ラヴェル
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ラヴェル ボレロ ダフニスとクロエ 第2組曲 ドビュッシー 交響詩「海」 シノーポリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 レビュー日:2012.8.7 |
★★★★★ 印象派の名管弦楽曲3曲をシノーポリの精緻なタクトで。
2001年、公演中に急死したイタリアの名指揮者、ジュゼッペ・シノーポリ(Giuseppe Sinopoli 1946-2001)の往年の録音が廉価なBox-セットとなったこともあり、いろいろ聴かせていただいている。このディスクは、フィルハーモニア管弦楽団を指揮して1988年に録音されたもの。収録曲は、ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel 1875-1937)の「ボレロ」と「ダフニスとクロエ 第2組曲」、それとドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918)の交響詩「海」の3曲。印象派の名管弦楽曲を抜粋したような贅沢な選曲だ。 「ボレロ」というのは面白い楽曲である。作曲の経緯がふるっている。ラヴェルはある依頼について、別の作品の転用を考えていたのだが、土壇場でそのアイデアがキャンセルされ、わずかな日数で急きょ書き上げた作品が「ボレロ」。当のラヴェルだって、まさかこの曲が自身の代表作と数えられるようになるとは思っていなかったらしい。それでも、旋律の美しさ、そしてないより「オーケストレーションの魔術師」と称されたラヴェルの粋なテクニックは、簡明に示されている。 ボレロ。同じメロディを全部で18回繰り返すだけの類例をみない音楽作品。だが、それゆえの面白さに事欠かない名品だ。18回の繰り返し、一つの長大なクレッシェンドの中で順番に出番を奏でる楽器の組み合わせの妙は、まさに神技といっていいだろう。なんと豊かな音色。たとえば、9つ目の繰り返し。ホルンとチェレスタ、さらに2本のピッコロの倍音を踏まえた平行奏法は、まるでオルガンを思わせるサウンド。まさにオーケストレーションのマジックである。 シノーポリは実に透明感豊かにこの楽曲を奏でる、一つ一つの楽器の音色、そしてボレロの伴奏リズムを奏でる楽器の色まで実に鮮やかに表現されていて、生気があり、他の音との絶妙な間合いが設計されている。 ラヴェルのダフニスとクロエ第2組曲は、同名のバレエ音楽から有名な箇所を編ざんした組曲で「夜明け」「パントマイム」「全員の踊り」の3つの部分からなる。特に描写にすぐれた「夜明け」は印象派の代名詞とも言える音楽だ。少しずつ明るくなる空、川のせせらぎ、小鳥のさえずり、射し込む曙光・・音楽の表現力のすさまじさを実感する楽曲だ。シノーポリはここでも明晰な表現を心掛けており、結果として明朗で健やかな音楽が展開される。「全員の踊り」の迫力も凄い。 ドビュッシーの「海」も言わずと知れた印象派の傑作。シノーポリは存分なダイナミック・レンジを活かし、精緻な描写を試みているが、ラヴェルの2曲に比べて少しソリッドな音で、交響詩としてのスケールを作っている。個人的にはラヴェルの2曲のアプローチの方が楽しめたが、いずれも良質な演奏。 印象派の管弦楽曲を聴いてみたい人の入口としても無難に推せる一枚だ。 |
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スペイン狂詩曲 マ・メール・ロア 高雅にして感傷的なワルツ ラ・ヴァルス アシュケナージ指揮 クリーヴランド管弦楽団 レビュー日:2008.8.16 |
★★★★★ ラヴェルの管弦楽曲集の隠れた名録音の一つ
アシュケナージとクリーヴランド管弦楽団によるラヴェルの管弦楽曲集。「スペイン狂詩曲」「マ・メール・ロア」「高雅にして感傷的なワルツ」「ラ・ヴァルス」を収録。録音は1990年。 私の記憶ではこのディスクは国内盤が出ていなかったと思う。国内盤の発売の基準がどのようになされるのかはわからないが、この録音など十分にその資格があったのではないかと思う。現に同じ組み合わせによるドビュッシーの管弦楽曲集は国内盤でも何度か再販されていたはずだ。 アシュケナージはこのあとNHK交響楽団とラヴェルの管弦楽曲集を収録している。重複している曲は「ラ・ヴァルス」だけであるが、NHK交響楽団との録音は、その顔合わせとして最初のころの録音だったためかやや音色が固めで、音がこわばる部分が残っていたと思う。それに比べて当クリーヴランド管弦楽団との録音は、気心が知れているというのか、音が存分に伸びやかに広がっている。録音場所の問題かもしれないが、それにしても伸びやかでクリアなサウンドだ。 中でも「マ・メール・ロア」は絶品。細やかなニュアンス、独奏ヴァイオリンの艶やかな響きなど精緻でありながら全体の起伏も十全な配慮が得られている。それにオーケストラの絶対的なパフォーマンスが素晴らしく、各楽器の微細な表情が見事にコントロールされている。室内楽的とも言える描写力は、的確に音を拾った秀逸な録音によって補完されている。 「ラ・ヴァルス」では切れ味抜群な音楽の進行が爽快で、心地よく弾む。そのフィナーレのリズム感は圧巻で、思わず体が動き出してしまうほど。「スペイン狂詩曲」「高雅にして感傷的なワルツ」もクオリティの高いサウンドで、ラヴェルならではのオーケストラの響きがよく引き出されている。 |
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バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲 ラ・ヴァルス ブーレーズ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン放送合唱団 レビュー日:2010.10.12 |
★★★★★ ブーレーズがロマンティックな感性を踏まえてラヴェルにアプローチ
ブーレーズがベルリンフィルを指揮して1994年に録音したもの。ブーレーズは1975年にニューヨーク・フィルハーモニックと「ダフニスとクロエ」の全曲を録音していたので、これが二度目の録音ということになる。 かつて、ブーレーズは「近現代音楽の卓越した解釈者」というイメージで、新ウィーン楽派などに新鮮なイメージを提供していた。それで、ラヴェルやストラヴィンスキーを振っても、印象派やロマン派の延長線上にあるというより、反対に近現代の新しい論理的背景によって形作られた音楽からエレメントを引っ張ってきて、その手法を応用して音楽を仕立てるような面白さがあった。すべての楽器の音色が埋もれず、インテンポを重視し、音の広がりが重なってグラデーションが間延びすることを警戒して線引きした音楽・・・というイメージ。 けれども、最近までブーレーズは随分ロマン派の音楽に取り組むようになって、マーラーの交響曲もずいぶん多く録音し、そのアプローチの仕方に少しながら変化があった様にも思える。 それで、このベルリンフィルとの録音を聴くと、以前よりずっと劇的なイメージがある。テンポ設定は大きく変わったわけではないけれど、かつてきびしく線引きしていたところに、若干の自由な振幅の幅が出来ている。それはベルリンフィルという豊穣なサウンドを持つオーケストラを振ったためでもあると思うけれど、それ以上にロマンティックな音楽の「起伏」を感じさせる。力強い「踊り」のシーンでは、相変わらずテンポが速いが、思い切ったダイナミックレンジで、ズンズンくるような迫力に満ちている。また、官能的なシーンでは音の輪郭が柔らかくなり、色めく雰囲気をほのかに漂わせている。また精緻な音の造形については、あいかわらずの統率力で、夜明けのシーンの多彩な楽器の響きが、分離よく再生される様が心地よい。かつてのブーレーズに比べると、フツーになっちゃったというイメージもあるけれど、録音技術の向上とあいまって、オーソドックスなラヴェルの名演のように感じる。 併録されている「ラ・ヴァルス」では、さら自由度を増しているように思える。ブーレーズの作る音がこれほど至福のイメージに近いというのはちょっとした驚き。飛び跳ねるリズムに合わせて踏み込む強弱の拍は、いよいよ舞踏的だ。 |
