パーセル
劇音楽「アンフィトリョン、二人のソシア」 劇音楽「バーナビー・ウィッグ卿、女の才知にあらざる才知」 から「 吹け、北風よ、吹け」 劇音楽「ほどかれたゴルディウスの結び目」 劇音楽「キルケー」 マロン指揮 アラディア・アンサンブル S: ジェフリー T: ダイン Bs: トムキンズ レビュー日:2019.6.27 |
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★★★★★ 現代的な感性で仕上がったパーセルの劇音楽たち
古楽の大家、ケヴィン・マロン(Kevin Mallon)と、彼によって設立されたカナダのトロントに拠点を置くピリオド楽器合奏団、アラディア・アンサンブル(Aradia Ensemble)によるパーセル(Henry Purcell 1659-1695)の「劇場音楽集 第1集」と称したアルバム。収録曲は以下の通り。 劇音楽「アンフィトリョン、二人のソシア」 Z. 572 1) I. 序曲 2) II. サラバンド 3) III. ホーンパイプ 4) チェリア、私は祝福されていた(ソプラノ) 5) IV. スコットランドの調べ 6) アイリスへのため息 7) V. エアー 8) VI. メヌエット 9) タルシスとアイリスののどかな会話 (バス、ソプラノ) 10) VII. ホーンパイプ 11) VIII. ブーレ ソプラノ: アンドレア・ジェフリー(Andrea Jeffrey)、ミケーレ・ケットリック(Michelle Kettrick)、ニコル・バウアー(Nicole Bower) バス: ジルズ・トムキンズ(Giles Tomkins) 12) 劇音楽「バーナビー・ウィッグ卿、女の才知にあらざる才知」 Z. 589 より 「吹け、北風よ、吹け」 テノール: ブライアン・ダイン(Brian Duyn) バス: ジルズ・トムキンズ 劇音楽「ほどかれたゴルディウスの結び目」 Z. 597 13) 序曲 14) 幕間音楽 - エアー 15) 幕間音楽 第2番 - メヌエット 16) エアー 17) 第2幕 - ロンド・メヌエット 18) 第3幕 - エアー 19) 第4幕 - ジーグ 20) シャコンヌ 劇音楽「キルケー」 Z. 575 21) 供犠に集まらねばならない(バス、合唱) 22) 彼らの助けは必要だ(テノール、バス、合唱) 23) 来いすべての悪魔よ(テノール、合唱) 24) 魔術師の踊り 25) プルート、立ち上がれ!(バス) 26) 恋人たちの初めての抱擁(ソプラノ、アルト、合唱) バス: ジルズ・トムキンズ、ナイル・アロノフ(Neil Aronoff) テノール: ブライアン・ダイン カウンター・テナー: ピーター・マーン(Peter Mahon) ソプラノ: ニコル・バウアー アルト: ロズ・マッカーサー(Roz McArthur) 2006年の録音。 パーセルの短い生涯のうち、最後の5年間に書かれた充実した作品を中心に収録されている。パーセルの演奏、録音としては、先にホグウッド(Christopher Hogwood 1941-2014)による優れた功績があるが、マロンは、そこからまたスコアを見直し、「ほどかれたゴルディウスの結び目」などでは、より装飾性の高い楽器を追加することで、より音の彩を増やしている。全般に快活な軽やかさで、劇に沿った情景や、時にグロテスクな面なども表情豊かに描いていて、現代的な洗練を感じさせる。 劇音楽「アンフィトリョン、二人のソシア」では、序曲から早めのテンポが印象的。古楽器ならではの編成の妙が楽しく、例えば「III.ホーンパイプ」ではタンバリンが活躍するし。「エアー」では太鼓が印象的だ。ジョン・ドライデン(John Dryden 1631-1700)の詩に即した表現主義的な側面も多く感じられ、「スコットランドの調べ」では、独特の奇怪さを醸し出す。「VII. ホーンパイプ」を経てブーレの活力に満ちたサウンドで清々しく締めくくられる。 劇的な性格を持つ「吹け、北風よ、吹け」は風を表現した上昇、下降音型をバックに勇壮な歌があって、逞しい。 劇音楽「ほどかれたゴルディウスの結び目」は純器楽のための組曲となっている。緩急の対比が聴きどころの一つであるが、「幕間音楽 - エアー」の舞踏性、「第3幕 - エアー」の典雅なリコーダーの響きなどにパーセルの音色とリズムの演出法が良く反映されている。 劇音楽「キルケー」は器楽と独唱、コーラスによる大規模な作品である、収録曲中でももっとも名高いものだと思われる。壮大であったり、田園的であったりと、パーセルらしい機敏な展開に応じて、マロンの指揮のもと、反応性の良いサウンドが心地よい。「魔術師の踊り」はスリリングで、その揃ったリズムの愉悦性が特徴。いずれの楽曲でもマロンは「活気ある洗練」を導き、ピリオド楽器と、当時ならではの楽器によるリズムに敏感なサウンドを構築しており、気持ちが良い。ホグウッドの録音以来の名録音と言って良い内容。 |
