シェーンベルク
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シェーンベルク 室内交響曲 第1番(管弦楽版) 映画の一場面への伴奏音楽 ブラームス(シェーンベルク編管弦楽版) ピアノ四重奏曲 第1番 ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2011.11.4 |
★★★★★ シェーンベルクの難しさを、高い技術水準でクリアした演奏
シェーンベルク(Arnold Schoenberg 1874-1951)の室内交響曲第1番(管弦楽版)、「映画の一場面への伴奏音楽」、ブラームス(シェーンベルク編管弦楽版)ピアノ四重奏曲第1番の3曲を収録。サイモン・ラトル(Simon Rattle 1955-)指揮ベルリンフィルの演奏で、2009年の録音。 シェーンベルクは後期ロマン派の土台から、無調、12音音楽によるいわゆる「現代音楽」を開拓した第一人者である。室内交響曲第1番は、弦楽四重奏曲第2番(の終楽章)とともに、彼が無調へと踏み出した作品と考えられる。象徴的なのは完全4度で6個の和音を重ねる「4度和音」の出現だ。この書法の開拓により、同じ音の反復はその数を大いに減じることになる。 12音音楽による大規模な管弦楽作品として数えられるものが「映画の一場面への伴奏音楽」である。私は12音音楽について勉強したわけでないが、その過程で、調性が持っている楽曲構造に大いに手をつけなくてはならなかったのはわかる。シェーンベルクの音楽の難渋さとともに、後期ロマン派の残り香を消去していく様は、音楽の歴史としてドラマティックでもある。 ラトルは最近、評判の高かったブラームスの交響曲全集をリリースしていた。そしてブラームスを意識してその音楽活動を開始したシェーンベルクに挑むのは、一つの流れにも思える。 室内交響曲第1番はある程度のテンポで演奏することは至難とされているが、ベルリンフィルはさすがに超一流のアーティスト集団で、神秘的な音楽の雰囲気を良く出している。サウンドは時としてR.シュトラウスやマーラーを思わせるところがある。どこかで、この曲は「マーラーの交響曲第7番のシェーンベルク版」という意見を読んだ記憶があるが、なるほどと思う。一方「映画の一場面への伴奏音楽」はブラームスを思わせるところがあるように思う。 ブラームスのピアノ四重奏曲第1番の管弦楽編曲版はドホナーニとウィーンフィルにも素晴らしい録音があったが、ラトルとベルリンフィルの演奏は、より熱っぽい音楽になっている。有名な「ジプシーのロンド」など、ハンガリー舞曲のような立ち回りが聴ける。シロフォンの追加、即興的で自由度のある楽器選択など、シェーンベルクなりのやり方の編曲だが、ブラームスらしさは面白いくらいにたもたれていて、まさにブラームスの第5交響曲といった風情がある。ラトルのスタイルを存分に発揮した一枚だろう。 |
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浄められた夜 交響詩「ペレアスとメリザンド」 シノーポリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 レビュー日:2012.8.9 |
★★★★★ 高貴な甘美さが存分に引き出された、円熟の後記ロマン派名作2編
2001年、公演中に急逝したイタリアの名指揮者ジュゼッペ・シノーポリ(Giuseppe Sinopoli 1946-2001)によるオーストリアの作曲家アルノルト・シェーンベルク (Arnold Schonberg 1874-1951)の代表作として知られる交響詩「ペレアスとメリザンド」と弦楽合奏のための「浄夜」を収めたアルバム。フィルハーモニア管弦楽団の演奏で1991年の録音。 「ペレアスとメリザンド」は、「青い鳥」で知られるベルギーの劇作家モーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck 1862-1949)による同名の戯曲に基づいたもの。多くの作曲家がこれを題材に作品を書いている。代表的なものとして、ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918)のオペラ、シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957)の劇音楽、フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の劇付随音楽などがある。また、「浄夜」は、ドイツの詩人レオポルト・デーメル(Leopold Dehmel 1863 -1920)の同名の詩に基づくもの。 シェーンベルクはブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)やワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)の影響を強く受けた後期ロマン派の担い手としてその作曲活動を開始し、やがて無調音楽や十二音技法を開拓し、現代音楽の礎を築くに至った人物である。しかし、現代では、その代表作としてしられるここに収録された2編や、あるいは「グレの歌」などは、いずれも後期ロマン派の香りを色濃く漂わせた初期の作風に基づくもので、無調音楽や十二音技法が、絶対的な音楽の人への「浸透力」において、決定的に欠落があるという事実を物語っているようにも思う。 そのようなわけで、ここに収められた2編は、シェーンベルクの作品とは言っても、後期ロマン派の親しみやすい語法で描かれた美しい音楽として聴くことができる。とはいえ、半音階の多用や、四度和音の使用など、後のシェーンベルクの方向性を垣間見ることができる響きが随所にあることも確かで、そういった意味で20世紀初頭のこの時期にしか生まれ得なかった貴重な作品群であると思う。 いずれも規模の大きな楽曲で、当盤の収録時間も79分を越えている。 シノーポリの作り出す音色は暖色系。弦楽器陣の濃厚とも言えるカンタービレを、透明感を持って整えており、概して高い格式をキープするような品の良さが感じられる。それでいて艶やかに弦が歌うので、聴き手には高貴な甘美さとして音楽の印象が伝わるだろう。フィルハーモニア管弦楽団の表情豊かなソノリティそのものも素晴らしい。実に秩序立ちながら、エモーショナルな音幅を繰り出している。これらの楽曲の代表的録音であり、2つの名作が併せて収録しているという利便性の点でも推薦したいアイテムだ。 |
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シェーンベルク ヴァイオリン協奏曲 シベリウス ヴァイオリン協奏曲 vn: ハーン サロネン指揮 スウェーデン放送交響楽団 レビュー日:2008.7.1 |
★★★★★ 鋭利な精神性の凄味を見せつけるハーンのシェーンベルクとシベリウス
続々と意欲的な録音を送り込んでくるヒラリー・ハーン(Hilary Hahn 1979-)の注目の録音(2007年)。サロネン(Esa-Pekka Salonen 1958-)との顔合わせでシェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951)とシベリウス(Jean Sibelius 1865-1957)というこれまた意趣性を感じさせる収録曲だ。 名曲シベリウスではなく、シェーンベルクを頭に置いた収録順にもそれを感じる。ところで、シェーンベルクのヴァイオリン協奏曲というのを私はいままで聴いたことがなかった。同じ新ウィーン楽派のものでも、もちろんベルクの名曲はよく聴くのだが、シェーンベルクとなると、いったい??・・・シェーンベルクは後期ロマン派から12音音楽、いわゆる「アトナール」と呼ばれる無調性音楽を開拓した人物である。そしてヴァイオリン協奏曲はもうすっかりその作風が完成したころの作品だ。 さて、私たちがこのような曲を聴く場合、どのような聴き方をするのか?私の場合、若干申し訳ないのですが、やはりそこに「ロマン派」の残り香のようなものを求め、それを「道しるべ」にしようと思うわけです。もちろん、新しい価値軸によって作られた音楽だというのはわかるのだけれど、それでもその価値軸が自分の中で十分に形成されていないわけで、そうなるとロマン派の「きれい」だとか「カッコイイ」といった音楽の一般的な情緒を探してしまう。そして多分演奏家だって同じなのでは?と思うのだが、このハーンのヴァイオリンはどうも違うような気がする。不用意にロマン派に寄り添わず、峻険に学究的にスコアと対峙し、そこに深く直進することで、音楽にしている、と思う・・いやそんな気がする(だって私には想像でしかわからない)。きわめてクールで鋭利だけど、厳しい諸相がそのまま伝わってくる無類の迫力がある。これは相当凄い演奏なのかもしれない(私には推測しかできないのだが・・・)。もちろん、サロネンの繊細な感性が、演奏の完成度を一層高めていることも、補足しよう。 次に、シベリウスの名曲をいくぶんほっとしながら聴くと、これまた物凄い演奏なので圧倒される。その芯のある太い音色が、曲の最深部を明らかにしていく。第1楽章の暗い情熱を湛えながら、しかし厳かな歩みは確かにはるかな高みから語られる音楽の尊い言葉のようだ。中間部の長大なカデンツァで、基音と交互に奏でられる旋律は、まるで聴き手に重い問いかけを投げかけてくるようである。やや遅めのテンポ設定ながら弛緩するような部分は一瞬もない。凄まじい緊迫感だ。第2,3楽章では曲想もあってやや表情は和らぐが、それでも荘厳な雰囲気は全般を通じて圧巻の一語。「このシベリウスは凄い・・・」最後にそう感想を述べるのが精一杯。 |
