ヘンデル

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ヘンデル



管弦楽曲

「水上の音楽」組曲 第1番~第3番 王宮の花火の音楽
マロン指揮 アラディア・アンサンブル

レビュー日:2017.7.18
★★★★★ ピリオド楽器の制約がありながら、柔らかなトーンを引き出した洗練の名演
 アイルランドの指揮者、ケヴィン・マロン(Kevin Mallon)が、トロントに本拠をおくピリオド楽器の演奏集団、アラディア・アンサンブル(Aradia Ensemble)を指揮して録音したヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)の名管弦楽曲集。収録曲は以下の通り。
1) 「水上の音楽」組曲 第1番 ヘ長調 HWV348
2) 「水上の音楽」組曲 第2番 ニ長調 HWV349
3) 「水上の音楽」組曲 第3番 ト長調 HWV350
4) 王宮の花火の音楽 HWV351
 2005年録音。
 とても新鮮で、全体を覆う柔らかなトーン、にもかかわらず分離のよい清明な響きが魅力いっぱいのヘンデルだ。
 マロンという指揮者の録音を、私はこれまであまり聴いてこなかったのだけれど、当盤を聴く限りでは、なかなか探究心に富んだ人物のようだ。ナクソスの解説では、スコアの丹念な研究により、王宮の花火の音楽の「平和」では、初の試みとしてフルート・トラヴェルソを使用し、効果を挙げている、ということが紹介されている。
 しかし、私なりに調べてみると、このフルート・トラヴェルソの使用は、当盤が最初の試みというわけではなく、マイケル・ピゲ(Michel Piguet 1932-2004)にも同様の録音があるらしい。しかし、いずれにしても、これがかなり珍しいものであることにはかわりない。他にも「水上の音楽」におけるタンバリンの追加(有名なホーンパイプで顕著)、あるいは、水上の音楽のいくつかの楽章をプレスト処理しているところも、マロンの考えで、ここで、マロンはこれらの管弦楽曲の舞曲としての使用の在り方について、積極的に考察したらしい。
 そのような学術的な検討が土台にあることも確かに当盤の魅力の一つであるが、それにしても、演奏、響き自体の魅力が素晴らしい。ピリオド楽器にありがちな、刺激的で過激な響きに拘泥せず、全般の音色が実に洗練されいて、まるでさわやかな風が吹き抜けるようである。「水上の音楽」組曲第1番のエアーや第3番の「リゴードン」における新鮮な疾走感は、当録音の特徴を端的に示す個所となっている。
 「王宮の花火の音楽」もいかにも吹き抜けのあるような、空間的なゆとりを感じさせ、そのことがやわらかで高雅な聴き味につながっている。フルート・トラヴェルソの音色も、これにおおいに貢献している。
 また、前述のテンポの早さも、刺激や過剰な演出を追求するものではなく、音楽としての体裁や風雅を損なわない一線の中で、アンサンブルの洗練を高めてこれに到達しており、そこにアラディア・アンサンブルが一流の芸術集団である刻印が示されている。
 これらの楽曲には、古今多くの名演、名録音と呼ばれるものが存在するが、このマロンの演奏、私はかなり気に入っており、上位の一角には確実に入ってくる。


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器楽曲

ヘンデル クラヴィーア組曲 第1巻 第2番 第3番  第5番「調子のよい鍛冶屋」 シャコンヌ  スカルラッティ ソナタ ニ長調 ロ短調 嬰ハ短調 ニ長調 イ長調 ホ長調 イ長調
p: ペライア

レビュー日:2005.4.10
★★★★★ 最高に爽快な気分を味わえるアルバム
 手の故障から復帰した新生ペライアの意欲的アルバムだ。ヘンデルの曲は「調子のよい鍛冶屋」の名で親しまれる楽章を含む。同曲がピアノで弾かれた録音は意外に希少だ。
   これを聴くとペライアとこれらの楽曲の相性がこれほどまでによかったのかと驚かされる。現代のピアノという楽器の美点を最大限駆使して、これでもかと歌謡性に満ち溢れた表現を繰り出す。スカルラッティのクラヴィーア曲がこれほど彩色をほどこされて、自分の前に繰り広げられことに、驚嘆する人は多いだろう。
 「調子のよい鍛冶屋」は多くの人がしっているとってもポピュラーな曲であるが、ペライアの手にかかると聴き応え満点のスリリングな変奏曲へと一変する。その小気味のいいこと!最高に爽快な気分を味わえるアルバムだ。

