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サン=サーンス



交響曲

サンサーンス 交響曲 第3番「オルガン付」  メシアン キリストの昇天(管弦楽のための4つの交響的瞑想)
チョン・ミュンフン指揮 パリ・バスティーユ管弦楽団 org: マーサス

レビュー日:2005.5.4
★★★★★ テーマは「神秘的な美しさ」かな?
 チョン・ミュンフンとパリ・バスティーユ管弦楽団の相性の良さを示す好録音。
 サンサーンスではオルガンの音色が的確に聞こえる他、全体的なリズミックな処理が抜群で心地よい。特に第1楽章後半の祈りにも似た美しさは絶品といえる。
 メシアンの「キリストの昇天」がカップリングされているが、チョン・ミュンフンは生前のメシアンの前でトゥーランガリラ交響曲を演奏し、お墨付きをもらっているほどの音楽家であることがよく伝わる。このメシアンの作品は交響的瞑想と銘打たれており、筆者がメシアンの作品でも最も愛好するもので、ロマンティックな作品だ。作品は4つの部分にはそれぞれ「みずから栄光を父なる神に求めるキリストの威厳」「天国を希求する魂の清らかなアレルヤ」「トランペットによるアレルヤ、シンバルによるアレルヤ」「父のみもとへ帰るキリストの祈り」とタイトルがついている。
 「天国を希求する魂の清らかなアレルヤ」の終結部、風鳴りのような魂の声が彼岸からたしかに聞こえてくる!(もちろん弦の特徴的な奏法によるものです)。これは浄化を感じさせる美しさに満ちており、オーケストラサウンドとしても絶品の聴きどころ。また「トランペットによるアレルヤ、シンバルによるアレルヤ」では後半から一種のタランテラのような興味深い感興がある。

交響曲 第3番「オルガン付」 組曲「動物の謝肉祭」
パッパーノ指揮 ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団 org: ロッシ p: アルゲリッチ パッパーノ vn: パラゾッティ ミーナ va: マロッズィ vc: ジェミニアーニ Cb: ランズィロッタ fl: タンポーニ cl: ノヴェッリ perc: ブガリーニ ジャキーノ

