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ロッシーニ



声楽曲

スターバト・マーテル
シャイー指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 オランダ放送合唱団 S: フリットリ MS: ガナッシ T: サッバティーニ Bs: ペルトゥージ

レビュー日:2013.9.11
★★★★★ 透明感と調和の美に満ちたロッシーニのスターバト・マーテル
 リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団とオランダ放送合唱団の演奏によるロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の名宗教曲「スターバト・マーテル(悲しみの聖母;Stabat Mater)」。1998年の録音。独唱陣は以下の通り。
 ソプラノ バルバラ・フリットリ(Barbara Frittoli 1967-)
 メゾソプラノ ソニア・ガナッシ(Sonia Ganassi 1966-)
 テノール ジュゼッペ・サッバティーニ(Giuseppe Sabbatini 1957-)
 バス ミケーレ・ペルトゥージ(Michele Pertusi 1965-)
 「スターバト・マーテル」とは、13世紀に生まれたカトリック教会の聖歌の1つで、ペルコレージ(Giovanni Battista Pergolesi 1710-1736)、ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904)は、プーランク)(Francis Poulenc 1899-1963)など数多くの作曲家が音楽を付している。ロッシーニ作品もその一つで、以下の楽曲から構成される。
1) 悲しみ静めるみ母は涙にくれて(Stabat Mater dolorosa 合唱と4人の独唱のための
2) 嘆き悲しみ(Cujus animam テノール独唱のための)
3) これほどまで嘆きたまえる(Quis est homo ソプラノとメゾソプラノ独唱のための)
4) その人々の罪のために(Pro peccatis バス独唱のための)
5) 愛の泉なるみ母よ(Eja, Mater 合唱とバス独唱のための)
6) 聖なるみ母よ、十字架に(Sancta Mater 4人の独唱のための)
7) われにキリストの死を負わしめ(Fac ut portem メゾソプラノ独唱のための)
8) おお乙女よ、審判の日に(Inflamatus 合唱とソプラノ独唱のための)
9) 肉体が死する時(Quando corpus morietur合唱と4人の独唱のための)
10) いつも永遠に、アーメン(In sempiterna saecula. Amen 合唱のための)
 イタリア・オペラを代表する作曲家ロッシーニは37歳の時に自身39作目となる歌劇、「ウィリアム・テル」を書いたのち、76歳で亡くなるまで1つも歌劇を書かなかった。それだけでなく、作曲活動そのものからも、40代前半までで手を引いてしまっている。この作品は、オペラ作曲活動から退いたのちの1842年の作で、ロッシーニの作曲活動全体においても、ほとんど最後の作品ということになる。
 本作品は、数ある「スターバト・マーテル」の中で、もっともオペラ的な演奏効果をもったものの一つと考えられていて、例えば第2曲「嘆き悲しみ」のテノールの独唱などは、音楽として聴く限りでは、悲しみを表現したというよりも、むしろ明朗とさえ言えるほどのロッシーニらしい健やかさの息づいた魅力的なメロディーが歌われる。その、一方で壮麗な効果を持つのが有名な終曲「いつも永遠に、アーメン」である。劇的な「アーメン」のフレーズから対位法を駆使した圧巻の盛り上がりにより、フィナーレまで一気果敢に進んで行く様は、まるでドイツ・オーストリア系音楽のような凛としたたたずまいをみせ、圧倒的である。そういった意味で、多面的な音楽の素晴らしさを実感できる音楽だ。また、第9曲「肉体が死する時」における無伴奏による四重唱のシーンなど、オペラ作曲家としての手腕が如何なく発揮された聴きどころと言えるだろう。
 シャイーの録音は、全体的に柔らかい語り口で、この作品が持つ柔和な性質をよく引き出している。オーケストラの闊達で主張のある響きが心地よく、ことさらに宗教色を強調した感じはしないが、和声や声部をこまやかに扱いながら、純音楽的にアプローチした結果、美しく力強い効果は随所に表れており、名演・名録音と呼ぶにふさわしい。歌手陣はイタリア・オペラでゆるぎない実績を持っているメンバーで、ロッシーニのこの楽曲にもよく合う声質となっている。そのため、一層オペラチックに響くのであるが、これも楽曲の音楽的性格をよく反映したものと言えるだろう。合唱は、強奏でも決して濁らない調和が保たれていて、オーケストラや独唱と表現上の齟齬がなく、たいへんバランスよく聴き手に情報が届けられるという心地よさに満ちている。この美点は、ある程度録音技術の成果とも思うが、結果として素晴らしいメディアに仕上がっていて、不満のある人は少ないだろう。


