オムニバス
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Conducts Royal Concertgebouw シャイー指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 レビュー日:2005.3.27 |
★★★★★ よくぞ発売してくれた!
リッカルド・シャイーがコンセルトヘボウ管弦楽団を振ったライヴ音源集でCD13枚+DVD1枚(しかもCDはほとんど70数分の長時間収録!。ライヴ録音であるが、全般に録音の品質も安定している。 演目がたいへん魅力的。なかなかライヴラリ的に揃え難いが、しかし魅力的な作品がならんでいる。 ベリオの諸作品(2台のピアノと管弦楽のための協奏曲、レクイエス、フォーク・ソングス、フォルマツィオーニ、コンチェルト II)はシャイーの色彩豊かな表現によって見事に息づいているし、リームの近代的な管弦楽書法を志した力強い作品「黒と赤の踊り」も見事。ツェムリンスキー(人魚姫)やシェーンベルク(室内交響曲第1番)、ドビュッシー(カンマ)、プロコフィエフ(交響曲第3番)、ヴァレーズ(アメリカ)などどれも素晴らしい演奏。 ゲストもなかなか豪華だ。アルゲリッチ、ピリス、ツィンマーマン(vn)、ブラウディガムなどもいるが、私が特に気に入ったのはミンツ(バルトーク・vn協1)、カニーノ(ベリオ・2台のp協奏曲)、ネス(ベリオ・民謡集)、ハレル(ショスタコーヴィチ・vc協2)など・・・ 他にシャイーのレパートリーには珍しいベートーヴェンの交響曲第2番も収録されているし、ストラヴィンスキーのアゴン(管弦楽団の妙技爆発!)、ブルックナーのミサ曲第3番も面白い!ケウリス(ティンパン)、ディーペンブロック(大いなる沈黙の中で)、シャット(天国~12の交響的変奏)、マデルナ(フランツ・カフカ「審判」による習作)といったオランダの古今のマイナーな作曲家の作品などなども貴重な録音。 マーラーの第8交響曲は全曲収録されているし(スローテンポで第2部が美しい仕上がり)、チャイコフスキーの第1交響曲のようなオーソドックスな作品もいい演奏だ。 DVDには100分間かけてストラヴィンスキーの「火の鳥」「プルチネッラ」「春の祭典」が収録されている。 |
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Great Conductors of the 20th Century カール・ベーム ベーム指揮 ケルン放送交響楽団 ドレスデン国立管弦楽団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 フィルハーモニア管弦楽団 レビュー日:2006.1.15 |
★★★★★ 巨匠ベームにふさわしい気宇の大きいサウンドを堪能
巨匠カール・ベームの貴重な音源を集めた良心的な2枚組みアルバム。収録内容は以下の通り。 1) モーツァルト コシ・ファン・トゥッテ 序曲 フィルハーモニア管弦楽団 録音 1962年 2) ブルックナー 交響曲第8番 ケルン放送交響楽団 録音 1974年 (Live Studio Recording) 3) ハイドン 交響曲第91番 ウィーンフィル 録音1973年 4) シューベルト 交響曲第9番「ザ・グレイト」 ドレスデン国立管弦楽団 1979年 (Live Recording) 中にあって特に聴きモノと思われるのがブルックナーとシューベルト。 ブルックナーの第8番をベームは1976年にウィーンフィルと正規録音しているが、この時期にベームがよく取り上げていた曲の一つである。強力なパワーを前面に押し出した正規録音に比べて、当録音はベームの素朴な音楽表現がよりリアルなスケールで表現されている。 とは言っても、描かれる世界はやはり壮大で、いかにも気宇の大きいオーケストラ表現である。特に金管楽器陣の生々しい音色は、ブルックナーの音楽の持つ一種荒削りな魅力を鮮やかに表現していて、聴くものを酔わせる。 シューベルトもベームらしいスローテンポで大きな音楽をつくっている。第1楽章のフィナーレで、金管陣が開放的に大きく鳴らすところなど、現代のオーケストラ演奏ではめったにお目にかかれないのでは?また、全般に録音がふくよかで、聴きやすいのもありがたい。 ベーム・ファン以外にも多いに歓迎される録音に違いない。 |
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Sir Charles Mackerras: A Portrait マッケラス指揮 イギリス室内管弦楽団 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウェルシュ国立歌劇場管弦楽団 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 vn: フランク レビュー日:2006.2.11 |
★★★★★ マッケラスらしさの出る曲たちが集まっています
英デッカによるサー・チャールズ・マッケラスの貴重な録音集である。収録されている曲目も特徴的なので、詳細を示しておく。 CD1 ヴォルジーシェク 交響曲(イギリス室内管弦楽団・1969年録音) ドヴォルザーク チェコ組曲(イギリス室内管弦楽団・1969年録音) ロマンス(チェコフィル・1997年録音 vn:パメラ・フランク) スーク 幻想的スケルツォ(チェコフィル・1997年録) CD2 ヤナーチェク 序曲「嫉妬」(ウィーンフィル・1982年録音) スーク ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲(チェコフィル・1997年録音 vn: パメラ・フランク) 交響詩「夏の物語」(チェコフィル・1997年録音) CD3 ディーリアス 春初めてかっこうを聞いて(ウェルシュ国立歌劇場管弦楽団・1990年録音) ブリッグの定期市(ウェルシュ国立歌劇場管弦楽団・1989年録音) 高原の歌(ウェルシュ国立歌劇場管弦楽団・合唱団・1993年録音) エルガー エニグマ変奏曲(ロイヤルフィル・1992年録音) 比較的最近の録音が多く、音質は安定している。マッケラスらしい洗練された野趣といったものを感じさせる名演が揃っている。ヴォルジーシェク(Jan Vaclav Vorisek 1791-1825)の交響曲は録音自体が少なくて貴重だが、古典的なスタイルによる佳曲で捨てがたい魅力にあふれている。ドヴォルザークのチェコ組曲もなかなか聴けないが、この作曲家らしいスラヴ舞曲ふうの音楽で親しみ易い。ディーリアスの合唱曲である「高原の歌」はヴォカリーズによる合唱が印象的。エルガーの大変奏曲であるエニグマ変奏曲は壮麗なオーケストレーションを見事に活かしていて、オルガンの音色もよく溶けこんでいる。 なかなか面白い曲がそろっており、手元に置いておいて時々聴くと楽しい構成だ。 |
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Passion for Music ショルティ指揮 シカゴ交響楽団 ロンドン交響楽団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ブダペスト祝祭管弦楽団 ハンガリー放送合唱団 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 レビュー日:2007.8.27 |
★★★★★ ショルティの生涯をかけた情熱を(一部ながら)俯瞰できます
Passion for Music と題されたショルティ指揮の5枚組のアルバムである。一応収録曲を書いておくと、 1) ベートーヴェン「エグモント序曲」、R.シュトラウス「交響詩 ドン・ファン」「交響詩ティル・オイレンシュピーゲルのゆかいないたずら」、グリンカ「ルスランとリュドミラ序曲」、ボロディン「だったん人の踊り」、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、シカゴ交響楽団、ロンドン交響楽団、47,66,73,75年録音 2) ストラヴィンスキー「バレエ音楽 春の祭典」「3楽章の交響曲」「詩篇交響曲」、74年録音 3) ワーグナー「ヴァルキューレの騎行」「ヴァルハラへの入城」「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」「森の囁き」「ジークフリートの葬送行進曲」「フィナーレ」、ウィーン・フィル、83年録音 4) バルトーク「カンタータ・プロファーナ」、ヴァイネル「小管弦楽のためのセレナード」、コダーイ「ハンガリー詩編」、ブダペスト祝祭管弦楽団・ハンガリー放送合唱団、97年録音 5) マーラー「交響曲第5番」、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団、97年録音 3)、4)、5)についてはそれぞれ単発売されている。なぜこれらの録音がチョイスされたのかよくわからないが、どれも演奏の質は高いので、割安な本盤はオススメである(バラバラで買うよりははるかに安い・・・でもすでに所有している音源と重複したりしますよね)。エグモント序曲はショルティのデッカへのはじめてのレコーディングであり、マーラーの第5は巨匠の最後のライヴなので、デッカにおけるショルティという偉大なアーティストの歴史を、前後を閉じながら俯瞰するアルバムと言える。個人的には詩篇交響曲(できれば「春の祭典」より、当初のカップリング通り「ハ調の交響曲」を収録してほしかった~手に入り難い曲だから)、それにブダペスト祝祭管弦楽団との一連の録音にもっとも感慨が深いけれど、全編を通してその力強い表現は脈々と生きていて、生涯を通じて厳しく凛々しい音楽を作りつづけたショルティの音楽への姿勢が確かによく伝わってくると思う。 |
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Art of Konwitschny コンヴィチュニー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 レビュー日:2011.7.5 |
★★★★★ 正当ど真ん中の素晴らしいベートーヴェンとシューマン
フランツ・コンヴィチュニー(Franz Konwitschny 1901-1962)は往年の東ドイツの名指揮者。フルトヴェングラー時代のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団でヴィオラ奏者を務めた後に指揮者となり、同管弦楽団の首席指揮者を担った。当盤はそのゲヴァントハウス管弦楽団との録音との集大成とも言える11枚組のBOXセット。 収録内容を書いておく。 1) ベートーヴェン 交響曲全集、「プロメテウスの創造物」序曲、「レオノーレ」序曲第1番、第2番、第3番、「フィデリオ」序曲、「コリオラン」序曲 1959-61年録音 2) シューマン 交響曲全集、「序曲、スケルツォとフィナーレ」、「ゲノヴェーヴァ」序曲、4本のホルンのためのコンチェルトシュトゥック、「マンフレッド」序曲 1960-61年録音 3) バッハ 2台のヴァイオリンのための協奏曲 ヴァイオリン協奏曲ニ短調BWV.1052 ヴァイオリン協奏曲第2番 ヴィヴァルディ 調和の霊感第8番 vn: ダヴィッド・オイストラフ イーゴリ・オイストラフ(「2台の~」とヴィヴァルディ) 1956-58年録音 4) モーツァルト ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」 ベートーヴェン ロマンス第1番、第2番 ヴィエニアフスキ ヴァイオリン協奏曲第2番 vn: ダヴィッド・オイストラフ、イーゴリ・オイストラフ(ベートーヴェンとヴィエニアフスキ) 1954-56年録音 ただし、4)のモーツァルトのみオーケストラはドレスデン・シュターツカペレ。ダヴィット・オイストラフ (David Oistrakh 1908-1974)は、ソ連生まれの世界的ヴァイオリニストで、イーゴリ(Igor 1931-)はその息子。1)と2)ともにステレオ録音が残されたのがうれしい。 さて、このベートーヴェンとシューマン、私としては「歴史的名盤」に推したいものの一つ。当時ライプツィヒではコンヴィチュニーのベートーヴェンは熱狂的に歓迎されたとされるが、このスタジオ録音からもリアルに雰囲気が伝わってくる。 威風堂々たる正当ど真ん中の解釈が素晴らしい。自然発生的な高揚感に溢れ、確かな権威に裏打ちされたような一貫性がある。古典的な伝統の王道を堂々たる風格で歩む。中央ヨーロッパでは、コンヴィチュニーのベートーヴェンが、フルトヴェングラー、クレンペラー、ワインガルトナーと並び称されることがあるのも肯ける。と言うより、私は上記3人のうち、ワインガルトナーはほとんど聴いたことがないけれど、他の2人のベートーヴェンよりコンヴィチュニーが好きである。また、シューマンも当時の録音技術を駆使した精度で記録されており、演奏・録音から体感的な迫力が伝わってくる。オイストラフ親子のヴァイオリンも、いかにも本格志向といった風雅さと暖かみがあり、ゲヴァントハウスの音色によくマッチしている。この歴史的名盤11枚組が廉価版となった現在では、ぜひともライブラリに揃えておきたいところ。まさにヨーロッパの音楽文化の大本線と思い入るBOXセットだ。 |
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フランツ・コンヴィチュニーの芸術 コンヴィチュニー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 レビュー日:2013.9.20 |
★★★★★ これはオススメ!コンヴィチュニーの名演BOX
東ドイツの往年の名指揮者、フランツ・コンヴィチュニー(Franz Konwitschny 1901-1962)が、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と録音した貴重な音源を集めた13枚組のBox-set。すべてステレオでセッション録音されたもの。まずは収録内容をまとめよう。カッコ内に録音年を併せて示す。 【CD1】 シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 交響曲第1番「春」・第2番(1960-61年) 【CD2】 シューマン 交響曲第3番「ライン」・第4番(1960-61年) 【CD3】 シューマン 「序曲、スケルツォとフィナーレ」 歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲 「コンツェルトシュテュック」 「マンフレッド」序曲(1960-61年) 【CD4】 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 交響曲第1番・第2番 バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲 (1959-60年) 【CD5】 ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」 「レオノーレ」序曲第1番 「レオノーレ」序曲第2番(1960-61年) 【CD6】 ベートーヴェン 交響曲第4番・第5番「運命」(1960-61年) 【CD7】 ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」 「レオノーレ」序曲第3番 序曲「フィデリオ」 序曲「コリオラン」(1959-60年) 【CD8】 ベートーヴェン 交響曲第7番・第8番(1959,61年) 【CD9】 ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱付」(1959,61年) 【CD10】 ベートーヴェン 合唱幻想曲 ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 交響曲第1番(1960,62年) 【CD11と12】 ブルックナー(Josef Anton Bruckner 1824-1896) 交響曲第5番(1961年) 【CD13】 メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847) 交響曲第3番「スコットランド」 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) アダージョとフーガ ベートーヴェン 大フーガ(1962年) 【CD9】では、ライプツィヒ放送合唱団の他、インゲボルク・ヴェングロル(Ingeborg Wenglor 1926- ソプラノ)、 ウルズラ・ゾレンコップ(Ursula Zollenkopf アルト)、ハンス=ヨアヒム・ロッチェ(Hans Joachim Rotsch 1929- テノール)、テオ・アダム(Theo Adam1926- バス)の独唱陣が加わる。また【CD10】の合唱幻想曲では、ライプツィヒ放送合唱団と、ギュンター・コーツ(Gunter Kootz 1929-)のピアノ独奏が加わる。 私は、先にedeレーベルからリリースされたコンヴィチュニーの11枚組のBox-set(0002172CCC)を所有している。そちらは、当アイテムの【CD1】~【CD9】と内容が重複し、別の2枚にいくつか協奏曲などが収録されていた。しかし、当アイテムが登場してしまったからには、断然当アイテムの方が「買い」である。なんといっても私が同曲中最高の演奏と考えるブルックナーの交響曲第5番が、本当に久しぶりに現役版として復刻したのが大きい。正直言って、それだけでも、このアイテムの価格は元が取れるくらいだと思う。そこにまた伝説的名演であるシューマンとベートーヴェンの全集が合わさっているのだから、これはもう、例えようがないくらいに、超大推薦のアルバムと言える。 そのベートーヴェンとシューマンも私としては「歴史的名盤」に推したいものの一つ。当時ライプツィヒではコンヴィチュニーのベートーヴェンは熱狂的に歓迎されたとされるが、このスタジオ録音からもリアルに雰囲気が伝わってくる。 さて、以下、感想をあらためて書くと、いわゆるドイツ・オーストリアものに対する威風堂々たる正当ど真ん中の解釈が素晴らしい。自然発生的な高揚感に溢れ、確かな権威に裏打ちされたような一貫性がある。古典的な伝統の王道を堂々たる風格で歩む。中央ヨーロッパでは、コンヴィチュニーのベートーヴェンが、フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwangler 1886-1954)、クレンペラー(Otto Klemperer 1885-1973)、ワインガルトナー(Felix Weingartner 1863-1942)と並び称されることがあるのも肯ける。と言うより、私は上記3人のうち、ワインガルトナーはほとんど聴いたことがないけれど、他の2人のベートーヴェンよりコンヴィチュニーのものが好きである。また、シューマンも当時の録音技術を駆使した精度で記録されており、演奏・録音から体感的な迫力が伝わってくる。 また、ブルックナーで素晴らしいのは、まずは「素朴さ」である。いっけん、“ぶっきらぼう”とも思える、淡々たる辛口の指揮ぶりであるが、オーケストラが抜群にうまくて、一つ一つの音にたいへんコクがあり、語られる音楽に神妙な味わいをもたらしている。次いで、「快適なテンポ」が良い。この交響曲は、ブルックナーの中でも特に巨大な音の伽藍を築き上げる荘厳さがあるのだけれど、コンヴィチュニーは前述の指揮振りで、ほとんどタメを設けず、朴訥にまっすぐと突き進む。それなのに、それなのに音楽は素晴らしく良く鳴るのである。まさにブルックナーの音楽をもってブルックナーの音楽そのものを語らせたかのような、おおらかな自然さに満ちている。もう一点挙げさせていただくと、「金管の合奏音の見事さ!」、これに尽きる。第1楽章冒頭の序奏が終わったあとの、気風の良い屹立とした鳴りっぷり、まさにヨーロッパの音楽史の本流がそこにあるというリアリティーに満ちた、必然的な美観だ。音響そのものに、強く人の心を揺さぶる効果がある。 以上の名演のパレードに、さらにはブラームス、メンデルスゾーンの名曲まで収録した当アイテムは、限定版ということもあり、是非にも入手をオススメしたい。 |
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フランツ・コンヴィチュニーの芸術 2 コンヴィチュニー指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽 合唱団 Br:F=ディースカウ T: ヴンダーリヒ B: フリック ベルリン放送交響楽団 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 p: コーツ ツェヒリン ヴェーバージンケ vn: オイストラフ レビュー日:2019.8.9 |
★★★★★ コンヴィチュニーの名演が揃ったBox-set、第2弾です
Corona Cl.collectionからリリースされた、東ドイツの名指揮者フランツ・コンヴィチュニー(Franz Konwitschny 1901-1962)の録音を集めたCD11枚からなるBox-set。当盤は第1弾に引き続いての第2弾となり、収録内容は以下の通り。 【CD1】 1) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 交響曲 第3番 変ホ長調 op.55 「英雄」 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1955年録音 Mono 2) ベートーヴェン 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ライプツィヒ放送合唱団 p: ギュンター・コーツ(Gunter Kootz 1929-) 1960年 Stereo 【CD2】 3) ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 op.37 p: ディーター・ツェヒリン(Dieter Zechlin 1926-2012) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1960年録音 Stereo 4) ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 op.58 p: アマデウス・ウェーバージンケ(Amadeus Webersinke 1920-2005) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1961年録音 Stereo 【CD3】 5) ブルックナー (Anton Bruckner 1824-1896) 交響曲 第2番 ハ短調 ベルリン放送交響楽団 1951年録音 Mono 【CD4,5】 6) ブルックナー 交響曲 第5番 変ロ長調 op.67 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1961年録音 Stereo 【CD6】 7) ブルックナー 交響曲 第7番 ホ長調 op.92 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1958年録音 Mono 【CD7】 8) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847) 交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1962年録音 Stereo 9) メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64 vn: イーゴリ・オイストラフ(Igor Oistrakh 1931-) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1956年録音 Mono 【CD8】 10) ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovich 1906-1975) 交響曲 第10番 ホ短調 op.93 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1954年録音 Mono 【CD9】 11) ショスタコーヴィチ 交響曲 第11番 ト短調 op.103 「1905年」 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 1959年録音 Mono 【CD10,11】 12) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)の歌劇「さまよえるオランダ人」 (1幕形式 全曲) ベルリン国立歌劇場管弦楽団&合唱団 1960年録音 Stereo Br: ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau 1925-2012)(オランダ人) S: マリアンネ・シェヒ(Marianne Schech 1914-1999)(ゼンタ) B: ゴットロープ・フリック(Gottlob Frick 1906-1994)(ダーラント) T: ルドルフ・ショック(Rudolf Schock 1915-1986)(エリック) コントラルト: ジークリンデ・ヴァーグナー(Sieglinde Wagner 1921-2003)(マリー) T: フリッツ・ヴンダーリヒ(Fritz Wunderlich 1930-1966)(舵取り) 素晴らしい内容だ。第1巻と併せて、是非揃えておきたい内容。 ことに、ブルックナーの交響曲第5番は、私にとってこの曲のベストと言える録音。長く聴いてきた愛聴盤だ。いっけん、“ぶっきらぼう”とも思える、淡々たる辛口の指揮ぶりであるが、オーケストラが抜群にうまくて、一つ一つの音にたいへんコクがあり、語られる音楽に神妙な味わいをもたらしている。快適なテンポも良い。この交響曲は、ブルックナーの中でも特に巨大な音の伽藍を築き上げる荘厳さがあるのだけれど、コンヴィチュニーは前述の指揮振りで、ほとんどタメを設けず、朴訥にまっすぐと突き進む。それなのに、それなのに音楽は素晴らしく良く鳴るのである。まさにブルックナーの音楽をもってブルックナーの音楽そのものを語らせたかのような、おおらかな自然さに満ちている。さらに、金管の合奏音の見事さも特筆したい。第1楽章冒頭の序奏が終わったあとの、気風の良い屹立とした鳴りっぷり、まさにヨーロッパの音楽史の本流がそこにあるというリアリティーに満ちた、必然的な美観だ。音響そのものに、強く人の心を揺さぶる効果がある。 また、ワーグナーの「さまよえるオランダ人」も、私にとって当曲の代表録音だ。1960年の録音とは信じがたいほどに録音状態が良いこともあるが、コンヴィチュニーのいかにも気風の良いドイツ王道を感じさせるスタイルと、それに男声陣の充実には目を見張るものがある。個人的に、この歌劇では、なんといっても男声が重要だと思うが、全盛期といって良いフィッシャー=ディースカウによるオランダ人は圧巻といって良い。声量、声質ともに素晴らしいが、オランダ人の心情に沿った機微豊かな感情表現は、さすがの一語に尽きる。コンヴィチュニーの指揮について、粗いという意見もあるのだが、私はまったくそんなことを感じない。もちろん、壮大で、ロマン派の伝統を強く受けた解釈であることはその通りであるが、決して粗いわけではなく、むしろ力強い表出力に長けた解釈であり、管弦の咆哮も、その解釈に沿ってのことであり、結果として音楽的で見事な迫力が獲得されている。特に後半、合唱とオーケストラが混然一体となって、劇的な効果を起伏豊かに盛り上げているところは見事の一語。フィッシャー=ディースカウ以外でも、フリック、ショックと素晴らしい歌唱である。暗さ、逞しさといった印象が強く伝わる歌唱であり、ひたすら巧いフィッシャー=ディースカウとあいまって、見事な相乗効果を挙げている。それに比べると、女声がいまひとつなのが、当盤の弱点か。より強さとハリの欲しいところが残る。とはいえ、全体の評価を下げるまでのことではなく、何と言ってもコンヴィチュニーのドライヴの力強さに聴き惚れてしまう。 コンヴィチュニーのベートーヴェンが素晴らしいのは、いまさら言うまでもないが、当盤ではさらにコーツ、ツェヒリン、ウェーバージンケといった人たちのコクのある独奏を併せて楽しむことが出来る。力強い膂力に満ちた英雄交響曲は、この楽曲は本来このように奏でられるべきという強い説得力を感じさせる。 ショスタコーヴィチは、当時の模範的解釈かと思う。オーケストラの響きの見事さは、録音が古くなった今でも十分に伝わってくる。メンデルスゾーンでは、イーゴリ・オイストラフの芸術を味わうことが出来る。 ドイツ王道に相応しい名演揃い。録音も比較的状態の良いものでまとまっており、オススメ・アイテムである。 |
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Schubert / Mendelssohn / Schumann: Complete Recordings on Deutsche Grammophon バーンスタイン指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 コンセルトヘボウ管弦楽団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 p: フランツ vc: マイスキー レビュー日:2011.12.14 |
★★★★★ この時代のバーンスタインの「熱さ」を伝えるBOXセット
アメリカの名指揮者、レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein 1918-1990)の晩年の独グラモフォンへの充実したレコーディング・ラインナップから、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンの作品をまとめたBOXセット。シューマンのピアノ協奏曲でソリストを務めているユストゥス・フランツ(Justus Franz 1944-)はドイツのピアニスト。バーンスタインとの共演が比較的多かったが、あまり多くの録音が日本で紹介されているわけではないので、やや、意外な人選の趣もある。ここで聴く演奏は、「堅実なピアニズム」といったところ。 ところで、私は、バーンスタインの音楽というのはそれほど聴いてこなかったように思う。独グラモフォンとのマーラーは全集を聴いたし、モーツァルトも何点か聴いた。しかし、その肉厚の音楽作りが、現代の感性に照らした時、妙に大時代的で、重々しい雰囲気を残しているところが気がかりで、私の好みとはちょっと違っていたのである。他方、シューマンの交響曲第1番と第4番を収録したアルバムは、バーンスタインの「これでもか」という気迫、前進性がことごとく良い方向に決まった(と私には感じられる)爆演で、これは私にとって好きな演奏だった。 けれども、今回、このアルバムを購入して、いろいろとまとめて聴いてみると、概して良い印象だった。むしろ、モーツァルトやマーラーより、私はバーンスタインのシューマン、シューベルト、メンデルスゾーンの方がずっと気に入った。 まず太く歌われる旋律線の確かさ、手ごたえが良い。例えば、シューベルトの交響曲第9番、前半2楽章の勇壮な響きは概して力強く、トロンボーンの鳴りなども最低限の抑制のみで、思い切った響きがあり、それが音楽の「踏み込み」として効果的に作用している。だから、聴いていても、演出を意識せずに、音楽のエンディングに向けて自然に気持ちを預けられるのだ。総じて「主体的な」音楽。恰幅があり、饒舌であり、積極的に展開されながら、異質感が少ない。 久しぶりにシューマンを聴いたけど、やはり良い。この時代のバーンスタインの代表的録音と言って差し支えないのではないか。オーケストラ全体の息のあった大きな踏み込みや、加速減速の俊敏性、それらが一体となってドラマティックな音楽の奔流を作り上げている。まさに息つく間もないような迫力に満ちている。もちろん、一面では下品な表現にも思われるけれど、それでもここまでぶっちぎれば「芸術」に到達するのだ。メンデルスゾーンでは交響曲第3番の前半など思いのほか普通だったが、後半の節回しは「いかにも」で、彼らしい熱が満ちている。交響曲第4番も終楽章が良い。縦線を揃えながら、肉厚の音をスピーディーに刻む躍動感に溢れている。また序曲「フィンガルの洞窟」においては、描写的な弦の動きが力強く表現されている特徴もこの人ならではで、これに慣れると他の演奏では物足りなくなるかもしれない。いずれにしても、この時代のバーンスタインのすばらしい功績といえる録音たちだ。 |
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Summer Night Concert Schoenbrunn 2010-Moon Planet ヴェルザー=メスト指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 p: ブロンフマン レビュー日:2011.9.26 |
★★★★☆ ウィーンフィルでスター・ウォーズをやってみました!
毎夏、ウィーンフィルは、シェーンブルン宮殿で野外コンサートを開催している。このアルバムは、フランツ・ウェルザー=メスト(Franz Welser-Most 1960-)が指揮をした2010年のコンサートの模様を収録したもの。収録曲は以下の通り。 1) J.ウィリアムズ スター・ウォーズ・メイン・タイトル 2) ヨーゼフ・シュトラウス ワルツ「天体の音楽」 3) リスト ピアノ協奏曲 第2番 4) J.ウィリアムズ 「レイア姫のテーマ」と「帝国のマーチ」 5) ヨーゼフ・ランナー ワルツ「宵の明星」 6) オットー・ニコライ 歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」から月の出の合唱 7) グスターヴ・ホルスト 火星 8) ヨハン・シュトラウス2世 ワルツ「ウィーン気質」 3)のピアノ独奏はイエフィム・ブロンフマン(Yefim Bronfman 1958-)。オットー・ニコライ(Otto Nicolai 1810-1849)はドイツの作曲家・指揮者で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の創設者として高名。ヨーゼフ・ランナー(Josef Lanner 1801-1843)はオーストリアの作曲家・ヴァイオリン奏者。ウィンナ・ワルツを確立させた功績で知られる。 さて、いずれにしても一夜の夢のようなコンサートということで、(テーマはご覧の通り、宇宙ですね)かしこまった論評をするのは無粋なアルバムかもしれない。とにかく、各々が楽しんで、それぞれ思うことを思う、ということでいいのでしょう。しかし、とりあえず、さしあたっての注目は、天下のウィーンフィルが奏するスター・ウォーズのテーマではないだろうか。 スター・ウォーズという映画は私も幼少のころに観た。今では神格化されているくらいのSF古典だが、その分り易いストーリーとともに、冒頭の圧倒的な全管弦楽の合奏によるテーマ曲が、人心への浸透に計り知れない効果をもたらしたに違いない・・・と思う。これほど映画音楽として、その機能を果たし、多くの人に共有されるイメージとなった例はないだろう。それで、それを、あらためてウィーンフィルが演奏した、というわけで、これは正直私も興味津々なのでした(笑)。聴いてみると、やはりすごいですね。ウィーンのブラスの深さは。この曲からこれほど「コク」を感じることになるとは・・。またシンバルなんかも、ただのお祭りではなく、そこにウィーンの刻印を押すかのように、重々しい存在感を持って鳴ります。いや見事見事。いいものを拝ませていただきました。 他の曲もなかなか心地よい佳演揃い。野外録音として品質の限界はあるけれど、ブロンフマンのピアノも「きら星」の様な輝きがきれいでしょう。合唱が入るのも楽しいですし、いかにもキラクに聴けるプログラムというのも穏当至極でしょう。楽しく聴きましょう。 |
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The Philips Years ハイティンク指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 他 レビュー日:2013.9.1 |
★★★★★ 堅実な良演が集積されたハイティンクの録音集
現役バリバリのオランダの大指揮者、ベルナルド・ハイティンク(Bernard Haitink 1929-)が、Philipsレーベルに録音活動を行っていたころの録音を抜粋し、20枚組のBox-Setとした企画もの。PhilipsレーベルはDECCAレーベルとの統合により消滅したため、当盤は、DECCAレーベルからのリリースとなっている。まずは収録内容をまとめたい。 【CD1】バルトーク 1) ヴァイオリン協奏曲第2番 vn: シェリング(Henryk Szeryng 1918-1988) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1969年録音 2) 管弦楽のための協奏曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1960年録音 【CD2】ベートーヴェン 1) 三重協奏曲 ボザール・トリオ ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1977年録音 2) ヴァイオリン協奏曲 vn: クレバース(Herman Krebbers 1923-) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974年録音 【CD3】ベートーヴェン 1) 交響曲第1番 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1975年録音 2) 交響曲第3番「英雄」 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1974年録音 【CD4】ブラームス ドイツ・レクィエム S: ヤノヴィッツ(Gundula Janowitz 1937-) Br: トム・クラウセ(Tom Krause 1934-) ウィーン国立歌劇場合唱団 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1980年録音 【CD5】 1) ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974年録音 2) ブルックナー 交響曲第3番「ワーグナー」(エーザー版)ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1988年録音 【CD6】ブルックナー 交響曲第8番(ハース版) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1969年録音 【CD7】ブルックナー 交響曲第9番 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1981年録音 【CD8】ドビュッシー 1) 夜想曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1979年録音 2) バレエ音楽「遊戯」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1979年録音 3) 牧神の午後への前奏曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1976年録音 4) 交響詩「海」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1976年録音 【CD9】 1) ドヴォルザーク 交響曲第7番 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1959年録音 2) スメタナ 交響詩「モルダウ」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1961年録音 3) シューベルト 交響曲第8番「未完成」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1975年録音 【CD10】リスト 1) ピアノ協奏曲第1番 p: ブレンデル(Alfred Brendel 1931-) ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年録音 2) ピアノ協奏曲第2番 p: ブレンデル ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年録音 3) 死の舞踏 p: ブレンデル ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年録音 4) メフィスト・ワルツ第1番 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1972年録音 5) 交響詩第3番「前奏曲」 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1968年録音 【CD11】マーラー 交響曲第6番「悲劇的」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1969年録音 【CD12】マーラー 交響曲第9番 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1969年録音 【CD13】 1) モーツァルト 序曲集(「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」、「コジ・ファン・トゥッテ」、「フィガロの結」、「後宮からの誘拐」、「イドメネオ」、「劇場支配人」、「ルーチョ・シッラ」) ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1976年、1980年録音 2) ハイドン 交響曲第99番 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1964年録音 【CD14】ラヴェル 1) バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲 タングルウッド祝祭合唱団 ボストン交響楽団 1989年録音 2) 道化師の朝の歌 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1971年録音 3) ラ・ヴァルス ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1975年録音 【CD15】 1) ハイドン 交響曲第96番「奇蹟」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1964年録音 2) シューベルト 交響曲第9番「グレイト」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1964年録音 【CD16】R.シュトラウス 1) 交響詩「英雄の生涯」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1970年録音 2) 交響詩「死と変容」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1981年録音 【CD17】 1) チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 vn: グリュミオー(Arthur Grumiaux 1921-1986) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1960年録音 2) メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 vn: グリュミオー ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1960年録音 3) ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番 vn: グリュミオー ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1962年録音 【CD18】チャイコフスキー 1) 交響曲第1番「冬の日の幻想」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1979年録音 2) 交響曲第2番「小ロシア」 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1977年録音 【CD19】 1) ワーグナー 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974年録音 2) ワーグナー 「パルジファル」第1幕への前奏曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974年録音 3) ワーグナー 「ローエングリン」第1幕への前奏曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974年録音 4) ワーグナー 「ローエングリン」第3幕への前奏曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974年録音 5) ブラームス 交響曲第3番 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1970年録音 【CD20】 1) アンドリーセン(Louis Andriessen 1939-) 交響的練習曲 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1960年録音 2) ストラヴィンスキー 組曲「火の鳥」(1919年版) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1961年録音 3) 武満徹(1930-1996) ノヴェンバー・ステップス 尺八:横山勝也(1934-2010) 琵琶:鶴田錦史(1911-1995) ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1969年録音 4) メシアン さればわれ死者のよみがえるを待ち望む ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1969年録音 個人的な思い出話で恐縮だが、そもそも私がクラシック音楽を聴くようになったのは、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)とハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団によるラフマニノフのピアノ協奏曲を聴いて大きな感銘を受けたからだ。以来、アシュケナージのレコードを増やすことで、私の聴く音楽の裾野は広がったが、ハイティンクもまた、気になる存在となった。 実際、このころのハイティンクのレコーディング・レパートリーは広大で、例えば、ブルックナーとマーラーの双方の交響曲全集をレコーディングしたのは、この人が最初だったのではないか、と思う。ハイティンクは1961年から1988年までアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団で、1967年から1979年までロンドン・フィルハーモニー管弦楽団で首席指揮者を務めた。この2つの世界的オーケストラを、これだけ長く振っていたというのも、特徴的なキャリアであるし、この時期というのは、いろいろと積極的な録音が展開された時期にも重なっている。 一方で、ハイティンクの才能が当初から広く認識されていたかと言うと、そうではない。特に日本の批評は彼に対して芳しいものではなく、いわゆる「粗製乱造」とまでは言わないまでも、それに近いもの言いをされていたし、それは当時の関連書物のいくつかに目を通せばあきらかである。 しかし、いま改めてこれらの録音を聴いてみると、そのオーソドックスで暖かい音色と、豊かな中声部のふくらみを持った響きは、紛れもなく中央ヨーロッパのオーケストラ・サウンドを体現していて、無理のないテンポ設定や、堅実な解釈と併せて、普遍的とも言える価値を有しているものであったと思う。 いくつか、私の好きな録音を挙げよう。【CD7】のブルックナーの交響曲第9番は、内的調和を重んじながら、外向的力感を打ち出した強固なバランス感覚が魅力だ。【CD10】のリストはブレンデルの独奏と併せて、シックな重量感に溢れた名演。【CD20】の武満の名作への、ハイティンクの感性を活かしたアプローチは興味深い。【CD19】のブラームスはほとんど話題になったことがないが、内省的な深みがあり、滋味豊かな好演。また、今回初めて聴いた【CD9】のドヴォルザークの交響曲第7番は、思わぬ熱演で、若きハイティンクの膂力が秘められた影の名演と思う。 それにしても、20枚セットでこの価格というのは、CD初期を考えると隔世の感がある。私は【CD4】に収録してされているブラームスの「ドイツ・レクィエム」については、90年過ぎ頃に購入したのだが、(一応「運命の歌」が併録された2枚組とはいえ)それだけで、5,600円もしたものだ。それを考えると、今のこのアイテムはお買い得以外のなにものでもないだろう。 ちなみに、当ボックスセットに収録されなかったものにも、ハイティンクの特に70~80年代の録音には名演・良演が溢れているので、機会があったらそちらも聴いていただきたく思う。 |
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Bernard Haitink Royal Concertgebouw Orchestra Live ハイテンク指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 レビュー日:2014.1.30 |
★★★★★ コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を28年間務めた巨匠の記録
オランダの巨匠、ベルナルド・ハイティンク(Bernard Haitink 1929-)が70歳となった2009年に、これを記念してNm ClassicsからリリースされたCD14枚からなるコンセルトヘボウ管弦楽団とのライヴ録音集。 ハイティンクは、前任のベイヌム (Eduard van Beinum 1901-1959)の後を継ぐ形で、1961年に、32歳という若さでコンセルトヘボウ管弦楽団首席指揮者に就任し(1964年までは、ヨッフム(Eugen Jochum 1902-1987)と共同という形)、以来なんと28年間に渡り1988年までその地位を務めた。後任をシャイー(Riccardo Chailly 1953-)に譲った後も、良好な関係は続いていると言う。 当box-setには、そんな首席指揮者時代の、1962年から1985年までのライヴの模様が収められている。商業録音には至らなかったソリストとの共演や楽曲がひしめいていて、なかなか貴重な内容。まずは収録内容の詳細をまとめたい。 【CD1】 1) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) ピアノ協奏曲第27番 p: カーゾン(Clifford Curzon 1907-1982)1972年録音 2) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) ピアノと管弦楽のためのバラードop.19 p: カサドシュ(Robert Casadesus 1899-1972) 1962年録音 3) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 左手のためのピアノ協奏曲 p: ワイエンベルク(Daniel Wayenberg 1929-) 1967年録音 【CD2】 1) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) ピアノ協奏曲第5番 p: アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)1977年録音 2) バーレン(Kees van Baaren 1906-1970) ピアノ協奏曲 p: ブルニウス(Theo Bruins 1929-) 1970年録音 3) バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) ピアノ協奏曲第2番 p: アンダ(Anda Geza 1921-1976) 1970年録音 【CD3】 1) プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第1番 vn: オイストラフ(David Oistrakh 1908-1974) 1972年録音 2) バルトーク ヴァイオリン協奏曲第2番 vn: スターン(Isaac Stern 1920-2001) 1968年録音 【CD4】 1) マルタン(Frank Martin 1890-1974) チェロ協奏曲 vc: ネルソヴァ(Zara Nelsova 1917-2002) 1970年録音 2) ウォルトン(William Walton 1902-1983) チェロ協奏曲 vc: デクロス(Jean Decroos 1932-2008) 1972年録音 【CD5】 1) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883) ヴェーセンドンク歌曲集 MS: ベーカー(Janet Baker 1933-) 1973年録音 2) ムソルグスキー(Modest Mussorgsky 1839-1881) 歌劇「ボリース・ゴドノーフ」より Bs: イ・クゥエイ・シェ(Yi-Kwei Sze 1915-1994) 1964年録音 3) R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949) 4つの最後の歌 S: ゼーダーシュトレーム(Elisabeth Anna Soderstrom 1927-2009) 1977年録音 【CD6】 1) シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951) モノドラマ「期待」 S: ドロウ(Dorothy Dorow) 1975年録音 2) ヴェーベルン(Anton Webern 1883-1945) 管弦楽のための6つの小品 op.6 1968年録音 3) ヴェーベルン 管弦楽のための5つの小品 op.10 1969年録音 4) ベルク(Alban Berg 1885-1935) 室内協奏曲 vn: オロフ(Theo Olof 1924-) p: ブルニウス 1984年録音 【CD7】 1) ヘンツェ(Hans Werner Henze 1926-2012) アンティフォーネ 1964年録音 2) リゲティ(Ligeti Gyorgy 1923-2006) ロンティーノ 1972年録音 3) 武満徹(1930-1996) ノヴェンバー・ステップス 琵琶: 鶴田錦史(1911-1995) 尺八: 横山勝也(1934-2010) 1969年録音 4) リゲティ サンフランシスコ・ポリフォニー 1979年録音 5) ルトスワフスキ(Witold Lutoslawski 1913-1994) ミ・パルティ 1977年録音 【CD8】 1) ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918) 6つの古代の墓碑銘 ~エッシャー(Rudolf Escher 1912-1980)による管弦楽曲版 1968年録音 2) ドビュッシー 遊戯 1968年録音 3) ラヴェル シェヘラザード S: ハーパー(Heather Harper 1930-) 1972年録音 4) ラヴェル ドゥルネシア心を寄せるドン=キホーテ Br: シャーリー=カーク(John Shirley-Quirk 1931-) 1972年録音 【CD9】 1) ルーセル(Albert Roussel 1869-1937) 組曲「くもの饗宴」 1974年録音 2) オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955) 交響曲第5番 1967年録音 3) プーランク(Francis Poulenc 1899 -1963) 組曲「牝鹿」 1977年録音 【CD10】 1) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) バレエ音楽「オルフェウス」 1962年録音 2) ストラヴィンスキー ピアノと管弦楽のためのムーヴメンツ p: ブルニウス 1972年録音 3) ストラヴィンスキー レクイエム・カンティクルス MS: サンテ(Sophia van Sante 1925-) Bs:ライヒ(Gunter Reich 1921-1989) オランダ室内合唱団 1969年録音 4) ストラヴィンスキー エレミアの哀歌 MS: サンテ T: シュヴェッペ(Reinier Schweppe) T: ゲルヴェン(Wim van Gerven 1920-2008) Bs: ライヒ Bs:フォルディ(Andrew Foldi 1926-) オランダ室内合唱団 1968年録音 【CD11】 1) ディーペンブロック(Alphonsus Diepenbrock 1862-1921) 夜 S: ベイカー(Janet Baker 1933-) 1971年録音 2) ホルスト(Anthon van der Horst 1899-1965) リフレクション・ソノリス op.99 1965年録音 3) フロンティウス(Marius Flothuis 1914-2001) ソネット op.9 MS:ネス(Jard van Nes 1948-) 1962年録音 4) レーウ(Ton de Leeuw 1926-1996) オンブレス 1967年録音 5) ケウリス(Tristan Keuris 1946-1996) シンフォニア 1980年録音 【CD12】 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911) 交響曲第6番「悲劇的」 1968年録音 【CD13】 ブルックナー(Josef Anton Bruckner 1824-1896) 交響曲第7番 1972年録音 【CD14】 ショスタコーヴィチ(Dmitrii Shostakovich 1906-1975) 交響曲第10番 1985年録音 さて、これらの曲目をご覧になって、どのような感想を持たれるだろうか。私の場合、最初に感嘆したのは「レパートリーの多彩さ」である。おそらく、これこそがハイティンクが28年間も同じオーケストラを振ることが出来た大きな要素であろう。ルーチン・ワークに陥らず、オーケストラも常に新しい曲に挑戦し続けることができたに違いない。ちなみに、これらの収録曲のうちで、ハイティンクの正規録音が商業的にリリースされたものは、後半の交響曲3曲の他では、ドビュッシーの「遊戯」くらいだと思う。そういった点で、この企画は、ハイティンクという人が、無辺とも言える広大なレパートリーを持っていたことを示している。 なお、14枚のCDは、それぞれテーマ毎に編集されている。協奏曲、声楽曲といったジャンル分けのほか、フランスもの、祖国オランダものなどによっている。 共演者の幅広さも印象的だ。カーゾン、カサドシュ、ワイエンベルク、アンダ、オイストラフ、スターンといった往年の名手から、若き日のアシュケナージまで多士済々。また歌手陣でも、ベイカー、ハーパー、ゼーダーシュトレームといった人たちは、おそらくそれぞれ演奏家として、一番脂ののった時期の頃だし、他にもフランスのバリトン、シャーリー=カークや、中国のバス歌手、イ・クゥエイ・シェといった人もいて、興味は尽きない。なお、シェのムソルグスキーについては、第2幕のボリスのモノローグと時計の場面及び第4幕のボリスの死の場面が選ばれている。チェロのネルソヴァ、ヴァイオリンのオロフと言った人たちも、知る人ぞ知る名人で、それらが一編に聴けるのだからありがたい。 個人的に印象深かった録音としては、まずマルタンのチェロ協奏曲、私はこの曲を初めて聴いたというのもあるけれど、楽曲自体とても面白い曲だし、オーケストラの深みを感じる響きとあいまって、重厚な聴き応えがあった。ルーセルの「くもの饗宴」は、シンフォニックなアプローチで、この楽曲にある中央ヨーロッパ的な味わいを如実に表した感がある。ラヴェルの「シェヘラザード」は思わぬ名演で、いろいろ録音がある中でも特に優れたものになると思う。実際、ラヴェルはハイティンクにとって重要な作曲家でもある。協奏曲では、アンダとのバルトークがさすがの演奏で、オーケストラの豪快な鳴りっぷりも良い。アシュケナージとのプロコフィエフは、シックにまとめるあたりに、ハイティンクのらしさがある。アシュケナージもプレヴィンとの正規録音に比べて、発色をセーヴし、テンポも速めになっている。ベルクの室内協奏曲は、オロフのヴァイオリンが味わい豊かで印象に残る。オランダものでは、ディーペンブロック、ケウリスを特に興味深く聴いた。 ブルックナーの第7番は、ハイティンクの得意な楽曲。ハイティンクは、1961年から1988年までコンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を務めた28年間の間に、ブルックナーの3つの交響曲を頻繁に振っている。第5番を37回、第9番を35回、それに次いで第7番を34回。これらは得意な曲であるというだけでなく、ハイティンクがこよなく愛したオーケストラ曲であったに違いない。確信に満ちたドライヴを聴くことができる。また、ショスタコーヴィチの第10番は、彼のロンドンフィルとの正規録音の9年後の演奏となるが、迫力のある内容だ。 指揮者とオーケストラの蜜月の関係を証明する14枚組である。 |
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オイゲン・ヨッフム・ザ・シンフォニーズ(Eugen Jochum The Symphonies) ヨッフム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 バイエルン放送交響楽団 他 レビュー日:2014.7.15 |
★★★★★ 20世紀半ば、ドイツ音楽芸術の真髄を感じさせるBox-set
ドイツの指揮者、オイゲン・ヨッフム(Eugen Jochum 1902-1987)が1951年から66年にかけて、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と、バイエルン放送交響楽団を振ってグラモフォン・レーベルに録音した、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)、ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)、ブルックナー(Anton Bruckner 1824-1896)の交響曲全集をすべてまとめて、16枚組の廉価Box-setとしたもの。まずは、詳しい収録内容を書こう。 【CD1】 ベートーヴェン 1) 交響曲 第1番 ハ長調 op.21 バイエルン放送交響楽団 1959年録音 2) 交響曲 第3番 変ホ長調 op.55「英雄」 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1954年録音 モノラル 【CD2】 ベートーヴェン 1) 交響曲 第2番 ニ長調 op.36 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年録音 2) 交響曲 第4番 変ロ長調 op.60 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1961年録音 3) 歌劇「フィデリオ」序曲 op.72b バイエルン放送交響楽団 1959年録音 【CD3】 ベートーヴェン 1) 交響曲 第5番 ハ短調 op.67「運命」 バイエルン放送交響楽団 1959年録音 2) 交響曲 第6番 ヘ長調 op.68「田園」 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1954年録音 モノラル 【CD4】 ベートーヴェン 1) 交響曲 第7番 イ長調 op.92 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1952年録音 モノラル 2) 交響曲 第8番 ヘ長調 op.93 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年録音 3) 「レオノーレ」序曲 第2番 op.72 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1961年録音 【CD5】 ベートーヴェン 1) 交響曲 第9番 ニ短調 op.125「合唱付」バイエルン放送交響楽団&合唱団 1952年録音 モノラル クララ・エーベルス(Clara Ebers 1902-1997 ソプラノ) ゲルトルーデ・ピッツィンガー(Gertrude Pitzinger 1904-1997 アルト) ヴァルター・ルートヴィヒ(Walther Ludwig 1902-1981 テノール) フェルディナント・フランツ(Ferdinand Frantz 1906-1959 バス) 2) 「アテネの廃墟」 op.113から「序曲」 バイエルン放送交響楽団 1958年録音 3) 「プロメテウスの創造物」 op.43から「序曲」 バイエルン放送交響楽団 1958年録音 【CD6】 ブラームス 1) 交響曲 第1番 ハ短調 op.68 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年録音 モノラル 2) 交響曲 第3番 ヘ長調 op.90 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年録音 モノラル 【CD7】 ブラームス 1) 交響曲 第2番 ニ長調 op.73 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1951年録音 モノラル 2) 交響曲 第4番 ホ短調 op.98 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1953年録音 モノラル 【CD8】 ブルックナー 交響曲 第1番 ハ短調(リンツ版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1965年録音 【CD9】 ブルックナー 交響曲 第2番 ハ短調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 1966年録音 【CD10】 ブルックナー 交響曲 第3番 二短調「ワーグナー」(ノヴァーク版 第3稿) バイエルン放送交響楽団 1967年録音 【CD11】 ブルックナー 交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンティック」(ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1965年録音 【CD12】 ブルックナー 交響曲 第5番 変ロ長調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 1958年録音 【CD13】 ブルックナー 交響曲 第6番 イ長調(ノヴァーク版) バイエルン放送交響楽団 1966年録音 【CD14】 ブルックナー 交響曲 第7番 ホ長調(改訂版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964年録音 【CD15】 ブルックナー 交響曲 第8番 ハ短調(ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964年録音 【CD16】 ブルックナー 交響曲 第9番 二短調(ノヴァーク版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964年録音 全てスタジオ録音である。 指揮者ヨッフムの多くの功績の中でも特筆すべきは、ブルックナー作品の啓発で、自身も国際ブルックナー協会の会長を務めながら、世界各地で多くのオーケストラを振って、その交響曲を演奏した。 当Box-setに収められたのは、そんなヨッムフの渾身のタクトによるブルックナーの全集。ヨッフムは晩年の1975年から80年にかけて、ドレスデン国立管弦楽団とEMIに全集を録り直しているが、全体的なクオリティは、このグラモフォン盤がやや上回ると思う。 また、ベートーヴェンの全集については、しばらくたいへんに入手が困難だったもので、当企画による復刻は歓迎される。モノラル録音を含むが、第9番などを聴くと、モノラル末期の録音品質がここまで向上していたのだと改めて気づかされるほどの内容だ。 ヨッフムのスタイルはドイツ的とよく称される。それは、中央ヨーロッパの、落ち着いた色合いの響きから、奥行きの深い、しかし溶け合ったサウンドを引き出し、ここぞという所では勇壮な迫力を導いたことを表している。そういった意味で、ベートーヴェンの第3番、第7番、アテネの廃墟、ブラームスの第1番など、この指揮者の手腕が発揮された、当時のもっとも良質な音楽芸術が記録されたものだと考えられる。 しかし、やはり記録されたという以上に高い価値を備えるのは、(幸いにもすべてステレオ録音された)ブルックナーということになるだろう。このころのヨッフムのスタイル全般に言えることだけれど、テンポの揺らしが大きい浪漫的でスケールの大きい表現が特徴だ。おそらくフルトヴェングラー(Wilhelm Furtwangler 1886-1954)の影響があっただろう。ベルリン・フィルにも、そのような表現方法が染みついていたのではないだろうか?それにしても、当時あまり取り上げられる機会の少なかったブルックナーの第1、第2、第6交響曲といった「渋い」作品にも、強い共鳴と共感から、実に情熱的で美しい演奏が繰り広げられている点は、見逃せない当全集の価値だろう。ブルックナーに関して言えば、後年の深いアダージョの表現などは、EMIのドレスデンとの録音にさらなる深みを感じさせるところもあるが、全体的な前進性、野趣性、それらを踏まえたドイツ音楽らしい雄渾な迫力に満ちている点で、この旧全集は見事なものだと思う。そういった意味で、今なお聴き劣りのない、現役の名演として、指折るべき全集として、このブルックナーは「記録以上の」価値を有している。 ベートーヴェン、ブラームスを含めて、ドイツ的と称されたヨッフムの、壮年期のドイツ王道のレパートリーを収めた当廉価Box-setは、買って間違いのないものだと思う。 |
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Mozart: the Recordings ブリュッヘン指揮 18世紀オーケストラ vn: ツェートマイヤー 他 レビュー日:2015.11.9 |
★★★★★ ブリュッヘンが遺してくれたモーツァルト
ブリュッヘン(Frans Bruggen 1934-2014)が晩年にスペインのグロッサ(Glossa)レーベルに遺した一連のモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)録音をまとめた9枚組のBox-set。その収録内容の詳細は以下の通り。いずれもブリュッヘンが育て上げた18世紀オーケストラによる演奏。 【CD1,2】 1) ヴァイオリン協奏曲 第1番 変ロ長調 K.207 2002年録音 2) ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ長調 K.218 2000年録音 3) ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219「トルコ風」 2000年録音 4) ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364 2005年録音 5) ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216 2005年録音 6) ヴァイオリン協奏曲 第2番 ニ長調 K.211 2005年録音 vn: トーマス・ツェートマイヤー(Thomas Zehetmair 1961-) va: ルース・キリウス(Ruth Killius 1968-) 【CD3】 1998年録音 1) アリア「いいえ、いいえ、あなたにはできません」 K.419 2) アリア「私は知らぬ、どこからこの愛情が来るのか」 K.294 3) アリア「私はあなたに明かしたい、おお、神よ!」 K.418 4) アリア「ああ、情け深い星たちよ、もし天にいて」 K.538 5) レチタティーヴォ「わが憧れの希望よ」と ロンド「ああ、あなたはいかなる苦しみか知らない」 K.416 6) レチタティーヴォ「テッサリアの民よ」とアリア「不滅の神々よ、私は求めず」 K.316(300b) 7) アリア「わが感謝を受けたまえ、やさしい保護者よ」 K.383) ソプラノ: シンディア・ジーデン(Cyndia Sieden 1961-) 【CD4】 2006-08年録音 1) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第8番 アレグロ 2) ホルン五重奏曲変ホ長調 K.407 3) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第7番 アダージョ 4) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第2番 メヌエット(アレグレット) 5) 歌劇「ポントの王ミトリダーテ」 K.87 第2幕より シーファレのアリア「あなたから遠く離れて」 6) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第3番 アンダンテ 7) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第12番 アレグロ 8) ホルン協奏曲第3番変ホ長調 K.447 9) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第9番 メヌエット 10) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第5番 ラルゲット 11) 音楽の冗談 K.522 12) ホルンのための12の二重奏曲 K.487より 第4番 ポロネーズ ナチュラル・ホルン: トゥーニス・ファン・デァ・ズヴァールト(Teunis van der Zwart 1964-)、エルヴィン・ヴィーリンガ(Erwin Wieringa 1974-) vn: マルク・デストリュベ(Marc Destrube) vn,va: スタース・スヴィールストラ(Staas Swierstra) va: エミリオ・モレーノ(Emilio Moreno) vc: アルベルト・ブリュッヘン(Albert Bruggen) cb: ロベルト・フラネンベルグ(Robert Franenberg) ソプラノ: ラロン・マクファデン(Claron McFadden 1961-) 【CD5】 1) クラリネット協奏曲 イ長調 K.622 1998年録音 2) 歌劇「皇帝ティートの慈悲」 K.621 より 序曲 1986年録音 3) 歌劇「皇帝ティートの慈悲」 K.621 より アリア「私は行くが、君は平和に」 1998年録音 4) 歌劇「皇帝ティートの慈悲」 K.621 より アリア「夢に見し花嫁姿」 1998年録音 5) アダージョ 変ロ長調 K.411(2つのクラリネットと3つのバセット・ホルンのための) 1998年録音 バセット・クラリネット、バセット・ホルン: エリック・ホープリッチ(Eric Hoeprich 1955-) メゾソプラノ: ジョイス・ディドナート(Joyce DiDonato 1969-) 【CD6,7】 2010年録音 1) 交響曲 第39番 変ホ長調 K.543 2) 交響曲 第40番 ト短調 K.550 3) 交響曲 第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」 【CD8】 1998年録音 1) フリーメイソンのための葬送音楽 ハ短調 K.477 2) 2つのクラリネットと3つのバセット・ホルンのためのアダージョ 変ロ長調 K.411 レクイエム ニ短調K.626 イントロイトゥス(入祭唱) 3) グレゴリオ聖歌(Introitus~入祭唱) 4) レクイエム・エテルナム(永遠の安息を) 5) キリエ(憐れみの賛歌) セクエンツィア(続唱) 6) ディエス・イレー(怒りの日) 7) トゥーバ・ミルム(奇しきラッパの響き) 8) レックス・トレメンデ(恐るべき御稜威の王) 9) レコルダーレ(思い出したまえ) 10) コンフターティス(呪われ退けられし者達が) 11) ラクリモーサ(涙の日) 12) グレゴリオ聖歌(Tractus~詠唱) オッフェルトリウム(奉献文) 13) ドミネ・イエス(主イエス) 14) オスティアス(賛美の生け贄) 15) グレゴリオ聖歌(Offertorium~奉献唱) サンクトゥス(聖なるかな) 16) サンクトゥス(聖なるかな) 17) ベネディクトゥス(祝福された者) アニュス・デイ(神の小羊) 18) アニュス・デイ(神の小羊) コムニオ(聖体拝領唱) 19) ルックス・エテルナ(永遠の光) オランダ室内合唱団 ソプラノ: モーナ・ユルスナー(Mona Julsrud) アルト: ヴィルケ・テ・ブルンメルストルテ(Wilke te Brummelstroete) テノール: ゼーハー・ヴァンデルステイネ(Zeger Vandersteene) バス: イェレ・ドレイエル(Jelle Draijer 1951-) 【CD9】 2011年録音 歌劇「後宮からの逃走」 K.384(ハイライト) ソプラノ: レネケ・ルイテン(Lenneke Ruiten 1977-)、シンディア・ジーデン テノール: アンデシュ・ダーリン(Anders Dahlin 1975-)、マルセル・ビークマン(Marcel Beekman 1969-) バス: ミヒャエル・テーフス(Michael Tews) カペラ・アムステルダム 【CD1~8】はそれぞれ分売がある。【CD9】は当アイテムのみに収録されたボーナス・ディスク。 いずれもピリオド楽器による演奏に大きな功績を挙げたブリュッヘンが辿りついたに相応しい豊かな含みを感じさせる演奏。基本的に柔らかなトーンで、過度に刺激的にならず、暖かな音響が作られている。 特に印象深かったものを挙げると、まず【CD3】のウェーバー家の次女、アロイジア・ヴェーバー(Aloysia Weber 1760-1839)のために書かれた様々なアリア集が、このようにまとまったアルバムが少なく、かつ楽曲が聴き逃すには惜しい佳作揃いであることから、本セットでも特に重要なものだと思う。 次いで【CD5】のバセット・クラリネットによるアルバム。モーツァルトが書いたアントン・シュタードラー(Anton Stadler 1753-1812)の特注バセット・クラリネットのための音楽を、シュタードラーが1794年3月にラトビアのリガで行ったコンサートのプログラムに沿って収録しているのだが、このプログラムと付随したイラストが、1992年にアメリカの音楽学者パメラ・ポーリン(Pamela Poulin)によって発見されることによって、シュタードラーの用いていたバセット・クラリネットの形状の復元が可能となった。本アルバムは、その経緯を踏まえ、形状を復元したバセット・クラリネットを用いた録音であることが大きな特徴。とても柔らかな音色で、暖かくもほの暗い情感の通った名演だ。 【CD8】は1998年3月20日東京芸術劇場でライヴ収録されたもの。レクイエムはジュスマイヤー版だが、イントロイトゥスの前、ラクリモーサの後、オッフェルトリウムの後にそれぞれグレゴリオ聖歌の「Introitus~入祭唱」「Tractus~詠唱」「Offertorium~奉献唱」が挿入されるというブリュッヘンの発案に基づく独自の演奏を行っていて、演奏会当時の空間が見事に再現されている。演奏は、全体に流線型のなめらかさでありながら、音の表面が細やかなに磨き上げられていて、かつ適度に刺激成分を湛えているから、聴いていてなにか物足りないところはなく、力強さも十分にある。一つ一つの音色に生気がある。入祭唱におけるユルスナーの独唱など、まるで木管楽器を思わせるような均一な光沢を感じさせるし、その後も微に入り細に入り、すべての音は精密にコントロールされている。余韻を湛えたデクレッシェンドの美しさは絶品だろう。音楽的に劣る後半も、巧みな手腕で高貴な響きに満ちている。 【CD6,7】は演奏が行われたロッテルダムのデ・ドゥーレン・ホール特有の豊かな残響によってたいへんマイルドな味わいになっているが、特に交響曲第41番が見事な成果となっている。冒頭の細切れの簡単なフレーズの繰り返し一つ一つに、柔らかな輪郭があり、しかしその一方で芯のある安定感が音楽を補完している。ティンパニはしっかりと鳴るけれど、決して刺激的でなく、むしろ暖かみをともなって聴き手に伝わる。とても落ち着いた、しかし生き生きとした力感が十分に備わった表現だ。全管弦楽による勇壮な主題提示における流麗にしてしなやかな表現は、この楽団がいかにこの演奏法を練り込んできたかがよくわかる。美しく深みのある響きで、ブリュッヘンの芸術活動の完成を感じさせる。 他に特典版ディスクも含めて、いずれもブリュッヘンの楽才が如何なく発揮され、かつ大家らしい香りの高さを感じさせるものばかり。モーツァルトの世界に、いくつかの切り口から入ることが出来るという点でも、充実した内容で、お買得の9枚組となっている。 |
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The Cleveland Orchestra/Christoph von Dohnányi - Live Performances 1984 through 2001 ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団 レビュー日:2016.2.19 |
★★★★★ ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団の黄金時代のライヴ音源が一挙10枚にまとまった自主制作盤です。
クリストフ・フォン・ドホナーニ(Christoph von Dohnanyi 1929-)がクリーヴランド管弦楽の音楽監督を務めたのは1984年から2002年にかけてである。この間、デッカ・レーベルを中心に、様々な楽曲に意欲的な録音が行われた。 ドホナーニのスタイルは、オーケストラの機能性を磨き上げ、構築した音響美を軸として、完璧といってよいほどコントロールされた音楽を醸成するもので、それは、クリーヴランド管弦楽団と素晴らしい相性を示した。それで、私はこの頃の彼らの録音を一通り聴いてきた。しかし、その一方で、彼らのスタイルが広く愛されたかと言うと、残念ながらそうとは言えないかもしれない。例えばワーグナーの指輪4部作の録音企画など、ワルキューレまでで中座してしまった。全曲録音が完成していれば、と思わず夢想してしまう素晴らしい内容だと、私は思うのだけれど、そうはならなかったということは、世間の評価がそれほど芳しくなかったのだろう。 そんなわけで、必ずしも彼らの実力に相応しい録音が、質・量の両面で十分に記録されたとは、私は思わないのだけれど、この10枚組の自主制作版は、そんな餓えを一気に潤してくれる内容だ。1984年から2001年にかけて、まさに彼らの全盛期といっても良い時代のライヴ録音をまとめたもので、その選曲も含めてよく考え抜かれたものとなっている。末尾に収録されているシベリウスのみがアレン劇場で収録されたものだが、他はすべてクリーヴランド、セヴェランス・ホールでデジタル収録されたものであり、音質的にもなんら不満はない。CD10枚の収録内容は以下の様なもの。 【CD1】 1) シェーンベルク(Arnold Schoenberg 1874-1951) オラトリオ「ヤコブの梯子」(1984年録音) ガブリエル: ジュリアン・パトリック(Julian Patrick 1927-2009 バリトン) 招集者: ウィリアム・ジョーズ(William Johns 1936- テノール) 扇動者: ヤロスラフ・カーヘル(Jaroslav Kachel 1932- テノール) 格闘家: アンドリュー・フォルディ(Andrew Foldi 1926-2007 バス・バリトン) 傍観者: オスカー・ヒルデブラント(Oskar Hildebrandt 1943- バリトン) 僧侶: リチャード・ブルンナー(Richard Brunner テノール) 死人: ヘルガ・ピラルツィク(Helga Pilarczyk 1926-2011 ソプラノ) 魂: セリーナ・リンズレイ(Celina Lindsley ソプラノ) 2) シェーンベルク ワルシャワの生き残り(1985年録音) 語り: ギュンター・ライヒ(Gunther Reich 1921-1989) 3) シェーンベルク 管弦楽のための変奏曲 op.31(1989年録音) 【CD2】 1) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883) 「リエンツィ」序曲(1996年録音) 2) ブルックナー(Anton Bruckner 1824-1896) 交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンティック」(2000年録音) 【CD3】 1) ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovitch 1906-1975) 交響曲 第1番 ヘ短調 op.10(1998年録音) 2) チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893) 交響曲 第4番 ヘ短調 op.36(2000年録音) 【CD4】 1) ルトスワフスキ(Witold Lutoslawski 1913-1994) 葬送音楽(2001年録音) 2) バルトーク(Bela Bartok 1881-1945) 弦楽のためのディヴェルティメント(1998年録音) 3) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) 交響曲 第1番 ニ長調 op.25「古典交響曲」(2000年録音) 4) ヒンデミット(Paul Hindemith 1895-1963) ウェーバーの主題による交響的変容(1994年録音) 【CD5,6】 1) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) 交響曲 第5番 変ロ長調 D.485(1997年録音) 2) アダムズ(John Adams 1947-) ワンダー・ドレッサー(1990年録音) 3) マーラー(Gustav Mahler 1860-1911) 交響曲 第2番 ハ短調「復活」(1998年録音) ソプラノ: ルート・ツィーザク(Ruth Ziesak 1963-) メゾ・ソプラノ: ナンシー・モルツビー(Nancy Maultsby 1946-) 【CD7】 1) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 交響曲 第5番 ハ短調 op.67「運命」(2001年録音) 2) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 op.83(1998年録音) ピアノ: ギャリック・オールソン(Garrick Ohlsson 1948-) 【CD8】 1) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 交響詩 第3番「前奏曲」(1995年録音) 2) ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-1869) 「ファウストの劫罰」より メヌエット 妖精の踊り ハンガリー行進曲(1996年録音) 3) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 牧神の午後への前奏曲(1998年録音) 4) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847) 交響曲 第4番 イ長調 op.90「イタリア」(1997年録音) 【CD9】 1) ディーリアス(Frederick Delius 1862-1934) 歌劇「イルメリン」前奏曲(1988年録音) 2) ハイドン(Joseph Haydn 1732-1809) 交響曲 第88番 ト長調「V字」(1997年録音) 3) アイヴズ(Charles Ives 1874-1954) 宵闇のセントラルパーク(1998年録音) 4) ヴァレーズ(Edgar Varese 1883-1965) エクアトリアル(1985年録音) バリトン: ギュンター・ライヒ 5) ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928) シンフォニエッタ(1998年録音) 【CD10】 1) フランク(Cesar Franck 1822-1890) 交響曲 ニ短調(1995年録音) 2) シュニトケ(Alfred Schnittke 1934-1998) 真夏の夜の夢(ではない)(1995年録音) 3) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 交響曲 第5番 変ホ長調 op.82(1999年録音) 内容を見てみると、【CD1】こそシェーンベルク作品を集めたアルバムの体となっているが、それ以外では、重複して作品を取り上げられる作曲家がおらず、古典から近現代まで、きわめて幅広い、ドホナーニらしいものとなっている。また、一部デッカなどからスタジオ録音された音源がリリースされている楽曲もあるが、ドホナーニの棒で聴いたこと自体のない楽曲も多い。さらにチャイコフスキーやメンデルスゾーンなど、ウィーンフィルとの録音が既存盤としてある楽曲についても、当盤によって、あらためてクリーヴランド管弦楽団の演奏で聴けるのが、私は嬉しい。 全体を通して聴いてみたが、期待に違わない彼ららしい洗練された機能的な響きで、私はとても楽しむことが出来た。特に印象深かったものとして、ルトスワフスキの「葬送音楽」、この曲をドホナーニは1990年に録音しているのだけれど、その深刻な諸相の表出にあらためて楽曲の傑作性を確認できた。プロコフィエフの古典交響曲は軽快洒脱で、デュトワ(Charles Dutoit 1936-)の同曲の録音にメタリックな光沢を加えたような大快演。ヒンデミットの「ウェーバーの主題による交響的変容」も分かりやすく力強い線的表現がみごと。リストの交響詩「前奏曲」も力感みなぎるパーフェクトな内容だ。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」は様々な憂いが光と陰のように交錯する美演で驚かされる。ドホナーニとクリーヴランド管弦楽団の魅力的な一面であり、フランス音楽への高い適性を示す。ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」も素晴らしい!この曲は、村上春樹の小説の影響で、同じクリーヴランド管弦楽団を振ったジョージ・セル(George Szell 1897-1970)の録音が人気のようだけれど、やはり現代的な音楽の洗練とオーケストラの合奏力といった点で、当録音が上だと思うし、ドホナーニの声部を明瞭に描き分けながら、心地よいテンポで進む棒は、実に快適だ。フランクやシベリウスの交響曲も新鮮。またアダムズやアイヴズの魅力的な楽曲も紹介してくれる。正規録音のなかったマーラーの第2交響曲が聴けるのも嬉しい。 いずれにしてもドホナーニ・フアンにはまたとない企画で、なんとしても入手したくなるアイテムである。ただ、当盤は限定生産でプレス数が少ないようだ。私は、某サイトで予約注文したにもかかわらず、取り寄せ不能の通知をもらったし、別のサイトでも同様の扱いを受け、当サイトでやっと入手することが出来た。そのような状況だから、興味のある人は、多少高額でも、入手可能なタイミングで入手するのが良いと思う。再販の可能性があるのかわからないけれど、見送って後悔したくはないアイテムである。 |
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Smetana/Liszt:Orchestral Works バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団 レビュー日:2016.3.28 |
★★★★☆ 高性能オーケストラによる豪壮な名管弦楽曲集です
バレンボイム(Daniel Barenboim 1942-)指揮、シカゴ交響楽団による、いわゆる管弦楽名曲集的アルバム。収録曲は以下の通り。 1) スメタナ(Bedrich Smetana 1824-1884) 連作交響詩「わが祖国」から 第2曲「ヴルタヴァ(モルダウ)」 2) ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904) スラヴ舞曲 第1番 ハ長調 3) ドヴォルザーク スラヴ舞曲 第8番 ト短調 4) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) ハンガリー舞曲 第1番 ト短調 5) ブラームス ハンガリー舞曲 第3番 ヘ長調 6) ブラームス ハンガリー舞曲 第10番 ヘ長調 7) ボロディン(Alexander Borodin 1833-1887) だったん人の踊り 8) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 交響詩 第3番「前奏曲」 録音は7)が1978年で、他は1977年。7)は声楽を含まない管弦楽版で、冒頭部分に「だったん人の娘の踊り」を含む。 いわゆるクラシック入門的な楽曲が多く、親しみやすいメロディ、簡単でわかりやすい展開で、気楽に聴くことが出来る。また、その一方で、当盤の特徴としてシカゴ交響楽団のブラス・セクションを中心とした力強い圧力のある音響を楽しむことができる。 バレンボイムの指揮は、管弦楽の光沢のある響きを、衒いなく解放させたもの。抒情的な旋律には巨匠的なタメをたっぷり設けるし、そうでないところも、重量感とスピード感で、こってりした味わいを盛っている。シカゴ交響楽団の朗々とした音色は、時にメタリックな光沢が目立ちすぎる感もあるが、おおむね良好な効果をもたらしていて、聴き手の満足度は高いだろう。 聴きどころとしては、冒頭に収録された「ヴァルタヴァ」の冒頭部。水源を描写する木管の交錯がなんとも清らかで透明感に満ち溢れた響き。この曲では、全般に静謐なシーンが夢見るような美しさで描かれていて、シカゴ交響楽団の器楽奏者たちの能力の高さを実感させられる。その一方で、婚礼のダンスなどは、もっと暖かみがあっても良いように思うが、逆に当演奏は、一つの解釈として完成度を高めたものとも言える。 ドヴォルザークの舞曲では、豪壮なパワーがさく裂して実に見事。ブラームスも典雅さがある。これらの楽曲は、全曲通して聴くよりも、これぐらいの数で抜粋されていた方が聴きやすいとも思う。 ボロディン、リストともに、管弦楽の祭典といった雰囲気。バレンボイムのケレン味の効いた演出がよく映える楽曲たちで、いかにも相応しく響いてくれる。 |
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The Cleveland Sound ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団 レビュー日:2017.1.13 |
★★★★☆ 優れた音源が集められていますが、アイテムとしての価値は微妙!