歌劇「妖精の女王」Z629より7曲 歌劇「ディドーとエネアス」Z626より5曲 歌劇「アーサー王」Z628より6曲 歌劇「アブデラザール」Z570より6曲 ヘンゲルブロック指揮 フライブルク・バロックオーケストラ レビュー日:2015.1.21 |
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★★★★★ パーセル入門にもお勧め。ヘンゲルブロックによる管弦楽曲集。
ヘンゲルブロック(Thomas Hengelbrock 1958-)指揮、フライブルク・バロックオーケストラによる、イギリスのバロック期の大家、パーセル(Henry Purcell 1659-1695)の管弦楽曲集を集めたもの。1991年の録音。収録されているのは以下の4編。 1) 歌劇「妖精の女王」 Z629より7曲 2) 歌劇「ディドーとエネアス」Z626より5曲 3) 歌劇「アーサー王」 Z628より6曲 4) 歌劇「アブデラザール」Z570より6曲 録音当時、「妖精の女王」や「アブデラザール」の管弦楽組曲は、そこそこは知られていたと思うが、イギリス歌劇の最高傑作とも言われる「ディドーとエネアス」については、管弦楽組曲という形で演奏されることはあまりなかっただろう。おそらくこの形での録音は当盤が初出だったのではないかと思う。しかし、聴いてみると、他の楽曲同様美しさと典雅さに満ちていて、まったく不自然さはない。最近では、演奏会などでも、組曲形式で取り上げられる機会が増えているようだ。楽曲自体が魅力的なので、そのようなきっかけを作ったという意味でも、当盤の功績は大きいだろう。 当盤の様にオペラの管弦楽曲だけで、これほど魅力的な音楽が味わえるのは、パーセルの管弦楽書法が現代に通じる普遍性を持っていたことの顕れである。つまり、管弦楽の響きが、組織的な基礎を持ち、旋律もこれに適合した洗練を感じさせるものとなっている。実際、ここで聴く「ディドーとエネアス」の管弦楽曲としての完成度の高さは、むしろアルバムの白眉とさえ言えそうだ。TRACK9のリトルネッロの典雅さから、TRACK12の魔女の踊りのチェンバロのカデンツァで聴き手をひきつけ、TRACK13のシャコニーへという早急な展開は聴き応え十分だ。 TRACK14のニ短調で書かれた「アーサー王」序曲の豊かな響きも注目したい。 もちろん、以前から知られていた「妖精の女王」や「アブデラザール」も見事な作品。ちなみにTRACK21に収録されたニ短調のロンドは、後にブリテン(Edward Benjamin Britten 1913-1976)が「青少年のための管弦楽入門」の変奏曲の主題に用いたもので、多くの人に馴染みのある主題であり、本盤に近づき易さを感じさせてくれるものだろう。 ヘンゲルブロックとフライブルク・バロックオーケストラによる演奏は、高度な洗練から引き出された「柔らか味」が最高の聴き味で、時としてピリオド楽器演奏で聴かれる「薄味」な要素はなく、十分な味わいの深さを感じさせてくれる。パーセルという作曲家の入門にも最適と言える一枚になっていると思う。 |
歌劇「妖精の女王」 マクリーシュ指揮 ガブリエリ・コンソート&プレーヤーズ S: デニス ローソン ピアース サンプソン T: バッド ダニエルズ ウェイ Br: ウィリアムズ Bs: リッチズ レビュー日:2022.6.27 |
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★★★★★ 現代的な洗練された手法でパーセルの表現性を楽しく伝えてくれる録音
イギリスの指揮者、ポール・マクリーシュ(Paul McCreesh 1960-)指揮、ガブリエリ・コンソート&プレーヤーズの演奏による、パーセル(Henry Purcell 1659-1695)の歌劇「妖精の女王(The Fairy-Queen)」全曲。2019年の録音。 「妖精の女王」とは、シェークスピア(William Shakespeare 1564-1616)の戯曲「真夏の夜の夢」に登場するティターニアのこと。この作品は、パーセルが、妖精の女王ティターニアとその夫であるオベロンの仲たがいと、平和な和解の様を描いた「サイドストーリー」のようなものであるが、ティターニアもオベロンも登場しない。様々な状況を、ニンフや、あるいは「夜」や「神秘」といった抽象的かつ寓話的キャラクターに語らせるという内容で、しっかりとしたストーリーがあるわけではない。適度にパーセル流の洒落を施した娯楽作品であり、おそらく、気楽に楽しむようなことを目的に書かれたオペラ形式の作品である。 当盤における独唱者は、以下の通り。 