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セヴラック



器楽曲

ラングドック地方にて セルダーニャ 大地の歌 沐浴する娘たち 水の精と不謹慎な牧神 鉛の兵隊 演奏会用の華麗なワルツ「ペパーミント・ジェット」 ポンパドゥール夫人の大広間 休暇の日々第1集 第2集 ロマンティックなワルツ 夾竹桃の樹の下で
p: チッコリーニ

レビュー日:2010.6.11
★★★★★ ドビュッシーの影に隠れがちなセヴラックの曲をまとめて聴けます
 デオダ・ド・セヴラック(Marie-Joseph-Alexandre Deodat de Severac 1872-1921)はフランスの作曲家。声楽曲のジャンルで比較的高名な作品があるが、それほど知名度のある作曲家ではない。ピアノ曲も多く残していて、描写的なタイトルが多く付けられていて、時代的にも「印象派」と理解するのが適切な感じ。
 このアルバムはチッコリーニが1968年から1977年にかけて録音したセヴラックのピアノ曲集を3枚のCDにまとめたもの。収録曲は、ラングドック地方にて(「祭りの日の畑屋敷をさして」「沼で、夕べに」「平原を馬に乗って」「春の墓地のひと隅」「農家の市の日」) セルダーニャ(「二輪馬車にて」「祭」「遍歴楽師と落ち穂拾いの女」「リィヴィアのキリスト像の前のらば引きたち」「らば引きたちの帰還」 大地の歌(7部からなる農事詩「大地の魂」「耕作」「種蒔き」「夜のおとぎ話」「雹」「刈り入れの時」「婚礼の日」) 沐浴する娘たち 水の精と不謹慎な牧神 鉛の兵隊 演奏会用の華麗なワルツ「ペパーミント・ジェット」 ポンパドゥール夫人の大広間 休暇の日々;第1集 第2集 ロマンティックなワルツ 夾竹桃の樹の下で
 中で最も有名な作品は「ラングドック地方にて」と思われる。ラングドック地方は南フランスにある。第3曲「平原を馬に乗って」はいかにも描写性に優れた楽しい曲。一方、第4曲「春の墓地のひと隅」では悲しい感情が確かな書法で歌われる。「大地の歌」「セルダーニャ」も同じ組曲形式のピアノ曲だが、タイトルをわかって聴く方が、音楽がよく気持ちに伝わると思う。「大地の歌」はやや重い響きの曲が多い。セルダーニャはピレネー山脈付近の地域。いずれも美しい部分が多く、描写性に富み、陰影豊かな音楽だ。
 休暇の日々の第1集はシューマン、第2集はショパンへのトリビュート作品と考えられるが、第2集は未完で3曲のみとなる。
 チッコリーニの明瞭なピアニズムが音楽をわかりやすく解きほぐしている。ときに音が硬質に過ぎるように思えるところもあるが、これだけの演奏内容でまとめてセヴラックの曲を聴けるのはうれしい。

沐浴する娘たち セルダーニャ 夾竹桃の樹の下で 水の精と不謹慎な牧神
p: エイディ

レビュー日:2025.3.18
★★★★★ セヴラック作品を奏でるにふさわしい表現者、ビリー・エイディによる名演
 レバノン生まれのフランスのピアニスト、ビリー・エイディ(Billy Eidi 1955-)による、セヴラック(Deodat de Severac 1872-1921)のピアノ作品集。収録曲の詳細は以下の通り。
1) 沐浴する娘たち(Baigneuses au soleil (Souvenir de Banyuls-sur-mer))
セルダーニャ~5つの絵画的練習曲(Cerdana, 5 etudes pittoresques)
 2) 第1曲「二輪馬車にて ~セルダーニュへの到着~」(En Tartane (L'arrivee en Cerdagne))
 3) 第2曲「祭 ~ピュイセルダの想い出~」(Les fetes (Souvenir de Puigcerda))
 4) 第3曲「遍歴楽師と落ち穂拾いの女 ~フォンロムウへの巡礼の想い出~」(Menetriers et glaneuses (Souvenir d'un pelerinage a Font-Romeu))
 5) 第4曲「リヴィアのキリスト像の前のらば引きたち ~哀歌~」(Les muletiers devant le Christ de Llivia (Complainte))
 6) 第5曲「らば引きたちの帰還」(Le retour des muletiers)
7) 夾竹桃の樹の下で(Sous les lauriers roses (Soir de carnaval sur la cote catalane))
8) 水の精と不謹慎な牧神(Les naiades et le faune indiscret)
 2000年の録音。
 私は、セヴラックのピアノ独奏曲をアルド・チッコリーニ(Aldo Ciccolini 1925-2015)の録音で親しんだが、それ以来、久しぶりに当盤で聴いてみた。当盤にはセヴラックの代表曲とよぶにふさわしい楽曲が収録してあるのだが、加えてエイディの演奏が巧みなもので、セヴラックの楽曲のもつ印象派的側面とともに、原色的といってよい躍動感をも感じさせるもので、聴き味豊かな名演と思う。
 冒頭の「沐浴する娘たち」は、軽快な運動美とともに、ナイーヴな情感が描かれるが、エイディの演奏は、トリルなどの装飾的な音の華やかさを鋭敏なリズム感を背景に響かせる一方で、陰るような情感をも深いひだを感じさせる表現で描き出しており、かつその移行における音楽の進行が自然で、とても美しいと感じる。
 「セルダーニャ」は東ピレネーにあって、フランスとスペインの両国にまたがる地域の名称で、フランス国鉄が運行するいわゆる「セルダーニュ線」という鉄道線でも有名なところ。セヴラックは晩年をそこで過ごした。5曲からなる「セルダーニャ」は、セヴラックの代表曲としてひろく知られる。第1曲「二輪馬車にて ~セルダーニュへの到着~」は、旅のワクワク感があふれるように伝わってくる作品で、その旋律の醸し出す雰囲気は、アルベニス(Isaac Albeniz 1860-1909)の「イベリア」を思い起こさせるところもある。闊達なリズムで描かれる色彩感にあふれる楽曲は、エイディのアプローチでたくましい生命力に満ちて表現されている。第2曲「祭 ~ピュイセルダの想い出~」では、ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel 1875-1937)を思い起こさせる静謐と熱血性の対比が楽しい。第3曲「遍歴楽師と落ち穂拾いの女 ~フォンロムウへの巡礼の想い出~」の中間部の瞑想的な美観も印象的だが、曲集中で第4曲「リヴィアのキリスト像の前のらば引きたち ~哀歌~」は、その重々しさで異彩を放っている。ゆっくりとした足取りで進む哀歌でありながら、それはゆっくりと高みに登っていく荘厳さを帯びている。エイディのピアノは、その宗教的な雰囲気を厳かに伝えていて、感動的。第5曲「らば引きたちの帰還」でスケルツォ的なリズムと楽しさをもった世界に戻る演出は、エイディの冴えたピアノで、一層効果を高めている。「セルダーニャ」の理想的な名演となっていると思う。
 「夾竹桃の樹の下で」も牧歌調とリズムのおりなす楽しい作品。エイディのピアノはその演出に必要な力強さを備えていて、立派な恰幅をもった響きに仕上がっている。「水の精と不謹慎な牧神」には、「セルダーニャ」第3曲の中間部にも通じる瞑想的な気配が濃い。もちろん、ここでもエイディは、その作品の姿をそれに相応しい方法で伝えてくれており、聴後の高い満足感に繋がる。
 セヴラックは、単に印象派的な作風の作曲家というわけではなく、野生的と言い表したいほどの表現幅をこころみていたことが、エイディの演奏からは良く伝わってくる。


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