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グレツキ



現代音楽

交響曲 第3番「悲歌のシンフォニー」 3つの古い様式の小品
ヴィット指揮 ポーランド国立放送交響楽団 S: キラノヴィチ

レビュー日:2017.7.13
★★★★★ 「戦争の時代」を映した透明な祈りの交響曲
 ポーランドの指揮者、アントニ・ヴィット(Antoni Wit 1944-)指揮、ポーランド国立放送交響楽団の演奏によるグレツキ(Henryk Gorecki 1933-2010)の以下の2作品を収録したアルバム。
1) 交響曲 第3番「悲歌のシンフォニー」
2) 3つの古い様式の小品
 1)のソプラノ独唱は、ポーランドのゾフィア・キラノヴィチ(Zofia Kilanowicz 1963-)。1993年の録音。
 グレツキは近現代のポーランドを代表する作曲家であるが、彼の名を一躍有名にしたのがこの交響曲第3番である。作曲されたのは1976年であったのだが、その17年後の1993年に、イギリスのラジオ番組がこの楽曲の第2楽章をテーマ曲として繰り返し流したところ、「あの美しい曲は何という曲だ?」とリスナーから大変な反響があり、果てはイギリスの全ジャンルの音楽を対象としたヒットチャートの第6位に上り詰めることとなる。日本でもその煽りを受けて、クラシック部門の売り上げで、しばらく1位にあり続けた。
 そのディスクは、ジンマン(David Zinman 1936-)指揮、ドーン・アップショウ(Dawn Upshaw 1960-)のソプラノ独唱というものであったのたが、同時期に母国ポーランドで当録音が作製されていたことになる。
 「悲歌のシンフォニー」は、3つの楽章からなる。第1楽章は、15世紀のラメント(聖十字架修道院の聖歌)を基にした磔刑となったイエスとの別離を悲しむ母の歌、第2楽章は強制収容所の壁に刻まれてあった18歳の少女の祈りの言葉、第3楽章はオポレ地方の民謡(戦争で息子を失った母の歌)をそれぞれテキスト&素材としている。全曲が緩徐楽章であり、ゆったりとした繰り返しの中から、透明な祈りが編まれていく。その様から、このころのグレツキの作風は「ホーリー・ミニマリズム」と称される。ペルト(Arvo Part 1935-)の作品との精神的な親近性は明白だろう。
 タイトルからも想像されるが、この曲から受けるイメージは、「悲しみから生まれた祈り」であることは間違いない。それは人類が歴史において常に背負い続けてきたもので、世にある何万のある祈りの言葉の根源となっている人の感情に働きかけるものである。そういった意味で、この音楽はわかり易く、美しく、心が動かされる。
 この音楽が広まるきっかけとなった第2楽章は、そのミステリアスな導入部も魅力的であり、中心となる悲歌とともに、ピアノ、ハープを加えた音響が「天上の世界」を連想させる。第1楽章は形式としてはカノンであり、コントラバスによって導入された主題が、ゆっくりと音域を変えながら繰り返される様が印象的。第3楽章は透明な悲しみの感情をすくいとったような美観に心を惹かれる。
 当演奏はジンマン盤に比べると、全体的な祈りの雰囲気を重点的に描いていると感じられる。どちらかというと、ジンマンの録音の方が、現代音楽的なスコアへの実直な忠誠があって、音の頭の揃いなども厳密だろう。しかし、エモーショナルな表現の幅において、当盤により深いものを感じる。ポーランド語のテキストであるため、おそらくキラノヴィチの歌唱の方が発音はきちんとしていると思われるが、それにもまして彼女の白色光を感じさせる歌唱が、私には雲間から射す一条の光を思わせてくれる。とてもやわらかで美しい演奏だ。
 近現代の音楽史における成功作の記録として、良質なものの一つであろう。
 なお、グレツキの作品を一通り録音するコンセプトによって、「3つの古い様式の小品」も併録されている。重要な作品とは言い難いが、他に音源がほとんどないので、資料的価値がある。


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