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シェーンベルク 6つのピアノ曲 トッホ プロフィール ベルク ピアノ・ソナタ ヒンデミット ピアノ・ソナタ 第3番 アドルノ=ヴィーゼングルント 3つのピアノ小品 p: クローネンベルク レビュー日:2018.6.26 |
★★★★☆ 古典的な和声から完全に乖離した世界観を目指した録音
ドイツのピアニスト、ヨルク・クローネンベルク(York Kronenberg 1973-)による近代のピアノ・ソロ作品を集めたアルバム。収録曲は以下の通り。 1) シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951) 6つの小さなピアノ曲 op.19 2) トッホ(Ernst Toch 1887-1964) プロフィール op.68 3) ベルク(Alban Berg 1885-1935) ピアノ・ソナタ op.1 4) ヒンデミット(Paul Hindemith 1895-1963) ピアノ・ソナタ 第3番 変ロ調 5) アドルノ=ヴィーゼングルント(Theodor Adorno-Wiesengrund 1903-1969) 3つのピアノ小品 2002年の録音。 ちなみにエルンスト・トッホはオーストリアの、テオドール・アドルノ=ヴィーゼングルントはドイツの作曲家であるが、いずれも医学あるいは哲学といったジャンルで活躍した知識人でもある。 当盤に収録された楽曲は、いずれも調性からの乖離、離脱を試みたもので、そこにロマン派的な和声の残り香を漂わしながらも、いかにその古典的な調性の呪縛から逃れるかについて、模索した作品といって良い。ちなみに、収録された5作品を作曲年代順に並べると、ベルク(1907/08)、シェーンベルク(1911)、アドルノ=ヴィーゼングルント(1927一部1945)、ヒンデミット(1936)、トッホ(1946)となり、後年の作品に前年の作品の影響のようなものは感じ取れる。例えば、トッホの作品における分散体積型の主題とそれに基づく変奏はベルクを思わせるところがある。 クローネンベルクの演奏がなかなか突き抜けたスタイルで面白い。というのは、前述のように、これらの作品は、全音音階、あるいは無調というテーゼにいかに従い、古典的な調性から離脱するか、という模索があるのであるが、彼のピアノは、むしろこれらの作品が、調性から「すっかり切り離されたもの」として、完全な分離を感じさせる世界観を築いているからである。クローネンベルクは、ペダリングを極力抑制し、単音の一つ一つを研ぎ澄ましたタッチで繰り出しており、そこでは、音楽のパーツとして構成される音符は、他の音との和声的な関連性からすっかり切り離されたものとして扱われる。その結果、そこには安定した秩序があって、「理」で支配された世界が描かれる。 ヒンデミットのピアノ・ソナタ第3番は、一つ一つの楽章が性格的で、彼の書いたピアノ曲の中では、「ルードゥス・トナリス」とともに傑作として知られる。この曲は前述の無調の世界とはやや色合いを異にし、和声的な音の関連性が強く残っているのだけれど、ここでもクローネンベルクは前述の彼の方法論を押し通す。そこには、グールド(Glenn Gould 1932-1982)を彷彿とさせる部分が多い。 私は、これらのクローネンベルクの演奏を聴いて、その「徹底ぶり」にずいぶん感銘を受けた。しかし、その一方で、これらの作品では、例えばベルク、そしてヒンデミットでは、どこか古典的な和声の残り香がもっと立ち現れてもいいのではと思う瞬間も、往々にして訪れた。そのあたりは、聴く人の感性、あるいは、これらの楽曲に何を求めるかによって違ってくるだろう。そのへんのクローネンベルクがあえて「無視した」ツボを押さえた演奏ということであれば、ベルクであれば、ヴァーリョン・デーネシュ(Varjon Denes 1968-)盤、ヒンデミットであればエンリコ・パーチェ(Enrico Pace 1967-)盤(ダウンロードのみ)の録音がるので、聴き比べてみると、その違いは明瞭であろう。 |
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3つのピアノ曲 6つの小さなピアノ曲 5つのピアノ曲 組曲 ピアノ曲 op.33a,b 3つのピアノ曲 (1894) p: ボファール レビュー日:2021.2.19 |
