ナイマン
チェロとサクソフォンのための二重協奏曲 チェンバロ協奏曲 トロンボーン協奏曲 sax: ハール vc: ウェバー chem: ホイナッカ tb: リンドベルイ ナイマン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 マイケル・ナイマン・オーケストラ BBC交響楽団 レビュー日:2020.9.12 |
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★★★★☆ ミニマル・ミュージック作曲家としてのナイマンの成果を収めたアルバム
イギリスのミニマル・ミュージックの大家、マイケル・ナイマン(Michael Nyman 1944-)による3つの協奏曲作品を収録したアルバム。内容の詳細は以下の通り。 1) チェロとサクソフォンのための二重協奏曲 2) チェンバロ協奏曲 3) トロンボーン協奏曲 サクソフォン: ジョン・ハール(John Harle 1956-) チェロ: ジュリアン・ロイド・ウェバー(Julian Lloyd Webber 1951-) チェンバロ: エリーザベト・ホイナツカ(Elisabeth Chojnacka 1939-2017) トロンボーン: クリスティアン・リンドベルイ(Christian Lindberg 1958-) いずれもマイケル・ナイマンの指揮。オーケストラは、1)がフィルハーモニア管弦楽団、2)がマイケル・ナイマン・オーケストラ、3)がBBC交響楽団。1997年の録音。 “マイケル・ナイマン”の名を聞いて、多くの人がすぐに思い浮かべるのがジェーン・カンピオン(Jane Campion 1954-)監督の映画「ピアノ・レッスン」(1992年)の音楽である。書く言う私も、当時、そのスコアを購入し、ピアノで弾いて遊んだものだ。誰もが一度聴いたらすぐに口ずさめるような、暖かく優しいメロディは、ナイマンの名を一躍世界的なものとした。また、彼の作曲家としての活動も、依頼、映像音楽や劇伴などが主たるものとなった観がある。 だが、当盤では、名奏者の手によって、ナイマンのミニマル・ミュージック作家としての確かな功績が記録されている。 冒頭の「チェロとサクソフォンの協奏曲」は、6つのパートからなる作品で、その繰り返されるフレーズは一種の騒々しさを感じさせるところもあるが、全体を通して一つの形が浮かび上がってくるところなど、相応の手腕を感じる。また、聴く側も、それなりの長いスパンで音楽の脈を判断する聴き方を要求していると言えるだろう。チェロ、サクソフォンの高音の交錯など、楽器の音色自体に着目した効果もそれなりの効果を上げている。ただ、録音面で、やや音が硬く、楽器の位置関係などちょっとアンバランス感があるのが残念だ。この時代EMIの録音でしばしば感じられた平板な硬さが表出してしまっている。 チェンバロ協奏曲は、幻想的な冒頭を持つ5つのパートからなる作品。この作品の緩徐楽章に相当する部分が、映画音楽から連想するナイマンのメロディアスな世界に高い親近性を持っている。ヴァイオリンとチェンバロの切ない交錯も美しい。終結部分はかなり運動的で、チェンバロというより、シンセサイザーを用いたテクノ系音楽のようなノリであり、執拗なリズムを激しく刻み続ける。このあたりは、ミニマル・ミュージックが苦手な人であれば、特に聴きにくく感じる部分かもしれない。 最後のトロンボーン協奏曲が、あるいはもっとも保守的に感じられる作品かもしれない。変化の楽しさがある程度あって、楽器の音色の暖かみを伝える演出も豊かだ。曲は細かく9つのパートに分かれているが、その最後のあたりで豪壮なドラムスの4連打が繰り返される辺りは、なかなか派手で楽しい。 ナイマンの協奏曲集、ちょっと賑々しいところや、ミニマル・ミュージックの臭味のようなものも感じられるのだが、ナイマン作品ならではの刻印もあり、私は楽しむことが出来た。ただ、録音に関しては、1997年という時代背景を考えると、より良質なもので聴きたかったと思う。 |
ピアノ曲集 p: リシッツァ レビュー日:2014.7.14 |
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★★★★★ リシッツァの手腕で、その輝きを増したナイマンの映画音楽
