リスト
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交響詩 第1番「人、山上で聞きしこと」 第2番「タッソーの悲歌と勝利」 第3番「前奏曲」 第4番「オルフェウス」 第5番「プロメテウス」 第6番「マゼッパ」 第7番「祭典の響き」 第8番「英雄の嘆き」 第9番「ハンガリー」 第10番「ハムレット」 第11番「フン族の戦い」 第12番「理想」 第13番「ゆりかごから墓場まで」 メフィスト・ワルツ第2番 ファウスト交響曲 ダンテ交響曲 レーナウの「ファウスト」からの2つのエピソード ピアノ協奏曲 第1番 第2番 呪い ベルリオーズの「レリオ」の主題による交響的大幻想曲 ベートーヴェンの「アテネの廃墟」による幻想曲 ポロネーズ・ブリランテ(原曲:ウェーバー) ハンガリー幻想曲 さすらい人幻想曲(原曲:シューベルト) 死の舞踏 マズア指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 p: ベロフ ライプツィヒ放送合唱団 ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団 org: アイゼンベルク ベルンシュタイン T: ケーニヒ vn: ズスケ レビュー日:2011.9.6 |
★★★★☆ 快刀乱麻を断つベロフのピアノが聴きモノです。
リストのオーケストラ曲とピアノと管弦楽のための作品を集めた7枚組のアルバム。演奏はクルト・マズア(Kurt Masur 1927-)指揮ゲヴァントハウス管弦楽団。ピアノ独奏はミシェル・ベロフ(Michel Beroff 1950-)。録音は1977年~80年。収録曲を一通り記そう。 【オーケストラ曲】 交響詩 第1番「人、山上で聞きしこと」 第2番「タッソーの悲歌と勝利」 第3番「前奏曲」 第4番「オルフェウス」 第5番「プロメテウス」 第6番「マゼッパ」 第7番「祭典の響き」 第8番「英雄の嘆き」 第9番「ハンガリー」 第10番「ハムレット」 第11番「フン族の戦い」 第12番「理想」 第13番「ゆりかごから墓場まで」 メフィスト・ワルツ第2番 ファウスト交響曲 ダンテ交響曲 レーナウの「ファウスト」からの2つのエピソード 【ピアノと管弦楽のための作品 】 ピアノ協奏曲 第1番 第2番 呪い ベルリオーズの「レリオ」の主題による交響的大幻想曲 ベートーヴェンの「アテネの廃墟」による幻想曲 ポロネーズ・ブリランテ(原曲:ウェーバー) ハンガリー幻想曲 さすらい人幻想曲(原曲:シューベルト) 死の舞踏 ファウスト交響曲、ダンテ交響曲はいずれも声楽とオルガンを伴った規模の大きい浪漫的な標題交響曲と言える。交響詩にしても、交響曲にしてもリストの拡張主義の側面が色濃く反映していて、内容の中心線が定かではなく、辺縁がぼやけたような広がりがある。中にあっては比較的音楽としてまとまっていて人気の高い「ハンガリー狂詩曲集」が、このアルバムには収録されていないので、余計通して聴いていると、冗長で、つかみ所のない雰囲気が色濃くなってしまう。それでもマズアは真面目にオーケストラから常に最善の輝かしいサウンドを取り出そうとしている。同じ交響詩全集ではハイティンクに比べてコンパクトな印象で、交響詩第1番や第13番では哲学的な思索性がすっきり表現できている感じ。また、第4番や第11番ではリストの直接的な感情表現法が、ストレートに再現されているだろう。もっと熱っぽさを求めるならハイティンクの方が良い。ファウスト交響曲とダンテ交響曲は、極限まで拡張されたソナタ形式によっていて、一聴で分るようなものではない。聴き手にもある程度の根気が要求されるだろう(歌唱は手助けになる)。マズアの早いテンポはこれらの曲の肥大部を遭えて素通りする感じで、賛否両論ありそう。 しかし、このアルバムの白眉は、やはりベロフとの協奏曲作品だ。ベロフとマズアは、プロコフィエフの全集に見事な録音を残しているが、このリストでも、ベロフの機動的で瞬発力のあるピアニズムは、豪放な演奏効果を存分に引き出していて、とても効果的だ。輪郭の明瞭なベロフのピアノは、リストの楽曲に明瞭な進行方向を示していて清清しいほど。こういうのを、快刀乱麻を断つと言うのだろう。 |
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交響詩 第1番「人、山上で聞きしこと」 第2番「タッソーの悲歌と勝利」 第3番「前奏曲」 第4番「オルフェウス」 第5番「プロメテウス」 第6番「マゼッパ」 第7番「祭典の響き」 第8番「英雄の嘆き」 第9番「ハンガリー」 第10番「ハムレット」 第11番「フン族の戦い」 第12番「理想」 第13番「ゆりかごから墓場まで」 メフィスト・ワルツ第1番 ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2010.4.3 |
★★★★☆ 若き全集メーカー、ハイティンクの所産
若き日のハイティンクは時代を先取った「全集メーカー」だったと思う。コンセルトヘボウ管弦楽団やロンドン交響楽団を指揮して、様々な「全集」を完成させた。メディアの流通の絶対量や生産・取り扱いの容易性が異なったLPの時代に数々の「希少な」ジャンルに録音を残した。例えばブルックナーの習作を含む交響曲の全集もハイティンクのものがいちばん最初で、「第0番」のような珍しい作品は他に聴く方法がなかった。 このリストの「交響詩全集」もそんな当時のハイティンクならではの所産であろう。オーケストラははロンドン交響楽団、録音は1968年から71年にかけて行われている。収録曲は交響詩第1番「人、山上で聞きしこと」 第2番「タッソーの悲歌と勝利」 第3番「前奏曲」 第4番「オルフェウス」 第5番「プロメテウス」 第6番「マゼッパ」 第7番「祭典の響き」 第8番「英雄の嘆き」 第9番「ハンガリー」 第10番「ハムレット」 第11番「フン族の戦い」 第12番「理想」 第13番「ゆりかごから墓場まで」 メフィスト・ワルツ第1番(村の居酒屋の踊)の計14曲。 リストの創作活動のうち、管弦楽曲の大半は「交響詩」というジャンルに充てられた。標題音楽的な性格と形式を持った「交響詩」のジャンルはリストによって確立された。とはいえ、現代では第3番「前奏曲」以外は演奏機会さえまれである。「マゼッパ」「理想」は詩にインスパイアされた作品で、「マゼッパ」は超絶技巧練習曲集の同名曲と同じ旋律が扱われているので、ピアノ曲を知る人には馴染みやすいだろう。「タッソーの悲歌と勝利」「オルフェウス」「プロメテウス」「ハムレット」は元来劇の上演のために作られた。「フン族の戦い」は壁画にインスパイアされたもので、オルガンの効果的な使用が目立つ。メフィスト・ワルツは「レーナウのファウストによる2つのエピソード」の副題を持つが、その「2つのエピソード」が「夜の行列」と「村の居酒屋の踊」である。詩にインスパイアされた標題音楽ということで、交響詩的作品といえる。 必ずしも全部聴く必要のある作品たちではなく、むしろリストの作品に強い興味がなければ、聴き漏らしてかまわないジャンルであるとは思うが、若きハイティンクの真摯な取り組みは傾聴に値するだろう。楽曲はやたらと冗長な「拡張主義」的側面を否定できず、退屈のそしりを逃れない面を持つが、美しい部分もある。他に入手盤のほとんどない曲もあり、資料的に貴重だろう。 |
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ピアノ協奏曲 第1番 第2番 死の舞踏 p: フレイレ プラッソン指揮 ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2011.2.4 |
★★★★★ オクターヴ連打の迫力。これがリストのヴィルトゥオジティ。
リストのピアノ協奏曲第1番、第2番とピアノと管弦楽のための「死の舞踏」を収録。ピアノはネルソン・フレイレ(Nelson Freire)。プラッソン(Michel Plasson)指揮ドレスデンフィルの演奏で1994年の録音。 リストのピアノ協奏曲は傑作として知られるが、それはリストの代表作であるというのみならず、作曲当時の時代背景、価値観を如実に物語る作品として象徴的なものだからという意味合いもある。ロマン派華やかななりし頃の、ヴィルトゥオジティを究めた作品。「ヴィルトゥオジティ」は一言で訳せば「名人芸」となるが、その発露の仕方は作曲家によって様々である。リストがこれらの作品で狙った演奏効果は、ピアノを打楽器的に扱ったノン・レガート奏法に帰結すると思える。それはよく比較されるショパンとはまったく異なるものだ。 ことに象徴的なのは第1協奏曲。この作品ではオクターヴ連打による音量の増大、また迫力を獲得するための加速が最大限に求められる。リストのヴィルトゥオジティは、ピアノ奏法における肉体的な圧倒感によって達成される。まさに舞台上の一大パフォーマンスである。 これらの曲を聴くときは、その最大の「ヴィルトゥオジティ発揮点」がどんな形で再現されているかにいちばん注意が向く。いや、作品が、聴き手の注意がそこに向くように出来ている。このフレイレの演奏は、そのポイントが実に鮮やかに決まっていて、演奏の成功を端的に物語る。正確で鋭い打鍵による連打と、その連打の間隙に生じる白熱の純度が高く、リストの作品がそういうものであったとあらためて認識させてくれる。つまり明快な名演。 交響詩的構成を持つ第2協奏曲は、統一主題が姿を変えてまた戻り・・というロンド様式に近い作品だが、フレイレのピアノは瞑想的な美しさと勇壮な逞しさの両方のアプローチを巧みに織り交ぜて音楽の起伏を鮮やかに表現している。またプラッソン指揮のオーケストラの堅実なバックも聴き応えがある。 「死の舞踏」はグレゴリオ聖歌の名旋律「怒りの日 Dies Irae」に基づく変奏曲で、リストの執着した「悪魔的」表現と「叙情的」表現が渾然一体となった作品。ここでもフレイレの瞬発力ある技巧が圧巻で、連続するグリッサンドの整ったフォルムや、その最後の一音の透徹した輝きが印象的。いずれの楽曲でもリストの考えた仕掛けが計算通りに炸裂する心地よさがあり、リストの音楽を聴く醍醐味を伝えてくれると思う。 |
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ピアノ協奏曲 第1番 第2番 死の舞踏 p: ネボルシン ペトレンコ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2017.7.20 |
★★★★★ 逸材ネボルシンの芸術を、あらためて堪能させていただいた録音です
ウズベキスタンのピアニスト、エルダー・ネボルシン(Eldar Nebolsin 1974-)と、ワシリー・ペトレンコ(Vasily Petrenko 1976-)指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)の以下の3つのピアノと管弦楽のための作品を収録したアルバム。 1) ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 2) ピアノ協奏曲 第2番 イ長調 3) 死の舞踏 2007年の録音。 これらの楽曲の決定的といってよいほどの名演と思う。これらの楽曲については、いろいろな録音を聴いてきたけれど、私の中ではティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)盤と双璧、と言って良い。 リストの円熟した絢爛な演奏効果が込められたこれらの楽曲には、古今様々な演奏、録音があった。しかし、全般にどれも、その楽曲の構想に立ち向かうように果敢にふるまったものが多い。もちろん、それはそれで悪くないし、当録音にもそういう面は十分にある。むしろ、不可避の要素かもしれない。しかし、それと併せて、例えば第1番のQuasi adagioをどのように響かせるのか、これもまた大事なのである。しばしば、外向きの迫力に傾倒した演奏では、部分的にパッセージがただのつなぎになり、音楽的に薄味になる傾向が強い。力奏にその集中力のほとんどを集約し、例えば左手の音階などが、その陰で実に淡泊になることがある。これは、名演と呼ばれる演奏であっても、私が毎度のように感じてきたことで、そのため、私は、それを「楽曲の弱点」だと感じてきた。それで、「リストのピアノ協奏曲って、ちょっと大仰で、大味なところがあるな」なんて思ってきたものである。 そんな私の「思い込み」を払拭してくれたのが、前述のティボーデの録音であり、そしてこのネボルシンの録音である。 なんと細やかな色彩感。一つ一つの粒だった明瞭なタッチが、音の隅々まで情感を伝え、全てのフレーズが生命力に溢れている。それまでは、単に「繋ぎ」あるいは「支え」のように感じていたパッセージにさえ、巧妙な味わいが施され、あちこちで、音楽の滋味が深く行き渡っている。これらの楽曲に、このような接し方のできる喜び! ペトレンコの指揮は、ネボルシンの力強い鮮明なタッチに勇気づけられるように、なかなか熱血的。両者の相性は抜群のようだ。 ネボルシンというピアニスト、とても優れたピアニストだと思う。アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)は、ネボルシンの才を高く買い、自らが指揮をしてショパンのピアノ協奏曲を録音した。1994年のことだ。それはとても素晴らしい録音だったのだけれど、なぜかネボルシンの録音の数は増えず、私も一生懸命フォローする努力を怠った。 しかし、当録音を聴くや、ただちにその感動がよみがえった。あのときの印象は間違いなかったのだ、とあらためて納得した。卓越した技巧、間合いの生きるフレーズの扱い、一瞬も濁りのない洗練、全体としての音楽のもたらす感情の豊かさ。やはりこの人はすごいピアニストだったのだ。 当盤を聴いたことを機会に、いままで聴き洩らしていたこの人の録音も、あらためてフォローさせていただこう、そのように感じ入った一枚です。 |
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リスト ピアノ協奏曲 第1番 ルベル 交響曲 第4番 ベルリオーズ 夢とカプリッチョ p: シャマユ vn: ショヴァン ロレール指揮 ル・セルクル・ドゥラルモニー レビュー日:2013.5.1 |
★★★★☆ 19世紀半ばのパリを再現しようというライヴの記録
