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フォーレ



室内楽曲 器楽曲 声楽曲


室内楽

室内楽全集
vn: ルノー・カプソン vc: ゴーティエ・カプソン p: ダルベルト アンゲリッシュ va: コセ エベーヌ四重奏団

レビュー日:2013.5.27
★★★★☆ 中庸の美を湛えてまとまったフォーレの室内楽全集
 CD5枚組のフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の室内楽全集。収録内容の詳細は以下の通り。
【CD1】
(1) ヴァイオリン・ソナタ第1番 op.13
(2) 子守歌 op.16
(3) ロマンス op.28
(4) アンダンテop.75
(5) 初見視奏曲(ヴァイオリンとピアノのための)
(6) ヴァイオリン・ソナタ第2番 op.108
vn: ルノー・カプソン(Renaud Capucon 1976-)
p: ミシェル・ダルベルト(Michel Dalberto 1955-)ピアノ(1)-(5)
p: ニコラ・アンゲリッシュ(Nicholas Angelich 1970-)(6)
【CD2】
(1) チェロ・ソナタ第1番ニ短調 op.109
(2) エレジー op.24
(3) チェロのための小品(蝶々) op.77
(4) ロマンス op.69
(5) セレナード op.98
(6) シシリエンヌ op.78
(7) チェロ・ソナタ第2番ト短調 op.117
vc: ゴーティエ・カプソン(Gautier Capucon 1981-)
p: ミシェル・ダルベルト(1)-(6)
p: ニコラ・アンゲリッシュ(7)
【CD3】
(1) ピアノ三重奏曲 op.120
vn: ルノー・カプソン
vc: ゴーティエ・カプソン
p: ニコラ・アンゲリッシュ
(2) 弦楽四重奏曲 op.121
エベーヌ四重奏団
【CD4】
(1) ピアノ四重奏曲第1番 op.15
(2) ピアノ四重奏曲第2番 op.45
vn: ルノー・カプソン
va: ジェラール・コセ(Gerard Causse 1963-)
vc: ゴーティエ・カプソン
p: ミシェル・ダルベルト(1)
p: ニコラ・アンゲリッシュ(2)
【CD5】
(1) ピアノ五重奏曲第1番 op.89
(2) ピアノ五重奏曲第2番 op.115
(3) 初見視奏曲(2台のチェロのための)
エベーヌ四重奏団
p: ミシェル・ダルベルト(1)
p: ニコラ・アンゲリッシュ(2)
vc: ゴーティエ・カプソン(3)
vc: ラファエル・メルラン(Raphael Merlin 1982-)(3)
 CD3の弦楽四重奏曲は2008年の録音で、他はすべて2010年の録音。
 フォーレの作品群の中でもレクイエムとともに広く愛好されているのが室内楽曲ではないかと思う。フォーレの旋律が持つ高貴な美しさが、室内楽というスケールで、適度な禁欲的拘束性を帯び、神々しいような雰囲気を演出してくれる。このアルバムは、それらの楽曲が一気に聴けるという点でまず貴重である。
 また、1枚1枚のコンテンツが、それぞれ、編成別によって、だいたいの分類がなされており、分かり易い構成になっている。録音も、特定の時期に共通のアーティストによって集中的に行われたもので、そういった点でも、網羅性の完成度が高い。
 演奏は、中庸の美という言葉が一番的確かもしれない。フォーレの音楽の内省的な部分と、旋律(歌)の外向的な部分、そのどちらも安定した表現力で、冒険のないしたたかさがある。ドキッとするような踏込はないが、その必要のない音楽の確かなものを淡々と提示したといった味わいで、このような全集もののライブラリとしては、至極適切な表現に徹した感がある。個人的にはピアノ三重奏曲、チェロソナタ第1番といったちょっと意表を突いた音色のある作品が、自然に表現されたたおやかさを湛えているところに、好印象を持った。
 なお、録音についてだが、EMI系特有の奥行きの薄さは弱点として感じられる。特にピアノの音色の精度が低く、軟焦点気味になっているところが、人によっては気になるだろう。(ピアノ独奏曲でなくて良かったが)。しかし、例えばピアノ五重奏曲第1番の第2楽章のピアノの高音など、やや曇った感じになるのは、私も気になるところ。しかし、値段、内容等考慮した場合、録音を理由に買わないと言うような、そこまでではないとも思う。全体的には、買って良かったと思うアイテムです。

ピアノ五重奏曲 第1番 第2番 ピアノ四重奏曲 第1番 第2番
p: ロジェ イザイ弦楽四重奏団

レビュー日:2006.1.8
★★★★★ どんなひどい日でもこの曲が聴ければいいだろう・・・
 パスカル・ロジェとイザイ弦楽四重奏団によるフォーレの室内楽曲集。ピアノ五重奏曲第1番・第2番とピアノ四重奏曲第1番・第2番を収録した2枚組み。録音は95年から96年にかけて行われている。
 フォーレの作品を演奏するにあたって、現代でも最高といえる顔合わせの録音である。耽美的な音色、複雑な構造を描き分け、微細に変化する川面に反射する光のような曲想を巧みに描き出している。フォーレの晩年の作品には特にこの作曲家固有の暗さと気難しさが出てくる。ここでは五重奏曲の第2番、四重奏曲の第2番がそれにあたるだろう。響きは豊潤さとともに複雑さを併せ持ち、ソノリティはときとしてドイツ的重さを放ちながら、浪漫的で散漫な自由さをも持っている。しかし、この作品の持つ特有の気合を彼らはたくみに誘導し、まとめている。
 ピアノ五重奏曲第1番・・・この曲ならだれだって聴けば感動してしまうのではないだろうか。とくに冒頭。屋根から落ちてくる雨滴のように粒だったピアノの序奏に導かれ、弦が歌い始めるメロディはまさしく万人の郷愁のど真ん中を貫く力を持っている。どんなひどい日でもこの曲が聴ければいいだろう・・・と思ってしまう。そんな名演です。

