フンメル
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ピアノ協奏曲 第1番 華麗なロンド ロシアの主題による華麗なるロンド p: シェリー シェリー指揮 ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ レビュー日:2026.6.23 |
| ★★★★★ ロマン派への予兆と古典のエレガンスを併せ持つシェリーのフンメル
最初に、このアルバムの位置づけを明確にしておきたい。当盤に先行する「Chandosレーベルにおけるフンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)作品の録音」としては、1986年にスティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)のピアノ、ブライデン・トムソン(Bryden Thomson 1928-1991)の指揮によって「ピアノ協奏曲 第2番 第3番」という圧倒的に輝かしい存在があった。このアルバムは、(私も以前レビューを書かせていただいたことがあるのが)その年の「グラモフォン・アワード」で最高賞にあたる「レコード・オブ・ザ・イヤー」を受賞しただけでなく、世界中でフンメル再評価の一大ムーヴメントを引き起こす引き金となった今なお圧倒的な存在感をもつ録音だ。 Chandosレーベルにとって、ハフの「第2番・第3番」はカタログ上、最高峰の看板商品であり、完璧な決定盤であった。だが、その業績があまりにも偉大であった結果、おもわぬ障壁が生まれる。同レーベルにおいて「ほかの演奏家による当該曲の録音」がプロデュース出来なくなってしまったのだ。 その影響は永かった。その結果、当盤を含む「Chandosレーベルの」ハワード・シェリー(Howard Shelley 1950-)によるフンメルの「ピアノと管弦楽のための作品シリーズ」は、「第2番と第3番以外の楽曲」をターゲットとして、1996年から2005年にかけて録音・製作されることとなった。シェリーほどの優れたピアニストを起用しながら、もっとも有名な2曲については、「レーベル内でハフの録音との重複を避ける」という「大人の事情」により、製作されることはなかった。 結果的に、ハフとシェリーという2人のピアニストの録音によって、Chandosの「フンメルのピアノと管弦楽のための作品シリーズ」は体系化された形になる。 以上が、当録音の背景事情である。個人的には、ハフの録音が素晴らしく、完璧といってよいものであることを百も承知で、それでもシェリーの録音で、第2番と第3番も聴きたかったとは強く思うところである。なぜなら、シェリーの粒だったピアノと、品の良い節回しは、とても魅力的だからだ。 というわけで、シェリーの「弾き振り」と、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの演奏で、当盤にはフンメルの以下の楽曲が収録されている。 1) ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 op.34a (op.36) 2) 華麗なロンド イ長調 op.56 3) 華麗なロンド 変ロ長調 op.98 「ロシアの主題による華麗なるロンド」 2003年録音。 フンメルの「番号付き」のピアノ協奏曲は、現在第1番~第5番までの5作品という形で整理されているが、第1番は1811年頃に作曲されたもので、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)を思わせる古典的なスタイルを色濃く残した初期の作品。ハ長調という調性や、トランペットとティンパニが堂々と鳴る第1楽章の壮麗さは、モーツァルトのピアノ協奏曲第25番を思わせる。 このシェリーによる録音は、これまで慣行されてきた序奏部や展開部のカットを行わず、原典版によっており、録音時点で、「世界初録音」であった。ハフの録音により、フンメルの作品の注目度が高まったことを考えると、意外なほど時間がかかった感があるが、学術的な面でも価値の高い録音であったことになる。結果として、協奏曲第1番は、演奏時間は約35分となり、作曲された時代を考えると、かなり大規模な作品であったことが分かる。 シェリーの演奏は、流れの自然さ、トーンのなめらかさという点で特筆に値する。長大ゆえにカットされてきた作品であるが、シェリーのピアノの明快さは、幸福感にあふれたフレーズの歌謡性をくっきりトレースし、音楽の形を分かりやすくすることで、冗長な印象を回避することに成功している。ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズのサウンドは、弦に小編成的な薄みがあるものの、楽曲の表現において大きな欠点とはならず、むしろ室内楽的な緊密さを導いていると言える。夜想曲を思わせる第2楽章は、第2番やロマン派音楽の到来の予兆を感じさせるが、シェリーの微細なタッチと、装飾性をストレートに扱ったアプローチは、この音楽に相応しい。第3楽章は喜びの音楽だが、シェリーの運動性に富むピアノと、オーケストラの色彩感に富んだ掛け合いは見事。 第1協奏曲は、楽曲自体の個性や、旋律的な魅力という点において、たしかに「名曲」と呼ぶには足りないところがあるが、その明朗な朗らかさと、健やかに通う抒情は、美しく、シェリーの演奏は、それを見事に捉えたものといえる。 「華麗なるロンド」という同タイトルの2作品が併録されている。 イ長調の作品は、ゆったりした序奏とロンドによる主部からなる。非常に軽やかで、明るい、いかにも社交場で流れていたような音楽で、こちらもシェリーのピアノが相応しく鳴っている。 もう一つの 変ロ長調の作品は、「ロシアの主題による華麗なるロンド」の名で知られるもので、フンメルがロシア旅行の際に聴いた民謡の主題を用いたもので、フンメル自身、自らの最高傑作と称したこともあるものという。確かに表現される情緒には、哀愁や憂いといったものがあり、イ長調の作品と比べると、多彩な情感を持っている。独奏ピアノにも、華麗な演奏技巧が求められる。シェリーの演奏は、この作品のもつドラマチックな面を、床かな高揚感や、緊迫した情熱をともなって表現しており、フンメルの施したヴィルトゥオーゾ的な解放感が鮮やかな奔流となって再現されている。 最後に、ピアノ協奏曲第1番の作品番号(op.)について、補足しておく。この曲には、op.34aとop.36の2通りの表記がある。これは、作曲当時の楽譜出版社の混乱によるもので、当初、異なる出版社が、それぞれ「op.34」と「op.36」の2通りの表記で出版を行ったためである。後に「op.34」は別作品にすでに与えられていることが分かり、そちらは「op.34a」と表記を改められた。そのため、フンメルのピアノ協奏曲第1番は、現在も「2通りの作品番号」を持ったままとなっている。 |
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ピアノ協奏曲 第2番 第3番 p: ハフ トムソン指揮 イギリス室内管弦楽団 レビュー日:2013.12.16 |
| ★★★★★ フンメル再興の契機となった象徴的名録音
スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)のピアノ、ブライデン・トムソン(Bryden Thomson 1928-1991)指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏によるヨハン・ネポムク・フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)の以下の2曲を収録。 1) ピアノ協奏曲 第2番 イ短調 op.85 2) ピアノ協奏曲 第3番 ロ短調 op.89 1986年録音の当ディスクは1987年のグラモフォン賞を受賞している。きわめて価値の高い、意義深い録音だったわけだが、それは、この録音によって、それまで忘れられていた作曲家「フンメル」の評価が見直され、その作品群の再興に結びついたからだ。 フンメルはハンガリーの作曲家で、ウィーンでモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)の指導を受け、1787年にドレスデンでデビュー。1804年から11年までハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809)の代理としてエステルハージ侯の楽長を務めた後に、1816年からはシュトゥットガルト、1819年からはヴァイマールの宮廷楽長を務めた人物。当時の最高のピアノの巨匠として尊敬され、作曲家としてもべートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)の唯一のライバルと称されるほどであった。