アイヴズ
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アイヴズ ピアノ・ソナタ 第2番「マサチューセッツ、コンコード、1840-1860」 バーバー ピアノ・ソナタ p: アムラン レビュー日:2005.1.1 |
★★★★★ 超絶主義哲学ピアノソナタ
アムランによるアイヴズとバーバーのピアノ・ソナタ。注目盤といって間違いないだろう。特に作品として重要なのは、やはり長大なアイヴズピアノ・ソナタである。ピアノ・ソナタ? これがはたしてピアノ・ソナタなのかどうかは個々の聴き手の判断にゆだねたいところだ。曲は4つの部分(楽章)から構成され、それぞれ、1楽章エマーソン (Emerson) 2楽章ホーソーン (Hawthone) 3楽章 オルコット家の人々 (The Alcotts) 4楽章 ソロー (Thoreau) というタイトルがついている。(アルカンっぽい)。 これらはコンコードゆかりの哲学者や作家である。ゆえにこのソナタは「マサチューセッツ、コンコード、1840-1860」 という副題を持つ。(注:ブロンソン・オルコットは超絶主義の語り手であるが、その娘のルイザが「若草物語」の著者である)。 技術的にもかなり演奏の難しい作品だが、これらのアイヴズ特有のイデー(超絶主義哲学への憧憬)があるわけで、ピアニストの表現者としての高い能力が要求される作品。一応循環的に用いられる主題を持ち、ソナタとしての面目を保っている。なお第1楽章Emersonにはヴィオラ、第4楽章Thoreauにはフルートを加えてもよいし、加えなくてもよい、 とされている。ここではフルートのみ加えられている。実はアムランは87-88年にもこの曲を録音しており、その際は純粋にピアノのみで録音していた。 今回の録音では前回と全体的な印象は変らないが、より深い思索的な模索もなされており、特に4楽章は深みを感じる。 |
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ピアノ・ソナタ 第2番「マサチューセッツ、コンコード、1840-1860」 歌曲集(「われらの祖先が愛したもの」 「ストックブリッジのフーサトニック河」 「水泳をする人々より」 「思い出」 「アン・ストリート」 「平穏」 「わが母の教えたまいし歌」 「サーカス・バンド」 「おり」 「インディアン」 「病気の鷲のように」 「遠くの角笛の音」 「9月」 「ひとりごと」 「祖国よさらば」 「ソーロー」) p: エマール MS: グラハム fl: パユ va: ツィマーマン レビュー日:2012.6.18 |
★★★★★ 強力なゲストを迎えての“アイヴスのコンコード・ソナタ”
フランスのピアニスト、ピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard 1957-)によるアメリカの作曲家、チャールズ・アイヴズ (Charles Edward Ives 1874-1954)の作品集。収録曲は、ピアノ・ソナタ第2番「マサチューセッツ州コンコード 1840-60年」と歌曲17曲(「われらの祖先が愛したもの」「ストックブリッジのフートニック河」「水泳をする人々より」「思い出」「アン・ストリート」「平穏」「1, 2, 3」「わが母の教えたまいし歌」「サーカス・バンド」「おり」「インディアンたち」「病気の鷲のように」「遠くの角笛の音」「9月」「ひとりごと」「祖国よさらば」「ソロー」)。歌曲でソリストを務めるのがアメリカのメゾ・ソプラノ歌手、スーザン・グレアム (Susan Graham 1960-)。 さらに、アイヴスのピアノ・ソナタ第2番では、第1楽章にヴィオラ、第4楽章にフルートが付加する版が用いられており、それぞれドイツのヴィオラ奏者、タベア・ツィマーマン(Tabea Zimmermann 1966-)とスイスのフルート奏者、エマニュエル・パユ(Emmanuel Pahud 1970-)が参加するという豪華なラインナップとなった。録音は2003年。 アイヴスのピアノ・ソナタは演奏時間が45分に及ぶ大作であるが、近現代の器楽曲の中でも、人気の高いものとなっている。4つの楽章はそれぞれ「エマーソン」「ホーソーン」「オルコット家の人々」「ソロー」という副題を持っていて、いずれもコンコード所縁の人物である。