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ヴィヴァルディ



音楽史 声楽曲


音楽史

”ヴィヴァルディ・エディション”(ハルモニア・ムンディ)


レビュー日:2014.3.12
★★★★★ ヴィヴァルディ入門にうってつけの10枚組セット
 古楽器レーベル、ドイツ・ハルモニア・ムンディによるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の録音を集めた10枚組Box-set。たいへんお得な内容だ。ヴィヴァルディは言わずと知れた後期バロックの大家であるけれど、協奏曲集の「四季」と「調和の霊感」以外の作品はそれほど知られているとは言えない。ヴィヴァルディという作曲家があまりにも多作であったため、現代では、聴き手の側に「どこから聴いてわからない」といった気持ちもあるのではないだろうか。この10枚組のアルバムは、そういった「ヴィヴァルディをもっと聴いてみたい」「でも何から聴いたらいいか、わからない」という人にオススメの内容だと思う。集められた音源は、どれも現代的な解釈として高く評価されているものばかりで、録音も優秀、選曲も楽しいものだ。まずは詳細な収録内容を書きたい。
【CD1】
1) トリオ・ソナタ ニ短調「ラ・フォリア」 op.1-12, RV.63
2) ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 op.2-4, RV.20
3) ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 RV.12
4) 2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 op.1-3, RV.61
5) ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 op.2-3, RV.14
6) ヴァイオリン・ソナタ イ長調op.2-2, RV.31
7) ヴァイオリン・ソナタ ト短調 RV.28
 vn: エンリコ・オノフリ(Enrico Onofri 1967-)
 イマジナリウム・アンサンブル(Imaginarium Ensemble)
 2009年録音
【CD2】
1) チェロ・ソナタ ヘ長調 RV.41
2) チェロ・ソナタ イ短調 RV.43
3) チェロ・ソナタ ホ短調 RV.40
4) チェロ・ソナタ イ短調 RV.44
5) チェロ・ソナタ ト短調 RV.42
6) チェロ・ソナタ 変ホ長調 RV.39
 vc: アンナー・ビルスマ(Anner Bylsma 1934-)
 vc(通奏低音): 鈴木秀美(1957-)
 chem: ジャック・オッホ(Jacques Ogg 1948-)
 1986年録音
【CD3】
1) トリオ・ソナタ 変ホ長調 op.1-7
2) トリオ・ソナタ ニ短調 op.1-8
3) トリオ・ソナタ イ長調 op.1-9
4) トリオ・ソナタ 変ロ長調 op.1-10
5) トリオ・ソナタ ロ短調 op.1-11
6) トリオ・ソナタ ニ短調「ラ・フォリア」 op.1-12, RV.63
 chem: クリストファー・ホグウッド(Christopher Hogwood 1941-)
 ラルテ・デラルコ(L'Arte dell'Arco)
   1997年録音
【CD4】
1) 室内協奏曲 ニ長調 RV.94 (バロックフルート、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット)
2) 室内協奏曲 ト短調 RV.107 (フラウト・トラヴェルソ、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット)
3) 室内協奏曲 ヘ長調 RV.99 (バロックフルート、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット)
4) 室内協奏曲 ハ長調 RV.88 (フラウト・トラヴェルソ、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット)
5) 室内協奏曲 ト短調 RV.105 (バロックフルート、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット)
6) 室内協奏曲 ニ長調 RV.95「ラ・パストレッラ(羊飼いの娘)」 (フラウト・トラヴェルソ、オーボエ、ヴァイオリン、ファゴット)
7) 室内協奏曲 ハ長調 RV.87 (バロックフルート、オーボエ、2つのヴァイオリン)
 バロックフルート; ミハエル・シュナイダー(Michael Schnider 1953-)
 フラウト・トラヴェルソ; カール・カイザー(Karl Kaiser)
 カメラータ・ケルン(Camerata Koln)
 1988年録音
【CD5】
1) フルート協奏曲 第3番 ニ長調op.10-3「ごしきひわ」 (フラウト・トラヴェルソ、オーボエ、ヴァイオリン)
2) フルート協奏曲 第1番 ヘ長調op.10-1「海の嵐」 (バロックフルート、オーボエ、ヴァイオリン)
3) フルート協奏曲 第4番 ト長調op.10-4  (フラウト・トラヴェルソ、ヴァイオリン2艇、ヴィオラ)
4) フルート協奏曲 第5番 ヘ長調op.10-5 (バロックフルート、ヴァイオリン2艇、ヴィオラ)
5) フルート協奏曲 第2番 ト短調op.10-2「夜」 (フラウト・トラヴェルソ、ヴァイオリン2艇、バズーン)
6) フルート協奏曲 第6番 ト長調op.10-6 (リコーダー、オーボエ、ヴァイオリン、バズーン)
7) ヴァイオリン、オルガン、オーボエのための協奏曲 ハ長調 RV.779管楽器のための協奏曲集
 バロックフルート; ミハエル・シュナイダー
 フラウト・トラヴェルソ; カール・カイザー
 カメラータ・ケルン
 1988年録音
【CD6】
1) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第1番 ホ長調「春」op.8-1, RV.269
2) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第2番 ト短調「夏」op.8-2, RV.315
3) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第3番 ヘ長調「秋」op.8-3, RV.293
4) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第4番 ヘ短調「冬」op.8-4 RV.297
5) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第6番 ハ長調「喜び」op.8-6 RV.180
6) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第5番 変ホ長調「海の嵐」op.8-6 RV.253
7) 「四季」へのソネット朗読
 vn: ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ(Gottfried von der Goltz 1964-)
 フライブルク・バロック・オーケストラ(Freiburger Barockorchester)
 ザ・ハープ・コンソート(The Harp Consort))
 1996年録音
【CD7,8】
1) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調「お気に入り」 RV.277
2) ヴァイオリン協奏曲 ニ長調「不安」 RV.234
3) ヴァイオリン協奏曲 ホ長調「恋人」 RV.271
4) ヴァイオリン協奏曲 ハ短調「疑い」 RV.199
5) ヴァイオリン協奏曲 ロ短調「アンナ・マリーアのために」 RV.387
6) ヴァイオリン協奏曲 ハ短調「アマート・ベネ」 RV.761
7) ヴァイオリン協奏曲 変ロ長調 RV.378R(補筆完成版)
8) ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV.320
9) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 RV.432R(原曲:フルート協奏曲)
10) ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV.322
 vn: エンリコ・カサッツァ(Enrico Casazza 1965-)
 ラ・マニフィカ・コムニタ(La Magnifica Comunita)
 2010年録音
【CD9】
1) 歌劇「バヤゼット」序曲 RV.703
2) 歌劇「オリンピアーデ」序曲 RV.725
3) 歌劇「ためされる真実」序曲 RV.739
4) ヴァイオリン協奏曲 ハ短調 「アマート・ベネ」 RV.761
5) 歌劇「館のオットーネ」序曲 RV.729
6) 室内協奏曲 ヘ長調 RV.571(ヴァイオリン、2つのオーボエ、2つのホルン、チェロ、ファゴットのための)
7) 歌劇「テンペーのドリッラ」序曲 RV.709
8) 歌劇「ファルナーチェ」序曲 RV.711
9) 弦楽のためのシンフォニア ト長調RV.149
10) 弦楽のための協奏曲 ニ短調 RV.128
11) 歌劇「ジュスティーノ」序曲 RV.717
 クリストファー・ホグウッド指揮 
 ラルテ・デラルコ
 vn: フェデリコ・グリエルモ(Federico Guglielmo 1968-)
 1988年録音
【CD10】
1) 「主よ、私をお助け下さい」 RV.593
2) ディキシット・ドミノス RV.807
3) 詩篇 第121番「ラエタトゥス・スム(われ喜べり)」ヘ長調 RV.607
4) ニシ・ドミノス RV.803
5) 詩篇 第147番「イェルサレムよ、主をほめ讃えよ」ホ短調 RV.609
6) マニフィカト ト短調 RV.610
 ローランド・ウィルソン(Roland Wilson 1956-)指揮
 ラ・シャペル・デュカーレ(La Capella Ducale)
 ムジカ・フィアータ(musica fiata)
 2007年録音
 CD1-3が室内楽、4-8が協奏曲、9が管弦楽曲、10が声楽曲というのがおおむねのジャンル分けになるだろう。ただし、声楽曲以外は、それほど明瞭なジャンル分けではない。これらの録音に共通するのは、ピリオド楽器を用いたシャープな感覚の演奏で、少人数制を基本としていることにある。協奏曲が半分を占めているが、じっさいに多作家であったヴィヴァルディの作品群の中でも、協奏曲は中心的位置を占めるといって良い。様々の楽器の組み合わせは、色彩感に富み、加えて柔軟なリズムは反復進行(ゼクヴェンツ)の効果的な使用による音色のダイナミックな変化が、ヴィヴァルディの音楽の魅力を作り上げている。
 当アイテム中では、【CD6】の超有名曲である「四季」がまずは凄い。ギター、リュートを含む通奏低音の効果で、きわめて鋭利でダイナミックなカッコイイ「四季」になっている。
 【CD4】の室内協奏曲もよい。オーボエ;ハンス=ペーター・ヴェスターマン(Hans-Peter Westermann)、ファゴット;ミハエル・マックロウ(Michael McCraw)、ヴァイオリン;マリー・ウティガー(Mary Utiger)とハーヨ・ベス(Hajo Bass)、チェロ;ライナー・ツィッペルリング(Rainer Zipperling)、ハープシコードとオルガン;ハラルド・ヘーレン(Harald Hoeren)といった名手たちによって、典雅で快活な音感と、跳躍的な音型で、たいへんアグレッシヴな音楽となっている。かつ各楽器の響きが、室内楽的な緊密性を保っているため、BGM的な心地よさも持っている。なお、「室内協奏曲 ニ長調 RV.94」の第2楽章は、聴いたとたんに多くの人が、有名な合奏協奏曲「冬」の第2楽章にそっくりだ、と思うに違いない。このRV.94は1720年ごろの作品と考えられている。「冬」は「四季」として1725年に発行されているので、このRV.94の第2楽章の主題に、若干の変更を加えて転用されたと考えられている。また、【CD9】の歌劇「テンペーのドリッラ」序曲 RV.709の「第3楽章」部分には、有名な「春」の第1楽章第1主題が転用されており、原曲とは異なる調性による開放感のある音色が面白い。ただ、この楽章に相当する部分は、1分もない短さである。ちなみに、RV.709は1726年頃の作品と考えられている。
 【CD5】は古フルートの典雅で木目調の響きが麗しく、雰囲気に満ちている。【CD1】の軽快なヴァイオリン、【CD3】の厳かさを感じる緊密性も魅力的。いずれにも「ラ・フォリア」の有名な主題に基づく変奏曲が収録されているため、聴き比べも面白い。
 他の録音も含めて、いずれも現代の最高水準といっていい演奏内容となっていて、ぜひこれをきかっけに、多くの人に多彩なヴィヴァルディの音楽の魅力に触れてほしいと思う。'''

