グリーグ
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グリーグ ペールギュント~第1組曲 第2組曲 シベリウス 交響詩「フィンランディア」 悲しきワルツ トゥオネラの白鳥 「カレリア」組曲 尾高忠明指揮、札幌交響楽団 レビュー日:2013.10.11 |
★★★★★ 厳かな世界を感じさせるシックな名曲集
尾高忠明(1947-)指揮、札幌交響楽団による「北欧音楽の新伝説」と銘打ったアルバムで、内容はグリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)とシベリウス(Jean Sibelius 1865-1957)の名管弦楽曲集といったところ。2009年、札幌コンサートホールKitaraでの録音。 札幌交響楽団の演奏をいろいろと聴かせていただいてきたが、このオーケストラの渋みのある弦楽器陣をベースとした響きは、いかにも北国の音という感じがして、私は気に入っている。武満徹(1930-1996)が、ことにこのオーケストラの響きを愛し、映画「乱」のための音楽にもこのオーケストラを起用したのは、札幌交響楽団の内省的で緊密的な響きと、無彩色系の落ち着いたトーンがあってこそだろう。 それで、そういったオーケストラが、このような「名曲集」を録音すると、どうなるのか、と思って聴いてみたのだが、これが素晴らしい。もちろん、近年のこのオーケストラの録音には目を見張るものが多いので、オーケストラの力量が高く安定していることも背景にあるだろう。 一つ特徴的なのは、このような名曲集でときどき感じられるような「おもちゃ箱をひっくり返したような」賑々しさとはまったく無縁な印象が強いことである。これはもちろん、オーセの死、イングリッドの嘆き、悲しきワルツ、トゥオネラの白鳥といった華やかさとは無縁の楽曲が含まれているためということもあるのだけれど、それを踏まえたとしても、このディスクの内容は、何かと一線を画した様なクールさに満ちている。 この印象は、もちろん前述の弦楽器陣の響きに起因するということもあるのだけれど、尾高の、安易に激高に走るのことのない引き締まった指揮振りによるところも大きい。なんともしっかりした構えの音楽である。じっくりと地に足をつけて、必要なところで、きちんと踏み込みの効いた音を出す。だから、決して迫力がないというわけではない。安易に外向けに開放した音楽で分かり易い着地点を作るのではなく、緊密なグラデーションを維持し、一つ一つの楽曲が持つ深みをじっくりと味わうための音楽を作り出している。 そのようなわけで、このアルバムを聴いても、いわゆる名曲集的な通俗性をほとんど感じない。 私は、そういった当演奏の響きが、北海道らしいものだと思う。ちょっと余談かもしれないが、東京や大阪などでは、ちょっとした観光スポットがあると、たちまちのうちに店が立ち並び、多くの人が立ち入って、ごったがえしたような雰囲気になってしまう。北海道の地方に行くと、壮絶なほどの自然美を湛えながら、ほとんど人の気配のないような厳かな世界が広がっているところが無数にある。それで、この札幌交響楽団の演奏は、後者の世界に通じる様な、喧噪からかい離した、自然な気配に満ちている。 “向こうから積極的に語りかけてくるような人懐こい名曲集” ではないが、それを知った上で聴きたいという人に、是非オススメしたいアルバムだ。 |
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ペールギュント 第1組曲 第2組曲 ビョルンソンの「漁夫の娘」による4つの詩から第1曲「初めての出会い」 山の精とらわれし者 6つの歌 エンゲセト指揮 マルメ交響楽団 S: ダム=イエンセン Br: クヌーセン レビュー日:2017.7.14 |
★★★★★ グリーグの音楽を知り尽くしたエンゲセトが示す万全の音楽芸術
ノルウェーの指揮者、ビャルテ・エンゲセト(Bjarte Engeset 1958-)とマルメ交響楽団によるグリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)の以下の楽曲を収録したアルバム。 1) 「ペール・ギュント」組曲 第1番 op.46(朝、オーセの死、アニトラの踊り、山の魔王の宮殿で) 2) 「ペール・ギュント」組曲 第2番 op.55(イングリットの嘆き、アラビアの踊り、ペール・ギュントの帰郷、ソルヴェイグの歌) 3) ビョルンソンの「漁夫の娘」による4つの詩 op.21 から 第1曲「初めての出会い」 4) 「山の精にとらわれし者」 op.32 6つの歌 5) 第1番 ソルヴェイグの歌 6) 第2番 ソルヴェイグの子守唄 7) 第3番 モンテ・ピンチョから 8) 第4番 白鳥 9) 第5番 最後の春 10) 第6番 ヘンリク・ヴェルゲラン 3)と5-9)はスウェーデンのソプラノ、インガー・ダム=イエンセン(Inger Dam-Jensen 1964-)、4)と10)はデンマークのバリトン、パレ・クヌーセン(Palle Knudsen)がそれぞれ独唱を務める。2006年の録音。 エンゲセトは現代ノルウェーを代表する指揮者で、ことに母国グリーグの作品については定評があり、グリーグの全管弦楽作品を録音している。当盤は、そんなグリーグの権威と言うことのできるアーティストによる録音で、非常に精度の高い、微細な調整を極めたと考えられる演奏を聴くことが出来る。 プログラムも魅力的。有名な旋律が目白押しのペール・ギュント組曲に続いて、管弦楽伴奏付の歌曲が8曲収録されている。そのうち、「6つの歌」では、ペール・ギュントからの2曲が収められているから、かの名高き「ソルヴェイグの歌」については、管弦楽版と、独唱+管弦楽版の双方を当盤で楽しむことが出来る。 前半の管弦楽曲では、エンゲセトの細やかな音づくりにより、いかにも完成された芸術品という味わいがある。聴きなれた楽曲たちだけれど、いずれもが瑞々しく、生命力に溢れた表現で奏でられる。「オーセの死」や「イングリッドの嘆き」における弦楽の深い色合い、「山の魔王の宮殿で」きちんと計算され、しかし果敢な迫力に溢れたオーケストラの咆哮、「ソルヴェイグの歌」における一滴の情感まで余すことなく謳われた旋律の美観、どこをとっても、理想的と言いたい洗練と表現力が感じられる。 さらに、後半では、あまり知られていないものも含めて、グリーグの美しい管弦楽伴奏付歌曲を聴かせてくれる。ダム=イエンセンと、デンマークの若手テノール、クヌーセンは、ともに穏やかであたたかみを感じさせる歌唱。劇的ではないが、これらの楽曲に相応しい気配りの効いた歌唱を聴かせてくれる。「初めての出会い」「山の精にとらわれし者」ともにペール・ギュントの数々の名旋律に負けない魅力をもった作品であることが、如実に伝わってくる。 6つの歌曲は、5曲がソプラノ独唱である。「ソルヴェイグの歌」の独特の透明感が印象に残る。どこか淡々としながらも、必要な陰りを感じさせてくれる演奏だ。それにしても、オーケストラが巧い。細やかなポルタメントが、品よく決まっているし、これらの作品の情感を余すことなく伝えている。 現在聴くことのできる最高のグリーグの一つだろう。 |
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ホルベルク組曲 組曲「十字軍の兵士シグール」 抒情組曲 op.54より「夜想曲」「小人の行進」 ノルウェー舞曲 スウィトナー指揮 シュターツカペレ・ベルリン レビュー日:2018.6.25 |
