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プーランク



協奏曲

ピアノ協奏曲 2台のピアノのための協奏曲 ピアノと18の楽器のための協奏舞踏曲「オーバード(朝の歌)」
p: ル・サージュ ブラレイ ドゥヌーヴ指揮 リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2006.1.21
★★★★★ プーランクの作品をふさわしいスケールで表現
 1989年のシューマン国際コンクールで優勝したル・サージュは、プーランクをタ大得意としている。1999年に発売されたプーランクの室内楽曲集は、中心的に活躍したル・サージュのピアノにより好評を博した。ここではプーランクの協奏曲と協奏曲的作品、計3曲を録音している。
 「2台のピアノのための協奏曲」では第2ピアノをブラレイが担当しているのも注目したい。あまり録音数がないが、たいへんセンスのあるピアニストで、ここでもル・サージュともども抜群のノリだ。この曲はドイツ的とも言える重さと、瞬時に入れ替わるような瀟洒な場面場面の移り変わりが速く、奏者の呼吸もなかなか難しいと思えるのだが、巧みにクリアされている。もっと踏み外すような遊びがあってもいいかもしれないが、正規録音としてはこちらの方が確かに相応しいだろう。
 ピアノ協奏曲はたいへん親しみ易い作品で、フルートソナタや歌曲「モンパルナス」と並んでプーランクの代表作といえるだろう。特に第2楽章の風雅な雰囲気は牧歌的でもあり、瞑想的でもある。ル・サージュのピアノは室内楽的な緊密さをもってこの作品を描いて、かつ暖かみのある音色となっている。
 ピアノと18の楽器のための協奏舞踏曲「オーバード(朝の歌)」も様々な楽想をもった小曲がどんどん過ぎ行く作品であるが、その起伏をきれいに表現していると感じた。

ピアノ協奏曲 2台のピアノのための協奏曲 ピアノと18の楽器のための協奏舞踏曲「オーバード(朝の歌)」 4手のためのピアノ・ソナタ  2台ピアノのためのエレジー 2台のピアノのためのヴァルス・ミュゼット「シテール島への船出」
p: ロルティ メルシエ ガードーナー指揮 BBCフィルハーモニック

レビュー日:2015.10.21
★★★★★ プーランクのピアノ協奏曲と、2人のピアニストのための作品を集めた好企画
 カナダのピアニスト、ルイ・ロルティ(Louis Lortie 1959-)によるプーランク(Francis Poulenc 1899-1963)のピアノと管弦楽のための作品集。収録内容は以下の通り。
1) ピアノ協奏曲 S.146
2) ピアノと18の楽器のための舞踊協奏曲「オーバード」 S.51
3) 2台のピアノのための協奏曲 ニ短調 S.61
4) 4手のためのピアノ・ソナタ S.8
5) 2台ピアノのためのエレジー S.175
6) 2台のピアノのためのヴァルス・ミュゼット「シテール島への船出」 S.150
 オーケストラは、エドワード・ガードナー(Edward Gardner 1974-)指揮、BBCフィルハーモニック。3-6)では、同じくカナダのピアニスト、エレーヌ・メルシエ(Helene Mercier 1970-)が加わる。2015年の録音。
 当盤は協奏曲だけでなく、珍しい2人のピアニストのための作品まで収録している点がユニーク。私も、協奏曲のみであれば、かつてはロジェ(Pascal Roge 1951-)、そして今世紀に入ってからはル・サージュ(Eric Le Sage 1964-)といった人たちの魅力的な録音で楽しんだのだが、4-6)の3曲は当盤で初めて聴いた。
 当演奏の魅力は、その音色の軽やかさにある。かつての録音に比べても、その軽妙な素早さは際立っていて、冒頭のピアノ協奏曲から、「ここまで明るく軽やかな曲だっただろうか」と思ってしまう。それがこの録音の魅力。重厚な展開とは無縁の楽曲だけに、不要なものはできるだけ積載せず、そのエッセンスを抽出したようなピュアな響きとなっている。
 ピアノ協奏曲の第2楽章など、プーランクの書いた特に情緒的な音楽だと思うけれど、この演奏を聴いていると、空を行き交う小さな雲のようなさりげなさがあり、それが相応しく響く。
 ピアノと18の楽器のための舞踊協奏曲「オーバード」は、音色自体の楽しさを管弦楽と一体となって盛り上げている。とはいえ、この曲に関しては、アプローチが個性的になることはないように思う。既出の良演に加わった一枚といった印象。もちろん、悪くない。
 2台のピアノのための作品では、どこか「よそ事」のようなところのあるプーランクの音楽に、精度を極めたアプローチで、聴き手を惹きつける力を加えている。軽妙であるとともに、奏者の熱気が加わった演奏になっているだろう。全体のフランス的な響きは、細やかで、不自然さなく表出している。
 4手のためのピアノ・ソナタは、3つの楽章からなるが、全体で6分にも満たない規模の作品で、その聴き味はあまりにもあっけないところがあるのだけれど、二人の小粋な演奏ぶりは十分に感じ取れる。フランスものに抜群のセンスを示す彼らならではの手腕だろう。「エレジー」「シテール島への船出」も楽しく聴かせていただいた。
 ちなみにプーランクの作品で、チェンバロと管弦楽のために書かれた「田園のコンセール」についても、できればピアノ版として、いずれ十分なエスプリを感じさせてくれるピアニストの手で聴いてみたい、というのは私の希望である。