ピアノ五重奏曲 第1番 第2番 初見視奏曲(2台のチェロのための)
p: ダルベルト アンゲリッシュ エベーヌ四重奏団

レビュー日:2016.1.19
★★★★☆ 録音がもっと良ければ、というところが残ります。
 エベーヌ弦楽四重奏団とミシェル・ダルベルト(Michel Dalberto 1955-)、ニコラ・アンゲリッシュ(Nicholas Angelish 1970-)という2人のピアニストによるフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のピアノ五重奏曲集。収録曲は以下の通り。
1) ピアノ五重奏曲 第1番 ニ短調 op.89
2) ピアノ五重奏曲 第2番 ハ短調 op.115
3) 2つのチェロのための初見視奏曲
 1)はダルベルト、2)はアンゲリッシュがピアノを担う。また、3)はゴーティエ・カプソン(Gautier Capucon 1981-)と、エベーヌ四重奏団のチェロ奏者であるラファエル・メルラン (Raphael Merlin 1982-)による演奏。2010年の録音。
 エベーヌ四重奏団は、2004年にミュンヘン国際音楽コンクール優勝し、ジャンル横断的な活躍をしている弦楽四重奏団で、私には最近のジャルスキー(Philippe Jaroussky 1978-)のフランス歌曲録音での共演など印象深い。当録音でも、フォーレの音楽の幽玄な味わいをよく表現している演奏だと感じる。
 第1番は、特に第1楽章はフォーレの書いた特に美しい音楽の一つだと思うが、印象的なピアノの繰り返しのフレーズから導かれる弦楽合奏の響きが、一種の厳かさを感じさる。表現は決して強い主張を感じさせるものではないが、歌の美観と合奏の精度をともに常に一定のレベルで表現した響きで、フォーレの音楽の一種の禁欲さが引き出されている。
 フォーレが完全に聴覚を失ってから書かれた第2番は、後記特有の幻想性と不思議な熱気が同居する作品。フォーレは聴覚を失ってからも、他の走者のしぐさを見るだけでピアノで難なく合奏することが出来たというが、その時期に書かれた作品に、当曲のように熱血性を宿したことは興味深い。両端楽章の勢いのある演奏は、やや粗さも感じさせるが、全般に楽曲の性格を反映させたものと考えていいだろう。幻想的な第3楽章はピアノがやや朴訥とし過ぎている感じもあるが、特に後半は集中力の増した美しさを存分に湛えている。
 ただ、全般に録音の精度が大ざっぱなところがあり、ピアノの音色がこもって、音が大味になっているように思われる。そこらへんは、演奏のせいなのか、録音のせいなのか、はっきり言及できないところがあるのだけれど、私が何度か繰り返し聴いた感じでは、「その両方のせい」であると思う。録音が不鮮明なことに加えて、特にアンゲリッシュのピアノはやや弾き潰しとでもいいたい側面があって、私にはちょっと残念に思うところがある。
 全般には、楽曲の性格をよくとらえた演奏だと思うが、ピアノ五重奏曲の2曲については、ロジェ(Pascal Roge 1951-)とイザイ弦楽四重奏団による1995,96年録音の名盤がとにかく見事なので、私としてはそちらをより強く推したい。
 末尾に収録された「2つのチェロのための初見視奏曲」は珍しい作品で、私も初めて聴いた。当盤はフォーレの室内楽全集企画の一環としての録音であったため、このような曲も紹介してくれることになった。

弦楽四重奏曲 ピアノ三重奏曲
エベーヌ四重奏団 p: アンゲリッシュ vn: R.カプソン vc: G.カプソン

レビュー日:2016.1.20
★★★★☆ フォーレ最晩年の2曲の室内楽を収録
 フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の室内楽全曲録音プロジェクトの一環として製作されたアルバムで、当盤には以下の2曲が収録されている。
1) ピアノ三重奏曲 ニ短調 op.120
2) 弦楽四重奏曲 ホ短調 op.121
 1)はピアノがニコラ・アンゲリッシュ(Nicholas Angelish 1970-)、ヴァイオリンがルノー・カプソン(Renaud Capucon 1976-)、チェロがゴーティエ・カプソン(Gautier Capucon 1981-)。2)はエベーヌ弦楽四重奏団による演奏。1)は2010年、2)は2008年の録音。
 このアルバムにはフォーレの最期の2作品が収録されることとなった。ピアノ入りの室内楽ばかり書いてきたフォーレが、その生涯の最後に弦楽四重奏曲を遺したのは不思議な因果のようにも感じる。
 この2曲では、演奏機会が多いとは言えないけれど、ピアノ三重奏曲が簡素ながらフォーレらしさが随所に顔を出した作品。奏法的にもシンプルで、装飾性が少ないながら、切々と旋律線がつむがれていく。
 ことに印象的なのは第2楽章で、淡々とヴァイオリンとチェロがユニゾンで進んでいくところなど、多くの浪漫派の作曲家が、ピアノ・トリオという編成で、どのように楽器の個性を表していくかに工夫を凝らしたのに対し、フォーレはそんなことを歯牙にもかけないといったふうで、とても淡い、しかし、不思議と奥行のある音楽になっている。
 第1楽章のピアノに導かれていく導入や、第3楽章の熱にうなされるようなところをもった進展も、フォーレならではの音楽だ。
 当盤の演奏は、両端楽章で勢いのある表情を見せる。特に第3楽章では、各フレーズの「捌き」がうまく進行していて、聴いていてなめらかにステップを踏む感じが心地よい。第2楽章は一転してしみじみと歌わせた気配が支配し、聴き味を確かなものにしてくれている。やや録音が軟焦点気味で、特にピアノの音が大味に感じられるところはあるが、全体としては楽曲の性格を、うまくまとめた演奏。
 フォーレ最後の作品である弦楽四重奏曲は、あまり聴くことのできない作品だが、第2楽章のしみじみとした情感など忘れがたい美点に思う。エベーヌ四重奏団の演奏はやや早めのスタイルで、颯爽とまとめた気品がある。音が重くなりすぎないように工夫された感じで、風通しの良い響きである。
 以上のフォーレ最晩年の2曲を聴けるアルバムであるが、収録時間が45分と短い。全集の全体的な規格上、当盤に「スペース」が出来てしまった感じであるが、単品のアイテムとしては、弱点となってしまうところだろう。

ピアノ四重奏曲 第1番 第2番
vn: R.カプソン va: コセ vc: G.カプソン p: ダルベルト、アンゲリッシュ

レビュー日:2016.1.13
★★★★★ フォーレのピアノ四重奏曲の高貴さを淡い色彩感で描いた佳演
 フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の以下の2曲のピアノ四重奏曲を収録したアルバム。
1) ピアノ四重奏曲 第1番 ハ短調 op.15
2) ピアノ四重奏曲 第2番 ト短調 op.45
 奏者は以下の通り。
 ヴァイオリン: ルノー・カプソン(Renaud Capucon 1976-)
 ヴィオラ: ジュエラール・コセ(Gerard Causse 1948-)
 チェロ: ゴーティエ・カプソン(Gautier Capucon 1981-)
 ピアノ: ミシェル・ダルベルト(Michel Dalberto 1955-);第1番、ニコラ・アンゲリッシュ(Nicholas Angelish 1970-);第2番
 彼らによって短期間で集中的に録音されたフォーレの室内楽全集の中の1枚。その割に、2曲で別のピアニストが起用されているところが変わっている。
 フォーレの2曲のピアノ四重奏曲はともに代表作として知られる。これは、「ピアノ四重奏曲」という地味なジャンルにおいて、ある意味とても特徴的なことである。フォーレを除けば、その代表作として「ピアノ四重奏曲」がノミネートされる作曲家はいないと言っても良い。逆にいうと、フォーレがこの地味な編成に、新しい何かを吹き込もうと言う野心をもって臨んだことも、推測される。
 2曲のピアノ四重奏曲は、ともに4楽章構成で、第2楽章に急速なスケルツォ、そして第3楽章に緩徐楽章を配している。作曲時期としては、第1番は創作活動の第1期、第2番は第2期のはじめに属するが、両曲からもたらされる雰囲気や感銘の性質は似通ったものがある。
 旋律の明快さといった点では、第1番が親しみやすく、これはヴァイオリン・ソナタ第1番と共通するものだ。一方で、第2番には手法的な多様さが増えているとともに、第3楽章に全曲の頂点があると考えられる。この楽章については、フォーレ自身が幼児を過ごしたフォワ近郊のモンゴジ渓谷の描写である、という内容の発言をしている。フォーレ作品で、このように描写性に言及されたものは少ない。また深い悲しみを想起する楽想からは、鎮魂をイメージする人も多いと言う。いずれにしても、この第3楽章は、フォーレの書いたかずかずの音楽の中でも、ひときわ美しいものの一つだろう。フォーレは、この曲の楽譜を、親交があり、フォーレを高く評価していたチャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)に送っている。
 さて、当演奏は、これらの作品に特有の高貴さ幽玄さを巧みに表現していたもので、特に弦楽器奏者が素晴らしい。細やかな表現で、やや軽く淡い色彩感を表出しながら、優しい情感を紡ぎだしている。両曲のスケルツォ楽章の運動的な展開の瑞々しさ、第1番終楽章の寄せては返すような弦楽器の演出など、忘れがたい美しさに満ちている。
 ピアノも悪くないが、録音のせいかややこもった様な響きで、ニュアンスに不足を感じるところがあるのは惜しい。とはいえ、弦楽器陣とのバランスはよく考慮されていて、フォーレの高貴さを導くための自然な流れの良さは、十分に達成されている。
 第2番の第3楽章においても、特に気張った様相はなく、淡々とした味わいの中に幻想性を見出すような演奏で、その過剰ではない語り口が私には心地よい。両曲の名録音の一つと数えたい。

ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番 子守歌 ロマンス アンダンテ 初見用小品
vn: ファウスト p: ボファール

レビュー日:2004.3.6
★★★★★ フォーレの名曲の決定盤
 フォーレのヴァイオリンとピアノのための全作品を収録したもので、2曲のヴァイオリンソナタ(第1番&第2番)に加えて、子守歌、ロマンス、アンダンテ、初見用小品が収録されている。
 ヴァイオリンのイザベル・ファウスト、ピアノのフロラン・ボファールともドイツの若手演奏家であるが、作品をすっかり手中に収めたかのような見事な演奏である。
 フォーレの諸作品の中でもレクイエムと並んで愛好されるのがヴァイオリンソナタだろう。にしても第1番の伴奏ピアノを「うまく」ひくのは超難しいはず!第2ソナタもまた確かに難しい。冒頭9/8拍子の不安定なピアノのユニゾンで、並みの演奏だとつかみどころがない。聴いただけで9/8拍子だとわかる人は立派である。
 続いて入ってくるヴァイオリンが最低音から一気に高音までかけあがってシンコペーションで降りてくるのが主題である。その後も拍子は変化し転調が繰り返されるのである。だが、その奥行きは実に深い。そこにたどりつく価値ある演奏がここにある。実に素晴らしい演奏である。
 伴奏は主張がありながらも確かな伴奏であり、ヴァイオリンの深い内省的な響きは聴き手を魅了してやまない。この名曲にここにきて決定盤が登場したのだ。

ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番
vn: ミンツ p: ブロンフマン

レビュー日:2015.10.5
★★★★★ 定番化されるべき素晴らしいフォーレ録音
 様々なCDが廉価で入手できる時代となり、私も様々にその恩恵に与っているけれど、そのような中、「どうしてこの録音は復刻(再発売)されないのだろう?」と不思議に思うものもある。中には、定番のようにして、いつでもリーズナブルな価格で取り扱われていることが妥当なのではないだろうか、と思うものもあり、それらは、ほんのちょっとしたタイミングの問題で、不当にして不遇に扱われているように見受けられる。
 この1枚もそんなディスクで、私の場合、このディスクとの出会いが、フォーレという作曲家への出会いであり、フランス近代弦楽ソナタへの入門であった。ソ連のヴァイオリニスト、シュロモ・ミンツ(Shlomo Mintz 1957-)と同じくソ連のピアニスト、イェフィム・ブロンフマン(Yefim Bronfman 1958-)によるフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のヴァイオリン・ソナタ2曲を収録した、1986年録音のアルバムである。
1) ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 op.13
2) ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ホ短調 op.108
 それぞれが、フォーレの初期、後期を代表する楽曲であるとともに、フォーレの諸作品の中でも抜群に美しく、親しみやすいものでもあると思う。とにかく、私の場合フォーレの名で、最初に思いつくのはヴァイオリン・ソナタ第1番の冒頭なのである。雄大にふくよかに駆け回る輝かしいピアノが、低音からゆったりと壮麗な主題を奏でる開始。早瀬を思わせる流れが突然の小休止に至り、開始されるヴァイオリンの歌。なんと魅力的で、輝かしい冒頭だろう。
 ソナタ第1番は、4つの楽章が、それぞれ2つの主題によって展開する。前半2楽章は二主題三部のソナタ形式で、後半2楽章はロンド形式。それはとても古典的なたたずまいを持つ。しかし、第2楽章の第2主題のさりげない開始にただよう無限の浪漫性や、4楽章冒頭に奏でられる主題の高貴さなど忘れられない。後期の第2番は、より多様化した形式を示す。第1楽章では経過句の役割が増しているし、第3楽章では、このアルバムで言えば1:10から始まる部分を第3主題とみなすことができる。さらに4:31から第1楽章の回想、5:01から輝かしいコーダ主題の開始など、この6分半の楽章は実に様々なことが起こる。
 ミンツのヴァイオリンの美しさは特筆に値する。ダイナミックレンジは決して広くはないのだが、それゆえの自然な自在性と明るさに満ち、無理のない伸びやかさで全編を覆っている。こうして聴いてみると、これらの楽曲にこれ以上相応しいアプローチはないのでないか、と思ってしまうくらい。
 ブロンフマンのピアノは、ややスポーティーで時折快活すぎるかも、と思うが、それでも蒸留されたようなスマートな味わいが魅力で、ミンツのヴァイオリンとの相性も絶好といっていい部類だろう。
 自然な水が流れ落ちるような演奏でありながら、しかし、知らず知らずのうちに熱いものも内側に含まれてくる、そういった豊かさを感じさせる名演だ。この録音、もう30年も経過してしまったようだけれど、フォーレ作品のさらなる普及のためにも、定番化してほしいと思う。

ヴァイオリン・ソナタ 第1番 第2番 子守歌 ロマンス アンダンテ 初見視奏曲
vn: R.カプソン p: ダルベルト アンゲリッシュ

レビュー日:2016.1.21
★★★★★ 衒いなく、明るく歌い上げたカプソンのフォーレ
 フランスのヴァイオリニスト、ルノー・カプソン(Renaud Capucon 1976-)によるフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のヴァイオリンとピアノのための作品全集。2010年の録音。収録曲は以下の通り。
1) ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 op.13
2) 子守歌 ニ長調 op.16
3) ロマンス 変ロ長調 op.28
4) アンダンテ 変ロ長調 op.75
5) 初見視奏曲 イ長調
6) ヴァイオリン・ソナタ 第2番 ホ短調 op.108
 ピアノは1)~5)がミシェル・ダルベルト(Michel Dalberto 1955-)、6)がニコラ・アンゲリッシュ(Nicholas Angelish 1970-)。
 当盤は、フォーレの室内楽全集企画の一環として製作されたもので、そのため、有名な2曲のヴァイオリン・ソナタだけでなく、聴く機会の少ない小品も網羅されている点が貴重である。
 ソナタ以外の楽曲ではプーランクを思わせる典雅さに満ちた子守歌が美しい。憧憬的なメロディも相応しく、環境音楽的に様々な風景との調和性の高さを感じさせる逸品で、当盤の価値を高めているだろう。
 そうは言っても、やはり聴きごたえがあるのは両端に収録されたソナタである。これらの楽曲で、カプソンは実に朗々とした歌い回しを感じる。最近、この曲の演奏で、これほどロマンティシズムを明らかにした演奏というのは、ちょっと思い出さない。その明朗でたっぷりした情感を聴いていて、私はズーカーマン(Pinchas Zukerman 1948-)を思い出した。ズーカーマンというヴァイオリニストも、作品に込められた浪漫的な情熱の猛りを、衒いなく明るく表現するヴァイオリニストだ。カプソンは、そこまで徹底していないかもしれないけれど、受け取る印象は近いものがある。一つ一つのメロディを、天まで届けと存分に歌わせた輝かしさは、特に第1番のソナタに相応しい。ダルベルトもこれに呼応するようなピアノ。残響豊かな録音とあいまって、甘美な雰囲気を存分に盛り上げた演奏。
 ソナタ第2番も基本的には同じスタイルだが、アンゲリッシュのピアノに、もう一工夫欲しい感じがある。例えば低音はもっと陰影を繰り出すような味付けが欲しい。とはいえ、カプソンの伸びやかで健康的なヴァイオリンは、ここでも十分に魅力的で、光がさすような暖かさを感じさせてくれる。
 収録曲の充実ぶりもあって、1枚のアルバムとしては、十分に楽しめるものに仕上がっている。

