スカルラッティ
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ソナタ集(K.1 K3 K8 K.9 K.11 K.17 K.25 K.27 K.29 K.87 K.96 K.113 K.141 K.146 K.173 K.213 K.214 K.259 K.268 K.283 K.284 K.380 K.386 K.387 K.404 K.443 K.519 K.520 K.523) p: プレトニョフ レビュー日:2004.2.28 |
★★★★☆ プレトニョフによるスカルラッティのソナタ集
この時代にあって鍵盤楽器にその創作意欲のほとんどを注ぎ込んだスカルラッティはナゾの人物である。まず、定まった肖像画が存在しないし、なにゆえこれほど膨大な作品を遺せたのか?本当に一人で作曲したのか?など決着の着かない話題だ。 美しい部分もあるが、ルーチンで凡庸な部分もある。 このプレトニョフ盤は2枚のCDに主要なソナタを収録したものだが、何曲かはともかく次にどの曲に指折るかは人それぞれであり、ベストというわけでもないが一応定番曲は手広く収録している。 スカルラッティの作品を知るのに、まじめなアプローチの端正な演奏であり、まずは十全な内容といえる。 |
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ソナタ集(K.3 K.8 K.9 K.29 K.32 K.43 K.64 K.72 K.132 K.141 K.208 K.239 K.380 K.420 K.430 K.472 K.481 K.514) p: タロー レビュー日:2013.4.26 |
★★★★★ スカルラッティのソナタの魅力を存分に伝えてくれる素敵なアルバム
フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)によるドメニコ・スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685-1757)のピアノソナタ集。2010年録音。収録曲は以下の通り。 1) ソナタ K.239 ヘ短調 2) ソナタ K.208 イ長調 3) ソナタ K.72 ハ長調 4) ソナタ K.8 ト短調 5) ソナタ K.29 ニ長調 6) ソナタ K.132 ハ長調 7) ソナタ K.430 ニ長調 8) ソナタ K.420 ハ長調 9) ソナタ K.481 ヘ短調 10) ソナタ K.514 ハ長調 11) ソナタ K.64 ニ短調 12) ソナタ K.32 ニ短調 13) ソナタ K.141 ニ短調 14) ソナタ K.472 変ロ長調 15) ソナタ K.3 イ短調 16) ソナタ K.380 ホ長調 17) ソナタ K.431 ト長調 18) ソナタ K.9 ニ短調 イタリアのバロック期の作曲家であるスカルラッティのソナタというのは、クラシック音楽フアンにとっても少々手ごわいジャンルである。まず、立ちふさがるのは「量」の問題である。現在スコアのあるスカルラッティのソナタは実に555曲もある。この“555”という数字自体が妙に覚えやすいのが滑稽だが、とにかく膨大な数であり、そのため、一つ一つの楽曲の個性や性格を把握するというのが難しく、ちょっと覚えることが出来たとしても、いったんCDをラックに収納してしまえば、いつのまにか「あれはどの曲だったかな?」となって思い出せなくなる。1曲1曲の規模が小さいことがこの傾向に輪をかけるし、555曲もあるから、同じ調性の曲だっていっぱいあるのだ。 だから、ピアニストがスカルラッティのソナタ集を出したとしても、そこに並んだ収録曲を見て、何かお目当ての曲があるぞ、みたいに思える人は、かなりの人である。ちなみに、私もふだんはK.1、K9、K.27くらいしかわからない。 それで、このアルバムでアルバムであるが、この選曲というのは、良くわからないけど、結構個性的な気がする。比較的有名なK.1とK.27が入っていないのが、その傾向を強くしていると思う。しかし、このディスクを聴いていると、「それでもなかなかいいぞ」、という気分にさせてくれる。