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ピアノ協奏曲 左手の為のピアノ協奏曲 水の戯れ ソナチーヌ p: ロジェ デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 レビュー日:2004.2.14 |
★★★★★ パステル・カラーの演奏・録音がまた最高
ラヴェルのピアノ協奏曲と左手の為のピアノ協奏曲、それにピアノ独奏曲である「水の戯れ」と「ソナチーヌ」を収録。 私個人的にはラヴェルの最高傑作は「左手のためのピアノ協奏曲」である。これは第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者、ルードヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの兄)によって作曲を委嘱されたもの。プロコフィエフの第4協奏曲(左手のための)、リヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲余禄」、ブリテンの「左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏」、コルンゴルトの「左手のためのピアノ協奏曲」も彼のために書かれた兄弟作品。 それらの作品群の中で、抜群の出来なのがラヴェル。(次がプロコフィエフ)。とにかくフツーに聴いてたら、「左手しか使えない」というハンデがあるようには絶対聴こえない!それくらい凄い。音楽それ自体が魅力に溢れかえる。 ロジェとデュトワのパステル・カラーの演奏・録音がまた最高。余禄に納められた「ソナチーヌ」と「水の戯れ」も素晴らしい演奏。 |
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ピアノ協奏曲 左手の為のピアノ協奏曲 鏡 p: エマール ブーレーズ指揮 クリーヴランド管弦楽団 レビュー日:2010.9.28 |
★★★★★ エマールとブーレーズによるクールなラヴェル
ラヴェルのピアノ協奏曲はときどき「ジャズ風」と形容される。「ジャズ風」という言い方も雑駁だし、意味するところもいろいろあって、人によって受け取り方も大きく異なる形容だと思うけれど、いわゆる即興性とは違うように思う。それでは何か?というと、ここでは音の揺れ方を指すと思う。特にホルンの音程の変化。また、この音程変化を踏襲するフレーズの「フレージング」をどのように扱うかでインパクトポイントの数や効果も変わってくる。 私がこれまで聴いた中で抜群に鮮やかだったのがロジェとデュトワの快演で、いかにもと思えるほどのくっきりしたコントラストが曲の特徴を見事にキメていた。それと比較して、このエマールとブーレーズの演奏は?・・・こちらは一聴して、「とっても真面目なラヴェル」との印象を持った。もちろん、前述のジャズ的と思われる部分は、もちろん楽譜はロジェ/デュトワの演奏と同じだし、同じ音が出ているのだけれど、こちらはアヤを強調せず、落ち着いた調和の中で冷静に楽譜がなぞられる、といった趣。エマールの精緻なピアニズムと、クリーヴランド管弦楽団の機能性の高さは見事で、ブーレーズの棒により的確に配置された音となっている。テンポもきわめて穏当で、アチェレランドやリタルダンドも過度に働きかけるような方策はとっていない。 こう書くと何か面白くない演奏のような印象になるだろうか?しかし、そういうわけでもない。とにかく全面に渡って音色自体はキレイで輝いているし、音楽の勢いを損ねることない推進性があり、聴き味はなかなかさわやか。音は少し固めだが、クールな印象と相違せず、完成度を高めている。 「左手のための協奏曲」の方が楽曲の性格もあって、いくぶん華やかな音楽的な踏み込みが認められるだろう。 ピアノ独奏曲「鏡」が合わせて収録されているのがうれしい。エマールが以前録音した夜のガスパールでも聴かれた細やかな技巧は「鏡」でももちろん存分に生かされていて、細やかなパーツによって紡がれる万華鏡のように美しく均等に広がる世界が展開している。エマール、ブーレーズの双方が「らしさ」を存分に発揮したラヴェルだと思う。 |
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ラヴェル ピアノ協奏曲 左手の為のピアノ協奏曲 オネゲル ピアノ協奏曲 フランセ ピアノ協奏曲 p: ティボーデ デュトワ指揮 モントリオール交響楽団 レビュー日:2014.1.14 |
★★★★★ 収録された4曲、いずれも当録音が「私にとっての決定盤」です!
ジャン=イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)のピアノ、デュトワ(Charles Dutoit 1936-)指揮モントリオール交響楽団の演奏による近代フランスで書かれたピアノ協奏曲集。1995年録音。収録曲は以下の通り。 1) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 op.82 2) オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955) ピアノのためのコンチェルティーノ 3) フランセ(Jean Francaix 1912-1997) ピアノのためのコンチェルティーノ 4) ラヴェル ピアノ協奏曲 ト長調 これは実に素敵なアルバム。特にラヴェルの2曲については、私は大好きな作品であることもあって、これまでにいろんな録音を聴いてきたが、「どの録音がいちばん好き?」と訊かれたら、まずこのティボーデ盤を挙げたい。 ちなみに、デュトワは、1982年にも、ロジェ(Pascal Roge 1951-)を迎えて、ラヴェルのこれらの2曲を録音している。それも素晴らしい内容だったのだけれど、さらに13年を経た当録音は、突き抜けたような完成度の高い演奏である。そもそもロジェとの録音も、パステルカラーの色彩感が見事だったのだけれど、本録音は、その一つ一つのパーツをさらに圧倒的に細やかにしながらも、全体の鮮明度が一層高まったと、そういった感じなのである。 ティボーデというピアニストも凄い人だ。そもそも、この人は、恐ろしいほどの技巧によって、売り出されたコンクール型ピアニストの一人だった。1984年録音のリスト(DENON COCO-80688)なんかを聴くとよく分かる。しかし、彼はその技巧を背景に、さらに巧妙なぺダリングを踏まえることで、多彩極まりない音色のパレットを手に入れた。音色の多彩さという観点で、ティボーデは「当代随一のピアニスト」といって過言ではない。 そんなティボーデの録音の中でも、このラヴェルは最高傑作と言っていいと思う。ロジェに比べるとダイナミックレンジは広くない。むしろ全般に弱音側にシフトしている。しかし、この音楽が放つ色彩感の広がりは、ロジェに劣らず、むしろ上回っていると言っていい。