メンデルスゾーン
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交響曲全集 アシュケナージ指揮 ベルリン・ドイツ管弦楽団 南ドイツ放送合唱団 S: ルーベンス T: コール レビュー日:2008.10.11 |
★★★★★ メンデルゾーンという作曲家ならではのアプローチを展開
アシュケナージ指揮ベルリン・ドイツ管弦楽団によるメンデルスゾーンの交響曲全集。録音は1993年から96年にかけて行われている。 メンデルスゾーンという作曲家はドイツのロマン派の本流のように語られることが多い。それが間違っているというのではないが、例えば交響曲のリズムや和声、旋法などの造形面では多分に古典的だ。それについてはシューベルトやウェーバーにも通じているのだが、メンデルゾーンの場合、そこに加わる個性はおよそメロディに帰結すると思う。メンデルスゾーンのメロディはとにかくロマンティックなのだ。例えばあのヴァイオリン協奏曲の有名な主題や、スコットランド交響曲のむせび泣くような切ない旋律。そしてそれを支えているのが古典的構造。というわけで、この時期に咲いた不思議な作品群だと思う。ドイツ本流にしてはちょっと軽やかだし、しかし木管や弦楽器の輝かしい奏法はヨーロッパの中心音楽の響きである。 アシュケナージはその作曲家の特性を見抜き、メロディを輝かせることと、構造的音型をクライマックスで明瞭にすることに焦点を置いたのだと思う。例えば第3交響曲の第1楽章、こんなに軽やかで繊細に歌う第1楽章は今までなかった。その一方、クライマックスで築かれる金管のリズム楽器的な扱いの巧みさの対比はとても面白い。まさしくこの作曲家の本質が歌であり、そのために管弦楽を機能させたと言える。(アシュケナージが指揮者としてこのように柔らかい表現を多用するのは実は珍しいのだ)。 第2番も合唱というより「旋律」のなめらかさに焦点が置かれている。そのためところによって合唱の響きがやや淡白に思えるが、おそらくこれも確信犯だと思う。聴いてみるととても心地よい。 しかし、この方法論の場合、各シーンの調性などはきちんと描かれるが、全体の構造としての軸はいくぶんフリーになる。交響曲第1番や第5番ではその軽い傾向が出過ぎると感じる人もいると思う。しかし、私個人的には、聴きたかったメンデルスゾーンであり、たいへん気に入っている。 |
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交響曲全集 ネゼ=セガン指揮 ヨーロッパ室内管弦楽団 RIAS室内合唱団 S: ミューレマン ゴーヴァン T: ベーレ レビュー日:2017.6.21 |
★★★★★ しなやかなスピード感で、新鮮な情感を描き出したネゼ=セガンのメンデルスゾーン
ヤニク・ネゼ=セガン(Yannick Nezet-Seguin 1975-)指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の交響曲全集。2016年の2月にすべてライヴ収録されたもの。CD3枚に以下の様に収録されている。 【CD1】 1) 交響曲 第1番 ハ短調 op.11 2) 交響曲 第3番 イ短調 op.56「スコットランド」 【CD2】 3) 交響曲 第2番 変ロ長調 op.52「讃歌」 【CD3】 4) 交響曲 第4番 イ長調 op.90「イタリア」 5) 交響曲 第5番 ニ短調 op.107「宗教改革」 交響曲第2番の合唱はRIAS室内合唱団、3人の独唱者は、レグラ・ミューレマン(Regula Muhlemann 1986- ソプラノ)、カリーナ・ゴーヴァン(Karina Gauvin 1966- ソプラノ)、ダニエル・ベーレ(Daniel Behle 1974- テノール)。 このうち第3番から第5番の3曲はホグウッド(Christopher Hogwood 1941-2014)が校訂したスコアを採用している。スコアの点で、いちばん特徴的なのは、交響曲第5番となる。この曲は、基本的にメンデルスゾーン自身の改訂により2つの稿が存在することとなっているが、ホグウッドは現在一般的な第2稿をベースにしながらも、第1稿の復元をこころみていると思われる。特に大きな相違点として、第3楽章と第4楽章の間に2分程度の「Recitative」と題されたフルートのカデンツァが奏されていることで、本アルバムでは、第3楽章の第2部という形でトラックを振ってあるが、その音楽的独立性から、全部で5楽章からなる交響曲のような体裁と見なすことも出来るだろう。この第5交響曲の珍しいスコア自体を楽しめるところが、当盤の一つの「売りどころ」となっているだろう。 演奏は、全般に清々しい疾風のような趣が満ちている。全体的に重心を高めに置き、パワーよりスピードで音楽の求心性を獲得している。作曲者10代のころの作品である交響曲第1番は、特にそのような演奏の気風があって、活力豊かで、全体的な躍動感が心地よい。最近、一気に評価を高め、名曲の仲間入りをした感のある第2番では、3人の独唱者の声質を活かした表現が見事で、2人のソプラノの掛け合いなど、妙味が良く引き出されているし、各讃美歌が凛々しく響くのもこの楽曲に相応しい。ベーレの声の見事な張りは圧巻の聴きものだ。 交響曲第3番は、情景描写的な導入部から弦の減衰を活かした抒情的な響きに気持ちを奪われる。展開部に入って、物語が始まるようなリズム処理もうまい。オーケストラはシャープな響きながら、細やかな音の先まで情感が通っていて、この曲の魂である歌謡性も十全に引き出されている。 交響曲第4番と第5番の演奏からはシンプルな普遍性を感じさせる。これらの楽曲は、私見では演奏によってそれほど印象が大きく異なる感じを抱かないし、当演奏もそのような良演の一つと思うが、それでもオーケストラの反応の速さ、自発的な自然な高揚感はふさわしく、ネゼ=セガンのもとで、統率された芸術としての美観を見せてくれる。 ネゼ=セガンとヨーロッパ室内管弦楽団には、2012年録音のシューマン(Robert Schumann 1810-1856)の全集がヨーロッパで高評価だったと聞くが、個人的には、このメンデルスゾーンの方に、より高い適性を感じさせる。 |
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交響曲全集 カンタータ「ワルプルギスの最初の夜」 序曲「フィンガルの洞窟」 序曲「静かな海と楽しい航海」 劇音楽「アタリー」から「序曲」と「司祭の戦争行進曲」 ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団 ウィーン楽友協会合唱団 S: ガザリアン、グルベローヴァ org: ベッホ A: リログヴァ T: ラウベンタール Br: クラウセ B: シュラメック レビュー日:2012.11.19 |
★★★★★ メンデルスゾーンの交響曲に深いドラマを内包させた名演
1976年から79年にかけて、ドホナーニ(Christoph von Dohnanyi 1929-)がウィーン・フィルと録音した一連のメンデルスゾーンの交響曲全5曲を中心とする作品をまとめたCD4枚からなるBox-set。収録曲は以下の通り。 【CD1】 交響曲第1番 カンタータ「ワルプルギスの最初の夜」 【CD2】 交響曲第2番「讃歌」 【CD3】 交響曲第3番「スコットランド」 第4番「イタリア」 【CD4】 交響曲第5番「宗教改革」 序曲「フィンガルの洞窟」 序曲「静かな海と楽しい航海」 劇音楽「アタリー」から「序曲」と「司祭の戦争行進曲」 カンタータ「ワルプスギスの夜」ではウィーン楽友協会合唱団が加わり、独唱はマルガリータ・リログヴァ(Margarita Lilowa 1935-2012 アルト)、ホルスト・ラウベンタール(Horst Laubenthal 1939- テノール)、トム・クラウセ(Tom Krause 1934- バリトン)、アルフレート・シュラメック(Alfred Sramek 1951- バス)の4人。交響曲第2番「讃歌」ではウィーン国立歌劇場合唱団が加わり、独唱は、ソーナ・ガザリアン(Sona Ghazarian 1945- ソプラノ)とエディタ・グルベローヴァ(Edita Gruberova 1946- ソプラノ)の2人。オルガンはヨゼフ・ベッホ(Josef Boch)。 ドホナーニはウィーン・フィルとも多くの録音をしてきたが、中でも精力的に取り組んだプログラムがメンデルスゾーンであり、このアルバムには、交響曲全集を軸とするその全録音が収められたことになる。ドホナーニとウィーン・フィルは、「真夏の夜の夢」抜粋も録音していたのであるが、なぜか当盤から削られてしまったのが残念。しかし、比較的珍しい「アタリー」などが選ばれており、それなりにライブラリを充実させてくれる内容だと思う。 さて、内容であるが、これがなかなか素晴らしい。メンデルスゾーンの交響曲では、第3番、第4番の2曲については録音が多くあるが、全集というのはあまりないのだけれど、この録音は全集である上に、1曲ずつ見ても、大変高い水準を保っている。 特に感銘を受けたのはメンデルスゾーンが15歳の時に書いた交響曲第1番である。ハ短調という深刻な調性を持つこの音楽には、メンデルスゾーンの意欲や野心が溢れているが、それを非常に積極的に響かせたのがこのドホナーニによる録音だろ思う。シャープな音色で、輝かしい弦楽アンサンブルを鮮やかに表出し、内省的な自発性まで切り込んだ表現になっている。天才の若書きというだけでなく、その音楽がすでにもっている深い諸相表現を巧みに表出させた勢いのある音楽だ。 次いで交響曲第3番が素晴らしい。私はかねてから、この曲に得心の行く録音を探しているのであるが、現在のところ、このドホナーニのものが一番良く響く。メンデルスゾーンはロマン派に属しながら、古典的書法に卓越し、その性向の音楽を書いた人だと思うが、この感傷的なメロディを、切なく歌わせるだけでなく、強靭な野趣性をも合わせて表現してほしいと思う。ドホナーニの演奏は、切り立った金管のアクセントが明瞭に響いており、時として荒れ狂うような海の描写を思わせる。実にドラマチックなロマン派のメンデルスゾーンだ。しかし、その一方で厳格なインテンポは守られ、緊密な保守性も持ち合わせている。 その他、第4番の整然とした響き、声楽の入る音楽の透明感にも秀逸なセンスを感じさせる。デッカの録音も高い精度でクリアな音像の再現に大きく貢献しており、多面的に充実を感じさせるアルバムとなっている。 |
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交響曲 第2番「讃歌」(原典版) 劇音楽「真夏の夜の夢」序曲(原典版) シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ゲヴァントハウス合唱団 ライプツィヒ歌劇場合唱団 S: シュヴァーネヴィルムス シュニッツ T: セイフェルト レビュー日:2005.10.23 再レビュー日:2014.10.20 |
★★★★★ シャイー、ライプチヒ登場!
