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メトネル



協奏曲

メトネル ピアノ協奏曲 第1番 メトネル(スドビン編) 愛らしき子 op.6  チャイコフスキー ピアノ協奏曲 第1番原典版)
p: スドビン ネシリング指揮 サンパウロ交響楽団

レビュー日:2015.2.16
★★★★★ ロシアが生んだ名ピアノ協奏曲の絢爛と浪漫をしっかりと伝える名録音
 エフゲニー・スドビン(Yevgeny Sudbin 1980-)のピアノ、ジョン・ネシリング(John Neschling 1947-)指揮、サンパウロ交響楽団の演奏で、以下の楽曲を収録。2006年の録音。
1) チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky1840-1893) ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 op.23
2) メトネル(Nikolai Medtner 1880-1951) ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 op.33
3) メトネル / スドビン編 愛らしき子 op.6 (ピアノ独奏曲)
 エフゲニー・スドビンはBISレーベルで積極的に録音を展開しているピアニスト。協奏曲の録音については、本盤が最初のものだった。
 まず、世界中で広く聴かれているチャイコフスキー。こちらは入手可能な録音点数がとても多いため、演奏に関する興味が中心。スドビンのピアノの鮮やかさは聴き手を裏切らない。冒頭のあまりにも有名な和音の連打は、適度に鮮烈なアルペッジョの効果を交え、実に爽やか。軽めの音色であるが、芯までしっかりと突き通った演奏者の意志を感じる軽さであり、それゆえに様々な妙味のある聴き応えが楽しめる。クライマックスの後も、一つ一つの音型に特有のフレージングとアゴーギグを織り交ぜ、常に活き活きとした表情がある。第2楽章中間部の鍵盤を上下に駆け巡る様は、実に爽快。また、オーケストラも良い。熟練したネシリングの棒の下、サンパウロ交響楽団はバランスの良い音響を構築し、ここぞという場面ではシンフォニックで雄大な響きを導く。チャイコフスキーで言えば、全曲の末尾の輝かしい和音の合奏音の見事さをまず指摘したい。
 次いで、メトネルの協奏曲。こちらは、楽曲についても触れながら書こう。メトネルは3曲のピアノ協奏曲を書いたが、この第1番が最も有名で、親しみやすいもの。長大な単一楽章による構成だが、当CDは4つのトラックに分けて編集してあるのが助かる。冒頭から情熱的なピアノに乗って、オーケストラが濃厚に歌い、次いで、長大な展開が開始されるが、華麗なピアノ技巧があちこちで繰り広げられて行く。第2の部分で主題とこれに基づく変奏が行われると、第3の部分で、再現が行われ、冒頭の熱が姿を変えて戻ってくる。その直後から、なんと6分にも及ぶコーダとなる。
 メトネルの情熱や情念が注ぎ込まれたような音楽であるが、スドビンの演奏が凄い。このうねる様なエネルギーの奔流を、自在に操るように乗りこなしていく。まさにヴィルトィオジティの真骨頂といったところ。メトネルならではの流動感が巧妙な強弱を伴って描かれてゆく。オーケストラもチャイコフスキー同様の好演。
 末尾に収められた楽曲も、華やかなアンコール・ピースになっている。心憎いほどのアルバムの構成感を演出している。

メトネル ピアノ協奏曲 第2番  ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第4番(原典版) ラフマニノフ(スドビン編) 春の洪水 op.14-11
p: スドビン レウェリン指揮 ノースカロライナ交響楽団