レビュー日:2017.10.24
★★★★☆ 極彩色の面白さはあるが、完成度の点で同内容のデュトワ盤を上回らず
 アントニオ・パッパーノ(Antonio Pappano)指揮、ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団の演奏で、サン=サーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)の代表作として知られる以下の2曲を収録。
1) 交響曲 第3番 ハ短調 op.78「オルガン付き」
2) 組曲「動物の謝肉祭」
 1)のオルガンはダニエル・ロッシ(Daniele Rossi)。
 2)はパッパーノとマルタ・アルゲリッチ(Martha Argerich)がピアノを務めるとともに、以下に示すローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団が各器楽奏者を務める。
 ヴァイオリン: カルロ・マリア・パラゾッティ(Carlo Maria Parazzoli)、アルベルト・ミーナ(Alberto Mina)
 ヴィオラ: ラッファエレ・マロッズィ(Raffaele Mallozzi)
 チェロ: ガブリエレ・ジェミニアーニ(Gabriele Geminiani)
 コントラバス: リベロ・ランズィロッタ(Libero Lanzilotta)
 フルート、ピッコロ: カルロ・タンポーニ(Carlo Tamponi)
 クラリネット: ステファーノ・ノヴェッリ(Stefano Novelli)
 パーカッション: マルコ・ブガリーニ(Marco Bugarini)、エドアルド・アルビーノ・ジャキーノ(Edoardo Albino Giachino)
 2016年のライヴ録音。
 サンサーンスのこれらの楽曲は、旋律の馴染み易さで広く親しまれている一方で、通俗的なところが多々あって、クラシック音楽フアンの間でも避ける人が多いかもしれない。実は、私もなかなか聴くことがない。それでも、かつてこの2曲を収録したアルバムで親しんだものがあった。それは、デュトワ(Charles Dutoit 1936-)がモントリオール交響楽団を指揮して1980,82年に録音したもので、オルガンにピーター・ハーフォード(Peter Hurford 1930-)、「動物の謝肉祭」ではパスカル・ロジェ(Pascal Roge 1951-)とオルティス(Cristina Ortiz 1950-)という名ピアニストを迎えたもので、更に交響詩「死の舞踏」まで加わった一枚で、私はその透明で瑞々しい響きに、それまでこれらの楽曲にごちゃごちゃと施されてきた装飾が見事に洗練され、リフレッシュされあ抜群の快感を味わいながら接したのである。
 当録音がリリースされて、そのデュトワの名録音を思い出し、パッパーノだったらどうなるのだろう?という興味が喚起されて聴いてみた。
 結果は、やはりというか、パッパーノはかなり細やかなアヤを交えて、全体的な起伏を作り上げ、色彩豊かな装飾性を施すことを一切てらわないような演奏といった感じだった。
 交響曲第1楽章の第1部から、繰り返されるメロディに、意味を与えるべく装飾を施し、様々な感情的な発露を踏まえて進めていく。管弦楽は手際よくそれに応え、進んでいく。確かに味わいは濃厚ではあるが、この曲の場合、それがやや胃もたれに繋がるところもあり、一過性のライヴならいいが、メディアとして何度か聴くと、私には「重さ」を感じてしまうところがある。第1楽章の第2部は、比較的どの演奏でも似たような感じになるだろう。第2楽章の第1部も、まあそうなのだが、ここではオーケストラの揃った響きが見事であり、彫像性のある響きと形容したらよいだろうか。第2楽章第2部のオルガンの壮麗な和音から、楽曲は華やかに盛り上がり、豊麗なフィナーレに向かって進んでいくが、ここでもパッパーノは様々な強弱の対比等を用いて、奥行きを出そうと努めており、その成果も上がっているだろう。
 「動物の謝肉祭」は、旋律の通俗性はおいておいて、「演奏者が演奏を楽しむ」ことをストレートにやってみました、というあんばい。即興性に富んだ変化が豊かで、「いかにも」という超積極的な至芸に満ちている。第11曲の「ピアニスト」のわざとの下手ぶりも、羽目を外した面白さが満喫される。これを楽しむ人であれば絶好の演奏といったところだろうか。
 しかし、トータルで私の感想をまとめると、何度か聴いてみたけれど、最終的には、「やっぱり、このような楽曲では、デュトワは抜群にうまかったな」ということを再確認した、ということになるでしょうか。もちろん、当録音も楽しいし、悪くないんだけど、楽曲のもつ通俗性を、あざとさなく浄化したデュトワの手腕の方が、どうしても良く思えてしまいます。36年前の録音であるのに、録音品質自体でもデュトワ盤の方があきらかに上回っていると感じられ、総じて星5つというわけには行きませんでした。


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協奏曲

ピアノ協奏曲 第1番 第2番 ウェディング・ケーキ(カプリース・ワルツ) アレグロ・アパッショナート オーベルニュ狂詩曲 幻想曲「アフリカ」
p: A.カントロフ J.カントロフ指揮 タピオラ・シンフォニエッタ

