カバレフスキー
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カバレフスキー ピアノ協奏曲 全集 歌曲「学生時代」の主題による狂詩曲 シューベルト(カバレフスキー編) 幻想曲 ヘ短調 D.940 p: コルスティック フランシス指揮 ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2018.7.9 |
★★★★★ 是非聞いてほしい!とにかく楽しいカバレフスキーのピアノ協奏曲
カバレフスキー(Dmitri Kabalevsky 1904-1987)という作曲家は不遇だ。これはしばしば言われることだけれど、私はこのアルバムを聴いてそれを再度痛感した!近い時代、ソ連で活躍したプロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953)、ショスタコーヴィチ(Dmitrii Shostakovich 1906-1975)に比べて、個性が乏しいというのは、ある面ではそうかもしれない。しかし、カバレフスキーには、プロコフィエフの「グロテスク」やショスタコーヴィチの「ダーク」とはまったく異なる心地よい明朗な音楽性があって、それが彼の音楽に、他の誰にも書きえない外面的、外発的な魅力をもたらした。とくに4曲あるピアノ協奏曲は、どれも聴いていて抜群に楽しい。 私は長いこと、これらのピアノ協奏曲に、キャサリン・ストット(Kathryn Stott 1958-)の快演で親しんできた。とはいえ、これらの楽曲において、なかなか録音数は増えない状況もあった。そんな中で、ベートーヴェンの優れた解釈でも名を馳せたミヒャエル・コルスティック(Michael Korstick 1955-)による当盤が登場したのである。・・まあ、当盤が登場してから、すでに何年か経過しているのですが、改めてレビューさせていただきます。まず収録曲は以下の通り。 【CD1】 1) ピアノ協奏曲 第1番 イ短調 op.9 2) ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 op.23 【CD2】 3) ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 op.50 4) シューベルト(Franz Schubert 1797-1828)/カバレフスキー編 幻想曲 ヘ短調 D.940 5) 歌曲「学生時代」の主題による狂詩曲 op.75 6) ピアノ協奏曲 第4番 op.99 「プラハ」 ピアノ独奏は前述したコルスティック。オーケストラはアラン・フランシス(Alun Francis 1943-)指揮、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団。 2010年の録音。 4曲のピアノ協奏曲以外に、2編の貴重な「ピアノと管弦楽のための作品」が収録してあるのが嬉しい。シューベルトの幻想曲D.940は、4手のためのピアノ連弾曲で、吉田秀和(1913-2012)氏がこの原曲の美しさを絶賛し「この曲をまだきいたことのない人は仕合わせだ。その人にはまだ1曲、至福の想いを与える音楽にはじめて出会う幸福が待っているのだから」と書いたことを思い起こす人もいるだろう。カバレフスキーは、原曲全3楽章を、独奏とピアノと管弦楽版にアレンジしたのである。このアレンジがカバレフスキーらしい、原曲のイメージを覆さずに、近代オーケストラの響きを折り合わせたもので、原曲を知る人にも知らない人にも存分に楽しめるものとなっている。 それにしてもコルスティックのピアノは見事だ。協奏曲第1番の冒頭から、柔らかでありながら光沢のあるタッチに魅了される。その色彩感とともに、力強いパワーも兼ね備えた彼の演奏は、これらの作品を見事に輝かせる。 