トップへ戻る

オムニバス(室内楽)

ルガーノ・フェスティバル 2005
p: アルゲリッチ vn: R. カピュソン レゴツキ シュヴァルツベルグ vc: G. カピュソン ノラ・ロマノフ=シュヴァルツベルグ va: 今井信子 他

レビュー日:2006.8.1
★★★★★ ロシアのオルガン音楽の系譜を辿るアルバム
 マルタ・アルゲリッチが主催するルガーノ・フェスティバル2005のライヴ録音。この音楽祭のライヴ録音のリリースも定番化しつつあるようだ。ライヴであるが録音状況は比較的良好で安定している。複数の奏者によるピアノものより、弦楽アンサンブル+ピアノの各曲の方が色合いがよく、録音セッションとの相性も良好なようだ。
 さて、収録曲も参加者も相当数にのぼるので、私が特によく感じたものについて簡単に書かせていただく。
 まず冒頭に収録されたメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第2番。ここではチェロ(ゴーティエ・カピュソン)とヴァイオリン(ルノー・カピュソン)の豊かなで溶け込むような音色の交錯が見事である。メンデルスゾーン特有のセンチメンタリズムに満ちているが、安っぽく響くような箇所がなく、シックに収まっており、自然な表情変化が美しい。
 ラフマニノフのチェロ・ソナタも同様で、今回の録音を通じていかにも「室内楽」的な調和や融合を、各奏者がたいへん大切にしていることが感じ取られる。マイスキーのチェロの音色はやや奥ゆかしいが、過剰な発色を抑えた感があり、説得力のあるものだ。
 「面白さ」という点ではアルゲリッチとアンデルジェフスキによる「四手のための」モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番。グリーグのチャーミングな、それでいて鮮やかに個性を主張する編曲は心憎いし、それをことさらのびのびと弾いており、たいへん好感が持てる。
 ジルベルシュタインらによるブラームスのピアノ五重奏曲ではバランスのよいハーモニーが聴ける。
 カルロス・グアスタビーノ(Carlos Guastavino 1912-2000 アルゼンチン)やマヌエル・インファンテ(Manuel Infante 1883-1958 スペイン)による楽曲はいかにも「エスニック」で雰囲気豊か。
 通して音楽祭ならではの華やかさのある、聴いていてたいへん楽しいアルバムである。

Vengerov
vn: ヴェンゲーロフ p: ブラウン

レビュー日:2016.2.19
★★★★★ 情念に溢れた歌を感じさせるヴェンゲーロフのヴァイオリンに酔う
 マキシム・ヴェンゲーロフ(Maxim Vengerov 1974-)によるヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニスト向けのピースを集めた2004年録音のアルバム。ピアノ伴奏はイアン・ブラウン(Ian Brown)。収録曲は以下の通り。
1) ヴィエニャフスキ(Henryk Wieniawski 1835-1880) 創作主題による変奏曲 イ長調 op.15
2) パガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840) カンタービレ
3) クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962) 愛の悲しみ
4) クライスラー 愛の喜び
5) ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ ニ長調 op 4
6) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) ヴォカリーズ op.34-14
7) ラフマニノフ(クライスラー編) パガニーニの主題による狂詩曲より 第18変奏
8) サラサーテ(Pablo de Sarasate 1844-1908) 序章とタランテラ op.43
9) ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ イ長調 op.21
10) ヴィエニャフスキ スケルツォ・タランテラ op.16
11) ジョン・ウィリアムズ(John Williams 1932-) 「シンドラーのリスト」のテーマ
12) イザイ(Eugene Ysaye 1858-1931) サン=サーンスのワルツ形式によるカプリース
 いずれの楽曲も、ジョン・ウィリアムズの映画のために書かれた1曲を除けば、名ヴァイオリニストによって作曲もしくは編曲が手掛けられたもの。ラフマニノフのヴォカリーズも、ヴァイオリニスト、マイケル・プレス(Michael Press 1871-1938)が編曲を手掛けたもので、華麗なヴァイオリンの演奏技巧を前提としたものと言える。
 ヴェンゲーロフは、現代でも特にロマンティックで甘美な音色を響かせるヴァイオリニストだ。最近は、ピリオド楽器の興隆もあって、ノンヴィブラートや控えめなルバートで演奏を試みることが多いが、それらは演奏技法的には決して進化したものとは言い難いもので、あくまで表現の一つであろう。そもそも弦楽器の「人の声に近い」と表現される音質は、豊かな歌謡性、一つの音であっても装飾的に響かせることが可能な性格によるもので、ロマン派以降の楽曲は、これを肯定的にみなして書かれたものが多い。
 それで、私はヴェンゲーロフがこれらの曲を弾くのを聴いていると、それぞれの楽曲がいかにもこのように鳴り響いてほしい、という風に奏でられていると思う。情念や情緒が良く表出していて、なにより底流に歌が流れている。
 技術的卓越も見事なもので、ダブルの微妙な加減や柔らか味、弾力など、当代随一といっていいほど多彩な味わいを見せるし、俊敏なパッセージであっても、懐の深い奥行がしっかりキープされている。
 冒頭のヴィエニアフスキの「創作主題による変奏曲」が収録曲中いちばんの大曲で、聴き応えたっぷりの名品であるが、前述のヴェンゲーロフの特性が如何なく発揮された濃厚な名演と感じる。クライスラーの2曲は、ヴェンゲーロフの余裕しゃくしゃくといった表現を存分に堪能できる。旋律美が圧巻なラフマニノフの2編では、高雅な歌のようなヴァイオリンに酔えるだろう。
 ジョン・ウィリアムズの楽曲は、メロディが天分の美しさに満ちていて、これまた格別の聴き味で、アルバムに絶好のスパイスを利かせてくれている。