レビュー日:2022.4.26
★★★★★ サンサーンス作品の愉悦を、聴き手に存分に味わわせてくれるアルバム
 2019年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したフランスのピアニスト、アレクサンドル・カントロフ(Alexandre Kantorow 1997-)が、高名なヴァイオリニストであり指揮者でもある父、ジャン=ジャック・カントロフ(Jean-Jacques Kantorow 1945-)と協演して録音したサンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)のピアノと管弦楽のための作品集。収録曲は下記の通り。
1) ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 op.22
2) ウェディング・ケーキ(カプリース・ワルツ) op.76
3) アレグロ・アパッショナート 嬰ハ短調 op.70
4) ピアノ協奏曲 第1番 ニ長調 op.17
5) オーベルニュ狂詩曲 op.73
6) 幻想曲「アフリカ」 op.89
 オーケストラはタピオラ・シンフォニエッタ。
 1)は2021年、2,5)は2018年、3,4,6)は2020年の録音。ピアノ協奏曲の第3番~第5番を収録したアルバムは既出であり、当盤によってサンサーンスのピアノ協奏曲の全曲録音が完成したことになる。
 収録曲中もっとも有名なのは、ピアノ協奏曲第2番で、現在ではサンサーンスの代表作の一つとしての地位を占めている。この曲は、いきなりピアノ独奏のカデンツァで開始されるが、アレクサンドル・カントロフのピアノは、重厚な質感を持った光沢あるタッチで、冒頭から聴き手を音楽の世界に引き込んでくれる。エネルギーを溜めては放つという呼吸に重力感があり、その振幅が心地よい。踏み込みの大きいピアニズムは、浪漫的であり、ヴィルトゥオーゾらしく、サン・サーンスの楽曲によく合致する。オーケストラは透明感のある響きでこれをサポートしており、ソツがない。情感に訴えるパートでも、旋律の性質に沿った自然さがあるので、決してオーバーアクションにならないところも美点と思う。第2楽章の華やかさは、ピアノと管弦楽の繊細なやり取りが楽しく、第3楽章のスピーディーなイタリアふう舞曲は、あちこちに放散する音の華やかな散らばりが印象的。ピアノの技巧の冴えは流石だ。
 ウェディング・ケーキ(カプリース・ワルツ)、アレグロ・アパッショナートは、いずれも録音機会の多い作品ではないが、特にウェディング・ケーキは楽しい気分に満ちた作品で、いかにもサンサーンス的な外向性があるが、アレクサンドル・カントロフのピアノがビタリとはまるのは、当然といったところだろうか。
 ピアノ協奏曲第1番は循環形式を踏襲した作品。アレクサンドル・カントロフのピアノは、全体的な流れがすばらしくスムーズであり、その中で、適度な緩急をもつ自在性があって、ここでも抜群の順応性を示している。終楽章のオーケストラとの音の融合は、絶対的な美しさを存分に味わわせてくれるだろう。
 末尾に収録された幻想曲「アフリカ」は、ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」を彷彿とさせるもので、アラビア音楽風のエスニシティをサンサーンスなりの表現で音化した作品。これも録音の機会の多い作品ではないが、当盤のような優れた演奏で聴くと、結構楽しめると思う。
 サンサーンスの書いたピアノと管弦楽のための諸作品を集約し、録音時間なんと85分超の長時間収録版となっており、量的な面でもサービスの行き届いたアルバムとなっています。

サンサーンス ピアノ協奏曲 第2番 第5番「エジプト風」  フランク 交響的変奏曲
p: ティボーデ デュトワ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

レビュー日:2007.12.3
★★★★★ 圧巻のピアニズムが炸裂する最高の色彩感!
 ティボーデとデュトワによるサンサーンスとフランク。なんとも魅力的な組み合わせである。サンサーンスのピアノ協奏曲は、いまひとつメジャーなプログラムになれないが、この作曲家らしい華やかさや古典的わかりやすさ、それに魅力的な旋律が加わり、私の好きな楽曲である。古くはチッコリーニの名盤があり、最近ではハフの注目すべき録音があった。デュトワはロジェと78年から80年に録音した全集(これもいい演奏!)があり、このたびはティボーデと再録音したことになる。
 冒頭に収録された「第5番」は「エジプト風」の愛称にある通り、エスニックな雰囲気をもった親しみやすい作品。まずはティボーデのピアノの音色を心ゆくまで楽しめることができる。なんと色彩ゆたかなピアノ。本当に驚嘆してしまう。いつもながらこのピアニストはテクニックも万全だが、様々なペダリングの技法を繰り出して、微細な音のグラデーションを用い、マジカルな音楽へと昇華させてしまう。こういうのを「名人芸」というのだろう。第3楽章のリズム感も秀逸。
 収録順では間にフランクの「交響的変奏曲」が挿入されている。これもフランクならではの主題の変奏にティボーデによって色が与えられ、すばらしい効果が出ている。収録時間にして10分近くからはじまる物憂げに漂うはかない情緒は一度聴いたら忘れられない。
 そしてサンサーンスの協奏曲第2番。サンサーンスの最高傑作とも言われるこの作品でティボーデのピアニズムはまさしく快刀乱麻だ。特にタランテラ風の終楽章は圧巻中の圧巻で、壮絶なテクニックを惜しげもなく繰り出し凄まじい躍動感に満ちている。このアルバムに対して唯一何か言い含めるとしたら、まったく私の勝手な意見だけど、(スイス・ロマンドはよく健闘しているが)やっぱりモントリオール交響楽団と録音してほしかったな、と。デュトワがモントリオールを振った音は、何にも代えがたいものだから・・・