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歌劇

歌劇「イタリアのトルコ人」
シャイー指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団 合唱団

レビュー日:2012.12.14
★★★★★ ロッシーニの音楽の楽しさが全編に展開しています
 ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の13作目の歌劇、「イタリアのトルコ人」全曲。リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団の演奏。録音は1997年のCD2枚組。主な配役は以下の通り。
 フィオリッラ: チェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli 1966- メゾソプラノ)
 ザイーダ: ラウラ・ポルヴェレッリ(Laura Polverelli 1967- メゾソプラノ)
 ジェローニオ: アレッサンドロ・コルベッリ(Alessandro Corbelli 1952- テノール)
 ナルチーゾ: ラモン・ヴァルガス(Ramon Vargas1960- テノール)
 アルバザール: フランチェスコ・ピッコリ(Francesco Piccolo 1964- テノール)
 プロスドーチモ: ロベルト・デ・カンディア(Roberto de Candia バリトン)
 ロッシーニの歌劇の中では、比較的近年になって上演機会が得られるようになったものの一つ。このオペラには、いくつかの版があり、それによって演奏時間も若干異なるが、当盤はロッシーニ協会による1988年版を用いており、版によっては削られることのある第2幕のジェローニオのアリア“Oh sorte deplorabile!”(CD2-12トラック)、同じく第2幕のアルバザールのアリア“Ah! Sarebbe troppo dolce”(CD2-16トラック)なども含めて収録されており、完全全曲盤といったところ。
 ストーリーはナンセンスな喜劇で、トルコの太守セリムと、イタリアの恋多き女フィオリッラの浮かれ沙汰の話であるが、セリムの元恋人ザイーダ、フィオリッラの夫、ジェローニオ、さらにフィオリッラ思いを寄せるナルチーゾが加わり、さらに彼らの間に入り、しきりに話の展開に悦に入る詩人のプロスドーチモの介入によって、繰り広げられるドタバタである。クライマックスの舞踏会では、それぞれが意中の相手の気を引く変装をして登場することで、いよいよ収集のつかない大混乱をきたし、間違いだらけのカップルで逃走した挙句、結局元のさやに納まり、セリムとザイーダ、フィオリッラとジェローニオがそれぞれ和解するというもの。
 この歌劇自体は、有名なアリアなどもなく、存在としては地味なのだが、それでもロッシーニ一流の機転が効いており、いかにもイタリア・喜劇であるという陽気さに満ちている。私個人としては、深刻な恋愛観や人生観を語るオペラより、このような軽さを持った作品の方が、はるかに心情にマッチする。
 聴きどころとしては、まず様々に繰り広げられるデュエットが挙げられる。中でも代表的なものとして、第1幕第2場におけるジェローニオとフィオリッラの二重唱「奥様をお喜ばせするには」(Per Piacere Alla Signora CD1-21トラック)を挙げるのが妥当だろう。そしてラスト、CD2枚目の20トラックに収録されたフィオリッラの超絶技巧を駆使したアリアはメゾソプラノの難曲として有名だし、それだけに聴きごたえがある。構成で面白いのは、詩人プロスドーチモという語り手的な客観視点の配役が用いられていることで、物語の波乱含みの展開を喜ぶ聴衆の気持ちを高める役割をこなす。
 当盤は歌手陣のスペックの高さが圧巻で、重唱の音楽的な起伏が美しく表現されている。しかも、この作品特有の「楽しさ」が全編から伝わってくるのが良い。シャイーのタクトもかなりノリが良く、活力にあふれたクレシェンドが効果的だ。ことにバルトリの歌唱力は圧巻で、素晴らしい存在感を示している。
 このオペラを、スタンダール(Stendhal ;Henri Beyle 1783-1842)は大笑いしながら観たというが、元来、クラシック音楽の中でも特にオペラには、そういう要素を持ったものも多くあるわけで(もちろん、その目的のためにはDVDの方が楽しいが)、その雰囲気は、言語がわからなくとも、表情豊かな抑揚から十分に伝わってくる。外国の町を歩いていると、言語に通じていなくても、彼らの生活の雰囲気の一部はわかるもの。そういった意味で、このディスクからはイタリアを中心とした伝統喜劇の在り様がわかる。
 歌詞の付属がないのが残念であるが、良質なアルバムであり、この歌劇を音楽面で楽しむには十分な内容だと思う。