レビュー日:2015.2.16
★★★★★ 往復献呈の間柄にある2曲のピアノ協奏曲
 エフゲニー・スドビン(Yevgeny Sudbin 1980-)のピアノ、グラント・レウェリン(Grant Llewellyn 1960-)指揮、ノースカロライナ交響楽団の演奏で、以下の楽曲を収録。
1) メトネル(Nikolai Medtner 1880-1951) ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 op.50
2) ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943) ピアノ協奏曲 第4番 ト短調 op.40 (1926年原典版)
3) ラフマニノフ 12の歌曲から 第11曲「春の洪水」 op.14-11(スドビン編のピアノ独奏版)
 2008年の録音。
 メトネルの第2番とラフマニノフの第4番という組み合わせが良い。ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番は、アメリカに渡ったあと、作曲活動をほとんどしていなかったラフマニノフが、メトネルの薦めがあって書いた作品で、1926年に完成し、メトネルへ献呈されたもの。これに応じてメトネルはピアノ協奏曲第2番を作曲し、ラフマニノフに献呈した。
 しかし、ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番は、発表後、不評を買い、ラフマニノフはこれを受けて2度大きな改訂をしている。現在演奏に用いられるのは、ラフマニノフの死の翌年である1944年に出版された完成稿である。
 ところで、当録音では、1926年完成のオリジナル稿によって演奏が行われている。これは、アルバムの意図として、「作曲家同志が交換した当時の作品の姿を再現する」ということがあったのだと思うが、それ以上にスドビン自身の評価がある。スドビンは、オリジナル稿の方が「優れたものである」と語り、「ラフマニノフは世評に迎合し、改訂を行うべきではなかった」とまで言っている。
 念のために書き加えると、このスドビンの評価は、現在のところ一般的なものとは言い難い。オリジナル稿は、アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)のラフマニノフ草稿研究に基づいて2000年に出版されたが、これまで、録音はそのアシュケナージが指揮をし、ギンジン(Alexander Ghindin 1977-)を独奏者としたondineのものが唯一である。
 やはり、改訂版の方が古典的な完成度は高いだろう。しかし、オリジナル版には、改訂によって失われた美しい「経過句」や「まわり道」が残っている。そして、スドビンというピアニストは、私の認識が正しければ、そのような音楽の揺らぎや不確定的なものに愉悦を感じ、それを扱うことを楽しむタイプの演奏家に思える。その結果、むしろ分散する傾向のあるオリジナル版に、ひときわ深い興味を持ったのではないだろうか。
 さて、そのラフマニノフが良い演奏である。この楽曲が秘めた情熱と空冷の入り混じった楽想を、当意即妙の受け回しで、鮮やかな手腕で処理していくスドビンの辣腕は流石というほかない。第2楽章の子守唄ふうの楽想は嫋やかで美しいし、第3楽章のショスタコーヴィチに通じる性格的な部分も、とてもノリの良いピアニズムだ。オーケストラの好演とあいまって、高い演奏効果が上がっている。
 メトネルのピアノ協奏曲第2番は、楽曲自体が面白い作品だ。特にこの冒頭の部分、音楽の導入部があまりにも突飛なので、初めて聴く人はちょっと面食らうかもしれない。トッカータと名付けられているが、いきなりオフビートの不安な付点リズムで開始される。ちょっと他では聴けない。メトネルという作曲家の冒険心を感じさせる。長大なカデンツァも聴きどころだ。スドビンはこの曲でも持ち前の重力を感じさせるしなるようや力感を披露する。ラフマニノフに比べると、ややオーケストラが淡泊に感じられるが、楽曲のユニークさはよく伝わる演奏だと思う。
 末尾に収録された「春の洪水」は、元来の歌曲においても、伴奏のピアノ・パートの充実に目を見はらされるものであるのであったが、このピアノ独奏版は原曲の歌曲以上の聴き味を引き出したかのように思う。スドビンの編曲活動については、「ショパンの小犬のワルツによるパラフレーズ」でも驚かされたものだが、こちらも目の離せない芸術活動に違いないと感じた。


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器楽曲

メトネル ピアノ・ソナタ 第1番  バッハ トッカータ ハ短調 BWV.911  ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第7番
p: ドゥバルグ