2005年9月2日 にライプツィヒで行われた、シャイーがゲヴァントハウスのカペルマイスターに就任後初のコンサートの模様を収録したディスク。メンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」(原典版)と劇音楽「真夏の夜の夢」序曲(原典版)を収録している。 「讃歌」はマイナーな曲だがシャイーにはすでに2度目の録音となる(最初は20年以上前のロンドンフィルとの録音)。得意曲なのだろう、今回も朗々と合唱、オーケストラとも見事に響き渡らせた名演となっている。すでにオーケストラはシャイー・カラーとでもいえる、高い洗練された透明感を獲得しており、デッカの素晴らしい録音とあいまってライヴながら非常にレベルの高い瑞々しさに満ちた音となっており、大変高級感がある。このような録音だと、買ってよかったと思うものだ。 メンデルスゾーンのこの型破りといえる「交響曲」、すなわち純粋管弦楽による序曲的楽章からカンタータへという作品は、やはりベートーヴェンの第9の影響を聴き手に考えさせずにはおかないが、そこはメンデルスゾーンで、ベートーヴェンのような崇高な精神性や神の存在というより、あきらかに地平に根ざした、大らかで純朴な祈りと喜びの音楽となっている。長閑で楽天的な音楽であり、真似たとしても、それは「交響曲」としてカテゴライズしたという部分のみかもしれない。 ただ、やはりこのような大曲となるとおいそれとライヴで取り上げるわけにはいかず、それだけにこのような音盤で堪能できるというのはありがたい。 |
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★★★★★ 2005年に行なわれたシャイー、ライプツィヒの第1弾録音です
リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)がゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターに就任して、2005年9月2日 にライプツィヒで行われた最初のコンサートの模様を収録したディスク。この地に縁の深い作曲家、メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947)のプログラム。収録曲は以下の2曲。 1) 劇音楽「真夏の夜の夢」序曲 op.21 (1826年オリジナル版) 2) 交響曲 第2番 変ロ長調 op.52「讃歌」 (1840年オリジナル版) 交響曲における合唱はライプツィヒ・オペラ合唱団、独唱は、ソプラノがアンネ・シュヴァネヴィルムス(Anne Schwanewilms 1967-)とペトラ-マリア・シュニッツァー(Petra Maria Schnitzer)、テノールがペーター・ザイフェルト(Peter Seiffert 1954-)といった実力派の布陣。特にザイフェルトは他にいくつかの同曲のディスクでも、独唱を担当しており、得意曲といったところ。 「讃歌」は、その規模の大きさから、あまり取り上げられる機会のない曲だ。メンデルスゾーンのこの型破りといえる「交響曲」、すなわち純粋管弦楽による序曲的楽章からカンタータへという作品は、やはりベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の第9の影響を聴き手に考えさせずにはおかないが、そこはメンデルスゾーンで、ベートーヴェンのような崇高な精神性や神の存在というより、あきらかに地平に根ざした、大らかで純朴な祈りと喜びの音楽となっている。そういった意味で、この作品を交響曲という体裁で残した作曲者のスタイルや、どこか独善的なものも感じてしまう。そうはいっても、それは現代の感性に照らせば、という条件付けでの話。 シャイーはこれより20年以上前にロンドンフィルと録音しているため、今回が再録音となる。得意曲なのだろう、今回も朗々と合唱、オーケストラとも見事に響き渡らせた名演となっている。オーケストラは洗練された透明感を示していて、デッカの素晴らしい録音とあいまってライヴながら非常にレベルの高い瑞々しさに満ちた音となっている。長閑で楽天的な音楽であり、ベートーヴェンを真似たとしても、それは「交響曲としてカテゴライズした」という部分のみかもしれない。ただ、やはりこのような大曲となるとおいそれとライヴで取り上げるわけにはいかず、それだけにこのような音盤で堪能できるというのはありがたい。 さて、もう一つ注目点はここでシャイーが用いているスコアである。いずれもオリジナル版となっていて、初演時そのままのものであり、その後メンデルスゾーンが手を加えた部分については、もとに戻した形となる。この後、シャイーは交響曲第3番やフィンガルの洞窟といった曲にも、このオリジナル版を使用して録音を続けていくことになる。これはメンデルスゾーンとかかわりの深い土地のオーケストラとの録音を踏まえての、一種の意匠なのであるが、当盤に収められた楽曲では、その違いをすぐに聞き分けられる人はあまりいないかもしれない。例えば讃歌の終楽章でソプラノのパッセージが省略してある点などが相当するわけだが。とりあえず、これらの曲では、版の違いというのは、それほど重要視しなくても良さそうに思う。 とはいえ、やはり完成度という点で、通常版の方が高いと思われるので、この曲をまだ聴いたことがない、という方には、同じDECCAレーベルからリリースされているドホナーニ(Christoph von Dohnanyi 1929-)のものを第一にオススメしたい。 |
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交響曲 第2番「讃歌」 ポンマー指揮 札幌交響楽団 札響合唱団 S: 安藤赴美子 針生美智子 T: 櫻田亮 レビュー日:2016.3.8 |
★★★★★ 札幌交響楽団の首席客演指揮者に就任したマックス・ポンマーによるライヴ
札幌交響楽団は、2008年にチェコの巨匠、ラドミル・エリシュカ(Radomil Eliska 1931-)を首席客演指揮者に迎え、大きな飛躍を遂げた。数々の優れた演奏、そしてその録音は、広く評価され、一気にこのオーケストラの名声を高めた。そのエリシュカが、2015年から名誉指揮者となるに際して、主席客演指揮者に招聘したのがマックス・ポンマー(Max Pommer 1936-)である。 招聘時79歳のポンマーは、カラヤン(Herbert von Karajan 1908-1989)に学んだだけでなく、少年時にアーベントロート(Hermann Abendroth 1883-1956)に指導を受けたというくらいだから、ドイツロマン派の流れをまさに引き継いだ文化背景を持つ人といって良い。そんな彼が、札響の首席客演指揮者就任コンサートで振ったのが、自らの出身地ライプツィヒに所縁の深いメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947)とシューマン(Robert Schumann 1810-1856)の交響曲であった。 元来、現代音楽に適性を持ち、またエリシュカの棒の元、特にスラヴ系の作品に名演を繰り広げた札幌交響楽団が、ここでドイツ正統派と言えるポンマーを迎え、さらにシベリウスや英国音楽を得意とする尾高忠明(1947-)が名誉音楽監督を務めるという布陣は、このオーケストラが、世界のあらゆる音楽に関するノウハウを一気に蓄積しようという意欲の顕れで、素晴らしいことに違いない。 そして、当盤には、2015年7月10日と11日に行われた、ポンマー自らの就任コンサートから、メンデルスゾーンの楽曲が収録されている。交響曲 第2番 変ロ長調 op.52「讃歌」。この大規模な声楽を伴う作品を選択したということも注目すべきこと。また札幌合唱団とともに、北海道出身の3人のソリスト、ソプラノの安藤赴美子と針生美智子、テノールの櫻田亮が参加し、素晴らしい歌唱を聴かせてくれることは、地元の音楽フアンにとっても最高の喜びと言って良い。 演奏は、メンデルゾーン特有の楽天的な明朗性を保ちながらも、勢いのあるテンポにより、締めるべきところを締めた演奏だ。いかにも真面目で本格的な気風を保ちながら、情熱的な高揚感を持ち合わせる。合唱、管弦楽ともに、客観的な美観を保ちながら、お互いが的確に機能しあった対位法的な展開が巧みに表現されている。その結果、ただ明朗で、暖かいというだけでなく、音楽として深いコクを感じさせる表現に結び付いている。間違いなく名演だ。 音楽評論家の舩木篤也(1967-)氏によるライナーノーツが、この曲がどういう曲であるのか、的確にわかりやすくまとめたものとなっていて、アイテム全体の価値を高めている。メンデルスゾーンの交響曲第2番が、(奇遇という意味合いも含めて)いかにこのタイミングで演奏されることが相応しい楽曲であったか、よくわかる。 |
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交響曲 第3番「スコットランド」(1842年ロンドン版) 交響曲第3番冒頭のスケッチ ピアノ協奏曲 第3番(ブファリーニ補完版) 序曲「フィンガルの洞窟」(ヘブリディーズ諸島)(1830年ローマ版) シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 ゲヴァントハウス合唱団 ライプツィヒ歌劇場合唱団 p: プロッセダ レビュー日:2009.10.10 再レビュー日:2013.11.19 |
★★★★★ デッカ・レーベルとシャイーならではの企画です
2009年はメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)の生誕200年である。いくつかの企画モノが発売されているが、中でもこれは注目盤。リッカルド・シャイーとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による別稿譜による有名曲の演奏に加え、マルチェロ・ブファリーニの補完によりスコアが完成されたピアノ協奏曲第3番が収録されている。ピアノ独奏は1975年生まれのイタリアのピアニスト、ロベルト・プロッセダである。プロッセダはメンデルスゾーンの音楽を精力的に研究しているらしい。録音は2006年と2009年でいずれもライヴ収録。(できればスタジオ録音してほしかった内容ではある)。 ます交響曲第3番である。この作品はメンデルスゾーンが作曲した最後の交響曲だが、完成した1842年の第1稿に当たるのがここに収録されている「ロンドン版」である。違いは両端楽章に顕著であり、最終稿の滑らかな展開とは異なった荒々しい急な移り変わりがあり、ややゴツゴツした印象になる。確かに最終稿の方が完成度の高さを感じさせるが、スコットランドの「1日に四季がある」といわれる激しい天候の移ろいはむしろこのロンドン版の方が堪能できるのではないだろうか。シャイーの演奏もなかなかの熱血振りを示していて、渦巻くような迫力をみせる。ロンドン版は通常版よりやや長く、その後メンデルスゾーンは不必要と考えられた部分を削ったという感じ。 ここで「ヘブリディーズ諸島」の名で収録されているのは1830年版の「フィンガルの洞窟」で、こちらもやや粗い面を残しながらも、シャイーの棒もあって力強い音楽になっている。 ピアノ協奏曲第3番はそれらとはまた異質のモノだ。こちらは他者の手により完成されたスコア。ホ短調という調性が何よりもあの有名なヴァイオリン協奏曲を思い起こさせるが、この曲もメンデルスゾーンらしいやや暗めの情緒が軽やかに歌われており、なかなかに親しみ易い楽想を持っている。プロッセダのピアノは特に個性的ではないが、曲想に忠実にこなしている。 |
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★★★★★ 興味深いスコアの発見を楽しめるメンデルスゾーン