ヴィヴァルディ 歌劇「オリンピア」序曲 弦楽のためのシンフォニア 協奏曲op3-10  バッハ 管弦楽組曲 第4番 3つのヴァイオリンのための協奏曲BWV.1064 カンタータ 第42番から「シンフォニア」
ヘンゲルブロック指揮 フライブルク・バロック・オーケストラ

レビュー日:2013.12.13
★★★★☆ 近代ピリオド奏法による模範的解釈が施されたバロック管弦楽曲集
 ヘンゲルブロック(Thomas Hengelbrock 1958-)指揮、フライブルク・バロック・オーケストラの演奏によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)とバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の作品集。1993年の録音。収録曲がちょっと渋めで、以下の様になっている。
1) ヴィヴァルディ 歌劇「オリンピア」序曲
2) バッハ 管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069から「序曲」と「ガヴォット」
3) ヴィヴァルディ 弦楽のための協奏曲 イ長調 「コンチェルト・リピエーノ」 RV.158
4) バッハ カンタータ 第42番「されど同じ安息日の夕べに」 BWV42から「シンフォニア」
5) ヴィヴァルディ 協奏曲集「調和の霊感」から第10番 ロ短調「4つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲」 op.3-10
6) バッハ 3つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ長調 BWV1064R
 以上の様に、ヴィヴァルディとバッハの作品が互いに連続しないような収録順番になっている。
 バッハの管弦楽組曲4番はトランペットとティンパニのない初版によっている。ヴィヴァルディ「弦楽のための協奏曲」は単に「シンフォニア」と呼ばれることもある。ヴィヴァルディの調和の霊感第10番は、バッハによって「4つのチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV1065」に編曲されたことでも有名。最後に収録されているバッハの「3つのヴァイオリンのための協奏曲」は、バッハがこの楽曲から編曲したとされる「3台のチェンバロのための協奏曲 第2番 ハ長調 BWV1064」のスコアに基づいて復元されたもので、BWV番号も復元を示すRが付いている。ただし、最近までの研究では、この「原曲」はバッハの作品ではなかったという説もある。
 演奏をしているフライブルク・バロック管弦楽団(Freiburger Barockorchester)は、ドイツの古楽器オーケストラで、1987年の設立からこのオーケストラの音楽監督を務めたのが古楽のみならず芸術広範に深い造形をもつヘンゲルブロック。数々の優れた録音がある中で、本盤は特に目立つものではないかもしれないが、レパートリー的にはもちろん彼らのメインとなる楽曲であり、活力に富んだサウンドを繰り出している。テンポはいわゆるピリオド奏法に従順な速さを維持したもの。冒頭のオリンピア序曲は、ヴィヴァルディらしいバロック的な重さと、シンフォニックな幅のある響きが印象的だが、全般に足取りの速い軽やかさで、淡々とした表現でまとめている。バッハの管弦楽組曲は、木管楽器の印象が支配的で、特有の柔らかい肌合いが感じられよう。楽曲としては、やはり最後に収録された2曲の聴き味が大きく、颯爽とまとめた直線的なスタイルの中で、細やかなバロック的風合いを醸し出した貫禄を感じさせる演奏。
 いずれの楽曲でも、同等のアプローチであり、作品の個性を強調するような方向性を与えず、むしろ全体的な均衡性の美観に貫かれていることは、当盤に限らず近代のピリオド奏法に共通の事項だろう。しかし、まずはこのオーケストラの高い技術を堪能するのに、十分な内容になっている。

合奏協奏曲 「四季」 協奏曲ハ長調RV.556「聖ロレンツォの祝日のために」 協奏曲変ホ長調RV.579「葬送」 協奏曲ト短調RV.577「ドレスデンのオーケストラのために」
vn: グッリ シャイー指揮 ボローニャ歌劇場フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2013.9.25
★★★★☆ ヴィヴァルディの超有名作を、清々しい透明感をもって再現
 フランコ・グッリ(Franco Gulli 1926-2001)のヴァイオリン、リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮、ボローニャ市立歌劇場フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の協奏曲集。1990年の録音。収録曲は以下の通り。
1) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から第1番「春」RV.269
2) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から第2番「夏」RV.315
3) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から第3番「秋」RV.293
4) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から第4番「冬」RV.297
5) 合奏協奏曲 ハ長調 「聖ロレンツォの祝日のために」RV.556
6) ヴァイオリン、オーボエ、シャリュモーと3つのヴィオラ・アッリングレーゼのための協奏曲 変ロ長調 「葬送協奏曲」RV.579
7) ヴァイオリン、2本のオーボエ、2本のリコーダーとファゴットのための協奏曲 ト短調 「ドレスデンのオーケストラのために」RV.577
 1)~4)は「四季」の名で知られる日本でもきわめて知名度の高い楽曲で、これらは全12曲からなるヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」の第1番から第4番に相当している。5)は、同じく「聖ロレンツォの祝日のために」のタイトルのあるヘ長調の「ヴァイオリン協奏曲(RV.286)」及びニ長調の「ヴァイオリンと2本のオーボエ、2本のホルンのための協奏曲(RV.562)」が存在するため、混同しやすいが、収録さあれているRV.556は、「2つのフルート、2つのオーボエ、2つのクラリネット、ファゴット、2つのヴァイオリンと弦楽合奏」のために書かれた協奏曲である。
 東京音楽大学でも指導した経歴があるヴァイオリン独奏のグッリは、イタリアのヴァイオリニストで、ローマ合奏団のメンバーとして活躍した人物。なので、当アルバムはイタリアの指揮者、独奏者、オーケストラによる、イタリア古楽の大家ヴィヴァルディ作品の演奏を収録したもの、ということになる。
 ヴィヴァルディの四季という作品は、あまりにも巷に溢れすぎていて、クラシック音楽をいろいろと聴くようになると、逆に遠ざかってしまう存在だとも言える。かつては「春」が抜群に人気があったのだが、歌謡性に満ちた旋律が馴染みやすい「冬」の第2楽章の人気が高まったこともあった。しかし、現在の日本では、凄まじい嵐を描写した「夏」の第3楽章が大人気のようである。実際、TVのCMなどでも、かなりのローテーションで使用されている。
 さて、そこで、このアルバムであるが、演奏は実に柔らかい、マイルドで透明で聴き味さわやかなものである。なので、前述の「夏」の第3楽章に「厳しい激しさ」を求める方の場合、当盤の演奏には若干不満が残るかもしれない。一方で、各曲の底辺に流れる明朗さ、清々しい情緒の表出といった点で優れており、これらの曲集に何を求めるかで、受け取る側の評価も大きく変わりそう。
 私個人的には、最近のピリオド奏法による高速演奏より、当盤のように古典的な情緒をすくってくれる演奏の方が基本的には好きだが、「これだと、確かに夏の第3楽章などは、物足りないかな」とも思う。
 合奏協奏曲 ハ長調 「聖ロレンツォの祝日のために」は、クラリネット、ファゴット、オーボエ、フルートが用いられることによって、柔らかな典雅さが一層際立って響く。最後に収録された2曲はほとんど聴く機会のない作品で、「葬送」という作品も、冒頭でそれらしさがあるほかは、調和的な穏やかさに満たされていて、際立って特徴的とは感じられない。
 いずれにしても、「四季」という有名作の旋律を、透明感のあるサウンドで楽しみたい、という方には、推薦できる演奏だと思う。