★★★★★ グリーグの音楽を知り尽くしたエンゲセトが示す万全の音楽芸術
1976年に録音されたスイトナー(Otmar Suitner 1922-2010)のシュターツカペレ・ベルリンによるグリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)の管弦楽曲集。 収録曲の中では、「ホルベルク組曲」がもっとも知られた存在だと思うが、どれも小曲に適性を発揮したグリーグの、わかりやすく親しみやすいメロディーが溢れた佳品たちである。 それにしても、一聴してただちに感銘に打たれるのは、スウィトナーとグリーグの天性の相性の良さ、である。組曲「十字軍の兵士シグール」は、前奏曲「王宮にて」の壮麗な導入より始まるが、管弦楽の清冽で癖のない響き、自然でおおらかに旋律を包み込むように歌い上げる歌謡性は、これらのグリーグの楽曲を奏でるのにうってつけだ。スウィトナーのシュターツカペレ・ベルリンは、天国的といって良いほどの柔らかなホールトーンをベースとしながら、旋律を担う、ことに管楽器の透明感が抜群で、この第1曲を聴いた瞬間から、彼らのグリーグが、すべてにおいて成功していることを確証できるのである。第2曲の暖かな夜想曲といった風合いも、心地よい優しさのあるトーンで満ちていて、魅惑的だ。 グリーグは、数多く「抒情小曲集」と題したピアノのための小品集を書いた。ハンガリーの指揮者、アントン・ザイドル(Anton Seidl 1850-1898)は、そのうち、もっとも世評の高い第5集(op.54)からの4曲を管弦楽曲化し、「抒情組曲」と題した。これをのちにグリーグ自身が校訂したものが、現在、しばしば演奏会なので取り上げられている。当盤ではそのうち2曲が収録されている。「小人の行進」のどこかユーモラスさとグロテスクさを湛えた表現が生き生きと表現されている。 ノルウェー舞曲も、聴く機会の多い曲とは言い難いが、これは元来ピアノ連弾曲で、ボヘミアのヴァイオリニスト、ハンス・ジット(Hans Sitt 1850-1922)によって管弦楽曲化されたもの。ブラームスのハンガリー舞曲やドヴォルザークのスラヴ舞曲と同じ系譜の作品といって良く、民俗的で親しみやすい旋律が扱われる。ここでは、特に第1曲の熱血性や、第2曲の健やかな情感が、洗練された音色で表現されていて楽しい。 末尾に収録されたホルベルク組曲は、やはり聴き味の豊かさという点で、他の収録曲を上回るだろう。冒頭の「前奏曲」から軽やかなリズムを刻む弦楽器の響きの暖かな弾力に惹き込まれる。若干抑えながら、しかし十分に節を歌わせて提示されるメロディーは溌溂として表情豊か。この楽曲にふさわしい機微を存分に踏まえている。これに続く楽曲たちも、「ペール・ギュント」に負けず劣らずの美しい旋律を、快活に瑞々しく歌いあげていて、爽快だ。第4曲「エア」のほの暗い情感も美しい。 もちろん、グリーグのこれらの楽曲は、音楽的な情緒の深みや芸術的抽象性といった点において、掘り下げられた作品とは言い難い。しかし、それゆえに、楽曲の明朗さ、屈託のなさが、いかに演奏によって「こなされているか」が焦点となってくる。スウィトナーの音楽は決して表面的なものではないけれど、むしろそのようなグリーグの作品の特性にふさわしい部分にウェイトを置いたスタイルであり、その結果、当盤では、つねに生命力に溢れた清々しい清涼な風が引き抜けるような一編を聴くことができる。それはグリーグの楽曲にふさわしいもので、これらの楽曲の理想的名演といって良いだろう。 それにしても、これほどまでに北欧音楽に適性の高そうなスウィトナーが、なぜシベリウスをほとんど手掛けなかったのか不思議である。当演奏を聴くと、彼のシベリウスがあれば、とついないものねだりしてしまうのだが・・。 |
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ノルウェー舞曲 交響的舞曲 抒情組曲 op.54より「羊飼いの少年」「ノルウェー農民の行進」「夜想曲」「小人の行進」「鐘の音」 ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団 レビュー日:2018.10.1 |
★★★★★ ヤルヴィの真摯な取り組みが結実した充実のグリーグ
ネーメ・ヤルヴィ(Neeme Jarvi 1937-)指揮、エーテボリ交響楽団によるグリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)の管弦楽曲集。収録曲は以下の通り。 1) ノルウェー舞曲 op.35 2) 抒情小品集 op.54から (原曲の第1曲「羊飼いの少年」、第6曲「鐘の音」、第2曲「ノルウェー農民の行進」、第4曲「夜想曲」、第3曲「小人の行進」) 3) 交響的舞曲 op.64 1986年の録音。 ノルウェー舞曲と抒情小品集はいずれも、原曲はピアノ独奏曲で、ノルウェー舞曲の管弦楽版はハンス・シット(Hans Sitt 1850-1922)によって編曲されたものであり、抒情小品集の管弦楽版は、いったんアントン・ザイドル(Anton Seidl 1850-1898)が編曲したものを、作曲者であるグリーグに手を戻す形で再度リライトされたもの。(いずれも作品番号は原曲と共通) グリーグの作品群では、一部の作品に圧倒的に人気が集中した結果、他の作品がその品質に比して顧みられることが少ないという傾向が顕著といえる。ピアノ協奏曲、ペール・ギュントあたりの知名度、演奏・録音頻度に比すと、ここで収録されている楽曲は、知る人も少ないし、演奏機会も多くはない。 しかし、グリーグ特有のメロディや、フレーズのこなし方、リズム感に満ちた音節処理など、これらの楽曲でも実にチャーミングで、聴いていて楽しいのである。当盤は、グリーグに限らず、そんな埋もれた曲たちに焦点を当てるような録音を数多く行ってきたヤルヴィならではのアルバム。もちろん、この人の履歴を見るまでもなく、北欧・スラヴ系の音楽を得意中の得意としてきたところ。 ここでも、オーケストラからさん然たる輝かしい音色を引き出し、時に迫力満点な勇壮な響きを用いて、これらの楽曲の理想といえる姿を再現する。人によっては、楽曲の規模に対して、演奏が立派過ぎる印象を持つかもしれないが、それは贅沢過ぎる望みだろう。「ノルウェー舞曲」では、的確な間合いを保ちながらの整理されたスマートな響きが印象的であるが、リズムを活かした熱血的な力強さも不足なく、引き締まった運びが鮮やかに決まる。「抒情小品集」は「鐘の音」や「夜想曲」といった曲で、深い情感を醸し出し、夜の清浄空気を導くような気配がある。雰囲気に満ちた弦楽器陣の響きがこよなく美しい。「小人の行進」は迫力に満ちて壮観だ。「交響的舞曲」は、グリーグには珍しい規模の大きな作品であるが、ここでもそれを構成するのはメロディとリズム処理であることは明白で、この視点に基づいた明瞭な処理は、全曲を分かりやすく明るく照らし出す。そのような中で民俗的な高揚感に満ちた主題が鳴るのは感動的である。ヤルヴィの国際的な芸術家としての学術的な視点と、グリーグの音楽への愛情が、絶妙なバランスで機能した演奏とも言えるだろう。 |
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ピアノ協奏曲 ピアノ・ソナタ 詩的な音の絵 4つのアルバムの綴り 抒情小曲集から第3集 第5集 第8集 p: アンスネス キタエンコ指揮 ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2004.2.11 |
★★★★★ この名演2枚組がこの値段で!
