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ストラヴィンスキー



交響曲 管弦楽曲 協奏曲 器楽曲


交響曲

ハ調の交響曲 3楽章の交響曲 木管楽器のための交響曲
アシュケナージ指揮 ベルリン放送交響楽団

レビュー日:2008.1.18
★★★★★ ディオニュソス傾向とアポロン的制御の再現・・・
 アシュケナージとベルリン放送交響楽団によるストラヴィンスキーの交響曲集。当盤に収録されているのは「ハ調の交響曲」「3楽章の交響曲」「木管楽器のための交響曲」の3曲で、録音は1991年。ストラヴィンスキーにはこれらと別に「交響曲第1番」という作品があり、これについてはアシュケナージがサンクトペテルブルクフィルと94-95年に録音したものがあるため、アシュケナージの指揮でストラヴィンスキーの交響曲を(詩篇交響曲を除いて)一通り聴くことができることになる。
 ストラヴィンスキーはもちろん「バレエ音楽」が有名だ。だが彼のバレエ音楽は純器楽曲として鑑賞しても十分に素晴らしいものである。他方、交響曲もまるでバレエ音楽のような曲想の移り変わりがあり、形式として交響曲であるという感じは乏しい。音楽としてはなかなか面白く、色彩豊かなオーケストレーションも健在である。
 「ハ調の交響曲」は終楽章の土俗的な迫力が見事で、アシュケナージの指揮も尾を引くような金管とティンパニの強烈なリズムがあいまって高い演奏効果を得ることに成功している。「3楽章の交響曲」は作品が充実している。バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の第2楽章を思わせる激しいリズムが躍動する。一般的にこの曲は、ストラヴィンスキー初期のディオニュソス傾向(本能的な生命観が躍動する芸術傾向)がアポロン的制御(知性・規律的芸術技術)により再現されたものと考えられているが、この演奏を聴くとナットクさせられる。これらの楽曲を質の高い演奏であつめた貴重なアルバムに間違いない。


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管弦楽曲

バレエ音楽「春の祭典」 「ペトルーシュカ」 「火の鳥」 「ミューズを司るアポロ」 管楽器のための交響曲 交響詩「うぐいすの歌」 オーケストラのための4つのエチュード 幻想的スケルツォ 幻想曲「花火」 協奏曲「ダンバートン・オークス」 協奏的舞曲 ニ調の協奏曲(バーゼル協奏曲)
デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 モントリオール・シンフォニエッタ

レビュー日:2011.8.22
★★★★★ 別レーベルから廉価復刻されたデュトワのストラヴィンスキー
 デュトワ(Charles Dutoit 1936-)がデッカレーベルに録音してきたストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)のシリーズを、Newton Classicsが4枚組の廉価版アルバムとして再リリースしたもの。輸入盤。いずれもオーケストラはモントリオール交響楽団。ただしディスク4(協奏曲「ダンバートン・オークス」、協奏的舞曲、ニ調の協奏曲(バーゼル協奏曲)、バレエ音楽「ミューズを司るアポロ」)のみ表記が「モントリオール・シンフォニエッタ」となっている。これはモントリオール交響楽団の「小編成」ヴァージョンを指す名称で、例えば1990~91年に録音されたハイドンの交響曲集でも、この名称が使用されている。
 このNewton Classicsというレーベルは、2009年にオランダで設立されたレーベルで、クラシックの音源のうち、長らく廃盤となっていたものを廉価で復刻することを目的として設立されている。近年、過去のディスクが廉価レーベルに移る形で復刻されるものが多いが(日本のタワーレコードの一連の企画もこれに該当するだろう)、消費者にしてみても、たいへんありがたいことだと思う。
 デュトワのストラヴィンスキーも、名演の誉れ高い「火の鳥」と、「春の祭典」+「ペトルーシュカ」の再編集盤のみ定盤化していたが、他の録音自体少ない楽曲については長らく廃盤だったため、この企画盤の復刻はとても歓迎できる内容だ。
 比較的珍しい曲として、まず協奏曲「ダンバートン・オークス」がある。これはストラヴィンスキーが依頼により作曲した合奏協奏曲で、いわゆる新古典主義による「バロックもどき」の音楽である。もどきとは言ってもそこはストラヴィンスキーで、多彩で学究的な音色が楽しめる。バーゼル協奏曲についても同様の合奏協奏曲だが、こちらは弦楽オーケストラのための作品となっている。交響詩「ナイチンゲールの歌」は別名「うぐいすの歌」で、バレエ音楽「夜鳴き鶯」から編まれたもの。いずれにしても有名曲以外でデュトワが録音に選んだ楽曲は、ストラヴィンスキーの中では新古典主義か、あるいは調性的な作品に分類しうるもので、親しみ易いものだと思う。
 デッカの非の打ち所のない録音もあり、デュトワの作り出すサウンドはクリアで気品に満ちている。すべてを明快、簡明に響かせながらも、春の祭典の第2部のようなバーバリズムでは突き通るような鮮烈なインパクトを設けてこれを描いており、立派な内容だ。「火の鳥」も改めて聴いてみたが、ブルーカラーな叙情表現が最高にファッショナブルで、聴き味は極上。まさに「この上ない録音」といったところ。廉価になってまとまった当アルバム、押さえておいて損はないだろう。

バレエ音楽「春の祭典」 「ペトルーシュカ」 「かるた遊び」 「ミューズを司るアポロ」(1947年版) 組曲「火の鳥」(1945年版)
シャイー指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 クリーヴランド管弦楽団

レビュー日:2016.4.22
★★★★★ シャイーならではの色彩感に溢れた魅力いっぱいのストラヴィンスキー
 リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮によるストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)の管弦楽曲5曲を2枚のCDにまとめた再編集版。その収録内容は以下の通り。
【CD1】
1) バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版) 1993年録音
2) バレエ音楽「春の祭典」(1947年版) 1985年録音
【CD2】
3) 組曲「火の鳥」(1945年版) 1995年録音
4) バレエ音楽「かるた遊び」 1996年録音
5) バレエ音楽「ミューズを司るアポロ」(1947年版) 1996年録音
 2)はクリーヴランド管弦楽団、他はコンセルトヘボウ管弦楽団による演奏。
 本来3つのアルバムにより発売されたものだったため、2枚に収録される過程で割愛されてしまった作品があるのは惜しいのだけれど、それにしても素晴らしい録音である。ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽をライブラリ向けに揃えようと思う人には、断然オススメのアイテムといって良い。
 特に素晴らしいのが「ペトルーシュカ」である。当作品を2枚組の冒頭に配置する編集もむべなるかな、冒頭から、色彩にあふれた音が万華鏡のように炸裂していく。その完成度は驚異的で、一片の齟齬もなく、すべてが機能美に満ち、全体として一つの目標にむかって収れんしている。しかも、その過程で一切の余分な力がなく、必要なことだけを行い、不必要なものは一切ない。まさに洗練の極み。
 そうして得られるサウンドは、一言でいうと「オシャレ」。美しい旋律を次々と惜しみなくつぎ込み、それを、手を変え品を変えのオーケストレーションで、万華鏡のように瞬時に鮮やかに展開していく。そう考えると、これらの楽曲は、まさに「こんな風に演奏されてこそ」の魅力が横溢しているといっても過言ではない。大編成のオーケストラにいくつもの埋め込んである仕掛けが、時に迫力に満ち、時におどけて笑い、時に悲しい色を湛える。シャイーの演奏では、それらの表現が感情過多にならず、純音楽的に高次に調和し、完璧な音響を構築する。また時系列にそった変化も、まったくフラストレーションがなく、合理的。最高の知性派による都会的サウンドといった感じ。
 「春の祭典」も洗練を極めたシンフォニックな響きが見事。この楽曲が持つ凶暴性が削がれている一面はあるが、その代わりに柔らかく鮮やかな音の交錯が「これでもか」と盛られた演奏で、とにかく楽しい。あっという間に全曲を聴きとおしてしまう。
 「火の鳥」は全曲盤ではない組曲である点が残念。それというのも録音・演奏ともに効果満点だからだ。特に「凶悪な踊り」のフォルテッシモの一撃の凄いこと。圧倒的な音量で、重量感があるのに、透明で、きわめてスリリング。これに慣れてしまうと、他の録音に物足りなさを感じてしまうかもしれない。終曲の賛歌は、最後のファンファーレがスタッカート気味で、朗々としたものではない、小気味の良い快活さに寄っている点は、好みが分かれるかもしれないが、シャイーの演奏を通して聴くと、説得力のあるものに思えてくる。
 新古典主義時代の2作品、「かるた遊び」と「ミューズを司るアポロ」は、いずれも優しい雰囲気の音楽であるが、シャイーの作り上げたトーンのふくよかさが絶妙。特に弦楽五部のための作品である後者は、オーケストラの弦楽器陣の天国的な合奏音を心行くまで堪能できる。まだシャイーのストラヴィンスキーを持っていない、という方には、絶好のお買い得アイテムだと思う。

ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」  ムソルグスキー 禿山の一夜(オリジナル版)  バルトーク 組曲「中国の不思議な役人」
サロネン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2007.3.28
★★★★☆ アンサンブルの機能美を活かした音作りです
 フィンランドの指揮者サロネンとロスアンジェルスフィルの相性は思いの他いいようで、良好な関係がずっと継続しているようである。このオーケストラの場合、ティルソン・トーマスとも相性がよかったし、どちらかというとアッサリしたテイスティングの演奏をする指揮者とうまくいくように思われる。現代のスタイルと言えば言えるかもしれない。ここで良心的な演奏が繰り広げられている。3人の作曲家の作品を集めたアルバムだが通して聴いてみるとカラーが統一されていて、作曲家の個性を強く意識させようというものではないようだ。ダイナミクスにも過不足なくオーケストラはよく鳴っている。部分的に平板な音は存在するが、全体としての構成感が卓越しているので、ほとんど気になるレベルではない。
 ムソルグスキーの「禿山の一夜」は通常演奏されるリムスキー・コルサコフによる編曲版ではなく、オリジナル版が収録されている。荒削りな魅力はあるが作品としての完成度は高くなく、あくまで通常版あっての存在といえる演目だ。しかし、ここでもサロネンは特にそのグロテスクさを強調したりせず、常に作品から等しく距離を置いて客観的な美観の構築に重きをおいて取り組んでいる。バルトークでも管弦楽のバランスの確かさとトータルな響きのクオリティが重視されていて、過度にたたみ掛けたり、勢い込むことがないが、そこを物足りなく感じる人もいるかもしれない。しかし、特に終結部の切れのよさは見事で、ぜひ全曲版の録音を期待したい。ストラヴィンスキーもかつてフィルハーモニア管弦楽団と多くの録音を遺した作曲家の作品だけに、すべてをしりつくしたような手腕ですべてが収まるところに収まる安心感がある。エネルギッシュな爆発はないが、アンサンブルの機能美を活かした音作りは、それはそれで歓迎されるものだろう。

バレエ音楽「春の祭典」 幻想曲「花火」 幻想的スケルツォ 組曲「牧神と羊飼いの娘」 葬送の歌
シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団 S: コッホ

レビュー日:2018.7.25
★★★★★ 1世紀に渡って失われていた「葬送の歌」が、ついにメディアで登場しました!
 当盤の最大の目玉は、世界初録音となる「葬送の歌」である。この楽曲は、ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)が、師であったリムスキー=コルサコフ(Nikolai Rimsky-Korsakov 1844-1908)の追悼のために書いた作品で、当時、ストラヴィンスキーもその出来栄えには相応の自信を持っていたとされるが、ロシア革命等の混乱の中、そのスコアは散逸し、失われていたと考えられていた。しかし、2015年になって、サンクトペテルブルクの図書館でそのフルスコアが発見され、1世紀を経て、楽曲は蘇った。
 すでにゲルギエフ(Valery Gergiev 1953-)もこの楽曲を何度かコンサートで取り上げているが、権利関係の事情により、最初の録音はDECCAレーベルからリリースされることとなっていて、果たして、このシャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮による当盤の登場となった。ルツェルン祝祭管弦楽団との2017年のライヴ録音で、収録曲は、すべてストラヴィンスキーの楽曲。
1) 葬送の歌 op.5
2) 花火 op.4
3) 幻想的スケルツォ op.3
4) 組曲「牧神と羊飼いの娘」 op.2
5) バレエ音楽「春の祭典」
 組曲「牧神と羊飼いの娘」は、プーシキン(Alexander Pushkin 1799-1837)のテキストに基づくメゾ・ソプラノの独唱があり、当盤ではソフィー・コッホ(Sophie Koch 1969-)が務める。
 曲目を一覧してわかる通り、春の祭典以外は若い作品番号が与えられた初期の作品ばかりであり、「葬送の歌」を中心視点したプログラムといって良いだろう。この「葬送の歌」、10分程度の管弦楽曲なのであるが、これがとても面白い。冒頭は低音の響く弦のトレモロから、次第に全音的な響きを伴うように進むが、その色彩は、彼の師であったリムスキー=コルサコフだけでなく、チャイコフスキーやムソルグスキー、そしてワーグナーといった人たちを強く想起させるものとなっている。その佇まいは、彼が先行して書いた管弦楽曲より、むしろ保守的な印象さえする。その一方で、ホルンのソロなどに、「火の鳥」の布石を強く感じずにはいれない。
 初期作品と書いたし、その通りなのだけれど、ストラヴィンスキーの成長は早く、当盤に収録されたop.2~5の作品を書いたのは1908年ごろ、そして3大バレエと呼ばれる「火の鳥」が1910年、「ペトルーシュカ」が1911年、「春の祭典」が1913年に書かれることとなる。
 そういった点で、当盤に収録された初期作品は、3大バレエのいちばん最初の作品である「火の鳥」との間にもっとも強い関連性があるのである。特に「花火」はそうだ。そう考えると、当盤の併録曲は「春の祭典」より「火の鳥」の方がふさわしかったのかもしれないが、収録時間やコンサート・プログラムなど、諸々の事情があったのだろう。
 演奏は、これがまた素晴らしい。シャイー指揮の「春の祭典」というと、1985年にクリーヴランド管弦楽団と録音した名盤を思い浮かべる人は多いだろう。それは洗練を極めたシンフォニックなサウンドだったのだが、当盤はライヴということもあるのか、各フレーズの表現性を増し、野趣的な力強さを増している。それは洗練と相反する要素が入ってくることであるため、旧録音にあった都会的な完成度が鳴りを潜めたかわりに、特に第2部の重要なフレーズを担う楽器の表出力はすさまじく、火の出るような勢いだ。とはいえ、全体的なシャイーの制御は、いつものように高く機能していて、テンポ設定などよく計算された冴えを感じさせる。
 もちろん、初期作品群においても、オーケストラの高いパフォーマンスは十分に機能しており、のちの作品との関連性が明瞭に伝えられるのがありがたい。また、組曲「牧神と羊飼いの娘」では、コッホの独唱が加わるが、こちらも過不足ない好演といったところ。終結部では、ベルカントに近い響きがあり、ここでもストラヴィンスキーという作曲家の若き日の一面を濃く感じることが出来るだろう。