1984年から2002年まで、クリーヴランド管弦楽団の音楽監督を務め、その後も桂冠音楽監督となっているドホナーニ(Christoph von Dohnanyi 1929-)が、音楽監督時代に録音したブルックナー(Josef Anton Bruckner 1824-1896)とマーラー(Gustav Mahler 1860-1911)の交響曲選集。CD10枚組。収録曲と録音年を記載すると、以下の通り。 ブルックナー 交響曲 第3番 ニ短調 「ワーグナー」(録音:1993年) 交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンティック」(録音:1989年) 交響曲 第5番 変ロ長調(録音:1991年) 交響曲 第7番 ホ長調(録音:1990年) 交響曲 第8番 ハ短調(録音:1994年) 交響曲 第9番 ニ短調(録音:1988年) マーラー 交響曲 第1番 ニ長調「巨人」(録音:1988年) 交響曲 第4番 ト長調「大いなる喜びへの讃歌」(録音:1992年) 交響曲 第5番 嬰ハ短調(録音:1988年) 交響曲 第6番 イ短調「悲劇的」(録音:1991年) ブルックナーの交響曲第3番はエーザー版、第8番はハース版を使用。マーラーの第4交響曲のソプラノ独唱はドーン・アップショウ(Dawn Upshaw 1960-)。 さて、アイテムとしての評価が非常に悩ましいというのが正直な感想だ。収録されているものの内容は素晴らしいと思うのだけれど、このような企画盤として以下の2つ大きな欠陥がある。 1) 収録漏れがあること 2) 価格が高いこと 1)に関しては、ブルックナーの第6交響曲(1991年録音)、マーラーの第9交響曲(1997年録音)という、ドホナーニとクリーヴランド管弦楽団による重要な2つの音源が、なぜか割愛されてしまっていることが非常に痛い。特にマーラーの第9交響曲については、私がこの曲の決定的名演であると考えているものだけに、なぜ漏れてしまったのか、まったく理解不能である。ブルックナーの第6番も素晴らしいものだし、実にもったいない。 2)については、実質的に再発売版で、さらにBOX化アイテムである点を踏まえると、当盤はかなり高価な扱いを受けているという印象。ちなみに、投稿日現在、他のウェブ上での取り扱いを確認してみたが、おおむね同程度の価格設定になっている。これは、私には正直にいって得心のいかないものである。 以上の理由から、星5つの評価は回避せざるを得ないのであるが、ドホナーニとクリーヴランド管弦楽団によるこれらの録音は見事なものだ。完璧と言って良いアンサンブル、オーケストラの機能美をフルに活かした、瑞々しい音響が作られており、ドホナーニの明晰な音つくりにより、実に鮮明な印象をもたらす。特に印象的なところを紹介しよう。 ブルックナーの第7交響曲では高精度の表現の絶対的美観が魅力。曇りのない澄み切ったサウンドに満ちている。冒頭の低弦の響きは、ゆったり歌わせるというよりは、感性に即した前進性を感じるが、この旋律はそれでも透明な情感を宿し、情緒をたちまち昇華するように高まらせてくれる。頂点で鳴り響く金管は明朗で大地を照らすように反射する。敬愛するワーグナーの死を悼んで書かれた有名な第2楽章は、透明なソノリティゆえの陽射しを感じ、その印象は「暖かさ」として聴き手に伝えられる。人によっては、ブラスの響きにもう少し情感があった方がいいと感じるかもしれないが、決して無機的な響きというわけでなく、精度の高い安定した音だと思う。後半の2つの楽章はやや速めのテンポで颯爽としたスタイリッシュな響き。この曲の場合、浪漫的な終楽章をどうまとめるのかが唯一難しいところだと思うけれど、ドホナーニの引き締まった表現は良い方向に作用しているだろう。 ブルックナーの第3交響曲は非常にオーソドックスな通力を備えた解釈で、そのためむしろブルックナーの純朴な一面が、素直に表現されるような好ましさを感じる。金管の響きは、金属的な光沢があるが、その合奏音の階層的な響きの印象は、音の立体的な彫像性を確保し、音楽を古典的に構成する要素となる。後半2楽章であるが、ワーグナーの引用がこれほどわかりやすい演奏というのも、なかなかないのではないか。前述の効果で、聴き手からの「音の見通し」が良くなっているためだ。それもあって、トリスタンの引用の残るエーザー版を取り上げたのではないか、と考えたくなるような気持にさえさせてくれる。これは私には魅力的な効果である。 ブルックナーの第8交響曲では「死の予告」と表現された第1楽章のフィナーレ、それはまるでマーラーのような内因的表題性であるが、これをドホナーニは実に余計な感情を交えないような、オーケストラの機能性で押し通した演奏効果を実現している。第2楽章などそれが逆に単調さにつながる部分もあるが、アダージョの潤いに満ちた美観はまさに「壮麗で、まるで蒸留されたかのような無垢な音の洪水に強い感動を覚えさせてくれる。 マーラーでは第6交響曲。一聴してパーカッションや弦楽器のきわめて瑞々しい鮮明な響きに驚かされる。オケの距離感がきわめて適切に再現されており、理想的な録音と言って良い。力強くストレートに進む解釈が心地よく、透明な中にも音楽的な薫りが織り込まれていて、聴き味も決して淡泊ではない。見事な「締まり」のある名演である。 他にもブルックナーの第5交響曲は近代演奏の模範と言えるものであろう。触れたもの以外のものも含めて、いずれの録音も、この時代のドホナーニとクリーヴランド管弦楽団、そしてデッカの優れた録音技術によって記録された見事な芸術品となっている。 |
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Filarmonica Della Scala シャイー指揮 ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2017.3.24 |
★★★★★ シャイーとスカラ座フィルによる「始まり」を強く感じさせる1枚
デッカと30年という長期の契約を結んでいる現代を代表する指揮者、リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)は、その録音キャリアをベルリン放送交響楽団とスタートし、1988年から2004年までロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者として、2005年から2015年まではライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターとして、輝かしい成果を挙げてきた。 そして、2016年からは、母国イタリアのミラノ・スカラ座の音楽総監督に就任し、そのキャリアを重ねることとなった。当盤は、「スカラ座の序曲、前奏曲、間奏曲」と題して2016年に録音された就任記念アルバム。収録曲は以下の通り。 1) ヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901) 歌劇「一日だけの王様」 序曲 2) ヴェルディ 歌劇「十字軍のロンバルディア人」 第3幕への前奏曲 3) カタラーニ(Alfredo Catalani 1854-1893) 歌劇「ワリー」 第3幕への前奏曲 4) ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868) 歌劇「試金石」序曲 5) ドニゼッティ(Gaetano Donizetti 1797-1848) 歌劇「パリのウーゴ伯爵」 序曲 6) ベッリーニ(Vincenzo Bellini 1801-1835) 歌劇「ノルマ」序曲 7) ジョルダーノ(Umberto Giordano 1867-1948) 歌劇「シベリア」 第2幕への前奏曲 8) プッチーニ(Giacomo Puccini 1858-1924) 歌劇「蝶々夫人」 第2幕より間奏曲 9) プッチーニ 歌劇「エドガール」 第4幕への前奏曲 10) ポンキエッリ(Amilcare Ponchielli 1834-1886) 歌劇「ジョコンダ」より「時の踊り」 11) レオンカヴァッロ(Ruggero Leoncavallo 1857-1919) 歌劇「道化師」間奏曲 12) レオンカヴァッロ 歌劇「メディチ家の人々」 第1幕への前奏曲 13) レオンカヴァッロ 歌劇「メディチ家の人々」 第3幕への前奏曲 14) ボーイト(Arrigo Boito 1842-1918) 歌劇「メフィストーフェレ」 前奏曲 とても戦略的で、「これからイタリア音楽をどんどん紹介していきますよ」といったプログラム。いずれもミラノで初演された歌劇。有名曲とそうでない曲を織り交ぜて、とても魅力的にプレゼンテーションしてくれる。 これらの楽曲は、いずれもイタリア・オペラに相応しい明朗な旋律性を持ち、高揚感を持ったもの。その分、聴き味が薄くなるところはあるが、シャシーの明晰で感覚的な鋭さを持った解釈は、そのような弱みを感じさず、聴き手を楽しませてくれる。そして、ドニゼッティの歌劇「パリのウーゴ伯爵」、ジョルダーノの歌劇「シベリア」第2幕への前奏曲、ボーイトの歌劇「メフィストーフェレ」前奏曲といった楽曲は、私にとっては発見でもあり、そういった点でも楽しませていただいた。特にドニゼッティの楽曲は、対比感の強い楽器の扱いとともに、濃厚なドラマ性があり、物語へ誘引する力を強く感じさせる。 他に特に印象に残ったものを挙げる。 ベッリーニの歌劇「ノルマ」序曲。一つ一つの音をくっきりと響かせながら、畳み掛けるような疾走感により、劇的な効果を得ている。ポンキエッリの「時の踊り」は誰でも聴いたことのある通俗曲だが、あらためて洗練した表現で、新鮮かつ色彩豊かな一遍になっている。プッチーニの歌劇「蝶々夫人」の第2幕の間奏曲は有名なものだけれど、改めてこの歌劇の舞台である長崎の夜明けを描いたものとして、味わわせていただいた。弦の効果的な響き、どことなくエスニックな音調が、感覚的な美観で整然と並んでいて、その美しさにあらためて感動する。レオンカヴァッロの歌劇「メディチ家の人々」第1幕への前奏曲では、狩のホルンを思わせる金管の透明で自然な響きが美しい。金管の豊かな響きは当盤を締めくくるボーイトの歌劇「メフィストーフェレ」前奏曲でも魅力いっぱいだ。 もちろん、ヴェルディやロッシーニといった大御所の音楽も、シャイーらしい明朗透明な響きが満ちている。 |
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NAXOS 30周年記念BOX - 30th Anniversary Collection V.A. レビュー日:2017.10.5 |
★★★★★ これはお得!ナクソス30周年を記念した廉価Box-set
ドイツの実業家、クラウス・ハイマン(Klaus Heymann 1936-)とその妻でヴァイオリニストである西崎崇子(1944-)によって、1987年に香港で立ち上げられたクラシック・レーベル「ナクソス」の30周年を記念した廉価Box-set。まだ知られていないアーティストや作曲家、楽曲を発掘し、低価格でリスナーに音源を届けるという徹底した理念により、一気に発展し、現在では、そのクラシックCDの売上げが世界一となるレーベルに急成長した。 廉価レーベルというイメージから、敬遠するフアンもいるかもしれないが、まったくそんな心配はない。素晴らしい演奏、録音に溢れ、素敵な楽曲との出会いがある。まずはこのBox-setからいかがだろうか。 このレーベルで世界に紹介されたと言っても良い、ヤンドー、ビレット、カーラー、ペトレンコ、ネボルシンなど逸材が揃っている他、ミュラー=ブリュールのバッハ、スラトキンのコープランド、エンゲセトのグリーグ、マロンのヘンデルなど、いずれもその楽曲の代表する現代の名録音と言っても良いものだ。ドアティ、グリエール、グレツキなどの「ちょっと珍しい楽曲」を知るのにも絶好。少なくとも、この内容で、コスト・パフォーマンスに不満を抱く人は、ほとんどいないのではないだろうか。収録内容の詳細を書いておく。 【CD1】 バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) 1) 管弦楽組曲 第1番 ハ長調 BWV1066 2) 管弦楽組曲 第2番 ロ短調 BWV1067 3) 管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068 4) 管弦楽組曲 第4番 ニ長調 BWN1069 ヘルムート・ミュラー=ブリュール(Helmut Muller-Bruhl 1933-2012)指揮 ケルン室内管弦楽団 fl: カール・カイザー(Karl Kaiser 1934-) 1998年録音 【CD2】 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 1) ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 op.13「悲愴」 2) ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」 3) ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 op.57「熱情」 p: イェネ・ヤンドー(Jeno Jando 1952-) 1987年録音 【CD3】 ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 1) チェロ・ソナタ 第1番 ホ短調 op.38 2) 4つの歌 op.43 第2曲「5月の夜」 3) 5つの歌曲 op.47 第1曲「便り」 4) 5つの歌曲 op.47 第2曲「愛の炎」 5) 5つの歌 op.72 第4曲「失望」 6) 6つの歌曲 op.85 第1曲「夏の夕べ」 7) 6つの歌曲 op.97 第1曲「ナイチンゲール」 8) チェロ・ソナタ 第2番 ヘ長調 op.99 vc: ガブリエル・シュヴァーベ(Gabriel Schwabe 1988-) p: ニコラス・リンマー(Nicholas Rimmer 1981-) 2014年録音 【CD4】 ブルックナー(Anton Bruckner 1824-1896) 交響曲 第5番 変ロ長調 ゲオルク・ティントナー(Georg Tintner 1917-1999)指揮 ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 1996年録音 【CD5】 ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 1) ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 op.11 2) ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 op.21 p: イディル・ビレット(Idil Biret 1941-) ロベルト・スタンコフスキー(Robert Stankovsky 1964-2001)指揮 スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団 1990年録音 【CD6】 コープランド(Aaron Copland 1900-1990) 1) バレエ音楽「ロデオ」全曲(カウボーイの休日、畜舎の夜想曲、ランチハウス・パーティ、土曜の夜のワルツ、ホーダウン) 2) ダンス・パネルズ 3) エル・サロン・メヒコ 4) キューバ舞曲 レナード・スラトキン(Leonard Slatkin 1944-)指揮 デトロイト交響楽団 2012年録音 【CD7】 マイケル・ドアティ(Michael Daugherty 1954-) 1) メトロポリス・シンフォニー(レックス/クリプトン/MXYZPTLK/オー、ルイ!/レッド・ケープ・タンゴ) 2) ピアノと管弦楽のための「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」(早送り/涙の列車/夜の蒸気) ジャンカルロ・ゲレーロ(Giancarlo Guerrero 1969-)指揮 ナッシュヴィル交響楽団 2007年録音 【CD8】 ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 前奏曲集 第1巻、第2巻;ピーター・ブレイナー(Peter Breiner 1957-)編曲オーケストラ版 準・メルクル(Jun Markl 1959-)指揮 ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団 2011年録音 【CD9】 ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904) 1) ピアノ三重奏曲 第3番 ヘ短調 2) ピアノ三重奏曲 第4番 ホ短調「ドゥムキー」 vn: イリヤ・カーラー(Ilya Kaler 1963-) p: アーロン・ゴールドスタイン(Alon Goldstein 1970-) vc: アミット・ペルド(Amit Peled 1973-) 2013年録音 【CD10】 ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904) 1) 交響的変奏曲 op.78 2) 交響曲第9番 ホ短調 op.95「新世界より」 マリン・オールソップ(Marin Alsop 1956-)指揮 ボルティモア交響楽団 2007年録音 【CD11】 1) ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904) チェロ協奏曲 ロ短調 op.104 2) エルガー(Edward Elgar 1857-1934) チェロ協奏曲 ホ短調 op.85 vc: マリア・クリーゲル(Maria Kliegel 1952-) ミヒャエル・ハラース(Michael Halasz 1938-)指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1991年録音 【CD12】 エルガー(Edward Elgar 1857-1934) 1) 戴冠式行進曲 op.65 2) 劇音楽「グラニアとディアルミド」から「葬送行進曲」 op.42-2 3) 行進曲 威風堂々 第1番 op.39-1 4) 行進曲 威風堂々 第2番 op.39-2 5) 行進曲 威風堂々 第3番 op.39-3 6) 行進曲 威風堂々 第4番 op.39-4 7) 行進曲 威風堂々 第5番 op.39-5 8) カラクタクス op.35から「凱旋行進曲」 9) 宮廷仮面劇「インドの王国」op.66からモガル士侯たちの行進曲 10) イギリス帝国行進曲 11) 交響的前奏曲「ボローニア」 op.76 ジェイムス・ジャッド(James Judd 1949-)指揮 ニュージーランド交響楽団 2003年録音 【CD13】 グリエール(Reinhold Gliere 1875-1956) 交響曲 第3番 ロ短調「イリヤ・ムーロメツ」 ジョアン・ファレッタ(Joann Falletta 1954-)指揮 バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団 2013年録音 【CD14】 グレツキ(Henryk Gorecki 1933-2010) 1) 交響曲 第3番「悲歌のシンフォニー」 2) 3つの古い様式の小品 アントニ・ヴィット(Antoni Wit 1944-)指揮 ポーランド国立放送交響楽団 S: ゾフィア・キラノヴィチ(Zofia Kilanowicz 1963-) 1993年録音 【CD15】 グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 1) 「ペール・ギュント」組曲 第1番 op.46(朝、オーセの死、アニトラの踊り、山の魔王の宮殿で) 2) 「ペール・ギュント」組曲 第2番 op.55(イングリットの嘆き、アラビアの踊り、ペール・ギュントの帰郷、ソルヴェイグの歌) 3) ビョルンソンの「漁夫の娘」による4つの詩 op.21 から 第1曲「初めての出会い」 4) 「山の精にとらわれし者」 op.32 6つの歌 5) 第1番 ソルヴェイグの歌 6) 第2番 ソルヴェイグの子守唄 7) 第3番 モンテ・ピンチョから 8) 第4番 白鳥 9) 第5番 最後の春 10) 第6番 ヘンリク・ヴェルゲラン ビャルテ・エンゲセト(Bjarte Engeset 1958-) マルメ交響楽団 S: インガー・ダム=イエンセン(Inger Dam-Jensen 1964-) パレ・クヌーセン(Palle Knudsen) 2006年録音 【CD16】 ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759) 1) 「水上の音楽」組曲 第1番 ヘ長調 HWV348 2) 「水上の音楽」組曲 第2番 ニ長調 HWV349 3) 「水上の音楽」組曲 第3番 ト長調 HWV350 4) 王宮の花火の音楽 HWV351 ケヴィン・マロン((Kevin Mallon 指揮)アラディア・アンサンブル 2005年録音 【CD17】 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809) 1) 弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調 op.76-4「日の出」 2) 弦楽四重奏曲 第79番 ニ長調 op.76-5「ラルゴ」 3) 弦楽四重奏曲 第80番 変ホ長調 op.76-6 コダーイ四重奏団 1989年録音 【CD18】 リスト(Franz Liszt 1811-1886) 1) ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 2) ピアノ協奏曲 第2番 イ長調 3) 死の舞踏 p: エルダー・ネボルシン(Eldar Nebolsin 1974-) ワシリー・ペトレンコ(Vasily Petrenko 1976-)指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団 2007年録音 【CD19】 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) 1) フルート協奏曲 第2番 ニ長調 K.314 (285d) 2) フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299 3) フルート協奏曲 第1番 ト長調 K.313 (285c) fl: パトリック・ガロワ(Patrick Gallois 1956-) hp: ファブリス・ピエール(Fabrice Pierre1958-) カタリナ・アンドレアソン(Katarina Andreasson 1963-)指揮 スウェーデン室内管弦楽団 2002年録音 【CD20】 1) オールセン(Sparre Olsen 1903-1984 ノルウェー) ロムの6つの民謡 op.2 (ヴァイオリンと管弦楽編) 2) アッテルベリ(Kurt Atterberg 1887-1974 スウェーデン) 組曲 第3番 op.19-1 (2つのヴァイオリンと弦楽オーケストラ編) 3) ステンハンマル(Wilhelm Stenhammar 1871-1927 スウェーデン) 2つの感傷的なロマンス op.28 4) ブル(Ole Bull 1810-1880 ノルウェー) ハバナの思い出 5) ブル セーテル訪問(ヴァイオリンと弦楽オーケストラ編) 6) ハルヴォルセン(Johan Halvorsen 1864-1935 ノルウェー) ノルウェー舞曲 第3番 7) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) ユモレスク 第1番 ニ短調 op.87-1 8) シベリウス ユモレスク 第2番 ニ長調 op.87-2 9) シベリウス ユモレスク 第3番 ト短調 op.89a 10) シベリウス ユモレスク 第4番 ト短調 op.89b 11) シベリウス ユモレスク 第5番 変ホ長調 op.89c 12) シベリウス ユモレスク 第6番 ト短調 op.89d 13) シンディング(Christian Sinding 1856-1941 ノルウェー) 夕べの気分 op.120a vn: ヘンニング・クラッゲルード(Henning Kraggerud 1973-) ビャルテ・エンゲセト(Bjarte Engeset 1958-) ダーラ・シンフォニエッタ 2011年録音 【CD21】 ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 1) 練習曲集「音の絵」op.39 2) 楽興の時 op.16 p: ボリス・ギルトブルグ(Boris Giltburg 1984-) 2015年録音 【CD22】 リムスキー=コルサコフ(Nikolai Rimsky-Korsakov 1844-1908) 1) 歌劇「雪娘」組曲 2) 交響的絵画「サトコ」 op.5 3) 組曲「ムラダ」 4) 歌劇「金鶏」組曲 ジェラード・シュウォーツ(Gerard Schwarz 1947-) シアトル交響楽団 2011年録音 【CD23】 1) ロドリーゴ(Joaquin Rodrigo 1901-1999) アランフェス協奏曲 2) ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos 1887-1959) ギター協奏曲 3) カステルヌォーヴォ=テデスコ(Mario Castelnuovo-Tedesco 1895-1968) ギター協奏曲 第1番 op.99 g: ノーバート・クラフト(Norbert Kraft 1950-) ニコラス・ウォード(Nicholas Ward 1952-)指揮 ノーザン室内管弦楽団 1992年録音 【CD24】 ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868) 歌劇「セヴィリャの理髪師」 ハイライト ヴィル・ハンブルク(Will Humburg)指揮 ファイローニ室内管弦楽団 ハンガリー放送合唱団 フィガロ: ロベルト・セルヴィーレ(Roberto Servileバリトン) ロジーナ: ソニア・ガナッシ(Sonia Ganassi 1966- メゾ・ソプラノ) アルマヴィーヴァ伯爵: ラモン・バルガス(Ramon Vargas 1960- テノール) バジリオ: フランコ・デ・グランディス(Franco de Grandis バス) ベルタ: イングリット・ケルテシ(Ingrid Kertesi ソプラノ) 医師バルトロ: アンヘル・ロメロ(Angelo Romero バス) 1992年録音 【CD25】 サラサーテ(Pablo de Sarasate 1844-1908) 1) カルメン幻想曲 op.25 2) グノーの「ロメオとジュリエット」による演奏会用幻想曲 op.5 3) ロシアの歌 op.49(ヴァイオリンと管弦楽版) 4) ナイチンゲールの歌 op.29(ヴァイオリンと管弦楽版) 5) 狩り op.44 6) ホタ・デ・パブロ op.52(ヴァイオリンと管弦楽版) vn: ヤン・ティエンワ(Yang Tianwa 1987-) エルネスト・マルティネス=イスキエルド(Ernest Martinez Izquierdo 1962-)指揮 ナヴァール交響楽団 2008,09年録音 【CD26】 シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937) 1) スターバト・マーテル op.53 2) 来たれ創り主なる精霊 op.57 3) 聖母マリアの典礼 op.59 4) デメーテル op.37b 5) ペンテジレア op.18 アントニ・ヴィット(Antoni Wit 1944-)指揮、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団 S: イヴォナ・ホッサ(Iwona Hossa 1973-)、MS: エヴァ・マルシニク(Ewa Marciniec) B: ヤロスラフ・ブレク(Jaroslaw Brek 1977-) 2007年録音 【CD27】 タリス(Thomas Tallis 1505-1585) 1) 汝のほかにわれ望みなし 2) めでたし清らかなおとめ 3) ミサ曲「めでたし清らかなおとめ」 4) 全ての心と口にて 5) おお主よ、彼らを苦しめよ 6) おお主よ、私は汝によびかけ ジェレミー・サマリー(Jeremy Summerly 1961-)指揮 オックスフォード・カメラータ 2005年録音 【CD28】 チャイコフスキー(Pyotr Ilich Tchaikovsky 1840-1893) 1) マンフレッド交響曲 ロ短調 op.58 2) 交響的バラード「地方長官」 op.78 ワシリー・ペトレンコ(Vasily Petrenko 1976-)指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団 2007年録音 【CD29】 チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893) 1) ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35 2) 憂鬱なセレナード op.26 3) 懐かしい土地の思い出 op.42 グラズノフ(Aleksandr Glazunov 1865-1936)によるヴァイオリンと管弦楽版 4) ワルツ・スケルツォ vn: イリヤ・カーラー(Ilya Kaler 1963-) ドミトリー・ヤブロンスキー(Dmitry Yablonsky 1962-)指揮 ロシア・フィルハーモニー管弦楽団 2004年録音 【CD30】 ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741) 1) 合奏協奏曲 ホ長調「春」 op.8-1 RV269 2) 合奏協奏曲 ト短調「夏」 op.8-2 RV315 3) 合奏協奏曲 ヘ長調「秋」 op.8-3 RV293 4) 合奏協奏曲 ヘ短調「冬」 op.8-4 RV297 5) 弦楽のための協奏曲 ト長調「アラ・ルスティカ」 RV151 vn: 西崎崇子(1944-) スティーヴン・ガンゼンハウザー(Stephen Gunzenhauser 1942-)指揮 カペラ・イストロポリターナ 1987年録音 |
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Colin Davis Staatskapelle Dresden Live Box C.デイヴィス指揮 ドレスデン・シュターツカペレ 他 レビュー日:2018.4.20 |
★★★★★ 巨匠コリン・デイヴィスと、名オーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデンによる貴重なライヴ音源をまとめたBox-set
イギリスの指揮者、コリン・デイヴィス(Colin Davis 1927-2013)の追悼企画盤としてリリースされた6枚組Box-set。デイヴィスが1990年から名誉指揮者としてたびたびタクトを振ったシュターツカペレ・ドレスデンとのライヴ録音を集めたもの。いずれも同内容の単品が発売済であり、新しい内容はないが、すでに廃盤となったものも含まれており、廉価再発売は歓迎される。収録内容は以下の通り。 【CD1】 1) エルガー(Edward Elgar 1857-1934) 交響曲 第1番 変イ長調 op.55 1998年録音 2) ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-1869) 序曲「リア王」 op.4 1997年録音 3) ベルリオーズ 「ベアトリスとベネディクト」 op.9 から 序曲 1997年録音 【CD2】 1) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847) 交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」 1997年録音 2) メンデルスゾーン 交響曲 第5番 ニ長調 op.107 「宗教改革」 1997年録音 【CD3】 1) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 交響曲 第2番 ニ長調 op.43 1988年録音 2) シベリウス 交響詩「エン・サガ」 op.9 2003年録音 3) シベリウス 交響詩「ルオンノタール」 op.70 2003年録音 ソプラノ: ウテ・ゼルビク(Ute Selbig) 【CD4】 1) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) 交響曲 第8番 ロ短調 D.759 「未完成」 1992年録音 2) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 交響曲 第3番 ヘ長調 op.90 1992年録音 【CD5,6】 ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-1869) レクイエム(死者のための大ミサ曲) op.5 1994年録音 ドレスデン国立歌劇場合唱団、ドレスデン・シンフォニー合唱団、ドレスデン・ジングアカデミー テノール: キース・イカイア=パーディ(Keith Ikaia-Purdy) いずれも、ドイツの正統的な伝統を引き継いだオーケストラの響きを、実感・堪能させてくれる演奏だ。特に、エルガー、ベルリオーズ、シベリウスなど、じゅうらい従来このオーケストラが主要なレパートリーとしてこなかった作曲家の作品が聴けることが興味深い。 【CD1】のエルガーは、荘厳な主題が提示される冒頭から、音楽は大きく闊歩するように進むが、その壮大なエネルギーは内奥から湧き出るように溢れてきて、次第に全編を包んでいく。展開とともに管弦楽は太い厚みと十分な音量をもって主題を扱うとともに、これを保持し、色づける楽器たちが、いずれもその装飾の限りを尽くすように響き渡り、圧巻を言って良いほどの音の絵巻を作り上げる。この第1楽章の雄大な恰幅には圧倒される。次いで第2楽章の目覚ましい迫力も特筆ものだ。重量感とスピード感の双方に満ち、熱血的に畳み込むようにして進む音楽はすさまじい力強さを見せる。耽美的と言っても良い第3楽章は、弦楽器の暖かい優美さがすばらしい聴き心地。そして第4楽章。フィナーレに向かって一気果敢になだれ込む良いな、熱い熱いオーケストラである。これぞドイツ流エルガー!見事。ベルリオーズも素晴らしい。エルガーにしても、ベルリオーズにしても、指揮者の確信に満ちたリードを実感する。流れの良さ、漲る力感。特に「ベアトリスとベネディクト」の素朴さと輝かしさを併せて表現する弦楽器陣の響きに魅了される。 【CD2】のメンデルスゾーンの交響曲第3番の第1楽章は平均的なテンポで開始されるが、主部ではやや速度を落とし、しっかりと内面を深く、暖かく描くようにオーケストラをリード。各声部の響きに厚みがあって、常に豊かな感覚が供給される。それは雪で閉ざされた海とはずいぶん異なるイメージであるが、メンデルスゾーンのこの交響曲が、優れた古典的な構造を持っていることを端的に示すものでもある。オーケストラの太い音量がつねに心強いが、強烈なティンパニが加えられるシーンでの音圧は見事なものとなる。第2楽章は快速、第3楽章は落ち着く、という対照性も劇的な効果を生み出しており、それは一つの交響曲としての優れたフォルムの形成につながる。第4楽章は劇的で苛烈だが、長調に転調した後の幸福感に満ちたコーダの盛り上がりは感動的なものとなっている。交響曲第5番も素晴らしい内容。特に第1楽章、オーケストラの響き自体の豊かなヴォリューム感は、この交響曲の数々の録音の中でも、特に豊穣な質感をもたらすものと言って良い。演奏によっては簡素に過ぎると感じることのある第2楽章も、音に込められた情感の深さで「聴かせる」音楽となっている。メンデルスゾーンの交響曲に、このような骨太な味わいがあったのか、と改めてその音楽解釈の多様性に感嘆させられる。 【CD3】のシベリウスは、北欧や英米のオーケストラが響かせるシベリウスと「音色」が異なる点が興味深い。概して、シベリウスの音楽は、その透明感、北国の空気感にも通じるような一種の淡さをベースとするところがあるのであるが、この演奏はだいぶちがっており、いかにも中央ヨーロッパ的な、中音部に厚みのある音色である。高音の独立性は強調されず、むしろ他の音にいかに溶け込ませるかという点で配意があって、その結果、音は暖かみと柔らかみに満ちた豊穣さがある。そのために部分的には木管やティンパニが背景色と混ざりこむ部分があり、透明感や各楽器の独立性にシベリウスらしさを見出す人(割と多いのでは)には、違和感を与えるかもしれない。しかし、さすがはコリン・デイヴィス。そのようなトーンを前提に、非常に素晴らしい音響を築き上げている。私はこの録音を聴いて、この指揮者は、オーケストラによって、これほど音楽のイメージを変容させることが出来る人だったのか、とあらためて感じ入った。 【CD4】のシューベルトの未完成交響曲では、シュターツカペレ・ドレスデンの深みのある弦の響きが、この交響曲にふさわしいコントラストを描き出している。非常に落ち着いた音楽の運びで、全体的な印象は内省的な厳かさを感じさせるが、クライマックスでは十分な慟哭があって、感動は大きい。デイヴィスのシューベルトへのアプローチは、全般にオーソドックスで、古典的なものと言って良い。すべてが、こうであろうという、きちんと記憶を踏襲するような折り目正しさに満ちている。第2楽章は、のちにセッション録音されたものと比べると、やや速めのテンポを主体とするが、合奏音の美しさはあいかわらずさすがであり、情緒が途切れることなく供給される。クラリネットの物憂い響きは特に忘れがたいものだが、ほかの楽器も含めて、豊かな響きに満ちている。なお、第1楽章はリピートを行っている。ブラームスも正統的なアプローチであるが、ややタメの「間」に人工的な感覚を残すところがあり、それ自体が悪いというわけではないが、両端楽章におけるその繰り返しがどこかフラットな印象に結び付くように感じた。もっとドラマチックな揺れがあってもいいのではないだろうか、と。とはいえ中間楽章に流れる暖かくやわらかな情感は、自然な美観に溢れているし、金管の力強い響きの呼応は、随所で聴きごたえに溢れた効果を導いている。全体としてみれば、さすがドレスデンはいい音を出す、という感想は、多くの人に共通するものとなるだろう。 【CD5,6】のベルリーズのレクイエムは、この作品の巨大性が鳴動するような名録音だ。ことに凄いのは「怒りの日」と「涙の日」だろう。この2編は、巨大編成が全体に躍動する部分でもあるのだが、ティンパニの雷鳴のようなド迫力と、金管の壮麗な伽藍が、いくら見上げても頂きを認めることのできない山脈を思わせるような、圧倒的なパワーで聴き手に迫ってくる。巨大で壮麗であるだけでなく、そこには燃焼度の高い熱気が存分に含まれていて、その力強い咆哮は、楽曲の持つ鎮魂の作用を越え、どこか宇宙的、創造的な世界観をみせる。合唱、弦楽器陣も含めて、すさまじい音。もちろん、聴きどころはそれだけではない。「そのとき憐れなるわれ」で聴かれる静謐な安寧、「恐るべき御稜威の王」の情熱的な合唱、「われをさがしもとめ」の敬虔さを感じさせるアカペラなど、ベルリオーズの音楽の神髄といって良いものが、しっかりした手ごたえで伝わってくる。「賛美の生贄」の木管と金管のやりとりには十分な細やかさがある。「聖なるかな」のイカイア=パーディの独唱はかなり情熱的で、ベルカントという表現が合致しそう。これはライヴの雰囲気に燃え立つものが多かったかもしれない。そして、「神羊唱」で意味深な導きの音、静謐に帰っていく。ベルリオーズが、巨大な編成を用いて、様々に要求した音楽的効果を、高いレベルで、熱血的に表現した見事な名演といって良い。録音もこれだけの音をよく拾っている。同曲の代表的な録音であり、ベルリオーズ作品を広く手掛けてきたデイヴィスのたどり着いた一つの模範が示されたものとも言えるだろう。 |
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Giulini & Wiener Philharmoniker ジュリーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2018.10.24 |
★★★★★ 巨匠ジュリーニが、ウィーン・フィルと遺したブラームスとブルックナー
名指揮者、カルロ・マリア・ジュリーニ(Carlo Maria Giulini 1914-2005)がウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と1984年から1991年にかけて録音したブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)とブルックナー(Anton Bruckner 1824-1896)の交響曲を集めて8枚組のBox-setとしたもの。収録内容は以下の通り。 【CD1】 ブラームス 交響曲 第1番 ハ短調 op.68 1991年録音 【CD2】 ブラームス 交響曲 第2番 ニ長調 op.73 1991年録音 【CD3】 ブラームス 交響曲 第3番 ヘ長調 op.90 1990年録音(ライヴ) ハイドンの主題による変奏曲 op.56a 1990年録音 【CD4】 ブラームス 交響曲 第4番 ホ短調 op.98 1989年録音(ライヴ) 悲劇的序曲 op.81 1989年録音(ライヴ) 【CD5】 ブルックナー 交響曲 第7番 ホ長調 1986年録音 【CD6,7】 ブルックナー 交響曲 第8番 ハ短調 1984年録音 【CD8】 ブルックナー 交響曲 第9番 ニ短調 1988年録音(ライヴ) 名盤として誉れ高いブルックナーの第8番をはじめ、当時の巨匠によるロマン派の交響曲の録音として、象徴的な録音群と言えるだろう。また、ジュリーニという指揮者の個性が強く発揮された録音群でもある。個人的には、ブラームスの第1、第4、ブルックナーの第8、第9を特に推したいと感じるが、以下各曲の感想を書かせていただこう。 ブラームスの第1交響曲は、荘重かつ明るく歌われる。ジュリーニが基本的に遅めのテンポを好むこともあるが、この時期のジュリーニは、中でもゆったりしたテンポを用いることが多かった。第1楽章の冒頭から、いかにもすそ野が広がっているような雄大な音作りだ。かといって、豪快一辺倒というわけではない。第1楽章であれば、第1主題の提示から弦楽器が歌う第1主題に宿された濃厚なカンタービレ、ひたすら「音楽を歌わせるんだ」という意志に満ちたその響きは、流麗であり、それに沿えられる様々な楽器も、その歌を大きくしようという方向性で、一貫している。その様は、高らかな凱歌といった印象だ。また、テンポがスローではあるが、十分な計算が感じられる展開で、モチーフも統一感があって、即興的なものではない。それによって、ある種の冗長さを引き締めるところが、ジュリーニの手腕であろう。第2楽章はウィーン・フィルの音色を存分に堪能させてくれるところで、明るく、輝かしく、歌に溢れた表情が好ましいし、テンポが遅くても、沈滞とは無縁の活力が息づいている。独奏ヴァイオリンの艶やかな音色、オーボエの典雅さなど忘れがたい。第3楽章も優美である。この楽章の特徴であるクラリネットの活躍は、さすがウィーンと思わせる柔らかく、かつ豊かな響きで再現されている。第4楽章は序奏部の深々とした音色が印象的。迫力と優美さの双方を追及しながら、手際よくまとめた手腕が光る。テンポは、他の楽章同様ゆったりとしているが、弛みのない進行で、聴かせる。全合奏において、しばしば、音の緩みのようなものはあるけれど、全体の起伏の中で溶け込んでおり、強い違和感を感じさせない。こういったところは、ジュリーニの巧さなのか、オーケストラの優秀さなのか、もしくはその双方なのか。高名なフィナーレでも、普通はもっとテンポを速めたいようなところであっても、しっかりと手綱を弾くような制御があって、高級感がある。 ブラームスの第2交響曲を、ジュリーニは3回録音している。最初はフィルハーモニア管弦楽団と、1962年。次にロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団と1991年の録音。そして、当盤である。このうち、おそらく名盤としてもっとも名高いのは、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団との録音ではないだろうか。私は学生時代に、父のLPコレクションでクラシック音楽に親しんだのだが、父はブラームスの第2交響曲のLPをずいぶん何枚も持っていた。いや、今の私のCD所有数と比較したらさほどのことはないのだけれど、当時はLP1枚が高価なものであったし、10種くらいあったと思う。アバド(Claudio Abbado 1933-2014)、セル(George Szell 1897-1970)、ザンデルリンク(Kurt Sanderling 1912-2011)、ベーム(Karl Bohm 1894-1981)、ワルター(Bruno Walter 1876-1962)・・・。そんな中に並んでいたジュリーニ盤も、ロサンゼルスとの録音。父は「好きな曲なのだが、これだという録音がなくて増えてしまった」「中ではセルの録音が一番いい」、と言っていたものだ。さて、このウィーンろの録音、ロサンゼルスとの録音と比べると、ひときわゆったりしたテンポが特徴的だ。両者の全4楽章の演奏時間を参考までに記載する。 ・ロサンゼルス盤 22'31 10'41 5'42 9'45 ・ウィーン盤 18'00 12'20 6'02 11'04 (第1楽章はリピートなし) こうして見てみると、長大化を避けるため、ロサンゼルスとの録音では行っていた第1楽章のリピートを、当録音においては省略したように感じられる。とにかく、当録音で聴かれるブラームスの第2交響曲は、全体を通してスローなテンポで、音楽が熟しきり、時にそれを通り過ぎるほど、と感じるほどに、思いのこもった表現に満ちている。第1楽章の第1主題は悠然と鳴るが、呼吸が大きく、クライマックスまでうねるように盛り上がる。そのエネルギーは大きい。音色も美しいが、饒舌であり、たっぷりしたカンタービレが含まれる。強奏部分では、テンポが遅いため、ための部分で、スマートではなく、やや仰々しさを感じるところもあるのは致し方ないだろう。この熟した雰囲気は、なぜか思索的で、後期のブラームスを思わせる味わいを示す。第2楽章は優美だが、弦のたっぷりした歌に、やや耽溺気味と感じるところもある。とにかく、歌えるところはすべて歌ったという衒いのない演奏とも言える。第3楽章は比較的普通にまとまっている。終楽章も実にゆったりとし、大きく練り上げるような起伏を描きあげていて、クライマックス、特に終結部の音の壮麗さは見事なものだ。金管の豪壮な響きも心がこもる。他方で、やはりこの楽章では、全曲をまとめ上げる推進力を、より強く打ち出してほしいところがあり、そのような点で、やはりロサンゼルス・フィルとの旧盤の方が、ふさわしい解決が付けられていたように感じる。この時期のジュリーニとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ならではの、爛熟したブラームスであるが、他の演奏と比べると、どうしても弛緩を感じさせるところが残る。 ブラームスの第3交響曲もゆったりしたテンポで、熱く、明るく描かれたもの。スローテンポなブラームスの第3交響曲というと、同じウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したバーンスタイン (Leonard Bernstein 1918-1990)の録音が思い出されるが、当盤もそれと同じくらいのテンポである。ジュリーニは、交響曲第2番においては、設定するスローなテンポを鑑みて、第1楽章のリピートを省略したのであるが、この第3番ではリピートも行っているので、やや長さを感じさせる。ただ、前述のバーンスタインがあまりにも冗長で弛緩を感じざるを得なかったのに対し、当ジュリーニ盤は、適度な緊張感があって、メリハリが明瞭であり、そこまでスローなテンポによる負荷を感じさせない点でうまくいっていると思う。第1楽章は熱血的で、金管も朗々と鳴るが、分厚い弦のカンタービレが有効に作用し、迫力として伝わる。ところどころ、全合奏はライヴゆえか不揃いなものを感じさせる。それは、あるいは現代の整えられた演奏に慣れ過ぎたせいで、目立つように感じるだけかもしれない。不揃いゆえの迫力として、それを是とするおおらかさに接するようにも思う。第2楽章は意外と標準的な響きで、クライマックスでリタルダントがあるほかは、穏当に流れて、歌われる。有名な第3楽章は、スローなテンポで、独自の強弱感を与えたメロディが歌われる。その情緒は濃い味わいだが、現代の感覚では、全般にやや甘美が過ぎるかもしれない。第4楽章は第1楽章と同じ印象で、浪漫的。強奏の迫力は見事なもので、ここでも多少のゆらぎはあるものの、表現として芸術的に消化された感があるし、やや人工的な味わいを残すものの、構築性を十分キープしながら力感を編み出していて、巨匠の描く音楽に相応しい厚みを感じさせてくれる。ただ、ところどころ、ブラームスの音楽に目立つある種の「うるささ」を、顕在化し過ぎた感もある。ある種の自由さを感じさせながらも、全曲の造形がほどよくキープされており、指揮者とオーケストラの練達さを感じさせる。濃厚で浪漫的な表現への好みによって、聴き手の評価に幅が出来るだろう。 ハイドンの主題による変奏曲も、序盤はわりと普通ながら、中途以降はスローなテンポを基本とし、浪漫的に描いている。冒頭の木管の主題は、ウィーン・フィルらしい典雅さがあって、魅力十分。ウィーンの木管の魅力は、当盤の当曲録音全体の印象の主だったものを形成するといって良いくらい、影響力を感じさせる。中間部の哀愁や郷愁を感じさせる味わいも、着色が濃く、かつ明るい。この明るさにみちた表出力は、ジュリーニの特質の代表的なものと言っていいだろう。終曲に向けた盛り上がりは圧巻で、力強く感動的なものとなっている。 ブラームスの第4交響曲はことにユニーク。おそらく、この演奏で再現されているものは、ブラームスが意図したような響きとはまったく別のものだろう。とにかくテンポがゆっくりしていて(特に第2楽章以降)、それでいて、歌謡性に満ちた艶やかさ、特に弦楽器の響きが麗しさに満ちている。それは、この交響曲が、後期ロマン派の、夢見るようなものが結実した芸術品であると確信しているかのようだ。ブラームスの音楽をどのような美学的位置づけとして認識するのかの論争は置いておくとしても、ジュリーニの回答はその極端なものであり、それゆえに他の演奏と比較した場合、それは特徴的に感じられる。第1楽章は、中では比較的普通といって良く、テンポはやや遅いくらい。ただ、旋律を歌わせることにはっきりと重点を置いて、全体が揺蕩(たゆた)うようなドライヴ感は、なかなか陶酔的で、美しい。静謐も耽美的で、添えられる木管の音色も実に香しい。第2楽章からはいやがうえにもスローなテンポが印象を支配するが、そこには独特の感傷と美が覆うような魅力がある。表面的な美しさと内省的な美しさの双方を突き詰めた表現をこころみた結果、そこにはどこか世紀末的な退廃感にも通じるものが生まれている。最初聴いたときにはそこまで感じなかったのだが、何度か聴き込んでいるうちに、私はその点に気が付き、面白いと感じるようになった。第3楽章も他の当該楽章の演奏とはあきらかに違ったものが引き出されている。ゆったりとしていて、何かを謳歌しているような雰囲気で、さながら讃歌が奏でられるような趣だ。終結部に向けて、ティンパニの強靭な響きにより、恰幅豊かに閉じられる。第4楽章も遅い。劇性は強調されず、なめらかかつのびやかに表現されるメロディが、自在な伸縮性を伴って、歌われる。その伸縮は、弛緩を警戒して、よく計算された感じがする。だから、すそ野の広がりを感じはするが、無辺というイメージではない。しかし、おおらかな歌謡性は、全編を満たし、明るく輝かしい響きを尽くすかのように、全曲の結末を描く。 悲劇的序曲も第4交響曲と同様のアプローチといって良いが、この曲では、楽曲の性格がジュリーニの解釈を吸収しきれずに、やや表現が余っているように感じられるところもある。 ブルックナーの第7交響曲の奇数楽章は平均的なテンポといって良い。第1楽章の第1主題は存分に歌われて、明るい発色を示すが、少し早めに感じられるテンポが功を奏してタメに不自然さがなく、心地よく流れる。常に存分に歌われる弦が紡ぎだすカンタービレは、豊かで、歌謡性にあふれることこの上ないが、ブルックナーらしい朴訥さとは、やや異質なものも感じるところはある。とは言え、絶対的な美観は見事なもの。第2楽章はゆったりとしたテンポとなる。息の長い起伏を通じて盛り上がるクライマックスは、華やかで音量も豊かだ。やや人工的な気配はあるものの、艶の出せる部分は出し尽くしたというやりきった表現が潔い。この楽章の演奏でも、もっとも輝かしく明るいものの一つといって良いだろう。つねに馥郁たる香りがたちこめるような、濃厚な気配がうごめいている。そしてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団も、その音色を存分に発揮して、歌に尽くしている。ただ、私個人的には、ややあざとさが勝ち過ぎた印象を持つのだが、どうだろうか。後半2楽章は、第2楽章ほど濃厚ではないが、当然のことながら、やろうとしている傾向は共通だ。ただ、第3楽章は楽想の影響が強く、そこまでジュリーニの意図が支配的には響かない。ロマン派の芳香を煮詰めた一つの極致と言えるブルックナーがここで完成していると言って良く、見事な成果と思える。ただ、個人的に、どうしても異質性(と思えるもの)を繰り返し楽しむまではいたらず、かと言ってぬぐえず、といったところもあり、第7交響曲については、是非とも推したいというまでには至らなかった。 ブルックナーの第8交響曲の録音は、いまさら私が何か付け足す必要のないほど有名な録音で、ブルックナーの第8の録音史においても、ひとつの里程標と言える芸術作品だろう。この録音がリリースされたころ、私はまだ10代の半ばだったのだが、ブルックナーの音楽に目覚め始めたころだった。当時、父がいくつかこの曲のLPを所有していた。ベーム、シューリヒト(Carl Schuricht 1880-1967)、セルといったものが棚に並んでいたのを思い出す。私が当時聴いていたのはシューリヒトの演奏で、特にクライマックスで鳴る低い金管の響きが好きだった。そのような状況で、このジュリーニ盤が急に話題になってきたのである。私も、情報誌を読みながら、「いったいどんな演奏なんだろう」と思っていたのだが、そのうち知人から当演奏が入ったカセットテープを貸りる機会があり、これを聴くことになったのだ。当時の印象は今も覚えているが、とにかく聴いた感触は、「シューリヒトと全然違う」というものに帰結する。シューリヒトはどちらかと言えば早めのテンポで、颯爽とまとめ、淡めの音響で、とても線的かつ古典的にまとめていた。対するにジュリーニの録音は、熱的で、壮大。テンポはスローで、浪漫的。私は特にその第2楽章のレガート主体の表現や、第3楽章の長く時間をかけて熱するような表現に、当時「とてもついていけない。これがそんなに名演とは思えない」と思ったものである。だが、様々な音楽や演奏を聴いてきた今の自分は、それと異なる印象を持つ。むしろシューリヒトの演奏は、淡泊に過ぎる傾向を感じ、最近ではしばらく聴いていない(それはそれでいい演奏だとは思うけれど)。ジュリーニのブルックナーの第8交響曲は、楽曲の巨大さを真正面から向かい合い、明るい音色でまとめ上げたものだ。その輝かしさに、ブルックナーの交響曲としての異質性を指摘することも可能であるとはいえ、圧倒的といって良い強靭さで成り立つ完成度があって、まるで荘厳な歴史的建築物のように、接する人に威風を感じさせるものである。また、その表現の中で、感情表現も豊かであり、その発色性が「美しさ」に繋がっている。クライマックスにおけるエネルギーの開放量は大きい。これは音量が豊かであるとともに、そこに向かう過程で「溜め」が存分に効いているためで、全般にはゆったりしたテンポでありながら、濃密な練り上げがあるがゆえにもたらされる効果である。オーケストラの音色も当然のことながら立派なものであるが、中でも金管の絢爛たる響きは聴き手に支配的な力をもたらす。弦楽器は、高音部でときおりソリッドな感じはあるが、過不足を感じさせるところのない中庸さが維持されているだろう。あらためて聴いてみると、この演奏が登場する以前の録音とは、まったくちがった、しかし見事な完成度を誇る価値観で示されたブルックナーであり、聴き手や以後の演奏家にもたらした影響の大きかったことは、十分に推察されるのである。 ブルックナーの第9交響曲でも、ある種の異質さを感じてしまうのは同じ。それは、ブルックナーの作品が持つ美学的価値に関して、私なりの固定観念があるためかもしれないが、ジュリーニの濃厚なカンタービレを感じるブルックナーは、明るく、麗しく、壮大で、それは、ブルックナーの音楽が、素朴な信仰心や自然愛から発生したもののような観念に照らすと、やはりちょっと違うのでは、との思いにとらわれる。しかし、ジュリーニのブルックナーの第9番、じっくりと聴くと、なかなか味わい深い。第1楽章冒頭から深遠さを感じる厳かなテンポで音楽が始まる。このテンポは変動するが、常にゆっくりしたものというベース上での変動である。豊かなホールトーンを踏まえて、音量豊かに達するクライマックスは高らかで、壮大だ。第2主題の弦の歌にジュリーニは思いのたけをすべて込めて歌い上げる。繰り返されるたびに高揚があり、やがて、その頂点で壮麗に輝かしく歌い上げられる。そのさん然たる輝きは、例え異質なものであったとしても、抗いがたい魅力に満ちている。これこそ、ジュリーニのブルックナーの醍醐味にほかならない。第2楽章は思いのほか快速進行といって良い。この不思議なスケルツォを、ジュリーニは、やはり暖かく、明るく、全管弦楽の包容力をもって歌うのである。結果的に終楽章となった第3楽章のアダージョは、一層極端に遅いテンポをとり、この楽章だけで30分近い演奏時間を費やす。だが、聴いていて不思議とその長さを感じない。瞬間瞬間の音の美しさ、その減衰の末尾まで磨き上げた光沢が、聴き手に常に届けられる。その心地よさが、長さを緩和してくれるのだ。一つ一つの楽器の音色に込められた慈愛の情感を聴いていると、あるいはブルックナーは、この楽章で、いままでと違ったものを訴えていたのかもしれない、とさえ感じさせてくれる。末尾のホルンはことさら長い。ひたすら呼吸が続くように、と思えるその余韻は、感動的に彼らの演奏を締めくくる。 |
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Neeme Jarvi / Gothenburg Symphony Orchestra ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団 他 レビュー日:2018.12.19 |
★★★★★ 既発版からの再構成を含むネーメ・ヤルヴィとエーテボリ交響楽団のBox-set
広大なレパートリーをもち、数多くの作品に優れた解釈を施したネーメ・ヤルヴィ(Neeme Jarvi 1937-)が、エーテボリ交響楽団とグラモフォン・レーベルに録音した北欧系音楽作品から、CD8枚分を抽出し、Box化したもの。まず収録内容をまとめよう。 【CD1】 1) アルヴェーン(Hugo Alfven 1872-1960) スウェーデン狂詩曲 第1番 「夏至の徹夜祭」 op.19 1995年録音 2) ハルヴォルセン(Johan Halvorsen 1864-1935) ロシア領主たちの入場行進曲 2002年録音 3) ヤルネフェルト(Armas Jarnefelt 1869-1958) 子守歌 2002年録音 4) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 劇音楽「クオレマ」 op.44より 「悲しきワルツ」 1995年録音 5) ヴィレーン(Dag Wiren 1905-1986) セレナード op.11より 「行進曲」 2002年録音 6) ラーション(Lars-Erik Larsson 1908-1986) 田園組曲 op.19より 「ロマンス」 2002年録音 7) ラウタヴァーラ(Einojuhani Rautavaara 1928-2016) カントゥス・アークティクス(鳥と管弦楽のための協奏曲)より 「The Bog」 2002年録音 8) ステーンハンマル(Wilhelm Stenhammar 1871-1927) カンタータ「歌」より 「間奏曲」 2002年録音 9) ニールセン(Carl Nielsen 1865-1931) 歌劇「仮面舞踏会」 序曲 1995年録音 10) ロンビ(Hans Christian Lumbye 1810-1874) コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ 2002年録音 11) ヤルネフェルト 前奏曲 2002年録音 12) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 2つの悲しき旋律 op.34より 第2曲 「過ぎにし春」 1992年録音 【CD2】 1) ベルワルド(Franz Adolf Berwald 1796-1868) 交響曲 第3番 ハ長調 「サンギュリエール」 1985年録音 2) ベルワルド 交響曲 第4番 変ホ長調 1985年録音 【CD3】 グリーグ 劇音楽「ペール・ギュント」 op.23 抜粋 1987年録音 【CD4】 1) グリーグ ノルウェー舞曲 op.35 1986年録音 2) 抒情小品集 op.54 1986年録音 3) 交響的舞曲 op.64 1986年録音 【CD5】 1) ニールセン 交響曲 第5番 op.50 1991年録音 2) ニールセン 交響曲 第6番「素朴な交響曲」 1992年録音 【CD6】 1) シベリウス カレリア組曲 op.11 1992年録音 2) シベリウス 交響詩「大気の精(ルオンノタール)」 op.70 1992年録音 3) シベリウス アンダンテ・フェスティーヴォ 1994年録音 4) シベリウス 交響詩「大洋の女神(海の精)」 op.73 1995年録音 5) シベリウス 組曲「クリスチャン二世」 (夜想曲、エレジー、ミュゼット、セレナード、バラッド) op.27 1995年録音 6) シベリウス 交響詩 「フィンランディア」 op.26 1992年録音 【CD7】 1) シベリウス 交響曲 第5番 変ホ長調 op.82 2002年録音(ライヴ) 2) シベリウス 交響曲 第6番 ニ短調 op.104 2005年録音 【CD8】 1) ステーンハンマル セレナード ヘ長調 op.31 1993年録音 2) ステーンハンマル 交響曲 第2番 ト短調 op.34 1993年録音 【CD3】の合唱はエスタ・オーリン・ヴォーカル・アンサンブルとプロ・ムジカ室内合唱団。独唱はバーバラ・ボニー(Barbara Bonney 1956- ソプラノ)、ウルバン・マルムベルイ(Urban Malmberg 1962- バリトン)、マリアンヌ・エクレーヴ(Marianne Eklof 1956- メゾ・ソプラノ)、カール・グスタヴ・ホルムグレン(Carl Gustaf Holmgren1959- バリトン)、シェル・マグヌス・サンヴェー(Kjell Magnus Sandve テノール)。【CD5】2)の独唱はソイレ・イソコスキ(Soile Isokoski 1957- ソプラノ)。 当boxの特徴として、収録曲の顔合わせという点で、既発盤から変更されたものが多いことが挙げられる。全部確認したわけではないが、既発盤で同内容のものがあるのは【CD4】と【CD6】だけではないだろうか。ニールセンやシベリウスの交響曲も、あえて既発盤と異なる組み合わせにしたのだろうか。ニールセンの交響曲では、あえて有名な第4交響曲を外したのか。とにかくそのような編集が場合、自分が所有する音源との半端な重複が生じるなど、消費者にとって、当アイテムの価値判断に悩ましさが増す傾向になると思うのだが、あえて労力をかけて構成を変更したのはそれなりの意図があるのだろう。ちなみに【CD1】は2枚組オムニバスアルバムからの抜粋版、【CD3】は全曲盤からの抜粋版ということになる。 そのようなわけで、ライブラリの穴埋めには微妙に適さないところはあるのだけれど、内容は素晴らしいといって良い。ヤルヴィの着実で良心的なアプローチが全編で活きており、どれも安定して好演奏だ。ヤルヴィの国際的な芸術家としての学術的な視点と、北欧系音楽への愛情が、絶妙なバランスで機能した演奏とも言えるだろう。 例えば、グリーグの作品では、特有のメロディや、フレーズのこなし方、リズム感に満ちた音節処理など、実にチャーミング。「ノルウェー舞曲」では、的確な間合いを保ちながらの整理されたスマートな響きが印象的であるが、リズムを活かした熱血的な力強さも不足なく、引き締まった運びが鮮やかに決まる。「抒情小品集」は「鐘の音」や「夜想曲」といった曲で、深い情感を醸し出し、夜の清浄空気を導くような気配がある。雰囲気に満ちた弦楽器陣の響きがこよなく美しい。「小人の行進」は迫力に満ちて壮観だ。「交響的舞曲」は、グリーグには珍しい規模の大きな作品であるが、ここでもそれを構成するのはメロディとリズム処理であることは明白で、この視点に基づいた明瞭な処理は、全曲を分かりやすく明るく照らし出す。そのような中で民俗的な高揚感に満ちた主題が鳴るのは感動的である。 シベリウスの管弦楽曲も、その魅力を的確に伝える明晰な解釈が光る。「カレワラ組曲」の冒頭のインテルメッツォから、聴き手はシベリウスの世界に誘われる。幻想的な奥行きを感じさせる弦のトレモロから、次第に鮮明になってリズムを刻みはじめるメロディは、朝霧の中、波打つ海岸での出航風景のよう。あるいは、朝日に照らし出される森の川辺に建つ古城の風景?。様々な想像力をかきたててくれる増幅力のある音楽であり、演奏である。続くバラッドの素朴なメロディは瑞々しく歌われ、終結部の行進曲はとにかく明朗で楽しい。 交響詩「大気の精(ルオンノタール)」ではイソコスキの精緻にコントロールされた美声が圧巻であるが、その雰囲気を存分にサポートしたオーケストラも素晴らしい出来だ。弦楽四重奏から、弦5部とティンパニの合奏作品に編曲されたアンダンテ・フェスティーヴォは、シベリウス・フアンの間では特に人気の名品だが、当盤では、その豊かな旋律が、脈々と豊かな幅をもって流れるように表現されていて、その様は、どこか「永遠」という言葉を連想させる。 交響詩「大洋の女神(海の精)」では「穏やかさ」と「激しさ」の対比が劇的な高揚感とともに描かれる。その色彩感に印象派的な音の使用を感じ取ることができるだろう。組曲「クリスチャン二世」も名作といって良いものだ。当盤では、夜想曲の洗練された響きにまず魅了されるが、その後も自然描写的とも讃歌的とも言える豊かな音の造形は、様々な場面でシベリウスが書いた7編の交響曲を連想させる。 シベリウスの交響曲もある意味普遍性のある解釈で、特に交響曲第6番の細やかな機微のある繊細な表現が美しい。これらの楽曲の底流にある自然謳歌的なおおらかで明瞭な歌を熱く、輝かしく歌い上げた名演奏といって良い。 アルヴェーン、ベルワルド、ステーンハンマルといった作曲家たちの魅力を、ヤルヴィの演奏で知った人も多いに違いない。いまなお、音楽の魅力を伝えると言う気概にみちた輝かしいドライヴは、豊かな情緒を聴き手に伝えてくれる。私の好きなラウタヴァーラのカントゥス・アークティクスを取り上げてくれているのもうれしい。 全編に輝かしいサウンドで詩情豊かに描きあげた名演奏が並んでいる。 |
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RHYTHM & COLOURS ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 他 レビュー日:2019.3.16 |
★★★★☆ ラトルがベルリン・フィルと2002~12年に録音したものから抜粋した廉価box-set
2002年から2018年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督を務めたサイモン・ラトル(Simon Rattle 1955-)が、その前半に録音したものを抜粋し、CD7枚組の廉価のBox-setとしたもの。収録内容は以下の通り。 【CD1】 1) ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-1869) 幻想交響曲 2008年録音 2) ベルリオーズ カンタータ「クレオパトラの死」 2008年録音 【CD2】 3) マーラー(Gustav Mahler 1860-1911) 交響曲 第5番 嬰ヘ短調 2002年録音 【CD3】 4) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 牧神の午後への前奏曲 2004年録音 5) ドビュッシー 交響詩「海」 2004年録音 6) ドビュッシー バレエ音楽「おもちゃ箱」 ;アンドレ・カプレ(Andre Caplet 1878-1925)編 2004年録音 7) ドビュッシー 前奏曲集から ;コリン・マシューズ(Colin Matthews 1946-)編 オーケストラ版 2004年録音 ・第1巻 第7曲 「西風が見たもの」 ・第2巻 第2曲 「枯葉」 ・第2巻 第12曲 「花火」 【CD4】 8) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) バレエ音楽「春の祭典」 2012年録音 9) ストラヴィンスキー 管楽器のための交響曲 2007年録音 10) ストラヴィンスキー バレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」 2011年録音 【CD5】 11) ホルスト(Gustav Holst 1874-1934) 組曲「惑星」 op.32 2006年録音 12) コリン・マシューズ 冥王星 2006年録音 【CD6】 13) ムソルグスキー(Modest Mussorgsky 1839-1881)/ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)編 組曲「展覧会の絵」 2007年録音 14) ボロディン(Alexander Borodin 1833-1887) 交響曲 第2番 ロ短調 2007年録音 15) ボロディン だったん人の踊り 2007年録音 【CD7】 16) オルフ(Carl Orff 1895-1982) カルミナ・ブラーナ 2004年録音 いずれも複数のライヴ録音からベストテイクを集める方式でメディア化したもの。 2)のソプラノは、スーザン・グラハム(Susan Graham 1960-) 4)のフルートは、エマニュエル・パユ(Emmanuel Pahud 1970-) 6)のピアノは、マイエラ・シュトックハウゼン=リーゲルバウアー(Majella Stockhausen-Riegelbauer 1961-) 11)の合唱は、ベルリン放送合唱団 16)の合唱はベルリン放送合唱団とベルリン大聖堂国立合唱団少年合唱団員、独唱はソプラノがサリー・マシューズ(Sally Matthews 1975-)、テノールがローレンス・ブラウンリー(Lawrence Brownlee 1972-)、バリトンがクリスティアン・ゲルハーヘル(Christian Gerhaher 1969-)。 15)は声楽を含まない純器楽版。 いずれも当該CD発売時の内容のままであるが、【CD5】に関しては、原版は2枚組で、2枚目に様々な作曲家が宇宙を題材に書いた管弦楽曲を収録していたのだが、当アイテムでは、その2枚目が割愛される形になっている。 私は2019年になって、これらのラトルとベルリン・フィルの録音を、初めて聴いているのだけれど、概して「理解できる(ような気がする)が、腑に落ちないところがある」という印象がある。以下、感想を書いてみる。 「幻想交響曲」は、かなり挑戦的な演奏である。つまり、この楽曲は、ロマン派の幕開けの頃に書かれた気宇壮大な管弦楽曲で、表題性があり、しかもその表題性は、薬物による幻覚をテーマとした、熱的かつグロテスクなものであるので、この楽曲にアプローチする際には、そのような土壌から情熱的・夢想的なものを、如何に描き出すが、という視点がある程度重視されるわけであるが、このラトルの演奏はそれらの演奏と完全に一線を画しているのである。私の感覚で行ってしまえば、ラトルはこの演奏によって、聴き手の「情」より、まず「知」に働き替えることを念頭に置いている。例えば、第4楽章。この楽章は、(夢の中で)恋人を殺害した芸術家が断頭台に引き立てられ、その周囲で悪鬼たちが乱舞する様を描いているので、通常、かなり情熱的で推進力みなぎらせて、劇的な演出を施すわけであるが、ラトルの演奏はまったく違う。非常に緻密に音楽構成を区分化し、線的な処理を繰り返していく。打楽器は正確であるが、全般に音量が抑制されているのは、ラトルの解釈として意外なものを感じさせるが、それだけに指揮者の考え方が明瞭に伝わる面白さがある。第1楽章も緻密だ。透明感のある音であるが、後半に待ち構えるクライマックスめがけて高揚感を高めていくよりは、機能的な処理に徹し、その中で聴こえてくる「新しいもの」に目ざとくスポットライトを当てる。カチカチと光が切り替わっていくような不思議な感覚を覚える。第2楽章は弦の圧倒的といってもよいシームレスな運びが凄い。処理法としては機械的なのかもしれないが、完成された響きの完全性は高いし、他の演奏とはまったく違う配色を感じる。第3楽章は木管の独立性をことのほか際立てた解釈がユニーク。第5楽章も、情熱的表現から明瞭に一線を画し、金管、打楽器ともに音の大きさを緊密な制御下において、隙のない造形性を気づきあげる。なかなか面白い、特徴的な演奏で、(私が)録音から10年を経て初めて聴いたラトルの幻想交響曲は、思っていたものとかなり異なるものであった。その評価は一概にはし難いものがある。一つはっきりと言えることは、好悪のはっきりわかれる演奏であり、当盤を、幻想交響曲を聴く際のファースト・チョイスにはオススメできない、ということであろう。ただ、楽曲をいくつかの録音で知った後で聴くことで、知的な刺激を様々に受ける演奏という感じ。 カンタータ「クレオパトラの死」は聴く機会の少ない作品だろう。レリオを思わせるダークな側面を感じる楽曲だが、ここでもラトルの指揮ぶりは解析的で、時にやや奥まった印象を感じる。後半の「瞑想」と題された部分で、グラハムの独唱とともに、独特の深刻な雰囲気を描き出している点が魅力的だ。ただ、私はこの曲については、他の録音で聴いたことがないので、比較検討は出来ない。 マーラーの「交響曲第5番」、なるほど、これはなかなか見事な演奏だろう。とにかくラトルの「コントロールしよう」という意志が明瞭で、隅々までその設計に基づいた音響が構築されている。ダイナミックレンジは広く、テンポもある程度自在。そして、瞬間瞬間の全体的なソノリティを、きめこまかく調節して、立体的で鮮明な音像が築き上げられている。第1楽章はややゆったりとしたテンポで開始。その後、コントラストを明瞭にしながら、テンポにある程度の変動をあたえつつ、激しいものと静謐なもののギャップを描き出していく。楽章全体として「序奏」の性格を強く引き出そうとしたのではないだろうか。第2楽章に入ると、いよいよ動きが活発化し、様々な強弱の対比が描かれるが、概して指揮者の強い制御を感じさせる。ハーモニーの光沢感や、メカニカルな冴えは鮮やかであり、この楽章のスコアを克明に照らし出すという点で立派な成果になっている。だが、このスタイルだと、第3楽章にはやや長さを感じてしまうところがある。オーケストラの自発的な要素、自然発揚的な情感を活かして引き出していくような要素が欲しくなるのだ。ただ、この楽章だけスタイルを変えるというのも実際問題難しいだろうし、やったところで、解決のつかない別のことが持ち上がってくるようにも思えるから、難しいのかもしれない。終結部の全管弦楽による推進の力強さは見事で、結びでうまく締めたといったところだろうか。第4楽章のアダージェットはとてもなめらかで透明。この音楽は、とくに後半は熱を帯びたようになってくるのだが、ラトルは冷静で、常に一定の距離感が保たれている。ベルリン・フィルの弦楽器陣のゴージャスな響きが、淡々と流れていく様は、不思議と即物的な感覚を催させてユニークだ。第5楽章は運動的な展開が心地よいが、ここでもラトルの制御は緻密と言ってよい。そのため、これは3楽章でもそうだったのであるが、どこかユーモラスなフレーズや、ちょっと風合いを感じさせるような音型が、きわめて無表情に感じられるところがあり、ときおり思わぬメタリックな感触を味わう瞬間がある。全体的に全合奏の彫像性、克明な描写力は見事。その一方で、マーラーらしい情念的なものが、時折抜けたように響くのが、当演奏のスタンスを考えると、「ないものねだり」なのかもしれないが、やや物足りなさを感じさせる。 初めに「私にとって腑に落ちないところがあるという印象」と書いたが、例えば、ドビュッシーの「海」の第1楽章であるが、ラトルは、きわめて機能的な音楽作りを目指し、達成している。こまやかな音型やフレーズをきれいに洗いだした上で、透明な容器のきれいに配置し、その音の骨格から印象派的な、モザイク的な文様を作り上げる。実に鮮やかで、微細な個所までくっきりと表現されたすみやかさがあるのだが、必然的に全体の起伏感が制御されるため、この楽曲の描写的な側面があまりにも淡泊に感じられる。解析的な面白味や、楽器間の巧妙、精密なバランスが興味深いが、音楽としてのハートの部分がいまいち伝わってこないように感じるし、音楽の移り変わりに即して発揮してほしいインスピレーションのようなものが、少なくとも私には掴みにくい。一言で言うと、単調に過ぎる。 そういった意味では、収録されているドビュッシー作品では、「海」より、他の楽曲の方が私には親しみやすい。これは楽曲の「規模」という観点も影響するだろう。時間軸に沿った1日の海の描写であった「海」に比べると、「牧神の午後への前奏曲」はよりスポット的な作品だ。パユの品の良いルバートを効かせたフルートの絶対的な美しさを、管弦楽の透明な色彩のパレットの上にトレースした響きは、単純に美しく、かすかな気だるさを残すところも私には良い。 「おもちゃ箱」は、私が以前聴いてきたマルティノンやデュトワの録音と比べると、やや即物的な音色にも思えるが、音の階層を明瞭にした上で、伸縮やダイナミクスをコントロールする動きは、刺激があって面白い。新しい感触を味わうことが出来る。 マシューズ編による「前奏曲集の管弦楽編曲作品」から3曲が収録されている。ちなみに、マシューズは、ドビュッシーの前奏曲全曲について管弦楽編曲を行っている。マシューズの編曲は収録された3曲を聴くかぎりパーカッションの響きを活かした特徴がある。パーカッションの表現に精通したラトルならではのソノリティを楽しめるし、どこかストラヴィンスキーを思わせる響きが現れるところも面白い。 私が当アイテムの中で抜群に良いと感じたのが【CD4】のストラヴィンスキー。 「春の祭典」では冒頭のファゴットの音色から実に雰囲気が良い。この楽曲の初演の席にいたサンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)は、冒頭の限界の高音を絞り出すファゴットの旋律を聴いたとたんに「楽器の使い方さえ知らない奴が書いた曲なんて聴くまでもない」と離席したのは有名なエピソード。だけれど、楽器の限界に近い音をあえて奏させることで、音楽の感情的な効果を高めることは、すでにマーラーらがいろいろ試みてきたことなので、今となっては、このエピソードは、むしろサンサーンスがいかに保守的な芸術家だったかを示すものとなっている。それに現在のオーケストラは、概して技術水準が高く、意外にあっさりと音が出たりするものでもある。だが、この演奏には、冒頭のファアゴットから、かなりの緊張感というか、どこかただならない気配の含みが感じられる。そして、その予兆は裏切られない。ことに第1部の「大地の礼賛」では、木管陣の音色の生々しい迫力が随所で活きていて、この楽曲特有の自然の凄みが感じられる。ラトルの棒の下、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、その機能を活かして、時に野蛮と言ってよいほどのエネルギーの噴出を見せる。その熱量が凄い。この時期のラトルとベルリンの録音には、どこか澄ましたようなものを感じることが多いのだが、このストラヴィンスキーは、つねに内燃性の活動脈があって、それが引き絞られるようにして溢れてくる様がある。また、それを美しく描きつくしたオーケストラの素晴らしさは言葉で表現できるものではない。 「管楽器のための交響曲」は、ストラヴィンスキーが、親交の深かったドビュッシーの追悼のために書いた作品で、それに相応しい悲しい色あいを感じさせる音響が風通し良く表現されている。春の祭典ほどにインパクトのある演奏ではないけれど、もちろん悪くはない。 バレエ音楽「ミューズを率いるアポロ」は、ストラヴィンスキーの新古典主義的な側面が出た作品で、ラトルはその特徴を明瞭に示す。弦楽セクションに明瞭なスポットが当たり、かつその暖かい響きが支配的だ。第2場の前段の部分において、その効果はいっそう音楽に鮮やかなコントラストをもたらしている。テルプシコーレの踊りのしなやかで弾力的な合奏音に酔い、終曲アポテオーズでみずみずしさを保ちながら静謐に向かっていく。楽曲が移り変わる過程も美しく、この楽曲に馴染みのない人は、是非、当盤で聴いてほしいとも思う。 ホルストの「惑星」も良演。ベルリン・フィルのスペックを活かした弦楽器陣のつややかな響きが美しく、俗に落ちない高貴な響きを保ちながら、迫力や神秘を巧みに表出している。マシューズの「冥王星」は、「この時代には、冥王星という惑星があったんだな」という里程標になりそう。 「展覧会の絵」は、すごく鳴りは良く洗練された演奏であるとは思うのだが、今一つ聴き手に働きかけるものに欠けた印象がある。この華やかな楽曲で、ラトルは非常に客観的な体制を維持し、オーケストラの音色は隅々まで整えられた輪郭のくっきりしたものとなっている。弦楽器陣の響きの輝きはさすがこのオーケストラで、ヴィドロで主旋律を弦楽合奏が奏でるところなど、これ以上望めないほどの完成度で合奏音が響く。実に見事。ただ、音楽全体の前進力、駆動力といった「力感」、これらは、例え洗練を経たとしても、このムソルグスキーの書いた旋律を表現する上で必要なものだと思うのだが、この演奏ではそこが簡素に過ぎるように感じられる。旋律の表現にもう一つ厚みがほしいし、それを飾るラヴェルのオーケストレーションならではの色彩にも、もう少し見えを切る要素があってもいいのではないか、と思ってしまう。もちろん、演奏の質が良くないというわけではない。細やかなパッセージの滑らかさ、キエフの大きな門での打楽器の存在感、その音色のリアリティなど、確かに聴き味に鋭く、見事なものだと思うけれど、他の名演と比べると、全体に筋肉質になり過ぎたようなイメージである。 その点で、ボロディンの「交響曲第2番」の方が私には良く思えた。といっても、こちらも、ロシア的な濃厚さとは別の、機敏でシャープなソノリティに徹した現代的演奏。第2楽章冒頭の金管や、第3楽章のホルンなど、美しいところはいっぱいある。この楽曲の緩徐楽章に顕著なノスタルジーに関しては、たっぷり歌い上げると言うスタンスではなく、スマートにこなしている。その結果、この楽曲から泥臭さを抜き去ったような淡い辛みがそれなりに効いていて、なかなか感興を催してくれる。「だったん人の踊り」もシャープで陰影くっきりした運び。旋律を奏でるクラリネットの美しさはさすが。 「カルミナ・ブラーナ」は、この曲に何を求めるかで評価が異なってくる演奏だろう。ラトルの指揮はリズム感が鋭くこれを表現する楽器が前面に出る。ティンパニをはじめとする打楽器群の鋭角的な音色が全体の印象を支配的に形作る。ダイナミックレンジは広く、静寂は息を殺すようだ。冒頭の「おお、運命の女神よ」は壮烈なティンパニ強打で開始されるが、それに続く緊張は、静謐な中でひたすら正確なリズムを刻むことで達せられ、均質化された背景の中でファゴットが生々しく浮き立つ。演奏の完成度は高い。明晰かつ慎重。テノールのブラウンリーは「昔は湖に住まっていた」で光沢ある高音を響かせ、バリトンのゲルハーエルは「わしは僧院長さまだぞ」で闊達自在な響きを見せる。また合唱も立派に制御されていて、鋭い金管陣と間断ない応答を聴かせてくれる。ラトルのスタイルは徹底していて、オーケストラ、声楽ともその要求にほぼ完ぺきに応えた演奏となっている。 ただ、私はそれと同時に、この演奏にどこか味気無さを感じてしまう。確かに音の迫力はあり、時に鳥肌がたつような凄まじさがあるのだが、音楽の内燃的な熱血性にどこか背を向けたような金属質な感触が常につきまとっていて、音楽的感動と異なる冷たさを同時に感じるところがある。これは熱血性を持たすものが、リズムと音の強弱の他に、フレーズにルバートでどのような思いを込めるか、加えてフレーズの表現の中でいかにエネルギーの伸縮を持たせるかといった作法により導かれるわけだが、そのような要素があいまいさとともに洗われてしまった感があり、力強さの中に熱さを感じにくいのである。確かにみごとな完成度を誇る音響が聴かれるが、陰影のくっきりした完璧な演奏にありがちな「淡さ」は、私をいまひとつ夢中にさせてくれない。 以上が私の感想だが、全体としては、完成度の高いオーケストラの響きが満ちており、この価格であれば、アイテムとして十分な購入対価を満たすものには違いないだろう。ストラヴィンスキーが素晴らしいことも手伝って、アイテム全体の価値としては十二分なものがある。ただ、いくつかの曲で、私の「どこか腑に落ちない」印象を反映させるため、星4つの評価にとどめさせていただく。 |
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Neeme Jarvi / Gothenburg Symphony Orchestra ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団 他 レビュー日:2018.12.19 |
★★★★★ 既発版からの再構成を含むネーメ・ヤルヴィとエーテボリ交響楽団のBox-set