“Le Paris des Romantiques(ロマン派のパリ)”と題する企画ものオムニバス・アルバム収録曲は以下の通り。 1) ルベル(Napoleon-Henri Reber 1807-1880) 交響曲 第4番 2) ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-1869) 夢とカプリッチョ 3) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ピアノ協奏曲 第1番 ジェレミー・ロレール(Jeremie Rhorer 1973-)指揮、ル・セルクル・ドゥラルモニー(Le Cercle de I'Harmonie)の演奏。2)のヴァイオリン独奏はジュリアン・ショヴァン(Julien Chauvin 1975-)、3)のピアノ独奏はベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)。2011年、フランス、メッツ・アルセナル劇場におけるライヴ録音。 ル・セルクル・ドゥラルモニーはフランスの名門ピリオド楽器オーケストラ。シャマユは1837年製エラールを使用しての演奏。 当アルバムの意図は、19世紀半ばごろにパリで取り上げられた楽曲たちを、当時使用されていた楽器を用いて演奏してみようというもの。 それにしても、ナポレオン=アンリ・ルベルの名を知っているという人は、ほとんどいないのではないだろうか。私も知らなかった。パリのコンセルヴァトワールで教授の職にあり、和声、作曲理論を教えた人物とのこと。ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)が亡くなった際、彼が埋葬されたパリのペール・ラシェーズ墓地において、ルベルが室内楽版に編曲した葬送行進曲が演奏されているとのこと。その作品の多くはバレエ音楽と室内楽で、交響曲は4曲が遺されている。 それで、当盤に収録している交響曲第4番を聴くと、保守的な和声で書かれた聴き易い作品で、軽やかな気持ちで聴ける音楽という印象が強い。メロディも明瞭で分かり易い。時代の波の中で埋もれた作品というのは、仕方ない位置取りかもしれないが、地元などで、何かの機会にたびたび取り上げられても不思議はない。特に2楽章が印象的で、後半の金管のフォルテに導かれて旋律線が強く表出されるところなど、この作曲家がバレエ音楽を得意としていたことがよくわかる。4楽章の闊達な音楽も、当時のパリの印象の一面のように想像をかき立ててくれる。 ベルリオーズの作品は、彼が唯一書いたヴァイオリンと管弦楽のための作品だそうだが、即興的というか自由な音楽で、典雅な雰囲気を湛えた佳作といったところ。ここではショヴァンの余裕のある歌いまわしそのものを楽しみたい。 メインはリストのピアノ協奏曲で、現代のフランスの若手を代表するシャマユのソロが聴きもの。仕様楽器が1837年のエラールなので、ぐっと来てほしいところで、いかにも出力に不足する感じはあるのだけれど、細やかなタッチがよくわかるので、注意して聴くと面白い。特に第2楽章のトライアングルが活躍するあたりで、ピアノの細やかな音階が、まるでハープのような雰囲気を醸し出しているところなど、この楽器ならではの箇所だろう。シャマユのピアノは一音一音がくっきりとしていて、非常に滑らかな運動的美観に満ちている。いずれは、現代ピアノを使用して、この曲を弾くのを聴いてみたい。 ライヴでの録音なので、ちょっと音質(特にマイクのポジショニング)にやや難を感じるところがあるが、その企画性や意趣は十分に感じ取ることができるものだと思う。通じて聴くと、やはり最後のリストの協奏曲の存在感が圧倒的だが、新しいものを知ったという感触も得ることができ、なかなか楽しませてくれるアルバムだった。 |
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ベルリオーズの「レリオ」の主題による交響的大幻想曲 深き淵より ベートーヴェンの「アテネの廃墟」による幻想曲 ポロネーズ・ブリランテ(原曲:ウェーバー) 悲愴協奏曲 ハンガリー幻想曲 さすらい人幻想曲(原曲:シューベルト) p: ロルティ ペーリヴァニアン指揮 ハーグ・レジデンティ管弦楽団 レビュー日:2011.2.1 |
★★★★☆ リストならではの「ピアノと管弦楽のため」の編曲世界
フランツ・リストはピアノと管弦楽のための作品を数多く残している。2曲のピアノ協奏曲は有名だが、他にもいろいろあって、中でも特徴的なのは「編曲もの」が多いことである。このアルバムには、他の作曲家の作品を「ピアノと管弦楽のための作品」にアレンジしたものが集中的に収録されている。収録曲は以下の通り。 (1) ベルリオーズの「レリオ」の主題による交響的大幻想曲 (2) ベートーヴェンの「アテネの廃墟」による幻想曲 (3) シューベルト原曲の「さすらい人幻想曲」 (4) ウェーバー原曲の「華麗なるポロネーズ」 (1)と(2)は主題を利用した変奏曲といったところ。(3)と(4)は原曲の骨格をそのまま活かした純粋な「編曲」である。演奏はピアノ独奏がルイ・ロルティ。ペーリヴァニアン指揮ハーグ・レジデンティ管弦楽団。録音は1999年から2000年にかけて行われている。いずれも原曲を知っていることで、面白みが倍加されると思う。 (1)の原曲「レリオ」は、ベルリオーズが名曲「幻想交響曲」の続編として書いた異色作。リストは、原曲のうちから、ピアノと独唱による印象的な「猟師」と、合唱と管弦楽による「山賊の歌」の旋律を用いている。叙情的な「猟師」の旋律と、明るく開放的な「山賊の歌」をたくみにマッチングさせながら、リスト特有のオーケストラ書法と技巧的ソロピアノを織り込んでいて、聴き応えのある出来栄えになっている。それにしても、ベルリオーズのレリオの初演が1832年、その2年後にリストは編曲を手がけているのだが、この「レリオ」という作品に当時それほどポピュラリティがあったのだろうか?インバルが1987年に「レリオ」を録音したとき、ファンの間では「こんな珍曲があったのか?」と結構話題になったものだが。 (2)もベートーヴェンの中では有名とはいえない作品だが、中盤から登場する「トルコ行進曲」は多くの人にとって聞いたことのある旋律だと思う。そのため、エンターテーメント性にも優れたものとなっている。独奏ピアノの技巧的な見せ場も存分にある。 (3)はかつて、ボレットとショルティによる名演があった。まさにシューベルトの「ピアノ協奏曲」といった趣が楽しい音楽。ボレット盤に比べると、ロルティの演奏は、特にオーケストラの響きが軽めで、金管もソフトな響きになっている。まっすぐに押し通すとやや通俗性の出る曲だからだろうか。 (4)はウェーバーの1819年の作品「華麗なポラッカ」を編曲したもの。 いずれの曲でもロルティの透明で流れの良いピアノが素晴らしい響きで、これらのやや華美な面のある曲を巧みに洗練化している。オーケストラはやや穏当に過ぎ、平板な部分もあるが、ロルティのスタイルを邪魔していない、とも考えられる。比較的軽い気分で楽しく聴けるディスクだと思う。 |
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ピアノ・ソナタ 灰色の雲 リヒャルト・ワーグナー=ヴェネツィア 不運 4つの小品 夢の中に(夜想曲) 眠れぬ夜(問と答) 哀しみのゴンドラ p: ルイス レビュー日:2004.11.23 |
★★★★★ これからのリスト
収録曲はリストの「ピアノ・ソナタ」「灰色の雲」「リヒャルト・ワーグナー=ヴェネツィア」「不運」「4つの小品」「夢の中に(夜想曲)」「眠れぬ夜(問と答)」「哀しみのゴンドラ」。 ポール・ルイスはブレンデルの弟子として、シューベルトの演奏で既に高い評価を経ているが、次いでやはり師ブレンデルが得意とするリストが取り上げられた。シューベルトのソナタ(14&19と20&21の2枚)に続くハルモニア・ムンディへの録音となる。 難解と感じられるリストのピアノ・ソナタの最も分かり易い演奏。流れがとても自然で、曲想の移り変わりにほとんど負荷がかかっておらず。場面の移り変わりがとても巧み。あるいは悪魔的な奔放さとはかけ離れていて、アルゲリッチやホロヴィッツとは正反対かもしれないが、現代的でスマートな卓越したリスト解釈として「これからはこれだ!」と感じさせる内容。適度に起伏があり響きが整ったさわやかな演奏。 |
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リスト ピアノ・ソナタ シューベルト さすらい人幻想曲 p: エデルマン レビュー日:2010.3.29 |
★★★★★ 2つの「迷曲」に克明に光を刻んだ名演
充実した録音活動が続くセルゲイ・エデルマンによるTRITONレーベル第4弾はリストのピアノ・ソナタとシューベルトのさすらい人幻想曲である。 リストのソナタとさすらい人幻想曲!いやいや、一筋縄ではいかない2曲である。私にはどちらも「迷曲」の部類に属する。しかし、この2曲の関連性は、すでに多くの箇所で指摘されているように私にも類推はできる。アタッカで続く一つの大きな音楽であり、しかし楽章の分け目は存在していること。ソナタのようであるが浪漫的で、ソナタ形式に収まりきらないこと。 さらにこれも言うまでもないことだけど、リストにとってシューベルトが先人の中でも特に偉大な作曲家の1人であった。「さすらい人幻想曲」自体、リスト自身の手によって「ピアノと管弦楽のための音楽」に編曲されている。なので、この2曲の組み合わせは、もちろん変ではないが、聴き手にとってはなかなか聴くのにも体力のいる組み合わせではないだろうか。 演奏である。リストのピアノ・ソナタの冒頭から凄い。エデルマンの音は地面の奥深くまで根を張り、大地を揺らすようなフォルテを聴かせる。この低音の野太さは尋常ではない。テンポはスローである。これは一貫している。リストのピアノ・ソナタの演奏時間は、ポリーニ、ポール・ルイス、ボレットなどみな29分台だったのだけれど、エデルマンは32分以上費やしている。そして克明な音色で、この暗黒の大曲の細部まで光と影の交錯を描き出す。それにしてもエデルマンのフォルテはスケールが大きい。例えば、アルゲリッチの演奏などは、フォルテは、細いが鋭い「絶叫」であり、ひたすら緩急との併せ技で織り成されるのだが(アルゲリッチによる「情念」のアプローチは、常に「絶叫」であるのが、聴いていていまいち私の評価できないところである)、エデルマンのフォルテは全局的で、床板ごとズシーン!と突き上げられるような感じである。リストのソナタが霧を割って現れた氷山のような迫力で奏でられる。私はこの演奏を聴いて、やっとこのソナタのことが少しわかったような気がした。 さすらい人幻想曲はある意味幾分普通の演奏になるが、それでもじっくりと引き込まれた深い音が息づいている。有名な第2楽章の変奏もインテンポで細部まで磨き上げられていて、弛緩がない。非常にスケールの大きな名演と思う。 |
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ピアノ・ソナタ B-A-C-Hの主題による幻想曲とフーガ 孤独な中の神の祝福 巡礼の年第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」 p: アムラン レビュー日:2011.4.12 |
★★★★★ リアルな写実性とともに、ハートの暖かさも伝わる演奏
マルク=アンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin)による2010年録音のリストのピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) バッハの名による幻想曲とフーガ S.529 2) 詩的で宗教的な調べ S.173から第3曲「孤独の中の神の祝福」 3) 巡礼の年第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」(第1曲「ゴンドラを漕ぐ女」、第2曲「カンツォーネ」、第3曲「タランテラ」) 4) ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178 これらの作品のうちピアノソナタ以外は高名なものとは言い難く、いくぶん気難しい曲たちにも思えるが、リスト作品らしいヴィルトゥオジティはどの曲でも発露している。総収録時間は79分を越えていて、量的にも十分な内容。 「バッハの名による幻想曲とフーガ」はバッハ作品のアレンジではなく、リストのオリジナル作品で、「バッハの名」とは「BACh」すなわち「シ-ラ-ド」に端を発する音階のこと。実際に曲中ではシ♭-ラ-ド-シの進行が繰り返される。リストらしいアルペジオやオクターブ連打の頻発する規模の大きな作品だ。「孤独の中の神の祝福」は全10曲からなる「詩的で宗教的な調べ」の第3曲目にあたるもの。単独で奏されることが多い。平均的な演奏時間は16分を越える大作。平穏な心を描いた美しい作品。「巡礼の年第2年補遺」は、第1年~第3年の計3週からなる「巡礼の年」というピアノ曲集シリーズのうち、第2年「イタリア」に後にリストが書き足したもの。「ゴンドラを漕ぐ女」はペルチーニ(Giovanni Battista Peruchini 1784-1870)のカンツォネッタ「小さなゴンドラ上のブロンド娘」の主題を、第2曲はロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)のオペラ「オテロ」に出てくる主題を、第3曲はコットラウ(Guillaume Louis Cottrau 1797-1847)の主題を用いた作品。第1曲の印象派的な音色が聴き手の心に残りやすいだろう。 やはり現代を代表する技巧派ピアニスト、アムランの闊達な腕前が期待されるところだが、期待通りと言うか、胸のすくようなピアニズムで、クリアで明晰に音楽を響かせている。この人のピアノは聴いた瞬間に美しいと思うものとは違って、音色の種類も豊富ではないのだけれど、確固たる安定感があるし、このリストの様な作品では、音楽を分り易く解析的に捉えてくれるのがうれしい。また近年になって、詩情を感じさせるウィットな変化を織り交ぜるようになって、聴き味も豊かになってきたと思う。リストのソナタも大仰を張るような感じではなく、リアルな響きできれいに輪郭を補正した写実的とでも言える印象でありながら、暖かさも感じさせてくれる。思いのほかゆったりしたテンポをとった「孤独の中の神の祝福」は、幻想的とも言える美しさが表出していて、稀な充足感をもたらしてくれるもの。アムランというピアニストの懐の深さが十全に発揮された1品となっている。 |
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ピアノ・ソナタ ポロネーズ 第1番 第2番 バラード 第1番 第2番 子守歌 p: ハフ レビュー日:2015.8.5 |
★★★★★ 隠れた超名演。ハフによるリストのロ短調ソナタ