CD2枚組125分収録でこの値段。本当に良質なアルバムです! 収録曲ですが、グリーグのピアノソナタ、詩的な音の絵、4つのアルバムの綴り、抒情小曲集から第3集、第5集、第8集、そしてピアノ協奏曲です。 ロマン派の傑作として名高い協奏曲、ソナタを含み、秘曲もカップリングされたグリーグ入門にも最適な内容。1970年生まれのアンスネスが19歳から21歳にかけて録音したものだが、驚くべき高い完成度を誇る内容です。 グリーグのピアノソナタは数少ないロマン派ピアノソナタ中にあって貴重な名作として名高いですが、アンスネスの表現はすべてを掌中に収めたかのような立派なもので、強い説得力を持つ名演。他の小品や協奏曲も絶品。キタエンコ指揮の協奏曲は、北欧の情緒をたっぷりと胸深く吸い込めるような名演。 |
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グリーグ ピアノ協奏曲 シューマン ピアノ協奏曲 p: アンスネス M.ヤンソンス指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2005.1.1 |
★★★★★ 2004年に発売された協奏曲録音にあって最高傑作
アンスネスによるグリーグとシューマンのピアノ協奏曲の録音。国内盤に比べて800円程度安くなっている。 アンスネスはすでに1990年にキタエンコ指揮ベルゲン・フィルとグリーグの協奏曲を録音していた。今回の録音は2度目ということになる。 前回も素晴らしい録音だったのだが、今回はもうほぼ完璧と言っていい出来映え。 冒頭の和音の澄みきった透明感。完璧に結晶化しきっている。ここだけ繰り返し聴いても興奮するくらい見事。全篇にわたってピアニスティックに冴え渡っていて、北国の、冬の、透明な、真青な空のような。。。ゾクゾクくる美しさ! 2004年の協奏曲のCDではこれがベスト!。。。 加えて今回の録音ではバックがマリス・ヤンソンス指揮のベルリン・フィル!! シェイプアップされたスタイル抜群の響き。カップリングのシューマンも素晴らしい。 |
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グリーグ ピアノ協奏曲 プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第3番 p: ルガンスキー ナガノ指揮 ドイツ・ベリリン管弦楽団 レビュー日:2013.12.19 |
★★★★★ ルガンスキーのピアニズムが十全に発揮された名演
ニコライ・ルガンスキー(Nikolai Lugansky 1972-)のピアノ、ケント・ナガノ(Kent Nagano 1951-)指揮、ベルリン・ドイツ交響楽団の演奏による、グリーグ(Edvard Grieg1843-1907)の “ピアノ協奏曲イ短調 op.16” とプロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953)の “ピアノ協奏曲第3番ハ長調 op.26”の2つの名協奏曲を収録。2013年の録音。 ルガンスキーの録音はいつも楽しませていただいているが、今回も素晴らしい内容だ。グリーグのピアノ協奏曲はあまりに知れ渡った名曲ではあるが、近年、録音が活発とは言えない状況に思える。私にとって、この曲の録音で最近のものというと、アンスネス(Leif Ove Andsnes 1970-)による2002年録音のものを思い浮かべるのだけれど、それだってもう10年以上前の録音。もちろん、私の聴き逃している名演があるのかもしれないけれど、どうもこの曲についての表現方法は、ある程度探索され尽くされた傾向もあるかもしれない。 ルガンスキーの演奏も、現代的な模範の一つであり、アンスネスと大きく違うとまで言えないかもしれないが、しかし、この曲に新しく加わった力強い名演であることは間違いない。冒頭の結晶化した和音、これは、アンスネスや、他の名演でも、もちろんそういう風に弾くところなのだけれど、ルガンスキーの音には、しっかりと地に根付いたような落ち着きがあって、古風なほどの風格が漂っている。そして、その雰囲気は全曲を通じて、堅牢に維持されている。そのことによって、グリーグの音楽から、大地の響きを感じる広大さを引き出した。第3楽章冒頭のピアノの導入は衝撃的で、ルガンスキーならではだろう。 また、このグリーグの協奏曲では、ナガノによってコントロールされた弦楽器の表現が、精密で美しい。例えば、第1楽章のカデンツァが終了するところ、そこは美しい夢から覚めるようにオーケストラに主導権が移行するところなのだけれど、弦の細やかな刻みのニュアンスが、霧の様に立ち込め、そのあと雲散するような光を導くような夢幻的な美しさに満ちている。ティンパニの響きからもたらされる幻想的な効果も絶妙だ。グリーグの協奏曲から、このように文学的とも言える感興を引き出した手腕に敬服してしまう。 プロコフィエフの第3番は今や大人気曲。今年(2013年)は、ラン・ラン(Lang Lang 1982-)とラトル(Sir Simon Rattle 1955-)による注目盤もリリースされたので、自然これと比較してしまうが、色彩まばゆいラン・ランに対し、質実剛健なルガンスキーといったところで、見事に対比がとれる2枚だ。ルガンスキーによって、きわめて正確な打鍵で、音型をしっかりと描いて進むプロコフィエフは、この作曲家持つ魅力の一つである「軽妙さ」が若干減じられている趣もあるけれど、その一方で、くっきりと鳴らされる付点のリズムなどが音楽のコントラストを強め、立体感の豊かな音像を作り上げることに成功している。第3楽章の終結部は、私の大好きなアシュケナージ(Vladimir Ashkneazy 1937-)の名演の“炎を吹くような”迫力と比べると、ルガンスキーのアプローチは、ずいぶんクールな感じだけれど、鋭い音感があり、全てが割り切れるようにして音楽が結ばれる。「余すところのない」気持ちよさがある。このような躍動的な楽曲であっても、クールに理知的にまとめるルガンスキーの音楽性が、如何なく発揮されたものと言っていいだろう。 ルガンスキーの卓越した技巧と、音量の大きいピアニズムによって、安定感の満ちた快演となった。 |
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グリーグ ピアノ協奏曲 シマノフスキ 交響曲 第4番「協奏交響曲」 p: パール リーパー指揮 グラン・カナリア・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2019.3.20 |
★★★★★ グリーグとシマノフスキという組み合わせが珍しい。パールの代表的録音の一つ