しかし、彼の死後、彼の名はハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンという巨星の群れに隠れ、その作品もほとんど顧みられる機会を失い、かろうじてピアノ独奏曲「ロンド・ファボリ Rondo favori op.11」が取り上げられる以外は、オーストリアでその教会音楽が用いられているくらいがせいぜいであった。 しかし、フンメルの音楽は再興した!彼の音楽は、150年もの雌伏の期間を経て、再び人々に聴かれるようになった。その転轍の役目をになった象徴的録音が当アルバム。 このアルバムを聴くと、フンメルと言う作曲家は、モーツァルトとショパン(Frederic Chopin 1810-1849)を繋ぐ存在であることが良くわかる。フンメルを聴いて、はじめて音楽史の重要な流れの一つを把握することが出来ると言っていい。フンメルの作品は精妙な技術が施されているが、そこで紡がれる豊かなメロディは、たくみな和声法と対位法によって、古典的な気品をまとっている。このメロディは、ロマン派の到来を予感させる情緒的なものであるため、多くの人がショパンを連想するだろう。事実、ショパンはフンメルの第2協奏曲にインスパイアされて、自身のピアノ協奏曲の作曲にまい進したと言う説がある。この曲を聴けば、なるほどと思う。また、その情感たっぷりのメロディが、鮮やかな展開によって消化され、再現部に帰結していく部分の美しさ、その解決の完璧さは、古典派の模範といってもよいほど。これは名曲といっていいものではないだろうか。そうでないとしても、これほど情緒豊かで、心を動かすような音楽というものは、多くの人に愛聴されるのに相応しいだろう。ちょうど、ショパンの協奏曲のように。。。 演奏の素晴らしさにも言及したい。ハフのピアニズムはこれらの楽曲の古典的様式美と浪漫的抒情性の双方を確立するもので、その力強い響きとスケールの大きさ、強弱の豊かさ、ペダルの効果を駆使した広大さによって、威風を持って奏でられる。フンメルの作品において、ピアノとオーケストラの関係性は、モーツァルトに類似するが、旋律は、より発色の必要な浪漫性を持っている。だから、その楽曲の性格を活かすためには、メロディを存分に歌わせて欲しい。ハフは、楽器としてのピアノの持つ能力を、惜しみなく投入している。古典の枠だけ意識し、ささやかに弾いてしまうと、フンメルはあまり面白くない気がする。ショパンへの布石を明確に意識させ、時としてそれを凌駕するくらいの勢いが欲しいのだ。ハフはその点を見事に表現した。だからこそ、聴いていて、これほど強い力を感じるのである。 オーケストラも好演で、第2番の第1楽章の悲劇性を持った弦の輝かしい肉厚な響き、第3番第2楽章冒頭の金管の柔らかな提示、さらに第2主題の痛切な美しさなど、聴きどころを挙げるとキリがないほど。 当盤は、同時代の巨星群にか隠れながらも、まぎれもない本物の輝きを放つフンメルという恒星の存在を証明した画期的録音といっていいと思う。 |
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ピアノ協奏曲 第4番「告別」 ピアノとヴァイオリンのための協奏曲 p: シェリー シェリー指揮 ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ vn: H.シャハム レビュー日:2026.7.13 |
| ★★★★★ 高い技術、暖かな音色で華やかに奏でられたフンメルの協奏曲
ハワード・シェリー(Howard Shelley 1950-)のピアノと指揮、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの演奏で、フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)の以下の2作品を収録したアルバム。 1) ピアノ協奏曲 第4番 ホ長調 op.110 「告別」 2) ピアノとヴァイオリンのための協奏曲 ト長調 op.17 1998年の録音。「 ピアノとヴァイオリンのための協奏曲」におけるヴァイオリン独奏は、ハガイ・シャハム(Hagai Shaham 1966-)。 シェリーは、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズとの弾き振りにより、Chandosレーベルにフンメルの一連の「ピアノと管弦楽のための作品」を録音したが、もっとも有名な2曲(第2番と第3番)については、レーベル内で、グラモフォン賞を受賞したハフ(Stephen Hough 1961-)の歴史的名盤と競合してしまうため、録音が行われなかった。