イギリスのピアニスト、スティーブン・ハフ(Stephen Hough 1961-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)のピアノ作品集。ちょっと珍しい作品も収録されているのが特徴。その内容は以下の通り。 1) ポロネーズ 第1番 ハ短調 「憂鬱なポロネーズ」S.223-1 2) ポロネーズ 第2番 ホ長調 S.223-2 3) バラード 第1番 変ニ長調「十字軍の歌」 S.170 4) バラード 第2番 ロ短調 S.171 5) 子守歌(第1稿) S.174 6) ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178 1999年の録音。 収録された曲の中では、まずピアノ・ソナタが名高い作品であるが、他はバラードの第2番がしばしば取り上げられるほかは、あまり聴きなれない楽曲。特にポロネーズについては、リストがこのジャンルに作品を書いていたことを知っている人も少ないのではないだろうか。 しかし、このアルバムは聴き応え十分の内容だ。ハフの高い技術と、見通しの良い俯瞰的なアプローチは、これらの作品の構成美を、とてもよく伝えている。 有名なピアノ・ソナタは、難解さのある作品で、私も時々苦手に感じることがあるのだが、ハフはとても落ち着いた足取りで音楽を進めている。この曲には悪魔的な雰囲気があり、その雰囲気を煽った爆演も様々にあるのだけれど、私は、それらの演奏を聴いてもあまり感心したことがない。音の疎密の比重を劇的にしても、しばしば音響のダマができてしまい、発汗作用を促されこそすれ、いまひとつ音楽としての美しさが崩れてしまう。 ハフの演奏にはそのような不安さはない。冒頭部が終わって中間部に入るところ、ここは多くのピアニストが多少形を崩しても疾走するところであるけれど、ハフはがっちりとした構成感を示し、テンポも適度な抑制を利かせる。その結果として、左手の音型が鮮やかに浮き立ち、見事な美に結び付ける。また、爆演系のスタイルでは圧殺されてしまう特有のフレーズが、浮かび上がるところも感動的だ。 少なくとも私にとっては、ハフのような演奏で聴いてこそ、この作品を味わうことが出来る。このピアノ・ソナタ、私は2011年録音のヴァーリョン・デーネシュ(Varjon Denes 1968-)による演奏(ECM 4764585)と、当ハフ盤が、特に良いと思う。 他の楽曲は、いずれもショパン(Frederic Chopin 1810-1849)の影響を受けて書かれた作品。特に、ショパンの死の報に接して書かれた2つのポロネーズは、いかにもショパンふうの響きになっていて驚かされる。タイトル通りに憂鬱さのある第1番と、豪放さのある第2番は、ともにサロン的な洗練、瀟洒な主題の扱いなどに、ショパンを偲ぶリストの気持ちが込められている。バラードはヴィルトゥオジティに溢れた第2番が高名な作品で、聴いたときの充実感も十分なもの。ハフの演奏は、高い技術に溺れず、明晰な表現を心がけながら、必要な情緒を気品よく漂わせたもので、これぞ大家の芸と呼ぶにふさわしいもの。 |
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ピアノ・ソナタ 子守歌 巡礼の年 第2年「イタリア」より 第4曲 「ペトラルカのソネット 第47番」 第5曲「ペトラルカのソネット 第104番」 第6曲「ペトラルカのソネット第123番」 「ノルマ」の回想 アヴェ・マリア(シューベルト エレンの歌 第3番 D.839による) p: グローヴナー レビュー日:2021.4.12 |
★★★★★ 並外れた完成度の高さ。グローヴナーの奏でるリスト
イギリスのピアニスト、ベンジャミン・グローヴナー(Benjamin Grosvenor 1992-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)のピアノ独奏曲集。収録曲は以下の通り。 1) ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178 2) 子守歌 S.174 3) 巡礼の年 第2年「イタリア」より 第4曲 「ペトラルカのソネット 第47番」 4) 巡礼の年 第2年「イタリア」より 第5曲 「ペトラルカのソネット 第104番」 5) 巡礼の年 第2年「イタリア」より 第6曲 「ペトラルカのソネット 第123番」 6) 「ノルマ」の回想 S.394 (原曲:ベッリーニ) 7) アヴェ・マリア S.558-12 (原曲:シューベルト) 2020年の録音。 神童と称されたグローヴナーも、当録音の時点で28才。リストのソナタを中心としたプログラムは、そのキャリアに相応しいだろう。今回の録音も、音色の鮮明さ、技術の卓越という点で見事であり、全体が透明なブルーカラーで施されたような都会的な洗練を感じさせるものに仕上がっている。リストの作品には、暗黒的なものや複雑怪奇なものが含まれているのだが。グローヴナーの演奏は、きわめて美麗で健康的であり、すっきりと晴れ渡った夜空で、よどみなく輝く満点の星を思わせる。もちろん、それがリストの作品の解釈としてどうであるか、という点では、いろいろ議論はあるだろうが、私には、とても魅力的な音楽と思えた。 この単一楽章によるソナタは、様々な要素を含み、複雑であるが、グローヴナーの演奏は、胸のすくような冴えたタッチと、鋭い消音の効果により、それらを一つ一つ克明な光で照らしだし、明らかにしていく。またそれらの展開は俊敏な速さをともなっており、心地よいテンポのなかで連続するドラマの移り変わりが、実に心地よい。このソナタの印象自体が、鮮明な塗料で塗り替えられていくような瞬間を味わわせてくれる。 収録機会の少ない「子守歌」も、技術的なパッセージの鮮烈さ、つむがれるカンタービレの輝かしさが美麗であり、その完成度の高さに圧倒されるだろう。巡礼の年から「ペトラルカのソネット」3曲が収録されているが、いずれも力強い旋律の描写、細やかなパッセージで構成される音響の完璧さに圧倒される。精緻な録音技術の成果とあいまって、素晴らしい演奏効果を上げている。特に104番の劇性は「完全燃焼」という言葉を彷彿とさせる。すべてがあるべきところに収まる美しい化学反応だ。 最後にベッリーニとシューベルトの編曲モノが収録されていることも、聴き手にはうれしいサービスだ。ノルマの回想では、外向的な主題を高らかに歌い上げる清浄な響きが美しく、アヴェ・マリアでは、呼吸に沿うような自然な情感が、彩豊かにアルバムを閉じてくれる。 |
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超絶技巧練習曲 全曲 p: F.ケンプ レビュー日:2004.11.23 |
★★★★★ 集中して自己のピアニズムを探求
1977年ロンドンで生まれ、1998年のチャイコフスキー・コンクールで第3位(この時優勝したのがデニス・マツーエフ)となったフレディ・ケンプによるリストの「超絶技巧練習曲」全曲。録音は2001年。 今回は2000年と2004年に彼が録音した二つのベートーヴェン・アルバムと合わせて聴いてみたのであるが、やはり曲そのものは、こちらの楽曲の方がコンクール型のピアニスト、それもまだまだ若いピアニストにしっくりくると言うのが偽らざる心境である。 なんといってもその技巧を余すことなく伝えられるし、旋律そのものが浪漫的で、自由な演奏スタイルの中で何でもできる的な要素が加えられてくる。フレディ・ケンプも余計なこと(?)は考えず、すっかり曲の中に入り込んで、集中して自己のピアニズムを探求しているような印象を持った。 演奏は、スマートな中にも勇壮な歌い上げがあり、まさにリストの演奏に相応しいと思われる。例えば第11番「夕べの調べ」のクライマックス、重量感のある低音に支えられて、大きくなだれ落ちるようなダイナミクス。また、第4番の「マゼッパ」は激しい音楽の起伏に特徴のある楽曲だが、ケンプは間合いを詰め気味に演奏することで、鮮やかな流麗感を獲得している。いずれも聴き応え豊か。第8番「狩」でも確かな流れを担保しながら、音量豊かな表現を繰り広げていて、力感に満ちている。 |
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超絶技巧練習曲 全曲 p: シャマユ レビュー日:2016.4.22 |
★★★★★ リストの超絶技巧練習曲、全曲盤としては「ベスト」と推したい内容です
フランスのピアニスト、ベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)による2005年リヨンでのコンサートの模様を収録したアルバムで、リスト(Franz Liszt 1811-1886)の超絶技巧練習曲全12曲が収録されている。参考までにその12曲を記載すると以下の通り。 1) 第1番 ハ長調「前奏曲」 2) 第2番 イ短調 3) 第3番 ヘ長調「風景」 4) 第4番 ニ短調「マゼッパ」 5) 第5番 変ロ長調「鬼火」 6) 第6番 ト短調「幻影」 7) 第7番 変ホ長調「英雄」 8) 第8番 ハ短調「狩り」 9) 第9番 変イ長調「回想」 10) 第10番 ヘ短調 11) 第11番 変ニ長調「夕べの調べ」 12) 第12番 変ロ短調「雪あらし」 私はシャマユというピアニストの録音を初めて聴いたのが、2011年に録音されたリストの巡礼の年全曲を収録した3枚組のアルバムで、その演奏はたちまちのうちに私を魅了したものだ。絶対対的な音の品質、特にフォルテの音の素晴らしさ。均質的で造形的で、一切の潰れのない透明感を保った、しかも重量感に溢れるその完璧さ。そして、全曲がしなやかな動感を持って描かれるその心地よさ。類まれな才能を実感したものだ。 しかし、それより6年も前に、このような素晴らしい演奏を繰り広げていたというのだから、世に流布する情報がいかに限られたものであるか実感する。それにしても、リストの超絶技巧練習曲全12曲を、ライヴで弾きこなして見せるなど、現在の一流ピアニストでも、なかなか難しいことではないだろうか。それに加えて演奏の見事なこと。実際、その圧倒的な完成度に接すると、これがライヴ録音とは信じがたい。 シャマユの演奏の壮麗な瑞々しさは、第1番の冒頭の最初の音からすでに伝わる。透明感にあふれ、ここからどこにでも自由に活動できるぞ、といった幅を持った響き。そこから、一気に終結に向けて、身を翻すように鍵盤を駆け巡るピアニズム。大胆なようでいて繊細。実に機敏だ。 第2番は高度なコントロールのもとでパッションが描かれる。第4番では重量感とスピード感が一体となった推進が、抜群の聴き味をもたらす。なんという心地よさ。第5番では半音階の精密さ、跳躍のバネの良さが堪能できる。第8番は野趣あふれるリズムにのって、快刀乱麻を断つピアニズムで処理した運動美が見事。第9番、第11番の美しい情緒、それらはつねに健康的なものを志向していて、人を明朗な心持ちに向かわせるもの。粒立ちの良いアルペッジョが爽快だ。そして、第12番の余韻を惜しむように全曲を包む結尾も見事。 リストのこの曲集には、個別には様々な名演があるが、全曲そろってのものとなると、ライヴ録音であるにもかかわらず当盤が随一、私にとって、そのように強く印象に刻まれる一枚となった。 |
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超絶技巧練習曲 全曲 リゴレット・パラフレーズ 3つの演奏会用練習曲から 第2番「軽やかさ」 p: ギルトブルク レビュー日:2019.2.22 |
★★★★☆ 連続するフレーズのなめらかさ、内省的な機微の描き出しが印象的なギルトブルクのリスト
2013年エリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝するなど輝かしいコンクール歴を誇るロシアのピアニスト、ボリス・ギルトブルク(Boris Giltburg 1984-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)の超絶技巧練習曲全曲を中心としたピアノ独奏曲集。収録内容は以下の通り。 1) リゴレット・パラフレーズ 超絶技巧練習曲(2-13) 2) 第1番 ハ長調 前奏曲 3) 第2番 イ短調 4) 第3番 ヘ長調 「風景」 5) 第4番 ニ短調 「マゼッパ」 6) 第5番 変ロ長調 「鬼火」 7) 第6番 ト短調 「幻影」 8) 第7番 変ホ長調 「英雄」 9) 第8番 ハ短調 「野生の狩」 10) 第9番 変イ長調 「回想」 11) 第10番 ヘ短調 12) 第11番 変ニ長調 「夕べの調べ」 13) 第12番 変ロ短調 「雪あらし」 14) 3つの演奏会用練習曲から 第2番 「軽やかさ」 2018年の録音。 これまで、ギルトブルクのソロ、室内楽等の録音は、いずれも現代的な洗練を感じさせる高品質な仕上がりで、私も堪能させていただいている。このたびのリストもその傾向をおしすすめたものと言えそうだ。 リストの超絶技巧練習曲集は、リスト自身が習得したピアノ奏法や技術を駆使して紡がれる豪壮な音楽であり、その演奏も外に向かってエネルギーを開放していくものが多い。いわゆる爆演系の演奏だ。ただ、そのような演奏は面白い反面、表面的な印象も残る。リストの作品には、薄暗い内省的なものが多分に含まれていて、外向的なものと両立させることは難しい。 ギルトブルクのこの演奏は、あきらかに「内省的なもの」を重視している。「前奏曲」にしても「イ短調」にしても、千切っては投げといった爆発的な燃焼を起こすことはせず、緊密な統制で全体としては静的なエネルギーがまずあって、そこに様々な感情が付随していく。バックのトーンが落ち着いているから、内省的でこまやかな機微が明瞭に読み取れるようになるし、ギルトブルクならではの語り口を感じさせる装飾性もある。それらは、これまでの彼の録音からも感じられる傾向であったが、このたびのリストは、その向きがさらに強調された感がある。 ギルトブルクの高度なテクニックは、息の長いフレーズであっても、非常になめらかで、運動的な自然さを伴って提示してくれる。そして、多少の意匠をほどこした場合であっても、その自然さが端然としているのが好ましく、聴いていて齟齬がない。「回想」で聴かれる自発性豊かな情緒がその典型だ。 ただ、その一方で、この曲集において一般的に求められる「熱さ」という点で、当盤はやや不足を感じさせるかもしれない。私は、当演奏の整然とした美しさに感嘆する一方で、ギルトブルクのこれまでの録音ではそこまで感じなかった「不足感」を同時に覚えるところが正直あった。どこをどうすればというわけではない。この演奏はとても完成度が高く、手入れするところなど思いつかないのであるが、どこか聴き手に飢えを残すものがある。少なくとも、私にはそう感じられる。 とはいえ、ひたすら燃焼系の演奏より、当盤に芸術的なエスプリを感じることも確かである。リゴレット・パラフレーズ、夕べの調べのロマンティックな香りは、高貴なもので、聴き手が咽んでしまうようなものでは決してないだろう。 |
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超絶技巧練習曲 第5番「鬼火」 第10番 第12番「雪あらし」 ラ・カンパネラ オーベルマンの谷 婚礼 エステ荘の噴水 ペトラルカのソネット第123番 ワーグナーの「イゾルデの愛の死」 忘れられたワルツ 第1番 p: ルガンスキー レビュー日:2015.8.18 |