1988年から2004年までの長期間に渡ってロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者を務めたリッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)が、翌2005年から就任したのは現存する世界最古のオーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第19代カペルマイスターであった。 その後、両者は極めて良好な関係を築き上げたようで、2013年現在まで、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)やブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)の画期的な全集もリリースされているが、それより先にシャイーがこのオーケストラと取り組んだ作曲家はライプツィヒに特に縁の深い二人の偉大な作曲家、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)とメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947)であった。 メンデルスゾーンについては、就任後すぐに交響曲第2番の素晴らしい録音がリリースされたが、それに次いで出てきたのが当アルバムである。これがまた企画性の高い面白い内容。録音は2006年と2009年でいずれもライヴ収録。収録されているのは以下の通り。 1) 交響曲第3番「スコットランド」(1842年ロンドン版) 2) 交響曲第3番のスケッチ 3) ピアノ協奏曲第3番(マルチェロ・ブファリーニ補完版) 4) 序曲「フィンガルの洞窟」(ヘブリディーズ諸島)(1830年ローマ版) 従来、メンデルゾーンに「ピアノ協奏曲第3番」なる作品は存在しなかったのでが、これは未完のスケッチを基にマルチェロ・ブファリーニ(Marcello Bufalini)が補筆完成されたスコアによる楽曲。ピアノ独奏は1975年生まれのイタリアのピアニスト、ロベルト・プロッセダ(Roberto Prosseda 1975-)である。プロッセダはメンデルスゾーンの音楽を精力的に研究している人物。 また、名曲として名高い交響曲第3番は、メンデルスゾーンが完成した最後の交響曲だが、1842年に書き上げられた第1稿に当たるのがこの「ロンドン版」である。違いは両端楽章に顕著であり、最終稿の滑らかな展開とは異なった荒々しい急な移り変わりがあり、ややゴツゴツした印象が強い。ロンドン版は通常版よりやや短く、その後メンデルスゾーンは必要と考えられた「つなぎ」の部分を加えて、全体的な流れを整えたという感じ。確かに最終稿の方が完成度の高さを感じさせるが、スコットランドの「1日に四季がある」といわれる激しい天候の移ろいは、むしろこのロンドン版の方が、描写性という点で満喫できるかもしれない。シャイーの演奏もなかなかの熱血振りを示していて、渦巻くような迫力をみせる。これは、おそらくこの版の通常版との差異を明瞭にしようと言う意識が作用した面もあるだろう。コンセルトヘボウ時代のシャイーとは違った一面であるが、楽曲の粗い部分が強調され過ぎたと感じる人がいるかもしれないが、私にはこれも一興と感じられた。 「フィンガルの洞窟」も同様で、やや粗い面を残しながらも、シャイーの棒もあって力強い音楽になっている。 ピアノ協奏曲第3番は他者の手により完成されているので、経緯・性質ともそれらとはまた異質のモノ。ホ短調という調性が何よりもあの有名なヴァイオリン協奏曲を思い起こさせるが、この曲もメンデルスゾーンらしいやや暗めの情緒が軽やかに歌われており、なかなかに親しみ易い楽想を持っている。プロッセダのピアノは一言で言って誠実。世界初録音だから、当然のことながら他の演奏と比較することはできないし、このCDを聴く人もこのトラックに関しては「どんな演奏」より「どんな曲」に注目すると思うのだが、そういった意味で適材といった感じで、適度に暖かい音色で、冒険しないアプローチを心掛けている。ここでのプロッセダとシャイーの演奏は、「良心的」という形容がふさわしいだろう。 いずれにしても、スコアの収集と研究に熱心なシャイーが、ライプツィヒという新しい活躍の場で、如何なくその才気を放ったアルバムで、興味の尽きない内容となっている。 |
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交響曲 第3番「スコットランド」 第4番「イタリア」 序曲「フィンガルの洞窟」 バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック レビュー日:2011.12.27 |
★★★★★ はちきれるような音楽の勢いに満ちたイタリア交響曲が特に名演
メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」、第4番「イタリア」、序曲「フィンガルの洞窟」という3つの名曲を収録。レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein 1918-1990)指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。録音は、第3交響曲が1964年、第4交響曲が1958年、フィンガルの洞窟が1966年。 私はメンデルスゾーンのスコットランド交響曲が大好きで、いろいろな録音を聴いてきたのだが、いまだに「これだ」というものに巡りあえていないと感じている。この交響曲が冒頭のすすり泣くような弦楽合奏により提示される主題があまりにも浪漫的でメロディアスなため、そのイメージの強い支配下に曲が開始されるのだけれど、序奏が終わった段階で、さあ、いよいよ物語が始まりますよ、とでもいった感じで、テンポを上げ、荒れる海の風景のような音楽になるのだけれど、ここで、本当に力強く抉り取るような演奏というのは、どうもないように思う。おそらく、そこまでやってしまうと、全体のイメージが乖離して、まとめきれなくなるのだろう。 最近、バーンスタインとイスラエルフィルの録音を聴いてみたのだけれど、やはり第1楽章にはなにか心残りがあった。それで、試しに旧録音を聴いてみた。 結果から書くと、まだ私のモヤモヤは払拭されていない。しかし、この演奏は、幾分か深い踏み込みがあり、なかなか聴き応えがあったと思う。第1楽章はドラマティックで、力強い弦の響きが良く、時折それらを鋭く束ねるような演出もよい。金管が少し痩せているが、それもこの楽曲に雰囲気には合っているだろう。第2楽章は美しいクラリネットのソロなどたいへん印象的で、暖かみに満ちている。終楽章のフィナーレはいかにもバーンスタインらしい衒いのない勝利の歌い上げになっていて、あの有名なショスタコーヴィチの革命交響曲を彷彿とさせる。 1958年録音のイタリア交響曲は一層の名快演だ。はちきれる様な音楽の勢いが見事で、音楽のスケールが大きい。録音年代を考えると、音質も上々の部類で、生気に満ちた楽器の響きがよく拾えている。合奏音もダマにならず、分離感もよい。淡白になりがちな第2楽章も、陰りを感じる含みがあって、豊かに実った音楽と思える。終楽章の有名なタランテラは独壇場とも言える燃焼ぶりで、まさに灼熱の音楽と言える。 フィンガルの洞窟も良演と言えるだろう。ワーグナーが唸ったと伝えられるメンデルスゾーンの音楽描写力を精一杯演奏でも再現したような力感あふれる表現力が魅力だろう。 それにしても、まだ私の理想のスコットランド交響曲探しは続くのであります。私事恐縮デシタ。 |
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交響曲 第3番「スコットランド」 第4番「イタリア」 弦楽八重奏曲から「スケルツォ」 セレブリエール指揮 スコットランド室内管弦楽団 レビュー日:2016.9.28 |
★★★★★ メンデルスゾーン管弦楽録音の隠れた名盤の一つです
ホセ・セレブリエール(Jose Serebrier 1938-)指揮、スコットランド室内管弦楽団の演奏によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)の以下の3曲を収録したアルバム。 1) 交響曲 第4番 イ長調「イタリア」 op.90 2) 弦楽八重奏曲 変ホ長調 op.20 から 第3楽章「スケルツォ」(管弦楽版) 3) 交響曲 第3番 イ短調「スコットランド」 op.56 1990年の録音。 当盤は、かつて、日本クラウンから国内盤もリリースされていたことがあるのだが、現在では、これらの曲の録音としては、忘れられたものの部類に入るだろう。 しかし、とても素晴らしい内容である。その魅力は弦楽アンサンブルを中心としたしなやかで、柔らかく、弾力豊かなサウンドにある。 メンデルスゾーンの管弦楽書法は、古典的で明朗なものであるが、特に弦楽器陣を中心とした輝かしいアンサンブルの効果がその礎となっている。セレブリエールの演奏は、あらためてそのことを実感させてくれる。冒頭のイタリアから、実に快活なテンポで開始されるが、その音楽の豊かな情緒は、弦楽器たちの合奏音によって、その主体が形成されている。その合奏音は、辺縁がやわらかでありながら、芯があり、スピード感を維持しながらも、程よい肉付きを維持して届けられる。その印象は、幸福感として感受される性質を持っていて、聴いていて暖かいものを感じさてくれる。 中間楽章は、演奏によっては、「薄さ」「平板さ」を感じさせかねないが、当演奏は、合奏音の豊かな膨らみのあるサウンドによって、楽曲の欠点を感じさせないし、むしろ、「こういう風に響く音楽だったのか」とあらためて感じさせてくれるのだ。 2つの交響曲の合間に、若きメンデルスゾーンの傑作、弦楽八重奏曲のスケルツォを、作曲者自身が管弦楽用に編曲されたものが収録されている。メンデルスゾーンの「スケルツォ」と言うと、「真夏の夜の夢」が有名なのだけれど、このスケルツォも美しい音楽で、管弦楽版の録音が少ないことも手伝って、当アルバムの価値を大いに高めてくれるコンテンツとなっている。 末尾に収録された「スコットランド交響曲」は、描写性の高い作品と考えられるが、そういった意味でも、スコットランドのオーケストラの演奏は興味深いだろう。こちらも前2曲と同様に、アンサンブルの響きの豊かさ、快活で淀みのない進行により、すべてが過不足なく描かれる安定感があり、寂寞の中にほのかな甘みを感じる響きである。 これら3曲を収録した「かくれた名盤」として、あらためて記しておきたい1枚だ。 |
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交響曲 第3番「スコットランド」 第5番「宗教改革」 C.デイヴィス指揮 ドレスデン・シュターツカペレ レビュー日:2018.4.9 |
★★★★★ デイヴィスが引き出した真にシンフォニックなメンデルスゾーンの交響曲
コリン・デイヴィス(Colin Davis 1927-2013)が、1990年以降名誉指揮者を務めたシュターツカペレ・ドレスデンを振ってライヴ録音されたメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の以下の2つの交響曲を収録。 1) 交響曲 第3番 イ短調 op.56 「スコットランド」 2) 交響曲 第5番 ニ長調 op.107 「宗教改革」 いずれも1997年に行われた別の機会のコンサートの模様。 ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)が、メンデルスゾーンを「(音の)一流の風景画家」と評したのはわりと知られる話である。賞賛と皮肉の入り混じった評で、そこには「自分と違う」「全面的に評価することはない」といった意図が十分に含まれると私は解釈するが、ユダヤ人嫌いだったワーグナーをもってしても、その風景描写力は、認めざるを得なかったと言うところか。そんなメンデルスゾーンを象徴する交響曲と言えば、この交響曲第3番となるだろう。「スコットランド」の愛称をもつ美しい交響曲。私は、この交響曲の第1楽章を聴くたびに、私の住む北海道の冬の日本海側の海岸風景を想起してしまう。・・・どんよりと垂れこめた灰色の空から無数の白い雪片が、ごうごうたる西風に巻かれるように落ちてくる下、次々と高い波たちが、岸に打ち付けては、氷を寄せて帰っていく。陸に揚げられた船たちは、身をひそめるようにしてじっと動かない。ただ、空の上のごうごうと鳴る音と、波の砕け散る音だけが、あたりを支配している。・・・この第1楽章は、まさにそんな北国の海岸を描いた音楽に感じられてならない。 さて、しかし、このコリン・デイヴィスの演奏、ちょっと違った趣を感じさせる。たしかに痛切で美しいのだが、そこまで暗くなく、そしてシンフォニックで雄大。それは、この音楽の風景描写的性格に縛られず、より伝統的な古典音楽へのアプローチを徹底させた感を思わせるものだ。それが美しい。第1楽章は平均的なテンポで開始されるが、主部ではやや速度を落とし、しっかりと内面を深く、暖かく描くようにオーケストラをリード。各声部の響きに厚みがあって、常に豊かな感覚が供給される。それは雪で閉ざされた海とはずいぶん異なるイメージであるが、メンデルスゾーンのこの交響曲が、優れた古典的な構造を持っていることを端的に示すものでもある。オーケストラの太い音量がつねに心強いが、強烈なティンパニが加えられるシーンでの音圧は見事なものとなる。第2楽章は快速、第3楽章は落ち着く、という対照性も劇的な効果を生み出しており、それは一つの交響曲としての優れたフォルムの形成につながる。第4楽章は劇的で苛烈だが、長調に転調した後の幸福感に満ちたコーダの盛り上がりは感動的なものとなっている。 交響曲第5番も素晴らしい内容。特に第1楽章、オーケストラの響き自体の豊かなヴォリューム感は、この交響曲の数々の録音の中でも、特に豊穣な質感をもたらすものと言って良い。演奏によっては簡素に過ぎると感じることのある第2楽章も、音に込められた情感の深さで「聴かせる」音楽となっている。 メンデルスゾーンの交響曲に、このような骨太な味わいがあったのか、と改めてその音楽解釈の多様性に感嘆させられる一枚となっている。 |
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交響曲 第4番「イタリア」 劇音楽「真夏の夜の夢」抜粋(11曲) アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 エルンスト・ゼンフ合唱団女声合唱 S: マクネアー キルヒシュラーガー ナレーション: スコーヴァ レビュー日:2015.7.17 |
