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ペルゴレージ



器楽曲

ペルゴレージ スターバト・マーテル(ヒンリクス編ピアノ版)  D.スカルラッティ ピアノ・ソナタ K.9 K.64 K.159 K.380 K.551
p: ヒンリクス

レビュー日:2022.7.4
★★★★☆ ピアノ編曲版によるペルゴレージの「スターバト・マーテル」
 作・編曲活動も行っているドイツのピアニスト、マリー=ルイーズ・ヒンリクス(Marie-Luise Hinrichs 1964-)による、自らピアノ独奏版に編曲したペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi 1710-1736)の「スターバト・マーテル」を中心としたアルバムで、収録内容は以下の通り。
ペルゴレージ 「スターバト・マーテル」 (ヒンリクス編 ピアノ独奏版)
1) 第1曲 「悲しみに沈める聖母は涙にむせびて(Stabat mater dolorosa)」
2) 第2曲 「嘆き憂い悲しめるその御魂は(Cuius animam gementem)」
3) 第3曲 「天主の御独り子の(O quam tristis et afflicta)」
4) 第4曲 「尊き御子の苦しみを見給える(Quae moerebat et dolebat)」
5) 第5曲 「キリストの御母の(Quis est homo)」
6) 第6曲 「聖母はまた最愛の御子が(Vidit suum dulcem natum)」
7) 第7曲 「悲しみの泉なる御母よ(Eia mater fons amoris)」
8) 第8曲 「わが心をして(Fac ut ardeat cor meum)」
9) 第9曲 「ああ聖母よ(Sancta mater, istud agas)」
10) 第10曲 「われにキリストの死を負わしめ(Fac ut portem Christi mortem)」
11) 第11曲 「聖なる童貞女よ(Inflammatus et accensus)」
12) 第12曲 「肉身は死して朽つるとも(Quando corpus morietur)」
D.スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685-1757) ピアノ・ソナタ集
13) ソナタ 変ロ長調 K.551
14) ソナタ ニ短調 K.9
15) ソナタ ニ短調 K.64
16) ソナタ ハ長調 K.159
17) ソナタ ホ長調 K.380
 2016年の録音。
 私は、当盤ではじめてヒンリクスの録音を聴いたが、すでにビンゲン(Hildegard von Bingen 1098-1179)の古楽のピアノ編曲などにより、知る人ぞ知る演奏家とのことである。
 当アルバムのメインは、当然のことながら「スターバト・マーテル」だが、その編曲は、とても素朴な印象を受ける。基本的に、原曲のもつシンプルさを、いじり過ぎないようなアレンジで、ピアノのタッチの余韻を、慎重にコントロールしながら、楽曲のもつ叙情性を、できるだけ実直に表現しようとしているように感じられる。第1曲や第4曲は、その素朴さがそのまま表れた例といえるが、個人的には、もう少し肉厚な音色を与えてみても、面白かったように感じる。逆に言えば、編曲者の原曲に対する畏敬が、率直に表現されているとも言える。第2曲や第7曲では、少し踏み込んだ表現もあり、そこにかすかに編曲者のもつロマン性のようなものを感じるところはあるが、その気配はひかえめである。全体にリズムには多少の緩急があり、音色よりも、その緩急に、情感の変化を表現する役割を与えていると感じられる。第11曲からは、やや劇性を強め、第12曲の有名なアーメン・コーラスに向かうが、このあたりに熱的なものは集中している。それでも、全体を通して、やや控えた表現で、楽曲の本来の和声や情感を邪魔しないように奏でられている感がある。静寂に相応の気配があるところに成功を感じるが、原曲の二重唱の部分などは、原曲が二重唱であることを示唆することより、情感を共通させることに焦点を置いたように感じる。
 ピアノゆえに、楽曲の構造をわかりやすく伝えやすい特性があると思うのだが、結果的にそういう部分があるけれど、あくまで意図は情感の維持、一種の禁欲性を踏まえた美観の踏襲に置かれていると感じられた。
 それに比べると、スカルラッティのソナタ集、ここでは比較的高名なものが揃っているのだが、こちらの方が、自在性や発色性を適度に備えた演奏になっている。これらも、リズムの明確性より、情感の豊かさに演奏の長所があって、その健やかな息遣いは、これらの楽曲に相応しい。
 全体として、余計なもののない、健やかな音楽性を感じる内容であるが、個人的には、ペルゴレージについては、もっと編曲にピアニスティックな効果や、肉厚な表現性を含めて、原曲にプラスした要素があった方が、聴き易くなるのでは、と感じた。確かに素朴で良心的な編曲だと思うが、全体として、淡々とし過ぎた印象も残る。


