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メシアン



交響曲

トゥーランガリラ交響曲
シャイー指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 p: ティボーデ オンド・マルトノ: 原田節

レビュー日:2012.12.11
★★★★★ トゥーランガリラ交響曲の全貌を解き明かしたと感じさせる録音
 メシアン(Olivier Messiaen 1908-1992)はフランスの作曲家で、最近まで現代音楽の代名詞のような作曲家であった。現代では、もう少しロマン派よりの立ち位置を与えられることもあるが、ブーレーズ(Pierre Boulez 1925-)、シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen 1928-2007)とともに第二次大戦後の現代音楽の潮流を作った象徴的音楽家。
 当盤はその代表作とされるトゥーランガリラ交響曲(フランス語: La Turangal'la-Symphonie)を収録している。リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953 -)指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏で、ピアノにティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)、オンド・マルトノ奏者を原田節(はらだたかし)が努めている。1992年録音。
 メシアン自身の解説によれば、トゥーランガリラは仏典などに用いられるサンスクリット語(梵語)で、愛の歌を意味すると同時に、歓び・時・リズム・生と死への賛歌でもあるという。全体は10曲からなる。楽器の中では特にピアノとオンド・マルトノ(Ondes Martenot)が重要な役割を担っていて、ガムラン的な奏法を求められるピアノは、同時にメシアンの諸作品で暗示的に登場する「小鳥のさえずり」を表現している。また電気楽器の一種であるオンド・マルトノが独特の音色により、全曲に不可思議な効果を与えている。
 さて、このディスクを聴いて第一に思うのが、シャイーのこの音楽への素晴らしい「適性」である。私がすぐに連想したのが、シャイーが1992から1998年にかけてDECCAレーベルに録音し、グラモフォン賞を受賞したるエドガー・ヴァレーズ(Edgar Varese 1883-1965)の作品全集である。その中には、私に「これはいったい音楽なのか?」と思わせるものもあったのだけれど、シャイーの音の色合いとリズムの追及は、何か「おそらくこれが理想的なのだろう」と思える雰囲気で、作品と融合していた印象がある。
 このメシアンも、例えばこの録音以前で評判の高かった小沢の録音と比べると、ややテンポは早めをとることが多いのだが、そうであって、初めて何か音楽を俯瞰できるような感触を得るように思うのである。その印象を、一言で「適性」と表現してみた。
 ティボーデと原田の好演もポイントで、演奏至難なピアノであるが、オーケストラの打楽器陣と調和して、適切なスケーリングを維持しており、技巧的にも問題がない。原田のオンド・マルトノは適度な下品にならない不気味さがあり、そこにやや悲しい感情が宿されているのが美しい印象につながる。これも良い。
 シャイーの演奏からは情熱の要素は多く感じられないだろう。熱的な陶酔からはやや距離があるかもしれない。しかし、そのバランス感覚こそ、この人の最大の美点にほかならない。この作品で、これだけオーケストラの客観的な美しさを確立できる人というのは、そうはいないはずだ。DECCAの素晴らしい録音技術とあいまって、いまなお同曲の代表的録音として推すのをためらわないアルバムだ。