Hungarian Cello Music
vn: ペレーニ p: ヴァーリョン

レビュー日:2017.4.10
★★★★★ 名手二人が手掛けたハンガリーのチェロ音楽集
 ペレーニ(Miklos Perenyi 1948-)のチェロ、ヴァーリョン(Denes Varjon 1968-)のピアノによる「ハンガリーのチェロ音楽集」。1998年から99年にかけて録音されたもので、収録曲は以下の通りである。
1) リゲティ(Gyorgy Ligeti 1923-2006) チェロ・ソナタ
2) ファルカシュ(Ferenc Farkas 1905-2000) チェロとピアノのためのバラード
3) ヴェレシュ(Sandor Veress 1907-1992) チェロとピアノのためのソナタ
4) ヴェレシュ 無伴奏チェロ・ソナタ
5) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 尼僧院の僧坊
6) リスト エレジー 第2番
7) ドホナーニ(Ernst von Dohnanyi 1877-1960) ハンガリー牧歌 op.32/d
8) ヴェイネル(Leo Weiner 1885-1960) ロマンス op.14
9) ミハーイ(Andras Mihaly 1917-1993) チェロとピアノのための楽章
 ペレーニは、この後、2001年に、CD3枚からなるコダーイ(Zoltan Kodaly 1882-1967)のチェロ作品全集を録音することとなる。当盤は、その布石というか、コダーイに限らず、ハンガリーの地に生まれた、様々なチェロ音楽を聴くことが出来る。
 私は、これらの楽曲の抒情的な魅力に心打たれる。いろいろと難渋な作品を書いたリゲティのものさえ、ハンガリーの民俗音楽に起源をもつメロディを扱い、そのカンタービレは懐古的なものを持つ。それは、チェロと言う楽器が、よく言われるように、人の声に近い性質を持つことに所以するのかもしれない。あまり知られていない作曲家もいるので、触れながら書く。
 ファルカシュはハンガリーの音楽教育の重鎮をも言える存在で、当盤に収録された「バラード」は、構造的に工夫を凝らし、感情に結びつく音楽的機能にも多様さを感じさせる。ヴェレシュは最近ではハンガリーを代表する作曲家の一人となった感がある。チェロとピアノのためのソナチネでは2つの楽器のやりとりに新鮮さがあり、急速楽章の劇性も見事だ。無伴奏作品では、十二音技法を引用しながら、全体的にアカデミックに凝りすぎないスマートさが魅力だ。
 リストの珍しい弦とピアノのための作品が2つ収録されている。いずれもピアノ・パートの充実は流石で、抒情的な旋律線が美しい。しばしば、彼のピアノ独奏曲に見られる悪魔的なものは影をひそめ、誠実な味わいがあり、名曲と呼びうる存在感を持っている。ドホナーニは、ロシアでいうところのタネーエフ(Sergei Taneyev 1856-1915)に近い存在で、すなわち、国民楽派的なものより、純音楽を目指した芸術家である。しかし、中にあって当盤に収録された「ハンガリー牧歌」は、民謡を素材とした異質な作品。元来は7つの小品からなるピアノ独奏曲だったが、様々な楽器編成に編曲されている。チェロとピアノのための一遍は、旋律の美しさが高貴な気配をまとっている。
 ヴェイネルは音楽教育者で、作曲家としては印象派の影響を受けた作風だが、ここで収録された「ロマンス」は、その名の通り抒情的なもので、チェロの美点を活かした旋律が与えられている。五音音階の使用も一つの特徴。高名なチェロ奏者であったミハーイの作品は、コダーイの60歳を記念して書かれたもの。技術的に高い精度を要求し、色彩感と力感に溢れている。
 全曲を通じてペレーニのチェロの素晴らしいこと。どのようなパッセージであっても、つねに適度な余裕があり、民謡素材が香りの高い手続きを経て芸術に昇華したという作品の成り立ちを、健やかな形で自然に示してくれる。ヴァーリョンのピアノもペレーニとの呼吸が絶妙で、時に軽妙とおえる語り口や、風合いを感じさせる音の間隔があって、室内楽の的確な佇みを示している。

クラリティ(サンサーンス クラリネットソナタ  プーランク クラリネットソナタ  ベルク 4つの小品  ルトスワフスキ ダンス・プレリュード  シューマン 3つのロマンス  ジェルベ 子守唄)
cl: D.アシュケナージ p: アシュケナージ