フォーレ ヴァイオリン・ソナタ 第1番  ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ  シマノフスキ ヴァイオリン・ソナタ  ショパン(ミルシテイン編) 夜想曲 第20番
vn: ボムソリ p: ブレハッチ

レビュー日:2019.2.8
★★★★★ ブレハッチ初の室内楽録音は、キム・ボムソリとの協演
 2005年のショパン国際ピアノ・コンクールで優勝を果たし、その後、グラモフォン・レーベルから優れた録音を数点リリースされているラファウ・ブレハッチ(Rafal Blechacz 1985-)による、初の室内楽アルバム。
 となると、自然、協演者にも注目が集まるが、2015年チャイコフスキー国際コンクールで5位入賞を果たした韓国のヴァイオリニスト、キム・ボムソリ(Bomsori Kim 1989-)とのデュオとなった。収録された楽曲は以下の通り。
1) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 op.13
2) ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918) ヴァイオリン・ソナタ ト短調
3) シマノフスキ(Karol Szymanowski 1882-1937) ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 op.9
4) ショパン(Frederic Chopin 1810-1849)/ミルシテイン(Nathan Milstein 1904-1992)編 夜想曲 第20番 嬰ハ短調(遺作)
 2018年の録音。
 私がキム・ボムソリのヴァイオリンを聴くのは、当盤が初めてだが、とても素直な音楽性を感じる演奏。ヴィブラートはやや控えめで、楽曲の影響もあるだろうけれど、ダイナミックレンジの大きさも感じないが、むしろ安定した音量で、暖かみのあるサウンドを引き出すスタイルは、聴き易い柔らか味をもたらす。楽想の弾きこなしも、感情の激しい移り変わりより、音楽的な脈絡を大事にした整いがあって、それが私には彼女のスタイルに感じられる。
 ブレハッチのピアノも聴きモノだ。室内楽録音が初めてとはいえ、様々なキャリアを積んだ人だから、そこは心配無用。絶妙の節度を感じるバランスが保たれている。フォーレの冒頭部分の輝かしさ、それに続くヴァイオリンの導入との呼吸の整いの美しさも、当たり前と言えば当たり前なのだろうけれど、やはり良い。ドビュッシーは、キム・ボムソリのスタイルとあいまって、やや抑制的に響く演奏であるが、ピアノの細やかな陰影は、演奏が凡庸になることを巧妙に避けている。
 シマノフスキのヴァイオリン・ソナタが収録されたのは嬉しい。このアルバム、楽曲構成が良いこともあって、繰り返し聴いてもまったく飽きが来ないのだが、その効果には、シマノフスキのヴァイオリン・ソナタの存在が、大いに貢献している感がある。シマノフスキのヴァイオリンとピアノのための楽曲としては、「神話」が有名で録音も多いのだが、このヴァイオリン・ソナタは、ロマン派の残り香と、作曲者特有の語法が合わさった魅力的な作品。特に第2楽章のミステリアスな耽美性を私は好むが、録音数が少なく寂しい思いがあった。そのようなわけだから、当盤の登場は、一気に不足を補ってくれた感がある。この曲でもブレハッチの伸縮自在といったピアノのしなやかさが、楽曲の魅力を掘り下げているだろう。
 末尾にショパンの甘美な夜想曲を編曲した1編が置かれる。こちらも落ち着きを感じる優しい演奏で、当アルバムの締めくくりに相応しい。

フォーレ ヴァイオリン・ソナタ 第1番  R.シュトラウス ヴァイオリン・ソナタ
vn: パールマン p: アックス

レビュー日:2019.7.3
★★★★★ パールマン、アックス。二人のヴェテランの芸術を堪能しましょう
 長いキャリアを誇るイツァーク・パールマン(Itzhak Perlman 1945-)が、自身の70歳を前に、久しぶりに録音活動を行い、製作されたアルバム。エマニュエル・アックス(Emanuel Ax 1949-)との協演で、以下の2曲を収録したもの。
1) フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924) ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 op.13
2) R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949) ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 op.18
 2014年の録音。
 大ヴェテラン二人による録音であるが、選ばれた2曲はフォーレの作品が作曲者31歳の1876年の作品、R.シュトラウスの作品が作曲者24歳の1888年の作品ということで、いずれの作品も、ある種の「若々しさ」が魅力の一つとなるものである。そして、パールマンとアックスは、実に瑞々しく、華やかな演奏を繰り広げている。そこには、若やぎを感じさせる生命力が溢れている。
 なんといっても、溢れている「歌」が魅力いっぱいだ。開放的で、運動的なエネルギーがあり、健やかな美音を巡らして、楽曲を装飾する。それは決して品のない飾り立てではなく、必要な制御と統御があり、その中で旋律が伸びやかに表現されていく。
 もちろん、この演奏の魅力は、若々しいエネルギーと歌だけではない。フォーレの冒頭のアックスのピアノの風格ある落ち着き、そのピアノのベースがあってこそ、紡ぎだされる情緒の豊かさに幅が生まれる。つまり、若々しい、エネルギッシュ、と感じていたものが、実は二人のアーティストが持っている経験ゆえの間合いによって生み出されていることに気づかされる。こういうのを芸風豊か、と表現するのだろう。
 R.シュトラウスのソナタは私の大好きな作品であるが、当盤の伸びやかでフレッシュな味わいは、この楽曲の性格にことのほかよく合い、とても心地よいものとなっている。第2楽章の情感は聴きどころの一つだろう。第3楽章の構成感もさすがであるが、この楽章にはフォーレを思わせるフレーズがあって、意表を突くような形でアルバムの一体感を高めていると思う。
 パールマン、アックスの奥深い芸術に接することのできる素晴らしい録音だ。
 当盤と関係のないことを最後に書かせていただくと、私がR.シュトラウスのソナタを初めて聴いたのは、ヨーゼフ・シヴォー(Jozsef Sivo 1931-2007))とルドルフ・ブッフビンダー(Rudolf Buchbinder 1946-)による、いかにもウィーン的な典雅な演奏であった。シューマンのソナタ1番とカップリングされたLPだったが、いまだにCD化されたことがない。ぜひ、いずれはCDで聴きたい。この曲を聴くたびに、その思いが起き上がるのです。