レビュー日:2020.2.5
★★★★★ フランスのピアニスト、ドゥバルグによる意欲的なスタジオ録音アルバム第1弾
 2015年のチャイコフスキー国際コンクールで第4位に入賞したフランスのピアニスト、リュカ・ドゥバルグ(Lucas Debargue 1990-)は、ほぼ独学でピアノを学んだという異色の経歴で、一躍注目を集めた。そして、はじめてスタジオ録音で製作されたアルバムが当盤になる。収録曲は以下の通り。
1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750) トッカータ ハ短調 BWV.911
2) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調 op.10-3
3) メトネル(Nikolai Medtner 1880-1951) ピアノ・ソナタ 第1番 へ短調 op.5
 2016年の録音。
 まず何と言っても、選曲の「渋さ」に言及せざるをえない。コンクールで一躍名を成したピアニストのデビュー盤という感じがしない、どの曲がメインとも言えない構成だ。だが、その選曲が、いかにも「ただ者ではない」という感じもする。コンクール出身のピアニストのデビュー盤というと、華やかな演奏効果の上がる曲、いわゆる奏者の「ヴィルトゥオジティ」を発揮できる、アピールに格好な曲を選ぶと思うのだが、このピアニスト、あきらかに自分の特徴を音楽的な解釈の部分に置いている。そういった意味で、メッセージ性のある選曲、と言えるだろう。
 実際、ドゥバルグは、深い含みを感じさせるピアノを披露している。バッハのトッカータを聴くと、その演奏は淡々とした語り口でありながら、しっかりときわだった輪郭をもち、それでいて、優雅と形容したい味わいがにじみ出るような響きになっている。その結果、この楽曲が描き出す世界に、複雑な幅が生まれ、じっくりとしたコクを感じさせてくれるのである。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第7番は、全体に遅めのテンポを設定している。とくに第2楽章はゆっくりしている。一方でそのフレージングは明瞭であり、ダイナミックレンジも広い。その結果、楽曲のスケールが一つ大きくなったような印象がある。ドゥバルグの解釈が優れているのは、前述の効果を「間延び」と無縁に達成している点であり、以下に厳密に音価と強弱をコントロールしているかわかる。終楽章の劇性は効果的だ。個性的でありながら、熟成感があり、味のある演奏と思う。
 メトネルは生涯に14のピアノ・ソナタを書いたが、その最初の作品が収録されている。メトネルの意欲作といって良いが、ドゥバルグは解析的と表現したい造形性をキープした演奏を繰り広げている。特に両端楽章の豪壮な広がりが、緻密な構成感をバックに表現される様は、このソナタのエネルギッシュな性質を、適切なタイミングで解き放つ効果に結び付けており、見事だ。長大なソナタであるが、その浪漫性も踏まえて、聴き手に楽曲を吟味する喜びを与えてくれる。
 ドゥバルグという芸術家の才気を示す一枚となっている。

ピアノソナタ 第9番 8つの情景画 op.1 から 第1番 第5番 第6番 4つのおとぎ話 op.26 から 第1番 2つのおとぎ話 op.14 から 第1番 3つのおとぎ話 op.9 から 第2番 第3番 3つのおとぎ話 op.42 から 第3番 4つのおとぎ話 op.34 3つのノヴェレッテ 3つのアラベスクから第1番「牧歌」
p: ニコノーヴィチ

