ヒナステラ
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ピアノ協奏曲 第1番 協奏的変奏曲 ピアノと管弦楽のための「アルゼンチン風協奏曲」 p: シャイン・ワン メナ指揮 BBCフィルハーモニック レビュー日:2019.10.31 |
★★★★★ 高クオリティーのヒナステラ作品集
ファンホ・メナ(Juanjo Mena 1965-)指揮による、アルゼンチンの作曲家、ヒナステラ(Alberto Ginastera 1916-1983)の主要な管弦楽作品を録音するシリーズの第3弾にして最終巻となるのが当盤。収録曲は以下の3曲。 1) ピアノ協奏曲 第1番 op.28 2) 協奏的変奏曲 op.23 3) ピアノと管弦楽のための「アルゼンチン風協奏曲」 オーケストラはBBCフィルハーモニック、1,3)のピアノ独奏はシャイン・ワン(Xiayin Wang)。1,3)は2016年、2)は2017年の録音。 とても魅力的なアルバムだと思う。指揮者のメナ、ピアニストのワン、ともにヒナステラの音楽の輝かしさや逞しさを存分に表現したパフォーマンスを繰り広げている。 ピアノ協奏曲第1番の冒頭から、ヒナステラの作曲家としての特徴は明瞭に提示されるが、メナの棒の元で引き出される管弦楽の不協和を踏まえた明晰な響きは、その時点で音楽の方向性を明確にする。そしてこの作曲家特有の印象的要素、民俗音楽的要素といったものを、存分に織り込んだ色彩感と、幅の広いダイナミックレンジで、野性的でありながら洗練された音楽が展開する。第1楽章のカデンツァにおけるワンのオーケストラを感じさせる色彩的なピアノは、一つの聴きどころだ。この楽曲の第2楽章は夜の雰囲気を持っているが、当録音は他の一般的な演奏と比べて早いテンポを設定しているのが特徴的であり、縦線のくっきりしたリズムが浮き立った解釈で、見事に処理している。静寂から開始される第3楽章が、進展にともなって熱血していく様の鮮やかさは、当盤の独壇場と言っても良いもので、この楽曲の決定的録音であると言っても過言ではないだろう。 協奏的変奏曲は比較的編成の小さいオーケストラを念頭に書かれた変奏形式の音楽であり、各変奏曲で1つないし2つの独奏的役割をもった楽器が活躍する。ここでは、各変奏ごとに、説得力のある均衡性ある表現が貫かれた感がある。各奏者の技量も安定している。終結部の力強さは、この作曲家らしい個所であり、メナの指揮で、豊麗さを交えて盛り上がる音響は聴き応え十分だ。 最後に収録された「アルゼンチン風協奏曲」は、作曲者19歳の時の作品ということで、習作的位置づけにあり、作品番号を持たないが、驚くほど完成度が高く、作曲者の個性が表れている作品といえる。バルトーク(Bartok Bela 1881-1945)の影響を感じさせるソノリティをベースに、熱血的なリズムがあり、さらに若々しい野心を感じさせる。ワンの光沢あるタッチが、楽曲をより魅力的なものにしている。 |
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ピアノ・ソナタ 第1番 第3番 3つのアルゼンチン舞曲 ミロンガ 3つの小品 マランボ 小さな舞曲 童謡小品集 12のアメリカ風前奏曲 クレオール風舞曲 アルゼンチンの童謡によるロンド トッカータ p: コルスティック レビュー日:2019.10.29 |
★★★★★ コルスティックが適性を発揮したヒナステラのピアノ音楽集
ドイツのピアニスト、ミヒャエル・コルスティック(Michael Korstick 1955-)によるアルゼンチンの作曲家、ヒナステラ(Alberto Ginastera 1916-1983)のピアノ独奏曲集。収録曲は以下の通り。 3つのアルゼンチン舞曲 op.2 1) 年老いた牛飼いの踊り 2) 優雅な乙女の踊り 3) はぐれ者のガウチョ(牧童) 4) ミロンガ op.3 3つの小品 op.6 5) クジャーナ 6) ノルテーニャ 7) クリオージャ) 8) マランボ op.7 9) 小さな舞曲 op.81 童謡小品集 10) アントン・ピル レーロ 11) チャカレリータ 12) アロス・コン・レチェ 12のアメリカ風前奏曲 op.12 13) 第1番 アクセントのために 14) 第2番 悲歌 15) 第3番 クリオージョの踊り 16) 第4番 ビダーラ 17) 第5番 第一種五音音階短調による 18) 第6番 ロベルト・ガルシア・モリージョを讃えて 19) 第7番 オクターヴのために 20) 第8番 フアン・ホセ・カストロを讃えて 21) 第9番 アーロン・コープランドを讃えて 22) 第10番 牧歌 23) 第11番 ヴィラ・ロボスを讃えて 24) 第12番 第一種五音音階長調による 25-29) クレオール風舞曲の組曲 op.15 30) アルゼンチンの童謡によるロンド op.19 31-34) ピアノ・ソナタ 第1番 op.22 35) ドメニコ・ツィーポリのトッカータ 36) ピアノ・ソナタ 第3番 op.54 2015年録音。 コルスティックは地元ドイツではベートーヴェン弾きとして定評のあるピアニスト。だが、私は彼の弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の録音を聴いたのだが、それよりも、カバレフスキー(Dmitri Kabalevsky 1904-1987)や、そしてこのヒナステラの方が、ずっと良いと思う。 コルスティックのスポーティーで、賑やかさのあるピアノの響きは、運動性やリズムを主体に構成された音楽と相性が良い。少なくとも私はそう思う。ヒナステラの楽曲は、近代的な不協和音の要素を持つところもあるが、全体としてはリズムに従った躍動性による表現が主であり、和声も使用も、保守的なものが多い。コルスティックの響きは、やや重々しい面もあるが、パワーと華やかさ、それにスピードという点で不足感はなく、これらの楽曲を鮮やかに体現したものと言えそうだ。 冒頭のアルゼンチン舞曲集で言えば、第1曲と第3曲がマランボふうの舞踏的音楽であり、そこで聴かれるコルスティックの重さとパワーに不足のないリズムは、民俗音楽的な力強さを良く表現している。また、この曲集の第2曲や、ミロンガといった曲では、どこか環境音楽的というか、加古隆(1947-)を思わせる淡さと旋律線を持つが、コルスティックの光沢ある響きが、いかにもふさわしく響くのである。 他に印象に残った部分を書いていくと、ヒナステラのアメリカ留学の印象を踏まえて書かれた「12のアメリカ風前奏曲」では、熱血的で野性的な「クリオージョの踊り」が圧巻だろう。また、「第一種五音音階長調による」は、誰もがドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918)の「沈める寺院」を彷彿とするに違いない。ピアノ・ソナタ第1番は、小規模な4つの楽章からなるが、第1楽章の音彩豊かなリズム、第4楽章のマランボがやはりヒナステラらしい。ドメニコ・ツィーポリのトッカータは、イタリア・バロックの作曲家、ツィーポリ(Domenico Zipoli 1688-1726)の代表作「オルガンとチェンバロのためのソナタ」の第1曲をピアノ独奏曲に編曲したもので、特有の重厚感があって美しい。ソナタ第3番は未完の作品で、第1楽章のみで終わる。クラスター奏法を用いた音響に特徴がある。 当盤は、ヒナステラの主要なピアノ独奏曲をほぼ収録しており、コルスティックの安定した技術と良い録音状態でこれらの楽曲を再生できる絶好の1枚だ。ヒナステラという作曲家に親しむのにも、絶好の入門盤となると思う。 |