チェロ・ソナタ 第1番 第2番 エレジー 蝶々 ロマンス セレナード シシリエンヌ
vc: G.カプソン p: ダルベルト アンゲリッシュ

レビュー日:2016.1.14
★★★★☆ カプソンのアコースティックなチェロを堪能するフォーレ
 フランスのチェリスト、ゴーティエ・カプソン(Gautier Capucon 1981-)によるフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のチェロとピアノのための作品全集。2010年の録音。収録曲は以下の通り。
1) チェロ・ソナタ 第1番 ニ短調 op.109
2) エレジー ハ短調 op.24
3) 蝶々 イ長調 op.77
4) ロマンス イ長調 op.69
5) セレナード ロ短調 op.98
6) シシリエンヌ ト短調 op.78
7) チェロ・ソナタ 第2番 ト短調 op.117
 ピアノは1)~6)がミシェル・ダルベルト(Michel Dalberto 1955-)、7)がニコラ・アンゲリッシュ(Nicholas Angelish 1970-)。
 収録曲の中には、おそらくフォーレの作品の中でその旋律がもっとも親しまれている「シシリエンヌ」が含まれている。この楽曲は、管弦楽組曲「ペレアスとメリザンド」に転用され、そこではフルートが受け持っているが、一度聴いたら忘れられない典雅で感傷的なメロディーであったから、フルートの音色とともに広まった印象があるけれど、元来は当盤に収録されているチェロとピアノのための作品。
 当アルバムは、やや難渋さのある2曲のチェロ・ソナタに挟まれる形で親しみやすい楽曲が並んでいる。フォーレの第3期の作品である2曲のチェロ・ソナタでは、優美な第2番の方が、一般的に愛好されているだろう。第1番は、特に第1楽章の衝撃的とも言えるピアノのぶつ切りのリズムから始まる展開が特徴的であるとともに、聴き手に何が始まったかわからない唐突さを感じさせる。この曲は、作曲時期の近いヴァイオリン・ソナタ第2番との共通点がしばしば指摘される。しかし、私は、むしろチェロ・ソナタ第2番の第1楽章に、ヴァイオリン・ソナタ第2番の終楽章を思わせるフレーズを認めると思う。両曲の持つ穏健な優美さにも共通するところが多いと感じるのだが。
 他の楽曲では前述のシシリエンヌとともに、エレジーは悲劇的な旋律が魅力。この楽曲も、チェロとオーケストラのための編曲など別版が存在するから、他の曲より知る機会の多い作品だろう。蝶々は楽観的な明朗さを持っていて、考えなしに聴いても楽しい一品。
 カプソンのチェロは、楽器自体の音色を自然に響かせながらも、朗々とした歌い回しが魅力で、木目調の暖かな響きを聴いていると、とても落ち着いた気分になる。ピアノはダルベルト、アンゲリッシュともに、これらの楽曲にしてはややスポーティーで、もう一つ深いニュアンスのようなものが欲しいと感じさせるところはあるが、技術的な難点はなく、チェロの邪魔をするというところまでは行かない節度もある。両チェロ・ソナタの終楽章の闊達さが、特に忘れがたい部分と感じられる。


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器楽曲

ピアノ独奏曲 全集
p: コラール リグット

レビュー日:2020.6.8
★★★★★ 内省的なフォーレのピアノ独奏曲に、普遍的なアプローチで臨んだスタンダードな全集
 フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のピアノ独奏曲は、なかなかに渋いジャンルだ。いくつか分かりやすい曲があるとはいえ、彼が書き遺した他のジャンルの楽曲に比べて、内省的で、難渋な成分が濃いところがあり、通俗的な人気を博した曲もない。録音においても、何曲か選んで、美しい演奏を披露してくれる人はいるけれど、フォーレの全作品を録音するピアニストとなるとめったにいない。そんな中にあって、ジャン=フィリップ・コラール(Jean-Philippe Collard 1948-)が録音した当全集は、技術的な安定感、解釈の普遍性、録音の状態の良さがあいまって、当分はフォーレのピアノ独奏曲全集におけるスタンダードとして、その価値を保ち続けるのではないかと思う。まず収録内容の詳細を書こう。
【CD1】
1) 夜想曲 第1番 変ホ短調 op.33-1 1973年録音
2) 夜想曲 第2番 ロ長調 op.33-2 1973年録音
3) 夜想曲 第3番 変イ長調 op.33-3 1973年録音
4) 夜想曲 第4番 変ホ長調 op.36 1973年録音
5) 夜想曲 第5番 変ロ長調 op.37 1973年録音
6) 夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63 1973年録音
7) 夜想曲 第7番 嬰ハ短調 op.74 1973年録音
8) 夜想曲 第8番 変ニ長調 op.84-8 1973年録音
9) 夜想曲 第9番 ロ短調 op.97 1973年録音
10) 夜想曲 第10番 ホ短調 op.99 1973年録音
11) 夜想曲 第11番 嬰へ短調 op.104-1 1973年録音
【CD2】
1) 夜想曲 第12番 ホ短調 op.107 1973年録音
2) 夜想曲 第13番 ロ短調 op.119 1973年録音
3-14) 主題と変奏 嬰ハ短調 op.73 1983年録音
15) バラード 嬰ヘ長調 op.19 1983年録音
前奏曲集 op.103
 16) 第1番 変ニ長調 1980年録音
 17) 第2番 嬰ハ短調 1980年録音
 18) 第3番 ト短調 1980年録音
 19) 第4番 へ長調 1980年録音
 20) 第5番 ニ短調 1980年録音
 21) 第6番 変ホ短調 1980年録音  22) 第7番 イ長調 1980年録音
 23) 第8番 ハ短調 1980年録音
 24) 第9番 ホ短調 1980年録音
【CD3】
1) 舟歌 第1番 イ短調 op.26 1970年録音
2) 舟歌 第2番 ト長調 op.41 1970年録音
3) 舟歌 第3番 変ト長調 op.42 1970年録音
4) 舟歌 第4番 変イ長調 op.44 1970年録音
5) 舟歌 第5番 嬰ヘ短調 op.66 1970年録音
6) 舟歌 第6番 変ホ長調 op.70 1970年録音
7) 舟歌 第7番 ニ短調 op.90  1970年録音
8) 舟歌 第8番 ニ長調 op.96 1970年録音
9) 舟歌 第9番 イ短調 op.101 1970年録音
10) 舟歌 第10番 イ短調 op.104-2 1970年録音
11) 舟歌 第11番 ト短調 op.105 1970年録音
12) 舟歌 第12番 変ホ長調 op.106bis 1970年録音
13) 舟歌 第13番 ハ長調 op.116 1970年録音
14) 即興曲 第1番 変ホ長調 op.25 1980,81年録音
15) 即興曲 第2番 ヘ短調 op.31 1980,81年録音
16) 即興曲 第3番 変イ長調 op.34 1980,81年録音
17) 即興曲 第4番 変ニ長調 op.91 1980,81年録音
18) 即興曲 第5番 嬰ヘ短調 op.102 1980,81年録音
【CD4】
1) ヴァルス=カプリス 第1番 イ長調 op.30 1983,84年録音
2) ヴァルス=カプリス 第2番 変ニ長調 op.38 1983,84年録音
3) ヴァルス=カプリス 第3番 変ト長調 op.59 1983,84年録音
4) ヴァルス=カプリス 第4番 変イ長調 op.62 1983,84年録音
8つの小品 op.84
 5) カプリッチョ 変ホ長調 1983,84年録音
 6) 幻想曲 変イ長調 1983,84年録音
 7) フーガ イ短調 1983,84年録音
 8) アダージェット ホ短調 1983,84年録音
 9) 即興 嬰ハ短調 1983,84年録音
 10) フーガ ホ短調 1983,84年録音
 11) 喜び ハ長調 1983,84年録音
 12) 夜想曲 変ニ長調 (夜想曲 第8番 と同一曲) 1983,84年録音
13) マズルカ 変ホ長調 op.32 1983,84年録音
3つの無言歌 op.17
 14) 第1番 変イ長調 1983,84年録音
 15) 第2番 イ短調 1983,84年録音
 16) 第3番 変イ長調 1983,84年録音
組曲「ドリー」 op.56 (4手のピアノ版)
 17) 子守歌 1982,83年録音
 18) ミアウ 1982,83年録音
 19) ドリーの庭 1982,83年録音
 20) 子ねこのワルツ 1982,83年録音
 21) やさしさ 1982,83年録音
 22) スペイン風ステップ 1982,83年録音
23) バイロイトの想い出(4手のピアノのための) 1982,83年録音
 【CD4】の組曲「ドリー」と「バイロイトの想い出」は、ブルーノ・リグット(Bruno Riggtto 1945-)との協演。
 コラールの演奏は、全体としては輪郭のくっきりした明るめの音で、それぞれの楽曲にふさわしいスピード感をもったもの。必要な個所で、必要な分だけ、華やかさや情感を加えたソツのなさが感じられ、そういった点でもオーソドックスな解釈と言って良いだろう。
 有名な楽曲としては、夜想曲の第6番、第7番、第13番といったところだろうか。舟歌では第5番がフォーレの創作活動の節目の重要作とされているが、全般にショパンふうではなく、技巧的で、暗黒的な成分も持ち合わせたリストふうの音楽といったところだろう。コラールはこれらの楽曲に、楽曲の性格に幅を設けようというより、共通のアプローチでそれぞれ自然に響かせてみようとした感があり、情感はやや抑えた感じであるが、それゆえの締まった美観があり、これらの曲を続けて聴くには相応しい演奏だと思う。
 個人的には「即興曲の第3番」、それに、冒頭は地味だが、進むにつれて美しい変奏曲が登場してくる「主題と変奏」などで、コラールの演奏の楽曲への適性は、如何なく発揮されているように感じられる。リグットとの連弾で録音された4手のための作品たちも、安定していて、綻びの無い質の高さがある。
 全体的な雰囲気が気高く、感情表現も自然発揚的なものでおさめているため、聴き様によっては高級なサロン音楽といった雰囲気に満ちている。そして、おそらくフォーレのピアノ作品は、そのような性質を強く持った作品なのだろう。フォーレの作品は好きで一通り聴いてみたい、と思う人以外であれば、必ずしも全曲聴く必要はないとは思うが、全曲収録はライヴラリ向きであり、内容的な質も十分に高い。
 ただ、個人的には、「シシリエンヌ」「レクイエム」「月の光」といったトランスクリプションものも併せて録音してくれたら、もっとしばしば聴くアルバムになったのでは、とも思うのですが。