レビュー日:2022.7.21
★★★★☆ もし標準的な品質で録音されていたら、至高のメトネル録音となっていたはず
 ウズベキスタンのタシケント生まれのロシアのピアニスト、イーゴリ・ニコノーヴィチ(Igor Nikonovich 1935-2012)は、その演奏が、録音メディア等で、その価値に相応しい扱いを受けていないピアニストの一人であろう。かくいう私もDENONレーベルが発売してくれた2点のスクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)のアルバムが無ければ、彼の存在に気付くことはなかったのかもしれない。
 ニコノーヴィチの演奏は、ソフロニツキー(Vladimir Sofronitsky 1901-1961)を彷彿とされる力強さとともに、楽曲の深みを感じさせる解釈、そして骨太なロマンティシズムに溢れたもので、一聴して、その魅力に取りつかれる人も大いに違いない。
 このメトネル(Nikolai Medtner 1880-1951)のピアノ作品集も、最初の一音から、聴き手を強烈に誘ってくれる一枚である。ただし、後述するが、録音の点で、大きな欠点がある。まず、収録曲を記載する。
1) 8つの情景画 op.1 から 第1番 プロローグ-アンンダンテ・カンタービレ
2) 8つの情景画 op.1 から 第5番 アンダンテ
3) 8つの情景画 op.1 から 第6番 アレグロ・コン・ウモーレ
4) 4つのおとぎ話 op.26 から 第1番 変ホ長調
5) 2つのおとぎ話 op.14 から 第1番 ヘ短調
6) 3つのおとぎ話 op.9 から 第2番 ハ長調
7) 3つのおとぎ話 op.9 から 第3番 ト長調
8) 3つのおとぎ話 op.42 から 第3番 嬰ト短調
4つのおとぎ話 op.34
 9) 第1番 ロ短調 「魔法のヴァイオリン」
 10) 第2番 ホ短調 「かつて私たちのもとにあったものは永遠に私たちのもとから去った」
 11) 第3番 イ短調 「森の精(しかし悲しくて優しい)」
 12) 第4番 ニ短調 「むかし世に貧しきひとりの騎士ありけり」
3つのノヴェレッテ op.17
 13) 第1番 ト長調
 14) 第2番 ハ短調
 15) 第3番 ホ長調
16) 3つのアラベスク op.7 から 第1番 ロ短調 「牧歌」
17) ピアノ・ソナタ 第9番 イ短調 op.30
 録音は1976年及び81年となっている。
 ただ、先に書いたように、この録音年に相応しい音ではない。マスター・テープに大元の問題があるのだろうが、エディットにも問題がある可能性があり、音そのものが歪んでいて、ピッチも安定性を欠いている。原盤がRussian Disc由来のようだが、CD化はアメリカで作業されたようだ。ただ、音の歪み、揺れ、割れが全般に発生しており、それらがノイジーな不愉快性をもたらす点は如何ともしがたい。
 そのようなわけで、この録音を是非聴いてください、とは正直言いづらいのであるが、しかし、演奏の素晴らしさ、その神々しいほどの気配は伝わってくる。実際、録音状態さえ良ければ、このアルバムは、メトネルのピアノ作品集として、歴史的名録音の位置を不動の者としていたのではないか。そう思うほどに、ニコノーヴィチのピアノは凄い。
 冒頭に置かれた「8つの情景画」から、しっかりと情感を漂わせながら、力強い音色を駆使し、それでいて夕映えが広がるような濃厚な情感が添えられていく。この楽曲を聴いて、これほどまで強い思いが伝わったことはない。それに続く「おとぎ話」と題されたメトネルの一連の曲集は、たいてい、マイルドな情感をきれいに描写して弾かれるのだが、ニコノーヴィチは、それらの楽曲にも、時に鋭い刃を思わせるようなゾクゾクする音を交えて、鮮明・濃厚・骨太な音楽を描き出しており、聴き手がもつメトネルという作曲家へのイメージが書き換えられるようだ。その更新されたメトネル像が、魅力にあふれていることは言うまでもない。特にop.34の各曲の豊穣な表現性と濃密な情感は、他では得難い。
 ノヴェレッテ、アラベスク、ソナタにおいても、ニコノーヴィチの雄弁な芸術は素晴らしく機能しており、かえすがえすも惜しまれるのは、録音状況が劣悪なことである。せめて、もう少し聞き易いエディットは出来なかったものだろうか、と思ってしまう。

8つの心象風景より ピアノソナタ「三部作ソナタ第1番」 おとぎ話「フリギア旋法」 忘れられた調べより「瞑想」「ロマンス」「プリマヴェラ(春)」「カンツォネーナ・マティナータ(朝の歌)」「悲劇的ソナタ」
p: メジューエワ

