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シマノフスキ



交響曲 協奏曲 室内楽曲 器楽曲 声楽曲


交響曲

交響曲 第3番「夜の歌」 ヴァイオリン協奏曲 第1番
ブーレーズ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 vn: テツラフ

レビュー日:2011.1.11
★★★★☆ 演奏、収録内容のみだったら文句なしの☆5つなのですが・・
 カロル・シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882 - 1937)はポーランドを代表する作曲家である。音楽史の観点からポーランドという国をみると、なんといってもまず、偉人ショパンがいて、その後、クラク、ヴィエニアフスキ、タウジヒ、シャルヴェンカ、モシュコフスキ、ストヨフスキ、メルツェルといった人たちの名前が連なるのだけど、概ねロマン派のピアノやヴァイオリンといった器楽を中心に作曲活動を行っていた人で(それを考えるとショパンもそのカテゴリに入る)、シマノフスキのように大きく体系化して質の高い作品群を残した作曲家はいないと言っていい。また、シマノフスキは、自身の音楽を変化させることで、ポーランドの音楽を進展・発展させた人とも言え、その功績はポーランドのみならず、音楽史全般においても重要と言ってさしつかえない。
 しかし、近年まで作曲家シマノフスキの評価は、少なくとも日本国内では今ひとつであった。それでも最近は、サイモン・ラトルやアンデルジェフスキのようなアーティストが積極的にその作品を取り上げ、にわかに注目が高まってきたと思う。ここにさらにブーレーズによる強烈な一枚が加わり、俄然ラインナップは厚みを増した。まずは慶賀の至り。
 シマノフスキの作風はその生涯において3~4の活動期に分類されることが多いが、ここに収録された2曲はいずれも最終期か、その一つ前の活動期との境界に位置する名品と考えられる。様々な要素を取り入れながらも個性的で、しかも来るべき新しい時代の音楽への布石が様々に打たれている。一級の芸術家の仕事というにやぶさかでない。
 ヴァイオリン協奏曲第1番でヴァイオリン独奏をしているのはテツラフであるが、非常にムードたっぷりの音色を鳴らしている。神々しくもミステリアスであり、官能的でありリズム感に富んでもいる。シマノフスキの中でもスクリャービン的な要素を反映した作品であることもあり、時に耽溺するようなテツラフの色彩は魅力に事欠かない。オーケストラも抜群の音色で、最近のウィーンフィルの録音でも特に美しい出来栄えだと感じた。交響曲第3番「夜の歌」は中世イランの詩人・神秘主義者ルーミーの「シャムス・タブリースゥイ詩集」をテキストとする声楽を伴う壮麗な作品で、東洋趣味・印象派的書法を巧みに織り込んだ音楽が迫力を伴って常に脈打っているのが凄い。ブーレーズのアプローチは精緻なだけでなく、豊穣な色彩を描き出していて、この音楽の美しさが良く伝わる。
 ただし、このアイテムを「商品」として見た時、不必要なインタビューCDを添付された上、肝心の音楽が50分にも満たない収録時間でこの価格というのは何を考えているのか。もう少し、「この素晴らしい録音でシマノフスキの音楽を多くの人に伝えたい」、という音楽に関わるものの良識を感じさせて欲しい。無念!

交響曲 第3番「夜の歌」 第4番「協奏交響曲」 ヴァイオリン協奏曲 第1番 第2番 歌劇「ロジェ王」 スターバト・マーテル マリル・パニーの連禱 おとぎ話の王女の歌 バレエ・パントマイム「ハルナシェ」 ハーフィズの愛の歌第2集 
ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団 合唱団 S: ソボトカ シュミトカ A: ラッペ T: ラングリッジ ロビンソン Br: ハンプソン vn: ツェートマイアー p: アンスネス

レビュー日:2013.3.5
★★★★★ ラトルの功績の一つであるシマノフスキ録音の集大成
 現代の巨匠、サイモン・ラトル(Sir Simon Rattle 1955-)は、ポーランドの作曲家、シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)の作品を積極的に取り上げているが、これはEMIに録音されたラトルとバーミンガム市交響楽団(合唱が入る曲ではバーミンガム市合唱団が加わる)によるシマノフスキの録音を4枚のCDにまとめたボックスセット。廉価となり、たいへんサービスの良い内容となっている。とりあえず、参加したソリストの名とともに、収録内容を記そう。
【CD1】
1) おとぎ話の王女の歌 イウォナ・ソボトカ(Iwona Sobotka ソプラノ) 2006年録音
2) バレエ・パントマイム「ハルナシェ」 ティモシー・ロビンソン(Timothy Robinson テナー) 2002年録音
3) ハーフィズの愛の歌第2集 カタリナ・カルネウス(Katarina Karneus 1965- ソプラノ) 2004年録音
【CD2】
1) ヴァイオリン協奏曲第1番 第2番 vn: ツェートマイアー(Thomas Zehetmair 1961-) 1995年録音
2) 交響曲第4番「協奏交響曲」 p: アンスネス(Leif Ove Andsnes 1970-) 1996年録音
【CD3】と【CD4】
1) 歌劇「ロジェ王」
 エルジビェータ・シュミトカ(Elzbieta Szmytka 1956- ソプラノ)
 ヤドヴィガ・ラッペ(Jadwiga Rappe 1952- アルト)
 フィリップ・ラングリッジ(Philip Langridge 1939-2010 テナー)
 トマス・ハンプソン(Thomas Hampson 1955- バリトン)
 バーミンガム市ユース合唱団 1998年録音
2) スターバト・マーテル 1993年録音
3) マリル・パニーの連祷 1993年録音
4) 交響曲第3番「夜の歌」 エルジビェータ・シュミトカ(ソプラノ) 1993年録音
 収録曲中、特に重要な作品と考えられるのは、歌劇「ロジェ王」、交響曲第3番、同第4番、ヴァイオリン協奏曲第1番の4曲である。また、1930年にリェージュの現代音楽祭で発表された「スターバト・マーテル」は厳粛で悲劇的な情緒の深さから絶賛を博したもので、これも加えてもいいだろう。
 シマノフスキの作品は、通常3期に分類して考えられている。ロマン派の影響の色濃い第1期、そこから革新性を求め模索を行った第2期、そして描写要素と無調的な手法とが結びついたシマノフスキの完成を思わせる第3期である。本セットに収録されている作品のうち、第2期のものに相当するのが、交響曲第3番、ヴァイオリン協奏曲第1番、ハーフィズの愛の歌第2集の3曲で、他はすべて第3期の作品ということになる。
 「ロジェ王」は12世紀のシチリア島を舞台とした物語で、ごく簡単にストーリーをまとめると、ロジェ王は民衆に邪教と思われる信仰を説いている羊飼いを拘束し尋問するが、羊飼いの回答に王妃らが感じ入ってしまい、釈放せざるをえなくなる。再度来訪した羊飼いは魔術的な音楽により、臣下や民衆を魅了してしまう。羊飼いの後を追う王。古代の祭壇で、ディオニュソス神の姿で羊飼いが登場する。しかし、夜明けとともに羊飼いも民衆も忽然と幻のように消え失せる。
 ラトルのスタイルは、微細な音の表現に神経を使い、シマノフスキ特有の色合いを引き出すことに集中したもの。音色は全般に乾いた響きが多く、抒情表現においても、瑞々しさよりも、細かい色の重なりをどこまで繊細に表現できるかに徹して達成した感があり、シマノフスキの音楽の特徴を引き出せているように思う。中でも交響曲第4番における無調的書法と形式に対する感覚的バランスの統一は、よく体現出来たように思われ、演奏のレベルの高さを感じさせる。また、「ロジェ王」は、R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949)を彷彿とさせる豊饒さが引き出されていて、こちらもすぐれた録音業績と思う。
 馴染みやすい作品としては、まずはヴァイオリン協奏曲第1番、次いで交響曲第3番を挙げよう。ここらへんを起点にして、様々なシマノフスキを知っていくのに、まずは絶好なアルバムとして推薦したい。