合奏協奏曲 「四季」(第1番「春」 第2番「夏」 第3番「秋」 第4番「冬」) 第5番「喜び」 第6番「海の嵐」
vn: ゴルツ ゴルツ指揮 フライブルク・バロック・オーケストラ ザ・ハープ・コンソート

レビュー日:2014.3.13
★★★★★ カッコイイ現代版「四季」として、定番に推したい一枚
 ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ(Gottfried von der Goltz 1964-)をコンサート・マスターとするフライブルク・バロック・オーケストラ(Freiburger Barockorchester)と、アンドリュー・ローレンス=キング(Andrew Lawrence-King 1959-)をリーダーとするザ・ハープ・コンソート(The Harp Consort)によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の超名曲「四季」を中心とする1996年録音のアルバム。収録曲は下記の通り。
1) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第1番 ホ長調「春」op.8-1, RV.269
2) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第2番 ト短調「夏」op.8-2, RV.315
3) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第3番 ヘ長調「秋」op.8-3, RV.293
4) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第4番 ヘ短調「冬」op.8-4 RV.297
5) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第6番 ハ長調「喜び」op.8-6 RV.180
6) ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」から 第5番 変ホ長調「海の嵐」op.8-6 RV.253
7) 「四季」へのソネット朗読
 ヴァイオリン・ソロはゴルツが担当。ゴルツとフライブルク・バロック・オーケストラの刺激的でスピーディーなアプローチもさることながら、併せて注目したいのはザ・ハープ・コンソートによる通奏低音。ザ・ハープ・コンソートは、バロック・ルネッサンス期の音楽を中心に活動をしている古楽集団で、スペインやケルトの音楽もジャンルに含んでいる。その編成は、ハープの他にギターなどのリュート系の楽器と、オルガン、ハープシコードといったクラヴィーア系の楽器からなる。
 当録音では、ギター、リュート、ハープ、リローネ(Lirone;ヴィオール属の古楽器の一つ)といった壮大な編成による通奏低音が奏でられていて、きわめてダイナミックな音感を引き出している。ゴルツらのシャープで瞬間の起伏の激しい演奏とともに、ギター系の弦を弾く通奏低音の重なりが、きわめてドラマティックな音響を形成している。一言でいうと「カッコイイ」演奏。
 こうして聴いていると、「四季」という音楽には、かつては春の冒頭の様な温和な安らぎが一般的な理解だったと思うが、最近はTV-CMなどで、「夏」の第3楽章や「冬」の第1楽章が「衝撃的」な効果を見込んで使用されることが多くなったことがあり、その現代的なこの曲の「姿」を見事に体現した録音の一つとなっていると思う。
 それにしても弦楽器陣のスリリングな迫力はこの上ない。ギターやリュートの高速アルペッジョに沿って、音の立ち上がりを俊敏にずらしたり、その間隙に緊張感を高めたりする効果が絶大だ。ゴルツのヴァイオリンは、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の協奏曲を聴いたときは、その激しさとともに、刺々しいほどの音を絡めるスタイルに、ちょっと過剰なところも感じ取ったのだけれど、このヴィヴァルディでは、合奏音の中音域の音幅に一定の安定感が与えられているところがるようで、「やり過ぎ」とまでは感じず、むしろきわめて高い爽快感を得ることができた。
 現代の聴衆のニーズに見事に応えた、サービス感満点の演奏だ。
 なお当アルバムの末尾には、出版時に「四季」の各楽章に付され、「四季」のネーミングの根拠になったソネット(Sonnet;十四行詩)の朗読が収録されている。

合奏協奏曲 「四季」(第1番「春」 第2番「夏」 第3番「秋」 第4番「冬」) 弦楽のための協奏曲 ト長調「アラ・ルスティカ」 RV151
vn: 西崎崇子 ガンゼンハウザー指揮 カペラ・イストロポリターナ

レビュー日:2017.8.14
★★★★★ ナクソス・レーベル発足を記念する歴史的1枚
 ドイツの実業家、クラウス・ハイマン(Klaus Heymann 1936-)とその妻でヴァイオリニストである西崎崇子(1944-)によって、1987年に香港で立ち上げられたクラシック・レーベル「ナクソス」は、まだ知られていないアーティストや作曲家、楽曲を発掘し、定価格でリスナーに音源を届けるという徹底した理念により、一気に発展し、現在では、そのクラシックCDの売上げが世界一となるまで急成長を果たした。現在でもその姿勢は貫かれていて、その結果、面白い楽曲を優秀な演奏と録音で、廉価に楽しむことが出来る、フアンにとっては実にありがたい存在となっているのである。
 いきなり、こんな話をしたのは、このアルバムがレーベル立ち上げと同時に作製された、文字通り「最初の一枚」であるからである。創業者の一人である西崎崇子のヴァイオリン、スティーヴン・ガンゼンハウザー(Stephen Gunzenhauser 1942-)指揮、カペラ・イストロポリターナの演奏にヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の以下の楽曲が収録されている。
1) 合奏協奏曲 ホ長調「春」 op.8-1 RV269
2) 合奏協奏曲 ト短調「夏」 op.8-2 RV315
3) 合奏協奏曲 ヘ長調「秋」 op.8-3 RV293
4) 合奏協奏曲 ヘ短調「冬」 op.8-4 RV297
5) 弦楽のための協奏曲 ト長調「アラ・ルスティカ」 RV151
 1987年の録音。
 この個性的なレーベルが最初に録音した曲目が王道中の王道と言えるヴィヴァルディの「四季」であることは逆に印象的だ。また、そうであっても、めったに聴く機会のない「アラ・ルスティカ」が併せて収録してあることも、これからの発展方向を示唆していたように感じられる。
 現代楽器による適切な編成による模範的な名演、といったところだろうか。最近では、とくにバロックの名曲ともなると、ありきたりにならないように、様々に志向を凝らせたり、激しいリズムやアクセントを効かせた演奏が喜ばれる傾向があるが、当録音には、現代楽器を用いていることもあるが、凛として、古来あるべき道を堂々と歩んだような落着きがある。この演奏を聴いていると、「そうそう、これらの曲って、こういう曲だったんだよな」といった不思議な感想を感じた。
 もちろん、これらの楽曲が本来どんなふうに演奏されていたかを明らかにすることはできない。そういった点では、最近のピリオド楽器を用いた演奏による楽器の性能面による制約や、編成される人数の資料から逆説的に導いた奏法(イネガル奏法とかノン・ヴィブラート奏法)だとか、アラ・プレーヴェなどのテンポの学術的厳密化により実践された音楽の方が、本来のものに近いのだろう。しかし、それと別に、楽器の発展にともなう歴史の必然の流れにはぐくまれ、形を変えながら完成されていった演奏の価値というのは、別に存在してしかるべきである。私が、子どもの頃、音楽の授業で聴いたような、ちょっと前まで主流であった演奏形態による「四季」は、私にとってこの作品の原体験であり、それに似た表現手法による演奏に接した瞬間に、「それ」への回帰的な気持ちが沸き起こったとしても、当然のことではないだろうか。
 そういった意味で、この演奏に私は懐かしい親しみを覚える。確かに、現在はやりのスタイルに比べると、テンポは全般にゆっくりしていて、刺激的なものも少ないのだけれど、それでも、そこから「ヴィヴァルディの四季である」という名曲としての風味は、十分に伝わってくるし、それは、私には失い難い性質のものに感じられる。
 なので、私は、テオドール・アドルノ(Theodor Adorno 1903-1969)のように、「歴史的にオーセンティックな芸術」とそうでないものを分類して、そうでないものを無価値なものと断ずることは、まったく理解できないのである。
 落ち着いたやわらかなサウンド、くっきりとした透明感をもってロマン的に歌われる旋律。現代的ではない?・・別にかまわない。いいものはいいのである。このレーベルの最初の一枚にふさわしい。