ウクライナのピアニスト、ヴァレンティーナ・リシッツァ(Valentina Lisitsa 1969-)による、映画音楽の巨匠マイケル・ナイマン(Michael Nyman 1944-)のピアノ作品集。2013年録音。 リシッツァの録音では、ヒラリー・ハーン(Hilary Hahn 1979-)と2009年に録音したアイヴズ (Charles Edward Ives 1874-1954)の作品集が印象に残っていたが、このたびデッカ・レーベルからナイマンの作品集とは驚いた。今年(2014年)は、同じデッカ・レーベルから、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)によるハワード・ブレイク(Howard Blake 1938-)の作品集も出たことだし、レーベルとしての新戦略なのだろうか?と思ってしまった。(たぶん、違うのだろう)。とりあえず、当盤の収録曲をまとめよう。 1) 楽しみを希う心 (映画「ピアノ・レッスン」から) 2) ビッグ・マイ・シークレット (映画「ピアノ・レッスン」から) 3) キャンドルの灯 (映画「アンネの日記」から) 4) イフ (映画「アンネの日記」から) 5) シープ・アンド・タイズ (映画「数に溺れて」から) 6) さよならモルチェ (映画「アンネの日記」から) 7) フライ・ドライヴ (映画「キャリントン」から) 8) ダイアリー・オブ・ラヴ (映画「ことの終り」から) 9) 時の流れ (映画「ZOO」から) 10) オデッサ・ビーチ (映画「カメラを持った男」から) 11) 教室 (映画「アンネの日記」から) 12) ホワイ (映画「アンネの日記」から) 13) 羊飼いにまかせとけ (映画「英国式庭園殺人事件」から) 14) ディープ・スリープ・プレイング (映画「ピアノ・レッスン」から) 15) 変化 (映画「クレーム」から) 16) ヒア・トゥ・ゼア (映画「ピアノ・レッスン」から) 17) ジャック (映画「ひかりのまち(ワンダーランド)」から) 18) ビル (映画「ひかりのまち(ワンダーランド)」から) 19) ディパーチャー (映画「ガタカ」) 20) ロスト・アンド・ファウンド (映画「ピアノ・レッスン」から) 21) すべて不完全なるもの (映画「ピアノ・レッスン」から) 22) アトラクション・オブ・ザ・ペダリング・アンクル (映画「ピアノ・レッスン」から) 23) あのとき芽生えた気持ち (映画「ピアノ・レッスン」から) 24) 抱擁 (映画「ピアノ・レッスン」から) 25) シルバー・フィンガード・フリング (映画「ピアノ・レッスン」から) この作曲家の作品が注目されたのは、やはりジェーン・カンピオン(Jane Campion 1954-)が監督した「ピアノ・レッスン」だろう。美しく感傷的なメロディは、映画を観た人の記憶に深く残るものだった。私も、当時は高校生くらいだったのだけれど、ピアノ・スコアを買って、「楽しみを希う心」「ビッグ・マイ・シークレット」「あのとき芽生えた気持ち」などを弾いて遊んだことを思い出す。 さて、ここに収録された楽曲たちは、技巧的にも難しいものではなく、構成的にも基本的には一つの楽想を繰り返すことで膨らませるようなもので、アナリーゼの必要もなく、本来的にクラシックのコンサート・ピアニストの手を煩わせるものではないのかもしれない。しかし、このアルバムを聴くと、これらの音楽が、深く音楽に血を通わせる達人によって奏でられたとき、やはりその輝きを大きく増すのであるということに納得させられた。 例えば、かの有名な「楽しみを希う心」であるが、リシッツァはこれをじっくりと慈しむように開始し、豊かな音の邂逅を通じて、次第に人の感情に大きく揺さぶりをかけるようになる。本来2分に満たない曲であるが、全編をリピートし、4分を超える時間を費やして、音楽を高らかに盛り上げる様は、聴き手に物足りなさを感じさせない。 その他、どのような楽曲でも、リシッツァは全集中力を傾けて、音楽を編み出している。「時の流れ」も、メロディは単純なものだけど、そのメロディを何度も奏でるうちに、大きく脈打つ波が形作られ、最後には、いつまでもこの音楽が鳴り続いてほしいと思わせるような力を持ってクライマックスに到達する。真の芸術家の技に間違いない。 全編に親しみやすい、美しく、切ないメロディの宝庫であり、感傷的に過ぎる面があるとは言え、存分に楽しめる一枚になっている。たまには、こんなアルバムを聴いて過ごすのも、全然悪くはないだろう。 |