ハース
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ハース 弦楽四重奏曲 第1番 第3番 ヤナーチェク 弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」 パヴェル・ハース弦楽四重奏団 レビュー日:2013.10.1 |
| ★★★★★ ハースの作品を世界に伝えたいという情熱に満ちた求心性ある名快演
パヴェル・ハース弦楽四重奏団によるパヴェル・ハース(Pavel Haas 1899-1944)とレオシュ・ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)の弦楽四重奏シリーズの第2弾で、2007年録音。収録曲は以下の3曲 1) ヤナーチェク 弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」 2) ハース 弦楽四重奏曲 第1番 3) ハース 弦楽四重奏曲 第3番 ハースの弦楽四重奏曲第3番は1941年に完成しているが、この年、ユダヤ人であった彼は、テレージュンシュタット強制収容所へ収監され、3年後の1944年にアウシュビッツで殺されることとなる。彼は、ユダヤ人ではなかった妻と娘を救うため、前もって離婚している。家族との別離を強いられる悲惨な境遇でこの作品は書かれた。 収容所では(ナチスのプロパガンダのため)文化活動が許されたため、ハースは作曲を続けた。1944年にナチスが製作したプロパガンダ映画「テレージュンシュタット(総統はユダヤ人に一つの町を贈った)」では、彼がオーケストラを指揮して自作の「弦楽合奏のための習作」を演奏するシーンがある。これらの映画は、赤十字の視察等の際に、その目を欺く目的で上映されたという。次々と仲間がアウシュビッツに送られるという想像を絶する悲劇的境遇にあっても、ハースたちが音楽活動を継続した事実は、文化と人間性への敬意を失わなかった彼らの誇りを感じるエピソードである。 当盤では、2006年録音の第2番を収録した前作に引き続き、“チェコの作曲家ハースの「3つの弦楽四重奏曲」を世に広めること”を結成時の目的としたパヴェル・ハース弦楽四重奏団による、魂のこもった演奏を聴くことが出来る。このアルバムはグラモフォン誌のエディターズ・チョイスに選出されているが、そこで、イギリスの評論家ロブ・コーワン(Rob Cowan 1948-)は次のようにコメントしている。“あるCDの音楽的価値について言及するためには、一定のレベルの論争を経る必要があるでしょう。しかし、私は危険を冒しても断言せざるをえません。これは本当にすばらしいと。そして、それは、単に「前作の栄光に預かる」というものではなく、真に共有されるべきものであると。” ハースの弦楽四重奏曲第1番は、1920年の作品で、単一楽章の習作的作品と言える。一方で、第3番は、現在ではこの作曲家の作品のうち、最良のものの一つと考えられている。第3番の第1楽章では成功作であるオペラ「シャルラタン」の主題が使用され、第2楽章では、ファシズムに対するチェコの抵抗の象徴として、聖ヴェンツェルのコラールが引用されている。第3楽章は全体としては晴れやかで、変奏、フーガ、そしてコラールへと導かれる。この楽章はスラヴ的な理想を歌っているとも言われているが、全体的には悲劇性を帯びた楽曲で、暗黒の時代に遠い希望を求めたもののように思える。 さて、以上のように、このディスクを聴くにあたっては、パヴェル・ハース弦楽四重奏団の意図、そしてハースの作品がどのような過程で生まれ、しかし世界がその真価を気付くことなく長年眠っていたのかについて、理解した上で聴いていただきたいと思う。 演奏については、前作同様に素晴らしい。やはり彼らのリズム感と、音色に関する鋭敏なセンスは卓越している。例えばヤナーチェクの第2楽章および第3楽章で聴かれる特徴的かつ攻撃的な経過句の機敏でスリリングな処理、ここは弱音でこれほど攻撃的な響きをにじませる意味づけの深さといった点で特筆したいところだ。ハースの第1番では、演奏時間10分程度のところに表れる、脈打つような量感が、この演奏の白眉といったところ。第3番では隠し切れない悲劇への予感を底辺に漂わせながら、きわめて明確な意識をもって、フレーズをあやつり、音楽の形と流れを齟齬なく築き上げている。この名快演によって、世界の音楽フアンの中に、ハースの作品に開眼した人たちがいたことは、貴重な業績となったに違いない。 |