レビュー日:2006.1.22
★★★★☆ ロシアのシューマン・・・といった趣きです
 ロシアのゴーリキーに生まれ、日本を中心に活動しているイリーナ・メジューエワによるメトネル作品集の第2弾。師のウラディーミル・トロップとともに積極的にメトネルの作品を手がけている。
 ニコライ・メトネルは1880年生まれのロシアの作曲家兼ピアニストであり、そうした点はラフマニノフ(1873年生まれ)やスクリャービン(1872年生まれ)とも共通する。実際、ラフマニノフは作曲家メトネルを高く評価し、彼の作品をよく取り上げていたという。だが、メトネルの作品は当時にあって異質なほど保守的とも思われる。そうした点で、いっとき忘れられた作曲家のようになっていたのだと思われる。
 古今のメトネル再評価は、CDレパートリーの裾野が広がったことも大きな要因だが、これらの楽曲をとりあげてきたピアニストの功績も大きいだろう。
 メジューエワの演奏はたいへん共感豊かなもので、曲想が堅実に活かされている。また、楽曲の規模も適当であるため、親しみ易い。冒頭曲の揺れるような伴奏から紡ぎ出される情緒豊な旋律などなかな得難いもので、ロシア的な情緒を感じる。
 この第2集に収められた楽曲には、どことなくシューマンの幻想小曲集を思わせる作品が多く、そのことも親しみやすさを感じる一因になろう。メトネルは「ロシアのショパン」と呼ばれることがあるが、それは生涯の作品のほとんどがピアノのための作品であることから来ていると思う。微熱を含んだ連綿たる情緒と、時折奔放に流れるさまはシューマンに近いのだ。録音の少ないジャンルだけに貴重な1枚でもある。

忘れられた調べ 第3集 3つのおとぎ話 op.42より「ロシアのおとぎ話」 4つのおとぎ話 op.26より変ホ長調 6つのおとぎ話 op.51よりニ短調 イ短調 イ長調 4つのおとぎ話 op.34より ニ短調 主題と変奏
p: 有森博

レビュー日:2014.2.24
★★★★★ メトネル作品の要所を的確に抑えた、有森らしさのにじむ演奏
 有森博(1966-)による「メトネルの時間」と題したロシアの作曲家、メトネル(Nikolai Medtner 1880-1951)の作品選集。2013年の録音。ロシア音楽に深い造詣を持ち、かつ理知的に研ぎ澄まされた感覚を持ち合わせた有森らしいナンバーと言える。一連のカバレフスキー(Dmitri Kabalevsky 1904-1987)の録音や、中央アジアの知られざる作品を収めたアルバムも興味深かったが、このメトネルも、有森らしい端正なアプローチで、音楽の美観を瑞々しく表現している。
 メトネルの作風は保守的と形容される。確かにその通りで、彼はこの時代にあって、調性や古典的な和声に礎を置いた音楽を書き続けた。彼はその著書で、無調や不協和音について「あくまで、調性というものがあった上での価値観である」として、その主従関係を明確に順列だてている。だから、メトネルの作品は、調性と形式に対する感覚が拘束的で、そのため禁欲的な印象を与える。
 そんなメトネルを理解し、活動を助けたのがラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943)であったという。彼もまた、保守的な作風を守った人物だった。しかし、ラフマニノフの濃厚なセンチメンタリズムに比し、メトネルの音楽は少し難渋なところがある。保守的な響きと併せると地味に聴こえる。しかも、技巧的にはかなり難しいので、手遊びで弾くようなわけにもいかず、その作品が広く受け入れられない要素となってきた。しかし、最近では、そんなメトネルにも優れた録音が多くなされるようになってきた。有森による当盤もその一枚に加えられる。
 有森の演奏は、メトネルのポリリズムなどの複層的かつ技巧的な部分を明瞭に処理しながら、内省的な歌や、舞曲的な跳躍を自然に組み合わせた、豊かな味わいをもったもの。ピアノの響きはいつものように細やかな暖かさと配慮が行き渡っていて、ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)にも通じるような、童話的とも言える詩情を漂わせてくれる。品の良い味付けで、華美な音色に依らず、メトネルという作家のメンタルをよく表現しているように感じられる。
 特に印象深かったものとして、トラック8の「4つのおとぎ話 第1番 変ホ長調op.26-1」の瞑想的な美しさ、トラック9の「6つのおとぎ話 第1番 ニ短調 op.51-1」の前進性あふれる躍動感、トラック12の「4つのおとぎ話 第4番 ニ短調 op.34-4」の高音域に装飾音の鮮やかさなどを挙げたい。また、末尾に収められた「主題と変奏 op.55」には、メトネルを支援したラフマニノフの面影を偲ばせるようなところがあり、興味深い。
 また、全曲が収録されている「忘れられた調べ第3集op.40」は、いずれもが舞曲となっていて、リズム的な進行が心地よく馴染みやすいものといえるだろう。
 全般に、内面的な旋律でありながら、ポリリズムの扱いなどから複雑な印象を受けるため、聴いてすぐに楽しめる作品ではないかもしれないが、聴いているとメトネルならではのえもいわれぬ味がある。そういった味をじっくりと染み渡らせてくれた有森の演奏は、静かにじっくりと音楽を聴きたい人に愛好される要素が十分にあるだろう。