ピアノ協奏曲 第2番 第5番「エジプト風」 練習曲集から マズルカ 第3番 アレグロ・アパッショナート のんきなワルツ
p: シャマユ クリヴィヌ指揮 フランス国立管弦楽団

レビュー日:2018.10.4
★★★★★ 楽曲の魅力を輝かしく照らし出してくれるシャマユのサンサーンス
 ベルトラン・シャマユ(Berttand Chamayou 1981-)によるサン=サーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)のピアノ作品を集めたアルバム。収録曲は以下の通り。
1) ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 op.22
2) ピアノ協奏曲 第5番 ヘ長調 op.103 「エジプト風」
3) 6つの練習曲 第2集 op.111より 第4曲「ラス・パルマスの鐘」
4) 6つの練習曲 第1集 op.52 より 第6曲「ワルツの形式で」
5) マズルカ 第3番 ロ短調 op.66-3
6) 6つの練習曲 第2集 op.111より 第1曲 「長三度と短三度」
7) アレグロ・アパッショナート op.70
8) 6つの練習曲 第1集 op.52より 第2曲 「各指の独立のために」
9) のんきなワルツ 変ニ長調 op.110
 協奏曲は、エマヌエル・クリヴィヌ(Emmanuel Krivine 1947-)指揮、フランス国立管弦楽団との協演。2017年から18年にかけてスタジオ収録されたもの。
 シャマユはすでに現在を代表するピアニストの一人として評価も定着した存在であるが、このたびは初めてのサンサーンスの録音、しかも、あまりなじみのない独奏曲も含むラインナップということで、なかなか気になるアルバムである。
 サンサーンスの楽曲は、馴染みやすい主題、言葉を換えれば通俗的な主題を、保守的な作法で音響構築したもので、安定した馴染みやすさがある一方で、芸術的な、いわゆる精神性と称されるような霊感が備わっていたり、深い感情表現があるとは感じにくいもので、むしろサロン的なたたずまいや、軽音楽に近いこまやかな機微といった点で、愉悦を感じさせるものだろう。しかし、ここで聴くシャマユのアプローチは、実に立派な、堂々たるもので、そのピアニズムで聴くことのできる新鮮味があってとても楽しい。
 協奏曲第2番はピアノの独奏(カデンツァ)から開始されるが、シャマユのピアノはこのカデンツァの不思議な生真面目を真正面からとらえたようなピアニズムであり、鮮明であるとともに、重量感に満ちていて、まるでリストか何かを聴いているようだ。荘厳ささえ感じる気配に沿いながらオーケストラが導入されるが、クリヴィヌもシャマユの論法に従った音造りで、なかなかに構えが大きい。それは、どこかドイツ音楽のような肌合いでもある。またこの曲の終楽章のタランテラでも、この雰囲気は踏襲され、ピアノ、管弦楽とも重心のしっかりした響きで推進を続ける迫力が聴きモノだ。その一方で第2楽章などでは、独奏者の瀟洒な遊び心もあって、楽しい。
 協奏曲第5番も、ラテン的な明るさとは一線を画したような真面目さがあって、たいへん真摯なサンサーンスと感じる。この楽曲は、サンサーンスが旅先のイメージを投影したとされる。特に第2楽章は「アラビア風」の音階が印象的な部分であるが、シャマユはときに倍音の効果を用いてその雰囲気を盛り上げるエンターテーメント精神を発揮し、幻想的な雰囲気を形作る。ちなみに、細かいことをいえば、一般に「アラビア風」と言われる音階をベースにした民俗音楽のルーツはほとんどトルコなので、「エジプト風」という楽曲のタイトルが、いかにも中央ヨーロッパからの旅人目線という気もするけれど、それも含めての幻想性ということであろう。この第2楽章冒頭で繰り返される弦のリズム音型のシャープなキレもなかなか見事である。第3楽章は、サンサーンスによれば、旅に出る船の印象だそうであるが、シャマユとクリヴィヌの演奏は、なるほど、蒸気船の駆動音のようなイメージが感じられるし、そこに期待、踊る心といったものの描写が合わさっているようで、こちらも楽しい。
 サンサーンスの独奏曲は私も聴く機会はほとんどない。ここに収められた何曲かは、かつて所有していたチッコリーニ(Aldo Ciccolini 1925-2015)のLPのB面に入っていたのを聴いたことがあったくらいで、当盤を聴いて、それから20年ぶりくらいの再会だったように思う。これらの曲も、楽曲それ自体が高い芸術的価値を持つとは言い難いが、シャマユの演奏はその旋律的、音響的な魅力を、精いっぱい豊かに伝えたもので、私も、なかなか楽しめるじゃないか、とサンサーンスの独奏曲の魅力を再発見できた感じ。シャマユの万全のテクニックで色彩豊かに描かれる楽曲たちは、サロン的な優雅さと楽しさに満たされているが、特にカナリア諸島で聞いた鐘の音に触発されたという「ラス・パルマスの鐘」は個性的な主張があり、聴く者の印象に残るだろう。