★★★★★ クールな「超越」を感じさせるルガンスキーのリスト
ルガンスキー(Nikolai Lvovich Lugansky 1972-)がリスト(Franz Liszt 1811-1886)の生誕200年にあたる2011年に録音したピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) 超絶技巧練習曲集より 第12番 変ロ短調「雪あらし」 2) 超絶技巧練習曲集より 第10番 ヘ短調 3) パガニーニによる大練習曲より 第3番 嬰ト短調 「ラ・カンパネルラ」 4) 巡礼の年第1年「スイス」より 第6曲「オーベルマンの谷」 5) 巡礼の年第2年「イタリア」より 第1曲「婚礼」 6) 巡礼の年第3年より 第4曲「エステ荘の噴水」 7) 巡礼の年第2年「イタリア」より 第6曲「ペトラルカのソネット第123番」 8) ワーグナー/リスト編「イゾルデの愛の死」 9) 超絶技巧練習曲集より 第5番 変ロ長調「鬼火」 10) 忘れられたワルツ 第1番 嬰へ長調 リストは膨大なピアノ作品を書いた。それらの作品には、様々な編曲ものも含まれ、全体を俯瞰することが難しい。そんなリストのピアノ作品集からアルバムを作る場合、特定のジャンルのもの、例えば練習曲なら練習曲を集約するような方法論よりも、様々なジャンルから寄せ集めた楽曲で構成を行うことが多い。このアルバムも、そのようなコンセプトであり、まずは選曲という観点で興味がわく。 私の感想は、ルガンスキーがそのピアニズムを発揮するのに相応しい楽曲が並んでいるように思う、ということだ。リストのピアノ独奏曲は概して奏者に高度な技巧を要求するが、その技巧が悪魔的とも言える荒々しさに通じる楽曲(つまり技巧自体が目的となっている楽曲)と、音楽表現の必要に応じて技巧が組み込まれた楽曲があり、私は当盤で集められているのは、後者の側の楽曲であると感じる。 それで、ルガンスキーの演奏も、その選曲のコンセプトに沿ったものだ。技巧は目的ではなく、徹底して手段であり、目的は常に音楽的な表現、それも高貴さを引き出す設計力に基づいた表現である、と感じる。だから、この演奏を聴いても、華やかで豪胆なヴィルトゥオジティを満喫するというわけではない。むしろリストの作品に巡らされた詩的な感性や、美しいニュアンスを組んだ、丹精さに心が動く演奏である。 しかし、そうであってもルガンスキーの技巧の素晴らしさや音量の豊かさは圧倒的である。かの有名なパガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840)作品を編曲した「ラ・カンパネルラ」の終結部の鮮やかなこと。気持ち良いリズムで、明瞭に打ち鳴らされる左手から引き出されるシンフォニックな低音、そして独立性を確保した目覚ましい和音による旋律の共演は、多くの聴き手に胸のすく思いを味わわせてくれるに違いない。 「エステ荘の噴水」も象徴的だ。この楽曲の水の描写は、後の印象派の作曲家たちに影響を与えたのだけれど、ルガンスキーの緻密で正確無比な表現は、水面におこる波紋や、光の屈折を克明に記録したような、デジタルな感覚を呼び起こす。それでいて、全体の雰囲気は決して無機的ではなく、明瞭な音像を持った音楽として豊かに鳴るのである。 このような高貴な完成度をもったリストというのは、実はなかなか聴けない。どうしてもこの作曲家特有の悪魔的ヴィルトゥオジティに、人は「挑戦」してしまう。ルガンスキーの演奏には、そういった衝動を超越したクールさを感じ、私は心底感嘆してしまうのである。 |
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パガニーニによる超絶技巧練習曲 パガニーニによる大練習曲 パガニーニの「ヴェニスの主題」による変奏曲 p: ヴァレチェク レビュー日:2019.1.9 |
★★★★☆ 珍しい初版を含めたリストのパガニーニ練習曲を全曲聴けます
ポーランドのピアニスト、ヴォイチェフ・ヴァレチェク(Wojciech Waleczek 1980-)による、リスト(Franz Liszt 1811-1886)がパガニーニ(Niccolo Paganini 1782-1840)の作品を編曲した「パガニーニの主題による練習曲」集である。当盤は、現在、知られている改訂版(1851年版大練習曲)に加えて、初稿(1838年版超絶技巧練習曲)を加えた形で、全曲版という体裁。初版と改訂版で微妙に曲集のタイトルが異なっていて、別に「超絶技巧練習曲集」が存在することからも、混乱を生じかねないのだが、当盤の収録曲の詳細を記載すると、以下の通りである。 パガニーニによる大練習曲 S.141 (1851年版) 1) 第1番 ト短調 「前奏曲」 2) 第2番 変ホ長調 3) 第3番 嬰ト短調 「ラ・カンパネラ」 4) 第4番 ホ長調 5) 第5番 ホ長調 「狩り」 6) 第6番 イ短調 「主題と変奏」 パガニーニによる超絶技巧練習曲 S.140 (1838年版) 7) 第1a番 ト短調 8) 第1b番 ト短調 (シューマンの作品10-2の再編曲版) 9) 第2番 変ホ長調 「オクタヴィア」 10) 第3番 変イ短調 「ラ・カンパネラ」 11) 第4a番 ホ長調 「アルペッジョ」 12) 第4b番 ホ長調 「アルペッジョ」(第2稿) 13) 第5a番 ホ長調 「狩り」 14) 第5b番 ホ長調 「狩り」 (別ヴァージョン) 15) 第6a番 イ短調 「主題と変奏」 16) パガニーニの「ヴェニスの主題」による変奏曲 ロマンティックな「ヴェニスの主題」による変奏曲も末尾に加えられ、収録時間は81分を越える。録音は2015年から16年にかけて。初版を含めたこれらの楽曲の全曲録音というものは珍しく、リストの全作品を録音したレスリー・ハワード(Leslie Howard 1948-)、そして最近同様の企画盤を手掛けたゴラン・フィリペツ(Goran Filipec 1982-)など、ごくわずかなものしかない。 リストのこれらの練習曲集では「パガニーニによる大練習曲」の「ラ・カンパネラ」が圧倒的な知名度を誇っている。だが、現在知られるものは「改訂版」であり、その初版にあたる曲集では、当該曲をはじめ、どの曲もおしなべて、さらに技巧的難易度が高いものであった。ただ、難易度が高いことと演奏効果が高いことの間に相関はなく、当盤を通して聴くと、改訂版がいかに音楽的に優れたものにリファインされたかがわかる。 ただ、初版にも、様々に音楽的、音楽史的な観点で興味深い点があることも確かだ。例えば第1b番である。 パガニーニの圧倒的な技巧と華麗なヴァイオリン演奏は、同時代の音楽家たちに多大な影響を与えた。その代表は、リストであり、シューマン(Robert Schumann 1810-1856)である。リストの「パガニーニによる大練習曲」に当たるシューマン作品は「パガニーニの奇想曲による6つの練習曲 op.3」及び「パガニーニの奇想曲による6つの演奏会用練習曲op.10」である。リストは、先行するシューマンの編曲をさらに再編曲したものを、この曲集に置いていた。当時の潮流を感じさせる。また、第4b番では、両手を駆使した重音アルペッジョが技巧的に相当な難易度であり、リストのヴィルトゥオーゾぶりを如実に伝えるものだ。 しかし、前述したように、音楽作品としての美しさやまとまりは全般に改訂版が優れていると感じられる。「ラ・カンパネルラ」など、まったく別の曲と言ってしまえるほど楽曲全体から受ける印象は異なるが、初版の姿では、現在のように広く愛されることはなかっただろう。ただ、部分的には初版ならではの音楽的価値をかんじさせるところもある。前述の第4b番の技巧的な装飾性や、第2番のフレーズの細やかな機微などである。そういった点で、リストの作品を愛好する人には、様々に興味深い点を見出せる録音であるに違いない。 ヴァレチェクの演奏ぶりは「真面目」の一語に尽きる。ライブラリとしてのリファレンスとなるべく、その適切性を意識して演奏したのか、つねに曲と演奏者の間合いに等間隔なものを感じさせ、熱し過ぎないようにコントロールを徹底している。音色はしっかりとしていて、技術的にも見事であるが、このピアニストならではの音楽的な価値と言う点では、やや没個性的な印象を感じる。 ただ、末尾に収録された「ヴェニスの主題による変奏曲」は美しい。練習曲における「リファレンスであろう」とする呪縛から解放された、と感じられるような、瑞々しい情緒に溢れ、音楽が表情豊かに輝いている。もし、これがヴァレチェク本来のスタイルであるならば、そのまま練習曲も弾いてくれれば良かったのに、と思うところがある。 とはいえ、興味深い内容、安定した品質の演奏であり、私も楽しませてもらった一枚だった。 |
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巡礼の年 全曲(第1年「スイス」 第2年「イタリア」 第3年) p: シャマユ レビュー日:2013.2.4 |
★★★★★ フランスの新鋭、シャマユによる圧巻の「巡礼の年」
フランスの若手ピアニスト、ベルトラン・シャマユ(Bertrand Chamayou 1981-)による実に鮮烈な録音。私が最近聴いたピアノ・ソロアルバムの中でも、特に強いインパクトを受けたもの。リスト(Franz Liszt 1811-1886)の「巡礼の年」全曲をCD3枚にまとめたもので、2011年の録音。 「巡礼の年」は「第1年」から「第3年」までの全3集あり、リストが生涯に渡って書いた様々なピアノ・ソロ曲を集成したもの。中でいくつか有名な曲はあるが、全3集を収めたアルバムというのは少ない。それは、これを織り成す曲たちの性格がバラバラで、中にはかなり渋い印象の曲もあるからだ。しかし、このシャマユの演奏は、そんな印象を払拭するくらいに見事である。 いったん、参考までに収録曲の曲名をまとめておこう。 【CD1】 巡礼の年第1年「スイス」 1) ウィリアム・テルの礼拝堂 2) ワレンシュタット湖畔で 3) パストラール 4) 泉のほとりで 5) 夕立 6) オーベルマンの谷 7) 牧歌 8) 郷愁 9) ジュネーヴの鐘 【CD2】 巡礼の年第2年「イタリア」 1) 婚礼 2) 物思いに沈む人 3) サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ 4) ペトラルカのソネット第47番 5) ペトラルカのソネット第104番 6) ペトラルカのソネット第123番 7) ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」 第2年への追加「ヴェネツィアとナポリ」 8) ゴンドラの漕ぎ手 9) カンツォーネ 10) タランテラ 【CD3】 巡礼の年第3年 1) 夕べの鐘、守護天使への祈り 2) エステ荘の糸杉に寄せて-葬送曲 第1番 3) エステ荘の糸杉に寄せて-葬送曲 第2番 4) エステ荘の噴水 5) 哀れならずや-ハンガリー風に 6) 葬送行進曲 7) 心を高めよ あらためてこれらの曲目を俯瞰すると、リストの作風の集約された楽曲集としての威容を示すようで、壮観である。印象派的な「エステ荘の噴水」、「ワレンシュタット湖畔で」、巨大でヴィルトゥオジティに満ちた「ダンテを読んで」、悪魔的な暗黒が垣間見える「エステ荘の糸杉に寄せて」、そして宗教色を配する数々の作品・・・。全曲の統一感というより、リストらしい、「様々な要素の複合」を色濃く漂わせた曲たち・・いずれも、一筋縄ではいかない曲たち。 しかし、ここに快刀乱麻を断つシャマユの大快演が登場して、状況は一変した。立ち込めていた霧が一気に散るような鮮やかなピアニズムで全曲を見事に描き切った! では、シャマユの演奏の何がいいのか?まず絶対的な音の品質が素晴らしい。特にフォルテの音の素晴らしさ。均質的で造形的で、一切の潰れのない透明感を保った、しかも重量感に溢れるその完璧さ。実に爽快だ。次いでその音を駆使して、音楽をスケール豊かに構築する音楽的センスが素晴らしい。リストの音楽には、時としてやりようのない矛盾や不合理な性質を感じさせる部分があるのだけれど、シャマユの演奏は、スピードとアゴーギグの妙により、曲の流れがきわめて明瞭でスムーズなものとなっている。なので、これだけ性格の違う曲を立て続けに聴いても、まったく不自然さを感じさせない。これは少なくとも私には驚くべきこと。 例えば、「ペトラルカのソネット第104番」を聴いてみてください。鮮烈なヴィルトゥオジティを求める、この音楽を。ピアニストとして、曲が要求する技術的な「すべて」に応えるだけでなく、その音楽に秘められた「美しさ」を無理なく表出し、しかもその両面を高度に保ったまま終結させてしまう。それもこの曲に限ったことではないのです。(分かり易いと思って例に出しました。) 数々の技術達者なピアニストたちが立ち向かったソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」。ここで繰り広げられるシャマユの演奏がまた大変なもの。スピードは、バリバリというレベルではないが、フォルテの存在感が半端ではないため、重量級の蒸気機関車が突進するような迫力に満ちていて、しかも細部の表現は常に洗練されており、流麗な歌が根底から伝ってくる。 2011年はリストの生誕200年ということであったのだが、そのアニヴァーサリー・イヤーも含めて、近年に録音されたリストのアルバムから私が一つ選ぶなら、迷わずこれを挙げたい! |
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巡礼の年第1年「スイス」 グノーの歌劇からのパラフレーズ集 p: ハフ レビュー日:2025.2.10 |
★★★★★ ハフのピアニズムの冴えを堪能するリスト・アルバム