歌劇「チェネレントラ」
シャイー指揮 ボローニャ市立歌劇場管弦楽団 合唱団

レビュー日:2012.12.14
★★★★★ 高雅な品格を湛えた「喜劇」シンデレラ
 ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の歌劇「チェネレントラ」全曲。全部で39のオペラを書いたロッシーニの19作目の作品。リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮ボローニャ市立歌劇場管弦楽団と合唱団の演奏。録音は1992年で、CD2枚組。主な配役は以下の通り。同封ブックレットは、各トラックの始まり部分が示してあるだけで、歌詞の記載はなし。
 アンジェリーナ: チェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli 1966- メゾソプラノ)
 ドン・ラミーロ: ウィリアム・マッテウッツィ(William Matteuzzi 1957- テノール)
 ドン・マニフィコ: エンツォ・ダーラ(Enzo Dara 1938- バリトン)
 クロリンダ: フェルナンダ・コスタ(Fernanda Costa ソプラノ)
 ダンディーニ: アレッサンドロ・コルベッリ(Alessandro Corbelli 1952- バス)
 「チェネレントラ」は「シンデレラ」のことで、ストーリーはほぼ同じだ。原作をたどると、シャルル・ペロー(Charles Perrault 1628-1703)に行き着く。ロッシーニの歌劇はコメディとして仕上がっている。「え?シンデレラがコメディ?」と思われる方もいるかもしれないが、ロッシーニの作品には日本に伝わる童話のようなジメジメした感じがないのが良い。とは言え、他の彼の喜劇にくらべると、高貴で感傷的な雰囲気を持った美しいアリアなどがあり、オペラ・ブッファの中では、真面目風な作品として位置づけられよう。実際、この作品の後、ロッシーニは「喜歌劇」→「歌劇」へと芸風を変えてゆく。
 主人公の名はアンジェリーナ。王子ラミーロは花嫁探しをしていて、アンジェリーナに一目ぼれする。後日パーティの招待で、わがままな姉二人はアンジェリーナを置いていこうとする。しかし、アンジェリーナに助けてもらったことのある哲学者アリドーロが彼女を連れ出す。最終的には、このときのアンジェリーナの腕輪が目印になり、王子とアンジェリーナは三度巡り合い、二人の姉たちも許されて大団円となる。
 ヒロインが女声にしては低音域のコロラトゥーラ・コントラルトである点が特徴的で、声域特性の広いバルトリのような歌手でなくてはなかなかこなすことはできない。そんなバルトリのアリアが多く堪能できるのだが、特にCD1トラック3の「昔あるところに王様がいて(Una volta c'era un re)」、そしてフィナーレで姉たちを許すCD2トラック19の途中から始まる「悲しみと涙のうちに生まれて(Nacqui all'affanno e al pianto)」は有名だ。特に「悲しみと涙のうちに生まれて」は技巧的難度が高く、アンジェリーナを演じられる歌手を選ぶハードルとなっている。また、器楽曲フアンには、ショパン(Frederic Francois Chopin 1810-1849)がこのアリアの主題から、フルートとピアノのための「ロッシーニの主題による変奏曲」を書いていることで、馴染みがあるかもしれない。「昔あるところに王様がいて」はそこから物語が始まるという雰囲気を放つ導入としての役割も存分に果たしている。
 全般に「喜劇」とは行っても、十分に高貴な雰囲気を湛えた性質になっていて、それ以前のロッシーニの作品とは一線を画す作風と言える。シャイーのタクトはここでも明瞭で、音楽の流れに自然なメリハリがあり、全編に健全で快活な配色を施している。二人の姉の掛け合いが出てくるシーンが特にロッシーニの喜劇らしいシーンだと思うが、本演奏はそれらのシーンに快活な華やぎを与えていて、特に好ましい箇所だと思う。