ピアノ協奏曲 第3番 第4番 第5番「エジプト風」
p: A.カントロフ J.カントロフ指揮 タピオラ・シンフォニエッタ

レビュー日:2022.4.27
★★★★★  フランスの新鋭、アレクサンドル・カントロフによる注目すべきサンサーンス
 2019年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したフランスのピアニスト、アレクサンドル・カントロフ(Alexandre Kantorow 1997-)が、高名なヴァイオリニストであり指揮者でもある父、ジャン=ジャック・カントロフ(Jean-Jacques Kantorow 1945-)と協演して録音したサンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)のピアノ協奏曲集。収録曲は下記の通り。
1) ピアノ協奏曲 第3番 変ホ長調 op.29
2) ピアノ協奏曲 第4番 ハ短調 op.44
3) ピアノ協奏曲 第5番 ヘ長調 op.103 「エジプト風」
 オーケストラは、タピオラ・シンフォニエッタ。
 80分を超える長時間収録盤である。
 1)は2018年、2,3)は2016年の録音ということで、いずれもアレクサンドル・カントロフがチャイコフスキー国際コンクールで優勝する前のものということになる。第4番と第5番を録音した時点では、まだ19才。しかし、素晴らしい演奏である。タッチは鮮明でありながら広いダイナミックレンジと豊かな色彩感を併せ持ち、鮮やかな緩急の施しには舌を巻く巧さがあるが、なにより全体的な演奏のなめらかさ、流れの良さが見事で、流麗さと饒舌さを併せ持つ、表現性に卓越した演奏だ。もちろんオーケストラの巧さも、成功へ大きな貢献を果たしている。
 第3番は、サンサーンスのピアノ協奏曲の中でも、特に地味な存在で、録音においても、当盤のように全集化の一環でなければ、ほとんど取り上げられることのない作品だと思うが、アレクサンドル・カントロフは、時におっと思うような重々しさを導き、楽曲に従来にない幅を感じさせてくれる。オーケストラのサウンドが澄んだ軽やかさを備えることで、より、そのコントラストがはっきりし、この楽曲に、目鼻立ちのくっきりした解釈をもたらしたと言っていいだろう。この楽曲の美しい一面を、よく知ることの出来る演奏だ。
 第4番は、音作りとしては保守的だけれども、各パーツの働きに、散漫なところのある楽曲だが、当盤の演奏は、敢えて弦の輝かしさをセーヴさせて、ピアノの親密な歌をクローズアップしたスタイルと感じられる。第2楽章では、ゆったりしたテンポでありながら、ルバートの抑揚で、間延び感が出ることを避け、叙情的な仕上がりに導いている。
 第5番は、近年では第2番とともに人気の高まってきた楽曲で、外向的な分かりやすさに満ちているが、アレクサンドル・カントロフのピアノは申し分のない躍動感に満ちていて、魅力いっぱいだ。エジプト風の由来となった第2楽章では、ジャン=ジャック・カントロフによる細かいニュアンスとアクセントを施されたオーケストラの快演とあいまって、開放的な気持ちの良い響きに満ちている。第3楽章のリズム感も楽しく、好ましい。
 いずれもサンサーンスのピアノ協奏曲として、理想的な演奏と感じた。この曲の全集としては、70年代にチッコリーニ(Aldo Ciccolini 1925-2015)とロジェ(Pascal Roge 1951-)にそれぞれ魅力的なものがあったが、その後しばらく、続くものがなく、2000年代に入ってから、ハフ(Stephen Hough 1961-)の知的名演と呼びたいものが登場した。当カントロフ盤は、投稿日現在では、全曲がリリースされており、私にとっては、チッコリーニ、ロジェ、ハフと並ぶ内容豊かな全集になった。