簡単に紹介すると、エマーソン(Ralph Waldo Emerson 1803-1882)は「自然論」を書き、人間の潜在性や可能性を重視する超絶主義を説いた哲学者、ホーソーン(Nathaniel Hawthorne 1804-1864)は「緋文字」「七破風の屋敷」などで知られる小説家、オルコット家のエイモス(Amos Bronson Alcott 1799-1888)は教育学者、ルイザ(Louisa May Alcott 1832-1888)は「若草物語」で知られる小説家、ソロー(Henry David Thoreau 1817-1862)は隠棲生活で有名なエマーソン主義の思想家である。このタイトルだけでも存分な含みが感じられるだろう。 アルバムは、最初に歌曲が収録されている。これらの歌曲は実に多彩な要素を持っている。土俗性、郷愁、自由な飛躍・・朗読のような「サーカス・バンド」、奇妙で愉快な「遠くの角笛の音」・・このような多彩さに一人の歌手がアプローチするのはきわめて難しいに違いない。私はこれらの曲を他の演奏で聴いたことがないので、比較できないが、グレアムはわりとノーマルなアプローチではないだろうか。特に楽曲を強調していないようで、それはエマールの堅実なピアニズムに支えられたものだろう。 ピアノ・ソナタはエマールらしいじっくりとした解析的な演奏で、第1楽章などに顕著だがやや遅めのテンポが主体。しかし、そこに生き生きとした要素が加わっており、聴き味は良い。時折現れる民俗的な色彩にはほとんど重きをかけず、現代音楽として純器楽的演奏といったところか。第3楽章の牧歌的風情では、印象派を思わせる淡い詩情がよく映える。 この楽曲では、ヴィオラ、フルートの付加版があるが、双方とも付加された録音というのはかなり数が限られている状況で、ツィマーマン、パユという強力な布陣を配した当録音の存在感は圧倒的とも言える様相だ。 そのような観点も含めて、当ディスクは、現代音楽を代表するこのピアノ・ソナタの録音として、象徴的な一枚と言えるだろう。 |
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ピアノ・ソナタ 第2番「マサチューセッツ、コンコード、1840-1860」 四分音による2台のピアノのための3つの小品 p: リュビモフ エマール レビュー日:2013.4.9 |
★★★★☆ アイヴズのピアノ・ソナタの代表的録音の一つ
ロシアの知的ピアニスト、アレクセイ・リュビモフ(Alexei Lubimov 1944-)によるアメリカの作曲家アイヴズ(Charles Edward Ives 1874-1954)の作品集。収録曲は2曲。1985年の録音。 1) ピアノ・ソナタ第2番「マサチューセッツ、コンコード、1840-1860」 2) 四分音による2台のピアノのための3つの小品 アイヴズのピアノ・ソナタ第2番には、第1楽章にヴィオラ、第4楽章にフルートの追加がある。スコア上は省略してもよいこととなっているが、本盤は双方の追加を採用しており、ヴィオラはロラン・ヴェルネイ(Laurent Verney)、フルートはソフィー・シェリエ(Sophie Cherrier)となっている。 また、「四分音による2台のピアノのための3つの小品」では、2台のピアノのうち1台を、4分の1音下げた調律によって演奏されるが、その第2ピアノをピエール=ロラン・エマール(Pierre-Laurent Aimard 1957-)が弾いている。 アイヴズのピアノ・ソナタ第2番は、現代のピアニストにとって、すっかり重要なレパートリーの一つとなったようだ。私が思うには、その契機の一つとなったのが、このリュビモフの録音だったように思う。もちろん、以前から決して録音数の少ない作品ではなかったのだけれど、その後、アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)による新旧両盤(1987年録音と2004年録音)や、当盤にも参加しているエマール盤(2004年録音)に代表される鋭利な感性を感じさせる録音が、日本でもいろいろ紹介されるようになったと聞く。 いずれにしても、このリュビモフの録音は、何度も形を変えて再販されているようで、このジャンルの一つの「定番」と化しているように思う。 アイヴズのピアノ・ソナタ第2番は、4つの楽章からなり、それらの楽章はそれぞれ「エマーソン」「ホーソーン」「オルコット家の人々」「ソロー」という副題を持っている。これらは、いずれもコンコード所縁の人物だ。簡単に紹介すると、エマーソン(Ralph Waldo Emerson 1803-1882)は「自然論」を書き、人間の潜在性や可能性を重視する超絶主義を説いた哲学者、ホーソーン(Nathaniel Hawthorne 1804-1864)は「緋文字」「七破風の屋敷」などで知られる小説家、オルコット家のエイモス(Amos Bronson Alcott 1799-1888)は教育学者、ルイザ(Louisa May Alcott 1832-1888)は「若草物語」で知られる小説家、ソロー(Henry David Thoreau 1817-1862)は隠棲生活で有名なエマーソン主義の思想家である。 