クロンマー
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クラリネット協奏曲 変ホ長調 op.36 2つのクラリネットのための協奏曲 変ホ長調 op.35 変ホ長調 op.91 cl: ベルケシュ 筒井香織 高橋友子 ベルケシュ指揮 ニコラウス・エステルハージ・シンフォニア レビュー日:2026.7.29 |
| ★★★★★ クロンマーを代表する3編の「クラリネット協奏曲」の名演
当盤の収録曲には思い出がある。私がまだ10代だったころ、父が時々訪れていた町中にある喫茶店に立ち寄って帰ってきた。その喫茶店は、当時あった「クラシック喫茶」で、店主が選んだクラシックのLPが流れていて、中古のLPを取り扱うコーナーもあるのである。10代だった私も、何度か父についていって、そこで購入した思い出深いLPも何枚か記憶している。その日、父は「とても素敵な曲を知った。お店でかかっていたんだけど、クロンマーという聞いたことのない作曲家のクラリネット協奏曲だった。」と言っていた。けれど、それ以後をあまり思い出さない。父はそのLPを探したのかもしれないし、そこまでしなかったかもしれない。おそらく、今当人に訊いても、そのエピソード自体を覚えていないように思う。 その「クロンマーのクラリネット協奏曲」というのが、当盤に収録してあるop.36である可能性はとても高い。80年代に流通した当曲を録音したLPに、どのようなものがあったのか分からないが、今聴ける名録音の一つとして当盤がある。 というわけで、当盤は、チェコの作曲家、フランツ・クロンマー(Franz Krommer 1759-1831)の以下の3つの名品を収録したアルバムとなる。 1) 2つのクラリネットのための協奏曲 変ホ長調 op.35 2) クラリネット協奏曲 変ホ長調 op.36 3) 2つのクラリネットのための協奏曲 変ホ長調 op.91 ハンガリーの世界的クラリネット奏者、カールマン・ベルケシュ(Kalman Berkes 1952-)によるクラリネット独奏と指揮、ハンガリーのニコラウス・エステルハージ・シンフォニア の演奏。2つのクラリネットのための協奏曲で第2クラリネットを担うのは、op.35が筒井香織、op.91が高嶋友子となる。ベルケシュは、1992年に来日して以降、武蔵野音楽大学で教授を務めた。2人の第2クラリネット奏者は、ともにベルケシュの教え子である。また、ニコラウス・エステルハージ・シンフォニアは、1992年にハンガリーのブダペストで結成された、録音活動を主軸に置いた現代楽器による室内オーケストラ。1994年の録音。 クロンマーは、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)やハイドン(Joseph Haydn 1732-1809)の没後からベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の時代にかけてのウィーンで絶大な人気を誇った作曲家兼ヴァイオリニストであった。しかし、その後の演奏史においては、モーツァルトの影に隠れてしまい、現在では決して知名度の高い存在とはいえない。しかし、その作風は、非常にメロディアスで楽しい。クロンマーは、自身はヴァイオリン奏者であったにも係らず、管楽器の扱いに精通し、管楽器のための作品を精力的に手がけた。当盤に収録されている3つの協奏曲は、いずれもクロンマーの代表作と呼ぶにふさわしい名品だ。音楽史の観点では、これらのクラリネット協奏曲は、モーツァルトによる古典の完成とウェーバー(Carl Maria von Weber 1786-1826)によるロマン派の発露の「橋渡し」的存在であり、「ピアノ協奏曲」のジャンルであれば、ちょうどフンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)の作品群の位置に相当するもの。3曲とも変ホ長調という調性が採用されており、 当録音でもB管クラリネットが使用されている。 op.35から聴き始める。堂々としたトゥッティから始まる古典派らしい活気にあふれた美観に溢れる。第1クラリネットと第2クラリネットの間の関係は、明確な主従のようなものではなく、デュエットと表現すべきだろう。3度や6度といった明るい健やかな和声が調和の美を歌いつくす。ソロ・クラリネットは、思いのほかしっかりと重さと太さを感じる響きであり、現代楽器によるオーケストラの豊饒な音色と併せてふくよかで幸福感に溢れている。短調の第2楽章の情感も深い。 op.36のソロ協奏曲は、冒頭で書いたように、長くこのジャンルの定番的レパートリーとなっていた名曲で、第1楽章の輝かしいオーケストラの提示から、忘れがたい魅力に溢れている。深い憂いの情感に満ちた第2楽章のアダージョは、モーツァルトのクラリネット協奏曲にも聴き劣らないと思うが、クロンマーの情感の色彩感には、そこにロマン派の幕開けがあることを、実感差せるという点で、作品のスタンスの差が明瞭だ。ベルケシュのクラリネットは、この楽器がこれほど深く色合いを様々に変える事が出来ることに改めて感嘆させてくれるもの。第3楽章のロンドは、広い音域を駆け巡るヴィルトゥオジティが発揮される。ベルケシュの技巧は圧巻で、鮮烈でスピーディーな展開を鮮やかにこなして聴き手を魅了する。音楽的にも高揚感に満ちた充実した楽章で、聴き手を満ち足りた気持ちにさせてくれる。 op.91は、前2作から10年以上後に書かれた作品で、その内容は、一層ロマン派への接近を思わせる。オーケストラの響きがより豊かになり、旋律も情緒が濃くなる。2つの独奏クラリネットの関係も、op.35と比べえると、よりダイナミックで劇的。特に両端楽章におけるクラリネット同士の互いを刺激しあう関係は、それまでの古典の枠組みを踏み越えた表現性の獲得を象徴するところだ。当盤におけるベルケシュと高橋による華やかな音色の交錯は、この楽曲の位置づけに相応しく、喜びに満ちている。オーケストラの高貴で豊かな響きも美麗。 |