スティーブン・ハフ(Stephen Hough 1961-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)の巡礼の年第1年「スイス」全曲と、リストがグノー(Charles Francois Gounod 1818-1893)のオペラから編曲した全3曲のパラフレーズを収録したアルバム。収録内容の詳細は下記の通り。 巡礼の年 第1年「スイス」(Annees de pelerinage, 1st year, Switzerland) 1) 第1曲 ウィリアム・テルの礼拝堂 (The Chapel of William Tell) 2) 第2曲 ワレンシュタット湖畔で (At the Lake of Wallenstadt) 3) 第3曲 パストラール (Pastoral) 4) 第4曲 泉のほとりで (Beside a Spring) 5) 第5曲 夕立 (Storm) 6) 第6曲 オーベルマンの谷(Valley of Obermann) 7) 第7曲 牧歌 (Eclogue) 8) 第8曲 郷愁 (Homesickness) 9) 第9曲 ジュネーヴの鐘 (The Bells of Geneva) グノーの歌劇からのパラフレーズ集 10) 歌劇「ロメオとジュリエット」から「別れ、夢想」(Gounod - Les adieux, reverie sur un motif de l'opera Romeo et Juliette) 11) 歌劇「ファウスト」から「ワルツ」(Valse de l'opera Faust de Gounod) 12) 歌劇「シバの女王」から「子守歌」(Gounod - Les sabeennes, berceuse de l'opera La reine de Saba) 2003年の録音。ハフにとっては、1999年に録音したピアノ・ソナタほかを録音したアルバムに続く2枚目のリスト・アルバムということになる。その1枚目のアルバムも素晴らしいものだったが、この2枚目のアルバムも見事である。巡礼の年第1年「スイス」という曲集は、「ワレンシュタット湖畔で」や「オーベルマンの谷」がたびたび取り上げられることはあるものの、曲集全体として見ると、リスト特有の散文的な難渋さがあって、全曲という形で録音されることは少ない。しかし、このハフの演奏で聴くと、19世紀のロマン派特有の薫りが、高貴なものとして伝わってくる。端的にハフのピアニズムの成果である。 第1曲の「ウィリアム・テルの礼拝堂」は、落ち着いたテンポで開始される。一つ一つの陰影のくっきりした打鍵で明暗を描き分けたその表現は、高い格調を感じさせ、たちまち聴き手を楽曲の世界に誘う。第2曲の「ワレンシュタット湖畔で」は、こまやかな音型の粒立ちが美しく、陽の光を反射する湖面を思わせ、無類に美しい。この最初の2曲を聴いただけで、ハフというピアニストのこれらの楽曲への適性は、証明されるといっていいだろう。制御されたスタッカートで奏でられる「パストラール」、オクターヴの連続音を見事なスピードで弾きこなす「夕立」、耽美的な淡さをこまやかに描き出した「郷愁」、いずれもそれぞれの楽曲に相応しい響きであり、19世紀の旅を題材とした作品に相応しいロマン性を感じさせてくれる。 以上のことに加えて、当盤の魅力を一層高めているのが、リストによるグノーの歌劇からのパラフレーズ集であり、3作品をまとめて聴けるというのが嬉しい。これらの楽曲は、「ピアノに何が出来るか」を知り尽くしたリストゆえのアレンジの妙が施されたもので、その表現のためには、当然のことながら機械的な意味での高い技術を要求されることになるが、ハフの鮮やかな弾きこなしは、まさにこれらの楽曲に求められたものであるに違いない。中でも重量感を伴いながら闊達に飛び跳ねるリズムが横溢する「ファウスト」からの「ワルツ」は、圧巻と言って良い。この曲にはロルティ(Louis Lortie 1959-)による名録音もあるので、聴き比べも楽しいだろう。他方で「別れ、夢想」と「子守歌」では、リストならではの一種瞑想的な耽美性を帯びているところが特徴。全体を通じて、ハフのピアニズムが十全に活かされた聴きごたえ十分の内容となっている。 |
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巡礼の年第2年「イタリア」 p: ロルティ レビュー日:2004.2.14 |
★★★★★ 刷新たるイメージのリスト
4巻から成る「巡礼の年」は、リストが広く各地を旅行し、逗留して歩いたそれぞれの印象、自然と風物の描写、名画や文学書の印象を、自由な手法で書いた音詩であり、それぞれ標題のついた標題音楽である。 第2年「イタリア」はもっとも名高い傑作で(婚礼 もの思いに沈む人 サルヴァトール・ローザのカンツォネタ ペトラルカのソネット ソナタ風幻想曲)からなる。 中でも終曲ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」はリスト特有の悪魔的色彩が支配する独特な鋭さと浪漫性を持っている名曲で、単独で取り上げられる機会も多い。 ロルティの素晴らしいテクニックと清潔な音楽性により、刷新たるイメージのリストになっているが、中でも聴きものなのが、その「ソナタ風幻想曲ダンテを読んで」である。この起伏に富んだ音楽を、鮮やかなスピード感とダイナミクスを持って表現しつくしている。 |
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オーベルマンの谷 物思いに沈む人 小鳥に説教するアッシジの聖フランシスコ 無調のバガテル ハンガリー狂詩曲 第13番 婚礼 バッハのカンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」による前奏曲 葬送 悲しみのゴンドラ 夢の中に-夜想曲 p: ヴォロドス レビュー日:2016.7.6 |
★★★★★ ヴォロドスが、その芸術の真価を発揮したアルバム
ロシアのピアニスト、アルカーディ・ヴォロドス(Arkadij Volodos 1972-)は、あるいはそのキャリアの中心をリサイタルに見据えて芸術活動を行っているのかもしれない。確かに彼のヴィルトゥオジティに満ちた演奏は、コンサート・ホールに奇跡的な時間を演出するだろうし、それを共にすることが出来た幸運な聴衆は、忘れがたいものとしてその体験を記憶し続けるだろう。 しかし、それは、私のように、東洋の島国に住み、音楽を聴く機会のほとんどをメディアを通さなければならない者にとっては、不幸なことである。なにぶんにも、まずは録音をして、手の届くところまで近づいてきてくれないと、その芸術の恩恵に預かることができないのだから。 私がこんなことを書いたのは、ヴォロドスの録音にきわめて素晴らしいものがある一方で、入手可能なものが少ない状況を嘆かざるをえないからだ。そして、私をそんな気持ちにさせたのが、このアルバム。ヴォロドスが2006年に録音したリスト(Franz Liszt 1811-1886)のピアノ曲をあつめたものだ。まずは収録曲を記載しよう。 1) 巡礼の年第1年「スイス」 S.160から 第6曲「オーベルマンの谷」 2) 巡礼の年第2年「イタリア」 S.161から 第2曲「物思いに沈む人」 3) 2つの伝説 S.175 から 第1曲「小鳥に説教するアッシジの聖フランシスコ」 4) 無調のバガテル S.216a 5) ハンガリー狂詩曲 第13番 イ短調 S.244 6) 巡礼の年第2年「イタリア」 S.161から第1曲「婚礼」 7) バッハのカンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」による前奏曲 S.179 8) 詩的で宗教的な調べ S.173 から 第7曲「葬送」 9) 悲しみのゴンドラ S.200(第2版) 10) 夢の中に-夜想曲 S.207 正直に言って、楽曲のラインナップは地味である。有名曲もド派手な曲もなく、ヴォロドスのヴィルトゥオーソとしての印象と直結しないかもしれない。 しかし、聴いてみると、随所で展開される音楽の鮮やかさには、驚愕させられる。ヴォロドスはこれらの楽曲において、演奏至難な個所であっても、そのことを一切感じさせない快刀乱麻を断つ技巧で、実にクールに弾きこなし、さらに音楽の持つ情感を見事に表現してみせるのだ。 冒頭曲の「オーベルマンの谷」から凄い。中間部の複雑な運指を、一切の不明瞭さを感じさせず、しかもこれほどのスピードを一貫させて、かつ音楽的な過不足を感じさせず鳴らし切る。リストだって、ここまで完璧な演奏は想像できなかったのではないだろうか、と思ってしまうほどのパフォーマンスだ。かと思えば「小鳥に説教するアッシジの聖フランシスコ」に聴かれる高音の微細な響きで描かれる情景は、タイトルをしらなくたって、鳥たちのさえずりを想起する人が多いのではないだろうか。ヴォロドスはその圧倒的な技術力を、ロスなく、表現力に還元できる能力を持ったピアニストなのである。 聴きどころは無数にある。ハンガリー狂詩曲 第13番のピアノ版ツィゴイネルワイゼンといった高速メロディの粒だった聴き手を興奮させずにはおかない進行、「葬送」の中間部、英雄ポロネーズを思わせる低音のオクターブ連打の圧巻の彫像性、そして、速さ、正確さ。その一方で、リストの暗黒面を感じさせる「悲しみのゴンドラ」「夢の中に-夜想曲」などの細やかな機微による音楽的表現の確かさ。 あるいは聴きなれない曲が多く、そして暗い雰囲気の曲が多いという面もあるが、しかし、ヴォロドスの芸術はその真価をこれらの楽曲を通して見事なまでに発揮している。リストの楽曲が好きな人、技巧派の演奏が好きな人のみならず、王道的な音楽表現を求める人にだって、不足を感じさせないアルバムになっていると思う。大推薦の一枚です。 |
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詩的で宗教的な調べ ピアノ・ソナタ p: ギイ レビュー日:2012.4.23 |
★★★★★ 希少な「詩的で宗教的な調べ」全曲が聴けるアルバム
フランスのピアニスト、フランソワ=フレデリク・ギイ(Francois-Frederic Guy 1969-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)の「詩的で宗教的な調べ」(全10曲)と「ピアノ・ソナタ」を収録した2枚組アルバム。2010年録音。ギイは1989年のミュンヘン国際音楽コンクールで審査員特別賞を受賞し注目されたピアニストだそうだが、日本国内での知名度はほとんどないと言っていいだろう。私もこのアルバムで、初めて彼の名を知った。 収録曲中で注目されるのは、「詩的で宗教的な調べ」の名による10曲からなる曲集で、というのも全曲録音したアルバムというのがほとんどないからである。リストが、ラマルティーヌ(Alphonse de Lamartine1790-1869)の同名の詩集に感銘を受けて、そこからタイトルを引用したもので、1845年から52年頃にかけて作曲された。10曲の個別のタイトルを記す。第1曲「祈り」、第2曲「アヴェ・マリア」、第3曲「孤独のなかの神の祝福」、第4曲「死者の追憶」、第5曲「パーテル・ノステル」、第6曲「眠りから覚めた御子への賛歌」、第7曲「葬送」、第8曲「パレストリーナによるミゼレーレ」、第9曲「アンダンテ・ラクリモーソ」、第10曲「愛の賛歌」となる。 有名な作品としてよく単独で取り上げられるのが第3曲で、次いで第7曲、第9曲も演奏機会はあるが、他の曲となると、私もこれまで聴いたことがなかったほどで、そういった背景もあって、このギイのアルバムを興味深く聴かせてもらった。なお、第2曲、第5曲、第6曲は同名の男声合唱曲からの編曲で、第8曲はパレストリーナ(Giovanni Pierluigi da Palestrina 1525-1594)の聖歌の主題を用いている。 晩年のリストはこの作品群にひとかたならぬ愛着を持っていたとされる。宗教的、瞑想的なベースに、リスト特有のヴィルトゥオジティを配した楽曲は、この作曲家の個性を端緒に感じさせるものだが、一方で、曲によっては単調な物憂さを感じさせてしまう側面もある。だが、その玉石混交的な雰囲気も含めて、リストの「らしさ」を象徴しているとも思う。 ギイのテクニックはヴィルトゥオジティの発揮というより、確かな安定感を感じさせるもので、第1曲のいかにもリストらしいノン・レガートのオクターヴ連打音など、ソノリティの均質性が高く、音響も豊かに感じられる。また、粒だった音色が、全般に厳かな雰囲気を導いているのも、曲想に相応しいと言えるだろう。高名な第3曲も焦らずに自分の間合いで確信をもって弾き通したような、芯を感じさせる演奏になっている。また、ピアノ・ソナタとダイナミックな表現力も十分で、様々に活躍を期待させるピアニストだ。 全般に、1曲1曲の「長さ」もあって、まったく退屈しないとは言い難いのだけれど、演奏については、特に不満点を見出す人は多くない優れたものと言えるだろう。これらの録音数自体が少ないジャンルにあって、非常に良心的でベーシックな演奏を心掛けたものとも言える。加えて、私はこのディスクから、晩年のリストの宗教的な思索に触れるような感覚を楽しむことができた。 特にリストの音楽を、ゆっくり時間をかけて楽しみたい人には、問題なく推薦できるアルバムだ。 |
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詩的で宗教的な調べ p: オズボーン レビュー日:2018.4.3 |
★★★★★ オズボーンによる瞑想的な「詩的で宗教的な調べ」
スティーヴン・オズボーン(Steven Osborne 1971-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)の「詩的で宗教的な調べ」Harmonies poetiques et religieuses 全10曲を収録したアルバム。2002年の録音。CD2枚に以下の楽曲が収録されている。 【CD1】 1) 第1曲 祈り(Invocation) 2) 第2曲 アヴェ・マリア(Ave Maria) 3) 第3曲 孤独の中の神の祝福(Benediction de Dieu dans la solitude) 4) 第4曲 死者の追憶(Pensee des morts) 5) 第5曲 主の祈り(Pater Noster) 【CD2】 6) 第6曲 眠りから覚めた子供への賛歌(Hymne de l'enfant a son reveil) 7) 第7曲 葬送曲(Funerailles) 8) 第8曲 パレストリーナによるミゼレーレ(Miserere, d'apres Palestrina) 9) 第9曲 アンダンテ・ラクリモーソ(Andante lagrimoso) 10) 第10曲 愛の賛歌(Cantique d'amour) リスト自身は、これらの作品群をとても気に入っていたとされているが、現在、演奏機会があるのは、第3曲、次いで第7曲、第9曲となると思われるが、他の曲となると、めったに聴く機会がない。第2曲、第5曲、第6曲は同名の男声合唱曲からの編曲で、第8曲はパレストリーナ(Giovanni Pierluigi da Palestrina 1525-1594)の聖歌の主題を用いているとされるが、最近では、このメロディーはパレストリーナのものではない、と考えられている。 全曲録音自体、数の少ない曲集であるが、オズボーンは、全般に落ち着いたトーンで、地味な楽曲だからと言って、何か飾り立てるようなことをせず、弾き切っている。その音楽の流れは、全体としてはやすらぎに作用するが、もちろんそれだけではない部分もある。 第1曲の「祈り」は、弱音に繊細な配慮を施した声部の描き分けが巧妙で、美しい。有名な第3曲「孤独の中の神の祝福」は、サスティンペダルを使用した静謐な世界を描き出す。それはリストが意図したものとまた違った世界のようにも感じられる。控えめでありながら精巧な細工がもたらされた音楽は、透明な流れを作り出し、淀むところがない。第4曲「死者の追憶」は、かなりスローなテンポを設定しており、あるいは長すぎる感じをもたらすことも否めないが、瞑想的な美観が漂っている。 私が当盤でいちばん気に入ったのは第6曲「眠りから覚めた子供への賛歌」である。この曲の美しさを、私はオズボーンの解釈で、はじめてきちんと認識できたようにも思う。良くない夢から覚めた朝、柔らかな光の中で、この曲が響いてきたら、たちまち嫌な気分も霧散してしまう、そんな気持ちにさせてくれる。第7曲「葬送曲」は独特な解釈が面白い。むしろ活発さを感じさせるような葬送行進であり、舞曲のテイストを感じさせるアヤがある。第8曲「パレストリーナによるミゼレーレ」はアルペッジョの効果の高さを特筆したい。 全体としては、静謐な恍惚とでも称したい、不思議な感情が入り混じった音楽効果があり、地味な曲集ではあるが、集中して聴くと、十分にそれに応えてくれる内容の濃さを感じた。全曲録音としては、フランソワ=フレデリク・ギイ(Francois-Frederic Guy 1969-)にも優れたものがあるが、このオズボーン盤も魅力十分なものと思う。 |