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ハース 弦楽四重奏曲 第2番「猿の山々から」 ヤナーチェク 弦楽四重奏曲 第2番「ないしょの手紙」 パヴェル・ハース弦楽四重奏団 レビュー日:2013.9.26 |
| ★★★★★ ハースの“知られざる作品”を、強烈に世に知らしめた録音
パヴェル・ハース弦楽四重奏団は2002年にチェコで設立された。中心となったのは、第1ヴァイオリンのヴェロニカ・ヤルツコヴァ(Veronika Jaruskova)と夫でチェロ奏者のペテル・ヤルシェク(Peter Jarusek)で、二人は他の奏者を募り、第2ヴァイオリンのエヴァ・カロヴァ(Eva Karova)、ヴィオラのパヴェル・ニクル(Pavel Nikl)を加えることで、全員が20代の若き弦楽四重奏団が構成された。 彼らは、自らの団体名に、チェコの音楽家パヴェル・ハース(Pavel Haas 1899-1944)の名を冠した。ハースはレオシュ・ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)に師事し、オペラ「シャルラタン」の成功で注目を集めたが、ユダヤ人であったため、第2次世界大戦中、テレージュンシュタット強制収容所へ収監され、その後アウシュビッツで殺された人物である。ハースは収容所でも作品を書き続けたと言う。 しかし、ヤルシェクは「彼の名を冠したのは、ホロコーストを訴えたいから、というわけではない」と話す。むしろ、純粋に “チェコ音楽の偉大な先人が、3つの注目すべき弦楽四重奏曲を世に遺したこと” を訴えるために、その名を採った、とのことであった。 その目論見通りパヴェル・ハース弦楽四重奏団の名はたちまち世に知られることになる。当盤がそんな彼らのデビュー盤である。収録しているのは、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」とハースの弦楽四重奏曲第2番「猿山より」の2曲。2006年の録音。ハースの楽曲で加わるパーカッションはコリン・カリー(Colin Currie)の担当。 このディスクは2007年のグラモフォン賞を受賞する。マンチェスター大学で教授職の音楽学者デヴィッド・ファニング(David Fanning)は2つの形容詞を用い、彼らの演奏を “合理的、しかし熱血的(streamlined but full-blooded)” と端的に言い表した。 当演奏の試みの注目点として、ハースの楽曲の終楽章に打楽器を加えたスコアを用いていることがある。この打楽器パートのスコアは、チェコの音楽学者ペドゥッツイ(Lubomir Peduzzi 1918-2008)によって復元されたものである。ハースの作品を研究したヤルシェクは、彼の娘とも親密な間柄だそうだが、こう語っている~「彼女は、戦前のことは、あまり話したがりませんでした。しかし、ハースが彼女に遺した手記をいろいろと見せてくれました。また、彼女は第2弦楽四重奏曲の評も見せてくれましたが、それらは芳しいものではありませんでした」。そのような経緯があったからこそ、この作品の真価を伝えたいという熱意がこのアルバムに込められることになったわけである。打楽器の復元譜の採用も「この作品の真価に係るもの」と考えたに違いない。 この第2弦楽四重奏曲は標題的な性格が強く、4つの楽章にはそれぞれタイトルが与えられている。すなわち、第1楽章「風景」、第2楽章「馬、馬車と御者」、第3楽章「月と私」、第4楽章「荒々しい夜」である。