アンナ・デニス(Anna Dennisソプラノ) マイリ・ローソン(Mhairi Lawsonソプラノ) ローワン・ピアース(Rowan Pierceソプラノ) キャロリン・サンプソン(Carolyn Sampson 1974- ソプラノ) ジェレミー・バッド(Jeremy Buddハイ・テノール) チャールズ・ダニエルズ(Charles Daniels 1960- ハイ・テノール、テノール) ジェームズ・ウェイ(James Wayハイ・テノール、テノール) ロデリック・ウィリアムズ(Roderick Williams 1965- バリトン) アシュリー・リッチズ(Ashley Richesバス・バリトン) ハイ・テノールの記載があるが、当盤ではピッチを低めに設定することで、通常アルト、もしくはカウンター・テナーが務めるソロ・パートを、ハイ・テノールが歌唱する形をとっている。また、独唱者たちは、複数の役をこなしている。 CD2枚には、全5幕の当作品が、下記の様に収録されている。 【CD1】 音楽1(First Music) 1) プレリュード(Prelude) 2) ホーンパイプ(Hornpipe) 音楽2 (Second Music) 3) エアー(Air) 4) ロンドー(Rondeau) 5) 序曲(Overture) 第1幕 6) さあさあ、町を離れて(Come, come, come let us leave this town);Soprano, Bass 7) 酒に酔った詩人の場(Fill up the bowl, then…) 8) ジーグ(Jig);第1幕終曲 第2幕 9) 来たれ、お前たち、空の歌い手(Come all ye songsters of the sky);High Tenor 10) 鳥(Symphony in imitation of birds) 11) 知恵の神が聖なるミューズの女神たちを(May the God of Wit inspire);High Tenor, Tenor, Bass 12) エコー(Symphony in imitation of an echo) 13) さあ、みんな歌声をあわせよ(Now join your warbling voices all);Chorus 14) われらが草原で踊っている間に(Sing while we trip it upon the green);Fairy, Chorus 15) <夜>;ごらんなさい、あなたの企てに力をかすため(See, even Night herself is here ;Night) 16) <神秘>;わたしが来たのはすベてのものにしっかり錠を(I am come to lock all fast ;Mystery) 17) <秘密>;魅惑の一夜は、百日の幸運な日にもまさる(One charming night ;Secrecy) 18) <眠り>と合唱;しっ!もうみんな静かに!(Hush, no more, be silent all ;Sleep, Chorus) 19) <夜>の従者たちの踊り(Dance for the followers of night) 20) エア(Air);第2幕終曲 第3幕 21) 愛がもし甘いものなら(If love's a sweet passion ;Nymph, Chorus, Fawn) 22) 白鳥が近づいて来る時に奏されるシンフォニー(Symphony while the swans come forward) 23) 妖精たちの踊り(Dance for the fairies) 24) 緑色の服を着た男たちの踊り(Dance for the green men) 25) 現われよ、お前たちやさしい空気の精!!(Ye gentle spirits of the air, appear! ;Nymph) 26) コリドンとモプサの対話(Now the maids and the men are making of hay ;Coridon, Mopsa) 27) 干し草つくりの人々の踊り(Dance for the haymakers) 28) よく若い娘たちが嘆いている(When I have often heard young maids complaining ;Nymph) 29) 楽しく時を過ごすさまざまの方法を(A thousand, thousand ways we'll find ;High Tenor, Chorus) 30) ホーンパイプ(Hornpipe);第3幕終曲 【CD2】 第4幕 1) シンフォニー(Symphony) 2) いまや夜は追い払われ(Now the night is chased away ;First Attendant, Chorus) 3) 笛とクラリオン(Let the fifes and the clarions and shrill trumpets sound ;Second Attendant, Third