もちろん、呆れるほど高精度なオーケストラとのコラボレーションがあっての部分も大きいわけで、そういった意味で、このような録音が、今後、他のところから生まれるとは、考えられないほどの「突き抜けぶり」である。私は、特に困難だと言われる弱音の表現において、ピアニスト、オーケストラとも、ここまで細かな単位で、しかも美しい音を維持しながら、調節することが可能であるということを、感嘆の上で味わった。これは凄いとしかいいようがない。 ティボーデの圧倒的な技巧は、左手のための協奏曲のカデンツァを聴くだけでも十分かもしれない。誰だって、このカデンツァを聴いたとき「左手だけで弾いているなんで信じられない!」というラヴェルの最上級のマジックを味わっただろう。ティボーデの精緻な表現は、さらに一層群を抜いている。きらびやかで、細やかで、光の粉が降り注ぐようなカデンツァ。夢の様に美しい瞬間だ。 このように、私は、当盤のうち、ラヴェルの曲を聴くだけで、十分に参ってしまったのだが、併録曲も魅力的なことを書き添えたい。オネゲルの作品は単一楽章構成ながら、フィナーレでブルースを持ってくるあたりにラヴェルとの共通項を見出す。また、この曲ではオネゲルのオーケストレーションの巧みさが良く出ていて、特に管楽器の醸し出す様々なニュアンスが美しいのだが、これまたティボーデとデュトワの演奏が会心の出来栄え。もう、この曲の決定盤でいいでしょう。 フランセの曲は4つの小さな部分からなる瀟洒な作品で、あちこちに、いわゆるエスプリの効いた表現が満ちている。新古典主義的な分かり易い美しさに満ちているが、もちろんティボーデとデュトワの録音はまったく文句なし。この音楽が持っているエスプリの要素を、これほど嫌味なく純粋に表現できる演奏はなかなかないだろう。これぞ洗練の極致! というわけで、私にとって、収録4曲のいずれもが「決定盤」といって差し支えないほどの、素晴らしいアルバムとなっています。 |
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ラヴェル ピアノ協奏曲 左手の為のピアノ協奏曲 ガーシュウィン ピアノ協奏曲 p: コジュヒン 山田和樹指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 レビュー日:2018.6.18 |
★★★★★ コジュヒン初の協奏曲録音は、ふさわしい見事な出来栄え
2010年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝を果たしたロシアのピアニスト、デニス・コジュヒン(Denis Kozhukhin 1986-)による初の協奏曲録音。収録曲は以下の通り。 1) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) ピアノ協奏曲 ト長調 2) ガーシュウィン(George Gershwin 1898-1937) ピアノ協奏曲 ヘ調 3) ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 山田和樹(1979-)指揮、スイス・ロマンド管弦楽団との共演で、2017年の録音。 これまで、コジュヒンはプロコフィエフやブラームスの独奏曲を録音し、落ち着いた、しかし質感豊かな音からじっくりした味わいのあるピアニズムを披露してきた。そのことは、私に、いわゆるコンクール型ピアニストとしては、ちょっと性質なこのピアニスト特有の得難い魅力を感じてきた。今回の取り上げられた楽曲は、たしかにいかにもコンクール型のピアニストに好んで取り上げられそうな楽曲であるが、やはりノーブルな気品を感じさせる仕上がりとなっている。 まずラヴェルのピアノ協奏曲から始められる。この曲は鞭の一撃からはじまって、たちまち様々な楽器が色めくような細やかな音を発して、無数の光の粒が散乱するように広がっていくのだけれど、コジュヒンの演奏はそこに一定の格子状の区画を用いたかのように、律儀正しい雰囲気をもたらす。この部分、オーケストラも華やかに、いくぶんかのはじけた要素を組み込みながら盛り上がるところなのだけれど、山田が指揮するスイス・ロマンド管弦楽団も、きわめて精緻な音で、厳密な正確さを感じさせるサウンドを構築する。最初聴いたときは、ちょっとシック過ぎるような気がしたのだけれど、聴き進むうちに、なるほど、これが彼らのスタイルにふさわしい音響なのだ、と納得してくる。第2楽章のたゆたうような情感、第3楽章の適度な即興性を感じさせる(しかし、それさえ周到に計算されている)プレスト、ともに音楽としての完成度の高さを感じさせる。 ガーシュウィンのピアノ協奏曲は、より「しっくり行く」仕上がりといって良い。この曲に潜む古典性が端正に示されながら、ガーシュウィンならではの音色、そして音の揺れが鮮やかに再現されている。終楽章のオケのバウンスも楽しい。ピアノの妙技は冴え、全体的な端正さは決して重さにつながることはなく、この曲の運動性を的確に確保している。 末尾にラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲が収録されている。こちらはどこか崇高さを感じさせるほどの仕上がり。終結部近くでのピアノのカデンツァの安定感も見事だが、オーケストラも含めて、エネルギーとクールの絶妙なバランスが良い。 また、録音が行われたジュネーヴのヴィクトリア・ホールの音響効果をよくとらえた録音も見事。方向性のしっかりした音場が良く再現されることで、各楽器の音色が一層活かされ、鮮明な音像をつくりあげている。 |
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ラヴェル ピアノ協奏曲 左手の為のピアノ協奏曲 ファリャ スペインの庭の夜 p: タロー ラングレ指揮 フランス国立管弦楽団 レビュー日:2024.1.16 |
★★★★☆ シックで堅実なラヴェルと雰囲気豊かなファリャ
アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)のピアノ、ルイ・ラングレ(Louis Langree 1961-)指揮、フランス国立管弦楽団の演奏で、下記の3作品を収録したアルバム。 1) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) ピアノ協奏曲 ト長調 2) ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調 3) ファリャ(Manuel de Falla 1876-1946) 交響的印象「スペインの庭の夜」 2022年の録音。 タローは、2003年に、ラヴェルのピアノ独奏曲全集を録音していたので、協奏曲もすぐに録音するだろう、と思っていたのだが、それから意外と月日が流れ、本当に忘れたころになって、このアルバムが登場した。タローのラヴェルの独奏曲集が素晴らしかったことを思い出しながら、さっそく聴いてみた。 一聴してすぐに思ったことは、思いのほかシックで堅実な演奏である、ということである。タローのピアノはラテン的と形容したいクリアなタッチが特徴で、それが、フランスのオーケストラとの協演であれば、いわゆるエスプリの効いたテイストに寄るのでは、と思っていた私の前もっていだいていた印象とはかなり異なる。ただ、それは、私の思い込みであるところも大きく、タローというピアニストは、誠実にスコアに対峙する人でもあり、必ずしも踏み込んだ表現や、華やかな装飾を多彩に施すタイプではない。 そして、オーケストラも、非常にセーヴされた響きに感じる。もちろん、ト長調の協奏曲におけるトランペット・ソロのように、輝かしい施しを与える所もあるのだけれど、全体としては落ち着いていて、曲想の中でも情緒的なものを大切に扱って表現しているのが伝わる。