モンポウ
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歌と踊り 第1番 第3番 第5番 第6番 第7番 第9番 前奏曲 第1番 第5番 第6番 第7番 第10番 魔法の歌 組曲「呪文」 組曲「対話」 組曲「風景」 3つの変奏曲 p: ハフ レビュー日:2012.6.4 |
★★★★★ モンポウの退廃的な美しさと不思議さが、的確に引き出された名演
イギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)によるスペインの国民的作曲家、フェデリコ・モンポウ(Federico Mompou 1893-1987)のピアノ作品集。1993年の録音。収録曲は以下の通り。 1) 歌と踊り 第7番 2) 前奏曲 第1番 3) 魔法の歌(全5曲「力強い」「闇の」「深く」「神秘な」「安らかな」) 4) 歌と踊り 第5番 5) 前奏曲 第5番 6) 組曲「呪文」 7) 歌と踊り 第6番 8) 前奏曲 第7番 9) 3つの変奏 10) 歌と踊り 第3番 11) 前奏曲 第9番 12) 組曲「対話」(全4曲) 13) 歌と踊り 第1番 14) 前奏曲 第10番 15) 組曲「風景」(全3曲「泉と鐘」「湖」「ガリシアの馬車」) 16) 歌と踊り 第9番 17) 前奏曲 第6番 フランスの評論家、エミール・ヴュイエルモーズ (Emile Vuillermoz 1878-1960)に「ドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918)の後継者」と称されたモンポウには、フランス印象派やサティ(Erik Satie 1866 -1925)の影響を受けた瀟洒な作風の作品が多い。しかし、その作品は捉えがたい内省的な性格を帯び、特有の静謐な雰囲気を帯びている。どこか退廃したような、それでいて感傷的とも言えない不思議さだ。対位法による発展などはほとんどなく、ひとつところにとどまる様な雰囲気が、この不思議さを助長していると言える。小節線のない作品が多く、サティを連想させることも多い。 モンポウの名から想起するピアノ作品群として「歌と踊り」「前奏曲」がある。これらは、モンポウが生涯に渡って書いてきたもので、形式的な番号が振られている(必ずしも作曲順にはなっていない)。このアルバムでは、それらが交互に配置され、そこにまた別の作品が挿入されるという編成になっている。「歌と踊り」は全13曲中6曲が、「前奏曲」は全12曲中6曲 が選ばれている。 「歌と踊り」はその名の通り「歌」のパートと「踊り」のパートの二部構成になっていて、様々な民謡などからの引用がある。悲劇性の潜む第5番、第6番は高名な作品だ。前奏曲第7番も有名で、ここではモンポウの叫が感じ取れるだろう。また、私個人的には印象派的な描写を感じる「風景」も好きな作品である。 ハフのこの録音は、モンポウの音楽の繊細な性格を、微細な強弱で巧みに掬い取った名演だ。斬新な和音や、特有の不安定感が、ややクールな視点で適切な間をおいて表現されている。その距離感が、実にモンポウの作品に的確な「らしさ」を与えている。モンポウの作品を聴いてみたいという人にも薦めたいディスクだ。 |
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ひそやかな音楽(全28曲) 3つの変奏曲 p: ペリアネス レビュー日:2012.3.12 |
★★★★★ モンポウが晩年に書いた内省的かつ瞑想的な「静寂の音楽」
スペインのピアニスト、ハヴィエル・ペリアネス(Javier Perianes 1978-)による、フェデリコ・モンポウ(Federico Mompou 1893-1987)のピアノ作品集。収録曲は、「ひそやかな音楽」全28曲と3つの変奏曲。2006年録音。 星五つの評価とさせていただいた。私の素直な気持ちであるけれど、この録音は、ことに「聴き手」を選ぶと思う。「ひそやかな音楽」と題された一連の作品は、4つの作品集からなっている。作曲年と併せて記す。 第1集(1959年) 第1曲から第9曲 第2集(1962年) 第10曲から第16曲 第3集(1965年) 第17曲から第21曲 第4集(1967年) 第22曲から第28曲 モンポウはスペインに生まれたが、フランス人だった母親の影響もあり、若き頃にフランスの音楽~ドビュッシーやサティといった人たちの音楽~を随分勉強したようである。それで、モンポウの作品は瀟洒な趣を湛えた即興的な小品が多い。そうなのだが、「ひそやかな音楽」に関しては、その中でも特殊と言える作品集で、この作曲家の内面の奥深いところから生まれてきた音楽の破片が、ほとんど加工されずにスコアになったような高度な抽象性がある。 このアルバムを聴いていると、少なくとも私は、とても暗い印象を受ける。静謐でありながらも内省的な音が続くことで、きわめて孤独な気持ちになる。風景で例えると、たそがれ時の誰もいない美術館の中で、ひとり、廊下に並んでいる無数の無機的な近代彫刻から伸びる影を踏みながら、ゆっくりと歩いているような感じ。