レビュー日:2007.12.31
★★★★★ ロシアのオルガン音楽の系譜を辿るアルバム
 アシュケナージ父子によるクラリネットとピアノのための室内楽曲集。親子録音というのは古くはギレリス父娘のものがあるし、楽器が異なるという点では、最近ではクロード&パメラ・フランクのピアノとヴァイオリンのデュオもあった。「親の七光り」という言葉があるけれど、デビュー当初はそれがいい肩書きとなっても、ある地点からは逆にそれが障壁となる感がある。逆効果でマイナスの査定対象になりかねない。つまり「肩書き先行で実力がともなってない」という先入観をもたれる。
 ディミトリー・アシュケナージの場合どうだろう?このアルバムを聴いてみると、テクニックはなかなか見事だ。細やかな表情付けも繊細で、この楽器の特性を活かしたアプローチを存分に発揮している。一方で、曲想によってアプローチの手法を変えるようなことはあまりなく、やや一本調子に聴こえるかもしれない。しかし、まずは相当のレベルの奏者であるとは思う。
 シューマンの「3つのロマンス」はその情緒が非常によく出ている。自然な表情とともにピアノと呼吸のあったアクセントも効いていて、心地よい。ベルクは思わぬ美しい曲でびっくりした(私にとって、この曲を知っただけでも価値のあるアルバムだ)。アシュケナージ(父)が理知的にリードした感が強い。クラリネットの弱音での聴かせどころも卓越した間合いがある。ルトスワフスキのダンス・プレリュードも曲想を活かした表現で、ひじょうに適切さを感じるものになっている。また、このジャンルの名曲であるサンサーンスとプーランクの曲が収録されているのがうれしい。ことにプーランクは奏者のセンスが存分に感じられる気品と美観が高度に保たれた名演といってよい。ピアノの絶対的なソノリティの透明感といい、同曲の録音中でもベストを争うものだと思う。

コルノ・カンタービレ(シューマン 幻想小曲集(ホルンとピアノのための) アダージョとアレグロ  グリエール 夜想曲 間奏曲 ロマンス 悲しいワルツ  サンサーンス ロマンス(ヘ長調、ホ長調)  ビシル ヴァルス・ノワール  グラズノフ 夢  デュカス ヴィネラル  R.シュトラウス アンダンテ)
hrn: ブラック p: アシュケナージ

レビュー日:2007.12.31
★★★★★ 指揮者と楽団員が、今度は互いに器楽奏者として室内楽を録音
 2007年現在フィルハーモニア管弦楽団の主席ホルン奏者であるナイジェル・ブラックとアシュケナージによるホルンとピアノのための室内楽曲集。シューマン以後のヴァルブ・ホルンのために作られた曲集をターゲットとしている。
 今回の録音はブラックの希望により実現したものらしい。アシュケナージは指揮者として各国で活躍しているが、以前もクリーヴランド管弦楽団の常任指揮者を務めていたころ、楽団員たちと室内楽をデッカからリリースし、話題になった。このような楽団員たちとの指揮者としての係わり合いから、器楽奏者としての係わり合いへの発展、そして新しい録音・・・、という流れはアシュケナージの芸術家としての幅広さや、人柄を象徴するものだと思う。
 冒頭のデュカスの「ヴィネラル」は魅力的な作品で、中間部で聴かれるホルンの鋭い音色はトランペットのようでもあり、この楽器の音色の多彩さに気付かされる。グリエールの4曲も美しい。中でも「間奏曲」はまさにホルンらしい「夕映えの響き」だ。アシュケナージの潤いあるピアノの音色も絶妙の一語につきる。シューマン作品は元来クラリネットのための作品で、アシュケナージはフランクリン・コーエンと90年に録音していた。ここではブラックの素晴らしい技巧が圧巻。またこのアルバムのために新たに書かれたビシルの曲は瀟洒でメランコリーな雰囲気がある。フランセのディヴェルティメントはややおどけた調子が楽しい。R.シュトラウスのアンダンテもアシュケナージには2度目の録音(最初はタックウェルと90年に録音)。これも情緒がよく引き出されている。全般にアシュケナージのピアノの魅力はやはり大きい。曲想に与えるニュアンス、それにサンサーンスのホ長調のロマンスで聴かれるきらめくようなタッチも魅力十分。ブラックの技術とあいまって魅力的なアルバムとなった。