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詩的で宗教的な調べ p: ニコノーヴィチ レビュー日:2022.8.18 |
★★★★★ ニコノーヴィチの名演が、質の高い録音で記録されたことに感謝
ウズベキスタンのタシケント生まれのロシアのピアニスト、イーゴリ・ニコノーヴィチ(Igor Nikonovich 1935-2012)は、その演奏が、録音メディア等で、その価値に相応しい扱いを受けていないピアニストの一人であろう。その芸術の素晴らしさに比し、録音点数があまりにも少ない。 そのような状況で、DENONレーベルが記録した2点のスクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915)のアルバムと、当アルバムは、録音品質が優れていることとあいまって、とても貴重な録音芸術であり、レガシーと言えるものでもある。 当アルバムは、リスト(Franz Liszt 1811-1886)によって、1845年から1852年にかけて下記進められた10曲からなるピアノ独奏作品「詩的で宗教的な調べ(Harmonies poetiques et religieuses)」全曲が収録されている。収録内容詳細は下記の通り。 1) 第1曲 祈り(Invocation) 2) 第2曲 アヴェ・マリア(Ave Maria) 3) 第3曲 孤独の中の神の祝福(Benediction de Dieu dans la solitude) 4) 第4曲 亡き人たちの思い(Pensee des morts) 5) 第5曲 主の祈り(Pater Noster) 6) 第6曲 眠りから覚めた子供への賛歌(Hymne de l'enfant a son reveil) 7) 第7曲 葬送曲(Funerailles) 8) 第8曲 パレストリーナによるミゼレーレ(Miserere, d'apres Palestrina) 9) 第9曲 無題(アンダンテ・ラクリモーソ;Andante lagrimoso) 10) 第10曲 愛の賛歌(Cantique d'amour) 1993年の録音。 ゲンリヒ・ネイガウス(Heinrich Neuhaus 1888-1964)やウラディーミル・ソフロニツキー(Vladimir Sofronitsky 1901-1961)の薫陶を受けたニコノーヴィチの演奏は、ロシア・ピアニズムの神髄を思わせるもの。 冒頭曲の「祈り」から、旋律線は、しっかりとした逞しさを備えて輝かしくなり、かつ濃厚な情感がまとっている。十指の膂力がしっかりと伝わった響きは、骨太であるが、鮮明であり、浪漫的な装飾に相応しい肉付けが刻々と与えられていく。しかも、ニコノ―ヴィチの演奏には、しっかりとした全体像が感じられる。これらの楽曲の中には、演奏機会の多くないものもあるが、そういった楽曲も、力強い訴えもしくは熱い情感の表出がありながら、的確な構成感をもって描かれるので、聴き手は分かりやすいし、感動の振幅も大きい。 「孤独の中の神の祝福」は、比較的長い楽曲だが、ニコノーヴィチの演奏は、凛々しい美しさに満ちており、長さを感じさせない。エネルギーの抑制と開放を巧妙に操り、透明感に満ちたアルペッジョの効果をおりまぜ、とても真摯で、深みのある響きを味わわせてくれる。 有名な「葬送曲」では、葬送行進曲の部分の陰鬱さもしっかり奏でられるが、その後の回顧的なフレーズが夢想的といっても良いほどに美しく仕上がっていて、大いに惹きつけられる。「愛の賛歌」における技巧的なパッセージの運動美も優れたもので、聴き手の気持ちにしっかりと迫ってくる。 それらの有名曲以外でも、「主の祈り」や「パレストリーナによるミゼレーレ」の素朴な旋律も、雄弁なものと感じられ、ニコノーヴィチもピアニズムが行き渡った演奏となっている。 今さらながら、この録音が、演奏にふさわしい環境で記録されたことに感謝したい。 なお、CD解説に表記されている演奏時間は誤植となっています。そんなに短い収録時間ではありません。全体で76分程度ありますので、ご注意ください。 |
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リスト 葬送~「詩的で宗教的な調べ」から 超絶技巧練習曲 第10番 第11番「夕べの調べ」 ペトラルカのソネット 第47番 第104番 第123番 ラヴェル 夜のガスパール サン=サーンス (リスト&スドビン編) 死の舞踏 p: スドビン レビュー日:2012.12.19 |
★★★★★ BISレーベルの黒いジャケットデザインがビタリのアーティスト
BISレーベルが積極的に売り出しているロシアのピアニスト、エフゲニー・スドビン(Yevgeny Sudbin 1980-)の2009~2012録音のアルバム。収録曲は以下の通り。 1) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 「詩的で宗教的な調べ」 第7曲「葬送」 2) リスト 超絶技巧練習曲 第10番 第11番「夕べの調べ」 3) リスト ペトラルカのソネット 第47番 第104番 第123番 4) ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937) 夜のガスパール 5) サン=サーンス(Charles Camille Saint-Saens 1835-1921)(リスト&スドビン編) 死の舞踏 一部で、スドビンは「ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz 1903-1989)の再来」と称されるようになった。私も、彼が2006年に録音したスクリャービンのアルバムを聴いて以来、その陶酔性、マジカルな音色、構築性をほとんど顧みないほどの刹那的な自由さから、ホロヴィッツの演奏を強く連想したのであるが、同じ印象を持った人は多かったと思う。 それに、実際スドビンが録音するレパートリーもホロヴィッツとたいへん重なっているようで、例えばこのアルバムの冒頭にある「葬送」など、それほど弾く人は多くない曲だと思うが、ホロヴィッツが好んで取り上げたし、その演奏は凄演として知られたものだ。また、最後にある「死の舞踏」はリストのピアノ編曲版があるが、これをさらに加工したホロヴィッツ版が知られている。当アルバムでは、今度はスドビンが加工することとなり、この点でも、私だけでなく、多くのファンがホロヴィッツを想起せざるをえないだろう。(もっとスドビンのオリジナリティを売り文句にできる楽曲構成にしてもいいのではないか、とも思うけれど) それにしても才に恵まれたピアニストだ。もうここまで来たならホロヴィッツどうこう言わなくてもいいのではないだろうか。ここに収められた曲のうち、特に前半のリストのものは、特有の暗黒的雰囲気が備わっていると思うのだが、スドビンは強烈な濃淡のコントラストを持って描いている。その濃淡の移り変わりに際して加えられるベクトルが、なんとも妖艶でマジカルな気配を放つのである。力を溜めては放出し、放出しては蓄積しという変動の中で、聴き手は気持ちをゆすぶられ、いつの間にか演奏に引きつけられていく。 夜のガスパールも元来、悪魔的な雰囲気を持った曲だし、スドビンのアプローチは微に入り細に入り、この曲から独特のテイストを引き出している。特にスカルボが見事。サン=サーンスは、絢爛たる技巧が圧巻で、これまた見事な出来栄えだ。 全般に、BISレーベルの黒いジャケット・カラーの雰囲気にぴったりとくる仕上がりで、今後のリリースにもますます注目したくなる内容。 |
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リスト 葬送~「詩的で宗教的な調べ」から ドビュッシー 映像 第2集 から「そして月は荒れた寺院に落ちる」 ヌーブルジェ マルドロール バラケ ピアノ・ソナタ p: ヌーブルジェ レビュー日:2022.2.1 |
★★★★☆ 中間2曲の長い演奏時間が、私にはちょっと厳しいです
2004年のロン=ティボー・コンクール第3位に入賞したフランスのピアニスト、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(Jean-Frederic Neuburger 1986-)による、2011年にパリで開催されたコンサートの模様を収録したアルバム。収録曲は以下の通り。 1) リスト(Franz Liszt 1811-1886) 詩的で宗教的な調べ より 第7曲 「葬送曲」 2) ヌーブルジェ マルドロール 3) バラケ(Jean Barraque 1928-1973) ピアノ・ソナタ 4) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) 映像 第2集 より 「そして月は荒れた寺院に落ちる」 まず、はっきり言って、かなり現代音楽志向の強いアルバムとなっている。冒頭のリストの葬送曲、そして末尾のドビュッシーと、20世紀の音楽に様々な影響を及ぼした2作品があって、その間に、ルーブルジェの自作品と、ブーレーズ(Pierre Boulez 1925-2016)から強い影響を受けて創作活動を行ったフランスの作曲家、バラケのピアノ・ソナタが収録されている。中間に収録されている2作品は、響きとリズムによって支配される作品で、フレーズは断片的であり、中心線を明瞭に見出せる作品では決してない。 しかも、この中間2作品の演奏時間が長い。当盤において、ヌーブルジェのマルドロールは20分、2楽章からなるバラケのピアノ・ソナタは39分の演奏時間を要している。 ヌーブルジェの自作は、ピアノの弦を弾く音などを、効果的衝撃的に用いた特徴があり、高い集中力を要求される。ヌーブルジェの研ぎ澄まされた音は見事だが、このような楽曲では、その演奏時間の中で、聴き手にどのような感情をインスパイアさせ、芸術における抽象的な高みへ到達するかを、聴き手の感覚で測るしかないわけだが、正直言って、長すぎると思う。 バラケのピアノ・ソナタは、より技巧的な色彩感があって、その迫力や衝撃は見事だが、やはり、ある種偶発的なものが重なる過程は、それを聴く側の時間の長さとの闘いになってしまう。部分的に凄いものがあっても、一つの音楽としての咀嚼が、少なくとも私には難しい。ただ、幸いにして、聴きづらい、不快な音が発生するところはなく、現代音楽でありながら環境音楽という、不思議な中和点を感じさせる楽曲ではある。そういった点で、ユニークだが、39分は、やっぱり長い。 というわけで、両端の曲が、やはりほっとする。リストの「葬送曲」では、ヌーブルジェの輪郭のくっきりした音が、陰影をしっかり刻んでおり、楽曲の性格をよく引き出しているし、ドビュッシーの楽曲では、細やかな音色が、キラキラと反射するようで、幻想的。 とはいえ、アルバム全体としては、なかなか気難しいところのあるものとなっている。 |
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リスト ローレライ メフィスト・ワルツ 第1番「村の居酒屋の踊り」 エステ荘の噴水 ラヴェル クープランの墓 水の戯れ フランク 前奏曲、フーガと変奏 p: ヴェデルニコフ レビュー日:2005.7.16 |
★★★★★ 最近ではちょっと聴けない味のある演奏
デンオンのロシア・ピアニズム名盤選シリーズから。これまたとんでもない名演揃い。。。うれしくなる。 ラヴェルの「水の戯れ」は印象派的ピアノ曲の象徴的存在で、スコア冒頭にはアンリ・ドゥ・レニエの詩の一節、「川の神はわが身をくすぐる水に微笑みを浮かべる」と記載されてある。この作品はリストの「エステ荘の噴水」にインスパイアされた作品とのことで、ここでは両曲一緒に聴ける。これらの曲でヴェデルニコフの美感にあふれたソノリティは夢想的だ。。また、フランクの「前奏曲、フーガと変奏」はフランクがオルガンのために作曲した6つの小品の第3曲で、ここではヴェデルニコフ自らが編曲したスコアによる演奏。本当にイイ曲!ここでも粒立ちのいいクリスタルな音は目も覚める効果を生んでいる。機械的な精巧さ精神性の深さを両立しえた名演となっている。 さて、さらに輪をかけていいのがラヴェルの「クープランの墓」。ヴェデルニコフは第3曲フォルラーヌを8分40秒かけてゆっくりゆっくりと弾く。(速い演奏だと6分を切る曲なのだが・・・)。しかしまったく音は弛緩しない。それどころか、それによって微細なニュアンスのことごとくを掬い上げて、ラヴェルの音のマジックを次々と披露してくれるのだ!ゆっくりと言えばその前の第2曲のフーガも4分15秒かけている。。。これもゆっくりだが味が深い! 最近、このような真摯な深みのある演奏は、なかなか聴けなくなった。そんな意味でも貴重! |
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メフィスト・ワルツ 第1番 「村の居酒屋での踊り」 スペイン狂詩曲 2つの伝説から 第1曲「小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ」 詩的で宗教的な調べ から 第3曲 「孤独の中の神の祝福」 巡礼の年第3年 から 第4曲 「エステ荘の噴水」 巡礼の年第2年 「イタリア」 から 第7曲 「ダンテを読んで:ソナタ風幻想曲」 p: ハフ レビュー日:2015.8.31 |
★★★★★ 録音当時26歳のハフによる驚異的名演
