プレトリウス
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クリスマス・ミサ マクリーシュ指揮 ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ レビュー日:2013.10.31 |
★★★★★ 普遍的な宗教心を呼び覚ますような感動的録音
しばしば「文句のつけようがない」と思うアルバムがあるけど、当盤もそんな一枚。イギリスの指揮者、ポール・マクリーシュ(Paul McCreesh 1960-)によるルネサンス期ドイツの大家、ミヒャエル・プレトリウス(Michael Praetorius 1571-1621)の「クリスマス・ミサ」を収録したもの。ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ及びロスキレ大聖堂少年聖歌隊による演奏で1993年の録音。 ヨーロッパの音楽史というのは凄いものだ。日本では関ヶ原の戦いの時代に、これほどの合唱、独唱、オルガン、金管、ハープシコード、ハープ、打楽器などなどの大きな編成による、複層的で立派な音楽が演奏されていたのである。この79分の音のドラマを聴いていると、様々なことを想起してしまう。記譜法、作曲技法、演奏法、管弦楽法、様々なアカデミックな要素が集まって、これほどの芸術が生まれ、それが現代まで伝承されている奇跡。 プレトリウスという人物については、詳細が残されているわけではないが、1000曲以上のコラールと賛美歌を書き、ルター派プロテスタントの教会音楽を完成させた人物とされている。その作風は、敬虔で美しいと言うだけでなく、華やかで、外向的な面も存分に持ち合わせていて(むしろ、そちらが主だろうか)、教会音楽というイメージだけでは捉えられない、祭りのようなにぎやかさがある。そして、この「クリスマス・ミサ曲」こそ、そういったプレトリウスの様々な魅力を、ぎゅっと押し詰めた傑作だと思う。 さて、全曲(当盤の演奏時間)で79分と書いたけれど、これは全部プレトリウスが作曲したものではない。本CDでは、全曲が23のトラックに分かれているが、まず入祭の冒頭曲と、トラック10の「クレド(Credo)」はルターの作品(Martin Luther 1483-1546)をアレンジしたもの。ルターが作曲家としても数々の功績を遺したのは、今では有名な話で、これを冒頭に引用するあたり、ルター派の面目躍如である。 また、トラック13の「ソナタ(Sonata)」は、ドイツの作曲家ヨハン・ヘルマン・シャイン(Johann Hermann Schein 1586-1630)のもの。さらにトラック16に挿入されるオルガン曲は、これもドイツの作曲家ザミュエル・シャイト(Samuel Scheidt 1587-1654)の作品だ。ちなみにクレドの原典アレンジもシャイトによるもの。さらに、トラック・ナンバーで挙げると、6,7,9,11,14の5曲は、作曲者不詳の伝承曲で、当時すでに慣例的にミサなどで歌われていた作品だと考えられる。 これらを基に、全23トラック、79分に及ぶ大ミサ曲に仕上げたのがプレトリウスということになる。 演奏、それに音響効果も含めた録音も素晴らしい。デンマークのロスキレ大聖堂で録音されたとのことであるが、程よい残響と距離感が得られていて、この規模の大きい作品のスケール感が適切に伝わってくる。厳かな箇所の厳粛さ、華やかな箇所の壮麗さなど、すべてが的確で、教会の中で聴いているような実感が伴う。前後の距離感が適切なことは、やや遠くから聴こえてくるボーイ・ソプラノの音色が、神秘的感興を呼び覚ましてくれるときにあらためて感心する。私の様に宗教的背景が異なり、キリスト教のテクストをきちんと理解していない者であっても、普遍的な宗教音楽に触れる感動を、深く味わわせてくれる。実際、子供のころから、ヨーロッパで育ち、教会という舞台演出で、このような美しい音楽に触れていたら、いつのまにか敬虔な気持ちが宿るとうのは、大いにあり得ることのように思う。 楽曲、演奏、録音ともに秀逸の一語で、是非、多くの人に聴いていただきたい一枚です。 |