アルフレッド・パール(Alfredo Perl 1965-)のピアノ、エードリアン・リーパー(Adrian Leaper 1953-)指揮、グラン・カナリア・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、以下の2曲を収録したアルバム。 1) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) ピアノ協奏曲 イ短調 op.16 2) シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937) 交響曲 第4番 「協奏交響曲」 op.60 1994年の録音。 ちょっと変わった組み合わせの2曲。とてもよく知られた曲と、聴く機会のめったにない曲。そんな組み合わせの妙に興味を持って購入してみたが、堂々たる名演で、たいへん気に入った一枚。 パールは実力者として名前の通ったピアニストであるが、この録音はそんな彼のピアニズムが如何なく発揮された一枚だろう。最近、私はパールが、マーラー(Gustav Mahler 1860-1911)の時代のピアノを用いて、マーラーの歌曲を伴奏した録音を聴いたのだけれど、当盤の鮮烈さは、またそれとは異なった印象。まあ、伴奏と協奏曲のソリストであれば、そもそものピアノの位置づけが異なるのはあたりまえではあるが。 グリーグでは、全体に落ち着いたテンポをとっているが、ピアノの結晶化しきったような響きは美しく、透明で、グリーグの楽曲が放つ雰囲気にぴったり。清浄で透明感に満ちる。有名なカデンツァを完璧に鳴らし切り、その残響もスキッと切れ味よく締めた後、第1主題をオーケストラが繰りかえし、やがてピアノが細切れの音を運動的に紡ぎだすのだが、この部分のピアノの音の粒立ちと美しいこと。スタイルとしてはとにかく実直で模範的。奇をてらうようなことや、装飾的なことにはほとんど感心がなさそうだけれど、その音の鳴りの良さ、輪郭の整いで、十分に聴かせる演奏になっている。第2楽章の流れ落ちるようなパッセージも、一つ一つの音がきらめいていて、光を感じさせる。第3楽章でテンポを上げて、ときに熱血的な推進を聴かせる時であっても、どこか清涼さがあってさわやかだ。オーケストラも全般にオーソドックスで、安定感のある演奏。終楽章のコーダなど、もっとタメのある劇性があっても良いところであるが、適度さを常時キープした響きは、パールのピアノにもよく合っている。 シマノフスキの交響曲第4番は、実質的にはピアノ協奏曲といって良い音楽。シマノフスキの第3期の作風に属するが、彼の作品群の中にあっては外向的な面が強く出たものだ。 第1楽章は野趣性のあるエネルギーがあり、旋律的な訴えの強い音楽であるが、複層的な情感が交錯するシマノフスキらしさも存分に発揮されている。オーケストラとピアノの俊敏なパッセージのやりとりが聴きごたえ十分だし、彼らの演奏は、この音楽をとても分かりやすくしている。第2楽章は神秘的だが、シマノフスキのピアノ独奏曲ほどに一つの閉鎖世界という感じではなく、現実と地続きな情感が込められている。ここではパールのピアノのくっきりした輪郭が抜群の効果を引き出していて、こまやかな音型の丁寧な表現、全体的な流暢さが見事だ。終楽章は縦線のリズムが主体となって作られる音楽である。よく指摘されるバルトーク(Bartok Bela 1881-1945)の影響を強く感じさせる部分でもある。ここでのパールの切れ味鋭い音色は実にスリリング。オーケストラの線的な表現と合わさって、見事な高揚感を描き出している。 グリーグは名演であるし、シマノフスキも、この作曲家の作品をよく知らない人にとって、十分に入り口に相応しい内容。組み合わせが面白いとうだけでなく、演奏そのものが聴くべき価値のある名録音だ。 |
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グリーグ ピアノ協奏曲 ショパン ピアノ協奏曲 第2番 ラフマニノフ ピアノ協奏曲 第3番 プロコフィエフ ピアノ協奏曲 第2番 p: アシュケナージ アンデルセン指揮 ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団 アルヴィド・ヤンソンス指揮 レニングラード・アカデミー交響楽団 スタインバーグ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団 ロジェストヴェンスキー指揮 ソ連国立管弦楽団 レビュー日:2023.4.25 |
★★★★☆ アシュケナージの貴重なライヴ音源4点を収録
世界的ピアニストであったアシュケナージ(Vladimir Ashkenazy 1937-)は2019年の末に、音楽活動から引退を表明した。彼の演奏に親しんできた私には、寂しい事であったが、それでも、当盤のように、かつて記録されていた彼の音源があらたにリリースされることは、いまだに新しい喜びである。当アルバムの収録内容は下記の通り。 【CD1】 1) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) ピアノ協奏曲 イ短調 op.16 カルステン・アンデルセン(Karsten Andersen 1920-1997)指揮 ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団 1970年録音 2) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849) ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 op.21 アルヴィド・ヤンソンス(Arvid Jansons 1914-1984)指揮 レニングラード・アカデミー交響楽団 1960年録音 【CD2】 3) ラフマニノフ(Sergey Rachmaninov 1873-1943) ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 op.30 ウィリアム・スタインバーグ(William Steinberg 1899-1978)指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団 1968年録音 4) プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953) ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 op.16 ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(Gennady Rozhdestvensky 1931-2018)指揮 ソ連国立交響楽団 1960年録音 アシュケナージは1963年にソ連からアイスランドに亡命しているため、当アルバムは、その前後の協奏曲のライヴ録音をそれぞれ2つずつ収録した形になる。なお、4)のプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番は、Brilliant Classicsレーベルから“Legendary Russian Pianists(ロシア 伝説のピアニストたち)” と題された25枚組のbox-setに収録されているため、既発である。 はじめにお断りがてら書いておくと、これらの録音の状態は、総じて良くはない。特に、録音年からは本来良好な内容が期待されるグリーグの楽曲の録音状態が悪い。この点については、CDに特に注意等の記載がないことを踏まえて、発売元に確認したが、CD不良等ではなく、マスター・テープに起因するものとのこと。ステレオの片方が突然オフ状態になるなど、劣化が激しく、逆にいまままで商品化されなかったことにも納得がいってしまう。