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クロンマー オーボエ協奏曲 第1番 第2番 モーツァルト オーボエ協奏曲 ob: フランシス シェリー指揮 ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ レビュー日:2026.9.4 |
| ★★★★★ 「古典の完成」から「ロマン派の発露」への過程を味わうオーボエ協奏曲集
イギリスのオーボエ奏者、サラ・フランシス(Sarah Francis 1938-)とハワード・シェリー(Howard Shelley 1950-)指揮、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの演奏で、下記の古典派のオーボエ協奏曲における重要な傑作3曲を収録したアルバム。 1) モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791) オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314 2) クロンマー(Franz Krommer 1759-1831) オーボエ協奏曲 第1番 ヘ長調 op.37 3) クロンマー オーボエ協奏曲 第2番 ヘ長調 op.52 1990年の録音。モダン楽器による演奏。 クロンマーは、モーツァルトやベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)と同時代にウィーンで宮廷作曲家として活躍したモラヴィア出身の作曲家で、自身はヴァイオリンを奏した一方で、管楽器の扱いに精通しており、管楽器のための作品を数多く遺した。「オーボエ協奏曲」は2曲を遺しており、当盤にその全2曲が収録されている形となる。この2つのオーボエ協奏曲は、第1番が古典派の洗練を示すのに対し、第2番はよりシンフォニックで、かつ表現される感情の幅も大きく、ロマン派への布石という性格を色濃く持っている。そういった点で、アルバムを通して聴くことで、古典の完成からロマン派への布石へという流れを「オーボエ協奏曲」というジャンルを通じて体感できる構成となっている。 有名なモーツァルトのオーボエ協奏曲は、長年、「フルート協奏曲第2番 ニ長調」として親しまれていましたが、1920年にオーストリアの音楽学者パウムガルトナー(Bernhard Paumgartner 1887-1971)によってオーボエ協奏曲のパート譜が見出され、原曲はハ長調のオーボエ協奏曲であったことがわかった経緯を持つ。その経緯を踏まえ、当録音において、フランシスは、モーツァルトが「フルート版」へと編曲した際、跳躍音やスラーをブラッシュアップした箇所について、オーボエの音域や技術に合わせて逆輸入する変更を試みている。また楽章間のカデンツァや装飾音についても、独自の挿入を行っており、それらが自然で流麗に表現されている。 第1楽章は「快活に、堂々と」と指示されているが、フランシスの演奏は天真爛漫というより落ち着いた色調を持っている。そして、全体的な流れの良さ、旋律線滑らかな響きが印象的。第2楽章は「天上の美しさ」と形容されることもある部分。オーボエが紡ぐ、息の長い旋律が上品なビブラートを伴い、品格を備えた深い抒情性を聴かせる。第3楽章はがのちの歌劇「後宮からの誘拐」のアリア「いざ戦いだ!」の前駆体といえるメロディが登場するが、この弾むようなコミカルな響きは、落ち着きながらも溌溂と表現されており、トリルの装飾も自然でよくなじむ。ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの堅実かつ優美なバックアップで、十全の響きだ。 クロンマーの第1番は、洗練された古典様式とともに、オーボエの技巧的なパッセージが活かされた佳作。フランシスの演奏は、技巧的、古典性の両面をヴィヴィッドに表現した演奏。第1楽章は 堂々としたオーケストラの序奏に続いて、オーボエが華やかに登場するが、モーツァルトから引き続く「流れの良さ」が持続し、きわめて自然で耳障りのよい運びとなる。第2楽章は、オーボエによるアリアであり、息の長い旋律がビブラートを交えて流れていくところなど、モーツァルトを彷彿とさせる。厳かな雰囲気に満ちた魅力的な音楽である。第3楽章は軽快。ここでも装飾音の効果が楽しく、テンポ良く進む全体と併せて心地よい健康美が息づく。技巧的な巧さだけでなく、豊かで叙情的な表現性を多分に含み、楽曲の美しさを十分な出力で伝えてくれる。 クロンマーの第2番は、この作曲家の代表作の一つとされるもので、ドラマ性とロマンティシズムにおいて、明らかに時代的な前進が感じられる。ベートーヴェンを思わせる重厚なサウンドとともに、第2楽章では、連綿たる情感が描かれる。フランシスの演奏も、感情のダイナミクスを大きく取っている。 第1楽章は、情熱的な踏み込みの大きい展開があり、躍動感あふれるオーケストラに注目したい。シェリーの指揮も、力強い曲想にふさわしい膂力のある表現だ。フランシスのオーボエも、旋律に込められたダイナミズムを鮮やかに引き出し、オーケストラともに、緊張感を高めている。第2楽章の切ないメロディは、あるいはこのアルバムの白眉と言えるかもしれない。哀調と称したい悲劇性があり、音楽の訴えかけも、直接的だ。オーボエのトーンそのものの深みは、このメロディを俗っぽく響かせない効果があり、締めるところを心得た美しさに満ちている。第3楽章は一転して明るく軽快。オーケストラとオーボエの心地よい掛け合いで、心地よく進行し、転調を経ながらも、朗らかに結ばれる。 フランシスの程よい装飾性と、よどみのない流れを維持する技巧により、良く知られたモーツァルトの作品と併せて、クロンマーの2つの佳作を聴くことのできる好選曲であり、シェリーの真摯な指揮と合わせて、安定した名演の薫りただようアルバムとなっている。 |
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