サンサーンス ヴァイオリン協奏曲 第3番  ヴィエニアフスキ ヴァイオリン協奏曲 第2番
vn: パールマン バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

レビュー日:2014.2.6
★★★★★ パールマンの如才ぶりが如何なく発揮された名盤
 イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman 1945-)のヴァイオリン、ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim 1942-)指揮、パリ管弦楽団の演奏による、以下の2つのロマン派の名ヴァイオリン協奏曲を収録したアルバム。1983年の録音。
1) サンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921) ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調 op.61
2) ヴィエニアフスキ(Henryk Wieniawski 1835-1880) ヴァイオリン協奏曲 第2番 ニ短調
 サンサーンスはフランスで、ヴィエニアフスキはポーランドで、同じ1835年に生まれた作曲家。もっとも、ヴィエニアフスキの活動のメインは「ヴァイオリニスト」であったから、彼の作品の多くは、自身の演奏機会を主眼に書かれたもので、当曲も「コンポーザー・ヴァイオリニスト」として遺した作品という性格が強い。当盤に収録された2曲のうち、サンサーンス作品が完成したのが1880年で、これはヴィエニアフスキの没年にあたる。夭折したヴィエニアフスキに比し、サンサーンスはことに当時としては長寿で、86年の生涯だった。しかも、亡くなった時もアルジェリアを旅行中だったと言うのだから、晩年まで元気で世界を巡っていたのだろう。
 これらの2曲には、ロマン派らしい抒情的で美しい旋律、ほの暗い情熱を感じさせる雰囲気、そしてヴァイオリンの圧倒的で華麗な技巧といった共通項がある。ここで、パールマンはこれらの2曲に、実に見事なアプローチを示している。
 サンサーンスの冒頭、短いオーケストラの序奏に引き続いて開始される独奏ヴァイオリンによる主題提示は、この音楽の性格を決定づける重要な瞬間だが、ここでパールマンは絶妙の音圧により、緊張と、抑圧下の情念を湛えた、逞しい旋律線を紡ぎあげる。この冒頭で、聴き手の気持ちを支配することに成功し、あとは音楽の高揚感に沿って、美しいパッセージを磨き上げるように響かせてゆく。第2楽章の耽美的な主題は、瞑想的な美しさを湛えながらも、明晰な表現で、曖昧さの残らないシャープな聴き応えが満ちている。第3楽章はオーケストラの迫力に満ちた表現とあいまって、豊饒な音色と鋭い切り口で、快活かつダイナミックに劇性を表現しきっている。
 ヴィエニアフスキも同様で、オーケストラの導入部を受けて、しっとりと歌いあげられる旋律は、ほの暗い中にも明るさの感じられる音色で、「哀しみ」と同時に「救い」を提示するような安らぎを与えてくれる。第3楽章では、いままで抑制されていたものが、溢れるような感情の爆発があるが、ここでのパールマンの技巧はいよいよ冴えわたっていて、この録音以前に名盤と呼ばれていたものたちとは、隔絶したような、圧巻の演奏効果が炸裂する。こまやかなパッセージであっても、音量の落ちが一切ない点が凄いところで、突き上げるような迫力に満ちている。この祭典的な雰囲気で、全曲を締めくくるところも、このアルバムにはふさわしいだろう。
 以上の様に、パールマンというヴァイオリニストの特性が如何なく発揮されたロマン派の名協奏曲2曲であり、現在であっても、これらの曲の代表的録音として指折るのに、なんら不足のない名演奏であると思う。


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