ト長調の協奏曲で言えば、中間楽章にその特徴は、明瞭に見出される。 「左手のためのピアノ協奏曲」においても、もっともっと華やかな手法もあると思うのだけれど、あえてそちらの方向性はセーヴし、内省的な緊密性を重視し、そこから情緒的なものを立ち上げてくる。その音楽は精度が高くコントロールが効いている。滋味のある演奏、という表現が適当だろうか。 その一方で、私はちょっと物足りなさを感じたことも事実。これはないものねだりになってしまうのだが、私が愛聴しているティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)とデュトワ(Charles Edouard Dutoit 1936-)による1995年の録音と比べると、同じように精緻な表現ながら、加えて鮮やかな発色性と、全体をスウィングさえながら、音楽が勇壮な前進性を獲得していくという得難い魅力があった。そして、私は、これらのラヴェルの楽曲については、そういう演奏が好きで、楽しいと思っている。このタローの演奏は、じっくりと聴くと、なるほど、その音に先駆性や緻密性を感じるのであるが、もっと楽天的なとらえ方で、楽しんだ方が、これらの曲に関しては「お得感」があるように感じてしまう。どこか、もったいない感じが残る。もちろん、そういった録音は、ティボーデのほかにも、ロジェ盤など、すでに優れたものがいろいろあるから、この演奏はこれでいい、というのも、十分理のあることではあるのだけれど。 むしろ、私が当アルバムで気に入ったのは、ファリャの「スペインの庭の夜」で、この曲のミステリアスな雰囲気を、あたたかなサウンドで実に巧妙に表現されており、感心した。オーケストラをバックに、タローが同音連打で紡ぎだす夜の気配は、無類の美しさをまとっていた。 |
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ラヴェル 弦楽四重奏曲 デュテイユー 夜はかくの如し ハフ 弦楽四重奏曲 第1番「6つの出会い」 タカーチ四重奏団 レビュー日:2023.6.26 |
★★★★★ スティーヴン・ハフが書いた「弦楽四重奏曲」に注目したい
タカーチ四重奏団によるとても興味深いアルバムがリリースされた。収録されているのは、以下の3作品。 1) ハフ(Stephen Hough 1961-) 弦楽四重奏曲 第1番 「6つの出会い」 2) デュティユー(Henri Dutilleux 1916-2013) 夜はかくの如し 3) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 弦楽四重奏曲 ヘ長調 2022年の録音で、タカーチ四重奏団のメンバーは、以下の通り。 第1ヴァイオリン; エドワード・ドゥシンベル(Edward Dusinberre 1968-) 第2ヴァイオリン; ハルミ・ローズ(Harumi Rhodes 1979-) ヴィオラ; リチャード・オニール(Richard O’Neill 1978-) チェロ; アンドラーシュ・フェイェール(Andras Fejer 1955-) まず、収録曲で目立つのは、現在、世界を代表するピアニストの一人であり、作曲活動にも活発に取り組んでいるハフが、2021年にタカーチ四重奏団のために書いたという冒頭の一編である。また、ラヴェルの弦楽四重奏曲が1903年に書きあげられたことを考えると、収録されている3曲は、いずれも20世紀以降の作品となる。また、ハフの楽曲とデュテliユーの楽曲は、ともに小さな6つの部分から構成されている点でも類似がある。 ハフの作品は「6つの出会い」と題されている。ハフの作風は、私がピアノ独奏曲などを聴いた限りでは、なにか気高い精神性や、神秘的なものを描き出そうというものではなく、それと逆に日常的なものに近いインスピレーションを感じさせるもの。果たして今回の弦楽四重奏曲も「6つの出会い」と題されており、それぞれ誰かと出会う場所の印象が、音楽化されたもののように感じられる。時に雑踏のようであったり、時に静かであったりする。ただ、そこに、弦楽四重奏の響き特有の、時にシニカルであったり、ちょっと内面性を感じさせたりするような、刺激が含まれている。ハーモニーに工夫を凝らした楽曲は、面白く聴けるもので、第3部の運動性や、第4部のヴィオラ特有のちょっと不気味な雰囲気など、とても面白い。タカーチ四重奏団も、自分たちのために書かれた楽曲に対し、いかにも意気に感じた雰囲気で、見事なソノリティで描きあげている。 デュティユーの作品は、フランスの偉大な先輩であるラヴェルとドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)の影響を感じさせる音階を応用した作品で、全体としては夜想曲の体裁を持っているが、要素は様々である。ただ、私が聴く限りでは、ハフの作品の方が、日常の延長上から何らかの情感を掬い取って抽象化した音楽として、より印象的で、私には成功しているように感じられる。そういった点で、ハフの作品の「新生」は、私にはとても魅力的な出来事である。 ラヴェルの作品はいわずもがなの名曲だが、タカーチはここで、精緻で内向的な描写性を重んじ、例えばアルバン・ベルク四重奏団に象徴される表出性の強い演奏とは、大きくことなる向きを示す。その結果、瀟洒で、細やかな陰影の変化が、いっそうの精度をもって聴き手に訴えかけており、形容するなら、とても平和的な美しさに満ちていると感じる。ラヴェルのこの楽曲に、これほどまで情感を織り込んだ演奏はそうは無く、これも一つの名演に違いないという説得力を感じる。 一つのアルバムで、様々な面白味を感じさせてくれるものとなっている。 |
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ピアノ三重奏曲 ヴァイオリンとチェロのためのソナタ ヴァイオリン・ソナタ チェロ・ソナタ p: ブラレイ vn: R. カピュソン vc: G. カピュソン レビュー日:2007.4.1 |
★★★★☆ ラヴェルの室内楽を知るのにちょうどいいアルバムです
ヴァイオリニスト、ルノー・カピュソンと、その弟でチェリストのゴーティエ・カピュソン、これにピアニストフランク・ブラレイが加わって、ラヴェルの主要な室内楽が収録されている。収録曲は以下の通り。 (1) ピアノ三重奏曲 (2) ヴァイオリン・ソナタ (3) ヴァイオリンとチェロのためのソナタ (4) チェロ・ソナタ というわけで、すべての「組み合わせ」のアンサンブルを楽しむことができる。カピュソン兄弟のスタイルは現代のひとつの典型ともいえるバロック奏法を踏まえた現代楽器によるアプローチであり、どことなく典雅な響きである。ピアノ三重奏曲は神秘的な冒頭を持っているが、この作曲家の熱血漢の面の出た曲なので、なかなか一筋縄ではいかないのだが、このアンサンブルは一見(一聴?)やや客観的なようであるが、意外と膨らみのある表現があって、ふさわしいと思う。ヴァイオリンソナタの、たとえばブルース(第2楽章)などはもっと朗々と響き渡る感があってもいいと思うが、これはこれで味がありますね。高音域を多様するチェロソナタが相当な好演で、いやでも、これは弾くのはかなり難しいだろう・・・と思うのだが、それを感じさせない余裕がある。うーん、さすが。ヴァイオリンとチェロのためのソナタは個性の出し難い曲だと思うので、あまり他盤と比較していないが、聴いた感じは良く(個人的にはもっとヴァイオリンが抑えた方が好きだが)これも順当な仕上がり。 総じて無難で、ラヴェルの室内楽を知るのに格好のアルバムとなっています。 |