協奏曲 調和の幻想 全曲
ビオンディ指揮 エウローパ・ガランテ合奏団 vn: ビオンディ

レビュー日:2011.6.17
★★★★★ ヴィヴァルディの革新的な音楽を、より積極的に解釈したビオンディ盤
 1711年に出版されたヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)による1本から4本のヴァイオリンのための全12曲の協奏曲集「調和の霊感(L'estro armonico~「調和の幻想」の訳もある)」は、新しい協奏曲のスタイルを築き上げたもので、バッハも多大な影響を受けたことで有名だ。このアルバムは、イタリアのバロック・ヴァイオリニスト、ファビオ・ビオンディ(Fabio Biondi 1961-)が自ら結成したピリオド楽器による楽団エウローパ・ガランテ(L'Europa galante)と1997年から98年にかけて録音したもの。
 私がこれらの曲集で、特に忘れ難いのは、協奏曲第9番の第2楽章(CD2の15トラック)。黒澤明の最後の作品となった映画「まあだだよ」のラストシーン。年老いた主人公(文豪、内田百けん)が倒れたおり、少年時代の夢を見る。かくれんぼをしていて振り返ると、そこには壮絶な美しい夕焼けが広がっている。その夕暮れをバックに流れるのがこの曲。ビタリとハマった好演出だった。ちなみに私は内田百けんの「ネコへの思い」に強く共感するものであり、この映画もその理由で観た次第。映画を観終わってすぐ、ホグウッドによる調和の霊感全曲を買ったのはその余波である。
 それで、このビオンディの演奏は、ピリオド楽器による録音初期のホグウッド(1980年録音)に比べると、さすがにいろいろ進化していて、表現の幅がより広がった印象を持つ。
 ヴィヴァルディの協奏曲は、基本的には急-緩-急の3楽章構成で、それまで主流だった「多楽章構成」に比べ、スリムで、核心のみによって紡がれたような、無駄の無いスリリングな音楽となっている。それで、アップテンポな主題とともに、情熱的で想像的な音楽で、その効果を担う8分音符や16分音符を、いかに研ぎ澄ました上で、音楽のブレイクポイントを設けるかというのが一つのテーマ。ビオンディは推進力に満ちたパワフルなスタイルで、この曲の性格を極限まで強く引き出したのが見事。
 また、ホグウッドと比べると、ビオンディにはあちこちで多くの「仕掛け」があり、早いテンポの中で、さらに様々な緩急を織り交ぜている。そのために、人によってはむしろ落ち着かない、あるいはメロディラインのなめらかさが不足する、と感じる場合もあるかもしれない。しかし、おそらくこの曲集の解釈としてビオンディはそれなりに正鵠を射ているように思える。少なくとも一つの解釈としては成り立っているだろう。また、ビオンディの秀逸さは、ソノリティの演出により情感をほどよくキープできる点にもある。例えば、ニ長調の協奏曲(第9番)の第1楽章の弦の音は暖かみ、甘みを感じさせ心憎いほどの仕上がり。ヴィヴァルディのこれらの活力ある楽曲に相応しい録音の一つと思う。

3つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調 RV.551 ヴァイオリンとチェロのための協奏曲変ロ長調 RV.547 4つのヴァイオリンのための協奏曲ホ短調 RV.550 2つのチェロのための協奏曲ト長調 RV.531 2つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調 RV.522 4つのヴァイオリンのための協奏曲ホ短調 RV.580 (編曲:Jochen Neurath) 歌劇「ティト・マンリオ」RV.778からアリア「Il figlio, Il reo」
vn: ダスカラキス ダスカラキス指揮 シュトゥットガルト室内管弦楽団

レビュー日:2013.8.20
★★★★★ 先鋭性を損なわずに、柔らかな全体像を獲得したヴィヴァルディ
 アリアドネ・ダスカラキス(Ariadne Daskalakis 1969-)のヴァイオリンと指揮、シュトゥットガルト室内管弦楽団の演奏によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の協奏曲集。2012年の録音。収録曲は以下の通り。
1) 3つのヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調 RV.551
2) ヴァイオリンとチェロのための協奏曲変ロ長調 RV.547
3) 4つのヴァイオリンのための協奏曲ホ短調 RV.550
4) 2つのチェロのための協奏曲ト長調 RV.531
5) 2つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調 RV.522(調和の霊感 第8番) バッハの「オルガン協奏曲 第2番 イ短調BWV593」の原曲
6) 4つのヴァイオリンのための協奏曲ロ短調 RV.580(調和の霊感 第10番) バッハの「4つのチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV1065」の原曲
7) 歌劇「ティト・マンリオ」 RV.778から、アリア“Il figlio, Il reo”
 調和の霊感からの2曲が聴かれる機会の多い作品で、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)は5)を「オルガン協奏曲(BWV593)」に、6)を「4つのチェンバロのための協奏曲(BWV1065)」に編曲している。6)はヨッヒェン・ノイラート(Jochen Neurath 1968-)による編集版で、7)の編曲はイアイン・マックファイル(Iain MacPhail)によるもの。
 ヴィヴァルディは63年の生涯のうちに、500を超える協奏曲を書いており、大変な多作家であった。その中で「四季」と題される4曲がずば抜けて有名(この4曲を含む12曲が「和声と創意への試み」という曲集となる)で、次いで「調和の霊感」の12曲がこれに続く。しかし、当然のことながら他にもいろいろと素敵な曲を書いているわけで、前述の作品しか聴かないのはもったいない。とはいえ、なんせ作品数が膨大で、どっから聴いていいかわからない。
 当盤は、有名な「調和の霊感」からの2曲に加える形で、無名な作品たちが紹介されているので、そういったヴィヴァルディの作品群への足掛かりとしても恰好な一枚と言えそう。3)を除く5つの協奏曲は、ヴィヴァルディらしい急-緩-急の3楽章構成になっていて、メリハリの効果が高く、旋律の品格など、さすが大御所といったところ。例えば冒頭に収録された「3つのヴァイオリンのための協奏曲」の中間楽章、ピチカートの伴奏群を背景に、独奏群によってなめらかに高雅に歌いあげられる旋律は、情緒的な味わいも深く、深い感銘を与えてくれる。「2つのチェロのための協奏曲」も、チェロの音域を存分に意識した楽曲で、編成と音色の妙を楽しめる。
 元来バロック音楽演奏の伝統のあるシュトゥットガルト室内管弦楽団の演奏が良い。非常に耳あたりのよい清々しい響きだ。テンポも速すぎない程度に快速で心地よい。ヴィヴァルディの音楽は、元来非常に華やかな響きがして、演奏によっては、そのことが“響きがキツイ”という印象にも通じてしまうことがあるのだけれど、この演奏が持つ全体的な穏当な柔らかさは、私にはたいへん心地よい。また、柔らかいと言っても、決して一つ一つの楽器の先鋭性や独立性が削がれているわけではない。そのバランス感覚が秀逸であり、音響が適切な規模で構築され収まっているという手ごたえがある。
 録音も良好で、音像がくっきりしているだけでなく、前後左右の距離感がリアルに伝わってくる。堅実な演奏で、好ましい響きに満ちたヴィヴァルディであり、これらの楽曲を知るのにも良い「紹介盤」ともなるだろう。

ヴァイオリン協奏曲集(ホ短調「お気に入り」 RV.277 ニ長調「不安」 RV.234 ホ長調「恋人」 RV.271 ハ短調「疑い」 RV.199 ロ短調「アンナ・マリーアのために」 RV.387 ハ短調「アマート・ベネ」 RV.761 変ロ長調 RV.378 ト短調 RV.320 ホ短調 RV.432(原曲:フルート協奏曲) ト短調 RV.322)
vn: カサッツァ ラ・マニフィカ・コムニタ