第1協奏曲では、第1楽章の憧憬的な付点リズムの主題が、見事な起伏をもって描かれ、圧倒的なクライマックスに導かれる過程が見事。この楽曲がもっとも浪漫的で、ラフマニノフを思わせるようなところもある。最高傑作と言えるのは第2協奏曲。この曲では、鋭敏なリズムと色彩的な音色が、互いに他方を鮮やかに引き立たせながら、引き締まった構造美に貫かれる。ことに第1楽章のカデンツァは迫力満点であるが、ここでコルスティックの豊穣な重量感を保ちながらスピードを維持して突き進むピアノは当盤最大の聴きどころかもしれない。第3協奏曲は牧歌的な雰囲気を持ちながら、この作曲家ならではのリズムがあちこちに顔をのぞかせる。第2楽章中間部の楽想など、ユニークで楽しいことこの上ない。もっとも規模の小さい第4協奏曲は、両端楽章の演奏時間が3分台にとどまるが、それゆえの機敏さが魅力。ことに終楽章のパーカッションをともなって、スピーディーかつ運動的に一陣の風のように描かれる爽快な音楽は軽妙な魅力がいっぱいだ。 シューベルトの幻想曲の編曲作とともに、カバレフスキー自身の歌曲のメロディを用いた狂詩曲も併せて、とても聴きやすく親しみやすい音楽。加えてコルスティックの音量、音色、スピード、そのすべてに完璧といって良いピアニズム、さらには楽器の魅力を存分に引き出した反応の良いオーケストラ。全収録曲において、聴き手に悦楽をもたらしてくれる最高のアルバムだ。 |
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ピアノ協奏曲 第1番 第4番「プラハ」 交響曲 第2番 p: ストット ヤルヴィ指揮 BBCフィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2007.2.20 |
★★★★☆ 好評ストットのカバレフスキー第2弾
ドミトリ・ボリソヴィチ・カバレフスキー(Dmitri Borisovich Kabalevsky 1904-1987)はソビエト連邦(ロシア)を代表する作曲家の一人であり、ソ連政府公認の作曲家兼ピアニストであり、作家としても活動した。本盤はストットによるカバレフスキーのピアノ協奏曲シリーズの2枚目である。1枚目に完成度の高い曲を選んで収録してあるため、こちらの方が曲目的に地味であるが、一応これをもって4曲あるすべてのピアノ協奏曲がそろったことになる。指揮者はレパートリーの広い万能タイプ、ヤルヴィに代わった。協奏曲第1番はカバレフスキーの作風の中では温厚な作品で、常套的にも聴こえるが、古典性を踏襲した作風は聴きやすい。ストットの歯切れのいいピアノは曲想を一本調子にしないような適度な工夫がある。交響曲第2番が真中に収録されている。楽曲の長さとしてはこれが一番長いので、ピアノ協奏曲の余禄というわけでもない。チャイコフスキー以来のロシア・ノスタルジーを垣間見ながら、明朗な終結へ向けてというこれまた「順当な」作風である。ヤルヴィの指揮はいつもの通り無難である。まず問題ないと思うが、他の演奏と比較したことがないのでわからない部分もあった。協奏曲第4番は「プラハ」のタイトルを持つが、これはいかにもコンクール向けといった12分程度のスポーティーな側面を持った曲で、私のイメージではもっともカバレフスキーらしさのでた部分であった。演奏の質は高いと思うので、第1弾を購入してこの作曲家の作品をもっと知りたいという方にはオススメだ。ただし「この作曲家ははじめて」という方には第1弾(協奏曲第2番&第3番)の方がずっとオススメだ。 |
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ピアノ協奏曲 第2番 第3番 組曲「道化師」 コラ・ブルニョン序曲 p: ストット シナイスキー指揮 BBCフィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2004.1.1 |
★★★★★ カバレフスキーを聴くなら、これ!