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管弦楽曲

峡谷から星たちへ
エッシェンバッハ指揮 ロンドン交響楽団 hrn: ライアン p: バルト シロリンバ: バークレー グロッケンシュピール: エーマン

レビュー日:2024.9.30
★★★★☆ イギリスのオケによるメシアンの大作のライヴ録音
 エッシェンバッハ(Christoph Eschenbach 1940-)が、2013年にロンドン交響楽団を振ってライヴ収録されたメシアン(Olivier Messiaen 1908-1992)の「峡谷から星たちへ(Des canyons aux etoiles…)」。「峡谷から星たちへ」は、アメリカ独立宣言200周年を記念して委嘱された楽曲で、メシアン後期の傑作のひとつとされる。楽曲は3部構成全12楽章からなり、ピアノ、ホルン、シロリンバ、グロッケンシュピールという4つの独奏楽器、それぞれにパートが分かれた13の弦楽器、13人の木管楽器、8人の金管楽器、5人の打楽器奏者が配され、加えて作曲家が考案したウィンドマシンやサンドマシン(ジオフォン)が使用される。全曲演奏には100分以上を要し、当盤においては、CD2枚に、下記の通り収録される形となっている。
【CD1】
第1部
1) 砂漠(Le desert)
2) ムクドリモドキ(Les Orioles)
3) 星たちの上に書かれているもの(Ce qui est ecrit sur les etoiles…)
4) マミジロオニヒタキ(Le Cossyphe d'Heuglin) (ピアノ独奏)
5) シーダー・ブレークスと畏怖の贈り物(Cedar Breaks et le Don de Crainte)
第2部
6) 恒星の呼び声に(Appel interstellaire) (ホルン独奏)
7) ブライスキャニオンと赤橙色の岩(Bryce Canyon et les rochers rouge-orange)
【CD2】
第3部
8) 甦りしものとアルデバランの歌(Les ressuscites et le chant de l'etoile Aldebaran)
9) マネシツグミ(Le Moqueur polyglotte) (ピアノ独奏)
10) モリツグミ(La Grive des bois)
11) オマオ、ソウシチョウ、エレペオ、シキチョウ(Omao, Leiothrix, Elepaio, Shama)
12) ザイオン公園と天国(Zion Park et la Cite Celeste)
 当盤における4つの独奏楽器の独奏者は下記の通り。
ホルン: ジョン・ライアン(John Ryan 1985-)
シロリンバ: アンドリュー・バークレー(Andrew Barclay)
グロッケンシュピール: エリカ・エーマン(Erika Ohman)
ピアノ: ツィモン・バルト(Tzimon Barto 1963-)
 イギリスのオーケストラが、ライヴでメシアンを取り上げること自体とても珍しいと思うが、当録音では、全体的に洗練されていて、よく整えられた音響が構築されている。なにが啓示的なものや、強い主張が感じられる表現とは感じないが、その一方で、弦の表現には、ほどよい柔らかみがあり、サウンドとして聴きやすい仕上がりになっている。楽曲そのものについては、メシアン的な「響き」が支配的であり、それゆえに楽曲の長さが気になるところはあって、私個人的には、この楽曲のタイトルが持つ描写性と、より抽象的な響きで描かれた当該音楽作品の間に、ギャップを感じるところもあって、メシアンの作品群の中で、特に重要視する作品とまでは言えないのではないのではいか、という意見なのだが、世間的には、私が思うより、高く評価を得ている作品だと思うので、そこは私の感性と知識の不足の問題なのかもしれない。
 とはいえ、面白くない作品というわけではない。メシアンの代名詞とも言える鳥のさえずりに基づく音楽は、この曲でもあちこちに垣間見られ、ピアノ独奏による楽章は、「鳥のカタログ」の姉妹作と言って良いものだ。当盤の特徴として4人の独奏者の好演が挙げられるだろう。ピアノのツィモン・バルトは、鋭い打鍵で、輪郭のくっきりした音像を浮かび上がらせる。弦楽パートが時間軸にそってなだらかな変化を描くのに対し、対立的とも言えるスタイルであるが、この対照性は、当作においてなかなか活きている。ピアノとともに全曲を通して重要な役割を与えるホルンも、技巧的な難しさを感じさせず、不安さを宿した響きに満ちている。シロリンバの聴きどころは「甦りしものとアルデバランの歌」であり、ピッコロとの美しい交錯が描かれている。
 楽曲全体として、巨大な自然の中での、不安や不穏、あるいは無機的な岩肌や星の光を感じさせる響きが多く、前述の通り抒情的な描写というより、作曲家の語法による独特の手続きを経たものであるので、聴き手とメシアン作品との相性によって、大きく受け取る効果も変わってくるというのは、当然のところであろう。私は、前述の通り、メシアンの作品群の中で、特にこの作品を優れたものと位置づけるわけではなく、ウィンドマシンの使用なども、そこまで音楽的必要性があるのか、ピンとこないところが残るのであるが、それでも、メシアンの大規模作品として楽しめないということではない。当盤を聴いた後に印象に残った部分としては、まず「ブライスキャニオンと赤橙色の岩」であり、ロンドン交響楽団員による繊細なニュアンスの組み立てが、様々な音響の妙を楽しませてくれる。音のブロック的な扱いや処理も面白い。また、「ザイオン公園と天国」も、締めくくりに相応しい結びを感じさせる。「甦りしものとアルデバランの歌」の不気味さとなごやかさの共存も面白い。ピアノ、ホルンの各独奏楽章は、奏者の技術の高さもあって、楽器の響き自体の面白さを楽しめる。ライヴとは思えない精度の高い録音と演奏も、立派なものと思う。