終楽章の熱いピアノのパッセージも、音が割れてしまっており、ヴォリュームを絞って聴かないと、なかなか耳に優しくない音である。他の録音も、それぞれの時代のレベルのものとは言い難いが、中にあって、ラフマニノフは比較的まずまずな状態と言えるだろう。 録音状態は残念なのだが、演奏はいずれも素晴らしいもので、この時代のアシュケナージの熱血性と情感に溢れた歌が、ライヴ特有の高揚感をともなって、見事に伝わっている。 私が特に素晴らしいと思ったのはグリーグ(録音状態が良くことが、かえすがえすも残念!)で、この演奏は、いわゆる北欧風の透き通った情緒とは異なる、ドイツ的と形容したい重厚な情熱に溢れており、きわめて求心力の強いものである。私は、これまでこの楽曲に、そのようなアプローチでもたらされる印象を持っていなかったので、その力強い表現性に、強く打たれた。アシュケナージがこの曲を独奏者として弾いた機会があったことも、当盤を通じて初めて知ったのだが、もし、当時、正規の録音が行われていたら、存在感のあるものとして、現在まで語り継がれていたのではないだろうか。 ちなみに、アシュケナージは指揮者としては、ロイヤル・フィルを振って、クリスティーナ・オルティス(Cristina Ortiz 1950-)を独奏者に迎えて、グリーグのピアノ協奏曲を1979年に録音している。こちらはLPでリリースされた(EMI EAC-90061)が、その後CD化される機会がないので、こちらも、いずれはぜひともCD化してほしいものである。 ショパンのピアノ協奏曲は、マリス・ヤンソンス(Mariss Jansons 1943-2019)の父であるアルヴィド・ヤンソンスとの協演ということで、歴史を感じさせる。アシュケナージは、1955年のショパンコンクールでも、協奏曲では第2番を弾いており、その後も、圧倒的に第2番の方を好んで弾いていたと思う。ここでも、アシュケナージならではの詩情が、程よい色づきで表現されていて、見事。 得意のラフマニノフももちろん素晴らしく、文句のつけようがない。大カデンツァの壮麗な響きは、録音状態がいまひとつとはいえ、十分に伝わってくる。オーケストラの音色の精度は、音質の限界で不明なところを残すが、スタンバーグの指揮は情熱的な表現意欲に溢れていて、第1楽章のクライマックスに向けてアップテンポで高まっていくところなど、得難い迫力に満ちている。 プロコフィエフは、私は上述の通り、Brilliant Classicsのbox-setにより、すでに聴いているものだが、改めてそのタッチの美しさ、強さに魅了された。ロジェストヴェンスキーの指揮には、泥臭いところがあるが、それもこの時代ゆえの熱さの現れと思うし、全般にアシュケナージ・フアンであれば、ぜひとも入手したいアルバム。 ただ、最初に書いた通り、録音状態が良くない点を差し引いて、全体評価は少し下げざるをえなかった。 |
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グリーグ ピアノ協奏曲 リスト ピアノ協奏曲 第1番 第2番 p: ハフ リットン指揮 ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団 レビュー日:2025.2.17 |
★★★★★ ハフとリットンならではの統制された響きがもたらす美観
スティーヴン・ハフ(Stephen Hough 1961-)のピアノ、アンドルー・リットン(Andrew Litton 1959-)指揮、ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団による下記の楽曲を収録したアルバム。 1) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 2) リスト ピアノ協奏曲 第2番 イ長調 3) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) ピアノ協奏曲 イ短調 op.16 2011年の録音。 リストの2つのピアノ協奏曲を録音した時、他にどんな楽曲を一緒に収録するか?たいていは、リストが他にも書いたピアノと管弦楽のための作品であり、そうでなくても、リストの管弦楽曲かピアノ独奏曲あたりというパターンが多いだろう。当盤は、グリーグのピアノ協奏曲という名曲との組み合わせ。これだとどちらがメインかわからない。少なくとも私個人の好みでは、このアルバムのメインはグリーグのピアノ協奏曲となる。まあ、そのあたり購入者の受け取り方は、どうでもいいことだと思うが、いずれにしても、贅沢な組み合わせであると言えるだろう。 演奏・録音も良い。ハフとリットンは多くの協演歴があるし、自身もピアニストであるリットンは、ハフのスタイルをよく心得た指揮をしていると感じる。すなわち、鮮明で軽快な水彩画を思わせるようなオーケストラである。 ハフのピアノは、いつものように安定した技巧と、落ち着いた足取りで、インテンポを主体とした堅実な演奏である。リストの協奏曲第1番の冒頭など、これまで聴いた演奏と比較すると、あきらかに軽やかで、その後も、快活なテンポで小気味良く進んでいく。リットンの引き出す音は透明で濁りがなく、それゆえに、全体として見通しの良い音響が常に維持されていて、上下動する幅は小さい。とても気持ちよくさわやかに聴ける演奏だ。第1楽章の中間部で抒情的な旋律を奏でる木管の混じりっ気のない響きは、空の高さを感じさせる。逆に言うと、この演奏からは、スリリングで燃焼的なものはそれほど感じない。だから、時折、「自分はいま、メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)を聴いているのではないだろうか」と思ってしまう。ただ、私はこの楽曲の一種の仰々しさにやや苦手なところもあるので、この演奏はとても気持ちよく聴きやすいと感じる。 協奏曲第2番は、第1番ほどには従来の演奏から距離のある解釈とは感じないが、もちろん、その印象や風合いはまったく同じ傾向であり、爽快で軽やかだ。終盤の聴きどころで登場する両手のグリッサンドも、あっけないくらいにサラリと進むように感じられる。ただ、これもやはり、悪くないのである。リストのピアノ協奏曲をこんな風に響かせることができるんだ、と感心させられる。 グリーグも同様で、いかにも北欧の自然をイメージさせる澄み切った響きに満ちている。抒情的な部分で、かなりテンポを落とすところは、ちょっと常套的に感じてしまうところも否めないが、総じておおきなマイナスになるようなものではなく、全体としての清涼な聴き味、明確なピアノによる持続されたテンションが見事。木管とピアノと透明な応答は、リストの協奏曲と同様に薫り高い郷愁を演出する。これらの演奏がもたらす印象は、よく制御され、設計通りに奏でられた「秩序だったもの」と言える。それは、決して無機的なものではなく、聴き手の情緒と知の両面に働き替える多面性を内包しており、奥行きがある。 |
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グリーグ 弦楽四重奏曲 シベリウス 弦楽四重奏曲「親愛なる声」 ニールセン 若き芸術家の棺の傍らで エマーソン弦楽四重奏団 レビュー日:2006.7.26 |
★★★★★ 楽曲自体の存在価値を高める名録音です!