★★★★★ アバドの本領が発揮された会心のメンデルスゾーン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による1995年のジルヴェスター・コンサートの模様を収録したアルバム。指揮は当時同オーケストラの芸術監督の任にあったクラウディオ・アバド(Claudio Abbado 1933-2014)。曲目は、メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)の以下の楽曲。 1) 劇音楽「夏の夜の夢」抜粋(11曲) ~序曲、スケルツォ、メロドラマ、妖精たちの行進曲、合唱つきの歌、アンダンテ「目覚めたときに何が見えようと」、間奏曲、夜想曲、アンダンテ「さて、あの小姓を頂いたからには」、結婚行進曲、フィナーレ 2) 交響曲 第4番 イ長調 op.90 「イタリア」 1) は組曲形式ではない抜粋で、声が加わる。合唱はエルンスト・ゼンフ合唱団女声合唱、独唱の2人のソプラノはシルヴィア・マクネアー(Sylvia McNair 1956-)とアンゲリカ・キルヒシュラーガー(Angelika Kirchschlager 1965-)さらに語りとしてバーバラ・スコーヴァ(Barbara Sukowa 1950-)とケネス・ブラナー(Kenneth Branagh 1960-)が参加している。 たいへん魅力的な演奏。メンデルスゾーンの楽曲の再現における一つの理想像と言っても良い。メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」は、シェイクスピア(William Shakespeare 1564-1616)の原作による劇付随音楽であるが、全曲が収録されるのはまれであり、私もプレヴィン(André Previn 1920-)が1976年に録音したもの(これは名盤として名高い)しか所有していない。このアバドの演奏は、ほぼ全曲と言って良い内容であるだけでなく、演奏の質もたいへん立派なもの。 序曲から瑞々しい躍動感に溢れた表現が好ましい。繊細に研ぎ澄まされながらも、全体としてほのかな柔らか味を湛えた表現は、妖精の住む森の描写に相応しい。表情豊かな管弦楽が、きわめて心地よいテンポでさっそうと流れていく。そのアンサンブルの十分な融合は、さすがベルリンフィルである。 声楽を伴う部分では、バランスの適切性が見事。歌劇ほど歌唱に焦点を当てず、さりとて管弦楽に沈むこともないという絶妙なパレットが構築されている。2人のナレーターの声量も実に的確で、音楽との関係がとても良好。2人の独唱も妖精物語というイメージによく合っていると思う。 交響曲第4番も見事。弦楽器陣の輝かしくも伸びやかな響きが、存分に繰り広げられる中、柔らかな管楽器の響きが鳴り渡り、天国的と言っても良い美しい響き。演奏によっては凡庸に聴こえる第2楽章も、シンフォニックな響きの中、情緒に満ちた主題が響き渡って、とても充実した聴き味。終楽章のタランテラの躍動感は圧巻で、一気に巻き込むようにして、ダイナミックな終結部に突き進む。 アバドとメンデルスゾーンの相性の良さを改めて実感する一枚。 |
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弦楽のための交響曲 第1番 第2番 第3番 第4番 第9番 ファイ指揮 ハイデルベルク交響楽団 レビュー日:2020.2.19 |
★★★★★ 神童の証明。メンデルスゾーンが12~14歳の時に書いた佳品たち。
トーマス・ファイ(Thomas Fey 1960-)指揮、ハイデルベルク交響楽団によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)シリーズの一環として製作されたアルバムで、以下の楽曲が収録されている。 1) 弦楽のための交響曲 第1番 ハ長調 2) 弦楽のための交響曲 第2番 ニ長調 3) 弦楽のための交響曲 第3番 ホ短調 4) 弦楽のための交響曲 第4番 ハ短調 5) 弦楽のための交響曲 第9番 ハ長調 「スイス」 2008年の録音。 幼少のころから「神童」としてその名を響かせたメンデルスゾーン。「弦楽のための交響曲」と題された作品は、全12作が完成されているが、これらの楽曲を書きあげたとき、メンデルスゾーンは12~14歳。「神童」の名に相応しい芸術品だ。これらの楽曲のみならず、この時期にメンデルスゾーンが書いた作品は、同じように健やかな瑞々しさが溢れていて、見事なものが多い。もちろん、その後の傑作群に比べると、メンデルスゾーンという芸術家ならではの表現性に関して言えば、まだまだなのであるが、逆に言うと、それゆえの古典的で端正な様があり、別の魅力があるとさえ言えるほどだ。これらの作品を書いたのが、12~14歳の時と言う話を聞いても、たいていの人は、なかなか信じられないだろう。 メンデルスゾーン作品の演奏をライフワークの一つとしているファイは、これらの作品にむ「うってつけ」といって良い適性を示している。明朗で開放的な響きを導き、迷いのない健康美に満ち溢れた音楽が全編に流れている。 第9番のみが4楽章、他は3楽章で構成される。第1番~第4番は、いずれも演奏時間10分前後の小曲。だが、第9番は演奏時間30分に及ぶ規模を持つ。さらに、第9番は、2部からなるヴィオラ、そして個所によってはヴァイオリンも4部という編成を持っており、作曲家のその後の飛躍を様々に感じ取れる作品と言えるだろう。主題も格調を感じさせる名曲性があり、特に第1楽章の主題は、薫り高く美しい。ファイの棒の下、ハイデルベルク交響楽団は、闊達な響きで、弦楽アンサンブルというイメージを越えた強い音も持ち合わせて、楽曲の規模に相応しい表現を繰り広げている。それは、この作品の魅力を高めるものと言って良い。 第1番~第4番の4曲は、いかにも無害なおおらかさを歌っているが、中にあって、私は第2番が好きだ。第1楽章の運動美に宿る喜び、第2楽章の抑制を志した美観、いずれも「愛すべき作品」という雰囲気が満ちている。 神童メンデルスゾーンの姿が、音を通じて、如実に伝わってくる一枚となっています。 |
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ピアノ協奏曲 第1番 第2番 無言歌集より(「海辺で」「紡ぎ歌」 「五月のそよ風」 「旅人の歌」「ヴェネツィアの舟歌第1」「さすらい人」「ヴェネツィアの舟歌第2」「子供の小品」「甘い思い出」「後悔」「デュエット」「子守歌」「春の歌」) p: シフ デュトワ指揮 バイエルン放送交響楽団 レビュー日:2009.7.20 |
★★★★★ シフによる協奏曲と無言歌の両方が聴けます
アンドラーシュ・シフが1982年にデュトワ指揮バイエルン放送交響楽団と録音したメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番・第2番と、1986年に録音した無言歌集からの抜粋。収録されている無言歌は、「海辺で」「紡ぎ歌」 「五月のそよ風」 「旅人の歌」「ヴェネツィアの舟歌第1」「さすらい人」「ヴェネツィアの舟歌第2」「子供の小品」「甘い思い出」「後悔」「デュエット」「子守歌」「春の歌」の13曲。ほぼ有名な作品は収録されていて、かなりお得感のある再編集盤だ。 メンデルスゾーンは「ピアノ協奏曲」のジャンルにいくつか作品を書いている。10代のころの2台のピアノのための協奏曲など、意外に良い曲で私もしばしば聴いている。この作曲家も38歳の若さで亡くなっているし、シューベルト同様もっと天寿があればと思わずにはいられないところであるが、この番号の付いた2曲のピアノ協奏曲も重要な作品と考えられる。メンデルゾーンならではの流麗な風が払うようなスピーディーで輝かしい弦楽書法とピアノという楽器の個性的な融合がある。スコットランド交響曲やフィンガルの洞窟で典型的に聴かれるもの悲しく速く移ろう世界が表出されている。シフのやや丸みのある響きがこの曲の情感によく合う。デュトワの颯爽たる指揮も鮮やか。 13曲の無言歌も本当に美しい演奏。「春の歌」をはじめ有名曲が揃っているが、一曲一曲をじっくりと弾きこんでいて、名曲集にしばしばある、ある趣の“ゆるさ”がみられない。バレンボイムがやや弾き飛ばし過ぎていた感のあった「ヴェネツィアの舟歌(2曲)」「さすらい人」も情緒をきちんと拾ってくれる。また、通俗的なところのある旋律の部分も、過度に踏み込みすぎない「巧さ」を見せてくれる。シフならではの美観を感じる。 |
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ピアノ協奏曲 第1番 第2番 「ルイ・ブラス」序曲(ホグウッド校訂版) 劇音楽「真夏の夜の夢」組曲 p: アシュカール シャイー指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団 レビュー日:2014.6.17 |
★★★★★ 特に「真夏の夜の夢」組曲の流麗微細を究めた表現が圧巻
2005年に、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第19代カペルマイスターに就任したリッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)は、この地に縁の深いバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)とメンデルゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)に精力的に取り組んでいる。 メンデルスゾーンに関しては、就任して最初のコンサートで交響曲第2番「讃歌」を振り、その模様がCD化されたほか、交響曲第3番のロンドン稿や、補筆完成されたピアノ協奏曲第3番といった、希少なスコアを演奏・録音した様に、私たちの知見を広げるという観点でも、楽しませてくれている。 当盤は、2013年録音のライヴ音源を集めたものだが、今回も、冒頭に、ホグウッド(Christopher Hogwood 1941-)が校訂した「初稿版」と称される「ルイ・ブラス 序曲」が収録されている。私は、この曲に複数スコアがあることは知らなかった。メンデルスゾーンは、期日の関係で、早急にこの序曲を書き上げたのだが、初演直後に一部修正を加え、この修正後のものが出版されたらしい。私の理解では、ホグウッド版は、その修正前のスコアを復元した、ということだと思う。省力化のための既出音型の再使用や、カットされた箇所の復元などがあるらしいのだけれど、聴いた印象では、それほど大きな違いを感じない。むしろ、ホルン、トロンボーンを増強した編成から鳴る勇壮なシャイーの音作りが堪能できる。 次に「真夏の夜の夢」からの5曲(序曲 スケルツォ 間奏曲 夜想曲 結婚行進曲)が収録されている。これが素晴らしい名演奏。特に、同時代の作曲家たちに多大な影響をもたらしたと言われる「序曲」と「スケルツォ」の2曲が圧巻。きわめて速いテンポでありながら、細やかな音型が、微細きわまりない表現に貫かれていて、しかも流麗。しなやかな力感を蓄えながら、一気果敢に進んで行く気持ちよさ。管弦楽の磨き上げられた音色は、この現存する世界最古のオーケストラが、いま現在も、超一流であることの証左に違いない。高音のアクセントの味付けが効いていること!超有名曲「結婚行進曲」も良い。ブラスの響きが、独特の貫禄を感じさせる「くすみ」を適度に持っていて、ほどよい立体感を演出してくれるから、気品と深みを感じさせてくれる。しかも、推進力があって、評定も豊か。しばしば通俗曲に付きまとう安っぽさとは一切無縁だ。こうなると、ぜひともいずれは、抜粋版ではなく、全曲録音してほしいと思う。最高に瑞々しい「真夏の夜の夢」が完成するに違いない。 2曲のピアノ協奏曲では、イスラエルのピアニスト、サリーム・アブード・アシュカール(Saleem Abboud Ashkar 1976-)による独奏。この協奏曲では、私には、シフ(Schiff Andras 1953-)とデュトワ(Charles Dutoit 1936-)による名演が忘れがたいのだけれど、当盤も悪くない。シャイーは、デュトワより熱っぽい音楽を作り上げているので、むしろロマン派らしく響くとも言える。アシュカールのピアノは、十指をきわめて精密にコントロールし、繊細を究めた音。紡ぎだされた音を併せて、モザイク画のように音像を作り上げている。瑞々しく、風通しの良い響きは、微妙な色彩の変化の妙を楽しませてくれる。また、鮮烈なグリッサンドと、その末尾の最高音の一撃の輝きは、印象に強く残る。メンデルスゾーンの協奏曲に、このような響かせ方があったのか、と感心させられた。今後も注目したい。 |
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メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ブラームス ヴァイオリン協奏曲 vn: ムター カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2006.1.21 |
★★★★★ このコンビに相応しいゴージャス・サウンド!