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器楽曲

ピアノ独奏曲 全集
p: ムラロ

レビュー日:2016.7.8
★★★★★ メシアン演奏の究極の一つと感じられるフランスのピアニスト、ムラロによる全集
 フランスのリヨン出身のピアニスト、ロジェ・ムラロ(Roger Muraro 1959-)もまた、その実力に比して、世界的な知名度が追い付いていないと思われるピアニストの一人である。1986年のチャイコフスキー・コンクールで第4位に入賞した後、その録音の多くが、あまり海外に流通量のないフランスのAccordというレーベルからリリースされたためだ。
 しかし、メシアン(Olivier Messiaen 1908-1992)の妻であるピアニスト、イヴォンヌ・ロリオ(Yvonne Loriod 1924-2010)に師事したムラロは、メシアン作品に深く精通し、その演奏にはメシアン自身が高い評価を与えていた。当盤は、そんなムラロが1998年から2001年にかけて録音したメシアンのピアノ独奏曲全集である。
 当録音が注目されたのは、ドイツ・グラモフォンから発売されたCD32枚からなるメシアンの「コンプリート・エディション」なるアルバムの、冒頭の7枚をこれらの録音が占めたからである。当アイテムは、その7枚に、さらにDVD2枚を追加したBox-setとなる。
 収録内容は以下の通り。
【CD1】
8つの前奏曲
 1) 第1曲「鳩」
 2) 第2曲「悲しい風景の中の恍惚の歌」
 3) 第3曲「軽快な風刺」
 4) 第4曲「臨終の瞬間」
 5) 第5曲「夢の中の触れ得ない音」
 6) 第6曲「苦悩の鐘と別れの涙」
 7) 第7曲「静かな嘆き」
 8) 第8曲「風の中の反射光」
9) ニワムシクイ
【CD2】
鳥の小スケッチ
 1) 第1曲「ヨーロッパコマドリ」
 2) 第2曲「クロツグミ」
 3) 第3曲「ヨーロッパコマドリ」
 4) 第4曲「ウタツグミ」
 5) 第5曲「ヨーロッパコマドリ」
 6) 第6曲「ヒバリ」
4つのリズムの練習曲
 7) 第1曲「火の島I」
 8) 第2曲「リズムの音符群」
 9) 第3曲「音価と強度のモード」
 10) 第4曲「火の島II」
11) カンテヨジャーヤ
12) ロンドー
13) 滑稽な幻想曲
14) ピアノのための前奏曲
15) ポール・デュカスの墓のための小品
【CD3】
幼な児イエスにそそぐ20の眼差し
 1) 第1曲「父なる神の眼差し」
 2) 第2曲「星の眼差し」
 3) 第3曲「交換」
 4) 第4曲「聖母の眼差し」
 5) 第5曲「御子を見つめる御子の眼差し」
 6) 第6曲「神により、すべては成された」
 7) 第7曲「十字架の眼差し」
 8) 第8曲「高き御空の眼差し」
 9) 第9曲「時の眼差し」
 10) 第10曲「喜びの聖霊の眼差し」
【CD4】
幼な児イエスにそそぐ20の眼差し
 1) 第11曲「聖母の最初の聖体拝領」
 2) 第12曲「全能の御言葉」
 3) 第13曲「降誕祭」
 4) 第14曲「天使たちの眼差し」
 5) 第15曲「幼な児イエスの接吻」
 6) 第16曲「予言者たち、羊飼いたちと博士たちの眼差し」
 7) 第17曲「沈黙の眼差し」
 8) 第18曲「恐るべき感動の眼差し」
 9) 第19曲「われは眠る、されど私は目覚め」
 10) 第20曲「愛の教会の眼差し」
【CD5】
鳥のカタログ
 1) 第1曲「ベニアシガラス」
 2) 第2曲「コウライウグイス」
 3) 第3曲「イソヒヨドリ」
 4) 第4曲「カオグロヒタキ」
 5) 第5曲「モリフクロウ」
 6) 第6曲「モリヒバリ」
【CD6】
鳥のカタログ
 1) 第7曲「ヨシキリ」
 2) 第8曲「ムナジロヒバリ」
 3) 第9曲「ブスカール」
【CD7】
鳥のカタログ
 1) 第10曲「コシジロイソヒヨドリ」
 2) 第11曲「ノスリ」
 3) 第12曲「クロサバクヒタキ」
 4) 第13曲「ダイシャクシギ」
【DVD1】
幼子イエスにそそぐ20の眼差し 全曲のライヴ映像
【DVD2】
 フランス語によるドキュメンタリー映像(英語字幕あり)
 DVDは、通常のプレーヤーで再生可能。
 収録内容を俯瞰すると、鳥類学者でもあり、信仰心も篤かったメシアンを改めて彷彿とさせる。これらのメシアンの楽曲は、ほとんどが響きとリズムによって構成されているといっても良く、しばしばトライアングルや、木琴、あるいはチェレスタを思わせるような響きを用いる。DVDの映像では、そのような音色がどのような運指やアクションによって導かれるかがわかって興味深い。CD音源にもライヴ音源は多用されており、しばしば聴衆の拍手もそのまま収録されている。しかし、いずれにしても、完成度の高さを感じさせる内容だ。
 ムラロのピアノは、十分なダイナミックレンジと色彩的な幅を持っている。その特徴がよくわかる楽曲として、「カンテヨジャーヤ」を挙げよう。
 「鳥のカタログ」については、ウゴルスキ(Anatol Ugorski 1942-)にも、番外編ともいえる「ニワムシクイ」を含めた興味深い録音があるが、これと比較しても、ムラロはより幅広い表現方法を持って作品に向かっていることがわかる。特に「ヨシキリ」に認められる音の細やかな調整は、実に面白く、ムラロの技術にもさまざまに驚かされる。神秘的な「幼な児イエスにそそぐ20の眼差し」でも、繰り返し導かれる音型に、微細に変化を与え、時ともに変わる光の角度を想像させてくれる。「4つのリズム練習曲」では、その折り目正しいスタッカートが紡ぎだすガラス細工のような世界に魅了される。
 メシアンを得意にするピアニストというと、私はこれまですぐにベロフ(Michel Beroff 1950-)のことを思い出してきたのだけれど、当盤の質・量双方の見事さに、ムラロという名前を加えないわけにはいかないと感じ入った。

