サラサーテ
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サラサーテ ツィゴイネルワイゼン カルメン幻想曲 ヴィエニアフスキ 伝説曲ト短調 タルティーニ 悪魔のトリル ラヴェル ツィガーヌ マスネ タイスの瞑想曲 フォーレ 子守歌 vn: ムター レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2017.10.19 |
★★★★☆ ムターの真摯な取り組みが「名曲集」に深い味わいを与えている
アンネ・ゾフィー・ムター(Anne-Sophie Mutter 1963-)のヴァイオリン、ジェイムズ・レヴァイン(James Levine 1943-)指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による独奏ヴァイオリンと管弦楽のための親しみやすい作品を集めたアルバム。収録曲は以下の通り。 1) サラサーテ(Pablo de Sarasate 1844-1908) ツィゴイネルワイゼン op.20 2) ヴィエニャフスキ(Henryk Wieniawski 1835-1880) 伝説曲 op.17 3) タルティーニ(Giuseppe Tartini 1692-1770)/クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962)編 ヴァイオリン・ソナタ 第4番 ト短調 「悪魔のトリル」 4) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) ツィガーヌ 5) マスネ(Jules Massenet 1842-1912) タイスの瞑想曲 6) サラサーテ カルメン幻想曲 7) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 子守歌 ニ長調 op.16 1992年の録音。 曲目の並びから明らかなように、近づき易い、旋律的な通俗性を踏まえたプログラムであり、当然のことながら聴いていて楽しいのであるが、しかし、当盤の特徴として、楽しい一方で、ムターの真面目なアプローチに伴う真摯さが伝わってくる点が大きいだろう。それは、まるでコンサートで、深刻な協奏曲を演奏した後、その雰囲気を踏襲しながら、これらのアンコール・ピースを披露するかのような雰囲気である。 ムターのヴィルトゥオジティは、常に重厚さを湛えたものであり、それゆえに、楽曲の佇まいを、シックで落ち着いた側に引き寄せている。これらの楽曲では、カルメン幻想曲やツィガーヌにおいて、特にその響きは、豪壮な趣きを引き出していて、それこそ大家の書いた協奏曲のような聴き味を呈している。その方向性は、聴き手によって受け取り方が変わってくるところかと思うが、私は、なるほど、これがムターの芸術なのだな、と納得して聴いた。 そして、そんなスタイルが絶妙の効果を挙げているのが「タイスの瞑想曲」とフォーレの「子守唄」の2曲ではないだろうが。これら2曲が描き出す休息を思わせる呼吸の深さ、息の長さに、耽美的な安らぎが宿り、別世界に赴くような心もちにさせてくれるのである。 現代では、技術に優れたヴァイオリニストによって、これらの楽曲にはそれこそ様々な録音があって、スピードやスリルという点では当盤を上回っていると思われるものもいろいろあるが、その一方で、前述の特徴が当盤の価値を維持し続けているところではないだろうか。 ただ、レヴァインのオーケストラ・サウンドは、私にはややメタリックで、線的な感覚が強すぎるところもある。 |
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カルメン幻想曲 グノーの「ロメオとジュリエット」による演奏会用幻想曲 ロシアの歌 ナイチンゲールの歌 狩り ホタ・デ・パブロ vn: ティエンワ マルティネス=イスキエルド指揮 ナヴァール交響楽団 レビュー日:2017.8.3 |
★★★★★ 組曲「イベリア」のたいへん雰囲気ある録音
北京生まれの中国のヴァイオリニスト、ヤン・ティエンワ(Yang Tianwa 1987-)によるサラサーテ(Pablo de Sarasate 1844-1908)の独奏ヴァイオリンと管弦楽のための作品全集の第2巻として録音されたもの。スペインの指揮者、エルネスト・マルティネス=イスキエルド(Ernest Martinez Izquierdo 1962-)とナヴァール交響楽団との共演。収録曲は以下の通り。 1) カルメン幻想曲 op.25 2) グノーの「ロメオとジュリエット」による演奏会用幻想曲 op.5 3) ロシアの歌 op.49(ヴァイオリンと管弦楽版) 4) ナイチンゲールの歌 op.29(ヴァイオリンと管弦楽版) 5) 狩り op.44 6) ホタ・デ・パブロ op.52(ヴァイオリンと管弦楽版) 1,2)は2009年、他は2008年の録音。 素晴らしい内容の一枚。演奏に関することは後述するとして、まずは楽曲に注目したい。しばしば、一つの名曲が有名になるあまり、同じ作曲家の他の作品が埋没してしまうケースがある。例えば、R.コルサコフの「シェエラザード」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、ベルリオーズの「幻想交響曲」・・・。これらの名曲は、作曲家の名を永遠とす一方で、他の作品に当たるべき光さえ吸収してしまった感が否めない。名刺代わりの名曲の功罪といったところだろうか。そしてサラサーテの「チゴイネルワイゼン」もこれに当たるように思う。この1曲の知名度のため、「カルメン幻想曲」を除けば、他にサラサーテの作品として、「これもあるぞ」とすぐに思いつく人は、そういないだろう。当盤を聴けば、その状況があまりにも不当なものであることが分かる。 つまり、それくらいに、これらの「収録曲」の魅力を、ストレートに伝えるティエンワの演奏は素晴らしいのである。録音時まだ20代になったばかり。しかし、その技巧の見事さと感性の鋭さは、すでに超一級のものに違いない。 ヤン・ティエンワの演奏は情熱的であるが、決して粗々しく弾き飛ばすようなものではない。ポリタメントの大きさ、トリルの鋭さなど、しっかりした計算を感じさせ、踏み込みはあっても逸脱はない。そのため、激しく脈打つようなフレーズであっても、自然に収まるべきところに収まる感覚があり、その結果、楽曲の構築性を良く示しながら、聴き手を興奮に誘うのである。サラサーテを演奏するにあたって、必要なものは全て備わっている。また、その演奏全体から導かれる芳醇なニュアンスは、ロマンティシズムを求める聴衆の気持ちに万全に応えるものでもある。 そうして奏でられるサラサーテの楽曲の魅力的なこと。ビゼー(Georges Bizet 1838-1875)の「カルメン」の名旋律を紡いだ「カルメン幻想曲」は有名だが、それに続くグノー(Charles Gounod 1818-1893)のオペラ「ロメオとジュリエット」(このオペラ自体、聴く機会は少ない)の主題を用いた作品が、旋律、演奏効果の双方で魅力いっぱいなことに驚かされる。原曲も聴いてみたくなる。中間部で聴かれる感傷性豊かな旋律は、このアルバムのハートになっている。「ロシアの歌」では、ストラヴィンスキー(1882-1971)が「ペトルーシュカ」で使用した主題が扱われているのも発見の楽しみ。「ナイチンゲールの歌」の精妙なトリルに感心し、そして「狩り」。この楽曲のスケールの大きさ、管弦楽とヴァイオリンの対比の妙、そして劇的な転調の効果は見事なもので、どうしてもっともっと演奏されないのだろう、と不思議に思ってしまう。 以上のように、サラサーテの作品の魅力を、最高な形で聴き手に伝えてくれる録音ということができる。ちなみにヤン・ティエンワがもっとも影響を受けたヴァイオリニストはアドルフ・ブッシュ(Adolf Busch 1891-1952)であるとのこと。言われてみると、その時代のエッセンスが含まれた演奏にも聴こえてくる。 |