広大なレパートリーをもち、数多くの作品に優れた解釈を施したネーメ・ヤルヴィ(Neeme Jarvi 1937-)が、エーテボリ交響楽団とグラモフォン・レーベルに録音した北欧系音楽作品から、CD8枚分を抽出し、Box化したもの。まず収録内容をまとめよう。 【CD1】 1) アルヴェーン(Hugo Alfven 1872-1960) スウェーデン狂詩曲 第1番 「夏至の徹夜祭」 op.19 1995年録音 2) ハルヴォルセン(Johan Halvorsen 1864-1935) ロシア領主たちの入場行進曲 2002年録音 3) ヤルネフェルト(Armas Jarnefelt 1869-1958) 子守歌 2002年録音 4) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 劇音楽「クオレマ」 op.44より 「悲しきワルツ」 1995年録音 5) ヴィレーン(Dag Wiren 1905-1986) セレナード op.11より 「行進曲」 2002年録音 6) ラーション(Lars-Erik Larsson 1908-1986) 田園組曲 op.19より 「ロマンス」 2002年録音 7) ラウタヴァーラ(Einojuhani Rautavaara 1928-2016) カントゥス・アークティクス(鳥と管弦楽のための協奏曲)より 「The Bog」 2002年録音 8) ステーンハンマル(Wilhelm Stenhammar 1871-1927) カンタータ「歌」より 「間奏曲」 2002年録音 9) ニールセン(Carl Nielsen 1865-1931) 歌劇「仮面舞踏会」 序曲 1995年録音 10) ロンビ(Hans Christian Lumbye 1810-1874) コペンハーゲンの蒸気機関車のギャロップ 2002年録音 11) ヤルネフェルト 前奏曲 2002年録音 12) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 2つの悲しき旋律 op.34より 第2曲 「過ぎにし春」 1992年録音 【CD2】 1) ベルワルド(Franz Adolf Berwald 1796-1868) 交響曲 第3番 ハ長調 「サンギュリエール」 1985年録音 2) ベルワルド 交響曲 第4番 変ホ長調 1985年録音 【CD3】 グリーグ 劇音楽「ペール・ギュント」 op.23 抜粋 1987年録音 【CD4】 1) グリーグ ノルウェー舞曲 op.35 1986年録音 2) 抒情小品集 op.54 1986年録音 3) 交響的舞曲 op.64 1986年録音 【CD5】 1) ニールセン 交響曲 第5番 op.50 1991年録音 2) ニールセン 交響曲 第6番「素朴な交響曲」 1992年録音 【CD6】 1) シベリウス カレリア組曲 op.11 1992年録音 2) シベリウス 交響詩「大気の精(ルオンノタール)」 op.70 1992年録音 3) シベリウス アンダンテ・フェスティーヴォ 1994年録音 4) シベリウス 交響詩「大洋の女神(海の精)」 op.73 1995年録音 5) シベリウス 組曲「クリスチャン二世」 (夜想曲、エレジー、ミュゼット、セレナード、バラッド) op.27 1995年録音 6) シベリウス 交響詩 「フィンランディア」 op.26 1992年録音 【CD7】 1) シベリウス 交響曲 第5番 変ホ長調 op.82 2002年録音(ライヴ) 2) シベリウス 交響曲 第6番 ニ短調 op.104 2005年録音 【CD8】 1) ステーンハンマル セレナード ヘ長調 op.31 1993年録音 2) ステーンハンマル 交響曲 第2番 ト短調 op.34 1993年録音 【CD3】の合唱はエスタ・オーリン・ヴォーカル・アンサンブルとプロ・ムジカ室内合唱団。独唱はバーバラ・ボニー(Barbara Bonney 1956- ソプラノ)、ウルバン・マルムベルイ(Urban Malmberg 1962- バリトン)、マリアンヌ・エクレーヴ(Marianne Eklof 1956- メゾ・ソプラノ)、カール・グスタヴ・ホルムグレン(Carl Gustaf Holmgren1959- バリトン)、シェル・マグヌス・サンヴェー(Kjell Magnus Sandve テノール)。【CD5】2)の独唱はソイレ・イソコスキ(Soile Isokoski 1957- ソプラノ)。 当boxの特徴として、収録曲の顔合わせという点で、既発盤から変更されたものが多いことが挙げられる。全部確認したわけではないが、既発盤で同内容のものがあるのは【CD4】と【CD6】だけではないだろうか。ニールセンやシベリウスの交響曲も、あえて既発盤と異なる組み合わせにしたのだろうか。ニールセンの交響曲では、あえて有名な第4交響曲を外したのか。とにかくそのような編集が場合、自分が所有する音源との半端な重複が生じるなど、消費者にとって、当アイテムの価値判断に悩ましさが増す傾向になると思うのだが、あえて労力をかけて構成を変更したのはそれなりの意図があるのだろう。ちなみに【CD1】は2枚組オムニバスアルバムからの抜粋版、【CD3】は全曲盤からの抜粋版ということになる。 そのようなわけで、ライブラリの穴埋めには微妙に適さないところはあるのだけれど、内容は素晴らしいといって良い。ヤルヴィの着実で良心的なアプローチが全編で活きており、どれも安定して好演奏だ。ヤルヴィの国際的な芸術家としての学術的な視点と、北欧系音楽への愛情が、絶妙なバランスで機能した演奏とも言えるだろう。 例えば、グリーグの作品では、特有のメロディや、フレーズのこなし方、リズム感に満ちた音節処理など、実にチャーミング。「ノルウェー舞曲」では、的確な間合いを保ちながらの整理されたスマートな響きが印象的であるが、リズムを活かした熱血的な力強さも不足なく、引き締まった運びが鮮やかに決まる。「抒情小品集」は「鐘の音」や「夜想曲」といった曲で、深い情感を醸し出し、夜の清浄空気を導くような気配がある。雰囲気に満ちた弦楽器陣の響きがこよなく美しい。「小人の行進」は迫力に満ちて壮観だ。「交響的舞曲」は、グリーグには珍しい規模の大きな作品であるが、ここでもそれを構成するのはメロディとリズム処理であることは明白で、この視点に基づいた明瞭な処理は、全曲を分かりやすく明るく照らし出す。そのような中で民俗的な高揚感に満ちた主題が鳴るのは感動的である。 シベリウスの管弦楽曲も、その魅力を的確に伝える明晰な解釈が光る。「カレワラ組曲」の冒頭のインテルメッツォから、聴き手はシベリウスの世界に誘われる。幻想的な奥行きを感じさせる弦のトレモロから、次第に鮮明になってリズムを刻みはじめるメロディは、朝霧の中、波打つ海岸での出航風景のよう。あるいは、朝日に照らし出される森の川辺に建つ古城の風景?。様々な想像力をかきたててくれる増幅力のある音楽であり、演奏である。続くバラッドの素朴なメロディは瑞々しく歌われ、終結部の行進曲はとにかく明朗で楽しい。 交響詩「大気の精(ルオンノタール)」ではイソコスキの精緻にコントロールされた美声が圧巻であるが、その雰囲気を存分にサポートしたオーケストラも素晴らしい出来だ。弦楽四重奏から、弦5部とティンパニの合奏作品に編曲されたアンダンテ・フェスティーヴォは、シベリウス・フアンの間では特に人気の名品だが、当盤では、その豊かな旋律が、脈々と豊かな幅をもって流れるように表現されていて、その様は、どこか「永遠」という言葉を連想させる。 交響詩「大洋の女神(海の精)」では「穏やかさ」と「激しさ」の対比が劇的な高揚感とともに描かれる。その色彩感に印象派的な音の使用を感じ取ることができるだろう。組曲「クリスチャン二世」も名作といって良いものだ。当盤では、夜想曲の洗練された響きにまず魅了されるが、その後も自然描写的とも讃歌的とも言える豊かな音の造形は、様々な場面でシベリウスが書いた7編の交響曲を連想させる。 シベリウスの交響曲もある意味普遍性のある解釈で、特に交響曲第6番の細やかな機微のある繊細な表現が美しい。これらの楽曲の底流にある自然謳歌的なおおらかで明瞭な歌を熱く、輝かしく歌い上げた名演奏といって良い。 アルヴェーン、ベルワルド、ステーンハンマルといった作曲家たちの魅力を、ヤルヴィの演奏で知った人も多いに違いない。いまなお、音楽の魅力を伝えると言う気概にみちた輝かしいドライヴは、豊かな情緒を聴き手に伝えてくれる。私の好きなラウタヴァーラのカントゥス・アークティクスを取り上げてくれているのもうれしい。 全編に輝かしいサウンドで詩情豊かに描きあげた名演奏が並んでいる。 |
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RAFAEL KUBELIK THE MUNICH SYMPHONIC RECORDINGS(ドヴォルザーク 交響曲 第6番 第7番 第8番「イギリス」 第9番「新世界から」 弦楽セレナード 管楽セレナード ハイドン 交響曲 第99番 モーツァルト 交響曲 第25番 第38番「プラハ」 第40番 第41番「ジュピター」 ベートーヴェン 交響曲 第9番「合唱付」 ブラームス 交響曲 全曲 ブルックナー 交響曲 第8番 第9番 ベルリオーズ 幻想交響曲 序曲「海賊」 スメタナ 連作交響詩「わが祖国」 ヤナーチェク シンフォニエッタ ハルトマン 交響的讃歌 バルトーク 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 管弦楽のための協奏曲) クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 レビュー日:2019.8.7 |
★★★★★ クーベリックとバイエルン放送交響楽団による熱いライヴ録音の記録
チェコの名指揮者、ラファエル・クーベリック(Rafael Kubelik 1914-1996)の功績は様々にあるが、その大きなものの一つは、1961年に首席指揮者に就任し、1979年までその地位にあったバイエルン放送交響楽団との関係から生まれた数々の名演である。その関係を通じ、クーベリックは巨匠となり、ミュンヘンにあったラジオ・オーケストラは、世界でも指折りの名交響楽団へと飛躍していった。 当盤は、そんなクーベリックとバイエルン放送交響楽団による、脂の乗ったライヴ音源全15枚分がまとめられたBox-setである。録音詳細については記載があるので省略するが、CD15枚のうち、10枚相当については、すでにオルフェオから同内容のものがリリースされている。そららのCD番号は以下の通りである。 【DISC 1】 C206891DR 【DISC 2】 C498991DR 【DISC 3】 C207891DR 【DISC 4~6】 C070833 【DISC 10】 C203891DR 【DISC 12】 C499991DR 【DISC 13】 C115841 【DISC 15】 C551011DR 当盤の価値を高めているのは、上記以外の初出音源ということになるだろう。また、上記の既出音源についても、投稿日現在入手が困難となっているものもあるため、いずれにしても再発売という形で入手可能となることは歓迎されるだろう。すべてライヴ録音であるが、録音状況は、概して当該年代における平均以上のレベルで安定しており、聴き易い。 クーベリックのスタイルは、第一に厚い旋律線の豊かな表現性にあると思う。オーケストラのサウンドを、恰幅良く響かせる中で、旋律には存分なカンタービレを与え、濃厚な表情付けを施していく。ロマン派の延長線上を感じさせる歌と情熱を感じさせる演奏だ。単に「熱い」と表現しても良い。テンポは速めを主体とすることが多いが、楽曲や楽想に応じた能弁な使い分けがある。 ハイドン(Joseph Haydn 1732-1809)やモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)は、この時代らしい編成の大きなオーケストラを用いて、輝かしい弦楽器陣の響きを縦横に響かせた演奏であるが、特にモーツァルトが素晴らしい。もちろん、これは彼らの当該曲の正規スタジオ録音が素晴らしいことと同義な素晴らしさなのではあるが、心地よいリズム、しなやかな躍動感を踏まえて、叙情性、運動性ともに過不足なく、かつ凛々しさを感じさせる響きが見事である。 ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904)やスメタナ(Bedrich Smetana 1824-1884)は、言わずもがなのクーベリックの十八番であり、駄演凡演であるわけもなく、見事である。スメタナの「わが祖国」など、これ以上ないほどの豪壮さを備えた演奏であり、そこにはカントリー・スタイルというよりも、ヨーロッパ文化の王道を行くような気風にみちた格式を感じさせる。 初出関連では、ブルックナー(Anton Bruckner 1824-1896)の交響曲第9番、ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)のシンフォニエッタ、ハルトトマン(Karl Amadeus Hartmann 1905-1963)の交響的讃歌など、いずれも聴きごたえ豊かなものだ。 もちろん、ライヴ特有の肌理の粗さが、ところどころで表出するところはあるし、クーベリックの濃厚な音作りが、時に重いと感じてしまうところもあるのだが、そこまで指摘しても、ないものねだりの感が出てくる気もする。 というわけで、世界を代表するオーケストラの、練熟のライヴを立て続けに聴けるということで、なかなかに熱いBox-setであると思う。 |
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チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ヴィエニアフスキ ヴァイオリン協奏曲 第2番 ブラームス ヴァイオリン協奏曲 シューマン ヴァイオリン協奏曲 vn: ベル アシュケナージ指揮 ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団 レビュー日:2008.2.23 |
★★★★★ ジョシュア・ベルの代表的協奏曲録音でしょう
1967年アメリカ生まれのユダヤ系ヴァイオリニスト、ジョシュア・ベル(Joshua Bell)によるヴァイオリン協奏曲集。かつてリリースされた2枚のアルバムを2枚組にまとめた再編集廉価版。収録曲はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、ヴィエニアフスキのヴァイオリン協奏曲第2番、ブラームスのヴァイオリン協奏曲、シューマンのヴァイオリン協奏曲の4曲。いずれもオーケストラはクリーヴランド管弦楽団だが、指揮者はチャイコフスキーとヴィエニアフスキではアシュケナージ(1988年録音)、ブラームスとシューマンではドホナーニ(1994年録音)が務める。 ベルのヴァイオリンはやや線が細いというのが第一印象だが、弓使いが柔らかく、そのため軽い音から重い音への移り変わりが自然で、非常になめらかに聴こえる。ソフト・フォーカスされた現代的なマイルドな音色ということが言える。繰り返し聴くと、その魅力が良く分かってきて、気持ちよく音楽を楽しんで聴くことができる。 ここで収録されている4曲はいずれもバックが好演で、録音も優秀なのがうれしい。アシュケナージの指揮はいつものようにやや早めのインテンポを主体とするが、自然力学に反しないタメが心地よく決まり、音楽の品格が高く躍動的だ。特にチャイコフスキーは名演だろう。ヴィエニアフスキは特に終楽章で独奏者の更なるマジックを期待する向きもあるかもしれない。ドホナーニもよい。非常に凛々しいシャープな響きで、ブラスセクションの階層的な響きが心地よい。ことにブラームスの終楽章の推進力は聴き所だ。シューマンもリリカルな表現で、独奏ヴァイオリンと一体となった交響曲を聴くようだ。 |
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エリザベート王妃国際音楽コンクール・ライヴ 1951-2001 ハイライト p: アシュケナージ ブラレイ アファナシエフ エル=バシャ サモシュコ vn: フリード 堀込ゆず子 ヒルシュホルン レーピン レビュー日:2011.5.3 |
★★★★★ 若きアーティストたちの情熱が伝わってくるアルバム
「エリザベート王妃国際音楽コンクール・ライヴ1951-2001ハイライツ」と題する3枚組の企画アルバム。第1回の1951年以降の主な部門優勝者のコンクール音源をチョイスしたもので、収録内容は以下の通り。 1) シベリウス ヴァイオリン協奏曲 vn: ミリアム・フリード ルネ・ドゥフォッセ指揮 RTB/BRT交響管弦楽団 (1971年) 2) リスト ピアノ協奏曲第1番 p: ウラディーミル・アシュケナージ フランツ・アンドレ指揮 ベルギー国立管弦楽団(1956年) 3) ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第1番 vn: 堀米ゆず子 p: ジャン=クロード・ヴァンデン・アインデ(1980年) 4) モーツァルト ピアノ・ソナタ 第12番KV332 p: フランク・ブラレイ(1991年) 5) ラヴェル ツィガーヌ vn: フィリップ・ヒルシュホルン ルネ・ドゥフォッセ指揮 ベギー国立管弦楽団 (1967年) 6) チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 p: ヴァレリー・アファナシエフ ジョルジュ・オクトロス指揮 ベルギー国立管弦楽団 (1975年) 7) ロッシーニ 歌劇「アルジェのイタリア女」より「ひどい運命よ」 A: マリー=ニコル・ルミュー マルク・シュストロット指揮 モネ王立歌劇場管弦楽団 (2000年) 8) プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 p: アブデル=ラーマン・エル=バシャ ジョルジュ・オクトロス指揮 ベルギー国立管弦楽団(1978年) 9) チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 vn: ヴァディム・レーピン ジョルジュ・オクトロス指揮 ベルギー王立管弦楽団 (1989年) 10) ショパン バラード第4番 p: ヴィタリ・サモシュコ(1999年) さすがに「抜粋版」だけあって、名だたる音楽家が多い。また、このコンクールの性格上、ピアノ、ヴァイオリン、それに声楽も加わっていて華やか。個人的に注目したいのはアシュケナージのリスト。アシュケナージはこの曲を正規には録音していないので、唯一聴くことができる音源がこれ。さすがに録音状態が悪く、細部に不明瞭なところもあるが、当時のアシュケナージならではのパワーで圧倒するようなダイナミックな演奏の様子が分る。 フィリップ・ヒルシュホルン(Philippe Hirshhorn 1946-1996)はラトヴィア生まれのヴァイオリニスト。このコンクールではクレーメルを押さえて優勝した。たいへんロマンティックでたっぷりと歌うツィガーヌは生々しい迫力に満ちた豪演だ。ミリアム・フリード(Miriam Fried)は1946年ルーマニア生まれの女流ヴァイオリニスト。ここでは繊細で清らかなシベリウスが聴ける。アファナシエフは今の芸風を思うと驚くほど普通の演奏。やはりコンクールではそれなりのスタイルになるということかもしれない。レーピンのヴァイオリンは運動能力に優れて闊達で盛り上がりが圧巻。堀米のブラームスも美しい情緒が良く引き出された良演だ。いずれも若き芸術家の情熱を伝える貴重な音源で、このようにまとめて聴けるのはなかなか贅沢なことだと思う。 |
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1962 Tchaikovsky Competitio p: アシュケナージ イワノフ指揮 p: オグドン ドゥブロフスキー指揮 ソヴィエト国立交響楽団 レビュー日:2011.10.25 |
★★★★★ 冷戦下のチャイコフスキー・コンクールに様々な感慨を思いつつ聴く
1962年に開催されたチャイコフスキー・コンクール時の録音。収録内容は以下の通り。 (1) チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 p:ウラディミール・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-) コンスタンチン・イワノフ(Konstantin Ivanov)指揮 ソヴィエト国立交響楽団 (2) チャイコフスキー ドゥムカ p:ウラディミール・アシュケナージ (3) リスト ピアノ協奏曲第1番 p:ジョン・オグドン(John Ogdon 1937-1989) ヴィクトール・ドゥブロフスキー(Victor Dubrovsky)指揮 ソヴィエト国立交響楽団 (4) リスト メフィストワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」 p:ジョン・オグドン (2)のみモノラル録音。解説にははっきり書かれていないが、コンクールの直後にスタジオで収録された音源のようだ。 それにしても、いろいろ思うところのあるアルバムだ。4年に1度モスクワで開催されるチャイコフスキー・コンクールは、冷戦下のソ連においては、音楽的権威の象徴であった。その1958年の大会で優勝したアメリカのピアニスト、ヴァン・クライバーン(Van Cliburn 1934-)は母国で英雄となる。その次の1962年開催でソ連が威信をかけて送り込んだのがアシュケナージ。しかし、アシュケナージは、すでに1955年のショパンコンクールと1956年のエリザベート王妃国際音楽コンクールでの名声により、世界的ピアニストとなっていた。彼は当初要請を拒んだ。また、アシュケナージは「チャイコフスキーの協奏曲は自分にスタイルに向く作品ではない」とも言っている(1963年にDECCAへ録音することになるが)。しかし、当時のソ連で、アーティストとしてのキャリアを積むため、やむなく彼はエントリーし、イギリスのオグドンと同点優勝する。その約1年後にアイスランドに亡命するわけだが・・・。 一方のオグドンも、コンクール前からピアニストとして活躍していたが、1973年に重度の神経衰弱に見舞われ、一度復帰するも、1989年に亡くなっている。そんなピアニストたちの1962年の記録である。 経緯はともかくいずれも聴き応えのある名演。メロディア原盤で、高音がシャリシャリする特有の録音だが、比較的状態は良好と言える。アシュケナージのチャイコフスキーは万全たる鍵盤の力感が伝わる。イワノフの歯切れの良い指揮ぶりもあって、音楽の見通しが良く、エネルギッシュなピアノの響きが圧巻に伝わる。また、独奏曲ドゥムカの憂鬱さと華やかさの調和は、アシュケナージならではの情感が満ちていて素晴らしい。 オグドンのリストの協奏曲も、急速なたたみかけによるエネルギーの収束ぶりが見事で、力強い爆演だ。スポーティーな迫力で押し切っている。 いずれも、若き日の彼ららしい好演といったところ。コンクールのポイント制による「両者優勝」の結果もむべなるかな。いろいろな意味で、50年のその後を知る我々の観点で、また一層の感慨を持つ録音でもある。 |
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N響85周年記念シリーズ:モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番、22番、ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 他/ウラディーミル・アシュケナージ p: アシュケナージ アシュケナージ指揮 NHK交響楽団 レビュー日:2012.6.11 |
★★★★★ 30年を越えて、アシュケナージとNHK交響楽団、2つの共演の記録
「N響85周年記念シリーズ」と銘打って、日本を代表するオーケストラ、NHK交響楽団の過去の貴重な音源がCD化されている。当盤は2004年から2007年までは音楽監督を務め、その後は桂冠指揮者となったウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)との録音で、時代を隔てた2つのコンサートの模様が収められている。 1) 1975年 東京文化会館 ~アシュケナージ38歳 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)ピアノ協奏曲第21番・第22番 2) 2004年 ブルージュ・コンセルトヘボウ(ベルギー) ~アシュケナージ 67歳 ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovich 1906-1975)交響曲第5番「革命」・バレエ音楽「黄金時代」から「ポルカ」 両者の録音には29年の隔たりがあるが、アシュケナージというアーティストを視点の中心におくと、モーツァルトについては、アシュケナージは1977年から1986年にかけてデッカ・レーベルにフィルハーモニア管弦楽団との弾き振りでピアノ協奏曲全集を録音することになるし、ショスタコーヴィチについても、2006年までにNHK交響楽団と3曲(第4番、第13番、第14番)の交響曲を同じデッカ・レーベルに録音することになるので、いずれも、演奏者が当時メインと考えているプログラムを、NHK交響楽団と演奏した記録だと感じられる。 1)は指揮とピアノ、2)は指揮のみであることも、アシュケナージの「アーティストとしての活動の仕方」の移り変わりを示すところだけれど、特にフアンが注目するのは1)の録音ではないだろうか。というのは、この時代のNHK交響楽団とアシュケナージの共演を記録したディスクというものが、これまで入手できなかったからである。しかし、いずれも見事な演奏であり、主従を付けがたい内容だ。 モーツァルトの協奏曲では、このピアニストらしい健やかで明朗な音楽性が端的に示されている。全般に少し早目のテンポで、ひきしまったフォルムを整え、明快な旋律線を引き出し、この上ななく美しいピアノの音色が、豊かな運動性を湛えながら麗しい音楽の芯を保つ。なんとも堂々たるモーツァルトだ。第21番の冒頭では、若干の緊張から少し音楽が急くような落ち着かなさが垣間見られるが、これはただちに解消され、以後は瑞々しく自然な音楽が次々とこぼれるよう流れていく。 ショスタコーヴィチは気迫に満ちた演奏で、切り立った表現で鋭い音像を構築している。第1楽章はティンパニなどを少し控えさせた上で、弦楽器陣の緊密な響きで空間を充足させ、力強い推進力を見せる。圧巻は第3楽章と第4楽章で、第3楽章は透徹した表現を経てクライマックスで一気に表出される情感が出色。終楽章はライヴならではの白熱したアシュケナージが堪能できる。フィナーレに向かってスピーディーに盛り上がる音楽の正面突破力が凄い。終演とともに雪崩のように熱狂するベルギーの聴衆の様子がこのコンサートの大いなる成功を物語る。アンコールで瀟洒な滑稽さのあるピースを持ってくるところも、聴く人に笑顔をもたらして演奏会をしめくくることの多いアシュケナージらしい。 いずれもこのような機会にCD化していただいたことに感謝したい。できれば、1975年のコンサートでは、アシュケナージは指揮者としてモーツァルトの交響曲第40番を振っているので、その音源もいずれこのような企画で聴くことができるならば、さらなる幸いである。 |
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Shadows of Silence p: アンスネス ヴェルザー=メスト指揮 バイエルン放送交響楽団 レビュー日:2012.3.12 |
★★★★★ 現代のアーティスト「アンスネス」を感じさせてくれるアルバム
ノルウェーのピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes 1970-)による現代音楽作品のアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ベント・セレンセン(Bent Sorensen 1958-) 子守唄 (ソロ・ピアノのための) 2) ヴィトルド・ルトスワフスキ(Witold Lutoslawski 1913-1994) 協奏曲 (ピアノと管弦楽のための) 3) クルターグ・ジェルジ(Kurtag Gyorgy 1926-) 「遊戯」より8曲抜粋 (ソロ・ピアノのための) 4) マルク・アンドレ・ダルバヴィ(Marc-Andre Dalbavie 1961-) 協奏曲 (ピアノと管弦楽のための) 5) ベント・セレンセン 沈黙の影 (ソロ・ピアノのための) オーケストラはフランツ・ウェルザー=メスト(Franz Welser-Most 1960-)指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。2007年の録音。2)と4)はライヴ、他はスタジオ収録されたもの。ダルバヴィはフランスの、ルトスワフスキはポーランドの、セレンセンはデンマークの、クルターグはハンガリーの作曲家。4)と5)はアンスネスのために作曲されたもので、2)はポーランドのピアニスト、ツィマーマン(Krystian Zimerman 1956-)のために作曲されたもの。 実に多彩な収録内容と言える。アンスネスというピアニストは、もちろんピアノ奏者としても一流なのだけれど、最近で言えば、南アフリカのヴィジュアル・アーティスト、ロビン・ローズ(Robin Rhode 1976-)とムソルグスキーの展覧会の絵を題材にした映像作品に取り組むなど、芸術について広い視点を持って活動している。現代の音楽家が彼のために作品を書くという動機も分るような気がする。 さて、注目したいのは2つの協奏曲。この2つの協奏曲にはソノリティに共通するものが多い。ルトスワフスキの協奏曲は現代的な書法を用いながら、外縁を調和的に整えた感じ。4つの楽章はアタッカで連続して演奏される。印象的なのは、第1楽章の冒頭で、木管楽器がざわざわと鳴るのだが、これは、「ad libitum(自由に)」の表記により、各奏者が反復音型を任意のタイミングで発生させることによるもの。ここで、ケージ(John Cage 1912-1992)の「偶然性の音楽」を思い起こす人もいるだろう。その後も詳細なパッセージの積み重ねで音楽が作られていき、さながら、いくつものスリットを重ねて一つの像を描くかのような音楽だ。 ダルバヴィの協奏曲は「スペクトル主義」の作品とされている。スペクトルとは光の波長構成を示す用語。可視光は短波長側(紫)から長波長側(赤)まで連続して存在しているが、ダルバヴィは、その光のイメージからインスパイアされて音を構成し、音楽を導いている。その手法で作られるソノリティはルトスワフスキに似通う。そのような理屈は置いておいたとしても、両協奏曲は美しい作品だと思う。ダルバヴィの第2楽章後半の波打つような迫力は圧巻で、映画音楽のようなイメージでもある。 セレンセン、クルターグの作品も楽しめるものだ。「沈黙の影」はトレモロ奏法が印象的だろう。アンスネスのスリリングで、胸のすくようなテクニックは見事。これらの作品の鮮やかに解きほぐした手腕は圧巻だ。 |
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The Red Piano p: ユンディ・リ チェン・ゾウファン指揮 中国国家大劇院管弦楽団 レビュー日:2012.2.22 |
★★★★★ 世界的音楽家となったユンディ・リによる祖国のメロディー紹介です
今世紀になって、中国出身の器楽奏者たちの活躍には目覚しいものがある。私も、ユジャ・ワン(Yuja Wang 1987-)や上海クァルテットに代表される中国のアーティストの確かな技術と深い西欧音楽への理解を感じさせる演奏に、感銘を受けている。日本では以前から、家庭で使用されなくなったピアノを中国の音楽を学ぶ若者に送る活動があったけれど、そのような運動に一定の効果があったのなら、喜ばしいことに違いない。 さて、そんな音楽界における中国の躍進の象徴的アーティストといえるのが、重慶出身で2000年に開催された第14回ショパン・コンクールで優勝したピアニスト、ユンディ・リ(Yundi Li 1982-)であろう。このアルバムは、そのユンディ・リによる中国作品を集めたものと言うことで、いまの時代に相応しい一枚と思う。これまでは得意のショパンを中心とした録音が多く、安定感ある弾き振りでいよいよ「ショパン弾き」としての評価を固めたユンディ・リであれば、今回のアルバムは一見、斬新とも言えるレパートリーにも見えるが、それは私たちの様な外の音楽フアンから見ればそう見える、というだけで、これは彼にとって、郷土の音楽であり、その心象をもっとも素直に表現できる「自然な」レパートリーに違いない。世界的なステイタスを確立した音楽家が、自国のメロディーを紹介するのは、一つの相応しい役割に思える(もちろん、それ以外にも様々な芸術的主張のあり方があるでしょう)。 収録曲は、ピアノ協奏曲「黄河」と、中国民謡のソロ・ピアノ編曲集である。「黄河協奏曲」のバックはチェン・ゾウファン(Chen Zuohuang)指揮中国国家大劇院管弦楽団の演奏で、2011年の録音。 ところで、ピアノ協奏曲「黄河」とはいったいどういう作品か?これは、もともとはシエン・シンハイ(Xian Xinghai 1905-1945)という作曲家によるカンタータ作品。シエンはマカオで生まれ、音楽を学び、フランスのコンセルヴァトワールに留学した人物。そこでは、ダンディ(Vincent d'Indy 1851-1931)、デュカス(Paul Dukas 1865-1935)らに作曲家としての才を高く評価されたという。帰国後は、日清戦争(1937-1945)があり、国の要請もあって戦意高揚の要素を持った声楽曲を書いたが、それとは別に、中国最初期の西洋音楽作曲家の担い手として、様々にアイデンティティを模索したことは容易に想像できる。シエンは過労に伴う結核と栄養不良で1945年に若くして亡くなった。それで、後年の作曲家たちが、彼の遺した愛国的カンタータをピアノ協奏曲に編曲したものが「黄河協奏曲」である。 4つの楽章からなる20分ちょっとの楽曲であるが、ちょっと聴くと富田勲や三枝成彰による大河ドラマのサウンドトラックのようである。簡明なメロディーを明朗に歌い上げた屈託のなさがある。たいへん分り易い純朴な作風だ。中で第3楽章の「いかにも」東洋大陸的な情緒は、私たちにも平明なイメージとしてよく伝わるものだろう。リの演奏は、決して情感たっぷりではなく、むしろスタンダードに丁寧なアプローチをしており、演歌調に陥らない高貴さがキープされている。オーケストラも過不足ない出来。また、民謡の編曲集も、ピアノソロ作品としての完成度の高さもあって、楽しめるものだ。東洋的な音階や節回しは、日本の民謡や童謡に通じるところもあり、不思議と印象派に通じる音彩を感じさせる。いかにも馴染みやすい、親しみ易い音楽だと思う。 |
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組曲「宿命」(菅野光亮 ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」 芥川也寸志 弦楽のための三楽章) 西本智実指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 p: 外山啓介 レビュー日:2014.8.22 |
★★★★☆ 懐かしの名画「砂の器」の世界が呼び覚まされる録音
何とも懐かしものに巡り合ったような思いに浸れるアルバムがリリースされた。西本智実(にしもとともみ 1970-)指揮、日本フィル・ハーモニー管弦楽団による菅野光亮(かんのみつあき1939-1983)の組曲「宿命」と芥川也寸志(あくたがわやすし 1925-1989)の「弦楽のための三楽章」を収めたもの。組曲「宿命」のピアノ独奏は外山啓介(とやまけいすけ 1984-)。両曲とも2014年、東京芸術劇場コンサートホールにてライヴ収録されたもの。 目玉は何と言っても「宿命」である。 この40分近くに及ぶピアノと管弦楽のための作品は、松本清張(1909-1992)原作の小説「砂の器」が、1974年、野村芳太郎(1919-2005)監督によって映画化された際に作成された映画音楽である。映画音楽といってもただのサントラではなく、劇中で、この作品は、物語の主人公とも言える人物の作品として、実に重要で象徴的な働きを与えられている。 私がこの映画をみたのは、TV放送においてであるが、ちょっとシチュエーションが変わっていて、学生の頃、ある年の冬、苫小牧から名古屋に向かうフェリーの中で観たのである。波に揺れるくらい部屋の中で、お世辞にも映りのいいとは言えないブラウン管で、この映画を観たインパクトはなかなかのもので、ちょっとした洗脳状態に陥ったものだ。 原作は、ハンセン氏病患者への差別の根深さと、そこから発生する殺人の悲劇を描いたもので、映画では、そこに菅野の編み出した痛切な悲哀を込めたメロディーの効果が重なり、圧倒的な力で何度も押し寄せてくるように、観る人をその世界に深く誘った。 この作品は、現代でも日本の映画音楽の最高傑作と称されており、モスクワ映画祭ソビエト作曲家同盟賞を受賞している。 さて、この懐かしい音楽を、久しぶりに新しい録音で聴くことが出来た。私は、この音楽を単独作品として聴いたのははじめて。演奏時間は約37分、2部構成ながら連続して演奏される長大な作品で、濃厚なロマンティシズムに満ちている。全般に連綿たる情緒を紡ぎ、曲想に変化を与えながらも、雰囲気としては均一で、飛躍するような展開はないため、平板さもあるが、メロディーが美しく、「聴かせる」音楽としてよく成立していると思う。特に金管の音色を巧みに扱っているところが面白く、興味深く聴ける。演奏は、存外にサラリとした感じで、むせび泣いたり、慟哭したりすることはなく、音楽作品として一定の距離感と秩序を保った表現に思う。弦楽器陣の音に線の細さを感じるところが少し寂しいが、肝心のメロディーは、情感が表出するように歌わせてくれているので、物足りないというわけではない。むしろ、新しい録音で聴けるという喜びが勝る。 芥川は、菅野とともにこの映画の音楽を手掛けた作曲家である。私には、N響アワーに出ていた頃の彼の姿が、これまた懐かしく思い出されるのだけれど。「弦楽のための三楽章」は平易な書法でまとめた舞曲的風情を持った作品で、併せて楽しむことが出来た。 なお、当アイテムへの「こうしてくれたら良かったのに」という規格面での要望として、トラックナンバーの振り方がある。できればもう少し細かくトラックナンバーを入れて欲しかった。また、どの部分がどのシーンに使用されたといった解説があれば、されに良かったのに、と感じたところ。 さて、それはさておき、私は当アイテムを懐かしく楽しませていただいたが、同じように「新録音」をしてほしい映画音楽というのがいくつかある。私の場合、三枝成彰(1942-)氏による映画「光る女」や「動乱」のための音楽がその最たるもの。ここで書くのが適当ではないかもしれないが、是非、レコード会社には、そのような活動にも力を入れてほしいと思う。 |
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Leif Ove Andsnes:5 Classic Albums p: アンスネス ノルウェー室内管弦楽団 他 レビュー日:2014.6.25 |
★★★★★ 現代を代表するピアニストによる、高品質な協奏曲録音5枚を収録
現代の世界を代表するノルウェーのピアニスト、レイフ・オヴェ・アンスネス(Leif Ove Andsnes 1970')が、1997年から2007年にかけて録音した協奏曲録音の中から、代表的な5点をピックアップした廉価Box-set。いずれも正統的で端正なこのピアニストのスタイルが端緒に顕れたものであり、オススメしたい内容。収録内容は以下の通り。 【CD1】 ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 1) ピアノ協奏曲 第1番 二短調 op.15 2) 3つの間奏曲 op.117 サー・サイモン・ラトル(Sir Simon Rattle 1955-)指揮、バーミンガム市交響楽団 1997~98年録音 【CD2】 ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 1) ピアノ協奏曲 第1番 嬰ヘ短調 op.12 2) ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 op.18 アントニオ・パッパーノ(Antonio Pappano 1959-)指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2005年録音 【CD3】 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809) 1) ピアノ協奏曲 第3番 ヘ長調 Hob.XVIII-3 2) ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Hob.XVIII-4 3) ピアノ協奏曲 第11番 ニ長調 Hob.XVIII-11 ノルウェー室内管弦楽団 1998年録音 【CD4】 1) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) ピアノ協奏曲 イ短調 op.16 2) シューマン(Robert Alexander Schumann 1810-1856) ピアノ協奏曲 イ短調 op.54 マリス・ヤンソンス(Mariss Jansons 1943-)指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 2002年録音 【CD5】 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) 1) ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453 2) ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466 ノルウェー室内管弦楽団 2007年録音 CD5枚とも単品で発売されているアルバムと同一の内容で、特に追加収録されたものはない。 5枚のアルバムの中で、私が一番好きなのはグリーグとシューマンを収めた【CD4】。いずれも冒頭に衝撃的なカデンツァのある名曲で、古今、この2曲を収録した名盤は多いが、現代的な感性で、瑞々しい輝きを放つアンスネス盤の魅力は無尽だ。冒頭の和音の澄みきった透明感。その完璧に結晶化しきた響きは、ここだけ繰り返し聴いても興奮するくらい見事。全篇にわたってピアニスティックな感覚が冴え渡り、北国の、冬の、透明な、青空のようなゾクゾクする美しさだ。マリス・ヤンソンスの透明感に満ちたオーケストラ。サウンドも見事。 次いで【CD1】のブラームス。当盤はポリーニ(Maurizio Pollini 1942-)盤の発売と時期が重複した不運から、あまり取り上げられてこなかったが、私はポリーニ盤より、このアンスネスを気に入っている。彼の演奏からは、詩情の自然な発露が感じられるとともに、詩的で、時に激しさを伴った歌に満ちたアプローチで、白熱を持ち合わせる。両端楽章は力感に満ちた表現が随所に溢れていて、激性豊かで、この規模の大きい楽曲の「決め所」を外さない心地よさがある。しかし、楽想をスピードにまかせて弾き飛ばすようなことはなく、感情が覆い尽くすような方法論はとられていない。いつだって一定のクールさがあるのだ。 ラトルの指揮は情熱的だが、EMIの録音のせいなのか、やや弦楽器陣の響きに奥行きが乏しいのが気にかかる。とはいっても全体の良好な印象を覆すほどの欠点にはなっていない。素晴らしい演奏、と言っていいだろう。末尾に収録された独奏曲である「3つの間奏曲」も、思索的で、時に少し踏みしめるように進む音楽から、高雅な雰囲気が感じ取れる佳演だ。 ラフマニノフは全集を録音しているが、当Box-setには、第1番と第2番のアルバムがチョイスされている。第2番のみがライヴ録音。ダイナミックで流麗なアンスネスのピアノは聴き応え十分。淀みがなく、渓谷を下る清水のように、滾々と流れ落ちるようで、しかし時として内側から盛り上がる強いパッションをうねらせて、鍵盤に展開させてくる。 パッパーノの指揮は発色豊かで、協奏曲第2番の第2楽章のフルートのなんとも色っぽい響きや、同じ楽章で普段ほとんど聞こえないピチカートをくっきりと入れてくるところなど、おもしろい。この曲の終楽章で、スラヴ民謡的主題を終幕に向けて高揚させるところで、低弦の効果を思いきり引き出すところは、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)もこの曲を指揮していたとき、同じようにやっていたのを思い出す。 他に弾き振りの2枚を収録。最近では、アンスネスはベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の弾き振りにも挑戦し、成功を示しているが、オーケストラの統率ぶりもなかなかのもの。また、ハイドンの第3番と第4番の2曲については、アンスネス自身によるカデンツァが弾かれている。アンスネスの演奏は、余裕をもって、ピアニスティックな効果を出せる部分については、全部出しきろうというような構えを感じさせるアプローチ。精一杯工夫して聴かせようという努力が垣間見られるが、全体的に自然な雰囲気はきちんと保たれていて、過度に人工的というわけではない。オーケストラの緊密でソフトなハーモニーが心地よく、演奏の質を高めている。 いずれにしても、多くの名曲がフィルアップされていることと、アンスネスの現代一級の演奏によっていることから、十二分にコスト・パフォーマンスの優れたアイテムとして、当盤を推すことが出来る。 |
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The Vienna Album p: ラン・ラン エッシェンバッハ指揮 パリ管弦楽団 p: エッシェンバッハ レビュー日:2015.11.10 |
★★★★☆ ラン・ランの8~12年前の音源を集めたアルバムです
欧米を中心に、現在、もっともコンサートで聴衆を沸かせているピアニストの一人、ラン・ラン(Lang Lang 1982-)による、既発ディスクから編集した古典派を中心としたアルバム。その収録内容は以下の通り。 【CD1】 1) ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809) ピアノ・ソナタ 第60番 ハ長調 Hob.XVI:50 2003年録音 2) ハイドン ピアノ・ソナタ 第46番 ホ長調 Hob.XVI:31 2000年録音 3) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330 2005年録音 4) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 四手のためのソナタ ニ長調 op.6 2007年録音 ピアノ: クリストフ・エッシェンバッハ(Christoph Eschenbach 1940-) 5) シューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828) 幻想曲ハ長調「さすらい人」 D.760 2003年録音 【CD2】 6) ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 op.15 2007年録音 7) ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 op.58 2007年録音 クリストフ・エッシェンバッハ指揮 パリ管弦楽団 1)と5)はニューヨークのカーネギーホールにおけるコンサート、2)はタングルウッドのセイジ・オザワ・ホールにおけるコンサートの模様を収録したもの。他はスタジオで録音されたもの。 一つの機会に収録されたものではないが、ラン・ランという華麗なヴィルトゥオーゾ型のピアニストが、これらの古典に対してどのようなアプローチをしたのかを集約的に収めたアルバムと言える。また、いち早くラン・ランの才能を見出し、彼を強くバックアップしたエッシェンバッハとの録音も併せて聴くことが出来る。 まずベートーヴェンの協奏曲を聴いてみた。そこでのラン・ランのスタイルには、いくぶん制約的なものを感じる。それはいつもの様な派手な跳躍や華麗な音色を響かせるものでなく、音楽の性質に自分をフィットさせる柔軟さによるもの。かといって聴いていて抑制的ということではなく、音響の作る豊かな色合い、そして、単に穏やかなだけではなく、ラン・ランならではの感情表現、それも特に喜びを濃厚に表現してくれる。そのスタイルが、この2曲の協奏曲の魅力をうまく引き出している。特に第1協奏曲の第1楽章、この楽章にベートーヴェンは3種のカデンツァを書いたのだけれど、ラン・ランはそのうちもっともスケールの大きいものを、じつに鮮やかな手腕で弾きこなしている。 ただし、これらの協奏曲におけるオーケストラにはやや疑問を感じる。特にフォルテの音が粗く、前後の受け渡しが自然ではない個所が散見される。ラン・ランへのスポットライトを意識し過ぎて、逆に硬くなってしまったのだろうか?その点で、協奏曲の録音として完成度が低下してしまったのは残念だ。 独奏曲の中ではモーツァルトが素晴らしい。特に第2楽章では、決して品を崩さず、たっぷりとした情感を導き出していて、モーツァルトの枠の中で巧妙な甘美さを引き出している。シューベルトは冒頭部分から闊達な弾きこなしで、聴き手を惹きつけるが、中間部以降のクライマックスで、付点の連続する個所でテンポを落とす演出は、聴いていてやや作為的に感じられるところもある。 ハイドンの2曲は、標準的な良演といったところで、粒だった音は美しいが、ラン・ランならではの何かを聴かせるというより、オーソドックスな表現を感じさせるもの。ベートーヴェンの4手のための曲は、曲自体の存在があまり知られていないので、貴重な音源といったところだろう。 いずれの楽曲も、いま現在のラン・ランなら、また一際異なったアプローチを聴かせてくれるのではないか、と思うが、若きピアニストの健やかな感性が息づいた古典ものとして、フアンには大切な記録になるだろう。 |
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Legendary Russian Pianists V.A. レビュー日:2016.9.5 |
★★★★★ 素晴らしい音源が集められた25枚のBox-set
ここしばらく、すっかり聴きこんでいるアルバム。“Legendary Russian Pianists(ロシア伝説のピアニストたち)”と題されたCD25枚のBox-setで、全29人のピアニストの録音が収録されている。収録内容は以下の通り。 【CD1】 1) コンスタンティン・イグムノフ(Konstantin Igumnov 1873-1948) ショパン マズルカ 第33番 op.56-1 1935年録音 スクリャービン 2つの詩曲より 嬰ヘ長調op.32-1 1935年録音 シューマン クライスレリアーナop.16 1941年録音 チャイコフスキー 四季 op.37b 1947年録音 【CD2】 2) グリゴリー・ギンズブルグ(Grigory Ginzburg 1904-1961) リスト ベートーヴェンの「アテネの廃墟」による幻想曲 1952年録音 3) サムイル・フェインベルグ(Samuil Feinberg 1890-1962) スクリャービン ピアノ協奏曲 op.20 1950年録音 4) ゲンリヒ・ネイガウス(Heinrich Neuhaus 1888-1964) ショパン ピアノ協奏曲 第1番 1951年録音 【CD3】 5) レフ・オボーリン(Lev Oborin 1907-1974) モーツァルト ピアノ協奏曲 第20番 K.466 1964年録音 チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 1948年録音 6) ルドルフ・ケレル(Rudolf Kerer 1924-) プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第1番 1961年録音、「三つのオレンジへの恋」よりマーチ 1961年録音 【CD4】 7) マリヤ・ユーディナ(Maria Yudina 1899-1970) J.S.バッハ(リスト編) 前奏曲とフーガ イ短調 1952年録音 リスト バッハの「泣き、嘆き、憂い、怯え」の主題による変奏曲 1950年録音 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第5番、第32番 1950年録音 【CD5】 8) ウラディーミル・ソフロニツキー(Vladimir Sofronitsky 1901-1961) スクリャービン 前奏曲 op.11-1、ピアノ・ソナタ第3番 op.23、ピアノ・ソナタ 第2番「幻想ソナタ」op.19よりアンダンテ 詩曲op.32-2、詩曲op.44-1、皮肉 op.56-2、あこがれ op.57-1、ポロネーズOp.21、練習曲(op.42-4、op.42-6)、ワルツOp.38、前奏曲(op.11-3、op.11-6、op.11-7、op.11-8、op.11-11、op.11-12、op.11-13、op.11-17、op.11-2) op.19;1960年録音、op.42-6;1950年録音、op.13-1と前奏曲(op.11-3、op.11-6、op.11-7、op.11-8、op.11-11、op.11-12、op.11-13、op.11-17、op.11-2);1951年録音 op.21;1950年録音 op.42-4;1948年録音 他は1946年録音 【CD6】(続き)1960年録音 前奏曲(op.13-1、op.11-2、op.13-3、op.11-4、op.11-5、op.13-6、op.15-1、(左手のための)op.9-1、op.11-9、op.11-10、op.22-2、op.16-、op.16-5、op.16-4、op.11-15、op.11-16、op.11-19、op.11-21、op.11-22、op.11-24) 詩曲(op.52-1、op.59-1、op.51-3、op.52-3)、仮面 op.63-1、悪魔的詩曲 op.36、ピアノ・ソナタ 第9番「黒ミサ」op.68、詩曲(op.69-1、op.69-2)、暗い炎 op.73-2、花飾り op.73-1、ピアノ・ソナタ 第10番 op.70、たよりなさ op.51-1、アルバムの綴り op.45-1、練習曲 op.42-5、マズルカ op.40-2、練習曲 op.8-12 1960年録音 【CD7】 9) ウラディーミル・ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz 1903-1989) ショパン 練習曲op.10-4、op.10-5「黒鍵」、op.10-8、op.25-3、マズルカ 第7番 op.7-3、第27番 op.41-2、第32番 op.50-3、スケルツォ 第4番 op.54、ピアノ・ソナタ第2番 op.35 より第1楽章 Op.10-4,5,op.50-3;1935年録音 op.54,op.35;1936年録音 op.10-8,op.7-3;1932年録音 op.25-3;1934年録音 リスト 詩的で宗教的な調べより「葬送」、ピアノ・ソナタ ロ短調 1932年録音 【CD8】 10) マリヤ・グリンベルク(Maria Grinberg 1908-1978) ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第5番「皇帝」 1957年録音 11) タチアナ・ニコラーエワ(Tatiana Nikolayeva 1924-1993) バッハ ピアノ協奏曲 第1番BWV.1052 1965年録音 【CD9】 12) ヤコフ・フリエール(Yakov Flier 1912-1977) ショパン ピアノ・ソナタ 第2番 1956年録音 ラフマニノフ 前奏曲(op.3-2「鐘」、op.23-5) 1952年録音 カバレフスキー 24の前奏曲op.38 1955年録音 【CD10】 13) イゴーリ・ジューコフ(Igor Zhukov 1936-) ブラームス ピアノ協奏曲 第2番 1963年録音 14) ドミトリー・バシキーロフ(Dmitri Bashkirov 1931-) モーツァルト ピアノ協奏曲 第24番 K.491 1958年録音 【CD11】 15) ヤコフ・ザーク(Yakov Zak 1913-1976) ブラームス ピアノ協奏曲 第1番 1960年録音 16) ベラ・ダヴィドヴィチ(Bella Davidovich 1928-) サン=サーンス ピアノ協奏曲 第2番 1969年録音 【CD12】 17) ヴィクトル・メルジャーノフ(Victor Merzhanov 1919-2012) ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 op.43 1959年録音 18) アレクサンドル・イオケレス(Alexandre Iokheles 1912-1978) ファリャ ピアノと管弦楽のための交響的印象「スペインの庭の夜」 1962年録音 オネゲル ピアノ小協奏曲 1962年録音 【CD13】 19) スヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Richter 1915-1997) 1961-1975 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第27番、第30番、第31番、第32番 1965,72,65,75年録音 【CD14】(続き) ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第3番、第28番 1975,65年録音 リスト ピアノ・ソナタ ロ短調 1965年録音 【CD15】(続き) シューベルト ピアノ・ソナタ 第21番D.960、第9番D.575 1961,65年録音 【CD16】 20) エミール・ギレリス(Emil Gilels 1916-1985) ショパン ノクターン 第13番op.48-1、ピアノ・ソナタ 第2番 Op.35、ポロネーズ 第6番「英雄ポロネーズ」 0p.53、即興曲 第2番op.36、ピアノ・ソナタ 第3番 op.58 op.58は1977年録音、他は1949年録音 【CD17】(続き) プロコフィエフ ピアノ・ソナタ 第2番 op.14、第3番 op.28、第8番 op.84、束の間の幻影op.22抜粋、トッカータop.11、「三つのオレンジへの恋」よりマーチ op.14;1951年録音 op.28;1984年録音 他は1967年録音 【CD18】(続き) ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第29番「ハンマークラヴィーア」 1984年録音 【CD19】 21) ラザール・ベルマン(Lazar Berman 1930-2005) リスト ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」、メフィスト・ワルツ 第1番、超絶技巧練習曲抜粋(前奏曲、風景、鬼火、幻影、ヘ短調、夕べの調べ、雪あらし) スペイン狂詩曲 1950-71年録音 「ダンテを読んで」;1971年録音 メフィスト・ワルツ;1967年録音 他は1950-56年録音 【CD20】 22) ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-) プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第2番 1961年録音 23) ヴィクトリヤ・ポストニコワ(Viktoria Postnikova 1944-) 1988年録音 ラフマニノフ ショパンの主題による変奏曲、W.R.のポルカ、前奏曲op.3-2「鐘」 アレンスキー 「バフチサライの泉」への前奏曲 【CD21】 24) ネリー・アコピアン=タマリナ(Nelly Akopian-tamarina) ブラームス 3つの間奏曲op.117 1995,96年録音 シューマン 幻想曲op.17、アラベスクop.18 1981年録音 【CD22】 25) ニコライ・デミジェンコ(Nikolai Demidenko 1955-) スクリャービン ピアノ・ソナタ 第2番「幻想ソナタ」、練習曲(op.8-2、op.8-4、op.8-5、op.42-3、op.42-4、op.42-7)、4つの小品 op.51、ピアノ・ソナタ 第9番「黒ミサ」、詩曲「炎に向かって」op.72 プロコフィエフ つかの間の幻影 op.22 1989,90年録音 【CD23】 26) ミハイル・プレトニョフ(Mikhail Pletnev 1957-) モーツァルト ピアノ協奏曲 第9番 K.271「ジュノーム」 1981年録音 27) アンドレイ・ガヴリーロフ(Andrei Gavrilov 1955-) ベートーヴェン ピアノ協奏曲 第3番 1984年録音 【CD24】 28) エフゲニー・キーシン(Evgeny Kissin 1971-) リスト 森のささやき、3つの演奏会用練習曲より「軽やかさ」、愛の夢 第3番、ハンガリー狂詩曲 第12番、超絶技巧練習曲第10番「ヘ短調」 シューマン 交響的練習曲op.13 アベッグ変奏曲op.1 シューマン(リスト編) 献呈 森のささやき、軽やかさ、献呈は1983年録音 他は1989年録音 【CD25】 1992年録音 29) ニコライ・ルガンスキー(Nikolai Lugansky 1972-) ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.33、op.39 1992年録音 「ロシア」に限らずウクライナ出身のピアニストなども含まれているので、個人的には「ソ連の」と形容した方がしっくりくるが、それにしても、すごいのは、層々たる顔ぶれである。ロシア・ピアニズム、という言葉があるけれど、これほど多くの異才を輩出するこの地の音楽教育や文化土壌は、はたしてどのようなものなのか、客観的に検証してみたくなる。29人、それぞれ個性豊かで、太く力強い音楽性が圧巻だ。どうして、これほど多くの天才が、かの地からは生まれてくるのだろうか? 特に印象に残ったものを書く。ソフロニツキーの音源は、多くがDENONの国内盤と重複するが、それでもこの人の神がかり的なスクリャービンはとにかく圧巻。まず聴くべき。ニコラーエワのバッハのピアノ協奏曲は、特に終楽章の重層的な迫力が見事。もちろん、声部もよく捉えられている。オボーリンのモーツァルトも名演だ。力強い悲劇性に満ち、尽きることのないパワーを感じる。アシュケナージのプロコフィエフは、このピアニストの音色の色彩感が伝わる。このようなBoxもので、その素晴らしさは際立つ。ギレリスはプロコフィエフが思わぬ良演。ザークのブラームスの第1協奏曲、第3楽章冒頭の強音の凄まじいこと!ジューコフのブラームスの第2協奏曲も勇ましい力強さが見事。フリエールのカバレフスキーは曲のイメージを一新するようなスケール感。ベルマンの技巧的なリスト、デミジェンコのロマンティックなスクリャービンも忘れがたい。 音源はライヴ音源が多く、協奏曲のオケの音など、平板に感じられるところもあるのだけれど、全般に、時代を考慮すれば、まずまずの水準の録音となっていることもありがたい。思いのほか聴き易いものが集められており、優れたピアニストの演奏を時代横断的に一気に聴くことの出来る当Box-setは、ピアノ音楽フアンには、是非ともオススメしたいもの。 |
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LOVE STORY p: リシッツァ ウォーレン=グリーン指揮 サザーランド指揮 BBCコンサート・オーケストラ レビュー日:2016.9.14 |
★★★★★ 「ゴールデン・エイジ時代」の映画音楽の世界へと誘う1枚
ウクライナのピアニスト、ヴァレンティーナ・リシッツァ(Valentina Lisitsa 1973-)による“Love Story”と題した1940年代から1950年代に書かれたピアノとオーケストラによる映画音楽集。まずは収録曲を書こう。 1) リチャード・アディンセル(Richard Addinsell 1904-1977) ワルソー・コンチェルト(映画「危険な月光」より) 2) リチャード・ロドニー・ベネット(Richard Rodney Bennett 1936-2012) オリエント急行殺人事件(映画「オリエント急行殺人事件」より) 3) ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovich 1906-1975) The Assault on Beautiful Gorky(映画「忘れがたき1919年」より) 4) チャールズ・ウィリアムズ(Charles Williams 1893-1978) Jealous Lover(映画「アパートの鍵貸します」より) 5) ニーノ・ロータ(Nino Rota 1911-1979) The Legend of the Glass Mountain(映画「The Glass Mountain」より) 6) ロバート・ファーノン(Robert Farnon 1917-2005) Seashore(TVコマーシャル「The Players」より) 7) リチャード・アディンセル Invocation(映画「Journey to Romance」より) 8) ケネス・レスリー=スミス(Kenneth Leslie Smith 1918-2005) The Mansell Concerto(映画「The Women's Angle」より) 9) ヒューバート・バス(Hubert Bath 1883-1945) コーニッシュ・ラプソディ(映画「Love Story」より) 10) ジャック・ビーバー(Jack Beaver 1900-1963) Portrait of Isla(映画The Case of the Frightened Lady」より) 11) デイヴ・グルーシン(Dave Grusin 1934-) New Hampshire Hornpipe(映画「黄昏」より) 12) レイトン・ルーカス(Leighton Lucas 1903-1982) ラプソディ(映画「舞台恐怖症」より) 13) レスリー・ブリッジウォーター(Leslie Bridgewater 1893-1974) Legend of Lancelot(映画「Train of Events」より) 14) チャールズ・ウィリアムズ Legend of Lancelot(映画「While I Live」より) 15) カール・デイヴィス(Carl Davis 1936-) 「高慢と偏見」メインテーマ(BBCドラマ「高慢と偏見」より) オーケストラは、BBC専属のポップス・オーケストラであるBBCコンサート・オーケストラで、指揮は、3,9,14,15)がクリストファー・ウォーレン=グリーン(Christopher Warren-Green 1955-)、他はギャビン・サザーランド(Gavin Sutherland 1972-)。 リシッツァは技巧に優れ、感情表現にも秀でたものを見せるクラシック・アーティストであるが、近年のその録音傾向はいっぷう変わっていて、例えば、フィリップ・グラス (Philip Glass 1937-)やマイケル・ナイマン(Michael Nyman 1944-)といった、いわゆるクラシックの一流ピアニストからは録音を敬遠されていたミニマル・ミュージックを背景とした作曲家の作品を集中的に録音した独奏アルバムのリリースなど象徴的だ。それで、私も「次は何をやってくれるんだろう」と思っていたのだが、当アイテムのリリースとなった。 当アルバムに収録されているのは、1940年代から50年代にかけて、ピアノ協奏曲ふうのスタイルで書かれた映画音楽。これらの音楽が誕生する背景として、1945年にイギリスで製作された「逢びき」の存在に言及するのは、ある程度当然だろう。その映画では、全編に渡って、ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943)のピアノ協奏曲第2番が使用され、映画に携わる人はもとより、音楽関係者にも大きな影響を与えた。そのこともあって、様々な映画音楽が、ピアノとオーケストラという形で書かれたのである。 ただ、ここに収録された曲すべてが同じ背景があったというわけではなく、冒頭に収録されたアディンセルのワルソー・コンチェルトが書かれたのは1941年。この曲も、成功作であるから、「火付け役」側の1曲と言えるだろう。 それにしても、情熱的で連綿としたメランコリーを綴った曲が、これほど多く書かれたのかと感心する。しばしば「多芸ぶり」が評価されるショスタコーヴィチの楽曲だって、この曲を聴いて「ショスタコーヴィチ」という作曲家の名を挙げる人は多くないだろうという変説ぶり(?)。そういった点でもとても楽しい。 リシッツァの演奏は、これらの楽曲に見事に入魂し、クラシックの慣用的な演奏スタイルを適合させたもので、とても充実した独奏と音響により、数々の豪華な音楽が聴ける、という仕組み。 「ゴッド・ファーザー」で知られるロータ、独自の技法を持ったベネット、フュージョン界の奇才グルーシン、ヒッチコック映画の音楽で知られるルーカスなどが、さながら、同じ「お題」で競い合って書いた曲を、立て続けに聴くかのような贅沢さがある。とは言っても、これらの曲につきものの、平板さ、長く聴いたときの倦怠感までが払しょくされているとまでは言えないけれど。とはいえ、曲のポテンシャルを考えると、これ以は望めないというレベルの演奏であることは間違いない。 それにしても、これだけの楽曲を「蒐集し」「演奏し」「録音し」てくれたリシッツァのエンターテーメント精神には、心底感謝したいところです。楽しかったです。 |
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CINEMA p: タロー パッパーノ指揮 ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団 フェイヴァリッテ・パリジネンス レ・トリーユ・ドゥ・ディアブル vo: ジョルダナ パラディ S: ドゥヴィエル vn: ラドゥロヴィチ cl: ポルタル dr: ドルト レビュー日:2022.11.9 |
★★★★★ 映画を彩った楽曲たちを、瑞々しいピアノを中心にリファインした演奏
フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)による「シネマ(CINEMA)」と題された2枚組のアルバムで、タイトルにある通り、古今の映画音楽から、ことのほかタローが愛着を感じている楽曲を集めたアルバム。 CD2枚からなり、1枚目はピアノとオーケストラ、2枚目はピアノ・ソロもしくは他のゲストとの協演という形になっている。一部の楽曲は、収録様式の体裁に併せて、ピアノ部分をタローが、オーケストラ部分をドミトリ・ソードプラットフ(Dimitri Soudoplatoff)が編曲している。また、他にも既存のアレンジ版を用いている場合もある。収録曲の詳細を示すと、下記の通りとなる。 【CD1】 Piano & Orchestra 1) ミシェル・ルグラン(Michel Legrand 1932-2019) コンチェルティーノ 「おもいでの夏」 2) ジョン・ウィリアムズ(John Williams 1932-) 映画「E.T.」より 「オーバー・ザ・ムーン」 3) フィリップ・サルド(Philippe Sarde 1948-) 映画「すぎ去りし日の…」 4) クロード・ボリング(Claude Bolling 1930-2020) 映画「ボルサリーノ」 5) ジョルジュ・ドルリュー(Georges Delerue 1925-1992) 映画「軽蔑」 6) ヴォイチェフ・キラール(Wojciech Kilar 1932-2013) 映画「王と鳥」 7) ミシェル・ルグラン 映画「華麗なる賭け」より 「風のささやき」 8) エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone 1928-2010) 映画「ニュー・シネマ・パラダイス」 9) ミシェル・ルグラン 映画「城の生活」 10) フランシス・レイ(Francis Lai 1932-2018) 映画「あの愛をふたたび」より 「恋の終わりのコンチェルト」 11) 作者不詳/タロー&ソードプラットフ(Dimitri Soudoplatoff)編 映画「禁じられた遊び」 12) ヴラディーミル・コスマ(Vladimir Cosma 1940-) 映画「エースの中のエース」 13) ミシェル・ルグラン 映画「華麗なる賭け」より 「ヒズ・アイズ、ハー・アイズ」 14) ヴラディーミル・コスマ 映画「Un Elephant ca trompe enormement」より 「ハロー・マリリン」 15) ヴラディーミル・コスマ 映画「Le Grand blond avec une chaussure noire」より 「シルバ」 16) カブリエル・ヤレド(Gabriel Yared 1949-) 映画「愛人/ラマン」 17) ミシェル・ルグラン 映画「ロシュフォールの恋人たち」より 「Concert」 18) マーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch 1944-2012) 映画「追憶」 19) ジョン・ウィリアムズ 映画「サブリナ」 20) 坂本龍一(1952-) 映画「ハイヒール」より 「メインテーマ」 21) フランシス・レイ 映画「続エマニエル夫人」より 「テーマ」 22) エンニオ・モリコーネ 映画「蒼い本能」より 「彼女の瞳の色」 23) フィリップ・サルド 映画「猫」より 「メインテーマ」 アントニオ・パッパーノ(Antonio Pappano 1959-)指揮:1-3,5-19,22,23) ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団(1-3,5-19,22,23) フェイヴァリッテ・パリジネンス(Frivolites Parisiennes 4;ヴァイオリン、コントラバス、打楽器、バンジョー、クラリネット 21;弦楽四重奏、コントラバス、オーボエ) レ・トリーユ・ドゥ・ディアブル(Les Trilles du Diable 20;弦楽五重奏) 【CD2】 Piano Solo & Guests 1) ジャスティン・ハーウィッツ(Justin Hurwitz 1985-) 映画「ラ・ラ・ランド」より 「ミアとセバスチャンのテーマ」 2) ヴラディーミル・コスマ 映画「キュリー夫妻 その愛と情熱」より 「Mouvement perpetuel」 3) ヤン・ティルセン(Yann Tiersen 1970-) 映画「アメリ」より 「アメリのワルツ」 4) ニーノ・ロータ(Nino Rota 1911-1979) 映画「8 1/2」より 「テーマ」 5) ジョン・ウィリアムズ 映画「シンドラーのリスト」より 「メインテーマ」 6) ニーノ・ロータ 映画「山猫」より 「別れのワルツ」 7) ニーノ・ロータ 映画「ゴッドファーザー」より 「愛のテーマ」 8) カルロス・ダレッシオ(Carlos d'Alessio 1935-1992) 映画「インディア・ソング」 9) ヴラディーミル・コスマ 映画「Un Elephant ca trompe enormement」より 「象のバラード」 10) ニーノ・ロータ 映画「カビリアの夜」より 「L’Illusionista」 11) ミシェル・ルグラン 映画「愛のイエントル」より 「イエントル・メドレー」 12) フィリップ・サルド 映画「すぎ去りし日の…」より 「エレーヌの歌」 13) フィリップ・サルド 映画「ボー・ペール」より 「ボー・ペール」 14) ヴラディーミル・コスマ 映画「ディーバ」より 「プロムナード・センチメンタル」 15) ジャン・ヴィエネル 映画「現金に手を出すな」より 「グリスビーのブルース」 16) エンニオ・モリコーネ 映画「華麗なる女銀行家」より 「献身」 17) 坂本龍一 映画「戦場のメリークリスマス」より 「メインテーマ」 18) ジョン・ウィリアムズ 映画「スター・ウォーズ」より 「フォースのテーマ」 19) フィリップ・グラス(Philip Glass 1937-) 映画「めぐりあう時間たち」より 「ポエット・アクツ」 20) ジャスティン・ハーウィッツ 映画「ファースト・マン」より 「隔離」 21) ヴラディーミル・コスマ 映画「Montparnasse-Pondichery」より 「想い出のようにやさしい」 22) フィリップ・ロンビ(Philippe Rombi 1968-) 映画「戦場のアリア」より 「親交の賛歌」 23) ジャン・ヴィエネル(Jean Wiener 1896-1982) 映画「Lettres d’amour en Somalie」 24) ステファン・グラッペリ(Stephane Grappelli 1908-1997) 映画「バルスーズ」より 「ロ―ルス」 25) フィリップ・サルド 映画「愛人関係」より 「メインテーマ」 26) ヴラディーミル・コスマ 映画「ナチスの亡霊」より 「メインテーマ」 27) エンニオ・モリコーネ 映画「Gente di rispetto」より 「メインテーマ」 28) ニーノ・ロータ 映画「若者のすべて」より 「ロッコの恋」 ヴォーカル: 8)ヴァネッサ・パラディ(Vanessa Paradis 1972-)、12)カメリア・ジョルダナ(Camelia Jordana 1992-)、20)サビーヌ・ドゥヴィエル(Sabine Devieilhe 1985-) ヴァイオリン: 16)ネマニャ・ラドゥロヴィチ(Nemanja Radulovic 1985-) クラリネット: 24)ミシェル・ポルタル(Michel Portal 1935-) スネアドラム: 24)バティスト・ドルト(Baptiste Dolt) 2022年の録音。 なお、タローは【CD1】の4)ではラチェット&スライドホイッスルも担当している。 名作映画の劇伴に優れたものが多いことはたびたび指摘され、音楽と映画の共立性、互いにインスパイアを受ける関係性なども様々に指摘されているものだけれど、映画音楽というのは、とにかく、映画鑑賞者の気持ちを映画にのめり込ませるための引力を与えるため、あるいみ直情的と形容したいほどにストレートな性格を持っていて、いわゆる音楽芸術としての抽象性より能弁な性格をもっていて、それゆえに親しみやすい反面、安っぽさを感じさせることもあるわけだが、それゆえに単純に音楽作品としても楽しみやすい性質がある。コアなクラシックアンには敬遠される要素を持ち合わせていることは承知しているが、そのこと踏まえてさえいれば、気負わずに楽しめるだろう。特に、当番におけるタローのような洗練を感じさせる解釈を経たものであれば。 冒頭のルグランの「おもいでの夏」のピアノの3連音を聴いただけで、その澄み切った響きと、陰影のくっきりした輪郭に、展開は十分期待できる。そして、CD1のパートでは、パッパーノ指揮のオーケストラが見事。さすがパッパーノと言いたくなるようなカンタービレの扱いの巧さがあり、ピアノとのバランスもとても良い。個人的には、劇的なルグランの「風のささやき」、感傷的なモリコーネの「ニュー・シネマ・パラダイス」、旋律美の際立つハムリッシュの「追憶」、情熱的なモリコーネの「彼女の瞳の色」あたりが、特に強く印象に残る。タローの清冽で鋭いピアニズムは、不必要にベたつかず、こらの楽曲を続けざまに聞いた時に、食傷気味になる作用をうまく抑制できており、うまい。また、これらの「ピアノとオーケストラのサウンド」と「映画」との相性を決定的なものとしたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の影響は、様々なところで感じ取れるろころでもある。 CD2は、ピアノ・ソロが多く、結果的に、より落ち着いた聴き味になっている。ヴォーカル曲が3曲含まれているのもいいアクセントになっている。このあたり、タローのバルバラへのトリビュート・アルバムを彷彿とさせる部分もある。また、バルバラのトリビュート・アルバムもそうだが、当然のことながら、これらの音源は「オリジナル・サウンドトラック」ではなく、タローという芸術家が中心となって、「解釈・再現」したものなので、とにかく原典主義、あるいは、オリジナル至上主義の方には、当初から不向きのアルバムであることは、注意した方がいいだろう。ジョン・ウィリアムズの「フォースのテーマ」だって、当アルバムでは、とてもしっとりとした感触でピアノで奏でられていて、あくまでこれはタローのアルバムなのだということを強く印象付ける。ロータの名旋律、そして日本では人気の高い坂本龍一の楽曲も、ラインナップにあって、その選曲もまた、一興以上に気を引くものとなっている。 |
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Nordic Violin Favourites vn: クラッゲルード エンゲセト指揮 ダーラ・シンフォニエッタ レビュー日:2017.7.24 |
★★★★★ ヴァイオリン作品の「隠れ宝庫」である北欧音楽の魅力を伝える一枚
ノルウェーのヴァイオリニストであり、北欧の作品の演奏をライフワークとしているヘンニング・クラッゲルード(Henning Kraggerud 1973-)による「北欧のヴァイオリン小品集」と題したアルバム。ヴァイオリン独奏と管弦楽による作品を集めている。オーケストラは、やはりノルウェーの指揮者であるビャルテ・エンゲセト(Bjarte Engeset 1958-)とダーラ・シンフォニエッタ。録音は2011年。収録曲は以下の通り。 1) オールセン(Sparre Olsen 1903-1984) ロムの6つの民謡 op.2 (ヴァイオリンと管弦楽編) 2) アッテルベリ(Kurt Atterberg 1887-1974) 組曲 第3番 op.19-1 (2つのヴァイオリンと弦楽オーケストラ編) 3) ステンハンマル(Wilhelm Stenhammar 1871-1927) 2つの感傷的なロマンス op.28 4) ブル(Ole Bull 1810-1880) ハバナの思い出 5) ブル セーテル訪問(ヴァイオリンと弦楽オーケストラ編) 6) ハルヴォルセン(Johan Halvorsen 1864-1935) ノルウェー舞曲 第3番 7) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) ユモレスク 第1番 ニ短調 op.87-1 8) シベリウス ユモレスク 第2番 ニ長調 op.87-2 9) シベリウス ユモレスク 第3番 ト短調 op.89a 10) シベリウス ユモレスク 第4番 ト短調 op.89b 11) シベリウス ユモレスク 第5番 変ホ長調 op.89c 12) シベリウス ユモレスク 第6番 ト短調 op.89d 13) シンディング(Christian Sinding 1856-1941) 夕べの気分 op.120a オールセン、ブル、ハルヴォルセン、シンディングはノルウェーの、アッテルベリ、ステンハンマルはスウエーデンの作曲家。それにフィンランドの大家、シベリウスの作品が組まれている。 北欧の作曲家には「ヴァイオリン」に深く通じた人が多い。オールセン、ブル、ハルヴォルセンはいずれもヴァイオリニストとしても名を馳せた人たちで、シベリウス、シンディングもヴァイオリニストを目指してその音楽家としてのキャリアをスタートさせている。アッテルベリはチェリストであったことを踏まえると、当盤に収録されたピアニスト作曲家はステンハンマルのみとなる。 私自身、「北欧の音楽」と聴いて想像するのは、弦楽器的な呼吸の長い旋律線を持った音楽である。シベリウスのヴァイオリン協奏曲がその象徴だろうか。 当盤に収録された楽曲たちを聴いて、その印象に相通じるものが多いことに気づく。いずれもどこかほの暗く、旋律にどこか冷風を運んでくるような雰囲気が漂っている。アッテルベリの組曲第3番は、メーテルリンク(Maurice Maeterlinck 1862-1949)の戯曲「ベアトリス尼」の付随音楽として書かれた急-緩-急の3つの楽章からなる音楽だが、その第3楽章のテンポの早いワルツのリズムで歌われる憂鬱さを湛えながら淡々と続いていくような旋律がその代表的なものだろう。ステンハンマルの「2つの感傷的なロマンス」も美しさと暗さの同居するクールさが魅力だ。 いずれの楽曲も悲しい色合いを感じさせるが、悲劇的というより牧歌的な風情を併せて感じさせる。そして、それらの楽曲のスタイルを、クラッゲルードは実に美しく表現している。呼吸が自然で、流線形のさりげなさを持ちながら、旋律の持つ情緒はきちんとした重みをもって奏でられる。飄々としているが、大事なことはしっかり刻印して進む。 シベリウスの楽曲の存在感は流石といったところだが、ブルの古典的美観を湛えた名品、オールセンやハルヴォルセンの民俗的情緒を湛えた小品も聴きどころがあり、いずれも美しく、全体的な統一感が心地よい一枚になっている。 |
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ルガーノ・フェスティバル 2005 p: アルゲリッチ vn: R. カピュソン レゴツキ シュヴァルツベルグ vc: G. カピュソン ノラ・ロマノフ=シュヴァルツベルグ va: 今井信子 他 レビュー日:2006.8.1 |
★★★★★ ロシアのオルガン音楽の系譜を辿るアルバム
マルタ・アルゲリッチが主催するルガーノ・フェスティバル2005のライヴ録音。この音楽祭のライヴ録音のリリースも定番化しつつあるようだ。ライヴであるが録音状況は比較的良好で安定している。複数の奏者によるピアノものより、弦楽アンサンブル+ピアノの各曲の方が色合いがよく、録音セッションとの相性も良好なようだ。 さて、収録曲も参加者も相当数にのぼるので、私が特によく感じたものについて簡単に書かせていただく。 まず冒頭に収録されたメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第2番。ここではチェロ(ゴーティエ・カピュソン)とヴァイオリン(ルノー・カピュソン)の豊かなで溶け込むような音色の交錯が見事である。メンデルスゾーン特有のセンチメンタリズムに満ちているが、安っぽく響くような箇所がなく、シックに収まっており、自然な表情変化が美しい。 ラフマニノフのチェロ・ソナタも同様で、今回の録音を通じていかにも「室内楽」的な調和や融合を、各奏者がたいへん大切にしていることが感じ取られる。マイスキーのチェロの音色はやや奥ゆかしいが、過剰な発色を抑えた感があり、説得力のあるものだ。 「面白さ」という点ではアルゲリッチとアンデルジェフスキによる「四手のための」モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番。グリーグのチャーミングな、それでいて鮮やかに個性を主張する編曲は心憎いし、それをことさらのびのびと弾いており、たいへん好感が持てる。 ジルベルシュタインらによるブラームスのピアノ五重奏曲ではバランスのよいハーモニーが聴ける。 カルロス・グアスタビーノ(Carlos Guastavino 1912-2000 アルゼンチン)やマヌエル・インファンテ(Manuel Infante 1883-1958 スペイン)による楽曲はいかにも「エスニック」で雰囲気豊か。 通して音楽祭ならではの華やかさのある、聴いていてたいへん楽しいアルバムである。 |
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Vengerov vn: ヴェンゲーロフ p: ブラウン レビュー日:2016.2.19 |
★★★★★ 情念に溢れた歌を感じさせるヴェンゲーロフのヴァイオリンに酔う
マキシム・ヴェンゲーロフ(Maxim Vengerov 1974-)によるヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニスト向けのピースを集めた2004年録音のアルバム。ピアノ伴奏はイアン・ブラウン(Ian Brown)。収録曲は以下の通り。 1) ヴィエニャフスキ(Henryk Wieniawski 1835-1880) 創作主題による変奏曲 イ長調 op.15 2) パガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840) カンタービレ 3) クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962) 愛の悲しみ 4) クライスラー 愛の喜び 5) ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ ニ長調 op 4 6) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) ヴォカリーズ op.34-14 7) ラフマニノフ(クライスラー編) パガニーニの主題による狂詩曲より 第18変奏 8) サラサーテ(Pablo de Sarasate 1844-1908) 序章とタランテラ op.43 9) ヴィエニャフスキ 華麗なるポロネーズ イ長調 op.21 10) ヴィエニャフスキ スケルツォ・タランテラ op.16 11) ジョン・ウィリアムズ(John Williams 1932-) 「シンドラーのリスト」のテーマ 12) イザイ(Eugene Ysaye 1858-1931) サン=サーンスのワルツ形式によるカプリース いずれの楽曲も、ジョン・ウィリアムズの映画のために書かれた1曲を除けば、名ヴァイオリニストによって作曲もしくは編曲が手掛けられたもの。ラフマニノフのヴォカリーズも、ヴァイオリニスト、マイケル・プレス(Michael Press 1871-1938)が編曲を手掛けたもので、華麗なヴァイオリンの演奏技巧を前提としたものと言える。 ヴェンゲーロフは、現代でも特にロマンティックで甘美な音色を響かせるヴァイオリニストだ。最近は、ピリオド楽器の興隆もあって、ノンヴィブラートや控えめなルバートで演奏を試みることが多いが、それらは演奏技法的には決して進化したものとは言い難いもので、あくまで表現の一つであろう。そもそも弦楽器の「人の声に近い」と表現される音質は、豊かな歌謡性、一つの音であっても装飾的に響かせることが可能な性格によるもので、ロマン派以降の楽曲は、これを肯定的にみなして書かれたものが多い。 それで、私はヴェンゲーロフがこれらの曲を弾くのを聴いていると、それぞれの楽曲がいかにもこのように鳴り響いてほしい、という風に奏でられていると思う。情念や情緒が良く表出していて、なにより底流に歌が流れている。 技術的卓越も見事なもので、ダブルの微妙な加減や柔らか味、弾力など、当代随一といっていいほど多彩な味わいを見せるし、俊敏なパッセージであっても、懐の深い奥行がしっかりキープされている。 冒頭のヴィエニアフスキの「創作主題による変奏曲」が収録曲中いちばんの大曲で、聴き応えたっぷりの名品であるが、前述のヴェンゲーロフの特性が如何なく発揮された濃厚な名演と感じる。クライスラーの2曲は、ヴェンゲーロフの余裕しゃくしゃくといった表現を存分に堪能できる。旋律美が圧巻なラフマニノフの2編では、高雅な歌のようなヴァイオリンに酔えるだろう。 ジョン・ウィリアムズの楽曲は、メロディが天分の美しさに満ちていて、これまた格別の聴き味で、アルバムに絶好のスパイスを利かせてくれている。 |
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Hungarian Cello Music vn: ペレーニ p: ヴァーリョン レビュー日:2017.4.10 |
★★★★★ 名手二人が手掛けたハンガリーのチェロ音楽集
