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モンテヴェルディ



音楽史

聖母マリアの夕べの祈り
ユングヘーネル指揮 lute: ユングヘーネル カントゥス・ケルン コンチェルト・パラティーノ

レビュー日:2013.7.11
★★★★★ モンテヴェルディの「第2の作法」を堪能できる傑作宗教曲
 クラウディオ・モンテヴェルディ(Claudio Monteverdi 1567-1643)の「聖母マリアの夕べの祈り(Vespro della beata vergine / marine-vesper)」1610年版の録音。コンラッド・ユングヘーネル (Konrad Junghanel 1953-) が指揮と通奏低音(リュート演奏)を務め、カントゥス・ケルン(Cantus Colln)とコンチェルト・パラティーノ(Concerto Palatino)の演奏。カントゥス・ケルンは、1987年にユングヘーネルが主催し、若い声楽家で結成された芸術団体。当ディスクは1994年の録音。現在一般的に録音される全曲版ではなく、1610年の最初の出版譜に基づいているため、後の版で別に書かれたもう一つのマニフィカトについては収録されていない。
 当演奏の大きな特徴として、合唱ではなく、1人1パートという形で演奏を行っている点があり、これは音楽学者ティム・カーター(Tim Carter 1954-)の監修によるものとのこと。ユングヘーネルも学術的背景を多分にもった人だから、総じてアカデミックな試みの印象であるが、その目的は高い音楽的効果を得ることにある。すなわち、合唱ではなく、独唱によることにより、この音楽が線的構造による性格が強いものであることを明確に示しながら、かつ音楽的演出として、明瞭な輪郭を描き出すことにその主意はある。
 モンテヴェルディの作品は、残念ながら多くが失われているが、それでも遺されたものだけで、その音楽史上の高い功績は十分に示されている。中でも歌劇を中心としたリズムや旋律進行、調性の活用に関する斬新な発案により、音楽に劇的表現力を与えたことは特筆される。その過程でモンテヴェルディは様々な革新的手法を編み出したのであるが、本作はその中期に分類されるものとなる。
 1590年からマントヴァ公・ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガ(Vincenzo 1 Gonzaga 1562-1612)の歌手兼ヴイオール奏者として活躍した彼は、1592年にマドリガル集第3巻を出版。更に1603年には第4巻、1605年には第5巻を出版している。
 第3巻までのマドリガルでは、モンテヴェルディは伝統的な5声の様式を用いている。しかし、第4巻では、特有の和声感覚や、ソロの強調、劇的な高揚感といった要素が強く示されてくる。そして第5巻は、最上声に優位を置いたソロのマドリガルとなっていて、従来の複音楽的様式のモテト風様式を後退させる一方で、歌詞の情緒の劇的な表出を獲得した。ここで用いられた技法は、彼自身によって「第2の作法(Secondapratica)」と呼ばれた。第6巻以降のマドリガルは、一層本来のマドリガルからは大きく乖離したものとなる。
 1607年の傑作オペラ「オルフェオ」の発表で大きな飛躍を見せたモンテヴェルディが、1608年から10年にかけて書いた宗教曲が「聖母マリアの夕べの祈り(Vespro della beata vergine / marine-vesper)」であるが、本作は、まさに第2の作法と、そしてオルフェオで得られた劇性を備えて描かれた傑作音楽作品と位置づけられる。
 この美しい名作を、アカデミックな手法で解きほぐした本盤の価値は高いと思うが、中でも、ソプラノと8声の器楽のための第11曲「聖マリアよ、私たちのために祈ってください」(CD2  1トラック)は繰り返しの中で、多様な変化が加えられていく劇性が鮮明で、聴きどころとしてわかりやすいと思う。ドリア旋法によるマニフィカトでは、5つ目の(CD2 6トラック)「全能なる者」に神々しい輝きを一層感じる。しかし、全般に厳かな美観に貫かれた名品であり、高いクオリティで再現された当盤の価値は、十二分に感じ取れるだろう。