アンネ・ゾフィー・ムターとカラヤンによる一連の録音の中でも、最も成功していると思われる2つの名ヴァイオリン協奏曲を収録。メンデルスゾーンは81年、ブラームスは82年の録音。 これらの楽曲のうち、特にブラームスはオーケストラのパフォーマンスの比重が協奏曲の中でも大きいものだが、そこはさすがにカラヤンとベルリンフィルのゴージャス・コンビである。まるでシンフォニーのように豊穣で多層的な響きを生み出しており、その豪壮なるオーケストラに導かれて、ヴァイオリンの鳴りっぷりも引っ張られる様にしてなかなかに豪快である。第1楽章のヴァイオリンの導入するところのカッコ良さはこの盤が1番ではないだろうか。そして、もちろんこのコンビは表面的な演奏効果だけを狙っているわけではない。最上の演奏効果を上げながらも、楽曲としての構成感を巧みに表出しており、そのことが説得力あふれるものへと導いている。第3楽章で、これまでの重しから解き放たれたかのような色彩感の爆発は、こよない開放感をもたらしており、気持ちよい。 メンデルスゾーンも同様であるが、こちらは元来オーケストレーションが豊かとまでは言えない、むしろ繊細な楽曲であろう。しかし、ここでもカラヤンの指揮は雄弁で、後期ロマン派の大曲を聴くような出来映えだ。聴き手を十分に満足させてくれる録音だ。 |
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メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲 第1番 ヴィオラと管弦楽のためのロマンス vn: ヤンセン シャイー指揮 ゲヴァントハウス管弦楽団 レビュー日:2008.1.18 |
★★★★★ 繊細で美しい弱音がとても魅力的です
1978年オランダ生まれのヴァイオリニスト、ジャニーヌ・ヤンセンの注目の録音。シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団との組み合わせというのも魅力だ。2006年のライヴ録音であるが、聴く限りではライヴ録音的な傷はほとんどなく、気にならない。 録音はなかなか華やかで、オーケストラのヴィヴィッドな表情がよく伝えられている。ブルッフでは弦楽器陣のトレモロによるクレシェンドなども迫力が存分に効いていてメリハリがある。ブラスの勇壮な響きも好ましいが、もっと踏み外した迫力を求める向きもあるだろう。ヤンセンのヴァイオリンソロは繊細できれい。特に主題をややピアノ気味で再現するようなシーンでは、細やかな表情付けが丁寧で、音楽に対する敬愛と、全体を見通しての注意が適切に配慮されていると感じられた。一方でやや弓の力感は軽めに思われるので、ズーンとくるような迫力はなく、あくまで繊細さとキレで勝負するタイプといえる。メンデルスゾーンも2楽章の情緒が豊かなのが印象深い。 ブルッフのヴァイオリン協奏曲の終楽章はオーケストラの力演もあって素晴らしい演奏効果だと思う。金管の刻む基音も、響きが充実していて、底から広がって力強く音楽を支えている。独奏者とも一体となってみごとなフィナーレを築いています。 |
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ヴァイオリン協奏曲 八重奏曲 vn: エーネス アシュケナージ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 シアトル・チェンバー・ミュージック・オクテット レビュー日:2010.12.20 |
★★★★★ 「ヴァイオリン」を感じさせないくらい完璧な「ヴァイオリン」
ジェームス・エーネス(James Ehnes)は1976年カナダ出身のヴァイオリニスト。1997年にジュリアード音楽院を卒業し、世界各地で活躍している。特にヨーロッパでの評価が先行していて「今、最も才能とカリスマが同居するヴァイオリニスト」「現代のハイフェッツ」「地球上に存在する最も完璧なヴァイオリニスト」等の肩書きの多くはヨーロッパのマスコミよって与えられたもの。また2008年録音のウォルトンのヴァイオリン協奏曲でグラミー賞を受賞するなど、録音面でも数々の高い評価を勝ち取っている。 今回のアルバムは、アシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団とのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲に、シアトル室内八重奏団とのメンデルスゾーンの八重奏曲をカップリングしたもの。 聴いてみての感想は、とにかくなめらかな音色が圧巻。鮮やか。ヴァイオリンという楽器の技巧的なパートでは、やはり4本の弦の間の飛躍や重音の連続などが一般的なポイントとなると思うが、これほどまでにさらさらと弾きこなされるヴァイオリンというのはほとんど聴いたことがないのでは?というくらい。おそらくプロでもちょっと準備がいるような難しいパッセージであっても、「さあ行きますよ」といったシグナルのようなものを一切感じさせずに、まるで自然に水が流れ落ちるように鮮やかに音が流れ下る。その爽快感は比類ない。 ヴァイオリン協奏曲の指揮をしているのはアシュケナージ。アシュケナージは諏訪内晶子ともこの曲を録音していて、交響曲も全曲録音しているが、それらの録音では共通してメンデルスゾーンらしさの一つである「疾走する悲しみ」を実に繊細に美しく引き出しているので、エーネスのスタイルとのマッチぶりも見事。これほどなめらかでしなやかな演奏というのはなかなか聴けないに違いない。最近のメンデルスゾーンの録音ではヤンセンの弱音の美しさも印象的だったが、このエーネスの録音も素晴らしく、なめらかな運動性はきわめて質が高く、私の心に働きかけた。 また八重奏曲も、作曲者16歳の作品であるが、美しい作品であり、その割にそれほど聴く機会がなかったので、このエーネスらによる透明にしてシャープな録音の登場は、ことのほか存在感がある。早く移ろう景色の中で描かれる蒸留されたようなピュアな幸福感は、この楽曲とこの演奏ならではだろう。メンデルスゾーンの音楽に浸れる豊かな時間を提供してくれる名盤の登場だ。 |
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ヴァイオリン協奏曲 序曲「フィンガルの洞窟(ヘブリディーズ諸島)」 交響曲 第5番「宗教改革」 vn: ファウスト エラス=カサド指揮 フライブルク・バロック・オーケストラ レビュー日:2017.10.25 |
★★★☆☆ 個人的に様々な疑問を抱かざるをえない一枚
パブロ・エラス=カサド(Pablo Heras-Casado 1977-)指揮、フライブルク・バロック・オーケストラによるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の以下の3曲を収録したアルバム。 1) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64 2) 序曲「フィンガルの洞窟(ヘブリディーズ諸島)」 op.26 3) 交響曲 第5番 ニ短調 op.107「宗教改革」 1)のヴァイオリン独奏はイザベル・ファウスト(Isabelle Faust 1972-)。2017年の録音。オーケストラはピリオド楽器を使用。独奏ヴァイオリンも1704年製ストラディヴァリウス。 2014年のシューマン(Robert Schumann 1810-1856)と同じ顔合わせによる協奏曲録音となった。 私個人的にいろいろ思うところが多いので、それについて書かせていただく。 私はイザベル・ファウストというヴァイオリニストが現代を代表するヴァイオリニストだと考えていて、これまで様々な録音を通じて、その感を強めてきたのだが、ここにきて、ピリオド楽器にその活躍の主軸を移しているように感ぜられるのは、私個人的には歓迎していない。もちろん、ファウストはモダン楽器と同様に、ピリオド楽器の奏法にも精通していることは明らかで、それ自体は素晴らしいことだと思うのだが、ファウストのようなアーティストは、私の考えでは、モダン楽器による王道を堂々と歩むべき存在であり、少なくともロマン派以降の作品で、ピリオド楽器を用いて学究的に楽譜の隅々を照らし合わせるようなことは、その道の専門家に任せてほしいのだ。 当盤のヴァイオリン協奏曲を聴く。確かに面白い。冒頭のあの有名な旋律が、これほど控えた表情で、抑制的に淡々と弾かれたことはないと言って良い。その後も独奏楽器の低い出力と、押さえられたヴィブラートは、全体の雰囲気をシックに支配する。精緻な響きと言って良い。しかし、これがあと数十年たったとき、人々が「メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と言えば、あのファウストの演奏が忘れがたい」と思わせるものとは、私には到底思えない。その一方で、私がファウストというヴァイオリニストに期待したいのは、そのような脳裏に残る演奏を響かせてくれることなのである。それは、もう、私の方が見当違いになったのかもしれないが。 おそらく、当録音の様な演奏は、「現代の批評家受け」という点ではすこぶる良いのであろう。ピリオド奏法で、精度が高い。しかし、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲には、もっと人の心のど真ん中めがけて伝わってくる何かがあるはずなのである。楽器の制約の問題からなのか、そんなことなどハナから興味のないような弾きぶりは、一つの趣味性を極めた演奏ではあっても、王道の名演とは言い難いのである。 エラス=カサドの棒のもと、オーケストラも精緻な響きを積み上げているが、そのフォルテの均一性・同一性が、結果的に「うるささ」を感じさせてしまうのもマイナスだ。これも楽器的制約の面が大きいが、楽曲が持っている感情表現の幅を、あえて狭めるような禁欲的なスタイルで、迫力は性急なスピードによって維持されるが、どの曲をきいても同じ感じになっている。 少なくとも私にとっては、ファウストという演奏家の能力は間違いなく超一流なのに、その発揮方向について疑問点を抱かずにはいれない一枚です。 |
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メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ブルッフ ヴァイオリン協奏曲 第1番 クライスラー ウィーン奇想曲 愛の悲しみ 愛の喜び vn: ミンツ アバド指揮 シカゴ交響楽団 p: ベンソン レビュー日:2019.3.6 |
★★★★★ 1980年録音、ミンツのデビュー盤。いまいちど録音活動の活発化を願う。
モスクワ生まれのイスラエルのヴァイオリニスト、シュロモ・ミンツ(Shlomo Mintz 1957-)が、ドイツ・グラモフォンレーベルと契約した1980年に録音したものをまとめたアルバムで、彼のデビュー盤に相当するもの。収録曲は以下の通り。 1) メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847) ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64 2) ブルッフ(Max Bruch 1838-1920) ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 op.26 3) クライスラー(Fritz Kreisler 1875-1962) ウィーン奇想曲 op.2 4) クライスラー 愛の悲しみ 5) クライスラー 愛の喜び 協奏曲はクラウディオ・アバド(Claudio Abbado 1933-2014)指揮、シカゴ交響楽団と、クライスラーの3曲はクリフォード・ベンソン(Clifford Benson 1946-2007)のピアノとの協演。 親しみやすい名曲を連ねたもので、デビュー盤らしい内容。 ミンツというヴァイオリニスト、なぜかひところから以前ほど録音がリリースされなくなり、最近では新録音を聴くこともめったにない印象なのだが、芸術活動は継続しており、是非以前のように積極的な録音活動を展開してほしいものだ。と言うのは、彼の個性がなかなか得難い魅力的なものだからだ。 ミンツのヴァイオリンは、とにかく流れの良さが際立っている。清流を思わせる、と形容するといいだろうか。どこかに必要以上に力の入っていない、とてもリラックスした自然さに満ちている。強い音や鋭い音で聴き手を驚かせるようなことはほとんどないが、楽想に沿って、自然に紡ぎだされる音は、とても心地が良いし、よく出来た楽曲を演奏した場合、ただそれだけのことで、聴き手に感動をもたらしてくれるのだということを、知らせてくれる。 メンデルスゾーンとブルッフの協奏曲でも、とてもなめらかなヴァイオリンが印象的で、何かを強い意思表示を示したり、暗示を漂わせるようなことはないが、音楽的な美観は申し分なく、スラスラと音楽が聴き手の心に流れてくる。その気持ちよさはなかなか他の演奏では味わう機会がないくらいのもの。例えばブルッフの楽曲など、大仰さのある作品だけに、いよいよ力を込めて主題を重々しく弾く人がおおいのだけれど、ミンツの演奏は伸びやかで明朗。「軽い演奏」と言ってしまえば、確かにそのようにも言えるのだけれど、重音の柔らかな弾力感、ビブラートを控えた清涼感は、彼のスタイルに合致し、全体として明るい躍動感が満ちており、少なくとも私には不足を感じさせない。 クライスラーの佳作でも、もちろんそのスタイルは共通で、ことに「愛の喜び」の溌溂とした開放的な音色は、この曲が広く愛されている理由を、たちまちのうちに聴き手に伝えてくれるだろう。 |