ラプソディア
vn: バティアシュヴィリ

レビュー日:2011.5.20
★★★★★ コパチンスカヤとその仲間による「東欧の音楽」を感じる一枚
 1977年モルドヴァ生まれのヴァイオリニスト、パトリシア・コパチンスカヤ(Patricia Kopatchinskaja)を中心とした、2009年録音の「ラプソディア」と題した面白いアルバム。収録曲を作曲家も含めてまとめると以下の通り。
1) チョクルリア(ひばり)
2) エネスコ フィドル弾き(幼き頃の印象 作品28より)
3) ドイナとホラ・マリタ
4-6) エネスコ ヴァイオリン・ソナタ 第3番「ルーマニア民謡風に」
7) リゲティ 2つのヴァイオリンのためのバラードとダンス
8,9) ツィンバロン・ソロのためのドイナとホラ
10-17) クルターク ヴァイオリンとツィンバロンのための8つのデュオ
18) ディニーク ホラ・スタッカート
19) ラヴェル ツィガーヌ
20) サンチェス=チャン クリンより
21-23) 3つのカルシャリ
 収録曲中、1. 8.-9. 21.-23.は民謡。2. 4.-6.はエネスコ(George Enescu 1881-1955)、7.はリゲティ(Ligeti Gyorgy Sandor 1923-2006)、10.-17.はクルターク(Kurtag Gyorgy 1926-)、18.はディニーク(Grigoras Dinicu 1889-1949)、19.はラヴェル、20.はサンチェス=チャン(Jorge Sanchez-Chiong 1969-) の作品となる。ディニークはルーマニアのヴァイオリニスト兼作曲家、クルタークはルーマニアのピアニスト兼作曲家、サンチェス=チャンはコパチンスカヤがウィーンで知り合った若き作曲家。
 参加している主なアーティストは以下の通り。vn: コパチンスカヤ、p: ウルズレアサ(Mihaela Ursuleasa)、vn, va: エミリア・コパチンスカヤ(Emilia Kopatchinskaja~パトリシアの母)、 ツィンバロン: ヴィクトル・コパチンスキー(Viktor Kopatchinsky~パトリシアの父)、コントラバス: マーティン・ヤコノフスキー(Martin Gjakonovski)。
 このディスクの面白みは、彼らのは東欧音楽への“愛着あるアプローチ”にある。特にツィンバロンに注目したい。ヴィクトル・コパチンスキーは高名なツィンバロン奏者で、ここでもハンマーを闊達に使いこなした妙技が堪能できる。6)はツィンバロン・ソロ曲だが、特有の色彩感に満ちていて楽しい。ラヴェルの「ツィガーヌ」もツィンバロンの伴奏で奏されるが、いかにもジプシー的な雰囲気が立ちのぼり、音像が迫る勢いがある。
 民謡も面白い。東欧の音楽は、様々な要素や範疇で分類が可能だが、旋律の扱いやその収束の過程が非常に個性的で興味深い。エネルギッシュな節回しは豊かで迫力がある。インスピレーションに満ちたアプローチが聴きモノ。
 エネスコのヴァイオリンソナタは、この作曲家らしい土俗性とミステリアスな要素が交錯する逸品。収録曲中この曲だけピアノ伴奏のため、そこだけ西欧文明的な雰囲気を宿すように思われる。リゲティ、クルタークといった人たちの、自身ルーツをなぞるような「意外な」作品も興味深い。

Rare Rachmaninov
p: アシュケナージ ゴルドナー弦楽四重奏団 vn: オールディング S: ロジャース

レビュー日:2009.11.34
★★★★★ アシュケナージによるシドニー交響楽団員との意欲的な企画
 2009年、ウラディーミル・アシュケナージを首席指揮者兼アーティステッィク・アドバイザーに迎えたシドニー交響楽団の自主制作レーベルsydneysymphonyからリリースされた注目のアルバム。「レア・ラフマニノフ」と題して、ほとんど録音ないラフマニノフの作品を収録したもの。収録曲と演奏者は以下の通り。
 (1) ヴァイオリンとピアノのためのロマンス (2) 弦楽四重奏曲第1番 (3) ヴァイオリンとピアノのための2つの小品(ロマンス、ハンガリー舞曲) (4) 弦楽四重奏曲第2番 (5) ヴォカリーズ(ミハエル・プレスによるヴァイオリンとピアノのための編曲版) (6) 2つの宗教歌(ソプラノ独唱とピアノ伴奏) (7) ムソルグスキー (ラフマニノフ編) 「ソロチンスクの定期市」からゴパーク(ヴァイオリンとピアノのための編曲版)
 ピアノ:アシュケナージ、ゴルドナー弦楽四重奏団、ヴァイオリン:ディーン・オールディング ソプラノ独唱:ジョーン・ロジャース。録音は2008年~2009年。
 メジャー・レーベルに拘らず、このような一見地味なレパートリーの録音に熱を燃やすのがいかにもアシュケナージらしい。アシュケナージがかつてクリーヴランド管弦楽団との団員とも色々な室内楽の録音を行っていたのを思い出したのは私だけではないだろう。今回もヴァイオリンのオールディングはシドニー交響楽団のコンサート・マスターであり、ゴルドナー弦楽四重奏団もシドニー交響楽団の主要な奏者たちからなる室内楽団である。
 さて、これらのラフマニノフの楽曲は、(5)を除くと、作品番号が与えられているのは(3)のみである。この(3)でさえ1893年、つまりラフマニノフがまだ20歳前の作品ということになる。他の作品はすべて習作的な位置づけと言っていい。だが、これらの楽曲に宿る深い情緒はすでにラフマニノフが偉大な作曲家であることを物語っている。(1)は思わぬニュアンスの深さに心を打たれる。いつでも人の心を打つメロディを書ける作曲家だったのだ。2曲の弦楽四重奏曲にも注目したい。ラフマニノフは結局このジャンルに作品番号を持つ作品を残さなかったが、いずれも2楽章からなるこれらの作品は、過渡的なものながら、4つの楽器のバランス、情緒のコントロール、旋律の高まりといった多くの側面で十分に魅力的に響く。また、アシュケナージはゼーダーシュトレームらと1974年から79年にかけて素晴らしいラフマニノフの歌曲全集を録音しているが、今回ロジャースとの(6)が加わったことで、ラフマニノフのライブラリも一層充実したと言える。
 今後もこのような活動が継続されることを強く希望する。

