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ヴォーン=ウィリアムズ



交響曲

交響曲全集 イングリッシュ民謡組曲 組曲「フロス・カンピ(野の花)」 オーボエ協奏曲 グリーンスリーヴスによる幻想曲 音楽へのセレナード 二重弦楽合奏のためのパルティータ トマス・タリスの主題による幻想曲 「富める人とラザロ」の5つの異版 バレエ音楽「ヨブ」
ハンドリー指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2006.11.6
★★★★★ +アルファも魅力のVウィリアムズ交響曲全集
 イギリス音楽のスペシャリスト、ヴァーノン・ハンドリーによるヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集。交響曲全集と言う以上にたくさんの他の作品が収録されているのがすばらしい魅力。
 オーケストラは基本的にはロイヤル・リヴァプールフィルだが、ロンドンフィルのものもある。オーボエはジョナサン・スモール、録音は80年代後半から90年代初めにかけて行なわれている。
 ハンドリーらの演奏はまさに共感に溢れるものである。お国モノが必ずしもベストとは限らないが、この全集は間違いなく「いい演奏」といえる。とにかく管弦楽の表情が多彩で、音色が自然である。そして、比較的よく聴かれる「グリーンスリーヴスによる幻想曲」や「トマス・タリスの主題による幻想曲」以外にも、ヴォーン・ウィリアムズの作品と接することができるのはこの上なく貴重だ。
 とはいえ、メインはやはり交響曲だろう。第3交響曲は「田園交響曲」と名づけられたもの。従軍中に見た田園風景が描かれているようだが、従軍とは似て似つかぬ「のどかさ」が面白い。終楽章の女声も美しい限り。傑作の呼び声高い第2番は「ロンドン交響曲」。大都会を壮大に精緻に描いたイギリス交響曲史における重要な里程標だ。第6番は暗い戦争の影が影響した含蓄のある音楽。また映画音楽の転用である第7番「南極交響曲」は旋律の馴染みやすさでは抜群だろう。カンタータから交響曲へとなった第1番「海の交響曲」も大航海時代的な海の賛美で、これはこれで面白い。あらゆる面から楽しめる全集だ。

V.ウィリアムズ 交響曲 第2番「ロンドン交響曲」(1913年原典版)  バタワース 青柳の堤
ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団

レビュー日:2009.11.27
★★★★★ +アルファも魅力のVウィリアムズ交響曲全集
 ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams 1872 - 1958 )の交響曲第2番「ロンドン交響曲」(1913年原典版)と同じイギリスの作曲家、ジョージ・バタワース(George Sainton Kaye Butterworth 1885 ' 1916 )の「青柳の堤」を収録。ヒコックス指揮ロンドン交響楽団の演奏、2000年の録音。
 1913年に一度完成したヴォーン・ウィリアムズの最高傑作として知られる「ロンドン交響曲」には、オリジナル版の他に、1918年版、1920年版、1930年版の3つの改訂稿がある。現在ではほとんど1930年版によって演奏・録音が行われる。オリジナル版は最近になって復刻されたもので、当盤が「世界初録音」となる。
 ヴォーン・ウィリアムズに交響曲の作曲を薦めた人物がジョージ・バタワースである。「ロンドン交響曲」は完成後にバタワーズの死を悼み、彼に捧げられた作品。このアルバムには、そのバタワーズの田園叙事詩とでも言える佳作「青柳の堤」が収録されている。これは、1915年に「ロンドン交響曲」が初演されたおり、一緒に演奏された作品でもある。
 「ロンドン交響曲」初演後の改訂のポイントは曲の単純化にある。経緯はブルックナーやラフマニノフの第2交響曲に似ている。ヴォーン・ウィリアムズは「余分」と思われる部分を削っている。削除は第1楽章以外の全ての部分に及び、総演奏短縮時間は実に20分にもなる。しかし、この短縮を残念に思う友人たちも多かったそうだ。バックスはスケルツォ楽章のミステリアズなパッセージの喪失をことに悲しんだ。ハーマンは緩徐楽章の詩的な雰囲気が減じたと感じた。ホルストもオリジナル版を懐かしんだという。
 さて、しかしオリジナル版は埋もれてしまっていた。今回は、博物館に保存されていたスコアを用いた「復活」とあいなった。
 演奏自体がいいのであるが、それ以上に2楽章以降の「失われたスコア」が興味深い。バックスが悲しんだというのは納得できる。オリジナル版はバックスの交響曲に似た一見自由な素材が散っていて、浪漫的だ。第1楽章のテムズ川の霧(あるいは産業革命の煙)たたずむロンドン塔からはじまり、スケールの大きな「大都会交響曲」の趣を呈している。俗な部分をシンフォニックに処理し、卓越の棒さばきを示したヒコックスも見事。