ペレーニ(Miklos Perenyi 1948-)のチェロ、ヴァーリョン(Denes Varjon 1968-)のピアノによる「ハンガリーのチェロ音楽集」。1998年から99年にかけて録音されたもので、収録曲は以下の通りである。 1) リゲティ(Gyorgy Ligeti 1923-2006) チェロ・ソナタ 2) ファルカシュ(Ferenc Farkas 1905-2000) チェロとピアノのためのバラード 3) ヴェレシュ(Sandor Veress 1907-1992) チェロとピアノのためのソナタ 4) ヴェレシュ 無伴奏チェロ・ソナタ 5) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 尼僧院の僧坊 6) リスト エレジー 第2番 7) ドホナーニ(Ernst von Dohnanyi 1877-1960) ハンガリー牧歌 op.32/d 8) ヴェイネル(Leo Weiner 1885-1960) ロマンス op.14 9) ミハーイ(Andras Mihaly 1917-1993) チェロとピアノのための楽章 ペレーニは、この後、2001年に、CD3枚からなるコダーイ(Zoltan Kodaly 1882-1967)のチェロ作品全集を録音することとなる。当盤は、その布石というか、コダーイに限らず、ハンガリーの地に生まれた、様々なチェロ音楽を聴くことが出来る。 私は、これらの楽曲の抒情的な魅力に心打たれる。いろいろと難渋な作品を書いたリゲティのものさえ、ハンガリーの民俗音楽に起源をもつメロディを扱い、そのカンタービレは懐古的なものを持つ。それは、チェロと言う楽器が、よく言われるように、人の声に近い性質を持つことに所以するのかもしれない。あまり知られていない作曲家もいるので、触れながら書く。 ファルカシュはハンガリーの音楽教育の重鎮をも言える存在で、当盤に収録された「バラード」は、構造的に工夫を凝らし、感情に結びつく音楽的機能にも多様さを感じさせる。ヴェレシュは最近ではハンガリーを代表する作曲家の一人となった感がある。チェロとピアノのためのソナチネでは2つの楽器のやりとりに新鮮さがあり、急速楽章の劇性も見事だ。無伴奏作品では、十二音技法を引用しながら、全体的にアカデミックに凝りすぎないスマートさが魅力だ。 リストの珍しい弦とピアノのための作品が2つ収録されている。いずれもピアノ・パートの充実は流石で、抒情的な旋律線が美しい。しばしば、彼のピアノ独奏曲に見られる悪魔的なものは影をひそめ、誠実な味わいがあり、名曲と呼びうる存在感を持っている。ドホナーニは、ロシアでいうところのタネーエフ(Sergei Taneyev 1856-1915)に近い存在で、すなわち、国民楽派的なものより、純音楽を目指した芸術家である。しかし、中にあって当盤に収録された「ハンガリー牧歌」は、民謡を素材とした異質な作品。元来は7つの小品からなるピアノ独奏曲だったが、様々な楽器編成に編曲されている。チェロとピアノのための一遍は、旋律の美しさが高貴な気配をまとっている。 ヴェイネルは音楽教育者で、作曲家としては印象派の影響を受けた作風だが、ここで収録された「ロマンス」は、その名の通り抒情的なもので、チェロの美点を活かした旋律が与えられている。五音音階の使用も一つの特徴。高名なチェロ奏者であったミハーイの作品は、コダーイの60歳を記念して書かれたもの。技術的に高い精度を要求し、色彩感と力感に溢れている。 全曲を通じてペレーニのチェロの素晴らしいこと。どのようなパッセージであっても、つねに適度な余裕があり、民謡素材が香りの高い手続きを経て芸術に昇華したという作品の成り立ちを、健やかな形で自然に示してくれる。ヴァーリョンのピアノもペレーニとの呼吸が絶妙で、時に軽妙とおえる語り口や、風合いを感じさせる音の間隔があって、室内楽の的確な佇みを示している。 |
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クラリティ(サンサーンス クラリネットソナタ プーランク クラリネットソナタ ベルク 4つの小品 ルトスワフスキ ダンス・プレリュード シューマン 3つのロマンス ジェルベ 子守唄) cl: D.アシュケナージ p: アシュケナージ レビュー日:2007.12.31 |
★★★★★ ロシアのオルガン音楽の系譜を辿るアルバム
アシュケナージ父子によるクラリネットとピアノのための室内楽曲集。親子録音というのは古くはギレリス父娘のものがあるし、楽器が異なるという点では、最近ではクロード&パメラ・フランクのピアノとヴァイオリンのデュオもあった。「親の七光り」という言葉があるけれど、デビュー当初はそれがいい肩書きとなっても、ある地点からは逆にそれが障壁となる感がある。逆効果でマイナスの査定対象になりかねない。つまり「肩書き先行で実力がともなってない」という先入観をもたれる。 ディミトリー・アシュケナージの場合どうだろう?このアルバムを聴いてみると、テクニックはなかなか見事だ。細やかな表情付けも繊細で、この楽器の特性を活かしたアプローチを存分に発揮している。一方で、曲想によってアプローチの手法を変えるようなことはあまりなく、やや一本調子に聴こえるかもしれない。しかし、まずは相当のレベルの奏者であるとは思う。 シューマンの「3つのロマンス」はその情緒が非常によく出ている。自然な表情とともにピアノと呼吸のあったアクセントも効いていて、心地よい。ベルクは思わぬ美しい曲でびっくりした(私にとって、この曲を知っただけでも価値のあるアルバムだ)。アシュケナージ(父)が理知的にリードした感が強い。クラリネットの弱音での聴かせどころも卓越した間合いがある。ルトスワフスキのダンス・プレリュードも曲想を活かした表現で、ひじょうに適切さを感じるものになっている。また、このジャンルの名曲であるサンサーンスとプーランクの曲が収録されているのがうれしい。ことにプーランクは奏者のセンスが存分に感じられる気品と美観が高度に保たれた名演といってよい。ピアノの絶対的なソノリティの透明感といい、同曲の録音中でもベストを争うものだと思う。 |
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コルノ・カンタービレ(シューマン 幻想小曲集(ホルンとピアノのための) アダージョとアレグロ グリエール 夜想曲 間奏曲 ロマンス 悲しいワルツ サンサーンス ロマンス(ヘ長調、ホ長調) ビシル ヴァルス・ノワール グラズノフ 夢 デュカス ヴィネラル R.シュトラウス アンダンテ) hrn: ブラック p: アシュケナージ レビュー日:2007.12.31 |
★★★★★ 指揮者と楽団員が、今度は互いに器楽奏者として室内楽を録音
2007年現在フィルハーモニア管弦楽団の主席ホルン奏者であるナイジェル・ブラックとアシュケナージによるホルンとピアノのための室内楽曲集。シューマン以後のヴァルブ・ホルンのために作られた曲集をターゲットとしている。 今回の録音はブラックの希望により実現したものらしい。アシュケナージは指揮者として各国で活躍しているが、以前もクリーヴランド管弦楽団の常任指揮者を務めていたころ、楽団員たちと室内楽をデッカからリリースし、話題になった。このような楽団員たちとの指揮者としての係わり合いから、器楽奏者としての係わり合いへの発展、そして新しい録音・・・、という流れはアシュケナージの芸術家としての幅広さや、人柄を象徴するものだと思う。 冒頭のデュカスの「ヴィネラル」は魅力的な作品で、中間部で聴かれるホルンの鋭い音色はトランペットのようでもあり、この楽器の音色の多彩さに気付かされる。グリエールの4曲も美しい。中でも「間奏曲」はまさにホルンらしい「夕映えの響き」だ。アシュケナージの潤いあるピアノの音色も絶妙の一語につきる。シューマン作品は元来クラリネットのための作品で、アシュケナージはフランクリン・コーエンと90年に録音していた。ここではブラックの素晴らしい技巧が圧巻。またこのアルバムのために新たに書かれたビシルの曲は瀟洒でメランコリーな雰囲気がある。フランセのディヴェルティメントはややおどけた調子が楽しい。R.シュトラウスのアンダンテもアシュケナージには2度目の録音(最初はタックウェルと90年に録音)。これも情緒がよく引き出されている。全般にアシュケナージのピアノの魅力はやはり大きい。曲想に与えるニュアンス、それにサンサーンスのホ長調のロマンスで聴かれるきらめくようなタッチも魅力十分。ブラックの技術とあいまって魅力的なアルバムとなった。 |
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ラプソディア vn: バティアシュヴィリ レビュー日:2011.5.20 |
★★★★★ コパチンスカヤとその仲間による「東欧の音楽」を感じる一枚
1977年モルドヴァ生まれのヴァイオリニスト、パトリシア・コパチンスカヤ(Patricia Kopatchinskaja)を中心とした、2009年録音の「ラプソディア」と題した面白いアルバム。収録曲を作曲家も含めてまとめると以下の通り。 1) チョクルリア(ひばり) 2) エネスコ フィドル弾き(幼き頃の印象 作品28より) 3) ドイナとホラ・マリタ 4-6) エネスコ ヴァイオリン・ソナタ 第3番「ルーマニア民謡風に」 7) リゲティ 2つのヴァイオリンのためのバラードとダンス 8,9) ツィンバロン・ソロのためのドイナとホラ 10-17) クルターク ヴァイオリンとツィンバロンのための8つのデュオ 18) ディニーク ホラ・スタッカート 19) ラヴェル ツィガーヌ 20) サンチェス=チャン クリンより 21-23) 3つのカルシャリ 収録曲中、1. 8.-9. 21.-23.は民謡。2. 4.-6.はエネスコ(George Enescu 1881-1955)、7.はリゲティ(Ligeti Gyorgy Sandor 1923-2006)、10.-17.はクルターク(Kurtag Gyorgy 1926-)、18.はディニーク(Grigoras Dinicu 1889-1949)、19.はラヴェル、20.はサンチェス=チャン(Jorge Sanchez-Chiong 1969-) の作品となる。ディニークはルーマニアのヴァイオリニスト兼作曲家、クルタークはルーマニアのピアニスト兼作曲家、サンチェス=チャンはコパチンスカヤがウィーンで知り合った若き作曲家。 参加している主なアーティストは以下の通り。vn: コパチンスカヤ、p: ウルズレアサ(Mihaela Ursuleasa)、vn, va: エミリア・コパチンスカヤ(Emilia Kopatchinskaja~パトリシアの母)、 ツィンバロン: ヴィクトル・コパチンスキー(Viktor Kopatchinsky~パトリシアの父)、コントラバス: マーティン・ヤコノフスキー(Martin Gjakonovski)。 このディスクの面白みは、彼らのは東欧音楽への“愛着あるアプローチ”にある。特にツィンバロンに注目したい。ヴィクトル・コパチンスキーは高名なツィンバロン奏者で、ここでもハンマーを闊達に使いこなした妙技が堪能できる。6)はツィンバロン・ソロ曲だが、特有の色彩感に満ちていて楽しい。ラヴェルの「ツィガーヌ」もツィンバロンの伴奏で奏されるが、いかにもジプシー的な雰囲気が立ちのぼり、音像が迫る勢いがある。 民謡も面白い。東欧の音楽は、様々な要素や範疇で分類が可能だが、旋律の扱いやその収束の過程が非常に個性的で興味深い。エネルギッシュな節回しは豊かで迫力がある。インスピレーションに満ちたアプローチが聴きモノ。 エネスコのヴァイオリンソナタは、この作曲家らしい土俗性とミステリアスな要素が交錯する逸品。収録曲中この曲だけピアノ伴奏のため、そこだけ西欧文明的な雰囲気を宿すように思われる。リゲティ、クルタークといった人たちの、自身ルーツをなぞるような「意外な」作品も興味深い。 |
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Rare Rachmaninov p: アシュケナージ ゴルドナー弦楽四重奏団 vn: オールディング S: ロジャース レビュー日:2009.11.34 |
★★★★★ アシュケナージによるシドニー交響楽団員との意欲的な企画
2009年、ウラディーミル・アシュケナージを首席指揮者兼アーティステッィク・アドバイザーに迎えたシドニー交響楽団の自主制作レーベルsydneysymphonyからリリースされた注目のアルバム。「レア・ラフマニノフ」と題して、ほとんど録音ないラフマニノフの作品を収録したもの。収録曲と演奏者は以下の通り。 (1) ヴァイオリンとピアノのためのロマンス (2) 弦楽四重奏曲第1番 (3) ヴァイオリンとピアノのための2つの小品(ロマンス、ハンガリー舞曲) (4) 弦楽四重奏曲第2番 (5) ヴォカリーズ(ミハエル・プレスによるヴァイオリンとピアノのための編曲版) (6) 2つの宗教歌(ソプラノ独唱とピアノ伴奏) (7) ムソルグスキー (ラフマニノフ編) 「ソロチンスクの定期市」からゴパーク(ヴァイオリンとピアノのための編曲版) ピアノ:アシュケナージ、ゴルドナー弦楽四重奏団、ヴァイオリン:ディーン・オールディング ソプラノ独唱:ジョーン・ロジャース。録音は2008年~2009年。 メジャー・レーベルに拘らず、このような一見地味なレパートリーの録音に熱を燃やすのがいかにもアシュケナージらしい。アシュケナージがかつてクリーヴランド管弦楽団との団員とも色々な室内楽の録音を行っていたのを思い出したのは私だけではないだろう。今回もヴァイオリンのオールディングはシドニー交響楽団のコンサート・マスターであり、ゴルドナー弦楽四重奏団もシドニー交響楽団の主要な奏者たちからなる室内楽団である。 さて、これらのラフマニノフの楽曲は、(5)を除くと、作品番号が与えられているのは(3)のみである。この(3)でさえ1893年、つまりラフマニノフがまだ20歳前の作品ということになる。他の作品はすべて習作的な位置づけと言っていい。だが、これらの楽曲に宿る深い情緒はすでにラフマニノフが偉大な作曲家であることを物語っている。(1)は思わぬニュアンスの深さに心を打たれる。いつでも人の心を打つメロディを書ける作曲家だったのだ。2曲の弦楽四重奏曲にも注目したい。ラフマニノフは結局このジャンルに作品番号を持つ作品を残さなかったが、いずれも2楽章からなるこれらの作品は、過渡的なものながら、4つの楽器のバランス、情緒のコントロール、旋律の高まりといった多くの側面で十分に魅力的に響く。また、アシュケナージはゼーダーシュトレームらと1974年から79年にかけて素晴らしいラフマニノフの歌曲全集を録音しているが、今回ロジャースとの(6)が加わったことで、ラフマニノフのライブラリも一層充実したと言える。 今後もこのような活動が継続されることを強く希望する。 |
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The Romantic Flute fl: エイトケン p: マッケイブ レビュー日:2012.2.20 |
★★★★★ フルート・ソロ曲の完成された世界観が見事です。
ロバート・エイトケン (Robert Aitken 1939-)のフルート、ロビン・マッケイブ (Robin McCabe)のピアノによる1980-81年録音の「ロマンティック・フルート」と題されたアルバム。収録曲は以下の通り。 1) フランツ・シューベルト (Franz Schubert 1797-1828) 「しぼめる花」による序奏と変奏曲 2) フランツ・クサヴァー・モーツァルト (Franz Xavier W. Mozart 1791-1844) ロンド ホ短調 3) カール・ライネッケ (Carl Reinecke 1824-1910) フルート・ソナタ「水の精」 4) マラン・マレ (Marin Marais 1656-1728) スペインのフォリア (フルート独奏のための) 5) ウジェーヌ・ボザ (Eugene Bozza 1905-1991) 映像(フルート独奏のための) ロバート・エイトケンはカナダ生まれで、現在ドイツのフライブルク音楽大学(University of Music Freiburg)の名誉教授職にある世界的フルート奏者兼作曲家。日本では武満作品の演奏でも知られる1)~3)はマッケイブのピアノとのデュオ、4)と5)はフルートのソロ作品。 当アルバムには様々な時代の作品を集めた感がある。フランツ・クサヴァー・モーツァルトはモーツァルトの四男で、いくつかの作品が遺されている。ライネッケはデンマークの作曲家で、ブラームスのドイツ・レクイエムの初演を指揮した人物として知られる。相当数の作品を書いているが、中でフルート・ソナタ「水の精」は代表作の一つとして知られる。マレはルイ14世時代のフランスの作曲家で、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として名高い。全5巻からなるヴィオール曲集(ヴィオールはヴィオラ・ダ・ガンバのこと)が有名で、中でも第2巻第1組曲は「スペインのフォリア」として圧倒的な知名度を誇っている(同じフォリアの主題を使用したものとして、むしろコレルリ(Arcangelo Corelli 1653-1713)の作品の方が有名かもしれないが)。フルート版はもともとの31の変奏曲からフルートで演奏可能な24曲を抜粋したものとなる。 個人的に当アルバムでもっとも注目したいのがマレの作品。気高いメロディーによる変奏曲であるが、フルート・ソロという単音によって構成される音世界が、孤高な空気を引き出しており、典雅さ、悲哀といった情緒がストレートに伝わってくる。一つ一つの変奏の美しさも素晴らしいが、一本のフルートという楽器そのものの音色の魅力を究極まで引き出したかのような完成度の高い世界観が感じられる。 シューベルトの高名な作品はマッケイブの線は細いが元気なピアノで、推進力のある演奏となっている。ライネッケの作品は素朴で古典的。中では緩徐楽章の主題が印象に残る。 |
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Manto & Madrigals vn: ツェートマイヤー vn,va: キリウス レビュー日:2014.7.14 |
★★★★★ 二つの似た楽器の「分離」と「結合」を図った現代音楽プログラム
オーストリアのヴァイオリニスト、トーマス・ツェートマイヤー(Thomas Zehetmair 1961-)と、彼の妻で、ツェートマイヤー四重奏団でヴィオラ奏者を務めるルース・キリウス(Ruth Killius 1968-)による2009年録音のデュオ・アルバム。収録曲は以下の通り。 1) ライナー・キリウス(Rainer Killius 1969-) オ・ミン・フラスカン・フリオラ(わが愛しの酒壜よ) 2) ジャチント・シェルシ(Giacinto Scelsi 1905-1988) マント 3) ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger 1939-) 3つの素描 4) バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) 2つのヴァイオリンのための二重奏曲 5) スカルコッタス(Nikos Skalkottas 1904-1949) ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 6) ピーター・マックスウェル・デイヴィス(Peter Maxwell Davies 1934-) ミッドハウス・エア 7) マルチヌー(Bohuslav Martinu 1890-1959) 3つのマドリガル 8) ヨハンネス・ニード(Johannes Nied 1959-) ツガベ 2)はヴィオラ独奏のための作品だが、他はいずれも二人による演奏。アルバムのタイトルである「マント・アンド・マドリガルズ」は2)と7)の曲のタイトルから引用したもの。 一種の気難しさの漂う現代音楽を中心としたラインナップだから、何かを指標としながら聴くことを推奨したい。ポール・グリフィス(Paul Griffiths 1962-)がライナー・ノーツを担当しており、とても参考になるので、そちらを参照しながら、私の感想をまとめたい。彼は、ヴァイオリンとヴィオラの4つの弦が、通常5度関係にチューニングされていて、かつヴァイオリン(G-D-A-E)の5度下にビオラ(C-G-D-A)が同じ間隔で存在していることを指摘した上で、このアルバムのテーマが、二つの楽器の分離(divide)と結合(bind)にある、と述べている。 冒頭、スイスの作曲家ライナー・キリウスによる作品は、アイスランド民謡に基づきながら、多彩なダブル・ストップの効果により、二つの楽器の融合を目指した「音響」を模索する。シェルシの「マント」は3つの部分からなるが、D-A-D-Aの調弦で、一つのヴィオラに、疑似的に二つの楽器の役割を与えたもので、面白い。曲想は一種の陰鬱さがあり、聴く方にもそれなりの決意を要する作品だが、独自に調弦されたヴィオラの音色が、倍音の効果により不思議な音世界を形作る。最後の部分で「女声」が挿入される(このヴォーカリストの名は記載されていない)。歌ともナレーションとも言えない、抑揚のみの音であるが、これは古代ギリシャの巫女、シビュラ(Sibyl)のスピーチを表現している。 スイスの作曲家ホリガーによる作品は、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)の「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364」と同時に演奏する機会のために書かれた作品で、3部からなる比較的大規模なもの。3つの部分は「ピルエット・ハーモニクス」「ダンス」「6声の雅歌」とサブタイトルを持っていて、時にはあらゆる制約から解き放たれるように、またある時は野趣に溢れる荒らしさに満ちて響く二つの弦楽器が凄い。特に16分音符が激しく動き回るダンスが圧巻。また、ヴァイオリンがヴィオラより低域の音を長く担うなど、耳新しさのある音響を聴ける。 バルトークの初期の作品は、むしろほっとさせられる作品。バルトークが学生時代に友人たちのために書いた小さな作品であるが、美しく魅力に溢れている。ギリシアの作曲家スカルコッタスの作品は、シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951)の影響を色濃く湛えた作品。楽器の主客を入れ替えながら進むところは、やや保守的。イギリスの作曲家ピーター・マックスウェル・デイヴィスの作品は民謡を題材としたもの。 チェコの作曲家マルチヌーの作品は、当アルバムの中でもっともロマン派に近い音楽。だが戦争の暗い影を感じさせる哀しみに覆われていて、ほのかな歌や楽器間の受け渡しの妙を味わわせてくれる。 最後に収録されているドイツの作曲家ニードの作品は相当インパクトのあるもので、二つの楽器がそれぞれ、モールス信号のようなやり取りを数分間続けるもの。これは音楽なのだろうか?一種の効果音のようにも思われるが。 それにしてもツェートマイヤーとキリウスの演奏は凄い。音色的な豊かさよりも、精緻さ、正確さといった点に圧倒された。精密機械が緻密な設計図に従って動く様なイメージ。しかし、それでいて、こまやかな音のニュアンス、方向性が吟味されていて、音楽としての流れが失われることがない。もちろん、聴き手を選ぶアルバムであるとは思うが、たまに現代音楽を聴く方には、十分にチャレンジし甲斐のあるアルバムである。 |
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Clarinet and Piano Recital: Ashkenazy, Dimitri / Ashkenazy, Vladimir cl: D.アシュケナージ p: アシュケナージ レビュー日:2014.5.19 |
★★★★☆ クラリネットとピアノで奏でられる「幻想曲」の世界
世界的ピアニストであるウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)と、彼の子息で、クラリネット奏者として活躍しているディミトリー・アシュケナージ(Dimitri Ashkenazy 1969-)によるアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ニルス・ウィルヘルム・ゲーゼ(Niels Wilhelm Gade 1817-1890) 幻想小曲集 op.43 2) ヨハン・カール・エシュマン(Johann Carl Eschmann 1826-1882) 幻想小曲集 op.9 3) ライネッケ(Carl Reinecke 1824-1910) 幻想小曲集 op.22 4) ニールセン(Carl Nielsen 1865-1931) 幻想的な小品 ト短調 5) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 幻想小曲集 op.73 2012年から13年にかけての録音。収録曲を一目みてわかる通り「幻想」という肩書きをもった作品が集中して収められている。 ゲーゼはデンマークの作曲家で、ドイツ・ロマン派の影響を受けた作風。音楽教育にも取り組んで、以後の北欧音楽に影響を及ぼした人物。エシュマンはスイス、ライネッケはドイツの作曲家。この3人はいずれもメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)から様々に影響を受けているため、その作風も、どこか風景描写的なロマン性を示していて、聴いていても雰囲気が似通った感じを受ける。 ニールセンはデンマークの作曲家で、管楽器のための作品に精力的に取り組んだことでも知られる。シューマンは言わずと知れたドイツ・ロマン派の巨匠。 彼らがいずれもクラリネットとピアノのために「幻想」と銘打った作品を書いたことは興味深いが、おそらくはシューマンの影響があったと思われる。そういった点で、このアルバムの聴きどころは、アシュケナージ親子の息の合った演奏の他に、シューマン、メンデルスゾーンといったドイツの巨匠の作風が、同時期以降の作曲家たちに与えた影響、という観点もあるだろう。 ニールセンの楽曲が3分程度の小品となっている他は、いずれも2から4の楽章様の部分からなり、小ソナタの風情を持っているとう点でも共通している。 中にあって、やはりシューマンの作品の充実は顕著で、特にピアノ・パートの表現の豊かさが素晴らしい。ライネッケの作品もなかなか聴き応えがある。いかにもドイツ風の、古典的な構成を持ち、緩急・強弱といった対比を織り込んだ安定感のある音楽。クラリネットに様々な技巧的なフレーズを与えたり、ピアノとクラリネットが同音型をすばやく奏でたり、といった様々な聴き味を与えている。 冒頭のゲーゼの作品は、主題にもう一つインスピレーションがあれば、と思うところは残るが、牧歌的な風情がただよっている。とくに冒頭の部分が印象的。それに続くエシュマンの作品も似た傾向であるが、より運動的でアグレッシヴな面を持つ。ニールセンの小品は彼にしては古典的でこぢんまりとした感じ。 演奏は、やはりピアノの雄弁な表現力が見事で、伴奏で奏でられる一つ一つのフレーズが、細やかに色づけられ、情緒か細やかに通っているのが素晴らしい。クラリネットは丁寧な演奏で、自然な楽器の響きを引き出し、楽曲そのものに語らせたという味わい。 楽曲自体の魅力に、もう少し何かほしいというところは残るが、クラリネットの典雅な響きに満ちた室内楽であり、BGM的に流していても、心地よさの感じられる音楽となっている。ディミトリー・アシュケナージは「できれば(幻想シリーズの)続編を作製したい」と語っており、まだ胸に秘めている楽曲があるようだ。リリースされるなら、聴いてみたいと思う。 |
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屋根の上の羊 p: タロー ブラレイ S: デセイ T: ドレクリューズ vo: ペルー ジュリエット ベナバール バンジョー: シュヴァリエ drums: ジョドゥレ レビュー日:2017.7.19 |
★★★★★ 1920年代のパリへ・・ タローが誘う「芸術家の集いの場」
フランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)による、1920年代のパリのマドレーヌ寺院近くにあって、数多くの芸術家が集まった伝説的キャバレー「屋根の上の牛」をテーマとして、かつてそこで奏でられた楽曲や関連の深い作品を集めたコンセプト・アルバム。2012年録音。 「屋根の上の牛」というのは、ジャン・コクトー (Jean Cocteau 1889-1963)による命名で、ミヨーの同名のバレエ音楽から由来したもの。コクトー自身もこの店の常連客だったが、他にも当時の文芸を代表する面々がここに集った。ピカソ(Pablo Picasso 1881-1973)、サティ(Erik Satie 1866-1925)、ディアギレフ(Sergei Diaghilev 1872-1929)、ココ・シャネル(Coco Chanel 1883-1971)、小説家アンドレ・ジッド(Andre Gide 1869-1951)、詩人アンドレ・ブルトン(Andre Breton 1896-1966)・・・。当時の世界芸術の中心地の中の中心地であり、夜な夜な、そこでは様々な楽曲が演奏されていた。それらは、クラシック、ジャズ、シャンソンといったジャンルが縦横に入り混じったもので、その音楽を背景に酒が酌み交わされ、煙草の煙が揺れていた。 タローは、このアルバムを作成するにあたって、スコアがなく、古い音源のみが残っているものも丹念に調べて、作品の「復元」を試みた。また、ジャンル横断的に、多彩なミュージシャンの参加することで、前述のジャンル横断的雰囲気も見事に達成されている。とりあえず、収録曲を書くと以下の通りとなる。 1) クレマン・ドゥーセ(Clement Doucet 1895-1950) ショピナータ~ショパンの主題によるファンタジー・フォックストロット 2) ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin 1898-1937) 私の彼氏 3) ウォルター・ドナルドソン(Walter Donaldson 1893-1947) そうです、あれが僕愛しい人 4) ジョージ・ガーシュウィン ドゥ・イット・アゲイン 5) クレメント・ドゥーセ ハンガリア~リストの主題によるファンタジー・フォックストロット 6) コール・ポーター(Cole Porter 1891-1964) レッツ・ドゥ・イット 7) ナシオ・ハーブ・ブラウン(Nacio Herb Brown 1896-1964) ドール・ダンス 8) モーリス・イヴァン(Maurice Yvain 1891-1965) 不器用な私 9) ヨーゼフ・マイヤー(Joseph Meyer 1894-1987) ブルー・リヴァー(2台のピアノ版) 10) ジョージ・ガーシュウィン ホワイ・ドゥ・アイ・ラヴ・ユー? 11) エメリッヒ・カールマン(Emmerich Kalman 1882-1953) 喜歌劇「シカゴの侯爵夫人」から ”ア・リトル・スロー・フォックス・ウィズ・メアリー” (2台のピアノ版) 12) ジュゼッペ・ミラノ(Giuseppe Milano) カヴァキーニョ 13) ポール・セグニッツ(Paul Segnitz) ポピー・コック 14) ジャン・ウィエネ(Jean Wiener 1896-1982) ブルース 15) クレマン・ドゥーセ イゾルディーナ~「トリスタンとイゾルデ」の主題による ピアノ・ソロのためのノヴェルティ 16) ジャン・ウィエネ 3つのブルース・シャンテ(抜粋) 17) ハワード・サイモン(Howard Simon 1902-1979) ゴナ・ゲット・ア・ガール 18) ジョルジュ・ヴァン・パリ(Georges van Parys 1902-1971) オペレッタ「ルイ14世」より「アンリ、なんで女が嫌いなんだい?」 19) ダリウス・ミヨー(Darius Mihaud 1892-1974) 屋根の上の牡牛 op.58 から フラテリーニのタンゴ(ピアノ版) 20) モーリス・ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 歌劇「子どもと魔法」より「5時」(ピアノ版) 21) ダリウス・ミヨー キャラメル・ムー op.68(ヴォーカルとジャズ・バンド版) 22) ジャン・ウィエネ ハーレム 23) モー・ジャッフェ(Moe Jaffe) カレジエイト 24) ジャン・ウィエネ ジョージアン・ブルース 25) ウィリアム・クリストファー・ハンディ(William Christopher Handy 1873-1958) セントルイス・ブルース 26) ジャン・ウィエネ クレマンのチャールストン また、参加ミュージシャンは以下の通り。 6) ヴォーカル: マドレーヌ・ペルー(Madeleine Peyroux 1974-) 8) ヴォーカル: ジュリエット・ヌルディーヌ(Juliett e Noureddine 1962-) 9-12) ピアノ: フランク・ブラレイ(Frank Braley 1968-) 13,21) ドラムス: フローラン・ジョドゥレ(Florent Jodelet) 16) ヴォーカル: ナタリー・デセイ(Natalie Dessay 1965-) 17) ヴォーカル: ベナバール(Benabar 1969-) 17.23) バンジョー: ダヴィド・シュヴァリエ(David Chevallier) 18) ヴォーカル: ギヨーム・ガリエンヌ(Guillaume Gallienne 1972-) と ザ・ヴァージン・ボイゼズ 21) ヴォーカル: ジャン・ドレクリューズ(Jean Delescluse テノール) クレマン・ドゥーセとジャン・ウィエネ は「屋根の上の牛」で専属ピアニストを務めた人物で、後者は映画音楽家としてもその名を知られる存在。 あとはとにかく「聴けばわかる」の魅力いっぱい。とにかく楽しい。ドゥーセの1,5,15)はそれぞれショパン、リスト、ワーグナーの作品を軽妙にアレンジしたもので、そのノリの良さ、ユーモアの効いたアクセントがたまらない。ガーシュウィンの雰囲気いっぱいの甘美な響き。ウィエネの作品もこれに近く芳醇な美しさ(そしてどこか場末の雰囲気)がいっぱいで、ことに「ジョージアン・ブルース」には酔わされる。ヴォーカル付の楽曲では、それぞれ個性あふれる歌唱が聴きどころ満載。マドレーヌ・ペルーのムード満点の響き、ジュリエット・ヌルディーヌによるシャンソンの名唱ぶり、そして、聴いてびっくりナタリー・デセイの万能ぶりと、聴きどころは満載だ。 さらには、コクトーが作詞したキャラメル・ムー、当時の喜歌劇をこよなく伝える「アンリ、なんで女が嫌いなんだい?」とにかく1曲1曲がさまざまに想像力を刺激してくれる。 タローの演奏も「巧い」の一語につきる。もちろん、これらの楽曲の演奏に、クラシック的なスコアの読みまでは必要ないのではあるが、それにしたって、どこをとってもスリリングなセンスに溢れる弾きぶり。その弾けっぷりがたのもしい! とにかく、楽しい一枚であることは間違いない。企画面も含めて、大推薦のアルバムです。 |
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MUSIC FOR VIOLA & STRINGS va: サッジーニ マイニク サンツォ cl: ヴォフカ・アシュケナージ アシュケナージ指揮 イ・ソリスティ・アクイラーニ レビュー日:2021.3.1 |
★★★★★ 現代イタリア作曲家の高い芸術性が示されたヴィオラと弦楽合奏のための作品集
イタリアの弦楽合奏団、イ・ソリスティ・アクイラーニ(I Solisti Aquilani)による、現代のイタリアの3人の作曲家による「ヴィオラ独奏と弦楽合奏のための作品」を集めたアルバム。収録されているのは、以下の3作品。 1) クリスティアーノ・セリーノ(Cristiano Serino 1973-) Per Tutta la Durata di un Arco 2) フランチェスコ・アントニオーニ(Francesco Antonioni 1971-) ヴィオラ、クラリネットと弦楽のための協奏曲、Northern Lights, after the Thaw(雪解け後、北の光) 3) マウロ・カルディ(Mauro Cardi 1955-) ヴィオラと弦楽合奏のための、ラ・フォリア それぞれのヴィオラ独奏者は以下の通り。 1) ジャンルカ・サッジーニ(Gianlica Saggini) 2) アダ・マイニク(Ada Meinich 1980-) 3) ルカ・サンツォ(Luca Sanzo) また2)では、ディミトリ・アシュケナージ(Dmitri Ashkenazy 1969-)によるクラリネット・ソロが加わる。 規模の大きい2)では、ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)が指揮を務める。 2017年の録音。 いろいろな注目点のあるアルバムであるが、一つは、2019年で音楽活動から引退したアシュケナージの最晩年の新譜という観点がある。自身の音楽活動を通じて、若手のアーティストや現代作曲家を積極的に世に紹介してきたアシュケナージらしい1枚として、彼の芸術活動の一面を象徴する感がある。 また、収録されている3つの作品は、いずれも当盤が世界初録音ということであるが、いずれも素晴らしいものであり、現代イタリア芸術の鋭い感性、感覚的美観がよく反映したアルバムだと言うこともある。 冒頭のセリーノの作品は、長大な単一楽章からなる作品であるが、弦楽器という弓で奏でる楽器の特性を活かした音の持続性と可変性をあやつり、鋭く、深刻な諸相が変容する様を描いたもので、その表出力の強さと緊迫感が見事だ。合奏音の重なりは、時に力強く、時に不安であり、それらが変容を通じてシームレスに描かれる様似独特の美しさがあって、魅力的だ。 アントニーニの作品は、4つの楽章からなる。クラリネット、そして女声も加わり、独特な色彩感のある世界を描き出している。ディミトリ・アシュケナージのクラリネットが、弦楽合奏とよく溶け込んだイントネーションを演出していて、とても秀逸なことも是非指摘しておきたい。この作品でも、音響の連続性に特徴的な視点があり、楽器の音色を重ねることで、風景や自然を描写する試みが示されるが、十分な芸術性を感じる成果があり、それを良く示す演奏となっている。 末尾のカルディの作品は、タイトルの通り、現代的なソノリティの中で、うごめく様に立ち現れるフォリアの旋律を扱ったものであり、高い緊張感が支配する中で、古来馴染まれた旋律が見え隠れする様が美しい。 いずれの3作品とも、高い完成度を感じさせる作品であり、イ・ソリスティ・アクイラーニの高い技術と精度を持つアンサンブルが、作品の機能美を全面的に支えて、成功している。 |
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ラフマニノフ ピアノ・ソナタ 第1番 シューマン アレグロ シューベルト ピアノ・ソナタ 第14番 ショパン 夜想曲 第13番 練習曲 作品25-10 p: カスマン ライヒェルト レビュー日:2004.3.13 |
★★★★☆ 第10回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール・ライヴ
第10回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールにおける録音で、銀賞のヤコフ・カスマン(ロシア Yakov Kasman )と銅賞のアヴィラム・ライヒェルト(イスラエル Aviram Reichert)の演奏が聴ける。カスマンはラフマニノフのソナタ1番とシューマンのアレグロを、ライヒェルトがシューベルトのソナタ14番とショパンの夜想曲13番&練習曲25-10を弾いています。 ライヒェルトのシューベルトはなかなか重量感とスピード感で卓越してる。コンクールでこのシューベルトの14番のような技巧以上に内面性が重視される作品を主に持ってくる人は珍しいのでは?逆に言えば「自信アリ」なのだろう。そして内容は「確かに」と唸らされるもの。特に1楽章の声部の鮮やかな浮き立たせ方や、終楽章の重層的な構築感に感心する。 カスマンのラフマニノフも力強くて好感触です。 |
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タウジヒ ハンガリーのツィゴイネルワイゼン マクダウェル ヘクセンタンツ パデレフスキ メヌエット 夜想曲 モシュコフスキ シチリアーノ カプリース・イスパノール セレナーデ ビゼー アダージェット ルビンシテイン へ調のメロディ 他 p: ハフ レビュー日:2004.11.23 |
★★★★☆ ちょっと変った小品集
スティーヴン・ハフによるピアノ小品集。なかなか面白い作品が紹介されている。取り上げた作曲家の量が膨大。 タウジヒ(Karl Tausing 1841-1871 ポーランド~ショパンのピアノ協奏曲第1番をソロ版に編曲した人物)、マクダウェル(MacDowell Edward Alexander 1861-1908 アメリカ)、クィルター(Quilter Roger 1877-1953 イギリス)、チェルニー(Czerny Karl 1791-1857 オーストリア)、 レヴィツキー(Mischa Levitzki 1898-1941ポーランド)、レビコフ(Rebikov Vladimir Ivanovich 1866-1920 ロシア)、ラヴィーナ(Jean Henri Ravina 1818-1906 フランス)、 エイミー・ウッドフォルデ=フィンデン(Amy Woodforde-Finden 1860-1919 イギリス)といったマイナーな作曲家から、ジャズのロジャース(Richard Rodgers 1902-1979)まで含み、ハフがアレンジ等手がけた曲も含む。 また、サンサーンスの「白鳥」のゴドフスキー版やショパンの歌曲“Maiden's Wish”をリストがポロネーズに編曲たものも含まれていて興味は尽きない。 ハフのテクニックはさすがに冴え渡っていて、すさまじい華麗な演奏効果を撒き散らす曲もあれば、可憐な小曲もあり。 |
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オペラ・ウィザウト・ワーズ~サンサーンス 歌劇「サムソンとダリラ」からの2つの主題による幻想曲 (ティボーデ、ケーバー編) R.シュトラウス ランブル・オン・ザ・ラスト・ラヴ・デュエット~歌劇「ばらの騎士」から (グレインジャー編) プッチーニ わたしのおとうさん~歌劇「ジャンニ・スキッキ」(ミカショフ編) コルンゴルド 私に残された幸せは~歌劇「死の都」(ティボーデ、ケーバー編) J.シュトラウス ウィーンの夜会-コンサート・パラフレーズ(ケルンフェルド編) プッチーニ 歌に生き、恋に生き~歌劇「トスカ」 (ミカショフ編) ベッリーニ 清らかな女神よ~歌劇「ノルマ」 (ミカショフ編) グルック メロディ~歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」 (スガンバディ編) プッチーニ ポートレイト・オブ・マダム・バタフライ-4つの部分からなる「蝶々夫人」の主題による幻想ソナタ(ミカショフ編) ワーグナー ワルキューレの騎行 (ブラッサン編) p: ティボーデ レビュー日:2007.4.22 |
★★★★★ 思わず聴き入ってしまう魅力的なアルバムになっています!
「オペラ・ウィザウト・ワーズ」と題して、ティボーデがとても魅力的なアルバムを作った。オペラの名シーンやアリアを編曲したピアノ・ソロ集である。軽い気持ちで聴き始めたが、思わず聴き入ってしまった。 ティボーデというピアニストは多彩なペダリングの技法を用いて、ピアノの音色を様々に変化させる名人芸をもっており、時としてそこに熱中し過ぎることもあるけれど、でも全般にとてもうまくいくし、自分のスタイルに合った特有のレパートリーを開拓していっている。存在感のあるピアニストになったものだ。 ここでは自ら編曲を手がけているものもあるし、あるいはグレインジャーやブラッサンの編曲したものもあり、その編曲の手腕も聴き所だ。そのグレインジャーが編曲したR.シュトラウスの薔薇の騎士から「ランブル・オン・ザ・ラスト・ラヴ・デュエット」は絶品の味わい。なんといってもオーケストラなみに色彩を変化させるピアノのタッチが見事で、編曲の妙を鮮やかに伝えている。ミカショフが編曲した「ポートレイト・オブ・マダム・バタフライ」-4つの部分からなるプッチーニ「蝶々夫人」の主題による幻想ソナタは12分を超える壮大な一遍となっているが、そのクライマックスの盛り上がりはすばらしく、オペラのように歌詞が感情を言い尽くしてしまない「慎み深さ」が、音楽の透明感を上げている。原曲であるオペラを聴くより、こっちの方が好きだと言う人は、結構多いのではないだろうか。私もこの適度な質感と品を、とても高く買いたい。また冒頭に収録されているサンサーンスはまるでノクターンのように響き、これまたきわめて印象深い。 |
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Carte Blanche p: ティボーデ レビュー日:2021.10.28 |
★★★★★ 収録時間79分があっという間。60才となったティボーデが送る宝石箱のようなピアノ・アルバム
ジャン=イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)が自らの60才を記念して、“Carte Blanche”と題したアルバムを製作した。“Carte Blanche” は白いカードという意味だが、それは、自由に選んだ、フリーチョイスした、といった意味合いだろう。収録されている楽曲はいずれも「愛奏」にふさわしい作品たちで、魅力いっぱいだ。まずは、収録曲の詳細を書こう。 マリアネッリ(Dario Marianelli 1963-) 「プライドと偏見」組曲 1) 夜明け 2) ネザーフィールドを離れて 3) ジョージアーナ 4) ペンバリーの彫像 5) ミセス・ダーシー 6) クープラン(Francois Couperin 1668-1733) ティク・トク・ショク、またはオリーヴしぼり機(クラヴサン曲集 第3巻 第18組曲 第6番) 7) D.スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685-1757) ソナタ ヘ短調 K.466 8) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828)/R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949)編 クーペルヴィーザー・ワルツ 変ト長調 D.Anh.1-14 9) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) ワルツ 第19番 イ短調 10) リスト(Franz Liszt 1811-1882) コンソレーション(慰め) 第3番 変ニ長調 11) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 間奏曲 イ長調(6つの小品 op.118 第2番) 12) エルガー(Edward Elgar 1857-1934) チッコリーニ(Aldo Ciccolini 1925-2015)編 愛の挨拶 13) ピエルネ(Gabriel Pierne 1863-1937) 演奏会用練習曲 op.13 14) グラナドス(Enrique Granados 1867-1916) 嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす (組曲「ゴイェスカス」 第4曲) 15) ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos 1887-1959) 道化人形 (「赤ちゃんの一族」 第1組曲「お人形たち」 第7番) 16) プーランク(Francis Poulenc 1899-1963)/ティボーデ編 ホテル (歌曲集「平凡な話」 第2曲) 17) サンカン(Pierre Sancan 1916-2008) オルゴール 18) M.グールド(Morton Gould 1913-1996) ブギウギ練習曲 19) チェルカスキー(Shura Cherkassky 1909-1995) 悲愴前奏曲 20) ガーシュウィン(George Gershwin 1898-1937)/ワイルド(Earl Wild 1915-2010)編 エンブレイサブル・ユー(7つの超絶技巧練習曲 第4曲) 21) ハーライン(Leigh Harline 1907-1969)/ティボーデ編 星に願いを 22) トレネ(Charles Trenet 1913-2001)/ワイセンベルク(Alexis Weissenberg 1929-2012)編 パリの四月 23) ワイルダー(Alec Wilder 1907-1980)/チャーラップ(Bill Charlap 1966-)編 I'll Be Around 24) バーバー(Samuel Barber 1910-1981)/ティボーデ編 アダージョ op.11 2021年の録音。 ティボーデというピアニストは本当に素晴らしいピアニストだと思う。特にペダルを駆使してマジカルな音色を使い分けるところなど当代随一と言っていいのではないだろうか。私は彼のドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)のピアノ独奏曲全集を愛聴しているし、デュトワ(Charles Dutoit 1936-)と録音したラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)のピアノ協奏曲集など、当分、これを上回る録音は登場しないのではないかとさえ思っている。 今回のアルバムも、本当に素晴らしい。79分間、美しい夢の中にいるような聴き心地を味わうことが出来る。一つ一つがティボーデによって思い入れのある楽曲なのだろう。例えば、ショパンのワルツ第19番について、ティボーデは、「記憶にあるいちばん最初に聴いた曲」であるとのこと。確かに、そのような楽曲は人それぞれに存在するだろう。そして、そんな特別な思いを、ティボーデは最高に美しいタッチで、透明な情感を宿して、表現してくれている。 冒頭に収録されているのは、ジョー・ライト(Joe Wright 1972-)が監督した映画「プライドと偏見」のためにマリアネッリが書いた音楽をピアノ組曲化したもの。このピアノ組曲化は、ティボーデの依頼によるものだったとのこと。当アルバムでは、ディズニー映画「ピノキオ」の主題歌「星に願いを」や、映画プラトーンで使用され有名になったバーバーの「アダージョ」が奏でられていて、そのメロディの美しさに改めて接することが出来る。また、この並びで聴くと、ブラームスの間奏曲や、グラナドスのゴイェスカスからの1曲なども、その浪漫的な雰囲気がが、映画音楽を思わせるような芳醇さを伴って伝わり、実に麗しい。また、ピエルネやM.グールドの作品のように、リズムに乗って華麗な技巧が繰り広げられる作品も、抜群のソノリティとスリリングなスピード感で仕上がっており、どこをとってもとにかく楽しい。 あまりこれまでなじみのなかった曲も、このアルバムの中では、輝かしく響くし、ショパン、リスト、エルガーの聴き馴染んだ旋律も、ティボーデのマジックで、鮮烈な彩色を再度身にまとったかのようにフレッシュに響く。 これまで、同様の趣向(ピアニストが自由に選んだ楽曲を弾く)のアルバムをいろいろと聴いてきたけれど、このティボーデのものは、エンターテーメント性、芸術的完成度の双方で、特にレベルの高いものの1枚と言って良い。 |
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Steinway Legends ~シューベルト ピアノ・ソナタ 第17番 タネーエフ 前奏曲とフーガ ショパン 前奏曲 第25番 マズルカ 第37番 スケルツォ 第4番 スクリャービン ピアノ・ソナタ 第5番 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第30番 チャイコフスキー ドゥムカ プロコフィエフ 別れ 仮面 ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」から p: アシュケナージ レビュー日:2006.8.26 |
★★★★★ スタインウェイもアシュケナージの美音あってこそを実感!
“Steinway Legends”と題されたシリーズで、スタインウェイを使用するピアニストに焦点を当て、その音源を集めた企画盤。アシュケナージのものは初CD化音源(シューベルトのピアノ・ソナタ第17番とショパンのマズルカ第37番)が含まれていて興味深い。リマスター効果で音質も鮮明さを増しているようだ。デッカの音源はもともと優秀なので、いずれにしてもあまり気にならないが。 各曲の収録年を書くと、モーツァルトの2台のピアノのためのソナタ(2ndピアノ:マルコム・フレージャー)とラフマニノフの練習曲集が1964年、ショパンの前奏曲第25番とスケルツォ第4番が1967年、プロコフィエフの仮面と別れが1968年、ショパンのマズルカ第37番が1972年、スクリャービンのピアノ・ソナタ第5番が1975年、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番とシューベルトのピアノ・ソナタ第17番が1976年、チャイコフスキーのドゥムカとタネーエフの前奏曲とフーガが1983年である。 シューベルトのピアノ・ソナタは躍動感にみちた華やかな演奏で、問題の多いこのソナタをまっすぐに表現していて理屈っぽくならず開放感がある。それでいて細やかな音色などに細心の配慮があるため、決して大味にならず、響きが美しい。まとまりがよくわかり易いため最後まで気持ちよく聴ける。 タネーエフの前奏曲とフーガはなかなか聴けないが佳曲である。古典的な和声を踏襲しながら、ロシアピアニズムに足を進める作風は、アシュケナージのピアノによく合う。 ベートーヴェンのソナタにおいては瀟洒な冒頭から終楽章のスケールの大きな表現まで、一連の道行きにストーリーを感じさせる奏者の表現力はさすが。 もちろん他の収録曲もいずれおとらぬ名演で、アシュケナージの美しいピアノの響きを堪能できる名録音といえるものだ。 |
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ショパン バラード 第2番 マズルカ 第21番 第29番 第35番 第36番 ワルツ 第2番 第6番 リスト 超絶技巧練習曲 第10番 メフィストワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」 ラフマニノフ コレルリの主題による変奏曲 プロコフィエフ ピアノ・ソナタ 第7番「戦争ソナタ」 p: アシュケナージ レビュー日:2006.2.25 |
★★★★★ プロコフィエフの尋常ではないスピードにびっくり!
テスタメントからリリースされたアシュケナージの1950年代の録音集。2枚シリーズの2枚目(1枚目はショパン作品のみの構成)。若きアシュケナージの録音と言えば59年から60年にかけて録音された「幻のエチュード」、あるいは亡命前夜のライヴで録音されたバラードなどの伝説的なものがあるが、ここではショパンをはじめとして以下の楽曲が収録されている。 ショパン バラード 第2番 マズルカ 第21番 第29番 第35番 第36番 ワルツ 第2番 第6番 リスト 超絶技巧練習曲 第10番 メフィストワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」 ラフマニノフ コレルリの主題による変奏曲 プロコフィエフ ピアノ・ソナタ 第7番「戦争ソナタ」 バラードとマズルカの第21番、第29番は1955年のショパンコンクールの際の録音。他は1957年ベルリンでの録音。 純粋にメカニカルな技巧が見事である。若き技巧派にありがちな「なし崩し的な」技巧ではなく、常に曲への意識が留め置かれているのがアシュケナージらしい。プロコフィエフのソナタの終楽章の一糸乱れぬ集中力は聴きものだ。バラード第2番やメフィストワルツで見せる華麗な技巧は、しかし光学写真のように写実的な楽譜の描写とも言える。 圧巻はプロコフィエフのソナタの第3楽章。いや、速い速い!なんと3'01で弾ききっている(ちなみにポリーニは3'11、グールドは3'18)。私の知る限りではラエカリオが2'59で弾いていたが、正直技術的な限界で音の輪郭が持ちこたえられていない部分があったのに対し、ここで聴かれるアシュケナージの演奏は恐ろしいほどの正確さである。もちろん、速きゃいいってものではないが、この演奏に関しては音の歯切れの良さ、音楽の生きの良さも手伝って、この曲のベスト盤ともいえる快演だと思う。 |
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Vladimir Ashkenazy 50 Years on Decca (50CD) p: アシュケナージ アシュケナージ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 vn: パールマン 他 レビュー日:2013.4.2 |
★★★★★ 珠玉の50枚
現代を代表する偉大なアーティストであるウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)がイギリスのレーベル「デッカ」と契約して50年となるとのこと。これを記念して、デッカから50枚組のBox Setが発売された。 アシュケナージは1955年のショパン・コンクールで第2位に入賞した。このときアシュケナージの1位を強く主張し、コンクールの結果にサインをしなかったのが審査員の一人で、伝説的ピアニスト、ベネディッティ・ミケランジェリ(Arturo Benedetti Michelangeli 1920-1995)である。その後の結果からみて、ミケランジェリは正しかった。アシュケナージの真価はただちに世界に認められることになる。1963年に開始されたデッカへのレコーディングは、数々の偉業となっていく。 私自身、ここに収録されたものは、いずれも大変印象深いもの。というのは、私が音楽の世界に踏み込んだのはアシュケナージの存在に依るところが圧倒的に大きいからだ。彼の弾くラフマニノフの協奏曲に衝撃を受け、以来、レコード屋で「アシュケナージ」の名のあるものを月に一枚ずつ購入することで、さらに深いクラシック音楽の森へと彷徨いこんだ。実は、この50枚組の音源について、私はすでにすべて個別に所有している。私が長い年月と、それ相応のお金を費やして集めたこれらの珠玉の音源が、なんと50枚一気に、この価格で入手できるというのだから、このアイテムを、これから購入できる人が羨ましくてならないわけである。さらに、再編集により、様々な録音が組み合われていて、実質的に、その価値は「50枚分」を優に超えているだろう。 50枚の内容すべてを記載できれば、いいのだけれど、残念ながらそこまでのスペースは与えられていないので、以下、特に私の心に残っている録音を挙げてみよう。 CD2のシューマンのピアノ協奏曲(1977年)はアシュケナージ特有の強靭なスナップから繰り出される弾むような美音が圧倒的で、幻想的な世界を表出している。CD3のマルコム・フレージャーとのモーツァルト「2台のピアノのためのソナタ」(1964年)はチャーミングで素敵。同じくCD3ではロンドン・ウィンド・ソロイスツとのベートーヴェン「ピアノと管楽器のための五重奏曲」(1966年)も聴き漏らせない。CD4のショパンのバラード集(1964年)は静謐な雰囲気が抜群。このようなバラードは他では聴けない。CD6のショパンの舟歌(1967年)は知情意のバランスのとれた知的快演。私は何回も聴いた。CD8のパールマンとのフランクのヴァイオリン・ソナタ(1968年)は高雅な気品と、明朗な情緒が見事。CD10のマゼールとのスクリャービンのピアノ協奏曲(1971年)は、このロマンティックな名曲の真価を知らしめた忘れられない録音。CD11のショパンの24の練習曲(1971,72年)は歴史的名盤の名にふさわしい。特に浪漫性と詩情に満ちた作品25は凄い。 CD14は親友、アンドレ・プレヴィンとのプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番と第3番(1974年)。運動性、弾力、圧巻のリズム感と色彩感でいつだって酔わせてくれる。CD15はパールマンとのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」&第5番「春」(1973,74年)。特にクロイツェル・ソナタの力の開放が見事。CD17のラフマニノフの24の前奏曲(1975年)はスケールの大きいアプローチで描いた絵巻。CD18ではフィッツ・ウィリアム弦楽四重奏団とのショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲(1983年)をとろう。凄まじい中央突破力で描き切った豪快さは無類。CD19のスクリャービンでは2つの舞曲(1977年)の神秘的なタッチが忘れがたい。CD22のラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番(1977年)はパッションの迸る熱演だ。 CD25のベートーヴェンのピアノ・ソナタ5曲(第1番、第5番、第6番、第7番、第20番)(1976-80年)はいずれもアシュケナージならではの歌のあるベートーヴェン。これも何度も聴いた忘れられない録音ばかり。CD31と34に収められたハイティンクとのブラームスのピアノ協奏曲(1981-82年)は、2曲とも、これらの曲の普遍的解釈として受け継がれるものだろう。これらのディスクには、ハレルとのブラームスのチェロ・ソナタ2曲(1980年)も入っている。CD30のショルティとのバルトークのピアノ協奏曲第1番、第2番(1979-81年)はメカニカルな冴えが堪能できる。CD32のドビュッシーの喜びの島(1965年)に触れなくては。素晴らしい技巧。もっともっとこの人のドビュッシーが聴きたい。CD33のムソルグスキーの展覧会の絵(1981年)ははじめてこの曲にもたらされたモダンな解釈だった。いまはすっかりこれが主流になった。CD40のシューマンもとにかくいいが、中でも交響的練習曲(1984年)は何度聴いたかわからない。少なくとも100回以上聴いただろう。CD50のベートーヴェンのディアベルリ変奏曲(2006年)は、まさにいま現在の私の愛聴盤。 さらに、アシュケナージが指揮した録音もいろいろ収められている。CD23のフィルハーモニア管弦楽団とのチャイコフスキーの交響曲第4番(1978年)は意外と取り上げられないが、抜群の均衡感覚で、ほぼ完ぺきに統制された響きが素晴らしい。このオーケストラとはCD26のシベリウスの交響曲第2番(1979年)のクールな白熱も秀逸の一語だし、CD33のアシュケナージが管弦楽版に編曲したムソルグスキーの展覧会の絵(1982年)も、ロシア的な濃厚さを湛えた色合いが見事。ベルリン放送交響楽団を「ベルリン・ドイツ交響楽団」と改名したのはアシュケナージだが、このオーケストラを指揮しての代表作はCD10のスクリャービンの交響曲第4番「法悦の詩」(1990年)かもしれない。官能的な色彩感が表出し尽くした感がある。CD44はクリーヴランド管弦楽団とのR.シュトラウス、「ドン・キホーテ」「ツァラトゥーストラかく語りき」(1985,88年)。明晰な音色が圧巻で気持ちいい。CD45のコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮してのプロコフィエフの交響曲第5番(1985年)も是非聴いてほしい。同曲の最高の演奏として、私はこれを断然推したい。さらにコンセルトヘボウとの録音ではラフマニノフも忘れてはいけない。CD35の交響的舞曲(1983年)の迫力を堪能されたい。CD47のサンクト・ペテルブルクフィルを指揮してのショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」(1995年)はオーケストラの完璧とも言える音色、アンサンブルを堪能したい。 他にここで触れなかったものも含めて、一つとして悪いものはなく、いずれも私にとって生涯楽しめるものばかり。本当に、今までこれらの音楽を聴いてこれて良かったと、万感を込めて思うものばかりである。これから、音楽をいろいろ聴いてみたいという方には、ためらうことなく推薦できる内容である。 |
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栄光のショパン・コンクール 1 p: ツェルニー=ステファンスカ ハラシェヴィチ アシュケナージ コルド指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2011.2.17 |
★★★★☆ 冷戦の空気が伝わってくるようなショパン・コンクール史
1995年、ショパン・コンクールの年に出版された企画版CDの1枚。シリーズで過去のコンクールで優勝、もしくは注目を浴びたピアニストの演奏を紹介している。当盤では第4回と第5回の3人のピアニストを紹介。注意点として、コンクール時の録音と、その後の別機会の録音が混合していることが挙げられる。収録内容をまとめよう。 ・ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ 第4回(1949年) 優勝 (1) ワルツ第1番 (2) 即興曲第4番 (3) ポロネーズ第3番 いずれも1972年録音 ・アダム・ハラシェビチ 第5回(1955年) 優勝 (1) ピアノ協奏曲第2番 コルド指揮 ワルシャワ国立フィル 1979年録音 (2) 即興曲第3番 (3)前奏曲第25番 (4)バラード第1番 (2)~(4)は1955年 ショパン・コンクール ライヴ音源 ・ウラディーミル・アシュケナージ第5回(1955年) 準優勝 (1) 練習曲第18番 (2)ポロネーズ第6番 いずれも1955年 ショパン・コンクール ライヴ音源 1955年の録音はモノラル音源となる。さて、ショパン・コンクールの歴史について少し触れたい(というのは、これはそういうディスクだから・・・)。1927年から1937年まで第1回から第3回のコンクールではいずれもソ連のピアニストが優勝した。そして、第二次世界大戦があり、ソ連と開催国ポーランドは、占領国と被災国という関係になる。大戦が終了して4年後に再開された最初のコンクールが第4回。当時の審査員の顔ぶれはよくは知らないけれど、最近のコンクールでは審査員の半数がポーランド人だというし、その傾向は大きな変化はないだろう。とかく冷戦時代というのは、スポーツにしろ芸術にしろ、政治の思惑が介入してくる。第4回ではソ連のベラ・ダヴィドビチとポーランドのチェルニー=ステファンスカが「同点優勝」という形になり、第5回ではソ連のアシュケナージが「準優勝」となり、ポーランドのハラシェビチが優勝となった。この結果に審査員を務めたミケランジェリが抗議し、結果にサインしなかったのはあまりにも有名な話。なので、このディスクのジャケットを見ると、そんな時代の何かが伝わってくる印象がある。 内容についても少し感想を書こう。チェルニー=ステファンスカのピアノはずいぶん気合と力の入った演奏で、間の空け方がいかにも「おもいきり息を吸い込んでいる」ような感じ。楽しい反面、同様のリピートになるという欠点も見え隠れする。ハラシェビチのピアノは透明で、無害なスタイルとでも言おうか。美しく仕上がっているのは前奏曲第25番で、淡い情感がよく描かれていると思う。印象の良不良が曲によって異なってくるだろう。アシュケナージは2曲しかないけど、とにかく圧巻の技巧が示される。とくに練習曲作品25-6は、伝説ともなった音源だけに、ファンには聴き逃せないものだろう。 ちなみに、このディスクが売り出された1995年のショパン・コンクールは、「優勝者なし、第2位がフィリップ・ジュジアーノ(フランス)とアレクセイ・スルタノフ(ロシア)」という結果だった。 |
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Ashkenazy in Warsaw CHopIN p: アシュケナージ フライシャー レビュー日:2008.9.22 |
★★★★★ 二人のピアニストの録音による記録
1937年生まれのアシュケナージが、1955年ショパン・コンクールで第2位となった時の録音と、1928年生まれのアメリカのピアニスト、レオン・フライシャー(Leon Fleisher)の1953年の録音(シューベルト2曲)を併せて収録している。曲目は以下の通り。 ショパン バラード第2番 スケルツォ第4番 練習曲(第1番, 第8番, 第15番, 第18番) ポロネーズ第6番「英雄」 前奏曲第25番 夜想曲第3番 シューベルト さすらい人幻想曲 ピアノ・ソナタ第13番 なぜこれらの録音が併せられたのかは不明だが、両者には共通点がある。エリザベート王妃国際音楽コンクールで1952年の第1位がレオン・フライシャー、1956年の第1位がヴラディーミル・アシュケナージなのだ。 レオン・フライシャーは活躍を期待されていたが、局所的筋失調により、右手の指が思うように動かせなくなり、引退を余儀なくされ、指揮活動に音楽表現の領域を移した。しかし、その後の治療により、近年ではピアニストとして実に40年ぶりに復帰し、アシュケナージ指揮のNHK交響楽団とも共演を果たした。おそらく、そのような経緯であるため、アシュケナージとフライシャーの間には長らく親交があったに違いないと思われる。それで、このようなアルバムとなったのかは分からないが、両者の若き日の演奏をよく伝える録音ではある。 最大の聴きモノなのがアシュケナージによるショパンの練習曲第18番。これはプロのピアニストでも苦戦する難曲中の難曲として知られるが、アシュケナージの技巧は圧巻で、これほどのスピードでしかも質を落とさずに弾ききっている。当時、審査員を務めたミケランジェリが、アシュケナージの優勝を強く主張し、政治的背景があったと推測されるハラチェヴィッチの優勝に抗議し、サインしなかったのは有名な話だ。これを聴くと、ミケランジェリがとった行動にも合点がいく。とかくコンクールの評定というのは余計な思慮が入ってしまうものなのだ。 他の演奏であるが、アシュケナージは全般に速いテンポで清涼感に溢れながらも、品良く詩情を湛えたピアニズムであり、後の飛躍の原型がすでに随所に聴き取れると感じた。 レオン・フライシャーのシューベルトは、これまた若手らしい推進力のある闊達な演奏だ。もちろん、もっと深い味わいが欲しいと感じる部分もあるが、この時期だからこそできた演奏の魅力とうのも、やはり大切なのだろう。 |
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露西亜秘曲集~アルチュニアン 3つの音楽的絵画 ババジャニアン ポエム 4つの小品 ハチャトゥリアン トッカータ シチェドリン フモレスケ リャプノフ ロシアの主題による変奏曲 ブクステフーデ(プロコフィエフ編) 前奏曲とフーガ バッハ(ヴィゴードスキー編) アリア リャードフ 音楽の玉手箱 リスト ハンガリー狂詩曲 第2番(カデンツァ:ラフマニノフ) アレンスキー・グラズノフ・ラフマニノフ・タネーエフ(合作) 4つの即興曲 p: 有森博 レビュー日:2007.11.25 |
★★★★★ 素晴らしいです。できれば続編を!
有森博は私が特に新譜を待ち望んでいるピアニストの一人である。だけれども2007年11月に発売された2枚(!)のアルバムについては、前もってそのニュースを聴いてなかっただけに、ふらっと入ったCD店の店頭でこれらのアルバムを発見したときの喜びはことさら大きかった。その日、私は競馬で散々負けて、お金の持ち合わせがないところだったのであるが、カードがあれば買えてしまうという現代社会の病巣にあっけなくとりつかれ、即購入してしまった。 さっそく家に帰って聴いてみると、いや、これは良い。もう競馬で負けたことなんかどうでもいい(すいません・・)。有森博のアルバムはその曲目の構成にも彼ならではの卓越したセンスを感じるが、この露西亜秘曲集など実に見事だ。ほとんど知らない作品、中には知らない作曲家もいる。いったいどのようにしてこのように魅力的な作品を見つけるのだろうか?70分を超える収録時間もうれしい。 アルチュニアン、ババジャニアンといったアルメニアの作曲家の作品はなんともオリエンタルなムードだ。その親しみやすいこと。この国にはまだまだ魅力的な作品が埋もれていそうだ。他にもリストのハンガリー狂詩曲はラフマニノフのカデンツァがヴィルトゥオジティを満たす愉悦作だし、ヴィゴードスキーの編曲した「G線上のアリア」の思わぬ美しさにはクラッとくる。また、アレンスキー、グラズノフ、ラフマニノフ、タネーエフの「合作」はショパン・リストらの「ヘクサメロン」の露西亜版といえるもの。聴けるだけでもうれしい。さらにはリャプノフの力作などなど聴き応え万点のすばらしいアルバムである。できれば第2弾を出してほしい、と早くも思ってしまった。 |
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露西亜秘曲集 2 p: 有森博 レビュー日:2017.8.17 |
★★★★★ 有森博10年ぶりの「露西亜秘曲集」第2弾
有森博(1966-)は2007年に「露西亜秘曲集」と題したアルバムをリリースし、数々の愛すべき秘曲を披露してくれた。その時の私自身のレビューが残っていて、「できれば第2弾を出してほしい、と早くも思ってしまった。」と書いてある。こうやってレビューを書いていると、自分の人生のいつ、どのような時に、どんな音楽と接し、どのようなことを思ったが残るので、そういう点でもありがたいなぁと思ってしまったけれど、とにかく、10年の歳月を経て、「露西亜秘曲集2」というアルバムがリリースされるとなると、その感慨もひとしおである。 いきなり自分の話で恐縮でしたけど、今回のアルバムは、超有名曲も含むので、「秘曲集」というタイトルで括るのが微妙なところもあるのだけれど、内容としては、いつもの有森のアルバム同様に素晴らしいものとなった。収録曲は以下の通り。 1) チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893) ドゥムカ ハ短調 op.59 2) リャブノフ(Sergey Lyapunov 1859-1924) 12の超絶技巧練習曲 op.11 より 第8番「叙事詩」 3) タクタキシヴィリ(Otar Taktakishvili 1924-1989) ポエム 4) モソロフ(Alexander Mosolov 1900-1973) 2つの舞曲op.23b 5) ラコフ(Nikolai Rakov 1908-1990) ロシアの歌(ギンズブルグ(Grigory Ginzburg 1904-1961)編曲) 6) バラキレフ(Mily Balakirev 1837-1910) 東洋風幻想曲「イスラメイ」 7) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) 春の祭典(作曲者による1台4手編曲版) 8) レビコフ(Vladimir Rebikov 1866-1920) 音楽の玉手箱 2017年の録音。厳密に言うとタクタキシヴィリはグルジアの作曲家となる。7)は有森に師事する秋元孝介(1993-)との共演。 結果的に有名曲と秘曲を組み合わせながら、魅力的な構成のアルバムになっている。有森の豊かな教養を背景とするロシア音楽への適性はすでに証明済のことで、いまさら言及が必要なことでもないと思うのだけれど、音色、音量の豊富さ、野趣的なリズムの扱い、厚みのある旋律線の扱いなど、自家薬籠中の物とした感に満ちている。 聴く機会の少ない作品に少しずつ言及すると、リャプノフの叙事詩は、一遍の中に様々な要素が詰め込まれたものであり、その多彩な技巧で繰り広げられる絵巻が見事。タキタシヴィリ、ラコフの作品はともに情緒的な旋律が親しみやすく、人知れぬ佳曲に触れる喜びを味わえる。「鉄工場」で有名なモソロフの作品は、当時のアヴァンギャルドに相応しい不協和音を積極的に使用したものだが、その一方でロマン的なものが感じられる。レビコフの「音楽の玉手箱」は高音域のみを使用したオルゴールのような音色が楽しい。2007年の「露西亜秘曲集」では、有森はリャードフ(Anatoly Lyadov 1855-1914)の同名の作品で締めくくっていたことも思い出される。 有名曲では、郷愁と華麗なピアニズムに満ちたチャイコフスキーの「ドゥムカ」、難曲としても高名なバラキレフの「イスラメイ」ともに立派な演奏効果を示した芸術が奏でられる。アルバム中の多くを占めることとなったストラヴィンスキーの「春の祭典」は、1台4手版というのが珍しい。私は、2台のピアノ版を、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)とガヴリーロフ(Andrei Gavrilov 1955-)による演奏に親しんだが、2台のピアノ版の「協奏的」面白さに比して、当盤の1台4手版は、まとまりの強さを感じさせるものとなっている。高音と低音という明確な役割分担があるためであろう。有森と秋元は、絶妙の呼吸で、この曲の原色的な面白味を鍵盤にトレースしており、時として管弦楽を彷彿とさせながらも、ピアノならではの鋭い打鍵による演奏効果を存分に堪能させてくれる。 秘曲を知る喜び、名曲の一風変わったアレンジの楽しみ、今回も聴き手にたくさんの喜びを届けてくれるアルバムとなった。 せっかくなので書いておこう。「できれば第3弾を出してほしい、と早くも思ってしまった。」 |
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ロシア・バレエの誘惑 p: 有森博 レビュー日:2010.1.2 |
★★★★★ ピアノで奏でる絢爛たるロシア・バレエの本流
毎回毎回本当に面白い(そして内容のある)アルバムをリリースする有森博は、今やもっとも目の離せないアーティストの一人だ。当アルバムもまた面白い。ピアノで奏でるロシア・バレエの世界である。 収録されている曲は、もちろん元来はオーケストラによって奏されるものばかりである。私はバレエの事はほとんどわからないのだけれど、ロシアの音楽家たちが、このジャンルに精力的に取り組み続けていて、それだけの文化的土壌がロシアにあることは知っている。そして、モスクワで勉強をし、ロシアの音楽を深く探求している有森であればこそ、このようなアルバムは輝くのだろう。 プロコフィエフの「シンデレラ」、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」、チャイコフスキーの「胡桃割り人形」・・まさにロシア・バレエの真髄とも言える楽曲たちだ。 「ペトルーシュカからの3楽章」はかつてポリーニによる名盤があったし、その他にもヴェデルニコフ、ベロフ、ロルティ・・・最近ではエル=バシャやキーシンも録音した。すでにピアノ曲として確固たる地位を築いている感があるが、有森の演奏もまた素晴らしい存在感のあるものだ。この曲の名演として今後は必ず指折らねばならない。冒頭から歯切れの良いスケールの大きな演奏で、特に細かいニュアンスの交錯するシーンは適切なテンポで細かく音を拾い、かつ全体を見通すダイナミックなリズムが貫いている。それにしてもこの有森のパワフルな演奏は今までの彼の録音とはまた違った魅力的な側面を引き出している。そしてバレエ音楽らしい「華やかさ」。極限までピアノで追い求めている。それが顕著なのが「胡桃割り人形」。これはプレトニョフが編曲したものだが(その編曲ぶり~打楽器の表現までも的確に押さえている~もなかなかの聴きモノだ)、有森は素晴らしく多彩な音色をピアノから引き出している。まさにピアノという一台の楽器をオーケストラのように使いこなすその技術は圧巻。特に終曲の鍵盤を駆け巡る絢爛豪華な響きは、豊穣なる音楽のうねり。ことにその終曲は圧倒される。 プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの曲も瑞々しく躍動的な音楽が好ましいというだけでなく、必然的な説得力を感じさせる。こうなると、また続編を期待してしまう。 |
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Marc-Andre Hamelin Live at Wigmore Hal p: アムラン レビュー日:2007.11.3 |
★★★★★ アムラン・ワールドにどっぷり浸れるアルバムです。
1994年ロンドンのウィグモアホールにおけるライヴ録音。いかにもアムランらしいプログラムである。収録曲は以下の通り。1)ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番~第1楽章(アルカン編によるピアノ独奏版) 2)ショパン ピアノ協奏曲第1番~第2楽章(バラキレフ編によるピアノ独奏版) 3)アルカン 片手ずつと両手のための3つの大練習曲 4)ブゾーニ ビゼーのカルメンによる幻想曲 5)メトネル 「忘れられた調べ」から第3曲。 5曲中3曲が「編曲もの」で、録音ジャンルとしても珍しいものだが、中でもアルカンが編曲したベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番の第1楽章が面白い。オーケストラパートとピアノパートを一人で受け持ってしまっているわけだが、その入れ代わり立ち代わりの演奏技巧がまずは圧巻。そして編曲の面白さがまたすごい。オーケストラパートの秀逸な編曲で、音楽の勢いがまったく失われず、逆に新たな生命を宿したかのようだ。またカデンツァでは運命交響曲の旋律などを様々に引用し、まさしくこれは奇人(?)アルカンと達人アムランのコラボレーションでなければ生み出しえない音の世界が繰り広げられている。その悦楽はめったに得られるものではない。 また、そのアルカンの練習曲は3つの曲からなり、左手のため、右手のため、そして両手のためとなるが、ここでの技巧のすさまじさ、そしてこれをライヴに取り上げてしまうアムランのパフォーマンス能力全般にまたまた脱帽してしまう。旋律と伴奏の重和音をいささかもスピードの減少を感じさせず突き進むピアニズムの爽快さは比類ない。また「右手のため」の曲というのは曲のジャンル自体がきわめて貴重で、奇人アルカンならではの作品だろう。 ブゾーニの「カルメン幻想曲」ではカルメンの様々な名旋律が惜しげもなく連なっており、これまた演奏効果の高いお祭り的楽曲。それでいて、メトネルでさりげなくプログラムを閉じるあたりも心憎い。アムラン・ワールドにどっぷり浸れるアルバムです。 |
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Marc-Andre Hamelin Etudes~ 短調による12の練習曲(第1番「トリプル・エチュード」 第2番「昏睡したベレニケ」 第3番「パガニーニ~リストによる」 第4番「無窮動風練習曲」 第5番「グロテスクなトッカータ」 第6番「スカルラッティを讃えて」 第7番「チャイコフスキーの左手のための練習曲による」 第8番「ゲーテの魔王による」 第9番「ロッシーニによる」 第10番「ショパンによる」 第11番「メヌエット」 第12番「前奏曲とフーガ」) 小さなノクターン 「コン・インティミッシモ・センティメント~最も親密な思いをこめて」より 第1番「レントラーI」 第4番「アルバム・リーフ」 第5番「オルゴール」 第6番「ペルゴレージにちなんで」 第7番「子守歌」) 主題と変奏(キャシーズ・ヴァリエーションズ) p: アムラン レビュー日:2010.12.20 |
★★★★★ 現代を代表する「コンポーザー=ピアニスト」のアルバムです
19世紀のヨーロッパでは「コンポーザー=ピアニスト」と呼ばれる人たちがいた。彼らは超絶的な技巧を必要とする作品を自ら作曲し、これを演奏することで聴衆から喝采を浴びた。その代表格がリストであり、ショパンであり、ルビンシテインである。今日でも同様の活動をするアーティストはいるけれど、なかなか日本のファンの耳に届くような活躍は少ない。しかし、ここに驚くべきアルバムが登場した。フランス系カナダ人ピアニスト、マルカンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)によるまさしく「コンポーザー=ピアニスト」アルバムである。 収録曲は「短調による12の練習曲」「小さなノクターン」「コン・インティミッシモ・センティメント」からの5曲、「主題と変奏」で総収録時間は74分超、まさに「コンポーザー=ピアニスト」の面目躍如たるびっくりアルバムである。 まず収録曲の曲目に注目したい。メインは「12の短調による練習曲」となっている。これはアムランがライフワークとしているアルカン(Charles-Valentin Alkan 1813-1888)の重要な作品群と同名。当然のことながら、「アルカンへのオマージュ」とみてとることが出来るだろう。さらにもう1人、色濃くアムランに影響を与えている人物がいる。リトアニアの作曲家ゴドフスキー(Leopold Godowsky 1870-1938)だ。彼はショパンの練習曲全27曲から26曲に基づく53曲の改変曲による練習曲を編み出していて、他ならぬアムランがこの53曲を全曲録音しており、これはピアノファンの間では「語り草」の録音となっている。それで、例えばアムランの12の練習曲の第1番を見てみると「トリプル・エチュード」と題しており、これはショパンの練習曲集のうちop10-2、op25-4、およびop25-11の3曲を対位法に従って組み合わせたまさに「改変作」である。まるで、ゴドフスキーの改作練習曲群の延長線にあるかのような1曲!と思わずにはいられない。 さらに練習曲第3番はリストの「ラ・カンパネルラ」による変容であり、第4番はアルカンのop.76とop.39-7の統合改変曲。これらもまた大変面白い。他にもスカルラッティ、チャイコフスキー、ラフマニノフ、シューベルト、ロッシーニ、バッハといった作曲家からモチーフまたはメロディを引用し、そこにアムラン自身のオリジナリティを加えたり、もちろんオリジナル曲もあったりと、まさに多彩。最後の変奏曲ではベートーヴェンのソナタ第30番の終楽章の主題が現れるが、その扱いもヴィルトゥオジティを如何なく発揮させる仕上がり。また、オリジナル曲も充実していて、「コン・インティミッシモ・センティメント」の「オルゴール」などメシアンを彷彿とさせる面白さがある。かようにピアノ音楽全般に興味のある人はもちろんのことながら、そうでない人でも十分楽しめる内容だと思う。まさに現代の驚異の「コンポーザー=ピアニスト」の存在を刻印するアルバムだ。 |
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ショパン ピアノ・ソナタ 第2番「葬送行進曲付」 スクリャービン ピアノ・ソナタ 第2番「幻想ソナタ」 リスト ピアノ・ソナタ リゲティ 練習曲 第4番 第10番 p: ユジャ・ワン レビュー日:2009.11.2 |
★★★★★ 「音楽新興国」中国からまた異能の士出現
中国からまたしても才気に満ちた新星が登場した。ユジャ・ワンは当アルバムを録音した2008年の時点でまだ22歳とのことである。このようなピアニストに着目し、アルバムをリリースした関係者の慧眼もなかなかのものだ。 まず、アルバムの構成が面白い。ショパンの葬送ソナタ、スクリャービンの幻想ソナタ(第2番)、そしてリストのソナタと3曲のロマン派の傑作ソナタ3点と、その合間にリゲティの練習曲1を1曲ずつ挟んで計5曲。収録時間74分を存分に使った上、企画性や意趣性を感じさせる配列だ。 演奏もなかなか見事。ショパンのソナタ第2番では、冒頭から各音の独立性が高度に保たれながらも、音楽表現として有機的に結び付けられている。アルゲリッチのようにただ内燃性の情動を曝す様なものでなく、つねに理知的な視点が働いていて、聴き味がいかにもノーブルだ。第1楽章の的確な左手のリズムはポゴレリチを思わせるが、ポゴレリチがあえてテクノばりの等感覚性、無機性を湛えたのに対し、ユジャ・ワンはこの低音に微妙な色づけを与えていて、ショパンのピアノ音楽にしては意外なほどの多層性を与えている。この効果は、例えば第3楽章の葬送行進曲でもはっきり出てくる。後半の行進曲の反復部の左手によってもたらされる和音の響きは、決して特別なことをやっているわけではないが、深いドラマを秘めているように響き、それが私には美点に思える。 スクリャービンのソナタも音色の美しさとクールな観点が印象的。終楽章の無窮動も安定した技術で輪郭がたくましい。 リストのピアノ・ソナタでは、ユジャ・ワンの特性が作品の浪漫性をことごとく明快に解き明かし、非常にわかりやすい演奏になっている。感情の振幅が適度にセーヴされているのが素晴らしい。また合間に添えられたリゲティの練習曲の構成を壊さない存在感も見事な企画力と言える。面白い。 このような演奏というのは、相当高いレベルの音楽的教養を必要とするに違いない。ユジャ・ワンに限らず経済のみならず音楽においても急速に進化を遂げる新興国といえる中国が放つ異能の才たちには、今後も十分に注意を払いたい。 |
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トランスフォーメーション p: ユジャ・ワン レビュー日:2010.6.10 |
★★★★★ 気鋭のピアニストらしい巧みな配列と演奏
中国期待の若手ピアニスト、ユジャ・ワンがグラモフォンから2枚目のアルバムをリリースした。当然のことながら大注目盤と言える。録音は2010年。 今回もまた、収録曲とその順番がふるっている。まず、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカからの3楽章」があり、5分ほどのスカルラッティのソナタホ長調K.380を挟んで、ブラームスの「パガニーニの主題による練習曲」そしてまた5分ほどのスカルラッティのソナタハ長調K.466を挟んで、最後にラヴェルの「ラ・ヴァルス」だ。前作ではリゲティをたくみに「ツナギ(?)」にしたが、今度はスカルラッティである。それに加えて、「パガニーニの主題による練習曲」も全2巻分の変奏曲の順番をいくつか入れ替えて弾いている。これも面白い! ストラヴィンスキーのピアノ曲は、かつてはポリーニの演奏がずば抜けて有名だったが、今では多くのピアニストが良質な録音をしている。私も最近の有森博盤などに感銘を受けた。ユジャ・ワンの演奏も見事。力強く、しかも余分の力を感じないしなやかさ、そして鍵盤の上をきわめて自然に動く手の動きが伝わる。一音もないがしろにしないのはもちろんだが、細やかなアクセントがたいへん効果的で、理路整然たる趣。もちろん音楽性の不足もない。 スカルラッティは比較的有名な曲だが、このような他の作曲家の作品と併せて収録する仕方が、曲の個性を際立たせるように感じる。ユジャ・ワンの感性も素晴らしいが、スカルラッティだけ聴くと、やはりちょっと飽きるのだ。ここでは清涼感のある響きが堪能できる。 ブラームスもスピーディーで鮮烈だが、重い音を巧みに避けていると思う。変奏曲一曲一曲のサイズに合わせた回転の良いシャープな佇まい。最後のラヴェルも瀟洒で透明感のある聴き味多彩なアルバム。今後も要注目だ。 |
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Recital Vardan Mamikonian p: マミコニアン レビュー日:2011.12.28 |
★★★★★ アルメニアの実力派ピアニスト、マミコニアンに注目!