充実した活動を展開しているエマーソン弦楽四重奏団による注目の録音である。 一聴してみて、これらの楽曲にこれほどまでに適性を示す四重奏団がいたのだという目の覚めるような驚きがあった。中でもグリーグは素晴らしい。 グリーグの弦楽四重奏曲は、ヴァイオリン・ソナタの第3番と並んで彼の室内楽における最も偉大な業績であるばかりでなく、ロマン派の弦楽四重奏曲の名曲として指折られてしかるべき作品である。しかし、その録音点数はさほど多くはなく、その点でもヴァイオリンソナタと同様にいささか不遇の存在であった。 しかし、この1枚が加わることで、状況は大きく変わるのではないだろうか。そこまで予感させてくれるほどの名演である。ジャケットにある氷海の写真のように鮮烈な凛々しい空気が伝わるシャープなストリングスの響きで、北国の郷愁に満ちたメロディーが存分に歌われる。旋律のパート間での受け渡しの巧みさはきわめて爽快である。2楽章のほの暗いメロディーも適度な情緒を湛えていて好ましい。 ニールセンの4分ほどの楽曲も哀しい色を湛えた佳曲である。エマーソンの演奏は透明な哀しみを獲得していて、これもいい。 シベリウスももちろん秀演で、楽器の艶やかな音色が内省的で即物的な旋律に短調特有の色合いを与えて憂いとなっている。終楽章の簡素なアレグロはシベリウスの一つの枯淡を示すが、そこでもスケール感が適切で、聴きとおしてとても気持ちのいいアルバムとなっている。 |
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ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番 第3番 vn: デュメイ p: ピリス レビュー日:2011.8.22 |
★★★★★ 楽曲としての評価が今ひとつだけれど、とても魅力的なソナタ
フランスのヴァイオリニスト、デュメイ(Augustin Dumay 1949年-)とポルトガルのピアニスト、ピリス(Maria Joao Pires 1944-)によるグリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)のヴァイオリン・ソナタ全3曲を収録したアルバム。録音は1993年。 グリーグの3つのヴァイオリン・ソナタはいずれも美しい作品であるが、なぜか録音される機会が少ない。最も高名な第3番でも、新録音のニュースにはあまりお目にかからない。 これらのソナタにはしばしば構造的な欠点が指摘される。その「欠点」は、これらのソナタに、と言うより、グリーグの作品全般に言われることだが、対位法的な処理があまり行われず、音楽が展開力に乏しいことである。逆にグリーグの美点として「美しいメロディ」を創作する能力があった。そのため、グリーグの全作品を俯瞰すると、圧倒的に多いのが「小品」である。メロディだけに紡がれた、大きな展開のない音楽だ。逆に本格的なソナタ形式を踏襲するような規模の大きい作品は極端に少ない。交響曲は習作とされる1曲のみだし、ピアノ・ソナタとピアノ協奏曲がいずれも名品だけれど、たったの1曲ずつ。 そのような背景にありながら、なぜかヴァイオリン・ソナタだけは3曲もあるのである!この事実は結構重要な気がする。グリーグが自ら「不向き」と考え、ごく限られたインスピレーションのみを還元していたジャンルにあって、なぜかヴァイオリン・ソナタのみが豊作なのである。「ヴァイオリン」と「ピアノ」という二つの「歌う」楽器の合奏に、メロディ主体で楽曲を構成できる調和を見出したのかもしれない・・・しかし、そのヴァイオリン・ソナタも、よく構造的な欠陥が指摘される。例えば、一つの主題から別の主題に移る際の音楽的な処理は、しばしば「カット」され、ただの「ジャンプ」になってしまっていたりする。 しかし、これらのヴァイオリン・ソナタを彩る旋律は本当に美しいのだ。だから、上記の様な不自然な音楽的欠陥があっても、私はこれらのソナタをとても楽しむことができるし、いろいろな想像をかきたてさせてくれるものだと思っている。それで、その入手可能なディスクで有力な大御所による録音となると、このデュメイとピリスによるものとなる。 デュメイの演奏は、旋律の美しさを引き立てた瑞々しいもの。適度な柔らかみがあり、音色も過不足ない。とくに緩徐楽章の郷愁に満ちたメロディが、清涼感に満ちた爽やかな佇まいをもって示されているのは、たいへん好ましいと思う。作為を感じさせない自然なニュアンスに満ちていて、まるで夏の木陰で、涼やかな風を受けているような心地よい響き・・・たいへん魅惑手な演奏だ。ソナタ第2番の終楽章の輝かしさも忘れ難い。また、ピリスのピアノはいつもながら自由を謳歌するような演奏で、興味の赴くままに流れていくよう。デュメイとの相性は悪くないだろう。それにしても、もっと多くのヴァイオリニストに、これらのグリーグのソナタを録音してほしいと願う。 |
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グリーグ チェロ・ソナタ 間奏曲イ短調 シベリウス 2つの荘重な歌(チェロとピアノ版) 4つの小品(チェロとピアノ版) マリンコニア vc: モルク p: ティボーデ レビュー日:2017.5.22 |
★★★★★ 清冽な美演で、グリーグとシベリウスの「チェロとピアノのための佳曲」を紹介
ノルウェーのチェリスト、トルルス・モルク(Truls Mork 1961-)とフランスのピアニスト、ジャン=イヴ・ティボーデ(Jean-Yves Thibaudet 1961-)による北欧の2人の重要な作曲家によるチェロとピアノのための作品を集めたアルバム。1993年の録音で収録曲は以下の通り。 グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 1) チェロ・ソナタ イ短調 op.36 2) 間奏曲 イ短調 シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) 3) 2つの荘重な旋律(チェロとピアノ版) op.77 4) 4つの小品(チェロとピアノ版) op.78 5) マリンコニア op.20 シベリウスの「2つの荘重な旋律」はヴァイオリンと管弦楽、「4つの小品」はヴァイオリンとピアノで演奏されることが一般的。「マリンコニア」は「メランコリー」と表記されることも多い。 私は当録音を聴いて、これらの楽曲がとても好きになってしまった。モルクとティボーデの演奏は、確かな抒情性があるとともに、時に青白い炎を上げるように清冽な情熱を放ち、その様は、これらの北欧が生んだ室内楽の魅力を、とても積極的に聴き手に届けてくれる。 グリーグのチェロ・ソナタは、この作曲家のヴァイオリン・ソナタと同様に美しい旋律に満ちた美品だ。あの有名なピアノ協奏曲にも似た透明感に満ちた燃焼がある。グリーグは楽曲の展開が得意とは言えない作曲家で、小曲にその力を発揮したが、その中で「ピアノ協奏曲」、3曲の「ヴァイオリン・ソナタ」、そしてこの「チェロ・ソナタ」では、瑞々しい旋律美により、その欠点をうまく覆ったグリーグ特有の佇まいがある。 