歌劇「セビリャの理髪師」
シャイー指揮 ミラノ・スカラ座管弦楽団 合唱団 Br: ヌッチ ホーン バルバチーニ Bs: レイミー ダーラ

レビュー日:2012.12.14
★★★★★ ロッシーニの音楽の楽しさが全編に展開しています
 ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の歌劇「セビリャの理髪師」全曲。全部で39のオペラを書いたロッシーニの16作目で、代表作の一つとして世界的に知れ渡っている作品。当盤は、リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団の演奏。録音は1981年で、CD3枚組。歌詞は付属していないが、3ページ分の簡単な英語によるシノプシスが添付してある。主な配役は以下の通り。
 フィガロ: レオ・ヌッチ(Leo Nucci 1942- バリトン)
 ロジーナ: マリリン・ホーン(Marilyn Horne 1934- ソプラノ)
 アルマヴィーヴァ伯爵: パオロ・バルバチーニ(Paolo Barbacini 1946- テノール)
 バジーリオ: サミュエル・レイミー(Samuel Ramey 1942- バス)
 バルトロ: エンツォ・ダーラ(Enzo Dara 1938- バリトン)
 ストーリーはロッシーニ得意のコメディ。若くして多額の遺産を受け継いだ美女ロジーナを巡る物語。ロジーナの叔父バルトロはなんとかロジーナ(と財産)を手に入れたい一心で、後見人の立場を利用し、屋敷にかくまい監視している。ある機会にロジーナを目にし恋したアルマヴィーヴァ伯爵は何とか面会しようとするがうまくいかない。そこで、理髪師のフィガロに作戦を依頼。変装侵入作戦を試み、様々な誤解が発生しつつも、結局、アルマヴィーヴァ伯爵とロジーナは意気投合する。最後は、財産についてはバルトロに譲ることで、全員不満なく終了。
 機転を利かして飛び回るフィガロを主人公にしているところが喜劇らしい。原作はフランスの劇作家ボーマルシェ(Pierre-Augustin Beaumarchais 1732-1799)で、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozar 1756-1791)の「フィガロの結婚」は、同じくフィガロを主人公にした続編という形。映画「アマデウス」をご覧になった方はわかると思うが、全般に貴族を茶化した風刺劇であり、ローマ皇帝が上演禁止措置を発する性格の大衆娯楽ということになるが、ロッシーニやモーツァルトの作品が喝采を持って受け入れられたことは、ヨーロッパの文化の高さを示す一例とも言える。ちなみにセビリャの理髪師がパリで上演されたのが1775年。フランス革命前にこのようなオペラが上演可能だったことは、すでに市民社会が育っていた一面を示すものだ。
 全般に、スペイン民謡を用いた旋律の挿入、ロッシーニ特有の機動的なクレシェンドの効果、あちこちに挿入される重唱やアリアなど、とにかく面白い作品だが、中でも聴きどころとして有名なのは、まずはフィガロが登場のシーンで歌うアリア「俺は町のなんでも屋(Largo la factotum CD-1 6トラック)」。これはフィガロの性格をよく表していて、早口でまくしたてたりエスプリのある展開があったりでたいへん面白い。それと、ロジーナのアリアでは、第1幕第2場冒頭の「ある声が今しがた(Una voce poco fa CD1-12トラック)」が美しい。そしてクライマックスは、フィナーレの主要登場人物が揃って、合唱を伴っての「この素晴らしく幸せな結びつきを(Di si felice innesto CD3-20トラック)」。聴衆全員が幸せを感じるまさにロッシーニの喜劇の魅力全開といったところ。
 本盤はシャイーの指揮の元、歌唱、演技ともに技術のある歌手が揃っており、表現がたいへん豊か。ヌッチはフィガロを得意とするだけに、堂に入った謡ぶりが頼もしいし、ホーン、レイミーをはじめ、感情豊かな歌唱に溢れている。シャイーの指揮はテンポが良く色彩豊か。オーケストラの音に若干薄味に響くところがあり、この歌劇の序曲が大好きな私としては、そこのところがやや気になるが、全体としては高いレベル。同曲の録音の中でも、全般に品質の安定しているものとして、推したいディスクだ。

歌劇「セビリャの理髪師」(ハイライト)
ハンブルク指揮 ファイローニ室内管弦楽団 Br: セルヴィーレ ケルテシ MS: ガナッシ T: ヴァルガス Bs: グランディス ロメロ