幼な子イエスにそそぐ20の眼差し
p: オズボーン

レビュー日:2024.9.9
★★★★★ 鬼才オズボーンゆえに可能な演奏
 イギリスのピアニスト、スティーヴン・オズボーン(Steven Osborne 1971-)によるメシアン(Olivier Messiaen 1908-1992)の「幼な子イエスにそそぐ20の眼差し(20 Regards sur l'Enfant-Jesus)」全曲。2001年の録音。CD2枚に下記のように収録されている。
【CD1】
1) 第1曲 父の眼差し(Regard du Pere)
2) 第2曲 星の眼差し(Regard de l'etoile)
3) 第3曲 交換(L'echange)
4) 第4曲 聖母の眼差し(Regard de la Vierge)
5) 第5曲 子を見つめる子の眼差し(Regard du Fils sur le Fils)
6) 第6曲 それに全ては成されたり(Par Lui tout a ete fait)
7) 第7曲 十字架の眼差し(Regard de la Croix)
8) 第8曲 高き御空の眼差し(Regard des hauteurs)
9) 第9曲 時の眼差し(Regard du temps)
10) 第10曲 喜びの聖霊の眼差し(Regard de l'esprit de joie)
【CD2】
11) 第11曲 聖母の初聖体(Premiere Communion de la Vierge)
12) 第12曲 全能の言葉(La Parole Toute-Puissante)
13) 第13曲 降誕祭(Noel)
14) 第14曲 天使たちの眼差し(Regard des anges)
15) 第15曲 幼子イエスの接吻(Le baiser de l'Enfant-Jesus)
16) 第16曲 予言者たち、羊飼いたちと博士たちの眼差し(Regard des prophetes, des bergers et des mages)
17) 第17曲 沈黙の眼差し(Regard du silence)
18) 第18曲 恐るべき感動の眼差し(Regard de l'onction terrible)
19) 第19曲 我は眠っているが、私の魂はめざめている(Je dors, mais mon coeur veille)
20) 第20曲 愛の教会の眼差し(Regard de l'eglise d'Amour)
 「幼な子イエスにそそぐ20の眼差し」はメシアンの代表作の一つであり、1944年に作曲者の住むパリで完成された。1944年はパリ解放の年であり、つまり、この長大で宗教的な巨編は、ドイツ占領下のパリで紡がれたということになる。この作品に象徴的な色付けを与えるものであるだろう。
 オズボーンは、この作品を「もっとも自己完結的な大作の一つ」と表現している。自己完結的というのは、作品を構成する20の各曲が、全曲を通して現れる4つの主要な主題を共有するか、もしくはそれらの4つの主題から派生・変容したものを扱い、その中で閉じていくという構造を指してのことと思う。また、そのことは、この楽曲が外出もままならない占領されたパリで、作曲者が楽器とただ対峙することのみによって生み出されたという背景と、よく呼応するものだと思う。