クラヴィーア組曲 第1巻 第1番 第2番 第4番 第8番 第2巻 第7番 ニ短調HWV447 ト短調HWV452
p: ジャレット

レビュー日:2011.8.15
★★★★★ 「ピアニストという表現者の幸福」が聴き手に伝わる録音
 キース・ジャレット(Keith Jarrett 1945-)によるヘンデルのクラヴィーアのための作品集。収録曲は以下の通り。
1) クラヴィーア組曲 ト短調 HWV452
2) クラヴィーア組曲 ニ短調 HWV447
3) クラヴィーア組曲 第2巻 第7番 変ロ長調 HWV440
4) クラヴィーア組曲 第1巻 第8番 ヘ短調 HWV433
5) クラヴィーア組曲 第1巻 第2番 ヘ長調 HWV427
6) クラヴィーア組曲 第1巻 第4番 ホ短調 HWV429
7) クラヴィーア組曲 第1巻 第1番 イ長調 HWV426
 ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)は、バロックの大作曲家であるが、彼の名を高めているのは声楽曲と、協奏曲を含む管弦楽曲である。しかし、クラヴィーアのためにも美しい作品を書いていて、組曲と名付けられたものが20曲ある。中で、ホ長調HWV430の第4楽章は「調子のよい鍛冶屋」の渾名で有名だが、他の作品の存在はおおむね地味だった。しかし、最近になって少しずつ注目されるようになってきたように思う。
 私は、ペライアの1996年の録音(HWV427、HWV428、HWV430)の歌に満ちた味わいが忘れ難く、何度も聴いてきたのだが、このジャレットの録音も見事な一枚。このピアニストは、本来ジャズ・ミュージシャンとして高い知名度を持っていたが、ECMレーベルに少なくないクラシックの録音があり、このヘンデルもその一つ。
 全体に肩の力の抜けた柔らかなテイスティングが絶妙で、これらの楽曲に相応しい奥行きを与えた良演だ。ト短調の組曲を冒頭に置いているが、この曲の第1楽章のアルマンドは、メロディアスなモチーフを用いながらも、対位法的な語らいを持っている。ジャレットがこの曲を冒頭に収録したのは、その楽想がいかにも音楽に誘うような風情に満ちているからだろう。
 全般に短調の曲たちは、儚い透明な風合いを持っていて、ジャレットの操る自由で滑らかなピアニズムにより、どこか回顧的な情緒を漂わせている。一方で長調の曲には品のある喜びの表現が横溢していて、邪魔するものも隔てるものもない自然な美観をまとっている。中でも1曲だけということになると、最後に収録されている第1巻第1番の前奏曲だろうか。ゆったりと揺蕩うように心地よく上下する音階。その繋がりの中でやわらかく紡がれる音楽は無上の喜びを表現しているよう。まさにピアニストという表現者の幸福が聴き手に伝わる優しくも甘美な瞬間だ。このような瞬間を感じることの出来るこのアルバムは、やはり名盤の名にふさわしいだろう。ジャレットには、ぜひ他のヘンデルのクラヴィーア曲も録音してほしい。

ヘンデル クラヴィーア組曲 第1巻 第2番 第5番「調子のよい鍛冶屋」 第8番 第2巻 第1番~第4楽章(ケンプ編) 第7番変~第3楽章  ブラームス ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ
p: チョ・ソンジン