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協奏曲

ヴァイオリン協奏曲 第1番 第2番 夜想曲とタランテラ(グレゴール・フィテルベルグによる管弦楽用編曲)
vn: カーラー ヴィト指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2017.10.31
★★★★★ 文句なしの名盤
 イリヤ・カーラー(Ilya Kaler 1963-)のヴァイオリン、アントニ・ヴィト(Antoni Wit 1944-)指揮、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)の以下の楽曲を収録したもの。
1) ヴァイオリン協奏曲 第1番 op.35
2) ヴァイオリン協奏曲 第2番 op.61
3) 夜想曲とタランテラ op.28
 「夜想曲とタランテラ」はヴァイオリンとピアノのための原曲をグレゴール・フィテルベルグ(Grzegorz Fitelberg 1879-1953)がヴァイオリンと管弦楽用に編曲したもの。
 2006年録音。
 もう一般的に認識されているかもしれないが、シマノフスキの2曲のヴァイオリン協奏曲は、古今のヴァイオリン協奏曲の系譜において、光り輝く傑作群の一つである。以下は私見だけれど、少なくとも、ブルッフ、シューマン、サンサーンス、サラサーテ、ヴィエニアフスキといった人たちのヴァイオリン協奏曲より、ずっと優れて完成された芸術作品だと思う。
 それを示すのは、ヴァイオリンという楽器の特性に沿った輝かしくもなめらかな主題の魅力であり、ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)をはじめとするロマン派、そして印象派の歴史の中で高められた管弦楽書法の緻密さであり、全体を覆う抽象性の豊かさである。そして、それらが、十全に機能することによって、音楽芸術の素晴らしさが、脈々と聴き手に伝わってくる。まさに傑作。
 シマノフスキという作曲家のネーム・ヴァリューが低かった時代でも、これらの作品がしばしば取り上げられてきたのは、必然性があってのこと。そして、当盤は、そんな楽曲たちの魅力を満喫させてくれる名盤だ。
 第1番は神秘的な冒頭から、退廃性や豪華さの交錯する世界が描かれていくが、カーラーのヴァイオリンはまさに糸を引くような弾力と艶のある音色で、濃厚に雰囲気を高めて鳴り続ける。ヴォリューム豊かな持続的高音の安定感が素晴らしく、全体に張りのある引き締まった表現で、この楽曲がもつ緊張感を持続し、時にエキサイトさせる。それは人によっては「官能的」という形容を思いつくものかもしれない。オーケストラも素晴らしく、心地よいホールトーンを反映したブラスの響きは忘れがたいものだ。
 第2番では落ち着いた足取りが印象的。また、ここでもシルク・トーンと形容したいヴァイオリンの美観は見事に尽き、私は聴いていて終始魅了され続けた。バランスの優れたオーケストラとともに、シマノフスキらしいテンションの持続性が担保されていて、しかし時に挑戦的な音色が混ざってくるのも素晴らしく効果的だ。エレガンスとダイナミクスの理想的な共存関係が、シマノフスキの世界を鮮やかに描き上げており、欠点は一つも見いだせない。
 末尾に収録された楽曲はアンコール・ピースとしての役割を果たすとともに、シマノフスキの音世界をよく伝えるものにもなっている。フィテルベルグのオーケストレーションもよく出来ていて、原曲よりエスニックな色彩感の表出力が強くなり、わかり易さを感じさせるものだと思う。
 いずれの楽曲も素晴らしいものだし、演奏、録音をともに文句なし。これを推薦せずに何を推薦する?というくらいの見事な名盤です。

ヴァイオリン協奏曲 第1番 第2番 神話
vn: スクリデ ペトレンコ指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団 p: L.スクリデ

レビュー日:2018.3.30
★★★★★ スクリデの美音に酔うシマノフスキの作品集
 2001年にエリザベート王妃国際コンクールのヴァイオリン部門で第1位となったラトヴィアのヴァイオリニスト、バイバ・スクリデ(Baiba Skride 1981-)によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)の作品集、収録曲は以下の通り。
1) ヴァイオリン協奏曲 第1番 op.35
2) ヴァイオリン協奏曲 第2番 op.61
3) 神話(アレトゥーザの泉、ナルシス、ドリアデスと牧神) op.30
 1)と2)は、ワシリー・ペトレンコ(Vasily Petrenko 1976-)指揮、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団と、3)はバイバの妹でピアニストであるラウマ・スクリデ(Lauma Skride 1982-)との共演。2013年の録音。
 名曲として知られるシマノフスキのヴァイオリン協奏曲は、その一方で、演奏至難な楽曲としても名高い。高音域や重音が、芸術表現の上で時に重要な部分で多用されているだけでなく、管弦楽との応答の細やかさなど、独奏者には様々な観点で精巧な技術と芸術性が求められる。スクリデは、楽曲の要求を、鮮やかに体現したような名人技を繰り広げている。
 第1番では低音から高音までの連続的な動きが素晴らしく、幻想性と情熱の双方を存分にたたえたヴァイオリンの濃厚な味わいが見事。この楽曲は、タデウス・ミチヌスキ(Tadeusz Micinski 1873-1918)の「五月の夜」に着想を得て書かれたとされる。私は、そのもととなった文学作品がどのようなものであるのか知らないのだが、オリエンタルなものと、ミステリアスなものがない交ぜとなった雰囲気は、夜の気配を感じさせるし、どこか艶めかしい。スクリデの音色は全般に明るく、時に勝利の凱歌のような輝きを見せるかと思えば、きら星の輝くブルーの空を思わせるような耽美な世界にも誘う。その様に、聴き手は存分に酔うことになるだろう。
 第2番は装飾性豊かで、民俗的なフレーズが印象的であるが、スクリデのヴァイオリンは、強音であっても弱音であっても美しいばかりでなく、それらの対比を活かしたダイナミズムが生命力に満ちて伝わってくるのが特徴だ。とてもエネルギッシュで色彩感に溢れた感覚的な美しさに満ちている。独奏ヴァイオリンのトーンが多彩なことに併せて、ペトレンコの棒の下、オーケストラもまた精巧でち密な音響を作りあげていることも特筆したい。その結果、印象派的な感覚が呼び覚まされ、聴き味に豊かさを添えることとなっている。
 「神話」でもヴァイオリンの技術、特に広い音域で使用可能な音色のパレットを用いて、ダイナミックで効果的な音楽を生み出している。また、ラウマ・スクリデのピアノは、ドビュッシーを思わせる描画的なタッチで、この楽曲の魅力を存分に伝えている。これらの楽曲の代表的な録音と言って間違いないだろう。

シマノフスキ ヴァイオリン協奏曲 第1番  ショーソン 詩曲  フランク ヴァイオリン・ソナタ  ドビュッシー/サラサーテ編 美しい夕暮れ
vn: バティアシュヴィリ ネゼ=セガン指揮 フィラデルフィア管弦楽団 p: ギガシヴィリ