夜想曲全集 舟歌全集 組曲「ドリー」
p: アムラン フラー

レビュー日:2023.11.2
★★★★★ フォーレらしい高貴さの伝わる名演
 マルカンドレ・アムラン(Marc-Andre Hamelin 1961-)によるフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のピアノ独奏曲集がリリースされたので、興味深く聴かせていただいた。収録曲は下記の通り。
【CD1】
1) 夜想曲 第1番 変ホ短調 op.33-1
2) 夜想曲 第2番 ロ長調 op.33-2
3) 夜想曲 第3番 変イ長調 op.33-3
4) 夜想曲 第4番 変ホ長調 op.36
5) 夜想曲 第5番 変ロ長調 op.37
6) 夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63
7) 夜想曲 第7番 嬰ハ短調 op.74
8) 夜想曲 第8番 変ニ長調 op.84-8
9) 夜想曲 第9番 ロ短調 op.97
10) 夜想曲 第10番 ホ短調 op.99
11) 夜想曲 第11番 嬰ヘ短調 op.104-1
12) 夜想曲 第12番 ホ短調 op.107
13) 夜想曲 第13番 ロ短調 op.119
【CD2】
1) 舟歌 第1番 イ短調 op.26
2) 舟歌 第2番 ト長調 op.41
3) 舟歌 第3番 変ト長調 op.42
4) 舟歌 第4番 変イ長調 op.44
5) 舟歌 第5番 嬰ヘ短調 op.66
6) 舟歌 第6番 変ホ長調 op.70
7) 舟歌 第7番 ニ短調 op.90
8) 舟歌 第8番 変ニ長調 op.96
9) 舟歌 第9番 イ短調  op.101
10) 舟歌 第10番 イ短調 op.104-2
11) 舟歌 第11番 ト短調 op.105
12) 舟歌 第12番 変ホ長調 op.106bis
13) 舟歌 第13番 ハ長調 op.116
ピアノ連弾のための組曲「ドリー」 op.56
 14) 子守歌(Berceuse)
 15) ミ・ア・ウ(Messieu Aoul!)
 16) ドリーの庭(Le jardin de Dolly)
 17) キティー・ヴァルス(Ketty-valse)
 18) 優しさ(Tendresse)
 19) スペインの踊り(Le pas espagnol)
 2022年の録音。連弾では妻のキャシー・フラー(Cathy Fuller)との協演。
 フォーレの「夜想曲」と「舟歌」の双方の全曲を一つの機会に録音してアルバムにしてしまうというケースは、めったにないと思う。これらの2つの曲集の間の線引きというのは、あまり明瞭ではない上に、どちらの曲集も、フォーレの創作活動期に広く分布して作曲されているため、ただでさえ、ジャンル内における親近性や親和性が乏しいところに、作風の変遷という横軸が入ってくるので、なかなかまとまりにくいためだと思う。フォーレの作風の変遷については、現在ではイギリスの音楽学者、ロバート・オーリッジ(Robert Orledge 1948-)による、創作時期によって3つにわけで解釈する方法が、違和感なく受け入れらていると思うが、それに照らすと、これらの曲集は、以下のように分類できる。
・夜想曲 初期のもの;第1番~第5番 中期のもの;第6番~第8番 後期のもの;第9番~第13番
・舟歌 初期のもの;第1番~第3番 中期のもの;第4番~第8番 後期のもの;第9番~第13番
 「夜想曲」「舟歌」というジャンル内の親近性以上に、作曲時期による作風の違いの方が、圧倒的に強く楽曲の性格を分けていので、個人的には、このアルバムに関しては、作曲時期の観点を含めて聴いた方が、良いように思う。
 初期の作品は概してなじみやすく、直接的なメロディが扱われる。中期になると、輝かしさや力強さ、それとともに独特の薄暗さが加わる。後期になると、装飾的なものが簡素になる一方、和声が複雑化し、楽曲の解釈事態に特有の難しさが濃くなり、それが渋みとなる。後期の作品が、弾かれたり、聴かれたりする機会は少ないが、しかし、夜想曲第13番のように素晴らしいものもある。
 これらの、作曲時期に応じて性格の変わりゆく作品群に対して、アムランは声部のバランスを慎重に整え、ある程度のシンプルさを維持した上で、若干の甘味を漂わせるルバートを用い、高貴さと甘さ、輝かしさと暗さを、巧みに両立させたアプローチを徹底しており、フォーレの音楽にふさわしい雰囲気を作り出すことに成功している。もちろん、アムランの技巧の冴え自体が素晴らしさゆえに、精密なコントロールによるリズムの明瞭さもこの演奏の特徴で、それは特に難渋な後期の作品において、力を発揮している。名品でありながら、名録音と呼ばれるものが少なかった感のある夜想曲第13番に、この録音が加わった意義は、ことのほか深いものがあると思う。また、フォーレは、これらの曲集で、低音域に様々な演出を施している場合が多く、左手に様々な役割が与えられていて、そのことが、他の作曲家による「夜想曲」や「舟歌」という名称を与えら他ピアノ作品と比べたときに、聴き味を異にする要因の一つともなり、曲調の重さや曲想の暗さにもつながっているのだが、アムランの明晰な響きは、この点でも解析的であり、重さや暗さからくる渋みを、いくぶん緩和する効果を引き出している。この点は聴き手によって好みが異なるところかもしれないが、私個人的には、アムランの演奏がもたらす明るい色味は、良い意味で聴きやすさに作用していると思う。ハーモニーを明快にすることで、メロディの変容が分かりやすくなるアムランの演奏の特徴は、例えば舟歌第10番や夜想曲第8番がわかりやすいと思う。
 また、初期のシンプルな作品も、アムランが歌心を通わせた響きは、典雅で美しく、かつ整然としたたたずまいが凛々しい。フォーレのこれらの楽曲に、この録音が加わったことを歓迎したい。
 フラーとの協演で奏でられた組曲「ドリー」は、愛らしい肩肘張らない響きで、これもこの曲ならではの楽しみを感じさせてくれる。