レビュー日:2023.3.2
★★★★★ チョ・ソンジンの快活な明朗性が発揮されたヘンデルとブラームス
 2015年のショパン国際ピアノコンクールで優勝を果たしドイツ・グラモフォン・レーベルと契約を果たした韓国のピアニスト、チョ・ソンジン(seong-Jin Cho 1994-)による「ヘンデル・プロジェクト」と題されたアルバム。収録曲は以下の通り。
ヘンデル チェンバロのための8つの組曲(クラヴィーア組曲 第1巻)より
 1) 組曲 第2番 ヘ長調 HWV.427
 2) 組曲 第8番 ヘ短調 HWV.433
 3) 組曲 第5番 ホ長調 HWV.430 「調子の良い鍛冶屋」
ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)
 4) ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ 変ロ長調 op.24
ヘンデル チェンバロのための9つの組曲(クラヴィーア組曲 第2巻)より
 5) 組曲 第7番 変ロ長調 HWV.440 から 第3楽章 サラバンド
 6) 組曲 第1番 変ロ長調 HWV.434 から 第4楽章 ~W.ケンプ(Wilhelm Kempff 1895-1991)編曲版
 2022年の録音。
 ショパン・コンクールに優勝したピアニストが弾くヘンデルという録音が今まであったかどうか。少なくとも私は思い出せないが、この録音はとても瑞々しい魅力的なものに仕上がっている。ヘンデルの楽曲であるから、当然の事ながら作曲当時の鍵盤楽器はハープシコードであり、それゆえに音価を維持する工夫も楽器由来のものがあるわけだが、チョ・ソンジンは、低音をやや控える配慮を伴いながらも、ピアノという楽器の自在性を存分に用いて、輝かしく、華やかな演奏を繰り広げている。音色は透明で、清潔感に満ちており、これらの楽曲にふさわしい明朗なもの。ヘ長調の組曲は、その健やかさに加えて、どこか厳かな気配があって、心打たれるが、次いで奏でられるヘ短調では、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)を思わせる厳粛さも伴う。この素晴らしい演奏を聴いていると、ヘンデルの楽曲もバッハとまではいかないまでも、もっともっと多くのピアニストによって手掛けられるべき作品だと再認識させられる。
 圧倒的に高名な、ホ長調の組曲は、快活なテンポとリズムで、素晴らしい聴き味。全体に運動性に秀でるが、その一方でアルマンドの情感も過不足なく表現され、絶妙だ。かつて私はこの曲にペライア(Murray Perahia 1947-)の名演で親しんだが、私にとって、久しぶりにそれと比較しうる名演奏が登場したわけだ。それにしても、チョ・ソンジンがこの曲を録音してくれるとは思っていなかっただけに嬉しい。
 次いで、ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」が収録されている。ヘンデルのHWV.440のアリアに基づく変奏曲であり、ヘンデルの楽曲と一緒に収録することで、「ヘンデル・プロジェクト」の見立てに貢献している。チョ・ソンジンはこの楽曲を変奏曲史における最高傑作の一つと見做しているそうだが、これもエネルギッシュでありながら透明な美演が展開される。この曲では、私はアシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)の録音を愛聴しているが、チョ・ソンジンは起伏を大きく描き出して、スケール感を増すことに成功している。この楽曲では、チョ・ソンジンの演奏は、ヘンデルの楽曲と比べて、低音にもしっかりとした主張と重さが与えられ、一つ一つのフレーズが、より大きな落差を持って表現されており、それによってユーモアや悦楽といった要素も十全に描かれるようになる。テンポも心地よいものが維持され、パッセージを明瞭に響かせる技術も卓越している。
 末尾にヘンデルの第2組曲からの抜粋が2編収録されているが、これらの演奏を聴くと、もっとこのピアニストの弾くヘンデルをいろいろ聴いてみたいと思わせてくれる。大成功の録音と言って良い。

ヘンデル クラヴィーア組曲 第2巻 第1番  ブラームス ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ  レーガー J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ
p: シフ

