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イザイ



器楽曲

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番 第3番 第4番 第5番 第6番
vn: シュミット

レビュー日:2007.10.6
★★★★★ 無伴奏ヴァイオリンにおける歴史的作品です
 ユジューヌ・イザイ(Eugene Ysye 1858 - 1931)はベルギーのヴァイオリニストで作曲家。フランクのヴァイオリン・ソナタやドビュッシーの弦楽四重奏曲がイザイに献呈されたことでも有名だ。近年、この6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの録音が増え、作品の価値の高まりと供に作曲家としての名声も再度高まっていると思う。
 これらの作品はいずれもバッハの偉大な「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」を強く意識して作られており、例えばソナタ第2番に聴けるパルティータからの引用など様々な経過句で転用と変容がある。またリストやラフマニノフが好んで使用したグレゴリオ聖歌の主題なども用いられており、様々な成分が備わっている。加えて名手による作品だけあって高度な技術が多用される。
 もちろん、過去の作品の転用というにとどまらず、これらの作品はイザイの作品として強い存在感と独創性も併せ持っており、まさにヴァイオリニストにとっては腕の見せ所、聴かせどころとヴォリュームたっぷりな楽曲であるといえる。また「無伴奏ヴァイオリン」というジャンルにあって、バッハ、パガニーニ以来の成功作という歴史的ないきさつも踏まえて聴くとより興味がわくだろう。
 演奏はベンヤミン・シュミット。ウィーン生まれの俊英で、誠実ななかにひらめきや刹那のエネルギーを持ち合わせ、まさに現代的なテクニックを持っている。イザイの作品を弾き込まれた感覚で仕上げており、妙な気負いもなく、ふさわしいスケール幅で各曲が再現されていると思う。まずは同曲集の録音の中でも堅実で確実な一枚として推したい。

無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番 第3番 第4番 第5番 第6番
vn: ツェートマイヤー

レビュー日:2011.8.2
★★★★★ イザイの歴史的作品を輝かしい音色で弾ききった名演
 ベルギーの高名なヴァイオリニストであり作曲家であったユジューヌ・イザイ(Eugene Ysaye 1858-1931)による無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全6曲を収録。ヴァイオリンはオーストリアのヴァイオリニスト、トマス・ツェートマイアー(Thomas Zehetmair 1961-)で2002年の録音。
 無伴奏ヴァイオリンというジャンルの作品はあまり多くない。有名な作品となるとバッハのパルティータとソナタ、それにパガニーニの24のカプリースくらい。イザイの作品はこれらに続くものと位置づけられるが、と同時に、偉大なバッハとパガニーニの作品へのオマージュとしての性格を併せ持っている。
 全6曲のソナタはそれぞれがその当時の若きヴァイオリニストに捧げられている。第1番はイザイがシゲティの弾くバッハからインスピレーションを得たものとされていて、彼に捧げられている。4楽章からなり、かつ第2楽章はフーガとなっており、バッハの影響が伺える。第2番はティボーに捧げられたもの。バッハのパルティータからの直接的な引用とともに、グレゴリオ聖歌の「怒りの日(Dies Irae)」の有名な主題を使用している。エネスコに捧げられた第3番はバラードで、演奏頻度の高い作品。オイストラフ(David Oistrakh)が好んで取り上げた。クライスラーに捧げられた第4番もバッハの引用が目立つ。第5番はイザイの弟子、クリックボーム(Mathieu Crickboom)に、第6番はスペインのヴァイオリニスト、キロガ(Manuel Quiroga)に捧げられたもの。最後の2曲は特にヴィルトゥオジティに満ちたものとなっている。
 ツェートマイヤーの演奏は、技術的なレベルがきわめて高く、また感情表現も豊かで、味わいがある。ことのほか低音のかもし出す厳しい雰囲気が印象的で、根深い音楽を聴いているという実感がある。高音を派手に振舞う部分においても、突飛な印象にはならず、むしろ禁欲的とでも言える真面目さがバックにあるのが良い。これらの楽曲の「先鋭さ」を感じる部分においても、伝統的なアプローチを中心に確信的とも言える帰結点を結んでいる。その音楽は、聴き手に「輝かしさ」のイメージとして伝わると思う。
 なお、「ヴァイオリニスト、イザイ」についてはポール・グリフィス氏(Paul Griffiths)のライナーノーツを引用したい。~イザイの墓にはこう書いてある「イザイの演奏はその後3世代に渡ってヴァイオリニストたちに影響を与えた」。彼はヨアヒム、ヴィエニアフスキ、サラサーテ、オーアらの古いスタイルを捨て去り、厳密なテクニックと力強い音により、演奏者の創造的自由を獲得した。エネスコ、フレシュ、ヒューバーマン、クライスラー、シゲティ、ティボーといった若い演奏家にとって、彼は、自分自身の芸術への果てしない献身を体現した世代のヴィルトゥオーソだった。彼は間違いなく同時代のヴァイオリニストの代表であった。信じられないような音、あらゆるヴィブラートをこなし、その解釈は聴衆を魅了した。イザイにとって、しかしヴィルトゥオジティは、自己顕示のためではなく、音楽を再構築する手段として不可欠なものであった。