レビュー日:2017.8.2
★★★★★ 「セビリャの理髪師」のかくれ名盤(のハイライト盤)です。
 ヴィル・ハンブルク(Will Humburg)指揮、ブダペストを本拠とするファイローニ室内管弦楽団とハンガリー放送合唱団によるロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の歌劇「セビリャの理髪師」ハイライト。元の録音は全曲であり、当盤はCD1枚、78分相当をピックアップした再編集盤となる。1992年録音。主な配役は以下の通り。
 フィガロ: ロベルト・セルヴィーレ(Roberto Servileバリトン)
 ロジーナ: ソニア・ガナッシ(Sonia Ganassi 1966- メゾ・ソプラノ)
 アルマヴィーヴァ伯爵: ラモン・バルガス(Ramon Vargas 1960- テノール)
 バジリオ: フランコ・デ・グランディス(Franco de Grandis バス)
 ベルタ: イングリット・ケルテシ(Ingrid Kertesi ソプラノ)
 医師バルトロ: アンヘル・ロメロ(Angelo Romero バス)
 当盤に収録されたのは、以下の個所。
1) 序曲 6:43
第1幕第1場
2) カヴァティーナ「ごらん、空がしらみ」(伯爵)(Cavatina: Ecco, ridente in cielo) 4:45
3) カヴァティーナ「ラ、ラン、ラ、レーラ…町の何でも屋に」(フィガロ)(Cavatina: Largo al factotum della citta) 4:37
4) レチタティーヴォ「ハッハッハ、何て楽しい生活だろう!」(フィガロ、伯爵)(Duetto: All'idea di quel metallo) 8:35
第1幕第2場
5) カヴァティーナ「ある声が今しがた」(ロジーナ)(Cavatina: Una voce poco fa) 5:56
6) アリア「中傷とはそよ風です」(バジリオ)(Aria: La calunnia e un venticello) 4:33
7) 二重唱「それじゃ私だわ……嘘じゃないわね?」(フィガロ、ロジーナ)(Duetto: Dunque io son... tu non m'inganni?) 5:03
8) アリア「わしのような医者に向かって」(バルトロ)(Aria A un dottor della mia sorte) 6:12
9) 「冷たく、動かない。まるで彫像のように」(ロジーナ、伯爵、バルトロ、フィガロ、バジリオ)(Finale: Fredda ed immobile) 7:54
第2幕
10) 二重唱「あなたに平安と喜びがありますように」(伯爵、バルトロ)(Duetto: Pace e gioia sia con voi) 3:00
11) アリア「真実にして不屈の情熱をもつ」(ロジーナ)(Aria: Contro un cor che accende amore) 7:16
12) 「さようなら、先生」(ロジーナ、伯爵、フィガロ、バルトロ、バジリオ)(Sequito del Quintetto: Buona sera, mio signore) 2:11
13) アリア「爺さんは妻を求め」(ベルタ)(Aria: Il vecchiotto cerca moglie) 3:09
14) 三重唱「ああ! 何と意外な展開でしょう!」(ロジーナ、フィガロ、伯爵)(Terzetto: Ah! qual colpo inaspettato!) 6:39
15) 小フィナーレII「この素晴らしく幸せな結びつきを」(フィガロ、ベルタ、バルトロ、バジリオ、ロジーナ、伯爵、合唱)(Finaletto: Di si felice innesto serbiam memoria eterna?) 2:06
 ハイライト盤であるが、要点は抑えられていて、時間的制約のある聴き手には、むしろありがたいものだろう。内容は、理髪師フィガロの仲立ちにより、学生に変装したアルマヴィーヴァ伯爵が、医師バルトロの庇護の下にあるロジーナへの恋を実らせる喜歌劇である。長くロッシーニの代表作として愛されてきた作品だけあって、古今様々な録音があるが、当盤はそれらと比較しても遜色ないものと言って良い。
 まず、ヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901)が指摘していたように、この作品は「アンサンブル」の妙が一つの特徴となる。そのような点で、当録音はハンブルクの棒の下、一つ一つのパーツがきれいに的確な場所に収まって機能する安心感がある。それでいて、機敏で、全般に快活な音色と息遣いに溢れており、ロッシーニのこの作品の演奏として、基礎がしっかりと構築されている。
 そして、歌唱の魅力がそこに加わる。当盤の批評で「声の魅力は今一つ」とのものを読んだ記憶があるが、私の印象は真逆と言って良く、当時若々しいメンバーによって、実に楽しく華やかな歌唱、デュエットが繰り広げられる。この頃売出し中だったメキシコのテノール、ラモン・バルガスはその最たるもので、豊かな声量、そしてその清涼を操る圧巻の技巧で、こまやかな情緒を表現しつくしており、全般に最高の聴きものになっている。
 全体的に、私には男声陣が印象的で、それに続くのがフランコ・デ・グランディス。アリア「中傷とはそよ風です」も声量、声質、情感ともに相応しい一篇として、印象深い。また、先述のアンサンブルの妙は、複数の独唱者、あるいは、管弦楽の巧妙なアクセントなどで、全体を統率している。
 イタリアオペラの象徴的な名作におけるハンガリーの合奏団の演奏ということに関して、もしマイナスの先入観をもってしまって聴き逃すのだとしたら、それはもったいない。見事な録音です。

歌劇「ランスへの旅」
アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン放送合唱団 S: マクネアー セッラ ステューダー クリエル フリットリ モデスティーナ MS: テッラーニ T: ヒメネス マッテウッツィ マッティ オテッリ ニコロフ Br: レイミー ガッロ Bs: ライモンディ ダーラ スルヤン