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室内楽

プーランク チェロ・ソナタ  ショパン チェロ・ソナタ  フォーレ エレジー ロマンス チェロのための小品
vc: ウィスペルウェイ p: ジャコメッティ

レビュー日:2013.3.25
★★★★★ フランスで生まれたチェロの名品たちを集めた素敵なアルバム
 オランダのチェリスト、ウィスペルウェイ(Pieter Wispelwey 1962-)とイタリアのピアニスト、ジャコメッティ(Paolo Giacometti 1970-)によるパリで活躍した作曲家たちのチェロとピアノのための作品を集めたアルバム。1997年の録音。収録曲は以下の通り。
1) プーランク(Francis Poulenc 1899-1963) チェロ・ソナタ
2) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) エレジー
3) フォーレ ロマンス
4) フォーレ チェロのための小品
5) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) チェロ・ソナタ
 両端に収録されたプーランクとショパンのチェロ・ソナタが特に重要な作品と考えられる。ショパンは、言わずと知れた「ピアノの詩人」と謳われる作曲家で、その作品の多くがピアノの為に書かれた。しかし、ショパンが「2番目」に興味を持っていた楽器であると思われるのが「チェロ」で、チェロとピアノのための作品というのはいくつか残っている。その中でも有名な作品であるのが、このチェロ・ソナタ。作品が書かれたのは1846年であり、ショパンが後期の瞑想的な雰囲気に近づいた時期のものでもあり、特有の渋さを備えている。4楽章からなる立派な格好を持った楽曲で、特に大規模な第1楽章の、技法を様々に繰り広げた展開が見事である。旋律は、明瞭な抒情性より幻想性に歩み寄り、しかしその一方で音楽的な力強さを感じさせる点は、ショパンならではの高度なマナー、高貴な感性によって成し遂げられたものだろう。第3楽章のラルゴは後期の夜想曲にも通ずる深さと耽美性があり、聴き手を魅了する。加えて、全曲を通じていかにもショパンらしい、ピアノのウェイトの重さも、特にピアノが好きな人には興味深いだろう。1楽章後半のピアノの活躍振りは、独奏曲にしたいほど。
 プーランクのチェロ・ソナタは、この作曲家の管楽器の室内楽ほどの魅力は感じないけれど、それでも後半2楽章のエスプリの効いたセンスは、十分に楽しめるもので、フランスが生んだチェロ・ソナタの系列の中では外せない存在感を持っている。
 フォーレのチェロとピアノのための小品集は、この作曲家らしい情熱と憂いを秘めたソノリティーに満ちている。特に有名なエレジーは、歌曲的な情感に満ちていて、直観的な分かり易さを持っている。
 それにしてもこの二人(ウィスペルウェイとジャコメッティ)の呼吸は見事だ。細やかな配慮が行き届いており、曲の感情が実に豊かに表現されている。ウィスペルウェイはかなり細やかな緩急、音の強弱を織り込むチェリストだが、ジャコメッティの好サポートにより、全体的なバランスが保たれていて、非常に感受性豊かに思えてくる。実は私はジャコメッティというピアニストを、この盤以外では聴いた事がないのだけれど、相当なピアニストに違いなく、他にもぜひ聴いてみたいと思っている。