牧歌的な第1楽章と第3楽章、野趣的な第2楽章と第4楽章が鋭い対比をなしている。第4楽章はジャズ的奏法やルンバのリズムが使われ、特に独創的な音楽になっている。 どうしても背景の話が長くなってしまったが、演奏について書くと、これはもう “素晴らしい” の一語。現代を代表する弦楽四重奏団がそのヴィルトゥオジティを十全に発揮した成果が得られている。まず、彼らのリズム、スピードに関する感覚が抜群な点が特徴で、これは高い技術を伴って得られる成果である。音楽の抑揚がはっきりし、場面の転換が機敏に行われるため、聴き手に爽快な聴き味をもたらす。ハースの楽曲は、この演奏で聴くととてもいい曲だ。なぜ、ハース存命時の評価が芳しくなかったのだろう?第1楽章はヤナーチェクを思わせる抒情性に満ち、標題的な第2楽章は、師のヤナーチェクよりはるかに直接的なため、分かり易い。馬の “いななき” や走りの表現が明確に伝わる。3楽章では静謐で神秘的な自然讃歌が感じられる。そして、やはり4楽章はすごい。パーカッションが様々な音色で刻むリズムは、私には、バルトーク(Bartok Bela 1881-1945)のピアノ協奏曲第1番の終楽章を想起させるもの。スリリングな演奏、迅速な展開で、圧巻の野趣性を主張し、強引に閉じられる音楽に素晴らしいエネルギーを感じる。 ヤナーチェクも見事な解釈で、とくに中間でふと現れる童話的と評される民俗色や土くささが、完成度の高い響きで効果的に獲得されていて、いかにも現代的でシャープな感性を感じさせる。 ハースの作品の真価を明らかにするとともに、彼らが世界において超一流の楽団であることを、併せて証明した圧巻の内容に違いない。 |
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ハース 弦楽四重奏曲 第2番「猿の山々から」 コルンゴルト 弦楽四重奏曲 第2番 ハイドン 弦楽四重奏曲 第67番「ひばり」 アダマス四重奏団 レビュー日:2025.11.11 |
| ★★★★★ 退廃音楽を積極的に取り上げているアダマス四重奏団による録音
2003年に結成され、ウィーン中心に活躍しているアダマス四重奏団は、1930年代にナチス・ドイツが、芸術活動からの排除を目的として「退廃音楽」とされた作品の録音を活動の主軸としている。退廃音楽とされたものには、当時の前衛音楽、ユダヤ系作曲家による音楽、あるいはジャズなども含まれる。 当盤は2013年に録音され、フランスのGramolaというレーベルからリリースされた1枚で以下の楽曲が収録されている。 1) ハース(Pavel Haas 1899-1944) 弦楽四重奏曲 第2番 op.7 「猿の山々から(From the Monkey Mountains)」 2) コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold 1897-1957) 弦楽四重奏曲 第2番 変ホ長調 op.28 3) ハイドン(Joseph Haydn 1732-1809)弦楽四重奏曲 第67番 ニ長調 op.65-5 「ひばり」 録音時の四重奏団員は下記の通り。 第1ヴァイオリン: クラウディア・シュトゥルム(Claudia Sturm) 第2ヴァイオリン: ローランド・ヘレット(Roland Herret) ヴィオラ: アンナ・デカン(Anna Dekan) チェロ: ヤコブ・ヒスラー(Jakob Gisler) なお、ハースの楽曲の終楽章では、イヴァン・ブルビツキ (Ivan Bulbitski)によるパーカッションが加わる。 収録されている3作品のうち、退廃音楽の対象になるのはハースとコルンゴルトの作品。二人はともにユダヤ系の作曲家で、ハースは第二次世界大戦中に収容所内で死亡し、コルンゴルトは、ドイツのオーストリア併合の際に、アメリカに亡命し、映画音楽を中心に活躍した。 さて、アダマス四重奏団の演奏であるが、全体的に現代的な感覚美を感じさせるが、私には中でもハースの演奏が素晴らしいと感じた。 