私は、このチェロ・ソナタは当該ジャンルを代表する名作の一つと言ってもいいと思っているが、当演奏を聴くとあらためて見事なものだと思う。ティボーデのピアノのきれいなこと!様々な音色を繰り広げながらフォルテの音は決して割れず、結晶化しきった和音の連打は水晶を思わせる輝き。特に第1楽章でたびたび描かれる印象的な3つの和音の連打は、このようなピアニストに弾かれてこその美しさと思える。モルクのチェロも、夾雑物の少ない丁寧な響きで、この楽曲に相応しい音だと感じる。 シベリウスの各作品でもいずれも見事な演奏が繰り広げられる。ときどきもっとチェロが前面に出てもいいかなと思うところはあるけれど、聴き進むにつれて、音楽のもつ味が十分に伝わってくるため、総じて不満点になることはない。3つのシベリウスの楽曲の中で、特に知られていない曲が「マリンコニア」になるかと思うが、聴きごたえ十分、演奏時間12分に及ぶなかなかの作品だ。冒頭すぐのピアノのきらびやかな効果から、シベリウスらしい叙事詩的な旋律が朗々と高まって行き、クライマックスでは荘厳な歌になる。それは、この作曲家の後期の作風にも通じるもので、シベリウスの楽曲を愛好する人ならだれでも夢中になれるものだと思う。「2つの荘重な旋律」の第1曲にもこれと共通する雰囲気があり、シベリウスの刻印を感じさせてくれる。 いずれにしても、ティボーデの冴えわたったピアノは、全編に渡って最高の聴きモノだ。モルクのチェロの淡くもしっかりとした響きとあいまって、聴き手を、グリーグとシベリウスの世界に浸らさてくれる。 |
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ピアノ独奏曲全集 p: オピッツ レビュー日:2008.11.3 |
★★★★★ グリーグの本質のよく出たピアノ独奏曲を全て収録
ゲルハルト・オピッツ(Gerhard Oppitz)によるグリーグのピアノ独奏作品全集。CD7枚に以下の曲が収録されている。抒情小曲集(第1集~第10集) 音詩 25のノルウェーの踊りと舞曲 農民の暮らしと情景 ノルウェー民謡による変奏曲形式のバラード(作品18,19,72) ノルウェーの旋律による変奏曲形式のバラード 4つの小品 ピアノ・ソナタ 2つのノルウェー民謡による即興曲 自作の歌曲によるピアノ曲第1集、第2集 4つのユモレスク 4つのアルバムの綴り 諧調 ホルベルグ組曲 伝承によるノルウェー民謡 リカルド・ノルドローク追悼の葬送行進曲 諧調は“moods”であり「気分」と訳されることもある。録音は1992年から93年にかけて集中して行われている。 グリーグのピアノ曲は(管弦楽曲などもそうだが)小品が多い。その情緒性はグリーグの本質であり、またグリーグがその創作活動の支柱としていたノルウェー的な審美性を探求したものと言える。また、グリーグの作曲技法において対位法の処理などは重点化されず、展開も大きくはならないため、小曲が多くなり、またそこにグリーグの音楽的な本音が集約的に語られることになることは必然とも思える。 それで、このピアノ曲集も、本当に一曲一曲、小さな曲の集まりとなる。抒情小曲集はショパンで言えばマズルカのような作品であり、作曲者のそのときそのときの心情を日記のように綴ったものと考えられる。魅力的なピースが多いが、必ずしも全曲聴いた方がいいというわけではないだろう。聴くとしても一集ずつぐらいの単位で聴いた方がよく、それでないとこの小曲の魅力は希薄になるのだ。 他の作品もノルウェーの旋律を用いたり、あるいは作曲者のノルウェーへの心情である曲が多い。自作の歌曲の編曲は有名なソルヴェーグの歌なども含まれており、聴いたことのある旋律で馴染みやすいだろう。ホルベルグ組曲はオーケストラ版が有名であるが、ピアノ版も研ぎ澄まされた抒情が表現されていて好ましい。 オピッツのピアノは充実した響きで、しっとりとした安心感のある音色である。過度な表情付けを排し、淡々としている。ピアノソナタは珍しい規模の大きな曲であり、ロマン派の名ピアノソナタとして指折られるべき作品だと個人的には思っているが、第2楽章など、オピッツの演奏だと、いかにも早くてさらっとしてしまっているとも思ったが、もちろん悪くは無い。品が良いので、印象が淡めだが、詩的なニュアンスもさりげなく出ており、技術的にも高度に安定している。全集としてはまずは問題ない定番と言っていい。 |
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グリーグ ピアノ・ソナタ ゲーゼ ピアノ・ソナタ ステンハンマル 3つの幻想曲 p: ヴァウリン レビュー日:2020.7.31 |
★★★★★ ヴァウリンによるスカンジナビアのロマンティック・ピアノ曲集。力強く凛々しく描き出された情感が見事
デンマークを中心に活動しているロシアのピアニスト、アレクサンデル・ヴァウリン(Alexander Vaulin 1950-)による「スカンジナビア ロマンティック ピアノ作品集」と題したアルバム。収録曲は以下の通り。 1) ニルス・ゲーゼ(Niels Wilhelm Gade 1817-1890) ピアノ・ソナタ ホ短調 op.28 2) ヴィルヘルム・ステンハンマル(Wilhelm Stenhammar 1871-1927) 3つの幻想曲 op.11 3) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) ピアノ・ソナタ ホ短調 op.7 2000年の録音。 ロシアピアニズムという言葉にふさわしいヴァウリンのしっかりと地に根差したようなピアノが、北欧で生まれたピアノ作品のロマンを薫り高く表現した名演。 デンマークの作曲家、ゲーゼのピアノ・ソナタは、めったに録音されない楽曲であるが、ロマン派の時代に北欧で生まれた貴重な佳品の一つだろう。4つの楽章からなるが、両端楽章は熱血的なものを持ち合わせており、そこにロマンティックで北欧的な淡い情感を誘う魅力的なフレーズが射す。その雰囲気は、ときおりシューマン(Robert Schumann 1810-1856)のピアノ曲に通じるものを感じさせるが、実際、ゲーゼとシューマンとの間には親交があったそうだ。第2楽章でも、いかにも北欧風の、小さな叙事詩を思わせるような情感の発露がある。第3楽章は第4楽章の前奏的性格を持ち合わせているものだろう。ヴァウリンのピアノは、しっかりと重心を据えた安定感をベースに、ふさわしいカンタービレを存分な重厚感を交えて奏でており、楽曲の雰囲気を気高く表現している。 スウェーデンの作曲家、ステンハンマルの「3つの幻想曲」は、北欧音楽フアンの間ではひそかに愛好されている楽曲。3つの小曲からなるが、力強い第1曲と、憧憬的な3連符に導かれて、透明で情感豊かな旋律が紡がれる第2曲が特に印象的。ヴァウリンのピアノが質感豊かで、最初淡々と弾いているようでいて、そのうちに切々と情感が満たされていく様は実に美しい。これらの楽曲の魅力を理想的な形で伝えてくれる名録音と言ってよいだろう。 グリーグのピアノ・ソナタは、今やロマン派のピアノ・ソナタの名品の一つとして、数多くの録音が行われる楽曲となった。ヴァウリンは落ち着いた足取りで、この楽曲にシックな色合いを与えている。燃焼も底辺からじっくりと沸き上がるように描かれており、スケールが大きい。第2楽章の情感の豊かさは、ステンハンマルの「3つの幻想曲」の第2曲と共通のもので、感動は大きい。 ヴァウリンというピアニストが、これらの楽曲に崇高な雰囲気を与えてくれたことで、いままでその魅力に気づかなかった人でも、思わぬ感激を味わうことが出来るのではないだろうか。 |