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器楽曲

プレスト 常動曲 メランコリー 組曲「ナゼルの夕べ」 ユモレスク フランセーズ~クロード・ジェルヴェーズ(16世紀)による フランス組曲~クロード・ジェルヴェーズ(16世紀)による 「ジャンヌの扉」からパストゥレル 間奏曲 2つのノヴレット ノヴレット~マヌエル・デ・ファリャの主題による 3つの小品 ブーレ「オーヴェルニュのパヴィリオンにて」 「六人組のアルバム」からヴァルス 15の即興曲 2つの間奏曲 間奏曲 バディナージュ バッハの名によるヴァルス-即興(即興的ワルツ) 組曲「ナポリ」 5つの即興曲 ピアノのための組曲 8つの夜想曲
p: ル・サージュ

レビュー日:2014.3.28
★★★★★ これが「エスプリ」と表現されるものでしょうか?ル・サージュの素敵なプーランク
 エリック・ル・サージュ(Eric Le Sage 1964-)によるプーランク(Francis Poulenc 1899-1963)のピアノ作品集1998年の録音で、CD2枚組。収録曲詳細は以下の通り。なお、音楽学者カール・B・シュミット(Carl B Schmidt)によりあてがわれたプーランクの作品番号「FP番号」を参考までに付随する。
【CD1】
1) プレスト 変ロ長調 FP.70
2-4) 3つの常動曲(無窮動) FP.14
5) メランコリー FP.105
6-16) 組曲「ナゼルの夜」 FP.84
17) ユモレスク FP.72
18) フランセーズ~クロード・ジェルヴェーズによる FP.103
19-25) フランス組曲~クロード・ジェルヴェーズによる FP.80
26) バレエ音楽「ジャンヌの扉」からパストゥレル FP.45
27) カンタータ「仮面舞踏会」から「間奏曲」 FP.60
28-29)  2つのノヴェレッテ FP.47
30)  ノヴェレッテ~マヌエル・デ・ファリャの主題によるFP.173
31-33)  3つの小品 FP.48
34) ブーレ「オーヴェルニュのパヴィリオンにて」 FP.87
35) 「六人組のアルバム」から「ワルツ ハ長調」 FP.17
【CD2】
1-5) 5つの即興曲 FP.63
6-7) 2つの即興曲 FP.113
8-9) 2つの即興曲 FP.170
10-15) 遺作の即興曲集 FP.176
16-17)  2つの間奏曲 FP. 71
18) 間奏曲 第3番 変イ長調 FP.118
19) バディナージュ(冗談) FP.73
20) バッハの名による即興的ワルツ FP.62
21-23) 組曲「ナポリ」(舟歌、夜想曲、カプリース) FP.40
24-28) 5つの即興曲 FP.21
29-31) ハ調の組曲 FP.19
32-39) 8つの夜想曲 FP.56
 1998年録音
 【CD1】で、原曲作曲者として出ているクロード・ジェルヴェーズ(Claude Gervaise)は16世紀中ごろのルネサンス期のフランスの作曲家。