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ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ ツィガーヌ フォーレの名による子守歌 ヴァイオリン・ソナタイ長調(遺作) ルクー ヴァイオリン・ソナタ vn: イブラギモヴァ p: ティベルギアン レビュー日:2013.2.1 |
★★★★★ 神が、ルクーに、もっと時間を与えていてくれたなら・・
クラシック音楽を聴き、作曲家たちのことを知るようになると、「なぜ神は、これほどまでに短い時間しか与えなかったのだろうか」と思う天才たちに次々と巡り合う。30代で亡くなった3人の天才~モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)、シューベルト (Franz Schubert 1797-1828)、ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)が、それぞれあと10年生きながらえていたら、現代は、はるかに多くの美しい音楽に満ちた世界になっていただろう。他にも、ビゼー(Georges Bizet 1838-1875)や、最近人気の出てきたカリンニコフ(Vasily Sergeyevich Kalinnikov 1866-1901)、さらに20代で世を去らねばならなかったペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi 1710-1736)の名も挙げられよう。しかし、中でも私が特に痛切に惜しいと思うのが、ギヨーム・ルクー(Guillaume Lekeu 1870-1894)である。享年24歳。あまりにも早すぎる死であった。 そんなルクーが短い生涯において完成した傑作がヴァイオリン・ソナタである。当アルバムはこのルクーの作品を冒頭に収録し、それに続いてラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)の書いたヴァイオリンとピアノのための全作品(ヴァイオリン・ソナタ第1番、同第2番、ツィガーヌ、フォーレの名による子守歌)が収録されている。ラヴェルの「ヴァイオリン・ソナタ 第1番」は遺作であり、通常、単に「ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ」として知られている作品は、当盤では「第2番」と表記されている。(このような表記は、私にはあまり馴染みがないのだけれど)。ヴァイオリンがアリーナ・イブラギモヴァ(Alina Ibragimova 1985-)、ピアノがセドリック・ティベルギアン(Cedric Tiberghien 1975-)。2010年の録音。 先に私がルクーの夭逝をことさら惜しむと書いたのは、このヴァイオリン・ソナタが大好きだからである。ベルギーに生まれ、フランク(Cesar Franck 1822-1890)に師事したルクーがもし寿命に恵まれていれば、フランクの名曲に匹敵するヴァイオリン・ソナタを書いたのではないだろうか・・。しかし、そうでなくとも、この残されたソナタは美しい。ラヴェルの完成されたソナタ(第2番)と比較すると、どうしてもまだ洗練しきれていない部分が確かに残っている。しかし、緻密な計算によって作られたラヴェルの作品以上に、情熱の迸りと豊かな感受性に溢れ、その勢いをそのまま綴ったようなルクーの作品に、私は惹きつけられる。 もちろん、ラヴェルの名作も素晴らしい作品に違いないが、その完璧とも言える音響設計は、ちょっとツンとすまして、突き放したようなところがあり、もちろんそれが魅力とは言え、同時に冷たい感触を与えるものだとも思う。そのような性格の違う両者の曲が収録されている。中で、私はルクーのものが好きなのである。 イブラギモヴァのヴァイオリンは、このルクーの抑えようもない情熱を迸るように弓に乗せて聴き手に伝えてくれる。熱く、美しい演奏だ。この曲に対する私のイメージにもよく合っていて、私はとても気に入った。ティベルギアンのピアノも崩しすぎない範囲を心得ていて、室内楽としての均整を保っている。 ラヴェルではツィガーヌが良いと思う。イブラギモヴァのヴァイオリンは、時に踏み込みの強い攻撃的な響きを持っているが、そのことがこの楽曲の激しさに呼応し、迫力を増している。遺作のヴァイオリン・ソナタは聴く機会の多くない作品であり、構成的にも第2番に比べて弱いのだが、音響的には、すでにラヴェル独自の世界観が出ている。これを生前には発表しなかった作曲者の自身への厳しい審美眼を思いながら(現在ではそういう作品がどんどん録音され、聴けてしまうのだけれど)、楽しませていただいた。 79分の収録時間を使って、贅沢な曲の組み合わせを存分に楽しませてくれる素晴らしいディスクである。 |
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ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ ヴァイオリン・ソナタ イ長調(遺作) ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ ヤナーチェク ヴァイオリン・ソナタ vn: ツィンマーマン p: ロンクィッヒ レビュー日:2025.3.10 |
★★★★★ 力強い音色でくっきりと描かれたラヴェル、ヤナーチェク、ドビュッシー
フランク・ペーター・ツィンマーマン(Frank Peter Zimmermann)のヴァイオリン、アレクサンダー・ロンクィッヒ(Alexander Lonquich)のピアノによる下記の4作品を収録したアルバム。 1) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) ヴァイオリン・ソナタ ト短調 2) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) ヴァイオリン・ソナタ ト長調(第2番) 3) ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928) ヴァイオリン・ソナタ /ヨゼフ・スーク(Josef Suk 1874-1935)改訂版 4) ラヴェル ヴァイオリン・ソナタ イ長調(遺作)(第1番) 1990年の録音。ラヴェルの遺作のヴァイオリン・ソナタは第1楽章のみのが完成された「未完作」であるが、その音楽的充実から、最近では、ソナタ第1番と称され、それに併せて従来親しまれてきたト長調のソナタは第2番と表記されることが多くなってきた。 さて、ツィンマーマンとロンクィッヒの演奏である。この2者は、この時期に精力的な録音活動を展開していて、1987-90年に録音された一連のモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)作品や、1987年に録音されたプロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953)の作品集など、いずれもクオリティの高いものだった。 この録音も同じ時期のものとなる。ここで聴かれる演奏は、きわめてくっきりした音像によるもので、両者の演奏スタイルは、ラヴェルやドビュッシーのソナタにおいても、印象派的な情緒を醸し出すというより、強靭でくっきりした音を用い、中間的な移ろいより、明瞭なリズムを意識させるものだ。