レビュー日:2014.6.12
★★★★★ ピアニスト、シフ”の芸術が、如何なく発揮された演奏会の記録
 アンドラーシュ・シフ(Schiff Andras 1953-)が1994年にオランダ、コンセルトヘボウで行った演奏会の模様を収録したアルバム。収録曲は以下の3曲。
1) ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759) クラヴィーアのための組曲集 第2巻 第1番 変ロ長調 HWV 434
2) ブラームス(Johannes Brahms 1833-1897) ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ op.24
3) レーガー(Max Reger 1873-1916) J.S.バッハの主題による変奏曲とフーガ op. 81
 表現者の意欲を感じさせるプログラム。2曲目のブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」は、冒頭に弾かれたヘンデルの「クラヴィーアのための組曲」の第3曲「アリアと変奏」のアリアに基づく変奏曲。ブラームスの曲の提示部は、ヘンデルの曲ほぼそのままであるため、聴衆は、この箇所を二つの作品の中で聴くことになる。
 さらに、末尾に収められたレーガーの作品は、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750)の教会カンタータ「キリストの昇天によりてのみ」BWV128の第4曲「アリア」の主題に基づく14の変奏と、大規模な二重フーガからなる大曲で、演奏時間は34分に及ぶ。このレーガーの曲とブラームスの曲は「他者が作曲したアリアに基づく大規模な変奏曲とフーガ」という点で共通している。
 シフの演奏は秀逸だ。ヘンデルの作品とブラームスの作品では、書かれた時代が100年違うのだけれど、そのギャップをほとんど感じさせない風に響く。(そして、本アルバムも、両曲間に大きなインターバルも設けないように編集されている)。
 ヘンデルの冒頭からシフの美音は、様々な色の粒子が渦を巻く様に、自然な力学に沿って、優雅に、かつ刺激的に繰り出される。ヘンデルの書いた傑作の呼び名に相応しいこの名曲を、ピアノで奏でることの喜びが満ち溢れ、聴き手を幸福感で包み込む。
 ブラームスの名作に関しては、多くの名演があるが、シフの演奏も当然のことながらそこに数え上げられるべき内容を持っていて、ヘンデル作品で漂った高貴な優雅さから、ブラームスらしい情熱的な世界への変転を心行くまで楽しませてくれる。少しゆったりめのテンポでありながら、精緻な技巧を巡らせて、音の伸びを適度に戒めながらも、細やかなニュアンスを拾い尽くしてくれる。典雅な歌に溢れた清々しい高揚感は得難いもの。
 最後に収められたレーガーの曲は、ピアニストの力量が試される難曲だ。この難渋な音楽を演奏会で取り上げるという挑戦に応じることができるピアニストが、世にどれほどいるのだろうか?シフはその数少ない一人にちがいない。楽曲は、元の旋律が渋い上に、一つ一つの変奏の規模が大きく、その変奏のいずれもが、重層的な音響を築き上げるというノルマを課せられていて、これを経ない限り、前に進むことを許されない。技術的にも、構成的にも至難の楽曲だし、甘美なメロディーも与えられているわけではない。しかし、シフは、これらの展開に、音楽的な解決を施しながら、着実な進行を示す。レーガーが施した多重の楽曲理論による閉じ箱を、一つ一つ鮮やかな手腕で開錠していく様を見ているようだ。聴きなれない作品でありながら、独特の緊張感に包まれる会場の雰囲気が伝わってくる。
 現代最高のピアニストの至芸を堪能できる記録だ。


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音楽史

合奏協奏曲 全曲
ベズノシウク指揮 エイヴィソン・アンサンブル

レビュー日:2011.6.9
★★★★★ 風雅にして快活!これぞ王道のバロック音楽を聴く至福
 ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)の合奏協奏曲全12曲を収録。パブロ・ベズノシウク(Pavlo Beznosiuk)指揮、エイヴィソン・アンサンブル(Avison Ensemble)の演奏。2008年録音。ベズノシウクはイギリスのバロック・ヴァイオリニスト。エイヴィソン・アンサンブルは1985年に結成されたイギリス、ニューカッスルのピリオド楽器によるオーケストラ。ちなみに「エイヴィソン」の名は、18世紀のニューカッスルの作曲家チャールズ・エイヴィソン(Charles Avison 1709-1770)にちなんだもの。
 コンチェルティーノ(concertino)と呼ばれる独奏楽器とコンチェルト・グロッソ(concerto grosso)と呼ばれる全合奏が交代しながら進行する「合奏協奏曲」というジャンルは、バロック音楽ならではと言えるジャンルで、バッハのブランデンブルグ協奏曲など名作が多い。ヘンデルの作品も当然ながらその代表作の一つ。ヴィヴァルディは、より革新的と考えられる「3楽章様式」を編み出したが、コレルリなどは4から6楽章により1曲を構成していて、こちらが古典的王道とされる。ヘンデルの作品もコレルリに近い。ヘンデルがコレルリの影響を受けていたことを示すものとして、同じ作品群に同じopus numberを与えていたことが一つの証拠とされる。
 それで、ヘンデルの場合のように、多楽章の組曲様式で楽曲を構成するときは、様々な音楽様式を取り込むことになる。その結果、「トリオソナタ」「(フランス)序曲」「シンフォニア」「アリア」「エアー」「変奏曲」などの要素を組み込み、最終的には舞曲組曲としての合奏協奏曲が出来上がることになった。
 ヘンデルの楽曲は、魅力的な旋律とリズム、闊達なフーガ、力強い応答句に溢れ、リズミカルでウキウキするような部分が多い。とても楽しい音楽だ。1つ代表作を挙げるなら、第5番(HWV.325)などどうだろう?まばゆい閃光のようなアレグロと、美しい歌に溢れた緩徐楽章のくっきりした対比が鮮やかに決まっている。
 それで、このディスクについてであるが、私は現時点でこれらの楽曲の録音として、もっとも輝かしい存在感のあるものだと思う。まず鮮烈な録音の効果が素晴らしい。アンサンブルや個々のソロプレーヤーの音を、くっきりしたフォルムできれいに描き分けていて、しかも自然な存在感に満ちている。もちろん、肝心の演奏も素晴らしい!なんと生き生きとした表情豊かな音楽。イメージで言えばまさに陽気な「春」のような音楽で、そのスタイルがこれらの楽曲にはとても相応しい。