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弦楽四重奏曲 第1番 第2番 アルバンベルク弦楽四重奏団 レビュー日:2015.9.16 |
★★★★☆ メンデルスゾーンの「ベートーヴェンへの追慕」をストレートに音化した美演
アルバンベルク四重奏団によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の以下の初期の2曲をライヴ収録したアルバム。 1) 弦楽四重奏曲 第1番 変ホ長調 op.12 2) 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 op.13 1)は1999年、2)は2000年の録音。 メンデルスゾーンは番号付きの弦楽四重奏曲を6曲遺しているが、どれも演奏機会が多いとは言えない。しかし、この作曲家らしい風雅さに満ちた作風で、いずれも強いインパクトはないが、聴いてみるとなかなか良い曲たちである。 中にあって、メンデルスゾーンが若いうちに書いたこの2曲については、作曲の背景を知っておいた方が興味深く聴ける。先に作曲されたのは第2番の方で、1827年、作曲家18歳の作。第1番はその2年後の作品である。 第2番の作曲された1827年という年は、巨星ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)が没した年である。若きメンデルスゾーンは、ベートーヴェンを敬愛し、特に彼の後期の弦楽四重奏曲に心を奪われていたという。そのような中で書かれたこの第2番は、後期ベートーヴェン的なものを「見立てた」弦楽四重奏曲で、最も細かく言うと、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番を手本として(そして、その価値を引き継ぐ使命感を持って)書かれた作品である。両曲はいずれもイ短調で書かれており、両端楽章の第1ヴァイオリンによるモノローグ風な楽想、終楽章の伴奏音型、特に第1楽章における対位法の処理など、共通項はいくつも見つかる。 そして、このアルバンベルクの演奏は、まさにこの楽曲をベートーヴェン的な風格を持って奏でた演奏ということになる。豊饒な響き、十分な音量で、メンデルスゾーンが追慕したベートーヴェンの後期弦楽四重奏を彷彿とさせるような音空間を形成している。緩徐楽章のじっくりした歌いまわしや、対位法処理の線的な運びは、まさに彼らの奏でたベートーヴェンを彷彿とさせる音色だ。 それに比べると、第1番は私たちの知っているメンデルスゾーンにより近い性格の作品で、心地よい疾走性の中で、ロマンティックなメロディが紡がれていく。アルバンベルクの演奏は、例えば第3楽章の間奏曲のような軽快な個所でも、特有の音幅からもたらされる落ち着きに満ち、いかにも大家風の演奏といった雰囲気。 いずれも、これらの楽曲を、最上の形で仕上げた美演と言えるだろう。 なお、ライヴのため、両曲とも末尾に拍手が収録されているが、両曲ともあまり知られた曲ではなく、しかも終わり際がさり気ないため、拍手も終了から間を置いて湧き起ってくる。これも、これらの曲らしさを象徴する一つの現象に思える。 |
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弦楽四重奏曲 第2番 第3番 第6番 アルテミス四重奏団 レビュー日:2016.8.3 |
★★★★★ メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲の「名曲性」を伝えるアルテミス四重奏団の名演
アルテミス四重奏団によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)の以下の3作品を収録した2枚組アルバム。 【CD1】 1) 弦楽四重奏曲 第3番 ニ長調 op.44-1 2) 弦楽四重奏曲 第6番 ヘ短調 op.80 【CD2】 3) 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 op.13 2013年の録音。録音時のアルテミス四重奏団のメンバーは以下の通り。 第1ヴァイオリン: ヴィネタ・サレイカ(Vineta Sareika 1986-) 第2ヴァイオリン: グレゴール・ジークル(Gregor Sigl 1976-) ヴィオラ: フリーデマン・ヴァイグル(Friedemann Weigle 1958-) チェロ: エカルト・ルンゲ(Eckart Runge 1967-) 2012年にナタリア・プリシェペンコ(Natalia Prischepenko 1973-)からサレイカへの交代があってすぐの録音ということになる。それまで、アルテミス四重奏団は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを曲によって入れ替えることを行ってきたのであるが、2012年以降、第1ヴァイオリンを若いサレイカが担うスタイルになっている。 四重奏団創立以来のメンバーはチェロのルンゲのみとなるが、この人のチェロが素晴らしいのは、すでにあちこちで定評のあるところだし、ある意味、この四重奏団のカラーを作っている芸術家と言っても良いだろう。 さて、メンデルスゾーンはその生涯に6曲の弦楽四重奏曲を書いた。その6曲は、作曲時期によって3つに分類される。まずは、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の、特に後期の弦楽四重奏曲に多大な影響を受けたメンデルスゾーンが10代のうちに書き上げた第1番と第2番。ついで、メンデルスゾーンらしい前期ロマン派の作風が確立された第3番~第5番。そして、結果的に最晩年の作品となり、肉親の死から受けた衝撃で、メンデルスゾーンの全作品中でも際立って悲劇的な第6番となる。 当アルバムは、上記3つの時期から、1曲づつ選ばれた形となっている。 最初の収録曲である第3番が、あるいはいちばんメンデルスゾーンらしい作品かもしれない。ニ長調という調整で、弦楽器の輝かしいサウンドに満ちている。アルテミスの演奏は、第1楽章はしなやかな流動感に溢れ、第2楽章では第1ヴァイオリンの抒情性溢れた歌が見事。第3楽章の落ち着きを経て、終楽章の華やかな4つの楽器の交錯は、聴き手を幸せにするだろう。 第6番は、傑作と言って良い深い悲しみを湛えた作品。第2楽章にスケルツォ、第3楽章にアンダンテという構成は、どこかベートーヴェン的であるが、それよりも全曲を覆う哀悼の色彩が見事で、特に第4楽章の充実は音楽的にも素晴らしいという他はない。アルテミス四重奏団は、この悲しみを湛えた音楽を、攻撃的と言っても良いほど力強い響きで満たすが、その方法論で繰り出される音楽は、聴き手の心に強く働き掛けるもので、感動的だ。同曲中最高の演奏の一つと言って良い。 2枚目に収録された第2番は、10代のメンデルスゾーンの天才性を感じさせてくれるとともに、ベートーヴェンへの憧憬が伝わってくる作品。抒情性とドラマ性を与えながら、各楽章の役割を深めようとした取組が伝わってくる。アルテミス四重奏団の演奏は、時に軽やかな疾走感を持ち、時に強烈な閃光のように駆け巡る。この若き天才の傑作に対し、可能な限り積極的な表現で応えて見せた、一流の芸術家集団ならではの「回答」と感じさせる。 この楽団ならではの緊密な連携によって、強い表現性が与えられたメンデルスゾーンと感じられる。 |
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ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番 vc: ミンツ p: オストロフスキー レビュー日:2024.10.15 |
★★★★★ 1988年のグラモフォン賞を受賞した録音
イスラエルのヴァイオリニスト、シュロモ・ミンツ(Shlomo Mintz 1957-)とロシアのピアニスト、ポール・オストロフスキー(Paul Ostrovsky 1948-)による、下記のメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の2作品を収録したアルバム。 1) ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ヘ短調 op.4 2) ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ヘ長調 1986年の録音。 当録音は1988年のグラモフォン賞を受賞している。当時、メンデルスゾーンのこれらの楽曲への録音というのがほとんどなかったという背景も、受賞を後押ししたと思うが、確かに、瑞々しい秀演である。 ところで、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン・ソナタ」は、現在では全3曲という整理が一般的で、通し番号が付されている。それに倣って収録曲を第2番、第1番と表記したが、当アルバム自体は、そのような「番号表記」は採用していない。3曲の中でメンデルスゾーンが唯一作品番号を与えたのが、冒頭に収録されている第2番で、第1番は、伝えられる作曲時期によると、メンデルスゾーン11歳の時の作品であり、その早熟な天才性には、あらためて驚かされる。第2番も、16歳の作品だ。ちなみに、当盤に収録されていない第3番とされるヘ長調の作品は、29歳の時に書かれている。 というわけで、当盤に収録されているのは、いずれも天才少年メンデルスゾーンが10代のうちに書き上げたものとなる。 楽曲自体は、先代の偉人であるモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)とベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の影響を受けながらも、すでにメンデルスゾーンらしい流麗な歌謡性や、楽器の響きの輝かしさを引き出す作風は発芽しており、初期ならではの簡明な情緒表現とともなって、軽やかで好ましいものとなっている。旋律的な魅力という点で第2番により優れたものを感じる。特に第3楽章のメランコリックな旋律の中で、ピアノの高音のトリルが響くところは、印象的だろう。 ミンツとオストロフスキーの演奏は、清潔な気高さを讃えたもので、その透明感は魅力だ。楽曲のテイストを活かしながら、楽曲の「淡さ」や「軽さ」を、巧妙に「高貴さ」や「はかなさ」に変換した美学を感じさせる演奏と思う。作品そのものへの深いリスペクトがあってこその解釈だろう。ミンツの雑味のないなめらかでしなやかなヴァイオリンはいつもの彼の持ち味を発揮したものと言える。オストロフスキーのピアノは、私は当録音以外で聴いたことがあったか思い出さないが、ミンツのスタイルによく合った細やかで繊細なものであり、総じて、高い品格を感じさせる演奏となっていると言えるだろう。逆に言うと熱的なものは、ほとんど感じられないくらいなのだが、それはこの楽曲の性格の影響が大きい。それでも、帰結部に至る運動美は、この作曲家の個性をよく反映していて、気持ち良い高まりがあって、好ましい。いまなお。これらの作品に親しむ絶好の録音だと思う。 |