The Romantic Flute
fl: エイトケン p: マッケイブ

レビュー日:2012.2.20
★★★★★ フルート・ソロ曲の完成された世界観が見事です。
 ロバート・エイトケン (Robert Aitken 1939-)のフルート、ロビン・マッケイブ (Robin McCabe)のピアノによる1980-81年録音の「ロマンティック・フルート」と題されたアルバム。収録曲は以下の通り。
1) フランツ・シューベルト (Franz Schubert 1797-1828) 「しぼめる花」による序奏と変奏曲
2) フランツ・クサヴァー・モーツァルト (Franz Xavier W. Mozart 1791-1844) ロンド ホ短調
3) カール・ライネッケ (Carl Reinecke 1824-1910) フルート・ソナタ「水の精」
4) マラン・マレ (Marin Marais 1656-1728) スペインのフォリア (フルート独奏のための)
5) ウジェーヌ・ボザ (Eugene Bozza 1905-1991) 映像(フルート独奏のための)
 ロバート・エイトケンはカナダ生まれで、現在ドイツのフライブルク音楽大学(University of Music Freiburg)の名誉教授職にある世界的フルート奏者兼作曲家。日本では武満作品の演奏でも知られる1)~3)はマッケイブのピアノとのデュオ、4)と5)はフルートのソロ作品。
 当アルバムには様々な時代の作品を集めた感がある。フランツ・クサヴァー・モーツァルトはモーツァルトの四男で、いくつかの作品が遺されている。ライネッケはデンマークの作曲家で、ブラームスのドイツ・レクイエムの初演を指揮した人物として知られる。相当数の作品を書いているが、中でフルート・ソナタ「水の精」は代表作の一つとして知られる。マレはルイ14世時代のフランスの作曲家で、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として名高い。全5巻からなるヴィオール曲集(ヴィオールはヴィオラ・ダ・ガンバのこと)が有名で、中でも第2巻第1組曲は「スペインのフォリア」として圧倒的な知名度を誇っている(同じフォリアの主題を使用したものとして、むしろコレルリ(Arcangelo Corelli 1653-1713)の作品の方が有名かもしれないが)。フルート版はもともとの31の変奏曲からフルートで演奏可能な24曲を抜粋したものとなる。
 個人的に当アルバムでもっとも注目したいのがマレの作品。気高いメロディーによる変奏曲であるが、フルート・ソロという単音によって構成される音世界が、孤高な空気を引き出しており、典雅さ、悲哀といった情緒がストレートに伝わってくる。一つ一つの変奏の美しさも素晴らしいが、一本のフルートという楽器そのものの音色の魅力を究極まで引き出したかのような完成度の高い世界観が感じられる。
 シューベルトの高名な作品はマッケイブの線は細いが元気なピアノで、推進力のある演奏となっている。ライネッケの作品は素朴で古典的。中では緩徐楽章の主題が印象に残る。

Manto & Madrigals
vn: ツェートマイヤー vn,va: キリウス

レビュー日:2014.7.14
★★★★★ 二つの似た楽器の「分離」と「結合」を図った現代音楽プログラム
 オーストリアのヴァイオリニスト、トーマス・ツェートマイヤー(Thomas Zehetmair 1961-)と、彼の妻で、ツェートマイヤー四重奏団でヴィオラ奏者を務めるルース・キリウス(Ruth Killius 1968-)による2009年録音のデュオ・アルバム。収録曲は以下の通り。
1) ライナー・キリウス(Rainer Killius 1969-) オ・ミン・フラスカン・フリオラ(わが愛しの酒壜よ)
2) ジャチント・シェルシ(Giacinto Scelsi 1905-1988) マント
3) ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger 1939-) 3つの素描
4) バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) 2つのヴァイオリンのための二重奏曲
5) スカルコッタス(Nikos Skalkottas 1904-1949) ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲
6) ピーター・マックスウェル・デイヴィス(Peter Maxwell Davies 1934-) ミッドハウス・エア
7) マルチヌー(Bohuslav Martinu 1890-1959) 3つのマドリガル
8) ヨハンネス・ニード(Johannes Nied 1959-) ツガベ
 2)はヴィオラ独奏のための作品だが、他はいずれも二人による演奏。アルバムのタイトルである「マント・アンド・マドリガルズ」は2)と7)の曲のタイトルから引用したもの。
 一種の気難しさの漂う現代音楽を中心としたラインナップだから、何かを指標としながら聴くことを推奨したい。ポール・グリフィス(Paul Griffiths 1962-)がライナー・ノーツを担当しており、とても参考になるので、そちらを参照しながら、私の感想をまとめたい。彼は、ヴァイオリンとヴィオラの4つの弦が、通常5度関係にチューニングされていて、かつヴァイオリン(G-D-A-E)の5度下にビオラ(C-G-D-A)が同じ間隔で存在していることを指摘した上で、このアルバムのテーマが、二つの楽器の分離(divide)と結合(bind)にある、と述べている。
 冒頭、スイスの作曲家ライナー・キリウスによる作品は、アイスランド民謡に基づきながら、多彩なダブル・ストップの効果により、二つの楽器の融合を目指した「音響」を模索する。シェルシの「マント」は3つの部分からなるが、D-A-D-Aの調弦で、一つのヴィオラに、疑似的に二つの楽器の役割を与えたもので、面白い。曲想は一種の陰鬱さがあり、聴く方にもそれなりの決意を要する作品だが、独自に調弦されたヴィオラの音色が、倍音の効果により不思議な音世界を形作る。最後の部分で「女声」が挿入される(このヴォーカリストの名は記載されていない)。歌ともナレーションとも言えない、抑揚のみの音であるが、これは古代ギリシャの巫女、シビュラ(Sibyl)のスピーチを表現している。
 スイスの作曲家ホリガーによる作品は、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)の「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364」と同時に演奏する機会のために書かれた作品で、3部からなる比較的大規模なもの。3つの部分は「ピルエット・ハーモニクス」「ダンス」「6声の雅歌」とサブタイトルを持っていて、時にはあらゆる制約から解き放たれるように、またある時は野趣に溢れる荒らしさに満ちて響く二つの弦楽器が凄い。特に16分音符が激しく動き回るダンスが圧巻。また、ヴァイオリンがヴィオラより低域の音を長く担うなど、耳新しさのある音響を聴ける。
 バルトークの初期の作品は、むしろほっとさせられる作品。バルトークが学生時代に友人たちのために書いた小さな作品であるが、美しく魅力に溢れている。ギリシアの作曲家スカルコッタスの作品は、シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951)の影響を色濃く湛えた作品。楽器の主客を入れ替えながら進むところは、やや保守的。イギリスの作曲家ピーター・マックスウェル・デイヴィスの作品は民謡を題材としたもの。
 チェコの作曲家マルチヌーの作品は、当アルバムの中でもっともロマン派に近い音楽。だが戦争の暗い影を感じさせる哀しみに覆われていて、ほのかな歌や楽器間の受け渡しの妙を味わわせてくれる。
 最後に収録されているドイツの作曲家ニードの作品は相当インパクトのあるもので、二つの楽器がそれぞれ、モールス信号のようなやり取りを数分間続けるもの。これは音楽なのだろうか?一種の効果音のようにも思われるが。
 それにしてもツェートマイヤーとキリウスの演奏は凄い。音色的な豊かさよりも、精緻さ、正確さといった点に圧倒された。精密機械が緻密な設計図に従って動く様なイメージ。しかし、それでいて、こまやかな音のニュアンス、方向性が吟味されていて、音楽としての流れが失われることがない。もちろん、聴き手を選ぶアルバムであるとは思うが、たまに現代音楽を聴く方には、十分にチャレンジし甲斐のあるアルバムである。

