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リゲティ



器楽曲

練習曲集 第1巻 第2巻 第3巻から「白の上の白」 ムジカ・リチェルカータ
p: エマール

レビュー日:2011.6.1
★★★★★ リゲティの凄いピアノ・ソロ曲を堪能できる1枚
 ジェルジュ・リゲティ(Gyorgy Ligeti 1923-2006)はハンガリーにおけるバルトーク以後でもっとも重要な作曲家と言える。1960年代の前衛音楽ではその名が象徴的に使われた。バルトーク、ストラヴィンスキーから影響を受け、マジャール民謡を研究し、ドイツではケーニヒから電子音楽を学んでいる。ピアノ・ソロ作品は、聴いてみると、たしかに前衛的だがピアノという楽器の性格もあって、非常に聴きやすい。独特の和声とリズムを用いていて、十二音音楽的な要素を持ちながら、予定調和もある。
 収録曲は、練習曲第1集全6曲(第1番「無秩序」、第2番「開放弦」、第3番「妨げられた打鍵」、第4番「ファンファーレ」、第5番「虹」、第6番「ワルシャワの秋」)。第2巻全8曲(第1番「悲しい鳩」、第2番「鋼鉄」、第3番「眩暈」、第4番「魔法使いの弟子」、第5番「不安定なままに」、第6番「組み合わせ模様」、第7番「悪魔の階段」、第8番「無限柱」)、第3巻の第1番「白の上の白」、それと「ムジカ・リチェルカータ」。1995年から96年にかけて録音された。ピアノはエマール(Pierre-Laurent Aimard)。
 アフリカのポリリズム音楽に影響を受けたとされる「ファンファーレ」の無窮動ぶりにまず注目。独特の左手の刻みから、即興的な旋律が刻々と様相を変えながら奏でられていく。「眩暈」に聴かれる不思議な焦燥感、夢の世界のようにとりとめもなく広がるグラデーションも面白い。「悪魔の階段」は規模の大きい楽曲で、いかにも至難な技巧を要求されるだろう。終結部の和音を思い切りペダルを踏み込んで、そのまま踏みっぱなしのエンディングがクラスター・トーンを彷彿とさせる。「妨げられた打鍵」はその名の通りで、片手の静かなキー操作の合間に、もう一方の手が様々な階層のシーケンスを積んでいく。「無限柱」も凄い音楽だ。「ムジカ・リチェルカータ」は第2曲がキューブリックの映画「アイズ・ワイド・シャット(EYES WIDE SHUT)」で使用されているので、心当たりのある人もいるだろう。
 全編通じてエマールの技巧が圧巻。これほどの曲をいったいどのような練習をすればこのように弾きこなすことができるのだろうか?感服してしまう。これらの作品を伝える良質な記録であることは間違いない。

練習曲集 第1巻 第2巻 インヴェンション 2つのカプリチオ ディヴィッド・テューダーのための3つのバガテル 半音階的幻想曲
p: ウーレン

レビュー日:2013.2.4
★★★★★ 録音のあまり多くはないリゲティのピアノ・ソロ曲を真摯に弾いた良演
 スウェーデンのピアニスト、フレデリック・ウーレンによるリゲティ(Ligeti Gyorgy Sandor 1923-2006)のピアノ作品集第1集。1996年の録音。収録曲は以下の通り。(数字はCD中の相当するトラック・ナンバー)
1) 練習曲集 第1巻(1「無秩序」 2「開放弦」 3「妨げられた打鍵」 4「ファンファーレ」 5「虹」 6「ワルシャワの秋」)
2) 練習曲集 第2巻(7「悲しい鳩」 8「鋼鉄」 9「眩暈」 10「魔法使いの弟子」11「不安定なままに」 12「組み合わせ模様」 13「悪魔の階段」 14「無限柱」)
3) インヴェンション 15
4) 2つのカプリッチョ 16-17
5) ディヴィッド・テューダーのための3つのバガテル 18-20
6) 半音階的幻想曲 21
 リゲティのピアノ作品集の面白さは、その運動と音響構築の関連性にあると思う。細やかな半音階の連続的な変化で、幾何学的な音の模様を作り上げたり、重々しい伽藍のような音を築き上げたり、それは音楽であるというより、何かもっと音響作品であるといったような趣がある。
 いち早くリゲティの全集を完成させたウーレンというピアニスト、私はこのリゲティ以外聴いたことがないのだけれど、リゲティの作品に必要とされるタフな技術があるようで、安定感のある演奏となっている。
 私は、第2集に収録されている「2台のピアノのための作品」がより面白いと思うが、この第1集では、評判の高い練習曲集が聴ける。特に第1巻はロマン派的抒情性を湛えた作品で、楽しめる人は多いと思う。「無秩序」「ファンファーレ」の小刻みで、揺れ動く楽想は、リゲティらしさが横溢するものだが、ウーレンは正確な打鍵でこれを構築していて、近代的なアートを思わせる内容。「開放弦」のミステリアスな雰囲気ただよう音楽も、よく空気を伝えている。
 第2巻は最後の2曲「悪魔の階段」と「無限柱」が力感溢れる大作で、打ち鳴らされる重和音の効果に圧倒される。ある意味攻撃的な音楽であるが、ウーレンは外的な美観を手際よく整えていて、聴きやすい仕上がりにしてくれている。
 インヴェンション、カプリッチョ、バガデル、幻想曲と妙に「古典的な」タイトルが並ぶが、リゲティならではの無機的とも言える無表情さが、逆に魅力とも言える。目下のところ、これらの曲集の代表的録音となっている。