その結果、それぞれの楽曲で、緊張感の高い音楽が展開されており、聴く人によっては、そこにドイツ的な音楽の本流に根差したスタイルを強く感じるかもしれない。 冒頭のドビュッシーから、その明晰な進行性は顕著で、この作品としては、かなり力強い響きが導かれている。私はこの演奏を聴いていて、ジャンルは違うけれども、アルバン・ベルク弦楽四重奏団が録音したドビュッシーとラヴェルを思い出した。あの録音も出た当時はさぞセンセーショナルだっただろう。思えば、アルバン・ベルクの録音は1984年のことだったから、その流れが多かれ少なかれ、当録音に影響を与えたとしても不思議ではない。そして、この録音もまた魅力的なものとなっている。ドビュッシーに続くラヴェルも緊張感に富んだもので、第2楽章の有名なブルースは、様々な演奏家がそれなりの自由さを表現するところであるのだが、ここでツィンマーマンとロンクィッヒが展開する演奏は、持続性や普遍性を感じさせるもので、それゆえの力強さ、大地の確かさを感じさせる。終楽章のリズムにのった明晰な刻みも鮮やかだ。 ドビュッシーやラヴェルでは違和感を持つ人がいてもおかしくないかもしれないけれど、ヤナーチェクは楽曲が持つ本来の性格も踏まえ、より広く名演として受け入れられる演奏だと思う。彼らの強く明晰な響きは、この楽曲がもつ暗示的なイントネーション、童話的な不思議さや唐突さを、鋭い切れ味で表現しており、この曲に相応しい重厚な聴き味を導いている。終楽章の複雑な多様さも、芯の通った表現で、欠点として指摘出来そうなところはないといっていい。 最後にラヴェルの遺作のヴァイオリン・ソナタが収録されているが、この美しい作品を精緻に描いた彼らの演奏は、存在感のある録音であり、この楽曲の代表的録音の一つと言って良い。透明なピアノをバックに艶やかに響くヴァイオリン、そしてそれを支える洗練された技巧は、鋭利な感覚美に満ちている。 |
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ピアノ独奏作品全集 p: タロー レビュー日:2006.8.5 |
★★★★★ これは現代第一級のラヴェルのピアノアルバムでしょう。
ラヴェルのピアノ作品集。全集となっているが、収録曲は「鏡 水の戯れ 亡き王女のためのパヴァーヌ 古風なメヌエット 前奏曲 シャブリエ風に ボロディン風に ハイドンの名によるメヌエット マ・メール・ロワ クープランの墓 夜のガスパール ソナチネ 高雅にして感傷的なワルツ パレード(バレエ音楽のためのスケッチ) メヌエット」である。めったに聴く機会のない小曲を含むが「ラ・ヴァルス」は収録されていない。ピアノを弾いているのはアレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud)。1968年フランス生まれのピアニストでラモー、サンサーンス、ラヴェル、プーランクを得意としているようだ。 そのピアノの響きは繊細で精緻。メカニカルで時として厚みの不足にも感じられるかもしれないが、非常に集中力のあるラヴェルであり、思わずこちらも耳をそばだてる演奏に違いない。また情緒の面でも繊細に描かれていてラヴェル的なとにかく細やかな演奏になっている。なかでも思わず「すばらしい」と唸ってしまったのは鏡の第3曲「海原の小舟」である。かつてピアノでこのようにオーケストラ版にもまさるような描写力を示した演奏があっただろうか。魅惑的で細やかなピアニシモは夏の海の上を、風に身を任せてたゆたう小舟を鮮やかに描き出した。揺れる舳先、光を反射する波、風の薫り、移ろう雲・・・まさに印象派の醍醐味を聴く時間を与えてくれる。 これほどのラヴェルはなかなか聴けません。間違いなく超一級品です。 |
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ラヴェル ピアノ全作品集 カゼッラ ラヴェル風に(アルマンゾ、またはアデライーデの結婚) ラヴェル/ジロティ編 2つのヘブライの歌より 第1曲「カディッシュ」 p: シャマユ レビュー日:2016.1.27 |
★★★★★ 感覚的思索の深さに感じ入るシャマユのラヴェル
フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)によるラヴェル(Joseph-Maurice Ravel 1875-1937)のピアノ独奏曲集。全集と謳われているが、正確には主要曲のすべてを網羅したもので、その内容は以下の通り。 【CD1】 1) 水の戯れ 2) 亡き王女のためのパヴァーヌ 3) シャブリエ風に 4) 鏡(蛾、悲しげな鳥たち、海原の小舟、道化師の朝の歌、鐘の谷) 5) 古風なメヌエット 6) グロテスクなセレナード 7) ボロディン風に 8) 高雅で感傷的なワルツ 9) アルフレード・カゼッラ(Alfredo Casella 1883-1947) ラヴェル風に(アルマンゾ、またはアデライーデの結婚) 【CD2】 1) 夜のガスパール 2) メヌエット 嬰ハ短調 3) ソナチネ 4) 前奏曲 イ短調 5) クープランの墓 6) ハイドンの名によるメヌエット 7) アレクサンドル・ジロティ(Alexander Ziloti1863-1945) 2つのヘブライの歌より第1曲「カディッシュ」(原曲:ラヴェル) 2015年の録音。ラヴェル作品以外に、ラヴェルと同時代の2人の作曲家によるラヴェルに所縁のある2つの小品が収録されている。 私がこのピアニストの録音を初めて聴いたのは、Naiveレーベルからリリースされた2011年録音のリスト(Franz Liszt 1811-1886)の「巡礼の年」全曲を収めたCD3枚からなるアルバム(V5260)である。私は、その絶対的に美を湛えたタッチで、霧が一気に散るような鮮烈な演奏に強烈な衝撃を受けた。以来、私はシャマユの録音を一通り聴いてきた。それらは概して良かったが、最初のリストから受けた衝撃ほどではない、というところもあった。 このたびのラヴェルは実に良いと思う。これはシャマユの感覚的なものが、同郷の作曲家のセンスと良く感応しているという以上に、よく考察された弾きぶりで、それがラヴェルのピアノ曲たちを、ふさわしい形で色づかせ、息づかせていると感じられるからである。 シャマユのアプローチはきわめて入念で、ラヴェルのスコアを精度よく音化しながら、ラヴェル作品ならではのフレーズを、バランスよく響かせている。メカニカルなものと、抒情的なものが、きれいに折り合って収まった心地の良さに満ちていて、豊かな聴後感に浸らせてくれる。 また、ペダルの操作も巧妙で、例えば「水の戯れ」でドスンと響く低音は、水面に広がる波紋の中心点のように存在を示し、そこからきらびやかな音が周囲に美しく散らばっていく。このような演出を自然にやるというのは、一流ピアニストであっても、なかなか難しいことではないだろうか。 「鏡」の終曲も私には印象深い。シャマユの機敏さと繊細さが、奥行き豊かな音像を導いていて、興奮させてくれる。 「高雅で感傷的なワルツ」を代表的名演に推す人も多いかもしれない。高雅で感傷的という曲名に付された形容を、音楽的に還元した演奏だ。「クープランの墓」のフォルラーヌ、「夜のガスパール」のスカルボなどにみられる鮮明な演奏効果も見事。 私個人的には、リスト以来のシャマユの名録音と感じた。 |
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亡き王女の為のパヴァーヌ グロテスクなセレナード クープランの墓 水の戯れ 高雅にして感傷的なワルツ ラ・ヴァルス p: ロルティ レビュー日:2004.2.28 |
★★★★★ 現代ラヴェルピアノ演奏の決定打的録音