レビュー日:2015.7.9
★★★★★ 14声の大コンチェルタートをはじめ、聴きどころに溢れた傑作歌劇です
 アバド(Claudio Abbado 1933-2014)指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とベルリン放送合唱団の演奏によるロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の歌劇「ランスへの旅」全曲。1992年に演奏会形式で上演された際のライヴ録音に一部別録りの編集を加えたもの。主な配役は以下の通り。
 コリンナ: シルヴィア・マクネアー(Sylvia McNair 1956- ソプラノ)
 メリベーア伯爵夫人: ルチア・ヴァレンティーニ=テッラーニ(Lucia Valentini-Terrani 1946-1998 メゾソプラノ)
 フォルヴィル伯爵夫人: ルチアーナ・セッラ(Luciana Serra 1946- ソプラノ)
 コルテーゼ夫人: シェリル・ステューダー(Cheryl Studer 1955- ソプラノ)
 騎士ベルフィオーレ: ラウル・ヒメネス(Raul Gimenez 1951- テノール)
 リーベンスコフ伯爵: ウィリアム・マッテウッツィ(William Matteuzzi 1957- テノール)
 シドニー卿: サミュエル・レイミー(Samuel Ramey1942- バリトン)
 ドン・プロフォンド: ルッジェーロ・ライモンディ(Ruggero Raimondi 1941- バス)
 トロムボノク男爵: エンツォ・ダーラ(Enzo Dara 1938- バス)
 ドン・アルヴァーロ: ルチオ・ガッロ(Lucio Gallo1959- バリトン)
 ドン・プルデンツィオ: ジョルジョ・スルヤン(Giorgio Surian 1954- バス)
 ドン・ルイジーノ: グリエル モ・マッテイ(Guglielmo Mattei テノール)
 デリア: ニコレッタ・クリエル(Nicoletta Curiel ソプラノ)
 マッダレーナ、モデスティーナ: バルバラ・フリットリ(Barbara Frittoli 1967- ソプラノ)
 ゼフィリーノ: クラウディオ・オテッリ(Claudi Otelli テノール)
 アントニーオ、ジェルソミーノ: ボジダール・ニコロフ(Bojidar Nikolov1959- テノール)
 CDのTRACKは以下のように振られている。
【CD1】
1,2) 導入曲「急いで、急いで、さあ、しっかり!」(コルテーゼ夫人、マッダレーナ、ドン・プルデンツィオ、アントニーオ)
3,4) 「麗しい光に飾られ」 (コルテーゼ夫人)
5) 「私も行きたいけれど」(コルテーゼ夫人、フォルヴィル伯爵夫人、マッダレーナ、モデスティーナ、ドン・ルイジーノ、トロムボノク男爵、ドン・プルデンツィオ)
6) 「ひどいぞ!危機に瀕しておる」(フォルヴィル伯爵夫人、ドン・ルイジーノ、トロムボノク男爵、ドン・プルデンツィオ)
7-9) 「ああ!私は出発したいのです」(フォルヴィル伯爵夫人、マッダレーナ、モデスティーナ、ドン・ルイジーノ、トロムボノク男爵、アントニーオ、ドン・プルデンツィオ)
10) 「ああ!ちょっと、アントニーオ君」(アントニーオ、トロムボノク男爵)
11,12) 六重唱「いかにも、狂人の入った大きな檻と」(コルテーゼ夫人、メリベーア伯爵夫人、リーベンスコフ伯爵、ドン・アルヴァーロ、トロムボノク男爵、ドン・プルデンツィオ:コリンナ)
13-15) 「やさしい竪琴よ」(コリンナ)
16) 「ああ!なぜ彼女と知り合ってしまったのか」(シドニー卿)
17-19) 「むなしくも心から引き抜こうとするが」(シドニー卿)
【CD2】
1) 「卿、ちょっとお話が」(コリンナ、デリア、シドニー卿、ドン・プロフォンド)
2) 「やっと女神が一人のところを見つけた」(コリンナ、騎士ベルフィオーレ)
3,4) 二重唱「かのお方の神々しいお姿には」(コリンナ、騎士ベルフィオーレ)
5) 「いいぞ、色男」(ドン・プロフォンド)
6) 「ドン・プロフォンド。私だ!他に類のないメダル」(ドン・プロフォンド)
7) 「騎士をお見かけになりまして?」(フォルヴィル夫人、リーベンスコフ伯爵、ゼフィリーノ、トロムボノク男爵、ドン・アルヴァーロ、ドン・プロフォンド)
8,9) 14声の大コンチェルタート「ああ!かくも思いがけぬなりゆきに」(コルデーゼ夫人、フォルヴィル夫人、コリンナ、メリベーア伯爵夫人、デリア、モデスティーナ、リーベンスコフ伯爵、騎士ベルフィオーレ、ゼフィリーノ、トロムボノク男爵、ドン・アルヴァーロ、シドニー卿、ドン・プロフォンド、ドン・プルデンツィオ)
10) 「伯爵夫人のご意見は賢明なものと思われます」(コルデーゼ夫人、フォルヴィル夫人、メリベーア侯爵夫人、リーベンスコフ伯爵、騎士ベルフィオーレ、ジェルソミーノ、アントニーオ、トロムボノク男爵、ドン・アルヴァーロ、ドン・プロフォンド))
11) 「私にどんな咎がありまして?」(シェーナ)
12-14) 二重唱「気高き魂を、おお神よ!」(メリベーア侯爵夫人、リーベンスコフ伯爵)
