★★★★★ 著者の熱意溢れる当時の取材力に感謝
軽便鉄道、と聞いてもそれが何を意味するのか分かる人は少なくなった。70年代に生まれた私でさえ、いわゆる軽便鉄道を利用した記憶はない。
全国に鉄道網が普及したころ、国鉄は軌間1,067mmという規格のレールを採用した。当時「標準軌」と呼ばれる線路幅である。実は、当時国際的にはすでに1,435mmという軌間がメインであったが、日本の場合、建設技術や、早急に鉄道を普及させるための資金的制約等から、1,067mmが採用されたのである。ちなみに、現在では大手私鉄の一部や新幹線が1,435mmであるが、その他のJR線等は1,067mmという規格である。
軽便鉄道は、要するにそれより小さな規格の鉄道で、多いのが軌間762mmで、おおむね新幹線の半分の線路幅といったところだが、さらに軌間の狭い規格もある。
軽便鉄道の線路は細く、線路の重量も軽い。当然のことながら、上を走る車両にも、速度や輸送量という点においても制約があった。その一方で、小さな回転半径で曲がることが出来るので、隘路や、交通量の少ないところの設置に適性があった。もちろん建設コストも抑えることができた。
それで、かつて日本には、この軽便鉄道が各地ににぎにぎしく活躍していたのである。
本書は、高井薫平(1937-)氏が1950年代から60年代を中心に、全国の多くの軽便鉄道を訪問し、撮影した写真と、関連する説明、それに資料からなっている。
掲載対象の路線は以下の通り。
根室拓殖鉄道
十勝鉄道
花巻電鉄
小坂鉄道
仙台鉄道
仙北鉄道
日本硫黄沼尻鉄道
九十九里鉄道
草軽電気鉄道
栃尾電鉄(越後交通栃尾線)
頸城鉄道
静岡交通駿遠線
遠州鉄道奥山線
三重交通三重線・北勢線・松坂線
尾小屋鉄道
三井鉱山神岡鉄道
下津井電鉄
両備バス西大寺鉄道
井笠鉄道
日本鉱業佐賀関鉄道
(木曽森林鉄道)
そして、末尾に資料として軽便鉄道概史が添えされている。
取り上げられているものの中には、比較的最近まで鉄道としての営業形態を残していたものもあるが、いわゆる軽便鉄道としての旅客営業は、だいうたい70年代までには終焉を迎えている。
そのようなわけで、この写真は、日本における鉄道史において、ほんの数十年間程度存在(しかし全国各地に)存在した軽便鉄道の実態の記録ということになる。これらの日本各地に分散する鉄道を、くまなく訪問しカメラに収めた著者の労力には頭が下がるが、その労力あってこそ残され、まとめられた記録であれば、併せて感謝の念がわきおこるのも自然のことだろう。
それくらいに「いい写真」が多い。根室拓殖鉄道のユニークな銀龍号の姿、ボールドウィンの機関車が牽く小坂鉄道、日本硫黄沼尻鉄道のコッペル、草軽電鉄の愛らしい電気機関車、軌間610mmの神岡鉄道、・・しかし、そのような「車両等の記録」というだけでなく、鉄道をとりまく社会や地域、人々の生活といったものを様々に連想されてくれる写真が数多くある。鉄道と社会の結びつきを象徴するかのようだ。
そして、軽便鉄道ではないがボールドウィンの蒸気機関車が活躍していたころの木曾森林鉄道の写真も収められている。ファンには有名で、写真等も様々に公開されているが、やはり味わいの深い鉄道であり、このようなところで併せて紹介してくれるのは嬉しい。
簡単ながら路線図も付いている。これらの軽便鉄道は、通常規格の線路と比較して路盤が頑丈ではないこともあって、現在まで残る遺構というのはきわめて限られている。だから、路線図を見て、「こんなところに鉄道線があったのか」と驚かれる人も多いに違いない。失われた風景、かつてあった文化を現代に伝える貴重な一冊となっている。
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