J.シュトラウス二世
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喜歌劇「こうもり」 喜歌劇「ジプシー男爵」 他 アーノンクール指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団 ウィーン交響楽団 ベルリンフィル ウィーンフィル S: グルベローヴァ コバーン ボニー T: ボルヴェーグ プロチュカ シャッシング A: ハマリ Br: ベッシュ 他 レビュー日:2014.12.17 |
★★★★★ 音楽学者アーノンクールによるウィンナ・ワルツとは?
アーノンクール(Nikolaus Harnoncourt 1929-)による、ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss II 1825-1899)の作品の主要な録音を7枚組のBox-setとした企画盤。まず収録内容の詳細を書きたい。(CD7には、他の作曲家の作品を含む) 【CD1-2】 喜歌劇「こうもり」全曲 1987年録音 ロザリンデ: エディタ・グルベローヴァ(Edita Gruberova 1946- ソプラノ) アイゼンシュタイン: ヴェルナー・ホルヴェーク(Werner Hollweg 1936- テノール) アルフレート ヨーゼフ・プロチュカ(Josef Protschka 1944- テノール) アデーレ: バーバラ・ボニー(Barbara Bonney 1956- ソプラノ) フランク: クリスティアン・ベッシュ(Christian Boesch 1941- バリトン) ファルケ: アントン・シャリンガー(Anton Scharinger 1961- バリトン) オルロフスキー公爵: マリヤーナ・リポヴシェク(Marjana Lipovsek 1946- メゾソプラノ) オランダ・オペラ合唱団 ムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 【CD3-4】 喜歌劇「ジプシー男爵」全曲 1994年録音 ザッフィ: パメラ・コバーン(Pamela Coburn 1959- ソプラノ) ジュパーン: ルドルフ・シャッシング(Rudolf Schasching 1957- テノール) ツィプラ: ユリア・ハマリ(Julia Hamari 1942- アルト) アルゼーナ: クリスティアーネ・エルツェ(Christiane Oelze 1963- ソプラノ) バリンカイ: ヘルベルト・リッペルト(Herbert Lippert 1963- テノール) ミラベラ: エリーザベト・フォン・マグヌス(Elisabeth von Magnus 1954- メゾ・ソプラノ) ホモナイ伯爵: ヴォルフガング・ホルツマイアー(Wolfgang Holzmair 1952- バリトン) アルノルト・シェーンベルク合唱団 ウィーン交響楽団 【CD5】 1986, 87年録音 1) 喜歌劇「ジプシー男爵」序曲 2) とても愉快なポルカop.301 3) ポルカ「うわ気心」op.319 4) ワルツ「ウィーンの森の物語」op.325 5) エジプト行進曲 op.335 6) ワルツ「ウィーンのボンボン」op.307 7) ピチカート・ポルカ 8) ポルカ「雷鳴と電光」op.324 9) ワルツ「美しく青きドナウ」op.314 10) 喜歌劇「こうもり」序曲 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 【CD6】 1998, 99年録音 1) 皇帝円舞曲 op.437 2) 「ヴェネツィアの一夜」序曲 RV.501-1 3) フランス風ポルカ「サン・マルコの鳩」 op.414 4) ワルツ「春の声」op.410 5) 喜歌劇「こうもり」序曲 RV.503 6) ワルツ「もろびと手を取り」op.443 7) ポルカ・マズルカ「女性への讃歌」 op.315 8) ワルツ「ドナウの乙女」 op.427 9) トリッチ・トラッチ・ポルカ op.214 10) 行進曲「フランツ・ヨーゼフ1世万歳」 op.126 RV.126 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 【CD7】 ニューイヤー・コンサート2001 より 2001年録音 1) J.