 オズボーンの演奏は、美しく、荘厳で、色彩豊かだ。私はこの曲を、ムラロ(Roger Muraro 1959-)やベロフ(Michel Beroff 1950-)の演奏で親しんできたけれど、オズボーンの演奏からは、一層独特の雰囲気が漂っている。それは豊かな色彩を帯びた崇高さに近い感覚で、彼の精密なコントールによって持たされる色彩に富んだ音色と、正確で、輪郭のしっかりした打鍵によってもたらされるものだ。強靭なフォルテであっても、けっしてうるさくならず、凛々しい美観をたたえている。
 第1曲の印象的な神の主題に宿る独特の暖かさと孤高は、オズボーンならではの精妙なコントロールゆえに深く響き渡る。第3曲では粒のそろった弱音が圧倒的に美しい。第6曲はオズボーンの技巧が冴えわたったスリリングな運びが見事。この録音の象徴的な部分だろう。激動する個所であっても、声部はフーガを思わせるほど、バランスに秀でていて、立体的な音像を確立している。第15曲では、暖かい情感がつねに底流にあって、そこに添えられる情感が様々に色を宿す。第17番では技巧的なパッセージが鮮やかな手腕で弾きこなされ、それぞれがあるべき場所に収まっていく。最後の数曲は、特にこの演奏の素晴らしさを端的し示しているが、中でも終曲の壮麗な響きは忘れがたい。
 オズボーンというピアニストがもつ能力のみならず、メシアン作品への深い洞察がある。それは、聴き手としてこの録音から受け取る情報量の豊かさから実感することである。

鳥のカタログ
p: ウゴルスキ

レビュー日:2005.5.4
★★★★★ 鳥のリズムに基づいたピアノ世界
 「鳥たちのめざめ」「異国の鳥たち」といった代表的管弦楽曲に示されるように、鳥への崇拝はメシアンのキーワードだ。1958年に一部完成をみたのち、さらに追加を続けて巨大なピアノソロ作品群となった「鳥たちのカタログ」でも独特の採譜法により、鳥の声が一種のリズム細胞として扱われる。全14曲(キバシガラス ニシコウライウグイス イソヒヨドリ カオグロサバクヒタキ モリフクロウ モリヒバリ ヨーロッパヨシキリ ヒメコウテンシ ヨーロッパウグイス コシジロイソヒヨドリ ノスリ クロサバクヒタキ ダイシャクシギ ニワムシクイ)のうち1956-1958年に作曲された13曲だけでも演奏時間2時間半におよぶ。このアルバムに終曲として収録されているニワムシクイのみは独立した作品として1970年に作曲されたものだが、これはこの曲集の続編と考えて問題ないだろう。
 メシアンの創作衝動の源はカトリック信仰にある。1931年からパリ・トリニテ聖堂のオルガニストを勤めるが、大戦中、ユダヤ人であったため収容所に送られる。「世のおわりのための四重奏曲」は1941年1月15日に収容所内で初演された。その後彼の宗教性はエグゾティシズムを付帯する。新しいリズム法の探求は自然に存在する鳥のリズムにも焦点を当てる。
 鳥のカタログは彼の芸術詩宗の象徴的作品といえる。第7曲「ヨーロッパヨシキリ」は30分近い長大な楽曲であるが、メシアンの語法を見事に伝えている。また、これまた27分を越える晩年の作品「ニワクイムシ」は一つの到達点を感じる。以前は値が張ったが、これくらいの値段なら、買って面白いと思う。ウゴルスキもメシアンの音楽のよき伝道師に徹している。