夜想曲 第1番 第3番 第6番 第11番 第13番 即興曲 第2番 舟歌 第1番 8つの小品から「即興曲」 3つの無言歌から 第1番 9つの前奏曲から第2番、第7番 ピアノと管弦楽のためのバラード(ピアノ独奏版)
p: パイク

レビュー日:2015.7.13
★★★★★ フォーレのピアノ曲の魅力を存分に引き出した名録音
 韓国のピアニスト、クン=ウー・パイク(Kun Woo Paik 1946-)による2001年録音のフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のピアノ作品集。収録曲は以下の通り。
1) 3つの無言歌から 第3番 変イ長調 op.17-3
2) 夜想曲 第1番 変ホ短調 op.33-1
3) 夜想曲 第3番 変イ長調 op.33-3
4) 即興曲 第2番 ヘ短調 op.31
5) 夜想曲 第6番 変ニ長調 op.63
6) 舟歌 第1番 イ短調 op.26
7) 夜想曲 第11番 嬰ヘ短調 op.104-1
8) 夜想曲 第13番 変ロ短調 op.119
9) 8つの小品から 即興嬰 ハ短調 op.84-5
10) 3つの無言歌から 第1番 変イ長調 op.17-1
11) 9つの前奏曲から 第2番 嬰ハ短調 op.103-2
12) 9つの前奏曲から 第7番 イ長調 op103-7
13) ピアノと管弦楽のためのバラード 嬰ヘ長調(ピアノ独奏版) op.19
 とても素敵なアルバムだ。フォーレのピアノ独奏曲を聴いてみたい、という人にはぜひファースト・チョイスに当盤をオススメしたい。フォーレの作曲年代を広くフォローする形で様々な時代の作品が収録されている。一般に言われているように、初期の作品により親しみやすい傾向があるだろう。
 冒頭に収録された「3つの無言歌から 第3番」は、出版が後になったため、作品番号は17となっているが、フォーレがパリのニデルメイェール音楽学校で学ぶ中で書いた作品で、その名の通り、メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy 1809-1847)を彷彿とさせる抒情的な旋律が特徴。サロン風な軽さも併せ持ち、その瀟洒な雰囲気は、多くの人を魅了するだろう。
 フォーレがピアノ独奏曲への作曲に積極的になるのは、1883年の結婚の年からで、即興曲、舟歌、夜想曲といったショパン(Frederic Chopin 1810-1849)を彷彿とさせるタイトルのある小曲を数多く編み出していくようになる。当アルバムでは、2-6)がその中期の作風に属するもので、フォーレの一種禁欲的な作風をベースにショパン的な抒情が紡がれる魅力的かつ独創的な作品群となった。夜想曲第1番の中間部のメロディアスな盛り上がり、第3番のほのかな甘美のただよう世界と、フォーレを代表する作品と言っても良いだろう。個人的に夜想曲第6番もとても良い曲だと思う。情緒を湛えながらも安易には盛り上がらず、不思議な曖昧さを湛えながら、静かな変容を繰り返す。とても美しい作品だ。
 フォーレの「第3期」と呼ばれる後期の作品は、幻想的な散漫さを持っているが、夜想曲第13番のように深い情熱を宿す一面もある。ピアノ独奏曲としては、フォーレ最期の作品である9つの前奏曲からの2曲も当アルバムで聴くことが出来る。
 アルバムの末尾には、やはり若いころの作品の一つ、ピアノ独奏版のバラードが収録され、美しい情緒の中で締められる。
 パイクは、ドイツものをそのレパートリーの中心としながらも、ロシアもの、フランスものにも適性を示すピアニストだが、当フォーレには、抜群の感覚的ひらめきを以って望んでおり、個人的には彼の代表的録音の一つと推したいほどに見事な内容だ。情熱が顔を出す部分でも、単音のソノリティに「疎の味わい」を湛えることで、驚くほどの高貴さを引き出しており、その味わいがフォーレの作風にとても合う。古典的な演奏とは異なったとても清潔さのある解釈である点も、現代の聴衆の多くに好まれる点だと思う。選曲の妙、演奏のレベルとも見事なもので、現代を代表するフォーレのピアノ作品集録音となっている。

レクイエム(ナウモフ編) 夜想曲 第1番 第6番 第7番 第13番 歌曲集から「月の光」 「秋」 「ゆりかご」(ナウモフ編)
p: ナウモフ

レビュー日:2009.4.23
★★★★★ フォーレの名曲「レクイエム」を美しいピアノ編曲で・・・
 フォーレの一風変わったピアノ作品集。ピアノを弾いているのは1962年生まれのフランスのピアニスト、エミール・ナウモフ(Emile Naoumoff)である。収録曲はナウモフ自身が編曲したレクイエム、それに夜想曲集(第1番、第6番、第7番、第13番)、そしてこちらもナウモフの編曲による3つの歌曲(「月の光」「秋」「ゆりかご」)である。録音は1999年。
 純粋に楽しめる非常に美しいアルバムである。フォーレは、芳しく美しい旋律を多く作り出し、またその一方で幻想的で謎めいた曲も書いたが、ここに収められた曲たちは、存分に美しい旋律で織り成された音楽たちである。
 フォーレのレクイエムは8つの部分からなるが、いずれも耽美性と繊細な叙情性に満ちており、ピアノ編曲が実に良く響く。合唱では時として音楽の中に埋もれていたこまかな骨組みが、きれいに写実的に描写されることで、それが支える旋律とのハーモニーの即時的な移り変わりを存分に味わうことが出来るのだ。これは編曲がとてもうまく出来ているということももちろん一因であるし、演奏者がツボを抑えたパフォーマンスを披露していることもある。聴いているうちにまるでこれらの曲たちが、最初からピアノのために存在したかのような錯覚を受けるほどだ。
 夜想曲からも代表的なものが収録されているのがうれしい。フォーレの夜想曲は規模が大きく、どこか幻想的であるが、ナウモフの演奏は響きがリアルで、しっかりとした古典的なアプローチで曲を活かしている。(また、それが可能な曲が選択されているということもある)。最後に収録された歌曲集も美しい。「月の光」など元の歌曲からしてピアノ伴奏に大きな魅力のあった曲だけに、ピアノ曲としても驚くほどの輝きを放つ。フォーレフアンだけでなく、多くの音楽愛好家に聴いて欲しい一枚だ。