そのため、ハフの当該録音と併せて聴くことで、Chandosレーベルによるフンメルのピアノ協奏曲の録音を、一通り聴けるという形になっている。シェリーの録音群は、楽曲的にも、評価的にも ハフの名盤の影に隠れる形になっているが、聴いてみると、良演揃いであり、いっそ第2番と第3番も録音したほうが良かったのではないかと思うのだけれど、そこはいろいろと難しい事情があったのだろう。 当盤も、そんなシェリーによる優れたフンメル作品録音の一つ。そもそも、フンメルのピアノ協奏曲は、第2番と第3番だけでなく、どれも聴いてみると、良い曲揃いだ。 ピアノ協奏曲第4番は、1814年に作曲された。この年は、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)の弟子であり、ウィーンを活動の拠点としてきたフンメルが、ドイツの宮廷楽長に就くため、長く慣れ親しんだ町を離れることとなった年でもある。ウィーンの聴衆や友人たちに音楽で感謝と別れの挨拶を告げるため、フンメル自身によって、「告別」のタイトルが与えられた。 ただし、その楽想は、朗らかで華やかなものと言ってよい。第3楽章に潜む哀愁に「告別」の雰囲気が込められているとされているが、決して情緒的なものがそこまで全面的に表立っているわけではない。 シェリーはこの楽曲に相応しい堂々たる風格を与える演奏を繰り広げている。第1楽章の冒頭から燦然と輝くようなオーケストラが素晴らしい。また、シェリーは、フンメルの施した装飾性豊かなフレーズを、余裕を持って、幸福感に満ちた響きで歌い上げている。全般に快活なテンポを維持し、活き活きと表情豊かな運びは、この楽曲に相応しい。第2楽章では、歌謡性に満ちた旋律が、ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)を思わせる華麗さを伴って奏でられる。シェリーのタッチは、丸みのある暖かさがありながら、旋律線をくっきりと浮かび上がらせる程よいコントラストを持っており、曲想が自然に彩られる好ましさに満ちている。第3楽章には「告別」のニュアンスがあるとされるが、全般には軽やかで明るい音楽であり、ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの溌溂とした響きをバックに、心地よくシェリーのピアノが流れていく。調和的な美しさを自然にトレースした音楽となっている。 ピアノ協奏曲第4番より、10年ほど前に書かれた「 ピアノとヴァイオリンのための協奏曲」という作品が併録されている。その響きは、ピアノ協奏曲第4番にあったロマン派への予兆に代わり、古典的な均整美という視点で書かれたものといえる。フンメルらしいのは、ピアノに技巧的な装飾性を施している点である。シェリーの演奏は、清々しく明朗で、 ハガイ・シャハムのヴァイオリン、オーケストラとの気持ちの良い受け渡しがスムーズに進む。第2楽章の変奏曲でも、第3楽章の快活なフィナーレでも、ピアノに技巧的な見せ場が設けられており、オーケストラをコントロールしながら、それらを華麗にさばいていくシェリーの鮮やかなピアニズムが楽しい。 収録された両曲とも、ピアノ協奏曲第2番や第3番と比べると、旋律的な魅力でやや後手に回ってしまうのは、やむを得ないというところであるが、シェリーの演奏は、理想的といってよいものだ。特に「ピアノ協奏曲第4番」は、第2番や第3番と共通する魅力も多いので、このシェリー盤のような優れた演奏で聴くことが出来れば、十分に楽しめる作品だと思う。ハフの名盤(第2番&第3番)で、フンメルの作品に興味を持った人であれば、なおさらだろう。 |
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ピアノ協奏曲 第5番 ピアノ小協奏曲 社交のロンド p: シェリー シェリー指揮 ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ レビュー日:2026.7.24 |
| ★★★★★ 程よい肉付きと発色性、残響を伴った響きで味わう情感豊かなフンメルのピアノ協奏曲