バレエ音楽「春の祭典」 管楽器のためのシンフォニー  バレエ音楽「ミューズをつかさどるアポロ」(1947年版)
ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2019.3.13
★★★★★ ラトルとベルリン・フィルによる代表的録音の一つ
 2002年から2018年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督を務めたサイモン・ラトル(Simon Rattle 1955-)が、その前半に録音したものが廉価のBox-setとなったので、この機会に入手して聴いている。その1枚が当盤に相当。ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)の以下の楽曲が収録されている。
1) バレエ音楽「春の祭典」 2012年録音
2) 管楽器のための交響曲 2007年録音
3) バレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」 2011年録音
 異なる時期の3つの演奏会の模様をライヴ収録した音源。
 さて、私は今になって「カラーズ」と題された前述のbox-setを購入して、ラトルとベルリン・フィルの録音を聴いているのだが、その中でこのストラヴィンスキーがいちばん良かった。当時の彼らのスタイルに抜群の相性を持つ楽曲たちと言っても良い。
 冒頭のファゴットの音色から実に雰囲気が良い。この楽曲の初演の席にいたサンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)は、冒頭の限界の高音を絞り出すファゴットの旋律を聴いたとたんに「楽器の使い方さえ知らない奴が書いた曲なんて聴くまでもない」と離席したのは有名なエピソード。だけれど、楽器の限界に近い音をあえて奏させることで、音楽の感情的な効果を高めることは、すでにマーラー(Gustav Mahler 1860-1911)らがいろいろ試みてきたことなので、今となっては、このエピソードは、むしろサンサーンスがいかに保守的な芸術家だったかを示すものとなっている。それに現在のオーケストラは、概して技術水準が高く、意外にあっさりと音が出たりするものでもある。
 だが、この演奏には、冒頭のファアゴットから、かなりの緊張感というか、どこかただならない気配の含みが感じられる。そして、その予兆は裏切られない。ことに第1部の「大地の礼賛」では、木管陣の音色の生々しい迫力が随所で活きていて、この楽曲特有の自然の凄みが感じられる。
 ラトルの棒の下、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、その機能を活かして、時に野蛮と言ってよいほどのエネルギーの噴出を見せる。その熱量が凄い。この時期のラトルとベルリンの録音には、どこか澄ましたようなものを感じることが多いのだが、このストラヴィンスキーは、つねに内燃性の活動脈があって、それが引き絞られるようにして溢れてくる様がある。また、それを美しく描きつくしたオーケストラの素晴らしさは言葉で表現できるものではない。
 管楽器のための交響曲は、ストラヴィンスキーと親交の深かったドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)の追悼のために書かれた作品で、それに相応しい悲しい色あいを感じさせる音響が風通し良く表現されている。春の祭典ほどにインパクトのある演奏ではないけれど、もちろん悪くはない。
 バレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」は、ストラヴィンスキーの新古典主義的な側面が出た作品で、ラトルはその特徴を明瞭に示す。弦楽セクションに明瞭なスポットが当たり、かつその暖かい響きが支配的だ。第2場の前段の部分において、その効果はいっそう音楽に鮮やかなコントラストをもたらしている。テルプシコーレの踊りのしなやかで弾力的な合奏音に酔い、終曲アポテオーズでみずみずしさを保ちながら静謐に向かっていく。楽曲が移り変わる過程も美しく、この楽曲に馴染みのない人は、是非、当盤で聴いてほしいとも思う。

バレエ音楽「春の祭典」 「火の鳥」(1910年版)
マケラ指揮 パリ管弦楽団

レビュー日:2023.5.23
★★★★★ 25才でパリ管弦楽団の音楽監督となったマケラによるストラヴィンスキー
 25才にしてDECCAと専属契約し、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮しての見事なシベリウス(Jean Sibelius 1865-1957)の交響曲全集により、一気に注目を集めたクラウス・マケラ(Klaus Makela 1996-)は、2021年からパリ管弦楽団の音楽監督に就任。今回は、同オーケストラとの初録音として、ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)の代表作である「春の祭典」と「火の鳥」の2編を収めたアルバムがリリースされた。「火の鳥」は1910年の全曲版による録音で、当盤には下記の様にトラックが振られている。
春の祭典(Le Sacre du Printemps)
第1部 大地の礼賛(L'Adoration de la Terre (Adoration of the Earth))
 1) 序奏(Introduction)
 2) 春のきざし(乙女達の踊り)(Augures printaniers (Harbingers of Spring))
 3) 誘拐(Jeu du rapt (Mock Abduction))
 4) 春の輪舞(Rondes printanieres (Spring Rounds))
 5) 敵の部族の遊戯(Jeux des cites rivales (Games of the Rival Tribes))
 6) 長老の行進(Cortege du sage (Procession of the Sage))
 7) 長老の大地への口づけ(l’Adoration de la Terre (Adoration of the Earth))
 8) 大地の踊り(Danse de la terre (Dance of the Earth))
第2部 生贄の儀式(Le Sacrifice (The Sacrifice))
 9) 序奏(Introduction)
 10) 乙女の神秘的な踊り(Cercles mysterieux des adolescentes (Mystic Circles of the Adolescents))
 11) 選ばれし生贄への賛美(Glorification de l'elue (Glorification of the Victim))
 12) 祖先の召還(Evocation des ancetres (Evocation of the Ancestors))
 13) 祖先の儀式(Action rituelle des ancetres (Ritual of the Ancestors))
 14) 生贄の踊り(選ばれし生贄の乙女).(Danse sacrale (L'Elue)(Sacred Dance))
火の鳥(L'Oiseau de feu, ballet integral)
 15) 導入部(Introduction)
 16) カスチェイの魔法の庭園(Le jardin enchante de Kastchei)
 17) イワンに追われた火の鳥の出現.(Apparition de l’oiseau de feu, poursuivi par Ivan Tsarevitch)
 18) 火の鳥の踊り(Danse de l’oiseau de feu)
 19) イワンに捕らえられた火の鳥 (Capture de l’oiseau de feu par Ivan Tsarevitch)
 20) 火の鳥の嘆願(Supplications de l’oiseau de feu)
 21) 魔法にかけられた13人の王女たちの出現 (Apparition des treize princesses enchantees)
 22) 金のリンゴと戯れる王女たち(Jeu de princesses avec les pommes d’or)
 23) イワン王子の突然の出現(Brusque apparition d’Ivan Tsarevitch)
 24) 王女たちのロンド(Khorovod (Ronde) des princesses)
 25) 夜明け(Lever du jour)
 26) 魔法のカリヨン、カスチェイの番兵の怪物たちの登場、イワンの捕獲(Carillon feerique, apparition des Monstres-gardiens de Kastchei)
 27) 不死の魔王カスチェイの登場、カスチェイとイワンの対話、王女たちのとりなし(Arrivee de Kastchei l’immortel, Dialogue de Kastchei avec Ivan Tsarevitch, Intercession des princesses)
 28) 火の鳥の出現(Apparition de l’oiseau de feu)
 29) 火の鳥の魔法にかかったカスチェイの手下たちの踊り(Danse de la suite de Kastchei enchantee par l’oiseau de feu)
 30) カスチェイ一党の凶悪な踊り(Danse infernale de tous les sujets de Kastchei)
 31) 火の鳥の子守歌(Berceuse (l’oiseau de feu))
 32) カスチェイの目覚め、カスチェイの死、深い闇(Reveil de Kastchei, Mort de Kastchei, Profondes tenebres)
 33) カスチェイの城と魔法の消滅、石にされていた騎士たちの復活、大団円(Disparition du palais et des sortileges de Kastchei, animation des chevaliers petrifies. Allegresse)
 2022年の録音。
 全体の印象は、とにかく洗練された演奏といったところ。これらの楽曲には、数多くの録音があり、あえてそこに彼らの「デビュー盤」をぶつけてきた訳であるが、シベリウスほどには強いインパクトはないかもしれない。ただ、魅力は十分にあって、透明感を維持したコントラストで、巧妙に描き分けられる叙情性は素晴らしい。
 そういった点で、「火の鳥」の方が、楽曲の性格も含めてより成功していると思われる。特に木管楽器と弦楽器のバランスが見事で、デッカの克明な録音が、それを余すことなく伝えている。有名な「子守歌」における独奏ホルンの美しさは、多くの聴き手の琴線に触れるに違いない。もちろん、私も魅了された。「王女たちのロンド」の各パートの輝きは忘れがたい美しさであり、この演奏を聴けて良かったと思う瞬間である。リズムは巧妙に表現され、これらのバレエ音楽としての属性をしっかりキープしている。野趣味のある部分でも、マケラとパリ管弦楽団は、洗練されたシームレスな流れを作り上げていて、全体の流れはきわめて心地よい。
 「春の祭典」も同様であるが、この楽曲特有の土俗的なパワーという点では、抑えた表現になっているので、そこを聴き手がどう受け取るかで評価が分かれるところだろう。「春の輪舞」におけるトロンボーンのグリッサンドも、強調されることはなく、むしろ抑制的に響いている。結果として、流れは洗練され、響きはとても文明的なものになっており、これはこれで一つの録音芸術として、高い完成度を保つものではあるだろう。この演奏の美点としては、透明さと洗練さが、独特の神秘性を導くところにあって、例えば、第2部の序奏は雰囲気抜群と言って良く、また、生贄の踊りは野趣性より神秘性にシフトしたニュアンスが聴き味としてよく効くものになっている。
 パワフルな豪演を期待する人には、あまりにも整い過ぎた「春の祭典」と感じられるかもしれないが、瑞々しい感覚的な美観は十分に聴く価値のあるものだし、マケラという指揮者の今後に、引き続き大きな期待を寄せたくなる録音でもある。

