ以上の廃止路線が増えることはない旨を、国会答弁等で繰り返し説明し、地域もその理解を受け入れる形であったにも関わらず、現政府は、民営化後のことになど、ほとんどお構いないといった体たらくで、旧国鉄の所有者として、国民に理解を求めてきたものの立場のものとして、まったく責任を果たしていない事態となっている。
 そのようなわけで、廃駅と言っても、私にとって現実の問題とクロスする事柄なので、軽々にその一面のみを取り扱う気にはならないのであるが、その前提を別にして、書いておこう。
 本書は、幸いにも何らかのモニュメント的な形で、廃駅の駅舎が保存されている駅たちが、美しい風景写真と、その歴史背景を簡単にまとめた文章で紹介されている。写真はカラーで、撮影年月日も記されているので、資料的な価値とともに、廃駅舎探訪の案内書とも言える。紹介されている駅は、いずれも「保存されている」という条件もあって、平易に訪れることのできるものばかりであり、同様の趣味の初心者向け案内書としても、十分に機能しそうである。紹介されている駅舎を目次を転載することで示そう。
【北海道・東北エリア】
JR北海道標津線 奥行臼駅跡
国鉄士幌線 士幌駅跡
夕張鉄道 新二岐駅跡
国鉄札沼線 和駅跡
定山渓鉄道 石切山駅跡
JR北海道室蘭本線 室蘭駅(旧駅舎)
コラム 極寒の廃線跡に起きた木造駅舎のルネサンス
小坂精錬 茂内駅跡
山形交通 高畑駅跡
福島交通 掛田駅跡
国鉄日中戦 熱塩駅跡
コラム BRT路線に残った被災地路線の駅舎
【関東・甲信越エリア】
国鉄赤谷線 赤谷駅跡
新潟交通 月潟駅跡
蒲原鉄道 七谷駅跡
筑波鉄道 筑波駅跡
鹿島鉄道 石岡南台駅跡
草軽電気鉄道 北軽井沢駅跡
コラム 街の片隅に残った奇跡の軽便鉄道本社屋
【中部・北陸エリア】
加越能鉄道 井波駅跡
名鉄美濃町線 美濃駅跡
名鉄揖斐線 黒野駅跡
名鉄モンキーパークモノレール線 動物園駅跡
名鉄三河線 三河広瀬駅跡
コラム 旧中山道に沿った貨物線駅舎と巨大古墳
【近畿・中国・山陰エリア】
官設鉄道北陸線・東海道線 旧長浜駅跡
江若鉄道 近江今津駅跡
有田鉄道 金屋口駅跡
姫路市交通局モノレール線 手柄山駅跡
同和鉱業片上鉄道 吉ヶ原駅跡
井笠鉄道 新山駅跡
船木鉄道 船木町駅跡
JR西日本大社線 大社駅跡
コラム ちょっと前の大規模廃線。新開業と残存駅舎の行方
【四国・九州エリア】
屋島登山鉄道 屋島山上駅跡
下部鉄道 星越駅跡
国鉄宮之城線 樋脇駅跡
国鉄大隅線 古江駅跡
 写真も美しく、周辺の関連状況を示す写真なども掲載されていて、わかりやすくまとめられている。現役時の時刻表地図の当該部分などが引用図として紹介されているのも、良いサービスである。私も廃駅探訪し、その写真をホームページなどで掲載しているのだが、本書は、そのような趣味人にとっては「入門書」として最良といった位置づけになるかと思う。
 さて、せっかくなので、私なりの廃駅の魅力を語ってみたい。
 駅というのは地域の象徴的な場所である。それは、駅がその機能上、人が集まる場所で、物流の中心であるからに他ならない。廃駅であれば、その存在は地域の盛衰を物語るものと言える。かつて必要とされ、地域の中で大きな役割を果たした駅が、その機能を失ったということは、地域が、かつての繁栄の時を経て、エネルギーを失い、静まっていくということである。また、駅は、多くの人にとって、なんらかの思い出にもつながっている。それは、通学であったり、送り迎えであったり、あるいは、人生の大きな転轍点における旅立ちであったりする。
 廃駅を訪れたとき、私の胸に忍んで来るものは、そういった地域の総体としての、「流れた時の重み」と、「現在の静謐」の対比である。
 こうして考えてみると、いくつかの廃駅が、地域の要望によって何らかの形でモニュメントとして保存されることは、人の心の持つ感傷の作用に照らして当然のことに思える。そして、それを「保存したい」という地域の意思が、そこを訪れた旅人の心にも、何かを呼び覚ますのである。もちろん、保存されず、朽ち果てる駅もある。いや、その方がずっとずっと多い。その場合、私が感じるものは寂寥の感が強くなるが、それもまた旅情を呼び覚ますのである。
