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スタンチンスキー



器楽曲

ピアノ・ソナタ 変ホ短調 夜想曲 3つの前奏曲 5つの前奏曲 3つの無言歌 マズルカ  変ニ長調 嬰ト短調 涙 変奏曲 3つの素描 12の素描
p: ヤブロンスキー

レビュー日:2021.4.5
★★★★★ 知られざる夭折の作曲家、スタチンスキーのピアノ作品集
 ロシアの作曲家、アレクセイ・スタチンスキー(Alexei Stanchinsky 1888-1914 "スタンチンスキー" とも表記される)の名は、あまり知られているとはいえないだろう。タネーエフ(Sergei Taneyev 1856-1915)に師事し、ピアノ独奏曲のジャンルを中心に作曲活動を行ったが、わずか26才で亡くなっている。遺された作品の多くは、ピアノのための小品であるが、スクリャービン(Alexandre Scriabine 1872-1915)と印象派を織り交ぜたような作風のものが多かった。彼の死因はバカンス中の溺死であったが、スタチンスキーは、ひどい鬱病を患っていたため、自殺であったとも言われる。
 当盤は、スウェーデンのピアニスト、ペーテル・ヤブロンスキー(Peter Jablonski 1971-)が2020年に録音したもので、作曲者が15才のとき(1903年)に書いた3つの無言歌から、作曲者が25才のとき(1913年)に完成し、「op.1」が与えられている12の素描まで、活動域全体に渡って生み出された作品たちが収録されている。
 私が当盤を聞いた率直な感想は、「個性的で面白い」ということである。むしろ、メトネルやカバレフスキーより、独特の世界観が感じられ、作曲家のインスピレーションがより鮮烈なものとして伝わってくる。リズムや和声の組み合わせ方も、変化に富んでいて、小曲には小曲らしい「尖り」がある。
 冒頭のピアノ・ソナタは単一楽章形式の作品。当盤の収録時間で12分弱。作曲者18才の作品であるが、音色的な妙味、合理的な構成であり、フレーズの処理も的確で、その完成度は高い。作品のサイズに対する感覚という点で、先天的と形容したいぐらいに優れたものを持っていたのかもしれない。夜想曲は中間部に急速部をもつ構成で、古典的であるが、妙味がある。3つの前奏曲では、第2番に天性の霊感的なものを感じるし、5つの前奏曲の第2番も独特な音の運びがあって、興味深い。3つの無言歌では、連綿たるロシアらしいメランコリズムが率直に書かれているが、15才でこの曲を完成したというのは、やはり驚かされる。マズルカはスクリャービンやシマノフスキよりはショパンに近い味わいで響く。死の前年に完成され、作品番号が与えられた12の素描は、作曲者にとって、それだけの自信作だったのだろうか。小曲の集まりでありながら、ところどころにハッとさせられる美しさがあり、たしかに魅力的。例えば、第7番のアダージョなど、情緒的でありながら、複層的なものがあり、スタチンスキーが彼なりのピアノ音楽世界を切り開いていた実感がこもっている。
 ヤブロンスキーのピアノは、DECCA時代、様々な録音で聴いてきたが、あいかわらず、明晰で、趣味が良く、心地よいスピード感を味わわせてくれる。スタチンスキー作品の魅力の礎ともいえるリズムと音色が、いずれも活き活きと再現されているのが心地よい。これらの知られていない作品を世に紹介したいという、ピアニストとしての使命感もあるに違いない。結果として、秘曲探訪の魅力にあふれた1枚のアルバムが完成した。


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