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マレ



音楽史

三重奏のための幻想的小品組曲 ニ長調 ト短調 ハ長調
アンサンブル・ルベル

レビュー日:2013.7.10
★★★★★ ヴィオール属の響きをよく伝えてくれるアルバム
 マラン・マレ(Marin Marais 1656-1728)の三重奏のための幻想的小品組曲集。収録曲は以下の3曲。
1) 三重奏のための幻想的小品組曲 ニ長調
2) 三重奏のための幻想的小品組曲 ト短調
3) 三重奏のための幻想的小品組曲 ハ長調
 演奏は、ヨルグ=マイケル・シュワルツ(Jorg-Michael Schwarz 1963-)を中心としたアンサンブル・ルベル(Ensemble Rebel)によるもの。1996年の録音。「三重奏」というタイトルだが、通奏低音を含むため、(バロック)ヴァイオリン2つ、ヴィオラ・ダ・ガンバとハープシコードの4つの楽器による演奏となっている。
 マレはフランスの作曲家で指揮者兼ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。作曲の師はルイ14世の宮廷楽長であったジャン=バティスト・リュリ(Jean-Baptiste Lully 1632-1687)。マレは1676年に王室室内楽団に入団し、1679年にはルイ14世の宮廷のヴィオール奏者に任命された。1695年から1710年までオペラ座のオーケストラ指揮者を務めたマレは、作曲家として「アルシード(Alcide)」などの歌劇を書き、名を馳せた。
 マレはヴィオラ・ダ・ガンバ(Viola da gamba)の奏者としても高名で、楽団でソリストを務めた他、教師として多くの優れた奏者を輩出したと言う。
 さて、ここで、ヴィオール(viol)とヴィオラ・ダ・ガンバについても若干の説明が必要だろう。ヴィオールとは16~17世紀に使用された弦楽器の一系統で(なので、正確に記すなら“ヴィオール属”となる)、それらが発展して後の「ヴァイオリン属」となった。現代楽器と比較した当時のヴィオール属の特徴はおおむね以下のようなもの。
・音色が繊細で柔らかいが、一方で張りと変化に乏しい(演奏会場より室内演奏に向く)
・棹の胴接続部に盛り上がりがあり、裏板がフラット
・通常の弦の数は6本で、指板にフレット(弦を押さえる位置に、弦に垂直に取り付ける堅い突起)がある
・響孔がC字型(ヴァイオリン属はf字型)
・ブリッジの丸みが少ない(重音に向かないため、独奏よりも合奏向き)
・弦は細く、張力も弱い
・弓は下から持ち、足で挟むか、もしくは上に乗せて演奏する
 なお、現在ピリオド楽器としてヴィオール属を演奏する場合でも、演奏姿勢についてはこの通りではない。
 17世紀のヴィオール属には、トレブル、テノール、バスの3つの型があり、3度および4度音程で調弦された。このうち“ヴィオラ・ダ・ガンバ”と呼ばれたのがバス・ヴイオールである。トレブルよりさらに高いヴィオラ・ピッコラ(viola piccola)が登場するのは17世紀末になる。
 それなので、ヴィオールとヴィオラ・ダ・ガンバは、イコールではなくて、ヴィオール属の一つがヴィオラ・ダ・ガンバということになる。
 当盤に収録された三重奏曲はフランス・バロック様式を踏まえた組曲形式によっており、書かれている。いずれも当時の様式美を湛えた優美な音楽だ。マレというと、「ラ・フォリア」の有名な変奏曲を想起する人もいるかもしれないが、彼の展開への感性は、例えば当盤でもトラック10の楽曲などで指摘することが出来るだろう。
 演奏・録音両面で質の高い本アルバムは、当時の演奏の雰囲気を、私たちに彷彿とさせてくれる。

ヴィオール曲集 第2巻より「スペインのフォリアのクプレ」「後悔」「プレリュード」「サラバンド・グラーヴ」 第3巻より「プレリュード」「ガヴォット」「ファンタジー」「グラン・バレ」「サラバンド」「クーラント」「ジグ-ドゥーブル」「アルマンド」 第4巻より 「ミュゼット」「夢見る女」「ル・バディナージュ(ピアノ・ソロ)」 第5巻より 「膀胱結石手術図」 きわめて速く - 遅く(マレ風ソナタ)
vc: ケラス p: タロー vo: ガリエンヌ