Clarinet and Piano Recital: Ashkenazy, Dimitri / Ashkenazy, Vladimir
cl: D.アシュケナージ p: アシュケナージ

レビュー日:2014.5.19
★★★★☆ クラリネットとピアノで奏でられる「幻想曲」の世界
 世界的ピアニストであるウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)と、彼の子息で、クラリネット奏者として活躍しているディミトリー・アシュケナージ(Dimitri Ashkenazy 1969-)によるアルバム。収録曲は以下の通り。
1) ニルス・ウィルヘルム・ゲーゼ(Niels Wilhelm Gade 1817-1890) 幻想小曲集 op.43
2) ヨハン・カール・エシュマン(Johann Carl Eschmann 1826-1882) 幻想小曲集 op.9
3) ライネッケ(Carl Reinecke 1824-1910) 幻想小曲集 op.22
4) ニールセン(Carl Nielsen 1865-1931) 幻想的な小品 ト短調
5) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 幻想小曲集 op.73
 2012年から13年にかけての録音。収録曲を一目みてわかる通り「幻想」という肩書きをもった作品が集中して収められている。
 ゲーゼはデンマークの作曲家で、ドイツ・ロマン派の影響を受けた作風。音楽教育にも取り組んで、以後の北欧音楽に影響を及ぼした人物。エシュマンはスイス、ライネッケはドイツの作曲家。この3人はいずれもメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)から様々に影響を受けているため、その作風も、どこか風景描写的なロマン性を示していて、聴いていても雰囲気が似通った感じを受ける。
 ニールセンはデンマークの作曲家で、管楽器のための作品に精力的に取り組んだことでも知られる。シューマンは言わずと知れたドイツ・ロマン派の巨匠。
 彼らがいずれもクラリネットとピアノのために「幻想」と銘打った作品を書いたことは興味深いが、おそらくはシューマンの影響があったと思われる。そういった点で、このアルバムの聴きどころは、アシュケナージ親子の息の合った演奏の他に、シューマン、メンデルスゾーンといったドイツの巨匠の作風が、同時期以降の作曲家たちに与えた影響、という観点もあるだろう。
 ニールセンの楽曲が3分程度の小品となっている他は、いずれも2から4の楽章様の部分からなり、小ソナタの風情を持っているとう点でも共通している。
 中にあって、やはりシューマンの作品の充実は顕著で、特にピアノ・パートの表現の豊かさが素晴らしい。ライネッケの作品もなかなか聴き応えがある。いかにもドイツ風の、古典的な構成を持ち、緩急・強弱といった対比を織り込んだ安定感のある音楽。クラリネットに様々な技巧的なフレーズを与えたり、ピアノとクラリネットが同音型をすばやく奏でたり、といった様々な聴き味を与えている。
 冒頭のゲーゼの作品は、主題にもう一つインスピレーションがあれば、と思うところは残るが、牧歌的な風情がただよっている。とくに冒頭の部分が印象的。それに続くエシュマンの作品も似た傾向であるが、より運動的でアグレッシヴな面を持つ。ニールセンの小品は彼にしては古典的でこぢんまりとした感じ。
 演奏は、やはりピアノの雄弁な表現力が見事で、伴奏で奏でられる一つ一つのフレーズが、細やかに色づけられ、情緒か細やかに通っているのが素晴らしい。クラリネットは丁寧な演奏で、自然な楽器の響きを引き出し、楽曲そのものに語らせたという味わい。
 楽曲自体の魅力に、もう少し何かほしいというところは残るが、クラリネットの典雅な響きに満ちた室内楽であり、BGM的に流していても、心地よさの感じられる音楽となっている。ディミトリー・アシュケナージは「できれば(幻想シリーズの)続編を作製したい」と語っており、まだ胸に秘めている楽曲があるようだ。リリースされるなら、聴いてみたいと思う。

