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ジェフスキー



器楽曲

不屈の民「変奏曲」(“団結した民衆は決して敗れることはない”による36の変奏曲)
p: アムラン

レビュー日:2013.1.24
★★★★★ 音楽史上屈指の名変奏曲である「不屈の民変奏曲」の全貌を明らかにした衝撃的録音
 カナダのピアニスト、マルカンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)によるフレデリック・アンソニー・ジェフスキー(Frederic Anthony Rzewski 1938-)の作品、不屈の民変奏曲(“団結した民衆は決して敗れることはない”による36の変奏曲)、ノース・アメリカン・バラード第3番「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」、同第4番「ウィンズボロ製綿工場のブルース」を収録したもの。1998年録音。
 ジェフスキーはアメリカのピアニスト兼作曲家で、マルクス主義を標榜する芸術家としても有名で、その作品の多くは政治的メッセージが込められている。作曲活動及び演奏活動を世界中で活発に行っており、その作品のスコアの多くは「コピーレフト(copyleft)」と呼ばれる考えに基づき、著作権とともに第三者の二次利用の権利を併せて認めており、国際楽譜ライブラリープロジェクトにより無料公開している。
 本アルバムのメイン・プログラムは、「不屈の民変奏曲」という大曲である。原曲である「不屈の民」はチリのヌエバ・カンシオンの曲。ヌエバ・カンシオンとは、スペイン語で「新しい歌」を意味し、ラテンアメリカ、特にアルゼンチンを中心に広まった革命歌群を指す。「不屈の民」は労働者運動の魂を謳っており、チリ軍事政権下では厳しい弾圧を受けた。この旋律からジェフスキーは実に36の変奏曲を紡ぎ出している。この変奏の数はバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)のゴルドベルク変奏曲やベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)のディアベッリの主題による変奏曲を凌駕するもので、時代を飛び越えて突如現出した巨大な変奏曲のモニュメントの感がある。
 さて、アルバムの内容であるが、これが本当に素晴らしい。曲も素晴らしいのだが、アムランの演奏が輪をかけて凄まじい。鋭利に研ぎ澄ました技巧と感覚を駆使して、この巨大な難曲を、見事に捌ききっている。
 そもそもの主題のメロディーも良い。簡潔な分かり易さと、前進力を内在していて、様々な展開に耐えうるものだし、変奏が最終的に「帰っていくところ」が、潜在的に推察しやすいので、変奏をきわめて楽しく聴くことができる。各変奏が持つ鋭敏で感覚的なリズムやひらめきは、アムランの扱いにはうってつけで、彼の弾くシチェドリン(Rodion Konstantinovich Shchedrin 1932-)やカプースチン(Nikolai Kapustin 1937-)の演奏を強く想起させる天分の即興性に満ちている。その抜群の悦楽は、アムランがこの音楽を奏でる57分と少しの間、まったく弛緩なしに続くのである。これは、なんと凄い音楽であろう。
 併せて収録してある2曲も良い。「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」は郷愁的なメロディーが美しいし、「ウィンズボロ製綿工場のブルース」は工場の駆動する様子を描いたピアノの和音連打など、ロシア・アヴァンギャルドを彷彿とさせ、しかもさらに新しい芸術的感覚が備わっていることを感じさせる。すでに録音から歳月が経過しているが、あらためて当盤の存在感を確認の上、強力に推薦したい一枚。

不屈の民「変奏曲」(“団結した民衆は決して敗れることはない”による36の変奏曲)
p: シューマッハー

レビュー日:2015.9.15
★★★★★ 20世紀が生んだ名ピアノ変奏曲における注目すべき録音
 ドイツのピアニスト、カイ・シューマッハー(Kai Schumacher 1979-)による、フレデリック・アンソニー・ジェフスキー(Frederic Anthony Rzewski 1938-)の名作、不屈の民変奏曲(“団結した民衆は決して敗れることはない”による36の変奏曲)の録音。2009年の録音。トラックは以下のように振られている。
1) 主題
2) 第1変奏~第6変奏
3) 第7変奏~第12変奏
4) 第13変奏~第18変奏
5) 第19変奏~第24変奏
6) 第25変奏~第30変奏
7) 第31変奏~第36変奏
8) カデンツァ
9) 主題
 ジェフスキーはアメリカのピアニスト兼作曲家で、マルクス主義を標榜する芸術家としても有名で、その作品の多くは政治的メッセージが込められている。作曲活動及び演奏活動を世界中で活発に行っており、その作品のスコアの多くは「コピーレフト(copyleft)」と呼ばれる考えに基づき、著作権とともに第三者の二次利用の権利を併せて認めており、国際楽譜ライブラリープロジェクトにより無料公開している。原曲である「不屈の民」は、チリのヌエバ・カンシオンの曲。ヌエバ・カンシオンとは、スペイン語で「新しい歌」を意味し、ラテンアメリカ、特にアルゼンチンを中心に広まった革命歌群を指す。「不屈の民」は労働者運動の魂を謳っており、チリ軍事政権下では厳しい弾圧を受けた。
 すでに数多くの録音がある作品で、日本では高橋悠治(1938-)がこの曲を主要なレパートリーとしていて、普及に努めたが、録音芸術として高名なのは、マルカンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)による1998年の録音である。それは、アムランの圧倒的な技巧により、この難曲に見出された最適解とも言える快演奏で、私も何度も聴いてきた。
 そこで、以後、この作品の録音に挑むものは、一つの大きなハードルを設定された印象なのだが、そこに一石投じた形と言えるのが、この録音。ところで、カイ・シューマッハーなるピアニスト、どのような人物だろうか。プロフィールによると、彼は15歳のときにショスタコーヴィチのピアノ協奏曲を弾いたいわゆる神童タイプの存在で、エッセンのフォルクヴァンク芸術大学を卒業している。ピアノだけでなく電子楽器に造詣が深く、ボーダレス的な音楽活動を行っているとのこと。演奏の対象としているのは20世紀~21世紀の作品で、当盤が最初の正規録音だったらしい。
 それで、当演奏であるが、アムラン盤に比べると、音に込められた感情の色合いの濃さが特徴と言える。また音量の設定も幅広く、ペダリングの効果を存分に用いたダイナミクスが魅力だ。全曲の演奏時間はアムランより3分ほど長く、ときおりタメの幅に広がりを感じる。それらは、全体的に、この音楽が持つ人間の強い感情の表出に結び付いている。
 技術的にも見事なもので、特に後半たびたび登場する同音連打の迫力は圧巻だ。また前半登場するスキャット、と言っていいのか、一声叫ぶような発声の挿入もなかなか驚かされる。その他、楽譜指示のある口笛や楽器をコツンとたたく音のさりげない挿入も含め、なかなか面白い芸術的成果を感じる録音作品になっているだろう。
 私が、その純音楽的な美しさで、もっとも心を動かされたのはカデンツァと題された部分である。情緒に長けた表現というだけでなく、ピアノの音色の瑞々しい豊かさが印象に残る。とりあえず、現時点で、同曲の注目すべき録音の一つに挙げられることは間違いない。


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