メシアン 鳥のカタログ 第7曲「ヨーロッパヨシキリ」  ヤナーチェク ピアノ・ソナタ「1905年10月1日、街頭にて」  プロコフィエフ ピアノ・ソナタ 第8番
p: エッカードシュタイン

レビュー日:2020.2.17
★★★★★ エッカードシュタイン、2002年の録音。もっと多くの録音が聴きたいピアニスト。
 2003年のエリザベート王妃国際コンクールで優勝したドイツのピアニスト、セヴェリン・フォン・エッカードシュタイン(Severin von Eckardstein 1978-)が、優勝の前年となる2002年に録音したアルバム。以下の3作品が収録されている。
1) メシアン(Olivier Messiaen 1908-1992) 鳥のカタログ 第7曲 「ヨーロッパヨシキリ」
2) ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928) ピアノ・ソナタ 「1905年10月1日、街頭にて」
3) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) ピアノ・ソナタ 第8番 変ロ長調 op.84
 私は、当盤を訊く前に、エッカードシュタインが2004年に録音したスクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)のピアノ作品集を聴き、そのしなやかで瑞々しい感性に強く打たれた。それで、その前に録音した当盤にも興味を持ち、入手してみたのである。
 果たして、当盤も優れた内容だ。
 特にメシアンが良い。「ヨーロッパヨシキリ」は、全13曲からなる「鳥のカタログ」のうち、演奏時間最長となる大曲であるが、エッカードシュタインは冒頭の二音の不思議な音色でたちまち聴き手の心をつかみ取る。その後も、グリッサンドや装飾的なフレーズを、万全の準備で鳴らしていくが、その音色が描き出す妙味が新鮮で、とにかく美しい。透明なタッチが、全体の雰囲気を明るくしているところも、この曲に関して、私には好印象を持つところ。フレーズはつねに大切に扱われるが、それゆえの情緒的な発色性も見事なものがあり、30分の演奏時間がいつの間にか過ぎていく。
 ヤナーチェクも叙情豊かな演奏だ。こちらは、かなり自由さのあるスタイルで、音価の厳密さより、ルバートの自己表現を重視した解釈。だが、流れは良く、強弱と抑揚のバランスも良好だと思う。その結果、この楽曲にもっとも豊かな情感を巡らせた録音の一つとなったのではないだろうか。その解釈は、一言でいうなら「ロマンティック」だが、フレーズの骨格性、和声的な構造性も的確に把握されており、決して感情に流されたり、溺れたりといった受け身的な印象にならないところが、このピアニストの美点だ。
 プロコフィエフも同傾向であり、そうなると、この楽曲の場合、第2楽章がことに美しい。夢想的であり、情緒的。透明なタッチで、品位を崩さない範囲内でルバート奏法を存分に用い、ペダルの効果も豊かである。その一方で、両端楽章は、客観的な視点が勝った解釈と言える。均質的な表現であるが、この部分では、もう一段深い味のようなものが欲しいと思うところもある。ただ、エッカードシュタインは録音時25歳。年齢を考えると十分な完成度であり、今後、再録音の機会があった場合には、その成熟が、十二分に期待される内容だ。