イギリスのピアニスト、スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)による1987年録音のリスト(Franz Liszt 1811-1886)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。 1) メフィスト・ワルツ 第1番 「村の居酒屋での踊り」 2) 巡礼の年 第2年 補遺「ヴェネツィアとナポリ」から 第3曲「タランテラ」 3) スペイン狂詩曲 4) 「詩的で宗教的な調べ」から 第4曲「死者の追憶」 5) 2つの伝説曲から 第1曲「小鳥に説教するアッシジの聖フランソワ」 6) 「詩的で宗教的な調べ」から 第3曲「孤独の中の神の祝福」 一見して、ちょっと意表をついた選曲に思えるが、これが聴いてみると素晴らしい充実感に満たされる内容だ。これらの楽曲の中には、今一つ取り上げられる機会の少ない地味な印象の作品も含まれているが、ハフの目も覚めるようなピアニズムによって、その印象が覆されるほどの説得力を持って響く。 どちらかと言うと前半3曲が派手なヴィルトゥオジティを披露する楽曲、後半3曲がリストの悪魔趣味や宗教趣味(?)を反映した作風と言えるが、いずれのスタイルの楽曲にもハフはきわめて力強く、しっかりと地に根付いた音楽を響かせる。 冒頭に収録されたメフィスト・ワルツ第1番は、コンクール型ピアニストに頻繁に取り上げられる定番曲であるが、ハフの演奏は技巧が見事という以上に、全体の安定感が抜群であり、音響の交錯が正確無比に繰り広げられていく。技巧を崩しに使うのではなく、徹底した安定、構造の強化に用い、堅牢な音の伽藍を築き上げる。しかも、決して安定のためにスピードを犠牲にすることもない。重量感、スピード、安定感にともに卓越した稀有の名演だ。 タランテラ、スペイン狂詩曲と舞曲的な作品が続くが、いずれも躍動と安定の両立が圧巻。スペイン狂詩曲ではコレルリ(Arcangelo Corelli 1653-1713)作品で有名なスペインのフォリアの旋律が聴かれるが、ハフの演奏によって引き出された荘厳な気配は、舞曲的性格と合わさって、情熱的な演奏効果を獲得している。 後半の3曲は闇の気配が濃厚。ハフの曇りのない響きによって、ピアノの音の背景に広がる夜世界が、聴き手に忍び寄ってくるような錯覚をおぼえる。「死者の追憶」という曲は、あまり弾かれる機会のない作品だけれども、このような演奏で聴くと、なかなか素晴らしい作品ではないか、と作品自体の評価まで見直してしまう。 いわゆる名曲集というわけではないけれど、リストの充実した音響世界を、心底堪能させてくれる素晴らしい名盤だ。 |
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リスト メフィストワルツ 第1番 「村の居酒屋での踊り」 コンソレーション 第3番 巡礼の年 第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」から「タランテラ」 ワーグナー/リスト編 イゾルデの愛の死 サンサーンス(リスト/ホロヴィッツ編) 交響詩「死の舞踏」 ブラームス パガニーニの主題による変奏曲 p: ガヴリリュク レビュー日:2015.9.25 |
★★★★★ ガヴリリュクならではの完成度を誇るヴィルトゥオーゾ・アルバム
ウクライナのピアニスト、アレクサンダー・ガヴリリュク(Alexander Gavrylyuk 1984-)による2015年録音のアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) パガニーニの主題による変奏曲 op.35 2) リスト(Franz Liszt 1811-1886) コンソレーション 第3番 3) リスト メフィスト・ワルツ 第1番「村の居酒屋での踊り」 4) ワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)/リスト編 イゾルデの愛の死 5) サン・サーンス(Charles Camille Saint-Saens 1835-1921)/リスト、ホロヴィッツ編 死の舞踏 6) リスト 巡礼の年第二年補遺「ヴェネツィアとナポリ」 から 「タランテラ」 ガヴリリュクは、2000年に開催された第4回浜松国際ピアノコンクールで、圧倒的なパフォーマンスを披露し、優勝したため、日本のファンにもなじみの深いピアニスト。その直後の2001年にスタジオ録音により、日本のSCRAMBOWレーベルから実質的なデビュー盤(OVSL-00001)がリリースされ、そこにも1)が収録されていた。また5)についても、2003年に同じSCRAMBOWレーベルに録音されたアルバム(OVSL-00002)に含まれていたから、いずれも再録音となる。 それで、私は今回の新録音のラインナップを見たときに、いかにもコンクール出身のヴィルトゥオーゾらしい選曲が続いているのをみて、そろそろ他の作品に精力的に取り組んでもいいのではないだろうか?と感じた。少なくとも、1)や5)など、すでに既出盤で完成度の高いパフォーマンスが示されていたので、再録音の必要性というのは、それほど感じない。むしろ、現在のPiano Classicsレーベルにおける商業的な意味合いによる選曲という傾向を感じてしまう。そんなこともあって、ガヴリリュクの高い能力を、もっとほかのジャンルで還元してほしい、と感じるのは私だけなのだろうか。 そうはいっても、このたびの録音も、完成度は高い。なので、旧録音を所有していない人には、安心して薦められる内容といっていい。 ガヴリリュクの特徴は、決して割れることのない美しさを保ったフォルテと、スポーティーな指回りにある。特に、私は前者を好ましく思っていて、かつて、ヴィルトゥオーゾと呼ばれたピアニストたちの中には、割れるようなフォルテを響かせる人も多かった。それを「凄み」と捉えて熱狂する人たちもいるけれど、私の場合、やはり究極の演奏においては、どんなフォルテであっても、音割れのない美を保ったものであってほしいと思っている。その点においてガヴリリュクは見事で、どんな強音であって、美しく、透明な芯が撮っていて、豊かな色合いを持っている。だから、これらの楽曲を繰り返し聴いても、飽きの要素は少ない。それを物足りないと感じる人もいるのかもしれないが。 いずれにしても、とてもきちんと整えられた響きで、技巧的なパッセージが奏でられるので、いつも透明で新鮮な音響が流れていて、気持ちが良い。リストのコンソレーション第3番の音のつらなりの自然さや、メフィスト・ワルツ第1番におけるよく制御が効きながら、しかし音量的に過不足ない充実した表現は、このピアニストの特性がよく表出したものだと思う。再録音の楽曲では、基本的な解釈において、旧録音から大きな違いはないが、落ち着いた趣が全般に増しており、起伏の劇性は、やや穏やかになったように思う。 とても完成度の高い立派な録音で、さすがガヴリリュク、といった味わいであるが、前述のように、そろそろ、ヴィルトゥオーゾ系以外の作品にも、集中的な録音活動を期待したい。 |
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ファウスト・パラフレーズ(原曲:グノー) 6つのコンソレーション リゴレット・パラフレーズ(原曲:ヴェルディ) ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」 p: ティボーデ レビュー日:2010.2.12 |
★★★★★ コンクール型だった若きティボーデの良質の記録
フランツ・リスト(Franz Liszt 1811-1886)は、ハンガリーに生まれ、ドイツで活躍した魔術師の異名を馳せたピアニストであった。そのため彼の作曲活動はオリジナル作品の創作とともに様々な「編曲」にその活躍の場を見出した。いま、リストの作品を俯瞰してみたとき、その玉石混交ぶりと合わせて、膨大な編曲モノの存在が、リストという作曲家の理解の難しさになっているとともに、それ自体がそのままリストの個性となっているとも思う。 ここに収録されている2曲の「パラフレーズ」は、編曲作品の代表的なもので、それぞれグノーとヴェルディのオペラを題材にしている。現代のようにあらゆるスコアが情報として流通しているわけではなく、もちろん録音媒体も存在しない時代に、これほど多様な音楽を「吸収」し「変容」させたリストの情熱には感嘆させられる。 さて、当ディスクは、1961年生まれのフランスのピアニスト、ジャン=イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet)が1984年に録音したもの。1980年の第1回日本国際音楽コンクールで1位なしの2位となったため日本での知名度は当初から高かった。 ティボーデは後にデッカと契約し、多彩なぺダリングを駆使した音色で、微細なアプローチを試みるようになるのだが、この録音当時はまだいかにもコンクール型ピアニストと思える技術全開のスタイルであった。そして、これらの楽曲では、そのことがいい方に作用していると思う。 最後に収録されているソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」は、そのような腕達者な若者が好んで取り上げる作品だが、ティボーデは明瞭にパッセージを読み取り、豪放にそれを解き放っている。スリリングなテンポ、弾力的で爽快な響きが健康的に音楽を駆り立てていく。2曲のパラフレーズは舞踏的な旋律がよく弾んでいて、音楽の楽しみが存分に伝わる。6つのコンソレーションは夜想曲風で有名な第3曲以外も美しく、ティボーデの抵抗感なく流れる音楽が心地よい。いずれも奏者の若々しさが音楽の外面性と一致し、効果的な演奏になっている。 ただ、6つのコンソレーションが全部まとめて一つのトラックになっていて、インデックスさえ付いていないというのは、このレーベルらしくないサービスの欠落と思える面であった。 |
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シューベルト歌曲編曲集(アヴェ・マリア 愛の便り さすらい ます 海辺で 水の上で歌う 菩提樹 わが宿 都会 若い尼 セレナード 水車屋と小川 糸を紡ぐグレートヒェン 影法師 魔王 万霊節の連祷) p: ギンジン レビュー日:2007.12.31 |
★★★★★ 聴いていてこの上なく楽しいアルバム
1811年生まれのリストが14才年上のシューベルトとどのような接点があったのか明確にはなっていないが、さまざまな作曲家に作品を依頼した楽譜出版業者ディアベリがまだ11才だったリストにも仕事を依頼しており、当時25才のシューベルトと知り合うチャンスはあったかもしれない。シューベルトの死後、彼の作品を多いに広めたのにリストは一役買っており、これらのトランスクリプションものもその一環と考えられよう。 1977年生まれのギンジンは1994年のチャイコフスキー・コンクールで、史上最年少で入賞を果たした異才。さて、そのギンジンのアプローチであるが、実に見事というか、瑞々しく、最初からこれらの曲がピアノ曲としてそこにあったかのような、必要なものをすべて備えた響きになっている。もちろん、聴く側の多くはこれらのシューベルトの旋律が有名な歌曲のものであるし、ついつい聴いていると思わず歌声を頭の中で思い出してしまうのであるけれど、その過程を経て知らず知らずのうちに純然たるピアノという器楽の世界に誘われてしまうのである。リストの華々しい演奏効果を持った見事な編曲も、もちろん素晴らしい。 ところで、この「ます」をギンジンはさらに様々に手を加えて弾いているとのこと。リストが編曲した本来の姿を知らないので、あまりコメントできないが、このピアニストは様々なエンターテーメント精神を持っていると感じられた。今後の活躍にも大いに期待したい。それにしてもよくツボをおさえて弾きこなしている。純粋なリストの作品としてのアプローチと考えていいだろう。とにかく聴いていてこの上なく楽しいアルバムだ。 |
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オペラからの編曲集(At The Opera) p: ロルティ レビュー日:2013.11.28 |
★★★★★ リストの編曲の魅力を、圧巻の技巧で示した名演
カナダのピアニスト、ルイ・ロルティ(Louis Lortie 1959-)が得意とするリスト(Franz Liszt 1811-1886)の作品から、オペラの編曲ものを集めて収録したアルバム。2013年録音で、77分超の収録時間。収録曲は以下の通り。 1) ワーグナーの歌劇「タンホイザー」から「序曲(ドレスデン版)」S.442 2-3) ワーグナーの歌劇「タンホイザー」からレチタティーヴォとアリア「夕星の歌」 S.444 4) ワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」から「紡ぎ歌」 S.440 5) グノーの歌劇「ファウスト」からのワルツ S.407 6) ヴェルディの「リゴレット」による演奏会用パラフレーズS.434 7-11) モーツァルトの「ドン・ジョヴァン二」の回想 S.418 12) ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」から「序曲」(ロルティ編) 13) ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」から「イゾルデの愛の死」 S.447 ご覧の通り、リストが偉大な先人、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)と、同時代のワーグナー(Richard Wagner 1813-1883)、グノー(Charles Francois Gounod 1818-1893)、ヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901)の歌劇に登場する名曲・名場面の音楽などを演奏会用のピアノ独奏作品として編曲したものを集めたもの。そこにロルティ自身が編曲したワーグナーのトリスタンとイゾルデ序曲が加えられている。よく、管弦楽のコンサートでは、「トリスタンとイゾルデ」のうち、特に有名な「序曲」と「イゾルデの愛の死」をつなげて演奏することから、ロルティの編曲によって、ピアノ独奏でも「耳慣れた」流れを聴くことができる、という仕掛けだろう。良いサービスだ。ちなみに、楽曲に付せられたSで始まる番号は、イギリスの作曲家ハンフリー・サール(Humphrey Searle 1915-1982)によるリストの膨大な作品のための目録で、「サール番号」と呼ばれるもの。 リストのこれらの編曲については、ヴィルトゥオジティに満ちた華麗な演奏効果と至難な演奏技術を随所に盛り込んだもの。特に「ドン・ジョヴァン二」の回想の難しさは有名だ。 リストのこれらの編曲活動について、シューマン(Robert Schumann 1810-1856)は「もしリストがその卓越した音楽的素質をもって、楽器やほかの巨匠に捧げた時間を、作曲と自分自身とに捧げていたならば、重要な作曲家になっていたに違いない」と語っている。