15) バレエ音楽「バロ(Ballo)」
16) フィナーレ「楽しみこそが至上の善」(トロムボノク男爵、メリベーア侯爵夫人、リーベンスコフ伯爵、ドン・アルヴァーロ、シドニー卿、フォルヴィル伯爵夫人、騎士ベルフィオーレ、コルテーゼ夫人、ドン・プロフォンド、コリンナ、ドン・プルデンツィオ、モデスティーナ、デリア、ジェルソミーノ、マッダレーナ、ゼフィリーノ、ドン・ルイジーノ、アントニーオ)
17) 「では、習慣に従って乾杯しましょう」(トロムボノク男爵)
18) ドイツ賛歌「諸国民の間に支配するいま」(トロムボノク男爵)
19) ロシア賛歌「栄誉、栄光と経緯を」(リーベンスコフ伯爵)
20) スペインのカンツォーネ「いと高き指導者に経緯を」(ドン・アルヴァーロ)
21) イギリスのカンツォーネ「金の樹の愛されし芽を」(シドニー卿)
22) フランスのカンツォーネ「新たなアンリの母」(フォルヴィル伯爵夫人、騎士ベルフィオーレ)
23,24) ティロレーゼ「より活き活きと、さらに豊かに」(コルテーゼ夫人、ドン・プロフォンド)
25) 即興歌「金の百合の陰で」(コリンナ)
26) 「万歳、直系のいと高き統治者」(コルテーゼ夫人、フォルヴィル伯爵夫人、コリンナ、メリベーア伯爵夫人、デリア、モデスティーナ、リーベンスコフ伯爵、騎士ベルフィオーレ、ジェルソミーノ、トロムボノク男爵、シドニー卿、ドン・アルヴァーロ、ドン・プロフォンド)
 この1幕からなるオペラはシャルル10世(1757-1836)の戴冠式に際して書かれた。しかし、その後長らくまとまったスコアは失われた状態にあったのだが、1970年代に入って研究者によってスコアが復元され、上演が可能となった。間違いなくロッシーニの書いた喜歌劇の傑作の一つであるが、当のシャルル10世はその芸術的価値がわからず、結果として、王の音楽的感性の欠落を後世に伝えることとなったのは皮肉だが、当時は祝典の意を込めて書かれた。内容は、戴冠式前夜に繰り広げられるドタバタコメディ。あらすじを以下に書いておこう。
 フランスの保養地プロンビエールにある宿「金の百合亭」には世界中の名士がやってくる。あるとき、ランスで行われるシャルル10世の戴冠式に参加する人々が集まる。中の一人フォルヴィル夫人は、自分の衣装を運ぶ馬車が転覆したとの報を聞き、卒倒するほどのショックを受ける。しかし、お気に入りの帽子が届いたとたん有頂天なふるまいを見せる。そんな折、続々と人々が集まってくる。メリベーア侯爵夫人と彼女に心を寄せるスペインの大公ドン・アルヴァーロ、大公の恋敵、ロシアの将軍リーベンスコフ。リーベンスコフとドン・アルヴァーロがにらみ合っていると、ローマの樹粒子人コリンナが即興で平和と友愛の音を奏で、一行はとたんに陽気になる。突然英国軍人シドニー卿はコリンナへ愛を誓う。コリンナが一人迷っていると、騎士ベルフィオーレも彼女に言い寄るが失敗する。そんなことをしているうちに、今度は、移動用の馬を確保できないとの報が入る。困り果てった一行だったが、国王がパリにもどってさらに式典を行うとの報せが入り、フォルヴィル夫人は、宿の全員をパリに招待することを提案。結局一行はランス行をあっさり取りやめ、その予算を使っての盛大な宴とあいなり、それぞれがお国の歌を披露。国王の栄光を勝手に讃えて盛り上がった上で、最後にコリンナの素晴らしい歌唱で一行は感動し和気藹々の大団円を迎える。
 聴きどころは多いが、なんといっても、【CD2】8)からはじまる14声による大コンチェルタートが凄い。回転の速い音楽をテンポを落とさず乱れなく演じられている。(おそらく、何度か別録音によるエディットが行われたとは想像するが)。逆にこの音楽があることで、14人の質の高い独唱者が必要となり、本作の上演機会を減じる原因となるのだけれど、それだけにめったに聴けない音楽だ。そして、【CD2】25)のコリンナの即興歌「金の百合の陰で」は、ロッシーニの書いたもっとも美しい旋律とも称されるもので、上演が難しいとはいえ、このオペラが、長らく取り上げられなかったのはまったく不憫な話である。
 ロッシーニの確立した喜歌劇の楽しみは、他にもあちこちにあるが、このオペラの特徴に、引用の多さも挙げられる。序盤で、各国を象徴する登場人物が現れる際に、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)といった作曲家の楽曲が使用されたり、終幕近くの宴会では、ロシアのカシン(Danila Kasin 1769-1841)、フランスのクロワ(Eustache Du Caurroy 1549-1609)といった作曲家の小品が奏でられるほか、各国のカンツォーネが披露される。ちなみにトロムボノク男爵が歌う「諸国民の間に支配するいま」は、ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809)の楽曲で、この旋律は現在のドイツ国歌にも使用されている。
 そういった様々な意味で、とても聴いていて楽しい作品。アバドを中心とした闊達明朗な音楽もこの上なく魅力的で、本当にアバドという人はこういう作品を振らせたら天下一品だったとあらためて感じる。
 ロッシーニを聴きながら、様々なものを楽しめてしまう録音となっている。