ストラヴィンスキー 組曲「火の鳥」(1919年版)  シチェドリン ピアノ協奏曲 第5番
ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団 p: マツーエフ

レビュー日:2006.1.22
★★★★★ ヤンソンスのライヴシリーズ。今回はマツーエフを加えて。
 たいへん良好な関係にあるマリス・ヤンソンスとバイエルン放送交響楽団のライヴ録音シリーズの1枚。ストラヴィンスキーとシチェドリンという魅力的なカップリングだ。
 ロジオン・コンスタンチノヴィチ・シチェドリン(Rodion Konstantinovich Shchedrin)は1932年モスクワ生まれの現役の作曲家。「社会主義リアリズム」路線を踏襲した一人と数えられるが、様々な葛藤があったことが伝えられている。
 シチェドリンのピアノ協奏曲第5番は1999年に発表された作品。プロコフィエフの影響を強く感じる第1楽章はグロテスクの表現も帯びており、ピアノとオーケストラのコントラストが面白い。第3楽章は際立って特徴豊な音楽で、断続する細かいスタッカートの音型で循環形式を模した構造を保ちつつ次第に力強く拡張していく。この第3楽章は言ってみれば「無窮動の音楽」だが、そのアイデアはドビュッシーの「花火」あたりにルーツを辿れそうだ。
 1998年の第11回チャイコフスキー・コンクールに優勝したデニス・マツーエフ(Denis Matsuev)の躍動感あるピアノもたいそうな聴きモノとなっている。
 有名曲である「火の鳥」も言うまでも無く、純度の高い演奏だ。リズムや楽想の処理も模範的であり、オーケストラの線もきれいに揃っている。「子守歌」のファゴットのソロもきれい。「終曲」のシンフォニックな響きはまるでシベリウスのように自然で雄大な音色に広がっており、聴後の充足感を満たしてくれる。

ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」  バルトーク 2つのポートレート
ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2009.11.2
★★★★★ ドホナーニ再興・デッカのアナログ技術再考
 クリストフ・フォン・ドホナーニの録音はもっともっと評価されてもいいのではないだろうか?特に彼がウィーンフィルやクリーヴランド管弦楽団と録音したものなど、定番として常時入手できる状況にあってもいいようなものだ。私の個人的な感想だけれど、彼がクリーヴランド管弦楽団と録音したマーラーの第6交響曲や第9交響曲など本当に素晴らしいもので、特に私はドホナーニのお陰でマーラーの第9交響曲をはじめて最初から最後までどっぷりと漬かって聴く事ができたと感じたほどなので、そういった録音がなかなか入手できない現状には(いろいろ事情があるのだろうが)どうも納得がいかない。まあ、クラシック音楽に限らず、世の中には正当な評価を受けられないものは一杯あるのだろうけれど。
 そう考えると、いくらかでも海外盤として復活し、聴くことが可能な環境にあるのはまだいい方だとも考えられる。これはそんな「復活盤」の一枚。1979年ドホナーニ指揮ウィーンフィルによる録音で、ストラヴィンスキーの「火の鳥」とバルトークの「2つのポートレート」が収録されている。
 ウィーンフィルを存分にドライヴするドホナーニの練達ぶりが逞しい。音楽はインテンポで精緻だが、かつ立体的な彫像性を持ち合わせていて、力感がある。火の鳥は場面場面の描写というより、音楽的な統一感を重点的に、たくみにクライマックスを作っていく。(バレエ音楽ではなく)管弦楽曲として聴いたとき、強い説得力を持っていると思う。ウィーンならではの音色とドホナーニのメカニカルな棒さばきは、実は相性がとても良いのだ。
 バルトークの「2つのポートレート」では、第1番の室内楽的な緊密性とソロヴァイオリンの美しさが心に差し込む。
 いずれも名演だと思うが、CD表記によると1979年の9月に録音された「火の鳥」はアナログ録音、翌月に録音されたバルトークはデジタル録音ということで、このディスクではデッカのアナログ録音における究極の「完成形態」を楽しめることもできる。生々しい音色の迫力は今聴いても凄い。録音技術は簡便性という点でははるかに進歩したが、「録音芸術」としての視点では、いま現在作られるもののうちどれほどの録音が、このレベルに到達できているだろうか、と感じてしまう。

組曲「火の鳥」(1911年版 + ナウモフによるピアノ版)
サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団 p: ナウモフ

レビュー日:2011.8.9
★★★★★ ナウモフの編曲によるピアノ版「火の鳥」が面白い!
 面白い企画性の高いアルバム。ストラヴィンスキーの「火の鳥」を以下の2種で収録している。
1) 管弦楽組曲「火の鳥」 サヴァリッシュ指揮 ウィーン交響楽団 1982年録音
2) ナウモフ編によるピアノ版「火の鳥」 p: ナウモフ 1983年録音
 1)については、CDに「1911年版」と表記してある。1911年版であれば、あの輝かしい終曲がないはずなのであるが、当録音はちょっと違っていて、(導入部~カスチェイの魔法の庭園~イワンに追われた火の鳥の出現~火の鳥の踊り~金のリンゴと戯れる王女たち~ 王女たちのロンド~魔王カスチェイの凶悪な踊り~子守歌~終曲)となっている。それなので、1911年版と1919年版を合わせて、そこからまたいいとこ取りしたような自由型と言えよう(実際、1911年版への追加は、断るまでもなくよく行われているのだが)。おそらく、この選曲は、次に収録されているナウモフ編ピアノ版の収録曲が、オーケストラ版でも全部収録されるようにとの配慮も含んでいたはずだ。当初からの企画だったのだろう。そのピアノ版の内容を次に記す。
 ピアノ版2)は、導入部~王女たちのロンド~魔王カスチェイの凶悪な踊り~子守歌~ 終曲となっている。 1)と比べると、導入部に続く小曲が数曲続けて削られているが、後半の有名どころをすべて収めている。と言うわけで、このアルバムの志向は、「ピアノ版を聴いた上で、それぞれの曲がオーケストラ版でも楽しめます、比較できます」、といったところだろう。
 そんなわけで、このアルバムの白眉はなんといってもピアノ版だろう。エミール・ナウモフ(Emile Naoumoff)は1963年ブルガリア出身の作曲家兼ピアニストで、フランスの名教師、ナディア・ブーランジェ(Nadia Boulanger 1881-1979)の最後の弟子。ナウモフの編曲作品では、私はフォーレのレクイエムにも感動したことがあるが、この「火の鳥」も面白い。「スコアをピアノ譜に改める」という以上の独創性に満ちていて、スリリングな音楽を堪能できる。特に聴きモノなのが「魔王カスチェイの凶悪な踊り」だ。この曲は全合奏の一撃を合図に野蛮なリズムが交錯する有名な曲だが、ナウモフによって巧みに施された装飾が、間隙の緊張を伝え、立体的な音響効果を引き出していて、圧倒的。また、「子守唄」の叙情性などは、ナウモフが2004年に録音したデュポン(Gabriel Dupont 1878-1914)の美しいピアノ曲を彷彿とさせる。
 サヴァリッシュによるオーケストラ版は「リファレンス」としての役割を果たしているが、「追加資料」で済ましてしまうのはもったいないかもしれない。真面目でオーソドックスなスタイルを貫いていた良演だ。際立って特徴的ではないが、音色が自然で、聴いていて居心地が良い。

ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」  R.コルサコフ 「金鶏」組曲
ペトレンコ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2019.3.4
★★★★★ ペトレンコの冴えたコントロールが光る2つの性格が異なる管弦楽曲
 ワシリー・ペトレンコ(Vasily Petrenko 1976-)指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、以下の2曲が収録されている。
1) リムスキー=コルサコフ(Nikolai Rimsky-Korsakov 1844-1908) 「金鶏」組曲(第1曲 序奏とドドン王の眠り、第2曲 戦場のドドン王、第3曲 ドドン王とシェマハの女王の踊り、第4曲 婚礼の祝宴とドドン王の哀れな末路と死-終曲)
2) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) バレエ音楽「火の鳥」全曲
 2017年の録音。
 これまで、この2作品が一緒に収録されたアルバムはなかったが、見てみると、なるほどと思える組み合わせ。ストラヴィンスキーの師であったリムスキー=コルサコフは死の前年にあたる1907年に歌劇「金鶏」を完成し、さらに組曲版を書いたが、それが出版されたのは死後の1910年。そして、ストラヴィンスキーが「火の鳥」を完成したのが、やはり1910年であり、この作品は師であったリムスキー=コルサコフに献呈されている。
 かように、社会的に関連性のある2作品ではあるが、音楽作品としては、民話・伝承に基づく音楽作品であるという以外、それほど共通性はない。なので、この2作品の並びは、ある程度、知識としての面白味に訴えかけるもので、実際に録音された楽曲を聴いて「なるほど」となるものではない。
 しかし、音楽的性格のまったく異なる2作品ではあるが、いずれもペトレンコの演奏は見事だ。ペトレンコはいつものように落ち着いたテンポで、楽器の音色を吟味し、細部まで緊張感のある響きで楽曲をまとめていて、とても手堅い名演だ。真面目で周到というだけでなく、豊かな活力があり、聴き手に積極的に働き掛ける要素も持っていて、楽しませてくれる。
 「金鶏」は冒頭の金管のファンファーレから絶妙のバランスであり、うるさくなく、しかし音楽的な強い意義付けがしっかりと施されたものであり、この瞬間から聴き手はペトレンコに行く手を委ねることが出来るだろう。第3曲では「シェエラザード」の緩徐楽章を思わせる郷愁が豊かに薫り、第4曲では、狂騒的祭典に至るも、調和のとれたトーンが維持されていて、とても聴き易い。全体的に、ハープを加えたエスニックな雰囲気も、やり過ぎない範囲で、品よく表現されている。
 「火の鳥」はさらに精密な印象であり、金管の音色の巧妙な調整から、ヴァイオリンの醸し出す夜の雰囲気まで、入念に練り込まれた表現を聴かせてくれる。「イワンに捕らえられた火の鳥」「火の鳥の嘆願」に聴かれる抒情性に満ちた弱音の美観は、この演奏の魅力を端的に示すものに違いない。「カスチェイ一党の凶悪な踊り」では、十分なダイナミックレンジがあり、この作品の新規性が良く表現されている。それに続く「子守歌」では、深い情感が再び巡ってくる。全曲を通じて、心情を描写するようなフルートの麗しい響きも印象的。そして「大団円」は極めて清冽。若い作曲家らしい清々しい解放感が、明るい音色のパレットの中、機敏かつ朗々と響き渡り、気持ち良いことこの上ない。
 リムスキー=コルサコフとストラヴィンスキーが同時期に書いた2つの性格の異なる楽曲ではあるが、ペトレンコによって清涼感溢れるソノリティーにまとめ上げられた名演であり、快い。

バレエ音楽「ペトルーシュカ」 「カルタ遊び」
ショルティ指揮 シカゴ交響楽団

レビュー日:2009.6.27
★★★★★  「世界最高のオーケストラ」が繰り広げる爽快無比なストラヴィンスキー
 クラシック音楽フアンの間には、それなりにいろいろと楽しい論争があるけれど、中の命題の一つに「世界最高のオーケストラはシカゴ交響楽団である」論があると思う。もちろんそれはフアンの間の遊び心で発展した論争であるが、しかしこの命題は、いくつかの録音を聴くと「なるほど」と思わせるものである。特にこのショルテイが晩年に録音した2曲のストラヴィンスキーを聴くと、むしろそれに反論するのが難しいくらい。オーケストラの機能は完全を極めているし、各個の楽器奏者の技術が極めて高度で安定している。しかも楽器間のバランスが絶妙で、様々な合奏音を明瞭な角度で照らし出し、完璧な表現型として具象化させてしまう。その鮮やかさは練達の職人の至芸の様だ。
 しかもそうして聴き手に提出される「音楽」は、決して無機的ではなく、音楽としての論理が構築されていて、説得力があり、聴き手の心を強くゆさぶるのである。
 そして、このオーケストラにしてこの指揮者ありといえるショルティの存在がまた圧倒的だ。この素晴らしい楽団の「長所」をここまで見事に引き出せる指揮者と言うのはもう今後出現しないのではないだろうか。ショルティとシカゴ交響楽団が、長年の蜜月の時代を経て作り上げた究極形態がここに記録されている。
 それと、そのことごとくを見事に収めたデッカの録音技術も素晴らしい。ストラヴィンスキーの録音映えする音楽が、活き活きと鮮やかに繰り広げられる。その爽快感は比類ない。

ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」  バルトーク バレエ音楽「中国の不思議な役人」
ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団

レビュー日:2009.12.30
★★★★★  ドホナーニの存在感を再認識させられる「復活盤」
 ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」(1947年版)とバルトークの「中国の不思議な役人」全曲という存在感あるバレエ音楽2曲を収録。ドホナーニ指揮、ウィーンフィル&ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。録音は1977年。
 なぜかカタログから消えてしまった不遇の名演。輸入盤とはいえ入手できるのは非常に望ましい。1977年の録音というのが一つのネックでもある。ちょうどアナログ録音からデジタル録音への移行期であり、その後の急激なデジタル化の普及のあおりを受けて、これらの楽曲が「録音映え」する作品であったこともあり、ユニヴァーサル系の他の録音に道を譲らざるを得なかったという不運があった。しかし、まず聴いていただきたいのが、この音色である。なんとも生々しい迫力に満ちた音だ。もちろんアナログ録音ではあるが、録音技術において常に先んじた存在であったデッカレーベルの底力を感じさせる。いまこの音を聴いて不満に思う人は殆どいないのではないか、と思う。
 ドホナーニ自体の評価も実質に追いついていないところがある。現代の世界の名指揮者たちと比べても遜色のない高い統率能力を持っている。独特の切り口の鋭さとくっきりしたコントラストが特徴で、この特性がことのほかウィーンフィルとマッチする。そう言えば、このコンビで録音されたR.シュトラウスの交響詩集はレコードアカデミー賞を受賞した記憶がある。(それも今は記憶の傍流という不遇な位置にある気がするけど)
 それで、このストラアヴィンスキーとバルトークの録音も、非常にきびきびした音楽で、鋭利な迫力に満ちている。また、ウィーンフィル特有のサウンドが、音楽に有機的なバランスを与えていて、多角的な迫真さを持っていると感じる。ペトルーシュカの弾ける様な生命力溢れるリズムも見事だが、圧巻はバルトークで、唸るようなすさまじいスピード感と土俗的な縦線の鋭い曲想が呼応して、大量のエネルギーをはらんだ爆演となっている。ウィーンの低弦はこれほどまでに挑発的な音を出すことができるのだ!
 とにかく、この録音がここにきて復刻されたのはうれしいという反面、当然と納得させられるような力強いアルバムだ。

バレエ音楽「ペトルーシュカ」 「プルチネルラ」
シャイー指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 fl: ズーン  tp: マスーズ p: ブリンク S: アントナッチ T: バッロ Bs: シメル