レビュー日:2014.3.17
★★★★★ ヴィヴァルディの輝かしい才気を堪能できるヴァイオリン協奏曲集
 エンリコ・カサッツァ(Enrico Casazza 1965-)のヴァイオリンとラ・マニフィカ・コムニタ(La Magnifica Comunita)の演奏によるCD2枚組のヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)のヴァイオリン協奏曲集。2010年の録音。収録曲の詳細は以下の通り。
1) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調「お気に入り」 RV.277
2) ヴァイオリン協奏曲 ニ長調「不安」 RV.234
3) ヴァイオリン協奏曲 ホ長調「恋人」 RV.271
4) ヴァイオリン協奏曲 ハ短調「疑い」 RV.199
5) ヴァイオリン協奏曲 ロ短調「アンナ・マリーアのために」 RV.387
6) ヴァイオリン協奏曲 ハ短調「アマート・ベネ」 RV.761
7) ヴァイオリン協奏曲 変ロ長調 RV.378R(補筆完成版)
8) ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV.320
9) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 RV.432R(原曲:フルート協奏曲)
10) ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV.322
 バロック音楽における作曲家たちの中で、ヴィヴァルディの特徴を際立たせているのは、その主たるジャンルが「協奏曲」であるということである。もちろんヴィヴァルディも声楽曲や宗教のための機会音楽も書いたが、彼の業績のもっとも偉大なものは協奏曲という器楽音楽に集中している。そうして、それらの協奏曲は、基本的にアレグロ-アダージョ-アレグロといった急緩急の3楽章の構造で、そこにしばしばアダージョの導入部が加えられる。急な楽章では、トゥッティとソロが、主調→属調→関係調→主張という調性関係のもとに数回交互にあらわる。そして、生き生きとした主題と快活なリズムによりダイナミックな音色の効果が得られている。
 ヴィヴァルディがこれらの音楽技法を用いて、協奏曲で表現しようとしたものは様々であろうが、しかしタイトルの与えられた作品には、例えば当盤に収録されたもののように「お気に入り」「不安」「疑い」といった人間の感情に係るものであることが多い。また、有名な合奏協奏曲の「四季」のように、4つの季節を描写したソネットに従って音楽を導くなど標題性を与えているものも多い。つまり「人間のパトス」や「標題性」といったものを純器楽の世界で扱ったヴィヴァルディの感性は、多分に浪漫的な様相を含んでいると思われる。
 つまり、骨格、構造的な堅牢性と、主題の浪漫性の交錯こそがヴィヴァルディの協奏曲の醍醐味ではないか、と思うのだが、このカサッツァの演奏は実に素晴らしい。この演奏を成功に導いたのは、カサッツァの悪魔的とも思える卓越した技術と、精妙を究めたアンサンブル、そして室内楽的な規模の編成により、細部の精度を磨き上げた洗練によっている。すべての音楽が、生命力に溢れ、カラフルな音色に満ちている。
 いくつか印象深かった箇所を上げてみよう。RV.277は特に終楽章のリュート系楽器の通奏低音の先鋭なリズムが決まっていて、舞曲風の活力に溢れた音楽が魅力だ。RV.387は中間楽章のLargoの深い憂いのあるメロディに注目したい。モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)のアンダンテを思わせるような憂愁がある。これに続く終楽章の機敏な短調も、起伏が豊かでカッコイイ。ヴィヴァルディならではの運動的な瞬発力が漲っている。RV.761の第1楽章は浪漫的なメロディ・ラインに、より新しい音楽を目指したヴィヴァルディの意欲を感じる。RV.378Rの第3楽章は中間部のソロ・ヴァイオリンの疾走振りが凄まじい。シャコンヌを彷彿とさせる。
 以上、いくつか挙げてみたが、他にも意欲的な音楽や表現が随所にあり、ヴィヴァルディの溢れるような才気が隅々まで行き渡ったような演奏になっている。ヴィヴァルディの当該曲集の代表的な録音と言って良いと思う。

フルート協奏曲 第1番「海の嵐」 第2番「夜」 第3番「ごしきひわ」 第4番 第5番 第6番
fl: 有田正広 東京バッハ・モーツァルト・アンサンブル

レビュー日:2008.2.18
★★★★★ 日本における古楽器録音の草分け的存在の一つ
 フルートという楽器の起源は古く、原型となるものは原始民族の間にも存在していたと考えられる。いま見られるものとしてエジプトのネイ(nay)という縦笛も起源は同じと考えられる。ヨーロッパでは13世紀のギリシアに端を発し、様々に発展した。現在の「横笛」としての原型はフルート・トラヴェルソ(flauto traverse)と呼ばれるもので、このヴィヴァルディの協奏曲はこの楽器のために作られたとされている。
 ここで有田正広と東京バッハ・モーツァルト・アンサンブルはほぼ当時の楽器により演奏を再現している。今となっては珍しい試みではなくなったが、当盤が録音されたのが1990年であることを考えると、その後日本でも盛んになった古楽器を用いたオリジナル奏法による演奏(録音)の草分け的存在の一つだと思う。
 バックの編成は2本のヴァイオリンとヴィオラ、オーボエ、ファゴット、チェロ、ヴィオローネ、チェンバロ各1という簡素なものであるが、その風通しのよい風合いと心地よいスピード感、洒脱な音色が非常に効果的に楽曲の性格を描いている。アンサンブルの息の良さは無論文句なく、いかにも心地よい木目調の音色であり、かつ急所の迫力も十分である。とくに管楽器の高雅な「遊び」のような音色作りの添える彩がよい。なお、協奏曲「夜」の最後のアレグロ部分が2008年2月現在マキアージュのTV-CMで用いられており、この曲の知名度もちょっとだけ上がったかもしれない。

フルート協奏曲 第1番「海の嵐」 第2番「夜」 第3番「ごしきひわ」 第4番 第5番 第6番 協奏曲ハ長調RV.779
fl: カイザー、シュナイダー カメラータ・ケルン

レビュー日:2014.3.10
★★★★★ ヴィヴァルディの音色に対する鋭敏な感覚を感じさせる録音
 カメラータ・ケルン(Camerata Koln)によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)のフルート協奏曲を集めた1988年録音のアルバム。フルートがメインの作品集ではあるが、当時の様式により、複数の独奏楽器と通奏低音(チェロと鍵盤楽器)という編成による曲目。独奏楽器の組み合わせと併せて、当盤の収録内容を以下にまとめる。
1) フルート協奏曲 第3番 ニ長調op.10-3「ごしきひわ」 (フラウト・トラヴェルソ、オーボエ、ヴァイオリン)
2) フルート協奏曲 第1番 ヘ長調op.10-1「海の嵐」 (バロックフルート、オーボエ、ヴァイオリン)
3) フルート協奏曲 第4番 ト長調op.10-4  (フラウト・トラヴェルソ、ヴァイオリン2艇、ヴィオラ)
4) フルート協奏曲 第5番 ヘ長調op.10-5 (バロックフルート、ヴァイオリン2艇、ヴィオラ)
5) フルート協奏曲 第2番 ト短調op.10-2「夜」 (フラウト・トラヴェルソ、ヴァイオリン2艇、バズーン)(13-16)
6) フルート協奏曲 第6番 ト長調op.10-6 (リコーダー、オーボエ、ヴァイオリン、バズーン)
7) ヴァイオリン、オルガン、オーボエのための協奏曲 ハ長調 RV.779
 フラウト=トラヴェルソはカール・カイザー(Karl Kaiser)、バロックフルートとリコーダーはミヒャエル・シュナイダー(Michael Schneider 1953-)。
 ちなに「バロックフルート(独語読;ブロックフレーテ)」と「フラウト・トラヴェルソ」は、それぞれフルートの古楽器にあたるが、フラウト・トラヴェルソが現代のフルートと同じ横笛なのに対し、バロックフルートは縦笛である。ただ、「バロック・フルート」という呼称は、前述の「縦笛」という意味合いのほか、「バロック期に製作されたフルート」という意味もあって、混同を招きやすい。ちなみに「トラヴェルソ」は「横向きの」を意味するイタリア語traversoである。
 典雅で、木目調の、透明感のある楽器の響きが清々しい。複数の独奏楽器の登場する楽曲たちであるが、こうして聴いてみると、バロックフルートとフラウト・トラヴェルソの響きは、支配的といっていいほどに印象が強く、「フルート協奏曲」と称するに相当の内容に思える。
 ヴィヴァルディの協奏曲は、たいていアレグロ-アダージョ-アレグロの3楽章の構想に従うが、たまにアダージョの導入部が加えられることもある。当盤の収録曲では、「フルート協奏曲 第2番」と「ヴァイオリン、オルガン、オーボエのための協奏曲」において、この序奏部が設定されている。そして、私はこのうち「夜」と題されたフルート協奏曲第2番が大好きで、第2楽章、第4楽章の深刻な諸相、微妙な音の揺れを誘う木管楽器の奏法に豊かなニュアンスを感じる。カメラ―タ・ケルンの演奏は、木管楽器の情感が卓越していて、「夜」という標題性から感じる闇の持つ「怖さ」や「不安」といった要素を、聴き手に意識させてくれる。終楽章の嵐のような疾走感も素晴らしい。
 「ヴァイオリン、オルガン、オーボエのための協奏曲」では第2楽章における各楽器の同音連打が印象的で、オルガンをはじめとした楽器たちの音色のヴァラエティを堪能させてくれる出来栄えだ。
 また、「フルート協奏曲 第6番」の第2楽章のように、単純な旋律と進行でありながら、哀しみを含んだ推進性を感じさせる音楽にも、大いに魅力を感じる。著明な「海の嵐」も、ノリのよい運びで、軽快で生き生きとした柔軟なリズムが効果的に楽曲を装飾している。
 曲によって、「バロックフルート」、「フラウト・トラヴェルソ」、「リコーダー」と複数のフルートの古楽器を使い分けていて、その明確な意図まではわからないものの、聴いていて音色的な楽しみは十分に享受することができた。楽器編成の違いによる全体のカラーの変化と併せて、ヴィヴァルディらしい千変万化ぶりを楽しめる一枚になっている。

