ヴュータン
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ヴュータン ヴァイオリン協奏曲 第4番 モーツァルト ヴァイオリン協奏曲 第5番「 トルコ風」 vn: ハーン P.ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン レビュー日:2026.8.14 |
| ★★★★★ 完璧な技巧で、格調高いヴァイオリンが描く「古典の気品」と「ロマン派の情熱」
ヒラリー・ハーン(Hilary Hahn 1979-)のヴァイオリン、パーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Jarvi 1962-)指揮、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンによる下記の2作品を収録したアルバム。 1) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 「トルコ風」 2) ヴュータン(Henri Vieuxtemps 1820-1881) ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調 op.31 モーツァルトは2012年、ヴュータンは2013年の録音。 時代もスタイルも異なるこの2曲の組み合わせだが、この組み合わせについては、ハーン自身の言及がライナーノーツに記載されている。それによると、これらの2作品は、ハーンが10歳の時に学んだ楽曲であり、彼女のキャリア形成における重要な作品であったとのこと。ちなみにハーンの師として名高いヤッシャ・ブロドスキー(Jascha Brodsky 1907-1997)の師はイザイ(Eugene Ysaye 1858-1931)であり、イザイの師が ヴュータンであったことを考えると、ハーンはヴュータン直系のヴァイオリニスト、ということになる。 ハーンの私的なエピソードに基づく組み合わせであるが、私個人的には、ヴュータンの名作を録音してくれる現代のヴァイオリニストがあまり多くないという状況下で、このような形で、ハーンの素晴らしい録音が存在してくれていること自体が「ありがたい」としか言いようのないこと。また、ハーンがモーツァルトのヴァイオリン協奏曲で使用しているカデンツァは、ヨアヒム(Joseph Joachim 1831-1907)による有名なものだが、ヨアヒムとヴュータンは同時代を競い合ったライバルであるので、収録された両曲の間に、そのような視点の「繋がり」を見出すことが出来る、とも言えるだろう。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲における「無垢で爛漫たる楽想」と、ヴュータンのヴァイオリン協奏曲における「重厚でシンフォニックな情熱」という、対照的な二編のコントラストそのものを楽しめるとも言える。いずれの楽曲も、素晴らしい演奏だからだ。 モーツァルト19歳の傑作、ヴァイオリン協奏曲第5番は、華々しく快活な幕開けとなる。パーヴォ・ヤルヴィが指揮するオーケストラは、響きな肉厚に鳴りすぎないような注意を払いながらも、ヴィヴィッドな推進力に富んでいる。ハーンのヴァイオリンは、抑制されすぎない華やかさを持ち、正確な音程と弾力あるサウンドで、聴き手の気持ちをつかむ。ヨアヒム作のカデンツァでは、ノリの良い豊かな響きを駆使し、自在で闊達な至芸が展開され、清々しく爽快だ。第2楽章は、清冽さと優美さを兼ね備えた響きであり、何か一つの情感に傾きすぎないバランスを維持し、楽曲のプロポーションをキリッと引き立たせた演奏。そして、木管の描く深い情感が、ことのほか鮮明に映える。第3楽章は力強いヴァイオリンが圧巻だ。特に中間部、楽曲の「トルコ風」という愛称の元となった短調の行進曲風のエピソードは、力強く、かつ伸びやかな響きが、素晴らしい存在感を持って鳴り、ヒラリー・ハーンというヴァイオリニストの真骨頂が示される。両端部分の優雅さとの鋭い対比を胸がすくような切れ味で描き切っている。 