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声楽曲

ペルゴレージ スターバト・マーテル サルヴェ・レジーナ イ短調  A.スカルラッティ サルヴェ・レジーナ
デュトワ指揮 モントリオール・シンフォニエッタ S: アンダーソン MS: バルトリ

レビュー日:2018.6.17
★★★★★ 無類に美しいスターバト・マーテル
 デュトワ(Charles Dutoit 1936-)指揮、モントリオール・シンフォニエッタによるA.スカルラッティとペルゴレージの宗教曲を収録したアルバム。収録内容は以下の通り。
1) アレッサンドロ・スカルラッティ(Alessandro Scarlatti 1660-1725) サルヴェ・レジーナ Salve Regina
ペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi 1710-1736) スターバト・マーテル Stabat Mater
 2) 第1曲 二重唱「悲しみに沈める母は涙にくれて」 Stabat mater dolorosa (Soprano, Alto)
 3) 第2曲 アリア「嘆き悲しみ」 Cuius animam gementem (Soprano)
 4) 第3曲 二重唱「おお、神のひとり子の」 O quam tristis et afflicta (Soprano, Alto)
 5) 第4曲 アリア「尊きみ子の苦しみを」 Quae moerebat et dolebat (Alto)
 6) 第5曲 二重唱「これほどまで嘆きたまえる」 Quis est homo qui non fleret (Soprano, Alto)
 7) 第6曲 アリア「また瀕死のうちに見捨てられ」 Vidit suum dulcem natum (Soprano)
 8) 第7曲 アリア「愛の泉なるみ母よ」 Eia mater, fons amoris (Alto)
 9) 第8曲 二重唱「わが心がそのみ心にかなうべく」 Fac, ut ardeat cor meum (Soprano, Alto)
 10) 第9曲 二重唱「聖なるみ母よ」 Sancta Mater, istud agas (Soprano, Alto)
 11) 第10曲 アリア「われにキリストの死を負わしめ」 Fac, ut portem Christi mortem (Alto)
 12) 第11曲 二重唱「おお乙女よ」 Inflammatus et accensus (Soprano, Alto)
 13) 第12曲 二重唱「肉体が死する時」 Quando corpus morietur - Amen (Soprano, Alto)
14) ペルゴレージ サルヴェ・レジーナ Salve Regina イ短調
 2人の独唱者は、ソプラノがジューン・アンダーソン(June Anderson 1952-)、メゾ・ソプラノがチェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli, 1966-)。1991年の録音
 無類に美しい録音である。ペルゴレージの「スターバト・マーテル」は、アバド(Claudio Abbado 1933-2014)の1983年の録音によって、広く世に知られるようになったと思うが、私には、このデュトワ盤は、アバド盤を上回って美しく感じられる。
 また、このアルバムには、スターバト・マーテル同様に、2人の女声独唱を伴うサルヴェ・レジーナが収録されていて、その作品的な親近性からアルバムの統一感を生み出しているだけでなく、A.スカルラッティのサルヴェ・レジーナを併せて収録するという、非常に優れた視点で、音楽フアンに様々な意味で福音をもたらすような内容となっている。
 アンダーソンの歌唱は本当に美しい。私は、レヴァインが録音したオルフの「カルミナ・ブラーナ」で、この人の独唱を聴いて、「なんて美しいんだろう」と夢見心地になったのを思い出す。しばしば、オペラで活躍するアンダーソンやバルトリによる、豊穣なレガートラインをもった歌唱について、これらの古楽に適用させること自体に疑義を示す人がいるのだが、私にはその意見はなんだか「的外れ」な気がしてならない。なぜなら、ここで聴かれる音楽が、無類に美しいからだ。
 アンダーソンの声の「天上の聴き心地」といって良い性質は、第2曲のアリア「嘆き悲しみ」で存分に示されているが、さらにバルトリが加わる二重唱の音楽的な効果の豊かさは、神々しい光の交錯を感じさせてやまない。デュトワ指揮のオーケストラが、抜群の透明感、心地よいテンポでこれを支え、圧巻の完成度を示している。
 正直言うと、私は、このディスクを聴くまで、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」という作品が、夭折した作曲家の絶筆であったことから、やや過大評価されているように思っていたのであるが、当盤を聴いて、やはりこの曲は名曲だったのだ、と遅まきながら感じ入った次第。
 また併録された「サルヴェ・レジーナ イ短調」も「スターバト・マーテル」よりやや世俗的なものを含むことも踏まえて、美しさを味わえる作品。A.スカルラッティの作品も、精神的な親近性を感じさせてくれる。デュトワの慧眼により、全体として非常に価値の高いアルバムに仕上がっている。


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