ヴィヴァルディ フルート協奏曲 第2番 ト短調「夜」RV104 ソプラニーノ・ブロックフレーテ協奏曲 ハ長調 RV.443  マルチェッロ オーボエ協奏曲「ベニスの愛」  クヴァンツ ブロックフレーテ、フルートと通奏低音のためのトリオ ハ長調  J.C.バッハ フォルテピアノ、フルート、オーボエ、ヴァイオリンとチェロのための四重奏曲 ニ長調 op.22-1  ファッシュ 2つのオーボエ、ファゴットと通奏低音のための四重奏曲ニ短調
カメラータ・ケルン Bfl: シュナイダー Fl-tr: カイザー ob: ヴェスターマン fg: マクロウ vc: ツィッペリンク cemb, org, fp: ヘーレン

レビュー日:2015.1.22
★★★★★ バロック期を象徴するような魅力的な楽曲が揃っています
 カメラータ・ケルンによる「音楽の花束(Floriegium Musicale)」と題しての、バロック室内音楽集。1989年の録音。収録曲は以下の通り。
1) ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741) フルート協奏曲 第2番 ト短調「夜」 RV104
2) マルチェッロ(Alessandro Marcello 1669-1747) オーボエ協奏曲 ニ短調「ヴェニスの愛」
3) クヴァンツ(Johann Joachim Quantz 1697-1773) ブロックフレーテ、フルートと通奏低音のためのトリオ ハ長調
4) J.C.バッハ(Johann Christian Bach 1735-1782) フォルテピアノ、フルート、オーボエ、ヴァイオリンとチェロのための四重奏曲 ニ長調 op.22-1
5) ファッシュ(Johann Friedrich Fasch 1688-1758) 2つのオーボエ、ファゴットと通奏低音のための四重奏曲ニ短調
6) ヴィヴァルディ ソプラニーノ・ブロックフレーテ協奏曲 ハ長調 RV.443
 主な奏者は以下の通り
 ブロックフレーテ(リコーダー) ミヒャエル・シュナイダー(Michael Schneider)
 フルート(フラウト・トラヴェルソ) カール・カイザー(Karl Kaiser)
 オーボエ ハンス=ペーター・ヴェスターマン(Hans-Peter Westermann)
 ファゴット ミハエル・マックロウ(Michael McCraw)
 チェロ ライナー・ツィッペリンク(Rainer Zipperling)
 チェンバロ、オルガン、フォルテピアノ ハラルト・ヘーレン(Harald Hoeren)
 とても聴き心地の良いアルバム。短調と長調の曲が3曲ずつあるので、雰囲気的な対比もある。有名な作品としては、冒頭の2曲になるのだと思うが、他の4曲も聴き劣りするものではなく、旋律的な魅力も十分。
 注目したい作品としては、J.C.バッハの「フォルテピアノ、フルート、オーボエ、ヴァイオリンとチェロのための四重奏曲 ニ長調」を挙げたい。バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の第11男として生まれ、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)にも影響を与えたと考えられている人物であるが、この作品を聴くと、なるほど、バッハ以後の古典派音楽らしい旋律の扱いや楽曲の構成感が垣間見られる。フォルテピアノの活用の仕方は、モーツァルト的であり、この楽器の次世代の室内楽の主導的役割を早期に見出した感があり、とても興味深く聴ける。
 楽器の音色として面白いのは、末尾に収録されたヴィヴァルディの「ソプラニーノ・ブロックフレーテ協奏曲 ハ長調」。ブロックフレーテはいわゆるリコーダーであり、日本人にはなじみの深い楽器であるが、頭に付く「ソプラニーノ」という形容詞はあまり聞きなれないものだろう。これはソプラノよりもさらに高音域を受け持っていたことを示すもので、楽器の音色を聴いてみると、とても澄んだ高音である。演奏のためかもしれないが、あまりにも結晶化しきった響きであるため、どこかメタリックな印象を受けるほどの音。この楽曲では、その音色を存分に味わうことが出来る。
 他の楽曲も含めて、古楽演奏に精通した奏者たちによる説得力のある典雅な演奏ばかりであり、上記の様な発見を併せて、いろいろ楽しみの多いアルバムとなっている。

トリオ・ソナタ 変ホ長調 op.1-7 ニ短調 op.1-8 イ長調 op.1-9 変ロ長調 op.1-10 ロ短調 op.1-11 ニ短調「ラ・フォリア」 op.1-12, RV.63
cemb: ホグウッド ラルテ・デラルコ

レビュー日:2014.3.20
★★★★★ 「トリオ・ソナタ」に、いにしえの典雅な音の輝きを聴く
 クリストファー・ホグウッド(Christopher Hogwood 1941-)とラルテ・デラルコ(L'Arte dell'Arco)によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)のトリオ・ソナタ集。1997年の録音。収録曲の詳細は以下の通り。
1) トリオ・ソナタ 第7番 変ホ長調 op.1-7, RV.65
2) トリオ・ソナタ 第8番 ニ短調 op.1-8, RV.64
3) トリオ・ソナタ 第9番 イ長調 op.1-9, RV.75
4) トリオ・ソナタ 第10番 変ロ長調 op.1-10, RV.78
5) トリオ・ソナタ 第11番 ロ短調 op.1-11, RV.79
6) トリオ・ソナタ 第12番 ニ短調 op.1-12, RV.63「ラ・フォリア」
 また、各楽器の奏者は以下の通り 
 チェンバロ、オルガン: クリストファー・ホグウッド
 ヴァイオリン: フェデリコ・グリエルモ(Federico Guglielmo)、ジョヴァンニ・グリエルモ(Giovanni Guglielmo)
 チェロ: ピエトロ・ボスナ(Pietro Bosna)
 テオルボ: フェデリコ・マリンコーラ(Federico Marincola)
 テオルボ(Theorbo)はリュート族の楽器で、通奏低音に使用されることの多かったものである。
 「トリオ・ソナタ」は、バロック時代のもっとも重要な室内楽様式で、独立した3声部から成るソナタのこと。声部を担う楽器の他に、通奏低音が必要であるため、実質的には4つ以上の楽器の合奏となる。一般には、ほぼ同音域の上2声部とそれをささえる低音部という3声楽曲の形で、一般的な編成として、ヴァイオリン2(上2声)、チェロ1(下声)、チェンバロ(通奏低音)というものである。当盤では、チェンバロ(オルガン)とテオルボが通奏低音を担っているため、都合5つの楽器によるアンサンブルとなっている。
 「トリオ・ソナタ」は、バロック時代の多くの作曲家に取り上げられたが、1760年代に歴史的使命を終え、室内楽の主要形式は弦楽四重奏曲へと移っていった。そのため、現代に聴くトリオ・ソナタは、ことさら「古(いにしえ)の音楽」の風情を引き出すもの、と言えそうだ。
 当盤の演奏は、そういった風情を引き出しながらも、凛々しい彫像性や、ヴィヴァルディならではの情緒的な旋律を美しく響かせたもので、たいへん好ましく響く。第8番や第11番といった曲が象徴的に思えるが、厳かな憂いのある序奏的性格の冒頭部を置き、主部で力強い響きによる華麗な演奏効果を生み出していく。解釈は典型的なインテンポで、弛緩のない高雅な響きが支配的だが、特にメロディを操る楽器が、効果的なタメと装飾音を操って、音楽に鮮やかな濃淡の演出を与えてくれる。厳かでありながら豪華であり、繊細でありながら豪壮という、の抽象的かつ多面的な価値を同時に達成してくれる。この「含みの多さ」は、いつの時代であっても、音楽の尊い価値の一つであったと確信させてくれる演奏だと思う。
 最後の「ラ・フォリア」は有名な旋律に基づく変奏曲。コレルリ(Arcangelo Corelli 1653-1713)のニ短調のヴァイオリン・ソナタがつとに有名であるが、ヴィヴァルディの当作品も聴き応えたっぷりの美曲だ。ぜひ、この素晴らしい演奏で多くの人に堪能してほしい。

ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 op.2-4, RV.20 ニ短調 RV.12 ニ短調 op.2-3, RV.14  イ長調 op.2-2, RV.31  ト短調 RV.28 2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 op.1-3, RV.61 トリオ・ソナタ ニ短調「ラ・フォリア」 op.1-12, RV.63
vn: オノフリ イマジナリウム・アンサンブル

レビュー日:2014.3.6
★★★★★ 俊敏な響きで、華やかに響くヴィヴァルディのヴァイオリン・ソナタ集
 エンリコ・オノフリ(Enrico Onofri 1967-)のヴァイオリンとイマジナリウム・アンサンブル(Imaginarium Ensemble)によるヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)のヴァイオリン・ソナタ集。2009年の録音。収録曲は以下の通り。
1) トリオ・ソナタ ニ短調「ラ・フォリア」 op.1-12, RV.63
2) ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調 op.2-4, RV.20
3) ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 RV.12
4) 2つのヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 op.1-3, RV.61
5) ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 op.2-3, RV.14
6) ヴァイオリン・ソナタ イ長調op.2-2, RV.31
7) ヴァイオリン・ソナタ ト短調 RV.28
 ちなみに、CDジャケットには、6)を「RV.14」と記載しているが、これは「RV.31」が正しい。
 これらは「ヴァイオリン・ソナタ集」と題されているが、独奏ヴァイオリンとハープシコード(もしくはオルガン)の他に、通奏低音としてチェロが加わる編成となる。また、1)と4)はもう一艇のヴァイオリンが加わるほか、2)、3)、5)では通奏低音としてリュートが追加されている。またダブルハープ(バロックハープ)が追加されているものもあり、ひとえに「ヴァイオリン・ソナタ集」とは言っても、楽器編成の点で、様々なものが混じっている。なお、1)と4)の第2ヴァイオリンは、アレッサンドロ・タンピエーリ(Alessandro Tampieri)が担っているのだが、彼は2)、3)、5)ではリュートを奏していて、その多芸ぶりが際立っている。
 他の奏者名は、チェロがアレッサンドロ・パルメリ(Alessandro Palmeri 1975-)、ダブルハープがマルグレート・ケール(Margret Koll)、ハープシコードとオルガンがリッカルド・ドーニ(Riccardo Doni)である。
 次いで収録曲の様式について、「トリオ・ソナタ ニ短調 ラ・フォリア」は、変奏曲形式であるが、他のソナタはいずれも4つの楽章からなっている。
 「ラ・フォリア」については、同じ主題に基づく変奏曲形式の「ソナタ」をコレッリ(Arcangelo Corelli 1653-1713)も書いていて、そちらの方が有名であるが、ヴィヴァルディのものも、短い変奏曲を続けざまに機動的に演奏する楽曲となっていて、聴き応えは十分だ。オノフリとタンピエーリによる掛け合いは、主題の重厚さより、軽快な俊敏性に主眼を置いたようだ。快速で、華麗な音色が次々と仕掛け花火の様に連続していく。なかなか心地よい、華やかな演奏となっている。
 他のソナタにおいても、オノフリは細部を克明に描きながらも、スピードを維持し、そのため全般に軽やかなサウンドで音楽をまとめている。曲によって、通奏低音を担う鍵盤楽器がハープシコードとオルガンに振り分けられているのは、それぞれの作品の性格を際立たせて面白い。特にオルガンのもつ厳かな雰囲気が印象的だったのは、「ニ短調 Op.2-3, RV.14」の第3楽章と、「イ長調Op.2-2, RV.31」の第3楽章である。これらの緩やかな楽章の旋律的な美観と、オルガンの神秘的な響きがマッチし、厳粛な雰囲気が引き出されている。宗教音楽にも多くの作品を遺したヴィヴァルディの一面であろう。
 いずれの楽曲もヴィヴァルディらしい弛緩のない引き締まった音楽で、演奏と共にシャープな感覚で、その聴き味を楽しむことが出来る。

チェロ・ソナタ 全集(第1番変ロ長調RV.47 第2番ヘ長調RV.41 第3番イ短調RV.43 第4番変ロ長調RV.45 第5番ホ短調RV.40 第6番変ロ長調RV.46 第7番ト短調RV.42 第8番イ短調RV.44 第9番変ホ長調RV.39)
vc: リンデン ベッカー cemb: モーテンセン

レビュー日:2011.1.7
★★★★★ バロック期に作られた影の野心作、ヴィヴァルディのチェロ・ソナタ
 ヤープ・テル・リンデン(Jaap ter Linden)によるヴィヴァルディのチェロ・ソナタを全曲収録した2007年録音のアルバム。ヴィヴァルディは数多くのヴァイオリン・ソナタを出版したが、チェロ・ソナタ集については最晩年まで出版されたものはなかった。しかしヴィヴァルディはチェロという楽器を早くから多角的に評価した作曲家の1人で、様々な作品で多様な役割をこの楽器に与えている。18世紀の始めにあっては、チェロはソロ楽器としての性格を与えられておらず、フランスを中心に急速に普及したのも「ヴィオラ・ダ・ガンバに変わる新しい通奏低音楽器」との位置づけからである。もちろん、それらと異なる試みはあったけれど、それにしても、概ねチェロについてはそのような大きな流れがあり、それで、ヴィヴァルディのこれらのすぐれた作品も彼の友人や弟子のために書いた「私的」な位置づけに押さえられていたのだろう。ヴィヴァルディの死の前年に出版された6つのチェロ・ソナタも、公式なルートでの出版ではなかったようである。
 ここに収録されているのは、更に出版の遅れた3曲を加えた9曲のソナタである。ぱっとみて特徴的なのは「変ロ長調」の曲が3曲あることと、いずれも4つの楽章を持っていること。変ロ長調という調性は、チェロが特に明朗に心地よく響く調性として知られているため、編曲のさかんなこの時代にあって、これらの作品が当初から「チェロのみのために」創造されたインスピレーションによるものなのだと実感させてくれる。
 4つの楽章の性格付けも強く打ち出されており、例えば最初の変ロ長調のソナタでは、明るくもたおやかな音楽となっているのに比し、第2楽章は急速に非対称なフラグメントを処理して行く。第3楽章は舞曲風でありながらゆったりしたラルゴであり、これが終楽章ではユーモアを交えてフレキシビリティのある舞曲風音楽へと発展する。
 こうして聴いてみると、すでにバロック期において、ヴィヴァルディはすでにチェロ・ソナタの一つのステイタスを築き上げるような功績を挙げていたことがわかる。時代の流れで重要に扱われこそしなかったが、今では多くの録音によって、簡単にその全体像を伺うことが出来る。しかもこのリンデンの演奏、非常に節度ある落ち着いた品があり、しかも快活なテンポも保った名演で、このように現代の私たちは廉価でこれらの貴重な作品に触れることができるというわけで、楽しく聴きながらも、ありがたさも感じてしまうアルバムと言える。