20世紀社会主義リアリズム作曲家カバレフスキー再興のアルバム。収録曲はピアノ協奏曲(第2番&第3番)組曲「道化師」コラ・ブルニョン序曲。 冒頭のコラ・ブルニョンから勢いのあるノリのいい音楽が展開される。キレのあるリズムと色彩感はプロコフェフを思わせる。 特に第2協奏曲はプロコ的明朗性を持ちながらよりストレートな語り口がなんとも魅力。かつては運動会のBGMでおなじみだった「道化師」中の小曲「ギャロップ」も軽快この上ない快演でノンストップ!ピアニストのストートも万全のテクを惜しげも無く披露。シナイスキーの素晴らしい指揮ともども、この作曲家のステイタス自体を押し上げるほどの気持ちい快演盤の登場だ! |
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カバレフスキー チェロ協奏曲 第2番 ハチャトゥリアン チェロ協奏曲 ラフマニノフ ヴォカリーズ vc: リドストレム アシュケナージ指揮 エーテボリ管弦楽団 p: アシュケナージ レビュー日:2005.5.5 |
★★★★★ 魅力的なチェロ協奏曲2曲
アシュケナージの珍しいBISへのレコーディングである。マッツ・リドストレムはストックホルム生まれのチェロ奏者。93年にアシュケナージの親友であるリン・ハレルの紹介を受けている事から、そういう繋がりがあるらしい。 カバレフスキー、ハチャトゥリアン、両曲とも民俗色を感じさせる、いわゆるエスニックな曲であるが、チェロ協奏曲というテーマからか、音域が低音部に偏っており、独特の暗い雰囲気があり魅惑的である。 カバレフスキーの曲は3楽章構成で全曲がアタッカで繋がっており、各楽章間にカデンツァが挿入されている。第1楽章冒頭から静かな暗い弦楽合奏をバックにピッチカートでもの悲しくメロディか奏でられる。その後も決して強奏のない雰囲気が全般に継続する。第2楽章もピッチカートの導入を持ち、やや早いパッセージとシリアスな展開が出現してくる。2つ目のカデンツァはチェロの演奏効果も高い充実したものとなっている。 ハチャトゥリアンの曲はより力強い情熱を秘めている。とくに第2楽章のエスニックな旋律は忘れがたい。 末尾に、アシュケナージが指揮棒をピアノに代えて、今度はラフマニノフのヴォカリーズを録音している。潤いある美演だ。やや重い楽想の曲が続いた後だけに、この演出はなかなか冴えている。 |
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ピアノ・ソナタ 第1番 第2番 第3番 ソナチネ 第1番 第2番 p: 有森博 レビュー日:2007.11.27 |
★★★★★ 「ロシア・ピアニズム」を体得した稀有な邦人音楽家
2007年11月は有森博の新譜が2枚発売された。そのうち一枚は「露西亜秘曲集」と銘打って、様々な作曲家の作品を集めたものだったが、こちらはカバレフスキーの作品を収録したもの。どちらも収録曲の録音自体が貴重なだけでなく、演奏も超一級の素晴らしい内容だと思う。 有森博のピアノの美点はいろいろあるけれど、まずその音と音の間合いがとてもよい。スピード感を失わず、かつ十分な音楽的で自然な呼吸が感じられる。音楽の流れや見通しが十全で、<それがどのような音楽であるか>をたちどころに聴き手に伝える力がある。そして特に最近の邦人ピアニストの録音にうかがえる過度の「音質の軽量化」がない点は特筆すべきだと思う。これはまさにこのピアニストが、もっとも骨太なロマンティシズムを持つ「ロシア・ピアニズム」を完全に吸収した上で、自己のものとして消化しているためではないだろうか(もちろん、これは私の推測だけど)。 さて、カバレフスキーの曲。これは、たぶん多くの人がプロコフィエフを連想すると思う。プロコフィエフと比べると過激さは減じるが、いくぶん優しい側面を持っている。ソナタ第3番は充実した作品で傑作と呼ぶに相応しい内容を誇る。もっともプロコフィエフの色彩を感じるものともいえる。第2番は第2楽章が美しい。淡々と奏でられる右手の不思議な旋律に、低音で遠雷のように低く繰り返される特徴ある音型は印象的。スクリャービンに繋がる官能的な音楽と言える。ソナチネ第1番はソフロニツキーの録音と比べたが、両者の解釈は実に似ている。有森の「ロシア・ピアニズム」が本流であることを刻む。 |