 私の場合、北海道内を旅しているのだが、例えば萱野駅(幌内線)、忠類駅(広尾線)などは、地域の熱意で保存されているし、沼牛駅(深名線)はクラウドファンディングで保存費を募って保存されている。そのような熱意が叶う駅がある一方で、池北線の駅などは、川上駅、大誉地駅、高島駅など、昭和の味わいを存分に残した美しい駅舎たちが、次々と、いつしか撤去されていき、最後に残った木造駅舎上利別駅は、足寄町が数百万円の保存費用を捻出できず、2016年に解体された。
 上利別駅は美しい駅だった。駅舎には、かつて職員が宿泊した部屋も状態良く残っており、保存・宣伝すれば、それなりの観光への利活用も叶ったと思うのだが、残念だ。かように、保存したい気持ちがありながらも、失われていく廃駅舎にも、私は特有の情緒を抱かざるをえない。
 また、炭鉱地帯などでは、産業の終焉とともに、駅だけでなく、町も含めて消滅してしまうものがある。かつて2万人の町があった大夕張はダム底に沈んでしまったし、沼田町の昭和炭鉱は、一般車両が通行できる道路もなく、いまでは行き着くことさえ難しい。たどり着くことさえできない駅舎の場合、私は古い地形図を見て、その盛時と現状を相照らす。また、駅への道がなくなり、叢をかき分けて駅跡にたどり着くようなものもある。深い草木の中に静かに横たわるホームの跡を見ると、これまた流れすぎた時に感慨を催すのである。
 本書で紹介されているのは、いずれも、程度の差はあるが、保存されている駅舎と言えるだろう。私が前述した「廃駅探訪としては入門書」というのは、そういう点を踏まえてのことである。ぜひ、本書をご覧になる方には、これらの駅の影で、今まさに風化し、この世から姿を消そうとしている駅舎たちがあることも気に留めてほしいと、これは私の希望として思うところです。また、現存する路線が、少しでも多く存続するように、これらの路線を利用して旅を続けたいと私は思う。

北海道の廃駅2017 (NextPublishing)

レビュー日:2017.10.2
★★★★★ 消えていく駅たちの最後の輝きの記録
 北海道では、毎年のように多くの駅が廃止されている。例えば、石狩国と北見国を結ぶ石北線の場合、70年代には、上川と留辺蘂の区間113.3kmに存在した18駅のうち、現在までに13駅が廃止された。残っているのは、ほとんどが合併前の市町村の代表駅のみである。
 合理化と称する波によって、次々と駅は失われていく。北海道でその傾向が顕著なのには大きな理由がある。維持費だ。厳しい冬を持つ北海道において、駅を維持することは経常的な費用負担が発生する。鉄道会社や地元の自治体がこれに耐え兼ね、駅を手放すのである。
 利用の実態がない、というのは時々聞く。しかし、「利用者がいない」というのとは大きく異なる。利用者はいる。むしろ数が少ないだけ、切実な利用者がいるのである。とくに冬季の鉄道というのは、地域にとって唯一の安定した公共の交通機関であることはもっぱらだ。それを手放すということがどういうことか。先述した石北線の区間を何度も訪れた私の実感だが、それは地域の放逐と限りなく同義なのである。しかし、最近では、そのような公共性であっても、いわゆる便益比で収支が悪ければ、切り捨てはやむなしという風潮が支配的だ。どうしてそのような前提の社会になってしまったのか。私達はどこでボタンを掛け違えたのか。それほどまでの都市集中の傾向を強めた社会が、本当に豊かな社会なのか。私には疑問に感じる。