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声楽曲

アリア集
MS: コジェナー マルコン指揮 ヴェニスバロック管弦楽団

レビュー日:2013.10.30
★★★★★ コジェナーの技巧的歌唱を堪能できる美しいヘンデルのアリア集
 チェコのメゾ・ソプラノ歌手、マグダレーナ・コジェナー(Magdalena Kozena 1973-)によるヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)のアリア集。イタリアのオルガン・チェンバロ奏者で音楽学者でもあるアンドレーア・マルコン(Andrea Marcon 1963-)が、自ら設立したヴェニスバロック管弦楽団を指揮してバックを務める。2006年の録音。収録曲は以下の通り。
1) 歌劇「アルミーラ(王者の有為転変)」から アリア「ああ、私の心よ」
2) 歌劇「ヘラクレス」から アリア「私はどこへ逃げようか」
3) 歌劇「アグリッピーナ」から アリア「胸騒ぎが私を苦しめる」
4) 歌劇「ジュリアス・シーザー」から アリア「麗しき願望よ」
5) オラトリオ「ヨシュア」から アリア「ああ、私にユバルの竪琴があれば」
6) 歌劇「アリオダンテ」から アリア「不実な女よ、戯れるがよい」
7) オラトリオ「テオドーラ」から アリア「我が嘆きの暗闇で」
8) 歌劇「ゴールのアマディージ」から アリア「残酷なあなたの言葉を喚起する」
9) 歌劇「オルランド」から アリア「狂乱の場」
10) 歌劇「アリオダンテ」から アリア「次の夜」
11) 歌劇「リナルド」から アリア「涙の流れるままに」
 ヘンデルは膨大な数のオペラを書いたが、最近まで、上演機会に恵まれていたとは言えない。いくつか理由があるが、特に大きな理由の一つとして、多くの作品がカストラートの存在を前提として書かれていることがある。現在では、カウンター・テナーがこの役割をこなす場合が多いが、歌い手はきわめて限られているだろう。しかし、アリア集として聴く場合には、当盤のように、メゾ・ソプラノ歌手がその音域を担うことができる。(つまり、男性役を女声で歌うことになる)
 そのような形で、現代では、部分的に、その作品が録音芸術等によって、一躍復興してきたと言える。そして、当盤もそのような復興の象徴的な一枚と言えるだろう。
 コジェナーは、いまや多くの言語を操り、様々な国の作品に見事な演奏を繰り広げる歌手として、世界でも指折りの存在となった。そんなコジェナーの技巧的な美しさがこれらの録音では堪能できる。すなわち、ヘンデルのアリアには、きわめて美しいものが多いが、従来まではテンポを遅めにとって、しっとりと聴かせるスタイルが多かった、それが最近の古楽研究の成果が声楽にも普及し、急速なインテンポによる歌唱を採用するものが増えてきた。当盤でも、マルコンが考察したテンポ設定を行っていて、歌手には高い技術が要求される。
 これをコジェナーはほぼ完ぺきにこなしたといってよい。力強く、麗しさを失わない、活力に満ちた歌唱が続き、聴き手に充足感を与える。また、コジェナーは、微細な表情付け、声による演技も詳細に加えている。私も言語にそこまでくわしくはないのであるが、聴いていると、様々な味付けと思えるニュアンス、感情表現が挿入されていることに気付く。全般に速いテンポの歌唱の中で、さらに加えられるだけのニュアンスを加え、濃厚な歌唱を実現している。
 ヘンデルの楽曲は、どれも美しく親しみやすい。特に印象的なものとして、「私はどこへ逃げようか」の場面を彷彿とさせるような描写力、「涙の流れるままに」の絶対的な美しい旋律を挙げておくが、全般にクオリティーの高い楽曲だ。ヘンデルの声楽曲への入門としても、相応しいディスクだと思う。

