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フンメル



協奏曲

ピアノ協奏曲 第2番 第3番

レビュー日:2013.12.16
★★★★★ フンメル再興の契機となった象徴的名録音
 スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)のピアノ、ブライデン・トムソン(Bryden Thomson 1928-1991)指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏によるヨハン・ネポムク・フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)の以下の2曲を収録。
1) ピアノ協奏曲 第2番 イ短調 op.85
2) ピアノ協奏曲 第3番 ロ短調 op.89
 1986年録音の当ディスクは1987年のグラモフォン賞を受賞している。きわめて価値の高い、意義深い録音だったわけだが、それは、この録音によって、それまで忘れられていた作曲家「フンメル」の評価が見直され、その作品群の再興に結びついたからだ。
 フンメルはハンガリーの作曲家で、ウィーンでモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)の指導を受け、1787年にドレスデンでデビュー。1804年から11年までハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809)の代理としてエステルハージ侯の楽長を務めた後に、1816年からはシュトゥットガルト、1819年からはヴァイマールの宮廷楽長を務めた人物。当時の最高のピアノの巨匠として尊敬され、作曲家としてもべートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の唯一のライバルと称されるほどであった。しかし、彼の死後、彼の名はハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンという巨星の群れに隠れ、その作品もほとんど顧みられる機会を失い、かろうじてピアノ独奏曲「ロンド・ファボリ Rondo favori op.11」が取り上げられる以外は、オーストリアでその教会音楽が用いられているくらいがせいぜいであった。
 しかし、フンメルの音楽は再興した!彼の音楽は、150年もの雌伏の期間を経て、再び人々に聴かれるようになった。その転轍の役目をになった象徴的録音が当アルバム。
 このアルバムを聴くと、フンメルと言う作曲家は、モーツァルトとショパン(Frederic Chopin 1810-1849)を繋ぐ存在であることが良くわかる。フンメルを聴いて、はじめて音楽史の重要な流れの一つを把握することが出来ると言っていい。フンメルの作品は精妙な技術が施されているが、そこで紡がれる豊かなメロディは、たくみな和声法と対位法によって、古典的な気品をまとっている。このメロディは、ロマン派の到来を予感させる情緒的なものであるため、多くの人がショパンを連想するだろう。事実、ショパンはフンメルの第2協奏曲にインスパイアされて、自身のピアノ協奏曲の作曲にまい進したと言う説がある。この曲を聴けば、なるほどと思う。また、その情感たっぷりのメロディが、鮮やかな展開によって消化され、再現部に帰結していく部分の美しさ、その解決の完璧さは、古典派の模範といってもよいほど。これは名曲といっていいものではないだろうか。そうでないとしても、これほど情緒豊かで、心を動かすような音楽というものは、多くの人に愛聴されるのに相応しいだろう。ちょうど、ショパンの協奏曲のように。。。
 演奏の素晴らしさにも言及したい。ハフのピアニズムはこれらの楽曲の古典的様式美と浪漫的抒情性の双方を確立するもので、その力強い響きとスケールの大きさ、強弱の豊かさ、ペダルの効果を駆使した広大さによって、威風を持って奏でられる。フンメルの作品において、ピアノとオーケストラの関係性は、モーツァルトに類似するが、旋律は、より発色の必要な浪漫性を持っている。だから、その楽曲の性格を活かすためには、メロディを存分に歌わせて欲しい。ハフは、楽器としてのピアノの持つ能力を、惜しみなく投入している。古典の枠だけ意識し、ささやかに弾いてしまうと、フンメルはあまり面白くない気がする。ショパンへの布石を明確に意識させ、時としてそれを凌駕するくらいの勢いが欲しいのだ。ハフはその点を見事に表現した。だからこそ、聴いていて、これほど強い力を感じるのである。
 オーケストラも好演で、第2番の第1楽章の悲劇性を持った弦の輝かしい肉厚な響き、第3番第2楽章冒頭の金管の柔らかな提示、さらに第2主題の痛切な美しさなど、聴きどころを挙げるとキリがないほど。
 当盤は、同時代の巨星群にか隠れながらも、まぎれもない本物の輝きを放つフンメルという恒星の存在を証明した画期的録音といっていいと思う。