レビュー日:2022.9.12
★★★★★ 4つの名曲を連ねたコンセプト・アルバム
 ジョージア(グルジア)のヴァイオリニスト、バティアシュヴィリ(Lisa Batiashvili 1979-)による“Secret Love Letters”と題されたアルバム。収録曲は下記の通り。
1) フランク(Cesar Franck 1822-1890) ヴァイオリン・ソナタ イ長調
2) シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937) ヴァイオリン協奏曲 第1番 op.35
3) ショーソン(Ernest Chausson 1855-1899) 詩曲 op.25
4) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)/ハイフェッツ(Yasha Heifetz 1901-1981)編 美しき夕暮れ
 1)のピアノは、ジョージア(グルジア)のピアニスト、ギオルギ・ギガシヴィリ(Giorgi Gigashvili 2000-)。
 2,3)の管弦楽は、ネゼ=セガン(Yannick Nezet-Seguin 1975-)指揮、フィラデルフィア交響楽団。
 4)のピアノは、2,3)で指揮を務めたネゼ=セガンによるもの。
 2022年の録音。
 このタイトルと選曲について、バティアシュヴィリ自身が、いくつかコメントしている。その大意は「もし、他者と共有できない感情や感覚の領域がなかったとすれば、人の生活はどのようなものになってしまうでしょうか」「音楽には、非常に多面的なメッセージが含まれています」「今回選んだ4つの楽曲には秘められた愛の表現があります」。
 これは、音楽のもつ抽象的な価値について、あらためて言及したもので、これは、ドビュッシーの有名な言葉である「言葉で表現できなくなったとき音楽がはじまる。」と同じ価値観を指すものだと思う。
 もちろん、特にロマン派以降の楽曲であれば、愛を観念的に内包した楽曲など引く手あまたなのは承知の通りなのだが、現代の世界を代表するヴァイオリニストであるバティアシュヴィリが、中でもの4曲に、その含みの深さを感じて、一つのアルバムにまとめたことは、なかなか興味深い話である。ただ、私個人的には、“Secret Love Letters”というタイトルを与えてしまうことはやや俗な感じがする。音楽の抽象的な価値を尊ぶなら、変にタイトルを付けない方がいいと思うのだが、まあ、これは私個人の感想でしかない。
 演奏はいずれも美しい。いずれの楽曲も、一種の秘められた情熱のようなものを感じさせる部分があって、そのような個所での、ヴァイオリンの、透き通って輝かしい音色が、どこか永遠を思わせるような耽美性を感じさせる。
 フランクのヴァイオリン・ソナタでピアノを務めるギガシヴィリの演奏を、私は当盤で初めて聴いたのだが、なかなかの聴きモノである。冒頭から、雰囲気豊かな余韻を残した音の柔らか味、そして運動的な呼吸から描き出される鮮やかな緩急、実に見事で、魅惑的なタッチだ。バティアシュヴィリのヴァイオリンも、それに合わせるように感情を高めたり、抑えたりし、その情緒的なうねりが、聴き手の心を動かす。特に印象的なのは、幻想的な第3楽章であろう。柔らかなタッチを主体としながら、時に雲間から立ち上がる峻嶮な峰々のような感情的な高みを作る様は、この演奏が名演と呼ぶにふさわしいものであることを納得させる。
 続いて、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番。繊細なオーケストラがたちまち聴き手を魅了する。ほのかな情熱をたたえつつ静謐さも備えた弦楽と、輝かしい木管のやりとりに、独奏ヴァイオリンが憧憬的な響きを与える。複雑なテクスチュアも、明晰に処理されつつ、メロディラインを時に壮麗に歌い上げる。長いフレージングにおける持続的な力感が素晴らしく弾力的な効果を与えており、この名曲に相応しい。
 ショーソンの詩曲もまったく同傾向のアプローチであり、こうして聴くと、これらの2つの楽曲が精神的な親近性をもっていることを実感する。オーケストラが醸し出す甘美な雰囲気も秀逸だ。
 ショーソンの楽曲が終わるや、その雰囲気を引き継ぐように、ドビュッシーの「美しき夕暮れ」に移行するのは、このアルバムのコンセプト性に照らした演出と思われるが、なかなか良い。ネゼ=セガンのしめやかなピアノに併せて奏でられるヴァイオリンの旋律は、親愛に通じる情感をはかなげに伝えていて、美しくももの悲しい。


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室内楽

シマノフスキ 弦楽四重奏曲 第1番 第2番  ヴェーベルン 弦楽四重奏のためのラングザマー・ザッツ
カルミナ四重奏団

レビュー日:2013.9.12
★★★★★ カルミナ四重奏団の意欲的で精緻なシマノフスキ
 カルミナ四重奏団(Carmina Quartet)によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)とヴェーベルン(Anton Webern 1883-1945)の作品集。1991年録音。収録曲は以下の通り。
1) シマノフスキ 弦楽四重奏曲第1番ハ長調 op.37
2) シマノフスキ 弦楽四重奏曲第2番 op.56
3) ヴェーベルン 弦楽四重奏のための緩徐楽章「ラングサマー・ザッツ」
 シマノフスキについては、この2作で全集ということになる。
 カルミナ四重奏団は、第1ヴァイオリンがマディーアス・エンデルレ(Matthias Enderle)、第2ヴァイオリンがスザンヌ・フランク(Susanne Frank)、ヴィオラがウェンディ・チャンプニー(Wendy Champney)、チェロがシュテファン・ゲルナー(Stephan Goerner)というメンバーで、1984年にチューリッヒで結成された。1987年にイタリアのレッジョ・エミーリアで開催されたパオロ・ボルチァーニ国際弦楽四重奏コンクールで1位なしの2位を受賞してから、世界的に活躍するようになった。
 当盤は、初出時でおそらく唯一のシマノフスキの弦楽四重奏曲全曲録音であったと思うが、そのような先駆的なレパートリーも彼らの意欲をよく示したものだと感じる。
 シマノフスキの作品に関しては、その作曲年代が特に重要で、というのは、シマノフスキという人は、その生涯で何度も、強く、意思的に、その作風を変更しているからである。それで、弦楽四重奏曲の場合、第1番が1917年、第2番が1927年の作品となる。その場合、第1番はシマノフスキの中でも最も知られる作品群の中にあり、第2番は、後期の、野趣性と先鋭性を折衷させたアカデミックで実験的な作品群の中にあることになる。じっさい、両曲は、それぞれの時期を代表する作品で、シマノフスキの全作品の中でも、重要な2作品だと考えられる。
 第1番は印象派的な書法が目立つ。主調はハ長調であるが、全体としては多調の方法を用いている。形式的にはソナタ形式や三部形式のような古典的なものが大枠として存在しているが、その変容の様が自由で、微細な演奏効果を伴っている。第2番は、ピアノ独奏曲集である「20のマズルカ op.50」で試された方法論が用いられていて、主題を民俗的なものに求めたのが特徴で、タトラ山地で収集した旋律をモチーフとし、これに中央ヨーロッパで発展した音楽理論を融合させて、きわめて特有の音色を生み出している。一般に第1番の方がわかりやすく、演奏機会もいくぶん多いと思われるが、バルトーク(Bartok Bela 1881-1945)を彷彿とさせるところのある第2番は、当時の音楽の中でも、とくに前衛性の顕れたものとして、評価したい作品。
 併せて収録されたヴェーベルンの作品も興味深い。シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951)を師とし、十二音音楽やアトナール(無調)を築いた新ウィーン楽派の一人であるヴェーベルンは、寡作家で、少数精鋭と言える作品群を残した。しかし、ここに収録されている弦楽四重奏のための緩徐楽章「ラングサマー・ザッツ」は、1905年22歳の作である(この作曲年は、作品1のパッサカリア以前になる)が、作曲者の存命中には発表されず、死後17年を経た1962年に初演された。その作風は、抒情性を湛えたロマンティックなもので、後にこの作曲家が編み出したものとは異なる印象をもたらす。(そのため発表が控えられたのではないかと思う)。しかし、たいへん魅力的な作品で、長い時間埋もれていたのはたいへんもったいない話だと思う。
 カルミナ四重奏団の演奏は繊細の極みで、スコアにある緊密なリズム処理を周到に行い、またその鮮明性を保つため、音の響きに敏感な抑制性を与えている。その結果、微細なパーツにより成り立つ特にシマノフスキの音楽を高いレベルで再現できていると思われる。その結果、この作品が持つ音楽的な効果を、十分に引き出すことに成功している。そのことは、例えば、第2番の第2楽章のリズムとメロディの交錯する感触などに象徴的で、野趣性とともに、独特の気高さを漂わせた演奏となっている。

神話(ヴァイオリンとピアノのための) ヴァイオリンとピアノのためのロマンス 夜想曲とタランテラ 3つのパガニーニのカプリース 12の練習曲 メトープ マスク 3つのマズルカ 2つのマズルカ
p: ルディ vn: ヘルシャー p: ベロフ

レビュー日:2005.10.23
★★★★★ シマノフスキのピアノ曲とヴァイオリン+ピアノ曲集です
 カロル・シマノフスキ(Karol Symanowski 1882-1937)はポーランドの作曲家(生地は現在ではウクライナになる)。ロシアの音楽名門であるネイガウス家とも縁のある家柄で、ショパンとスクリャビンの音楽を深く研究し、新たに個性的な音楽を紡ぎ出した。
 このアルバムは2枚組み構成で、1枚はショスタコーヴィチなど近現代のピアノ作品に適性を示すミハイル・ルディのよるピアノ作品(12の練習曲 メトープ マスク 3つのマズルカ 2つのマズルカ)が、2枚目にはウルフ・ヘルシャーとミシェル・ベロフの組み合わせで、ヴァイオリンとピアノのための作品(神話 ヴァイオリンとピアノのためのロマンス 夜想曲とタランテラ 3つのパガニーニのカプリース)が収録されている。
 シマノフスキの例えばマズルカを聴いても、ショパンやスクリャービンとはまた違った独特の精緻な音の交錯と、抽象性がある。スクリャービンも神秘的だが、シマノフスキはもっと無加工というか、素朴であり、音楽としての輪郭が自由なのだ。そのために不安感が増幅し、音楽としての座りどころの見つけ難さがつきまとうが、どうもいつのまにかその世界になる不思議さを持っている。
 ヴァイオリンを伴った曲では、楽器の性格のためか、それよりはリアルな音楽であるが、ミスティックな雰囲気は相変わらずだ。ただ、もちろん作品によって個性があり、「夜想曲とタランテラ」などはスペイン的なファリャのような感覚で聴けるし、なかなか多彩な面もある。演奏も全般に悪くないだろう。ルディはこのようなつかみ所の無い作品で、ジグソーパズルのピースをはめ込んで行くような作業により音楽を作って行く作業に適性があるようで、適度な情感が出ているし、ヘルシャーとベロフも技術的な水準が高く、シマノフスキの世界構築に適していると思う。