 全集ではないものの、プーランクのピアノ作品のおおよそを収録していて、量の観点でも充実した内容。
 ブーランクは、近代フランス音楽の優れた解釈者であったリカルド・ビニェス(Ricardo Vines 1875-1943)に師事し、彼から強い影響をうけた。そして、特にペダルとスタッカートの用法がきわめて近代のピアノ演奏において効果的であることを学んだという。また、1917年にサティ(Erik Satie 1866-1925)が、ディアギレフ・バレエ団のための「バラード」を発表してからは、サティの語法に強く惹きつけられるようになった。その影響は、プーランク自身が 「精神的なものと、音楽に関するものの両面にわたる広範なもの」と述べている。サティからの影響の顕著なものとして知られるのが、【CD1】に収められいる「3つの常動曲」で、この曲を聴いたアルフレッド・コルトー(Alfred Cortot 1877-1962)は、「皮肉を好むサティの外貌がある」と評したそうだ。
 いずれにしても、プーランクのピアノ曲に通じているのは、近代の、それもフランスで育った感性の反映であり、それは、しばしば「エスプリ」と形容される表現形態(作品に流れる精神性)に該当するものだと思う。ル・サージュの演奏は、細やかな機微が豊かで、緩急の自在性、豊かな色彩感などが特徴的。私が「エスプリ」の本質をどの程度まで理解しているかわからないが、この演奏は、聴いていて楽しく、緩急のタイミングとタメの入れ方に、いかにも愉悦性に通じるアヤがあり、それらの総体的な印象として、いかにもプーランクらしい音楽が流れているように思える。
 ル・サージュの演奏のもう一つの特徴は高級感であろう。プーランクのピアノ曲は、特有のユーモアや皮肉を交えているため、弾きようによっては、品を崩すような表現になる。それはそれで面白いのだけれど、ル・サージュの演奏には、そのような方向性を感じない。むしろ、どことなく高雅な気品を感じさせる。これは、どのような表現であっても「やり過ぎない」という節度と調和を重んじた表現を主としているためで、揺らしはするが、重心を大きくスウェイしてしまうところまではいかないのである。それで、特有の品の良さが漂う。その点において、デッカから出ているロジェ(Pascal Roge 1951-)の名盤よりも、徹底度が高いとも思う。
 個人的に当演奏で特に印象的なのは、私がもともと大好きな夜想曲の最初の1曲、それに組曲ナポリの中間に挿入された「夜想曲」、5つの即興曲 FP.63の冒頭曲、遺作の即興曲集 FP.176の最後の1曲、プレストといったところ。夜想曲は特有の香気が紡がれる美しいピアニズムが横溢している。プレストなど聴くと、一瞬でてくる「深刻な響き」があっても、全体的な曲想が深刻ではないため、その対比感がいかにもサティ的な感性が映えているようで楽しい。
 長時間収録であることも手伝って、十分にプーランクの世界に浸れる魅力的なアルバムだと思う。