メトネル 8つの心象風景から プロローグ 6つのおとぎ話 op.51から 第3曲 2つのおとぎ話 op.20から 第1曲 4つのおとぎ話 op.26から 第1曲 忘れられた調べ 第1集から 第1曲「回想ソナタ」 第2集から 第4曲「朝の歌」 第5曲「悲劇的ソナタ」  ラフマニノフ 前奏曲 第5番 第6番 第16番 第17番 第23番 第24番
p: スドビン

レビュー日:2016.2.19
★★★★★ メトネルの主要なピアノ・ソロ曲を、スドビンの優れた演奏で聴けます
 エフゲニー・スドビン(Yevgeny Sudbin 1980-)によるメトネル(Nikolai Medtner 1880-1951)とラフマニノフ(Sergei Rachmaninov 1873-1943)のピアノ作品集。収録内容は以下の通り。
メトネル
1) 8つの心象風景 op.1から プロローグ ホ長調
2) 6つのおとぎ話 op.51から 第3曲 イ長調
3) 2つのおとぎ話 op.20から 第1曲 変ロ短調
4) 4つのおとぎ話 op.26から 第1曲 変ホ長調
5) 「忘れられた調べ」第1集から 第1曲「回想ソナタ」 イ短調 op.38-1
6) 「忘れられた調べ」第2集から 第4曲「カンツォネーナ・マティナータ(朝の歌)」ト長調op.39-4
7) 「忘れられた調べ」第2集から 第5曲「悲劇的ソナタ」ハ長調 op.39-5
ラフマニノフ
8) 前奏曲 ニ長調 op.23-4(第5番)
9) 前奏曲 ト短調 op.23-5(第6番)
10) 前奏曲 ト長調 op.32-5(第16番)
11) 前奏曲 ヘ短調 op.32-6(第17番)
12) 前奏曲 嬰ト短調 op.32-12(第23番)
13) 前奏曲 変ニ長調 op.32-13(第24番)
 録音は2009年、2012年、2014年の3か年にまたがって行われている。
 スドビンは2006年から2013年にかけて、メトネルの全3曲のピアノ協奏曲を録音するなど、すでに現代のメトネル演奏の第一人者といっても良いほどの経歴の持ち主で、それらの協奏曲とほぼ並行する時期に録音されたこれらの独奏曲も素晴らしい内容となっている。
 当盤に収録されたメトネルのピアノ独奏曲たちは、この作曲家の書いた作品群の中でも、おそらく最良といって良いグループに属するものたちで、そういった意味でも、スドビンの優れた演奏と併せて、推奨したい一枚だ。
 スドビンのメトネルは、楽曲の劇的な起伏が強調されていて、この作曲家のロマンティシズムがとても濃厚なものとなっている点が特徴だ。例えば、2曲目に収録された6つのおとぎ話 op.51から 第3曲など、さりげない味わいの中にメロディアスな香りの漂う音楽であるが、メトネルの味付けは伴奏部の単音までとても吟味されていて、単純な音型にも様々な気配が通っていて、そのことが音楽の聴き味に厚みを持たせている。メトネルの場合、そのような色付けがあることが、私の場合聴きやすさにつながることが多く、スドビンの表現は歓迎したい。
 「悲劇的ソナタ」は録音機会が多く、メトネルの作曲技法のひとつの典型的なものがよく表れた作品だと思うが、スドビンの鮮やかで、流動的な劇性を伴った表現は、音楽的効果を最大限に高めている。そうはいっても、決して内部から崩壊するようなスタイルではなく、技術的な綻びのない安定した表現方法の中で取りうる振幅を取ったものであり、スタジオ収録された現在的な録音芸術としても、高い完成度を持っている。
 ラフマニノフの前奏曲集から6曲が弾かれている。できればスドビンには全曲を録音してほしい曲集だが、思いのほか古典的なまとまりのある演奏で、こちらは濃厚なロシア・ピアニズムというよりは、現代的、中央ヨーロッパ的な洗練を感じさせる。とはいえスドビンらしい豊かなダイナミクスの技巧的な冴えは随所で効いており、適度なアクセントの効いたメリハリのある演奏という特徴がある。
 スドビンには、今後もメトネル、ラフマニノフの作品を積極的に録音してほしい。