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カバレフスキー 4つの前奏曲 ロンド 日本民謡による変奏曲 こどものためのピアノ小曲集 バッハ 8つの小前奏曲とフーガ 第1番(カバレフスキー編) ドリア調トッカータとフーガ(カバレフスキー編) p: 有森博 レビュー日:2010.1.2 |
★★★★★ 有森博によるカバレフスキー第2弾
私には、リリースしたアルバムをすべて購入しているアーティストが何人かいるが、有森博もその一人である。とにかく企画力が秀逸であるし、加えてロシアのピアノ曲に対する深い教養を感じさせる豊かな表現力が聴き逃せないコンテンツとなっている。 この2009年録音のカバレフスキーのアルバムは、2006年から07年に録音したソナタ・ソナチネ集に続くアルバムであり、それゆえに「カバレフスキー2」というシンプルなタイトルが与えられている。カバレフスキー(Dmitri Borisovich Kabalevsky 1904-1987)は「社会主義リアリズム」作曲家とよく称される。これはソヴィエトの音楽にあって、「アヴァンギャルド」の対立項として位置づけられる。しかし「社会主義リアリズム」は音楽様式としては定義があいまいで、政治的姿勢の宣言と見るのがもっぱらである。一応、便宜的に、「アヴァンギャルド」側にラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、チェレプニン、「社会主義リアリズム」側にプロコフィエフ、ハチャトゥリアン、カバレフスキーが分類されるが、今となってはあまり意味がないかもしれない。 さて、このアルバムではまず冒頭にバッハの編曲2曲が置かれる。これは非常にオーソドックスで古典的な編曲だと思う。ブゾーニのようにロマンティックな味付けの施されていない、端整なスタイルである。カバレフスキーが伝統的なヨーロッパの音楽を深く敬愛していたことをよく伝えている。 「4つの前奏曲」「ロンド」も古典的な形を持っているが、音色にユーモラスさや固有の鋭利さを持っている。ロンドはプロコフィエフを思わせる攻撃的な面のある曲だ。「日本民謡による変奏曲」・・これは面白い!私にとっても発見である。「さくらさくら」の馴染み深い主題が不思議なちょっと暗い輝きを帯びて変容していく。カバレフスキーはこのような創作も行っていたのだ。最後に収められた「こどものためのピアノ小曲集」は有森の発案で30ある小曲が逆順で収録されている。「こどものため」と言ってもカバレフスキーの個性の良く出ている音楽で、そのギャップがなかなか楽しませてくれる。 有森のピアノが本当にいい。響きの余韻にちょっとした影があり、(単調と思われがちな)カバレフスキーの音楽が実は多面性を持っていることに気づく。競合盤のほとんどないジャンルで貴重な音源であるという以上に聴き手を存分に楽しませてくれるアルバムだ。 |
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24の前奏曲 24の小品集 やさしい変奏曲集 p: 有森博 レビュー日:2012.2.29 |
★★★★★ 有森博の録音からは目が離せないとあらためて実感させられた1枚
有森博(1966-)による2011年録音のカバレフスキーのピアノ曲集。アルバムのタイトルが「カバレフスキー3」となっているが、2006年~07年録音のソナタ・ソナチネ集、2009年録音のこどものためのピアノ小曲集等を収めたアルバムに続く、有森の3枚目のカバレフスキー作品集となる。 それにしてもカバレフスキー(Dmitri Borisovich Kabalevsky 1904-1987)という作曲家に着目し、その作品を集中的に録音するという発想は慧眼だと思う。そもそも面白い存在の作曲家であるにもかかわらず、あまり積極的に録音に取り上げられることがなく、私たちにとって未知の部分が多い作曲家だったが、有森の素晴らしい質の高い演奏でそのピアノ・ソロ作品を聴けるということは、それだけで、音楽フアンにとって福音と言えるものだ。 カバレフスキーについて少し触れると、彼は20世紀ソヴィエトにあって、「社会主義リアリズム派」の音楽家とされる。彼はソヴィエト音楽を指導する立場にいた人物であったため、このカテゴリに分類されている。しかし、当時のソヴィエトでは“音楽的分り易いさ”を標榜する「社会主義リアリズム」と別に、これと対抗する音楽価値、たとえば十二音音楽等の技法による現代音楽を志すグループも活発な活動を行っていて、カバレフスキー自身、どちらとも親交があったとされる。