屋根の上の羊
p: タロー ブラレイ S: デセイ T: ドレクリューズ vo: ペルー ジュリエット ベナバール  バンジョー: シュヴァリエ  drums: ジョドゥレ

レビュー日:2017.7.19
★★★★★ 1920年代のパリへ・・ タローが誘う「芸術家の集いの場」
 フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)による、1920年代のパリのマドレーヌ寺院近くにあって、数多くの芸術家が集まった伝説的キャバレー「屋根の上の牛」をテーマとして、かつてそこで奏でられた楽曲や関連の深い作品を集めたコンセプト・アルバム。2012年録音。
 「屋根の上の牛」というのは、ジャン・コクトー (Jean Cocteau 1889-1963)による命名で、ミヨーの同名のバレエ音楽から由来したもの。コクトー自身もこの店の常連客だったが、他にも当時の文芸を代表する面々がここに集った。ピカソ(Pablo Picasso 1881-1973)、サティ(Erik Satie 1866-1925)、ディアギレフ(Sergei Diaghilev 1872-1929)、ココ・シャネル(Coco Chanel 1883-1971)、小説家アンドレ・ジッド(Andre Gide 1869-1951)、詩人アンドレ・ブルトン(Andre Breton 1896-1966)・・・。当時の世界芸術の中心地の中の中心地であり、夜な夜な、そこでは様々な楽曲が演奏されていた。それらは、クラシック、ジャズ、シャンソンといったジャンルが縦横に入り混じったもので、その音楽を背景に酒が酌み交わされ、煙草の煙が揺れていた。
 タローは、このアルバムを作成するにあたって、スコアがなく、古い音源のみが残っているものも丹念に調べて、作品の「復元」を試みた。また、ジャンル横断的に、多彩なミュージシャンの参加することで、前述のジャンル横断的雰囲気も見事に達成されている。とりあえず、収録曲を書くと以下の通りとなる。
1) クレマン・ドゥーセ(Clement Doucet 1895-1950) ショピナータ~ショパンの主題によるファンタジー・フォックストロット
2) ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin 1898-1937) 私の彼氏
3) ウォルター・ドナルドソン(Walter Donaldson 1893-1947) そうです、あれが僕愛しい人
4) ジョージ・ガーシュウィン ドゥ・イット・アゲイン
5) クレメント・ドゥーセ ハンガリア~リストの主題によるファンタジー・フォックストロット
6) コール・ポーター(Cole Porter 1891-1964) レッツ・ドゥ・イット
7) ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown 1896-1964) ドール・ダンス
8) モーリス・イヴァン(Maurice Yvain 1891-1965) 不器用な私
9) ヨーゼフ・マイヤー(Joseph Meyer 1894-1987) ブルー・リヴァー(2台のピアノ版)
10) ジョージ・ガーシュウィン ホワイ・ドゥ・アイ・ラヴ・ユー?
11) エメリッヒ・カールマン(Emmerich Kalman 1882-1953) 喜歌劇「シカゴの侯爵夫人」から ”ア・リトル・スロー・フォックス・ウィズ・メアリー” (2台のピアノ版)
12) ジュゼッペ・ミラノ(Giuseppe Milano) カヴァキーニョ
13) ポール・セグニッツ(Paul Segnitz) ポピー・コック
14) ジャン・ウィエネ(Jean Wiener 1896-1982) ブルース
15) クレマン・ドゥーセ イゾルディーナ~「トリスタンとイゾルデ」の主題による ピアノ・ソロのためのノヴェルティ
16) ジャン・ウィエネ 3つのブルース・シャンテ(抜粋)
17) ハワード・サイモン(Howard Simon 1902-1979) ゴナ・ゲット・ア・ガール
18) ジョルジュ・ヴァン・パリ(Georges van Parys 1902-1971) オペレッタ「ルイ14世」より「アンリ、なんで女が嫌いなんだい?」
19) ダリウス・ミヨー(Darius Mihaud 1892-1974) 屋根の上の牡牛 op.58 から フラテリーニのタンゴ(ピアノ版)
20) モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 歌劇「子どもと魔法」より「5時」(ピアノ版)
21) ダリウス・ミヨー キャラメル・ムー op.68(ヴォーカルとジャズ・バンド版)
22) ジャン・ウィエネ ハーレム
23) モー・ジャッフェ(Moe Jaffe) カレジエイト
24) ジャン・ウィエネ ジョージアン・ブルース
25) ウィリアム・クリストファー・ハンディ(William Christopher Handy 1873-1958) セントルイス・ブルース
26) ジャン・ウィエネ クレマンのチャールストン
 また、参加ミュージシャンは以下の通り。
 6) ヴォーカル: マドレーヌ・ペルー(Madeleine Peyroux 1974-)
 8) ヴォーカル: ジュリエット・ヌルディーヌ(Juliett e Noureddine 1962-)
 9-12) ピアノ: フランク・ブラレイ(Frank Braley 1968-)
 13,21) ドラムス: フローラン・ジョドゥレ(Florent Jodelet)
 16) ヴォーカル: ナタリー・デセイ(Natalie Dessay 1965-)
 17) ヴォーカル: ベナバール(Benabar 1969-)
 17.23) バンジョー: ダヴィド・シュヴァリエ(David Chevallier)
 18) ヴォーカル: ギヨーム・ガリエンヌ(Guillaume Gallienne 1972-) と ザ・ヴァージン・ボイゼズ
 21) ヴォーカル: ジャン・ドレクリューズ(Jean Delescluse テノール)
 クレマン・ドゥーセとジャン・ウィエネ は「屋根の上の牛」で専属ピアニストを務めた人物で、後者は映画音楽家としてもその名を知られる存在。
 あとはとにかく「聴けばわかる」の魅力いっぱい。とにかく楽しい。ドゥーセの1,5,15)はそれぞれショパン、リスト、ワーグナーの作品を軽妙にアレンジしたもので、そのノリの良さ、ユーモアの効いたアクセントがたまらない。ガーシュウィンの雰囲気いっぱいの甘美な響き。ウィエネの作品もこれに近く芳醇な美しさ(そしてどこか場末の雰囲気)がいっぱいで、ことに「ジョージアン・ブルース」には酔わされる。ヴォーカル付の楽曲では、それぞれ個性あふれる歌唱が聴きどころ満載。マドレーヌ・ペルーのムード満点の響き、ジュリエット・ヌルディーヌによるシャンソンの名唱ぶり、そして、聴いてびっくりナタリー・デセイの万能ぶりと、聴きどころは満載だ。
 さらには、コクトーが作詞したキャラメル・ムー、当時の喜歌劇をこよなく伝える「アンリ、なんで女が嫌いなんだい?」とにかく1曲1曲がさまざまに想像力を刺激してくれる。
 タローの演奏も「巧い」の一語につきる。もちろん、これらの楽曲の演奏に、クラシック的なスコアの読みまでは必要ないのではあるが、それにしたって、どこをとってもスリリングなセンスに溢れる弾きぶり。その弾けっぷりがたのもしい!
 とにかく、楽しい一枚であることは間違いない。企画面も含めて、大推薦のアルバムです。