1992年のモンテカルロ・ピアノ・マスターズでグランプリを授賞し、注目を集めたアルメニアのピアニスト、ヴァルダン・マミコニアン(Vardan Mamikonian 1970-)が、その直後に録音したアルバム。収録曲は以下のとおり。 (1) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 夜のガスパール (2) チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky 1840-1893) 主題と変奏 (3) ババジャニアン(Arno Babadzhanian 1921-1983) ヴァガルシャパティ舞曲、エレジー、詩曲 (4) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) タンゴ (5) ハチャトゥリアン(Aram Khatchaturian 1903-1978) トッカータ 面白い選曲だ。マミコニアンならではのラインナップとも言える。アルノ・ババジャニアンは、出世の地であるエレバンで音楽を勉強した後、1947年からモスクワ音楽院で才を深めた。様々なジャンルに作品を書いたが、エスニックともオリエンタルともいえるムードのある作風が特徴だ。「剣の舞」が有名なアラム・イリイチ・ハチャトゥリアンもまたアルメニアの最重要と言える作曲家であり、このアルバムの選曲は、エスニシティを感じさせるだろう。 マミコニアンのピアノの特徴は、まろやかな丸みを感じる繊細なタッチであり、また安定した技術も見事である。ババジャニアンの「詩曲」を聴くと、ドビュッシーやあるいはリゲティを思わせる無窮動ぶりでありながら、正確に打ち続けられる分散された音片のそそり立つようなソノリティが見事で、その練達ぶりをよく示している。この楽曲自体も注目したい作品だと思う。ババジャニアンがいかにピアノ技法に優れた作曲家だったかを示すものだ。また、「エレジー」に漂う様々な情感も、ヨーロッパとは一味違った感性が表出しているようで面白い。 ストラヴィンスキーの「タンゴ」も良い。いかにも近代的な、当時の新しさを感じる作風だ。タンゴならではの音色、リズムを巧みに引き出しているマミコニアンのコントロールも主張が確かで、インパクトがある。 名曲「夜のガスパール」は静謐な演奏。瑞々しいタッチで繊細に描かれていて、健康的かつ上品といったところ。終楽章の「スカルボ」もおどろおどろしさが無く、透明な情緒が描かれている。 アルメニアのピアニストを通じて、様々な音楽とその感触を味わうことのできるアルバムに仕上がっている。 |
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Play Chopin/Haydn p: リヒテル アシュケナージ レビュー日:2011.12.15 |
★★★★☆ 1955年の貴重なライヴの記録
ソ連のピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Richter 1915-1997)とウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)による1955年のライヴの模様を収めたディスク。それぞれが弾いている曲は、アシュケナージが、(1) ショパン 夜想曲第3番 (2) ショパン バラード第2番 (3) リスト メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」、リヒテルがハイドンのピアノ・ソナタ第33番の1曲のみ。当時リヒテルは40歳、アシュケナージは18歳ということになる。 二人が互いを良く知っていたことは様々な書物等で記載されている。若きアシュケナージはリヒテルを敬愛していたし、リヒテルはアシュケナージの才を信じて、いろいろな音楽談義などをしてきたらしい。このアルバムが同じ演奏会のものなのかどうか、CDに記載がないからわからないが、二人のピアニストによる同じ演奏会だったという可能性もあるだろう。アシュケナージが1963年に亡命する一方で、リヒテルはソ連で芸術活動を続けてきたのは承知の通り。二人のその後を考えると、これが一夜の演奏会の記録だと考えることは、なかなかロマンティックである。(などと、当事者でもない私が過ぎ去った事とはいえお気楽なコメントをするのもなんだけど)。 とりあえず聴いてみての感想。さすがに録音状態は1955年のものなので、響きも、こもりがちだが、雰囲気はまずまず良く伝わってこよう。両者のピアノはなかなか対照的で、アシュケナージが明るく華やかなのに対し、リヒテルは深刻だ。これは、もちろん曲の性格を反映していることもある。アシュケナージは若々しく、わずかにミスタッチもあるが、曲の持っている叙情性を健やかに表現しているのが好ましい。夜想曲第3番ではすでに美しい詩情のあふれる歌い回しが聴けてうれしい。バラード第2番は後半の激動ぶりが圧巻で、ロシア・ピアニズムの逞しさを象徴するかのよう。若いころのアシュケナージはリストも主たるレパートリーに加えていて、ここで弾かれているメフィスト・ワルツは中でも十八番だったようで、冒頭のバネのようなスナップの強さ、中間部の跳ねるようなリズムにのった動きなど聴き応え十分だ。 リヒテルが弾いているハイドンのピアノ・ソナタは、ハ短調というベートーヴェン的な力強い調性の音楽で、不安感や焦燥感、あるいは「疾風怒濤(Sturm und Drang)」期と称される劇的な展開があり、リヒテルならではの求心力のある表現が見事。楽曲の性格を鮮やかに描き出しているといえる。 その後の二人の芸術家のそれぞれの活躍ぶりを省みながら、当時のこの録音を聴くのは、私にはなかなか感慨深い。 |
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リスト・プロジェクト p: エマール レビュー日:2011.10.17 |
★★★★☆ 陰鬱な雰囲気が支配的ですが、美しい部分も多くあります。
フランスのピアニスト、ピエール=ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard 1957-)による「ザ・リスト・プロジェクト」と題されたアルバム。ウィーン・コンツェルトハウスで2011年5月に催されたコンサートを収録したもの。コンセプト観の強いコンサートであり、その演奏順に収録がなされていて、内容は以下の通りとなる。 1) リスト 悲しみのゴンドラ 2) ワーグナー ピアノ・ソナタ「マティルデ・ヴェーゼンドンク夫人のアルバムのための」 3) リスト 暗い雲 4) ベルク ピアノ・ソナタ 5) リスト 凶星! 6) スクリャービン ピアノ・ソナタ 第9番「黒ミサ」 7) リスト ピアノ・ソナタ 8) リスト エステ荘の糸杉に-哀歌I 9) バルトーク 挽歌 10) リスト 小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ 11) マルコ・ストロッパ タンガタ・マヌ 12) リスト エステ荘の噴水 13) ラヴェル 水の戯れ 14) メシアン 「鳥のカタログ」からカオグロサバクヒタキ 15) リスト オーベルマンの谷 エマールの狙いは、リストの作品と、その影響のある他の作品をペアにして奏で、その関係を明らかにすること・・・にあると思うのだが、実は、私はこのアルバムを数回通して聴いてみたのだけれど、中にはその関連を思いつかないような「難解な」組み合わせもあった。また、それと別に、このたびのコンセプトのために選らばれた作品には、暗く重い雰囲気の楽曲が多い。2枚のCDの冒頭に当たる「悲しみのゴンドラ」「エステ荘の糸杉に-哀歌I」はいずれもリストの暗黒面が表出しているし、その雰囲気は全体に支配的に広がっているようだ。それで、厚い雲が垂れ込めるような中を、不気味な気配を感じながら進むような部分が多く、やや気持ちの沈むラインナップかもしれない。エマールの技術は確かだが、例えばリストのピアノ・ソナタでも、感情をダイナミックに放散するようなことはせず、規則的な進行の中で、クリアなタッチの効果をピンポイントで表出する。たしかにエマールのスタイルではある。とはいえ、この多様な要素の集積したソナタに対し、ここまで均一なスタンスでアプローチすることに、違和感がある人も多いのではないだろうか。 今回はじめて聴いてとても面白かったのが、ワーグナーのピアノソナタである。古典的でありながら流麗なソノリティは、メンデルスゾーンを彷彿とさせないだろうか?ベルクのピアノ・ソナタもエマールならではの鋭利なクールさが煌めいている。イタリアの作曲家、マルコ・ストロッパ(Marco Stroppa 1959-)の小品も美しく、発見の価値を感じさせてくれる。 確かにムードは暗いけれど、エマールという芸術家の「らしさ」を端的に示すアルバムと言えるかもしれない。 |
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Pierre-Laurent Aimard: the Warner Recordings p: エマール レビュー日:2015.1.29 |
★★★★★ 近現代のスペシャリスト、エマールの成果を一気に楽しめるbox-setです。
フランスのピアニスト、ピエール=ローラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard 1957-)がワーナー・レーベルに録音した音源から主なものを集めたCD6枚からなるBox-set。収録内容の詳細は以下の通り。 【CD1】 1) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 映像 第1集 2002年録音 2) ドビュッシー 映像 第2集 2002年録音 3) ドビュッシー 練習曲集 第1巻 2002年録音 4) ドビュッシー 練習曲集 第2巻 2002年録音 【CD2】 1) アイヴズ(Charles Edward Ives 1874-1954) ピアノ・ソナタ 第2番「コンコード・ソナタ」 2003年録音 ヴィオラ: タベア・ツィマーマン(Tabea Zimmermann 1966-) フルート: エマニュエル・パユ(Emmanuel Pahud 1970-)(フルート) 2) アイヴズ 2台のピアノのための3つの四分音小品 1995年録音 ピアノ: アレクセイ・リュビモフ(Alexei Lubimov 1944-) 【CD3】 1) リゲティ(Ligeti Gyorgy 1923-2006) 練習曲 第4番「ファンファーレ」 2001-2002年録音 2) リゲティ 練習曲 第8番「鋼鉄」 2001-2002年録音 3) リゲティ 練習曲 第12番「組み合わせ模様」 2001-2002年録音 4) リゲティ 練習曲 第16番「イリーナのために」 2001-2002年録音 5) リゲティ 練習曲 第17番「息を切らして」 2001-2002年録音 6) リゲティ 練習曲 第18番「カノン」 2001-2002年録音 7) メシアン(Olivier Messiaen 1908-1992) 幼子イエスにそそぐ20のまなざし1999録音 【CD4】 1) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 夜のガスパール 2005年録音 2) カーター(Elliott Carter 1908-2012) ナイト・ファンタジーズ 2005年録音 3) カーター トゥー・ディヴァージョンズ・フォー・ピアノ 2005年録音 4) カーター:90+ 2005年録音 【CD5】 1) ブーレーズ(Pierre Boulez 1925-) ピアノ・ソナタ第1番 1990年録音 2) ブーレーズ フルートとピアノのためのソナチネ 1990年録音 フルート:ソフィー・シェリエ(Sophie Cherrier 1959-) 【CD6】 2001年 カーネギー・ホール リサイタル 1) ベルク(Alban Berg 1885-1935) ピアノ・ソナタ op.1 2) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 op.57 「熱情」 3) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 「伝説」より 第2曲「水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ」 4) ドビュッシー 映像 第1集から 第1曲「水の反映」 5) ドビュッシー 映像 第2集から 第3曲「金色の魚」 6) リゲティ 練習曲 第2番「開放弦」 7) リゲティ 練習曲 第6番「ワルシャワの秋」 8) リゲティ 練習曲 第10番「魔法使いの弟子」 9) メシアン 幼子イエスにそそぐ20のまなざしよりから「聖母の最初の聖体拝受」 10) ドビュッシー 練習曲 第1巻から 第6曲「8つの指のための」 このピアニストらしい近現代に重きを置いた内容となっている。全般に精緻で、細やかな音色を正確にトレースしていくこのピアニストらしい仕上がりであるが、個人的に印象に残っているものを中心にコメントしよう。 アイヴズのソナタは第1楽章にヴィオラ、第4楽章にフルートが付加する版が用いられており、それぞれドイツのヴィオラ奏者、タベア・ツィマーマンとスイスのフルート奏者、エマニュエル・パユが参加するという豪華なラインナップ。演奏時間が45分に及ぶ大作であるが、近現代の器楽曲の中でも、人気の高いものだ。エマールらしいじっくりとした解析的な演奏で、第1楽章などに顕著だがやや遅めのテンポが主体。しかし、そこに生き生きとした要素が加わっており、聴き味は良い。時折現れる民俗的な色彩にはほとんど重きをかけず、現代音楽として純器楽的演奏といったところか。第3楽章の牧歌的風情では、印象派を思わせる淡い詩情がよく映える。この楽曲では、ヴィオラ、フルートの付加版があるが、双方とも付加された録音というのはかなり数が限られている状況で、ツィマーマン、パユという強力な布陣を配した当録音の存在感は圧倒的とも言える様相だ。特にヴィオラの不気味さのある音色の追加は効果的だと思う。付加楽器の観点も含めて、当ディスクは、現代音楽を代表するこのピアノ・ソナタの録音として、象徴的なもの。 リュビモフのアルバムに、エマールが参加する形で録音されたアイヴズの「四分音による2台のピアノのための3つの小品」は、実に不思議な音楽。2台のピアノの片方を1/4度ずらした音程で奏でられる音楽だ。この響きを、音楽的に快いと感じる人は、正直少ないのではないだろうか。むしろ、音が狂っているように聞こえて、苦しい部分が多い。アイヴズという作曲家がどこまで意図し、そしてそれがどこまで達成されたのか、私にはわからないが、実験性の高さが注目される。 ドビュッシーでは「映像」が素晴らしい。曲の「味」を、テンポの変動より音色の細やかな差によって描きわけている。スコアに忠実であるが、その中で、繊細な指の先の先まで神経を張り詰めたようなコントロールによって、精密な模写のような作業が行われる。ソノリティは無数の同径のビーズが配置されるようにしてつむがれるのだが、その移り変わりの鮮やかさには本当に驚かされる。第1曲の「水の反映」はまさにこのスタイルに「うってつけ」の曲で、CG映像で細かく再現されたライトアップされた噴水のような印象。 ラヴェルも同様で、弱音の細かいソノリティの描き分けが抜群に精緻であり、高い抽象性とともに「静寂」を表現する音楽として、きれいな解答となっている。近代アメリカの作曲家、カーターの作品では、トゥー・ディヴァージョンズ・フォー・ピアノが面白い。種の規則的音型を色々と組み合せた実験性の高いものだが、アイデアが多様だ。 リゲティも全般に面白い。中でも「ファンファーレ」の無窮動ぶりに注目したい。独特の左手の刻みから、即興的な旋律が刻々と様相を変えながら奏でられていく。それにしても、エマールの技巧が圧巻。これほどの曲をいったいどのような練習をすればこのように弾きこなすことができるのだろうか?感服してしまう。 以上の様なエマールの芸術を様々に堪能させてくれる集成版だ。 |
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タールベルク 「セヴィリャの理髪師」大幻想曲 ベートーヴェン ピアノソナタ 第23番「熱情」 シューマン 子供の情景 リスト 死の舞踏 p: リシッツァ レビュー日:2015.1.9 |
★★★★★ きわめて積極的な個性が溢れかえる様なアルバム
ウクライナのピアニスト、ヴァレンティナ・リシッツァ(Valentina Lisitsa 1973-)による2008年録音のアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調「熱情」 op.57 2) シューマン(Robert Alexander Schumann 1810-1856) 子供の情景 op.15 3) タールベルク(Sigismond Thalberg 1812-1871) 「セヴィリャの理髪師」大幻想曲 op.63 4) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 死の舞踏 S525 ラインナップから想像される通り、以下にも現代のヴィルトゥオジティといった演奏ぶりだ。全てにおいて積極的で意欲的な表現で、自在な緩急と派手な強弱を操り、実に闊達な音楽を導いている。 そんなリシッツァの個性が満面の成果となっているのが最後の2曲である。タールベルク、リストは、ともに同時代を代表するピアニスト=コンポーザーであり、自身の華麗なテクニックと演奏効果を結びつける数々の作品を遺した。そういった作品が、リシッツァのようなピアニストにはビタリとはまる。 タールベルクの作品は、ピアニストの名人芸を披露するため、ロッシーニ(Gioachino Antonio Rossini 1792-1868)のオペラからの旋律用い、刺激を利かせた作品であるが、リシッツァの演奏には、この作品への強烈な愛情のようなものが感じられる。豊かな感情表現、劇的なモチーフの扱いに卓越し、素早い運指で、細部まで俊敏なコントロールが行き届く。 リストも同様。「死の舞踏」はグレゴリア聖歌の有名な旋律から編まれた仰々しい変奏曲であるが、リシッツァは一切の衒いもなく、最大の音量と最高のスピードでこの楽曲を突き進めていく。あまりの衒いの無さに、聴き手がいろいろ考える間も与えないほどで、華麗な演奏効果を引き出し、一気果敢に終結になだれ込んで行く。その迫力は止めようがない。 前半の2曲については、同じような手法では表現の難しい楽曲だと思う。特に「子供の情景」は難しい。リシッツァは、さすがに構えたところを見せ、情感をもって演奏している。それでも、第6曲「重大な出来事」や第9曲「木馬の騎士」を聴いていると、リシッツァの描く子供は、メランコリーなところが一切なく、いつだって元気いっぱいで、まあそういう子供もいるけど、私の子供時代とはだいぶ違うような(笑)。これだけ、ストレートに暗がりなく描かれた「子供の情景」はちょっと聴いたことがないといった感じですね。なので、ちょっと好みが分かれるかもしれません。 熱情ソナタも俊敏で劇的な表現。瑞々しい美しさも持っている。ただ、私の感性では、やはり少し演出が入り過ぎているような気がする。一言で言えば、「ベートーヴェンにしては発色があり過ぎる」という感じだろうか。とはいえ、リシッツァのようなピアニストでなくては聴けない初々しさのある力強い表現で、なかなか楽しめる演奏になっているでしょう。 いずれにしても、現代でも最高レベルのパフォーマンスを示したアルバムで、聴き応えは十分。 |
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ロシアン・ファンタジー p: アシュケナージ ヴォフカ・アシュケナージ レビュー日:2011.10.4 |
★★★★★ ヴォフカ・アシュケナージの編曲にも注目でしょう
2011年で74歳となるアシュケナージは、ひところに比べて、ピアニストとしての活動の機会が限られてきたようだ。このディスクと同時に発売されたラフマニノフのピアノ・ソロ作品集では、使命感に燃えたピアニズムを感じさせ、このピアニストの本懐に接した心持ちがしたけれど、その一方で、健やかな、音楽の喜びを感じさせる録音もある。 このアルバムは、しばしば録音で共演するようになった、息子のヴォフカ・アシュケナージ(Vovka Ashkenazy 1961-)との2台のピアノによる作品集。ヴォフカはモスクワ生まれだが、幼少のうちに両親とともにアイスランドに渡り、主にイギリスで音楽家としての教育を受けた。いつのまにか、一流のピアニストの仲間入りを果たした。 アシュケナージの子息には、クラリネット奏者のディミトリー・アシュケナージ(Dimitri Ashkenazy 1969-)もいるし、こちらも父と何度か共演で録音をリリースしている。晩年になって息子たちと同じジャンルで活躍できるというのは、おそらく幸せなことなのだろう。それはこのディスクに注がれた幸福感に満ちた音楽を聴いていると、そうに違いないと思えてくる。 このディスクの別の注目点として、ヴォフカ・アシュケナージによる「編曲」がある。ボロディンの「だったん人の踊り」とムソルグスキーの「はげ山の一夜」を、自ら2台のピアノ版に編曲している。いずれも演奏効果の十分にある安定度の高い編曲で、ヴォフカの才の一端を示すものだろう。 演奏が魅力的なのは、まず縦横に2台のピアノの鍵盤を鳴らしたラフマニノフの「2台のピアノのための組曲 第1番」だと思う。この曲は、ウラディーミル・アシュケナージにはアンドレ・プレヴィンと録音した名盤があるが、ここでは録音技術の進歩とあいまって、立体的な音響効果を存分に味わえるサウンドが展開している。特に第4楽章の鐘楼の鐘が響き渡るような音が凄い。グリンカ、スクリャービンの曲ははじめて聴いた。スクリャービンの「幻想曲」と聞くと、高名なソロピアノのための作品28を連想するが、それとはまったく別の曲。いずれも、ことさら面白い曲というわけではないけれど、配慮の行き届いた演奏で過不足なく奏でられる。 ヴォフカが編曲した2作品は、曲が本来持っている旋律の美しさを、てらいなく表現した演奏だ。いずれも、冒頭の部分は、ちょっと硬い入り方に思えるが、すぐに解きほぐれたように、闊達なフレーズの交換が行われて楽しい。父・アシュケナージを中心に見ると、芸術家ならではの芳しい晩年の光景と思えてならない。 |
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ボジャノフ ワルシャワ・ライヴ p: ボジャノフ レビュー日:2012.7.26 |
★★★★☆ 直情的ともいえる音楽表現が魅力のボジャノフのライヴ
2010年のショパン・コンクールではロシアのユリアンナ・アヴデーエワ(Yulianna Avdeeva 1985-)が優勝し、マルタ・アルゲリッチ(Martha Argerich 1941-)が優勝した1965年以来45年ぶりの女性の覇者ということで話題となったが、その際審査員を務めたアルゲリッチが賛辞を送ったのが第4位となったブルガリアのピアニスト、エフゲニ・ボジャノフ(Evgeni Bozhanov 1984-)である。 当ディスクはそのボジャノフによる2011年8月19日に行われた第7回「ショパンとヨーロッパ音楽祭」でのライヴの模様を収めたもの。収録曲は以下の通り。 1) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 舟歌 マズルカ 第26番、第32番 ワルツ 第1番「華麗なる大円舞曲」、第8番、第5番 2) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) 12のドイツ舞曲 3) ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918) レントよりも遅く 喜びの島 4) スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915) ワルツop.38 5) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ペトラルカのソネット104番 メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」 私はこのディスクで初めてこのピアニストの演奏を聴いた。印象を簡潔にまとめると「ひじょうに主張の強いピアノ」だということである。では、この「主張の強いピアノ」という印象は、どういうものだろうか。もちろん、いま現在の多くのピアニストたちにも、それなりの主張があり、個性があるので、私たちは様々な演奏を楽しんでいるのである。しかし、ボジャノフの演奏はそことまた違うのだ。・・・つまり、本来の主張というのはアナリーゼ(Analyse)と呼ばれるスコアの読み込みをベースに置き、そこにピアニストの音色だとかタッチ、アゴーギグが加えられていくことによって表情や生命力が一層増して行くわけで、私たちは、この総体としての印象を、ピアニストの個性や特性として受け取り、ひいてはその解釈を含めて楽曲を楽しんでいるのである。 しかし、このボジャノフというピアニストの場合、より直情的というか、アナリーゼ(分析)の部分をほとんど感じさせず、直接的な自己表現として音楽をやっている、という風に聴こえる。それ自体がいいとか悪いとか言うのではなくて、少なくとも私にはそう聴こえる。そして、(これは正しいのかどうかわからないけど)こういう印象をもたらすピアニストというのは、最近では主流とはいいがたいのではないだろうか?理由はいろいろあるけれど、代表的な理由を3つ挙げるとして、一つは、こういうスタイルの演奏の場合、レパートリーが限定的になる傾向があり、現代においては活躍の場が限られることと、もう一つは、この手の好悪が分かれる演奏が批評において歓迎されにくい性格を持つこと、最後に、繰り返し再生を前提とするCDを中心とする今のメディアにおいて、個性の強い演奏は飽きられやすい傾向があることがあると思う。 だが一方で、だからこそ、このような演奏を望むという声も多いに違いないと思う。毎日の食事だけでなく、たまには濃厚なデザートが食べたくなる、という気分に似通う。冒頭の「舟歌」を聴くと、なんとも派手な演奏だと思う。ピアニシモからフォルテシモまで、存分にダイナミックレンジをとり、大きな波高を上下動する。前後のリズムも間断を挟み、自由に揺らす。なんとも面白い演奏だ。 マズルカ、ワルツも特有の息遣いが伝わり、いかにも奏者の意匠が伝わってくる。このような演奏の場合、やはり聴き手がどこまで奏者の気持ちに沿うことができるかがポイントなので、どうしても好悪は分かれてしまうだろう。 それでも、個人的に多くの人に受け入れられる魅力があると思うのは、シューベルトの「12のドイツ舞曲」で、この楽曲のシューベルトには珍しいと言えるきらびやかな印象を、巧みに掬い取って、音楽的効果に結びつけていると思う。ドビュッシーの「レントより遅く」も特徴的なリズム配分を聴かせるが、この曲の受容範囲に含まれており、瀟洒な聴き味は好感が持てる。リストの「ペトラルカのソネット104番」も美しい情感が引き出されており、聴きどころのある演奏になっているだろう。技巧的な面では、少々のミスタッチはあるが、おそらくこのピアニストの演奏は、そういった点を含めて臨場感を楽しんだ方がいいのではないかと思う。ライヴならではの踏み込みや踏み外しさえ魅力として伝える通力は持っている。今後、どのように自らの芸術を発展させていくのか興味深い。 |
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Live at Carnegie Hall p: アンデルジェフスキ レビュー日:2012.5.8 |
★★★★★ アンデルジェフスキによる聴き応え十分の2008年ライヴ録音
ポーランドのピアニスト、ピョートル・アンデルジェフスキ(Piotr Anderszewski 1969-)による2008年、ニューヨーク、カーネギー・ホールでのコンサートの模様を収録した2枚組ディスク。収録曲は以下の通り。 1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) パルティータ 第2番 2) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) ウィーンの謝肉祭の道化 3) ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928) 霧の中で 4) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ピアノ・ソナタ 第31番 5) バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) 3つのハンガリー民謡 全編にわたってアンデルジェフスキの才気が漲った演奏だ。アンデルジェフスキは1996年にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番を、バッハのイギリス組曲第6番、ヴェーベルン(Anton Webern 1883-1945)の変奏曲とカップリングして録音したい意趣性の高いアルバムがあり印象に残っている。そこで、アンデルジェフスキは、ベートーヴェンのソナタ第31番を、一種の「組曲」のように見立てて、さながらバッハのクラヴィーア組曲のように陰影に富むアプローチを心掛けていた(そのCDでは、トラックも、楽章別ではなく、まるで組曲のように割り振られていたと記憶している)。言ってみれば、この曲は、アンデルジェフスキにとって、確固たる自分のアプローチで、多くの聴衆にメッセージを届けるための、「弾く必然性」のある作品だという感じがする。このアルバムで、当該曲がメインになっているのもあながち偶然ではない。また、冒頭にバッハのクラヴィーア組曲が配されているのも、以前のアルバムと同じ試行によるものだろう。 冒頭のパルティータ第2番は、冒頭に壮麗なシンフォニアが置かれた名品だが、アンデルジェフスキはただならない決然とした雰囲気で楽曲を開始する。清冽で切り立った音色は、周囲を荘厳な緊迫感で満たせて、崇高な音楽が脈々と供給されていく。まるで、大聖堂に鳴り響いているかのような宗教的雰囲気だ。 シューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」が実に素晴らしい快演奏だ。生気にあふれたピアニズムで情景を生き生きと描き出している。鮮烈な瞬間が連続し、その躍動感と変容ぶりで一瞬たりと聴き逃せないという高揚感に満ちている。同曲の録音中でも屈指の演奏ではないか。 ヤナーチェクの「霧の中で」は、私の大好きな作品で、最近聴く機会が増えてきたのが嬉しい。アンデルジェフスキは比較的くっきりとしたソノリティでアプローチしているのが特徴的だ。 ベートーヴェンのソナタ第31番はさすがに得意曲といったところ。起伏に富んだアプローチで、鍵盤を縦横に駆け巡ったり、また静謐な歌を奏でたりと、浪漫的な組曲の風情を如何なく引き出している。濃厚なテイストで聴き応え十分。バルトークのアンコールまで実に楽しく聴けるコンサートの記録となっている。 |
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ファンタジア p: ユジャ・ワン レビュー日:2012.4.25 |
★★★★★ ユジャ・ワンの個性が如何なく発揮されたオムニバス・アルバム
近年のグラモフォン・レーベルへの録音活動を通じてすっかりメジャーになった北京生まれのピアニスト、ユジャ・ワン(Yuja Wang 1987-)による「Fantasia」と題された2011年録音のピアノ・ソロによるオムニバス・アルバム。収録曲は以下の通り。 1) ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39-6 2) ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39-4 3) ラフマニノフ 幻想的小品集op.3から第1番「悲歌」 4) ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39-5 5) スカルラッティ ソナタ ト長調KK455 6) グルック オルフェオとエウリディーチェ~から「メロディ」 7) アルベニス イベリアから「トリアーナ」 8) ビゼー(ホロヴィッツ編) カルメンの主題による変奏曲 9) シューベルト(リスト編) 糸を紡ぐグレートヒェン 10) J.シュトラウス トリッチ・トラッチ・ポルカ 11) ショパン ワルツ 第7番 12) デュカス(ユジャ・ワン編) 魔法使いの弟子 13) スクリャービン 前奏曲 op.11-11 14) スクリャービン 前奏曲 op.13-6 15) スクリャービン 前奏曲 op.11-12 16) スクリャービン 12の練習曲から第9番 17) スクリャービン 2つの詩曲op.32から第1番 18) サンサーンス(リスト&ホロヴィッツ編) 死の舞踏 19) ユーマンス 二人でお茶を 「名曲集」というわけでもない、ちょっと変わった選曲だ。しかし、抽出されたこれらの作品を、ワンの演奏で聴いていると、どの作品も際立つような魅力を放っており、聴き手を心底楽しませてくれる内容になっている。おそらく、現在のユジャ・ワンが、特に自信を持って弾きこなしている愛着ある作品を選んだのだろう。前半にラフマニノフ、後半にスクリャービンの作品が連続しており、ロシア音楽にそれなりの比重のかかった内容だとも思うが、収録された作曲家及び楽曲に共通のテーマがあるわけではないようだ。 聴いてみて、ことに「相性の良さ」を感じたのがラフマニノフで、ピアニストの手や指の高いスペックを如何なく発揮したスリルと切れ味を堪能できる。スカルラッティのソナタが大層美しく奏でられているのも好印象だ。このピアニスト特有の呼吸が音楽に鮮やかな生気を与えていて、古典の作品に現代の衣装を着せたような新鮮さがある。グルックの柔和な情感、アルベニスの異国情緒も健やかかつ勢いよく奏でられていて気持ちよい。ショパンのワルツの中でも特に高名な第7番が収録されている。ピアニスト特有の気性を感じさせる主情的な演奏で、饒舌な表現力がある。 ワン自身の編曲によるデュカスは冒頭部分のミステリアスな雰囲気が出色だろう。このアルバムから1曲だけ選ぶとしたら、私ならスクリャービンの前奏曲 op.11-11になる。短いながらも淡い甘美性に溢れた愛すべき小品で、ワンの瑞々しいタッチが夢見るような彩を与えている。最後のサンサーンスは腕達者なピアニストには「もってこい」のピースで、ガヴリリュクの豪演なども思い出されるが、ワンも攻撃的なアプローチで、畳み込むようにアルバムを締めくくっている。 単なる名曲集とは一味違う、このピアニストならではの世界を堪能できるアルバムだ。 |
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アレクサンダー・シンプ:ラヴェル、スクリャービン、シューベルトを弾く p: シンプ レビュー日:2013.8.26 |
★★★★★ ドイツの新鋭ピアニスト、シンプによる、謎かけ的プログラム
長年、優勝者を輩出しなかった「ドイツ音楽コンクール」で、2008年、14年ぶりに「優勝」の称号を勝ち得たのがドイツのピアニスト、アレクサンダー・シンプ(Alexander Schimpf 1981-)であった。当アルバムはそのシンプによる2012年録音のもの。収録曲を記載する。 1) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)クープランの墓 2) スクリャービン(Alexander Scriabine 1872-1915) 5つの前奏曲 op.74 3) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) ピアノ・ソナタ 第21番 まず、面白いのは選曲であるが、ここではシンプ自身がライナー・ノーツを書いているので、それを読んでみたい。 シンプは、何か新しい側面から複数の作品を比較し、一つのリサイタルの形にまとめることは、芸術的な思考過程を要するものであるとして、これについてまとめたブレンデル(Alfred Brendel 1931-)の著書「音楽の中の言葉 Music Sounded Out」の中の"About Solo Recitals and programs(ソロ・リサイタルとプログラムについて)"が参考になる、とまず前述している。 その上で、今回の選曲の理由を述べている。そのポイントを書き出してみよう。 ・これらの3つの作品は、いずれも、作曲者のピアノ独奏作品群の中にあって、生涯最後の作品である。 ・シューベルトは夭折したが、このソナタを書いた30歳前後という年齢は、今の自分の年齢に近い。 ・ラヴェルとスクリャービンが共に当該作品を書いた1914年頃は、第一次世界大戦という大きな社会情勢があった。 ・同じ時代背景から、ラヴェルは「死者への追悼」、スクリャービンは「時代の混乱」を作品に盛り込んだ。 ・ラヴェル作品のバロック舞曲風様式は、シューベルトのソナタ21番の後半2楽章と共通の要素がある。 ・情緒性と、野生的な劇情性を、交互に表現したシューベルトのソナタの前半2楽章は、スクリャービンの簡潔な描写と通じる。(特に、シューベルトの第2楽章の後半と、スクリャービンの前奏曲の第4曲の類似性) いずれも指摘されてみると、「なるほど」と首肯するところのある考え方である。また、アルバムの編集自体も、コンセプトに基づいた感があり、それぞれの楽曲間のインターバルが短く、いかにも「連続して聴くこと」を重要視している。特にスクリャービンの最後の曲が終わって、すぐ、シューベルトのあの夢見るような冒頭が流れ出すところなど、ちょっと衝撃的なほどのインパクトを感じる。 シューベルトの最後の3つのソナタ(第19番~第21番)は、作曲者の死後に発見され、遺作として世に出るのであるが、その評価というのは一定しなかった。シューマン(Robert Alexander Schumann 1810-1856)はその著、「シューベルトの最後の作品について(Schubert's last compositions)」で以下の様に述べている。「まるで決して終わることがないかのように、継続はいくら長くても困らないように、次から次へと音楽の流れが進んで行き、ときたま二、三の激しい興奮によって中断されるが、たちまちまた平静に帰するのである」。現在では、これらの作品は、ベートーヴェンの偉大な影から、ロマン派への大きな展開であり、そういった意味で時代の転轍を象徴する作品として、重視されている。しかし、さらに一層飛躍して、スクリャービンやラヴェルとの共通軸をシンプは指し示しているのである。その「類似点」について、どのように評価するのかは各人に委ねるしかないが、私には面白く、想像力をかき立てるものであった。 さて、シンプの演奏自体であるが、ぺダリングの少ない響きで、サウンドはかなりリアリスティックな印象。「クープランの墓」の第3曲「フォルラーヌ」の瀟洒なタッチは俊敏で細やかな色彩を与えている。第6曲「トッカータ」でも情熱より感性で弾き切ったすっきりした味わい。スクリャービンでは重々しくならずに、濃淡を与え、ミステリアスな雰囲気を表出している。シューベルトの演奏も直截でシンプル。第1楽章はリピートしているが、淡々としたニュアンスで音楽を進めていて、余計な色づけは与えないが、そのシックな雰囲気がほどよい相剋を与えている。 アルバムのコンセプト上、各曲を個性的に演奏するよりは、共通項を抽出しようと、3曲に普遍的なアプローチを心掛けたように思う。今後、どのようなアルバムをリリースするのか興味深い。 |
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アレクサンダー・シンプ:ブラームス、ドビュッシー、ベートーヴェンを弾く p: シンプ レビュー日:2015.6.30 |
★★★★★ 前回のアルバムに引き続いて、リサイタル的コンセプトを持ったアルバムです。
長年、優勝者を輩出しなかった「ドイツ音楽コンクール」で、2008年、14年ぶりに「優勝」の称号を勝ちとったドイツのピアニスト、アレクサンダー・シンプ(Alexander Schimpf 1981-)による2枚目のアルバム。2013年から14年にかけて録音されたもので、収録曲は以下の通り。 1) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 4つのピアノ小品 op.119 第1曲 間奏曲 ロ短調 第2曲 間奏曲 ホ短調 第3曲 間奏曲 ハ長調 第4曲 ラプソディ 変ホ長調 2) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 映像 第2集 第1曲 葉末を渡る鐘の音 第2曲 そして月は荒れた寺院に落ちる 第3曲 金色の魚 3) ドビュッシー 喜びの島 4) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111 シンプが2012年に録音したアルバムでは、ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)、スクリャービン(Alexander Scriabine 1872-1915)、シューベルト(Franz Schubert 1797-1828)という3人の作曲家が取り上げられ、いずれもその作曲者の生涯最後のピアノ独奏曲を組み合わせるものだった。また3人の作曲家の選択について、シンプは、ブレンデル(Alfred Brendel 1931-)の著書「音楽の中の言葉 Music Sounded Out」の中の"About Solo Recitals and programs(ソロ・リサイタルとプログラムについて)"を参考文献として挙げたうえで、アルバム構成のコンセプトを披露していた。 今回のアルバムは、その第1弾を思わせる構成で、このたびは、ブラームス、ドビュッシー、ベートーヴェンの作品を集めている。しかし、ドビュッシーの作品は中期のものであるし、ベートーヴェンのソナタ第32番は、最後のソナタとは言え、そのあとに、ディアベッリの主題による変奏曲という超大曲やガデルなんかも書いているから、前回のアルバムほど強い拘束をもった選曲とはなっていないようだ。 シンプの解説を読んでも、前回ほど明瞭に全体の構成に関するコンセプトを述べてはいない。音彩的な新鮮さという観点で、ベートーヴェン、ドビュッシーそれぞれの到達点に相応しい作品を取り上げ、その間に存在するブラームス最晩年の作品を加えたといったところだろうか。 演奏は、非常に柔らか味を感じさせるものだと思う。シンプのタッチは優しさを感じさせるとともに、とても落ち着いた雰囲気に満ちている。例えば、ベートーヴェンのソナタの第2楽章の中間部、あの付点のリズムが繰り返される華やかな部分でも、私がシンプの演奏から感じるのは、強いセーヴ感である。決して急がず、音色を大切にして先に進めていく。そうして、晩年のベートーヴェンならではの歌の要素を繊細に紡ぎあげ、このソナタを終結に導いていく。その道のりはとてもロマンティックだ。 ドビュッシーの「喜びの島」がまた素晴らしい。この楽曲は、一騎果敢に豪放に弾ききる方法もあるのだけれど、ドビュッシーが編み込んだ巧妙な和声を味わうには、このシンプの演奏くらいのテンポが絶妙だ。ぺダリングの妙と併せて、細やかな色彩感が表現されている。映像でも、シンプは、ドビュッシーの作品の描写性をとても細やかに表現しようと試みている。そこに水の気配や夜の気配を感じる。 ブラームスの作品の場合、私はこの4曲の間に関連性をあまり見出さないのだけれど、シンプの演奏には、どこか神秘的なところがあって、なにか腑に落ちるようなところを感じた。 今後の活躍に大きな期待を寄せるピアニストの一人。 |
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bachCage p: トリスターノ レビュー日:2019.9.28 |
★★★★★ ルクセンブルクの奇才、トリスターノのメジャー・デビュー・アルバムです。
ルクセンブルクのピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ(Francesco Tristano 1981-)のメジャー・デビュー・アルバムである。バロックと現代をそれぞれ代表する作曲家、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)とケージ(John Cage 1912-1992)のピアノ作品をならべ、そこに自作の小品を加えた構成で、アルバムのタイトルはずばり「バッハケージ」である。2人の作曲家の名前を並べただけのタイトルなのに、なんかカッコイイ。収録曲の詳細は以下の通り。 1) トリスターノ イントロイト 2) バッハ パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825 3) ケージ ある風景の中で 4) ケージ プリペアド・ピアノのための「四季」 5) バッハ デュエット 第1番 ホ短調 BWV802 6) バッハ デュエット 第2番 ヘ長調 BWV803 7) バッハ デュエット 第3番 ト長調 BWV804 8) バッハ デュエット 第4番 イ短調 BWV805 9) ケージ 南のエチュード 第8番 10) トリスターノ インタルーズ 11) バッハ フランス組曲 第1番 BWV812から メヌエットII 2010年の録音。 今でこそ、クラシック、テクノ、アンビエントとクロスオーバーなトリスターノの活躍は広く知られるようになったが、当盤が出た頃は、その芸術性はやはり新規にしてどう扱うべきかと周囲を悩ませるものであったに違いない。当盤を聴くと、驚かされるのは、その技巧の確かさである。自作のイントロイトで印象的なエコーのかかったような音響で余韻を残し、それが冷めやらぬうちにバッハのパルティータ第1番が奏でられるが、そのノンレガートによるスタッカート奏法は、ペダルの使用を控えたスタイルで一貫し、その力とリズムの確かさと安定性によって、強く印象付けられる。早目のテンポの中でフレキシブルな動きがあり、その動きに即した装飾性が、実に積極的な表現性を持っている点が見事であり、クーラントやメヌエットIIにおける鮮やかな発色性は、新鮮ですがすがしい。終曲のジーグではその末尾で、突然ペダルを踏みこんだ残響を与え、すぐにケージの抜群にロマンティックな名品「ある風景の中で」がエコー気味に響き渡る。その変わり身も凄いが、ギャップは意外なほど感ぜられず、トリスターノの芸術の術中にはまった心地よさを感じさせる。 ケージの「四季」や「南のエチュード」は、より偶然性の支配する「響き」の芸術であると感じられるが、トリスターノはピアノと言う楽器からマジカルな響きを引き出し、聴き手を魅了する。そして、そんな音世界を経て最後に奏でられるバッハのメヌエットは、すでに前に聴いたパルティータやデュエットからは遠く隔たった世界観を与えられていて、その音響は加工的であり、コンピューターの合成音を思わせる。 確かな技巧、解釈を持ちながら、その演出において、独特のウィットのあるアルバムで、これをどのような価値軸でとらえるかは聴き手の感性による部分がとても大きくなるのだが、私自身は、とても面白く、また繰り返し聴きたいと思えるアルバムだった。ドイツ・グラモフォンという古典的なレーベルとは似合わない印象であるが、録音品質も高く、アルバムがもつ芸術性は高いと考える。 |
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ロング・ウォーク p: トリスターノ レビュー日:2013.3.19 |
★★★★★ ルクセンブルクの若き才能が放つ意欲作
テクノもこなすルクセンブルクのピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ(Francesco Tristano 1981- )による2012年に京都で録音された面白いアルバム。収録曲は以下の通り。 (1) ブクステフーデ(Dieterich Buxtehude 1637-1707) トッカータ BuxWV165 (2) ブクステフーデ カンツォーナ BuxWV168 (3) ブクステフーデ カンツォーナ BuxWV173 (4) ブクステフーデ シャコンヌ BuxWV160 (5) ブクステフーデ アリア「カプリッチョーサ」と32の変奏曲 BuxWV250 (6) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) ゴルトベルク変奏曲から第30変奏「クオドリベット」(Quodlibet)」 (7) トリスターノ ロング・ウォーク (8) バッハ ゴルトベルク変奏曲からアリア (9) トリスターノ グラウンド・ベース さらに国内盤では“Higashi”と題された彼の即興演奏からなる1曲が追加収録されている。 ブクステフーデはバッハ以前の北ドイツで最も重要な作曲家と考えられ、特にトッカータ、プレリュードとフーガ、シャコンヌ、コラールなどのオルガン音楽は、劇的幻想的な作風で、内面的な情緒の気高さとともにバッハに多大な影響を与えたとされる。バッハの名曲「ゴルドベルク変奏曲」のインスピレーションはブクステフーデのアリア「カプリッチョーサ」と32の変奏曲 BuxWV250から得られたものと言われており、実際、「クオドリベット」の名が付くゴルドベルク変奏曲の第30変奏は、ブクステフーデの当該作の影響が明瞭である。そこで、トリスターノは、この2作品の関連性を軸に、ブクステフーデの作品を中心に集め、さらに自作の2つを加えてアルバムとした。 今日では、ブクステフーデの作品の多くは失われたと考えられているが、それでも、現代まで残ったものに、このような優れた演奏と録音で接することができるのは幸いだ。トリスターノのピアノは大胆なスタッカート奏法が特徴的で、いかにも若々しい恐れを知らない感じの肉付き豊かで量感のある弾力が見事。音楽が活力に溢れている。また、シャコンヌ BuxWV160などでは内省的な雰囲気もよく引き出していて、情感豊かに響く。アルバムのメインと考えられるアリア「カプリッチョーサ」と32の変奏曲 BuxWV250においても明朗な音楽性が好ましく、この佳曲を存分に楽しませてくれるエンターテーメント性に溢れている。 自作自演の2曲はピアノと電子楽器の多重録音によるもの。こちらは“テクノふう”であり、“ミニマル・ミュージックふう”でもある音楽、と表現しておこうか。楽曲として優れているかという観点はおいておくとして、奏者の多芸ぶりを知るのに、適したものだろう。当アルバムに挿入される蓋然性は、私には判別つかないが、いかにも現代のアーティスト的発想に溢れたこのアルバムは、トリスターノの今後を期待させるのに十分なものだと思う。 |
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Piano Circle Songs p: トリスターノ レビュー日:2018.2.1 |
★★★★★ トリスターノが示す感覚的美観に整えられた「アシッド・クラシカル」
ルクセンブルクのピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ(Francesco Tristano 1981-)による自作自演アルバム。2016年から17年にかけての録音。 すでに、バッハ、ラヴェル、ベリオなどの作品に優れた解釈を施しているピアニストの自作自演ということになるが、その内容は、アンビエント、テクノといった要素が入り混じったものと言えそうだ。全15曲のうち、4曲がチリー・ゴンザレス(Chilly Gonzales 1972-)の作品、そのうち3曲がチリー・ゴンザレスとのデュオになっている。トリスターノ自身、自らのジャンルを「アシッド・クラシカル」あるいは「アコースティック・ディスコ」のように形容している。 タイトルは「ピアノ・サークル・ソングス」となっているが、「サークル(円)」という言葉に込められた意図として、円と言う形状の完全性と、それと必然的な関係をもつ円周率という無理数を、完全な音楽を目指すときに混合する不完全性を現すというようなことが書かれている。トリスターノは、そのあたりの思索について、坂本龍一(1952-)のメロディに関する言葉も引用している。また、そのような自らの芸術思考シンボルとして、パウル・クレー(Paul Klee 1879-1940)の絵画を挙げているところも面白い。 録音はピアノ、多重録音だけでなく、シンセサイザー、パーカッションなども用いて行われている。 様々な影響を感じられる作品でもある。サティ(Erik Satie 1866-1925)、そしてブライアン・イーノ(Brian Eno 1948-)といった人たちを彷彿とさせるところもある。作品自体の音楽的親近性で言えば、加古隆(1947-)、ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamsyan 1987-)といった人たちの名前も挙げられるだろう。 全体としては、聴き易く、いわゆるトランス効果のある楽曲と言えそう。第2曲「This too Shall Go」は、SimCityのようなシミュレーションゲームのサントラのようにも聞こえる環境補完性があるし、第5曲「All I Have」は、降りしきる雨を思わせる音色が美しい。第6曲「Triangle Song」はチリー・ゴンザレスの作品であるが、サティ的な味わいに響く。第12曲「La franciscana」は、トリスターノのグルーヴへの感性を感じさせるリズム主体の音楽。 全般に静謐さとグルーヴ感のバランスのとれた感性、情緒的な主題の洗練された取扱いは、十分に注目されるもの。私はなかなか気に入っている。今後の展開も注目したい。 |
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Tokyo Stories p: トリスターノ レビュー日:2020.1.6 |
★★★★★ トリスターノが音で描き出す「東京」の風景
ルクセンブルクのクラシック・ピアニストでありながら、自ら「アシッド・クラシック」あるいは「アコースティック・ディスコ」と称する音楽創作活動を行っているフランチェスコ・トリスターノ(Francesco Tristano 1981-)が、大好きな町と語る「東京」をテーマに作成したオリジナル・アルバム。収録されている楽曲は以下の通り。 1) Hotel Meguro (ホテル目黒) 2) Neon City (ネオン・シティ) 3) Electric Mirror (エレクトリック・ミラー) 4) Chi No Oto (血の音) 5) The Third Bridge at Nakameguro (中目黒サードブリッジ) 6) Lazaro (ラザロ) 7) Yoyogi Reset (代々木リセット) 8) Insomnia (インソムニア) 9) Cafe Shinjuku (カフェ新宿) 10) Pakuchi (パクチー) 11) Akasaka Interlude (赤坂インタールード) 12) Nogizaka (乃木坂) 13) Gate of Entry (ゲート・オブ・エントリー) 14) Ginza Reprise (銀座リプライズ) 15) Bokeh Tomorrow (ボケ・トゥモロー) 16) Kusakabe-san 参加ミュージシャンは、 ナレーション: チェリー・ジェレラ(Chelly Jerrera) 4) シンセサイザー: Guti 8)、渋谷慶一郎(1973-) 13)、ヒロシ・ワタナベ(1971-) 15) バス・クラリネット: ミシェル・ポルタル(Michel Portal 1935-) 9) タブラ: ユザーン(U-zhaan 1977-) 10) 2018年の録音。 この音楽のジャンルをなんと言えばいいだろうか。以前トリスターノ自身が「アシッド・クラシック」や「アコースティック・ディスコ」と呼んでいた自作群より、やや環境性が強まったようにも感じる。私が分類するなら、無難に「フュージョン」ぐらいだろうか。 トリスターノ自身は、ピアノだけでなく、シンセサイザーや打楽器を操り、その多彩性を見せるが、その音楽はとくだん新しいというわけではない。ときに環境音や人工音のサンプルを加えて想像力の方向付けを施しながら、メロディー・ラインは基本的にシンプルで、美しい佇まいを示す。 私が興味深いのは、トリスターノが「40度以上訪れた」と語る「東京」の印象が、音楽において、ひときわ叙情的で、時に自然の中をイメージするような音楽的風合いを感じさせるところだ。私は札幌在住であるが、以前は仕事で毎年数回、東京を訪れていた。もちろん、私用で訪問したこともある。私は鉄道が好きなので、出張でも、時間の合間を見ては、電車に乗って、町の風景を見ていた。そんな私が感じた東京は、建物が密集して、多くの人が行き交うのだが、再開発が及んでいない地域では、いろいろなものが混在していて、しかし混在しながら、無秩序ではなく、制限の範囲内で土地の十全な活用が求められ、かつ様々な時代の交通や商業の形態を遺した地割や建築物がひしめいていた。その様は、人工的なようでいて、どこか自然意志による最密充填的な不思議な秩序があった。大都市のことを「コンクリート・ジャングル」と形容することがある。ジャングルという形容は、正直私には、いまいちピンとこないところがあるけれど、無秩序のようでいて秩序があり、その秩序が自然法則を感じさせるところは、たしかにと思わせるのだ。この大都市を歩いていて、ふと自然の中にいるような錯覚を覚えることがあったのは、そういうわけだと思う。トリスターノも、ひょっとしたら、そのような感覚を味わったのかもしれない。都市を描いていながら、森の中にいるかのように感じさせる中性的と形容したいその音楽は、私には共感できるものだ。第6曲がそんな雰囲気をひときわ私に感じさせる。 その他では、第2曲は、メロディアスでありながら、即物的で、様々なシーンでBGMなんかに使えそうなキャッチーさがあって親しみやすいだろう。また、第4曲における書道家チェリー・ジェレラによる詩の朗読は、短いが、実に存在感のある声で、音楽観にマッチし、印象に残る。 パソコン操作のバックで、さりげなく流すと、作業が進捗しそうな、心地よいアルバムになっています。 |
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Alexander Gavrylyuk in Recital 2007 p: ガヴリリュク レビュー日:2013.6.10 |
★★★★★ 後半になるほど熱くなる圧巻の迫力ライヴ!
ウクライナのピアニスト、アレクサンダー・ガヴリリュク(Alexander Gavrylyuk 1984-)による2007年フロリダ州フォートローダーデール(Fort Lauderdare)におけるライヴの模様を収録したCD2枚組アルバム。収録曲は以下の通り。 【CD1】 1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)/ ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924)編 トッカータとフーガ 2) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) ピアノ・ソナタ 第18番 (K.576) 3) シューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828) ピアノ・ソナタ 第13番 (D.664) 【CD2】 4) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 練習曲集「音の絵」 op.39 全曲 5) モシュコフスキ(Moritz Moszkowski 1854-1925) 練習曲第11番 変イ長調 op.72-11 6) バラキレフ(Miliy Alekseevich Balakirev 1837-1910) 東洋風幻想曲「イスラメイ」 7) ラフマニノフ 前奏曲 嬰ト短調 op.32-12 8) ヴォロドス(Arcady Volodos 1972-) モーツァルトのトルコ・ロンドのコンサートパラフレーズ ガヴリリュクは、2000年11月に行なわれた第4回浜松国際ピアノコンクールで優勝したので、日本のフアンには馴染みのあるピアニストの一人かもしれない。優れた技術と圧倒的な膂力に満ちたスタイルで、私たちがイメージするロシア・ピアニズムに近いパフォーマンスを繰り広げてくれる。モシュコフスキの曲は、彼の作品の中でも、ピアニストたちに好んで弾かれることの多い1曲で、ここでも華やかな演奏効果が上がっている。 このアルバムでは、後半に行くにしたがって畳み掛けるような迫力で盛り上がっていく様子が顕著であり、当初からそれを想定してのプログラムという雰囲気。なので、聴きどころは2枚目にあると言っていいだろう。 冒頭のトッカータとフーガは、非常に落ち着いた足取りで、一つ一つの音をしっかりと響き渡らせている。曲が後半に向かって重量感を増していくのを、インテンポで堅実に表現している。モーツァルト、シューベルトの可憐なソナタが続くが、ここでは清潔感のあるピアニズムといった雰囲気。もう少し、味わいのようなものが欲しいところが残る。 前述の通り、「本領発揮」は2枚目からで、ラフマニノフでは、しばしば見せる重々しい低音の迫力が凄まじい。テンポは比較的ゆったり目ではあるが、1枚目のプログラムに比べて、はるかに大きな振幅の幅を携えて、浪漫的で情熱的なアプローチを展開する。 バラキレフのイスラメイは、腕達者にピアニストに好んで取り上げられる曲としてすっかり定番になった感があるか、ガヴリリュクの質感量感ともに豊かな音が疾走していく様は、巨大な重量物が駆け抜けていくような迫力だ。 7,8)の2曲はアンコール。ラフマニノフの麗しい曲もさることながら、圧巻の締めくくりはヴォロドスの傑作コンサートピースである。モーツァルトの原曲(トルコ行進曲)に、信じがたいほどの重厚な肉付けを施した楽曲は迫力満点。ガヴリリュクの面目躍如アクセル全開で一気呵成に弾き切った爽快感無比のすごさ。終演後の観客の熱狂ぶりの凄まじさがその成功を物語っていよう。 この最後の一幕を聴くだけでも、このアルバムを買う価値は十分にあるのではなかろうか。 |
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Alexander Gavrylyuk Live in Recital p: ガヴリリュク レビュー日:2013.5.2 |
★★★★★ 現代を代表するヴィルトゥオーソの記録
ウクライナのピアニスト、アレクサンダー・ガヴリリュク(Alexander Gavrylyuk 1984-)による2005年マイアミ国際ピアノ・フェスティヴァルにおけるライヴの模様を収録したCD2枚組アルバム。収録曲は以下の通り。 【CD1】 1) ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809) ピアノ・ソナタ 第47番 2) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) パガニーニの主題による練習曲(第1巻&第2巻) 3) スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915) ピアノ・ソナタ 第5番 4) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) ピアノ・ソナタ 第6番 【CD2】 5) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 練習曲 嬰ハ短調 op.25-7 6) スクリャービン 練習曲 嬰ニ短調 op.8-12 7) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)リスト&ホロヴィッツ編 結婚行進曲 8) プロコフィエフ ピアノ・ソナタ 第7番「戦争ソナタ」 ガヴリリュクは、2000年11月に行なわれた第4回浜松国際ピアノコンクールで優勝したので、日本のフアンには馴染みのあるピアニストの一人かもしれない。優れた技術と圧倒的な膂力に満ちたスタイルで、私たちがイメージするロシア・ピアニズムに近いパフォーマンスを繰り広げてくれる。 しかし、その録音はあまり多いとは言えず、この量のあるライヴ・アルバムは、そういった点でも貴重である。アルバムの記載によると、1)~7)が同じ日の公演内容で、8)だけは別の日の音源となっている。そのため、アルバムを通して聴くと、5)~7)にアンコールの曲目が入った後、8)でまた正規のプログラムに戻ってしまうような印象になるが、それでも、当然のことながら、曲目を充実して収録してくれた企画には感謝したい。 さて、演奏は恐ろしいほどの強靭なタッチで繰り広げられるスペクタクルといった感じで、特にヴィルトゥオジティを発揮する曲が終了した際の聴衆の反応も凄まじいの一語。圧巻のライヴの記録である。 冒頭にハイドンのロ短調のソナタが収録されている。美しい透徹した響きと、鮮明なトリルが印象的だ。第2楽章など、少し音色の単調さを感じさせるところもあるが、ピアノの鳴りが良く、気持ちのいい演奏。次のブラームスからが本番といった感じだ。一音一音の重量感がただならない。しかもスピード感を保ちながら、鋭くふるまわれる打鍵の鋭さは尋常ではない迫力を引き出していて、グイグイ迫ってくる。 スクリャービン、プロコフィエフのピアノ・ソナタでは、力強い跳躍があちこちに刻印されるが、それも決して奇異な演出ではなく、全体の処理の中で巧みに組み込まれ、見事に聴き手に興奮を与えてくれる。 アンコールの各曲も見事な演奏であるが、中でスクリャービンの練習曲は一陣の疾風のように吹きすさぶスピード感が爽快だ。メンデルスゾーンの結婚行進曲は、リスト(Franz Liszt 1811-1886)とホロヴィッツ(Vladimir Horowitz 1903-1989)という時代を超えたヴィルトゥオーソたちの手による編曲を経て、付加された派手な演奏効果を、惜しげもなく万全のピアニズムで繰り広げており、聴き手にこれでもかといった満足感を叩き込む。ガヴリリュクの圧巻の記録である。 このアルバムが入手できることを喜びながらも、ぜひ、ガヴリリュクには、より多くの録音をリリースしてほしいものだと思う。 |
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Busoni Competition 2001 Winner Recital p: ロマノフスキー レビュー日:2013.5.17 |
★★★★★ ウクライナの新星ロマノフスキー、17歳(2001年)の記録
ウクライナのピアニスト、アレクサンダー・ロマノフスキー(Alexander Romanovsky 1984-)は、私が、一層の活躍を期待しているピアニストの一人。彼の録音は、2013年現在、ワーナーからグラズノフのピアノ協奏曲が、デッカからソロ・アルバム3点が発売されていて、いずれも充実した内容。レパートリーも広そうだ。 ロマノフスキーは、2001年に開催されたブゾーニ国際ピアノコンクールで優勝を果たして、一躍注目されるようになった。当アルバムは、“ブゾーニ・コンクール「優勝者リサイタル・ライヴ」2001”と題して、その優勝直後に開催されたコンサートの模様を収録したもの。収録曲は以下の通り。 1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)/ ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924)編 コラール前奏曲「いざ来れ、異教徒の救い主よ」 2) ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809) ピアノ・ソナタ 第62番(Hob. XVIno. 52)変ホ長調 3) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) スケルツォ 第2番 4) リスト(Franz Liszt 1811-1886) メフィスト・ワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」 5) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) ピアノ・ソナタ 第2番 6) リゲティ(Ligeti Gyorgy 1923-2006) 練習曲 第5番「虹」 このプログラムを見ただけで、バロック、古典、ロマン派、近代、現代と実に多様な背景をもった楽曲を弾きこなしている、という感想を持つ。このコンサート時のロマノフスキーの年齢が17歳だったことを考え併せると、改めて驚かされるが、演奏内容も立派なものである。 まず聴いてほしいのは、リストのメフィスト・ワルツ第1番で、冒頭の卓越したリズム感にのって、力感溢れるタッチが紡ぎだす迫力が見事。その後の音型の力強い跳躍を踏まえたダイナミックが歌いまわしがいかにも堂に入った趣で、この作品を存分に味わったという充足感に満ちている。 ショパンも良い。少々ミスタッチはあるのだけれど、右手で、めまぐるしく上下する運動的なパッセージにおいて、一つ一つの音の重量感が素晴らしい。いわゆるロシア・ピアニズムを彷彿とさせる。実に野太いスケルツォだ。 ハイドンのソナタもその重量感ある響きが魅力だが、ベートーヴェン的な響きになっているようにも聴こえるので、好悪が分かれるところかもしれない。しかし、私はいいと思う。また、プロコフィエフのソナタにおいても、メカニカルな技巧の冴えで、この曲の持つ一種のグロテスクなところを、解析的な立体感をもって提示するところなど、このピアニストの特徴が良く出ている。 すでにこの録音から11年以上が経過し、演奏家として、これからより一層充実した時期を迎えることになるわけで、今後の録音活動には、大いに期待したい。改めてそう思わせるアルバム。 |
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PIANO p: チョン・ミュンフン レビュー日:2014.7.9 |
★★★★★ 夜の香りに満ちた、静謐なるピアノ名曲集です
自分は、クラシック音楽を聴き始めてから、何年になるのだろう?そもそも、いつを「聴き始め」と定義すればいいのだろうか?私の場合、幼いころから父の持つレコードと母の弾くピアノを聴いてきた。いつともなく、聴いていたのだろう。 それにしても、こんなラインナップのアルバムを聴くのは何年ぶりだろうか?もう、随分前から、この手の「名曲集」的なものを、無意識のうちに遠ざけるようになっていたと思う。今更、という思いもあるし、「聴くこと」自体に、一種の気恥ずかしさもあるから。それでも、このアルバムに興味を持ったのは、現代音楽を得意とするECMレーベルが「piano」という、実に意味深ともとれる思わせぶりなタイトルをつけてリリースしたことと、現在では指揮者として活躍しているチョン・ミョンフン(Myung-Whun Chung 1953-)の、ピアニストとしての珍しいソロアルバムに興味を持ったからに違いない。 2013年録音。収録曲は以下の通り。 1) ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918) ベルガマスク組曲から 第3曲「月の光」 2) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 夜想曲 第8番 変ニ長調 op.27-2 3) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) エリーゼのために 4) チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893) 四季op.37b から 10月「秋の歌」 5) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) 即興曲 変ホ長調 D.899-2(op.90-2) 6) シューマン(Robert Alexander Schumann 1810-1856) 子供の情景op.15から 第7曲「トロイメライ」 7) シューマン アラベスク 8) シューベルト 即興曲 変ト長調 D.899-3(op.90-3) 9) ショパン 夜想曲 第20番 嬰ハ短調 (遺作) 10) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) キラキラ星の主題による変奏曲 ハ長調K. 265 チョン・ミョンフンは1974年チャイコフスキー・コンクールで第2位に入賞(ちなみに、この時の優勝者はガヴリーロフ(Andrei Gavrilov 1955-))しているくらいだから、ピアノの腕前も相当なものに違いない。しかし、ここに並んだ楽曲たちは、ヴィルトゥオジティを誇示するようなものではない。むしろ、初学者でも、ちょっと楽譜をなぞってみることができるような曲ばかり。ちょうど、家族に聴かせるように。 実際、チョン・ミュンフンは、これを彼の親しい人たちへのトリビュート・アルバムと捉えているようだ。このアルバムを聴くとすぐにわかる。彼は、安らぎの要素を集中的に引き出している。 一つ一つの曲がじっくりと味わい深く奏でられている。決して急くことがなく、そのメロディラインを大事にし、末尾の残り香まで丁寧に伝えるよう、細心の注意を持ってピアノが弾かれる。決して厚い装飾を施すことなく、勢いのある部分でも、劇性を抑え、たおやかに進んで行く。冒頭に置かれた「月の光」で、聴き手は夜の到来を感じる。美しいブルーに彩られた夜。その静謐の中、美しいメロディが紡がれていく。「エリーゼのために」や「秋の歌」が、深い感情的な襞を持って、弾かれることに驚く。そこに込められた感情を表現するのに、私は「慈愛」という言葉を思いついた。 ただ、ちょっと天邪鬼なことを書かせて頂ければ、「夜想曲全集」や「四季」といった曲集全てを通して、このアプローチが奏でられたら、私はちょっと気が逸れてしまうかもしれない。あくまで、当企画、この選曲あってこその弾き方、というふうにも思う。 しかし、夜に、いろいろな想いを巡らせながら聴くのに、なんとも絶好なアルバムであることは間違いない。末尾に「キラキラ星の主題による変奏曲」というのが洒落ている。 月の光で始まったこの夜の世界、最後に明けの明星がキラキラと東の空に輝いて、新しい一日の到来を告げつつ、音楽たちは去っていく。 |
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Nikolai Lugansky: Chopin, Rachmaninov, Beethoven, Prokofiev p: ルガンスキー レビュー日:2014.6.20 |
★★★★★ ルガンスキーの数々の名録音がお得な9枚組になりました。
1994年のチャイコフスキー・コンクールで、2位(1位なし)獲得以後、世界的に活躍しているロシアのピアニスト、ニコライ・ルガンスキー(Nikolai Lugansky 1972-)が、1999年から2006年にかけてエラート・レーベルに録音した全音源を9枚組のBox-setとしたもの。いずれも見事な録音なので、これらの録音の一部しか持っていない、あるいは一枚も持っていないという方には、是非オススメしたいアイテム。収録内容は以下の通り。 【CD1】 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 2005年録音 1) ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 op.57「熱情」 2) ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」 3) ピアノ・ソナタ 第22番 ヘ長調 op.54 4) ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調 op.10-3 【CD2】 ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 1999年録音 1) 24の練習曲(op.10 & op.25) 2) 3つの新しい練習曲 【CD3】 ショパン 2001年録音 1) バラード 第3番 変イ長調 op.47 2) 夜想曲 第13番 ハ短調 op.48-1 3) 夜想曲 第8番 変ニ長調 op.27-2 4) バラード 第4番 ヘ短調 op.52 5) 24の前奏曲 op.28 6) 夜想曲 第18番 ホ長調 op.62-2 【CD4】 2006年録音 1) ショパン チェロ・ソナタ ト短調 op.65 2) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) チェロ・ソナタ ト短調 op.19 3) ラフマニノフ /ウォルフィッシュ(Raphael Wallfisch 1953-)編 ヴォカリーズ op.34-14 【CD5】 ラフマニノフ 2000年録音 1) 前奏曲 嬰ハ短調 op.3-2「鐘」 2) 10の前奏曲集 op.23 3) 楽興の時 op.16 【CD6】 ラフマニノフ 2002,03年録音 1) ピアノ協奏曲 第1番 嬰ヘ短調 op.1 2) ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30 【CD7】 ラフマニノフ 2005年録音 1) ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 op.18 2) ピアノ協奏曲 第4番 ト短調 op.40 【CD8】 ラフマニノフ 2003,04年録音 1) パガニーニの主題による狂詩曲 op.43 2) コレッリの主題による変奏曲 op.42 3) ショパンの主題による変奏曲 op.22 【CD9】 プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) 2003年録音 1) ピアノ・ソナタ 第6番 イ長調 op.82 2) ピアノ・ソナタ 第4番 ハ短調 op.29「古い手帳から」 3) 「ロメオとジュリエット」からの10の小品 op.75(フォーク・ダンス 情景 メヌエット 少女ジュリエット 仮面 モンターギュー家とキャピュレット家 僧ローレンス マーキュシオ 百合の花を手にした娘たちの踊り ロメオとジュリエットの別れ) 【CD4】のチェロはアレクサンドル・クニャーゼフ (Alexandre Kniazev1961-)、【CD6】、【CD7】及び【CD8】の(1)は、サカリ・オラモ(Sakari Oramo 1965-)指揮、バーミンガム市交響楽団との共演。全てスタジオ録音。いずれのCDも発売時のままの収録内容で、box化に際して、収録順も含めて変更点はない。 ルガンスキーの大家としての堅実な歩みを記録したものばかり。特に印象的だったものに絞って簡単に感想を書こう。 99年に録音されたショパンのエチュードは、鮮烈な技巧で颯爽と弾き切った気持ちよい演奏。清潔にまとまり過ぎている感もあるけれど、よくコントロールされたタッチの小気味良さは捨てがたい魅力。01年録音のショパンの前奏曲他のアルバムも、音の粒立ちが見事で、輝かしいサウンド。併録してある2曲のバラードが曲想を捉えた求心性に満ちた演奏で、ぜひいずれは残りの2曲も録音してほしいと思わせるもの。 2000年に録音されたラフマニノフの独奏曲集はさらに素晴らしい。この頃、ルガンスキーがいちばん自分のピアニズムを反映させた作曲家は、ラフマニノフだったのではないだろうか。技術と表現のバランスが細部まで徹底されていて、美しさと迫力の双方を突き詰めた壮絶と言ってもいい名演。 その後録音された協奏曲も名演揃い。「ロシア・ピアニズム」を体現する力強い響によって、作品に秘められたロシア的なメランコリーや情緒が、きわめて濃厚な力強さを持って引き出されている。さらに「エレガント」と形容したいセンシティヴな表現力も魅力。しかも、濃厚な情緒を表現するときであっても、音楽との距離感を緊密にたもち、常に遠視点的なコントロールで全体を統御し、凛々しいほどの彫像線が強固にキープされている。例えば、協奏曲第1番の第2楽章におけるおどろくほど禁欲的な表現と透徹されたイン・テンポ、落ち着いたフレージングの扱いに注目されたい。細やかなパッセージがいかにも闊達に動くように聴こえるのは、この演奏がきわめてしっかりした礎を根底に持っているからだ。その礎があるからこそ、瞬間的な放散において、一気に解き放つエネルギーが見事な効果を上げるのである。 オラモ指揮のオーケストラも素晴らしい。情感を淡く漂わせて、低音を強調し過ぎない音色は、オラモが得意とする故郷北欧の音楽を連想するが、本演奏では独奏とあいまって、要所でシンフォニックかつ雄大な効果を引き出していて、聴き手をゾクッとさせてくれる。ルガンスキーの技術のメカニカルな万全さと、決してそれだけに終始しない、血の通った音楽的霊感に満ちたピアノの響きと重なって、人の心に強く訴えかけるラフマニノフとなっている。 なお、ピアノ協奏曲第3番第1楽章のカデンツァは大カデンツァ(オッシア)ではなく、オリジナルの小カデンツァを弾いている。 2003年録音のプロコフィエフも素晴らしいの一語。特にピアノ・ソナタ第6番は、古今の名演の中でも最初に指おりたくなる名快演だ。圧倒的な指の動き、爆発的とも言える音量、疾風のようなスピード、そのような場面場面を印象付ける特徴はもちろんあるのだけれど、ルガンスキーの演奏の充実は、それらを音楽として構築する過程で、緻密で理論的な手法に徹していて、そのことを通じて、聴き手の作品への理解を容易にしたところが凄い。この演奏には、ヴィルトゥオジティの発揮というだけでなく、人に、この音楽がどういう音楽であるのかということを、強く理解させ、感銘させる力強さが満ちているからである。 以上の様に、素晴らしい録音ばかりなので、当廉価Box-setは、これまで彼の録音を聴き逃していた人、これから聴こうと思っている人に、最優先でオススメさせていただきたいものです。 |
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リスト&ラフマニノフ p: ルガンスキー レビュー日:2015.8.20 |
★★★★★ ルガンスキーの名盤2つを1枚相当の価格で聴けるお得なアイテムです
naiveレーベルの設立15年を記念して、2枚の既発CDをまとめ、1枚相当の価格で売り出されたもの。当盤に収録された2つのアルバムは、ともに内容が素晴らしいため、どちらも所有されてない方には、是非とも強く推奨したいアルバム。収録内容は以下の通り。 【CD1】 2012年録音 ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 1) ピアノ・ソナタ 第1番 ニ短調 op.28 2) ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 op.36(ルガンスキー版) 【CD2】 2011年録音 リスト(Franz Liszt 1811-1886) 1) 超絶技巧練習曲集より 第12番 変ロ短調「雪あらし」 2) 超絶技巧練習曲集より 第10番 ヘ短調 3) パガニーニによる大練習曲より 第3番 嬰ト短調 「ラ・カンパネルラ」 4) 巡礼の年第1年「スイス」より 第6曲「オーベルマンの谷」 5) 巡礼の年第2年「イタリア」より 第1曲「婚礼」 6) 巡礼の年第3年より 第4曲「エステ荘の噴水」 7) 巡礼の年第2年「イタリア」より 第6曲「ペトラルカのソネット第123番」 8) ワーグナー/リスト編「イゾルデの愛の死」 9) 超絶技巧練習曲集より 第5番 変ロ長調「鬼火」 10) 忘れられたワルツ 第1番 嬰へ長調 ピアノはニコライ・ルガンスキー(Nikolai Lugansky 1972-)。 【CD1】について: ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番については1931年版に少し手を加える形のスコアを使用している。この第2番に関しては1993年以来19年ぶりの再録音ということになる。 ラフマニノフのピアノ・ソナタについては、第2番はすでに名作としてのステイタスが確立しているが、第1番はまだ一部のラフマニノフ・フアンのための音楽となっている感がある。しかし、近年では、このソナタについても徐々に評価が高まってきている。私がこれまで当曲を聴いてきたのは、ヤコフ・カスマン(Yakov Kasman 1967-)、ワイセンベルク(Alexis Weissenberg 1929-2012)、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)のいずれも優れた3種の録音であるが、それぞれに満足してはきたけれど、その一方で、より多くのピアニストにこの曲を録音してほしいと思っていた。そこにルガンスキー盤が加わり、いよいよ陣容は厚みを増してきたように思われる。 ルガンスキーは、ラフマニノフを弾くのに実に相応しいピアニストだ。膂力にあふれたピアニズム、彫像性ある立体的音響の構築、そして旋律を美しく響かせるセンス、いずれも超一級の才がある。特に、今回収録されたピアノ・ソナタ第1番を聴いていると、「この楽曲はこういう風に演奏されることを待っていたのではないか?」と感じてしまうほどに、求心力と説得力に満ちた力演だ。特に前半2楽章が秀逸で、ラフマニノフの野心的ともいえる恰幅のあるテクスチュアを見事に解きほぐし、瞬時に論理的に構築していく爽快感は比類ない。情緒的なニュアンスの扱いも過不足なく、あらゆる点からみて欠点の見いだせない出来栄え。終楽章も立派だが、クールに透徹したスタイルについては、より情熱的な放散を求める人もあるかもしれない。しかし、もちろん、非常にレベルの高い演奏である。 名曲の誉れ高いピアノ・ソナタ第2番においても、ルガンスキーの解釈は論理的で蓋然性の高さを感じさせる。言い方を変えれば、この浪漫的なソナタに、一種の古典的統一感をもたらしているので、その点について、若干の齟齬を感じる方もいるかもしれないが、そこで鳴っている音楽は、純度の高さを感じさせる。この効果は、ルガンスキーの高い技術、五指の力、高い集中力によってもたらされている。音が均質であることの絶対的な美観を、これらの楽曲でここまで追求しえたことには、多くの人が驚愕することではないだろうか。 【CD2】について: リストは膨大なピアノ作品を書いた。それらの作品には、様々な編曲ものも含まれ、全体を俯瞰することが難しい。そんなリストのピアノ作品集からアルバムを作る場合、特定のジャンルのもの、例えば練習曲なら練習曲を集約するような方法論よりも、様々なジャンルから寄せ集めた楽曲で構成を行うことが多い。このアルバムも、そのようなコンセプトであり、まずは選曲という観点で興味がわく。 私は、本アルバムには、ルガンスキーがそのピアニズムを発揮するのに相応しい楽曲が並んでいるように思う。リストのピアノ独奏曲は概して奏者に高度な技巧を要求するが、その技巧が悪魔的とも言える荒々しさに通じる楽曲(つまり技巧自体が目的となっている楽曲)と、音楽表現の必要に応じて技巧が組み込まれた楽曲があり、私は当盤で集められているのは、後者の側の楽曲であると感じる。 それで、ルガンスキーの演奏も、常に音楽的な表現、それも高貴さを引き出す設計力に基づいた表現が心がけられている、と感じる。だから、この演奏を聴いても、華やかで豪胆なヴィルトゥオジティを満喫するというわけではない。むしろリストの作品に巡らされた詩的な感性や、美しいニュアンスを組んだ、丹精さに心が動く演奏である。 しかし、そうであってもルガンスキーの技巧の素晴らしさや音量の豊かさは圧倒的である。かの有名なパガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840)作品を編曲した「ラ・カンパネルラ」の終結部の鮮やかなこと。気持ち良いリズムで、明瞭に打ち鳴らされる左手から引き出されるシンフォニックな低音、そして独立性を確保した目覚ましい和音による旋律の共演は、多くの聴き手に胸のすく思いを味わわせてくれるに違いない。 「エステ荘の噴水」も象徴的だ。この楽曲の水の描写は、後の印象派の作曲家たちに影響を与えたのだけれど、ルガンスキーの緻密で正確無比な表現は、水面におこる波紋や、光の屈折を克明に記録したような、デジタルな感覚を呼び起こす。それでいて、全体の雰囲気は決して無機的ではなく、明瞭な音像を持った音楽として豊かに鳴るのである。 このような高貴な完成度をもったリストというのは、実はなかなか聴けない。どうしてもこの作曲家特有の悪魔的ヴィルトゥオジティに、人は「挑戦」してしまう。ルガンスキーの演奏には、そういった衝動を超越したクールさを感じ、私は心底感嘆してしまうのである。 以上、2つの名盤を組み合わせた当盤は、価格面のメリットも大きく、個人的に推薦をためらわないアイテムとなっている。なお当盤の装丁は、紙パッケージの中に、既発の紙製の【CD1】とプラスチック製の【CD2】をそれぞれ押し込んだものであり、特に2枚組化に当たって規格・デザインの変更は行われていない。 |
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チッコリーニ : ワルツ選集 (Aldo Ciccolini / 13 Valses) p: チッコリーニ レビュー日:2014.6.4 |
★★★★★ ルガンスキーの数々の名録音がお得な9枚組になりました。
巨匠、アルド・チッコリーニ(Aldo Ciccolini 1925-)による「ワルツ選集」。2013年録音なので、録音時、チッコリーニは88歳となる。しかし、闊達なピアニズムで、ラテンの香気を感じるような、実に魅力的なアルバムになっている。収録曲をまとめよう。 1) シャブリエ(Alexis-Emmanuel Chabrier 1841-1894) アルバムの綴り 2) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) ワルツ 第3番 イ短調op.34-2 3) ピエルネ(Henri Constant Gabriel Pierne 1863-1937) ウィーン風 op.49bis 4) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 抒情小曲集 第10巻 第7曲「思い出」 op.71-7 5) サティ(Erik Satie 1866-1925) ジュ・トゥ・ヴー(お前がほしい) 6) セヴラック(Deodat de Severac 1872-1921) ロマンティックなワルツ 7) シューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828)(R.シュトラウス編(Richard Strauss 1864-1949) クーペルヴィーザー・ワルツ 8) ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918) レントよりも遅く 9) マスネ(Jules Emile Frederic Massenet 1842-1912) 非常にゆっくりとしたワルツ 10) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 悲しきワルツ op.44 11) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) ヴァルス・カプリス 第3番 変ト長調 op.59 12) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 16のワルツから 第15曲 変イ長調 op.39-15 13) タイユフェール(Germaine Tailleferre 1892-1983) ヴァルス・レント 魅力的な作品が並んでいる。人によっては、タイトルを聞いてもわからないけれど、音楽を聴いてみると「ああ、あの曲か」と思い出せるような曲も入っていることだろう。「ワルツ集」と銘打たれているけれど、単に3拍子である曲も多く含まれている。しかし、それらの曲も、チッコリーニは、瀟洒な彩を添えて、巧みに「ワルツ風」に響かせている。(特に左手の扱いが巧い) チッコリーニのタッチは、あいかわらずガラスのように透明で結晶化している。くっきりとした陰影を刻みながら、楽曲たちを奏でていく。彼の長いキャリアを反映するような「落ち着き」があり、しかし、聴いてすぐに「大家ふう」と思うような、間を感じるというわけではない。むしろ、あちこちに聴かれる明るい曇りのない表現が、いかにも清々しい若々しいイメージと繋がっている。その結果、ワルツたちは、表情豊かに、動き出す。 冒頭のシャブリエはさり気ないながらも、時に濃厚な気配を漂わせる品格がある。ショパンの数あるワルツから、憂いに満ちた名曲、第3番が選ばれたのが嬉しい。装飾音をことさら強調せず、しかし確かな意義を持って明確に刻み込んでいくピアニズムが聴きものだ。ピエルネでは、音階に宿る鮮やかな生気に注目したい。グリーグの曲は抒情小曲集の最後の作品。ここでは少し枯淡を感じさせる客観性がある。 サティ、セヴラック、ドビュッシーと言った作曲家の作品は、それこそチッコリーニが何度も弾いてきたもの。貫禄を感じさせる輝かしい響き。作品と演奏者の間に横たわるゆるぎない信頼関係を思わせる。特にセヴラックの曲からは、地に根付いたような力強い響きが伝わってきて感動的だ。マスネの作品はぜひ聴いていただきたい。なんとも美しい香気に満ちた名品だ。この演奏を聴いて、マスネにこのような素晴らしい作品があったのだ、ということを知る人も大いに違いない。 シベリウスが自ら管弦楽曲を編曲した「悲しきワルツ」は、録音機会の少ない曲なので、当盤で聴けるのは嬉しい。重い楽想を、しっかりとした構築性を伴いながら奏でたチッコリーニの演奏は、まさに名演といっていいだろう。ブラームスの書いた雅やかなワルツを経て、タイユフェールで冒頭と同様にさり気なく全曲を閉じる演出も洒落ている。まさに大家チッコリーニの貫禄の至芸を聴く一枚。じっくりと拝聴させていただきました。 |
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Road66 アメリカ ピアノ作品集 p: ディリュカ S: デセイ レビュー日:2014.5.12 |
★★★★★ フランスのミラーレ・レーベルからリリースされた、魅力的なアメリカ・ピアノ作品集
私が、最近購入したものの中でも、特に気に入って何度も聴いているアルバム。 スリランカ人の両親を持つモナコのピアニスト、シャニ・ディリュカ(Shani Diluka 1976-)による2013年録音の「アメリカ・ピアノ作品集」。 ディリュカは、すでにクラシックの王道路線の録音でもキャリアを積んでいる芸術家。本アルバムは、アメリカの小説家、ジャック・ケルアック(Jack Kerouac 1922-1969)の代表作「路上」に触発され、ディリュカ自身で選曲した小品集という体裁。ピアニストの遊戯的志向の感じられる企画。この芸術家の技量全般を推しはかるものとは言い難いけれど、逆に、それゆえの魅力が横溢した、とってもステキなアルバムになっていると思います。それに、ディリュカというピアニスト、ジャケット写真などみてもなかなかエスニックな美人で、風貌も魅力的ですね。 「ルート66」というアルバム・タイトルが与えられています。アルバムのタイトルになっている「ルート66」は、シカゴと西海岸のサンタモニカを結んだ国道。現在は廃道となっているため、全線を辿ることはできませんが、アメリカの文化的シンボルと言える道路の一つ。特にナット・キング・コール(Nat King Cole 1919-1965)の同名曲はヒットし、ジャズのスタンダード・ナンバーとして定着しています。 収録曲の詳細をまとめると、以下の通り。 1) ジョン・アダムズ(John Coolidge Adams 1947-) 中国の門 2) キース・ジャレット(Keith Jarrett 1945-) マイ・ワイルド・アイリッシュ・ローズ 3) グレインジャー(Percy Aldridge Grainger 1882-1961) 子守唄 4) バーバー(Samuel Barber 1910-1981) パ・ドゥ・ドゥ 5) エイミー・ビーチ(Amy Marcy Beach 1867-1944) ヤング・バーチズ 6) ビル・エヴァンス(Bill Evans 1929-1980) ワルツ・フォー・デビイ 7) フィリップ・グラス(Philip Glass 1937-) エチュード第9番 8) バーンスタイン(Leonard Bernstein 1918-1990) フェリシア・モンテアレグレのために 9) ジョン・ケージ(John Milton Cage 1912-1992) イン・ア・ランドスケープ 10) ガーシュウィン(George Gershwin 1898-1937) キース・ジャレット編 愛するポーギー 11) バーンスタイン 間奏曲 12) ヒャンキ・ジュー(Richard Hyung-Ki Joo 1973-) シャンデルアーズ 13) ヒナステラ(Alberto Evaristo Ginastera 1916-1983) 優雅な乙女の踊り 14) バーンスタイン アーロン・コープランドのために 15) コープランド(Aaron Copland 1900-1990) ピアノ・ブルース第1番「レオ・スミットのために」 16) ビル・エヴァンス ピース・ピース 17) ガーシュウィン グレインジャー編 愛が訪れた時 18) コール・ポーター(Cole Porter 1891-1964) ラファエル・メルラン(Raphael Merlin)編 恋とはなんでしょう 18)では、フランスの歌手、ナタリー・デセイ(Natalie Dessay 1965-)がヴォーカルを務める。ちなみに「アメリカ・ピアノ音楽集」とはなっているが、オーストラリア出身のグレインジャーや、アルゼンチンの作曲家、ヒナステラの作品なども含まれているので、そちらの「しばり」は緩い印象。 これらの作品に共通するのは、描写的な音楽である、ということ。どこか静かで、美しい雰囲気に満ちている。憧憬的で、小さいころに見た原風景を思い出すような音楽。夏の暑い日に、木陰から、青空に浮かぶ真っ白な雲を、時間のすぎゆくままに見ていた、あの日を思い返すような。 ジョン・アダムズ、フィリップ・グラスはいずれもミニマル・ミュージック作家として知られる存在。冒頭のアダムズの曲は、情緒的な雰囲気と、ミニマル的な進行を併せ持った環境音楽的な美観を持っていて、このアルバムの導入に相応しい。ブラウザ・ゲームのサントラのような響きにも聴こえるが、情緒的な含みが深く、色合いが豊か。グラスのエチュードについては、私は作曲者の自作自演盤も持っているが、ディリュカの演奏は響きそのものの美しさで卓越していると感じた。グレインジャーの子守唄は同音連打の印象的な作品。エヴァンスの名作、ワルツ・フォー・デビイはクラシックのグラウンドを持つ弾き手にも取り上げられる機会が多くなったが、ディリュカは、ここで適度な自由さのあるアプローチで、当意即妙な味わいを示してくれる。楽しい。 バーバーとビーチの似た気配を持つ作品を続けて配列するところも、奏者のセンスを感じさせる。暖かな楽想がよく映える。ケージという作曲家の名前に、思わず身構えてしまう方も多いのではないだろうか?だが心配無用。とても美しい曲。こういう音楽も書ける人だったんですね。ドビュッシーの「かくて月は廃寺に落つ」を彷彿とさせるような、印象的な退廃性、耽美性があります。ガーシュウィンの2曲が美しい。いずれも他者による編曲ものであるが、原曲の彩を巧みに活かした編曲で、適度なスイング感のある聴き味が絶妙。ヒャンキ・ジューの逸品も多彩な音で楽しめます。そして、エヴァンスのもう1曲、「ピース・ピース」は、このアルバムのハートとも言える曲で、前述した「少年の日の、夏の思い出」に浸る様な味わいです。 最後にデセイが加わって、「恋とはなんでしょう」が歌われますが、なかなか雰囲気が大きく変わるので、ややびっくりしますが、聴いているうちに、その音世界に惹きこまれてしまうから不思議。ディリュカの伴奏もうまいですね。 最近購入したアルバムの中で、私自身が抜群の悦楽を味わった当アルバム。多くの人に聴いてほしいと思います。 |