ルイ・ロルティによるラヴェルピアノ曲集の1枚目。収録曲は、亡き王女の為のパヴァーヌ、グロテスクなセレナード、クープランの墓、水の戯れ、高雅にして感傷的なワルツ、ラ・ヴァルス。 カナダのピアニスト・ロルティが最も得意にしているレパートリーがラヴェルではないだろうか。全篇に渡って最上のテクに支えられた美観と清涼感に満ちた演奏となっている。日本ではたいへん人気のある「亡き王女のためのパヴァーヌ」は当時のサロンでも一大ムーヴメントをおこした作品。このロルティの演奏は現役盤ではアシュケナージと双璧の美しさだ。 クラヴサン音楽の大家として高名なクープラン(François Couperin-le-Grand: 1668-1733)の名前を冠する作品「クープランの墓」について、ラヴェルは「この曲はクープラン個人というよりも十八世紀のフランス音楽全体に捧げられた讃歌である」と語っているが、ここで聴かれるロルティの闊達なリズムと冴えた感性はこの作品を十二分に手中に収めたものだ。 ラ・ヴァルスの音楽の起伏と鮮やかな飛び散りはきらきらと輝き、このうえなくキレイな音世界である。もっとこのピアニストは評価されてよい。 |
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夜のガスパール ハイドンの名によるメヌエット 鏡 ソナチーヌ ボロディン風に シャブリエ風に 古風なメヌエット p: ロルティ レビュー日:2004.2.14 |
★★★★★ 刷新たるイメージのラヴェル
1984年のブゾーニ国際ピアノコンクールで第1位となったルイ・ロルティの2枚目のラヴェル・アルバム。 収録曲は、夜のガスパール、ハイドンの名によるメヌエット、鏡、ソナチーヌ、ボロディン風に、シャブリエ風に、古風なメヌエットの7曲。 夜のガスパールはベルトランの5つの怪奇詩すなわちスカルボ(Scarbo)絞首台(Le Gibet)オンディーヌ(Ondine)錬金術師(L'Alchimiste)雨(La Pluie)からインスパイアされた曲。 ラヴェルの一面に怪奇趣味があり、この詩の雰囲気はフィット。例えば「絞首台」はこんな詩~これは夜陰に吹きすさぶ北風か それとも、吊るされた罪びとの溜息か あるいは苔に隠れて鳴くこおろぎか それとも、木蔦を揺らすむなしい風か 死者の耳もとで 獲物を求めて飛びまわる蝿の羽音か しゃれこうべにしがみついて 血のこびりついた髪を引き抜く甲虫か それとも縊れた首のまわりに 純白のスカーフを編む蜘蛛か かなたの城壁から鐘をうつ音が響き 罪びとの亡きがらは 夕日のなかで ゆらりと揺れた~ ロルティの演奏は見事の一語につきる。これほど抑制を効かせながら、内向的な情熱を感じさせる演奏はなかなか難しいだろう。「ソナチーヌ」の「アニメ」のような楽章のさわやかな運動美も実に耳に心地よい。 |
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ラヴェル 夜のガスパール カーター ナイト・ファンタジーズ 2つのダイヴァージョン 90+ p: エマール レビュー日:2005.10.16 |
★★★★★ 精緻に描かれる静寂性の魅力あり
近・現代音楽に豊な感性を反映させるピアニスト、ピエール=ロマン・エラールのラヴェルとカーター。2枚組になっているが2枚目はエマール自身による解説(英語、フランス語、ドイツ語の3テイク収録)を収めている。 エリオット・カーター(Elliott Carter 1908-)は、アメリカの作曲家。元は新古典主義的だったが、様々な形式の音楽にアプローチし、実験性を備える様になってきた。「ナイト・ファンタジーズ」については作曲者自身がこう解説しているそうだ。「これは気分が絶えず変わり続け、夜に眠れないでいる時間に心に去来する束の間の思いや気持ちを暗示する音楽だ」 一種の「とりとめのなさ」「うつろい」といったものを反映させたピアノ曲は、確かにラヴェルとの類似性も思わせるし、夜の描写ということであれば、まさに聴き手は「夜のガスパール」との共通項を見出すのである。秀逸なカップリング・センスを感じさせる。 また、「2つのダイヴァージョン」は2種の規則的音型を色々と組み合せた音楽で、より実験性の高いものになっている。ラヴェルの有名曲ともども弱音の細かいソノリティの描き分けが抜群に精緻であり、高い抽象性とともに「静寂」を表現する音楽として、きれいな解答となっている。 |
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ラヴェル 夜のガスパール 亡き王女の為のパヴァーヌ 高雅にして感傷的なワルツ スクリャービン 4つの小品 2つの舞曲 2つの詩曲 4つの小品 ドビュッシー 喜びの島 p: アシュケナージ レビュー日:2017.1.10 |
★★★★★ アシュケナージのタッチが冴える色彩豊かな名演奏群
アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)による複数の音源を集めたアルバム。 ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 1) 夜のガスパール(オンディーヌ、絞首台、スカルボ) 1982年録音 2) 亡き王女のためのパヴァーヌ 1983年録音 3) 高雅で感傷的なワルツ 1983年録音 ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 1965年録音 4) 喜びの島 スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915) 5) 4つの小品 op.56 (前奏曲、皮肉、ニュアンス、練習曲) 1977年録音 6) 2つの舞曲 op.73(花飾り、暗い炎) 1977年録音 7) 2つの詩曲 op.32 1977年録音 8) 4つの小品 op.51(たよりなさ、前奏曲、翼のある詩曲、やつれの舞曲) 1982年録音 ラヴェルのピアノ作品集に、別の機会に録音された作曲家の作品を集めたものであるが、かつては、CD化の遅れていた「喜びの島」の録音が含まれていたこと、それにスクリャービンのピアノ・ソナタ全集がBOX化された際、削られていた小品集などが収録されていたこともあり、私は喜んで買わせてもらったものだ。 「喜びの島」は、演奏が素晴らしいにも関わらず、アシュケナージの膨大なライブラリの中では、数少ないドビュッシーということもあり、その後もときどき再編集盤のフィルアップに用いられていた。スクリャービンのピアノ小品集は、現在ではピアノ・ソナタ全集に割愛されることなく収録されている。 そのようなわけで、現在では当盤の価値は相対的に低下してしまったのであるが、しかし、総収録時間70分を越えたサービスの良いものであることにはかわりない。参考までに、私が所有しているのは、DECCAのovationシリーズで、製品番号は425 081-2となっているが、同じ収録内容での再販はされていない模様であるため、当該品と同等であろう。 ラヴェルはアシュケナージの瑞々しく光を反射するようなピアノが抜群の効果をもたらす。「夜のガスパール」は、ラヴェルの怪奇趣味が鳴りを潜め、美しい夜の描写のように様変わりした感があるが、闇の中で微細な光をあつめ、これを様々な角度に散らせるアシュケナージのピアノは絶対的に美しい。「亡き王女のパヴァーヌ」は、ピアノによる演奏では特に美しい録音の一つであり、そのかすかなタメからもたらされる情緒、静かに紡がれるメロディのデリケートな取扱いは素晴らしく、嫋やかなロマンに包まれるようだ。 ドビュッシーのピアノ独奏曲については、私は現在ではバヴゼ(Jean-Efflam Bavouzet 1962-)のものがいずれも素晴らしいと思うのだけれど、中にあって「喜びの島」については、アシュケナージのものがいちばん気に入っている。技巧の冴えと音楽表現上の詩情の表出が、とても高度に制御された美観が徹底しているし、運動性も豊かで、まず文句の付けようがない。ただ、録音優秀とはいえ、現在では少し録音が古くなってしまったかもしれない。 スクリャービンは、名録音として知られるピアノ・ソナタ全集の余禄として収められたものであるが、当然のことながらこれらの小品もピアノ・ソナタに劣らない名品であり、スクリャービン作品ならではの呼吸により、浮遊感、色彩感を表出したアシュケナージの演奏は、万全のものとなっている。 |