神話 ヴァイオリン・ソナタ 夜想曲とタランテラ ロマンス 3つのパガニーニのカプリース アイタコ・エニアの子守歌
vn: イブラギモヴァ p: ティベルギアン

レビュー日:2014.12.24
★★★★★ シマノフスキの室内楽の美しさを存分に堪能できる一枚
 アリーナ・イブラギモヴァ(Alina Ibragimova 1985-)のヴァイオリン、セドリック・ティベルギアン(Cedric Tiberghien 1975-)のピアノによるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)の「ヴァイオリンとピアノのための作品全集」。2008年の録音。
 この二人の録音は、2009年から10年にかけて、ロンドンのウィグモア・ホールでライヴ録音されたベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)のヴァイオリン・ソナタ全集が記憶に新しいのだけれど、その前に、この魅力的なアルバムが作成されていた。私は、ベートーヴェンを聴いてから、このシマノフスキを聴いたのだけれど、ベートーヴェン以上に鮮烈な印象を受けた。
 シマノフスキは、ポーランドでおそらくはショパン(Frederic Chopin 1810-1849)に次ぐ重要な作曲家で、一人でポーランドの音楽を、後期ロマン派から印象派を経て、近代まで推し進めた人物と言っても良い。多様なジャンルに作品を遺したと言う点でショパンと大きく異なり、歌劇や交響曲、協奏曲のジャンルにも傑作と呼ぶべき作品を書いたが、室内楽にも優れたものがある。本盤には、このうち未完のものを除くヴァイオリンとピアノのための作品がすべて収録されている。収録内容は以下の通り。
1) 夜想曲とタランテラ op.28
2) 神話 op.30
3) ロマンス ニ長調 op.23
4) ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 op.9
5) 3つのパガニーニのカプリースop.40
6) アイタコ・エニアの子守歌op.52
 シマノフスキの作品は、通常3期に分類して考えられている。ロマン派の影響の色濃い第1期、そこから革新性を求め模索を行った第2期、そして描写要素と無調的な手法とが結びついたシマノフスキの完成を思わせる第3期である。一般的には第2期に書かれたものがロマン派的甘美さと印象派的ソノリティを持つことで、比較的親しまれている。当アルバムに収録された作品を時期別で分類すると、第1期の作品が3)と4)、第2期の作品が1)と2)、第3期の作品が5)と6)ということになる。
 これらの作品が、それぞれの作曲期を反映したものか、と言うと、第3期のもの、特に5)については、パガニーニ作品に基づいたものなので、あまりそうとも言えないが、他の時期のものは、それぞれ当該時期の重要な作品だと思う。
 中でも私が好きなのは「神話」である。この作品の、一種の東洋情緒とも言える神秘性は、スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)を彷彿とさせる。私は、この曲をイダ・ヘンデル(Ida Haendel 1928-)とアシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)の名演で知り、親しんだのであるが、当盤は、ヴァイオリンの弱音の敏感さが一層鋭さを備え、暗闇で鋭利にきらめく刃物のような独特の存在感を示している。また、グリッサンドや重音における精妙を究めた音色は、究極の表現と言っても良い美しさだ。
 同じく中期の「夜想曲とタランテラ」は、静と動の激し対比を描いているが、当録音における舞曲部分でのこまやかなピチカートの感覚的な美しさは超絶的で、この録音の素晴らしさを端的に物語るところにだと感じる。楽曲はシマノフスキにしては異質な程メロディアスであり、親しみやすい。
 親しみやすいという点では、ヴァイオリン・ソナタもそのような要素を持っている。当録音で、このような作品にも光が当たるのはうれしい。また、3つのパガニーニのカプリースは、パガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840)の有名な24のカプリースの終曲の主題に基づくものだが、シマノフスキ流の技巧を駆使したヴァイオリン奏法のアイデアが詰まっている。イブラギモヴァの圧巻の技巧が繰り広げられる。
 また、全般にピアノも、雰囲気に満ちた素晴らしい演奏。当盤によって、これらの楽曲に一気に高品質の録音がそろい踏みした。


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器楽曲

ピアノ・ソナタ 第1番 第2番 第3番
p: ケスカ

レビュー日:2020.2.13
★★★★★ ガユシュ・ケスカが力強く奏でるシマノフスキのピアノ・ソナタ
 ポーランドのピアニスト、ガユシュ・ケスカ(Gajusz Keska)によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)の全3曲のピアノ・ソナタを収録したアルバム。CD2枚に以下の様に収録されている。
【CD1】
1) ピアノ・ソナタ 第1番 ハ短調 op.8
【CD2】
2) ピアノ・ソナタ 第2番 イ長調 op.21
3) ピアノ・ソナタ 第3番 op.36
 2008年の録音。
 2枚のCDを併せて、収録時間はおよそ85分。ピアノ・ソナタ第3番は、4つの楽章が連続して演奏されるが、トラック・ナンバーの楽章ごとの振り分けはない。
 さて、私は、ケスカというピアニストの録音を当盤ではじめて聴いた。シマノフスキの3つのピアノ・ソナタは、いずれも素敵な楽曲だが、弾く方にとっては、たいへんな難曲でもある。いずれの楽曲も、投稿日現在、Naxosからマーティン・ロスコー(Martin Roscoe 1952-)の優れた録音が入手可能であるが、3曲いずれも録音したピアニストというのめったにいない。
 そのような状況下にあって、決して名の知れているとは言えないピアニストが、全3曲を録音し、リリースされていることが、なにより興味深い事象なのである。
 果たして、実に立派な演奏で、私はとても感銘を受けた。録音も良い。
 ケスカは、輪郭のくっきりしたピアノで、シマノフスキの3つのソナタが描き出す音世界を巧みに現出してくれる。ケスカのアプローチは、とても真面目で、真摯と表現したいもの。一つ一つのパーツについて、音楽的意図を吟味し、思慮深い響きを聴かせる。それでいて、慎重に過ぎて音の力が弱まったり、勢いが失われたりするようなことがない。思慮深さとともに、しっかりした音楽性を持ち合わせた、実に逞しく響くシマノフスキである。
 3曲のうち私がもっとも愛好するのはソナタ第2番であるが、その第1楽章で聴かれるケスカのシンフォニックな響きは、壮大でありながら、シャープに引き締まっており、豊かな彫像性を感じさせる。終結部の力強さも見事。第2楽章のフーガの扱いも堂々たるもので、気高さを湛えながら展開する。ソナタ第3番では、人によってはより印象派的な色彩感を求めるかもしれないが、ケスカの凛々しくしっかり大地に根付いたようなピアニズムで弾かれるこの楽曲もまた魅力的なものであるに違いない。彼のスタイルは一貫して構造性を明瞭にする。そのため、クライマックスや終結部へ向かう音楽の抑揚がわかりやすく、それに即した感情的な働きかけもしっかりしてくるのだ。ソナタ第1番は他の2曲と比較すると、シマノフスキの音楽として成熟しきっていない部分が多いが、それでもケスカの演奏は確信に満ちた力があり、輝かしい。
 シマノフスキの音楽が好きな人にとって、これはぜひ押さえておきたい録音だと思う。