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The Proust album p: ディリュカ ニケ指揮 パリ室内管弦楽団 S: デセイ vn: フシュヌレ 語り: ガリエンヌ レビュー日:2021.11.16 |
★★★★★ 薫り高く、幻想的。ディリュカによる「ザ・プルースト・アルバム」。
スリランカ人の両親を持つモナコのピアニスト、シャニ・ディリュカ(Shani Diluka 1976-)による、とても楽しいアルバムがリリースされた。ディリュカの既出のコンセプト・アルバムである「Road 66」もとても素晴らしかったけど、これもとてもいい!今作のタイトルは「ザ・プルースト・アルバム」。マルセル・プルースト(Marcel Proust 1871-1922)へのトリビュート・アルバムといったところだろうか。 代表作「失われた時を求めて」などで知られる小説家プルーストは、音楽を含めた芸術全般に造詣が深かったそうだ。ただ、最初に断っておくと、私はプルーストの作品を読んでいない。小さいころから、父の書棚には、「失われた時を求めて」が並んでいたのだが、その「長さ」に恐れをなした私は、この小説には挑戦しなかった。ちなみに、父のこの小説に対する評価も「いまいち・・・」みたいなコメントだったのを覚えている。世紀の大作に対する感想としては、あまりに短小なきらいはあるものの、そんな背景もあって、私は当該書を読んでいません。当盤のレビューを書くに際しての前提として、書いておきました。 では、当盤の内容。まず収録作品と演奏者を記載しよう。 1) アーン(Reynaldo Hahn 1875-1947) ピアノ協奏曲 ホ長調 2) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 夢 3) アーン 最初のワルツ集 第3番 「ニネット」 4) グルック(Christoph Willibald Gluck 1714-1787)/ケンプ(Wilhelm Kempff 1895-1991)編 「精霊の踊り」より 「オルフェウスの嘆き」 5) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 3つの歌 op.8 より 第1曲「河のほとりで」 6) フランク(Cesar Franck 1822-1890) 前奏曲、フーガと変奏 op.18 から 前奏曲 7) アーン 夜想曲 変ホ長調 8) イザイ(Eugene-Auguste Ysaye 1858-1931) マズルカ op.10-1 9) シャミナード(Cecile Chaminade 1857-1944)/クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962)編 スペインのセレナード 10) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 3つの無言歌 op.17 から 第3番 変イ長調 11) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883) エレジー www.93 12) R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949) 4つの情緒のある風景 op.9 から 第6番「ノットゥルノ」 13) フォーレ/ディリュカ編 3つの歌 op.23 から 第1番「ゆりかご」 14) マスネ(Jules Massenet 1842-1912) エレジー(メロディ) op.10-5 15) フォーレ 3つの歌 op.23 から 第3番 「秘密」 16) ドビュッシー 喜びの島 17) アーン ピアノ組曲「当惑したナイチンゲール」 第1巻 第16番「エグランティーヌ王子の夢」 2020年の録音。 1)のアーンのピアノ協奏曲は、エルヴェ・ニケ(Herve Niquet 1957-)指揮、パリ室内管弦楽団との協演、5)と15)では、ナタリー・デセイ(Natalie Dessay 1965-)のソプラノ、7,8,9)では、ピエール・フシュヌレ(Pierre Fouchenneret 1985-)のヴァイオリンが加わる。また、17)では、ギヨーム・ガリエンヌ(Guillaume Gallienne 1972-)の語りが挿入される。 連続している3曲で、ヴァイオリンとピアノのデュオが聴けるが、この3曲は、「ヴァントゥイユのソナタ」を再現というコンセプトで収録されている。「ヴァントゥイユのソナタ」とは、(私は読んでいないけれど)「失われた時を求めて」の作中で登場する音楽作品で、架空の作曲家、ヴァントゥイユが書いたヴァイオリン・ソナタということになっている。小説の中ではそれなりに重要な役割を果たしているそうだ。 この「ヴァントゥイユのソナタ」について、サン・サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番がイメージされていたのではないか、との説が有力だそうであるが、当盤では、第1楽章にアーンの「夜想曲」、第2楽章にイザイの「マズルカ」、第3楽章にシャミナード(クライスラー編)の「スペインのセレナード」を充てるという方法で、架空作品の具体化を行っていて、これが聴いてみるととても面白い。3人の作曲家によるまったく別の作品であるにも関わらず、全体として、きれいな情感と高い香気があり、なかなかの名案と感じ入った。 この「ヴァントゥイユのソナタ」を含めて、アルバム全体の選曲、並びが、とても良い。聴いていて楽しい。デセイの歌唱の入る2曲も香しい魅力がいっぱいだし、瀟洒で雅なアーンのピアノ協奏曲から始まるのも、とても繊細な感じがして、好ましい。アーンはプルーストと親友だったとのことで、このアルバムでも、彼の作品は重要な位置を占めている。フォーレの「3つの歌」では、第1番「ゆりかご」はディリュカの編曲によるピアノ独奏版、第3番「秘密」は、デセイの歌唱と、これもかなりアイデアを感じさせる選曲だし、演奏もとてもセンシティヴで美しい。軽やかなスタッカート、流れの良い運動性をバックに、しなやかに歌が紡がれていく様は、どこかしら幻想的でもある。 最後に、アーンの4組曲全53曲からなるピアノ組曲「当惑したナイチンゲール」からの1曲が流れるが、ここにプルーストの詩の語りが添えられる。その効果もなかなか粋だ。 プルースト作品を読んでいない人でも、純粋な音楽作品として接して、インスピレーションに満ちた豊かな感覚を味わえるだろう。 |
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Pulse p: ディリュカ チネケ!オーケストラ レビュー日:2023.5.26 |
★★★★★ ディリュカによるミニマル・ミュージックを中心としたユニークなアルバム
スリランカ人の両親を持つモナコのピアニスト、シャニ・ディリュカ(Shani Diluka 1976-)による “Pulse” と題されたアルバム。収録内容の詳細は以下の通り。 1) メレディス・モンク(Meredith Monk 1942-) レイルロード 2) フィリップ・グラス(Philip Glass 1937-) エチュード 第2番 3. ニコラス・ブロドスキー(Nicholas Brodszky 1905-1958)/キース・ジャレット(Keith Jarrett 1945-)編 ビー・マイ・ラブ(ニューオリンズの美女-私の恋人に) 4) フィリップ・グラス マッド・ラッシュ 5) ジョン・ケージ(John Cage 1912-1992) 夢(Dream) 6) ダフト・パンク(Daft Punk)/ディリュカ編 ヴェリディス・クオ(Veridis Quo) 7) フィリップ・グラス エチュード 第5番 8) ルーク・ハワード(Luke Howard) カジノ 9) ジョン・アダムズ(John Adams 1947-) 中国の門 10) テリー・ライリー(Terry Riley 1935-) 賢者の手(The philosopher's hand) 11) フィリップ・グラス エチュード 第9番 12) アイルランド民謡/ビル・エヴァンス(Bill Evans 1958-)編 ダニー・ボーイ 13) フィリップ・グラス メタモルフォシス I 14) ムーンドッグ(Moondog 1916-1999) 鳥のラメント 15) アメリカ民謡/キース・ジャレット編 シェナンドー 16) フィリップ・グラス グラスワークス~オープニング 17) ダフト・パンク/ディリュカ編 ジョルジオ・バイ・モロダー(Giorgio By Moroder) 18) シャニ・ディリュカ シマーズ(Shimmers) 19) ムーンドッグ バーンダンス op.78-8 20) クレイグ・アームストロング(Craig Armstrong 1959-) メロディ(サン・オン・ユー) 21) ジュリアス・イーストマン(Julius Eastman 1940-1990) ホーリー・プレゼンス・オブ・ジャンヌ・ダルク(The Holy Presence of Joan d'Arc) 22) フィリップ・グラス エチュード 第5番 + ディリュカによるテキスト “Paths That Cross” の朗読付 ダフト・パンクは、トーマ・バンガルテル(Thomas Bangalter 1975-)とギイ=マニュエル・ド・オメム=クリスト(Guy-Manuel de Homem-Christo 1974-)により結成されたフランスの電子音楽デュオ。ムーンドッグはアメリカの盲目の作曲家、ルイス・トーマス・ハーディン(Louis Thomas Hardin 1916-1999)の芸術活動名。 21)はサンブリ(A Saint-Bris)による、ピアノと弦楽オーケストラ編曲版で、イギリスに拠点を置くチネケ!オーケストラとの協演による録音。 2021~2022年の録音。 ディリュカならではの企画性の高さを感じさせるアルバム。ディリュカが2013年に録音した「Road 66」と高い親近性を感じる。実際、収録曲のうち、アダムズの「中国の門」とフィリップ・グラスの「エチュード第9番」は、双方のアルバムに重複して収録される形となった。 今回のアルバムは、「ミニマル・ミュージック」に焦点を当てているが、その他にも懐古的・情緒的な旋律に満ちた小品も取り入れられ、全体を聴き通した際に得られる豊かな情感は、とても麗しい。モンクの高揚感あるレイルロードから開始され、しばしばグラスの憧憬的なピースをプロムナート的に挟むようにしながら、様々な楽曲が繰り広げられていく。その美しさは夢想的といても良い。ピアノで奏でられるダフト・パンクの電子音楽も魅惑的だし、ジャレットやエヴァンスのアレンジした小品も魅力たっぷり。個人的に「ダニー・ボーイ」を聴くと、どうしても村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」を思い出してしまう(あの小説の核は、ダニー・ボーイの旋律が蘇ってくるところだと、個人的は思っている)のだが、ディリュカの演奏は、雰囲気がビタリと来る感がある。また、ダニー・ボーイと同様に、シェナンドーは広く聴き手の琴線に触れる情感を持った音楽で、このアルバムの中でも重要な役割を果たしている。 アダムズの「中国の門」は、ミニマル音楽におけるピアノ独奏曲の傑作の一つだし、最後に収録されたグラスのエチュード第5番は、音の間隙を縫って、ディリュカ自身による魅惑的なテキストの朗読が添えられる。美しい色彩感に満ちた一編で、このピアニストならではの着眼点やアイデアに満ちたアルバムでもある。 |
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Stephen Hough's French Album p: ハフ レビュー日:2014.11.25 |
★★★★★ スティーブン・ハフによる、とても面白いフレンチ・プログラム
イギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による「フレンチ・アルバム」と題したアルバム。一風変わった選曲が面白い。以下に収録曲をまとめよう。 1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)/ コルトー(Alfred Cortot 1877-1962)&ハフ編 トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565 2) バッハ/コルトー編 チェンバロ協奏曲 第5番 ヘ短調 BWV.1056より 第2楽章 3) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63 4) フォーレ ピアノのための8つの小品から 第5曲「即興曲」 嬰ハ短調 op.84-5 5) フォーレ 即興曲 第5番 嬰ヘ短調 op.102 6) フォーレ 舟歌 第5番 嬰ヘ短調 op.66 7) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 「鏡」より「道化師の朝の歌」 8) マスネ(Jules Massenet 1842-1912)/ハフ編 「田園詩」より「たそがれ」 9) シャブリエ(Alexis-Emmanuel Chabrier 1841-1894) 「絵画的な10の小品」から 第2曲「憂鬱」 10) プーランク(Francis Poulenc 1899-1963) 憂鬱 11) プーランク 夜想曲 第4番 ハ短調「幻の舞踏会」 12) プーランク 即興曲 第8番 イ短調 13) シャミナード(Cecile Chaminade 1857-1944) 秋 op.35-2 14) アルカン(Charles Valentin Alkan 1813-1888) 25の前奏曲から 第8番「海辺の狂女の歌」 op.31-8 15) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) ベルガマスク組曲より「月の光」 16) ドリーブ(Clement Leo Delibes 1836-1891)/ハフ編 バレエ組曲「シルヴィア」より「ピチカート」 17) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ユダヤの回想~アレヴィの歌劇のモチーフに基づく華麗な幻想曲 録音は、2009年と2011年に行なわれている。収録時間は78分を越える。 とにかくプログラムが面白い。フレンチと題しながら、アルバムの両端にバッハとリストを配し、その中間に、本来のフランスものから、通俗的な名曲と隠れた逸品を織り交ぜて配置した点がとても巧妙。また、マスネとドリーブの美しい旋律を、ハフ自身の瀟洒な編曲で聴けるのもうれしい。 冒頭のバッハの2作品は、フランスの生んだ歴史的ピアニスト、コルトーが編曲したもの、ということで、当アルバムに収録された。バッハ作品のピアノ編曲というと、ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924)による一連の作品が有名なため、他の編曲が演奏される機会が少なくなっている傾向があるが、このコルトーの編曲も素晴らしい。ブゾーニの豪放な編曲と比べると、より直線的でシャープなイメージで、心地よいスピード感が持続する。ハフの安定したピアニズムは、これらの楽曲の推進力を強め、軽快な聴き味を演出する。 フォーレの夜想曲第6番が素晴らしい。この楽曲自体、フォーレのピアノ独奏曲の中でも、高貴さと幻想性を湛えた名品なのだけれど、細やかな音型を繊細かつエレガントに積み上げたハフの演奏は見事の一語に尽きる。この演奏で、本アルバムの「フランスもの」が開始されるのはとても相応しい。 ラヴェルの有名曲「道化師の朝の歌」も古今の名演の一つに数え上げられるべき内容。マスネの美しい旋律が、当企画で取り上げられることも嬉しい。シャブリエの代表的ピアノ作品である「絵画的な10の小品」からは、 第2曲「憂鬱」が選ばれている。これまた洒落た響きが楽しい。むしろ憂鬱を巧みに表現した作曲家はプーランクであろう。夜想曲第4番は、ショパンフレデリック・フランソワ・ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)の前奏曲第7番を思わせながら、なんとも幻想的な憂鬱を描いた美品に違いない。 シャミナードの「秋」が聴き漏らせない名品。明快なABAの3部形式ながら、情緒的なAと、激情的なBの対比が激しい。ハフの演奏は、この小品に潜む激しいドラマを、ダイナミックに描き切っている。続くアルカンの「海辺の狂女の歌」は、巧妙なペダリングで、どこか暗黒的な情緒を掘り下げる。 ドビュッシーの「月の光」が適度な間をもって、エレガントに奏でられる。こちらも美しい演奏だ。ちなみに、私が最近プレイした「サイコブレイク」というPSソフトでは、この曲をヴァイオリンとピアノに編曲したものが巧みに用いられていて、なかなか感心したのだけれど、私の場合、そんなことを思い出しながら聴きました。続くドリーブの曲も、聴けば多くの人が「ああ、あの曲か!」と膝を打つであろう有名な旋律。この旋律がこれほどピアノと言う楽器に適性があるとは驚いた。編曲も含めてハフの才にあらためて感服させられる。 最後はリストのパワフルなアレンジを堪能しよう。フランスのオペラ作曲家、アレヴィ(Jacques-Fromental Halevy 1799-1862)の代表作「ユダヤの女」の旋律を扱った大きな構造を持った作品だ。ここではハフによって繰り広げられる圧倒的なパフォーマンスにひたすら心を奪われてしまう。 以上の様に、冒頭から最後まで、とても楽しめる濃厚なアルバムだ。名演奏による数々の名旋律に浸れる、とても贅沢なアルバムとなっています。 |
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Stephen Hough's Spanish Album p: ハフ レビュー日:2015.2.13 |
★★★★★ ハフによる魅力いっぱいの “スパニッシュ・アルバム”
スティーブン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による“スパニッシュ・アルバム”。2005年の録音。収録曲は以下の通り。 1) ソレール(Antonio Soler 1729-1783) ソナタ 嬰へ長調 2) グラナドス(Enrique Granados 1867-1916) 詩的な情景 3) アルベニス(Isaac Albeniz 1860-1909) 組曲イベリア第1巻より第1曲「招魂(エヴォカシオン)」 4) アルベニス 組曲イベリア 第2巻 第3曲 「トゥリアーナ」 5) モンポウ(Federico Mompou 1893-1987) 「内なる印象」より(第5曲「悲しい鳥」、第6曲「小舟」、第8曲「秘めごと」、第9曲「ジプシー」) 6) ロンガス(Federico Longas 1893-1968) アラゴン 7) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 「版画」より第2曲「グラナダの夕暮れ」 8) ドビュッシー 前奏曲集 第1巻 第9番 さえぎられたセレナード 9) ドビュッシー 前奏曲集 第2巻 第3番 ヴィーニョの門 10) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937)/デュメニル(Maurice Dumesnil 1886-1974)編 ハバネラ形式による小品 11) アルベニス / ゴドフスキー(Leopold Godowsky 1870-1938)編 タンゴ 12) シャルヴェンカ(Franz Xaver Scharwenka 1850-1924) スペインのセレナード op.63-1 13) W.ニーマン(Walter Niemann 1876-1953) セヴィリャの夕暮れ op.55-2 14) ハフ オン・ファリャ 一編の小粋な小説を読むかのようなアルバムだ。全体は3つの部分から構成されている。第1の部分は1)~6)で、これは文字通りスペインの作曲家たちによる作品。第2の部分は7)~10)でフランスの印象派の作曲家たちによる隣国スペインを題材とした作品集。第3の部分か11)~14)で、これはスペインの素材を用いるか、あるいはスペインの印象からインスパイアされた作品を集めたもの。 このアルバムを聴くと、当アルバムには1世紀半にわたる時間の中で編み出されたスペインに由来を持つ音楽たちが収められているが、それらには、代表的な2つの共通する表現対象があるように思える。一つは燃え上がる様な力感が溢れる情熱の世界、もう一つは神秘的な静寂が支配する夜の世界である。もちろん、それだけではないのだけれど、ハフの演奏は、この2つの対照的な要素を、いずれも鋭敏に描き出している点で見事だ。 ソレールのソナタは当時の作品らしい優美さの中に力強さを秘めた美品だ。一方、モンポウが描くのは夜の世界、それもとても透明な悲しさが染み込むような、静謐な時間。ドビュッシーの前奏曲からの2曲も、ハフの精妙なタッチが冴えた好演だ。ラヴェルの「ハバネラ形式による小品」は、独奏楽器とピアノによって奏されることが多いが、デュメニル編の独奏版も、ハフのリズム処理の機敏さも手伝って、とても楽しいもの。 最後の4曲は、いずれも多くの人に発見の喜びをもたらすものだと思う。フランスの印象派に影響を受けたドイツの作曲家、W.ニーマンの小品など、とても魅力的だ。そして末尾に収録されたハフの手による「オン・ファリャ」は、その名の通り、ファリャ(Manuel de Falla 1876-1946)の素材を用いたピアノ曲だが、野性的なリズム感に富んだ見事な一遍。ハフの輝かしい才能を見せつけてくれる。 アーティスト・ハフに存分に酔える一枚となっている。 |
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Stephen Hough's New Piano Album p: ハフ レビュー日:2015.2.18 |
★★★★★ 奏者のセンスを存分に感じさせるピアノ作品集
イギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による“ニュー・ピアノ・アルバム”と題したピアノ小品集。1997年から98年にかけての録音。ハフには、これより前にvirginレーベルからやはり小品ばかりを集めた“ザ・ピアノ・アルバム”があったので、その後継企画と言う意味で、newとしたのだろう。今回もユニークな収録内容だ。まずはその詳細を紹介する。 1) シューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828)/リスト(Franz Liszt 1811-1886)編 音楽の夜会 2) シューベルト/ゴドフスキー(Leopold Godowsky 1870-1938)編 朝の挨拶 3) シューベルト/ゴドフスキー編 楽興の時 第3番 ヘ短調 4) ゴドフスキー 古きウィーン 5) モシュコフスキ(Moritz Moszkowski 1854-1925) 8つの性格的小品op.36から 第6番「火花」 6) パデレフスキ(Ignacy Jan Paderewski 1860-1941) ミセラネア op.16 から 第2曲「メロディ」 7) シャミナード(Cecile Chaminade 1857-1944) ピエレット op.41 8) シャミナード 6つのユーモラスな小品 op.87 から 第4曲 9) カールマン(Emmerich Kalman 1882-1953)/ハフ編 くちづけせぬバラの唇は 10) ハフ 音楽の宝石箱 11) ハフ 演奏会用練習曲 12) ロジャース(Richard Rodgers 1902-1979)/ハフ編 ハロー・ヤング・ラヴァーズ/ 13) ロジャース/ハフ編 カルーセル・ワルツ 14) 民謡/ハフ編 ロンドンデリーの音楽 15) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) サロン小品集op.10から第5曲「ユモレスク」 16) ラフマニノフ 幻想的小品集 op.3から第3曲「メロディ」 17) チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893) 2つの小品op.10から第2曲「ユモレスク」 18) チャイコフスキー ドゥムカ op.59 19) チャイコフスキー/ワイルド(Earl Wild 1915-2010)編 4羽の白鳥の踊り 20) チャイコフスキー/パブスト(Paul Pabst 1854-1897)&ハフ編 「眠りの森の美女」パラフレーズ 有名・無名曲に加えて、ハフ自身の作品もラインナップされている。ハフにはこのような企画盤が2015年現在までいろいろリリースされているが、どれもピアノを弾く喜びに溢れたもので、聴き手を楽しませてくれるものだ。本盤ももちろん良い。 これらの楽曲は、一般にクラシックのピアニストが取り組む王道作品とは言えない。むしろ余技的な、ちょっとした趣味のような世界。ハフのアルバムも、もちろんそのことを踏まえてはいるが、しかし、ほどよいルバートを効かせたロマン性溢れる演奏と、瑞々しいタッチで描かれた音世界は、おどろくほどの香気に満ちていて、そのような前提とは無関係に聴き手を感動させてくれる。 ゴドフスキーの「古きウィーン」など、音響的な豊かさとともに、心象スケッチ的な、聴き手の心に触れる要素が存分にあり、この楽曲の演奏として理想の姿を示していると思う。パデレフスキの「メロディ」では、瀟洒な旋律と装飾の扱いの妙が楽しめる。真ん中にあるハフ自身の作品は、愛らしい「音楽の宝石箱」と、運動的な「演奏会用練習曲」の対比が楽しい。どちらも、当アルバムにあって、他の作品と比べても遜色ないピースだ。 ロジャースの2曲はともにノスタルジックな味わいを感じさせてくれる。のどかな田舎の風景を思わせるが、併せて高尚な抒情性をも偲ばせるピアノが心憎い。ロンドンデリーの音楽が抜群の美しさ。ハフによる編曲が見事なこともあって、当アルバムのハートの役割を担うに値する存在感だ。 ラフマニノフ、チャイコフスキーといった大家による作品はさすがの味わいと重厚さで、末尾にこれらの楽曲を配することで、アルバム全体の質感を豊かにする効果も上がっている。誰もが知っている「4羽の白鳥の踊り」や「眠りの森の美女」の旋律が、健康的な明朗さで響き渡っており、気持ち良い締めくくりとなっている。 |
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Stephen Hough's English Album p: ハフ レビュー日:2015.2.25 |
★★★★★ ハフによる“イングリッシュ・アルバム”で、知られざる英国ピアノ小品に親しむ
スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による“イングリッシュ・アルバム”と題したピアノ小品集。収録曲は以下の通り。 1) ロースソーン(Alan Rawsthorne1905-1971) 4つのバガテル 2) レイノルズ(Stephen Reynolds 1947-) ディーリアスの思い出に捧げる2つの詩 3) ハフ エニグマのワルツ 第1番 第2番 4) エルガー(Edward Elgar 1857-1934) スミルナにて 5) レイノルズ フォーレの思い出に捧げる2つの詩 6) バントック(Granville Bantock 1868-1946)/ハフ編 封印された歌 7) ボーウェン(York Bowen 1884-1961) 愛の夢 op.20-2 8) ボーウェン シリアスな踊り op.51-2 9) ボーウェン ポルデンへの道 o.76 10) ブリッジ(Frank Bridge 1879-1941) しずくの妖精 11) ブリッジ 気楽な心 12) レイトン(Kenneth Leighton 1929-1988) 6つの練習曲(練習用変奏曲)op.56 録音は3)と8)が1997年、他は2001年。 ハフは、企画性の高いピアノ小品集をいくつか録音していて、本盤もその一つ。タイトルの通り、自らも含めて、イギリスの作曲家によるピアノ小品を集めたもの。 ハフは、他にも「スパニッシュ・アルバム」や「フレンチ・アルバム」といった同様の主旨のアルバムを作製しているが、こと、イギリスに関しては、日本では、誰もが思い浮かべるようなピアノ曲作家というのは、いないだろう。実際、当盤のインデックスを見ても、それなりに知名度のある作曲家というのはエルガーくらいだし、そのエルガーにしても、彼のピアノ独奏曲を1曲でも知っている人というのは、それほどいないのではないだろうか。 しかし、だからこそ、このようなアルバムで、ハフのような達人が、母国の知られざる佳作を紹介してくれるのはありがたい。実際、聴いてみると、たいへん素敵なアルバムに仕上がっている。 まず、注目いただきたいのが、ボーウェンの作品だ。ボーウェンは「イギリスのラフマニノフ」と呼ばれた作曲家で、郷愁に溢れたピアノ曲を書いた。サンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)はボーウェンを「イギリスの作曲家の中で最大の注目株」と評価している。ボーウェンはピアニストとしても高名だったが、彼の演奏スタイルは非常にロマンチックなもので、ベートーヴェンなどを弾いたときは賛否両論であったらしい。 さて、そのボーウェンの3曲が美しい。印象派的な色彩感を持ち、ロシア風の情緒を湛えたなんとも麗しさのある楽曲だ。子守唄を思わせるような風情を、気品ある味わいの中でさりげなく出してゆく。ハフの細やかなタッチによって、とても豊かな響きが導かれている。 ブリッジの2作品も美しい。また、ボーウェンの前に収録されているバントックの「封印された歌」は牧歌的な中に淡く悲しげな表情があり、こちらもまた人の心に大きく作用する音楽だと思う。 ハフ自身の作品は、瀟洒でサロン風の味わい。ハフの作曲家としての能力もなかなかのものだし、いずれは自作のみのアルバムなど作ってみても面白いのではないだろうか、と思う。 ロースソーンの4つのバガデルは、4曲の性格分けが明瞭で、なかなか面白い作品。最後に収録されているレイトンの作品は、クラスター音的な音の使用があるなど、現代音楽的な素養を要求されるが、野趣性のあるリズムが興味深い。 イギリスの、普段ほとんど聴く機会のない作品を、ハフの安定感のある技巧と、暖かい歌いまわしで楽しませてくれるアルバムで、聴き手に良い聴き味を与えてくれるものになっている。 |
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Stephen Hough's Dream Album p: ハフ レビュー日:2018.6.21 |
★★★★★ 実力派ピアニスト、ハフの多面的な芸術の才に浸れるアルバムです
作・編曲活動にも力を入れているイギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による、ハフらしい、とても魅力的なアルバムがリリースされた。80分の収録時間を用いて、以下の27の楽曲が収録されている。 1) ハフ ラデツキー・ワルツ 原曲: ヨハン・シュトラウス1世(Johann Strauss I. 1804-1849) ラデツキー行進曲 op.228 2) ヘンリー・ラヴ(Henry Love 1895-1976)/ハフ編 古い歌 3) ユリウス・イッサーリス(Julius Isserlis 1888-1968) 子供の頃の思い出 op.11より イン・ザ・ステップス 4) ルートヴィヒ・ミンクス(Ludwig Minkus 1826-1917)/ハフ編 バレエ音楽「ドン・キホーテ」より キトリの変奏曲 5) ミンクス/ハフ編 バレエ音楽「ドン・キホーテ」より ドルシネアの変奏曲 6) ヴァシリー・ソロヴィヨフ=セドイ(Vasily Solovyov-Sedoi 1907-1979)/ハフ編 モスクワの夜 7) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 超絶技巧練習曲 第11番 変ニ長調 「夕べの調べ」 S.139-11 8) リスト 超絶技巧練習曲 第10番 ヘ短調 S.139-10 9) イサーク・アルベニス(Isaac Albeniz 1860-1909)/ハフ編 組曲「スペイン」 op.165 より カタルーニャ奇想曲 10) マヌエル・ポンセ(Manuel Ponce 1882-1948) 間奏曲 第1番 11) エルネー・ドホナーニ(Dohnanyi Erno 1877-1962) 狂詩曲 ハ長調 op.11-3 12) ジャン・シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 5つの小品 op.75 より 第5曲「もみの木」 13) ヴィリアム・セイメル(William Seymer 1890-1964) 夏のスケッチ op.11 より 第3番「キンポウゲ」 14) セシル・シャミナード(Cecile Chaminade 1857-1944) バレエ「カリロエ」の主題によるピアノ組曲 より 「スカーフの踊り」 15) ハフ ニコロのワルツ 原曲: パガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840) 16) ハフ オスマンサス・ロンプ 17) ハフ オスマンサス・レヴリー 18) エリック・コーツ(Eric Coates 1886-1957) バイ・ザ・スリーピー・ラグーン 19) アーサー・F・テイト(Arthur Fitzwilliam Tait 1819-1905)/ハフ編 どこかで呼ぶ声が 20) 伝承曲/ハフ編 マチルダのルンバ 21) ハフ アイヴァー・ソング(子守歌) 22) ドヴォルザーク(Leopold Dvorak 1841-1904) ユーモレスク 変ト長調 op.101-7 23) ドヴォルザーク/ハフ編 ジプシーの歌 op.55 より 第4曲「わが母の教え給いし歌」 24) エルガー(Edward Elgar 1857-1934) 愛の挨拶 op.12 25) 伝承曲/ハフ編 ブロウ・ザ・ウィンド・サザリー 26) ハフ 子守歌 27) フェデリコ・モンポウ(Federico Mompou 1893-1987) 子供の情景 より 第5曲「庭の乙女たち」 2016年の録音。 本盤には「Dream Album」なるサヴタイトルが付されている。なるほど、全体的に美しい安寧な響きが支配的である。私は、先日、一人で過ごす機会に、夜のあいだ一晩このディスクを、ヴォリュームを絞ったままエンドレスで鳴らして、眠ってみたのだが、なかなか心地よかった。まあ、そういう意図のアルバムではないとは思うのだけれど。 ハフのタッチの精緻さ、テクニックの見事さについては、例えば収録曲中のリストの2編をお聞きいただければ分かるだろう(このアルバムに限らず、ハフの弾くリストはいつもとても素晴らしい!)。決して仰々しくない清冽なピアニズムで、端正な語り口。清流が、ときに劇的な要素を踏まえながら、鮮やかに流れ下るようなピアニズムだ。それは自然で、健康的なエネルギーが満ちている。 収録された楽曲には「聴き馴染んだもの」と「珍しいもの」が織り交ぜられている。また、「聴き馴染んだもの」であっても、編曲によって、おもわぬ語り口で響かせられるものもある。冒頭のラデツキー行進曲によるワルツなどその典型だし、15曲目のニコロのワルツも同じ趣向だ。 「モスクワの夜」は様々な編曲によって知られるノスタルジックな名旋律だが、ハフの編曲では、冒頭にラフマニノフのピアノ協奏曲第2番冒頭の有名な和音を挿入するなど凝った演出が楽しめる。アルベニスのギター曲の編曲も楽しいし、エリック・コーツの「バイ・ザ・スリーピー・ラグーン」をハフの冴えた編曲で聴くのも乙だ。ドヴォルザークの郷愁たっぷりの旋律は、蒸留されたような透明感でクリアに表現される。 また、ドホナーニの「狂詩曲 ハ長調」は収録自体が嬉しい。この作曲家自体、実力に比して作品の評価が追い付いていない傾向があるのだけれど、このような充実した一品が、ハフのような優れたピアニストに弾かれる機会を得ただけでも貴重だ。この1曲は、相応の心構えで聴いてほしい曲である、とも言える。 一つ一つコメントするとキリがないが、ハフの作編曲の能力、ピアニストとしての能力の他に、アルバム構成のセンスにも感嘆する1枚となっている。なお末尾に収録されたモンポウの楽曲は、ハフがピアノを習い始めたころに出会い、以後、アンコール・ピースとしてずっと大切にしてきた作品であるとのこと。心のこもった1曲で締めくくられるこの1枚は、ピアニスト、ハフを知る絶好の1枚とも言える。 |
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The Stephen Hough Piano Collections p: ハフ レビュー日:2018.8.6 |
★★★★★ ハフの天才性を感じるオムニバス・アルバム
スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による「ピアノ・コレクションズ」と題したオムニバス・アルバム。以下の収録曲で、80分近い収録時間となっている。 1) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) バラード 第3番 変イ長調 op.47 2) モンポウ(Federico Mompou 1893-1987) 風景 より 「噴水と鐘」 3) ベン・ウェバー(Ben Weber 1916-1979) ファンタジア 4) 鄧雨賢(Deng Yu-Hsien 1906-1944)/ハフ編 春風に焦がれる思い 5) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) ピアノ・ソナタ 第3番 へ短調 op.5より 第3楽章 スケルツォ 6) ボーウェン(York Bowen 1884-1961) 子守歌 7) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 D613より フィナーレ 8) フンメル(Johann Nepomuk Hummel 1778-1837) ピアノ・ソナタ 第5番 嬰へ短調 op.81より 第3楽章 ヴィヴァーチェ 9) チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893)/ワイルド(Earl Wild 1915-2010)編 四羽の白鳥たちの踊り 10) レイノルズ(Stephen Reynolds 1947-) 秋の歌 11) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ポロネーズ 第2番 ホ長調 S223-2 12) ハフ 組曲「金木犀」 13) フランク(Cesar Franck 1822-1890)/ハフ編 コラール 第3番 イ短調 2003年の録音。 とにかく楽しいアルバムだ。収録曲の中には有名曲もあるが、あまり知られていない曲の方が多いだろう。これらがとても楽しく、近づきやすいものとして奏でられる。また、選曲と併せて収録曲順の妙も加わって、実に工夫が感じられるし、ハフの作・編曲能力も堪能できる。 アルバムはショパンのバラード第3番から始まる。この名曲を力強く響かせたハフの解釈は、それだけでも聴きごたえがあると思うが、それはこのアルバムの入り口に過ぎない。モンポウの瀟洒な小曲を経て、いよいよハフの世界が始まる。 ベン・ウェバーの作品は初めて聴いたが、和音の様々な美しさを味わわせてくれる佳作で、その魅力を鮮やかに引き出すハフの手腕が見事。ついで台湾の作曲家、鄧雨賢の歌謡曲をハフが編曲したものが流れる。これがいかにも東洋的な情緒に溢れたオルゴールが鳴るようなかわいらしい出来栄えで、いわゆるクラシックの楽曲としての深みがあるものではないけれど、とても気が利いているのである。ゼンマイの力を失うようにして泊る末尾も印象的だ。 ブラームスのピアノ・ソナタ第3番のスケルツォも、単品として取り出すと、どこかリストのような豪放磊落さをもって鳴るので、これまた面白い。こういう聴き方をして初めて気づかされる魅力がある。それはシューベルトの未完のソナタの楽章においても言えることだろう。 フンメルの劇的でスピーディーな楽章は、作曲時、その技巧性、音楽効果からたいへん有名になった作品。ベートーヴェンが「こんな難しいもんが弾けるか」と言ったとか言わなかったとか。その楽章がハフの快刀乱麻を断つスリリングな演奏で聴けるのも、なかなか感動的である。この曲を知らないという人にもぜひ聴いてほしい。 ハフの自作は、6つの小曲からなる組曲という体裁であるが、特にアクロバチックな第5曲、印象派的なソノリティに満つ第6曲が美しく、聴いた後も心に残る。 そして、最後にフランクの名作、コラール第3番が置かれる。元来はオルガン曲であるが、ハフのピアノ編曲が素晴らしい。ことに勇壮にして、荘厳な主要主題が、さく裂するような迫力をもって奏でられるところは感動的である。 以上、触れなかった曲もあるけれど、聴いていてとても楽しく、また様々な人に、それぞれの「気づき」のきっかけを与えてくれるアルバムとなっている。このようなコンセプトで作品を作ることのできるハフは、間違いなく天才である。 |
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Hough: 5 Classic Albums p: ハフ レビュー日:2015.9.11 |
★★★★★ サービスの良い5枚組です
イギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による初期の録音を集めた5枚組アルバム。コスト・パフォーマンスに優れた内容でオススメだ。収録内容は以下の通り。 【CD1】 1987年録音 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) 1) ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467(カデンツァ:ハフ) 2) ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271 「ジュノム」(カデンツァ:モーツァルト) ブライデン・トムソン(Bryden Thomson 1928-1991)指揮 ハレ管弦楽団 【CD2】 1989年録音 ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 op.83 アンドルー・デイヴィス(Andrew Davis 1944-)指揮 BBC交響楽団 【CD3】 1987年録音 リスト(Franz Liszt 1811-1886) 1) メフィスト・ワルツ 第1番 「村の居酒屋での踊り」 2) 巡礼の年 第2年 補遺「ヴェネツィアとナポリ」から 第3曲「タランテラ」 3) スペイン狂詩曲 4) 「詩的で宗教的な調べ」から 第4曲「死者の追憶」 5) 2つの伝説曲から 第1曲「小鳥に説教するアッシジの聖フランソワ」 6) 「詩的で宗教的な調べ」から 第3曲「孤独の中の神の祝福」 【CD4】 1988年録音 シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 1) ダヴィッド同盟舞曲集 op.6 2) 子供のためのアルバム op.68 より 第21曲、第26曲、第30曲 3) 幻想曲 op.17 【CD5】 1990年録音 ブリテン(Edward Benjamin Britten 1913-1976) 1) 組曲「休日の日記」 op.5 2) 3つの性格的な小品 3) ノットゥルノ 4) ソナティナ・ロマンティカ 5) 12の変奏曲 6) 5つのワルツ 7) 2つの子守唄 8) 悲歌的マズルカ op.23-2 9) 序奏とブルレスク風ロンド op.23-1 いずれもハフの卓抜した技術と健やかな音楽性が息づいた好録音だが、特に、リストとモーツァルトが素晴らしい。リストは、全体の安定感が抜群であり、音響の交錯が正確無比に繰り広げられていく。技巧を崩しに使うのではなく、徹底した安定、構造の強化に用い、堅牢な音の伽藍を築き上げる。しかも、決して安定のためにスピードを犠牲にすることもない。重量感、スピード、安定感にともに卓越した稀有の名演。特にメフィスト・ワルツ 第1番は圧巻の出来栄え。「死者の追憶」の情感の通ったピアニズムも見事で、出色のリスト・アルバムとして挙げたい1枚。 モーツァルトは粒立ちの良い音色で、微細な軽重をコントロールし、感情的なひだを感じさせる音を導き出しているが、それらが非常に自然な造作の中で行われている。トムソン指揮のハレ管弦楽団も好演で、すべての音に歌心が溢れていて、自然な輝きに満ちている。管楽器の表情付も、決して出すぎず、さりとて不足も抱かせない、堂々たるモーツァルトだ。 シューマンも美しい。心地よいテンポの中で、淡々と進むようでいて、適度な暗みが表現されていて、繰り返し聴き込むほどに、聴き手を音楽の深い森に誘う。 ブリテンは、これだけ作品を集めたものが少ないだけに貴重。細やかな音型の変化を機敏に示す奏法、また確信的と感じるダイナミズムにより、ブリテンの曲の「変化していく面白さ」を味わわせてくれる。 ブラームスは、前半2楽章はやや硬い印象を持つ響きの演奏であり、オーケストラとピアノが、互いの響きの差異を主張しあうようなところがある。後半2楽章の方が、流れが良く、私には好印象。 以上のように、名曲、録音の少ない曲の双方を、ハフの優れたピアノでまとめて楽しむことができる。私は、リストの超名演だけでもお釣りのくるような内容だと思っているので、他にもこれだけ聴けるのはありがたい。 |
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Dances p: グローヴナー レビュー日:2015.2.19 |
★★★★★ 神童の凄味を見せつける驚異のアルバム
「神童」という言葉があるが、2004年、11歳でBBCヤング・ミュージシャンのピアノ部門で優勝をかちとったイギリスのピアニスト、ベンジャミン・グローヴナー(Benjamin Grovenor 1992-)などまさにその例だろう。当録音はDECCAレーベルからリリースされた彼の3枚目のアルバムで、2013年、グローヴナーが19歳の時の録音。だがその完成度は恐ろしく高い。「Dances」というタイトルに沿って、古今の舞曲を集めているが、その選曲もなかなか面白い。以下の曲が収録されている。 1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) パルティータ 第4番 ニ長調 BWV.828 2) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22 3) ショパン ポロネーズ 第5番 嬰へ短調 op.44 4) スクリャービン(Alexandre Scriabine 1872-1915) 10のマズルカ op.3より第6番 第4番 第9番 5) スクリャービン ワルツ 第4番 op.38 6) グラナドス(Enrique Granados 1867-1916) 詩的なワルツ集 7) シュルツ=エヴラー(Adolf Schulz-Evler 1852-1905) 美しき青きドナウの主題によるアラベスク 8) アルベニス(Isaac Albeniz 1860-1909)/ゴドフスキー(Leopold Godowsky 1870-1938)編 タンゴ op.165-2 9) モートン・グールド(Morton Gould 1913-1996) ブギウギ練習曲 なんとも美しく明朗で研ぎ澄まされた音色だ。濁りの無い細やかな音の描写は、無数の光の粒を連想させる。 ショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」から感想を書きたい。この曲の冒頭の最初の数秒を聴いただけで、多くの人はうっとりさせられるのではないか。絶対的な美音と、巧妙なルバートによって、この世のものとは思えないほどの美麗な世界に一瞬で誘われる。なんとも陶酔的な音楽。 続くポロネーズも見事。この土俗的な力の溢れた作品を、グローヴナーは洗練の極みを持って表現する。装飾音の響きのなめらかさは無類だし、スタッカートの連打は、弱音であっても、輝きはつねに完全だ。 スクリャービンのロマンティックなナンバーも、明朗な切れ味で鮮烈だ。そして。エヴラーの秘曲「美しき青きドナウの主題によるアラベスク」。ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss II 1825-1899)の高名な管弦楽曲を編曲したものだが、その華麗な演奏効果と超絶的な技巧の要求で、一部ではとても有名な作品。私はこの曲には、ハイルディノフ(Rustem Hayroudinoff)の名演で親しんだのだが、グローヴナーの冒頭部の微小な高音の持続音には心底参った。雪を思わせるような結晶化しきったピアノの響き。 グラナドス、アルベニス、モートン・グールドといった選曲も楽しい。とにかく楽しくて美しいアルバム。そして、冒頭に置かれたバッハの大曲も、ロマンティックで美麗に奏でられる。サラバンドの響きが特に魅惑的。ただ、この作品に関しては、色彩感が豊か過ぎると思われる人もいるかもしれない。しかし、私は、当アルバムを通して聴いたとき、アルバム全体として受ける効果として、結果的にとても暖かみのあるものに思われる。 20代に入ったグローヴナーは、これからは神童という肩書きではなく、一流のアーティストとしての道を歩むに違いない。是非とも積極的な録音活動を継続してほしい。 |
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Homages p: グローヴナー レビュー日:2016.10.27 |
★★★★★ グローヴナーによる満点の星空を思わせる美演
イギリスのピアニスト、ベンジャミン・グローヴナー(Benjamin Grosvenor 1992-)による「オマージュ」と題したアルバム。収録曲は以下の通り。 1) J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)/ ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924)編 シャコンヌ 2) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847) 6つの前奏曲とフーガ op.35 より 第1番 ホ短調、第5番 ヘ短調 3) フランク(Cesar Franck 1822-1890) 前奏曲、コラールとフーガ 4) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 舟歌 嬰ヘ長調 op.60 5) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ヴェネツィアとナポリ S.162 2015年録音。 「オマージュ」というタイトルに従って、他の作曲家への敬意の含まれた作品を集めたものとのとで、1),2),3)はそれぞれブゾーニ、メンデルスゾーン、フランクからバッハへの、4)はショパンからリストへのオマージュ作品と見做せるもの、とのこと。最後のリストの作品は、第1曲の「ゴンドラを漕ぐ女」が、逆にショパンの舟歌とつながりのあるものと見做すこともできる。 これらの楽曲をまとめる意味合いという点で、正直、私にはピンと来ないところもあるのだけれど、あるコンセプトに従った配列というのは、いろいろ試されてしかるべきだろうし、聴いていると、例えばメンデルスゾーンの作品は、ブゾーニとフランクの間で、良い「繋ぎ」の役割を果たしているようにも思える。 プログラムの観点で論ずることは私には心もとないが、演奏を聴いた感想としては、とても清々しい、ブルーな色彩を感じるもの。そのソノリティは、私には、どこか「美しい夜」を感じさせるものだ。 グローヴナーの演奏の特徴は、その細やかさにある。決してダイナミックレンジで圧倒するタイプではない。彼のピアニズムで、様々な表現の直接的な動機となっているのは、連続的で流麗なアッチェランドとリタルダンドである。その幾何学的な美しさは、サインカーブを組み合わせたオシロスコープを連想させる。決して角張ることなく、自然な加減速の切り替えが細やかに行われる。もちろん、それは単に機械的なものではなく、音楽表現としてもこなれていて、整合性を伴ったものとして感じられるのだ。 そして、音色自体の微細な美しさ。ちょっとしたアルペッジョであっても、その中に様々な輝きがあり、一瞬の響きだけで、聴き手を魅惑する力を持っている。 前述の特徴を備えているため、全般にテンポはやや速めで、快活な明朗さをともなった印象が強くなる。そのため、深刻な諸相をもった楽曲の場合、やや「軽すぎる」という印象に繋がることはあるだろう。このアルバムを通して聴いた際も、これほど軽やかで鮮烈に過ぎてしまって、何か積み残したものはないだろうか?という思いに囚われる部分も、少しはある。しかし、それも含めて、グローヴナーのスタイルであり、魅力である。新しい何かを獲得するために、相容れないものを削ることもあるだろうし、その結果、先述の整合性は見事に整っているのだから、完成度という点で文句の付けようはないのである。 ブルーな夜空に満点の星をちりばめた美しさ。その絶対的な美に浸ることのできるアルバムだ。 |
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ALEXIS WEISSENBERG / DEUTSCHE GRAMMOPHON RECORDINGS p: ワイセンベルク レビュー日:2016.7.30 |
★★★★★ ワイセンベルクがグラモフォンに遺した名録音4点
近年亡くなったブルガリアの名ピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク(Alexis Weissenberg 1929-2012)が、ドイツ・グラモフォン・レーベルに録音した4枚の独奏曲アルバムを、一つにまとめたBox-set。その内容は以下の通り。 【CD1】 1987年録音 バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) 1) パルティータ 第6番 ホ短調 BWV.830 2) イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV.971 3) パルティータ第4番ニ長調 BWV.828 【CD2】 1985年録音 D.スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685-1757) 1) ソナタ ト短調 K.450(L338) 2) ソナタ ホ長調 K.531 (L430) 3) ソナタ 嬰ハ短調 K.247 (L256) 4) ソナタ イ短調 K.109 (L138) 5) ソナタ ヘ長調 K.107 (L474) 6) ソナタ ハ長調 K.132 (L457) 7) ソナタ 変ホ長調 K.193 (L142) 8) ソナタ ヘ短調 K.481 (L187) 9) ソナタ ヘ短調 K.184 (L189) 10) ソナタ ロ短調 K.87 (L33) 11) ソナタ ホ短調 K.233 (L467) 12) ソナタ 変ロ長調 K.544 (L497) 13) ソナタ ト長調 K.13 (L486) 14) ソナタ ホ長調 K.20 (L375) 15) ソナタ ト短調 K.8 (L488) 【CD3】 1985年録音 ドビュッシー (Claude Debussy 1862-1918) 1) 版画(第1曲「塔」 第2曲「グラナダの夕暮れ」 第3曲「雨の庭」) 2) 練習曲集 第2巻 から 第5曲「組み合わされたアルペッジョ」 3) ベルガマスク組曲 4) 子供の領分 5) 前奏曲集 第1巻 から 第8曲「亜麻色の髪の乙女」 6) 喜びの島 7) レントより遅く 【CD4】 1987年、88年録音 ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 1) ピアノ・ソナタ 第1番 ニ短調 op.28 2) ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 op.36(改訂版) いずれも、このピアニストがもっとも充実した活動をこなしていた時期のものであり、内容豊かな演奏である。これらのアルバムを1枚ももっていない人には、是非ともオススメしたいアルバムだし、1枚くらい重複していても、その1枚の演奏を気に入っているなら、迷わず「買い」で良いアイテムだと思う。 私には、ワイセンベルクというピアニストにはちょっとしたトラウマがある。自分が音楽を聴き始めた頃、永年ピアノを習っている母が、「ワイセンベルクの演奏はガチャガチャして、ちっとも美しくない」とたびたび言っていたためである。それで、私もワイセンベルクというピアニストの演奏は、面白くないものなのだな、と思っていた。しかし、ある日訪問した母の実家にあったワインセンベルクのレコード、それはショパンのノクターン集だったのだけれど、これを聴いたところ、そのガラスのような硬質で透明なタッチが、実に印象深く、それがこのピアニストの演奏をもっと聴いてみたいと思うきっかけだった。 ワイセンベルクの主な録音は、EMIからリリースされていて、私はいくつか聴くことになった。その結果、いいものもあったのだけれど、その一方でスポーティーに過ぎるように感じられるものや、(EMIの録音のせいもあるのだけれど)和音がダマになったような雑さを感じるものあった。そのような経緯もあって、あれから長い年月を経たけれど、私の中でこのピアニストの評価は、まだ固まっていない部分が多い。 しかし、このグラモフォンに録音された4点はいずれも素晴らしいものだと思う。高品質な録音が、このピアニストの個性を、良いものとしてきちんと伝えていることも大きい。 まずバッハが良い。パルティータの第6番は、速いテンポが主体だが、音楽の流れが滑らかで、肌理の細かなタッチが、瑞々しく輝いていて爽快だ。クーラントなど、本当にスピーディーなのだが、情感がきちんと表出している上に、無理な感じがせず、落ち着きを感じさせている。終曲のジーグで、ワイセンベルクはややトーンを落として、むしろ慎重な音楽になる。テンポは一様ではないが、そのざわめきが思わぬ風情を出していて、音楽的。イタリア協奏曲では恰幅のあるシンフォニックなサウンドを引き出していて、見事に聴かせてくれる。パルティータ第4番も鮮やかな快演で、舞踏的な緩急を踏まえながらも、絶対的なサウンドの美しさが曲のイメージを貫いていて、十分な滋味がありながら、躍動的な心地よさもある。 ドビュッシーはスピードと質感で、ドイツ音楽さながらの重量感を感じさせる特徴的な響きがユニーク。その鮮烈な効果は「喜びの島」の爽快無比な演奏に特に集約的に表れている。ドイツ音楽とフランス音楽の双方を俯瞰的にとらえることができるワイセンベルクの文化的背景が、豪壮なドビュッシーを描き出した。 ラフマニノフは、近年その評価が一気に高まったソナタ第1番をこの当時から録音していたという価値も含めて重視したいもの。演奏は、質実剛健といったところで、膂力と抒情が雄大なスケールで交錯する様は、時にラフマニノフの自作自演を彷彿とさせるほどだ。 スカルラッティは、このピアニストのまっすぐで光沢のある音質が、この作曲家の作品と見事な相性の良さを示したもの。いずれも、ワイセンベルクの記録した見事な芸術として過不足ない出来栄えです。 |
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YULIANNA AVDEEVA p: アヴデーエワ レビュー日:2016.7.23 |
★★★★☆ アヴデーエワの折り目正しいエレガントな演奏
2010年のショパン・コンクールで、優勝したロシアのピアニスト、ユリアンナ・アヴデーエワ(Yulianna Avdeeva 1985-)は、1965年のアルゲリッチ(Martha Argerich 1941-)以来45年ぶりの女性優勝者としても話題になった。ただ、そのコンクールで審査員を務めたアルゲリッチが特に賛辞を送ったのは、第4位であったブルガリアのピアニスト、エフゲニ・ボジャノフ(Evgeni Bozhanov 1984-)である。 その後、アヴデーエワの録音は、比較的慎重な感じで、少しずつリリースされてきている。当盤はミラーレ・レーベルからの2つ目の独奏曲集ということになる。その収録曲は以下の通り。 1) ショパン 幻想曲 ヘ短調 op.49 2) モーツァルト ピアノ・ソナタ 第6番 ニ長調 K.284 3) リスト 巡礼の年 第2年「イタリア」から、ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」 4) ヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901)/リスト編 歌劇「アイーダ」より「神前の踊りと終幕の二重唱」 S.436 私は、前述のボジャノフの録音、そして、このアヴデーエワの録音も含めて、両者の入手可能なディスクをそれぞれ複数聴いてみたのだけれど、真逆と言っていいほど個性の異なる二人である。ボジャノフは自由奔放というか、情熱的熱血的なものを音楽に求め、ゴージャスな響きで、極上のデザートのような演奏を繰り広げる。その一方で、アヴデーエワはエレガントで折り目正しい、毎日の朝食のような必須さを感じさせる演奏、と言おうか。 それは、このアルバムでも如実に表れる印象だ。アヴデーエワの演奏は、まずなにより「正しく」あろうとするものと感じられる。正しいというのは、音楽が理論的な整合性を持っていて、その進みに淀みがないことを言う。 持っている音色は美しい。強烈なフォルテはほとんどないが、たとえばこのメロディの音量がどれだけで、スピードがこれだけであれば、こちらのメロディはそれを踏まえてこの音量とスピードに調整する、というのを、とても一生懸命に心がけていると感じられる。真摯でまじめ。かつ、音楽としてのカンタービレを自然に紡ぎだす情感も持っているから、実にマイナス点を見出しにくい演奏となっている。 当盤に収録された4曲では、モーツァルトが素晴らしい。これは、アヴデーエワの特性とモーツァルトの楽曲の相性がことのほか良かったためである。豊かな音色、古典的均質性、しっかしりした構築性の上に紡がれるカンタービレ、そして、そこに適度な彩を添える音色。すべてがこの楽曲にふさわしい、一つの理想のように鳴り響くのである。 その一方で、私にはショパンはちょっと物足りないところを感じた。確かにきれいに美しくまとまっているのだけれど、あまりにも上品過ぎる、というのだろうか。この作曲家の作品には、いくぶん土臭さというか、通俗性に繋がる成分がほしいと思うのだけれど、蒸留水のようにサラサラとし過ぎていて、掴みどころがない感じもしてしまう。表現としての洗練は極まっていると言っても良いものだが、以前聴いた24の前奏曲の時以上にその点に引っかかりが残るのは、曲の規模が違うこともあるだろう。 リストの「ダンテを読んで」も、印象としては似通うのだけれど、楽曲のそのものが持つ効果からか、踏み込んだり、食い込んだりという表現が必然的に備わってくるから、こちらはショパンほどに物足りなさを感じはしなかった。率直に上手な演奏で感心した。また、ヴェルディの編曲ものでは、当盤に収録された4曲の中では、アヴデーエワの表現が特に積極的になっているところがあり、この演奏を聴いているときが、私にとって、もっともアヴデーエワの芸術性を感じられたところである。 いずれも現代最高レベルの演奏であることは疑いないが、楽曲によっては、もう一つ心残りなところを感じさせるアルバムでもあった。 |
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ドイツ・ロマンティック p: シュタットフェルト レビュー日:2017.2.13 |
★★★★★ 「ロマンティック」に働きかけるシュタットフェルトの巧妙なアルバム
ドイツのピアニスト、マルティン・シュタットフェルト(Martin Stadtfeld 1980-)は、デビュー作であるゴルドベルク変奏曲の録音以来、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の作品をその活動に中心に据えてきたのであるが、当盤は2010年に「ドイツ・ロマンティック」と題して、ロマン派のピアノ独奏曲を集めたプログラムによっている。まずは、収録曲をまとめると、以下の通りである。 1) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883) アルバムの一葉 変ホ長調 2) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 森の情景 op.82 3) シューマン/シュタットフェルト編 歌曲集「リーダークライス」op.39から第5曲「月の夜」 4) ワーグナー/リスト(Franz Liszt 1811-1886)編 「タンホイザー」序曲 5) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 間奏曲 イ長調 op.118-2 6) ブラームス 間奏曲 嬰ハ短調 op.117-3 7) ブラームス 間奏曲 ハ長調 op.119-3 8) リスト バッハのカンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV.12のコンティヌオによる変奏曲 S.180 9) ワーグナー/リスト編 イゾルデの愛の死 「ロマンティック」とは何か?とはなかなか興味深いテーマである。芸術におけるロマン派は、古典派に続く時代分類であり、その時代に、作曲家たちは、前の時代に築かれた音楽構成のメカニズムから、より情感を持ったメロディ、高揚感に溢れる展開、そしていくぶん構成から自由な作風により音楽を書いた。そこで書かれる音楽は、前時代のそれより、作曲者の主観的で主情的なものが、抽象化の程度を弱めて、より率直な形であらわれたものであると考えられる。 そのような音楽、特に主題には、甘美性がまとうことが多く、人はここに愛情の発露のようなものを感じる。その感情の動きもまた、ロマンティックという形容に内包されるだろう。また、その一方で、作曲者たちの愛情は自然愛にも多く割かれる。そこでは、描写的なものが、やはりより直截で平明な情緒の動きとしてもたらされる。描写の対象は、夜であったり、森であったりする。そのようにロマンティックとは、愛情や情緒に働きかける物語性と、その物語を生み出しそうな、風景や自然条件の描写性を示す言葉と考えられる。 だが、とここで考える。では、それ以前の音楽はそうでなかったのか。もちろん、そんなことはない。ただ、「表現の仕方」が違うだけで、そのような「要素」が皆無なわけはないのである。そのような人類が普遍的に感じる感情、あるいは美しいと思う情景が底辺にあるからこそ、優れた音楽は、時代と国境を越えて、多くの人に愛されるのである。 シュタットフェルトが描くロマンは、その連続性を見据えたものに思える。選曲が面白いという以上に、音楽によって、何らかの世界観が満たす、例えばバッハの音楽を聴けば、言語圏においても、文化圏においても、まったく異なった環境で生まれ育った私にも、そこに宗教的なものと世俗的なものの高度な交錯を感じ取ることができる。これが音楽の凄味である。そして、シュタットフェルトがここで奏でる音楽たちも、そのような作用性の濃厚な性格を持っているものに他ならないだろう。 シュタットフェルトはは、やや乾いた、しかし情緒をしっかりと紡いだタッチでこれらの曲を奏でる。それを聴いていると、「ロマンティック」という言葉がもつ、一種普遍的な人の心へ働きかける力の源を感じるような、不思議な感触を得ることが出来る。 ワーグナーの「アルバムの一葉」は、聴くことの少ない作品だが、その作品はロマン主義のスピリットを存分に感じさせる。シューマンで森、そして夜の描写を得る。ワーグナーの編曲ものでは、まさに物語としてのドラマ性が示される。ブラームスで行間で語るような味わいを示し、リストによって、バッハとの橋掛けが行われる。 |
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childhood memories p: ロマノフスキー レビュー日:2017.8.28 |
★★★★★ 現代の作曲家アレクセイ・ショアを知り、かつ大作曲の名曲で楽しめるアルバムです
ウクライナの俊英、アレクサンダー・ロマノフスキー(Alexander Romanovsky 1984-)による2017年録音のアルバムは、ちょっと変わった趣向。全体的に「2部構成」の内容で、前半には数々の大作曲家による名曲が並び、後半には、ウクライナのキエフで生まれ、ニューヨークで作曲活動を行っているアレクセイ・ショア(Alexey Shor 1970-)の独奏ピアノのため組曲「子どもの頃の思い出」が収録されている。アルバムのタイトルとなっている“Childhood Momories”はショアの組曲のタイトル。収録内容の詳細は、以下の通りとなる。 1) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) アラベスク ハ長調 op.18 2) リスト(Franz Liszt 1811-1886) パガニーニによる大練習曲 S.141より 第3曲「ラ・カンパネッラ」 3) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 夜想曲 第20番 嬰ハ短調(遺作) 4) ショパン 12の練習曲 op.10 より 第5番 変ト長調「黒鍵」 5) ショパン 12の練習曲 op.10 より 第12番 ハ短調 「革命」 6) ショパン ワルツ 第7番 嬰ハ短調 op.64-2 7) スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915) 12の練習曲 op.8 より 第12番 嬰ニ短調「悲愴」 8) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 10の前奏曲 op.23 より 第5番 ト短調 9) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) ベルガマスク組曲 より 第3曲「月の光」 10) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) ユシュケビッチ(Sergei Yushkevich)編 管弦楽組曲 第2番 BWV1067 より「バディヌリー」 アレクセイ・ショア 組曲「子どもの頃の思い出」 11) Chasing fireflies(ホタルを追って) 12) Bloomimg May(花咲く5月) 13) First dance(はじめてのダンス) 14) Sand box(砂場) 15) Marionette's waltz(マリオネットのワルツ) 16) Last days of Summer(夏の最後の日) 17) Hidden messages(隠されたメッセージ) 18) Hourglass(砂時計) 19) Air(空気) 20) Raindrops on the roof(屋根から落ちる雨しずく) 21) Naivete(素朴) 22) Coming of age(時は去り) 23) Melancholy(メランコリー) 24) First love(初恋) ショアの楽曲はいわゆるイージーリスニングであろう。吉松隆(1953-)あたりを連想させる。いろいろ調べてみたが、この作曲家に関する情報は多くない。公式サイトでは、彼の作品は世界の多くのオーケストラによって、すでに演奏されている、と書いてある。また、数学の研究者でもあるようだ。現在入手可能な音源として、他に「マンハッタンの四季」という作品がCD化されているという。 当盤に収録されたショアの楽曲は、メロディアスで、不協和な響きはなく、穏当でやさしい響きに満ちている。そして、全体的にメランコリーな情緒が覆っている。曲ごとにタイトルがついているが、聴いた限りではそこまで標題性の強さを感じさせず、むしろどの曲の似たような印象と言えるかもしれない。できれば、曲集の「顔」となるような楽曲が一つ欲しいような気もするが。 このたび、ロマノフスキーが、ショアの作品を大作曲家たちの名曲と組み合わせたのは、現代の作曲家を紹介するにあたって、ロマンティックな名曲たちと一緒に聴くても、特に不自然さのない作風であることを伝えるためのものであると思われる。回想的ななかに物憂い情緒を宿しつつも、ロマノフスキーの明朗なタッチで透明な響きに満たされた曲たちは、安らぎの要素を多く持っており、すんなりと聴きなじむことができるだろう。直前のバディヌリーから繋がる流れも良い。 そうはいっても、やはりロマノフスキーが弾いた「前半」の名曲たちが私にはより魅力的だ。いずれの楽曲も明晰でありながら、ゴツゴツすることのない弾力的なソノリティを活かした見事なアプローチである。全部いいのだけれど、特に印象的なものとして、ラフマニノフの前奏曲における鮮烈なリズムと音の冴え、ドビュッシーの「月の光」における静謐な透明感、そしてリストの「ラ・カンパネッラ」における結晶化しきった高音の輝きの美しさといったところ。どれも圧巻と言って良い。いずはセレクションではなく、全曲と言う形でいずれは聴いてみたいものだ。また、スクリャービンの名曲「悲愴」については、ついにこのようなラインナップに登場する楽曲となったのか、という思いもする。あるいは、これをきっかけにスクリャービンの音楽世界への入口となる人があらわれれば、その人にとって大きな幸いになるだろう。 ショパンも素晴らしい。ロマノフスキーの今後の録音への期待がさらに膨らむ一枚でもある。 |
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ROMANCE p: ラン・ラン レビュー日:2017.10.27 |
★★★★★ 選曲・曲順・演奏コンセプトにラン・ランならではの才覚を感じる甘美な名曲集
ラン・ラン(Lang Lang 1982-)による「ロマンス」と題されたピアノ名曲集。収録曲は以下の通り。 1) リスト(Franz Liszt 1881-1886) 愛の夢 第3番 S.541-3 2) J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) G線上のアリア(ピアノ編曲版) 3) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 夜想曲 第20番 嬰ハ短調(遺作) 4) チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893) 「くるみ割り人形」より「金平糖の精の踊り」 5) ショパン 練習曲 変イ長調 op.25-1 「エオリアン・ハープ」 6) ハンス・ジマー(Hans Zimmer 1957-) 映画「グラディエーター」より「グラディエーター・ラプソディー」 7) J.S.バッハ 主よ、人の望みの喜びよ 8) チャイコフスキー 「四季」より 6月「舟歌」 9) ショパン 練習曲 ホ短調 op.25-5 10) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828)/リスト編 アヴェ・マリア 11) ショパン 練習曲 ホ長調 op.10-3「別れの曲」 (アレンジ版) 12) リスト ロマンス S.169 13) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ピアノ・ソナタ 第3番 ハ長調 op.2 より 第2楽章 14) ショパン アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ op.22より「アンダンテ・スピアナート」 15) アン・ダドリー(Anne Dudley 1956-) ドラマ「風の勇士 ポルダーク」より「ポルダーク・プレリュード」 16) リスト コンソレーション 第3番 S.172 17) チャイコフスキー 「四季」より1月「炉端にて」 2010年から16年にかけて録音された音源を集めたもの。 そのコンセプトは「ロマンス」というタイトルからも分かる通り、甘美な楽曲、美しい旋律を存分に楽しんでもらおう、というもの。ラン・ランのエンターテーメント精神が発揮されており、その選曲・曲順もなかなか面白い。ショパンの「別れの曲」では激しい中間部を除き、再現部以降のみで再構成された形になっているし、「アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ」も前半のうっとりする部分を抽出している。ベートーヴェンのソナタ第3番の第2楽章という発想は、私には「意表を突く」ものだが、なるほど、このようなラインナップで聴くと、驚くほど「不自然さがない」印象だ。 もちろん、ラン・ランのアプローチは、そのコンセプトに沿ったものになっていて、例えばベートーヴェンの同じ楽章を本来あるソナタの一部として弾く時は、また違ったものとなる可能性は多いにあるだろう。とにかく、全体的に安らかで、甘美で、夢想的な表現が繰り広げられる。そうであっても、むせ返るような濃厚な甘美さではなく、どこか凛とした響きを共存させ、聴き飽きないような配慮が感じられるところは、さすがにラン・ランといったところか。 また、映画音楽界で高名なハンス・ジマー、そしてアン・ダドリーの作品を加えているところも、このピアニストならではの選曲だろうか。いや、こういう試みは、最近では結構多いのかもしれないが、しかし、ラン・ランの手で弾かれることによって、これらの楽曲の旋律的な魅力が、一層引き立っているように感じられるのは、さすがであるし、前後の曲順からの流れの良さも感心させられるところである。 これら2曲の他では、バッハの「G線上のアリア」の厳かさと甘美さの入り混じったラン・ランならではの装飾性を感じさせる表現、そして標題曲とも言えるリストの「ロマンス」の聴き手を魅了してやまない響きなど、特に印象に残ったところである。 クラシック音楽を永年聴いていると、どうもこういう「名曲集」的なものから距離を置きたくなるのだが、「ラン・ランが弾いた」となると思わず「ほう、どれどれ」となってしまう。そんな私を納得させてくれた甘美な一枚でした。 |
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カロル・A・ペンソン編曲作品集 p: カツァリス レビュー日:2018.3.9 |
★★★★★ 趣味、究めるべし。物理学者ペンソンによる見事な編曲集。
世の中、いろいろな形で、何かを究める人がいる。時には、趣味の領域で、本職を凌ぐことも。クラシック音楽の世界で言えば、例えば、作曲家として名を成したボロディン(Alexander Borodin 1833-1887)。彼の本業は医者である。しかも、化学、医学の研究でも大きな成果を残し、有機合成法の一つ「ボロディン反応」を開発した。そんな彼が趣味で行った作曲は、いくつか名作と呼ばれるものを後世に残すに至った。 ここで、フランスのピアニスト、シプリアン・カツァリス(Cyprien Katsaris 1951-)が取り上げているのは、物理学者カロル・A・ペンソン(Karol Andrzej Penson 1946-)が、既存の楽曲を「ピアノ編曲」した作品集である。ペンソンの手により編曲された以下の楽曲が収録されている。 1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) ヨハネ受難曲BWV245より 第39曲 聖なる亡きがらよ、安らかに憩いたまえ 2) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) シルヴィアに D.891 3) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) 「リーダークライス」op.39より 第5曲 月夜 4) シューマン 「(ハイネの詩による)リーダークライス」op.24より 第7曲 山や城が見下ろしている 5) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 「5つの歌曲」op.105より 第1曲 メロディのように 6) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883) ヴェーゼンドンク歌曲集より 第1曲 天使 7) R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949) 「8つの歌」op.10より 第1曲 献身 8) R.シュトラウス 「8つの歌」op.10より 第8曲 万霊節 9) R.シュトラウス 「5つの歌」op.15より 第5曲 帰郷 10) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) ヴァイオリン・ソナタ 第2番 op.13より第2楽章 Allegretto tranquillo 11) カルウォヴィチ(Mieczyslaw Karlowicz 1876-1909) 「6つの歌」op.1より 第1曲 悲しむ少女に 12) カルウォヴィチ 「6つの歌」op.1より 第3曲 雪の中で 13) フリーマン(Alex Freeman 1972-) 素敵な瞳 14) ノスコフスキ(Zygmunt Noskowski 1846-1909) 悲哀 op.62-1 15) キュイ(Cesarius Cui 1835-1918) 「7つの歌曲」op.33より 第1曲 夜鳴きうぐいす 16) グラズノフ(Aleksandr Glazunov 1865-1936) 瞑想曲 op.32 17) シャポーリン(Yuri Shaporin 1887-1966) 孤独な心の中で 18) シャポーリン あなたの気怠い南方の声 19) ビゼー(Georges Bizet 1838-1875) 「20の歌」op.21より 第4曲 アラビアの女主人の別れ 20) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 「3つの歌」op.18より 第1曲 ネル 21) モンポウ(Frederic Mompou 1893-1987) 君の上にはただ花ばかり 22) タレガ(Francisco Tarrega 1852-1909) アルハンブラの思い出 23) バリオス(Agustin Barrios 1885-1944) 郷愁のショーロ 2008年から17年にかけて録音された音源を集めた一枚。 ペンソンの編曲活動を知ったカツァリスが、その作品を手掛けるようになってすでに相応の年月が流れているわけである。聞くところでは、ペンソンは、自分の作品を大ピアニストが取り上げられることを面映ゆく思っていたようなのであるが、誰よりもカツァリスがこれらの作品に芸術的価値を認め、何度も本人に働きかけ、かつ事あるごとに紹介を欠かさなかったわけで、それがこのような集約されたアルバムとなるに至ったのである。 そもそもカツァリスというピアニストが「編曲もの」の解釈者として第一級の名を成した人である。また自身の編曲活動も盛んで、つい最近のテオドラキス(Mikis Theodorakis 1925-)作品を編曲したアルバムには、私も度肝を抜かれたばかり。そのようなわけで、このアルバムも興味深く拝聴させていただいた。 とても面白かった。一言でいうと、実にこなれた完成度の高い編曲である。いずれもピアノ独奏作品として高い完成度を示している。それだけでなく、高度な技巧を要求する内容であり、カツァリスのような大家が手掛けるのにふさわしい作品群だということが、よくわかった。 シューマンの2曲の美しく麗しいこと。またR.シュトラウスの「献身」は、ごく短い曲だけど、私はこの曲が好きで昔何度も聴いていたので、ここでそのメロディに違う形で触れることが出来たのは喜びであった。変わっているのはグリーグのヴァイオリン・ソナタ第2番の第2楽章で、このような楽曲を「ピアノ独奏曲に編曲しよう」と思い立つこと自体が、実にユニーク。そして、編曲された楽曲は、それこそグリーグの抒情小品集の1曲であるかのように可憐な姿を見せるのである。カルウォヴィチからシャポーリンまでは、一般にあまりなじみの少ない楽曲と思われる。編曲に妙としては、原曲を知らないので、正直よくわからないところもあるが、いずれもきれいにまとまっている。ビゼー、フォーレ、モンポウと魅力的な旋律が続くが、モンポウの楽曲に関しては、最近ヴォロドス(Arcadi Volodos 1972-)によるピアノ独奏編曲版もリリースされているので、聴き比べも楽しいだろう。ここでは、ヴォロドスの方が透明な詩情をすっきり伝えているかもしれないが、ペンソンの編曲にある厚みも魅力的だ。 技巧という面で、だれもがあっと驚くのがタレガの「アルハンブラの思い出」だろう。ギターで弾いてこその楽曲であるが、カツァリスの細やかな同音連打のニュアンスの美しいこと。しかも、その乾いた音色がまるでギターを弾いているかのような響きと情感を醸し出す。編曲好きにはたまらない一品に違いない。 趣味という領域は、あるいは趣味だからこそ、その人の持つ感性や感覚の深みが反映されるのかもしれない。そのようにも感じ入った見事な一枚でした。 |
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PRIMAKOV IN CONCERT VOL.2 p: プリマコフ レビュー日:2019.11.15 |
★★★★☆ ユニークな選曲。プリマコフのライヴ音源を集めて作ったアルバム
ロシアのピアニスト、ワシリー・プリマコフ(Vassily Primakov 1979-)のライヴ音源を集めて一つのアルバムとしたディスク。収録曲は、以下の通り。 メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847) 無言歌 第2集 op.30 1) 瞑想 2) 安らぎもなく 3) 慰め 4) さすらい人 5) 小川 6) ヴェネツィアの舟歌 第2 7-12) J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) フランス組曲 第2番 ハ短調 BWV.813 フィリップ・グラス(Philip Glass 1937-)/プリマコフ選 「めぐりあう時間たち」組曲 13) ポエット・アクツ(The Poet Acts) 14) モーニング・パッセージ(Morning Passages) 15) ティアリング・ハーセルフ・アウェイ(Tearing Herself Away) 16) めぐりあう時間たち(The Hours) 17-20) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) ベルガマスク組曲 録音は、メンデルスゾーンが2005年、バッハが2006年、グラスとドビュッシーが2008年。 グラスの楽曲は、スティーブン・ダルドリー(Stephen Daldry 1961-)監督の映画「めぐりあう時間たち」(2002年)のために書かれた映画音楽を、マイケル・リースマン(Michael Riesman 1943-)とニコ・ミューリー(Nico Muhly 1981-)がピアノ編曲したもの。プリマコフはそのうち4曲を抜粋した上で、軽微な改変を加えて、連続的に奏でている。ちなみに、ピアノ編曲は他にもあって、リシッツァ(Valentina Lisitsa 1973-)はリーズマン(Michael Riesman)が編曲した当該楽曲を録音している。 全般に暖かなロマンティズムが息づいていて、聴き易い仕上がり。バッハ、グラスと続く当たり、他では見ない構成なのだが、聴いていてさほど不自然な感じは受けない。 収録曲中で、私が良いと思ったのはメンデルスゾーンである。ただ、私の場合、この第2集の曲たちは、かつて自分で弾いたことのある曲たちなので、その思い入れもあるかもしれない。プリマコフは、楽曲ごとに、メロディーを活かしたロマン性を施し、甘美でありながらスタイリッシュな表現でアプローチ。特に「さすらい人」の連音から湧き上がる情緒や、「ヴェネツィアの舟歌 第2」のメランコリックな味わいが美しい。バレンボイム(Daniel Barenboim 1942-)やプロッセダ(Roberto Prosseda 1975-)の演奏が、いま一つ簡潔に過ぎるように思える人には、こちらをオススメしたい。 バッハでは、プリマコフはロマン性と造形性のバランスを考慮したアプローチを試みていると思う。低音を強めに打つのが一つの特徴だと思うが、個人的には、それであれば、もっとロマン性に傾いて、自分のやりたいもの、言いたいことを前面に押し出すようなスタイルでもいいように思う。悪くはないのだけれど、低音の主張の割には、全体像に関しては、ちょっとお行儀よくしよう、という思いが強過ぎたような、アンバランスな感じがする。ただ、終曲のジーグは、解放感があって、清々しいほどの聴き味だ。 グラスの作品をクラシック・ピアニストがコンサートで弾くというのは、それなりの思い入れが溢れてのことであろう。プリマコフはそれに相応しい重厚な音色でこの作品を描きあげている。個人的には、「ポエット・アクツ」など、編曲も含めてリシッツァの方が健やかな情感がストレートに出ていて好ましいと考えるが、プリマコフの重量感を感じさせるピアニズムも、グラスの作品の解釈の幅を広げるものであり、一つの作品の魅力の提示方法になっていると感じた。 最後のドビュッシーも、メンデルスゾーンとともに、なかなか良いと思う。歌心に満ちた明るい響きの演奏で、特に粘り気のあるプレリュードが特徴的だ。ルバートの効果が瑞々しく、音楽の流れを損なわない範囲で彩り、きれいになっている。メヌエット、月の光も「歌」のある解釈で、品も良い。パスピエのしまった運動美もふさわしい。 |
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INGOLF WUNDER 300 p: ヴンダー レビュー日:2019.12.2 |
★★★★★ ヴンダーの安定した技巧、ウェルバランスな響きで聴くオムニバス・アルバム
2010年、ショパン国際ピアノ・コンクールで第2位となったオーストリアのピアニスト、インゴルフ・ヴンダー(Ingolf Wunder 1985-)によるピアノ・ソロアルバム。ちなみにその年の優勝はロシアのアヴデーエワ(Yulianna Avdeeva 1985-)。 本アルバムは「300」と題して、作曲年に最大約300年の開きのあるオムニバス・アルバムの体裁。収録曲は以下の通り。 1) スカルラッティ(Domenico Scarlatti 1685-1757) ソナタ ロ短調 L33 (K.87) 2) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) ピアノ・ソナタ 第13番 変ロ長調 K.333 3) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 子守歌 変ニ長調 op.57 4) コチャルスキ(Raoul Koczalski 1884-1948) 幻想的ワルツ op.49 5) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 死のチャールダーシュ 6) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 月の光 7) リムスキー=コルサコフ(Nikolai Rimsky-Korsakov 1844-1908) 熊蜂の飛行 8) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 前奏曲 ト短調 op.23-5 9) スクリャービン(Alexandre Scriabine 1872-1915) 練習曲 嬰ニ短調 op.8-12 「悲愴」 10) モシュコフスキ(Moritz Moszkowski 1854-1925) 火花 op.36-6 11) ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz 1903-1989) 変わり者の踊り 12) モーツァルト/ヴォロドス(Arkadij Volodos 1972-)編 トルコ行進曲 13) モリコーネ(Ennio Morricone 1928-) 愛を奏でて(映画「海の上のピアニスト」から) 14) ジョン・ウィリアムズ(John Williams 1932-)/ヴンダー、ロンベルク(Martin Romberg 1978-)編 スター・ウォーズ 15) リャードフ(Anatoly Lyadov 1855-1914) 音楽玉手箱 op.32 2012年の録音。 いかにも守備範囲の広いピアニストという印象のラインナップであるが、当盤にはホロヴィッツへのオマージュという意図もあるとのことで、確かにホロヴィッツがレパートリーとしていた楽曲たちがあちこちに顔を出している。 全体の印象をまず書いてしまうと、とにかくソツがない。良くないものも、しっくりこないものもなく、この種のアルバムとして、かなり高い完成度を示すものと言って間違いないだろう。ヴンダーの演奏における技術的な安定感は当然なのかもしれないが、加えて瑞々しい濁りのないタッチ、かつ暖かな配慮を感じさせる音楽性が全編に満ちていて、過不足ないバランスのとれた好演が続く。 印象に強く残ったものを書くと、まずはモーツァルトの名曲をヴォロドスが編曲した「トルコ行進曲」。編曲に込められたヴィルトゥオジティの美学を鮮やかに消化したような胸のすく快演となっている。リストの「死のチャールダーシュ」では、重量感とスピード感の双方に不満のない鮮やかなピアニズムが展開する。 スクリャービンの練習曲「悲愴」は、健やかな流れの中で、劇性が高まっていく。後半につれてギアを上げていく過程がエネルギッシュで、気持ち良い。ドビュッシーの「月の光」は、このピアニストらしい滑らかな進行が魅力だろう。スカルラッティ、モーツァルトといった古典では、現代ピアノの瑞々しさを前面に出した色彩感が好ましい。 珍しいものとしては、映画音楽「スター・ウォーズ」のピアノ版。ピアノで弾くと、こんな感じになるんだ、といった塩梅で、ヴンダーのサービス精神を堪能させてくれる。 このような曲集なので、アーティストの解釈云々というところまで、なかなか言及できないところはあるものの、いずれも過不足ない良演揃いであり、なにか欠点として指摘すべきところは特にない。楽しく聴けるアルバムです。 |
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ヴェルサイユ p: タロー テイラー S: ドゥヴィエル レビュー日:2019.12.10 |
★★★★★ タローならではの企画。ピアノで楽しむ17,8世紀のクラウザン作品集
アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)による「ヴェルサイユ」と題して17~18世紀のフランスにおけるクラウザンのための楽曲を集め、ピアノで奏したアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ラモー(Jean-Philippe Rameau 1683-1764) クラヴサン曲集 第1巻 から 「プレリュード」 2) ラモー クラヴサン曲集 組曲ホ短調 から 「鳥のさえずり」 3) ド・ヴィゼー(Robert De Vise 1650-1725) ギターのための組曲 第9番 ニ短調 から 「サラバンド」 4) ラモー クラヴサン曲集 組曲ホ短調 から 「タンブーラン」 5) ロワイエ(Pancrace Royer 1703-1755) クラヴサン曲集 第1巻 から 「愛らしい」 6) ラモー 新しいクラヴサン曲集 から 「ガヴォットとドゥーブル」 7) ダングルベール(Jean-Henry d'Anglebert 1629-1691) リュリの「ヴィーナスの誕生」によるサラバンド 「神の世界」 8) ロワイエ クラヴサン曲集 第1巻 から 「スキタイ人の行進」 9) ラモー 「優雅なインドの国々」 から 「来て 結婚の神よ」 10) ロワイエ クラヴサン曲集 第1巻 から 「タンブーラン I&II」 11) クープラン(Francois Couperin 1668-1733) クラヴサン曲集 第25オルドル から 「さまよう亡霊」 12) デュフリ(Jacques Duphly 1715-1789) クラヴサン曲集 第4巻 から 「ポトゥアン」 13) ラモー 新しいクラヴサン曲集 から 「未開人」 ; レオン・ロクエス編(Leon Roques 1839-1923)4手版 14) ダングルベール クラヴサン小品集 から 「シャコンヌ」 ハ長調 15) ダングルベール リュリの「カドミュスとエルミオーヌ」からの序曲 16) クープラン クラヴサン曲集 第25オルドル から 「パッサカーユ」 17) ダングルベール クラヴサン小品集 から 「オルガンのためのフーガ・グラーヴェ」 18) デュフリ クラヴサン曲集 第3巻 から 「ラ・ド・ブロンブル」 19) リュリ(Jean-Baptiste Lully 1632-1687) 「町人貴族」 から 「トルコ人の儀式のための行進曲」 ; タロー編ピアノ版 20) バルバトル(Claude Balbastre 1724-1799) クラヴサン曲集 第1巻 から 「スザンヌ」 21) ダングルベール クラヴサン小品集 「スペインのフォリアによる変奏曲」 2019年の録音。9)ではサビーヌ・ドゥヴィエル(Sabine Devieilhe 1985-)のソプラノが、13)ではジュスタン・テイラー(Justin Taylor)のピアノが加わる。タローは2006年録音のクープランの作品集で11)を録音していた。また、13)の独奏版は、2001年録音のラモーの作品集で収録済。 上述の通り、すでにクープラン、ラモーの作品集で高い成果を挙げたタローならではの企画であり、当盤もピアノという楽器の特性を活かした華やかな仕上がりとなっている。クラウザンとピアノの違いは、音質、音価、音量など様々にあるので、ピアノで弾くということは、楽曲の在り方を「ピアノ的」なものに変質させながら弾く、ということになるのだけれど、タローはこれを鮮やかな手腕で成し遂げている。また、「本来はクラウザン曲である」ということを消極的に捉えることなく、自身の表現者としてのステイタスを十二分に織り込んだ芸術として、聴き手に訴えかける大きな力を宿している。 ピアノで弾くにあたって、タローは明瞭性、装飾性について、研究し、披露している。クラウザンならではの「弦を弾はじく」音による細かさを前提とした装飾は、その発色性と音量の幅を広げて表現されるが、それに合わせて楽曲全体のスケール感が十分に存在する間合いやダイナミクスが用意されていて、結果としてとても自然で美しく響くものとなっている。 ロワイエの「スキタイ人の行進」、デュフリの「ポトゥアン」といった楽曲で、その一回りスケールを広げたような伸びやかさのある解釈がことに魅力的だ。クープランの「さまよう亡霊」の素晴らしさは、以前の録音の通り。ラモーの「ガヴォットとドゥーブル」では、この作曲家の論理的音楽志向を芸術的に咀嚼した表現として提示される。 タローのアルバムのプログラムにはしばしば楽しまされるが、当盤でも中央部に典雅なソプラノ独唱を添え、末尾に壮大にして壮麗なダングルベールのフォリアの主題による変奏曲を配するなど、選曲の妙で飽きさせない内容となっている。 |
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DANIEL CIOBANU p: チョバヌ レビュー日:2020.12.25 |
★★★★★ ルーマニアのピアニスト、ダニエル・チョバヌのデビュー盤です
2017年に開催されたアルトゥール・ルービンシュタイン国際コンクールで第2位となって注目されたルーマニアのピアニスト、ダニエル・チョバヌ(Daniel Ciobanu 1992-)のデビューアルバム。2020年にライプツィヒのゲヴァントハウスでセッション録音されたもので、下記の楽曲が収録されている。 1-3) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 op.83 「戦争ソナタ」 4) エネスコ(Georges Enesco 1881-1955) 組曲 第3番 op.18 より 第7曲 「夜の鐘」 ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 前奏曲集 第1巻 より 5) 第2番 「ヴェール(帆)」 6) 第5番 「アナカプリの丘」 8) 第6番 「雪の上の足跡」 9) 第8番 「亜麻色の髪の乙女」 10) 第9番 「とだえたセレナード」 11) 第12番 「ミンストレル」 12) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 巡礼の年 第2年「イタリア」 より ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」 プログラムは、コンクール出身ピアニストらしいとも言えるが、かなり性格的に異なるものが集まっている印象もある。これらを1枚のアルバムでうまくまとめ上げることが出来るのだろうか、という私の聴く前の疑問は杞憂であった。チョバヌというピアニストの力を刻印したアルバムである。 チョバヌは、もちろん相当に高い技巧をすでに持っているが、ペダルの使用方法も加わって、音色的にも多彩さを持ち合わせている。また、特有の音の重さ、それでいて美しく響きの割れない強さを併せ持っていて、それらを背景に堂々たるアプローチで、これらの楽曲に自分流の解釈を施している。とても「聴きで」のあるアルバムになっている。 プロコフィエフのピアノ・ソナタは、全体にややゆったりめのペースをとる。ピアノの音には独特の重さがあり、重力による打鍵の鋭さを感じさせる一方で、リズムへも鋭い適応があるほか、スナップの力を駆使した打楽器的な音色を織り交ぜ、とても面白い。また、演奏における音色的な効果だけでなく、この楽曲の第2楽章では、憂いに溢れた情感を導く感応性も示してくれる。個人的に、この曲の場合、両端楽章より、この第2楽章に演奏家の個性が現れると思っており、この第2楽章をあっさりと弾き飛ばす演奏には概して面白くないものが多いのだが、チョバヌの演奏には、そのような心配はなく、濃厚さに満ちている。第3楽章は弾き飛ばさず、しかし鋭く重く、深いものを描いた感がある。 エネスコの作品は「お国モノ」という事になるが、とても面白い楽曲だ。明確にカリヨンの音色を模倣した音色面での表現に特化した楽曲であるが、これはチョバヌにとって、自身の特徴を存分に発揮できるところであろう。背景にただよう静謐さも見事なもので、ミステリアスであり、それでいて叙情もある秀逸な表現として、完成されている。 ドビュッシーの前奏曲第1巻からは6曲が選ばれている。ここでもチョバヌは巧妙なペダリングによる音色と、美しさと重さを兼ね備えたソノリティで、ドビュッシーの世界を、自己の芸術の中で、再現しており、聴かせる。全般にややゆったりめのテンポではあるが、「とだえたセレナード」や「ミンストレル」では、運動的なノリの良さも存分に発揮していて、どの曲も同じとはならない。音色も鋭さだけでなく、時にあいまいな語り口をまじえて、幻想的な雰囲気が良く表現されている。 最後に収録されているリストの「ダンテを読んで」は、いかにもこの楽曲にふさわしい気風の大きな演奏であり、連打音の劇性、静と動の対比が鮮やかに描き出される。チョバヌの演奏には、すでに完成度の高い芸術性が備わっていて、頼もしい。 |
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TRILOGY p: オラフソン レビュー日:2021.4.23 |
★★★★★ 現代を代表するアーティスト、オラフソンによる3つのアルバムをBOX化したもの
私が、アイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソン(Vikingur Olafsson 1984-)の録音を聴いたのは、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)指揮デンマーク放送交響楽団と協演したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の2015年のライヴ録音((DIRIGENT DIR-1764)である。アイスランド籍をもつ巨匠アシュケナージが、国内の若き才能を世に伝えた貴重な録音で、その瑞々しい感覚美に溢れた演奏は、たちまち私を魅了した。そして、その翌年には、メジャー・レーベルであるドイツ・グラモフォンがオラフソンと契約。当盤は「三部作」と題し、投稿日現在まで、同レーベルから発売されたオラフソンの下記の3つのアルバムを3枚組のbox-setとしてまとめたもの。 【CD1】 フィリップ・グラス(Philip Glass 1937-)ピアノ作品集 2016年録音 1) Glassworksよりオープニング 2) エチュード 第9番 3) エチュード 第2番 4) エチュード 第6番 5) エチュード 第5番 6) エチュード 第14番 7) エチュード 第2番 ;クリスチャン・バズーラ(Christian Badzura)による弦楽四重奏を含む再構成版 8) エチュード 第13番 9) エチュード 第15番 10) エチュード 第3番 11) エチュード 第18番 12) エチュード 第20番 13) Glassworksよりオープニング ;クリスチャン・バズーラによる弦楽四重奏を含む再構成版 【CD2】 バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) 1) 前奏曲とフゲッタ ト長調 BWV902 より 前奏曲) 2) コラール BWV734「今ぞ喜べ、汝らキリストの徒よ」 ケンプ(Wilhelm Kempff 1895-1991)編 3) 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 から 第10番 ホ短調 BWV855 4) オルガン・ソナタ 第4番 BWV528 から 第2楽章 ストラダル(August Stradal 1860-1930)編 5) 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 から 第5番 ニ長調 BWV850 6) いざ来たれ、異教徒の救い主よ BWV659 ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924)編 7) 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 から 第2番 ハ短調 BWV.847 8) 罪に手向かうべし BWV54 オラフソン編 9) イタリア風のアリアと変奏 イ短調 BWV989 10) 2声のインヴェンション 第12番 イ長調 BWV783 11) 3声のシンフォニア 第12番 イ長調 BWV.798 12) 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006 から ガヴォット ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943)編 13) 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 から 第10番 BWV855 の前奏曲 シロティ(Alexander Ziloti 1863-1945)編 14) 3声のシンフォニア 第15番 ロ短調 BWV801 15) 2声のインヴェンション 第15番 ロ短調 BWV786 16) 協奏曲 ニ短調 BWV974 原曲:マルチェッロ(Benedetto Marcello 1686-1739) 17) 主イエス・キリスト、われ汝を呼ぶ BWV639 ブゾーニ編 18) 幻想曲とフーガ イ短調 BWV904 【CD3】 ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)&ラモー(Jean-Philippe Rameau 1683-1764) ピアノ作品2019年録音 ドビュッシー 1) カンタータ「選ばれし乙女」から前奏曲(ピアノ独奏版) ラモー 2) クラウザン曲集 第1巻 第5曲 「鳥のさえずり」 3) クラウザン曲集 第1巻 第6,7曲 「リゴードン1,2」 4) クラウザン曲集 第1巻 第8曲 「ロンドー形式のミュゼット」 5) クラウザン曲集 第1巻 第9曲 「タンブーラン」 6) クラウザン曲集 第1巻 第10曲 「村娘」 7) クラウザン曲集 第1巻 第3,4曲 「ロンドー形式のジグ1,2」 ドビュッシー 8) 版画 から 第3曲 「雨の庭」 9) 子供の領分 から 第3曲 「人形へのセレナード」 10) 子供の領分 から 第4曲 「雪は踊っている」 ラモー 11) クラヴサン曲集 組曲 ニ短調-長調 第1曲 「優しい嘆き」 12) クラヴサン曲集 組曲 ニ短調-長調 第7曲 「つむじ風」 13) クラヴサン曲集 組曲 ニ短調-長調 第6曲 「ミューズたちの語らい」 ドビュッシー 14) 前奏曲集 第1巻 第6曲 「雪の上の足跡」 ラモー 15) クラウザン曲集 第2巻 第4曲 「喜び」 16) クラウザン曲集 第2巻 第8曲 「一つ目の巨人」 オラフソン 17) 芸術と時間 (ラモーの歌劇「レ・ボレアド」の間奏曲のピアノ版) ドビュッシー 18) 前奏曲集 第1巻 第8曲 「亜麻色の髪の乙女」 19) 前奏曲集 第2巻 第8曲 「水の精」 ラモー 20) コンセール 第5番 第2曲 「キュピ」 21) コンセール 第4番 第2曲 「軽はずみなおしゃべり」 22) コンセール 第4番 第3曲 「ラモー」 23) 新クラウザン曲集 第2巻 第5曲 「めんどり」 24) 新クラウザン曲集 第2巻 第8曲 「エンハーモニック」 25) 新クラウザン曲集 第2巻 第3,4曲 「メヌエット1,2」 26) 新クラウザン曲集 第2巻 第7曲 「未開人たち」 27) 新クラウザン曲集 第2巻 第9曲 「エジプトの女」 ドビュッシー 28) 映像 第1集 第2曲 「ラモー礼讃」 正直言って、現時点でこれら3つのアルバムを1つのBox-setにする意義はそれほど高くないと思うのだけれど、3つのアルバム、いずれもオラフソンという芸術家の天才性を示したものであり、セットで廉価になっていることを考えれば、まだ1枚も所有していない人にとって、ありがたいアイテムであることは間違いないだろう。ピアノ好きなら、存分に勧められる。 【CD1】のグラスのエチュードは1990年代に作曲された第1番~第16番と、2012年に作曲された第17番~第20番の計20曲からなる。そのうちオラフソンは半分の10曲を取り上げて、自分なりの曲順で演奏している。注目したいのはドイツの音楽家、バズーラによって、弦楽四重奏を組み合わせて再構成された2編が収録されていることで、これら2曲ではシッギ弦楽四重奏団が共演している。グラスの作品は、ミニマル・ミュージックの体裁を持っているが、本録音を聴くと、その根底にあるのは、グラス特有の淡くも暖かな情緒であると思わされる。オラフソンはこれらの曲に、暖かく、健やかな情感を張り巡らし、実に美しく、瑞々しく響かせている。エチュードは、互いに似通った楽想を持っており、そのため、変奏曲的な雰囲気も持っているが、いわゆる変奏曲の様に技術的な方法で強い対照を引き出したり、感情的に強い陰影を各曲に与えたりしているわけではない。もちろん、第6番のように「強さ」を感じさせる楽曲もそこには混在するのだけれど、それでも全体的に、不思議な安寧の中に吸い込まれるような曲たちであると感じる。オラフソンの曲順も、それなりに考えられたものに違いないが、一際冴えた構成感をもたらすのが、弦楽四重奏の挿入である。それは、決して対比の妙をねらったものではなく、まるで必然のように現れる弦楽器たちの音色は、背景と調和し、郷愁的な情緒を高める。アルバム構成としては、最後に冒頭曲でもある「Glassworksよりオープニング」に戻ってくるわけだが、ピアノのモノローグに導かれて、弦のピチカートから始まる印象的な序奏部が設けられていて、弦楽器が深める懐古的な雰囲気の中から再びピアノが語り始めるところなど、心憎いほどの演出で感動的だ。 【CD2】はバッハのオリジナル楽曲だけでなく、自らアレンジしたものも含めて様々な編曲版を含め、選曲・構成に工夫をこらしたもの。バッハ自身がマルチェッロのオーボエ協奏曲(「ベニスの愛」のタイトルで有名)を編曲したものも採用して一つのプログラムに仕立てるあたり、実に面白い。収録された楽曲たちは、時に編曲者の嗜好を踏まえロマンティックに響くのだが、まったく違和感なく流れる。これは楽曲の曲順がしっくり言っているという以上に、オラフソンのアプローチの冴えによるもので、バッハのオリジナル曲であっても、編曲ものであっても透明度の高い、音楽の線的な構造を明晰に解きほぐし、そこに適度な肉付けを施したその響きは、どのような音楽であっても、一つの規範のもとに整列したかのような居住まいを感じさせる。バッハの音楽は幾分ロマンティックに、他の編曲はいくぶん古典的に響き、両者が歩み寄ったような地点に見事にオラフソンの芸術が完成している。それは、かつて味わえなかった新鮮さをともなって、私に聴くことの喜びを伝えてくれる。アルバムの核と考えられるのが「イタリア風のアリアと変奏」であるが、この美しいメロディが、いくぶん冷たい悲しさを秘めて鳴るのは忘れがたい。それをコントロールするオラフソンのスタイルには、常に鋭利な知性が息づいている。どこか一つ代表的なところを挙げるとしたら、「3声のシンフォニア 第15番 ロ短調」を取りたい。俊敏な運動性、鮮やかにほぐれていく声部、添えられるほのかな情緒、そして、それらを束ねて一つの形式性の高い楽曲として提示する感性。すべてき現代的な冴えを感じさせる。 【CD3】は、ドビュッシーとラモーという組み合わせがまず魅力的。ラモーが遺した鍵盤楽器のための作品は、とても完成度が高く、かつピアニスティックである。もちろん、当時使用された鍵盤楽器は、クラウザンなのであるが、オラフソンの「現代のピアノがあったら、ラモーは夢中になったに違いない」との言葉に、私は完全に同意する。タロー(Alexandre Tharaud 1968-)も、この感覚に則って、現代ピアノ演奏による素晴らしいラモーの鍵盤作品を記録しているが、そこに、このオラフソン盤が加わったのは、意義深い。当盤の目玉はドビュッシーとの交錯になる。ラモーの鍵盤楽器作品のタイトルは、ご覧の通り、どこか印象派的である。ラモーの音楽は論理的だが、その論理をベースとした表現性にも卓越したセンスを見せる。それはドビュッシーの音楽と相通じる要素であり、と言うよりドビュッシーがラモー作品からいかに影響を受けたかの証左でもある。オラフソンのピアノの素晴らしいこと。機転の利いた展開、俊敏な節回し、装飾性の効いたアクセント、いずれもが躍動感に満ち、豊かな色彩感を持っている。ラモーの音楽の魅力を引き出すのに、これほどうってつけの存在はいない、と思えるくらい。ラモーの「鳥のさえずり」「キュピ」「未開人たち」など、ピアニスティックな効果満載で、楽しい事この上ない!もちろん、ドビュッシーも素晴らしい。そして、考え抜かれた曲順、ラモーとドビュッシーの作品の間であっても、ときに間隙を置かず演奏・収録されている構成の妙、こういった点も含めて、ぜひ多くの人に当盤を味わってほしいと思う。オラフソン自身の編曲による「芸術と時間」のしっとりした味わいは、多くのピアノフアンにとって、新しい名品との出会いになるだろう。 今後もますます注目されるであろうオラフソン。まだ聴いていない人は、このアイテムで、一気に差を詰めるチャンスです。 |
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The Art of Tatiana Nikolayeva p: ニコラーエワ 他 レビュー日:2021.9.3 |
★★★★★ ニコラーエワの芸術に浸る37枚組
ソ連で、バッハ演奏の権威として知られ、またショスタコーヴィチとの深い信頼関係から、その代表作の一つ「24の前奏曲とフーガ」の初演を行ったピアニスト、タチアーナ・ニコラーエワ(Tatiana Nikolayeva 1924-1993)の没後25年を記念して、37枚組のBox-setとしてリリースされたもの。収録内容の大要は下記の通り。 【CD1,2】 バッハ イギリス組曲 第1番 第4番 1965年録音 バッハ フランス組曲 全曲 1984年録音 【CD3】 バッハ(ブゾーニ編) トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565/フーガ ト短調 BWV 578 コラール「目覚めよと呼ぶ声あり」 BWV 645/コラール「今ぞ来たれ、異教徒の救い主よ」 BWV 659/コラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」 BWV 639/(ヘス編)コラール「主よ、人の望みよ喜びよ」 BWV 147/(ブゾーニ編) シャコンヌ ニ短調/(ケンプ編) フルート・ソナタ 変ホ長調 BWV 1031~第2楽章 シチリア―ノ/バッハ イタリア協奏曲 BWV 971 1980年録音 【CD4-7】 バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2巻 1971-1973年録音 録音:1973年 【CD8】 バッハ 2声のインヴェンションと3声のシンフォニア 全曲 1977年録音 バッハ イタリア協奏曲 BWV 971 1982年録音(ライヴ) 【CD9】 バッハ 2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV 1060/同 ハ短調 BWV 1062/3台のチェンバロのための協奏曲ハ長調 BWV 1064/4台のチェンバロのための協奏曲 イ短調 BWV 1065/チェンバロ協奏曲第4番イ長調 BWV1055 1975年録音 サウリウス・ソンデツキス(Saulius Sondeckis 1928-2016)指揮 リトアニア室内管弦楽団 p: ミハイル・ペトゥホフ(Mikhail Petukhov 1954-)、セルゲイ・センホフ(Sergej Senkov)、マリア・エヴセーエワ(Marina Yevseeva) 【CD10-11】 バッハ ゴルトベルク変奏曲 BWV 988 1979年録音 【CD12】 バッハ フーガの技法 BWV 1080 1967年録音 【CD13】 バッハ 平均律クラヴィーア曲集第1巻から第2番 ハ短調 BVW847/同 第3番 嬰ハ長調 BWV.848/第2巻から 第19番 イ長調 BWV.888/同 第20番 イ短調 BWV.889 1968年録音 モーツァルト ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調 K.482 1956年録音 カール・シューリヒト(Carl Schuricht 1880-1967)指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ショパン 華麗なる変奏曲 変ロ長調 1953年録音 メンデルスゾーン カプリッチョ・ブリランテ op.22 1958年録音 【CD14】 バッハ チェンバロ協奏曲 第4番 イ長調 BWV1055 1983年録音 サウリウス・ソンデツキス指揮 リトアニア室内管弦楽団 モーツァルト 2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調(協奏曲第10番) K.365 (K.316a)/3台のピアノのための協奏曲 ヘ長調 K.242 1986年録音(ライヴ) サウリウス・ソンデツキス指揮 リトアニア室内管弦楽団 p: エリソ・ヴィルサラーゼ(Eliso Virsaladze 1942-)、ニコライ・ルガンスキー(Nikolai Lugansky 1972-) 【CD15】 ニコラーエワ 3つの演奏会用練習曲 op.13 1954年録音 プロコフィエフ ピアノ・ソナタ 第8番 変ロ長調 op.84 1963年録音/10の小品op.12より 第7番「前奏曲」ハ長調 「ハープ」 1991年録音/プロコフィエフ(ニコラーエワ編) 「ピーターと狼」組曲 1964年録音/3つのオレンジへの恋 op.33 から「行進曲」 1991年録音 【CD16】 チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第2番 ト長調 op.44 1951年録音 ニコライ・アノーソフ(Nikolai Anosov 1900-1962)指揮 ソ連国立交響楽団 チャイコフスキー 協奏的幻想曲 ト長調 op.56 1950年録音 キリル・コンドラシン(Kirill Kondrashin 1914-1981)指揮 ソ連国立交響楽団 【CD17】 チャイコフスキー ピアノ・ソナタ 第1番 ト長調 「グランド・ソナタ」 op.37/ワルツ 変イ長調 op.40-8/5拍子のワルツ op.72-16 1991年録音 シューマン 主題と変奏 変ホ長調/3つのロマンス op.28 1991年録音 【CD18】 チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 op.23 1959年録音 クルト・マズア(Kurt Masur 1927-2015)指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 op.18 1951年録音 コンスタンティン・イワノフ(Konstantin Ivanov 1907-1984)指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 【CD19】 シューマン 6つの間奏曲 op.4/子供の情景 op.15/アラベスク ハ長調 op.18/ウィーンの謝肉祭の道化 op.26 から 「間奏曲」/(リスト編)「春の夜」 1991年録音 【CD20-22】 ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガop.87 1987年録音 【CD23,24】 ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガop.87 1962年録音 【CD25】 バルトーク ピアノ協奏曲 第3番 ホ長調 1956年録音 ニコライ・アノーソフ指揮 モスクワ放送交響楽団 ボロディン 小組曲/スケルツォ 変イ長調 1991年録音 【CD26】 リャードフ 舟歌 op.44/ポーランドの主題による変奏曲 op.51 1991年録音 メトネル ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 op.33 1980年録音 エフゲニー・スヴェトラーノフ(Yevgeny Svetlanov 1928-2002)指揮 ソ連国立交響楽団 【CD27】 ゴルベフ ピアノ協奏曲 第3番 op.40 1974年録音 ニコライ・アノーソフ指揮 ソ連国立交響楽団 ゴルベフ ピアノ・ソナタ 第4番 へ短調 op.22 1976年録音 【CD28-36】 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集 1983-84年録音(ライヴ) 【CD37】 ベートーヴェン ディアベッリの主題による変奏曲 op.120 1979年録音 ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」については、1952年の初演の10年後の第1回録音のほか、1987年の第2回録音も収録されている。1990年の第3回録音は収録外。バッハの平均律クラヴィーア曲集については、2度の録音があるが、当盤には、最初の1971~73年に録音されたものが収録されている。ゴルドベルク変奏曲については、1979年録音のものが収録されているが、この音源は、単発売時に、1970年録音との誤記載があったものであり、当盤に収録されているものと同音源である。 私がこれらの録音の中で一番気に入っているのは、「平均律クラヴィーア曲集」。ニコラーエワのバッハ演奏上の特徴である、強靭な音色やペダルの使用、響きの重厚さが、この曲集にマッチしていて、ふくよかで、野太い歌に満ちた名演になっている。この楽曲は、クラヴィーアという楽器の特性に即して、調性と声部に関して、天才バッハが楽曲の体裁でまとめた作品で、教典的性格と、芸術的性格の2点において、稀有の高みに達した芸術であるが、演奏するにあたって、その2つの性格の融合性が奏者に委ねられる。ニコラーエワの演奏は、楽曲が作曲された当時には想定されていなかった現代ピアノの「音量の豊かさ」と、「ペダルによる音価と残響の効果」を積極的に用いている点が特徴である。この特徴においては、演奏はロマンティックな傾向のものとなり、実際、ニコラーエワの演奏からは、豊かな歌謡性が伝わってくるのだが、それとともに、声部の明晰な響きがあって、対位法に基づく、清澄な調べが維持されている。つまり、この作品における2つの大きな要素を、互いに強調しつつ、全体としてうまく音楽的に響かせるという演奏を、ニコラーエワは実践している。背後に深い音楽理論に対する教養があるとともに、ニコラーエワの感覚的、直感的なセンスのようなものがある。そして、その感覚が、この曲集では、とてもうまく消化されていて、結果として、歌と清澄さに満ちた、太く逞しい味わいの平均律が奏でられることになったのだと思う。その結果、これらの楽曲が、とても馴染みやすい、しっくりくる温度で、聴き手に伝わってくるものになったと思う。特に短調の楽曲で、その重々しさは、適度な暖かみと弾力を持っており、聴き味の良さに繋がっている。 次いで2曲のイギリス組曲とフランス組曲集。前者は1965年の、後者は1984年の録音であるが、1965年の音源も録音状態がとても良いのがうれしい。とても優美で、現代ピアノならではの滑らかさ、カンタービレの自在さを活かしたものである。テンポは、ゆっくり目。それは、ピアノという現代楽器特有の音の長さや残響を加味したスタイルであるため、作曲当時のクラヴィーア楽器による奏法とは異なるものである。だが、それゆえに素晴らしいところが多い。フランス組曲第4番のアルマンドや、イギリス組曲第1番のサラバンドなどは、その典型であったり、ゆったりとした流れの中で、決して緩むわけではない音がなめらかにつながり、濃い情感をまといながら、薫り高い雰囲気を導いている。それは、現代ピアノゆえの美しさであり、そうやって弾かれるバッハが、無類に美しく響くのである。また、ニコラーエワはペダルも適宜使用し、明瞭なアクセントによる色彩的な施しも取り入れる。音色自体は豊かではないかもしれないが、現代ピアノの機能を背景とした強弱や音価の様々な味付けは、楽曲から味わいの深さを引き出しており、聴き味に幅を与えてくれる。 コラール等ピアノ編曲集も素晴らしい「泰然自若」たる演奏。悠然たる歩みで、堂々とわが道を歩むといった雰囲気。これらの楽曲は、編曲者によって、ヴィルトゥオーゾ的な要素が加味されていて、演奏によっては、スピードやスリルで、その華やかさに演出を加える感があるのだが、当演奏はそのような背景とはまったく無縁に、バッハの音楽そのものを語るような雰囲気がある。くっきりした明るさを伴いながら、ゆったりしたテンポを主体とし、ペダルや重々しい低音も存分に使用する。このような演奏スタイルは、バッハが作曲した時代のクラヴィーア奏法では前提とされていなかったものであるが、しかし、その響きは説得力があり、総ての音に、音楽的な蓋然性があって、とても心地よく響いてくるのである。現代ピアノの能力を如何なく発揮し、それでいて聴き味においては決して装飾過多にならず、バッハらしい厳かな空気が連綿と続く。なるほど、これがソ連国内で、長くバッハ作品のピアノ演奏における権威とされてきた人の演奏なのだ、と思わされる。ニコラーエワという芸術家の揺るがない矜持のようなものに触れた気がする演奏だ。特にケンプ(Wilhelm Kempff 1895-1991)が編曲したフルート・ソナタの有名なシチリアーノの染み入るような情感は、深く聴き手の心に刻まれていく。 1967年録音の「フーガの技法」も名演。この演奏において、ニコラ―エワの演奏における豊かな低音部、ペダルを存分に用いた肉厚さ、強靭な音量等の特徴は抑えられている。というより、むしろ、感じない。平均律などで聴かれた肉付きの良い音が、この録音では、非常に端正で繊細なタッチに変化しており、第1曲目の背景に感じられる独特の静謐さに、まったく異なった雰囲気を感じるのだから不思議である。おそらく、ニコラーエワにとって、この「フーガの技法」という楽曲は、特別な存在で、厳かで、畏れのある存在として扱われているのではないか。そんな想像をかき立ててしまうくらい、当演奏は、他のニコラーエワのバッハと比べても、ちょっと違う感じがする。時に旋律の軽重を、より明瞭にするように、くっきりした輪郭線を描き出し、時には声部において、明確な主従を示しているが、それらの解釈は、聴いていて齟齬なく収まり、かつ楽曲全体として、引き締まったスタイルを導いており、結果的に荘厳な空気が、全体を包み込むように感じられる。この楽曲にしばしば感じられる神性のようなものが、明瞭に姿を示している感があり、おもわず傾聴してしまう演奏である。一つ一つの響きは、禁欲的と言っても良く、その制約的な響きゆえの緊迫感が、常に維持されている。いつものニコラーエワであれば、より劇的な踏み込みを行うであろう場所であっても、その緊迫感は維持されており、崇高だ。この楽曲に宿る一種の神々しさに即した、襟を正した名演奏であると思う。 ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」については、前述のように2種の録音が収録されている。 1962年の録音は、他の彼女の様々な録音に比べて、インテンポな均衡感が強く、線で描かれているという当楽曲の性格に即した感が強い。緊迫感が強く、強音に秘められた意志や、弱音に潜む情感にも、濃い気配があり、その演奏は雰囲気に富む。表現の明晰さと強さは、全体として明るい響きをもたらしていて、聴き手は見通しの良い音楽を感じることとなるだろう。テンポの厳密性は、様々な表現上のアヤを排しているが、決して無機質な音楽にはなっておらず、ショスタコーヴィチの意図がストレートに伝わる面白味がある。第5番のニ長調などに、その特徴は明瞭に感じられるだろう。また、ショスタコーヴィチが使用したロシア的な旋律についても、十分な造形をもって奏でていることは、十分に想像される(私には、その点の理解については、どうしても限界があるが)。一つのシンボル的な録音ではあるが、録音技術的には時代を考慮してもいま一つで、高音の抜けが良くなく、全体に響きがこもったり割れたりするところが残念で、特にこの曲集は、録音映えする楽曲でもあるため、その点を踏まえると、現在となっては、純粋なCDメディアとしての価値はやや下がった感もある。 1987年の録音にはより情緒的な味わいが感じられる。テンポも、ややゆっくり目をとることが多い。響きは、以前同様に明晰で明るめであるが、緩急の織り込みが深まったことで、曲想の描き分けに多彩さが加わり、いわゆる詩情と称されるものを感じさせる部分が多い。第6番の感情的な深みや、第7番の情感の発露に、このピアニストの語り口ならではのショスタコーヴィチを感じさせてくれる。演奏技術的には、1962年の録音の方が、高かったと思う。当録音では、ところどころで、緩みのようなものを感じる。ただ、それは弱点とはなっておらず、音楽的な情感の中で、うまく吸収され、全体の呼吸の中で、芸術的表現として中和されている。その作法は、いかにもこれらの楽曲を知り尽くしたような手練を感じさせるもので、それゆえの安定が感じられる。1962年版の鋭い感覚的な演奏も良いものであったが、当盤とどちらが良いかは聴き手によって、意見の相違を生むところだろう。個人的には、時代さに伴う録音技術的な側面において、当盤の方に圧倒的なメリットがあることもあって、当盤の方をより優れたものとして、取りたいと思う。 ベートーヴェンの「ディアベッリの主題による変奏曲」は、とても真面目な演奏である。生真面目と言っても良い。音色はいつものこのピアニストらしい、強靭さのある響きで、明晰で、明るめの響きであるが、色彩感はさほどなく、むしろそれを制御するように、ある種の均質化を感じさせる。一つ一つをくっきりと鳴らそうという意図があるため、変奏曲によっては、テンポはややゆっくり目であり、ニコラーエワが弾くバッハと比較しても、インテンポの傾向が強い。一つ一つがじっくりとした弾きぶりであり、かつまぎれの無い着実さを感じさせる演奏である。この演奏、確かにベートーヴェンらしさを感じるのだが、その一方で、私の感覚で言えば、この楽曲にはもっと遊行心や、チャームな要素が欲しいところがある。私がこの曲で愛聴している録音は、ムストネン(Olli Mustonen 1967-)、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)、シュタイアー(Andreas Staier 1955-)、ロマノフスキー(Alexander Romanovsky 1984-)といった人たちの録音で、彼らの演奏はそれぞれに個性的だが、共通して言えるのは、ウィットに富み、時に微笑みかけてくるような楽しさ、愉悦性があることである。それに比べると、このニコラーエワのディアべッリ変奏曲は、無表情とまでは言わないが、それに近い感触があり、そのため、聴いていて、楽曲に長さを感じてしまうところがある。力強い響き、階層的な明瞭さに一定の魅力を感じるが、この曲の名演奏・名録音と言えるまでには、感じなかった。 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、1984年にモスクワ音楽院大ホールでライヴ収録されたものであり、各曲の終了後には拍手も入る。非常に平明かつ明朗で、凛々しく旋律線を濃く描き出したものである。強靭な音色を使用し、メロディを担う音が強く奏でられ、それに即して、他の音は階層的な役割を明瞭に与えられており、非常に棲み分けがはっきりしている。いかにもロシア・ピアニズムと呼ぶべき音の強さや低音の重々しさがある一方で、明快に響くその音色は、むしろラテン的と形容したいほどの明るさを持っており、彼女のベートーヴェンを、特徴的なものにしている。旋律線の明瞭さとともに、回音や装飾性の高い前打音も、非常にはっきりとしており、アウフタクトで始まる楽章であっても、まるでそこから拍が開始されているかのように、立派な恰幅をもって始まるので、なかなか圧倒される。実に堂々としており、たくましい。また、音色の重みづけにともなった野太い緩急があって、そのあたりはいよいよロシア・ピアニズムと形容したいスケールを感じさせるのである。響きは清張であり、なかなか聴き味豊かな演奏である。個人的に気に入ったのは、第5番、第7番、第15番といった初期の楽曲で、初期の楽曲ならではの素朴さが、素晴らしい恰幅をもって奏でられる魅力を、あらためて味わい、魅了されたところ。ただ、この演奏には欠点があって、かなりミスタッチが多い。もちろん、世にある様々なライヴに、特にピアノ演奏ではミスタッチは付き物なのであるが、当録音では、その頻度がきわめて高く、大事な音も結構外している。また、指回りにも怪しいところが多いので、そこらへんが気になる人には、かなり聴きづらい録音かもしれない。実は、私も、このレベルになると結構気になってしまう。ただ、そこは大御所で、ミスタッチが乱発されようとも、その精神性や表現性に一切の乱れを感じさせず、終結まで、弾き切ってしまうのは、さすが大家の精神力と感服するところでもある。大いに欠点を指摘できる演奏ではあるのだけれど、このピアニストならではのベートーヴェンを確かに感ずることは出来るので、個人的には、十分に、芸術を味わえる内容だと思っている。 他にも様々な録音で、その「堂々たる」弾きぶりが披露されている。若きルガンスキー(録音時14才)と協演したモーツァルト、さらには同時代の作曲家、エフゲニー・ゴルベフ(Evgeny Golubev 1910-1988)の作品や、ニコラーエワによる自作自演録音も収録されており、価格を考えると、大変お買い得なアイテムとなっている。大御所と呼ぶにふさわしい芸術家の音楽に、たっぷり浸れる37枚組となっています。 |
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A la Russe p: A.カントロフ レビュー日:2021.9.27 |
★★★★★ フランスのピアニスト、アレクサンドル・カントロフ、19才の録音。透明かつ清冽な情感が魅力
高名なヴァイオリニスト、ジャン=ジャック・カントロフ(Jean-Jacques Kantorow 1945-)を父に持つフランスのピアニスト、アレクサンドル・カントロフ(Alexandre Kantorow 1997-)による、ロシアのピアノ独奏曲を集めたアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) ピアノ・ソナタ 第1番 ニ短調 op.28 チャイコフスキー(Pyotr Tchaikovsky 1840-1893) 18の小品 op.72より 2) 第5曲「瞑想曲」 3) 第17曲「遠い昔」 ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)/アゴスティ(Guido Agosti 1901-1989)編 バレエ音楽「火の鳥」から 4) 魔王カスチェイの凶悪な踊り 5) 子守歌 6) フィナーレ チャイコフスキー 2つの小品 op.1 より 7) 第1曲 「ロシア風スケルツォ」 変ロ長調 8) バラキレフ(Mily Balakirev 1837-1910) イスラメイ op.18 2016年の録音。 当盤録音時、カントロフはまだ19才であったことになるが、高い完成度で、聴き手に訴える力も十分な演奏だ。 最初に収録されているラフマニノフから、カントロフは柔らかさと重さを兼ね備えたトーンを駆使し、弾力的で推進力に満ちたピアニズムを披露する。音色は艶やかで、華があり、いかに強靭な音色を繰り出しても、光沢を失わない。天性のものを感じさせるピアノであり、楽曲をシンフォニックで雄弁に響かせてくれる。終楽章の重厚さを担保したままの疾走感は、鮮やかの一語であり、ラフマニノフの第1ソナタに相応しい輝かしさをもった、胸のすくような名演となっている。 次いで、チャイコフスキーの18の小品から2つの抒情的な作品が奏でられるが、ここでカントロフは、糸を引くような音色を操り、色彩感を情感に富んだ演奏を繰り広げる。ピアニストと楽曲の相性が良いことに疑う余地はないが、それにしても、美しく、聴き手を陶然と酔わせてくれる。ピアニストが、これらの楽曲に深い思いを抱いていることが、よく伝わる演奏だ。 ギド・アゴスティが編曲したストラヴィンスキーの「火の鳥」からの3曲で、カントロフはそのヴィルトゥオジティを如何なく発揮している。魔王カスチェイの凶悪な踊りにフォルテの鮮烈な色彩感は圧巻であり、その響きに、このピアニストのスタイルが端的に表されているだろう。 再びチャイコフスキーに戻るが、カントロフのチャイコフスキーは、ロマン派の薫りを存分に湛えた感のあるもので、時にシューマンに通じる味わいを私に感じさせてくれる。そして、アンコール的に、演奏至難で知られるバラキレフのイスラメイが置かれるが、ここでも叙情性を置き去りにすることなく、健やかな音楽性を息づかせた演奏が見事だ。 再掲するが、録音時19才とのこと。しかし、若きカントロフの奏でる音楽は、十分に成熟した味わいを感じさせてくれる。ロシア音楽ならではの情感を、清涼さも踏まえて、透明な情緒で描いており、とても魅力的だ。 |
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Jean-Frederic Neuburger Live At SUNTORY HALL p: ヌーブルジェ レビュー日:2022.2.9 |
★★★★★ 2007年サントリー・ホールでのライヴ録音です
2004年のロン=ティボー・コンクール第3位に入賞したフランスのピアニスト、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(Jean-Frederic Neuburger 1986-)による、2007年11月17日にサントリー・ホールで行われたコンサートの模様を収録した2枚組のアルバム。収録曲は以下の通り。 【CD1】 1) J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV.807 2) ショパン(Frederic Chopin 1810-1839) バラード 第2番 op.38 3) ショパン 夜想曲 第4番 ヘ長調 op.15-1 4) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) ラ・ヴァルス 【CD2】 5) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ピアノ・ソナタ ロ短調 6) ラヴェル 古風なメヌエット 7) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) 練習曲 嬰ヘ長調 op.7-4 8) ヌーブルジェ バガテル 9) J.S.バッハ/S.フェインベルク(Samuil Feinberg 1890-1962)編 オルガンのためのソナタ第5番ハ長調 BWV 529より 第2楽章「ラルゴ」 奏者が22才のときのコンサートであるが、中間に難曲であるリストのピアノ・ソナタを配し、さらには自身の作曲活動の成果作品も含めた、なかなか積極的な表現意欲を感じさせるプログラムだ。 全体を聴いての印象は、「清廉潔白」といったところ。この「清廉潔白」という日本語が、音楽を形容するのに適しているのかどうか知らないけれど、一つ一つの音の輪郭がとてもきれいに等価な感じで、その音が速やかに流れていく様は、私には、山の中で出会う早瀬を想像させる。 バッハのイギリス組曲から、その実直で外連味の無いピアノが、サラサラと流れていく。音色の粒立ちが、高い次元で揃っているため、とても清々しい印象に連なる。もちろん、バッハの楽曲であれば、もっと感情的な陰りのような表現性が豊かであってもいいとも思うのだけれど、ヌーブルジェの演奏は、禁欲的と言って良いほど、淡々として、かつ瑞々しい。 ショパンの2作品も同様で、いかにも若いピアニストが弾いた爽やかさを感じさせる演奏。特に夜想曲第4番の激しい中間部は、音の階層がきれいに冴え、シンフォニックな効果をもたらしていて、見事だ。 ラヴェルの2作品で、ヌーブルジェはちょっと心を許したような、微笑ましい愉悦性を感じさせてくれるのは、構成的にも良いと思う。自由なのびやかさと、端正な音色が織りなす印象派ならではの音のマジックが楽しめる。 リストのピアノ・ソナタも、きわめて流麗。この曲の場合、激しい起伏を描き出す演奏が多いのだが、ヌーブルジェの演奏は全体が流線形のフォルムで、この楽曲のもつ一種の難渋さを、聴き手に意識させない軽やかな足取りがある。なるほど、こういう味をこの楽曲から引き出せるのか、と感じた。 末尾の3曲も、それぞれ面白い。これらは、ヌーブルジェがコンサートに足を運んだ人たちに「こんな楽曲を紹介してみましょう」といった意図を感じるところだが、いずれも即興性を踏まえながらも、きめ細やかに磨かれた演奏で、ライヴということを考えると、その完成度の高さに驚かされる。 |
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Jean-Frederic Neuburger Coffert 4 CD p: ヌーブルジェ レビュー日:2022.2.25 |
★★★★★ フランスのピアニスト、ヌーブルジェの芸術に接するのに絶好のアイテムです
2004年のロン=ティボー・コンクール第3位に入賞したフランスのピアニスト、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(Jean-Frederic Neuburger 1986-)に既出の4つのアルバム、CD6枚を一つのBox-setにしたもの。収録内容は以下の通り。 【CD1&2】 2006年録音 1) ツェルニー(Carl Czerny 1791-1857) 指使いの技法(50番練習曲)全曲 op.740 2) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 2つの演奏会用練習曲 第1番 変ニ長調「森のざわめき」 第2番 嬰ヘ短調「小人の踊り」 3) リスト 3つの演奏会用練習曲 より 第2番 ヘ短調「軽やかさ」 4) ヘラー(Stephen Heller 1813-1888) ウェーバーの「魔弾の射手」による4つの練習曲(フライシュッツ=エチュード)op.127 【CD3&4】 2007年 サントリー・ホールでのライヴ録音 5) J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV.807 6) ショパン(Frederic Chopin 1810-1839) バラード 第2番 op.38 7) ショパン 夜想曲 第4番 ヘ長調 op.15-1 8) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) ラ・ヴァルス 9) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ピアノ・ソナタ ロ短調 10) ラヴェル 古風なメヌエット 11) ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971) 練習曲 嬰ヘ長調 op.7-4 12) ヌーブルジェ バガテル 13) J.S.バッハ/S.フェインベルグ(Samuil Feinberg 1890-1962)編 オルガンのためのソナタ第5番ハ長調 BWV 529より 第2楽章「ラルゴ」 【CD5】 2011年 パリ、ラ・シテ・ドゥ・ラ・ムジークでのライヴ録音 1) リストFranz Liszt 1811-1886:詩的で宗教的な調べ より 第7曲 「葬送曲」 2) ヌーブルジェ マルドロール 3) バラケ(Jean Barraque 1928-1973) ピアノ・ソナタ 4) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 映像 第2集 より 「そして月は荒れた寺院に落ちる」 【CD6】 2013年録音 1) ラヴェル 夜のガスパール(オンディーヌ、絞首台、スカルボ) 2) ラヴェル 高雅にして感傷的なワルツ 3) ラヴェル クープランの墓(プレリュード、フーガ、フォルラーヌ、リゴドン、メヌエット、トッカータ) 全体を聴いての印象は、「清廉潔白」といったところ。この「清廉潔白」という日本語が、音楽を形容するのに適しているのかどうか知らないけれど、一つ一つの音の輪郭がとてもきれいに等価な感じで、その音が速やかに流れていく様は、私には、彼の弾くピアノは、山の中で出会う早瀬を想像させる。 【CD1&2】のツェルニーの曲集は、奏者の「運指の上達」という目的に特化した作品であって、決して鑑賞芸術のために書かれた作品ではない。しかし、当盤で聴くヌーブルジェの演奏は、闊達で清涼。実に気持ちが良くて鮮やかで、楽曲がもっている鑑賞芸術としての価値を、考え直させるような内容だ。演奏が明瞭で正確という以上に、表現意欲にあふれていて、一つ一つの楽曲の「持ち味」が、きわめて雄弁に表現されている。こうして聴いてみると、第14番や第28番はカッコイイし、第43番はメロディ自体に十二分な魅力がある。ツェルニーの作品が生まれたのち、しばらく時が過ぎてから、様々なロマン派の作曲家たちが「練習曲」の作曲をこころみるわけだが、その「先駆け」と言えるものが、当曲集の中に確実に存在している。そのことに覚醒的になれるという点で、とても価値のある録音だ。考えてみれば、ただの指使いのための練習曲であっても、弾くときには、音楽的な表現性は必ず伴うものであり、作曲という行為は、その担保があってこそ、行われるものなのだ。ヌーブルジェの快録音を聴いて、私は、すでに広く世に知られた曲集であるにも関わらず、新たに魅力的な楽曲集を発見したかのような喜びを味わった。 ツェルニーの後に、ロマン派の作曲家による「練習曲」がいくつか収録されている。このうち、ハンガリーのピアニストであったヘラーが書いたものはたいへん珍しい。私も初めて聴いた。ほとんど録音されることはないのではないか。この楽曲はウェーバー(Carl Maria von Weber 1786-1826)の歌劇「魔弾の射手」の旋律を転用して練習曲としたもので、旋律がよく知られているものだけに、親しみやすさのある作品となっており、現在では、ほぼ埋もれた作品と言って良い当該曲にとって、幸運な録音。リストの作品では、「森のざわめき」における3連符の健やかな流れや、「小人の踊り」のスピーディーかつ細やかな立ち回りが見事。このピアニストの「趣味の良さ」が良く出た録音となっている。 【CD3&4】の冒頭にあるバッハのイギリス組曲は、実直で外連味が無い。音色の粒立ちが、高い次元で揃っているため、とても清々しい印象に連なる。もちろん、バッハの楽曲であれば、もっと感情的な陰りのような表現性が豊かであってもいいとも思うのだけれど、ヌーブルジェの演奏は、禁欲的と言って良いほど、淡々として、瑞々しい。続くショパンの2作品も同様で、いかにも若いピアニストが弾いた爽やかさを感じさせる演奏。特に夜想曲第4番の激しい中間部は、音の階層がきれいに冴え、シンフォニックな効果をもたらしていて、見事だ。ラヴェルの2作品で、ヌーブルジェはちょっと心を許したような、微笑ましい愉悦性を感じさせてくれるのは、構成的にも良いと思う。自由なのびやかさと、端正な音色が織りなす印象派ならではの音のマジックが楽しめる。 リストのピアノ・ソナタも、きわめて流麗。この曲の場合、激しい起伏を描き出す演奏が多いのだが、ヌーブルジェの演奏は全体が流線形のフォルムで、この楽曲のもつ一種の難渋さを、聴き手に意識させない軽やかな足取りがある。なるほど、こういう味をこの楽曲から引き出せるのか、と感じた。 【CD5】は、パリでのコンサートの模様を収録しているが、この1枚に関しては、かなり現代音楽志向の強いアルバムとなっている。冒頭のリストの葬送曲、そして末尾のドビュッシーと、20世紀の音楽に様々な影響を及ぼした2作品があって、その間に、ルーブルジェの自作品と、ブーレーズ(Pierre Boulez 1925-2016)から強い影響を受けて創作活動を行ったフランスの作曲家、バラケのピアノ・ソナタが収録されている。中間に収録されている2作品は、響きとリズムによって支配される作品で、フレーズは断片的であり、中心線を明瞭に見出せる作品では決してない。しかも、この中間2作品の演奏時間が長い。当盤において、ヌーブルジェのマルドロールは20分、2楽章からなるバラケのピアノ・ソナタは39分の演奏時間を要している。ヌーブルジェの自作は、ピアノの弦を弾く音などを、効果的衝撃的に用いた特徴があり、高い集中力を要求される。ヌーブルジェの研ぎ澄まされた音は見事だが、このような楽曲では、その演奏時間の中で、聴き手にどのような感情をインスパイアさせ、芸術における抽象的な高みへ到達するかを、聴き手の感覚で測るしかないわけだが、正直言って、長すぎると思う。バラケのピアノ・ソナタは、より技巧的な色彩感があって、その迫力や衝撃は見事だが、やはり、ある種偶発的なものが重なる過程は、それを聴く側の時間の長さとの闘いになってしまう。部分的に凄いものがあっても、一つの音楽としての咀嚼が、少なくとも私には難しい。ただ、幸いにして、聴きづらい、不快な音が発生するところはなく、現代音楽でありながら環境音楽という、不思議な中和点を感じさせる楽曲ではある。そういった点で、ユニークだが、39分は、やっぱり長い。というわけで、【CD5】に関しては、両端の曲が、やはりほっとする。リストの「葬送曲」では、ヌーブルジェの輪郭のくっきりした音が、陰影をしっかり刻んでおり、楽曲の性格をよく引き出しているし、ドビュッシーの楽曲では、細やかな音色が、キラキラと反射するようで、幻想的。 【CD6】では、軽やかかつ正確な音価で再現された精密なモザイク画を思わせるラヴェル。夜のガスパールの冒頭から、ガラスのビーズが零れ落ちるような音がつながり、それらが集まって、メロディを立ち上がらせてゆく。その様は、幻想的で美しい。一つ一つの音がくっきりしているのに、全体として描かれるものがなめらかな縁取りを感じさせるというのは、この楽曲の演奏として、一つの理想形を感じさせるし、聴き手の期待に存分に応えてくれる演奏だ。絞首台の静謐さも見事だが、スカルボの鮮明な響きは、高い爽快感をもたらすもので、この演奏の美点が集約された部分だと思う。高雅にして感傷的なワルツは、ワルツゆえの間合い、リズムの色付けが楽しい。ソノリティ自体に清潔感と透明さがあるため、アヤ付けによる遊戯性が、嫌味なく伝わるのは、このピアニストの特徴といっていいだろう。細やかなルバートも品が良く、健康的。この楽曲に相応しい聴き味だろう。中でもクープランの墓の両端にあたる「プレリュード」と「トッカータ」は、【CD6】の白眉と言っても良い。輝かしい音色と、スマートな運動性で、早さに即したインパクトが施され、聴いていて気持ちが良い。ここまで清々しい「クープランの墓」は、ちょっとお目にかかれないのではないだろうか。もちろん、その一方で、フーガやフォルラーヌは、人によって淡泊に過ぎる印象をもたれるかもしれない。しかし、全般に淡色系で描かれたこの好演の在り様を考えると、やはりこのスタイルが正解だと思わざるを得ない。 全体を通して、ヌーブルジェというピアニストの、確かな技巧で支えられた清冽な美音を味わえる。6枚を聴くことで、このピアニストのスタイルをとても良く知ることが出来る。特にツェルニーとラヴェルの作品はピアニストとの相性が良い方向に作用した感が強く、印象深い。 |
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FOLLOWING THE RIVER - Music along the Danube p: ミトレア レビュー日:2022.6.17 |
★★★★★ ドナウ流域へ誘ってくれる素敵なピアノ・アルバム
2015年の浜松国際ピアノコンクールで第4位に入賞したルーマニアのピアニスト、フロリアン・ミトレア(Florian Mitrea 1989-)による“FOLLOWING THE RIVER - Music along the Danube(川の流れに沿って;ドナウ沿岸の音楽)”と題された、たいへん興味深いアルバム。まず収録内容を記載しておく。 1-6) バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) ミクロコスモスから「ブルガリアのリズムによる6つの舞曲」 7) トドゥツァ(Sigismund Toduta 1908-1991) ルーマニアのクリスマス・キャロルによる12の変奏曲、パッサカリア 8) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828) ハンガリー風のメロディ D.817 9) コンスタンティネスク(Paul Constantinescu 1909-1963) ルーマニア民謡による変奏曲 10) コンスタンティネスク ドブロジャン・ダンス 11) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ハンガリー狂詩曲 第5番 「悲劇的な英雄の詩」 12-19) トドゥツァ ルーマニア歌と踊りによる組曲 20) パラディ(Radu Paladi 1927-2013) ロンド・ア・カプリッチョ 21-22) トドゥツァ 「神よ、慈悲を与えたまえ」によるコラールとトッカータ 2017年の録音。 さて、ドナウ川を描いた音楽としては、ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss II 1825-1899)の「美しく青きドナウ」が抜群に有名なわけだが、ここに収録されている楽曲は、より下流域のブルガリア、ルーマニア、ハンガリーの民俗音楽や伝統音楽の素材をモチーフとした作品たちである。トドゥツァ、コンスタンティネスク、パラディは、いずれもルーマニアの作曲家とのことだが、私も今まで彼らの作品は未聴だった。しかし、これらが実に面白いし、なかなか「いい曲」ばかりなのである。 アルバムはバルトークの全6巻からなるミクロコスモスの末尾を飾る「ブルガリアのリズムによる6つの舞曲」から開始されるが、その野趣性とエスニシティが、ミトレアによって、とても情熱的かつ輝かしく描かれている。これから誘う音楽世界の入口に相応しく、時々、粗野な面がむき出しになるところのあるバルトークの楽曲を、ミトレアは、鮮やかな躍動感で描いており、光沢溢れるタッチの色彩とともに、絶好の表現を聴かせてくれる。 次いで収録されているトドゥツァの「ルーマニアのクリスマス・キャロルによる12の変奏曲、パッサカリア」は、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の影響を感じさせる対位法と、ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)を思わせる和声があり、決して長い曲ではないのだが、壮麗で様々なものが詰まっている。変奏の豊かさ、そしてスケール感も見事だが、旋律も美しく、このアルバムの白眉と言っても良い一篇となっている。楽曲の魅力を立派な技術と音響で引き出したミトレアの演奏も素晴らしい。 シューベルトの「ハンガリー風のメロディ」は、アルバム中で、もっとも聴き馴染まれた作品だと思うが、当アルバムに組み込まれたことで、楽曲に新たな役割が与えられたかのような新鮮さが感じられる。 コンスタンティネスクの「ルーマニア民謡による変奏曲」は、恋を歌った民俗歌謡の旋律を用いているが、それは夜の雰囲気をもったり、あるいは大きなうねりを描いたりと、これまた面白い。続いて、同じ作曲家による「ドブロジャン・ダンス」があり、こちらはタイトル通り、ルーマニアの舞曲、ジャムパラーレ(Geamparale)を扱ったもので、その熱気は、コダーイ(Kodaly Zoltan 1882-1967)を彷彿とさせるところもある。 リストのハンガリー狂詩曲第5番は、素材を用いながら、リストらしい大仰さを備えており、そういう意味で、あらためてこの作曲家の存在感を感じさせる。この楽曲も、どこか夜の気配、聴きようによっては、葬送曲的な雰囲気も持っている。 トドゥツァの「ルーマニア歌と踊りによる組曲」は、一つ一つが小さな作品で、その聴き味はおおいにバルトークに通じるところがある。パラディ(Radu Paladi 1927-2013)の「ロンド・ア・カプリッチョ」は、同名のベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)による有名な小品を意識して書かれた作品と思われるが、時代を背景としたさまざまな要素が含まれているのが面白い。様々な切り口で楽しめる作品。末尾を飾るトドゥツァの「神よ、慈悲を与えたまえ」によるコラールとトッカータは、やはりこの作曲家のバッハへの思いを感じさせるが、ビザンチンの連鋳から引用された旋律が、壮大に色づけられる様は美しい。 アルバムを通して、知られざる作曲家、作品、そしてドナウ川流域の音楽文化について、様々な刺激をもたらしてくれる素晴らしいアルバムだが、それを可能にしたのは、ミトレアの鳴りと気風の良いピアノである。壮麗でありながら、静寂も特有の気配があって、私はとても魅了された。これからの活躍にも期待したい。 |
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Good Night! p: シャマユ レビュー日:2023.6.5 |
★★★★★ 眠りに落ちようと言う時に、心に訪れるもの
フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)によるGood Night! と題されたアルバム。邦題は「子守歌集」となっている。シャマユは、自分自身が「不眠症」であることを告げた上で、眠りにつく瞬間を「安寧や恐怖をはじめとする様々な感情がないまぜになるとき」であると語っている。眠れない夜というのは、誰にでもあるだろう。部屋を暗くし、布団の中に身を横たえると、身体的な安寧とともに、様々な考えが巡り始める。特に現代は不安の時代と言っても良い。生きている限り、誰にでも不安があり、それらがもっとも近づいてくるのが、夜の眠りに落ちる直前だと言うのは、私もわかる。そして、そんな不安をやわらげたり、あるいは不安そのものを含めて描写する音楽として「子守歌」がある。時々、子守歌が「暖かさ」や「やさしさ」とともに、「不安さ」「気味の悪さ」を併せ持つことがあるのは、そのような背景があるからだろう。 ただ、当盤に収録された楽曲たちは、概ね安寧さが支配的であり、不安さはときおり陽の光が陰るようにして添えられる。それぐらいがGood Night!というアルバム・タイトルに相応しいし、そういった楽曲を集めたアルバムなのだろう。良く出来た選曲だと思うが、その詳細を書こう。 1) ヤナーチェク(Leos Yanacek 1854-1928) 草かげの小径 第1集 より 第7曲 「おやすみ!」 2) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 子守歌 S.198 3) リャプノフ(Sergei Lyapunov 1859-1924) 6つのやさしい小品 op.59より 第2曲 「人形の子守歌」 4) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) 子守歌 op.57 5) リャプノフ 12の超絶技巧練習曲 op.11 より 第1曲「子守歌」 6) ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos 1887-1959) 赤ちゃんの一族 より 「ぼろ切れの人形」 7) ボニス(Melanie Bonis 1858-1937) 小さな子が眠りにつく(la toute petite s’endort) 8) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 抒情小品集 第2集 op.38 より 第1曲「子守歌」 9) デスナー(Bryce Dessner 1976-) Song for Octave 10) ブゾーニ(Ferrucio Busoni 1866-1924) 悲歌集 より 第7曲「子守歌」 11) リスト 子守歌 S.174(1862年版) 12) ラッヘンマン(Helmut Lachenmann 1935-) ゆりかごの音楽 13) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)/レーガー(Max Reger 1873-1916)編 子守歌 op.49-4 14) マルチヌー(Bohuslav Martinu 1890-1959) ミニアチュアのフィルム H.148 より 「子守歌」 15) バラキレフ(Mily Balakirev 1837-1910) 子守歌 16) アルカン(Charles-Valentin Alkan 1813-1888) 25の前奏曲 op.31より 第13番 変ト長調 「私は眠っていたが私の心は目覚めていた」 2020年の録音。 何といっても面白いのが選曲。こんな美しい曲があったのか、という驚き、あるいは、聴いたことがあったけれど、こういうテーマの中で聴くと、一層魅力が引き立つ、といった楽曲が並んでいて、とても面白い。 冒頭から、ヤナーチェク、リスト、リャプノフの作品が続くが、これらの楽曲の安寧さ、そしてそこに潜む闇の気配は、実に周到で、シャマユの感覚美に溢れた透明なタッチが、それらを星のきらめきを思わせるように描いていく。旋律は、聴いてみると単純な気もするが、それゆえの一つの音の重さのようなものが、じっくりとした語り掛けの様でもある。 ショパンのきわめて有名な「子守歌」は、私がショパンの作品の中でも特に愛聴するものの一つだが、シャマユの演奏は、透明な明るいタッチでありながら、細やかな情緒を描き出す暖かさがあり、この名品に相応しい感触。ヴィラ=ロボスの曲は、私にとって、「このアルバムに組み込まれて、その素晴らしさに気づかされた」作品の代表格で、その憂いはこの作曲家にこのような一面があったのだと驚かされるもの。グリーグ、デスナー、ブゾーニの連続も面白い。ともに静謐でスロウでありながら、暗い情感が忍び寄る。デスナーの楽曲は、ベートーヴェンの月光ソナタへのオマージュのようにも響く。そして、ブゾーニからリストへと、やや暗黒面のある楽曲で橋渡しが行われた後、ラッヘンマンの近代的な分散和音が印象的な楽曲へつながる。このあたりのプログラムの演出も心憎い。 ブラームスの有名な旋律をレーガーが甘美を込めて編曲した名品のあと、マルチヌー、バラキレフといずれも性格的な小品が続き、最後にアルカンの不思議さと安寧を共存させた楽曲で結ばれる。 このアルバムは、確かに静かでスロウな楽曲が並んでいるが、決して眠りに誘うという感じがしない不思議さがある。シャマユが明らかにしたのは、芸術家たちが描いた眠りにつく瞬間の心の静かなざわめきであり、その内面性の深みではないだろうか。もちろん、それを感じさせてくれるのは、シャマユの安定した技巧と、美しく透明なタッチがあってこそ。そして、情感あふれる解釈は、聴き手を深い余韻の中に、暖かく包んでくれる。 |
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Homage To Horowitz p: クレショフ レビュー日:2024.7.29 |
★★★★★ クレショフがスコアを書き起こして奏でる、ホロヴィッツの伝説的編曲作品たち
1987年のブゾーニ国際ピアノコンクールで第2位となったロシアのピアニスト、ヴァレリー・クレショフ(Valery Kuleshov 1962-)による「Homage To Horowitz(ホロヴィッツへのオマージュ)」と題したアルバムで、ウラディーミル・ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz 1903-1989)の編曲作品、及びホロヴィッツ自身のオリジナル作品を集めて1枚にまとめたもの。まずは、収録曲の詳細をまとめる。 1) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)/ホロヴィッツ編 結婚行進曲と妖精の踊り 2) ホロヴィッツ ワルツ ヘ短調 3) ホロヴィッツ 変わり者の踊り 4) ホロヴィッツ カルメンの主題による変奏曲 5) リスト(Franz Liszt 1811-1886)/ホロヴィッツ編 ハンガリー狂詩曲 第19番 ニ短調 6) リスト/ホロヴィッツ編 巡礼の年 第1年 スイス から 第6曲「オーベルマンの谷」 7) ムソルグスキー(Modest Mussorgsky 1839-1881)/ホロヴィッツ編 水辺で 8) サン=サーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921)/リスト・ホロヴィッツ編 死の舞踏 9) ホロヴィッツ エチュード・ファンタジー 変ホ長調「波」 op.4 10) スーザ(John Philip Sousa 1854-1932)/ホロヴィッツ編 星条旗よ永遠なれ 2000年録音。 ホロヴィッツは、その技巧の限りをつくして、華麗な演奏効果を施した編曲作品を披露した人だが、それらのスコアを一切残さなかった。そのため、ホロヴィッツを敬愛するクレショフは、ホロヴィッツの録音に基いて、これらのスコアを書き起こした。他ならぬホロヴィッツ本人が、クレショフのスコアの正確な再現を認めていたという。 ただ、当録音で、クレショフは、必ずしも、それらのスコアをそのまま弾いているわけではない。ライナー・ノーツによると、クレショフ自身が、これらの作品の盲目的なコピーではなく、さらに自らの創造性を添えることを目指したという。スコアを残さなかったホロヴィッツの意志の中に、編曲という活動が、演奏者の創造性とあいまってこそ真価を発揮するもの、というような思いがあったからかどうかは私にはわからないが、クレショフは、ホロヴィッツのスコアだけでなく、編曲への姿勢も含めて、ここで表現することを試みたのかもしれない。なので、ホロヴィッツと「同じもの」を期待する向きには、「ちょっと違う」という印象になるかもしれない。例えば、「ハンガリー狂詩曲」や「オーベルマンの谷」に、ホロヴィッツ自身の演奏と同等の「尖った」ものを求めた場合、クレショフの演奏は、やや肩透かしに聴こえてしまうかもしれない。 その一方で、クレショフの演奏には、全体として、安定したしたたかさがあると思う。ホロヴィッツの爆発性に代わって、音楽的な正当性を得ている、という表現が正しいかどうか自分でもよくわからないが、安定した和声による音幅が、つねに担保された感がある。 また、誤解のないように書いておくと、ホロヴィッツ編の面白さも、十分にそこには残っていて、クレショフの安定した技巧と、現代の平均的なレベルの録音状況でこれらの楽曲を味わうことが出来るという点で貴重なアルバムで、「結婚行進曲と妖精の踊り」や「カルメンの主題による変奏曲」では、現代の洗練を経た作法で、鮮やかに再現された感に満ちている。「死の舞踏」の劇的な燃焼性も見事に表現されている。 ホロヴィッツのオリジナル作品も、このような形で聴くことが出来るのは貴重で、憂鬱な「ワルツ」や、愉快な「変わり者の踊り」が、いずれもそれに相応しいソノリティとリズムで仕上げられている。アルバムの末尾を飾るスーザ作品の編曲も、ホロヴィッツのような賑々しい派手さとはまた違った味わいを感じさせる。とても楽しく、クレショフのホロヴィッツへの敬愛の気持ちが全編から伝わってくるアルバムとなっている。 |
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TSAR OF INSTRUMENTS org: クイン レビュー日:2006.10.21 |
★★★★☆ ロシアのオルガン音楽の系譜を辿るアルバム
“TSAR OF INSTRUMENTS”と題して19世紀末から20世紀前半のロシアのオルガン作品を集めた企画版である。TSARとは一般的にはCzarで表されるロシア皇帝の称号であり、そのまま訳すと「楽器の皇帝」となる。オルガンを弾いているのはイアン・クイン(Iain Quinn)。録音は2002年。まず、収録曲であるが以下に示そう。 グラズノフ 前奏曲とフーガニ長調 前奏曲とフーガニ短調 幻想曲 グリエール ロシアのクリスマス・ソングによるフーガ グリンカ フーガ(変ホ長調、イ短調、ニ長調) グレチャニノフ 3つの小品 タネーエフ コラール・ヴァリエ ラフマニノフ 「悲しみの三重奏」より第2楽章「アンダンテ」 ショスタコーヴィチ 映画音楽「馬あぶ」~クレド、教会での礼拝 全収録時間およそ71分のうち、グラズノフ(Alexande Glazunov 1865-1936)の作品が35分程度を占めている。グラズノフという作曲家はシンフォニストとしてその名を知られてはいる。そして代表作となると、バレエ音楽「四季」を挙げる人が多いだろう。しかしオルガン奏者として、ヨーロッパの伝統様式を重んじたオルガン曲も遺しており、これらの作品も充実した内容を持っている。その様式美は東欧のギリシア正教的な教会音楽に通じており、厳かな雰囲気を持っている。 グレチャニノフ(Alexander Grechaninov 1873-1943)の作品はリズム感があり、土俗的な旋律が面白く、親しみやすい。 6分ほどの収録時間であるがショスターコヴィチの映画音楽からの編曲は聴き応え十分の作品で、やはりこの作曲家の図抜けた力量を知らしめるものと言える。できることなら、シャンドスレーベルには、ぜひショスタコーヴィチのオルガン曲をくまなく録音してリリースしてほしい、そう思わせる内容でした。 |
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チャイコフスキー国際コンクールの歴史より1958~86 V.A. レビュー日:2015.8.20 |
★★★★★ これは貴重!チャイコフスキー・コンクールの歴史的音源を集めた10枚ボックス
なかなか貴重で興味深いBox-setが発売された。1958年からはじまり、以来4年に1度開催されている「チャイコフスキー国際コンクール」における音源集である。冷戦下でアメリカのクライバーンが優勝を勝ち取り、大々的な凱旋がアピールされた第1回から、1986年の第8回まで、全65名のアーティストの名演・偉演が収録されている。その収録内容は以下の通りだ。 【CD1】 1) ショスタコーヴィチによるオープニング・スピーチ(1958年録音) 2) p: ナウム・シュタルクマン(Naum Shtarkman 1927-2006) ソ連 カバレフスキー ロンド イ短調 op.59(1958年録音) 3) vn: シュテファン・ルハ(Ștefan Ruha 1931-2004) ルーマニア チャイコフスキー スケルツォ ハ短調 op.42-2(1958年録音) 4) p: レフ・ヴラセンコ(Lev Vlassenko 1928-1996) ソ連 ショパン マズルカ 第13番 イ短調 op.17-4(1958年録音) 5) vn: ヴィクトル・ピカイゼン(Victor Pikaizen 1933-) ソ連 チャイコフスキー ワルツ・スケルツォ op.34(1958年録音) 6) vn: ヴァレリー・クリモフ(Valeri Klimov 1931-) ソ連 ショスタコーヴィチ/ツィガーノフ編 前奏曲 変ロ短調 op.34-16 ニ短調 op.34-24(1958年録音) 7) p: ヴァン・クライバーン(Van Cliburn 1934-2013) アメリカ ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39より 第5曲 変ホ短調 ヴァン・クライバーンのスピーチ ソロヴィヨフ=セードイ モスクワの夜 ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30(1958年録音) 【CD2】 1) p: エリソ・ヴィルサラーゼ(Eliso Virsaladze 1942-) ソ連 ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39より 第6曲 イ短調 リスト 演奏会用練習曲 ヘ短調 S.144-2 (1962年録音) 2) vn: ニーナ・ベイリナ(Nina Beilina) ソ連 オフチンニコフ ヴァイオリンとピアノのためのバラード(1962年録音) 3) vc: ナターリャ・グートマン(Natalia Gutman 1942-) ソ連 チャイコフスキー 奇想的小品 op.62(1962年録音) 4) vn: イリーナ・ボチュコヴァ(Irina Bochkova) ソ連 ヴィエニアフスキ スケルツォ・タランテラ op.16(1962年録音) 5) p: ジョン・オグドン(John Ogdon 1937-1989)イギリス ラヴェル 夜のガスパールより 絞首台 リスト/ブゾーニ編 カンパネラ (1962年録音) 6) p: ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimia Ashkenazy 1937-) ソ連 チャイコフスキー ドゥムカ op.59 リスト 超絶技巧練習曲集 第5番 変ロ長調「鬼火」(1962年録音) 7) vn: ボリス・グートニコフ(Boris Gutnikov 1931-1986) ソ連 カバレフスキー ロンド op.69 イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ト短調 op.27-3(1962年録音) 8) vc: ナターリャ・シャホスカヤ(Natalia Shakhovskaya 1935-) ソ連 ブレヴァル チェロ・ソナタ 第5番 ト長調 op.12 より 第1楽章(1962年録音) 9) p: ダニエル・ポラック(Daniel Pollack 1935-) アメリカ プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第7番 変ホ長調 「戦争ソナタ」 op.83(1958年録音) 【CD3】 1) ソプラノ: マリア・ビエシュ(Maria Biesu 1935-) ソ連 チャイコフスキー そんなに早く忘れて ヴェルディ レオノーラのアリア プッチーニ トスカのアリア(1966年録音) 2) ソプラノ: ジェーン・マーシ(Jane Marsh) アメリカ テノール: ウラディミール・アトラントフ(Vladimir Atlantov 1939-) ソ連 ヴェルディ オテロとデズデモーナの二重唱(1966年録音) 3) ソプラノ: ジェーン・マーシ(Jane Marsh) アメリカ ヴェルディ デズデモーナの祈り バーバー この輝ける夜に(1966年録音) 4) vn: オレグ・カガン(Oleg Kagan 1946-1990) ソ連 シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47より 第2楽章、第3楽章(1966年録音) 5) vc: カリーナ・ゲオルギアン(Karine Georgian 1944-) ソ連 チャイコフスキー ロココの主題による変奏曲 op.33(1966年録音) 6) vc: ミハイル・ホミツェル(Mikhail Khomitser) ソ連 ブキニク 演奏会用練習曲 第4番(1962年録音) 7) vc: ヴァレンティン・フェイギン(Valentin Feygin 1934-1995) ソ連 ヴラソフ チェロとピアノのための即興曲(1962年録音) 【CD4】 1) vn: グレン・ディクテロウ(Glenn Dicterow 1948-) アメリカ パガニーニ 24のカプリースより 第9番 ホ長調 (1970年録音) 2) p: ヴィクトリア・ポストニコワ(Viktoria Postnikova 1944-) ソ連 リスト 超絶技巧練習曲 第12番「雪あらし」 S.139-12 ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39 より 第5番 変ホ短調 チャイコフスキー 「四季」より 5月「白夜」(1970年録音) 3) vc: ダーヴィド・ゲリンガス(David Geringas 1946-) ソ連 フランクール チェロ・ソナタ ホ長調(1970年録音) 4) p: アルトゥール・モレイラ=リマ(Arthur Moreira Lima 1940-) ブラジル ヴィラ=ロボス 道化人形 リスト 超絶技巧練習曲 第10番 ヘ短調(1970年録音) 5) vn: リアナ・イサカーゼ(Liana Isakadze 1946-) ソ連 チャイコフスキー ワルツ・スケルツォ op.34(1970年録音) 6) vn: タチアナ・グリンデンコ(Tatiana Grindenko 1946-) ソ連 チャイコフスキー メロディ op.42-3(1970年録音) 7) テノール: ズラブ・ソトキラヴァ(Zurab Sotkilava 1937-) ソ連 ビゼー ホセのアリア(1970年録音) 8) vn: ヴィクトル・トレチャコフ(Viktor Tretiakov 1946-) ソ連 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35(1966年録音) 【CD5】 1) p: シプリアン・カツァリス(Cyprien Katsaris 1951-) フランス ショパン 12の練習曲 op.25 第10番 ロ短調 ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39 より 第1番 ハ短調 ブーレーズ スケルツォ(1970年録音) 2) vn: ウラディーミル・スピヴァコフ(Vladimir Spivakov 1944-) ソ連 シチェドリン フモレスケ サラサーテ バスク奇想曲 op.24(1970年録音) 3) vn: ギドン・クレーメル(Gidon Kremer 1947-) ソ連 エルンスト 庭の千草(1970年録音) 4) p: ジョン・リル(John Lill 1944-) イギリス ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガ 第15番 変ニ長調 op.87-15 ラーツ トッカータ ライゼンシュタイン 前奏曲とフーガ ニ長調 op.32(1970年録音) 5) ソプラノ: タマーラ・シニャフスカヤ(Tamara Sinyavskaya 1943-) ソ連 シチェドリン ソング・アンド・ディッティーズ・オヴ・ヴァルヴァラ ビゼー セギディーリャ(1970年録音) 6) p: ウラディーミル・クライネフ(Vladimir Krainev 1944-2011) ソ連 プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 op.26(1970年録音) 7) vc: イヴァン・モニゲッティ(Ivan Monighetti 1948-) ソ連 プロコフィエフ バレエ音楽「シンデレラ」より アダージョ(1974年録音) 【CD6】 1) p: アンドレイ・ガヴリーロフ(Andrei Gavrilov 1955-) ソ連 チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 op.23(1974年録音) 2) p: ユーリ・エゴロフ(Youri Egorov 1954-1988) ソ連 ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 op.43(1974年録音) 3) バス: エフゲニー・ネステレンコ(Yevgeny Nesterenko 1938-) ソ連 ボロディン コンチャクのアリア ラフマニノフ アレコのカヴァティーナ(1974年録音) 4) メゾ・ソプラノ: エレーナ・オブラスツォワ(Elena Obraztsova 1939-2015) ソ連 サン=サーンス デリラのアリア ビゼー ハバネラ(歌劇「カルメン」より) 【CD7】 1) p: ミハイル・プレトニョフ(Mikhail Pletnev 1957-) ソ連 チャイコフスキー 「四季」より 10月「秋の歌」 スクリャービン 3つの練習曲 op.65 より 第3番 ト長調 ショパン 12の練習曲 op.25 第6番 嬰ト短調 リスト ハンガリー狂詩曲 第9番 変ホ長調 S.244(1978年録音) 2) vc: ナサニエル・ローゼン(Nathaniel Rosen 1948-) アメリカ チャイコフスキー 6つの小品 op.19 より 第4曲「夜想曲」 ポッパー 演奏会用練習曲 op.55(1978年録音) 3) p: アンドラーシュ・シフ(Schiff Andras 1953-) ハンガリー J.S.バッハ イギリス組曲 第3番 ト短調 BWV.808(1974年録音) 4) ソプラノ シルヴィア・シャシュ(Sylvia Sass1951-) ハンガリー プッチーニ マノンのアリオーソ チャイコフスキー ゼムフィーラの歌(1974年録音) 5) p: チョン・ミョンフン(Myung-whun Chung 1953-) 韓国 ハイドン ピアノ・ソナタ 第60番 ハ長調 Hob.XVI:50(1974年録音) 6) vc: ボリス・ペルガメンシコフ(Boris Pergamenschikov 1948-) ソ連 カバレフスキー ロンド(1974年録音) 【CD8】 1) p: パスカル・ドヴォワイヨン(Pascal Devoyon 1953-) フランス メシアン 幼な子イエスにそそぐ20の眼差し 第11番「聖母の最初の聖体拝領」 ラヴェル 「夜のガスパール」より スカルボ(1978年録音) 2) p: クリスティアン・ブラックショウ(Christian Blackshaw 1949-) イギリス フランク 前奏曲、コラールとフーガ スクリャービン 2つの詩曲 op.32 より 第1番 嬰ヘ長調(嬰ニ短調)(1978年録音) 3) p: アンドレ・ラプラント(Andre Laplante 1949-) カナダ モレル 2つの響きのエチュード ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39 より 第9番 ニ長調 チャイコフスキー 「四季」より 11月「トロイカ」 スクリャービン 12の練習曲 op.8 第12番 嬰ニ短調「悲愴」(1978年録音) 4) vn: イリヤ・グルーベルト(Ilya Grubert 1954-) ソ連 チャイコフスキー 瞑想曲 op.42-1(1978年録音) 5) vn: エルマー・オリヴェイラ(Elmar Oliveira 1950-) アメリカ ヴュータン ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ短調 op.37(1978年録音) 【CD9】 1) バス: パータ・ブルチュラーゼ(Paata Burchuladze 1955-) ソ連 ヴェルディ アッティラのアリア(1982年録音) 2) p: ウラディーミル・オフチニコフ(Vladimir Ovchinnikov 1958-) ソ連 ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39 より 第5曲 変ホ短調 ショパン 12の練習曲 op.10 より 第2番 イ短調(1982年録音) 3) バリトン: ヴラジーミル・チェルノフ(Vladimir Chernov 1953-) ソ連 チャイコフスキー 12のロマンスop.60より 第11曲「いさしお」 op.60-11 (ロシア民謡) 夜(1982年録音) 4) p: ピーター・ドノホー(Peter Donohoe 1953-) イギリス フリャルコフスキー 前奏曲とフーガ ト短調(1982年録音) 5) vn: ヴィクトリア・ムローヴァ(Viktoria Mullova 1959-) ソ連 パガニーニ ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 op.6(1982年録音) 6) p: テレンス・ジャッド(Terence Judd 1957-1979) イギリス ラフマニノフ 練習曲集「音の絵」 op.39 より 第9番 ニ長調 スクリャービン 8つの練習曲 op.42 より 第5番 嬰ハ短調(1978年録音) 【CD10】 1) vn: ラファエル・オレグ(Raphael Oleg 1959-) フランス イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ト短調 op.27-3(1986年録音) 2) vc: マリオ・ブルネロ(Mario Brunello 1960-) イタリア シューマン 民謡風の5つの小品 op.102(1986年録音) 3) ソプラノ: マリア・グレギーナ(Maria Guleghina 1959-) ソ連 チャイコフスキー 7つのロマンス op.47 より 第7曲「私は野の草ではなかったか」(1986年録音) 4) vn: イリヤ・カーラー(Ilya Kaler 1963-) ソ連 ショスタコーヴィチ/ツィガーノフ編 5つの前奏曲 op.34(1986年録音) 5) vc: キリル・ロディン(Kirill Rodin 1963-) ソ連 フレンニコフ チェロ協奏曲 第2番 op.30(1986年録音) 6) p: ロジェ・ミュラロ(Roger Muraro 1959-) フランス ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調(1986年録音) 7) vn: セルゲイ・スタドレル(Sergey Stadler 1962-) ソ連 ヴィエニアフスキ 創作主題による華麗なる変奏曲 op.15(1982年録音) 「チャイコフスキー国際コンクール」は、第1回こそピアニストとヴァイオリニストのみを対象としたものだったが、その後、チェロ、女声、男声が加わり、5つの分野に裾野を広げた。そのため、当アイテムに収録されているものも、きわめて多彩。およそ30年の期間にまたがって、後の巨匠や、あるいは活躍を期待されながら夭折したアーティストなどの、貴重な若々しい音源に接することができる。 それにしても、参加者のネーム・ヴァリューは凄い。世界を代表する登竜門コンクールであることが一目瞭然。また、協奏曲のバックにも、一流の指揮者やオーケストラが参加しており、そういった点でも演奏のクオリティは高い。また、コンクールならではの選曲も多彩で、様々な角度から楽しむことができる。 これらのアーティストたちの、誇りを賭けた熱演に、連続して浸る幸せを享受できるアルバムです。 |
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けがれなき薔薇~アヴェ・マリア~聖母マリアの祈り マクリーシュ指揮 ガブリエリ・コンソート レビュー日:2009.4.19 |
★★★★★ 異世界の光を感じるような、神秘的な録音
聖母マリアを讃える声楽作品を集めたオムニバス集。おいしい選曲、高品質な録音、美しい演奏、長時間収録(81分超)とあらゆる点から(たとえ宗教心を十分に持っていなくても)リスナーに満足感を与えてくれるアルバム。ちなみに収録されている1~13の作曲者は、1.タヴナー(John Tavener 1944-)、2.ジョスカン・デプレ(Josquin Desprez 1440-1521)、3.ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971)、4.スウェイン(Glies Swayne 1946-)、5.ムートン(Jean Mouton 1459-1522)、6.作曲者不詳(15世紀)、7.ハウエルズ(Herbert Howells 1892-1983)、8.アデス(Thomas Ades 1971-)、9.パレストリーナ(Giovannni Palestrina 1525 - 1594)、10.マクミラン(James MacMillan 1959 - )、11.グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)、12.バックス(Arnord Bax 1883-1953)、13.グレツキ(Henryk Gorecki 1933-)とルネサンスから近現代まできわめて多彩。タヴナー、スウェイン、ハウエルズ、アデス、マクミラン、バックスはいずれもイギリスの作曲家。 アルバムを通じてテーマの不思議な普遍性が伝わる。厳かにして気高く、声の印象は光に近い。叫ぶような音はなく、音色はつねに柔らかで、サインカーブのようななめらかな起伏を持っている。音楽は時とともに自然に移ろうように変化し、しかし絶え間なく次々と新しい美しい唯一の描写を提示する。その体験を通じ、一種この世の神秘とでも言える感興を聴き手に呼び起こす。 中でもジョスカン・デプレとムートンの作品の美しさは壮絶。グリーグの名曲も言うまでもない。加えて、適度な距離感をキープした録音が、宗教的空間の演出にさらに大きな効果を与えている。 |
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パヴァロッティ~ザ・グレイテスト・ヒッツ50 T: パヴァロッティ レビュー日:2013.10.22 |
★★★★★ ひたすら聴いていたくなる・・無二の168分間