聖母マリアの夕べの祈り
ベルニウス指揮 シュトゥットガルト室内合唱団 ムジカ・フィアタ・ケルン

レビュー日:2015.4.20
★★★★★ モンテヴェルディの音楽が持つ幅の広さを示した好録音
 マントヴァ公の宮廷楽長、ヴェネツィアのサン・マルコ寺院の楽長などを経てヴェネツィアのもっとも音楽が華やかな時代を作り上げたモンテヴェルディ(Claudio Giovanni Antonio Monteverdi 1567-1643)による重要な宗教曲「聖母マリアの夕べの祈り」全曲。
 フリーダー・ベルニウス(Frieder Bernius 1947-)指揮、シュトゥットガルト室内合唱団とムジカ・フィアタ・ケルンの演奏。1989年の録音。独唱者は以下の通り。
 ソプラノ: モニク・ザネッティ(Monique Zanetti 1961-)、ジリアン・フィッシャー(Gillian Fisher 1950-)
 カウンター・テナー: デイヴィッド・コーディア(David Cordier)
 テノール: ジョン・エルウィス(John Elwes 1946-)、ウィリアム・ケンドール(William Kandall)、ニコ・ファン・デル・メール(Nico van der Meel)
 バス: ペーター・コーイ(Peter Kooy 1954-)、フィリップ・カントール(Philippe Cantor) 
 同年にガーディナー(John Eliot Gardiner 1943-)の同曲の録音があり、そちらがレコード・アカデミー賞の大賞を受賞したことで、当盤の存在は日陰のものになってしまった感があるけれど、こちらも素晴らしい名演・名録音である。ムジカ・フィアタ・ケルンはピリオド楽器による演奏者集団で、この楽曲を演奏するのに相応しい配置だろう。
 モンテヴェルディの宗教曲は、それまでの同様の作品に比べて、音楽的にはより多様化している。つまり、それまで詩編の前に挿入されてきたグレゴリオ聖歌のアンティフォナが、単に従来的な朗唱ではなく、より様式的に進化した楽曲となっているように、音楽の持つ役割やダイナミズムを一層強調させた作品となっている。私たちはそこにルネッサンスからバロックへの移り変わりを見るし、音楽家のステイタスやイデアが形成される興味深い様を観察することができる。
 それで、ベルニウスの演奏も、そのような音楽的な要素、特に複音楽的な効果を、存分に生かすような距離感やバランスに、細心の注意が払われたものになっていると思う。その効果が良く引き出されている個所として、例えば「主、そのみ腕の力」における主となるソリストと、他の声部の精妙なバランスによる立体的な効果に表れている。また、テノールの三重唱が起こる「二人のセラフィムが」では、前駆音と後駆音の間の見事な和声の効果が、これも適切な残響を持って理想的に響いており、無類に美しい。ディスク2枚目の冒頭にある「めでたし、海の星」では、次々と増える声部に対応するソプラノの効果がよく表出されている。
 この音楽を聴いていると、モンテヴェルディという音楽家が、いかにバロック以後の音楽の発展性や劇性を予期させ、一部についてはすでに高い次元で体得していた作曲家であったかよくわかる。独唱陣のバランスの良さ、管弦楽のアカデミックな奏法を背景とした、現代の理想的な16-17世紀音楽の再現を示したアルバムの一つだと思う。

歌劇「オルフェオ」
アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス カペラ・アンティクヮ・ミュンヘン S: ハンスマン 片野坂栄子 MS: バーベリアン T: ロジャーズ コズマ Br: エクウィルツ エグモント

レビュー日:2012.1.19
★★★★★ 若き日の鬼才アーノンクールがモンテヴェルディの革新性を証明
 1968年録音のアーノンクール(Nikolaus Harnoncourt 1929-)によるモンテヴェルディ(Claudio Monteverdi 1567-1643)の歌劇「オルフェオ」全曲。演奏はウィーン・コンツェントゥス・ムジクスとカペラ・アンティクヮ・ミュンヘン。主な独唱陣は、S: ハンスマン(Rotraud Hansmann)、片野坂栄子 MS: バーベリアン(Cathy Berberian) T: コズマ(Lajos Kozma) Br: エグモント(Max van Egmond)といったところ。
 様々な意味で画期的な録音。当時38歳のアーノンクールの才気と異才を証明する時代の刻印とも言えるだろう。当時、奏法についてまだ模索の段階にあったピリオド楽器を使ってのアーノンクールの「一発回答」とも言える傑作録音である。
 まず、楽曲について簡単に説明しよう。16世紀末フィレンツェに起こったオペラの中心地はヴェネツィアに移るのだが、このヴェネツィアの最大の作曲家がモンテヴェルディということになる。ヴェネツィアに世界初の公衆オペラ劇場が完成したのが1637年、モンテヴェルディが70歳の時であり、ここでも彼のオペラはメインプログラムだった。「オルフェオ」は1607年にすでに上演されている5幕からなるオペラで、ギリシア神話に基づくもの。伴奏に大管弦楽を用いた世界最初のオペラで画期的な成功作。なので、このアルバムは、時代の転換を担った作品を、これまた新しい手法で斬新に表現したという、アーノンクールという芸術家の意欲が象徴的に反映されたものと言える。
 このオペラの特徴は、様々な音楽形式を取り入れることで、音楽性格において一段と広い幅が獲得できていることと、劇的表現を積極的に採用していることにある。前者については舞曲、マドリガル、ニ重唱の取り入れや、大規模な管弦楽を備えていることなどによって示されており、後者については、その後のオペラ史で言うところの「アリア」と「レチタティーヴォ」を区別するような方向性に一段と接近していることによって示されている。このため、レチタティーヴォに相当する部分では、劇風の展開が繰り広げられることになり、用いられる転調も多く、また登場人物や象徴的事象に対し、一種の主題を与えると言う後の「ライトモティーフ(俗に言う“○○のテーマ”みたいな断片的旋律)」に繋がる用法も現れることになる。この「ライトモチィーフ」の手法は、オペラ史的にみても、ここより始まっていると言えるだろう。
 アーノンクールの指揮ぶりでまず注目されるのはピリオド楽器による実験的かつ実践的な音作りにある。冒頭から、不安定さを短さでカバーするような管楽器、中間部が抜けるような響きを持つ弦楽器、これらの特徴を精一杯引き出しながらも、これを長所に転ずるべく、刺さるような鋭角的な音色を用いた攻勢のアプローチに徹している。歌手陣で注目したいのは、現代音楽のスペシャリストとしてジャンル横断的に活躍していた、キャシー・バーベリアンの気の満ちた歌いぶりだろう。他にも、ハンスマン、片野坂、コズマ、エグモントら粒揃いのソリストの圧巻のオペラ劇となっている。


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