シュトラウス1世(Johann Strauss I 1804-1849) ラデツキー行進曲 op.228 2) ランナー(Josef Lanner 1801-1843) ワルツ「シェーンブルンの人々」op.200 3) ランナー ギャロップ「狩人の喜び」op.82 4) ワルツ「朝の新聞」 op.279 5) 電磁気ポルカ op.110 6) ポルカ「エレクトロファー」(起電盤) op.297 7) 「ヴェネツィアの一夜」序曲 8) セラドン・カドリーユ op.48 9) ワルツ「シレーヌ」op.164 10) ランナー ワツル「シュタイヤーの踊り」op.165 11) ポルカ・シュネル「観光列車」op.281 12) ワルツ「もろ人手をとり」op.443 13) ポルカ・マズルカ「いたずらな妖精」 op.226 14) ポルカ「暁の明星」op.266 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 現在、これほどJ.シュトラウスに精力を費やしたマエストロは、ちょっと他に思いつかない。アーノンクールと言う人が、ウィンナ・ワルツにこれだけ情熱的に取り組んだのは不思議な気がする。 アーノンクールはドイツで生まれたが、幼少の頃にグラーツに移り、音楽を勉強したのは、ほとんどがウィーンでだった。だから、この町に縁の深いこれらの音楽に興味をもったとしても不思議ではないけれど、アーノンクールという人は、名高い古楽学者で、楽器や奏法について研究し、オーケストラを振って実践してみせた先駆者である。そういった研究家肌の人にとって、ウィンナ・ワルツというのは、これはいってみれば機会音楽だから、興味深い対象とはなりにくいように思う。 シューマン(Robert Schumann 1810-1856)の有名な言葉で「作品を評価する場合には、それが芸術そのものに属するものか、それとも単に、愛好家の娯楽を目的としているのかを区別しなければならない。前者には味方すること、後者に対しては腹を立てないこと」というのがある。ウィンナ・ワルツというのは、これはどう考えても後者に属すると思われるし、ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)に至っては、ヨハン・シュトラウスのワルツを心底軽蔑していたというのは、本当らしい。 例えば「美しく青きドナウ」、これはとても有名で、美しい曲だが、音楽芸術としてみると、健やかで音楽的である一方で、調性は固まっているし、そこで使用される音といい主題といい、実に平凡である。それはそうだ。これらの音楽は「分かり易さ」を第一義に書かれている。そういう音楽に、アーノンクールのような学究肌の人が並々ならぬ関心を示すということは、少なくとも多くの音楽フアンの感覚では、ちょっとかわった出来事なのである。 といったわけで、彼の奏でるワルツは、必然的に普通と異なる。だから、このCD-Boxが集約的だからといって、J.シュトラウスを聴きたいと言う人に「さあ、これがウィンナ・ワルツですよ」と薦める気は、私にはあまりない。むしろ、「アーノンクールは、ウィンナ・ワルツをどう扱っているんだ?」という興味のある人に向いている。 長くなったけど、結果を書こう。彼のJ.シュトラウスは、響きの軽重がとても特徴的だ。特に重い音をよく使う。そして堂々たる鮮明さをもって、地の底を伝うような推進力を持っている。全般にそういう傾向。また、緩急の扱いも、アーノンクールの見識によって新たに与えられたものとなっている。だから、いつものウィンナ・ワルツで踊っている人は、この演奏だと失敗する可能性が高いだろう。まあ、日常、ウィンナ・ワルツで踊っている人というのは、私の周りには居ないけど・・ 一方で、むしろ多くの人に受け入れられそうなのは、オペラの録音で、歌手陣の充実もさることながら、音楽の生気あふれる表現は、どこをとっても「音楽的」。また、特に「ジプシー男爵」では、上演時にカットされることのあるアリアもすべて含む形で録音されている。これも、詳しく調べてはいないけれど、おそらく資料的にも貴重なものとなっていると思う。 以上の様に、アーノンクールの味付けの濃さという点を前もって了承いただければ、十二分に楽しめる内容ではあるし、ワルツの単純さにアーノンクールが挑戦した表現の自由を興味深く聴くことができる。廉価のBox-setとなった機会に、手を出してみても面白いでしょう。 |