レビュー日:2023.5.24
★★★★★ マレの作品の普遍的価値を端的に証明する録音
 カナダのチェリスト、ジャン=ギアン・ケラス(Jean-Guihen Queyras 1967-)とフランスのピアニスト、アレクサンドル・タロー(Alexandre Tharaud 1968-)によるフランス古楽の大家、マラン・マレ(Marin Marais 1656-1728)の作品集。収録内容は下記の通り。
1) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第11曲 プレリュード
2) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第7曲 ガヴォット
3) ヴィオール曲集 第4巻 組曲イ短調 第6曲 ミュゼット
4) ヴィオール曲集 第2巻 第20曲 スペインのフォリアのクプレ
5) ヴィオール曲集 第4巻「異国趣味の組曲」 第28曲 ラ・レヴーズ(夢、夢想、夢見る女)
6) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第1曲 ファンタジー
7) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第13曲 グラン・バレ
8) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第4曲 サラバンド
9) ヴィオール曲集 第5巻 第17曲 膀胱結石手術図
10) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第3曲 クーラント
11) ヴィオール曲集 第2巻 組曲ホ短調より 作者不詳(伝:マラン・マレ) Les Regrets(後悔)
12) ヴィオール曲集 第2巻 組曲ニ短調 第1曲 プレリュード
13) ヴィオール曲集 第2巻 組曲ニ短調 第7曲 サラバンド・グラーヴ
14) マレ風ソナタ から 第5楽章 きわめて速く 第6楽章 遅く
15) ヴィオール曲集 第4巻「異国趣味の組曲」 第33曲 ル・バディナージュ(ピアノ・ソロ編曲)
16) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第5曲 ジグ・ドゥーブル
17) ヴィオール曲集 第3巻 組曲イ短調 第2曲 アルマンド
 2022年の録音。曲の番号は、巻内における通し番号。
 9)では、コメディ・フランセーズ正座員であるギョーム・ガリエンヌ(Guillaume Gallienne 1972-)のナレーションが加わる。なお。11)はチェロの独奏、15)はピアノ・ソロで演奏されている。
 当録音の特徴は、なんといっても、鍵盤楽器として現代ピアノを用いている点にある。マレの作品をピアノで奏して録音するケースは、めったにない。しかし、タローは、これまでも古楽をピアノでアプローチすることで、輝かしい成果を示してきた人で、果たして、当盤でも、見事な芸術に仕上がっている。
 そもそもマレは、自身のヴィオールのための曲集について「様々な楽器で演奏することが可能」とはっきり述べたと伝えられている。当然のことながら、現代ピアノの先駆的なものでさえ、まだ登場するには、相当な歳月を待たなければならない当時の言葉ではあるが、マレの言葉は、一つの普遍的な価値に言及したものであろうし、もし接頭語を付すなら「いま現在ある楽器に限らず」といったことになるはずだ。当アルバムでは、まさにマレが具体的にその点について言及したとされるヴィオール曲集第3巻の楽曲がもっとも数多く取り上げられている。
 冒頭に置かれたプレリュードから、装飾性豊かで豊穣な音色が好ましく響く。心地よい躍動感のあるガヴォット、シンプルなミュゼットといずれも現代ピアノの響きが、現代的な輪郭をもたらし、楽曲の印象時代をリファインした瑞々しさに満ちている。
 当アルバムで、特に注目されるのは4つ目に収録されているスペインのフォリアのクプレだろう。フォリアの旋律に基づく壮大かつ勇壮な変奏曲で、全集収録曲中で圧倒的に大きな規模を誇っている。ケラスのチェロは、ヴィオールを思わせる典雅さを意識させるが、タローのピアノはより雄弁で、新しい感覚に満ちているが、それがこのような規模の大きい楽曲では、特に相応しく、劇的に響く。この録音の成功を顕著に示した1曲だ。また、それに続くラ・レヴーズも、内省的な抒情性が瑞々しく引き出されており、素晴らしい。
 9つ目に収録されている「膀胱結石手術図」は有名な一編で、膀胱から結石を除去する(当時の)恐ろしく苦痛な手術を描いたもの。マレ自身もこの手術を受けた。この楽曲では、ガリエンヌの切迫感に溢れた朗読もまた、なかなかの聴きモノだ。
 その他にもマレ風ソナタにおけるスリリングな勢いや、ピアノ・ソロで奏されるル・バディナージュにおけるタローの力強く輝かしいピアノなど、聴きどころは多い。とにかく、タローが、マレの作品だからと言って、妙にかしこまって委縮したピアノとまったく無縁の豊穣な響きを繰り出しているところが、このアルバムの魅力であり、マレの作品の普遍的価値を端的に証明するものとなっている。


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