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声楽曲

グローリア 黒い聖母への連祷 スターバト・マーテル
デュトワ指揮 フランス国立管弦楽団 フランス国立放送合唱団 S: ポレ

レビュー日:2016.3.24
★★★★★ プーランクの代表的な合唱曲3作品を優れた演奏・録音で楽しめます
 デュトワ(Charles Dutoit 1936-)指揮、フランス国立管弦楽団とフランス国立放送合唱団による演奏で、プーランク(Francis Poulenc 1899-1963)の高名な声楽曲3作品を収録したアルバム。収録内容は以下の通り。
グローリア
 1) 天のいと高きところは神に栄光
 2) われら主をほめ
 3) 神なる主、天の王
 4) 主なる御ひとり子
 5) 神なる主、神の子羊
 6) 父の右に座したもう主よ
7) 黒い聖母の連祷
スターバト・マーテル
 8) 悲しみに沈める御母は涙にくれて
 9) 嘆き悲しみ、苦しめる御子の魂を
 10) おお、神のひとりの子の
 11) 尊き御子の胡桃を
 12) これほどまで嘆きたまえる
 13) まだ品詞のうちに見捨てられ
 14) 愛の泉なる母よ
 15) わが心がその御心にかなうべく
 16) 聖なる御母よ、十字架に
 17) われにキリストの死を負わしめ
 18) おお乙女よ、審判の日に
 19) 肉体が死する時
 ソプラノ独唱はフランソワーズ・ポレ(Francoise Pollet 1949-)。黒い聖母への連禱では、合唱はフランス国立放送少年合唱団によるもの。1994年の録音。
 様々なジャンルに魅力的な作品を遺したプーランクであるが、中でも声楽のジャンルには、個性的な作品が多い。中にあって、合唱のための作品でとくに有名なものを挙げるとなると、当盤に収録された3曲が順当なところかもしれない。そういった意味で、プーランクの声楽作品への入口としても、とても適切な1枚といったところ。
 デュトワはプーランクの管弦楽作品を一通り録音していて、それらはいずれも見事なものだったが、当盤は、その余勢を駆ったと表現できるものでもある。
 その一方で、これらの声楽曲に漲る力強い時として強靭な響きは、他のプーランク作品と比較したときに、どこかドイツ的な音楽の流れを感じさせるものでもある。デュトワは、いつもの濁りのない溌剌としたタクトで、これらの曲の底辺にある熱い奔流を見事に描き出している。合唱は全般にソフトな輪郭を持った響きで洗練を感じさせる。この点については、もっと明確な分離を感じさせる響きが好ましいと感じられる人もいると思うが、オーケストラと一体となったときの響き、ティンパニやピチカートに呼応するソノリティの相性といった点で、非常にまとまったものになっていると思う。
 グローリアは全体をつかさどる祭典的なフレーズが軸となって展開するが、「神なる主、神の子羊」に代表されるミステリアスな味わいが抜群であり、デュトワの棒は、これらの美点を自然に表出していて、聴き味がなめらかで美しい。
 様々な解説によると「黒い聖母への連祷」はプーランクのこのジャンルの代表作として知られるとのこと。元来はオルガンを伴奏としているのだが、ここではオーケストラ版によって収録されている。高貴な美しさに溢れた作品であるが、私個人的には児童合唱の音色がそれほど好きでないこともあって、グローリア、スターバト・マーテルの方がずっと好きな作品というのが正直なところ。
 スターバト・マーテルは、キリストを失ったマリアの悲哀を描いたテキストで、古今多くの作曲家が曲を与えているが、プーランクのものは特有の明朗さが特徴となっている。また、「嘆き悲しみ、苦しめる御子の魂を」や「これほどまで嘆きたまえる」、そして「おお乙女よ、審判の日に」といった部分に見られる迫力に満ちた表現は、この作曲家の全作品の中でも随一のものといっていいと思う。いずれもデュトワらの現代的な技術力を背景とした演奏により、フレッシュな聴き味に仕上がっていて、素晴らしい。