 「利用の実態」で取り扱われる数字も疑義が大きい。例えば、2016年に廃止された留萌線の増毛-留萌間。北海道運輸交通審議会小委員会において検討の土台に利用された2011-2015年の実績について、国土交通省国土政策局に提出されたデータでは、留萌線の末端増毛駅の1日あたりの乗客数は以下のようになっている。「2011年2人、2012年0人、2013年0人」。0人?一人もいない??ありえない数字である。私はこの区間に何度か乗っているし、多いときは20人近い乗客がいた。にもかかわらず、0人とは?・・。少なくとも、この数字に周遊券利用者は絶対カウントされていないし、定期利用者も対象とはなっていない模様だ。また、駅を利用しても、下車駅が他の線区で、そこで精算してしまった場合も、当該線利用実態としては反映されていないと思われる。であれば、留萌-増毛間はすべて無人駅だから、ほとんど数字に反映されるような利用はないであろう。他の地方線も同様だ。そのような現実と異なった数字で、廃止に係わる取扱いの方針が話し合われているのであろうか。「数字はつくるもの」といった人がいるが、それにしてもである。方針ありきで、落としどころに導き易いような数字であれば、詳細が検討されることもなく適用されているのであろう。
 また、鉄道の公共財としての価値自体も、きちんと評価されていない。ヨーロッパなどの先進国の多くが赤字にも関わらず、施設を公営、運行を民間委託という上下分離方式により鉄道を維持しているのは、鉄道のライフラインという側面とともに、観光も含めた人の移動に付属する価値を評価しているためだ。ところが、日本では「鉄道が好きで旅をしている人」というと、ただの「個人的な行動」で、社会的に「なくてもいいもの」といったところに貶められる。私生活や趣味のステータス自体が評価されにくい風土なのである。
 ずいぶん、本書と直接関係のないことを書いてしまったが、当書は、そんな鉄道と駅を愛する著者によって、2017年に廃止となった北海道内の以下の駅を、廃止直前の1月に訪れ、作製された写真集である。
函館線 姫川駅 東山駅 桂川駅 北豊津駅 蕨岱駅
根室線 島ノ下駅
千歳線 美々駅
根室線 稲士別駅 上厚内駅
釧網線 五十石駅
 また、2016年12月、廃止直前の留萌線増毛-留萌間の様子も末尾に加えられている。
 とにかく写真が美しい。昼夜を問わず、著者の傾けた労力に報いるかのような、冬の駅たちの姿が示されている。これらの駅の中には、桂川、蕨岱、島ノ下、稲士別、上厚内のように、まだ近くに集落のある駅もある。また、五十石駅に近い民宿は、利用者の多くが駅の利用者であったこともあり、駅廃止に併せて廃業となった。そのような、一言で言い尽くせぬ背景があるにも関わらず、駅たちの姿は、いずれも凛として美しい。雪の白さが一層それを引き立たせる。なぜ、このように素晴らしいものを私達は手放さなくてはならなかったのだろうか、という思いが胸に去来する。
 姫川、東川は共に駒ヶ岳の麓にあって、美しい林の中にある。特に姫川駅は、函館方面にまっすぐのびる線路の向こうに、駒ヶ岳が秀麗な姿を見せる絶景駅であった。噴火湾を見下ろす桂川、湿原の入口に佇む五十石。蕨岱の雪景色の美しさは訪問した人ならだれもが知るところだろう。
 私は廃止前の上厚内駅に降り立ったことがある。そこで巡視をしていた地元の警察の方と旅人が話をしているのをなんとはなく聞いてしまったのだけれど、このような話をしていた。「上厚内の集落はほとんど廃墟のようになってしまったけれど、まだ人が住んでいる家が数戸ある。駅があるので、巡回路になっているが、駅がなくなったら、このあたりもますます大変になってしまうだろう」・・。
 その駅舎は、国鉄時代の名残をとどめた趣深く暖かい木造の駅舎であった。今の世の中は、限界集落から、そんな駅さえも奪ってしまうのだろうか。美しい本書をめくりながら、やるせない気持ちも沸き起こってくる。

廃線紀行 -もう一つの鉄道旅 梯久美子著

レビュー日:2018.11.7
★★★★★ 日常感覚の中で、廃線探訪のエッセンスを伝える良書
 ノンフィクション作家である梯久美子(かけはしくみこ 1961-)氏が、全国の廃線跡を訪問する読売新聞の連載シリーズを単行本化したもの。全国各地の廃線跡が紹介されている。掲載されている路線は以下の通り。
【北海道・東北】