このハースの作品は、表題的要素が強く、楽曲を構成する4つの楽章には「風景(Landscape)」「馬、馬車と御者(Horse, Cart and Driver)」「月と私 (Moon and I)」「荒々しい夜(A Wild Night)」という副題が付されている。「猿の山々」とは、モラヴィアのブルノ近郊にある避暑地として知られる山地のこと。ただし、その楽曲は、非常に多彩で、熱血的なものや不気味な要素を多層に含んでおり、これをどのように表現するかに興味が沸く。アダマス四重奏団の演奏は、非常に積極果敢で、時に耳に鋭い音の使用も辞さない。そして力強いリズムのメロディの交錯の中で、この楽曲のもつ耽美性や不思議さも十全に表現した見事なものとなっている。ことに終楽章で示される激しさは、パーカッションの効果とあいまって、鮮やかに集中線を描きあげたような凄まじさがある。この楽曲には、パヴェル・ハース四重奏団による強力な競合相手の録音が存在するのであるが、アダマス四重奏団の演奏も素晴らしい聴きごたえのあるもので、シンフォニックな音響の完成度ではパヴェル・ハース四重奏団が上回るが、エモーショナルなものの表出力という点でアダマス四重奏団の演奏にも特有の魅力があり、十分に魅力的だ。 コルンゴルトは、ハースの作品に比べると楽曲の性格自体が温厚なものとなる。アダマス四重奏団の演奏もそれに応じて、柔らかな表情を感じさせるが、適度なテンポと音色で、豊かに響く。第2楽章のリズムに乗った軽やかな処理、終楽章のワルツのテイストを存分に汲んだアプローチ、ともに的確で、この楽曲の性格をうまく伝えてくれる。 末尾にハイドンの作品が収録されている。特に有名な第1楽章の旋律が、心地よいテンポで、流麗に奏でられるところに彼等の古典へのアプローチのスタイルを感じさせる。とてもなめらかで、スマートな響きである。 かなり性格の異なる3つの作品を収録したアルバムであるが、アダマス四重奏団の確かな力量がしっかりと伝わる内容となっている。 |
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ハース 弦楽四重奏曲 第2番「猿の山々から」 第3番 クラーサ 弦楽四重奏曲 ホーソーン弦楽四重奏団 レビュー日:2006.1.21 |
| ★★★★★ 退廃音楽シリーズの象徴的1枚
デッカの退廃音楽シリーズ(デッカらしいきわめて秀逸で貴重な企画である)を象徴する1枚である。「退廃音楽(Entartete Musik)」 とは1930年代ドイツにおいて、ナチスが排斥した美術(音楽、文学、絵画、映画などなど)を指す言葉であり、対象となった芸術家は厳しい処分の対象となった。 パヴェル・ハース(Pavel Haas 1899-1944)とハンス・クラーサ(Hans Krasa 1899-1944)はともにテレージエンシュタット強制収容所で最後の音楽活動を行い(収容所の音楽活動はメシアンだけではないのだ)、アウシュビッツのガス室で死んだユダヤ人作曲家。亡くなった年も一緒である。(ただし「退廃音楽」のレッテルは、ユダヤ人だけを対象としたものではなく、多くの芸術家が迫害されている) ハースとクラーサはともに第一次世界大戦後のアヴァンギャルドな作風を持つ作曲家である。当時のアヴァンギャルドの一つの象徴として「ジャズ音楽」の取り入れがある。これはこれらの作曲家だけでなく、例えばシュレーカーをはじめとする多くの作曲家に共通する現象でもある。 作品として面白いのはグロテスクなハースの「猿の山々から」。各楽章には副題がついており、それぞれ「風景」「馬と馬車と御者」「月と私」「荒荒しい夜」となる。故郷ブルノのモラヴィアの山地を指すらしい。グロテスク要素の扱いが秀逸で(決して聴き難い音楽という意ではない)、微分音なども用いているのか、様々な和音が聴ける。はずむようなリズムは野趣あふれる躍動感を示しており、なかなか情熱的な音楽となっている。 ホーソーン弦楽四重奏団の技巧も確か。 |
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