MUSIC FOR VIOLA & STRINGS
va: サッジーニ マイニク サンツォ cl: ヴォフカ・アシュケナージ アシュケナージ指揮 イ・ソリスティ・アクイラーニ

レビュー日:2021.3.1
★★★★★ 現代イタリア作曲家の高い芸術性が示されたヴィオラと弦楽合奏のための作品集
 イタリアの弦楽合奏団、イ・ソリスティ・アクイラーニ(I Solisti Aquilani)による、現代のイタリアの3人の作曲家による「ヴィオラ独奏と弦楽合奏のための作品」を集めたアルバム。収録されているのは、以下の3作品。
1) クリスティアーノ・セリーノ(Cristiano Serino 1973-) Per Tutta la Durata di un Arco
2) フランチェスコ・アントニオーニ(Francesco Antonioni 1971-) ヴィオラ、クラリネットと弦楽のための協奏曲、Northern Lights, after the Thaw(雪解け後、北の光)
3) マウロ・カルディ(Mauro Cardi 1955-) ヴィオラと弦楽合奏のための、ラ・フォリア
 それぞれのヴィオラ独奏者は以下の通り。
 1) ジャンルカ・サッジーニ(Gianlica Saggini)
 2) アダ・マイニク(Ada Meinich 1980-)
 3) ルカ・サンツォ(Luca Sanzo)
 また2)では、ディミトリ・アシュケナージ(Dmitri Ashkenazy 1969-)によるクラリネット・ソロが加わる。
 規模の大きい2)では、ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)が指揮を務める。
 2017年の録音。
 いろいろな注目点のあるアルバムであるが、一つは、2019年で音楽活動から引退したアシュケナージの最晩年の新譜という観点がある。自身の音楽活動を通じて、若手のアーティストや現代作曲家を積極的に世に紹介してきたアシュケナージらしい1枚として、彼の芸術活動の一面を象徴する感がある。
 また、収録されている3つの作品は、いずれも当盤が世界初録音ということであるが、いずれも素晴らしいものであり、現代イタリア芸術の鋭い感性、感覚的美観がよく反映したアルバムだと言うこともある。
 冒頭のセリーノの作品は、長大な単一楽章からなる作品であるが、弦楽器という弓で奏でる楽器の特性を活かした音の持続性と可変性をあやつり、鋭く、深刻な諸相が変容する様を描いたもので、その表出力の強さと緊迫感が見事だ。合奏音の重なりは、時に力強く、時に不安であり、それらが変容を通じてシームレスに描かれる様似独特の美しさがあって、魅力的だ。
 アントニーニの作品は、4つの楽章からなる。クラリネット、そして女声も加わり、独特な色彩感のある世界を描き出している。ディミトリ・アシュケナージのクラリネットが、弦楽合奏とよく溶け込んだイントネーションを演出していて、とても秀逸なことも是非指摘しておきたい。この作品でも、音響の連続性に特徴的な視点があり、楽器の音色を重ねることで、風景や自然を描写する試みが示されるが、十分な芸術性を感じる成果があり、それを良く示す演奏となっている。
 末尾のカルディの作品は、タイトルの通り、現代的なソノリティの中で、うごめく様に立ち現れるフォリアの旋律を扱ったものであり、高い緊張感が支配する中で、古来馴染まれた旋律が見え隠れする様が美しい。
 いずれの3作品とも、高い完成度を感じさせる作品であり、イ・ソリスティ・アクイラーニの高い技術と精度を持つアンサンブルが、作品の機能美を全面的に支えて、成功している。


このページの先頭へ