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チェロ・ソナタ 第1番 第2番 協奏的変奏曲 無言歌「甘い思い出」(チェロとピアノ版編) 無言歌 ニ長調 vc: ハレル p: カニーノ レビュー日:2022.9.1 |
★★★★★ 録音優秀。理想的演奏で聴くメンデルゾーンのチェロとピアノのための作品
アメリカのチェリスト、リン・ハレル(Lynn Harrell 1944-2020)とイタリアのピアニスト、ブルーノ・カニーノ(Bruno Canino 1935-)によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)のチェロとピアノのための作品集。収録曲は下記の通り。 1) チェロ・ソナタ 第1番 変ロ長調 op.45 2) 協奏的変奏曲 op.17 3) 無言歌集 第1巻 op.19 から 第1番「甘い思い出」(ハレル編) 4) 無言歌 ニ長調 op.109 5) チェロ・ソナタ 第2番 ニ長調 op.58 1989年の録音。 とても聴き心地の良いアルバム。メンデルスゾーンの健やかな情緒が全編を覆っており、ハレルとカニーノの爽やかな情熱をまとった快テンポを主体とした演奏は、これらの楽曲に相応しい。 収録曲の中で、もっとも一般的な評価が確立されているのは「チェロ・ソナタ 第2番」であろう。冒頭からいかにもメンデルスゾーンらしい、吹き抜ける風の主題が朗々と鳴り、メロディ自体の魅力とあいまって、爽快である。メンデルスゾーンの楽曲は、ある意味、無害的と表現できる明朗性が常に流れているのであるが、それは、時に平板さを感じさせる弱点ともなりうる。しかし、ハレルとカニーノは、豊かな起伏を与え、この曲の魅力を存分に引き出している。第3楽章のアルペッジョに導かれるチェロの歌、終楽章のスピード感ともに秀逸で、音色自体も適度な発色のある好ましさを湛えている。 また、「チェロ・ソナタ 第1番」も、十分に聴きでのある作品。こちらの作品の方が、やや構えた感のある入り方をするが、古典的美観やバランス感覚に優れた作品であり、それゆえの端正な美しさに満ちている。速いパッセージにおけるハレルとカニーノの情熱を交えたやり取りは、聴き手を惹きつける魅力を十分に持っているだけでなく、音楽的な応答も齟齬が無く、実にうまい。 メンデルスゾーンが「チェロとピアノ」というスタイルで遺した作品のうち、もっとも若い時期の作品となる「協奏的変奏曲」も、明朗なスタイルであり、その屈託のなさをそれに相応しいスタイルで表現したハレルとカニーノの演奏に、欠点を見出す人はほとんどいないのではないだろうか。 無言歌からの編曲は、旋律の美しさを味わわせてくれるが、op.109の「無言歌」は、当初からチェロとピアノのために書かれたもので、1845年に書かれたもの。結果的に晩年の作品となったわけだが、この作品が情緒あふれる佳作であり、初めて聴く人にとっては、十分に発見と言える作品だと感じられる。 メンデルスソーンのこのジャンルの作品を存分に楽しめる1枚であるとともに、ハレルとカニーノという優れた奏者の至芸を心ゆくまで味わえる1枚でもある。 |
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無言歌全集 フーガ集(ニ短調、ロ短調、ニ短調、ト短調) アレグロ・コン・フォーコ p: プロッセダ レビュー日:2013.12.11 |
★★★★★ 現代ではあまり顧みられない「小曲集」のマジメな録音
イタリアのピアニスト、ロベルト・プロッセダ(Roberto Prosseda 1975-)はメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1947)のスペシャリストとして活躍している人物で、マルチェロ・ブファリーニ(Marcello Bufalini)が補筆完成した「ピアノ協奏曲第3番」は、彼のみに演奏の権利が与えられているそうだ。この曲については、リッカルド・シャイー(Riccardo Chailly 1953-)と録音したものがDECCAからリリースされている。 当録音は、プロッセダによるメンデルスゾーンのピアノ独奏曲としては最も有名な「無言歌」と、世界初録音となるフーガ4曲、それと、こちらも世界初録音と表記のある「アレグロ・コン・フォーコ」という作品を収録したもの。なお、「無言歌」については、作品番号のないもの含めて収録してある。2008年の録音。内容の詳細を記そう。 【CD1】 無言歌集 第1巻(1832年出版) 1) 第1番 ホ長調 op.19-1「甘い思い出」 2) 第2番 イ短調 op.19-2「後悔」 3) 第3番 イ長調 op.19-3「狩の歌」 4) 第4番 イ長調 op.19-4「ないしょの話」 5) 第5番 嬰ヘ短調 op.19-5「不安」 6) 第6番 ト短調 op.19-6「ヴェネツィアの舟歌 第1」 無言歌集 第2巻(1835年出版) 7) 第7番 変ホ長調 op.30-1「瞑想」 8) 第8番 変ロ短調 op.30-2「安らぎもなく」 9) 第9番 ホ長調 op.30-3「慰め」 10) 第10番 ロ短調 op.30-4「さすらい人」 11) 第11番 ニ長調 op.30-5「小川」 12) 第12番 嬰ヘ短調 op.30-6「ヴェネツィアの舟歌 第2」 無言歌集 第3巻(1837年出版) 13) 第13番 変ホ長調 op.38-1「宵の明星」 14) 第14番 ハ短調 op.38-2「失われた幸福」 15) 第15番 ホ長調 op.38-3「詩人の竪琴」 16) 第16番 イ長調 op.38-4「希望」 17) 第17番 イ短調 op.38-5「情熱」 18) 第18番 変イ長調 op.38-6「デュエット」 無言歌集 第4巻(1841年出版) 19) 第19番 変イ長調 op.53-1「海辺で」 20) 第20番 変ホ長調 op.53-2「浮き雲」 21) 第21番 ト短調 op.53-3「胸騒ぎ」 22) 第22番 ヘ長調 op.53-4「心の悲しみ」 23) 第23番 イ短調 op.53-5「民謡」 24) 第24番 イ長調 op.53-6「飛翔」 無言歌集 第5巻(1844年出版) 25) 第25番 ト長調 op.62-1「5月のそよ風」 26) 第26番 変ロ長調 op.62-2「出発」 27) 第27番 ホ短調 op.62-3「葬送行進曲」 28) 第28番 ト長調 op.62-4「朝の歌」 29) 第29番 イ短調op.62-5「ヴェネツィアの舟歌 第3」 30) 第30番 イ長調 op.62-6「春の歌」 巻外 31) 無言歌 ニ長調 【CD2】 無言歌集 第6巻(1845年出版) 1) 第31番 変ホ長調 op.67-1「瞑想」 2) 第32番 嬰ヘ短調 op.67-2「失われた幻影」 3) 第33番 変ロ長調 op.67-3「巡礼の歌」 4) 第34番 ハ長調 op.67-4「紡ぎ歌」 5) 第35番 ロ短調 op.67-5「羊飼いの嘆き」 6) 第36番 ホ長調 op.67-6「子守歌」 無言歌集 第7巻(1851年出版) 7) 第37番 ヘ長調 op.85-1「夢」 8) 第38番 イ短調 op.85-2「別れ」 9) 第39番 変ホ長調 op.85-3「狂乱」 10) 第40番 ニ長調 op.85-4「エレジー」 11) 第41番 イ長調 op85-5「帰郷」 12) 第42番 変ロ長調 op.85-6「旅人の歌」 無言歌集 第8巻 (1868年出版;遺作) 13) 第43番 ホ短調 op.102-1「家もなく」 14) 第44番 ニ長調 op.102-2「追憶」) 15) 第45番 ハ長調 op.102-3「タランテラ」 16) 第46番 ト短調 op.102-4「そよ風」 17) 第47番 イ長調 op.102-5「子供の小品」 18) 第48番 ハ長調 op.102-6「信仰」 巻外 19) 無言歌 変ホ長調 20) 無言歌 イ長調 21) 無言歌 イ長調 22) 無言歌 嬰ヘ短調 23) 無言歌 イ長調 24) 無言歌 ヘ長調 25) 無言歌 ト短調 「騎士の歌」 26) フーガ ニ短調(1821年) 27) フーガ ロ短調(1822年) 28) フーガ ニ短調(1822年) 29) フーガ ト短調(1824年) 30) アレグロ・コン・フォーコ ト長調(1839-41年) メンデルスゾーンの「無言歌」という作品群は、発表当時はたいそうな人気だったそうだ。それというのも、それほどの技巧がなくても弾くことのできる曲が大半で、多くの人が「自ら弾く」ことで楽しむことができたからだ。かくいう私も、若いころ、このうちの何曲かは、弾いて遊んだものだ。 しかし、時代が進むにつれて、これらの曲は「聴く音楽」としては重要視されなくなる。メンデルスゾーンのすぐ後に、ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)、シューマン(Robert Alexander Schumann 1810-1856)、リスト(Franz Liszt 1811-1886)といった天才たちが、はるかに技巧的で、複層的で多面的な、「耳の肥えた」聴衆を対象とした音楽を書いたからだ。 そのため、現代に至るまで、無言歌をコンサートで弾くようなピアニストはあまりいない。録音もさびしい状況で、常に入手可能な全集としては、1970年代の初めに録音されたバレンボイム(Daniel Barenboim 1942-)盤がほぼ唯一という状況であった。そのような中でこのプロッセダ盤が登場したわけだから、これはなんだか、「おっ、まだこれを弾いて録音してくれるピアニストがいたんだ!」といった、郷愁的な感激を催すものである。 それで、肝心の演奏であるが、これは「良心的」「オーソドックス」といった表現でまとまりそう。そもそもこれらの音楽は、極端に特徴的に弾かれるような性格を持っていない。それで、おおよそバレンボイムの解釈とそれほど目立った違いもなく、テンポもアゴーギグも際立った違いはない。ただ、録音については、さすがに当盤の方が優秀で、微妙な陰りの表現なども詳細かつ克明であるため、作品の持っている抒情的なこまやかさがよく分かるという利点がある。例えば、第7番の「瞑想」など、非常に美しく瑞々しい。 個人的には、せっかくなので、もっと新しい表現、例えば、第3番「狩の歌」、第6番と第12番の「ベニスのゴンドラの歌」、第10番「さすらい人」など、もっとじっくりした響きの演奏をしても面白かったのではないか、と思う。バレンボイムの全集との大きな「違い」を設けるとしたら、そのあたりのように思うけど。 しかし「選集」として優れたものがいくつかあったとはいえ、この界隈に久しぶりに登場した「全集」録音であることを思えば、ひとまず模範的なものを目指したということもあると思う。そういった意味で、「良くない」などとは言えない内容だろう。 世界初録音と謳われている「フーガ」は、この作曲家のバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)への意識を明確に感じ取れるもの。また、アレグロ・コン・フォーコは「情熱」の表現を志した音楽で、いずれもこの作曲家の古典性を反映した作品だと思う。これらの音楽を記録するのは、プロッセダにとって重要な使命に違いない。 なお、私が持っているのは、2枚組CDで、ユニバーサル・イタリアのDECCA 4766796である。 |
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無言歌全集 厳格な変奏曲 p: コルステッィク レビュー日:2021.10.18 |
★★★★★ 素晴らしいメンデルスゾーンの無言歌全集録音です
