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ヒンデミット



交響曲

交響曲「画家マチス」 ウェーバーの主題による交響的変容 ピアノと管弦楽のための4つの気質
サロネン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団 p: アックス

レビュー日:2006.1.21
★★★★☆ ヒンデミット入門としても最適
 積極的に録音活動を行っているエサ・ペッカ・サロネン(Esa-Pekka Salonen)とロス・フィルによるヒンデミットの作品集。
 非常にソフトなトーンで聴きやすい仕上がりになっているのが特徴。演奏もソフトな趣きを重視している。たとえばウェーバーの主題による交響的変容では、この曲は10種類を超える打楽器が活躍する曲であるが、そのようなオーケストラの編成上の特徴をあまり強調することなく、調和を求めて描かれている。全般に淡白な表現であるが、決して軽薄なわけではなく、響きの軽重といったバランスに配慮した演奏であり、それにともなって録音もソフトに仕上がっていると感じられる。
 主題と変奏「4つの気質」は事実上ヒンデミットのピアノ協奏曲といえる作品であるが、ここではエマニュエル・アックスを独奏に迎えて、慎重な音楽を作っている。全般に均質な密度に仕上がっており、サロネンらしくコンパクトに論理だてて収納されていく感じがわかる。代表作と知られる交響曲「画家マティス」ももちろん同様のアプローチによっている。
 全部で80分近い収録時間となっており、これだけの品質でヒンデミットの主要作品を聴けるのはなかなか嬉しい。一方で、どこか強いインパクトを与えるような個所があるかというと、そうでもないところもあり、ややアカデミックに過ぎた感じも残った。

交響曲「画家マチス」 ウェーバーの主題による交響的変容 管弦楽組曲「気高き幻想」
アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

レビュー日:2020.6.18
★★★★★ アバドの代表的録音の一つ
 アバド(Claudio Abbado 1933-2014)指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏で、ヒンデミット(Paul Hindemith 1895-1963)の以下の楽曲を収録したアルバム。
交響曲「画家マティス」 (Mathis der Maler)
 1) 第1楽章 「天使の合奏」 (Engelskonzert)
 2) 第2楽章 「埋葬」 (Grablegung)
 3) 第3楽章 「聖アントニウスの誘惑」 (Versuchung des heiligen Antonius)
管弦楽組曲「気高き幻想」 (Nobilissima visione)
 4) 導入部とロンド (Einleitung und Rondo)
 5) 行進曲とパストラール (Marsch und Pastorale)
 6) パッサカリア (Passacaglia)
7-10) ウェーバーの主題による交響的変容 (Symphonische Metamorphose von Themen Carl Maria von Webers)
 1995年録音。
 ヒンデミット生誕100年にあたるアニヴァーサリー・イヤーに録音されたもの。「画家マティス」はヒンデミット事件(ユダヤ人音楽家とわけへだてなく芸術活動を行っていたヒンデミットが、ベルリンフィルによる「画家マティス」の初演を機に、ナチスの芸術政策の批判にさらされ国外に退去。初演を指揮したフルトヴェングラーは、ヒンデミットを擁護し、抗議のためドイツ楽団をいったん退く)の原因となった楽曲で、このオーケストラにとっては、ヒンデミットの記念年に取り上げるということは、ある意味宿命的なものもあろう。
 また、アバドの録音活動面での功績という観点で書くと、個人的にはムソルグスキー作品への積極的な取り組みとともに、20世紀の近代管弦楽作品にきわめて質の高い演奏を提供することで、その普及啓発に寄与したことが特に大きなものだと考える。当ヒンデミットの作品集も、是非指折られるべき名品で、世界最高のオーケストラの機能性と音響美を如何なく発揮し、これらの楽曲の美しさを理想的な形で表現したもの。当録音からすでに25年が経過したわけだが、その魅力は、一切色褪せていない。
 「画家マティス」は冒頭から豊かな音色で、ゴージャスと表現したい響き。多少ねばりのある表現で、起伏を描き出し、エネルギーを高める手腕は、アバドとベルリンフィルの顔合わせならではと言いたいところ。第2楽章の木管に込められた歌の伸びやかさは絶品であり、説得力に満ちている。終楽章は合奏音のバランスが常に保たれているが、必要な迫力は存分に供給されており、王道の名演という貫禄をもって結ばれる。
 「気高き幻想」は演奏機会の少ない作品で、録音も稀だが、アバドはこの音楽がもつアンニュイな情感を色彩感豊かに表現する。オーケストラの適度に柔らかな合奏音は、自在性があり、不確かなものを抱合して、柔和な方向に解決していく。その手段は、楽曲をわかりやすく伝えている。
 「ウェーバーの主題による交響的変容」は、ヒンデミット最大の人気曲だろう。冒頭から、早目のテンポをとり、色彩感と躍動感に溢れた表現で、強靭なフォルテが相応しい。第2楽章の主題提示部の耽美性はオーケストラの表現力を堪能できるもので、深い情感に心打たれる。また、変奏部分では、機動的な展開力も美麗に決まる。第3楽章、第4楽章といずれも速めのテンポでキビキビ進む。フィナーレは熱血的で、オーケストラの能力が開放される。
 アバドが遺してくれた、今後永く聴かれるであろう名録音。


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器楽曲

ルードゥス・トナリス(音の遊び) 組曲「1922」
p: ベレゾフスキー

レビュー日:2007.7.16
★★★★☆ ヒンデミットらしい「学究的」ともいえる楽曲たちです
 1990年のチャイコフスキー・コンクールで優勝し、以後意欲的な録音活動を継続しているボリス・ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)の注目の録音。今回はヒンデミット。  収録曲はルードゥス・トナリスと組曲「1922」。Ludus tonalisとはラテン語で「音の遊び(音のゲーム)」を意味する。ヒンデミットは後期ロマン派の音楽における執拗な「意味づけ」に対抗し、純粋に音楽理論と向き合うことで作曲活動を行った。「新即物主義」と形容されることもある。これらの楽曲を聴くとその意図はわかる気がする。組曲「1922」はその名の通り1922年(作曲者27歳)の時の作品で、感情や思想を伴わない、純粋な「美しい響き」のみをひたすら突き詰めたような作品。「ピアノを打楽器のように扱え」という作曲者の指示がある。ベレゾフスキーの力強い和音は存分にこの曲の達成したものを表現していると感じられる。一つの典型的ヒンデミットの姿がある。
 ルードゥス・トナリスは1943年の作品。これはバッハの平均律に始まる作品群に属していて、12の全音階の音をそれぞれ基音とするフーガと、それをつなぐ間奏曲(フーガの前奏部と後奏部を含む)からなる大規模な作品。フーガを得意としたヒンデミットが様々な対位法に取り組んだ学究的な思惑が明白な作品。ベレゾフスキーはこの代数的な作品を鮮明に弾いてその全貌を明らかにしている。


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