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管弦楽曲

映画音楽「南極のスコット」からの組曲完全版(ホッジャー編) 「沿岸警備隊」組曲 人々の土地(ホッジャー編)
ガンバ指揮 BBCフィルハーモニック シェフィールド・フィルハーモニー合唱団 org: スコット

レビュー日:2009.11.7
★★★★☆ ヴォーン・ウィアムズの往年の映画音楽が現代の録音でよみがえる
 ヴォーン・ウィリアムズの映画音楽集。「南極のスコット」からの組曲完全版(ホッジャー編)、「沿岸警備隊」組曲、人々の土地(ホッジャー編)の3作品を収録。ガンバ指揮 BBCフィル シェフィールド・フィルハーモニー合唱団の演奏。オルガンはスコット。録音は2002年。
 ルモン・ガンバによるシャンドス・レーベルへの一連の「映画音楽シリーズ」の一枚。「南極のスコット」は1948年に封切られた映画だ。後にヴォーン・ウィリアムズはこの映画音楽を一つの交響曲にまとめ上げている。それが交響曲第7番「南極交響曲」である。映画音楽を丸ごと編纂し、交響曲のナンバーに組み込まれる試みは珍しく、それだけこの映画音楽に様々な動機が存在し、作曲者自身の心血の注がれた音楽であったことがわかる。
 交響曲の場合、5つの楽章になっていたが、当組曲版(つまりはサウンドトラック版)は18のトラックになっている。ディスクに「世界初録音」とあるのは、このような形でCDになったのが初めてということである。聴いてみると、交響曲に姿を変える前の様々なテーマが出現し、楽しい。ソプラノ独唱、壮麗なオルガン、そしてウインドマシーンの挿入と映画のシーンのための演出が、そのまま交響曲のアイデアに転化されていった変転をオリジナルからあらためて見ることができる。また効果音的な経過句のようなフレーズも残っているのがうれしい。
 「沿岸警備隊」組曲は同名の1942年の映画のための音楽で、音楽自体の雰囲気は「南極のスコット」に近い。記録映画的な仰々しさと、ヴォーン・ウィリアムズならではのオーケストレーションが聴き栄えする。場面場面の急速な移り変わりも映画を彷彿とさせる。「人々の土地」も1943年の映画のための音楽。こちらは長閑さをもった内容になっている。
 いずれもガンバ指揮の質の高い演奏と録音で、古の映画の映画音楽を聴くことができるわけで、ヴォーン・ウィリアムズの曲という以上に興味の尽きない一枚だ。


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歌曲

ヴォーン・ウィリアムズ 歌曲集「旅の歌」  フィンジ 歌曲集「花輪を捧げよう」  バタワース 歌曲集「ブリードンの丘」 「シュロップシャーの若者」  アイアランド 海熱 放浪者 サン・マリーの鐘
Br: ターフェル p: マルティノー

