サティ
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サティ 3つのジムノペティ 6つのグノシェンヌ 6つの冷たい小品 スポーツと気晴らし(ナウモフによるファゴットとピアノ版) fg: マーキーズ p: ナウモフ レビュー日:2019.3.19 |
★★★★★ 楽器と楽曲の絶妙の相性。ファゴットとサティ作品の幸福な出会い
アメリカのファゴット奏者、キャサリン・マーキーズ(Catherine Marchese 1961-)と、ブルガリアのピアニスト、エミール・ナウモフ(Emile Naoumoff 1962-)による、サティ(Erik Satie 1866-1925)のピアノ独奏曲を「ファゴットとピアノのため」に編曲して演奏したアルバム。収録曲は以下の通り。 1) 3つのジムノペディ 2) 6つのグノシェンヌ 3) 6つの冷たい小品 4) スポーツと気晴らし 「スポーツと気晴らし」では、フランスの作家で、ラジオのパーソナリティーなども務めるフィリップ・メイエール(Philippe Meyer 1958-)のナレーションが加わる。録音年は不詳ながら、ウェブサイト上の情報などから、1997~98年頃であろう。 当盤に収録された曲たち、当然のことながら、本来はファゴットで奏される曲ではない。ピアノ独奏曲である。しかし、当盤を聴いて驚かされるのは、ファゴットという楽器と、サティの世界観の相性が抜群に良いことである。当録音を聴いていると、これらの曲は、ファゴットで奏されてこそ、本来の魅力を発揮するのではないか、と思ってしまうほど。 ファゴットの音色、そのどこか物憂げでありながら、低音域をしっかりコントロールした音色は、サティの音楽が持っている環境音楽的な旋律を、巧妙に描き出す。陰影がくっきりとありながら、そのどこかゆとりを感じさせる間合いが、とても美しく心地の良い音場を作る。ナウモフの、こちらも明瞭な輪郭をもちながら、内省的なものを感じさせる抜群のピアノに支えられて、マーキーズが繰り広げるファゴットの妙は、まぎれもなくサティの世界そのものといって良い。 クラシック音楽の世界に数多くの名曲があるが、ファゴットを主役にした楽曲というのは少ない。私がすぐに思いつくのはヴィヴァルディの協奏曲くらいで、他の作品となると、かなりマニアックなものと言って良いだろう。ことにファゴットに焦点をあてた室内楽となると、まったく思いつかないくらいなのだけれど、そのファゴットとピアノという音世界に、これほどまでにフィットする楽曲があり、それがサティだったというのは、当盤を聴くまで思いつきもしなかった。 逆に言うと、当アルバムの着眼点は、それほど秀逸なものだったと言うことになる。ジムノペティ、グノシェンヌの中空を漂うような旋律は、ファゴットによって、どこか心地よい気だるさをともなって響く。音域的な制約が特に不利に感じられないのは、サティの旋律自体が、劇的なものから距離を置いているからだ。ダイナミックレンジも広くある必要はない。むしろその制約を感じさせない自然さが、これらの曲に似つかわしい。 また、ファゴットという楽器ならではのどこかユーモアを感じさせる響きも、サティにぴったり。「スポーツと気晴らし」における「タンゴ」の独特の雰囲気は、馴染んでしまうとなかなか抜け出せない。永遠に繰り返されるダルセーニョに相応しい。 |
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サティ 3つのジムノペディ 6つのグノシエンヌ 太った木の人形のスケッチとからかい 貧者の夢想 愛撫 あなたが欲しい(ジュ・トゥ・ヴ) サラバンド第3番 吉松隆 プレイアデス舞曲集Ⅰ-Ⅶから抜粋(「水によせる間奏曲」 「過去形のロマンス」 「さりげない前奏曲」 「球形のロマンス」 「夕暮れのアラベスク」 「小さな春への前奏曲」 「けだるい夏へのロマンス」 「秋の舟唄」 「冬のパストラル」 「鳥のいる間奏曲」 「間奏曲の記憶」 「途切れた淡い前奏曲」 「遠い夢のロマンス」 「真夜中のノエル」 「静止した夢のパヴァーヌ」) p: ロジェ レビュー日:2009.3.2 |
★★★★★ ロジェのピアニズムと感性を堪能できる注目盤
フランスのベテラン・ピアニスト、パスカル・ロジェによる何とも瀟洒なアルバムだ。「Crystal Dream」とのタイトルで、サティと吉松隆のピアノ・ソロ曲を集めている。曲の配列がまた一興である。サティのジムノペティでも1番、2番、3番と順に収録しているわけではなく、それどころか、吉松の作品とほぼ交互に配列されている。この順番もロジェが考案したものだとか。トータルの収録は73分超。ジャケットデザインもイージー・リスニング風だ。 ロジェは透明感のあるピアニズムがことに印象的なピアニストで、例えばデュトワと録音したラヴェルのピアノ協奏曲集は、オーケストラのライトな響きと、見事な録音によって、現代的な色彩感に満ちたもので、私の愛聴盤になっている。当盤でのロジェのピアノもまったく同様な美観に満ちている。 録音は、レーベルがエクストンになったこともあり、ピアノがぐっと近いような印象であるが、ホールトーンも適度にキープされていて、まずは良好。冒頭のジムノペティ第1番から落ち着いた足取りで、かつしなやかなで透明な音色が繰り広げられる。これほど静物画的なサティも、実はなかなか聴けないものである。また、ちょっとおどけた様な曲でも、ロジェの音色は高貴な佇まいを示す。吉松のピアノ作品を私は始めて聴いた。プレイアデス舞曲集からの抜粋ということだが、サティのように曲毎の個性があるわけではない。しかし、たいへん正直な感じの曲たちで、坂本龍一や加古隆のピアノ曲のように映像や環境を補完することで一層引き立つような雰囲気の曲たちだ。もちろんただ聴いても悪くはないし、ロジェのようなピアニストに奏でられることによって、これらの曲たちの魅力も倍加しているように思われることは、このアルバムの大きな成果と言っていいだろう。 |