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声楽曲

ミサ曲ニ長調 op.111 ミサ曲変ロ長調 op.77 オッフェルトリウム「恵み深き乙女」
ヒコックス指揮 コレギウム・ムジクム90 S: グリットン

レビュー日:2013.12.18
★★★★★ フンメルの作曲者としての能力が発揮されたミサ曲
 近年にわかに再評価されているフンメル(Johann Nepomuk Hummel 1778-1837)は生涯に5曲のミサ曲を書いているが、イギリスの指揮者ヒコックス(Richard Hickox 1948-2008)はChandosレーベルにこれらを録音した。当盤はその1枚で2001年録音のもの。演奏は「コレギウム・ムジクム90」で、これはヒコックスがサイモン・スタンデイジ(Simon Standage 1941-)と共同で、1990年に設立したピリオド楽器を使用する楽団。収録曲の詳細を書いておく。
 ミサ曲 ニ長調 op.111(1-12)
 1) キリエ(Kyrie)
 2) グローリア(Gloria) 天のいと高きところには、神に栄光あれ
 3) 同 世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ
 4) 同 主のみ聖なり、主のみ王なり
 5) 同 聖霊とともに、父なる神の栄光のうちに、アーメン
 6) クレド(Credo)われは信ず、唯一の神
 7) 同 聖霊によりて、処女マリアよりおんからだを受け
 8) 同 聖書にありしごとく、三日目によみがえり
 9) 同 そして、来世の生命とを待ち望む。アーメン
 10) サンクトゥス(Sanctus)
 11) ベネディクトゥス(Benedictus)
 12) アニュス・デイ(Agnus Dei)
 13) オッフェルトリウム「恵み深き乙女(Alma virgo mater)」WoO.21
 ミサ曲 変ロ長調op.77(14-21)
 14) キリエ(Kyrie)
 15) グローリア(Gloria) 天のいと高きところには、神に栄光あれ
 16) 同 世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ
 17) 同 主のみ聖なり、主のみ王なり
 18) クレド(Credo)
 19) サンクトゥス(Sanctus)
 20) ベネディクトゥス(Benedictus)
 21) アニュス・デイ(Agnus Dei)
 オッフェルトリウム「恵み深き乙女」では、スーザン・グリットン(Susan Gritton 1965-)がソプラノ独唱を務める。
 これらの楽曲を聴くと、フンメルの構成力、誠実な作風が非常によく伝わってくる。ミサ曲はいずれも独唱を置かない合唱だけのスタイルであるが、エステルハージの前任者であったハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809)の作風に近い、厳かで、しかし威風を感じるもの。音楽全体は、自然讃歌的な大らかさを持っているが、十分な熱を持つ部分があり、決して平板な印象で終わってしまうものではない。例えばニ長調の楽曲では、アンニュス・デイのオルガンから始まる旋律の受け渡し、展開の巧みさで、内実の豊かさを感じる音楽が獲得されているし、変ロ長調のクレドのラストを飾るアーメン・フーガの充実には目を見張るものがある。その他、バロック・ティンパニの曲想を盛り上げる効果など、聴きどころは多い。
 フンメルという作曲家は、死後、人々の記憶から150年以上もの間忘れられていたのであるが、しかし、その間もオーストリアでは、彼の書いた教会音楽が使われていたと言う。文化的土壌の深さを思い知らされるエピソードだし、また日本人には計り知れない宗教の持つ影響力の広範さを感じさせるエピソードでもある。
 いずれにしても、ヒコックスの優れた功績によって、これらのミサ曲を簡単に聴くことができるようになったことは嬉しい。また、オッフェルトリウム「恵み深き乙女」はソプラノ独唱とコーラスの効果の妙が良く出た作品で、こちらも単独で楽しめるもの。併せて、本アルバムの存在感を高めている。


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