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シュッツ



音楽史

シンフォニア・サクレ 第3集 op.12 SWV398-418
ベルニウス指揮 ムジカ・フィアタ・ケルン シュトゥットガルト室内合唱団 S: シュデリウス フリンマー スルイス C-T: ギーンガー チャンス T: エルウィス プレガルディエン Bs: トーマス ハウプトマン

レビュー日:2015.1.29
★★★★★ シンフォニーのルーツを明かす、「神秘交響曲」の名演
 17世紀ドイツ最大のプロテスタント音楽の作曲家、ハインリヒ・シュッツ(Heinrich Schutz 1585-1672)による「シンフォニア・サクレ 第3集op.12 SWV398-418」。フリーダー・ベルニウス(Frieder Bernius 1947-)指揮、ムジカ・フィアタ・ケルンとシュトゥットガルト室内合唱団による演奏で、1988年の録音。
 収録曲の詳細は以下の通り。
【CD1】
1) 主はわたしの牧者である(Der Herr Ist Mein Hirt) SWV398 op.12-1
2) わたしは目をあげて山を仰ぐ(Ich Hebe Meine Augen Auf Zu Den Bergen) SWV399 op.12-2
3) 主が家を建てられるのでなければ(Wo Der Herr Nicht Das Haus Bauet) SWV400 op.12-3
4) 息子よ、どうしてこんな事をしてくれたのです(Mein Sohn, Warum Hast Du Uns Das Getan? )SWV401 op.12-4
5) 主よ、どうぞわれらをお救い下さい(O Herr, Hilf, O Herr, Lass Wohl Gelingen) SWV402 op.12-5
6) 主の御使いが、夢で、ヨセフに現れて言った(Siehe, Es Erschien Der Engel Des Herrn) SWV403 op.12-6
7) 新しい粉のかたまりになるために、古いパン種をとり除きなさい(Feget Den Alten Sauerteig Aus) SWV404 op.12-7
8) おお優しきイエス・キリストよ(O Susser Jesu Chris) SWV405 op.12-8
9) おお優しきイエスよ(O Jesu Suss, Wer Dein Gedenkt SWV406 op.12-9
10) われらの神なる主を讃えよう(Lasset Uns Doch Den Herren, Unseren Gott, Loben) SWV407 op.12-10
【CD2】
1) 一人の種まきが種をまきに出て行った(Es Ging Ein Samann Aus...) SWV408 op.12-11
2) あなたがたの父なる神が慈悲深くあられるように(Seid Barmherzig...) SWV409 op.12-12
3) ごらんなさい、この幼な子は反対を受けるしるしとして定められています(Siehe, Dieser Wird Gesetzt...) SWV410 op12-13
4) 天にましますわれらの父よ(Vater Unser, Der Du Bist...) SWV411 op12-14
5) 見よ、兄弟が和合して共にいるのは(Siehe, Wie Fein Und Lieblich Ist's) SWV412 op.12-15
6) その日がわなのようにあなたがたを捕らえることがないように(H'tet Euch...) SWV413 op.12-16
7) 先生、わたしたちは、あなたが真実なかたであることを知っています(Meister, Wir Wissen...) SWV414 op.12-17
8) サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか(Saul, Saul, Was Verfolgst...) SWV415 op.12-18
9) 主よ、いつまでもわたしをお忘れになるのですか(Herr, Wie Lang Willst Du...) SWV416 op.12-19
10) 来れ聖霊よ、主なる神よ(Komm, Heiliger Geist, Herre Gott) SWV417 op.12-20
11) 全てを神に感謝しよう(Nun Danket Alle Gott) SWV418 op.12-21
 独唱者は以下の通り。
ソプラノ
 マリア・シュデリウス(Maria Zedelius)
 モニカ・フリンマー(Monika Frimmer 1955-)
 ミーケ・ファン・デル・スルイス(Mieke van der Sluis)
ボーイ・ソプラノ
 シュテファン・ギーンガー(Stephan Gienger)
カウンター・テナー
 マイケル・チャンス(Michael Chance 1955-)
テノール
 ジョン・エルウィス(John Elwes 1946-)
 クリストフ・プレガルディエン(Christoph Pregardien 1956-)
バス
 デヴィッド・トーマス(David Thomas 1943-)
 コルネリウス・ハウプトマン(Cornelius Hauptmann)
 シュッツは、ジョヴァンニ・ガブリエーリ(Giovanni Gabrieli 1554-1612)に師事し、複合唱とマドリガルの手法を学び、作曲家として高名を響かせるようになった。その作風は3期に分けて考えられ、複合唱の手法を展開した華麗で意欲的な第1期、モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi 1567-1643)の影響を受けて開始された通奏低音付のドラマティックなモノディ様式による鋭い主観的な音楽披露した第2期、30年戦争の終結の頃以降の複合唱様式とイタリアのコンチェルタート様式の融合を目指した円熟の第3期、とおおまかにはそのように捉えられる。シンフォニア・サクレの第3週は第3期の傑作の一つと考えられるスケールの大きい音楽芸術作品。ちなみに音楽学者エッゲブレヒト(Hans Heinrich Eggebrecht 1919-1999)は、シュッツの芸術の本質的特徴として「ドイツ的」「プロテスタント的」「人文主義的」の3つを挙げている。
 さて、作品名にも注目したい「シンフォニア・サクレ(Symphoniae sacrae)」とは何か?これは完全協和音を意味し、「交響曲」と邦訳されたシンフォニー(symphony)」の起源において、重要なものだ。シンフォニアの名を冠した楽曲は16世紀に声楽曲として出現し、17世紀中に大規模な声楽作品の前奏、間奏の器楽曲を指すようになる。この系譜にある最古のものは、現代ではドイツの作曲家ラウ(Georg Rhau 1488-1548)の「Symponiae jucundae」に求められるが、その実態はモテトであった。その後様々な作品が書かれたが、一つの頂点を築いたと考えられるのがシュッツの3巻からなるシンフォニア・サクレである。これは3声部から8声部の、独唱、合唱、器楽からなる教会コンチェルトで、かつては「神聖交響曲」と訳されることもあった。しかし、当時すでに他の作曲家によって、純器楽による「シンフォニア」が書かれていたので、シュッツの命名は、すでに古典的なものであったとも考えられる。しかし、いずれにしても「シンフォニー」の音楽史のルーツを辿る上で、シュッツの傑作は外すわけにはいかない名品である。
 当演奏は、綿密に音響を設計した統率力により、様々な合奏の味わいを見事に引き出したものと思う。合唱はソプラノ9人、男性のアルト7人、テノール7人、バス8人で構成され、器楽はコルネット、トロンボーン、ヴァイオリン、ビオラダガンバ、ドゥルシアン(ファゴットの前身楽器)、チェロ、リュート、オルガンからなる。それらの音響が、実に多彩な音を紡ぎ出しており、その協調性の豊かさは、まさにシンフォニックな音空間を構成しているのである。中で聴きどころを1曲ということであれば、「サウル、サウル、なぜわたしを迫害するのか」を挙げたい。劇的で感動的な音楽の力を見事に示したものだ。
 独唱陣も見事。特に、その後独奏者として様々に活躍している2人のテノールに注目して楽しみたい。総じて、シュッツの芸術の素晴らしさを鮮やかに引き出した名録音であり、録音から長く経過した今でも、その価値の色あせない名盤だ。


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