Amor oriental “東洋と西洋間の愛の物語”
エールハルト指揮 ラルテ・デル・モンド ペーラ・アンサンブル S: ラスカーロ C-T: オウアトゥ 歌唱: アーメット・オズハン

レビュー日:2015.2.10
★★★★★ 18世紀の東西音楽文化交流を伝えるユニークなコンセプト・アルバム
 Amor oriental“東洋と西洋間の愛の物語”と題したユニークなアルバム。ヨーロッパの伝統音楽におけるトルコ音楽の影響を明らかにし、音楽作品における文化的交流の様子を示したもの。2010年のライヴ録音。ターゲットになっているヨーロッパの作曲家は、バロックの大御所、ヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)である。ヘンデルはトルコの音楽に大いに関心があり、自身の作品にその要素を反映したことで知られる。
 まず、収録内容の詳細を示そう。
1) ヘンデル 歌劇「アルチーナ」序曲
2) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「歌を歌っている小鳥たち」
3) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「今や、ラッパが華やかな音で私を勝利へ誘う」
4) ヘンデル 歌劇「リナルド」より 戦い
5) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「待って!...駄目だ、惨い女よ!」
6) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「恐るべき鬼女たちよ」
7) ヘンデル 歌劇「ジュリアス・シーザー」より「涙するために生まれ」
8) ヘンデル 歌劇「ジュリアス・シーザー」より「この胸に息のある限り」
9) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「風よ、旋風よ、この足にお前たちの翼をくれ」
10) ヘンデル 歌劇「リナルド」より シンフォニア
11) アーメット・オズハン Hak serleri hayreyler
12) 民謡 カーヌーン・タクシーム
13) ヘンデル 歌劇「セルセ」より「オンブラ・マイ・フ」
14) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「ああ、惨い人、私の涙が貴方に憐れみの情を惹き起こしますように!」
15) 作者不詳 Guzel Asik
16) ヘンデル 歌劇「アルチーナ」より シンフォニア
17) ヘンデル 歌劇「リナルド」より「貴方の顔には数多の優雅さが戯れています」
18) 民謡 ケメンチェ(中近東のヴィオール属)による即興
19) ヘンデル 歌劇「ジュリアス・シーザー」より「醜い奴め、と言おう」
20) 民謡 ウード(中近東のリュート属)による即興
21) ヘンデル 歌劇「ジュリアス・シーザー」より「情をかけて下さらないのでしたら」
22) 民謡 中近東の打楽器による即興
23) ヘンデル 歌劇「アルチーナ」より タンブリン
24) ヘンデル 歌劇「アグリッピーナ」より 「ご子息だけが」
25) 作者不詳 Ilahis(イスラムの詩篇)
 主な演奏者は以下の通り。
 ソプラノ: ファニータ・ラスカーロ(Juanita Lascarro)
 カウンターテナー: フロリン・セサル・オウアトゥ(Florin Cezar Ouatu 1980-)
 トルコ音楽歌唱: アーメット・オズハン(Ahmet Ozham 1950-)
 ヴェルナー・エールハルト(Werner Ehrhardt)指揮、ラルテ・デル・モンド(Ensemble l'arte del mondo)の演奏。
 ラルテ・デル・モンドはエールハルトによって設立されたピリオド楽器によるアンサンブル。ここではヘンデルの作品を演奏しており、他の楽曲は、トルコ音楽アンサンブルであるペーラ・アンサンブル(Pera Ensemble)によって演奏されている。ラスカーロはコロンビアの歌手。オウアトゥはルーマニアの歌手。オズハンはトルコの声楽家と、なかなか多彩な顔ぶれとなった。
 トルコの音楽は、西アジア諸民族(アラブ、ユダヤ、イランなど)の中でも、もっとも整備された音階・旋法の理論と複椎なリズムの体系を持つものとされている。また、11世紀のセルジュク・トルコ、13世紀オスマン・トルコがそれぞれ広大な版図を持っていたため、広範な音楽文化を吸収したという歴史があり、今日「アラビア音楽」として伝えられる作品の多くがトルコの作曲家によって書かれたものとなっている。
 トルコの古典音楽で用いられるのは楽器としては、アラビア系のウード、カーヌーン、ネイ(笛)、デフに、トルコ楽器であるケメンチェ(弓奏楽器)、タンブール(長棹の撥弦楽器)、それにペルシア系のサントゥールなどが加わった編成となり、独特のエスニックな雰囲気をもたらす。
 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)やベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)は、「トルコ行進曲」という名の楽曲を書いている。これらの作曲の背景には、18世紀にトルコの楽隊がヨーロッパに輸入され、一時盛んに流行したことがある。
 さて、当アルバムに収められているのは、ヘンデルの作品の中でも特にトルコ趣味が強くでたものとして注目されるものだ。当盤を聴くと、その影響はあちこちで明らかで、特に木管楽器が醸し出す音のゆらぎや、エスニックな音階を背景とした進行がとても面白い。トルコの音楽も、ヘンデル作品とのバランスが良く、連続して聴いても大きな違和感はない。むしろ刺激的で面白い。
 歌手陣も全般に良演だが、特にカウンターテナーのオウアトゥが印象に残った。