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声楽曲

モテット「いと正当なる怒りの激しさに」 「地上に真の平安はなく」 「怒り渦巻く海で」 「嵐のまっただ中に私はいる」
S: ケルメス マルコン指揮 ヴェニス・バロック管弦楽団

レビュー日:2007.5.6
★★★★★ 疾風怒涛の「声」の協奏曲
 クラシック音楽界の最近の一つに傾向として「古楽による声楽の復興」というのがある。このところリリースの多いヴィヴァルディやヘンデルのオペラやオラトリオがその例で、特に「オペラ」というジャンルにおいて、特に古楽のものに馴染みの薄かった人たちにはなかなか鮮烈な印象を与えるもので、その素早い展開や、純粋な様式に則った進行、規則性のもたらす独特の厳密な雰囲気が新鮮であった。
 ここで「モテット」というジャンルもついに脚光があたり始めた。「モテット」というのも教会の様式音楽の一つであるが、ここでは「独唱」のための音楽と考えてよく、声楽で登場するのはソプラノのジモーネ・ケルメス(Simone Kermes)ただ一人である。
 当盤に集められたのは、曲名からも想像できるように激しい気風の楽曲たちで、生気に満ちたバロック・オーケストラの音色にのって、技巧の限りを尽くして歌われるソプラノの独唱は、まるでヴァイオリンか何か弦楽器の協奏曲のようで、圧巻である。実際「声楽」というジャンルでこれだけ様々な装飾音を施したというのは、驚異的で「声楽」の概念自体が変わってきそうなほど。
 それにしても、よくこのような作品のスコアを発掘し、これだけのレベルで再現したものだ。関係者の研究の賜物ともいえる。おそらく歴史の中で失われてしまった作品も多くあるのであろうが、そういった作品たちへの想像力さえ掻き立てるアルバムとなりました。

「主よ、私をお助け下さい」 RV.593 ディキシット・ドミノス RV.807 詩篇第121番「ラエタトゥス・スム(われ喜べり)」ヘ長調 RV.607 ニシ・ドミノス RV.803 詩篇第147番「イェルサレムよ、主をほめ讃えよ」ホ短調 RV.609 マニフィカト ト短調 RV.610
ウィルソン指揮 ラ・シャペル・デュカーレ ムジカ・フィアータ

レビュー日:2014.3.19
★★★★☆ ヴィヴァルディならではの声楽曲の魅力を伝える録音
 ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の聖母マリアの夕べの祈り(Vespro della Beata Vergine)のための作品集。ローランド・ウィルソン(Roland Wilson 1956-)指揮、ラ・シャペル・デュカーレ(La Capella Ducale)とムジカ・フィアータ(musica fiata)の演奏。2007年録音。収録曲は以下の通り。カッコ内は相当するトラック・ナンバー。
1) 主よ、私をお助け下さい RV.593 (1-3)
2) ディキシット・ドミノス RV.807 (4-13)
3) 詩篇第121番「ラエタトゥス・スム(われ喜べり)」ヘ長調 RV.607  (14)
4) ニシ・ドミノス RV.803 (15-22)
5) 詩篇第147番「イェルサレムよ、主をほめ讃えよ」ホ短調 RV.609 (23)
6) マニフィカト ト短調 RV.610 (24-31)
 収録曲中2)と4)は21世紀になってから発見されたもの。
 「聖母マリアの夕べの祈り」はカトリックの典礼の一つで、マリア披昇天祭の祝日の聖務日課として行われるもの。日没後に行われるので「晩課」とも呼ばれる。楽曲の形式としては、基本的には、詩篇(Psalm)、イムヌス(hymnus;讃歌)、マニフィカト(Magnificat;聖歌)と詩篇の前後に置かれるアンティフォナ(antiphona;交唱)からなる。この音楽の歴史上の名作としては、モンテヴェルデイ(Claudio Monteverdi 1567-1643)のものが名高い。
 当盤は、それらのテキストのためにヴィヴァルディが作曲した音楽を集めたもの。
 ジャケット写真にはヴェネツィアの光景が使用されている。ヴィヴァルディはこの地で、救貧院付属の女子音楽学校に勤め、この学校のためにモテトやカンタータ、オラトリオ、コンチェルト、ミサなど多数作曲した。これらの楽曲も、そのような背景で書かれたものと思われる(しかし、男声も含まれる)。
 ウィルソンによる演奏方式は、現代の主流と言える小編成によるもので、器楽、声楽ともに各パートが最大で2人という編成で、室内楽的な緊密性を重視したもの。とはいえ、楽曲はヴィヴァルディならではのダイナミックで活発な部分が多く、生き生きとした表情豊かな音楽となっている。また、器楽部分に相当な工夫を施しているのもヴィヴァルディならではで、オリジナリティのある楽句を与えて、別のモティーフを導く様に音楽を進行させるなど、単純に声楽のバックを演じているわけではないことがわかる。また、この演奏は、そういった楽曲の「面白さ」を、的確に伝えてくれる心地よさに満ちている。
 一方で、ヴィヴァルディは「独唱者」にも器楽的な技術を要求する。ディキシット・ドミノスのアレグロ部分で、声を操って機敏に細かいパッセージを長時間動き回る様子は、まるでヴァイオリン協奏曲のソリストを思わせる。このように、「声楽」にも「器楽」にも、様々な役割を与え、もって華やかな演奏効果を導き出したヴィヴァルディの手腕は、さすがの一語である。そして、それらの音楽を、現代でもトップクラスの技術をもつ芸術家集団によって演奏された当盤の記録は、これらの音楽の在り様を端的に示したものであると思う。

モテット「明るく輝く星」 スターバト・マーテル 聖歌序唱「悲しめるエルサレムの娘たち」 弦楽のための協奏曲ハ短調 RV.120 グローリア RV.589より「神なる主」 モテット「闇の恐れのあまりにも長く」 サルヴェ・レジナ RV.618
C-T: ジャルスキー ジャルスキー指揮 アンサンブル・アルタセルセ

レビュー日:2015.8.11
★★★★★ カウンターテナーがもっとも輝く楽曲たち
 フランスのカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキー(Philippe Jaroussky 1978-)の歌唱と指揮、ピリオド楽器による楽団、アンサンブル・アルタセルセの演奏による、"Pieta" と題されたヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741)の作品集。2014年録音。収録されている楽曲は以下の通り。
1) モテット「明るき星々よ」 RV.625
2) スターバト・マーテル RV.621
3) 聖歌序唱「悲しめるエルサレムの娘たち」 RV.638
4) 弦楽と通奏低音のための協奏曲 ハ短調 RV.120
5) グローリア RV.589より「神なる主」
6) モテット「遠く退くがいい 罪と影 恐怖の数々よ」 RV.629
7) サルヴェ・レジナ RV.618
 カウンターテナーのための音楽は宗教的な機会音楽としてのニーズのあったバロック期に集中している。一方で、現代を代表するカウンターテナー、ジャルスキーはバロック期のみでなく様々な時代の楽曲に挑戦し、見事な成果を示している。しかし、本来の土壌とでもいうべき当録音を聴くと、やはりジャルスキーがもっともその個性を高い蓋然性を伴って発揮するのは、この時代の音楽なのであろう、と思う。それは、これらの演奏に、とても強い説得力を感じるからだ。ユニークではない、王道的な無欠ぶりがある。
 ヴィヴァルディ特有のヴィルトゥーオジティックな声が展開するが、ジャルスキーの声は安定している。そして、常に情緒の発露が伴っている。それも過剰なものではない、音楽表現としての高い妥当性を感じさせ、宗教的な気品を備えたもの。
 これらの楽曲では、力の表現だけでなく、細やかな繊細さが要求される。例えば聖歌序唱「悲しめるエルサレムの娘たち」などその典型だろう。静謐で鋭いアンサンブルを背景に、とてもデリケートな歌唱が繰り広げられ、独特の高貴な悲哀が描かれる。あるいはグローリア RV.589におけるオブリガート・オーボエとの精妙なやりとりなど音楽的効果の粋を極めた表現にちがいない。
 他方で2つのモテットの末尾を飾る「アレルヤ」などでは、声の力の魅力なども絶妙に引き出されている。「スターバト・マーテル」はまさに祈りの音楽としての清浄な響きに満ちている。しかし、カウンターテナー特有の艶やかさが、そっと忍び寄るところも、当演奏ならではの魅力と思う。
 アンサンブル・アルタセルセは、機敏にリズムに反応する乾いた音色が心地よく、当演奏全体を通じて、表現の精度の高さをよく支えている。


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