ドイツのピアニスト、ミヒャエル・コルスティック(Michael Korstick 1955-)によるメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の無言歌全曲の録音。CD2枚に下記の様に収録されている。 【CD1】 1) 厳格な変奏曲 ニ短調 op.54 無言歌集 第1巻 op.19b 2) 第1番 「甘い思い出」 3) 第2番 「後悔」 4) 第3番 「狩の歌」 5) 第4番 「ないしょの話」 6) 第5番 「不安」 7) 第6番 「ヴェネチアの舟歌 第1」 無言歌集 第2巻 op.30 8) 第7番 「瞑想」 9) 第8番 「安らぎもなく」 10) 第9番 「慰め」 11) 第10番 「さすらい人」 12) 第11番 「小川」 13) 第12番 「ヴェネチアの舟歌 第2」 無言歌集 第3巻 op.38 14) 第13番 「宵の明星」 15) 第14番 「失われた幸福」 16) 第15番 「詩人の竪琴」 17) 第16番 「希望」 18) 第17番 「情熱」 19) 第18番 「デュエット」 無言歌集 第4巻 op.53 20) 第19番 「海辺で」 21) 第20番 「浮き雲」 22) 第21番 「胸騒ぎ」 23) 第22番 「心の悲しみ」 24) 第23番 「民謡」 25) 第24番 「飛翔」 【CD2】 無言歌集 第5巻 op.62 1) 第25番 「5月のそよ風」 2) 第26番 「出発」 3) 第27番 「葬送行進曲」 4) 第28番 「朝の歌」 5) 第29番 「ヴェネツィアの舟歌 第3」 6) 第30番 「春の歌」 無言歌集 第6巻 op.67 7) 第31番 「期待」 8) 第32番 「失われた幻影」 9) 第33番 「巡礼の歌」 10) 第34番 「紡ぎ歌」 11) 第35番 「羊飼いの嘆き」 12) 第36番 「子守歌」 無言歌集 第7巻 op.85 13) 第37番 「夢」 14) 第38番 「別れ」 15) 第39番 「狂乱」 16) 第40番 「エレジー」 17) 第41番 「帰郷」 18) 第42番 「旅人の歌」 無言歌集 第8巻 op.102 19) 第43番 「家もなく」 20) 第44番 「追憶」 21) 第45番 「タランテラ」 22) 第46番 「そよ風」 23) 第47番 「子供の小品」 24) 第48番 「信仰」 2009年から10年にかけての録音。無言歌全8巻48曲に加えて、メンデルスゾーンの重要なピアノ独奏曲の一つである「厳格な変奏曲」が収録されている。 コルスティックの演奏は、光沢豊かな響きと、スピード感十分の進行により、颯爽としたものであるとともに、曲によっては、ルバートと軽重の変化により、情感豊かなニュアンスの施されたもので、この曲集を代表する優れた全曲録音の一つと言えるもの。 第3番の「狩の歌」など、かなり俊敏な勢いを感じさせる演奏であるが、フレーズに伸縮があって、それが歌に通じる情感を引き出し、ほどよいバランス感覚がある。第12番の「ヴェネチアの舟歌 第2」におけるロマンティックな味わいも、思いのほか濃厚で、憂いがあり、とても好ましい。第18番「デュエット」、第21番「胸騒ぎ」でも、配慮の行き届いた音色の変化があって、私にはとても楽しい演奏と感じられた。第26番「出発」、第27番「葬送行進曲」あたりでは、フレーズのしなやかな表現が特に印象的であり、ピアニストと楽曲の相性の良さを、ことのほか感じさせる部分である。有名な第30番「春の歌」も、自然な明るさが心地よい。 しばしばコルスティックの肩書きとして、「ベートーヴェン弾き」というものを目にするけれど、私が聴く限りでは、彼の演奏で今までで一番感心したのはカバレフスキーの協奏曲集だったし、ドイツものに限ったとしても、ベートーヴェンより、このメンデルスゾーンの方が、ずっと健やかな感情の発露があって、私には音楽的に優れたものに聴こえる。当盤に収録された「厳格な変奏曲」も、メタリックになり過ぎず、程よいタメと幅のあるサウンドが維持されていて、自然発露的に楽曲の魅力が引き出された感があって、彼の弾くベートーヴェンより、良い。そんなわけで、当盤を聴いて、あらためて「できるだけ、前評判に惑わされずに、演奏と接したいもの」と感じた次第です。 |
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無言歌 選集 厳格な変奏曲 他 p: ペリアネス レビュー日:2015.3.19 |
★★★★★ ペリアネスによる深い諸相を描いたメンデルスゾーン
スペインのピアニスト、ハヴィエル・ペリアネス(Javier Perianes 1978-)による2014年録音のメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)のピアノ独奏曲集。77分近い収録時間で、以下の曲を収録。 1) 変奏曲変ホ長調 op.82 2) 無言歌 第1番 ホ長調「甘い思い出」 op.19-1 3) 無言歌 第6番 ト短調「ヴェネツィアの舟歌 第1」 op.19-6 4) 無言歌 第12番 嬰ヘ短調「ヴェネツィアの舟歌 第2」 op.30-6 5) 無言歌 第18番 変イ長調「デュエット」 op.38-6 6) ロンド・カプリチオーソ op.14 7) 無言歌 第19番 変イ長調「海辺で」 op.53-1 8) 無言歌 第21番 ト短調「胸騒ぎ」 op.53-3 9) 無言歌 第29番 イ短調「ヴェネツィアの舟歌 第3」 op.62-5 10) 無言歌 第31番 変ホ長調「瞑想」 op.67-1 11) 無言歌 第32番嬰 ヘ短調「失われた幻影」 op.67-2 12) 無言歌 第33番 変ロ長調「巡礼の歌」 op.67-3 13) 無言歌 第36番 ト長調「子守唄」 op.67-6 14) 6つの前奏曲とフーガ op.35より 第1番 前奏曲 15) 6つの前奏曲とフーガ op.35より 第1番 フーガ 16) 無言歌 第40番 ニ長調「エレジー」 op.85-4 17) 無言歌 第43番 ホ短調「家もなく」 op.102-1 18) 無言歌 第46番 ト短調「そよ風」 op.102-4 19) 無言歌 第48番 ハ長調「信仰」 op.102-6 20) 厳格な変奏曲ニ短調 op.54 私は、このピアニストが2006年に録音したモンポウ(Federico Mompou 1893-1987)の「ひそやかな音楽」他のアルバム(HMI987070)が印象に残っている。そこでは、「無常観」や「寂寥感」といった情感が、枯淡の響きで奏でられており、このような演奏をする若いピアニストがいることにも感心した。 そして、このメンデルスゾーンでも、特有の気配を持った音楽が息づいていると感じた。メンデルスゾーンの無言歌は、技巧的には簡単で、メロディーも美しいので、初学者にも愛好して弾かれる音楽だし、全般にそのたたずまいも可愛らしい。全集としてはバレンボイム(Daniel Barenboim 1942-)やプロッセダ(Roberto Prosseda 1975-)のものがあるが、彼らの演奏は、技術が走って、かなり早いテンポを持つことが多く、模範的ではあるが、やや薄味な感じもあった。他方で、選集ではあるが、シフ(Schiff Andras 1953-)やペライア(Murray Perahia 1947-)の、抒情性を重視した演奏を好んで聴いてきた。 そこで、このペリアネスである。これはそのどちらでもない、音楽そのものを昇華させ、作品自体のステイタスをより高貴なものに移したような印象を受ける。 透明な音で、決して急ぐことはないが、かといって旋律に豊かな肉付きを施すわけでもない。ルバート奏法で健やかな情感を巡らせながらも、感情を表面だたせることなく、たたずまいを崩すことがない。ロマンティックな音楽からも、不思議な悲しい色を持った陰りが顔をのぞかせる。「デュエット」や「海辺で」における弾きこなしなど、美と鬱の切っても切れない関係が感じられる音楽で、そのことが私に、かつてないほどにこれらの曲に「深み」を感じさせてくれる。「ヴェネツィアの舟歌」や「そよ風」の格調の高さにも注目したい。 一方で、「ロンド・カプリチオーソ」「6つの前奏曲とフーガ 第1番」「厳格な変奏曲」といった作品では、強く鋭角的な音を積極的に用い、きわめて厳しい諸相を表出させている。これらの楽曲には、メンデルスゾーンのロマン派の香を持った楽想と、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)といった偉人たちへの憧憬がないまぜとなった雰囲気があるのだが、ペリアネスの解釈には、どこか悲劇的なソノリティを秘めた壮絶さがある。 ペリアネスの才気を、あらためて認識させてくれる、聴きごたえのある一枚だ。 |
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プレリュードロ短調 ロンド・カプリチオーソ 歌の翼に 3つの練習曲 3つの幻想曲、またはカプリス 無言歌集から 厳格な変奏曲 3つのカプリスより第2,3曲 ズライカ 「真夏の夜の夢」より「スケルツォ」 p: シャマユ レビュー日:2013.7.22 |
★★★★★ シャマユの感性による清涼感溢れるメンデルスゾーン
フランスの若手ピアニスト、ベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)による、2007年録音のメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) プレリュードロ短調 op.104a-2 2) ロンド・カプリチオーソ op.14 3) 歌の翼に op.34-2(リスト(Franz Liszt 1811-1886)編) 4) 3つの練習曲 op.104b 5) 無言歌 op38-2「過ぎ去った幸福」 6) 3つの幻想曲、またはカプリス op.16 7) 無言歌 op.19-2「後悔」 8) 厳格な変奏曲 op.54 9) 無言歌 op.102-5「楽しき農夫」 10) 3つのカプリス op.33より第2,3曲 11) ズライカ op.4(リスト編) 12) 無言歌 op.67-2&5「失われた幻影」「羊飼いの嘆き」 13) スケルツォ(「真夏の夜の夢」より ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943)編) メンデルスゾーンという作曲家は、前期ロマン派の代表格としてその名を挙げられるが、雰囲気として軽い感じの曲が多く、いくつかの有名曲を除くと、他の作品は、知名度がガクンと下がるという傾向がある。中でもピアノ独奏曲となると、無言歌と称されるサロン的小曲集の中にいくぶん有名な曲があるとは言え、現代のピアニストたちにとって、主たるレパートリーになっているとはとても言えない状況である。かくいう私も、まだメンデルスゾーンのピアノ・ソナタを聴いたことがない。(いずれは聴こうと思っているが) そんな状況で、シャマユのような現代的な技術の卓越したピアニストが、当盤のような充実した選曲のアルバムを提示してくれるのはありがたい。私も、シャマユが弾いたのならメンデルスゾーンのピアノ・ソロ曲も聴いてみたいな、と思ってこのアルバムを購入した。 有名な歌曲や、管弦楽曲をリストやラフマニノフが編曲した3品が入っていることで、アルバムへの親しみやすさを増しているが、それにしてもシャマユの清涼感に満ちたアプローチが素晴らしい。決して技巧に溺れてハイペースで弾き飛ばしたりせず、情緒をきちんと拾いながら、適度なスピード感で音楽を楽しませてくれる。 重要な作品は何と言っても「厳格な変奏曲」で、これはメンデルスゾーンの諸作品の中でも特に内容の濃い名作といって良い。偉大なる先人、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)への意識が濃く、その崇敬の念を彷彿とさせる展開と構成力があり、主題の深さと相まって、「メンデルスゾーンはこのような作品も書けたのだ」という感慨を導く。シャマユのダイナミズムに溢れた表現力も聴き味に幅を与えている。 3つのカプリスから2曲が弾かれているが、これも古典的な美観の中にメンデルスゾーンらしい軽やかさを湛えた佳作で、愛すべき“知られざる音楽”といった趣。膨大な数のある無言歌からは、知名度にかかわらず5曲が選ばれているが、シャマユのセンスの良いアプローチで、くつろいだ気持ちで聴くことが出来る。 メンデルスゾーンのこれらの作品には、録音が多いわけではなく、そういった意味でも、存在感のあるアルバムと言えそうだ。 |