ドイツ語アリア集 王宮の花火の音楽
S: リアル オーマン指揮 オーストリアン・バロック・カンパニー

レビュー日:2015.1.30
★★★★★ 新鮮な輝かしい喜びに溢れたヘンデル
 ミヒャエル・オーマン(Michael Oman 1963-)がリコーダー演奏と指揮を務め、オーストリアン・バロック・カンパニー演奏によるヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)の作品を集めたアルバム。2008年の録音。
 アルバムの前半は、スペインのカタルーニャ地方出身のソプラノ、ヌリア・リアル(Nuria Rial 1975-)を迎えてのドイツ語のアリア集、後半は有名な純器楽曲「王宮の花火の音楽」という組み合わせ。収録内容の詳細は以下の通り。
ドイツ語アリア集
1) 来たるべき日々の空しい憂いも(Kunft'ger Zeiten, eitler Kummer) HWV.202
2) たわむれる波のきらめく輝きは(Das zitternde Glnzen der spielenden Wellen) HWV.203
3) かわいい矢車草の花(Susser Blumen Ambraflocken) HWV.204
4) 快い静けさ、安らぎの泉(Susse Stille, sanfte Quelle) HWV.205
5) 魂よ、神をほめたたえて歌え(Singe, Seele, Gott zum Preise) HWV.206
6) 私の魂は見ながらにして聴く(Meine Seele hrt im Sehen) HWV.207
7) 薄暗い墓穴から来たお前たち(Die ihr aus dunklen Gruften) HWV.208
8) 心地好い茂みの中(In den angenehmen Buschen) HWV.209
9) 燃えたつようなばら、大地の飾り(Flammende Rose, Zierde der Erden) HWV.210
王宮の花火の音楽 HWV.351 (オーマンによる室内楽版)
10) 序曲 ニ長調
11) ブレー ニ短調
12) 平和(シチリア風ラルゴ) ニ長調
13) 歓喜 ニ長調
14) メヌエットI ニ短調
15) メヌエットII ニ長調
 ヘンデルはドイツからイギリスに渡って作曲活動を行ったが、当盤に収録されているのはドイツ時代に書かれたアリア。最近では、これらのアリアには多くの録音があり、なかなか競合盤の多い楽曲である。しかし、リアルの歌唱は、とても新鮮だ。その印象は、「無垢」「無害」といった表現を思い立たせる。不必要な飾り気のない、それでいて細やかで生命力に溢れた歌いぶりだ。逆に言うと、老練な巧さとは無い、ということになるかもしれないが、これらの楽曲では、リアルの歌唱はとても好ましく響く。
 また、オーマンによるサポートも万全で、特にオーマンのリコーダーの響きが、リアルの声を実に的確なやりとりを繰り広げるのが楽しい。その効果がわかりやすくあらわれている楽曲として、「私の魂は見ながらにして聴く」を挙げよう。
 ヴァイオリンや他の木管楽器の響きも巧妙な距離感が設けられていて、ヘンデルの上品な旋律が、自然にその美観を放つ。
 後半に収録された「王宮の花火の音楽」も面白い。通常、巨大な編成で演奏されるこの祝典的楽曲を、小編成向けに編曲し、主旋律をリコーダーが担っている。この編曲がまたうまく出来ていて、小編成ならではの簡素さ、機動性といったものが、不思議な高級感を伴って輝き、聴き手に暖かい喜びを届けてくれる。  様々な新しさを感じさせてくれるアルバムとなっています。


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