ピアノ・ソナタ 第1番 20のマズルカから第13曲~第16曲 12の練習曲 4つのポーランド舞曲 前奏曲とフーガ 嬰ハ短調
p: ロスコー

レビュー日:2018.7.6
★★★★★ 明敏なダイナミズムで楽曲の面白味を堅実に表現した名解釈
 イギリスのピアニスト、マーティン・ロスコー(ラスコーとも表記される Martin Roscoe 1952-)による、シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)のピアノ独奏作品全集シリーズ全4巻中の第3巻。当盤には以下の楽曲が収録されている。
1) 20のマズルカop.50より 第13番~第16番
2) 12の練習曲 op.33
3) 4つのポーランド舞曲(マズルカ、クラコビアーク、オベレック、ポロネーズ)
4) 前奏曲とフーガ 嬰ハ短調
5) ピアノ・ソナタ 第1番 ハ短調 op.8
 1996年録音。
 ロスコーによるシマノフスキは、とても優れたものであり、当盤にも、高い水準で安定した演奏が収められている。
 シマノフスキの独特の音楽語法は、その創作活動の中で何度か変化しているが、ここではその初期的な性格を示した「前奏曲とフーガ」及び「ピアノ・ソナタ 第1番」と、印象派的なスタイルで書かれた「12の練習曲」を併せて聴くことになる。
 ただ、ロスコーはこれらの作風の描き分けを行っているわけではなく、むしろ一貫している。すなわち、練習曲集においても、彼のタッチは明晰なダイナミズムに裏打ちされたものであり、強弱の幅をしっかり設けて、厳しい諸相を描き出しているといえる。一つ一つが1分前後の小曲であるが、そこに込められた表現は、大きなダイナミクスにより、雄弁さを持ち合わせる。例えば第7曲の鋭敏なリズムの強調がその証左である。
 ソナタ第1番は、シマノフスキがまだ20代前半のころの作品であるが、傑作として知られる第2番、及び第3番に引けを取らない内容のある作品だ。対位法の処理と様々な和声の効果が独特の効果を挙げているのだが、ロスコーは非常に明快な切れ味でこのソナタを紐解いていく。ことに第4楽章のフーガに基づく変奏では、その卓越した処理能力に驚かされるが、その一方で第3楽章の旋律の独創的な美しさは、インスピレーションに満ちた演奏で、中間部は降りしきる雨を思わせるような情緒の込められた空気が漂う。ペダルの使用も豊かだが、それによって音像が曇ることもなく、見事な手腕を堪能させてくれる。
 前奏曲とフーガは、ソナタ第1番と近い作品であり、両者が続けて収録されていることでも、そのことがわかりやすく示されているだろう。20のマズルカからの4曲と4つのポーランド舞曲も同じカテゴリの作品といって良いだろう。いずれも小曲集ではあるが、ロスコーのアプローチには「大きさ」を感じさせるものが多々あって、それがシマノフスキの音楽と相いれる。特にマズルカの第15番と第16番に楽曲の感覚的な美しさと、技術的精巧さの高度なバランスを感じる。
 もちろん、シマノフスキの音楽は、ショパンとは違って、聴き手の側に近づいてきてくれるものではない。相応の集中力を持ち、聴き手の側にも「読み解く」ものを要求する作品であり、聴いてすぐに覚えられるような旋律にはほとんどお目にかからない。しかし、それゆえにこのような名人に弾かれたとき、おもわぬ厳しく深い諸相に接することが出来る。当盤は、そのような1枚である。

ピアノ・ソナタ 第2番 メトープ 20のマズルカから第1曲~第4曲
p: ロスコー

レビュー日:2018.6.11
★★★★★ 聴くべき演奏家による聴くべき音楽。ロスコーのシマノフスキ
 まだ知られていないアーティストや作曲家、楽曲を発掘し、低価格でリスナーに音源を届けるという理念のもと、ナクソス・レーベルが立ち上げられてから30年以上が経過した。このレーベルのお陰で、私も、自分の音楽趣味の幅を広げることができ、たいへん感謝しているのであるが、中でも感心するのは、このレーベルの「アーティストを発掘する能力」である。これまでメジャー・レーベルが見逃してきた優れたアーティストに、これまたふさわしい楽曲の録音機会を提供するという慧眼は、音楽文化に深く精通したマネージメント能力があってこそだ。
 この、イギリスのピアニスト、マーティン・ロスコー(ラスコーとも表記される Martin Roscoe 1952-)を起用してのシマノフスキ(Karol Maciej Szymanowski 1882-1937)のピアノ作品シリーズも、実に見事なもの。当盤はその第1集で、以下の楽曲が収録されている。
20のマズルカ op.50 から
 1) 第1曲
 2) 第2曲
 3) 第3曲
 4) 第4曲
メトープ op.29
 5) セイレーン
 6) カリプソ
 7) ナウシカ
4つの練習曲 op.4
 8) 第1番 変ホ短調
 9) 第2番 変ト長調
 10) 第3番 変ロ短調
 11) 第4番 ハ長調
12) ピアノ・ソナタ 第2番 イ長調 op.21
 1994年の録音。
 ロスコーはこれらのシマノフスキの作品を、きわめて精緻な手法で奏でている。シマノフスキが仕掛けたリズム、音色の技法を、なんら損なうことなく、こまやかにトレースしていく。ことに、繊細を究めたような微弱音のコントロールは、驚愕に値する完成度といって良い。
 20のマズルカからは、最初の4曲のみが収録されているという構成もなかなか考えられたものだ。シマノフスキのマズルカは美しい曲集だが、20曲続けて収録すると、印象が平板化するところがあると思う。全集化を前提としながらも分割収録する、というアイデアは巧妙だ。この第1曲が、抜群に魅惑的で私は大好きなのだが、その第1音からしてロスコーのピアノは聴き手を別の世界に連れて行ってくれる。そこで支配する因果律や美の構造をたちどころに示し、シマノフスキの音楽という抽象界の扉がすぅっと開くのである。その神秘的なこと。麗しい体験だ。
 メトープは最近では手掛けるピアニストが増えているが、中にあってロスコーの表現は、前述の弱音、とくに高音部の弱音の美しさで聴き手を夢中にさせる。和音は完成された方格性を感じさせるとともに、巧妙なペダルでその減衰を操り、バランスの取れた響きがつねに供給されることとなる。
 4つの練習曲は収録機会の少ない楽曲なので貴重だ。初期作品ということもあり、シマノフスキにしては、古典的な造形性をもっているが、例えば第3曲の抒情性など、そえゆえの魅力を感じさせてやまない。
 しかし、当盤収録中、最高の聴きモノは、最後に収録されたピアノ・ソナタ第2番だ。シマノフスキのピアノ作品の中でも特に演奏困難な楽曲であるが、その困難さは単純に技術的な要素の他に、いかにソナタとしての構成感を描き出すかにある。ロスコーの演奏は特に長大な第2楽章の処理が素晴らしく、半音階が複層的に絡む声部を鮮やかに解明し、この作品ならではの動線を克明に描き出していて感動的だ。特に終結部で開始されるイディオマティックなフーガが、適度なスピードを維持しながら、簡潔明瞭に連続的に畳み込まれるようにして進み、全曲をしめくくる様は圧巻といって良い。もちろん、第1楽章の力感溢れる表現も素晴らしい。
 ロスコーのシマノフスキ、ぜひともピアノ好きにはお薦めしたい内容だ。