ハワード・シェリー(Howard Shelley 1950-)の弾き振りと、ロンドン・モーツァルト・プレヤーズによる演奏で録音されたフンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)の「ピアノと管弦楽による作品」シリーズは、有名な協奏曲第2番と第3番を同レーベルのハフ(Stephen Hough 1961-)による既存の名録音との重複を避ける形で、他の楽曲について、全6枚のアルバムにまとめられることとなった。 当盤は、そのシリーズの第1弾であった録音で、以下の楽曲が収録されている。 1) ピアノ小協奏曲(コンチェルティーノ) ト長調 op.73 2) ピアノ協奏曲 第5番 変イ長調 op.113 3) 社交のロンド ニ長調 op.117 1996年の録音。 フンメルのピアノと管弦楽のための諸作品のうち、30分前後の演奏時間を要する3楽章構成を備えていた作品は5つであり、それらに第1番~第5番のナンバリングが与えられている。ピアノ協奏曲第5番は、フンメルの生前最後に出版された協奏曲であり、ロマン派への布石と感じさせる重厚さをもった名曲と言ってよい。 よく言われるように、フンメルのピアノ協奏曲は、音楽史の観点で、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)による古典様式の完成から、ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)に代表される初期ロマン派への移行への「架け橋」となる存在である。そこには、ピアノという楽器の進化に伴った技巧的なパッセージや、夜想曲を思わせるカンタービレ、そして、音楽的機能性と存在意義を高めた装飾音がある。 ピアノ協奏曲第5番は、有名な「第2番 イ短調 op.85」や「第3番 ロ短調 op. 89」と比べて、楽想そのものは穏やかだが、よりロマン派に近づいた豊かな抒情性を持っている。 シェリーとロンドン・モーツァルト・プレイヤーズの演奏は、エレガントな響き、ほどよい残響と肉付きの良いタッチで、フンメルの楽曲の美しさを十全に引き出したもの。フンメルのピアノ協奏曲は、それこそハフの名盤が登場するまでは、適切な評価を与えられてこなかったと言える。技巧や装飾も、それ自体がヴィルトゥオジティの発揮という目的に立脚するものであって、音楽的必然性は低いものだという先入観が根付いていた。それが、誤解であったことは、現在となっては、わざわざ言及する必要もないことだけれど、このシェリーの素晴らしい演奏を聴けば、あらためてその事も含めて、楽曲の名曲性に心打たれる。 第1楽章は深みと暖かみを兼ね備えた旋律だけでも魅力的だが、加えて技巧的なパッセージを「喜び」の感情の発露に結びつける色彩感豊かなシェリーのピアノは、聴き手の気持ちをとても豊かにしてくれる。シェリーの演奏の素晴らしさは、下手に「古典派の延長」を意識して、ピアノの出力を制約しない点にある。豊かな残響も味方につけ、パッセージの華やかさに合わせたオーケストラのサウンドの広がりも自然で心地よい。第2楽章は、夜想曲を思わせる旋律美が満ちているが、ここでも甘美な側面を自然に発露するシェリーのピアノが頼もしい。「スペイン風ロンド」と題された終楽章では、ボレロのリズムも聴かれる縦線のくっきりした音楽。この楽章では、軽快なスピード感を武器に、ピアニスティックな技巧の冴えが、聴き手を魅了する。フンメルの代表作と呼ぶに相応しい充足感を得ながら、楽曲は鮮やかに幕を閉じる。 「ピアノ小協奏曲(コンチェルティーノ)」は、ピアノ協奏曲第5番に比べると、ずっと「古典様式」に近い。というより、この曲は、もともとマンドリン協奏曲として書かれたものを、ピアノと管弦楽のために編曲したものなので、そもそもの楽想が、「目覚ましい進化を遂げているピアノ」のためのものではない。とはいえ、古典然とした美しさがあり、シェリーの演奏も素晴らしい。第1楽章中間部の華やかな展開や、第2楽章のマンドリンのトレモロを源とするピアノの響きなど、十分に楽しく聴くことが出来る。 「社交のロンド」は、当時の貴族や市民が集まる華やかなサロンスペースでの演奏機会のために書かれた作品。単一楽章ながら、複数の性格的な部分からなる。装飾性が高く、技巧的で華やかなパッセージも含まれており、機会音楽に込めたフンメルの意図が伝わってくる。ピアノ協奏曲第5番と同様に、シェリーとロンドン・モーツァルト・プレイヤーズのぴたりと息の合った演奏が、「サロン音楽」の枠を超えた優美な響きを導いており、フンメルの芸術作品としての当曲の価値を証明している。 |
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ピアノ・ソナタ 第3番 第5番 第6番 p: ハフ レビュー日:2026.4.20 |
| ★★★★★ モーツァルトの気品と、ショパンを予感させる抒情の共存
スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)によるヨハン・ネポムク・フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837)の以下の3曲のピアノ・ソナタを収録したアルバム。 1) ピアノ・ソナタ 第5番 嬰ヘ短調 op.81 2) ピアノ・ソナタ 第6番 ニ長調 op.106 3) ピアノ・ソナタ 第3番 ヘ短調 op.20 2003年録音。 ハフによるフンメル作品の録音と言えば「フンメルの作曲家としての再評価のきっかけとなった」と言われる1986年録音の「ピアノ協奏曲 第2番&第3番」の録音が高名だ。その協奏曲集は、1987年のグラモフォン賞を受賞したのだが、当ピアノ・ソナタ集も2004年のグラモフォン賞を受賞している。フンメル作品の価値をふもとく伝道者として、ハフの名は相応しい。 しばしばフンメルの位置づけは、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)とショパン(Frederic Chopin 1810-1849)を繋ぐ存在として語られる。実際に、ショパンは、協奏曲を作曲する際、フンメルの作品を研究して取り組んだとされており、両者の音楽的性格にも共通点が多い。 このピアノ・ソナタ集も、そのようなフンメルの歴史的な立ち位置を明確にするものといって良い。モーツァルトの弟子であったフンメルが、モーツァルトの影響を受けていることは当然である。当盤で言えば、ピアノ・ソナタ第3番の終楽章、「ジュピター交響曲」の終楽章の有名なフーガの主題(C-D-F-E)、これは「アレルヤ・モチーフ」として知られる教会旋法を応用したものであるが、フンメルは第3番の終楽章の終盤で、このモチーフ(F-G-B♭-A)を全音符で提示し、鮮やかなフガートを披露する。フンメルは、「ピアノ・ソナタ 第2番 変ホ長調 op.13」の第1楽章でも、このモチーフを道いており、師であったモーツァルトとの繋がりを自分の作品に刻印した象徴的な場面である。 当盤で、ハフは、この終楽章の技術的難易度の高い場面で、ペダルの使用を抑制し、古典的均衡性と対位法的な構造美を鮮やかに描き出しており、実に気持ちが良い。 また、ピアノ・ソナタ第5番の第2楽章と第6番の第3楽章は、ともに楽曲のハートともいえる緩徐部分であるが、ショパンの夜想曲を彷彿とされるロマン派的な情緒を連綿と紡ぎだしている。特に第5番の第2楽章は、強い音から入る冒頭との対比から、ロマン派の濃厚な香りが漂ってきており、聴き手はたちまちのうちにショパンの楽曲を連想することになるのである。ハフはこれらのツボを的確に押さえながら、力強さと甘美さの双方を見事な表現力で引き出し、かつ全体的なバランスに優れている。聴いていて、これを上回る演奏というのが考えにくいというほどに、説得力のある演奏だ。 第5番と第6番に関しては、第5番の方が先取的な楽曲であり、両端楽章の劇的な要素がその性格を強めている。第6番は古典的な作風と言えるだろう。 「アレルヤ・モチーフ」を用いている第3番については、ジャン=エフラム・バヴゼ(Jean-Efflam Bavouzet 1962-)が2019年に録音したものがあるが、そこでバヴゼは、この楽曲に、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)作品との影響を様々に指摘している。フンメルのピアノ・ソナタ第3番は1807年に作曲されたものだが、バヴゼの指摘では、以下のような影響を感じさせる箇所があるとしている。 【第1楽章】(ゆっくり弾いたもの)及び【第2楽章】と、ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第13番 変ホ長調」(1801年作曲)の第2楽章 【第1楽章】(ゆっくり弾いたもの)と、ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調」(1821年作曲)の第1楽章 【第2楽章】と、ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第5番 ハ短調」(1796年作曲)の第2楽章 【第3楽章】と、 ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第1番 ヘ短調」(1793年作曲)の第4楽章 バヴゼの指摘に倣えば、フンメルのピアノ・ソナタ第3番は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第1番、第5番、第13番といった作品の影響を「受け」、そして、ピアノ・ソナタ第31番に影響を「与えた」ものとなる。前述のモーツァルト、ショパン作品の関連と併せて、音楽史における重要な結節点にフンメルが存在することになる。 そのような重要な作品群の真価を感じされくれるハフの名演の存在は、音楽ファンにとって、代えがたいものに違いない。 |