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グリーグ ホルベルグ組曲 L.グラス 幻想曲 シベリウス キュリッキ ステンハンマル ピアノ・ソナタ p: ヴァウリン レビュー日:2020.8.24 |
★★★★★ ヴァウリンによる 「スカンジナビア ロマンティック ピアノ作品集」 第2集
デンマークを中心に活動しているロシアのピアニスト、アレクサンデル・ヴァウリン(Alexander Vaulin 1950-)による「スカンジナビア ロマンティック ピアノ作品集 第2集」と題したアルバム。2000年に録音された第1集の続編という体裁。収録曲は以下の通り。 1) グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907) 組曲「ホルベアの時代より」 op.40 (前奏曲、サラバンド、ガヴォット、エアー、リゴードン) 2) ルイ・グラス(Louis Glass 1864-1936) 幻想曲 op.35 3) シベリウス(Jean Sibelius 1865-1957) キュリッキ;3つの抒情的小品 op.41 4) ステンハンマル(Wilhelm Stenhammar 1871-1927) ピアノ・ソナタ ト短調 2004年の録音。 第1集に続いて、ヴァウリンの逞しくも美しいピアノにより、北欧のピアノ作品特有のロマンを薫り高く表現した名演。これらの楽曲に関しては、録音があまり多くないので、その点からも当盤は存在感のある1枚である。デンマークのマイナー・レーベルからのリリースであり、目立たないし、流通枚数も多くはないと思うが、気になるという方は、はやめに確保した方がよいだろう。 収録曲中もっとも有名なグリーグの組曲「ホルベアの時代より」は、フランスの古典様式を用いながら、グリーグならではの節回しが魅力的な作品。ヴァウリンは、質感豊かな音色で、舞曲らしい力感をともなった表現で、各曲の性格を良く引き出している。特にエアーにおける敬虔な味わいは感動的で、グリーグの書いた美しい宗教曲を彷彿とさせてくれる。リゴードンの明るい運動美も魅力的。 デンマークの作曲家、ルイ・グラスの幻想曲は、この作曲家のピアノ作品を代表するもの。全般に温和な雰囲気であるが、感情的な色合いの異なるフレーズが交錯し、ときに鬱になったり、ときに瞑想的になったりと変化がある。ヴァウリンは高い安定性を維持しながら、楽曲内の変化を暖かな音色で描きあげており、理想的な演奏となっている。 民族的叙情詩「カレワラ」の登場人物の名が与えられたシベリウスの「キュリッキ」は、この作曲家が書いたピアノ独奏曲中では、特に規模が大きい作品。3つの部分からなる。第1曲は、可憐なキュリッキの主題と、キュリッキを力づくで奪おうとするレミンカイネンの主題の対比が、劇的な様相をもたらす。第2曲、第3曲も悲しい色合いを秘めている。ヴァウリンの演奏は力強い。強壮な響きを用いながら、その悲劇的性格を色濃く描き出しており、堂々たる響きで満たされている。 ステンハンマルのピアノ・ソナタは、作曲者の存命中には発表されなかったもので、作曲者が19歳の時に書いたものとされているが、驚くほど内容豊であり、この作曲家の代表作の一つと言っても過言ではないのではないか、と感じられる。なぜ発表しなかったのかは、本人にしか知る由はないであろうが。4つの楽章からなるが、中でも特筆したいのは叙情的な第2楽章である。メロディ自体は素朴であるが、簡易な転調が意外に深い情感を偲ばせる。あるいはヴァウリンの演奏の妙で、その感動が増しているのかもしれないが、シンプルに北欧ピアノ作品の名旋律の一つといって良く、当盤を介して、この佳作を知ることができたのは、大きな喜びであった。 |
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叙情小曲集全集 p: チッコリーニ レビュー日:2010.4.29 |
★★★★★ 等位にカッティングされた鉱石のような輝きを放つグリーグ
グリーグ(Edvard Grieg 1843-1907)の抒情小曲集は、全10集からなるピアノ小曲集で、作曲年代は1867年から1903年まで、作曲者の全活動時期にまたがっている。全般に分かりやすい旋律線を持っており、北欧の民俗音楽からのインスパイアを含み、かつ情緒的なこまやかさはグリーグが引き出した彼ならでは音楽の本質と思える。 1891年の作品である第5集以降の作品により「充実」が感じられるが、1884年の第3集にも「蝶々」「春に」などの高名な曲があり、全般に安定した内容と思える。一方で対位法的な処理の過程にまで至らない曲の規模と、常套的な展開といった(全部まとめて聴く場合の)欠点ともなりえる部分もある。 そのような理由で「全曲録音」というのは、それほどされていないとも言える。個人的に「全曲盤」ではマジメなオピッツの演奏と、このチッコリーニ盤が良いと思う(他をすべて聴いた訳ではないけれど・・・アンスネスが現代のピアノを使って全曲録音してくれるのを待っているが) さて、このチッコリーニの演奏は2004年の録音で、チッコリーニ79歳のときである。まったく技術的な衰えは感じられず、しかも彼らしいピアノが堪能できる。「チッコリーニらしさ」とは何か?アメリカの高名な批評家ヴァージル・トムスンの言葉を借りれば「独自の清潔さと透明さをそなえた、強力なテクニシャンで、また完璧な好みをもつ音楽家」となる。明澄な響きを持ち、ラテン的ともいえる明るい音楽を導く。例えば第5集第2曲「ノルウェーの農民行進曲」でのクレッシェンドの強靭さ、一つ一つの音のクリアな響き、左右の手で繰り出される音型の完全な分離こそチッコリーニの特徴が良く出ているのではないだろうか。そしてチッコリーニならではの透徹したグリーグが完璧に等位にカッティングされた鉱石のような輝きを放っている。 グリーグの音楽の再生には、抒情を汲む事とともに、平明さ、明晰さをくっきり浮かび上がらせることが肝要に思える。もちろん他のアプローチもありえると思うけれど、ここで奏でられるチッコリーニの演奏はそれほど完成度が高い。また使用楽器がこれらの特性をよく引き出すと思われるファツィオリである点も当盤の大きな興味対象となるに違いない。 |