Attendant) 4) ポイボスの登場(Symphony for the entry of Phoebus) 5) きびしく長い冬が地球を凍らせ(When a cruel long winter has frozen the earth ;Phoebus) 6) ようこそ、われらすべてのものの偉大なる父(Hail! Great parent of us all ;Chorus) 7) <春>;感謝の気持にあふれる春は(Thus the ever grateful Spring ;Spring) 8) <夏>;わたしは夏、陽気でにこやか(Here's the Summer, sprightly, gay ;Summer) 9) <秋>;ごらんなさい、色とりどりのわたしの野原を(See my many coloure'd fields ;Autumn) 10) <冬>;次に、色蒼ざめて、やせほそり、年老いた冬が(Next Winter comes slowly, pale ;Winter) 11) 栄えあれ!われらの偉大なる守護者に(Hail! Great parent of us all ;Chorus) 12) エア(Air);第4幕終曲 第5幕 13) どうか泣かせてください、このままずっと(O let me ever, ever weep ;Nymph) 14) 更に、また更に、幸いなる恋人たちよ(Thrice happy lovers ;Juno)-15) 登場の踊り(Entry Dance) 16) シンフォニー(Symphony) 17) こうして暗い世界がまず輝きはじめ(Thus the gloomy world ;Chinese Man) 18) こうして幸せに自由に(Thus happy and free ;Chinese Woman, Chorus) 19) ダフネよ、あんたの眼差しには魅力があり(Yes, Daphne ;Chinese Man) 20) 猿の踊り(Monkey's Dance) 21) おききなさい。万物はすべて(Hark! How all things with one sound rejoice ;Second Woman) 22) おききなさい。大気はこだまして勝利を歌い(Hark! The echoing air a triumph sings ;First Woman, Chorus) 23) きっとのろまな婚姻の神は聞こえない(Sure the dull God of Marriage does not hear ;Two Chinese Women, Chorus) 24) プレリュード(Prelude as Hymen enters) 25) はい、はい、仰せのとおりにいたします(See, see I obey ;Hymen, Two Chinese Women) 26) それではこの華やかな光景に(They shall be as happy as they're fair ;Two Chinese Women, Hymen) 27) シャコンヌ 演奏は、様々に洗練を感じさせるものであり、もちろんイネガル奏法をはじめとするピリオド楽器の特徴に沿った響きであるが、中音域の弦が薄くならないような配慮があり、簡素になり過ぎることがなく、リュートやチェンバロの音と歌唱のバランスも、双方が効き易く、間合いがしっかりキープされた感がある。パーセルが書いた音楽は、感情表現豊かであり、歌い手にも、コミカルな要素をはじめ、様々なものを要求しているが、当録音では、それらが色彩感豊かに表現されるだけでなく、全体の流れがとても心地よく、適度なクッション性を維持していることと併せて、とても聴き心地が良い。 歌唱では、アンナ・デニスとジェームズ・ウェイのデュエット「愛がもし甘いものなら」や、アンナ・デニスのソロ「どうか泣かせてください、このままずっと」あたりが、やはりこのオペラの特に印象に残る部分であるが、その他、夜や神秘をはじめとした観念的な存在ならではの「雰囲気」を、音楽という抽象的な手段が、面白味をもって伝えてくれるし、それらのことが、聴いていて楽しいのが、なんといっても良い。オーボエをはじめとした木管楽器にも、歌唱に近い表現性が与えられており、その点もソツなくこなしてくれる当演奏は、やはり、洗練されていると言っていいだろう。 加えて、純管弦楽による部分は、ラモーの精緻な書法が、透明感あふれるサウンドで、快活に表現されており、特に後半はスケール感が増しており、第4幕冒頭のシンフォニーや、第5幕終結部のシャコンヌなど、特に魅力的。 指揮者、奏者のセンスが存分に活きた録音となっている。 |
歌劇「ディドーとエネアス」 パロット指揮 タヴァナー合唱団 タヴァナー・プレイヤーズ S: カークビー ネルソン T: トーマス レビュー日:2013.12.16 |