このソナタは、ソナタと称してはいるが、実質的には4つの規模の大きい独立曲が集合したものであり、それゆえにその扱いには難しさが付きまとう。第2楽章中間部の民俗的主題や第3楽章の牧歌的情緒など、それぞれに分かり易い、親しみやすい要素がありながら、同時に長大さも意識させる音楽でもある。 リュビモフの演奏は、響きの柔らかさと耳あたりのよさが一聴してわかる特徴であり、その響きにより、このソナタの楽しさや親しみやすさを十全に掬おうとした暖かさに満ちている。両端楽章の楽器の追加は暗く暗示的な趣であるが、決して深刻一辺倒の雰囲気ではなく、不思議なゆるやかさを感じさせる。陽のひかりのようなやわらかさがあり、情緒的だと思う。 「四分音による2台のピアノのための3つの小品」は、私は当盤でしか聴いたことがない。実に不思議な音楽だ。この響きを、音楽的に快いと感じる人は、正直少ないのではないだろうか。むしろ、音が狂っているように聞こえて、苦しい部分が多い。アイヴズという作曲家がどこまで意図し、そしてそれがどこまで達成されたのか、私にはわからないが、現時点では、実験的なものとして捉えたい。 |
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アイヴズ ピアノ・ソナタ 第2番「マサチューセッツ州コンコード、1840-60年」 ベルク ピアノ・ソナタ ヴェーベルン ピアノのための変奏曲 p: リュビモフ fl: ヘンケル レビュー日:2021.2.1 |
★★★★★ リュビモフが奏でる20世紀前半という時代性を感じさせる傑作3編
ロシアのピアニスト、アレクセイ・リュビモフ(Alexei Lubimov 1944-)による下記の3作品を収録したアルバム。 1) アイヴズ(Charles Ives 1874-1954) ピアノ・ソナタ 第2番 「マサチューセッツ州コンコード、1840-60年」 2) ヴェーベルン(Anton Webern 1883-1945) ピアノのための変奏曲 op.27 3) ベルク(Alban Berg 1885-1935) ピアノ・ソナタ op.1 アイヴズのピアノ・ソナタの終楽章では、マリアンネ・ヘンケル(Marianne Henkel)のフルートが加わる。 アイヴズは1997年ドイツ・クロイトでの、ヴェーベルンとベルクは1999年モスクワでのライヴ音源で、それなりにノイズも入っている。 別の機会の音源とはいえ、アイヴズと新ウィーン楽派の組み合わせというのは珍しい。これらの作品を作曲年代順に並べると、ベルクのピアノ・ソナタが1908年、アイヴズのピアノ・ソナタが1915年、ヴェーベルンのピアノのための変奏曲が1936年というわけで、いずれの楽曲も20世紀前半に書かれたものであるが、アイヴズの作品は、他の2作品と比べると、楽曲の規模が大きく、表現性も濃厚なものがあって、随分性格が異なるだろう。 ただ、このアルバムを聴いていて、私には、(意外にも)そこまで違和感がなかった。確かに、アイヴズの後のヴェーベルンは、世界が一変したような感じもするのだが、リュビモフは、アイヴズとベルクの両曲を情熱的なタッチで奏でていて、ヴェーベルンを挟んだ対抗構造的にアルバムを楽しむことが出来た。 リュビモフのピアノは木目調の暖かさがあって、それがヴェーベルンやベルクの作品の無調的性格を中和し、比較的マイルドな味わいになっている。アイヴズでも同様で、ロマンティックで、旋律のカンタービレも豊かに表現される。その結果、これらの3作品が、まとまりよく、聴き手に届けらる感じがする。 アイヴズの長大なピアノ・ソナタを、リュビモフは感情的な起伏を豊かに表現する。メロディアスな第2楽章で、その特徴は明瞭で、旋律線は歌謡性と華やかさをもって流れ、潤いのある響きに満たされる。その流麗な表現を経て、アルバム上の収録曲がヴェーベルンに変わるのだが、この感覚を研ぎ澄ませたような、緊張した音楽であっても、リュビモフは一種の暖かさを湛えたアプローチを聴かせてくれるため、楽曲の繋がりという点で断絶感が緩和されているのがありがたい。最後のベルクは強音も存分に用いたスケールの大きな表現であり、アイヴズに近い浪漫性を感じさせてくれる。新ウィーン楽派だからといって繊細にやればいいというものではない、という熱いメッセージ性が感じられ、なかなか楽しい。 ライヴ音源のため、ノイズ面での傷はあるが、これら3曲を楽しめる、一定の質のアルバムとして仕上がった感はある。 |