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声楽曲

レクイエム ラシーヌの雅歌 エレジー パヴァーヌ バビロンの流れのほとりに
P. ヤルヴィ指揮 パリ管弦楽団 合唱団 CT: ジャルスキー Br: ゲルネ vc: ピカール S: サヴァスターノ A: シングルトン T: ヴィダル B: ラヴェク

レビュー日:2012.2.1
★★★★★ カウンターテナーの美声が圧巻!ヤルヴィのフォーレ
 2010年からパリ管弦楽団の音楽監督に就任したパーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Jarvi 1962-)が、同管弦楽団を指揮して録音したフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)のレクエイムを中心としたアルバム。
 独唱陣は「レクイエム」がCT: ジャルスキー(Philippe Jaroussky 1978-)とBr: ゲルネ(Matthias Goerne 1967-)。「バビロンの流れのほとりに」がS: サヴァスターノ(Marie Virginia Savastano)、A: シングルトン(Letitia Singleton)、T: ヴィダル(Mathias Vidal)、B: ラヴェク(Ugo Rabec)の4人。「エレジー」のチェロ独奏はパリ管弦楽団の首席奏者であるピカール(Eric Picard)が務める。録音は2011年。
 フォーレのレクイエム(死者の為のミサ曲)はモーツァルト、ヴェルディのものと並んで3大レクイエムと称される。モーツァルト作品は未完、ヴェルディ作品はオペラ的で、いわゆる日本人の死生観とかなり隔たりのある音楽であることから、私の周りでもフォーレの作品がいちばん好きという人が結構多い。あえて、激しい内容のテキストである「ディエス・イレ(Dies irae;怒りの日)」を除いた構成で、美しい旋律に満ちた音楽は、いつだって多くの人の心を動かすものに違いない。
 では当演奏の大きな特徴は?。現代ドイツを代表するリート歌手ゲルネにも注目したいが、なんといっても、フランスのカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキーがソプラノを務めていることだ。ジャルスキーのこの世のものとは思えないほどの美声は圧巻で、こまやかな起伏、微細な音程、ともに卓越しており、しかもカウンターテナー特有の厳かな光沢感のある雰囲気が見事。ヨーロッパの歴史や文化土壌、宗教観といったものに対するあらゆる観念を包み込み、かつそれを圧倒的な美質として提示するような、聴き手を惑わせるような音色だ。凄い。これは驚異という表現が相応しいか。一方、ヤルヴィの指揮は古典的スタイルと言えるだろう。木管、金管のふくよかな音色、オルガンのしっかりした響きが印象的。
 エレジーは、ピカールのチェロともども非常に熱っぽい演奏になっていて、レクイエムとは方向性の違った解釈だが、これも悪くない。CMなどで使われてすっかり有名曲になったパヴァーヌはやや早いテンポでスラッとまとめた趣。
 発見と言えるのは、「世界初録音」とされる末尾に収録された10分程度の楽曲「バビロンの流れのほとりに」で、ドイツ的とも言える荘重さを備えた力強い音楽だ。フォーレにしては異質な作品だろう。ここでもヤルヴィは熱っぽいタクトを振っていて、曲の特徴を積極的に引き出している。

フォーレ レクイエム  ラヴェル 亡き王女のためのパヴァーヌ
ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 合唱団 S: バトル Br: シュミット org: ファレル

レビュー日:2017.11.21
★★★★☆ 重厚なスケール感でゆったりと表現されたフォーレのレクイエム
 ジュリーニ(Carlo Maria Giulini 1914-2005)指揮によるフォーレ(Gabriel Faure 1845-1924)の「レクイエム op.48」とラヴェル(Maurice Ravel 1875?1937)の「亡き王女のためのパヴァーヌ」を収めたアルバム。フィルハーモニア管弦楽団の演奏。レクイエムでは、フィルハーモニア合唱団の他、ソリストにキャスリーン・バトル(Kathleen Battle 1948- ソプラノ)とアンドレアス・シュミット(Andreas Schmidt 1960- バリトン)が加わる。オルガンはティモシー・ファレル(Timothy Farrell)。1986年の録音。
 30年前の録音だけれど、最近、バトルの他の録音を聴いたこともあって、そういえば、フォーレもあったな、と思って久しぶりに聴いてみた。フォーレのレクイエムは以下の構成を持つ。
1) 第1曲 イントロイトゥスとキリエ(Introitus et Kyrie)
2) 第2曲 オッフェルトリウム(Offertorium)
3) 第3曲 サンクトゥス(Sanctus)
4) 第4曲 ピエ・イェズ(Pie Jesu)
5) 第5曲 アニュス・デイ(Agnus Dei)
6) 第6曲 リメラ・メ(Libera me)
7) 第7曲 イン・パラディスム(In paradisum)
 イン・パラディスム(楽園へ)で終わるとても優美なレクイエムである。この作品の演奏においては、作曲者が付した速度記号は「早すぎる」と考えられ、実際の演奏に当たっては、それよりゆったりしたテンポで行われることが主であった。現代ではそれと違う解釈も出てきているようだが、概して、原典より遅めのテンポが取られる。
 ジュリーニは、その中でもさらに遅めであり、特にアニュス・デイなどでそれが特徴的である。といっても、ジュリーニという指揮者は概してスローなテンポを好む傾向があり、彼が指揮したブルックナーなんか聴いていると、「いったいいつになったら終わるんだろう」と心配になってしまうこともあるほどなのである。
 問題は、そのテンポがどのような効果を与えているかであるが、フォーレの場合、全体に重厚な響きが導かれている。部分部分で、徹底的に細かい表現を突き詰めようと、丁寧に焦点を併せようとする。ところが、合唱曲という体裁もあって、テンポのゆるみが音の伸びと切っても切れない関係があって、全体としてはなぜか像がぼやけたような印象になる。どこをとっても、部分的には美しいのだけれど、前に起こったことと、今起きていることの間の相関が強くないのである。
 これは大規模なオーケストラを合唱を前提として、ある程度計算したものかもしれない。残響豊かなホールトーンも同じ趣向に沿ったものと考えれば、なるほどと思う。あえて軟焦点気味のニュアンスで全体を多い、「響きの美しさ」でこの名曲を描き上げたのだろう。ただ、私の感覚では、やはり、もう少しテンポ感があった方が、この曲は良く聴こえるのだけれど。
 「ピエ・イェズ」におけるバトルの独唱は、豊かなヴィブラートでたっぷりと歌っており、これもジュリーニの方針に合致したものだと言えるだろう。この楽曲のハートと言える部分だけに、象徴的になっている。「華やぎ」さえ感じるレクイエムだが、これはこれでいいのかもしれない。その点では、リメラ・メのシュミットの方が、個性的でないぶん、万人に受け入れられるように感じられる。
 ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、やはりゆったりと流れるが、こちらは楽曲の規模や構成の点から、特に違和感を持つ部分もなく、堪能させていただいた。
 なお、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」も併録された再発売盤も流通しているようなので、購入するならそちらの方がお得でしょう。参考までに。


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