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歌曲

平凡な話 偽りの婚約 動物詩集 3つの詩 陽気な歌 メタモルフォーズ(変身) 二十日ネズミ ハイド・パーク 君は夕暮れの火を見る 他
S: デュボス Br: カシュマイユ p: ロジェ

レビュー日:2013.9.5
★★★★★ プーランクの作曲精神が伝わる瀟洒なディスク
 1992年録音のプーランク(Francis Poulenc 1899-1963)の歌曲集。ソプラノのカトリーヌ・デュボス(Catherine Dubosc 1959-)とバリトンのジル・カシュマイユ(Gilles Cachemaille 1951-)による独唱、パスカル・ロジェ(Pascal Roge 1951-)によるピアノ。収録曲は以下の通り。
平凡な話;
 1)オルクニーズの唄 2)ホテル 3)ヴァロニーの沼地 4)パリへの旅 5)すすり泣き
偽りの婚約;
 6)アンドレの御婦人 7)草の中に 8)飛んでいる 9))私の屍は手袋のように柔らかい 10)ヴァイオリン 11)花
動物小話集(またはオルフェのお供);
 12)ラクダ 13)チベットのヤギ 14)イナゴ 15)イルカ 16)ザリガニ 17)コイ 18)二十日ネズミ(2つの歌曲より第1曲)
3つの詩;
 19)リエージュの少年 20)気分を変えて 21)白衣の天使に
陽気な歌;
 22)気の多い恋人 23)酒の唄 24)マドリガル 25)バルクの祈り 26)バッカスへの唄 27)ささげもの 28)若い盛り 29)セレナード
メタオモルフォーズ(変身);
 30)カモメの女王 31)お前はこんな風なのだ 32)パガニーニ
33) ハイド・パーク
34) もっと速く行こう
35) この優しい顔
36) 心に支配される手
37) 「燃える鏡」~君は夕暮れの火を見る
38) 恋の小路
39) 会話
 カシュマイユが歌っているのが、1- 5、12-18、22-29、33-34、39の計23曲で、デュボスが歌っているのが、6-11、19-21、30-32、35-39の計17曲。なお最後に収録された「会話」は、ソプラノとバリトンで歌われる。
 1899年のパリに生まれたプーランクは、20世紀中盤のパリを象徴する音楽家で、その作風は自由で瀟洒で、エスプリが効いており、いかにも当時の空気に満ちていると感じる。
 「当時のパリ」は芸術の爛熟した時代で、その象徴の一つであったモンマルトルを中心に、ピカソ(Pablo Picasso 1881-1973)、モディリアーニ(Amedeo Clemente Modigliani 1884-1920)、アポリネール(Guillaume Apollinaire 1880-1918)、コクトー(Jean Cocteau 1889-1963)らの熱い芸術活動が展開していた。音楽では、まずサティ(Erik Satie 1866-1925)の存在があり、ディアギレフ (Sergei Diaghilev 1872-1929)のバレエのためストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)が活動しており、これにコクトーの音頭で結成されたプーランクら6人組がいた。バレエ・ダンサーとしてはニジンスキー (Vaslav Nijinsky 1890-1950)が活動していたし、ファッションではココ・シャネル(Coco Chanel 1883-1971)がいた。他にもマルセル(Marcel Duchamp 1887-1968)、ルノワール(Pierre-Auguste Renoir 1841-1919)など、挙げだすとキリがない。
 そんな中でプーランクも当然のように中心人物として指おられる象徴的芸術家である。彼は、当時の世界的スターであったモーリス・シュヴァリエ(Maurice Chevalier 1888-1972)のシャンソンやキャバレー音楽、ジャズ音楽の影響を受けつつ、ストラヴィンスキー、サティ、ドビュッシー、ムソルグスキーの流れを汲む音楽を書いた。歌曲では、詩をアポリネールやエリュアール(Paul Eluard 1895-1952)に求めた。
 彼の歌曲は、詩から得た霊感を、彼の感性にストレートに照射させ、そのまま抽出されたような音楽で、それは、自らの音楽を評した「素敵で悪趣味な音楽」にそのまま通じるものだろう。その歌曲では、ピアノの役割は重要で、詩以外の含みや空気を伝える多様な要素が求められている。シンコペーションの効果が良く使われ、これも過ぎるといよいよ悪趣味になるのだけれど、プーランクの音楽にはそれを単なる悪趣味に落とし込めない独特の気風があり、ずばぬけたセンスを感じさせる。
 当盤に収録された楽曲では、初期の作品である「動物小話集」で、すでに完成されたプーランクの芸風を堪能できるが、17世紀無名詩人の詩による「陽気な歌」でその完成をみる趣がある。
 また「君は夕暮れの火を見る」は、神秘的な美観に満ちた孤高性さえ感じさせる逸品で、名曲の気配が全編に満ちている。通俗名曲に羅列されることもある「恋の小路」は、シャンソンとしての完成を示しており、プーランク作品への入口としても絶好だろう。「もっと速く行こう」もプーランクの精神性が強く表出した作品で、プーランクの歌曲を語る上で外せない。
 当盤はこれらの楽曲の姿を良く捉えた名録音で、ロジェのピアノの素晴らしい冴えがまずは目立つが、二人の歌手の美声ももちろん魅力だ。ソプラノのデュボスは、線が細く、スケール感は感じさせないけれど、逆にそのコンパクトな雰囲気が好ましい。この雰囲気を「かわいい」と表現しては、やや失礼だろうか?しかし、この形容がある意味相応しいと思うし、「恋の小路」など、この声ならではの魅力に満ちている。カシュマイユは、安定した声量の豊かな音域で、各曲の細部まで瑞々しい生命力を通わせていて、いずれもロジェのピアノによって、一層引き立つような、魅力的な演奏になっている。