夕べの歌 おとぎ話 変ロ長調 op.20-1 ソナタ=エレジー 朝の歌 主題と変奏 酒神賛歌 忘れられた調べ 第1集から 第1曲「回想ソナタ」
p: デミジェンコ

レビュー日:2017.10.13
★★★★★ 巧妙なプログラム!メトネルの音世界への最良の手引書。
 デミジェンコ(Nikolai Demidenko 1955-)によるメトネル(Nikolai Medtner 1880-1951)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。
1) 忘れられた調べ 第1集 第6曲「夕べの歌」 ヘ短調 op.38-6
2) 2つのおとぎ話 第1番 変ロ長調op.20-1
3) ソナタ三部作より ソナタ=エレジー ニ短調 op.11-2
4) 忘れられた調べ 第2集 第4曲「朝の歌」 ト長調 op.39-4
5) 忘れられた調べ 第2集 第5曲「悲劇的ソナタ」 ハ短調 op.39-5
6) 主題と変奏 嬰ハ短調 op.55
7) 3つのディデュランボス 第2曲「酒神賛歌」 変ホ長調 op.10-2
8) 忘れられた調べ 第1集 第1曲「回想ソナタ」 ヘ短調 op.38-1
 1992年の録音。
 当アルバムは、メトネルの作品に、今一つ馴染めない人にこそ聴いてほしいアルバムである。演奏が素晴らしいと言うことの他に、プログラムが実に巧妙で、とても自然にこれらの作品に接近し、その魅力に近づくことができるようになっているからである。
 例えば、「夕べの歌」を冒頭に、「回想ソナタ」を末尾に配することによって、全アルバムの序奏部分と終結部分を、印象的な付点のメロディーで共通化することとなり、その結果、全体的に強い一貫性を感じさせることとなる。また、前半は「悲劇的ソナタ」に向かって集約線を感じさせる構成にもなっており、特に主題の関連性を踏まえての、「ソナタ=エレジー」の次に「朝の歌」という曲順が素晴らしい。さらにその後に続くメトネルの代表作として知られる「悲劇的ソナタ」が、「朝の歌」から連続して演奏されるのは一般的であるが、その前に「ソナタ=エレジー」を配したアイデアは、聴いてみると「なるほど」と思わずにいられないものだろう。
 とにかく、このような配列で聴くことで、聴き手に様々な「気付き」の楽しさを感じさせてくれる構成であり、その結果、メトネルの作品の楽しさを理解する絶好のサポートが提供されるのである。
 そして、デミジェンコの解釈の素晴らしさ。冒頭の胸を打つようなロマンから全編に渡って見事な音絵巻を聴かせてくれる。中でも私は、プログラムの見事さについて前述した「ソナタ=エレジー」と「朝の歌」の2曲において、詩情の深さ、ニュアンスの豊かさに感動した。もちろん、名作「悲劇的ソナタ」もしっかりした構築性を感じさせる万全のアプローチといったところ。
 後半3曲も良い。主題と変奏のメロディーが紡ぐ情緒、「酒神賛歌」の豪放さ、そして、回想ソナタを経て冒頭の世界に帰結していく。本当にうまくできた一枚。
 というわけで、ぜひともメトネルのピアノ世界に立ち入ってみたい、という方にオススメしたいアルバムとなっています。


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