レビュー日:2013.9.13
★★★★★ イギリス歌曲を紹介してくれる絶好のアルバム
 イギリスのバリトン歌手、ブリン・ターフェル(Bryn Terfel 1965-)による1995年録音のイギリス歌曲集。ピアノ伴奏はマルコム・マルティノー(Malcolm Martineau 1960-)。収録曲を以下に記す。
 ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams 1872-1958) 歌曲集「旅の歌(Songs of travel)」
1) 放浪者
2) 美しい人よ目覚めよ
3) 道端の火
4) 青春と恋
5) 夢の中で
6) 無限に輝く空
7) 私はいずこにさすらうか
8) 言葉の響きは明るい
9) 坂を上り、坂を下りた
 ジェラルド・フィンジ(Gerald Finzi 1901-1956)  歌曲集「花輪を捧げよう(Let us Garlands bring)」 op.18
10) 来れ、来れ、死よ
11) シルヴィアは誰?
12) もう太陽の熱を恐れるな
13) ああ、いとしい君よ
14) 恋する男とその恋人が
 ジョージ・バタワース(George Butterworth 1885-1916) 歌曲集「ブリードンの丘(Bredon Hill)」ほか
15) ブリードンの丘
16) ああ、空も野も存分に美しい
17) 若者が憧れにためいきつくとき
18) 夏のけだるい丘の上で
19) この心は後悔に苦しむ
 ジョン・アイアランド(John Ireland 1879-1962) 3つの歌曲
20) 海熱
21) 放浪者
22) サン・マリーの鐘
 ジョージ・バタワース 歌曲集「シュロップシャーの若者(A Shropshire Lad)」から6つの歌
23) 木々のうちで何より愛らしいもの
24) 僕がひとつと二十歳だったころ
25) 僕の目をのぞきこまないで
26) もう物思うな、若者よ
27) 何百人といる若者たち
28) うちの馬どもは鋤いているだろうか
 日本ではクラシック音楽の歌曲というと、まずドイツ・オーストリアの作品が指おられ、次いでフランスの作品、という順番が一般的かと思う。いずれにしてもイギリスのクラシック歌曲というのは、さほど知られていないだろう。このことは、何も歌曲に限ったことではなくで、イギリス音楽全般が、ヨーロッパ本土とは、別の歴史的脈流を持っていて、そのことが全体的な独自色に繋がり、ある意味で、「イギリス音楽」という特殊なジャンルを形作ってきたことと関係している。
 イギリス音楽の特徴を簡単に説明することは難しいが、和声あるいは音色という点では保守的でありながら、様式的には自由で、時として散漫なほどでありながら、しかし牧歌的な情緒を醸し出しているという点で、おおむね共通していると思う。本盤に収録された歌曲たちは、そんなイギリス歌曲の白眉と言えるものを集め、惜しげもなく一枚にまとめたものであるため、当アイテムはイギリス歌曲の世界に触れるには絶好の一枚となっている。
 ヴォーン・ウィリアムズは、イギリスを代表する作曲家であり、かつ「旅の歌」はその代表作の一つといっていい。この歌曲集を通して語られる“若者が恋人に別れをつげ、旅立っていく”というシチュエーションは、シューベルト(Franz Schubert 1797-1828)の「冬の旅」を連想するが、ヴォーン・ウィリアムズのものは「失恋」ではなく、むしろ“振る”側になっている。第1曲の暗い行進曲風の音楽がもたらす荒涼としたイメージは、はやくもイギリス音楽の底流を感じさせる。第2曲ではピアノの鮮やかな上昇下降に導かれて、彷徨うようなメロディーが紡がれるのも、相応しい。
 この曲集では、中盤で、語り手の若者が恋人を捨て、世界への旅へ出ていくことになるのだが、音楽は決然たる部分と、寂寞とした部分が混交していて、音色的にはわかりやすいが、伝わる感情は複雑で、多面的な印象となる。この、ある意味散漫で霧がかかっているような印象も、イギリス歌曲らしい慕情のようなものだと思う。
 フィンジの「花輪を捧げよう」は、ヴォーン・ウィリアムズの誕生日に捧げられたもので、シェークスピア(William Shakespeare 1564-1616)の詩に音楽を付けたもの。これを聴くと、今度はイギリス音楽の“保守性”を強く感じ取ってしまう。第2曲の冒頭など、シューベルトの歌曲が始まったのだろうか?と思ってしまうくらいになつかしい“歌曲らしさ”を持っている。この、ある面で時代にそぐわない風情もイギリス歌曲の特徴の一つ。この歌曲集は、フィンジの代表作の一つと言って良い。なお、この曲集にはオーケストラ伴奏版もある。
 第1次世界大戦で従軍中に戦死したバタワースの作品では、「シュロップシャーの若者」が代表作として知られる。ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第2番「ロンドン交響曲」は、バタワースに捧げられている。アイアランドはドイツ古典を研究しながらイギリス印象派の確立を目指した人で、これらの歌曲でもその作風をうかがい知ることができる。
 ターフェルの歌唱は、雄大でありながらも優しい、所謂“癒し”を感じさせる声質で、これらの歌曲の持つ彷徨するような情感、北の島国を吹き抜ける風に潜むような風情をよく引き出している。その太く安定した響きは、聴いていて安心する響きで、これらの歌曲全般に共通する保守的な和声とあいまって、美しい調和の世界を獲得している。ピアノも過不足なく歌唱を支えるもので、イギリス歌曲の世界を味わってみたと言う人には、是非すすめたい一枚となっている。

ヴォーン・ウィリアムズ 歌曲集「旅の歌」  デュパルク 旅へのいざない 波と鐘 恍惚 フィディレ ロズモーンドの館 溜め息  マーラー 歌曲集「さすらう若者の歌」  ピッツェッティ ペトラルカの3つのソネット
Br: ヘンシェル p: シュヴィングハマー