モンパルナス ルイ・アラゴンの2つの詩 ルイーズ・ラランヌの3つの詩 マックス・ジャコブの5つの詩 ラ・グルヌイエール島 他
S: ロット p: ロジェ

レビュー日:2013.9.5
★★★★★ 私的忘れがたい曲・・「ラ・グルヌイエール島」
 プーランク(Francis Poulenc 1899-1963)の歌曲集で、パスカル・ロジェ(Pascal Roge 1951-)がピアノを担うものとして、最終的に「全集」となっているが、当盤はそのうち「第2集」にあたるもの。ソプラノのフェリシティ・ロット(Felicity Lott 1947-)を独唱に迎えて、1996年の録音。収録曲は以下の通り。
1) モンパルナス
くじびき;
 2)おねむ 3)なんてすごい 4)心の女王 5)バブビボビュ 6)音楽家の天使 7)赤ちゃんの水差し 8)四月の月
ルイ・アラゴンの2つの詩;
 9)セー 10)みやびやかな宴
ルイーズ・ラランヌの3つの詩;
 11)贈り物 12)シャンソン 13)きのう
マックス・ジャコブの5つの詩 ;
 14)ブルターニュの唄 15)お墓 16)かわいい女中 17)子守唄 18)スリックとムリック
19) 元気がよすぎる男の子
20) ルネ君の悲しいお話
21) ラ・グルヌイエール島
22) 肖像画
23) 矢車菊
歌の調べ;
 24)ロマンティックな歌 25)田園の唄 26)荘厳な歌 27)快活な歌
28) 平和への祈り
29) トレアドール(闘牛士)
30) 楽天家(ムッシュー・サン・スシ)~彼は何でもします
31) わたし達は妹がほしい
32) 気まぐれ
 1992年録音の第1集に引き続いて、プーランクの歌曲の魅力を十全に示した素晴らしいアルバムとなっている。プーランクは、20世紀のパリにおいて、象徴的な音楽家であり、当時の様々な文化の影響を存分に受け、それを憚ることなく自作のエッセンスとして投入した。そのため、プーランクの音楽は、当時のパリの雰囲気、瀟洒で楽しく、豊饒でちょっとふざけた気風が色濃く投影されていて、そのセンスは現代にも通じる先鋭なものとなっている。
 プーランクの歌曲の多くは、当時のパリで活躍していた詩人、アポリネール(Guillaume Apollinaire 1880-1918)やエリュアール(Paul Eluard 1895-1952)そして、ヴィルモラン (Louise de Vilmorin 1902-1971)といった人たちの詩によっている。プーランクは生涯に145曲の歌曲を書いたが、それらは、ファースト・インスピレーションに従ったストレートなものが多く、即興性とともに音色やリズムの自由さが特徴になっている。
 そんなプーランクの歌曲群の中にあって、異色の大傑作といえるのが、本盤の冒頭に収録された「モンパルナス」である。この名曲は、完成までに4年を費やしたとされる。わずか数分の曲に4年というのは、クラシック音楽全体を見渡しても、ちょっと類例のないものであるが、その成果は存分に発揮されている。短い楽曲の中になんと高雅で清澄な音色とメロディが満ちていることか。まさに、これ1曲だけをもって、プーランクを天才と称して差し支えないだろう。果てしない深さを宿した作品になっている。
 他に本盤に収録された楽曲では「セー」と「矢車菊」は名曲として演奏される機会の多い作品だ。「セー」の憂鬱な描写は、第二次大戦のレジスタンス魂が込められたものと解釈されている。「矢車菊」もプーランクならではの様式美の冴えを堪能できる1曲だ。
 他に個人的に大好きな曲として、「ラ・グルヌイエール島」を挙げたい。
 私は、20代のころ、夏の週末をよく札幌競馬場で過ごしたのであるが、当時、プーランクの歌曲をMDに録音して持っていき、レースの合間にはそれを聴いて過ごしていた思い出がある。当時の札幌競馬は6月から8月にかけて開催されていたが、清々しい北国の夏の空の下で、移りゆく雲と日差しを感じながら聴くプーランクは、とても詩的で、私はたいそう気に入っていた。(レースの時はそれどころではありませんでしたが)。中でも、強く印象に残っているのが、「ラ・グルヌイエール島」という曲である。この曲を聴くと、私はあの当時の札幌競馬場の空と日差しを無性に思い出してしまうのです。
 というわけで、私的な感傷も手伝って、私にはこのディスクは忘れがたい1枚になっている。
 ロットの歌唱は絶品の一語、宙に浮くような神々しくも親身な響きで、隅々まで照らし、かつ染み入る様な響き。しかもロジェのピアノは第1集に引き続いて抜群のリズムと色彩感。技巧的な難易度の高い楽曲も多い中、余裕さえ感じるパフォーマンスだ。デッカ・レーベルならではの企画のセンスも感じさせるアルバムで、いろいろな意味で私はとても気に入っている。

プーランク パリへの旅 セー(C) 雅な宴 ホテル 愛の小径  フォーレ 私たちの愛 水のほとり 愛の歌 夢のあとに  ラヴェル 5つのギリシャ民謡 草の上で 天国の美しい3羽の鳥 花のマント フランスの歌 に死せる王女のためのバラード 愛  ドビュッシー 星の輝く夜 ロマンス「霧のように儚く、苦悩する魂」 ゆりかご あらわれ 忘れられた小唄
S: ドゥヴィエル p: タロー