ということで、カバレフスキーは音楽に多様な価値を認める教養や視点のあった人物だったのだろう。 今回収録されたのは、「24の前奏曲」と「24の小品集」、それに「やさしい変奏曲集」なる2曲の小さな変奏曲。「24の前奏曲」はショパンの同名作同様、24の調性による小曲集で、旋律をロシア民謡に求めている点が特徴だ。しかし、カバレフスキー特有のリズム感や推進力をもった装飾が施されていて、まとまった進行感のあるたいへん聴いていて心地のよい楽曲集として仕上がっている。和声の扱いが保守的な点も聞きやすさを助長していて、その印象は、やはり「ロシア・アヴァンギャルド」ではなく「社会主義リアリズム」に分類されることになるだろう。もちろん、わざわざ分類する必要性などないのかもしれないが。 「24の小品集」は全曲で演奏時間が10分くらいなので、1曲平均30秒未満という本当に小さな、それこそモチーフとでも呼びたいような曲片の集まりだ。カバレフスキーが得意とした学習目的の曲で、情緒的な側面がよく備わっているのが一流の作曲家の証しと言えよう。 有森の解釈は、一つ一つの小曲を全力で表現した風で、力強いピアニズム、豊かな音色を駆使し、豪壮に仕上げた趣だ。それらは「小曲集」という作品のタイトルから齟齬を感じるものかもしれないが、聴いてみると、カバレフスキー特有の音楽の鳴りが立派に提示され、説得力に満ちていて、いつのまにか、その世界に誘われる演奏と言える。まさにカバレフスキーを解釈した芸術家の見事な仕事だと実感する。やはりこの人は目の離せないピアニストだ。 |
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カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ 35の子供のためのやさしい小品 4つのロンド 5つのやさしい変奏曲 バッハ(カバレフスキー編) 前奏曲とフーガ ハ短調 BWV549 8つの小前奏曲とフーガ BWV552-560 より p: 有森博 レビュー日:2015.5.8 |
★★★★★ パイオニア精神と芸術性に富んだ有森のカバレフスキー
有森のアルバムはどれもとても面白い。そのロシアものを中心としたレパートリーは、開拓者精神に富んでいるだけでなく、これらの聴く機会のほとんどない作品を、ウィットを感じさせる音楽性に富んだ表現で、とても生き生きと再現してくれる。有森は、長くロシアとの間を行き来することで、ロシア・ピアニズムと言われる表現、つまり線の太いメロディ・ラインの扱い、鍵盤をダイナミックに使うヴィルトゥオジティ、そして郷愁を誘うような情緒の表出法に深く通じた上で、自身の分析的な解釈を交えて、これらの作品の演奏に、一つの最適解を求め得ている。他の邦人ピアニストには見出しにくい功績で、しかも、その芸術はなお発展している。 今回の収録曲は以下のような内容。 1) バッハ(カバレフスキー編) 前奏曲とフーガ ハ短調 BWV549 2) カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ op.61 第1番「森の中の小さい草原の夏の朝」 3) バッハ(カバレフスキー編) 8つの小前奏曲とフーガ 第5番 ト長調 BWV557 4) カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ op.61 第2番「ピオネールに行こう」 5) バッハ(カバレフスキー編) 8つの小前奏曲とフーガ 第4番 ヘ長調 BWV556 6) カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ op.61 第3番「河のほとりの夕べの歌」 7) バッハ(カバレフスキー編) 8つの小前奏曲とフーガ 第3番 ホ短調 BWV555 8) カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ op.61 第4番「ピオネールのキャンプで」 9) バッハ(カバレフスキー編) 8つの小前奏曲とフーガ 第7番 イ短調 BWV559 10) カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ op.61 第5番「英雄の物語」 11) バッハ(カバレフスキー編) 8つの小前奏曲とフーガ 第6番 ト短調 BWV558 12) カバレフスキー 6つの前奏曲とフーガ op.61 第6番「労働祭」 13) バッハ(カバレフスキー編) 8つの小前奏曲とフーガ 変ロ長調 第8番 BWV560 カバレフスキー 35の子供のためのやさしい小品 op.89 14) 第35番「川のほとりで」 15) 第34番「ゆううつな雨」 16) 第33番「ワルツのように」 17) 第32番「チビのカバのおどり」 18) 第31番「子熊をからかう子うさぎ」 19) 第30番「戦争の歌」 20) 第29番「メロディー」 21) 第28番「あやつり人形のおどり」 22) 第27番「わがままな弟」 23) 第26番「陽気な歌」 24) 第25番「チャストウーシュカ」 25) 第24番「かわいいハープひき」 26) 第23番「勇敢な歌」 27) 第22番「マーチ」 28) 第21番「かわいい手品師」 29) 第20番「トランペットとたいこ」 30) 第19番「子やぎのさんぽ」 31) 第18番「氷の上で」 32) 第17番「なわとび」 33) 第16番「夕暮れの歌」 34) 第15番「トランペット吹きとこだま」 35) 第14番「朝の歌」 36) 第13番「やさしい歌」 37) 第12番「きむずかしや」 38) 第11番「泣き虫」 39) 第10番「遊ぶ少女」 40) 第9番「オクターブの歌」 41) 第8番「かわいいハリネズミ」 42) 第7番「光と陰」 43) 第6番「ジャンプの名人」 44) 第5番「はじめてのワルツ」 45) 第4番「休み時間」 46) 第3番「しずかな歌」 47) 第2番「はじめてのエチュード」 48) 第1番「はじめての曲」 カバレフスキー 4つのロンド op.60 49) ロンド・マーツ 50) ロンド・ダンス 51) ロンド・歌 52) ロンド・トッカータ カバレフスキー 5つのやさしい変奏曲 op.51 53) ロシア民謡による5つの楽しい変奏曲 54) ロシア民謡による舞曲風変奏曲 55) スロヴァキア民謡による変奏曲 56) ウクライナ民謡による7つの陽気な変奏曲 57) ウクライナ民謡による6つの変奏曲 収録曲は2つに大別できる。一つはカバレフスキーが敬愛したバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)作品の編曲、もしくは影響を受けた作品。もう一つはカバレスキーが音楽教育用に書いた小品集である。 ただし、バッハの「8つの小前奏曲とフーガ」は、BWV番号が与えられているが、最近の研究ではクレープス(Johann Ludwig Krebs 1713-1780)の作品である可能性が高いとされている。 有森は配列に趣向を凝らし、カバレフスキーが編曲した「8つの小前奏曲とフーガ」からの6曲と、カバレフスキーの「6つの前奏曲とフーガ」を交互に弾いている。カバレフスキーのスタイルは、当時にあっては保守的なものであるため、非常に自然に音楽が交錯しており面白い。カバレフスキーの曲は、例えばショスタコーヴィチ(Dmitrii Shostakovich 1906-1975)に比べて、刺激的ではないが、旋律に潜むおどけた調子や、ちょっと不安を感じさせるところなどに共通するところがある。有森はこれらの特徴をよく捉え、慎重に、過不足ない音響を形作る。 カバレフスキーの編曲は、編曲家としての自身のステイタスを強調するものではなく、オルガン曲である原曲を、できるだけ合理的な方法でピアノ曲にした学究的なもので、彼のドイツ古典への畏敬を感じさせる。有森のこれらの演奏は、ロマンとバロック的な構築美をバランスよく体得したもので、彼のバッハも聴いてみたい、と思わせる充実ぶりだ。 教育のための小品集も面白い。カバレフスキーは教育者としても熱心で、実際にソ連の音楽教育は、数々の偉人芸術家を生み出したわけだが、その原動力となったのは彼のような人物の存在だったのであろう。そのカバレフスキーの「35の子供のためのやさしい小品」を有森は逆順で弾いている。聴いていると、音が簡便になっていく様子がわかる。面白いのは副題との関係で、カバレフスキーがいかにピアノ演奏において、技術とともに情感の表出を重視していたかわかるものだ。例えば「ゆううつな雨」の単調ながらも深みを引き出しうるフレーズなどに注目したい。 いずれも私にはとても楽しい鑑賞となった。このままカバレフスキーのピアノ独奏曲が全集化されるようなら、芸術と学問の両方の観点で、一層貴重な成果となると思う。 |