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★★★★★ イギリス歌劇の最高傑作といわれるパーセルの作品
バロック期のみならず、イギリス史上最も優れているとも言われる作曲家、パーセル(Henry Purcell 1659-1695)の代表作歌劇「ディドとエネアス」を収録。アンドリュー・パロット(Andrew Parrott)指揮、タヴァナー合唱団とタヴァナー・プレイヤーズの演奏。1981年の録音。配役は以下の通り。 ディド(カルタゴの女王): エマ・カークビー(Emma Kirkby 1949- ソプラノ) ベリンダ(ディドの姉妹で侍女): ジュディス・ネルソン(Judith Nelson 1939-2012 ソプラノ) 第2の女(ディドの侍女): ジュディス・リース(Judith Rees メゾ・ソプラノ) エネアス(トロイの王子): デビット トーマス(David Thomas 1951- テノール) 魔法使い: ヤンティナ・ノールマン(Jantina Noorman 1930- メゾ・ソプラノ) 第1の魔女: エミリー・ヴァン・エヴェラ(Emily van Evera メゾ・ソプラノ) 第2の魔女: レイチェル・ベヴァン(Rachel Bevan ソプラノ) 精霊(変装した魔女): テッサ・ボナー(Tessa Bonner 1951-2008 メゾ・ソプラノ) 水夫: レイチェル・ベヴァン(Rachel Bevan) この美しいオペラは長い間歴史の傍流で忘れ去られていたが、1895年のパーセル没後200年記念で取り上げられてからあらためて注目され、現在では、学究的意味も含めて、この時代を背景とするイギリス音楽の最大の成果を示すものと考えられるようになっている。全体は3幕5場からなるが、本CDは以下の4つのトラックに分かれる形で編集されている。 1) 第1幕 2) 第2幕 第1場 3) 第2幕 第2場 4) 第3幕 第1場と第2場 ストーリーは、古代ローマの詩人ウェルギリウス(Publius Vergilius Maro 紀元前70- 紀元前19)の「アエネーイス(Aeneis)」に基づくもので、トロイの王子エネアスとカルタゴの女王ディドの物語。以下、簡単に粗筋を書いておこう。 トロイの王子エネアスはトロイ戦争で祖国を失い、漂着した先でカルタゴを興した女王ディドと出会う。ディドはエネアスに好意を持つ。一方のエネアスもディドに好意を持つようになり、べリンダらの後ろ盾もあって、二人は結ばれ、喜びのうちに第1幕を終える。第2幕第1番はディドに悪意を持つ魔法使いの洞窟から始まる。手下の魔女に精霊の姿をさせ、エアネスにカルタゴを去るよう諭させるよう派遣する。第2番は森の中。ディドとエアネスは狩りをしていたが、精霊の言葉に奮起したエネアスはトロイ再興のため、イタリアへの出立を決める。第3幕は港から始まる。エアネスの出立を確認した魔法使いは嵐を手配する。一方、エネアスの心変わりを許せないディドは、同時にカルタゴの末路を悟り、自ら命を絶つ道を選ぶ。アリア「わたしが地中に横たえられた時("When I am laid in earth")」を歌い、息絶える。 このオペラのギターも含む楽器編成による音響は、当時のイギリスの舞台音楽の様式をいろいろと想像させてくれるもの。ロマン派のオペラと比べると軽妙な瀟洒さで、全体に軽やかな響きであり、演奏時間が短いこともあって、聴き易いもの。パーセルの作品は、厳格な対位法書法に従わずない自由な展開が示され、そこにも大陸の音楽との違いが垣間見られるが、このオペラも、音響的にはバロックの緊密さがあっても、構成感からの自由さがあるというユニークさがある。室内オペラではあるが、ラブソディックに燃えあがる楽想には、十分なドラマ性が秘められている。 当盤では、エネアス以外の配役がすべて女声であり(これはこのオペラが女学校での上演を目的として機会音楽であった側面もある)、そのこともあって、楽曲全体の印象も重々しさを感じさせず、自由さを併せて感じ取り易い。ちなみに水夫の役については、一般にはテノール歌手が担当することが多いのだが、当盤ではベヴァンが2役をこなす形になっている。 凄いのは魔法使いを演じたヤンティナ・ノールマン。私はこの人の歌唱はこれ以外に聴いたことがないのだけれど、この毒気ばかりの役目を、実にそれっぽく演奏している。この声の力というのは、相当なもので、聴いているだけで、怖いという人もいるのではないだろうか。対照的というか、ディド役のカークビーは健康的とも言える美しい歌声で、この2つ声のキャラクター的対比が強力だ。ただ、バロック・オペラに、ここまで感情表出が必要なのかは各人それぞれで判断するところだろうけど。 現代では、この作品はイギリス・オペラの最高傑作とまで言われるようになった。当盤はその代表的録音の一つであり、音楽史的観点でも面白さに溢れた内容となっている。 |