レビュー日:2021.6.16
★★★★★ 透明な歌唱、クールなピアノで聴くフランス歌曲
 フランスのソプラノ、サビーヌ・ドゥヴィエル(Sabine Devieilhe 1985-)と、フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)によるフランス歌曲集。4人の作曲家の作品が、下記の通りに収録されている。
1) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 「私たちの愛」 (Notre Amour)
2) フォーレ 「水のほとり」 (Au Bord De L'eau)
3) プーランク(Francis Poulenc 1899-1963) 歌曲集「平凡な話(Banalites)」から 第4曲 「パリへの旅」 (Voyage A Paris)
プーランク ルイ・アラゴンの2つの詩(Deux Poems de Louis Aragon)」
 4) 第1曲 「セー」(C)
 5) 第2曲 「雅な宴」(Fetes Galantes)
ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 歌曲集「5つのギリシャ民謡」(Le reveil de la mariee)
 6) 第1曲 「花嫁の歌」(Chanson De La Mariee)
 7) 第2曲 「乳香樹の花摘み女たちの歌」(La-Bas, Vers L’eglise)
 8) 第3曲 「向こうの教会の方に」(Quel Galant M’est Corm)
 9) 第4曲 「俺に敵う色男がいるだろうか」(Chamson Des Ceuilleus)
 10) 第5曲 「なんて楽しい」(Tout Gai!)
11) ラヴェル 「草の上で」(Sur L’herbe)
12) ラヴェル 「天国の美しい3羽の鳥」(Trois Beaux Oiseaux Paradis)
13) プーランク 歌曲集「平凡な話」から 第2曲 「ホテル」(Hotel)
14) フォーレ 「愛の歌」(Chanson D’amour)
15) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 「星の輝く夜」(Nuit D’etoiles)
16) ドビュッシー ロマンス「霧のように儚く、苦悩する魂」 (Romance)
17) ラヴェル 「花のマント」(Manteau De Fleurs)
18) ラヴェル 「フランスの歌」(Chanson Francaise)
19) フォーレ 「夢のあとに」(Apres Un Reve)
20) フォーレ 「ゆりかご」(Les Berceaux)
21) ドビュッシー 「まぼろし」(Apparition)
ドビュッシー 歌曲集「忘れられた小唄」(Ariettes oubliees)
 22) 第1曲「やるせない夢ごこち」(C’est L’extase)
 23) 第2曲「巷に雨のふるごとく」(Il Pleure Dans Mon Coeur)
 24) 第3曲「木々の影は」(L’ombre Des Arbres)
 25) 第4曲「木馬」 (Paysages Belges: Cheveaux De Boi)
 26) 第5曲「グリーン」(Green)
 27) 第6曲「憂鬱」(Spleen)
28) ラヴェル 「愛に死せる王女のためのバラード」(Ballade De La Reine Morte D’aimer)
29) プーランク 「愛の小径」(Les Chemins De L’amour)
 2019年の録音。
 とても素敵なアルバム。ドゥヴィエルの歌唱は、高貴さとチャームさを併せ持っていて、かつ澄んだ透明感に満ちている。タローのセンスに溢れた伴奏とあいまって、これらの楽曲の魅力を、存分に味わわせてくれる。
 冒頭に置かれたフォーレの2曲から、その色彩感、機敏でシャープな節回し、そして、巧妙にアクセントの利いた伴奏で、聴き手をたちまち、その世界に惹きこむ。
 次いでプーランクの楽曲が収録されている。私はプーランクの歌曲集が好きで、90年代にDECCAからリリースされたフェリシティ・ロット(Felicity Lott 1947-)、ジル・カシュマイユ(Gilles Cachemaille 1951-)、パスカル・ロジェ(Pascal Roge 1951-)らによる全集を愛聴しているのだが、それと比べると、当盤の演奏は、古典的な均整感覚を強く感じさせ、シャープな印象。ビブラートも全般に控えめと言って良い。とはいえ、当然のことながら情感は湛えられていて、「パリへの旅」は、高揚感と瀟洒さが華やかに交錯するし、ルイ・アラゴン(Louis Aragon、1897-1982)のシュルレアリスム詩に付された有名な「セー」では、物憂げな淡さが漂う。そして、「雅な宴」では、バロック・オペラ顔負けのスリリングな歌唱が気持ち良い。
 ラヴェルの歌曲集「5つのギリシャ民謡」は、たいへんな聴きモノだ。ギリシャ系フランス人の音楽評論家、ミシェル・ディミトリー・カルヴォコレッシ(Michel Dimitri Calvocoressi 1877-1944)と創作した歌曲だが、ギリシャの旋律を、ラヴェル特有の色彩感にあふれる和声を施して、歌曲としたものだが、いずれの曲もエスニシティと芸術的洗練の双方を湛えており、ドゥヴィエルとタローの冴えたアプローチが鮮やかに決まっている。
 ラヴェルの「天国の美しい3羽の鳥」、ドビュッシーの「星の輝く夜」でも憂いと透明感の表出は、とにかくキレイで、聴き手の心をゆさぶる。また、超有名曲と言って良いフォーレの「夢のあとに」やプーランクの「愛の小径」はいずれもとてもスッキリとした響きで、いかにも品が良い。ドビュッシーの「忘れられた小唄」も、曲集の性格を良くあらわした名演。


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