8つの前奏曲 4つのリズムのエチュードから「火の島Ⅰ」 「火の島Ⅱ」 鳥のカタログから「もりひばり」 「ヨーロッパうぐいす」
p: エマール

レビュー日:2008.10.11
再レビュー日:2014.6.19
★★★★★ メシアン生誕100周年に相応しいアルバム
 2008年は1908年生まれのオリヴィエ・メシアン(Olivier Messian)の生誕100年にあたる年である。そんなわけで、一つ魅力的なアルバムが登場した。エマールによるメシアンのピアノ独奏曲集である。エマールにとってメシアンのピアノ独奏曲の録音は、かつてTELDECレーベルから出ていた「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」以来だと思う。
 メシアンの作品にはいくつも特徴があるが、代表的なものを挙げると、「移調の限られた旋法」を用いていること、形式面では単純で反復構造の多いこと、創作衝動の源泉にカトリック信仰があること、そして1930年以降鳥の歌のリズムの探求があることといったところだろう。冒頭の「8つの前奏曲」はこのうち特有の「旋法」使用のイメージが強い。印象派的な音階を用いながら、しかしあくまで個性的なソノリティである。エマールの演奏は技術レベルが高く、その古典性と斬新性を同時によく伝えている。第1曲の「鳩」は冒頭の見事な音色でたちまち惹きこまれるし、第2曲「悲しい風景の中の恍惚の歌」ではオーソドックスな音階の不思議な移調が魅惑的に響く。「火の島第1曲、第2曲」はインドのリズムとともに12音音階の論法も含み、かつ古典的なグレゴリオ聖歌の旋法を扱っている。エマールはこれらの意図を楽譜に忠実にかつ高精度に表現していて、リズムの明確さ、強弱の凄まじさ、アタックの効果の高さとまさに圧巻と言える。
 鳥のカタログは1956-1958年に作曲された全13曲(演奏時間2時間半)の巨大な曲集で、ウゴルスキが1993年に録音した全集が聴き応えあったが、当アルバムではそこから「モリヒバリ」と「ヨーロッパウグイス」の2曲が選ばれている。こちらもウゴルスキの演奏以上の抽象化を感じる内容で、安易な妥協点を求めない清廉な演奏に聴こえる。おそらくはメシアンのピアノ独奏曲演奏として一つの極みに達したものだろう。
★★★★★ リズムと響きの融合を堪能できるエマールのメシアン
 オリヴィエ・メシアン(Olivier Messian 1908-1992)の生誕100年にあたる2008年に録音・リリースされたエマール(Pierre-Laurent Aimard 1957-)によるメシアンのピアノ独奏曲集。エマールにとってメシアンのピアノ独奏曲の録音は、かつてTELDECレーベルから出ていた「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」以来。当盤の収録曲は以下の通り。
1) 8つの前奏曲 第1番「鳩」
2) 8つの前奏曲 第2番「悲しい風景の中の恍惚の歌」
3) 8つの前奏曲 第3番「軽やかな数」
4) 8つの前奏曲 第4番「過ぎ去った瞬間」
5) 8つの前奏曲 第5番「夢の中の触れ得ない音」
6) 8つの前奏曲 第6番「苦悶の鐘と別れの涙」
7) 8つの前奏曲 第7番「静かな嘆き」
8) 8つの前奏曲 第8番「風に映える陰」
9) 「鳥のカタログ」 第5巻 第9番「ヨーロッパウグイス」
10) 「鳥のカタログ」 第3巻 第6番「モリヒバリ」
11) 4つのリズムのエチュード 第1番「火の島 第1曲」
12) 4つのリズムのエチュード 第4番「火の島 第2曲」
 メシアンの作品にはいくつも特徴があるが、代表的なものを挙げると、「移調の限られた旋法」を用いていること、形式面では単純で反復構造の多いこと、創作衝動の源泉にカトリック信仰があること、そして1930年以降鳥の歌のリズムの探求があることといったところだろう。
 冒頭の「8つの前奏曲」は、作曲者が20歳のころに書かれた作品で、上記の特徴の中では特有の「旋法」使用についてすでに確立された雰囲気を持つ。印象派的な音階を用いながら、しかしあくまで個性的なソノリティである。この曲集を聴いてドビュッシー(Claude Achille Debussy 1862-1918)のピアノ曲を思い起こす人もいるだろう。メシアンもまた「響き」の作曲家である。
 エマールの演奏は技術レベルが高く、その古典性と斬新性を同時によく伝えている。第1曲の「鳩」は冒頭の見事な音色でたちまち惹きこまれるし、第2曲「悲しい風景の中の恍惚の歌」ではオーソドックスな音階の不思議な移調が魅惑的に響く。
 「鳥のカタログ」は1956-1958年に作曲された全13曲(演奏時間2時間半)の巨大な曲集で、ウゴルスキ(Anatol Ugorski 1942-)が1993年に録音した全集が聴き応えあったが、当アルバムではそこから「モリヒバリ」と「ヨーロッパウグイス」の2曲が選ばれている。野鳥の鳴き声に魅了されたメシアンは、その旋律的なフレーズとリズムの混合を目指し、複層的なリズムを持つピアノ曲を捻出した。おそらくはメシアンのピアノ独奏曲演奏として一つの極みに達したものだろう。エマールの演奏もウゴルスキの演奏以上の抽象化を感じる内容で、安易な妥協点を求めない清廉な演奏に聴こえる。特にリズムの鋭敏な処理には恐れ入る。
 「4つのリズムのエチュード」は1949-1950年に作曲された全4曲の曲集。「火の島第1曲、第2曲」はいずれもインドのリズムとともに12音音階の論法も含み、かつ古典的なグレゴリオ聖歌の旋法を扱っている。エマールはこれらの意図を楽譜に忠実にかつ高精度に表現していて、リズムの明確さ、強弱の凄まじさ、アタックの効果の高さは、まさに圧巻と言える。

