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クルターグ



器楽曲

from afar
p: オラフソン

レビュー日:2023.3.6
★★★★★ 静謐へ還っていく、ひたすら美しいアルバム
 企画性の高いアルバムを次々とリリースしては、私たちを楽しませてくれているアイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソン(Vikingur Olafsson 1984-)による2022年録音のアルバム。“from afar”(9トラック目の収録曲名)と題されたこのアルバムは、オラフソンが敬愛するハンガリーの作曲家、ジェルジュ・クルターグ(Kurtag Gyorgy 1926-)との出会いによって生まれたという。
 ブダペストで、オラフソンがクルターグと会うために当初約束されていた時間は15分程度だったという。しかし、会ってみると、クルターグはすでにオラフソンのことをよく知っており、すぐに両者の関係は音楽の話で親密になり、その場でオラフソンが弾くピアノにクルターグが聴き入ったりするなど、結局2時間以上の時間を過ごすことになったという。そして、その際にオラフソンが思いついたイメージに沿って、当アルバムの構成が考案されたという。
 このアルバムの大きな特徴の一つとして、CD2枚に、それぞれ同内容の楽曲が収録されていることがある。1枚目は通常のスタインウェイのコンサート用グランドピアノで、2枚目はいわゆる家庭用のアップライト・ピアノで弾かれており、当然のことながら、響きが異なる。オラフソンは以前、Reflectionsと題されたアルバムでも、同一曲をコンサート・ピアノとアップライト・ピアノの双方で弾く試みを行っていたが、今作では、収録曲全曲について、これを行ったことになる。さて、その収録曲の詳細は下記の通り
1) バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)/クルターグ編 キリストよ、汝神の子羊 BWV.619
2) シューマン(Robert Schumann 1810-1856) カノン形式による6つの練習曲 op.56 から 第1番 ハ長調
3) バッハ/オラフソン編 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番 ハ長調 BWV.1005 から 第1楽章
4) クルターグ 「遊び」 第3巻から ハーモニカ(ボルソディ・ラースロー讃)
バルトーク(Bartok Bela 1881-1945) 3つのチーク県の民謡
 5) 第1曲 「孔雀」
 6) 第2曲 「ヤノシダの広場にて」
 7) 第3曲 「白百合」
8) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) 7つの幻想曲 op.116 から 第4番 間奏曲 ホ長調
9) クルターグ 「遊び」 第5巻から 「遠くから」
10) ビルギッソン(Jon Tor Birgisson 1975-) ウェア・ライフ・アンド・デス・メイ・ドウェル(アイスランド民謡)
11) バッハ/クルターグ編 6つのトリオ・ソナタ 第1番 変ホ長調 BWV.525 から 第1楽章
12) カルダロン(Sigvaldi Kaldalons 1881-1946)/オラフソン編 アヴェ・マリア
13) クルターグ 「遊び」 第1巻から 小コラール
14) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)/オラフソン編 ヴェスペレ K.339 から 「主をほめたたえよ」
15) クルターグ 「遊び」 第1巻から 「眠そうに」
16) シューマン 子供の情景 op.15 から 第7曲 「トロイメライ」
17) クルターグ 「遊び」 第7巻から 「花、私たちは」
18) アデス(Thomas Ades 1971-) ザ・ブランチ
19) クルターグ 「遊び」 第1巻から 「鳥のさえずり」
20) シューマン 森の情景 op.82 から 第7曲 「予言の鳥」
21) ブラームス 7つの幻想曲 op.116 から 第5番 間奏曲 ホ短調
22) クルターグ 「遊び」 第3巻から 「コリンダ・メロディーの断片 - かすかな思い出」(フェレンツ・ファルカシュ讃)
 11)は「3手のため」の編曲となっており、オラフソンの妻でピアニストのハッラ・オッドニイ・マグヌスドッティア(Halla Oddny Magnusdottir)が右手のみで参加している。
 当アルバムの収録曲を眺めると、クルターグが長く書き続けてきたピアノ独奏曲集である「遊び」からの抜粋を中心に、その間に挟まれるように古典から近現代に至る様々な楽曲が並んでいる。これらの楽曲は、総じてゆったりした静かな楽曲と言って良い。それらの楽曲では、情熱的な訴えがあったとしても、それは「内に秘めたもの」として描かれている。そのため、全アルバムを通じて、聴き手はどこかしら安寧に近い感情を受け取ることになる。これは、このアルバムのコンセプトが、そもそも「自然」「ふるさと」「子供時代」「家族」の4つのテーマに沿うものだから、とのことである。
 さて、オラフソンの透明で、繊細な情感に優しく沿ったピアノは、これらの楽曲において、絶大な演奏効果を上げているといって良い。ブラームスやシューマンの聴き慣れた楽曲であっても、その透き通った響きと、細やかな内声部の扱いは、聴き手に新鮮な感動をもたらしてくれる。また、この静謐なアルバムを聴き通していると、どこか古典的で暖かで懐古的なものと、現代的で悲しく生命の終わりを連想させるものの、双方が含まれているような気がしてならない。静かであること、動きを沈めていく作用の果てに繋がるまったく異なる2つのものが、怖いほどの親近性をもって表現されているような気がしてならない。特にアップライトで弾かれた音の方に、暗いものがあるように私は感じるのだが、みなさんはいかがだろうか。
 アデスの楽曲は、今回のオラフソンのアルバムのコンセプトのために書かれた楽曲だそうである。それも含めて、クルターグの「遊び」からの楽曲も、他に聴く機会はほとんどないと思われるものであろうし、それらも含めてオラフソンの意味深で高い芸術性を感じさせるタッチで奏でられたこのアルバムは、無性に美しい。


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