★★★★★ 抜群のクオリティーの高さを感じさせるシェーンベルクのピアノ独奏曲集
フランスのピアニスト、フローラン・ボファール(Florent Boffard 1964-)によるシェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) 3つのピアノ曲 op.11 2) 6つの小さなピアノ曲 op.19 3) 5つのピアノ曲 op.23 4) 組曲 op.25 5) ピアノ曲 op.33a,b 6) 3つのピアノ曲 (1894) 2012年の録音。 また、当アイテムには、DVDが附属しており、ボファールがたびたびピアノを弾いたり、スコアを参照したりしながら、シェーンベルクの作品について語っている。 演奏自体、とても優れたものだと思うが、私個人的に、このDVDに収録された映像特典はとても面白かった。ボファールはフランス語で語っているが、英語字幕が用意されていて、比較的平易な英語で読めるのがありがたい。その映像作品の中で、ボファールは、シェーンベルクが十二音技法を編み出す過程で生み出されたピアノ曲たちが、どのような構造をもち、どのような過去の大家たちの影響を内包しているのか、時に具体例を挙げながら示している。組曲におけるバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)のアナグラムを思わせる音型と、その舞曲様式の影響、5つのピアノ曲における印象派的な音色、さらに、ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)やリスト(Franz Liszt 1811-1886)の作品と共通する隠れたフレーズの指摘。これらが非常に興味深い解釈で語られる。また、シェーンベルクのピアノ独奏曲が、いくつかのパーツが同時に進行することで生み出すまったく新しい美観を持っていたことや、シェーンベルク自身の自画像に関するボファールの所感なども述べられていて、このアイテムの付加価値というにとどまらない内容となっている。 と、それだけで、十分に魅力的なアルバムなのであるが、演奏自体も素晴らしい。正確な音価と、前述の背景を踏まえた細やかな強弱の配慮が行き届き、全般に明晰でありながら、不思議な情感が漂っている。もちろん、聴いていて分かりやすい音楽ではないし、そもそも作品が苦手という人には勧められないが、録音の品質も含めて、古今含めた当該曲集の録音として最高の部類に属するものであることは、ほぼ間違いないだろう。 なお、末尾に珍しいシェーンベルクの初期作品が含まれている。こちらはロマン派の風情をたたえた佳品であり、ボファールの丁寧なピアノで聴けることはありがたい。 |
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月に憑かれたピエロ(ピエロ・リュネール) モノドラマ「期待」 シノーポリ指揮 ドレスデン国立管弦楽団 S: マーク p: ルケシーニ vo: カステラーニ レビュー日:2007.7.22 |
★★★★☆ 12音技法の象徴的作品を的確に表現
アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951)は無調、いわゆる12音技法の創始により現代音楽と呼ばれる音楽の流れに大きな方向を示した偉人である。とともに後期ロマン派の終焉を加速させた張本人でもあり、功罪両面あり、といったところだろうか。後期ロマン派の面影を残す初期作品から「4度和音」の多用を経て、無調(アトナール)に至るわけで、その無調音楽の象徴的作品が「月に憑かれたピエロ」(1912年作)である。また合わせて本盤に収録されたモノドラマ「期待」(1909年作)も同じ音楽理論から構成された劇音楽である。 「月に憑かれたピエロ」は歌曲に分類される。ジロー(A. Giraud 1860-1929)の詩によりハルトレーベン(Hartleben)が作詞した。21曲からなり、伴奏は小編成の室内管弦楽により行われる。 一種の「冷たさ」を表現するのに適した12音技法であるため、演奏は精度により評価される面が大きくなると思うがシェーンベルクを得意としているシノーポリの統率はさすがで信頼感がある。楽器のバランスがよく、ピアノとクラリネットの音色がよく生きている。 個人的に、声楽はもっと感情をセーヴしたものが好きであり、カステラーニの情動の激しい歌いぶりは、やや滑稽さを伴っていて、それはこの曲の解釈としては正解なのだと思うけれど、もっと違う方法論のものも期待したいと思う。 とはいえ、モノドラマ「期待」と合わせて、きわめて密度の高い演奏は、「成功」と呼ぶのにためらわない出来栄えとなっています。 |