ムジカ・リチェルカーラ 練習曲 第15番 第16番 2台のピアノのためのソナチネ 2台のピアノのためのトレファス・インドゥロー 2台のピアノのためのポリフォニック・スタディ 3つの婚礼舞曲 連弾のためのアレグロ 2台のピアノのための3つの小品
p: ウーレン

レビュー日:2013.1.21
★★★★★ 聴きようによって、様々な姿に思えてくるリゲティのピアノ曲
 スウェーデンのピアニスト、フレデリック・ウーレンによるリゲティ(Ligeti Gyorgy Sandor 1923-2006)のピアノ作品集第2集。1998年の録音。収録曲は以下の通り。(末尾の数字はCD中の相当するトラック・ナンバー)
1) ムジカ・リチェルカータ 1-11
2) 2台のピアノのためのソナチネ 12-14
3) 2台のピアノのためのトレファス・インドゥロー 15
4) 2台のピアノのためのポリフォニック・エチュード 16
5) 2台ピアノのための3つの婚礼舞曲 17-19
6) 4手ピアノのためのアレグロ 20
7) 2台のピアノのための3つの小品 21-23
8) 練習曲 第15番「白の上の白」・第16番「イリーナのために」 24-25
 リゲティはハンガリーのユダヤ系作曲家である。その肉親の多くが第2次世界大戦中に収容所で殺されている。ハンガリー動乱後にはウィーンに移り音楽活動を継続した。しかし、彼の作風は、クールな客観性があり、かような世界の歴史的悲劇に接した風を感じさせない。
 リゲティのピアノ曲はたいへん面白い。カールハインツ・シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen 1928-2007 )やバルトーク(Bartok Bela 1881-1945)の影響を感じさせるが、印象派的な風合いと、独特の鋭角的な影がある。その音楽は、おおむねリズムと音色により成り立っているが、どこか人の心に触れるメロディアスな断片を持っていて、その融合比か独特の世界観を醸し出している。
 リゲティのピアノ曲の録音では、エマール(Pierre-Laurent Aimard 1957-)にも注目すべきものがあったが、いちはやく全集を完成させたピアニストとして忘れてならないのがこのウーレンである。リゲティ特有の音色の妙を巧みに掬い上げた鮮明な処理が見事で、聴かせる。また「2台のピアノ」作品等についても、多重録音という形で収録してあり、全集の価値を高めている。
 個人手に特に感心した作品としては「2台のピアノのための3つの小品」を挙げたい。互いのピアノの残響を利用した独特の音色効果は、まるで電子音楽のような雰囲気を持っていて、前衛的な気風がよく表れている。特に第2曲後半から第3曲にかけてが凄い。
 その他に、全般にピアノという楽器の可能性を追求した多彩な音色が面白い。環境音楽、あるいはミニマルミュージックとしての要素の高い作品もある。こちらも例を挙げるなら、ムジカ・リチェルカーラの第7曲"Cantabile, Molto Legato"はどうだろう。私は、この曲を聴いていると、Maxisの名作シミュレーション、Sim City のサウンドトラックを聴いているような気持になるのだが、いかがだろうか?(ちょっと例えがマニアックでしょうか?)
 いずれにしても、現代音楽という気難しさとまた違った親しみやすさのある音楽になっているので、ピアノという楽器が好きな人にはお勧めしたい一枚と言える。


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