タローはクープラン(Francois Couperin 1668-1733)やラモー(Jean-Philippe Rameau 1683-1764)といったスカルラッティと同時代の作曲家たちの鍵盤作品もモダン・ピアノで素晴らしく演奏したし、この時代の鍵盤作品の響かせ方に関して、相当卓越した手腕を持っているように思う。 ちょっと、とっかかり易くするため、いくつか曲のイメージを書くと、13)K.141のニ短調はちょっとトッカータを思わせる雰囲気が面白い。同音連打の先鋭的雰囲気を宿す。16)K.380のホ長調は典雅で自由な3拍子で、中間音の抜けた和音を軸に使って、面白い進行を示す。小ネタでは17)K.431はわずか16小節で、(当盤の演奏時間は0分44秒)ひょっとしたら世界最小の「ソナタ」かもしれない(ソナタの定義が時代によって変わってしまうのだが)。 さてタローの輝かしいタッチで奏でられたスカルラッティは多分に魅力的で、私は、この盤を通じて、いろいろな曲の魅力が存分に伝わってきたように思う。ここでは、当盤を通じて、スカルラッティに親しむための、私のオススメの「聴き順」を紹介しよう。 まず12)ニ短調からスタート。もの憂げなメロディーで、どこか暖かみをともなう切なさが、情緒的に聴き手の気持ちを捉える。次いで13)ニ短調を続けよう。同じ調性ながら一転して劇的。同音連打のアクセントで、スカルラッティの情熱に触れる。今度は16)ホ長調。ちょっとメンデルスゾーンを思わせる。中間の抜けた和音は、狩りのラッパを思わせて描写的親しみやすさがある。今度は1)ヘ短調。音色の交錯により、ちょっとした情緒を細かく描写していくような素早さが魅力。5)のニ長調へ進もう。無窮動を思わせる華やかさと細やかさがスピーディーに展開する心地よさ。ここまで来たら、あとは通して聴いてみましょう! というわけで、代表曲K27がないにも関わらず、スカルラッティのソナタの世界を存分に楽しんで回れるタローの素敵なアルバムでした。 |
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ソナタ集(K.9 K.12 K.29 K.32 K.56 K.69 K.99 K.119 K.125 K.141 K.159 K.208 K.213 K.318 K.373 K.417 K.425 K.479) p: スドビン レビュー日:2017.3.28 |
★★★★★ これが現代のスカルラッティ!
エフゲニー・スドビン(Yevgeny Sudin 1980-)によるD.スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685-1757)の鍵盤楽器のための集。2014年から15年にかけて録音された18曲が収録されている。スドビンはBISレーベルからのデビュー盤となる2004年録音のアルバムがやはりスカルラッティの作品集であったため、それから10年を経たマイルストーン的アルバムとして、再びスカルラッティに取り組んだように感じる。収録曲は以下の通りである。(参考までにKirkpatrick番号のほか、Pestelli番号、Longo番号を併記する。) 1) ソナタ ニ短調 K.417 / L.462 / P.40 2) ソナタ イ長調 K.208 / L.238 / P.315 3) ソナタ ハ長調 K.159 /L.104 / P.418 4) ソナタ ハ短調 K.56 / L.356 / P.50 5) ソナタ ニ短調 K.213 / L.108 / P.288 6) ソナタ ト長調 K.125 / L.487 / P.152 7) ソナタ ト短調 K.373 / L.98 / P.158 8) ソナタ ニ長調 K.119 / L.415 / P.217 9) ソナタ ヘ短調 K.69 / L.382 / P.42 10) ソナタ ト長調 K.425 / L.333 / P.426 11) ソナタ ニ長調 K.29 / L.461 / P.85 12) ソナタ ハ短調 K.99 / L.317 / P.135 13) ソナタ ト短調 K.12 / L.489 / P.68 14) ソナタ ニ長調 K.479 / L.S16 / P.380 15) ソナタ ニ短調 K.9 / L.413 / P.65 16) ソナタ 嬰ヘ長調 K.318 / L.31 / P.302 17) ソナタ ニ短調 K.141 / L.422 / P.271 18) ソナタ ニ短調 K.32 / L.423 / P.14 「節目」でスカルラッティの作品を取り上げるスドビンにとって、この作曲家の作品は特別なものであるに違いない。