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カバレフスキー 叙情的旋律 春の遊びと踊り レチタティーヴォとロンド ピオネールのキャンプにて op.3/86 アメリカ民謡の主題による変奏曲 子供の夢 ピオネールの生活から バッハ(カバレフスキー編) 小前奏曲とフーガ 第2番 ニ短調 BWV.554 トリオ・ソナタ 第2番 ハ短調 BWV.526 p: 有森博 レビュー日:2015.10.20 |
★★★★★ カバレフスキーの諸作品の価値を明らかにする有森の録音
2006年に録音が開始された有森博(1966-)によるカバレフスキー(Dmitry Kabalevsky 1904-1987)のピアノ独奏曲シリーズは、2015年に録音された当盤で第5弾ということになる。毎回のように、この作曲家の新しい側面があきらかとされるシリーズで、私も楽しみにしている。今回は、1961年から71年にかけて作曲された「後期作品」を集中的に収めた構成。 カバレフスキーという作曲家は、一般に音楽教育者として知られ、その作品もピアノ教育の教材として書かれた作品という側面がある。そのため、その作品は「平易で小規模な」ものが多い、と思われている。確かにそのような側面はあるのだが、しかし、その一方で、この時代の彼独特の音楽的語法、ときにはプロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953)やショスタコーヴィチ(Dmitrii Shostakovich 1906-1975)を彷彿地とさせるリズムや音色があったり、愉悦性が伴った情緒的な旋律があったり、個性的なフレーズの連絡があったりする。 当盤に収録された楽曲では、まず冒頭に収録された「叙情的旋律」が注目される。この曲はカバレフスキーが1971年に書いた作品で、結果的に彼の書いた最後のピアノ独奏曲となった。全曲を通じる統一感に作曲家ならではの感性があり、かつ様々に拍子を変えるプレリュードに、この作曲家の保守性と革新性の入り混じった複層的な姿を見る。この冒頭曲で、有森の処理の卓越さ、それとは感じさせず、しかし自然な起伏により、音楽として特に美しい姿を立ち上がらせる手腕は、これまでこの作曲家に精力的に取り組んできたピアニストの貫禄を見せつけるものだ。 「春の遊びと踊り」の第2曲や、「レチタティーヴォとロンド」のプレスト・アッサイなど、主題自体は、ある種、平易で、聴きようによっては何ということもないところもあるのだけれど、よく聴くとそこにはカバレフスキー特有の感情表現が横溢していて、そのことに気づかせてくれる演奏、それがこの有森の録音なのである。実際、このような楽曲は、優れた録音の有無によって、その価値を大きく上下してしまう。そういった意味でも有森の名演の登場は、音楽フアンにとって特に歓迎されるものだろう。 「ピオネールのキャンプにて」も描写性と感情表現の合間を縫うような音楽に、絶妙の息遣いと色合いを与え、生き生きと各曲の魅力を伝えてくれる。 「ピオネールの生活から」は、当盤で唯一収録された初期作品ということになるが、「ピオネールのキャンプにて」と対比して聴くことで、この作曲家が、後期において、音楽により深い陰影を与えていたことに気付く。 末尾に収録された2曲は、カバレフスキーが敬愛していたバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)作品の編曲。全8曲からなる「小前奏曲とフーガ」のうち7曲までを既発のアルバムで録音済だったが、このたびの第2番の収録で、全8曲が揃った。ただし、バッハの「8つの小前奏曲とフーガ」は、BWV番号が与えられているが、最近の研究ではクレープス(Johann Ludwig Krebs 1713-1780)の作品である可能性が高いとされている。 トリオ・ソナタ第2番は、元来「右手」「左手」「足鍵盤」による3つの声部を表現したオルガンのための作品。カバレフスキーの編曲は、バッハの作品をできるだけスムーズにピアノに移行しようというもので、過去の天才への畏敬ぶりが如実に伝わってくる。 |