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6つのグノシェンヌ 舞踏への小序曲 ジムノペディ第1番 本当にぶよぶよした前奏曲 嫌らしい気取り屋の三つのワルツ 他 p: タロー ル・サージュ vo: ジュリエット vn: ファウスト T: ドゥルスクルーズ tp: ゲリエ レビュー日:2015.6.15 |
★★★★★ サティの芸術を鮮やかに伝えた名録音
フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)によるサティ(Erik Satie 1866-1925)の作品を集めた2枚組アルバム。1枚目にはピアノ独奏曲、2枚目には様々なデュオ曲を収録するというスタイル。2008年の録音。まずは収録内容の詳細を書こう。 【CD1】 1) グノシェンヌ 第1番 2) 舞踏への小序曲 3) ジムノペディ 第1番 4) 本当にぶよぶよした前奏曲 5) グノシェンヌ 第2番 6) 嫌らしい気取り屋の三つのワルツ 7) グノシェンヌ 第3番 8) ピカデリー 9) 自動記述法 10) グノシェンヌ 第4番 11) 操り人形は踊っている 12) メドゥーサの罠(プリペアードピアノのための) 13) 冷たい小品 14) 最後から2番目の思想 15) いくぶん生き生きと(モンマルトルのエスキースとスケッチより) 16) 乾からびた胎児 17) グノシェンヌ 第5番 18) ワルツ−バレエ 19) 世紀ごとの時間と瞬間的な時間 20) ばら十字団の最初の思想 21) 金の粉 22) グノシェンヌ 第6番 【CD2】 1) 梨の形をした3つの小品(1台4手のための) 2) ジュ・トゥ・ヴ 3) お医者さんのところで 4) 僕には友達がいた 5) エンパイア劇場のプリ・マドンナ 6) 風変わりな美女(1台4手による) 7) 右や左に見えるもの 8) シネマ 〜ミヨー(Darius Milhaud 1892-1974)編曲による1台4手版 9) ダフェネオ 10) リュディオン(潜水人形) 11) 再発見された像(C管トランペットとピアノのための嬉遊曲) 12) シテール島への船出 13) いいとも、ショショット 【CD2】の共演者は、1,6,8)のピアノがエリック・ル・サージュ(Eric Le Sage 1964-)、2)-6)のヴォーカルがジュリエット・ヌルディーヌ(Juliett e Noureddine 1962-)、7,12)のヴァイオリンがイザベル・ファウスト(Isabelle Faust 1972-)、9,10,13)のテノールがジャン・ドゥルスクルーズ(Jean Delescluse)、11)のトランペットがダヴィッド・ゲリエ(David Guerrier 1984-)。 共演者の中には、私が当盤で初めて聴いた奏者もいるのだけれど、いずれも楽曲のエスプリによく合った、実に巧妙な音楽性を持った人たち。 サティの音楽には、様々な要素がある。遊び心、皮肉、高尚、メランコリーなどが、独特のブレンドで楽曲に盛り込まれている。楽曲自体の規模は小さいことがたいていで、そのため、前述の要素が、かなり明瞭な形で立ち現れる。 タローのピアノは、明快で、強弱の対比が豊かだ。音響の強さとともに、引き締まった外形が、その音楽を特徴づけている。タローが奏でるサティは、明暗がくっきりしていて、輪郭がはっきりしている。その音から私はラテンの気配を強く感じる。実は、この特徴は、かつてサティ弾きとして一世を風靡したチッコリーニ(Aldo Ciccolini 1925-2015)にも共通するものだ。強い日差しの中で、どこかから忍び寄る憂鬱。そういったものまで描き切ったサティというのは、実はそれほど多くない。タローは、チッコリーニが築き上げたサティ的な演奏を、より現代的なスピード感を加えて、とても快活に仕立て上げる。とても充実したサティを聴く思いがする。 共演者たちも多彩な魅力を持つ。特に「ジュリエット」の名でヴォーカリストとして活躍しているジュリエット・ヌルディーヌによるいかにも多芸で様々な声色、表情を交錯させた歌唱は、サティの音楽を抜群に息づかせる。有名な「ジュ・トゥ・ヴ」も、なるほど、こういう曲だったのか、という感興を、改めて引き起こされる。 もう一人の歌い手、ドゥルスクルーズもうまい。特に最後の1曲が面白い。最後の仕掛けは、この洒脱なアルバムに最高の締めくくりを与えているだろう。トランペットのゲリエは1曲だけの登場であるが、素晴らしい存在感だ。これ1曲だけで終わってしまうのがもったいないが、そのもったいなさも含めて、良いアルバム構成になっていると思う。 名手ファウストとル・サージュの芸術の素晴らしさも言わずもがな。これ一つでサティの芸術がとてもよく聴き手に伝わってくる。サティのエスプリとは何なのかに、演奏で見事な回答を示してくれたアルバムだ。最近のサティの録音の中でも出色のものといっていいだろう。 |