下夕張森林鉄道夕張岳線/国鉄根北線/国鉄手宮線/定山渓鉄道/岩手軽便鉄道/くりはら田園鉄道/山形交通高畠線/国鉄日中線
【関東】
鹿島鉄道/日鉄鉱業羽鶴専用鉄道/足尾線/JR信越本線旧線/日本煉瓦製造専用線/東武鉄道熊谷線/陸軍鉄道聯隊軍用線/東京都港湾局専用線晴海線/横浜臨港線・山下臨港線
【中部】
新潟交通電車線/JR篠ノ井線旧線/布引電気鉄道/JR中央本線 旧大日影トンネル/国鉄清水港線/名鉄谷汲線/名鉄美濃町線/名鉄三河線(猿投-西中金)/名鉄瀬戸線旧線
【近畿】
三重交通神都線/国鉄中舞鶴線/蹴上インクライン/江若鉄道/JR大阪臨港線/姫路市営モノレール/三木鉄道/関西鉄道大仏線/天理軽便鉄道/近鉄東信貴鋼索線/紀州鉄道(西御坊-日高川)
【中国・四国】
JR大社線/下津井電鉄/鞆軽便鉄道/国鉄宇品線/JR宇部線旧線/琴平参宮電鉄(多度津線・琴平線)/住友別子鉱山鉄道(上部鉄道)
【九州】
JR上山田線/九州鉄道大蔵線/国鉄佐賀線/大分交通耶馬渓線/高千穂鉄道/鹿児島交通南薩線
 紹介は各線4ページ。その4ページには、筆者が撮影したカラー写真1枚と、訪問した廃線の所在地がわかる簡単なマップが付されている。情報量は限られたものであるが、それこそが本書の狙いで、あくまで日常的な風景の中で、筆者ならではの視点でサラリと切り取った「風景」が、自由なタッチで紹介されている。そのライトな感触が、本書のスタイルであり、味わいとなっている。
 文中で、梯久美子氏は、宮脇俊三(1926-2003)の熱心な読者であったことが書かれているが、なるほど、梯氏の文体は、それを彷彿とさせる。専門的に偏り過ぎることなく、情報はコンパクトに提示し、最後は、読者の想像力に委ねるようにして、軽やかにペンを置く。胸やけとは無縁の、清涼な筆致である。だから読みやすいし、印象に残った個所にきちんと焦点があっている。
 本書が、マニアックな廃線探訪の参考書となることはない。ただ、新聞連載にふさわしい、ふと目にした人に「気づき」や「きっかけ」を与えてくれるものとしては、最適だ。また、私のようなある程度その筋に詳しい人間にも、「どの線のどの個所を選んだのか」「筆者がどのようなことを感じたのか」ということを知れる面白味がある。添えられた筆者が撮ったという写真も、「これを見せたい」という筆者の感性が伝わってきて好ましい。
 私も廃線・廃駅の探訪をやっていて、自分でホームページを作成して公開したりしているのだが、最近、そのような散策地で、女性の同好の士と思われる人物を見かけることが増えてきた。嬉しいことではあるが、どのような感じ方をしているのだろうか?と思うこともあった。女性(あるいは男性)の場合、こういうふうに思う、みたいに言い切れるものではないことを百も承知で、本書は私のそのような好奇心も満たしてくれた。
 さて、最後に書いておきたいのは、(あちこちで書いているけど)私の住む北海道の場合、廃線というのが、ただのノスタルジーではなく、今現在の現実を突きつけられた問題とリンクしている、ということである。冬の厳しい北海道こそ、安定した長距離移動を可能とする基幹交通として、鉄道は重要だと思うのだが、逆に冬の維持費をネックに、どんどん線路は無くなっていく。私個人的に、鉄道網だけでなく、電気・水道・通信・郵政等の生活基盤となるインフラは、公が支えるべきだと考えている。しかし、いまの風潮は、民営化、民間委託こそが正しいという方向を向いている。これらのインフラを支えているのが、一企業ということになれば、彼らがペイしない土地から撤退するのは、合理的なこととなるのである。私企業にこれらを委ねることは、大いなる間違いであると確信をもって言える。
 本書で、三木鉄道を訪問した時、旧沿線に住んでいた方の一言「鉄道がなくなることは、町の活力がなくなることなんだよ」は、まぎれもない真実味をもって伝わるのである。

山さ行がねが 廃道探索 平沼義之著

レビュー日:2019.6.20
★★★★★ 趣味世界の開拓者、平沼義之氏ならではの一冊