メシアン 8つの前奏曲  ラヴェル 夜のガスパール  フォーレ 即興曲 第1番 第2番 第3番 第4番 第5番
p: ロンクィッヒ

レビュー日:2011.6.1
★★★★★ ロンクィッヒのECMレーベル・デビュー盤
 アレクサンダー・ロンクィッヒ(Alexander Lonquich)は1960年生まれのピアニスト。生地はドイツの古都、トリーア。ディスクはロンクィッヒのECMレーベルへの初録音となったもの。収録曲は、フォーレの即興曲第1番~第5番、メシアンの8つの前奏曲、ラヴェルの夜のガスパール。2002年録音。
 メシアンの8つの前奏曲にはそれぞれタイトルが付いていて、第1番「鳩」、第2番「悲しい風景の中の恍惚の歌」、第3番「軽快な風刺」、第4番「臨終の瞬間」、第5番「夢の中の触れ得ない音」、第6番「苦悩の鐘と別れの涙」、第7番「静かな嘆き」、第8番「風の中の反射光」となっている。それで、本アルバムの名称となっている“Plainte calme”はこの第7番のタイトルを拝借したものになる。
 私がこのディスクを聴いたのは、別に2枚のアルバムを聴いて、ロンクィッヒというピアニストが気になっていたから。一つはイスラエルのリューエンソーン(Gideon Lewensohn 1954-)という作曲家の作品集で、もう一つは最近聴いたツィンマーマンとのモーツァルトのヴァイオリンソナタ集。現代、古典のいずれでも見事な演奏をしていたので、もっと聴いてみたいと思っていた。
 当アルバムでまず面白いのは収録順で、メシアンとラヴェルの作品を挟む形で、フォーレの即興曲が冒頭、真ん中、最後に収録されている。フォーレの即興曲でアルバムの外側のイメージを作り、メシアンとラヴェルで内部のイメージを作った感じ。次いでロンクィッヒのこれらの演奏を聴いた感想は、なんとも「夜の雰囲気」を持ったピアノだということ。これはなにも「夜のガスパール」があるからという事ではなくて、和音をしっとりと響かせ、その余韻を持たせるスタイルが、私にはどことなく夜の冷気を感じるように思われたため。また、浮き立つようにくっきりと弾かれる旋律も、バックとのコントラストが渋めのトーンにシフトするようで、これも夜の雰囲気。
 冒頭にあるフォーレの即興曲第3番は傑作として知られる名品だが、その微妙な色彩感、儚いような美しい断片を、音楽の呼吸に合わせてきれいに拾ってくれている。音楽自体の佇まいがきわめて自然で普遍的。たいへん好感の持てる演奏だ。ラヴェルも聴きもの。このアルバムの白眉かもしれない。じっくりと、しかし遅くはない中庸さで、美しいソノリティを存分に漂わせていて、澄んだ空気の中にいるような気持ちにさせてくれる。メシアンの曲は悲劇的なタイトルが多いが、それほど情緒が強い作品というわけではない。冒頭曲の「鳩」などメロディアスで愛らしい曲だ。ロンクィッヒは、ここでもブルーバックとでも呼びたい配色を感じさせる音色で、品位のあるまとめ方。これらの曲のアプローチとして、まず問題のない説得力のある演奏となっている。


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