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ジョスカン・デプレ



音楽史

ミサ曲「祝福された聖処女」(ミサ・デ・ベアータ・ヴィルジネ) 第4旋法によるクレド ミサ曲「めでたし海の星」(ミサ・アヴェ・マリス・ステラ)  グレゴリオ聖歌「アヴェ・マリス・ステラ」
フィリップス指揮 タリス・スコラーズ

レビュー日:2013.2.8
★★★★★ 「本物」を実感させるルネサンス音楽のロマンティックな録音
 1973年にピーター・フィリップス(Peter Phillips 1953-)によって結成されたイギリスの声楽アンサンブル、タリススコラーズ(Tallis Scholars)による、ルネサンスを代表する作曲家であるジョスカン・デプレ(Josquin Desprez 1440-1521)の作品集第5巻。指揮はピーター・フィリップス。2011年の録音。収録曲は以下の通り。
1) ジョスカン・デプレ ミサ曲「祝福された聖処女」(Missa de beata virgine)
2) ジョスカン・デプレ 第4旋法によるクレド
3) グレゴリオ聖歌 アヴェ・マリス・ステラ
4) ジョスカン・デプレ ミサ曲「めでたし海の星」(Missa Ave maris stella)
 ジョスカン・デプレはフランスで生まれ、イタリア・フランスを中心に活躍した音楽家。フランドル楽派を代表する存在で当時の音楽を代表する存在と言える。当盤に収録された作品は、いずれも少人数の声楽奏者によりアカペラで奏されるもので、中でもミサ曲「祝福された聖処女」は傑作の名高いもの。
 非常にクオリティの高さを認識させられるディスクである。私は、かつてランスの大聖堂を訪問した際、聖歌隊の歌を聴く機会があり、ゴシック建築の巨大な聖堂に響き渡る透明な声のポリフォニーが作り出す荘厳な空気にたいへん感動したものであるが、このディスクを聴くと、そのときの体験が思い出される。
 それはそうと、幾つか思うことを書きたい。まず、最近の音楽界では「原典志向」が高く、中でもピリオド楽器の使用によるイネガル奏法だとか、アラ・プレーヴェだとか、そういったテンポの厳守といった傾向は顕著なものだ。ところが、不思議なことに、これがバロックから古典派にかけての「器楽を含む音楽」に対して限定的な傾向で、このようなルネサンス期のアカペラ作品では、むしろロマン主義が横溢しているように思える。
 例えば、本ディスクであっても、「祝福された聖処女」のキリエなどは、現在考えられている学術的なテンポよりかなりゆったりした演奏で、おそらく通常教会などで演奏されるものより、スローだと想像する。これは前述の「原典志向」とは異なるもの。
 ただ、それが当盤の魅力である。少なくとも私にはそうだ。適度に自由に、今ある最善の手法と解釈と録音技術によって、完璧な「記録芸術」を目指したものになっていると思う。これを私は歓迎したい。
 一方で、フィリップスは各パートの均等性にも配慮を示している。ソプラノを強調したい箇所であっても、安易に妥協せず、むしろ他の音とのバランスを優先して、空間的な距離感を保っている。これが、私が、ランスの大聖堂で受けた「空間」そのものの印象に繋がってくる。
 宗教的な音楽への私たちの理解というのは限界があるとは思うが、このディスクから伝わってくる神々しい雰囲気は、私には本物と思えてならない。


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