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ミサ曲ニ長調 op.111 ミサ曲変ロ長調 op.77 オッフェルトリウム「恵み深き乙女」 ヒコックス指揮 コレギウム・ムジクム90 S: グリットン レビュー日:2013.12.18 |
| ★★★★★ フンメルの作曲者としての能力が発揮されたミサ曲
近年にわかに再評価されているフンメル(Johann Nepomuk Hummel 1778-1837)は生涯に5曲のミサ曲を書いているが、イギリスの指揮者ヒコックス(Richard Hickox 1948-2008)はChandosレーベルにこれらを録音した。当盤はその1枚で2001年録音のもの。演奏は「コレギウム・ムジクム90」で、これはヒコックスがサイモン・スタンデイジ(Simon Standage 1941-)と共同で、1990年に設立したピリオド楽器を使用する楽団。収録曲の詳細を書いておく。 ミサ曲 ニ長調 op.111(1-12) 1) キリエ(Kyrie) 2) グローリア(Gloria) 天のいと高きところには、神に栄光あれ 3) 同 世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ 4) 同 主のみ聖なり、主のみ王なり 5) 同 聖霊とともに、父なる神の栄光のうちに、アーメン 6) クレド(Credo)われは信ず、唯一の神 7) 同 聖霊によりて、処女マリアよりおんからだを受け 8) 同 聖書にありしごとく、三日目によみがえり 9) 同 そして、来世の生命とを待ち望む。アーメン 10) サンクトゥス(Sanctus) 11) ベネディクトゥス(Benedictus) 12) アニュス・デイ(Agnus Dei) 13) オッフェルトリウム「恵み深き乙女(Alma virgo mater)」WoO.21 ミサ曲 変ロ長調op.77(14-21) 14) キリエ(Kyrie) 15) グローリア(Gloria) 天のいと高きところには、神に栄光あれ 16) 同 世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ 17) 同 主のみ聖なり、主のみ王なり 18) クレド(Credo) 19) サンクトゥス(Sanctus) 20) ベネディクトゥス(Benedictus) 21) アニュス・デイ(Agnus Dei) オッフェルトリウム「恵み深き乙女」では、スーザン・グリットン(Susan Gritton 1965-)がソプラノ独唱を務める。 これらの楽曲を聴くと、フンメルの構成力、誠実な作風が非常によく伝わってくる。ミサ曲はいずれも独唱を置かない合唱だけのスタイルであるが、エステルハージの前任者であったハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809)の作風に近い、厳かで、しかし威風を感じるもの。音楽全体は、自然讃歌的な大らかさを持っているが、十分な熱を持つ部分があり、決して平板な印象で終わってしまうものではない。例えばニ長調の楽曲では、アンニュス・デイのオルガンから始まる旋律の受け渡し、展開の巧みさで、内実の豊かさを感じる音楽が獲得されているし、変ロ長調のクレドのラストを飾るアーメン・フーガの充実には目を見張るものがある。その他、バロック・ティンパニの曲想を盛り上げる効果など、聴きどころは多い。 フンメルという作曲家は、死後、人々の記憶から150年以上もの間忘れられていたのであるが、しかし、その間もオーストリアでは、彼の書いた教会音楽が使われていたと言う。文化的土壌の深さを思い知らされるエピソードだし、また日本人には計り知れない宗教の持つ影響力の広範さを感じさせるエピソードでもある。 いずれにしても、ヒコックスの優れた功績によって、これらのミサ曲を簡単に聴くことができるようになったことは嬉しい。また、オッフェルトリウム「恵み深き乙女」はソプラノ独唱とコーラスの効果の妙が良く出た作品で、こちらも単独で楽しめるもの。併せて、本アルバムの存在感を高めている。 |
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