そして、私は当盤を聴いて、その感を一層強めた。個性的で、しかし尽きない魅力に満ち溢れた演奏である。スドビンのタッチは、ダイナミックの幅が大きく、色彩豊かで、レガート奏法を存分に取り入れ、かつフレーズを巧みに扱ったもの。その結果、楽曲は時にベートーヴェンやロマン派を思わせるような濃厚な味わいに溢れる。それは、これらの曲が書かれた当時からは考えられないような演奏効果であるかもしれない。しかし、いや、だからこそこの演奏は魅力的なのである。 私はここで吉田秀和(1913-2012)氏の言葉を引用したい。「シューベルトが自分で自分の曲をひいた時、そのピアノがどんな音を出したか。かつてはデームスなどがひいてみせたフォルテピアノの音、あるいはつい数か月前にもデーラーの演奏で後期のソナタや舞曲集の入ったCDできかれた音で判断すると、これはあんまり楽しい音ではない。特に低音が、なんというか、ザラザラした騒音的効果をもって響いてくる。私たちがシューベルトの音としてイメージしているのは、もしかしたら、私たちの空想でしかないのかもしれない。だが、現代のスタインウェイのグランドピアノでひいても、シューベルトと、たとえばショパン、あるいはベートーヴェンとでは違う音が出るべきなのである。逆にまた、シューベルトはフォルテピアノでひけばよい、というものでもあるまい。」・・引用文は、シューベルトを中心に語ったものだが、一般論として書かれたものであり、当然のようにスカルラッティでも該当すること。現代の楽器で弾かれるスカルラッティは、「違う音」によって、現代の聴き手に届けられるべきなのである。 そのような意味で、当盤は、まさに現代のピアノの能力を最大限駆使した、雄弁なスカルラッティなのである。 アルバムはニ短調のK.417で開始される。珍しいフーガ様式の作品であるが、スドビンは装飾やダイナミクスの変化を越えた深いニュアンスを紡ぎだす。そして、当盤には10曲もの短調の曲が収録されているのだが、その構成によってもたらされる劇性が、冒頭曲で端的に示されていることも見逃せない。次いで比較的有名なイ長調K.208。ここでは従来抒情的な楽曲であるにもかかわらず、左手の伴奏が突如強い主張を始めにわかに旋律との鮮やかな交錯が開始される。今まで体験しなかった聴き味がもたらされる。 3) ハ長調 K.159は冒頭からペダルの効果を用いたロマンが薫る。装飾音の効果も高い。5) ニ短調 K.213はルバート奏法、敏感な速度変化の多様性が見事。7) ト短調 K.373、8) ニ長調 K.119ともにピアノならではの対比感を力強く描き出したもの。9) ヘ短調 K.69は緊張感を孕んだ音楽として見事に消化される。10) ト長調 K.425は「落着き」ではなく、あきらかに「変化」と「動き」を主眼に置いたもの。活力あふれるピアニズムが楽しい。 12) ハ短調 K.99も強く印象に残る。モノローグのような旋律に多彩な憂いと時間による変化を描きこんだスドビンの手腕が冴える。15) ニ短調 K.9 は有名な曲だが、ここではスドビンは軽やかさを見せる。17) ニ短調 K.141 もいわゆる協奏曲様式的で聴き映えのする有名曲だが、スドビンの劇的なアプローチは圧巻と言っていいだろう。そしてこのアルバムは、内向的な18) ニ短調 K.32で内側に沈むように締めくくられる。 1曲1曲の規模は小さいのだが、スドビンの雄弁で情感豊かアプローチによって、それぞれの曲のカラーが明確に打ち出された仕上がりとなっている。実に楽しい。スカルラッティを様々に聴いたり、あるいは弾いたりしたことのある人ほど、当盤から受ける印象は強いものとなるのではないだろうか。私は間違いなく当盤が現代を代表するスカルラッティの録音であると確信している。 なお、スドビンは各曲の印象(聞こえてくるもの、イメージするもの)を書いていて、「教会の鐘の音と銃声」(K119)、「通りを過ぎる風の音」(K479)、「地平線の向こうから聞こえてくるトランペット」(K159))、「ヘッド・スピニング・ダンス」(K425)、「地中海の夕暮れ」(K99)のようなコメントがあるのも、楽しいです。 |