シマノフスキ ピアノ・ソナタ 第2番  シューベルト ピアノ・ソナタ 第13番 第14番
p: ドゥバルグ

レビュー日:2018.11.17
★★★★★ ドゥバルグが示す、シューベルトとシマノフスキの組み合わせの妙
 2015年のチャイコフスキー国際コンクールで第4位に入賞したフランスのピアニスト、リュカ・ドゥバルグ(Lucas Debargue 1990-)は、ほぼ独学でピアノを学んだという異色の経歴でも注目を集めたが、そのレコーディングにおいて、確かな才覚を私たちに感じさせてくれる。このたびは以下の収録曲の当アルバムがリリースされた。
1) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) ピアノ・ソナタ 第14番 イ短調 D.784
2) シューベルト ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D.664
3) シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937) ピアノ・ソナタ 第2番 イ長調 op.21
 2017年の録音。
 シューベルトとシマノフスキという組み合わせがとても変わっている。ドゥバルグは、これらの楽曲から、メランコリーな暗がりを共通して引き出しているように感じられる。シューベルトの2曲では、短調の第14番を冒頭に置くプログラムになっていることも、選曲の意図と無縁ではあるまい。
 ドゥバルグの演奏は思慮深さと個性の双方を感じさせる。細かいニュアンスを導くため、強音は一定の制御のもとに使用される。全体的には、緊迫感のある音楽が流れているが、そこにはどこか客観的な余裕があって、遠視点的なものを感じさせる。時に自由なリズム処理があり、D.784の第1楽章の後半など、個性的な響きが表出するが、過剰さは感じない。
 D.784は悲劇的な諸相の濃い深刻な響きが支配的だが、抒情的な旋律が登場する部分では、適度にスピードを変化させ、鬱に対する救済という対比感が鋭く演出されている。この第1楽章における鮮烈なオクターヴ音の処理は、このピアニストの絶対的な技術の高さを示すものであるとも言える。第2楽章の暖かみには安らぎがあるが、時折、暗い陰りが射すように感じられるのも、その厳しい響きからもたらされる効果であろう。第3楽章の運動美の構築は、流麗でありながら、乾いた一陣の風のような感触をもち、その厳しさの中で決然と楽曲を終える。
 D.664は楽曲の穏やかな魅力を、美しい和音を大切にしながら、叙情的に進むが、その響きにはどこか寂莫たるものが感じられる。第2楽章はやや平板にも思えるが、終楽章の喜びは、フレーズの魅力を自然に引き立たせた鮮やかさが光ったもの。
 そしてシマノフスキである。私はこのシマノフスキのピアノ・ソナタ第2番を名作と考えているが、録音点数の多い曲ではない。中にあってマーティン・ロスコー(ラスコーとも表記される Martin Roscoe 1952-)の録音が複層的な処理の素晴らしさで際立っていた名演だと思う。ただ、ロスコーの演奏が、あまりにポリフォニックな処理に専念されていると感じられるなら、このドゥバルグの果敢な挑戦を感じさせる演奏の方に、より魅力を感じるかもしれない。この楽曲は2つの楽章からなるが、複雑な処理が数多く行われ、その難しさだけはよく知られるのだが、音楽としてもとても成熟したものを持っている。
 ドゥバルグは、この楽曲に立ち向かい、重ね着を想起させる複層的なテクスチュアから、熱血的なものと鬱なものの双方を感情的な色彩をもって提示する。第2楽章は、主題と変奏、そして壮麗なフーガで幕を閉じる構成であるが、この変奏部分で、ドゥバルグはプロコフィエフ的な要素(特に第1変奏)やスクリャービン的な要素がこの曲に施されていることを示しながら、神秘と興奮を交えて、終結部に向かっていく。その演奏には、ロスコーの演奏とは別種の熱いものがこもっていて、ほどよい肉付きがある。そのことが人に近づきやすい印象をもたらすだろう。
 シューベルトの親しみやすいソナタと一緒に聴き、そこで表現される「鬱」の共通項を感じながら、シマノフスキの音楽を聴く喜びに気づくことが出来れば、聴き手にも大切な音楽体験となるだろう。

ピアノ・ソナタ 第3番 20のマズルカから第17番~第20番 9つの前奏曲  変奏曲 変ロ短調 2つのマズルカ ロマンティックなワルツ
p: ロスコー

レビュー日:2018.9.26
★★★★★ ロスコーのシマノフスキ録音の価値の高さを証明する、シリーズ完結となった第4集
 イギリスのピアニスト、マーティン・ロスコー(ラスコーとも表記される Martin Roscoe 1952-)による全4巻からなるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)ピアノ音楽全集のしめくくりとなる第4集。以下の楽曲が収録されている。
1) 9つの前奏曲 op.1(第1番 ロ短調 第2番 ニ短調 第3番 変ニ長調 第4番 変ロ短調 第5番 ニ短調 第6番 イ短調 第7番 ハ短調 第8番 変ホ短調 第9番 変ロ短調)
2) 変奏曲 変ロ短調 op.3
3) 20のマズルカ op50 より 第17番~第20番
4) 2つのマズルカ op.62
5) ロマンティックなワルツ
6) ピアノ・ソナタ 第3番 op.36
 2003年の録音。
 ロスコーの一連のシマノフスキ録音は、本当に見事なものなのだけれど、1994年から1996年にかけて第1集から第3集が製作されたのち、いったんはシリーズの中座も考慮されたという。様々に先駆的・精力的な取り組みを行っているnaxosレーベルにおいてさえ、ということを考えると、(他に理由があったのかもしれないが)シマノフスキの音楽が、きちんと評価されていない現況が一因としてあったのではないか、と思ってしまう。だとしたら、実に残念なことだ。
 そう、シマノフスキの音楽は実に魅力的だ。ただ、それは、音楽の方から、簡単に聴き手の側に近づいてきてくれるような、親近性を伴ったものではない。リズム、ハーモニーの複雑さ、技術的ハードルの高さと併せて、そのメロディも簡単に覚えられるものとは言い難い。それだけに、聴く側にも相応の準備や、乗り越える努力を求める音楽であるだろう。ただ、それだけに、その音楽の魅力をひとたび知ることができれば、そこには未知の世界が広がっているのである。
 当盤には、シマノフスキの初期の作品と中・後期の作品がそれぞれ配分されている。そのうち初期の作品は、私が前述したことに照らせば、ロマン派的なものが濃厚なため、シマノフスキ作品にしては「親しみやすい」楽曲かもしれない。言い換えれば、「シマノフスキらしくない」ものとも言えるかもしれないが、それはそれで魅力的だ。9つの前奏曲では、第1曲の美しい憂いから、ロマン派的でメロディアスな世界が広がる。ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)の24の前奏曲につながるような素朴さと詩情があり、親しみやすい。個人的には、第2曲に、スクリャービン(Alexandre Scriabine 1872-1915)の悲愴のエチュードの断片を感じるが、いかがだろうか。また、第5曲は、のちのシマノフスキの作風を思わせる精巧な細工がある。変奏曲 op.3 もロマン派ふうのメロディの語り口で、分かりやすい。力強い推進を感じさせる変奏もあるし、終曲では力の開放が気持ち良い。ロスコーは安定したテクニックで、旋律を浮き立たせる絶妙なレガートをあやつりつつ、力強い部分では骨太な音色を導き、十全なアプローチを示す。
 6曲のマズルカでは繊細なリズム処理、ロマンティックなワルツでは複雑なハーモニー処理に、いずれも冴えた感性をフィットさせるロスコーは、やはりただ者ではないと言うか、シマノフスキ音楽への高い適性を感じさせる。
 そして、シリーズの締めくくりに相応しいピアノ・ソナタ第3番となる。規模という点で第2番の方が大きく、個人的には、傑作としては第2番をより強く推すのだが、この第3番もシマノフスキの芸術が集約された見事な作品だ。ロスコーはやや速めのテンポを全般にキープし、そのテクスチュアを鮮明に解きほぐしながら、美しさ、強さの双方で過不足ない表現を展開。終楽章では、複雑なフーガが置かれるが、ロスコーの演奏にはつねに理知的な美観が働いており、その構築性の高さには大いに魅了されるのである。
 当盤を聴いて、あらためてこのピアニストによって、シマノフスキの全ピアノ作品が録音されたことの意義の大きさを痛感する。

ポーランドの主題による変奏曲 マスク 20のマズルカから第5曲~第12曲 幻想曲 ハ長調
p: ロスコー

レビュー日:2018.9.4
★★★★★ ロスコーの精緻なピアニズムが鮮明に描き出したシマノフスキ
 イギリスのピアニスト、マーティン・ロスコー(ラスコーとも表記される Martin Roscoe 1952-)によるシマノフスキ(Karol Maciej Szymanowski 1882-1937)のピアノ作品集。全4巻からなる全集が完成しているが、当盤はその第2集にあたり、以下の楽曲が収録されている。
1) 20のマズルカop.50より 第5番~第12番
2) ポーランドの主題による変奏曲 op.10
3) 仮面劇(マスク) ~シェへラザード 道化のタントリス ドン・ファンのセレナード op.34
4) 幻想曲 ハ長調 op.14
 1994年の録音。
 ロスコーのシマノフスキは、全般に高い技術で、シマノフスキがスコアに書き込んだリズム表現や、ポリフォニーの作法を明快に解きほぐした快演奏となっており、当盤でも、その水準の高さは十分に伺える。
 マズルカでは、歯切れのよいスタッカートを用いて、リズムに即した節回しを巧妙に引き出す。冒頭曲から、その抑揚の美しさ、統制感のある外面が美しいが、ある程度、音の強弱に制約を設けることで、スタイリッシュな流れを維持している点も一つの特徴と言える。シマノフスキのピアノ独奏曲は、作曲年代によってその性格を変えるとはいえ、その陰りの強さから、さながらバルトークのように強靭にコントラストを描く演奏がなされることが多く、もちろんそれはそれで良く仕上がっていれば問題ないのであるが、ロスコーのアプローチは、それよりは禁欲的な視点があって、秩序の中に音楽を保つという方向性が支配する。その等方的な力が、これらの楽曲がもつ特有の美観を引き出していると感じる。
 ポーランドの主題による変奏曲は、シマノフスキのピアノ独奏曲の代表作として知られる作品。私個人的には、当該ジャンルでは、ピアノ・ソナタ第2番(第1集に収録)を代表作に推したいが、この変奏曲の方が馴染みやすいこともあるし、各変奏曲の中には印象派的な手法で、星がきらめくように美しい繊細さがあふれるものもあって、もちろん悪くない。重々しい葬送行進曲も、劇的な高揚感があって、見事だ。ロスコーはこの楽曲でも模範的といって良い演奏を示していて、特に細部まで磨き上げられた正確な打鍵は見事だ。細やかな音階状のフレーズが、実に心地よい輝きを伴って奏でられるし、全体の流れが自然で、エネルギーの蓄積や放散も的確。
 仮面劇(マスク)においても、マズルカで見られるリズム処理、そしてポーランドの主題による変奏曲で見られる印象派的手法をあらためて結集したような精緻な音楽が導かれる。その色合いは美しいというだけでなく、印象派的なものと、壮大な音楽をつくるベクトルが均衡した強い説得力を秘めている。
 末尾に収録された幻想曲は、グラーヴ、ノン・トロッポ・アレグロ、アレグロ・モルトの3部からなるが、連続して奏される楽曲。この楽曲はロマン派的な雰囲気が強く、特に終りの部分は、ロマン派的な大きな帰結を持つが、ここでもロスコーは線的なものを重視した統制感の強いピアニズムで、スマートに楽曲をまとめている。