2007年に亡くなった世界的テノール、ルチアーノ・パヴァロッティ(Luciano Pavarotti 1935-2007)が、デッカ・レーベルと契約してから、2014年で50年になるとのこと。当盤はそれを記念して、1961年から1998年までの間に録音された代表的な50曲を集めたもの。各CD84分総計なんと168分の収録時間という贅沢この上ない内容だ。しかも、このたびの記念盤のためにすべてリマスターされている。収録曲をまとめよう。 【CD1】 1) プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」から 「誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)」 2) プッチーニ 歌劇「ボエーム」から 「冷たい手を(Che gelida manina)」 3) ヴェルディ 歌劇「リゴレット」から 「あれか、これか(Questa o quella)」 4) ヴェルディ 歌劇「リゴレット」から 「彼女の涙が私には見える(Parmi veder le lagrime)」 5) ヴェルディ 歌劇「リゴレット」から 「女心の歌(La donna e mobile)」 6) ドニゼッティ 歌劇「愛の妙薬」から 「人知れぬ涙(Una furtiva Lagrima)」 7) ビゼー 歌劇「カルメン」から 「花の歌:お前が投げたこの花は(La fleur que tu m avais jetee)」 8) ビゼー 歌劇「真珠採り」から 「聖なる神殿の奥深く(Au fond du temple Saint?)」 9) レオンカヴァッロ 歌劇「道化師」から 「衣裳をつけろ(Vesti la giubba)」 10) プッチーニ 歌劇「トスカ」から 「妙なる調和(Recondita armonia)」 11) プッチーニ 歌劇「トスカ」から 「星は光りぬ(E lucevan le stelle)」 12) ヴェルディ 歌劇「トロヴァトーレ」から 「見よ、恐ろしい火を(Di quella pira)」 13) ヴェルディ 歌劇「アイーダ」から 「清きアイーダ(Celeste Aida)」 14) プッチーニ 歌劇「ボエーム」から 「ああ、麗しの乙女(O soave fanciulla)」 15) プッチーニ 歌劇「マノン・レスコー」から 「美しい人たちの中で(Tra voi, belle)」 16) プッチーニ 歌劇「マノン・レスコー」から 「何とすばらしい美人(Donna non vidi mai)」 17) プッチーニ 歌劇「西部の娘」から 「やがて来る自由の日(Ch ella mi creda)」 18) ジョルダーノ 歌劇「フェドーラ」から 「愛さずにはいられぬこの思い(Amor ti vieta)」 19) マイヤベーア 歌劇「アフリカの女」から 「おお、パラダイス(O paradiso)」 20) フロトウ 歌劇「マルタ」から 「夢のように(M appari)」 21) バッハ/グノー 「アヴェ・マリア(Ave maria)」 22) アダン 「オ・ホーリー・ナイト(さやかに星はきらめき)(O Holy Night)」 23) ヴェルディ 「レクイエム」から 「われは嘆く(Ingemisco)」 24) ヴェルディ 歌劇「椿姫」から 「乾杯の歌:友よ、さあ飲みあかそう(Brindisi)」 25) プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」から 「誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)」 26) プッチーニ 歌劇「ボエーム」から 「冷たい手を(Che gelida manina)」 【CD2】 1) カプア 「オ・ソレ・ミオ(O sole mio)」 2) デンツァ 「フニクリ・フニクラ(Funiculi funicular」」 3) クルティス 「帰れソレントへ(Torna a surriento)」 4) レオンカヴァッロ 「マティナータ(朝の歌)(Mattinata)」 5) マンシーニ 「青く塗られた青の中で(ヴォラーレ)(Nel blu, dipinto di blu)」 6) ビシオ 「風に託そう私の歌(La mia canzone al vento)」 7) ビシオ 「マンマ(Mamma)」 8) 民謡 「サンタ・ルチア(Santa Lucia)」 9) クルティス 「勿忘草(Non ti scordar di me)」 10) ジョルダーニ 「カロ・ミオ・ベン(Caro mio ben)」 11) ロッシーニ 「ダンス(La danza)」 12) ベッリーニ 「マリンコニーアよ 優しい妖精(Malinconia)」 13) ベッリーニ 「喜ばせてあげて(Ma rendi pur contento)」 14) トスティ 「セレナータ(La serenata)」 15) ダッラ 「カルーソー(Caruso)」 16) ムスマッラ 「イル・カント(Il canto)」 17) チェントンツェ 「ボンジョルノ・ア・テ(Buongiorno A Te)」 18) ララ 「グラナダ(Granada)」 19) レハール 喜歌劇「微笑みの国」から 「君は我が心の全て(Tu che m hai preso il cuor)」 20) フランク 「荘厳ミサ曲」から「天使の糧(パン)(Panis angelicus)」 21) クラプトン 「ホリー・マザー(Holy Mother)」 22) ワンダー 「平和が自由を求めてる(Peace wanted just to be free)」 23) ボノ 「ミス・サラエボ(Miss Sarajevo)」 24) フランソワ 「マイウェイ(My Way)」 世界的歌手らしい多様なレパートリー。アリアや歌曲に始まり、民謡、あるいは他ジャンルとのコラボレーションなど、きわめて多彩。録音も、さすがDECCAで、時代差をあまり感じさせず、全般に高品質で申し分なし。 ちなみに【CD2】20)はスティング(Sting)、【CD2】21)はエリック・クラプトン(Eric Clapton 1945-)、【CD2】22)はスティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder 1950-)、【CD2】23)はブライアン・イーノ(Brian Eno 1948-)とU2のボノ(Bono 1960-)、【CD2】24)はフランク・シナトラ(Frank Sinatra 1915-1998)とのコラボ。ジャンルを問わないエンターテイナーだったパヴァロッティの大きな存在を、まざまざと思わせるものだ。 個人的にはカルディッロの「カタリ・カタリ」やロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」からの「涙誘う無人の家よ(Asile hereditaire)」なども、是非入れて欲しかったが、言い出すときりがないので、仕方ないだろう。 ちなみに「冷たい手を」と「誰も寝てはならぬ」の2曲については、2ヴァージョンが収録されている。【CD1】26)「冷たい手を」はパヴァロッティの記念すべきデッカ・レーベルへの初録音音源(1961年録音)になる。当盤の記念碑的内容に泊を添えるものだろう。また、【CD1】25)の「誰も寝てはならぬ」は、1990年に行なわれたドミンゴ(Placido Domingo 1941-)、カレーラス(Jose Carreras 1946-)との3大テノール共演の際の録音。こちらも記憶に強く残るものに違いない。 とにかく、思う存分、「美しい旋律」と「圧倒的な美声」に浸(ひた)りきることの出来るアルバム。どんな時でも、このアルバムを聴くと、心が「喜び」に満たされるだろう。心行くまで楽しめるアルバムだ。私たちにこれだけのものを遺してくれたパヴァロッティには、ひたすら感謝の気持ちである。 |
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the Best of Placido Domingo T: ドミンゴ レビュー日:2016.1.26 |
★★★★★ これはお買い得でしょう。ドミンゴ75歳を記念したベスト・アルバムです。
スペインの世界的テノール歌手、プラシド・ドミンゴ(Placido Domingo 1941-)の75歳を記念して、ソニー・レーベルからリリースされた4枚組のベスト盤。収録内容は以下の通り。 【CD1】 1) ヴェルディ 歌劇「リゴレット」より「女心の歌」 2) プッチーニ 歌劇「リゴレット」より「さらわれてしまった。ほおの涙が」 3) プッチーニ 歌劇「ボエーム」より「冷たい手」 4) プッチーニ 歌劇「ボエーム」より「ああ、麗しの乙女」 5) ヴェルディ 歌劇「アイーダ」より「清きアイーダ」 6) ヴェルディ 歌劇「トロヴァトーレ」より「ああ、いとしい私の恋人」 7) ヴェルディ 歌劇「トロヴァトーレ」より「見よ、恐ろしい炎を」 8) プッチーニ 歌劇「トスカ」より「妙なる調和」 9) プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より「泣くな、リューよ」 10) ヴェルディ 歌劇「仮面舞踏会」より「さあ、言ってくれ、彼女が忠実に私を待っているかを」 11) ヴェルディ 歌劇「椿姫」より「燃える心を」 12) プッチーニ 歌劇「トスカ」より「星は光りぬ」 13) ヴェルディ 歌劇「蝶々夫人」より「変わらぬ愛を」 14) ヴェルディ 歌劇「椿姫」より「プロヴァンスの海と陸」 15) プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」 16) ヴェルディ 歌劇「ルイザ・ミラー」より「ああ!この目が見たものを信じないことができたなら」 17) ヴェルディ 歌劇「ドン・カルロ」より「あ、あのお方だ」 18) ヴェルディ 歌劇「オテロ」より「私を恐れるな」 【CD2】 1) レオンカヴァッロ 歌劇「道化師」より「衣装をつけろ」 2) チレア 歌劇「アルルの女」より「フェデリコの嘆き」 3) ビゼー 歌劇「カルメン」より「花の歌」 4) フロトー 歌劇「マルタ」より「夢のごとく」 5) ワーグナー 歌劇「ローエングリン」より「はるかな国に」 6) モーツァルト 歌劇「魔笛」より「なんと魔法の音は強いことか」 7) モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より「恋人を慰めて」 8) ドニゼッティ 歌劇「愛の妙薬」より「人知れぬ涙」 9) ジョルダーノ 歌劇「アンドレア・シェニエ」より「ある日、青空を眺めて」 10) マスネ 歌劇「ウェルテル」より「春風よ 何故私を目覚めさせるのか」 11) マスネ 歌劇「マノン」より「消え去れ、甘い幻影よ」 12) グノー 歌劇「ファウスト」より「この清らかな住まい」 13) マイアベーア 歌劇「アフリカの女」より「おおパラダイス」 14) グノー 歌劇「ロメオとジュリエット」より「愛の神、愛の神か~ああ!陽よ昇れ」 15) チャイコフスキー 歌劇「エフゲニー・オネーギン」より「どこに行ってしまったのだ」 16) マスカーニ 歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「お母さん、あの酒は強いね」 17) ビゼー 歌劇「真珠採り」より「聖なる神殿の奥深く」 【CD3】 1) トニー・レニス 人混みに立つ男 2) トスティ 理想の人 3) バーンスタイン マリア 4) デ・クルティス 帰れソレントへ 5) ドミンゴJr ヒア・マイ・ソング 6) リー・ホールドリッジ マイ・ソング、マイ・ライフ 7) ヤニー イル・プリモ・トッコ 8) ジョン・デンバー アニーズ・ソング 9) ジョン・レノン イエスタデイ 10) ジェームズ・ホーナー イル・ミオ・クオーレ・ヴァ 11) ジョン・デンバー パハップス・ラヴ 12) ジョゼフ・コズマ 枯葉 13) ジャン・ポール・マルティーニ 愛の歓び 14) チャーリー・チャップリン エターナリー 15) ホルヘ・カランドレッリ 良心 16) ドミンゴJr ザ・ギフト・オブ・ラヴ 17) ステファノ・トマセリ 真美の愛 18) ドミンゴJr 感謝 19) バッハ / グノー アヴェ・マリア 20) ヘンデル オンブラ・マイ・フ 21) ビゼー アニュス・デイ 22) フランク 天使の糧 23) ドミンゴJr クリスマスの子供たち 【CD4】 1) ジョアン・マヌエル・セラー 地中海 2) ドミンゴJr アルマ・ラティーナ 3) アグスティン・ララ グラナダ 4) エルネスト・レクオーナ シボニー 5) エルネスト・レクオーナ マラゲーニャ 6) ドミンゴJr メキシコからブエノスアイレスに 7) メドレー エドムンド・ポルテーニョ エル・ウマウアケーニョ(花祭り) シモン・ディアス 年老いた馬 ホセ・マンソ モリエンド・カフェ 8) メドレー ルイス・ボンファ カーニバルの朝 アリ・バロッソ ブラジルの水彩画 9) セバスティアン・イラディエル ラ・パロマ 10) ロドリーゴ アランフェス 11) コンスエロ・ベラスケス ベサメ・ムーチョ 12) ヤコブ・ゲーゼ ジェラシー 13) メドレー アルベルト・ドミンゲス ペルフィディア アルベルト・ドミンゲス フレネシー ボビー・コリャーソ 最後の夜 14) (トラディショナル) いとしいパローマ 15) (トラディショナル) ラ・マラゲーニャ 16) マリオ・デ・ジーザス 神さまお助けください 17) (トラディショナル) ヨー・ソイ・メヒカーノ 18) ゴンサロ・ロイグ キエレメ・ムーチョ 19) ラウロ・ウランガ 黒い夜 20) リカルド・ガルシア・ペルドモ トータル 世界的歌手に相応しいベスト盤で、イタリア・オペラ、ドイツ・オペラはもちろんのこと、様々なオペラ、民謡、歌謡曲といったふうに、実に広範囲な音楽が収集されている。また、ドミンゴの子息で、作曲家として名の知れているプラシド・ドミンゴJrの作品を多く聴けるのも特徴。 それにしても4枚組でこの価格、これで、古今の作曲家たちが編み出した名旋律をドミンゴの歌唱で堪能できるのだから、お得なアイテムなのは間違いないだろう。一応、1枚目がヴェルディ、プッチーニ、2枚目がその他のオペラ、3枚目がポップス、4枚目がラテンというだいたいの振り分けがされている。 個人的には、やはり1,2枚目のオペラ・アリアが視聴の中心となる。3,4枚目の楽曲は、通俗的でわかりやすい反面、いかにも直情的な楽曲が多い。だから、連続してじっくり聴くのにはあまり向かないと思うけれど、パソコンで作業なんかするときなどのBGMに流しておくのなら悪くない。それに、多くの曲が、ラテン系諸国を中心に知れ渡っている旋律だけに、それらを一通り巡ることも出来る。 ドミンゴの歌唱は文句なく素晴らしい。さすが本場のベルカントというだけでなく、響きに満ちた様々な情感が、楽曲の持つ雰囲気を圧倒的に高め、聴き手の気持ちの真ん中めがけてズンズン突き進んでくるような、肯定的な力の漲った歌声だ。俗にいう「元気づけられる」というのは、こういう歌唱に接した時の感情表現として相応しいかもしれない。ドミンゴの歌唱、古今東西の名旋律たちに、たっぷり浸れるCD4枚組となっています。 |
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オペラ合唱曲集 シノーポリ指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団 合唱団 レビュー日:2013.10.3 |
★★★★★ FIFAのテーマ曲~「アイーダ」の凱旋行進曲を聴いてみたいなら、当盤がいいでしょう
シノーポリ(Giuseppe Sinopoli 1946-2001)がベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団と同合唱団を指揮して1984年に録音した「オペラ合唱曲集」。有名どころを集めた親しみやすいアルバム。収録曲は以下の通り。 1) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) 歌劇「魔笛」から「イシスとオリシスの神に感謝を(O Isis und Osiris)」 2) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 歌劇「フィデリオ」から「おお、何という自由の嬉しさ(O welche Lusy)」 3) ウェーバー(Carl Maria von Weber 1786-1826) 歌劇「魔弾の射手」から「狩人の喜びは(Was glecht wohl auf Erden)」 4) ウェーバー 歌劇「魔弾の射手」から「勝利だ!勝利だ(Viktoria! Viktoria!)」 5) ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner 1813-1883) 歌劇「タンホイザー」から「歌の殿堂を讃えよう(Freuding begrussen wir die edle Halle)」 6) ヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901) 歌劇「ナブッコ」から「行け、わが思いよ、金色の翼に乗って(Va, Pensiero, sull’ali dorate)」 7) ヴェルディ 歌劇「十字軍のロンバルディア人」から「おお主よ、故郷の家々を(O Signore, dai tetto natio)」 8) ヴェルディ 歌劇「マクベス」から「虐げられた祖国(Patia oppressa)」 9) ヴェルディ 歌劇「イル・トロヴァトーレ」から「朝の光が差してきた(Vedi, le fosche notturne spoglie)」 10) ヴェルディ 歌劇「アイーダ」から「エジプトとイシスの神に栄光あれ(Gloria all’Egitto)」 11) ヴェルディ 歌劇「アイーダ」から「戦に勝った将軍よ、前に出よ(Vievi, o guerriero vindice)」 以上の様に、勇壮な合唱曲が多く、「いいとこどり」した楽しいアルバムと言えそうだ。中でも10)と11)は、FIFAのお蔭で、サッカーファンを介して、全世界的に有名な旋律となった感がある。3)は有名なウェーバーの「狩りのホルン」に呼応する壮麗な男声合唱として有名だし、一気呵成な4)も聴き味鋭い。5)はワーグナーの合唱曲として特に有名なもののひとつで、凱旋の雰囲気にも通じた大行進曲である。実に元気の出る1曲。 オペラへの合唱の挿入で卓越した手腕を発揮したヴェルディから過半数の6曲が選ばれたのは、聴いてみると納得できる。イタリア・オペラの諸作曲家の中でも、合唱の重量感を巧みに演出に取り入れたという点では、ヴェルディは一頭以上抜けた存在だろう。特に勇気を奮い立たせるような効果に溢れた楽曲が多いため、前述のFIFAの例だけでなく、彼の合唱曲は、歴史上様々なところで使用されてきた。例えば、イタリア統一運動で象徴的に用いられた6)などは、「イタリア国歌にしよう」という話もあったようである。 演奏であるが、すべてに穏当妥当で、多くの人が満足できる最大公約数的な演奏、といったところ。私自身、このような「オペラの合唱を抽出したアルバム」というのはほとんど聴いていないので、全体を他演奏と比較するのは難しいが、全般にほどよいテンポで、聴き手が欲しいと思う切迫感や求心力を、程よく再現したといったところ。実に落ち着いた指揮ぶりで、テンポを乱さず、適切に盛り上げて、丁寧に全体を形作っている。 例のFIFAのテーマソングについて、「原曲を聴いてみたい」という人に、「アイーダ全曲を聴け」というのは、なんとも益体の無い話だろうから、このディスクを聴くのはいかがでしょうか。他にも親しみやすい曲がいろいろ入っていますし、間違いなく良演良録音のものですし、他に「この曲も聞いたことがある!」といった楽しみ方さえも出来るのではないでしょうか。そういった点でオススメです。 |
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Aria Cantilena MS: ガランチャ ルイージ指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団 合唱団 レビュー日:2018.2.15 |
★★★★★ 選曲の妙もあって、ガランチャの芸術を存分に味わえる1枚になっています。
ラトヴィアのメゾソプラ、エリーナ・ガランチャ(Elina Garanca 1976-)による「アリア」と題したアルバム。収録曲は以下の通り。 1) チャピー(Ruperto Chapi 1851-1909) サルスエラ「セベデオの娘たち」から「とらわれ人の歌」 2) マスネ(Jules Massenet 1842-1912) 歌劇「ウェルテル」から「ウェルテル…ウェルテル…だれに言い当てることができたでしょう」 3) オッフェンバック(Jacques Offenbach 1819-1880) 歌劇「ホフマン物語」から「見たまえ、わななく弓の下で―それが愛かい、愛の勝利かい!」 4) ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868) 歌劇「シンデレラ(チェネレントラ)」から「私は苦しみと涙のために生まれ」 5) ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos 1887-1959) ブラジル風バッハ 第5番から アリア 6) オッフェンバック 喜歌劇「ジェロルスタイン女大公殿下」から「担え銃!」―「皆さんは危険がお好きで―ああ、私、軍人さんが好きなのよ」 7) ロッシーニ 歌劇「アルジェのイタリア女」から「愛する彼のために」 8) モンサルバーチェ(Xavier Montsalvatge 1912-2002) 「こよなく喜ばしい夜」~カタロニア民謡「鳥の歌」によるマドリガル 9) R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949) 楽劇「ばらの騎士」から「マリー・テレーズ!」―「私が誓ったことは」 10) R.シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」から「夢なのでしょう」 バックはファビオ・ルイージ(Fabio Luisi 1959-)指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団と合唱団が務める。2006年の録音。 収録曲には重奏も含まれていて、以下の歌手が参加している。 ディアナ・ダムラウ(Diana Damrau 1971- ソプラノ)9,10) カリーナ・フラーデ(Katharina Flade ソプラノ)4) アドリエンヌ・ピエチョンカ(Adrianne Pieczonka 1963- ソプラノ) 9) ハイケ・リーブマン(Heike Liebmann 1965- メゾソプラノ) 4) ラファエル・ハルニッシュ(Rafael Harnisch テノール) 6,7) ドミニク・リヒト(Dominik Licht 1977- バリトン) 4,6,7,10) マティアス・ボイトリヒ(Matthias Beutlich バス)7) トーマス・ミュラー(Thomas Muller バス)6) ミルコ・トゥーマ(Mirko Tuma バス)4) 8)は、カザルス(Pablo Casals 1876-1973)の演奏で知られる民謡をモンサルバーチェが編曲したものであるが、独奏チェロを含む編曲になっていて、ペーター・ブルンズ チェロ(Peter Bruns 1963-)が担う。 選曲も含めて、とても楽しい、聴く喜びにあふれたアルバムだ。ソプラノを前提とする作品も含まれているが、ガランチャは難なくこなしており、言語も含めて対応する範囲の広さを感じさせる。美しいトリル、そして、それを生かす全体的な音響の柔軟性は抜群だ。アルバムは、チャピーの意気揚々たる響きに始まり、マスネの甘美な劇性、オッフェンバックのセリフ的性格をもったふしまわしと序盤から多彩だが、いずれも見事にこなしていて、艶と切れ味で堪能させられる。 ロッシーニのチェネレントラ、ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハは、このアルバムの白眉といってもよい雰囲気抜群の仕上がり。モンサルバーチェの作品は、有名な旋律を気高く歌い上げているが、幻想的なオーケストレーションとあいまって、感動的だ。 そして、R.シュトラウスの重唱で締めくくられるという点もユニーク。ここでは、ガランチャに焦点を当てるというより、作品の理想的な再現になっており、一人の歌手に焦点をあてたアルバムの選曲としては異質といって良いが、聴いてみると、これまたたいへん素晴らしい調和を感じさせる名演で、すっかり感心させられる。 以上のように、様々な点で、ガランチャの才能を堪能できるが、聴き手によっては、様々な楽曲との出会いという点でも、十分な幸福に浸れる一枚です。 |
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Opera Arias Br: ターフェル レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団 レビュー日:2018.2.22 |
★★★★★ ターフェル30歳時の名録音
イギリスのバリトン、ブリン・ターフェル(Bryn Terfel 1965-)が1994~95年に録音したアリア集。以下の楽曲を収録。 1) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1971) 歌劇「フィガロの結婚」から 「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」 2) モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」から 「さあ、窓べにおいで、私の宝よ」 3) モーツァルト 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」から カタログの歌 4) モーツァルト 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」から 「彼に目を向けてください」 5) モーツァルト 歌劇「魔笛」から 「わたしは鳥刺し」 6) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883) 歌劇「タンホイザー」から 「夕星の歌」 7) ワーグナー 歌劇「さまよえるオランダ人」から 「期限は切れた」 8) オッフェンバック(Jacques Offenbach 1819-1880) 歌劇「ホフマン物語」から 「きらめけ、ダイヤモンド!」 9) グノー(Charles Gounod 1818-1893) 歌劇「ファウスト」から メフィストフェレスのセレナーデ 10) ボロディン(Alexander Borodin 1833-1887) 歌劇「イーゴリ公」から 「疲れ果てた魂には夢も休息もなく」 11) ドニゼッティ(Gaetano Donizetti 1797-1848) 歌劇「ドン・パスクアーレ」から 「天使のように美しい娘」 12) ロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868) 歌劇「チェネレントラ」から 「私の子孫、私の子孫の娘たちよ」 13) ヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901) 歌劇「マクベス」から 「裏切り者め!イギリスと組んでわしに刃向かうとは!…老境をなぐさめる慈悲、尊敬、愛」 14) ヴェルディ 歌劇「ファルスタッフ」から 「おい!小姓!…名誉だと!」 バックは、レヴァイン(James Levine 1943-)指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団の演奏。 当盤はまだ30歳だったターフェルの、当時の代表的な録音の一つと言っていいもので、1997年のグラミー賞を受賞したものでもある。 身長192cmという大柄な体躯から、豊穣に響き渡るターフェルの声は、バリトンとして、理想的といって良い条件を備えたものといって良い。その情熱的な声は、当盤でも圧倒的な印象を残すものとなっている。しかし、彼の美点はそれだけではない。多彩な言語に対応する能力とともに、歌劇中のアリアとしての機微を捉えた当意即妙の表現力、それを音楽という抽象芸術に還元する知的感覚の鋭さ、それらの多彩な才能を一身にまとった芸術として、彼の声は私たちの耳に響き、強い感動を引き起こすのである。 冒頭のモーツァルトから、その言語そのものの表現の美しさに感嘆させられる。ドイツ語特有の力強い抑揚が、きわめて明晰かつ芸術的に表現されるのを聴くと、それがモーツァルトの偉大な芸術であるというのと、また別次元のもう一つの価値に晒されているようにさえ感じられるのである。これこそがターフェルの歌唱の魅力にほかならない。 「さまよえるオランダ人」の「期限は切れた」では、圧倒的な迫力を伴いながら、その苦悩が深くにじむ歌唱になっている。その前にある「夕星の歌」の輝かしさも見事。この2曲が白眉と感じるが、ドニゼッティやボロディンでもきわめて充実した聴き手を圧倒する力感がある。 レヴァインが指揮するオーケストラも良好で、特にワーグナーやヴェルディでの重厚さのある音作りが、ターフェルの歌唱と見事なコラボレーションを築き上げている。 楽曲の中には、一般的により年齢を重ねた歌手が歌うことを想定して書かれたものもあるが、そんな不足感をまったく抱かさることのない、立派なパフォーマンスを示している。 |
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Elisabeth Soderstrom Sings Russian Songs S: ゼーダーシュトレーム p: アシュケナージ レビュー日:2011.9.6 |
★★★★★ ゼーダーシュトレームの高い万能性を示す再編集アルバム
近年亡くなったスウェーデンのソプラノ歌手、エリザベート・ゼーダーシュトレーム(Elisabeth Anna Soderstrom 1927-2009)は、多彩な言語の歌唱が可能で、歌曲、オペラなどあらゆるジャンルで縦横な活躍をした。グラモフォン誌におけるジョン・ワラック氏(John Warrack)以下の批評は、彼女がヤナーチェクの歌劇「カーチャ・カバノヴァ」でカーチャを演じた際のものだ。・・「無限とも思える微細なタッチと慎重な歌いまわしで、ドラマにおける登場人物のキャラクタを描ききっている」。ヤナーチェクの歌劇は、内容が素晴らしいにもかかわらず、言語に適応する歌手の問題で上演が難しいものとされているので、彼女の適応力を物語るエピソードだ。 そんな適応力を背景に、ゼーダーシュトレームの録音活動は広く、デッカのシベリウスやラフマニノフの歌曲全集でも主軸を担い、いずれもグラモフォン賞を受賞するなど輝かしい履歴となっている。このアルバムは、ゼーダーシュトレームがデッカでしばしば共演したアシュケナージとのチャイコフスキーを中心とする歌曲を集めたもの。一応、収録曲を書こう。 チャイコフスキー~かっこう 夕べ 夜鳴鶯 昨日の夜 いや、ただあこがれを知る人だけが 子守歌 何故? 恐ろしい瞬間 昼の光が満ちようと 春 飾り気のない言葉 私の心を運び行け セレナード 失望 冬がこようとかまわない 涙 陽は沈み 熱い灰の上で 私の守護神、私の天使、私の友よ ゼムフィーラの歌 友よ信じるな すぐに忘れるために おお、あの歌を歌って スピリット・マイ・ハート・アーウェイ 何故に? それは早春のことだった 騒がしい舞踏会の中で もしも知っていたら 私は野の草ではなかったか 私の小さな庭 聞かないで 初めての出会い セレナード ロンデル 私はあなたと座っていた 窓辺の闇に見え隠れするのは) ムソルグスキー~子供部屋 プロコフィエフ~醜いアヒルの子 グレチャニノフ~5つの子供の歌。 グレチャニノフ(Alexander Grechaninov 1864-1956)はモスクワで生まれアメリカで活躍した作曲家。録音は1979年から82年にかけて行われたもの。 いずれもアシュケナージの素晴らしいピアノ伴奏により、高いクオリティーが得られている。「熱い灰の上で」の情熱的なピアノ、「もしも知っていたら」の冒頭のピアノのモノローグの美しさ、「昼の光が満ちようと」「それは早春のことだった」などアシュケナージならではの深い彩りがある。名曲として知られる「いや、ただあこがれを知る人だけが」や「騒がしい舞踏会の中で」ではゼーダーシュトレームの真摯な歌唱とあいまって、寂寞とした雰囲気を瀟洒に奏でるものとなっている。またムソルグスキーの独特の暗みも秀逸。プロコフィエフの作品は管弦楽伴奏版もあり、アシュケナージはポーター(Jacqueline Porter)のソロで2009年に録音しているので、聴き比べもできる。 |
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Green C-T: ジャルスキー p: デュクロ エベーヌ四重奏団 A: シュトゥッツマン レビュー日:2015.2.24 |
★★★★★ カウンターテナーで歌われるフランス歌曲の新しさ
フランスのカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキー(Philippe Jaroussky 1978-)によるフランス歌曲集第2弾。今回は、ポール・ヴェルレーヌ(Paul Verlaine 1844-1896)の詩に基づいて作曲されたものを集めた。 【CD1】 1) レオ・フェレ(Leo Ferre 1916-1993) 「感傷的な会話」 2) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 3つの歌曲 op.5 第1曲 「秋の歌」 3) セヴラック(Deodat Severac 1872-1921) 「空は、屋根のうえで(牢獄)」 4) スルク(Josef Zygmunt Szulc 1875-1956) 「月の光」 5) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 歌曲集「艶なる宴」 第1集 第1曲「ひっそりと」 6) ドビュッシー 歌曲集「艶なる宴」 第1集 第2曲 「操り人形」 7) ドビュッシー 歌曲集「艶なる宴」 第1集 第3曲 「月の光」 8) フォーレ 5つのヴェネツィアの歌 op.58 第5曲 「それは愁いをおびた陶酔」 9) ショーソン(Ernest Chausson 1855-1899) 2つの詩 op.34 第1曲 「聴いてください、とても優しい歌なのです」 10) フォーレ 歌曲集「5つのヴェネツィアの歌」op.58 第3曲 「グリーン」 11) シャルル・ボルド(Charles Bordes 1863-1909) 「おお、悲しみに、悲しみにくれたぼくのたましい」 12) サンサーンス(Camille Saint-Saens 1835-1921) 「野を渡る風」 13) フォーレ 歌曲集「5つのヴェネツィアの歌」 op.58 第2曲「ひっそりと」 14) シャブリエ(Emmanuel Chabrier 1841-1894) 「フィシュ=トン=カンの歌」 15) アーン(Reynaldo Hahn 1875-1947) 7つの灰色の歌 第4曲 「ひっそりと」 16) フォーレ 2つの歌曲 op.83 第1曲 「空は、屋根のうえで(牢獄)」 17) ドビュッシー 「マンドリン」 18) ショーソン 4つの歌 op.13 第1曲 「白い月」 19) オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955) 4つの低声のための歌 第3曲 「大きな黒い眠り」 20) フォーレ 4つの歌曲 op.51 第3曲「心のなかに涙が降っている」 21) マスネ(Jules Massenet 1842-1912) 「白い月」 22) ヴァレーズ(Edgar Varese 1883-1965) 「大きな黒い眠り」 23) レオ・フェレ 「聴いてください、とても優しい歌なのです」 【CD2】 24) フォーレ 2つの歌 op.46 第2曲 「月の光」 25) アーン 7つの灰色の歌 第1曲「秋の歌」 26) カプレ(Andre Caplet 1878-1925) 「グリーン」 27) ドビュッシー 「心のなかに涙が降っている」 28) ポルドウスキ(Irene Regine Wieniawska 1880-1932) 「白い月」 29) ポルドウスキ 「コロンビーヌ」 30) トレネ(Charles Trenet 1913-2001) 「秋の歌」 31) ポルドウスキ 「マンドリン」 32) フロラン・シュミット(Florent Schmitt 1870-1958) 3つの歌曲 op.4 第2曲「心のなかに涙が降っている」 33) アーン 20の歌 第1集 第16曲「空は、屋根のうえで(牢獄)」 34) シャブリエ 「プッサーの歌」 35) ケクラン(Charles Koechlin 1867-1950) 4つの歌 op.22 第4曲「心のなかに涙が降っている」 36) フォーレ 歌曲集「優しい歌」 op.61 第3曲 「白い月」 37) シャルル・ボルド(Charles Bordes 1863-1909) 「感傷的な散歩」 38) ドビュッシー 歌曲集「忘れられたアリエッタ」から「グリーン」 39) カントルーブ(Joseph Canteloube 1879-1957) 「感傷的な会話」 40) ドビュッシー 歌曲集「艶なる宴」 第2集 第1曲 「無邪気なひとたち」 41) ドビュッシー 歌曲集「艶なる宴」 第2集 第2曲 「半獣神」 42) ドビュッシー 歌曲集「艶なる宴」 第2集 第3曲 「感傷的な会話」 43) ジョルジュ・ブラッサンス(Georges Brassens 1921-1981) 「コロンビーヌ」 2014年の録音で、ピアノ伴奏はジェローム・デュクロ(Jerome Ducros 1974-)。また、1,5,6,7,14,23,25,30,39,43)の各曲でエベーヌ・カルテットが加わるほか、21)ではコントラルトのナタリー・シュトゥッツマン(Nathalie Stutzmann 1965-)とのデュエットが聴ける。 14)と34)の原曲はオペラ中のアリア。また、「ポルドウスキ」の作曲家名は、ヴィエニアフスキ(Henryk Wieniawski 1835-1880)の妻であったイレーヌが作曲活動するときに用いていた名前。 大変注目されるアルバムだと思う。ヴェルレーヌは、言うまでもなくデカダンと象徴主義を体現した偉大な詩人で、多くの作曲家がその詩に啓発されて作曲活動を行った。その詩はアーンが指摘するように、特有の抽象性と官能性を伴ったもので、そのことが音楽に一層の力を与えた。 ジャルスキーのようなカウンターテナーがこれらの作品を録音することは少ない。彼らの領域は、本来はバロック期の教会音楽、それにカウンターテナーの歌唱を前提とした一部の近現代音楽であろう。当盤に収録された歌曲も、カウンターテナーの歌唱を前提とはしない作品だ。 しかし、ジャルスキーは、その声質を活かし、シャブリエ、ドビュッシーから近代シャンソンまで、非常に面白いニュアンスに富む演奏を繰り広げた。 ジャルスキーの声は、これらの歌曲の歌唱においては、独特の繊細さを感じさせる。限定的な歌唱法は、フランス語特有の母音の扱いを踏まえて、不思議な色合いを讃える。それは蓄音機から流れてくるようなノスタルジックな情感であったり、ゾクッとするような官能的な感覚であったりする。 冒頭のレオ・フェレの「感傷的な会話」から、新しいフランス歌曲の味わいが拓けたような、新鮮さと、声質がもたらす感傷が入り混じった色調が印象的。そして、しばしば加えられるエベーヌ・カルテットによる弦の響きが、絶妙の効果をもたらす。デュクロのピアノもうまい。出過ぎることはなく、しかし、行間の情をほのかに引き出す高貴さに溢れている。例えば、ヴァレーズの一品のピアノの音色に注意深く聴き入って欲しい。 楽曲も美しいものばかり。中でも私が好きなのはアーン「空は、屋根のうえで(牢獄)」である。ヴェルレーヌが、ランボー(Arthur Rimbaud 1854-1891)に発砲し負傷させたことで、収監された牢獄の中で綴った詩である。ヴェルレーヌ29歳の時の迷いと嘆きが淡く綴られる詩に、アーンは透明でさりげない旋律を与えた。私が昔よく聴いたのは、カミーユ・モラーヌ(Camille Maurane 1911-2010)の名演であったが、ジャルスキーの歌唱はまったく新しい、天から牢獄にいるヴェルレーヌに語りかけるように響く。 今回、43の憂いあふれるフランス歌曲を聴き、その美しさにあらためて感じ入った。 |
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Lava-Arie Di Bravura from 18th Century Napoli S: ケルメス ディレクター: オレセ レビュー日:2015.3.12 |
★★★★★ 18世紀ナポリの音楽舞台を復活させるアルバム
近年のバロック音楽再興のうち、こと声楽においては、シモーネ・ケルメス(Simone Kermes 1970-)が果たした役割が大きい。その歌唱は、古典以降のイタリア・オペラ的なベルカント唱法とは大きく異なっていて、スピードに関する卓越した技巧を要求するもので、現代ではこのジャンルを主軸とし、トレーニングを積む歌手は多くなないのである。しかし、ケルメスという歌手の登場により、私たちは、今まで知らなかった声の協奏曲と形容したいほどのバロック・アリアの世界の多様さを知ることとなった。 当盤は、そのケルメスによる「18世紀ナポリのオペラ・アリア集」である。クラウディオ・オゼーレ(Claudio Osele)とレ・ムジケ・ノーヴェによるピリオド楽器による合奏団をバックに、2008年に録音されたもの。収録曲は以下の通り。 1) ペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi 1710-1736) 歌劇「オリンピアーデ」より"Tu me da me dividi" 2) ポルポラ(Nicola Porpora 1686-1768) 歌劇「ルチオ・パピーリオ」より"Morte amara" 3) ポルポラ 歌劇「フラヴィオ・アニチオ・オリブリオ」より"Se non dovesse il pie" 4) ヴィンチ(Leonardo Vinci 1690-1730) 歌劇「アルタセルセ」より"Fra cento affanni e cento" 5) レオ(Leonardo Leo 1694-1744) 歌劇「イル・デメトリオ」より"Manca sollecita" 6) ハッセ(Johann Adolph Hasse 1699-1783) 歌劇「ヴィリアーテ」より"Come nave in mezzo all' onde" 7) ペルゴレージ 歌劇「シリアのハドリアヌス帝」より"Lieto cosi talvolta" 8) ハッセ 歌劇「アンティゴネー」より"Perche, se tanti siete" 9) ヴィンチ 歌劇「アルタセルセ」より"No che non ha la sorte… Vo solcando un mar crudele" 10) ポルポラ 歌劇「ルチオ・パピーリオ」より"Tocco il porto" 11) ハッセ 歌劇「捨てられたディドーネ」より"Tu dici ch' io non speri…L'augelletto in lacci stretto" 12) ペルゴレージ 歌劇「オリンピアーデ」より"Mentre dormi amor fomenti" 収録曲の半分以上が世界初録音となっている。 ハッセはドイツ人であるが、イタリアに渡りナポリで活躍した。他はすべてイタリアの作曲家。とは言っても、日本で一般に作曲家として知られているのは、ペルコレージだけであろう。これらの楽曲が現在取り上げにくいのは、ファリネッリ(Farinelli 1705-1782)に象徴されるカストラート歌手の全盛期であったためである。彼らの歌唱を前提とした作品は、きわめて音域が広く、特化的な技巧を要求する。現代では、これらのオペラ・アリアは女声で歌われるわけだが、音域・技術の両面で対応できる歌手は限られる。 しかし、ケルメスのような奇跡的な存在が、その壁を打ち破ったわけだ。実際、この12曲の顔ぶれは、きわめて多彩。牧歌的なものから英雄的なものまで、悲劇的なものから軽いものまで、またソプラノの領域とは考えにくい暗い低さを併せ持つものなど実に様々。これらの楽曲のそれぞれにケルメスは素晴らしい適応を示す。ビブラートの使用の程度も含めて、1曲1曲、その曲のためのアプローチを緻密に行い、劇的な火の出るような様相から、田園詩のような情緒まで描き分けている。 1)の劇的な怒りの音楽、3)の機動的な正確さ、5)に通う情緒、すべてが見事。また7)では名高いオーボエ奏者、ボッシュ(Michael Bosch 1967-)との見事なやり取りを繰り広げる。6)のカデンツァ部分の聴きごたえも十分。 全般に、果敢なケルメスの適応能力で、一気に聴き通してしまう一枚です。 |
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Forbidden But Not Forgotten! V.A. レビュー日:2015.7.16 |
★★★★★ 忘れられない、忘れてはいけない歴史の闇
"Forbidden but not forgotten(禁じられた、しかし忘れ去られることのない)"と題されて、1920年代から40年代にかけて音声による記録が残された「退廃芸術」を集めた企画版。CD10枚に当時の音源が収録されている。 「退廃芸術」は、第二次大戦前からドイツによって行われた芸術政策を象徴する言葉。近代芸術を、精神的な衰退を象徴するものであるとし、様々な形で迫害と差別化を行った。標的となったのは近代芸術のみならず、ユダヤ人やスラヴ系芸術家の作品、アフリカ文化の影響を受けた作品、あるいは社会主義的思想を持つ芸術家の作品やジャズの影響を受けた芸術家の作品などである。これらの芸術は、様々な形で虐げられ、卑屈な方法でその価値を歪められた。迫害された芸術家のうち、国外に脱出して活動を継続できたものはまだ幸運なケースで、収容所に送られ、殺害された人も多くいた。 収容所で殺害された高名なユダヤ人作曲家として、ヴィクトル・ウルマン(Viktor Ullmann 1898-1944)、ハンス・クラーサ(Hans Krasa 1899-1944)、パヴェル・ハース(Pavel Haas 1899-1944)といった人たちの名を挙げることができる。彼らの作品を新たに録音したDECCAの退廃音楽シリーズは、世界的に高い評価を得た。いずれにしても、当時のドイツの狂気の政策により、我々人類は、多くの貴重な芸術を失った。 本盤では、ユダヤ人であるという理由で迫害対象となった芸術家を広範に取り上げ、幸いにも残されていた当時の録音をCD10枚に可能な範囲で収録している。CD1~10には一応のタイトルが振られている。 CD1; 文化のボルシェビキの政策 CD2; キャバレー、シャンソン CD3; 優柔なモラル CD4; トータル・ライセンス CD5; ヒットソングと映画 CD6,7; オペレッタ CD8,9; オペラ CD10; コンサート 日本での高名無名を問わず、数多くの芸術家の記録が刻まれており、様々な意味で後世に伝えなくてはならないものだろう。記録が古いため、純粋な観賞用としては適さないだろうが、本アイテムはそのような次元とは異なる歴史的な価値を持つものだ。参考までに当10枚組CDに取り上げられあげられた芸術家の主な顔ぶれを以下にまとめよう。なお、当時すでに亡くなっている芸術家の作品も攻撃の対象となっているため、彼らの名も含まれている。 パウル・アブラハム(Paul Abraham 1892-1960) ハンガリーの作曲家 ロジ・バールショニ(Rosy Barsony 1909-1977) ハンガリーの歌手・女優 クルト・ボウワ(Kurt Bois 1901-1991) ドイツの俳優 ベルトルト・ブレヒト(Bert Brecht 1898-1956) ドイツの劇作家 エルンスト・ブッシュ(Ernst Busch 1900-1980) ドイツの歌手 アドルフ・フリッツ(Adolfu Fritz 1917-1977) ドイツの指揮者・オルガン奏者 コメディアン・ハーモニスツ(Comedian Harmonists) 1930年代ドイツで活躍したアカペラグループ ハンス・アイスラー(Hanns Eisler 1898-1962) ドイツの作曲家 リヒャルト・フォール(Richard Fall 1882-1945) オーストリアの作曲家 クルト・ゲロン(Kurt Gerron 1897-1944) ドイツの俳優、映画監督 ロベルト・ギルバート(Robert Gilbert 1899-1978) ドイツの作曲家、歌手、俳優 ポール・グレッツ(Paul Graetz 1889-1937) ドイツの俳優・映画監督 フリッツ・グルンバウム(Fritz Grunbaum 1880-1941) オーストリアの作曲家、俳優、映画監督 ジャック=フロマンタル・アレヴィ(Jacques Fromental Halevy 1799-1862) フランスの作曲家 マックス・ハンセン(Max Hansen 1897-1961) デンマークの歌手 ハインリヒ・ハイネ(Heinrich Heine 1797-1856)ドイツの詩人 ヴェルナー・リヒャルト・ハイマン(Werner Richard Heymann 1896-1961)ドイツの作曲家 パウル・ヒンデミット(Paul Hindemith 1895-1963)ドイツの作曲家 フリードリヒ・ホレンダー (Friedrich Hollaender 1886-1976)ドイツの作曲家 エメリッヒ・カールマン(Emmerich Kalman 1882-1953) オーストリアの作曲家 アレクサンドル・キプニス(Alexander Kipnis 1881-1978) ロシアの歌手(バス) オットー・クレンペラー(Otto Klemperer 1885-1973) ドイツの指揮者 エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold 1897-1957) オーストリアの作曲家 フリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962) オーストリアのヴァイオリニスト、作曲家 エルンスト・クルシェネク(Ernst Krenek 1900-1991) オーストリアの作曲家 ロッテ・レーニャ(Lotte Lenya 1898-1981) オーストリアの歌手、女優 フリッツ・レーナー=ベーダ(Fritz Lohner-Beda 1883-1942) オーストリアの作家、詩人 グスタフ・マーラー(Gustav Mahler 1850-1911) オーストリアの作曲家、指揮者 フリッツィ・マッサリー(Fritzy Massary 1882-1962) オーストリアの女優 フェリックス・メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn-Bartholdy 1809-1847) ドイツの作曲家 ジャコモ・マイアベーア(Giacomo Meyerbeer 1791-1864) ドイツの作曲家 ポール・モーガン(Paul Morgan 1886-1938) オーストリアの俳優 ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach 1819-1880) ドイツの作曲家 ヨーゼフ・シュミット(Joseph Schmidt 1904-1942) オーストリアの歌手(テノール)映画俳優 アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874-1951) オーストリアの作曲家 ルドルフ・ゼルキン(Rudolf Serkin 1903-1991) オーストリアのピアニスト オスカー・シュトラウス(Oscar Straus 1870-1954) オーストリアの作曲家 ジョージ・セル(Georg Szell 1897-1970) ハンガリーの指揮者 リヒャルト・タウバー(Richard Tauber 1891-1948) オーストリアの歌手(テノール)俳優 クルト・トゥホルスキー(Kurt Tucholsky 1890-1935) ドイツの作家 ブルーノ・ワルター(Bruno Walter 1876-1962) ドイツの指揮者 デイヴィッド・ウェーバー(David Weber 1913-2006) アメリカのクラリネット奏者 クルト・ワイル(Kurt Weill 1900-1950) ドイツの作曲家 アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(Alexander von Zemlinsky 1871-1942) オーストリアの作曲家 ハインリヒ・シュルスヌス(Heinrich Schlusnus 1888-1952)ドイツの歌手(バリトン) ヤルミラ・ノヴォトナ(Jarmila Novotna 1907-1994) チェコの歌手(ソプラノ) ヴィリー・フリッチ(Willy Fritsch 1901-1973) ドイツの俳優 トルーデ・ヘスターベルク (Trude Hesterberg 1862-1967) ドイツの歌手、女優 シャルロッテ(ロッテ)・レーマン(Charlotte (Lotte) Lehmann 1888-1976) ドイツの歌手(ソプラノ) マックス・ローレンツ(Max Lorenz 1901-1975) ドイツの歌手(テノール) ヘルベルト・エルンスト・グロー(Herbert Ernst Groh 1905-1982) スイスの歌手(テノール) ナタン・ミルシテイン(Nathan Milstein 1903-1992) ウクライナのヴァイオリニスト オスカー・カールワイス(Oskar Karlweis 1894-1956) オーストリアの俳優 ヘルベルト・ヤンセン(Herbert Janssen 1892-1965) ドイツの歌手(バリトン) |
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BARBARA p: タロー アコーディオン: ロマネリ 他 レビュー日:2017.10.10 |
★★★★★ 1曲1曲が無類に美しい至宝の伝説的シャンソン集
現代を代表するフランスの世界的ピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)による、フランスの伝説的シャンソン歌手で作曲家だったバルバラ(Barbara 1930-1997)のトリビュート・アルバム。タローは、バルバラの葬儀に出席した際に、当アルバムの作製を志したというが、その構想がなんと20年を経て実を結んだことになる。収録内容をみて驚くが、全ての楽曲はタローが編曲しており、ヴォーカリストも1曲1曲で「もっとも適切な」アーティストを招へいするという入れ込みぶりで、都合14人のヴォーカリストが集うと言うまたとない豪華な内容となった。また、器楽奏者も超一流のアーティストが揃っているほか、長年バルバラのサポート・メンバーをつとめたローラン・ロマネリが参加し、特にインスト曲で占められた2枚目のディスクでその至芸を聴くことができる。収録内容と、参加したアーティストをまずは列挙しよう。 【CD1】 1) ピエール (prelude) 2) Cet Enfant-la 3) 美しい9月 4) 私の恋人たち 5) くちびるの端に 6) 死にあこがれて 7) Vivant poeme 8) ピエール 9) 埋葬 10) 鏡の向こう側 11) C'est trop tard 12) サンタマンの森で 13) ウィーン 14) いつ帰ってくるの? 15) Les Amis de Monsieur 16) 歓びが戻るのを待って 17) ピエール (postlude) 【CD2】 18) 私の劇場 19) Valse de Frantz 20) 今朝 21) ナントに雨が降る 22) 美しい年令 23) もう何もない 24) レミュザ 25) 私は恋を殺した 26) 我が麗しき恋物語 ヴォーカル: ドミニクA(Dominique A 1968-) 2) カメリア・ジョルダナ(Camelia Jordana 1992-) 3) ジュリエット・ヌルディーヌ(Juliett e Noureddine 1962-) 4) ヴァネッサ・パラディ(Vanessa Paradis 1972-) 5) レディオ・エルヴィス(Radio Elvis) 6) ジャン=ルイ・オベール(Jean-Louis Aubert 1955-) 7) ティム・ダップ(Tim Dup) 8) ベナバール(Benabar 1969-) 9) ジェーン・バーキン(Jane Birkin 1946-) 10) アルビン・デ・ラ・シモン(Albin de la Simone 1970-) 11) ロキア・トラオレ(Rokia Traore 1974-) 12) インディ・ザーラ(Hindi Zahra 1979-) 14) ギヨーム・ガリエンヌ(Guillaume Gallienne 1972-) 15) ルス・カサル(Luz Casal 1958-) 16) 語り: ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche 1964-) 13,18) 協演: モディリアーニ四重奏団(Modigliani string quartet) 2,16,20) コントラバス: ステファン・ロジェロ(Stephane Logerot) 4,9,16) アコーディオン: ローラン・ロマネリ(Roland Romanelli 1946-) 4,8,21,22,24) チェロ: ルイ・ロッド(Louis Rodde) 8,10) フランソワ・サルク(Francois Salque) 13) クラリネット: ミシェル・ポルタル(Michel Porta 1935-) 9,20,21,26) キーボード,ベース: アルビン・デ・ラ・シモン(Albin de la Simone 1970-) 10,11) ホルン: エルヴェ・ジュラン(Herve Joulain 1967-) 11) ヴァイオリン: ルノー・カプソン(Renaud Capucon 1976-) 13) ギター: フランソワーズ・ラセール(Francoise Lasserre 1966-) 16) 2016年から2017年にかけての録音。 また、タロー自身も、ピアノだけでなく、楽曲によっては、ハモンド・オルガン、ウーリッツァー・オルガン、プリペアード・ピアノ、キーボード、チェレスタ、ベルを担当しており、その多才ぶりが際立っている。 タローはこれまでにもサティ(Erik Satie 1866-1925)のアルバムや、「屋根の上の牛」で、これらのアーティストの何人かと共演しているが、今回のアルバムは、それらを上回ると言いたいほどの企画性の高さである。そして、タローの編曲の見事なこと。楽曲の雰囲気、文化的な薫りを十全に残しながら、1曲1曲、実に巧妙に仕上げている。 ピアノのパートは、タローほどの達人にとって、技術的に難しいところはほとんどないと言っていいだろう。しかし、そこに込められた感情、研ぎ澄まされた感覚は、全体の雰囲気を圧倒的に支配している。 もちろん、ヴォーカリストや器楽奏者たちの好演も言わずもがな。そして、原曲のもつ薫り高い旋律が無類に美しい。ひとつひとつが四季のように鮮やかな色彩を持ち、いかにもあの時代の、高雅にして瀟洒なステージの雰囲気が如実に伝わってくるのである。そして、親しみやすく、それでいて俗に偏らないメロディは、タローのような名手が手掛けるのに、実に相応しい輝きを持っているのである。 どれも素敵な曲ばかりだが、1曲だけ挙げるなら、頭に残って離れない「くちびるの端に」にしようか。特に、秋の夜に聴くのに、絶好のアルバムではないでしょうか。強力にオススメします。 |
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Night Songs S: フレミング p: ティボーデ レビュー日:2020.1.14 |
★★★★★ 5人の作曲家の名品が並ぶ「夜の歌曲」集
ルネ・フレミング(Renee Fleming 1959-)のソプラノ独唱、ジャン=イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)のピアノで、「Night Songs」と題されて集められた5人の作曲家の作品からなる歌曲集。以下の楽曲を収録。 フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) 1) 月の光(Clair de lune) op.46-2 2) マンドリン(Mandoline) op.58-1 3) 夢のあとに(Apres un reve) op.7-1 4) 夕暮れ(Soir) op.83-2 5) ネル(Nell) op.18-1 ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 6) 美しい夕暮れ(Beau soir) 7) マンドリン(Mandoline) 8) 出現(Apparition) ビリティスの3つの歌(Chansons de Bilitis) 9) パンの笛(La Flute de Pan) 10) 髪(La Chevelure) 11) ナイアードの墓(Le Tombeau des naiades) マルクス(Joseph Marx 1882-1964) 12) 夜想曲(Noctutne) 13) 夜の祈り(Nachtgebet) 14) 幸福な夜(Selige Nacht) 15) 酒落者のピエロ(Pierrot Dandy) R.シュトラウス(Richard Strauss) 16) 憩え、わが魂(Ruhe, meine Seele!) op.27-1 17) 悪いお天気(Schlechtes Wetter) op.69-5 18) 優しい歌(Leise Lied) op.19-1 19) 優しい歌たち(Leise Lieder) op.41a-5 20) ツェツィーリエ(Cacilie) op.27-2 ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) 21) ここはすばらしい(Zdes khorosho) op.21-7 22) ひそやかな夜のしじまの中で(V molchani nochi taynoy) op.4-3 23) 睡蓮(Rechnaya liliya) op.8-1 24) 夢(Son) op.38-5 25) この夏の夜(Eti letniye nochi) op.14-5 26) 歌うな、美しい女よ(Ne poy, krasavitsa) op.4-4 2000年から2001年にかけて録音されたもの。 フレミング、ティボーデとそれぞれのジャンルの第一線で活躍するアーティストの協演である。その成果は、総じて、印象の華やかさに帰結しているだろう。また、5人の作曲家に、あまり知名度のないマルクスを加えたというところも、このアルバムの注目点である。 フレミングは、これらの様々な言語からなる歌曲を、豊麗な美声で彩り、恰幅のある音楽を導いている。十分なダイナミックレンジのある歌唱力は、時に歌曲の幅を越えているようにも感じられる瞬間もあるが、ティボーデのピアノが絶妙なコントロールで全体を整える手腕は見事だ。もともと技術面でも超一流のピアニストであり、特にラフマニノフの楽曲における技巧的な伴奏を胸のすくような鮮やかさで弾きこなしている。中でも「この夏の夜」では、ことに素晴らしい効果が上がっている。 当盤に収録されているマルクスの歌曲に「思わぬ発見」を味わう人は多いだろう。内向的な美しさを持っているが、中でも「夜の祈り」の雰囲気は素晴らしい。フレミングの情感表現に秀でた歌唱も流石だし、ティボーデの、それこそ夜空に輝く星々を思わせる透明なタッチが最高だ。 ラフマニノフの歌曲も良い。「夢」の暖かくもほの暗いベースをフレミングとティボーデは、程よい抑揚を与えながら、スマートに描き出していく。 「月の光」「夢のあとに」「美しい夕暮れに」といった有名な旋律が並んだフランス歌曲に関しては、フレミングの歌唱は、やや力点が明瞭すぎるかもしれない。一般的な、フランス歌曲を得意とする歌い手たちとは、やや肌合いが違うところがある。とはいえ、その表現自体は、音楽的に美しく、美麗な録音とあいまって、聴き手を魅了するものとなっている。 |
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New Venetian Coronation 1595(新・ヴェネツィアの戴冠1595) マクリーシュ指揮 ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ レビュー日:2014.2.25 |
★★★★★ 中世ヨーロッパへ、タイムスリップ! マクリーシュからの素敵な贈り物
ポール・マクリーシュ(Paul McCreesh 1960-)とガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ(Gabrieli Consort & Players)による素敵な音楽ファンタジー絵巻。2013年録音。 タイトルは「新・ヴェネツィアの戴冠1595」。 タイトルに「新」と付いているのは、彼らには23年前に同じ企画のアルバムがあるから。今回、その概要を見直して、新しい楽曲を加えた上で、プログラムを再構築し、新たに録音したもの。 1595年、マリーノ・グリマーニ(Marino Grimani 1532-1605)が第89代ヴェネツィア総督(ドージェ;Doge)へ就任するに当たり、盛大な戴冠式が開催された。道の両側を埋める観衆の中、選挙で選ばれたグリマーニはサン・マルコ大聖堂に向かう。鐘の音が鳴り響き、花火が上がる。向かう先はヴァネツィア最大のサン・マルコ大聖堂。群衆の喝采の中大聖堂に入るグリマーニ。そこは神に通じる厳かな空間。ここでは一転して、厳格な儀式が執り行われる。ヴェネツィアを代表する作曲家たちが、儀式のために書いた荘厳な音楽が響き、戴冠が行われる。次々と響く美しい宗教曲たち。そして儀式の終了とともに、再び喝采があがり、輝かしい喜びのフィナーレ。 そう、このCDはマクリーシュらの考察により、当時のこの式典の模様を「音楽的に」再現したものである。言ってみれば、音楽による中世歴史ファンタジー。しかも、マクリーシュら当代きっての叡智によって、選曲・構成が行われ、超一流の古楽演奏集団、ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズによる録音なのだ。これを聴けば、だれしも中世ヨーロッパの世界へタイムスリップ! というとても楽しいアルバムです。収録内容を書きましょう。 1-1) 鐘の音 1-2) ハスラー(Hans Leo Hassler 1562-1612) イントラーダ 1-3) ベンディネッリ(Cesare Bendinelli 1542-1617) トランペット・ソナタ第333番 2) G.ガブリエリ(Giovanni Gabrieli 1554-1612) 第2旋法によるトッカータ 3) (入祭唱) 4) ベンディネッリ 総督の到着;トッカータ第26番 5) G.ガブリエリ 第1旋法によるイントナツィオーネ 6) A.ガブリエリ(Andrea Gabrieli 1510-1586) キリエ(5声) 7) A.ガブリエリ キリスト(8声) 8) A.ガブリエリ キリエ(12声) 9) A.ガブリエリ グローリア(16声) 10) (集会祈願) 11) (使徒書簡) 12) G.ガブリエリ 昇階曲;カンツォーナ(12声) 13) (福音) 14) A.ガブリエリ 第7旋法によるイントナツィオーネ 15) G.ガブリエリ 奉献唱;神の祝福(10声) 16) (序唱) 17) A.ガブリエリ サンクトゥス&ベネディクトゥス(12声) 18) ベンディネッリ サラシネッタ第2番 19) G.ガブリエリ カンツォーナ(15声) 20) (主の祈り) 21) A.ガブリエリ アニュス・デイ 22) G.ガブリエリ 第5旋法によるイントナツィオーネ 23) A.ガブリエリ 聖体拝領;おお、聖なる饗宴よ(5声) 24) G.ガブリエリ カンツォーナ(10声) 25) (聖体拝領後の祈り) 26) グッサーゴ(Cesario Gussago 1579-1612) ソナタ・ラ・レオナ 27) G.ガブリエリ すべての民よ、手を打ち鳴らせ(16声) 1-1から1-3までは1トラックに収録されている。冒頭では群衆のざわめきの音、鐘が鳴り響く音、そして、華々しく打ち上げられる花火の音といった「効果音」が加えられていて。この趣向を凝らした演出が雰囲気を巧みに導く。次いで2トラックから聖堂の中に入り、今度は厳かな「儀式の音楽」に移る。人の声の素朴な美しさに満ちた数々の祝詞と歌唱。中世に建築されたヨーロッパの寺院の中の雰囲気の漂う、神秘的な空間が満ちてくる。 構成された楽曲は、当時のヴェネツィアを代表する作曲家、G.ガブリエリとその叔父であるA.ガブリエリのものを中心に、やはりヴェネツィアの作曲家べンディネッリと、G.ガブリエリの指導を受けたドイツの作曲家ハスラーとイタリアの作曲家グッサーゴのものが選ばれている。 これらが当時実際に採用された楽曲であったかどうかの科学的根拠は、私にはわからないが、たいへん説得力のある雰囲気に満ちた音楽たちで、これまでルネサンス期の音楽にあまり馴染みがなかった人たちにとっても、馴染みやすいものになっていると思う。適度な華やかさがあるとともに、宗教的、カトリック的なイメージを喚起しやすい音楽でもある。 構成が魅力的なことはすでに書いたが、より詳述とすると、例えば、ベンディネッリの「トランペット・ソナタ第333番」で華やかな金管とドラムスの呼応により存分に雰囲気を盛り上げた後、G.ガブリエリの「第1旋法によるイントナツィオーネ」で、荘厳なオルガンにより式典の開始が告げられ、次いでA.ガブリエリがキリエからグローリアまで、声部の数を様々に変えながら美しく響き渡る・・といった具合。G.ガブリエリの2つの「カンツォーナ」それに「奉献唱;神の祝福」も美しさの極みといったところで、寺院という特殊な空間で、人の声の力を最大に引き出し、それをもっとも敬虔という心情に作用させる力を持った音楽だ。すべてを浄化するようなその響きは、まさに音楽を聴く人を異世界へと誘うように魅惑的だ。なお、歌唱は一声一人方式で、特有の透明感と洗練をきわめている。 最後に収められたG.ガブリエリの「すべての民よ、手を打ち鳴らせ」は、祭典的で、全編に「祝い」の雰囲気が満ち溢れ、高揚感で周囲を包み込む。導入部から結末まで、実によく出来たアルバム。 録音が素晴らしいことも特筆したい。ロンドン郊外のドゥエー修道院で録音、となっている。どういうところかわからないけれど、素晴らしい音響効果で、残響も豊かだし、音の空間的な間合いが的確。すぐ目の前に式典が行われているという臨場感に溢れている。 このような素敵なアルバムを作ってくれたマクリーシュに感謝。でも、これを聴いていると無性にヨーロッパに行きたくなってしまうから、困ったものです。 |
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憂鬱を晴らすために chem: シュタイアー レビュー日:2014.8.28 |
★★★★☆ 芸術表現を志すためには、「うつ」の心得が必要なのです。
「憂うつを晴らすために」と題してのアンドレアス・シュタイアー(Andreas Staier 1955-)によるドイツ、フランスのバロック・チェンバロ音楽集。2012年の録音。収録曲は以下の通り。 1) フローベルガー(Johann Jakob Froberger 1616-1667 ドイツ) 組曲第30番イ短調 2) ダングルベール(Jean-Henri d'Anglebert 1629-1691 フランス) 「オルガンのための種々のフーガ」より「基礎のフーガ」イ短調 3) J.C.F.フィッシャー(Johann Caspar Ferdinand Fischer 1665-1746 ドイツ) 音楽のパルナッソス山 4) J.C.F.フィッシャー 組曲「ウラニア」ニ短調より「トッカータ」 5) J.C.F.フィッシャー 組曲「ウラニア」ニ短調より「パッサカリア」 6) L.クープラン(Louis Couperin 1626-1661) 組曲ヘ長調 8) ダングルベール クラヴサン小品集より「プレリュード」 9) ダングルベール シャンボニエール氏のトンボー 10) ダングルベール シャコンヌ ロンド イ長調 11) J.C.F.フィッシャー 「音楽のアリアドネ」よりリチェルカーレ「イエスが十字架にかけられしとき」 12) クレランボー(Louis-Nicolas Clerambault 1676-1749 フランス) クラヴサン曲集第1巻より組曲ハ短調 13) ムッファト(Georg Muffat 1653-1704 フランス) オルガン音楽の練習よりパッサカリア ト短調 14) フローベルガー 皇帝フェルディナント4世陛下の悲しい死に寄せる哀悼歌 「憂うつを晴らすために」というタイトルではあるが、収録された曲たちは、おおよそ「憂うつ」を描いたものばかりで、気分が晴れるような快活な内容ではない。本アルバムは「憂うつ」を描写したバロック音楽集である。 ところで、「憂うつ」とは何であろうか?ここで、それは“melancolie”と表記されるものである。 現代はストレス社会である。うつ病に罹患する人が多く、様々な統計も出ているが、潜在的患者を含めると、その数は相当なものになるだろう。ノーテンキな私だって、たまには気分が「うつ」になる。仕事で面倒くさい人の相手をしなければならなかったり、いくら買っても馬券がはずれ続けたり・・ しかし、「うつ」は何も近代の概念ではない。それどころか、有史以来の人類の深刻なテーマであり、人の感受性の発達とともに、切っても切れないものとして、その影を濃くしてきたのである。紀元前のギリシア古代医学の四体液説において、すでに「憂うつ質」(メランコリア)への言及がなされている。 シュタイアーは、人類が悩み続けた「うつ」の象徴として、ドイツの美術理論家兼版画家、アルベルヒト・デューラー(Albrecht Durer 1471-1528)が、1514年に製作した有名な銅版画「メランコリア I(Melencolia I)」を挙げている。憂うつに沈む天使と示唆的な砂時計、魔法陣などが描かれた作品で、時間や数字といった無機的な抗いがたいもの、対峙の仕様のないものを寓意的に配置したものだ。 一方で、ルネサンス以後の中世ヨーロッパでは、憂うつは芸術の根源をなす気質の一つとも見做されるようになる。このアルバムにも収録されている哀悼歌(トンボー)などはその一連である。それにドイツや北フランスは、特に日の短い冬場に陰うつな天気が続くことが多かった。アルプスの向こうへの憧れ(「イタリア」というタイトルのつく曲は、だいたいこの憧れが表現されている)とともに、自分をとりまく「うつ」の要素と気候を結びつけた芸術活動も多かったに違いない。 ちょっと説明が長くなってしまったけど、このシュタイアーのアルバムは、そういった背景をもって、「うつ」を音楽表現に還元した作曲家たちの作品と言える。またシュタイアーはトンボー(哀悼歌)だけでなく、パッサカリア(トラック7,23)、やシャコンヌ(トラック12,16)といった様式の舞曲においても、メランコリーの根源となる「死」への警鐘的なものが描写されている、としている。これは、聴き手の感受性によっていろいろ印象が異なるだろう。私はそこまで感じなかったが、当盤を聴く人は、ぜひそういったものが感じられるかも試してほしい。 いずれにしてもシュタイアーは17世紀の作曲家たちが、鍵盤音楽に込めた「うつ」の要素を、体系的に示そう、と試みている。J.C.F.フィッシャーの「ウラニア」の「パッサカリア」、それにL.クープランの「シャコンヌ」にその表現意欲の頂点を感じるように思う。 シュタイアーは楽器を良く鳴らし、また楽曲ごとにペダルの使用で様々な音色を味わわせてくれる。J.C.F.フィッシャーの「イエスが十字架にかけられしとき」における乾いた音色の味わいなど独特で面白い。 とはいえ、いずれも「うつ」の要素を示す作品ばかりなので、「憂うつを晴らす」ためには、本盤はちょっと避けた方が良さそう。 それでは、どうやって「うつ」を晴らしましょうか?イギリスの学者ロバート・バートン(Robert Burton 1577-1640)は「憂うつの解剖学」で「音楽とダンスによる治療法が、精神病、特にメランコリアの治療に」有効と述べているそうです。だから、そういうときには、快活な舞曲でも聴きたいですね。参考までに。 |
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deutsche harmonia mundi - 50 CD Collection V.A. レビュー日:2014.12.2 |
★★★★★ ちょっと時間の空いたときなど、ランダムに取り出して楽しむ分にもいいです
ドイツ・ハルモニア・ムンディによる50枚組の企画ボックス。2008年にリリースされた第1弾が好評だったことを踏まえ、2014年に本第2弾がリリースとなった。いずれも個別に収集するのに比較し、大幅なプライスダウンである上に、高品質な録音、洒落た選曲で、とてもお得な内容だ。レーベルのカラーから、音楽史ジャンルのものが、本boxの主を成しているが、これらは、一般にあまり聴く機会が多くないものだけに、このような企画で集約的に聴く機会を得られるのは、とてもありがたい。収録内容を掻い摘んでまとめさせていただきたい。 【CD1】 アモール・オリエンタル~ヘンデルとトルコの音楽 歌劇「アルチーナ」から「序曲」他 エールハルト(Werner Ehrhardt)指揮 2010年録音 【CD2】 T.アーン(Thomas Augustine Arne 1710-1778) 仮面劇「アルフレッド」全曲 マギーガン(Nicholas McGegan 1950-)指揮 フィルハーモニア・バロック・オーケストラ フィルハーモニア合唱団 1998年録音 【CD3】 C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-1788) シンフォニア、協奏曲集 ヘンゲルブロック(Thomas Hengelbrock 1958-)指揮 フライブルク・バロックオーケストラ 1990年録音 【CD4】 バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) チェンバロ協奏曲 第3番 第4番 他 Cemb&指揮: センペ(Skip Sempe 1958-) カプリッチョ・ストラヴァガンテ 1993年録音 【CD5】 バッハ アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帖より cemb: レオンハルト(Gustav Leonhardt 1928-2012) S: アメリング(Elly Ameling 1933-) 1966年録音 【CD6】 バッハ オルガン作品集 org: フォーゲル(Harald Vogel 1941-) 1991年録音 【CD7】 テレマン 3つのトランペット、ティンパニとオルガンのための協奏曲ニ長調 フランチェスキーニ(Petronio Franceschini 1651-1680) 2つのトランペットとオルガンのためのソナタ ニ長調 ムーレ(Jean-Joseph Mouret 1682-1738) 4つのトランペット,ティンパニとオルガンのためのファンファーレ ニ長調 インマー(Friedemann Immer 1948-) トランペット・コンソート 1988年録音 【CD8-10】 ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven 1770-1827) ヴァイオリン・ソナタ全集 vn: シュレーダー(Jaap Schroder 1925-) fp: インマゼール(Jos van Immerseel 1945-) 1986-87年録音 【CD11】 リスト(Franz Liszt 1811-1886) ボン・ベートーヴェン記念像除幕式のための祝典カンタータ ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 合唱幻想曲ハ短調op.80 ヴァイル(Bruno Weil 1949-)指揮 WDRカペラ・コロニエンシス fp: コーメン(Paul Komen) 2000年録音 【CD12】 ボッケリーニ(Luigi Boccherini 1743-1805) 弦楽五重奏曲集(ホ長調op.11-5 ヘ短調op.11-4 ニ長調op.11-6「鳥小屋」) スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ 1988年録音 【CD13】 エンゲルベルク修道院の手写譜第314号による中世後期の音楽 ヴェラール バーゼル・スコラ・カントゥルム 1990年録音 【CD14】 コレッリ(Arcangelo Corelli 1653-1713) 合奏協奏曲集(1番~6番) vn: クイケン(Sigiswald Kuijken 1944-) ラ・プティット・バンド 1976-77年録音 【CD15】 ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759) 主は言われた HWV.232 カルダーラ(Antonio Caldara 1670-1736) 悲しみのミサ クルチフィクスス「十字架につけられ」 ヘンゲルブロック指揮 バルタザール=ノイマン・アンサンブル&合唱団 2003年録音 【CD16】 イートン・クワイアブック(ルネサンス期の聖歌隊曲集)からの音楽 ネーヴェル(Paul Van Nevel 1946-)指揮 ウエルガス・アンサンブル 2011年録音 【CD17】 ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi 1678-1741) フルート協奏曲ト短調「夜」RV104 マルチェッロ(Alessandro Marcello 1669-1747):オーボエ協奏曲ニ短調「ヴェニスの愛」 クヴァンツ(Johann Joachim Quantz 1697-1773) ブロックフレーテ、フルートと通奏低音のためのトリオ ハ長調 他 カメラータ・ケルン 1989年録音 【CD18-19】 ヘンデル メサイア(1780年ヘルダーによるドイツ語版) カチュナー(Wolfgang Katschner 1961-)指揮 ラウテン・カンパニー ドレスデン室内合唱団 2004年録音 【CD20-21】 ヘンデル 木管楽器のためのソナタ全集 Bfl : シュナイダー(Michael Schneider 1953-) Fl-tr: カイザー(Karl Kaiser) 1985年録音 【CD22】 ヘンデル ドイツ語アリア集 S: リアル(Nuria Rial 1975-) 2008年録音 【CD23】 ヴェラチーニ(Francesco Maria Veracini 1690-1768) アカデミック・ソナタ ニ短調op.2-12 バッハ ヴァイオリンとオブリガード・チェンバロのためのソナタ・ト長調 BWV 1019(a) 他 vn: クレーマー(Manfredo Kraemer 1960-)cemb: センペ 1993年録音 【CD24】 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809) ミサ曲第2番変ホ長調Hob.22-4 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) テ・デウム ハ長調K.141 カムラー(Reinhard Kammler 1954-)指揮 アウグスブルク大聖堂聖歌隊 ミュンヘン・レジデンツ室内管弦楽団 1985年頃録音 【CD25】 ハイドン オペラ・アリア集 MS: ボニタティブス(Anna Bonitatibus) カーティス(Alan Curtis 1934-)指揮 イル・コンプレッソ・バロッコ 2008年録音 【CD26】 カプスベルガー(Giovanni Girolamo Kapsperger 1580-1651) 作品集 Gamb: パール(Hille Perl 1965-) Lute:サンタナ(Lee Santana 1959-) 2008年録音 【CD27】 18世紀ナポリのオペラアリア集 ~ペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi 1710-1736) 歌劇「オリンピアーデ」より「Tu me da me dividi」他~ S: ケルメス(Simone Kermes 1970-) 2008年録音 【CD28】 ロッティ(Antonio Lotti 1667-1740) ミサ・サピエンティエ ト短調 バッハ マニフィカト 変ホ長調 BWV243a ヘンゲルブロック指揮 バルタザール=ノイマン・アンサンブル&合唱団 2002年、2000年録音 【CD29】 バーバー(Samuel Barber 1910-1981) 弦楽のためのアダージョ エルガー(Edward Elgar 1857-1934) 弦楽のためのセレナード 弦楽のためのエレジー R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949) メタモルフォーゼン(変容) スロウィック(Kenneth Slowik 1954-)指揮 スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ 1994年録音 【CD30】 モンテヴェルディ(Claudio Giovanni Antonio Monteverdi 1567-1643) 愛のマドリガーレ集 Lute: ユングヘーネル(Konrad Junghanel 1953-) カントゥス・ケルン 1992年録音 【CD31-32】 モンテヴェルディ 聖母マリアの夕べの祈り ベルニウス(Frieder Bernius 1947-)指揮 シュトゥットガルト室内合唱団 ムジカ・フィアタ・ケルン 1989年録音 【CD33】 モーツァルト フルート四重奏曲全集 Fl-tr: ハーツェルツェット(Wilbert Hazelzet 1948-) 1990年録音 【CD34】 モーツァルト レクイエム アーノンクール(Nikolaus Harnoncourt 1929-)指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス アルノルト・シェーンベルク合唱団 2003年ライヴ録音 【CD35】 モーツァルト 弦楽五重奏曲 第1番変ロ長調K.174 第2番ハ短調 K.406(516b) vn: ウティガー(Mary Utiger)他 1990年録音 【CD36】 「サンスーシ宮のフルート音楽」 Fl-tr: リンデ(Hans-Martin Linde 1930-) 1960年代前半録音 【CD37】 中世盛期のラテン歌曲集 ヴェラール(Dominique Vellard 1953-) ボナルド(Emmanuel Bonnardot) 1986年録音 【CD38】 パーセル(Henry Purcell 1659-1695) 劇音楽集(「妖精の女王」「ディドーとエネアス」「アーサー王」「アブデラザール」より) ヘンゲルブロック指揮 フライブルク・バロックオーケストラ 1991年録音 【CD39】 ラモー(Jean-Philippe Rameau 1683-1764) 歌劇「優雅なインドの国々」よりバレエ組曲 歌劇「優ダルダニュス」より管弦楽組曲 コレギウム・アウレウム 1967、1964年録音 【CD40】 シューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828) 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 D.795 T: プレガルディエン(Christoph Pregardien 1956-) fp: シュタイアー 1991年録音 【CD41-42】 シュッツ(Heinrich Schutz 1585-1672) シンフォニア・サクレ第3集 ベルニウス指揮 シュトゥットガルト室内合唱団 ムジカ・フィアタ・ケルン 1988年録音 【CD43】 セルヴェ(Adrien Francois Servais1807-1866) チェロ作品集 vc: ビルスマ(Anner Bylsma 1934-) スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ 1986年録音 【CD44】 シューマン(Robert Alexander Schumann 1810-1856) 歌曲集「詩人の恋」 op.48 メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947) 歌の翼に op.34-2 他 T: プレガルディエン fp: シュタイアー 1993年録音 【CD45】 シュターミッツ(Carl Stamitz 1745-1801) シンフォニアと協奏曲集 va: コッホ(Ulrich Koch 1921-1996) コレギウム・アウレウム 1963年録音 【CD46】 テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767) ヴィオラ・ダ・ガンバのための作品集 Gamb: パール フライブルク・バロックオーケストラ 2006年録音 【CD47】 ドイツ・バロック、ブロックフレーテ協奏曲集 Bfl: オーバーリンガー(Dorothee Oberlinger 1969-) ゲーベル(Reinhard Goebel 1952-)指揮 アンサンブル1700 2008年録音 【CD48】 ヴェラチーニ(Francesco Maria Veracini 1690-1768) アカデミック・ソナタ ニ短調op.2-12 バッハ ヴァイオリンとオブリガード・チェンバロのためのソナタ・ト長調 BWV 1019(a) 他 vn: クレーマー(Manfredo Kraemer 1960-)cemb: センペ 1993年録音 【CD49】 ウェーバー(Carl Maria von Weber 1786-1826) 歌劇「アブ・ハッサン」 交響曲第1番ハ長調 ヴァイル指揮 カペラ・コロニエンシス 2002年録音 【CD50】 ヴァイス(Sylvius Leopold Weiss 1687-1750) 序曲と組曲集 Lute: ユングヘーネル 1984年録音 できれば、全曲記載したいのであるが、あまりにも記述量が膨大になるため、おおよその内容が分かる程度に書かせていただいた。 本盤は、前回の第1弾に比較して、ロマン派のものも対象となっている点が特徴。とはいっても、スロウィックの【CD29】はガット弦による演奏、プレガルディエンによるロマン派歌曲集2枚(【CD40】と【CD44】)におけるピアノ伴奏はいずれもシュタイアーのフォルテ・ピアノといったあたりに、このレーベルのカラーは色濃く出ている。 ドミニク・ヴェラールによるよく研究された古楽歌唱法(【CD13】と【CD37】)や、1960年代の当時珍しい古楽器によるラモー(【CD39】)など、アカデミックな印象も濃い。 初期バロックのイタリアのリュート奏者であったカプスベルガー(【CD26】)や、19世紀のチェロ奏者セルヴェ(【CD43】)といった珍しい作曲家の作品も聴ける。また、有名曲であるメサイアもドイツ語版(【CD18-19】)であるなど、なかなかマニアックな嗜好性も満足させてくれる内容。室内楽、声楽、管弦楽と様々なスタイルで、多角的な楽しみを提供してくれる、とても魅力的なBox-setになっていると思う。 |
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Baroque Trumpet Music trmp: インマー トランペット・コンソート レビュー日:2015.4.9 |
★★★★★ 現代トランペットを用いてのバロック・トランペット曲集
ドイツのトランペット奏者、フリーデマン・インマー(Friedemann Immer 1948-)が率いるトランペット・コンソートによるバロックのトランペット楽曲集。1988年の録音。収録されているのは、以下の各曲。 1) テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767) 3つのトランペット、ティンパニとオルガンのための協奏曲 ニ長調 2) 作者不祥(17世紀) 2つのトランペットとオルガンのためのシンフォニア ニ長調 3) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) トランペットとオルガンのための3つのコラール前奏曲 「われを憐れみたまえ」 BWV721 「心から愛するイエスよ、たとえ罪を犯したもうとも」 BWV1093 「汝ただひとりに、主イエス・キリスト」 BWV1100 4) フランチェスキーニ(Petronio Franceschini 1651-1680) 2つのトランペットとオルガンのためのソナタ ニ長調 5) 作者不祥(17世紀) 5声部のクラリーノのためのソナタ ハ長調 6) ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759) 2つのトランペット、ティンパニとオルガンのための組曲ニ長調 7) ビーバー(Heinrich Ignaz Franz von Biber 1644-1704) 「祭壇または宮廷用ソナタ集」から2つのトランペット、ティンパニとオルガンのためのソナタ 第12番 ハ長調 8) ビーバー 2つのトランペットとオルガンのための「バレッティ」 ハ長調 9) ムーレ(Jean-Joseph Mouret 1682-1738) 4つのトランペット、ティンパニとオルガンのためのファンファーレ ニ長調 当演奏の特徴は、現代のトランペットを用いて演奏している点に尽きる。トランペットは、かなり最近まで改良を重ねられた楽器で、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)が、その音程の不安定さからこの楽器を好まなかったのは、ちょっと有名な話だ。実際、モーツァルトの楽曲でもトランペットが活躍するものはあまりなく、用法としても打楽器的な用いられ方をすることが多い。 そこで、コントロールの効く現代楽器を用いた当録音は、やはり音色の安定感が抜群で、弱奏の細やかさ、色合いの豊かさといった点で、その長所を如何なく発揮した趣がある。 楽曲は祝典的な雰囲気を持ったものが多い。トランペットは音による通信手段としての歴史が深いため、当時にあっても、軍事の象徴として音楽に用いられることがよくあった。またティンパニも、戦争をイメージする楽器という面があったから、ティンパニとトランペットという組み合わせは、凱旋にかかわるイメージに通じている。 また、当録音を聴くと、ティンパニとトランペット、あるいはオルガンとトランペットという組み合わせが、音色的にとても相性が良いということもわかる。相補いながら、突出した印象も抱かさない調和的な雰囲気が満ちている。音色も全般に温かみを帯びる。バッハの楽曲も、この作曲家らしい宗教的な荘厳さが、よく引き出されていると感じられる。 これらの編成の楽曲がよく書かれたという必然性を示しながらも、現代楽器ならではの幅のある表現で、聴き手を存分に楽しませてくれるアルバムだ。 |
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CHRISTINE SCHORSHEIM クラヴィーア協奏曲集 chem: ショルンスハイム ベルリン・バロック=カンパニー レビュー日:2019.10.29 |
★★★★☆ 大バッハ後のクラヴィーアのための協奏曲を集めた学術性の高い選曲
ライプツィヒ音楽大学やミュンヘン音楽大学で、音楽教育に長く携わっているドイツの鍵盤楽器奏者、クリスティン・ショルンスハイム(Christine Schornsheim 1959-)による18世紀の鍵盤楽器のための協奏曲を集めたアルバム。CD3枚に以下の楽曲が収録されている。 【CD1】 1995年録音 1) カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach1714-1788) ピアノ協奏曲 ホ長調 Wq.14, H.417 2) ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ(Wilhelm Friedemann Bach 1710-1784) チェンバロ協奏曲 ニ長調 Fk.41 3) ヨハン・クリスティアン・バッハ(Johann Christian Bach 1735-1782) チェンバロ協奏曲 ヘ短調 W.C73 【CD2】 1997年録音 4) ヨハン・フィリップ・キルンベルガー(Johann Philipp Kirnberger 1721-1783) チェンバロ協奏曲 ハ短調 5) ヨハン・ゴットフリート・ミューテル(Johann Gottfried Muthel 1728-1788) ピアノ協奏曲 第3番 ト長調 6) クリストフ・ニヒェルマン(Christoph Nichelmann 1717-1762) チェンバロ協奏曲 ホ長調 【CD3】 2000年録音 7) アントニオ・ロゼッティ(Antonio Rosetti 1750-1792) ピアノ協奏曲 ト長調 8) エルンスト・ヴィルヘルム・ヴォルフ(Ernst Wilhelm Wolf 1735-1792) ピアノ協奏曲 第1番 ト長調 9) ヨハン・ゴットリープ・ナウマン(Johann Gottlieb Naumann 1741-1801) ピアノ協奏曲 変ロ長調 ベルリン・バロック=カンパニーの演奏。1,2,3,4,6)ではチェンバロ、5,7,8,9)ではフォルテピアノをソロ楽器としている。 私自身にとっても、当盤ではじめてその作品を聴く作曲家もいる。ラインナップは、一言で言って「地味」なのであるが、このチェンバロからフォルテピアノへと、鍵盤楽器が表現の可能性を高めた時期に書かれた協奏曲、という点で、興味深い。とはいえ、これらの楽曲の中で、その点で、この時代の象徴的作品といえるほどインパクトのあるものはない印象で、おしなべて、当時のスタイルをうかがい知るといったところだろうか。 中にあって、聴き味豊かと言えるのが、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の次男、C.P.E.バッハのピアノ協奏曲で、父譲りの対位法的な展開による重厚感が感じられる。ちなみに、W.F.バッハはJ.S.バッハの長男、J.C.バッハはJ.S.バッハの第11男であるため、当アルバムの1枚目は大バッハの息子たちによる作品の競演といった塩梅。 他では、フリードリヒ2世の宮廷楽団員として、C.P.E.バッハと同僚の関係にあったクリストフ・ニヒェルマンの作品が、活力豊かで、効果的なカデンツァなど楽しめる。大バッハを師とし、調律法などにその名を遺すヨハン・フィリップ・キルンベルガーの作品も、闊達な鍵盤奏法を聴ける。やはり大バッハを師とするオルガン奏者、ヨハン・ゴットフリート・ミューテルの作品は、意欲的な創意を感じる面がある。 ショルンスハイムの演奏は、他の演奏と比較したわけではないので、言及に限界があるが、制約のある音色をそのままストレートに奏でた感じで、真面目。これは楽器だけでなく、楽曲の表現力の限界という面もあるだろう。楽曲自体を堪能するには、正直いま一つ足りない楽曲たちであるが、当時ならではの典雅さや、大バッハの影響をあちこちに感じるので、そういった興味の点で、一つにまとまった感のあるアルバムとなっている。 |