ヴュータンのヴァイオリン協奏曲については、パールマン(Itzhak Perlman 1945-)が70年代に録音した名盤があるとはいえ、さすがに今の感覚では「ひと昔以上前の録音品質」といった感もあるので、当盤の素晴らしい品質で聴けること自体が嬉しい。加えて、現代最高といえるヒラリー・ハーンのヴァイオリンである。期待に違わぬ名演だ。 第1楽章は4分を超えるオーケストラのみの導入部を持つが、パーヴォ・ヤルヴィによって引き出される音楽は、ロマン派に相応しい暗い情熱を秘めた迫力に満ちており、その気迫と緊張感がまずは見事。そして、ハーンのヴァイオリンは、さらに熱を加えるように、力強く濃厚な響きをもって登場する。ヴァイオリンの音色自体の美しさ、そして逞しく輝かしい質感は、この楽曲の魅力を最良の形で伝えてくれる。思わず「こうでなくては!」と膝を打つような会心の手ごたえで迫ってくれる。第2楽章の祈りも豊かな情感が途切れることなく供給され、それにクラリネットやホルンの響きが、神秘的な呼応をする。程よいビブラートが心地よく薫るところは、ロマン派のヴァイオリン協奏曲の一つのサミットを感じさせる部分だ。一方で、ヴィトゥオジティとして圧巻なのは、その次の第3楽章である。素晴らしいスピード感で技術的難所を次々とクリアし、スタッカートやアルペジオを指しはさみながら、音色がキツくなるようなことはない。オーケストラもそのスピードに応える機能性を発揮し、音の祭典とも言える楽章になっている。そして勇壮なマーチによる終楽章へと進む。ここでもハーンとパーヴォ・ヤルヴィの描き出す暗く深い情熱が素晴らしい。両者が噛み合う相乗効果により、楽曲はその熱量を増し、フィナーレに向かう。ヴァイオリンの響きは、常に程よい弾力があり、その弾力を起点にエネルギッシュな放出がある。弛緩のないテンポで進む引き締まったスタイルでありながら、情感も迫力も存分にあり、名演とはこういう演奏のことを言うのだ、と思わせてくれる。 |
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ヴァイオリン協奏曲 第4番 第5番「 ル・グレトリ」 vn: パールマン バレンボイム指揮 パリ管弦楽団 レビュー日:2026.7.10 |
| ★★★★★ 圧巻のヴィルトゥオジティで描かれたロマン派の名ヴァイオリン協奏曲2編
イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman 1945-)のヴァイオリン独奏、バレンボイム(Daniel Barenboim 1942-)指揮、パリ管弦楽団によるヴュータン(Henri Vieuxtemps 1820-1881)の下記の2作品を収録したアルバム。 1) ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ短調 op.31 2) ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ短調 op.37 「 ル・グレトリ」 1976~77年の録音。私が所有するものは、2015年にリマスターされたもの。 ヴュータンが書いた7つの協奏曲のうち、傑作と呼ばれる第4番と第5番を収録したもの。 これらの作品は、19世紀のヴィルトゥオーゾ時代の頂点における当該ジャンルの頂点と言ってもよい作品であり、同時にロマン派における協奏曲の構造進化を先駆させた作品でもある。構造進化について、説明すると、第4番は当時の協奏曲としては異例とも思える4楽章構成であり、しかも中間楽章のうちの一つ(当該曲では第3楽章)にスケルツォを配するもので、これはのちのブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)のピアノ協奏曲第2番を思わせるものだ。また、トロンボーン3本にハープを含むオーケストラも、当時のヴァイオリン協奏曲としては異例の大編成であり、技巧だけの音楽を嫌ったベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-1869)でさえ、この第4協奏曲を聴いた際に「これはヴァイオリンの入った見事な交響曲だ」と絶賛している。一方で第5番は、一応は楽章とみなせる3つの部分に分かれてはいるが、全曲は切れ目なく演奏され、かつ第1楽章に相当する部分の主題がほかの部分でも転用される。