ポーランドの主題による変奏曲 マスク 20のマズルカから第13盤~第16番 9つの前奏曲から 第1番 第2番 第7番 第8番
p: ツィマーマン

レビュー日:2022.11.4
★★★★★ 注目すべきシマノフスキ録音
 ツィマーマン(Krystian Zimerman 1956-)によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)のピアノ独奏曲集。収録曲は下記の通り。
9つの前奏曲 op.1 から
 1) 第1番 ロ短調
 2) 第2番 ニ短調
 3) 第7番 ハ短調
 4) 第8番 変ホ短調
仮面劇(マスク) op.34
 5) シェラザード
 6) 道化のタントリス
 7) ドン・ファンのセレナード
20のマズルカ op.50 から
 8) 第13番
 9) 第14番
 10) 第15番
 11) 第16番
ポーランド民謡の主題による変奏曲 op.10
 12) アンダンテ・ドローソ・ルバート
 13) アンンダンティーノ・センプリチェ
 14) 第1変奏
 15) 第2変奏
 16) 第3変奏
 17) 第4変奏
 18) 第5変奏
 19) 第6変奏
 20) 第7変奏
 21) 第8変奏
 22) 第9変奏
 23) 第10変奏
 このうち「仮面劇」は、1994年に録音されたもののリリースされていなかった音源ということで、このたび、なんと28年の歳月を経て、晴れてリリースされたことになる。他の作品は2022年、広島県福山市で録音されたものとのこと。
 当盤の登場は、録音点数の少ない実力あるピアニストの新音源として注目されるが、私個人的には、日本でも人気の高いツィマーマンというピアニストによって、シマノフスキの魅力的なピアノ独奏曲集が録音され、リリースされることによって、日本でも多くの人が、あらためて、この作曲家の作品の素晴らしさに目を向けると言う、「啓発」の効果も含めて、大きな期待を寄せたい一枚である。
 冒頭に、ロマン派の影響を色濃く湛えた9つの前奏曲から4曲が抜粋収録されている。これらの作品では、ロマンティックなメロディとともに、シマノフスキの音楽のベースにある、力強い土俗性が端緒に描かれている。ツィマーマンのピアニズムは、いつものように明晰で、クリアであり、そのくっきりした輪郭で描き出される音響は、必要な部分で必要なエッジが効いた抑揚のはっきりしたものであり、それでいて、どこか夢想的ともいえる旋律を、情感を添えて奏でるものであり、理想的と思えるものだ。特に華美な第7番など、聴き応え十分だろう。
 続いてシマノフスキのピアノ独奏曲のうち、代表的なものとして知られる「仮面劇(マスク)」である。この曲に関しては、録音機会も多いのだが、そこにあってもツィマーマンの演奏は存在感のあるもので、和音の完全性を感じさせる力強い響きは、楽曲の陰影を明瞭に刻んでいる。1994年に録音されたため、他の楽曲に比べて、ツィマーマンの表現も違いを感じさせるところがあり、特にこの「仮面劇」は、音色のシャープさが際立っている。それゆえに、この光に満ちたこの演奏に、シマノフスキらしい曇天を思わせるような陰鬱とした部分への言及が少ないことを指摘することは出来るかもしれないが、これはこれで完成度が高い演奏であることは間違いない。シマノフスキの工夫を凝らした音響設計を、全力で精密に再現した感があり、面白い。
 最近の録音に戻って、20のマズルカから4曲が弾かれるが、これらは、冒頭に収録されている前奏曲と対比を感じさせるもので、時にスクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)を思わせるような、調性からの遊離感がただよう。また、直前に置かれた仮面劇と比べると、明らかにツィマーマンの表現幅は広がっており、とくに柔らかいタッチを必要に応じて使い分ける周到さがある。第16番のスケールの大きさも、それゆえに存分に行き届いた感のある響きに満ちている。
 最後に、比較的ロマンティックな作風に戻って「ポーランド民謡の主題による変奏曲」が弾かれるが、これまた、硬軟を巧みに使い分けた演奏で、ツィマーマンの芸術の完成を感じさせるものだ。有名な第8変奏の葬送行進曲など、現在のツィマーマンの力強さと表現性の卓越が如実に表れた感があり、見事の一語に尽きる。

マズルカ 全集
p: アムラン

レビュー日:2013.9.10
★★★★★ アムランには「これを弾く使命」があったに違いないと感じさせる音楽
 アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)のマズルカ全集。2002年の録音。収録曲は以下の通り。
1) 20のマズルカ op.50
2) ロマンティックなワルツ
3) 4つのポーランド舞曲
4) 2つのマズルカ op.62
 シマノフスキはショパン以後、ポーランド最大の作曲家である、とここまではほぼ言い切っていいと思うのだが、その作品がどのように捉えられているかを書き表すのは難しい。なんといっても、この作曲家は、その生涯において、何度も大きく作風を変えているのである。
 シマノフスキの作品は、通常3期に分類して考えられている。ロマン派の影響の色濃い第1期、そこから革新性を求め模索を行った第2期、そして描写要素と無調的な手法とが結びついたシマノフスキの完成を思わせる第3期である。しかし、これは一番“大雑把な”分け方で、細かく見ていくと、さらにいくつもの「変化」があり、作品へのアプローチが大きく見直されているのである。
 シマノフスキはショパン(Frederic Chopin 1810-1849)、スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)の影響を強く受けて作曲活動を続けたが、同時に濃厚なロマン派の巨匠ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)や印象派の筆頭ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)にも傾倒していく。シマノフスキの音楽は、全体的には印象派のテイストに近い。これは和声進行の自由さや、微細な描写法からもたらされるものだ。
 最近では、シマノフスキの作品の演奏機会は増えているが、そのほとんどは第2期以降の作品である。また「第3期」とはいっても、現在取り上げられる作品の作曲時期は1917年までに集中している。「神話」「メトープ」「交響曲第3番」「ロジェ王」「ヴァイオリン協奏曲第1番」「弦楽四重奏曲第1番」「ピアノ・ソナタ第2番」などの知られた作品はこの時期までに出払ってしまう。
 これ以後のシマノフスキの活動が難渋なのだ。彼は「ポーランド音楽の完成」をめざし、タトラ山中の民俗音楽を採集し、これを自分なりの語法で咀嚼した音楽を書いた。しかし、それらの音楽の渋みというのが、なかなか強烈で、他者の理解しがたいものに偏ったところが多分にある。そのような文脈の中で、1924-25年にかけて、「20のマズルカ」という作品群が生み出された。
 シマノフスキが、晩年になって、作曲活動の動機づけとなったショパンという作曲家に起源をもつ「マズルカ」というジャンルに回帰した意向も面白いが、これらの楽曲を聴くと、その音楽はショパンとも、あるいはスクリャービンとも、似ても似つかないものだということはすぐ分かる。陰鬱に垂れ込めた雲間から落ちる雨をひたすら描写するような音色。明るい展開もわかりやすいメロディも無縁の寂寞とした響き、それでいて、微細に書き込まれた音符によって追求される超絶的な技術。
 これらの作品群はアルトゥール・ルービンシュタイン(Arthur Rubinstein 1887-1982)に献呈されたにもかかわらず、彼はほとんど数曲ぐらいしか取り上げなかったという。簡単に手におえるものではない、まさに難物だろう。
 しかし、時代は進化した。アムランのような、ものすごいテクニックを持ったピアニストが出現してきた。アムラン並みでなければ、これらの楽曲に価値を生じさせる演奏を行うことは難しかったと言えるだろう。実際、この演奏を聴いていると、その暗がりにひそやかに通わされた情緒がほのかに香り続け、独特の世界を形作っていると感じられる。たしかに親しみやすいメロディは皆無といってよいが、印象派的な、一瞬も同じ形態ではない微分化、細分化された描写性を感じさせる。
 それにしても、1933-34年に書かれたシマノフスキの絶筆となった「2つのマズルカ」は強烈だ。ここにはもうマズルカと名乗る様な原型は残っていない。シマノフスキによって解体されつくした舞曲に「ポーランド音楽の完成」を見るかどうかは、各人の判断に委ねたい。