レビュー日:2013.8.20
★★★★★  この名録音を聴こう!
 リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏によるストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)のバレエ音楽「ペトルーシュカ」全曲(1947年版)とバレエ音楽「プルチネルラ」を収録したアルバム。1992年の録音。
 これはもう、私の大好きな録音である。ストラヴィンスキーの音楽の持つ、抒情豊かな歌謡性、闊達にして躍動的な自在性、色彩の限りをつくしたオーケストレーションの魔術性、すべてを明朗爽快に引き出した無比の名演・名録音である。
 一応参加しているソリストを書いておこう。まず、「ペトルーシュカ」では、オランダの名フルート奏者、ジャック・ズーン(Jacques Zoon 1961-)の他、トランペット奏者のペーター・マスーズ(Peter Masseurs 1944-)、ピアニストのルード・ファン・デン・ブリンク(Ruud van den Brink)が参加。また、「プルチネルラ」では、ソプラノのアンナ・カテリーナ・アントナッチ(Anna Caterina Antonacci 1961-)、テノールでパヴァロッティの後継と謳われたピエトロ・バッロ(Pietro Ballo 1952-)、そしてバスのウィリアム・シメル(William Shimell 1952-)といった実力派の歌手が名を連ねる。ちなみに、「プルチネルラ」には、声楽のない「1949年版組曲」もあるが、当盤は声楽付。
 それにしても、この時代のシャイーとコンセルトヘボウ管弦楽団の音色の完成度は驚異だ。なんという完成度の高さ。一片の齟齬もなく、すべてが機能美に満ち、全体として一つの目標にむかって収れんしている。しかも、その過程で一切の余分な力がなく、必要なことだけを行い、不必要なものは一切ない。まさに洗練の極み。
 そうして得られるサウンドは、一言でいうと「オシャレ」。
 実際、ストラヴィンスキーのこの2つの作品は実に瀟洒なのだ。美しい旋律を次々と惜しみなくつぎ込み、それを、手を変え品を変えのオーケストレーションで、万華鏡のように瞬時に鮮やかに展開していく。そう考えると、これらの楽曲は、まさに「こんな風に演奏されてこそ」の魅力が横溢しているといっても過言ではない。
 ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」は大編成のオーケストラにいくつもの仕掛けが埋め込んである。時に迫力に満ち、時におどけて笑い、時に悲しい色を湛える。シャイーの演奏では、それらの表現が感情過多にならず、純音楽的に高次に調和し、完璧な音響を構築する。また時系列にそった変化も、まったくフラストレーションがなく、合理的。最高の知性派による都会的サウンドといった感じ。
 「プルチネルラ」はストラヴィンスキーの新古典主義的一面を端的に示しながら、こちらも瑞々しく完璧なトーンで仕立てあげている。独唱が登場する部分での3人の歌唱もシャイーの音楽づくりによく溶け込んでいて、とにかく美しいの一語。
 もちろん、録音自体のクオリティも最高!私にとって、「史上の名録音である」と疑わない一枚です。

ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ」  ドビュッシー バレエ音楽「遊戯」 牧神の午後への前奏曲
マケラ指揮 パリ管弦楽団 p: シャマユ

レビュー日:2024.9.13
★★★★★  ピアノにシャマユを迎えて、マケラとパリ管によるペトルーシュカ
 クラウス・マケラ(Klaus Makela 1996-)指揮、パリ管弦楽団による、ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)の3大バレエ音楽を中心にディアギレフ (Sergei Diaghilev 1872-1929)とロシアバレエ団のために書かれた音楽作品を集めたシリーズの3枚目。収録内容の詳細は以下の通り。
 ストラヴィンスキー バレエ音楽「ペトルーシュカ(Petrouchka)」
第1部 謝肉祭の市(Fete populaire de semaine grasse)
 1) 第1曲:導入 - 群集 - 見世物師の芸(Debut - Les foules - La baraque du charlatan)
 2) 第2曲:ロシアの踊り(Danse russe)
第2部 ペトルーシュカの部屋(Chez Petrouchka)
 3) 第3曲:ペトルーシュカの部屋(Chez Petrouchka)
第3部 ムーア人の部屋 (Chez le Maure)
 4) 第4曲:ムーア人の部屋 - バレリーナの踊り(Chez le Maure - Danse de la Ballerine)
 5) 第5曲:ワルツ(バレリーナとムーア人の踊り)(Valse: La Ballerine et le Maure)
第4部 謝肉祭の市(夕景) Fete populaire de semaine grasse (vers le soir)
 6) 第6曲:謝肉祭の市(夕景)Fete populaire de semaine grasse (vers le soir)
 7) 第7曲:乳母の踊り(Danse de nournous)
 8) 第8曲:熊を連れた農夫の踊り(Danse du paysan et de l'ours)
 9) 第9曲:行商人とジプシー娘たち(Un marchand fetard avec deux tziganes)
 10) 第10曲:馭者と馬丁たちの踊り(Danse des cochers et des palefreniers)
 11) 第11曲:仮装した人々(Les deguises)
 12) 第12曲:格闘(ペトルーシュカとムーア人の喧嘩)(La rixe: Le Maure et Petrouchka)
 13) 第13曲:終景:ペトルーシュカの死(Fin : La mort de Petrouchka)
 14) 第14曲:警官と人形使い(La police et le chartatan)
 15) 第15曲:ペトルーシュカの幽霊(Apparition du double de Petrouchka)
16) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) バレエ音楽「遊戯(Jeux, poeme danse)」
17) ドビュッシー 神の午後への前奏曲(Prelude a "L'apres-midi d'un faune")
 2023年の録音で、ストラヴィンスキーはライヴ、ドビュッシーの2作品はスタジオで収録されている。ペトルーシュカでは、ベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)がピアノを担当している点でも注目される。
 とても陰影のくっきりした演奏だ。もちろん、録音が優れているということもあるのだが、一つ一つの楽器の独立性が保たれていることは、これらの楽曲演奏において、メリットになるところが多い。例えばムーア人の感情を描写する役割を与えられたファゴットやクラリネットの響きは、十分にスポットが当たってしかるべきで、そのような演出に良い作用をもたらしている。
 この演奏は遠視点的というか、指揮者の客観性が保たれた感性がつねに感じられるものであり、上記の様に描写力が高い一方で、緩急という点ではやや控えめに感じられる。とはいえ、決して迫力が不足するようなものではなく、ことにペトルーシュカで重要な役割も演じる人形たちを待ち受ける悲劇的なストーリーは、それに相応しい肉付けで鮮やかに描かれており、この演奏の成功を示すところとなっている。
 シャマユのピアノは、オーケストラとバランスを取りながらも、流石というべき技巧的なキレがあり、マケラの解釈とも相性の良さを感じさせる内容だ。ライヴであることを考えると、そのクオリティの高さは、驚くのに十分なものだと思う。
 ドビュッシーの2作品も美しい。「遊戯」では、この曲の細やかなソノリティ、特に弦のニュアンスが万全に汲みつくされているし、「牧神の午後への前奏曲」では、フルートが忘れがたい透明感で響く。魅力いっぱいのアルバムとなっている。

バレエ音楽「カルタ遊び」 「オルフェウス」 「アゴン」
アシュケナージ指揮 ベルリン・ドイツ管弦楽団

レビュー日:2008.1.18
★★★★★ 晩年のストラヴィンスキーの変貌性がよく伝わります
 ストラヴィンスキーのバレエ音楽となると、なんといっても3大バレエ(「火の鳥」「春の祭典」「ペトルーシュカ」)が有名だが、これらはいずれも1910年から1911年頃のストラヴィンスキーの舞台音楽の創作活動の初期の作品である。一方、このアルバムには、その最晩年のバレエ音楽が3つ収録されている。「カルタ遊び」は1936年、「オルフェウス」は1946年、「アゴン」は1957年の作品だ。アシュケナージ指揮のベルリン・ドイツ管弦楽団の演奏。録音は1993年。これらの3つの作品のあとストラヴィンスキーが書いた舞台音楽となると、1962年にバランシンのために書かれた「テレヴィジョンのためのバレエ“ノアの洪水”」一つだけである。
 そもそもストラヴィンスキーという作曲家の評価は当時から一定しないものがあった。それというのも、この作曲家が作品毎にきわめて独創的なスタイルを提案し、その「変貌ぶり」に評価は追いつくことができなかったのである。
 この3作品においても、その自由さ、独創性は際立っており、ロマン派や国民学派の延長線でとらえようとすると、難しいだろう。中でもバレエ音楽「アゴン」は十二音音階を用いており、ここにきて20世紀の象徴的書法に突如歩みだす不思議さを伴う。「カルタ遊び」はずっとシンフォニックな音楽となっており、純器楽的だ。ちなみにこの作品が描いている「カルタ遊び」とは日本で言うところのトランプの「ポーカー」である。「オルフェウス」は室内楽的書法が目立っていて、「兵士の物語」との類似を指摘することもできそうだ。
 アシュケナージの指揮は非常に巧みだ。なかなか難しいこれらの楽曲を、楽器の音色の魅力を存分に伝えながら、その不思議さをも伝えてくれる。これらの楽曲における質の高い良心的な録音だ。


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協奏曲

ピアノと管楽器のための協奏曲 エボニー協奏曲 ピアノと管弦楽のための「カプリッチョ」 ピアノと管弦楽のための「ムーヴメンツ」
アシュケナージ指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団 p: ムストネン cl: D. アシュケナージ