これは、のちにリスト(Franz Liszt 1811-1886)が推し薄めた「単一楽章形式」の先駆けである。 かように意義深い2曲のヴァイオリン協奏曲であるが、意外なことに、現在、これらの楽曲の録音機会は多くはない。その理由は類推するしかないが、どうしても私たちファンの間で、これらの作品の根底には、「19世紀パガニーニ直系のヴィルトゥオーゾ・スタイル」がある、という印象(そして、それは間違っていない)があって、華麗な技巧の開陳を目的とした作品とみなされてしまう。その結果、内省的な深みのある楽曲をアルバムのメインとする傾向の強い現在では、メインとしては扱いにくいし、サブとしても、どの作品と組み合わせればいいのか、企画という視点で、考えにくいのではないだろうか。 それでも、私は、これらはとても良い曲だと思うし、クラシック音楽ファンであれば、是非とも一聴はオススメしたい楽曲である。そして、ちょっと昔の録音にはなってしまうが、このパールマンの録音は2曲を一緒に収録した名演として、ライブラリに相応しいものだと思う。 演奏はパールマンの持ち味ともいえる情熱的な歌いまわしと明るい音色により、短調で描かれた両作品に相応しいほの暗さとともに、外部に向かって大きなエネルギーを放出する見事なものである。 第4番の第1楽章は、オーケストラによる長い序奏部(およそ4分間)から開始されるが、バレンボイムは、この曲にワーグナ(Richard Wagner 1813-1883)を思わせ宇重厚な響きを与えており、先述のベルリオーズの「ヴァイオリン付の交響曲」という形容を彷彿とさせる。パールマンのヴァイオリンは、切れ込みの深さ、太い低音の響きで、オーケストラに見事に呼応する。テクニカルな最大の見せ場はカデンツァであるが、俊敏なパッセージを鮮やかに弾きこなす様は、この曲の醍醐味をしっかりと伝えてくれる。第2楽章では、祈りにも似た穏やかな旋律が、この上なく豊饒に歌われている。色彩感の濃いヴィブラートも、この音楽に相応しい。第3楽章のスケルツォは、連続する稲光を思わせるような、独奏ヴァイオリンの技巧的な祭典が繰り広げられるが、パールマンの繰り出す連続するスタッカートと跳躍する音程を、正確かつスピーディー。聴き手に圧倒的な印象を与えるシーンとなっている。それに続く第4楽章も、第3楽章の流れを引き継いだような技術と情熱の奔流であり、パールマンの技巧、オーケストラの重厚なサウンドが、幸福な邂逅を描き出している。 第5番は長い序奏部を持っていた第4番とは対照的に、オーケストラの一撃から、一気に緊迫した独奏ヴァイオリンが登場する。オーケストラとともにしっかりとした推進力をベースに、情熱的な歌と技巧的な装飾が、鮮やかな色彩感となって、聴き手にもたらされる。重音とアルペッジョを多用するカデンツァも見事な立ち回りだ。カデンツァが終わると、楽曲は切れえなく第2楽章と見なせる部分に移る。ここでは、ヴュータンと同じベルギーの作曲家であるグレトリ(Andre-Ernest-Modeste Gretry 1741-1813)のオペラ「ルシール」から引用されたアリアの旋律が切々と歌われる。この箇所が美しく印象的であるため、しばしばこの第5協奏曲は「 ル・グレトリ」の名で呼ばれる。そのあと楽曲は第3楽章とみなせる部分に突入するが、これはわずか30小節、演奏時間1分ちょっとのアレグロ・コン・フォコである。第1楽章の主題を変容させながら、息もつかせぬスピードで終結になだれ込み、長調に転じる鮮やかな解放感で全曲を結ぶ。 これらの楽曲のロマン性とともに、ヴィルトゥオジティの提供という点でも存分に満たされる名演である。ただし、録音はリマスターで改善されたとはいえ、EMI時代からの高音部の硬さ、キツさがちょっと残っているところがあり、そこはひと昔以上前の録音として、受け入れざるをえないところかもしれない。 とはいえ、改めて聴いてみても、やはりこれらの2作品は、聴きごたえのある良い曲である。是非とも、現在を代表するヴァイオリニストたちにも、積極的に録音に取り上げてほしいと改めて感じた。隠れた録音レパートリーとしておくのは、もったいない2作品である。 |
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