これは1839年の時点でのコメントだけれど、最終的にリストの作曲家としての功績は、玉石混交の、しかも膨大な作品量となって後世に残ることになった。リストがこれらの編曲に血道を挙げたのは、もちろんヴィルトゥオーソとしての自身の活躍のためであったろうが、楽曲そのものに触れる機会が限られた当時の人々にとっては、それらの旋律に触れる貴重な機会を提供したという功績もあっただろう。簡単に評価をまとめることは難しい。 とはいえ、現代では、これらの編曲ものの一部は、貴重な演奏会用ピースともなっている。本アルバムに収録された楽曲は、その優れたものが集成されていると言って良い。 冒頭のタンホイザー序曲からロルティの透徹したタッチは魅力的に響く。管弦楽のためにかかれたカンタービレの効果を、様々な強弱や装飾音型の色彩感で巧みにピアノで表現していて、リストの狙った「交響的効果」を相応しく体現している。 グノーの歌劇「ファウスト」からのワルツは、第2幕の有名なワルツをほぼ原曲のままに編曲しているが、華麗で豊饒な響きはコンサート・ホールに満ち渡るよう。ロルティのピアノの明るい音色、伸びやかな高音が楽曲を活き活きとダイナミックに表現している。 「ドン・ジョヴァン二」の回想は騎士長の主題、二重唱「お手をどうぞ」、「シャンパンの歌」などが引用される。お手をどうぞの主題はベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)やショパン(Frederic Chopin 1810-1849)も変奏曲に使用したもので、きわめて二次利用の価値の高い旋律だ。このアルバムではそれぞれにトラックナンバーが振ってあるので、構成がわかりやすい。ここではロルティの素晴らしい技巧的な冴えが堪能できる。終結部に向けてダイナミックなスピード感が満喫できるところなど、実にスリリング。さすがである。 「トリスタンとイゾルデ」では、ロルティ自身が編曲した序曲も含めて、この楽曲が持つ和声の美しさを、ピアノの直線的な響きでじっくりと聴かせてくれるもので、これも楽しめた。 いずれの楽曲も、現在入手可能なCDの中でも、もっともクオリティーの高い仕上がりと言える演奏の一つとなっていると思える内容で、リストの編曲とともに、ロルティの圧巻のテクニックを存分に堪能することができるアルバムとなっています。 |
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ロッシーニ作品の編曲集 p: ゲキチ レビュー日:2020.8.14 |
★★★★★ ロッシーニの原曲をリストの華麗なピアノ編曲で楽しむ1枚
クロアチアのピアニスト、ケマル・ゲキチ(Kemal Gekic 1962-)によるリスト(Franz Liszt 1811-1886)のピアノ独奏曲集で、リストがロッシーニ(Gioachino Rossini 1792-1868)の作品をピアノ独奏曲にアレンジしたものが集めて収められている。 歌曲集「音楽の夜会」(Soirees musicales) ピアノ独奏編曲版 1) 約束(La promessa) (カンツォネッタ) 2) ヴェネツィアの競艇(La regata veneziana) (ノットゥルノ)) 3) いざない(L'invito) (ボレロ) 4) ゴンドラの舟遊び(La gita in gondola) (バルカロール) 5) とがめ(Il rimprovero) (カンツォネッタ) 6) アルプスの羊飼いの娘(La pastorella dell' Alpi) (チロレーゼ) 7) 別れ(La partenza) (カンツォネッタ) 8) 魚釣り(La pesca) (ノットゥルノ) 9) 踊り(La danza) (タランテラ) 10) セレナード(La serenata) (ノットゥルノ) 11) 餐宴(L'orgia) (アリエッタ) 12) 水夫(Li marinari) (デュエット) 13) 歌劇「ウィリアム・テル」序曲 ピアノ独奏編曲版 1996年の録音。 ロッシーニの歌曲集「音楽の夜会」は、ロッシーニが歌劇作曲活動を終えた後に書いたもの。12編からなり、一般的に曲順は「約束 とがめ 別れ 饗宴 いざない アルプスの羊飼いの娘 ゴンドラの舟遊び 踊り ヴェネツィアの競艇 魚釣り セレナータ 水夫」とされるが、順番通りに奏する必要性はさほどない。また、12の曲のうち、ヴェネツィアの競艇、魚釣り、セレナード、水夫の4曲については、男声と女声による重唱のために書かれており、そのことからも、一つの演奏機会のために提供した曲集とは言えないだろう。 リストは12の歌曲すべてを編曲している。曲順について、当盤では上述の通り収録されている。 ロッシーニの書いた情緒的でロマンティックな旋律線を、時に劇的な要素を含めてピアノ独奏曲に仕立て上げたリストの編曲は、さすがに堂に入っている。冒頭曲の「約束」の瀟洒さ、「ゴンドラの舟遊び」では情緒的な旋律と燃え上がるようなクライマックスが鮮やかな対比の妙で描かれる。セレナードは夜曲ならではの嫋やかな美観が満ちている。 いずれも原曲の旋律線を歌わせながら、ピアニスティックな雰囲気を活かした楽曲に仕立て上げられている。旋律自体がロッシーニらしい甘味のある親しみやすいものであるところに、リストならではの豪放さが加わり、聴きごたえ豊かなピアノ曲となっている。 ゲキチのピアノは久しぶりに聴いた。ずいぶん昔になるが、私は彼の弾くショパンを知人に借りて聴き、その自由な伸びやかさを魅力的に感じたものだ。ここでのゲキチの演奏は、粒立ちの良く、丸みを感じさせるピアノで、フォルテになっても荒れることのない節度を感じさせるもの。カンタービレはここでも伸び伸びしたイメージで表現されていて、これらの楽曲に相応しいものだと感じた。広く好感を得られる演奏だと思う。 末尾に収録されている「ウィリアム・テル」は、リストの施したピアノならではのヴィルトゥオーゾが堪能できる。ゲキチの技巧の高さゆえの快活な愉悦に満ちた演奏で、ストレートに楽しい。 |
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リスト ヘクサメロン ヴェルディの「エルナーニ」より演奏会用パラフレーズ「エルナーニ」 ベルリーニの「ノルマ」より大幻想曲「ノルマの回想」 タールベルク ドニゼッティの「ドン・パスクァーレ」よりドン・パスクァーレのモティーフによる大幻想曲 ロッシーニの「エジプトのモーゼ」よりモーゼの主題による幻想曲 p: アムラン レビュー日:2021.2.10 |
★★★★★ 19世紀前半の、パリの音楽界を彷彿とさせるアルバムです
現代を代表する技巧に秀でたピアニスト、マルカンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)による、とても面白い、企画性の高さを感じさせるアルバム。まず、収録曲を書こう。 リスト(Franz Liszt1811-1886) ヘクサメロン S.392(ベッリーニの「清教徒」の行進曲による華麗な大変奏曲) 1) 序奏 2) 主題 3) 変奏I ;タールベルク(Sigismond Thalberg 1812-1871)作 4) 変奏II 5) 変奏III ;ピクシス(Johann Peter Pixis 1788-1874)作 - リトルネッロ 6) 変奏IV ;エルツ(Henri Herz 1803-1888)作 7) 変奏V ;チェルニー(Carl Czerny 1791-1857)作 8) 変奏VI ;ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)作 9) フィナーレ 10) タールベルク ドニゼッティの「ドン・パスクァーレ」 より ドン・パスクァーレのモティーフによる大幻想曲 op.67 11) リスト ヴェルディの「エルナーニ」 より 演奏会用パラフレーズ 「エルナーニ」 S.432 12) タールベルク ロッシーニの「エジプトのモーゼ」 より モーゼの主題による幻想曲 op.33 13) リスト ベルリーニの「ノルマ」 より 大幻想曲「ノルマの回想」 S.394 2019年の録音。 このアルバムに収録されている楽曲は、いずれも19世紀の前半、人気を博したイタリアオペラの旋律を、当時のヴィルトゥオーゾ・ピアニストたちがアレンジしたものである。 最初に収録されている「ヘクサメロン」は、当時、パリの有力者であったベルジョイオーソ侯爵夫人の提案で、パりで人気のあった6人ピアニスト、すなわち、リスト、タールベルク、ピクシス、エルツ、チェルニー、ショパンに、ベッリーニのオペラ「清教徒」の主題により、それぞれが変奏曲を書くという「課題」に沿って作られたものを、最終的にリスト編集し、一つの大規模な変奏曲に仕立てたものである。 全曲を収録した録音は意外と多くはないので、そういった点でも当盤は歓迎されるが、それにしてもアムランの演奏の完成度は高い。またソノリティ自体の美しさ、適度に情緒を配しながらの気高い雰囲気は、当盤を聴くことで、私に、楽曲自体の価値の高さを気づかせてくれるもので、そういった意味でも、ありがたかった。元のベッリーニの主題自体は、私にはそこまでインスピレーションに富んだものとは感じないのであるが、ピクシス編の壮麗なオクターヴ音や、エルツ編に気負いのない気さくさ、ショパン編のあえて落ち着いた情感を描いたものなど、様々な作曲家の個性が、一つの楽曲の中で展開されるのは、この楽曲ならではの喜びである。またリストが全曲の構成にあたって工夫した連結部、そしてフィナーレのリストらしい大仰さも、アムランの快演で聴くと、実に楽しいものである。 アルバム後半にはリストとタールベルクの編曲ものが交互配置されている。これを見て音楽ファンの多くは、リストとタールベルクによるいわゆる「ピアノ対決」のエピソードを彷彿とさせるだろう。ちなみに、一連のピアノ対決に関して、例のヘクサメロンの仕掛け人であるベルジョイオーソ夫人が「タールベルクは世界で一番のピアニスト、リストは世界で唯一のピアニスト」とう妥協案を提案したことも、今日まで伝わる逸話である。 現代ではリストの楽曲はもちろんたびたび演奏されているのだが、タールベルクの作品の演奏機会は多くはないため、その点でも、当盤は、聴き手の興味を満たせてくれる。タールベルクのロッシーニの「エジプトのモーゼ」からの編曲は、オーケストラの楽器の特色を感じさせるもので、アムランはそれにふさわしい色彩感で作品を演奏しており、とても魅力的だ。大幻想曲「ノルマの回想」における劇的な演出も、アムランは出力十分で、スリリングに弾きこなしており、とても気持ちが良い。 |
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リスト ボン・ベートーヴェン記念像除幕式のための祝典カンタータ (ベートーヴェン・カンタータ第1番) ベートーヴェン 合唱幻想曲 ヴァイル指揮 WDRカペラ・コロニエンシス ケルナー・カントライ S: ダムラウ T: デュルミュラー Bs: ツェッペンフェルト fp: コーメン レビュー日:2015.3.4 |
★★★★☆ リストが除幕式のために書いた祝典音楽です
ブルーノ・ヴァイル(Bruno Weil 1949-)指揮、WDRカペラ・コロニエンシスとケルナー・カントライの演奏で、以下の楽曲を収録。カペラ・コロニエンシス(Cappella Coloniensis)は、ケルンを拠点とするピリオド楽器によるオーケストラ。 1) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ボン・ベートーヴェン記念像除幕式のための祝典カンタータ (ベートーヴェン・カンタータ 第1番) 2) ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827) 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 独唱者は以下の通り ソプラノ: ディアナ・ダムラウ(Diana Damrau 1971-) テノール: イェルク・デュルミュラー(Joerg Duermueller 1959-) バス: ゲオルク・ツェッペンフェルト(Georg Zeppenfeld) 合唱幻想曲では、パウル・コーメン(Paul Komen)が1815年にウィーンで製作されたフォルテ・ピアノを奏している。2000年の録音。 リストの作品はその名の通り、1854年にボンで行われたベートーヴェン像除幕式のための依頼作品であった。リストのベートーヴェンへの畏怖と敬愛は深く、そのことは、彼がベートーヴェンの9つの全交響曲のピアノ編曲を手掛けたことにも明らかだ。もちろん、当時のヨーロッパは、今以上にベートーヴェンの影響は圧倒的で、どのような作曲家も、ベートーヴェンを意識しない芸術活動など、不可能だったわけだが。 というわけで、リストは、この仕事を引き受けるにあたって、ベートーヴェンへの畏敬を、「引用」という形でも盛り込むことにした。カンタータは4つの部分に分かれているが、その最後の部分で、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲「大公」の第3楽章の主題を用い、ベートーヴェンの功績を高らかに歌い上げるコーラスに結びつけている。 一方で、この作品はリストの猛る想いが、かなり率直に出た部分もある。芸術的な咀嚼という点で、さほど深みを感じさせるものではなく、むしろ若々しさを感じさせるエネルギーの直截な放出がある。リストが繰り出すフレーズも、どこか初々しさを感じさせるので、引用があるとは言っても、そこにベートーヴェンに繋がる精神性のようなものを示唆するものとは言い難く、あくまで祝典的なものだろう。(もちろん、このような音楽となった由来は、与えられたテキストによっても大きく左右されただろう) 旋律的には、ベートーヴェン以後のメンデスルゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)やヴェルディ(Giuseppe Verdi 1813-1901)を彷彿とさせるところがあるので、そういった観点で興味深く聴くことができる。 ヴァイルの演奏は、ダイナミックで勇壮だ。コーラスの精度も高い。この作品の性向をよく見極めての演出といったところもあるだろうが、音楽によく情感を与えている。 ベートーヴェンの高名な合唱幻想曲が併せて収録されているが、こちらは、一般的な現代ピアノの演奏に比べると、どうしても寂しく感じてしまう。ピアノが合唱や独唱に張り合う「強さ」を持たないため、どうしても内向的な雰囲気となる。一方で、木管のもたらす味わいが素晴らしく印象に残った。 ディスクの収録時間が全体で45分と短い。リストの当作品に興味のある人には面白いく、私も興味深く聴いたが、一般的なオススメ品とは言い難いでしょう。 |