レビュー日:2008.8.16
★★★★★ 録音の少ないストラヴィンスキーの作品群にあって、貴重な一枚
 アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1972-)指揮、ベルリン・ドイツ交響楽団によるストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)の「協奏曲集」。このころのアシュケナージは、ストラヴィンスキーの作品を精力的に取り上げていて、概して3大バレエくらいしか馴染みのないこの作曲家の膨大な作品群に、良質な録音を提供してくれた。競合版の少ないこれらのジャンルへの録音は、いまなおきわめて高い価値を持っている。当盤はその中の一つで、1992年録音のステキなアルバムだ。収録曲は以下の通り。
1) ピアノと管楽器のための協奏曲
2) エボニー協奏曲
3) ピアノと管弦楽のための「カプリッチョ」
4) ピアノと管弦楽のための「ムーヴメンツ」
 エボニー協奏曲はクラリネット・サキソフォン奏者であるウディ・ハーマン(Woody Herman 1913-1987)の協力を得て作曲されたクラリネットとジャズ・バンドのための作品。当盤ではクラリネット・ソロをドミトリー・アシュケナージ(Dimitri Ashkenazy 1969-)が務める。その他の曲で、ピアノ独奏はオッリ・ムストネン(Olli Mustonen 1967-)。
 「ピアノと管楽器のための協奏曲」と「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」はいずれもロシア革命を逃れたストラヴィンスキーが、西欧でピアニストとして生計を立てるために作曲され、作曲者自身によりたびたび演奏されたもの。ピアノと管弦楽のためのカプリッチョは1926年から29年にかけて書かれている。(20年ほどのちにスコアを修正している)。3つの楽章がアタッカで演奏される。古典性と近代性が同居していて、収録曲の中ではもっとも「協奏曲」らしい作風。第2楽章の旋律とその扱いが特徴的で、変幻ぶりが楽しい。
 ピアノと管楽器のための協奏曲は、ピアノという「インパクト的な音色」と管楽器の「持続的な音色」を確信的に組み合わせた演奏効果が楽しめる。曲はやや重々しい雰囲気で始まるがトランペットの一声を合図に動きの激しいトッカータとなる。やや速度を落とした中間楽章から、再び急速な終楽章という大きな変化が与えられている。
 エボニー協奏曲は、スピーディーなアレグロ、ブルース調のアンダンテ、リズミックで躍動的なフィナーレの3楽章からなる。ここでストラヴィンスキーは彼の音楽の素養の様々な面を楽曲に活用している。とにかく音色が楽しい。この音色はどの楽器?と考えながら聴くだけで過ごせてしまうほど。
 ピアノと管弦楽のための「ムーヴメンツ」はもっとも12音音階に近い作風だ。ムストネン、ディミトリ・アシュケナージともにストラヴィンスキーの音楽を見事に表現しているし、オーケストラの音色・録音も抜群。鮮やかなアルバムに仕上がっている。特にピアノと管弦楽のための「カプリッチョ」の第2楽章のアンダンテの思慮深い表現は、音楽の意図をよく伝えてくれるし、それに続くフィナーレの快活な力強さも見事。
 ただし、エボニー協奏曲については、やや温和なスタイルのクラリネット・ソロであり、この曲がサキソフォンをも想定して書かれたことを考えると、バックとともに、特に最初の楽章で、もう少し派手なアプローチを含んでも良かったのかもしれない。しかし、当演奏の表現は、それはそれで、一つのしっくりいく解釈になっているとも思う。いずれにしても、競合版がそれほどない状態で、これだけの楽曲を、この品質の録音で聴けるのは、それだけで十分に貴重である。


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器楽曲

ペトルーシュカからの3楽章 スケルツォ タンゴ ピアノソナタ ドイツ野郎の行進曲の思い出 ピアノ・ラグ・ミュージック 5本の指で イ調のセレナード 4つの練習曲 ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ ピアノと管楽器のための協奏曲 ピアノと管弦楽のための楽章
p: ベロフ 小澤指揮 パリ管弦楽団

レビュー日:2005.1.1
★★★★★ 隠れた名品~ベロフのストラヴィンスキー
 ミシェル・ベロフによるストラヴィンスキーのピアノ作品集。隠れた名品である。まず収録曲について書いておくと、オーケストラとの共演となる曲が3曲(ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ ピアノと管楽器のための協奏曲 ピアノと管弦楽のための楽章)である。それとソロピアノ曲として、(ペトルーシュカからの3楽章 スケルツォ タンゴ ピアノソナタ ドイツ野郎の行進曲の思い出 ピアノ・ラグ・ミュージック 5本の指で イ調のセレナード 4つの練習曲)が収録されている。
 録音は71年と79年に行われおり、オケは小澤指揮のパリ管弦楽団が務めている。
 ベロフがメシアン・コンクールで鮮烈な登場をした直後の録音を含んでいることになり、ライブラリ的にもたいへん貴重だ。このころのベロフは手を故障する前で、きわめて鋭角的で、ロマン派の延長で登場したピアニストたちとはまったく違うアプローチを持っていて(ポリーニに近いかもしれない)、メシアン、プロコフィエフ、バルトーク、ドビュッシー、そしてこのストラヴィンスキーなど、いかにもなレパートリーに次々と新しい解釈を持ちこんだピアニストだった。
 このストラヴィンスキーも若き日のソナタや、近代の香り漂う「タンゴ」「ラグ・ミュージック」など、切れ味するどい感性で、鮮やかに弾き切っている。ずっと廃盤(CD化されなかった)だったのが不思議。
 ストラヴィンスキーの素晴らしいピアノ曲が(素晴らしいのに録音が少ない!)これだけの演奏で一気に聴けるという点でも超推薦盤。

ストラヴィンスキー ペトルーシュカからの3楽章  プロコフィエフ ロメオとジュリエットから  ラヴェル ラ・ヴァルス  ガーシュウィン ラプソディー・イン・ブルー(ピアノ独奏版)
p: ロルティ

レビュー日:2005.2.20
★★★★★ ロルティの面目躍如の快録音
 「20世紀ピアノ・トランスクリプションズ」と題して、ルイ・ロルティによる20世紀の作品のピアノ独奏アレンジものを集めたアルバム。
 まず驚くのがロルティというピアニストの技巧の素晴らしいこと。そして技巧をみせることが目的になっていないことも素晴らしい。あくまで音楽的なのである。ストラヴィンスキーのような曲でも響きが重くならず、爽快でスピード感に溢れていながら、同時に透明で明快であり、しかも楽しい音色を持っているのがなにより好ましい。ペトルーシュカは軽く弾き過ぎてもいけないが、まじめすぎてもなんだか味気ないのだ。このロルティの演奏はまさにそのバランスのいいラインを突いている。
 プロコフィエフの作品は聴かれる機会の多い耳になじみのある曲たちだが、これまた瑞々しく清清しいピアニズムですっきりとしている。現代的なクールさも持ち合わせていてカッコイイ。得意のラヴェルはもちろんいい。(この音源はラヴェルのピアノ作品全集からの転用と思われる)。ガーシュウィンでもこのピアニストの卓越したセンスを堪能できる。

ストラヴィンスキー ペトルーシュカからの3楽章  ラフマニノフ コレルリの主題による変奏曲  バッハ シャコンヌ(ブゾーニ編)  ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
p: F.ケンプ