歌劇「ウィリアム・テル」
シャイー指揮 ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団 アンブロジアン・オペラ合唱団 Br: ミルンズ T: パヴァロッティ S: フレーニ Bs: トムリンソン ギャウロフ Ms: ジョーンズ コネル

レビュー日:2012.12.1
★★★★★ ロッシーニの最高傑作の一つ。パヴァロッティの美声に注目!
 ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の歌劇「ウィリアム・テル(Wilhelm Tell、フランス語版はギヨーム・テルGuglielmo Tell)全曲。シャイー(Riccardo Chailly 1953-)指揮ナショナル・フィルとアンブロジアン・オペラ合唱団の演奏。CD4枚組。1978年から79年にかけての録音(デジタル録音)。主な配役は以下の通り。
 ウィリアム・テル: シェリル・ミルンズ (Sherrill Milnes 1935- バリトン)
 アルノール: ルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti 1935-2007 テノール)
 マティルデ(ハプスブルク家の王女): ミレッラ・フレーニ(Mirella Freni 1935- ソプラノ)
 メルクタール(アルノールの父): ジョン・トムリンソン(John Tomlinson 1946- バス))
 ジェスレル(総督): ニコライ・ギャウロフ(Nicolai Ghiaurov 1929-2004 バス)
 ジェミ(テルの息子): デッラ・ジョーンズ (Della Jones 1946- メゾソプラノ)
 エドヴィージュ(テルの妻): エリザベス・コネル(Elizabeth Connell 1946-2012 メゾソプラノ)
 イタリア・オペラを代表する作曲家ロッシーニは37歳の時に自身39作目となる歌劇、「ウィリアム・テル」を書いたのち、76歳で亡くなるまで1つも歌劇を書かなかった。作曲活動自体からも、40代前半までで手を引いてしまっている。そのようなわけで、このオペラは、多作家ロッシーニの最後のものとなった。ストーリーは、ベートーヴェンの第9の歌詞でも知られる詩人シラー(Friedrich von Schiller 1759-1805)の戯曲によるもの。日本では、息子の頭の上に置いたリンゴを射るシーンが有名。
 ストーリーとしては英雄伝のようなもので、オーストリアの総督ジェスレルの圧政に苦しめられるスイスの領民を開放するテルの物語である。弓矢のシーンは、ジェスレルから死罪を真逃れる条件として課せられ、テルがこれに応えるというもの。
 「ウィリアム・テル」の音楽は、その圧倒的に親しみやすい「序曲」のメロディが世界中に知れ渡っているが、オペラ本編の上演機会というのはそれほど多くない。これは、声楽上の技巧的要求から、配役をこなせる歌手が限られていることが大きな要因だ。しかし、音楽自体は充実したもの。
 当盤は歌手陣の充実が素晴らしい。ミルンズ、パヴァロッティ、フレーニなど、当代を代表する歌い手が揃っている。この豪華な顔ぶれを前にまだ20代半ばのシャイーが指揮をして、素晴らしい内容の濃い音楽を再現している。ことに全般にみなぎるオーケストラの活力ある躍動感は、現代的な感性の光るバランス感覚をベースに練り上げられたもの。合唱の力感も素晴らしく、しかも透明感を失わない清潔さがあって、すがすがしい。
 聴きどころとしては、何と言ってもテノール歌手の至難として知られるアルノールのアリア、「涙誘う無人の家よ」(Asile hereditaire CD4枚目2トラック)だ。パヴァロッティの圧倒的な高音の美しさと力強さはまさに驚愕の一語。この歌手の凄味を見せつける永遠の記録だ。次いで、フレーニの聴かせどころは、マティルデのアリア、「暗い森」(Sombre foret CD2枚目7トラック)、そして、ミルンズについては、やはり弓矢のシーンのテルのアリア、「じっと動かずに」(Sois immobile CD3枚目9トラック)を挙げておこう。
 もちろん、アリアだけでなく、全般に活気にあふれた音楽に満ちており、容易に楽しく聴き通すことのできるものになっている。第2幕の民衆の集結に応えるテル人を中心とする男声三重合唱の力強いフィナーレ、第4幕のマティルデ、ジェミ、エドヴィージュによる三重唱の美しい響き。聴きどころ満載のイタリア・オペラの醍醐味を味わえる一級のエンターテーメント芸術だ。


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