イザイ 無伴奏ヴァイオリンソナタ(遺作) ロマンティックな小幻想曲  ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ フォーレの名による子守歌  ドビュッシー 月の光(デイヴィッド・マシューズ&フィリップ・グラファン編)  エネスコ ヴァイオリン・ソナタ 第3番  エネスク ホラ・ウニリイ
vn: グラファン p: デゼール

レビュー日:2021.5.18
★★★★★ イザイの遺作の無伴奏ヴァイオリン作品の復元・完成版を中心とした素敵なアルバム
 フランスのヴァイオリニスト、フィリップ・グラファン(Philippe Graffin 1964-)による「フィドラーズ・ブルース」と題されたアルバムで、以下の楽曲が収録されている。
1) イザイ(Eugene-Auguste Ysaye 1858-1931) 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 遺作 op.27bis(終楽章補完:フィリップ・グラファン)
2) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937 ヴァイオリン・ソナタ ト長調
3) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)/デイヴィッド・マシューズ(David Matthews 1942-)&フィリップ・グラファン編 月の光
4) イザイ ロマンティックな小幻想曲
5) エネスコ(Georges Enesco 1881-1955) ヴァイオリン・ソナタ 第3番 イ短調 op.25
6) ラヴェル フォーレの名による子守歌
7) エネスコ ホラ・ウニリイ
 2018年の録音。ピアノ伴奏はフランスのピアニスト、クレール・デゼール(Claire Desert 1967-)。
 聴きどころの多いアルバム。アルバムのタイトルとなっている「フィドラーズ・ブルース」は、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタの第2楽章に由来するものだが、一般的に収録曲中で最も注目されるのは、冒頭に収録されたイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの遺作だろう。イザイは第1番から第6番までの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを遺したが、当盤に収録されているのは、それらの6曲とは別にイザイがほぼ完成していた全3楽章からなる作品で、ブリュッセル王立音楽院の図書館で発見されたのちに、フィリップ・グラファンによって復元・完成された。終楽章の終結部のスコアは、完成されなかったか、もしくは失われた状態で、この部分については、フィリップ・グラファンが演奏時間1分ほどに相当する部分を補筆し、作品として完成形に至った。グラファンが師事したジョーゼフ・ギンゴール(Josef Gingold 1909-1995)がイザイの弟子であったことを踏まえると、イザイ直系のヴァイオリニストの手によって、復元が行われたということになる。
 この遺構は、本来、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ群の第6番となるべく製作されたのだが、途中、理由はわからないが、イザイによって現行のものに差し替えられたと考えられている。グラファンによって奏でられるこの楽曲であるが、典雅で、華やかな技巧の散りばめられた音楽で、イザイ作品の系譜らしい音楽だ。全体に明るい楽想で、ヴァイオリニストの聴かせどころに満ちた瀟洒な作品で、これが図書館に人知れず埋もれていたというのはもったいない話である。とはいえ、グラファンのお陰で聴くことができたのは、とてもありがたい。
 他の収録曲に目を転じよう。ラヴェルの名作ヴァイオリン・ソナタ(当アルバムでは、「第2番」と表記されているが、いわゆる有名なト長調のソナタである)では、デゼールの柔らかな丸みを帯びたタッチと、軽やかなグラファンのヴァイオリンが好相性で、とても聴き心地が良い。特に第2楽章のピアノに乗ったヴァイオリンのピチカートの感触は、適度な質感と雰囲気で、この作品にふさわしい洗練を示す。
 編曲家マシューズとグラファンによって独奏ヴァイオリン作品にアレンジされた月の光も洒落た一編で、好ましい。
 エネスコの名品、ヴァイオリン・ソナタ第3番は雰囲気豊か。第1楽章の暖かく漂うようなミステリアな気配、第2楽章のヴァイオリンの音階が放つ不思議さなど、このソナタに必要なものを、相応以上の情感を込めて奏でており、良演だ。
 ラヴェルの「フォーレの名による子守歌」は、簡素な乾いた響きの中に淡い余情が薫る。
 末尾に収録されたエネスコの小品を私は初めて聴いたが、民俗的なモチーフを感じさせつつ、そのエッセンスをエネスコの芸風が昇華させた佳作で、このアルバムを締めくくるのにふさわしい。


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