12の練習曲 メトープ マスク 4つの練習曲
p: ティベルギアン

レビュー日:2017.11.6
★★★★★ シマノフスキ作品を鋭敏な感覚で美しく描き上げた美演
 1998年のロン=ティボー国際コンクールで優勝したロシア出身のフランスのピアニスト、セドリック・ティベルギアン(Cedric Tiberghien 1975-)によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。
1) 12の練習曲 op.33
2) 仮面劇(シェエラザード 道化のタントリス ドン・ファンのセレナード) op.34
3) 4つの練習曲(変ホ短調 変ト長調 変ロ短調 ハ長調) op.4
4) メトープ~3つの詩(セイレーンの島 カリプソ ナウシカア) op.29
 2013年の録音。
 ポーランドの作曲家、シマノフスキは、最近になってその評価が急激に高まっていると言って良い存在だと思うが、その作品の素晴らしさに比して、録音の数はまだまだ少ないと感じられる。そのような中。当盤はティベルキアンが、代表作として知られる「仮面」「メトープ」に加え、練習曲も収録したもので、ライブラリを充実させてくれる1枚だ。
 収録された楽曲のうち、「4つの練習曲」は1900年から1902年にかけて、まだ学生だったシマノフスキの手によるもので、調性音楽となっているが、他の楽曲は1915年から1916年に書かれており、定まった調性を持たないスタイルとなっている。中期以降、調性音楽から離脱していく過程は、シマノフスキに様々に影響を与えたスクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)を彷彿とさせる。また、シマノフスキのピアノ曲は、よく指摘されるように、その音色において、ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)、ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)のピアノ作品を彷彿とさせるところが多い。そういった意味で、印象派のピアノ曲に親しみを感じる人には、近づき易いものといるだろう。
 冒頭に収録された「12の練習曲」では、前述の印象派的な色彩が、演奏者のセンシティヴな感覚で細やかに描かれている。刹那的とも言えるインスピレーションを積み重ねながら、精巧なガラス細工のように細やかな音の反射が設計されており、その「響きの魅力」が美しく全体を包む。第2曲で連続される和音の響きの交錯がもたらす世界観に、演奏者と作品の幸福な邂逅が描き出されている。
 「仮面劇」では、低音の太い響きを織り交ぜた重厚感が立派であり、ことに「道化のタントリス」における感覚的な細やかさは見事と言える。ただ、この曲とメトープには、アンデルジェフスキ(Piotr Anderszewski 1969-)による素晴らしい録音が競合盤として存在することを忘れてはならない。
 4つの練習曲は、全体を通じて優しい情感に沿うものがあり、ほっとさせられるところもあり、収録順としても単に作曲年代通りとしなかった意図を感じる部分である。この変ロ短調の第3曲は、この曲を愛したパデレフスキ(Ignacy Paderewski 1860-1941)が各地で紹介したことから、かなり知られた作品でもある。
 最後に収録された「メトープ」、この「メトープ」というタイトルは神話などを彫刻した壁面のことを指すのであるが、印象派的な色彩が圧巻の表現となっている。アルバム全体を通してみると、12の練習曲と比べて、「仮面劇」「メトープ」では、やや長い音価を主にした音楽となっているが、それだけに余情的なものを表現する部分が多いのであるが、ティベルキアンはその双方に感覚的な冴えを見せている。細やかなペダル操作を踏まえ、シマノフスキの音世界を見事に描き切った観がある。
 シマノフスキのピアノ作品の世界に浸ることのできる素敵な1枚となっている。


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声楽曲

スターバト・マーテル 来たれ創り主なる精霊 聖母マリアの典礼 デメーテル ペンテジレア
ヴィット指揮 ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 合唱団 S: ホッサ MS: マルシニク Bs: ブレク

レビュー日:2017.8.8
★★★★★ 持続的な緊張感を背景に、シマノフスキの声楽曲の魅力を描き出した名演
 アントニ・ヴィット(Antoni Wit 1944-)指揮、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団と同合唱団によるシマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937)の声楽曲集。収録曲は以下の通り。
1) スターバト・マーテル op.53(御母は悲しみに暮れ かくも責め苦を負う さあ、御母、愛の泉よ 私の命ある限り 乙女の中のいと清き乙女よ キリストよ、私がこの世を去る時には)
2) 来たれ創り主なる精霊 op.57
3) 聖母マリアの典礼 op.59
4) デメーテル op.37b
5) ペンテジレア op.18
 独唱は、ソプラノがイヴォナ・ホッサ(Iwona Hossa 1973-)、メゾ・ソプラノがエヴァ・マルシニク(Ewa Marciniec)、バスがヤロスラフ・ブレク(Jaroslaw Brek 1977-)。2,3,5)の独唱はソプラノのみ。4)の独唱はメゾ・ソプラノのみ。
 2007年の録音。
 シマノフスキの作品は、最近になって全般にその評価が高まった。交響曲、歌劇、協奏曲、室内楽、ピアノ曲、様々なジャンルで優れたアーティストが立派な演奏を記録し、そのことで、この作曲家の重要性はすでに不動のものになっていると言っても過言ではないだろう。そして、声楽曲においても、それは当てはまり、当盤などのその最たるものと言って良いだろう。
 「スターバト・マーテル」と「来たれ創り主なる精霊」がラテン語、他はポーランド語のテキストによるもの。いずれもシマノフスキのミステリアスなロマンが漂う美しい作品である。
 「スターバト・マーテル」は敬虔な祈りとともに、どこかエキゾチシズムを感じさせる気配が漂う。霧のかかったような世界から、劇的な隔たりを感じさせる遊離性まで、連続的に描かれつつ、美しさに満ちる。わかり易い主題があるわけではないが、それゆえの複層的なポリフォニーの面白さが作曲に反映されていて、それが音楽的方法で、様々な情動をともなって提示されていく。「かくも責め苦を負う」と「乙女の中のいと清き乙女よ」では、その力強い咆哮が空気を揺らすが、その一方で、静謐なうごめきの世界が下界に漂っている。それは、なぜか悲しげで、それも現代的な複雑さを秘めた悲しみとして伝わる。「私の命ある限り」が声楽のみによる音楽となっているところも、古典のポリフォニーの世界を想起させる。終曲の豊かさも、悲しみを底辺に持ち、そのことが感動に繋がる。
 「来たれ創り主なる精霊」は非常に劇的で、前進性を湛えた楽曲となっており、あるいはもっともなじみやすい作品と言えるだろう。「デメーテル」は歌劇「ロジェ王」と親近性を感じさせて興味深い。この楽曲と「ペンテジレア」にこの作曲家の抒情的な側面はよく表れているが、印象派に通じる室内楽的な精緻さと併せて表出される点に、この作曲家の作品らしさを強く感じさせる。
 全般に透明度の高い録音で、ゆったりした曲調が支配的な中、緊張感をつねに張り巡らせた演奏は、癒しとはまた別の不思議な警戒感に近い感情があり、それもシマノフスキらしさによく通じるものに思う。良い演奏に違いない。また、独唱者では特に5曲中4曲でソロを担うホッサの歌唱が、当盤の成功に大きく貢献している。


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