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ゲール



現代音楽

真鍮以降、石以外・・・ ヴァイオリンと木管四重奏のための「・・・アラウンド・ストラヴィンスキー」 クラリネット五重奏曲 クラリネットとヴァイオリンのための「マネレ」 ホルン、ヴァイオリン、ピアノのための「ラルゴ・シチリアーノ」
ナッシュ・アンサンブル パヴェル・ハース四重奏団 perc: キュリー

レビュー日:2016.7.30
★★★★★ 現代イギリスを代表する作曲家、アレクサンダー・ゲールを知る一枚
 現代イギリスを代表する作曲家、アレクサンダー・ゲール(Alexander Goehr 1932-)が2002年以降に発表した室内楽曲を収録したアルバム。収録曲は以下の5曲。
1) 真鍮以降、石以外・・・ op.80(弦楽四重奏とパーカッションのための)
2) ・・・アラウンド・ストラヴィンスキー op.72(ヴァイオリンと木管四重奏のための)
3) クラリネット五重奏曲 op.79(クラリネットと弦楽四重奏のための)
4) マネレ op.81(クラリネットとヴァイオリンのための)
5) ラルゴ・シチリアーノ op.91(ホルン、ヴァイオリン、ピアノのための)
 演奏は、1)がパヴェル・ハース四重奏団とコリン・クリー(Colin Currie 1976-)によるパーカッション、他はナッシュ・アンサンブルによるもの。
 録音は、1)が2010年、他は2012年から2013年にかけて行われている。
 解説に面白い事柄が引用されている。ゲールは、アメリカの作曲家、エリオット・カーター(Elliott Carter 1908-2012)に、その最晩年「年齢を重ねることで芸術は変容したか?」と尋ねたところ、カーターは「作曲家は、同じことをし続けるべきである」と回答したそうである。それは、100年以上生きた芸術家の矜持であったのだろう。しかし、ゲールのスタンスはこれと異なる。ゲールは、過去の作品を研究し、それを現代にどのように還元すべきか、その「アクセス」という観点で、自らの芸術に変化を与え続ける作曲家だ。それは、ゲールの父がやはり音楽家で、シェーンベルク(Arnold Schonberg 1874 -1951)に師事したことと関係がありそうだ。
 当盤に収録された5曲は、作曲家ゲールが、西洋の音楽の歴史と、現代の音楽の表現方法と形式、それらを如何に結びつけるかに継続的な努力をはらった証と言えるものだろう。
 冒頭曲「真鍮以降、石以外・・・」がまず面白い。このタイトルはシェイクスピア(William Shakespeare 1564-1616)のソネット第65番の冒頭、Since brass, nor stone, nor earth, nor boundless sea, (真鍮も、石も、大地も、無辺の海も・・・)に由来するものだ。このソネットは、時の流れが容赦ないほど人知を超えた力を持つものである一方、人のたくましさがそれと無縁の性質を持つことは併せて謳ったものだ。しかし、ゲールの作品のパーカションとピチカートを主体としたリズミカルな活力の中で、しばしば弦楽器が旋律的なものを目指すさまは、特有の知的な遊戯を感じさせ、このタイトルとの組み合わせに洒脱なスリルを潜ませている。音楽のもつ抽象的な効果を改めて示した作品だ。
 第2曲の・・・アラウンド・ストラヴィンスキーは、ストラヴィンスキーが1907年に書いた2つの室内楽曲「パストラーレ」と「2つのファゴットのための無言歌」の主題を織り交ぜた作品で、そのため新古典主義的な味わいがある。ヴァイオリンのソロから開始され、オーボエ、クラリネット、バズーン、ホルンという4つの管楽器が加わる響きの妙味がなかなか楽しい。収録曲中で「歌」の要素を特に感じさせる作品でもある。
 第3曲のクラリネット五重奏曲は、クラリネットと弦楽四重奏という古典的な編成。厳粛さの抒情の表出は、シェーンベルクに大きな影響を与えたブラームス(Johannes Brahms 1833-1897)の存在を彷彿とさせるものだ。
 第4曲の「マネレ」は、二つの楽器が時に分かれ、時に寄りそう様が、いくつかのシチュエーションで言及された趣。
 第5曲の「ラルゴ・シチリアーノ」は、解説によるとメシアン(Oliviers Messiaen 1908-1992)のピアノ曲「4つのリズム練習曲」の「音価と強度のモード」で試された一定の秩序順列を、シチリア舞曲のリズムを基に進行させたものとなる。それは次第に十二音音階の世界に足を踏み入れていく様相を持っている。
 以上の興味深い楽曲を、パヴェル・ハース四重奏団とナッシュ・アンサンブルは精度の高い演奏で再現している。音響はどこか保守的ものを残しているので、相容れなさは少なく、一種の環境音楽的な聴き味に近いところもあるが、より意識的に聴く行為によって、次々と面白さを見つけることのできるアルバムでもある。ゲールという作曲家を知るのにも、絶好の一枚となるだろう。


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