 膨大な情報量とともに精緻な「廃道・道路」の探索・調査報告を行っている有名なサイト、「山さ行がねが」の管理人である平沼義之(1977-)氏による著書で、その内容は同サイトの書籍版である。
 私は平沼氏の大ファンである。本書の末尾に著者の紹介があるが、そこには「廃道探索で生計を立てるプロ・オブローダー(廃道探索者)への道を現在も探索中!」と書いてある。まずはこの思い切った生き方が素晴らしい。また、実際、平沼氏は、魅力的なサイトを運営し、その広告で、一定の収入を得る生活を(今のところ)確立しているとのこと。そうやって書くと「ユーチューバーみたいな感じ」と思われるかもしれない。その面を全否定するわけではないし、ユーチューバーが良くないものだとも思わないが、概してユーチューバーが「数のヒット」を目指し、過激な事をしたり、しゃべったりして人を扇動したり、あるいは大衆受けすることを繰り返すだけで、そこに学識的なエッセンスをまったく感じさせてくれなかったりするのに対し、平沼氏は自己の世界を深く探求し、その手法や考証の面白味、そして多くの人に知られていない「もの」を伝えることに、一定の新しいニーズを生み出し、消費サイクルを成立させた。その一点で、私は敬服するし、要は、私には、その平沼氏の生き方の方が、圧倒的に上質に感じられるのである。
 もちろん、「清貧」という言葉があるように、上質な生き方が、そのまま収入の増加につながるわけでもなく、経済的な価値判断は別に委ねられることは承知しているが、私には平沼氏の生き方は、実にキレイでカッコよく思えるのだ。つまりは、私は氏のファンなのである。
 と、それはおいておいて、本書の評価。本書は、文字通り「山さ行がねが」の書籍版である。8か所の印象的な廃道(含森林鉄道跡)の探索と、関連する文献調査を踏まえた歴史的経緯が、いつもながらの氏の軽やかで、ユーモアのある文体で綴られている。
 以下、その魅力を書き出して行ってみよう。
・古い地形図の紹介
 平沼氏の探索の多くは、氏自身による古い地形図の調査からはじまる。(ちなみに私も新旧問わず地形図は大好き)。例えば、第1章で紹介されている加須良と桂の2つの集落の姿など、地形図を見るだけで、様々な物語が胸に去来する。氏の巧みな説明も手伝って、読み手は、今、ここがどうなっているのか知りたい、と興味をかき立てられる。
・実地の写真と撮影地のリンク
 実地調査時の写真は核だ。氏だからこそ訪問できる個所の写真は、読者にとってかけがえのないもの。ただ、ここで「書籍」というツールの限界も感じられる。写真のサイズには制約があり、白黒印刷のため情報量は限られる。Webサイトならワンクリックだった「現在地」も、本書ではQRコードを読み込まねばならない。ただ、おおよその場所を紹介してくれれば、地理院地図と見比べながらの読書も十分楽しい。
・難所の乗り越え
 廃道は当然のことながら荒廃が進んでいる。時には事前通告もなく、崩落等により、通行の難所が出現する。しかし、webサイト同様、氏はこれを「見せ場」として、巧みに演出。自身の経験から何が注意すべき危険か、どのような方法でこれをクリアするかが語られ、なかなかの冒険譚に仕上がる。時には日没というタイムリミットと戦いながら、いかにして目的を回収するかを、なかなかスリリングに味わわせてくれる。
・発見
 当然のことながら発見の喜びがあちこちに満ちている。それは道路のストラクチャに限らず、その道路の由来や歴史にかかわるものなど様々だ。それらが、その道路を必要とした人と集落に肉付きを与え、読み手の想像力を刺激してくれる。そして、「今、ここがどうなっているのか」と沸き上がった興味を、鮮やかに回収してくれる。
・謎解き
 想像力を刺激するだけではなく、探索の過程では、新たな「なぜ」が発生する場合もある。そんなとき、氏はこれを持ち帰り、様々な文献を当たって、解明の光を当てていく。
 こうして書いていくとわかるが、氏の探索は、知力と体力の融合したきわめて高度な遊びであり、同じように堪能できる人はなかなかいないだろう。だからこそ、氏のwebサイトは圧倒的な人気があり、私もしょっちゅうアクセスしては、その報告を堪能してしまうのだ。