レビュー日:2020.8.18
★★★★★ 4つの言語による名作歌曲を連ねた美しいアルバム
 ドイツのバリトン、ディートリヒ・ヘンシェル(Dietrich Henschel 1967-)と、ドイツのピアニスト、フリッツ・シュヴィングハマー(Fritz Schwinghammer)による、下記の楽曲を収録したアルバム。
ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams 1872-1958) 歌曲集「旅の歌」(Songs of Travel)
 1) 放浪者(The Vagabond)
 2) 美しい人よ目覚めよ(Let Beauty Awake)
 3) 道端の火(The Roadside Fire)
 4) 青春と恋(Youth and Love)
 5) 夢の中で(In Dreams)
 6) 無限に輝く空(The Infinite Shining Heavens)
 7) 私はいずこにさすらうか(Whither must I wander?)
 8) 言葉の響きは明るい(Bright is the ring of words)
 9) 坂を上り、坂を下りた(I have trod the upward and the downward slope)
マーラー(Gustav Mahler 1860-1911) 歌曲集「さすらう若者の歌」(Lieder eines fahrenden Gesellen)
 10) 恋人の婚礼の時(Wenn mein Schatz Hochzeit macht)
 11) 朝の野を歩けば(Ging heut' morgen uber's Feld)
 12) 僕の胸の中には燃える剣が(Ich hab' ein gluhend Messer)
 13) 恋人の青い瞳(Die zwei blauen Augen)
ピッツェッティ(Ildebrando Pizzetti 1880-1968) ペトラルカの3つのソネット(3 Sonetti del Petrarca)
 14) 人生は逃げゆき、かたときも留まることなく(La vita fugge e non s'arresta un'ora)
 15) かくも優しく啼くあの小夜鶯(Quel rosigniuol che si soave piagne)
 16) わが想い高みにわれを運び行く(Levommi il moi pensier in parte ov'era)
デュパルク(Henri Duparc 1848-1933)
17) 旅への誘い(L'Invitation au voyage)
18) 波と鐘(La Vague et la Cloche)
19) 恍惚(Extase)
20) フィディレ(Phidyle)
21) ロズモーンドの館(Le Manoir de Rosemonde)
22) 溜め息(Soupir)
 2004年の録音。
 イギリス、ドイツ、イタリア、フランスの歌曲を1枚のアルバムに集めるという面白い試みで、収録されている作品もどれも魅力的なものばかりだ。4つの言語の歌を安定して響かせる器用さがわかる。
 ヴォーン・ウィリアムズの代表作として知られる歌曲集「旅の歌」は、イギリス歌曲の傑作であるが、ドイツ語圏のアーティストが取り上げて録音する機会は多くないと思う。しかし、そんな危惧は無用で、ヘンシェルは流れの良い歌唱で楽曲に相応しい感情が十分に伝わってくる。それにしても、ヴォーン・ウィリアムズの「旅の歌」は美しい曲集だ。もし、イギリス歌曲になじみの薄い人がいたら、この曲集から聴き始めるのもいいだろう。「美しい人よ目覚めよ」など、様々なイギリス音楽の中で、もっとも旋律的な魅力をもつ一品と言っても良い。
 マーラーの「さすらう若者の歌」はオーケストラ伴奏が一般的だが、当盤はピアノならでは魅力も感じさせる好演と思う。私は、シュヴィングハマーというピアニストの演奏を当録音以外で聴いたことがないのだけれど、この伴奏はとても見事だ。しばしば、歌曲のピアノ伴奏に、ソロ・ピアニストの大家を起用する場合があるが、私見でうまく行くケースはそれほど多くない。歌曲伴奏にはまったく異なった感性が要求されるのではないだろうか?私もうまく言えないけれど、簡単に言うと、声とのバランス、それは音量だけでなく、音楽的な主張も含めての意味である。そういった点で、当盤のシュヴィングハマーのピアノは、とても合点がいく。「朝の野を歩けば」の鐘声の描写なども、主張し過ぎず、しかし必要なものが備わっている。
 イタリアの作曲家、イルデブランド・ピッツェッティは歌曲の分野に大きな功績のあった人で、ペトラルカの3つのソネットはその代表作の一つ。私は、特に第3曲「わが想い高みにわれを運び行く」が美しいと思う。ヘンシェルの歌唱は、低音のふくよかさが魅力で、その声質は、しばしばフィッシャー=ディースカウ (Dietrich Fischer-Dieskau 1925-2012)を思わせる感触があると思うが、いかがだろうか。
 デュパルクの名品がそれに続く。これらの歌曲に、私はモラーヌ(Camille Maurane 1911-2010)の歴史的名盤で親しんできたが、それと比べると、ヘンシェルの歌唱は、やや重く、暗いだろう。逆に言うと、その暗さや重さがもたらすじっくりした響きが当演奏の魅力でもある。名作「旅への誘い」もどこかどんよりした雰囲気が、中央ヨーロッパ的な気候を思わせて、相応しいように思う。末尾に収録された「溜め息」の内省的な美観は、このアルバムを美しく締めくくっている。


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