レビュー日:2011.4.26
★★★★☆ 現代を代表するコンクール型ピアニストの「らしい」ディスク
 1977年ロンドン出身のピアニスト、フレディ・ケンプ(Freddy Kempf)はBISレーベルと契約して以後、意欲的な録音活動をしている。当ディスクは2010年録音。収録曲を示す。
(1) ラフマニノフ コレルリの主題による変奏曲
(2) バッハ シャコンヌ(ブゾーニ編)
(3) ラヴェル 高雅にして感傷的なワルツ
(4) ストラヴィンスキー ペトルーシュカからの三楽章
 いずれも細かくトラック分けされていて、例えば(1)であれば変奏曲ごとにインデックスが与えられている。
 これらの収録曲を見ると、いかにもコンクール型ピアニストらしいラインナップだと思う。フレディ・ケンプのキャリアは、1998年のチャイコフスキー国際コンクール第3位入賞から始まっているので、もちろんコンクール型ピアニストなのだけれど、そのスタイルはまだまだ変わらないようだ。それが良いことかどうかわからないが、ここで聴かれる演奏も、若々しいヴィルトゥオジティを発揮したもの。
 フレディ・ケンプのBIS録音の場合、やや残響が多めで、音色に独特の光沢感を感じさせる。そのような環境も作用して、ケンプの技巧のみでなく、全体として聴きやすい流線型の音楽が流れるような優しさがある。逆に言うと、インパクト・ポイントの浮き立つ程度が、低く感じられるのだけれど、そこは聴き手の好みに委ねるところだろう。
 個人的に最もよく聴こえたのが最後に収録されているストラヴィンスキー。ケンプの特徴はまろやかでスピーディーなスタッカートに尽きる。運動的で俊敏なリズムを感じさせるのに、決して音楽が刺々しくならない。溌剌としていながら、音楽らしい滋味と呼ぶ雰囲気を宿していて、それがとても好ましい。従来の録音では、ルイ・ロルティのものが近いだろうか。それにしても、この曲は、随分多くのピアニストが録音するようになったものである。ポリーニ盤が出た頃とは環境が全然違う・・・今や「たくさんの比較対照がある」状況になっている。
 「高雅にして感傷的なワルツ」は思いのほか抑制された表現で、淡々と弾いている様子。曲想の自然な起伏に感情表現を預けた感じだが、これも健康的で好印象。ラフマニノフやバッハも良心的な秀演といったところだが、ラフマニノフでは特に、もう一階層、音の重い響きが欲しいようにも思う。とはいえ、現代を代表するコンクール型ピアニストの一聴傾けさせる録音として、楽しく聴くことが出来る。

バレエ音楽「春の祭典」(2台のピアノ盤) 2台のピアノのための協奏曲 マドリード(スリマ・ストラヴィンスキー編曲) タンゴ(ヴィクトル・バビン編曲) サーカス・ポルカ(ヴィクトル・バビン編曲)
p: アムラン アンスネス

レビュー日:2018.2.5
★★★★★ 息をのむ完璧なデュオ。アンスネスとアムランのストラヴィンスキー
 数年来たびたび共演という形でコンサートを行っているアンスネス(Leif Ove Andsnes 1970-)とアムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)によるセッション録音のアルバムがリリースされた。これがまた目も覚めるような凄い演奏となっている。収録内容は、いずれもストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)の作品で以下の通り。
1) 春の祭典(作曲者自身の編曲による2台ピアノ版)
2) 2台のピアノのための協奏曲
3) マドリード(スリマ・ストラヴィンスキー(Soulima Stravinsky 1910-1994)編曲)
4) タンゴ(ヴィクトル・バビン(Victor Babin 1908-1972)編曲)
5) サーカス・ポルカ(ヴィクトル・バビン編曲)
 2017年録音。
 春の祭典のピアノ版というと、私は最近、同じく2017年録音の有森博(1966-)と秋元孝介(1993-)による「4手版」の優れた録音を聴いた。また「2台のピアノ版」では、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)とガヴリーロフ(Andrei Gavrilov 1955-)の録音に長らく親しんできた。
 両版の違いは、やはり2台のピアノ版の方が、ペダル操作も含めた多彩さが加わり、協奏的な華やかさが増すところにある。逆に言うと4手版は統一感が強い。しかし、このアンスネスとアムランの演奏、そのどちらの特徴もいいところ全部かっさらったような、完成度の高い演奏である。
 聴きモノはなんといっても「春の祭典」だ。鮮明でありながら、エネルギーに溢れた表現は、鋭敏で圧倒的な作用をもって聴き手に襲い掛かってくる。彼らは、オーケストラの音色を再現しようとしているのではない。純粋に2台のピアノのための作品として、その完全性にむくいるよう全力のパフォーマンスを繰り広げているのである。
 しかも、その表現は、単に野趣性のみで押し切ったものではない。そこが彼らの凄いところなのだけれど、すべてが計算された音響設計に即して表現されているのだ。最も高い音と低い音の打鍵のバランス、その結果表現される不協和な響きの方格性。それらがきちっとおさまることによって、完璧と言いたいほどに整い、かつスリリングな聴き味がもたらされるのである。第1部のエネルギッシュな咆哮、第2部の変拍子のリズム処理、いずれも熱血性を帯びながら、明晰な解決を導く。まさに知情意のバランスに裏打ちされた芸術表現となっている。
 「2台のピアノのための協奏曲」は、ストラヴィンスキーの新古典主義の一面が表出した作品であるが、ここでも完璧といって良いバランスを背景に、十分に「攻めた」アプローチが展開していて楽しい。中間楽章の明敏なリズム感も流石である。
 末尾に3曲、作曲者の原曲を2台のピアノ版に編曲した小品が配されている。メランコリーを帯びた情緒が、しっかりと奏でられた安定の名演といったところ。

ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」(4手連弾版)  バルトーク(コチシュ編 2台ピアノ版) 2つの映像  ドビュッシー(バヴゼ編 2台ピアノ版) 遊戯
p: バヴゼ ギイ

レビュー日:2019.2.20
★★★★★ ピアノの性能を駆使して描かれる「2人のピアニスト」のための編曲作品集
 2人のフランスのピアニスト、ジャン=エフラム・バヴゼ(Jean-Efflam Bavouzet 1962-)とフランソワ=フレデリク・ギイ(Francois-Frederic Guy 1969-)による、20世紀に書かれた管弦楽作品に基づく2人のピアニストのための編曲作品集。収録曲は以下の通り。
1) バルトーク(Bartok Bela 1881-1945)/コチシュ(Kocsis Zoltan 1952-2016)編 2つの映像 (2台のピアノ版)
2) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)/バヴゼ編 遊戯 (2台のピアノ版)
3) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) 春の祭典(4手連弾版)
 2014年の録音。
 なかなか面白いラインナップ。バヴゼは、2006年から09年にかけて、ドビュッシーのピアノ独奏曲の全曲録音を行っていて、それはとても素晴らしいもので、私も「ドビュッシー録音の決定盤」に近い位置づけで聴いているのだけれど、その独奏曲全曲録音では、ドビュッシー自身のピアノ独奏稿による「遊戯」が含まれていた。本アルバムは、この「遊戯」をバヴゼが2台のピアノ版に編曲したものを中心に配し、バルトークの作品の中では特に印象派の影響を感じさせる「2つの映像」の2台のピアノ版、さらには、作曲者ストラヴィンスキーがドビュッシーと2台のピアノ版で演奏したこともある「春の祭典」の、こちらは4手連弾版をメインに置くという構成。ドビュッシーの音楽に精通したバヴゼならではのプログラムだと思う。また、バヴゼ同様に精緻精妙なピアニズムを持つギイとの協演というのも相応しい。
 バルトークの「2つの映像」は第1曲「花ざかり」と第2曲「村の踊り」からなる。第1曲は全音音階の積極的な使用などの音楽作法により、バルトークの書いた最もドビュッシー的な作品と言われる。変容するメロディの精妙な受け渡しがピアノのタッチで描かれる様が美しく、思わず耳をそばだてる。第2曲は階層的な重みづけをバックに、不安さを宿したモチーフが不思議な優美さをまとって響く。
 ドビュッシーの「遊戯」は曲線的な旋律をなめらかに描いていくピアノに魅了されるが、加えてピアノならではの明瞭な対象感が随所で効果的なアクセントになっていて、なめらかな音感とまっすぐな音感を操った自在性が楽しい。色彩感がある、と表現しても良いだろう。
 ストラヴィンスキーの「春の祭典」は、2台のピアノ版と4手版の2種類の編曲がある。前者を私は長いことアシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)とガヴリーロフ(Andrei Gavrilov 1955-)の名演で楽しんできた他、最近はアンスネス(Leif Ove Andsnes 1970-)とアムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)による注目すべき録音もある。後者はそれよりは録音数が少なく、私が所有しているものに関しても有森博(1966-)と秋元孝介(1993-)によるものくらい。バヴゼとギイが4手版を選択したことがまず興味深い。ここで聴ける両者の演奏はきびきびした躍動感に満ちたもので、これまでのバヴゼとギイの録音からは経験したことがないような熱的な表現が聴かれる。もちろん、この2人ならではの、精妙な音色のコントロールは、弱音で緊張を高めるシーンなどで効果的に使われるし、全体を見通しよく組み立て様という意識も強く伝わってくるが、野趣あふれるリズムがなにより素晴らしいと思う。
 ピアノ版「春の祭典」の録音の中でも、ぜひ押さえたいものの一つと言える。


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