 確かに、氏のレポートは、webサイトという媒体が理想だろう。ご覧になった方はわかると思うが、画像の重ね効果や、動画の挿入など、様々な方法で視覚的なわかりやすさがあるし、またフォントを駆使して、探索時の感情も豊かに伝えてくれる。ただ、このような書籍の存在によって、その活動を知ることができる人が増えることは、大事なことだし、なにより、本書を購入することで、氏の活動をサポートできるというのは、ファンにとってとてもわかりやすい構図でもある。
 書籍という制約を踏まえて、精いっぱいのエンターテーメント精神が反映されているし、それになにより、いつものwebサイトと同じ面白味が伝わってくる。というわけで、文句なく、推薦です。
 なお、本書の内容はwebサイトとは重複していない。

廃道踏破 山さ行がねが 伝説の道編 平沼義之著

レビュー日:2019.10.12
★★★★★ シリーズ第2弾は魅惑の変化球を交えながら・・・
 膨大な情報量とともに精緻な「廃道・道路」の探索・調査報告を行っている有名なサイト、「山さ行がねが」の管理人である平沼義之(1977-)氏による著書で、同サイトの書籍版の第2弾となる。
 今回は、6編の収録となった。白黒印刷であること、web上のマップの引用をQRコードによっていることなど、写真の掲載サイズが小さいことなど、ウェブサイト版と比べると、書籍という媒体ゆえの制約が様々に感じられるのではあるが、それにしても、第1弾のレビューに書いた通り、平沼氏の大ファンである私には、異なる媒体で楽しめると言こと自体が、一つの喜びである。また私の場合は、書籍購入によって、平沼氏の活動を(経済的に)支えられるということも、購入動機として十分なものとなっている。
 さて、本書の内容であるが、第1弾に比べると、ちょっと変化球的性向が増していると言えるだろう。それも含めて「山さ行がねが」的な面白さでもある。
 「山古志の雪中トンネル」では、多雪期の歩道確保のため、地元の人たちが開削した人道トンネルの探索になるが、その「場所さがし」の過程で著者の論理的思考が楽しい。トンネルの探索は、予想外の危険さにみちたもので、冷たい泥水にはだしで突入したり、滑落の危険と戦いながら斜面を登ったりと、人知れない地中で風変わりな情熱がさく裂する様を堪能できる。これが趣味道だ!
 「碓氷峠御巡幸道路」「綾戸峡の清水国道および穴道」は、道の「文化史跡」「産業遺産」としての性質を捉えたレポートであり、様々な方向から知的探求が可能な世界であり、現地調査とのリンクが味わえる。
 「中央自動車道 南アルプスルート」が変わり種。ある意味「未成道」であるが、机上にのみ存在した道路に関する著者ならではの視点による解説が想像力を膨らませてくれる。
 「旧県道酸ヶ湯大鰐線」「森吉森林鉄道 最奥部探索」の2編は、ウェブ版「山さ行がねが」のファンであれば、必読の2編である。前者は、距離のあるタフな廃道に自転車を伴って進入し、陽の落ちる前に踏破した記録の再掲であり、年月を経た視点であらためて語られることが感慨深い。後者は、ウェブ版初期の傑作シリーズ「森吉森林鉄道」編の再訪記である。ウェブ版のレポートで、著者は、読者からの情報をたよりに、奥深い山中で到達不能な穴(「神の穴」と名付けられる)を発見するのだが、当書の記事はその後日談的なものでもあるので、興味のある人は是非読むべきだろう。
 平沼氏の語り口はあいかわらず軽妙だし、長年の著述活動で、その文章そのものの魅力もましている。語彙の選択にも唸らされるし、自分の感じた気持ちをまっすぐに伝える能力は卓越している。それゆえの臨場感は、独壇場といったところだろう。私にとって、最高に楽しい一編の読み物であり、今後の活動への期待もさらに高まるのである。



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