これでイメージが伝わるだろうか? 「ひそやかな音楽」は「沈黙の音楽」と訳されることもある。原題は「十字架のヨハネ」の名で知られるスペインのカトリック司祭であったファン・デ・イエペス (Juan de Yepes 1542-1591)の神秘主義の詩から取られているそうだ。私はそのような宗教を背景とした哲学のことはほとんどわからないが、このモンポウの曲集の抽象性は、闇のような「含み」を伝えるものかもしれない。 モンポウは長寿をまっとうした人だったが、30代のころは神経を病み、作曲活動も停止していた。またフランスで活動していた際には、二つの大戦があり、そのたびにバルセロナに戻っている。「ひそやかな音楽」は、そんな彼が60代後半から70代のころに書いた作品である。一種の無常観や寂寥感が、枯淡の感慨を通して音楽に昇華したように思えてならない。 以上のように、聴いていて楽しめる音楽ではないのであるが、このような雰囲気を味わってみたい人には絶好のアルバムだろう。若きペリアネスは「若い奏者にはアプローチが難しい」とされていたこれらの音楽に、微細なタッチで真摯に迫っており、傾聴の価値があると思う。 |
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前奏曲 第7番 第12番 子供の情景 「風景」より「湖」 「魔法」より「喜びを見いだすために」 対話(ダイアローグ) 第1番 第2番 ひそやかな音楽 第1番 第2番 第6番 第11番 第15番 第16番 第21番 第22番 第24番 第25番 第27番 モンポウ/ヴォロドス編 君の上には、ただ花ばかり 今日、大地と太陽が私に微笑む p: ヴォロドス レビュー日:2017.7.28 |
★★★★★ 「演奏者」と「作品」の絶妙の相性。ヴォロドスの奏でるモンポウ。
ロシアのピアニスト、アルカディ・ヴォロドス(Arkadij Volodos 1972-)によるモンポウ(Frederic Mompou 1893-1987)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) 前奏曲 第7番(星でできたシュロの葉 - 花火) 2) 君の上には、ただ花ばかり (ヴォロドス編) 3) 子供の情景 第1曲「街路での叫び」 4) 子供の情景 第2曲「浜辺の遊び」 5) 子供の情景 第3曲「遊び 2」 6) 子供の情景 第4曲「遊び 3」 7) 子供の情景 第5曲「庭のおとめたち」 8) 今日、大地と太陽が私に微笑む (ヴォロドス編) 9) 「風景」より「湖」 10) 「魔法」より「喜びを見いだすために」 11) 前奏曲 第12番 12) 対話(ダイアローグ) 第2番 13) 対話(ダイアローグ) 第1番 14) ひそやかな音楽 第1番 15) ひそやかな音楽 第2番 16) ひそやかな音楽 第27番 17) ひそやかな音楽 第24番 18) ひそやかな音楽 第25番 19) ひそやかな音楽 第11番 20) ひそやかな音楽 第15番 21) ひそやかな音楽 第22番 22) ひそやかな音楽 第16番 23) ひそやかな音楽 第6番 24) ひそやかな音楽 第21番 2012年録音。 ヴォロドスの弾くモンポウに人は何を思うだろうか?ヴォロドスは、類まれな技巧と華やかなパフォーマンスでその名を知られるヴィルトゥオーソであり、対してモンポウは、内省的で静謐さを背景に精妙なニュアンスの中で豊かな含みをもつ音楽を書いた人だ。そういう認識から両者の接点は少なそうに見える。 しかし、ヴォロドスの芸風は、何も前述の要素が全てでないことも、知る人は知るところで、彼は、音楽に陰影の深い表現を刻むピアニストでもあるのである。それは、例えば彼が2001年に録音したシューベルトのアルバムを聴けばよくかわること。 そしてこの録音では、彼の後者の性質が素晴らしく良い方向に発揮されている。まさに、モンポウの一つの理想と言っても良い姿だと思う。ヴォロドスは精妙を極めたピアニスティックな音で静けさを表現する一方で、時としてよぎる不安や叫びを、感受性豊かに鋭く、音に込める。刹那の感情が描く急峻な影。それこそが、モンポウの作品を演奏するとき、ことさらに不可欠なもので、ヴォロドスはそれを類まれなレベルで備えている。 そうして紡がれる音楽は無辺に美しい。ぜひとも、静謐な環境で、このアルバムを多くの人に聴いてほしい。 「湖」は人のいない山中にある湖を思わせる。そこに広がる波紋がただ空を映しこむ。そのような情景を彷彿とさせる。ひそやかな音楽第15番に込められた透明な悲しみ、第16番のゆらめく水面のような世界、いずれも心に染み入るように響いてくる。 そして、このアルバムの魅力をさらに高めてくれているのが、モンポウの歌曲をヴォロドスがピアノ独奏用に編曲した2作品である。ことに「君の上には、ただ花ばかり」は歌曲集「夢のたたかい」の冒頭を飾る味わいの深い、美と憂いに満ちた名品である。「今日、大地と太陽が私に微笑む」の麗しい旋律と併せて、ヴォロドスの確かな編曲と演奏により、これらの作品の機微に触れることが出来るのは、音楽ファンにとって、幸せなことに違いない。 |