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ラヴェル 夜のガスパール シューマン 幻想小曲集 バルトーク 戸外にて p: ヴァーリョン レビュー日:2019.1.29 |
★★★★★ 文学的で詩的な「夜の世界」を、ピアノで描きあげたアルバム
ハンガリーのピアニスト、ヴァーリョン・デーネシュ(Varjon Denes 1968-)による、「夜」をテーマとしたピアノ・ソロ・アルバム。収録曲は以下の通り。 シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 幻想小曲集 op.12 1) 第1曲 「夕べに」 2) 第2曲 「飛翔」 3) 第3曲 「なぜ」 4) 第4曲 「気まぐれ」 5) 第5曲 「夜に」 6) 第6曲 「寓話」 7) 第7曲 「夢のもつれ」 8) 第8曲 「歌の終わり」 ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 夜のガスパール 9) 第1曲 「オンディーヌ」 10) 第2曲 「絞首台」 11) 第3曲 「スカルボ」 バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) 野外にて 12) 第1曲 「笛と太鼓」 13) 第2曲 「舟歌」 14) 第3曲 「ミュゼット」 15) 第4曲 「夜の音楽」 16) 第5曲 「狩」 2016年の録音。 厳密にいうと、シューマンとバルトークの作品は、「夜の主題を持つ楽曲を含む曲集」なのであるが、このアルバムを通して聴いていると、私は、確かに夜の世界へ誘われる気持ちになった。ヴァーリョンの紡ぎだす音楽の美しさ、そして嫋やかなメロディー・ラインの扱いが、「安寧」、そして時折呼び覚まされる「不安」といった感情に作用する。それは、夜になって就寝の時間帯に訪れるものに近い。そのような意味で、構成、演奏の双方がよく考えられた良いアルバムだ。 シューマンの「幻想小曲集」とラヴェルの「夜のガスパール」は、それぞれE.T.A ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann 1776-1822)とベルトラン(Louis Bertrand 1807-1841)の文学に触発されて書かれた音楽作品であるが、ヴァーリョンはその核心である詩情を巧みに引き出している。シューマンの第1曲「夕べに」から、夜の香気はゆっくりと空から降りてくるような丁寧さで音色を紡ぎ、決して焦らず、なめらかに、適度な運動性を秘めて、メロディー・ラインが紡がれていく。たちまちのうちに聴き手を音の世界に引き込んでいく。第2曲の「飛翔」におけるしなやかな躍動は、粗暴さとは無縁でありながら、十分な情熱を込めて奏でられる。第5曲「夜に」ではその柔らかい輪郭線が訥々と語られており、詩的だ。第7曲「夢のもつれ」では、ことさらパッセージの明瞭化にこだわることはせず、音楽的な情緒を内発的に紡ぎだす。 ラヴェルの「夜のガスパール」では冒頭曲のオンディーヌの瑞々しい色彩感が素晴らしい。私はこの音楽を聴いていて、夜の公園で一人、街灯の光を反射させて水滴を散らす噴水の光景を想起した。無数の光の粒を連想させるヴァーリョンのタッチに感服した。「絞首台」では、怪奇的な雰囲気が美しい。「スカルボ」は、ヴィルトゥオジティの発揮より、音楽的な流れを優先させた自然さが好ましい。 最後のバルトークの作品も感服した。この楽曲は、バルトークの一種の野趣性のようなものが、ときに剥き出すように現れて、聴き手の心を乱すところがあるのだが、ヴァーリョンの表現はそこに高度な洗練をもたらす。グリッサンド等の効果は控えめなものとしながら、全体のバランスを吟味した強弱をもたらすことで、驚くほど詩的な世界が描かれている。私は、この演奏を聴いて、これらの楽曲に新たな一面を感じることが出来た。第4曲「夜の音楽」は、当アルバムの白眉とも言えるだろう。バルトークが描いた野性的な夜の世界が、濃厚な気配を保ちながら、これほど情感豊かに奏でられるのを聴くのは、はじめてであった。 |
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夜のガスパール 高雅にして感傷的なワルツ クープランの墓 p: ヌーブルジェ レビュー日:2022.2.1 |
★★★★★ 透明にして軽やか。聴き味爽やかなラヴェルのピアノ独奏曲集
2004年のロン=ティボー・コンクール第3位に入賞したフランスのピアニスト、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(Jean-Frederic Neuburger 1986-)による、ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)のピアノ独奏曲集。収録曲は下記の通り。 1) 夜のガスパール(オンディーヌ、絞首台、スカルボ) 2) 高雅にして感傷的なワルツ 3) クープランの墓(プレリュード、フーガ、フォルラーヌ、リゴドン、メヌエット、トッカータ) 2013年の録音。 細かい音を、軽やかかつ正確な音価で再現し、精密なモザイク画を思わせる音像を築き上げた演奏。以下にも印象派のピアノ独奏曲に相応しい、透明な音色であり、整った安定感と、均整的な美しさに優れている。 夜のガスパールの冒頭から、ガラスのビーズが零れ落ちるような音がつながり、それらが集まって、メロディを立ち上がらせてゆく。その様は、幻想的で美しい。一つ一つの音がくっきりしているのに、全体として描かれるものがなめらかな縁取りを感じさせるというのは、この楽曲の演奏として、一つの理想形を感じさせるし、聴き手の期待に存分に応えてくれる演奏だ。絞首台の静謐さも見事だが、スカルボの鮮明な響きは、高い爽快感をもたらすもので、この演奏の美点が集約された部分だと思う。 高雅にして感傷的なワルツは、ワルツゆえの間合い、リズムの色付けが楽しい。ソノリティ自体に清潔感と透明さがあるため、アヤ付けによる遊戯性が、嫌味なく伝わるのは、このピアニストの特徴といっていいだろう。細やかなルバートも品が良く、健康的。この楽曲に相応しい聴き味だろう。 当盤に収録された楽曲、いずれも良い演奏だが、中でもクープランの墓の両端にあたる「プレリュード」と「トッカータ」は白眉と言っても良い。輝かしい音色と、スマートな運動性で、早さに即したインパクトが施され、聴いていて気持ちが良い。ここまで清々しい「クープランの墓」は、ちょっとお目にかかれないのではないだろうか。もちろん、その一方で、フーガやフォルラーヌは、人によって淡泊に過ぎる印象をもたれるかもしれない。しかし、全般に淡色系で描かれたこの好演の在り様を考えると、やはりこのスタイルが正解だと思わざるを得ない。とてもいい気分で、1枚を聴き通し、パタンと小気味良く綴じる様な、粋なアルバムになっています。 |